ひびめも

日々のメモです

意味性認知症の左右差

Semantic dementia and the left and right temporal lobes.

Snowden, Julie S., et al.

Cortex 107 (2018): 188-203.

 

最近、意味性認知症にハマっています。左右差にもハマっています。なので読みました。今回はreviewじゃなくてresearch articleです。

扱ってるテーマ自体は面白いんだけど、ちょっと微妙かな...?背景・考察・結論だけ読むのでもいいかも。

 

背景

意味性認知症 (SD: semantic dementia) は、重度かつ広範囲の概念的知識の喪失によって特徴付けられる神経変性疾患である。この疾患は、両側の (しばしば非対称性の) 側頭葉前部の萎縮と関連しており、特に下〜中側頭回が関与する。また、背景に独特な前頭側頭葉変性症 (FTLD: frontotemporal lobar degeneration) 病理を持ち、蓄積異常蛋白としてTDP-43が、際立った組織学的変化として変性神経突起 (DNs: dystrophic neurites) がみられる (←TDPとも限らない気がするけど)

臨床的特徴の中核は、典型的には呼称障害と単語の理解障害である。SD患者は、会話の中で具体的な名詞の代わりにより上位の概念を用いるため、しばしば単語を過包摂的に用いる。また、意味的誤り (e.g. リンゴをバナナと言ったり、羊を犬と言ったりする) もこの疾患の特徴であり、関連する概念を区別する能力が段階的に障害されていると考えて矛盾しない。疾患の進行とともに、呼称の誤り方と正答との関連性が少なくなっていく。意味障害は、言語のみならず全ての感覚ドメインに進行性に広がっていく。実際に、物体、顔、声、非言語的環境音、におい、味、触覚刺激など、広い範囲の意味認知が障害される。一方で、非意味的な認知機能はよく保存されている。患者は、刺激の意味を認知できなくても刺激の知覚自体は正常にできているため、知覚の区別や知覚のコピーの成績は保たれている。Humphreysらは、SDにおいて見られるこうした症候から、物体認知は意味的階層と非意味的階層に区別できるということを主張した。

このようにSD患者で見られる際立った、しかし限定的な意味喪失は、多くの理論的疑問を生む。最も中核的な疑問はおそらく、意味記憶の神経学的基盤、特に側頭葉前部の役割であろう。現在、意味記憶は分散型神経ネットワークによって支えられているということが広く受け入れられている。物体の概念は行為と知覚、および感情システムに基づいているという考え方は、ひときわ目を引くものである。この考え方によれば、物体の概念は明示的に表現されるのではなく、各プロパティ (モダリティと近い概念?) を担当する脳領域の重みづけられた活動によって生まれるものである。したがって、動物や道具などの特定のカテゴリに属する物体の概念は、感覚的・運動的プロパティに基づいたオーバーラップしあう (しかし一部は独立した) 神経ネットワークによって表現されるのである。

しかしながら、SDにおける意味の喪失は、その重症度および広範性の両方の観点で、他の神経疾患でみられる障害を上回るものである。したがって、側頭葉前部が意味記憶に果たす中枢的な役割は受け入れざるを得ず、ここから側頭葉前部は概念のハブであり、各モダリティ特異的システムからの情報を結びつけ、アモーダル (有限個のモダリティを意味する「マルチモーダル」とは異なり、あらゆるモダリティを抽象化した意味合いを持ち、純粋に「抽象的」という意味で読んで問題ない) な形で貯蔵しているという考え方が導かれた。意味的ハブの支持者たちは分散型意味ネットワークの考え方を否定せず、むしろ全モダリティ・全カテゴリの表現の相互活性化を支える収束領域としてこそ、アモーダルな概念ハブが必要であると主張した。

※ アモーダル表現仮説: 本論文はアモーダル仮説をベースとしつつも、この仮説で説明しきれない部分を段階的ハブスポーク仮説の考え方で説明しようとするスタンスをとっている。なのでアモーダル仮説と段階的ハブスポーク仮説の違いをまず理解しておかなければならない。段階的ハブスポーク仮説については過去記事参照 (意味認知の神経学的基盤:意味表現ネットワークの段階的ハブスポーク仮説と意味制御ネットワーク - ひびめも) だが、アモーダル仮説は「側頭葉前部がアモーダル意味ハブである」ということしか言っておらず、左右差・段階的ハブの考え方やスポークの考え方は取り入れていないことに注意。さらに、アモーダル意味ハブは個々の概念間の意味的類似性を表現しているに過ぎないため、個々の概念の特徴情報は有していない (個々の概念の特徴は分散型ネットワークが有する) ということにも注意する必要がある。

側頭葉前部がアモーダルな意味的ハブであるという考え方と対立するように見えるデータも存在する。たとえば、片側 (左側) の側頭葉前部の局所的な損傷はほとんど意味的障害を引き起こさなかったと報告されている。また、多くの論文では、左側頭葉前部を典型的な意味障害というよりは語彙想起障害と関連付けており、適切な名詞や一意的エンティティの想起に障害があると考えている。片側の側頭葉切除後や片側の血管障害によって意味障害がみられたとする報告もあるが、こうした障害は比較的わずかなものであり、典型的にはまれな (日常であまり遭遇しない) 刺激によって誘発されるものであった。機能画像研究でも、意味的課題における側頭葉前部の活動は典型的にはわずかなものであり、fMRI研究では前方よりもむしろ後方の側頭葉の活動が多く報告されている。一部の研究者たちは、側頭葉前部の活動性が低く出てしまうのは技術的な限界によるものであると主張しており、実際に経頭蓋磁気刺激によって側頭葉前部の有意な活動を実証していた。こういった主徴がある反面、側頭葉前部を意味記憶に関連付けるエビデンスは未だ限られている。

それでは、SDにおける意味記憶障害はどのようにして説明できるのだろうか?1つの合理的な仮説は、多くの研究者によって言われているように、両側半球が共同して意味表現に寄与しており、概念表現は相互に接続された両側の側頭葉前方ネットワークによって支えられているという考え方である。SDは基本的に両側半球が障害される疾患であるから、これならばSDで意味記憶障害が現れる理由を説明可能であろう。

すると、次に浮かんでくる疑問は、2つの大脳半球の役割分担である。Pobricらのアモーダルハブの考え方では、両側大脳半球は機能的に等価であるとされている。もし概念がアモーダルな形で表現されているのであれば、ハブに対する障害は入力モダリティ (言語、視覚、嗅覚、味覚、触覚) や刺激マテリアル (単語、物体、絵、音) に依存しない意味的障害を生むであろう。しかし、SD患者はそうではない。確かに概念障害は複数のモダリティや刺激マテリアルに横断的に生じるが、個人差がある。たとえば、左側頭葉優位の萎縮を持つ患者では、有名人の顔よりもその名前に優位な知識喪失が見られる一方で、右側頭葉優位の萎縮を持つ患者ではその逆のパターンが見られる。同様に、呼称障害は左側頭葉優位の萎縮を持つ患者でより重度であり、相貌の再認 (既知性の判断) は右優位の症例でより重度であると報告されている。有名人の顔と声の再認障害は、特に (左ではなく) 右の側頭葉萎縮と関連付けられている。さらに、半球差は単語や物体の知識にも広がる。たとえば、左優位の側頭葉萎縮を有する患者ではPyramids & Palm tree test (2つの単語または絵が提示され、目標項目とより関連の近いものを選ぶ課題; たとえば、「松の木」と「ヤシの木」のどちらが「ピラミッド」と近い関連を持つか、など) の単語バージョンの成績が悪く、右優位の萎縮を有する患者では絵バージョンの成績が悪かったという。こういった結果は、左半球・右半球の側頭葉前部は、それぞれ言語的・非言語的表現を支えているという考え方と一致する。

アモーダルハブ仮説の支持者たちは、こういった結果 (機能的半球差) を、半球ごとのモダリティ特異的システムへの結合性の違いという観点で理解している。すなわち、左優位の萎縮が右優位の萎縮と比べてより呼称障害を示すのは、左のアモーダルハブが発話に関わる言語野とより強い結合性を有しているだからと考えられている。より最近のモデルは側頭葉前部には段階的な機能特化があると考えており (これが段階的ハブスポークモデルの段階的ハブの考え方)、その段階性は、左右半球に機能的差異はないと考える仮説と機能的に完全に分離可能であるとする仮説を折衷できるものである。なお、マルチモーダルではなくアモーダルな役割を有する領域があるのかどうかというのは、議論の残るところである。

意味表現に関する仮説は、意味障害を有する患者でみられる症候を十分に説明可能でなければならない。今回我々は、SD患者を対象とした研究を行い、意味記憶における側頭葉の役割分担というコンセンサスを欠く領域に踏み込む。SD患者における呼称と語理解の成績およびその神経画像との関係性を解析するとともに、言語-非言語比較課題を用いることによって、左右の側頭葉が有する意味記憶への役割と、側頭葉前部と後部の機能的関係性を理解することを目的とした。

 

方法

1. 被験者

今回の研究はNearyら (1998) の診断基準を満たしたSD患者を対象とした。ほとんどの患者はGorno-TempiniらのsvPPA (semantic variant primary progressive aphasia) の基準も満たしたが、一部の右優位型の患者では初期症状は言語ドメインよりも相貌認知の障害であった。今回の研究に組み込んだ患者は、a) 下に述べる画像呼称検査と単語-絵マッチング検査を含む神経心理学的評価を受けており、b) 神経画像検査が臨床評価時期の近くで行われている症例のみとした。我々の主要な目的は左右半球の役割関係の同定であるため、側頭葉萎縮の分布に非対称性がない症例は除外された。
最終的には合計41症例 (男性24例、女性17例) のSD患者コホートが形成された。発症年齢は平均59歳 (± 7.3年)、検査時期は発症から平均5年 (± 2.9年) 後であった。

2. 呼称検査と語理解検査

主要な検査として、簡単な呼称検査と、語理解を測るための単語-絵マッチング検査を行った。呼称検査は、SnodgrassとVanderwart (1980) の画集から選んだ40項目の線画を用いた。40項目中、動物、果物/野菜、衣料品、家具がそれぞれ10項目ずつになるように選出した。全カテゴリで語の頻度 (馴染み深さ) と検査時年齢を揃えたが、衣料品と家具は動物と野菜よりもより馴染み深いものであると評価した。呼称検査は、正常対照ではほぼ満点が取れるほど十分に易しいものとした。正常対照は、誤りがあったとしても、典型的には許容可能な代替表現であった (e.g. ジャケットをコートと呼ぶなど)。単語-絵マッチング検査は呼称検査と同じ40項目を用いることで、項目ごとの呼称と理解の比較を可能にした。患者は、印刷された単語とマッチする絵を、4つの意味的に関連した絵の中から選ぶよう命じられた。呼称検査と単語-絵マッチング検査の例を下図に示す。課題の成績は、全体の正答数、および意味カテゴリごとの正答数を用いて評価した。加えて、誤りの質の分類も行った。

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2-1. 誤りの分類

呼称の誤りは以下のカテゴリ分けに従って分類した。1) 意味的誤り(同格カテゴリ): ウサギを「犬」と呼ぶなど、2) 関連的/機能的婉曲表現: 傘を「雨が降った時のやつ」と呼ぶなど、3) 省略的/曖昧的な普遍性のある回答: 「知らない」「これ好き」など、4) 関係のない誤り(異カテゴリ): マッシュルームを「帽子」と呼ぶなど、5) 上位カテゴリ表現: ウサギを「動物」と呼ぶなど、6) 許容可能な代替表現: ジャケットを「コート」と呼ぶなど。

3. 画像検査

患者ごとに、画像検査結果から萎縮が優位な大脳半球を分類した。分類は1人の神経内科専門医が行い、患者の臨床特徴については知識を持たない状態で評価を行った。全例ではないが、ほとんどの患者で冠状断画像が存在したため、それらの患者では左右の前頭葉・側頭葉前部・側頭葉後部の萎縮度を視覚的に評価可能 (Kippsらの視覚的評価スケール) であった。Kippsらの視覚的評価スケールでは、萎縮なしを0点、重度の萎縮を4点とした、5段階評価を行っている。この評価方法は、FTLD患者の評価に適した方法になるよう意図的にデザインされており、評価者間のばらつきに少なく、VBM解析との良い相関を持ち、FTLDと他の変性認知症の鑑別にも有用であったと報告されている。

4 視覚-言語課題比較

呼称検査と単語-絵マッチング検査は主に言語機能に基づいている。研究コホートのうち、前向き追跡が可能であった9人の患者で、視覚的マテリアル (顔、絵、物体) と言語的マテリアル (名前、名詞) の直接比較が可能な視覚-言語比較課題を行った。

4-1. 有名人の顔と名前

28人の有名人 (e.g. Margaret Thatcher, Princess Diana, Elvis Presleyなど) の顔と名前のセットを用いた課題を作成した。1人の有名人の顔に対して、性別・年代がマッチした3人の一般人の顔をインターネット上から選択した。同様に、1人の有名人の名前に対して、年代、名前の頻度や音節数がマッチした3人の一般人の名前を作成した。
まず患者に、4つの顔の中から有名人の顔を選ぶように命じた (再認課題)。顔を選ばせた後で、その人に関する情報を尋ねた (同定課題)。この際、フィードバックは与えなかった。次に、4つの名前の中から有名人の名前を選ばせ、その人に関する情報を尋ねた。この際も、フィードバックは与えなかった。顔と名前の課題の両方で、患者の持つ語義の問題を考慮した。すなわち、たとえば Margaret Thatcher を「昔はえらい人だったけど、今は違うね」と言った場合、正答とみなした。

4-2. Pyramids and palm trees test (PPT課題)

HowardとPatterson (1992) によって開発されたこの検査の原型は52問から構成されており、2つの選択肢から目標により関連性のあるものを選ばせるものであった。この課題を、まず絵バージョンで提示し、その後単語バージョンで行わせた。

4-3. 動物の知識

商用販売されている動物の3次元モデルを20個と、それぞれに対応する名前を集めたセットを作成した。なお、含まれる動物は、イヌ、ネコ、ウマ、ブタ、ウシ、ヒツジ、ウサギ、リス、カメ、アヒル、オウム、カエル、イルカ、アザラシ、ホッキョクグマ、ペンギン、サル、ゾウ、キリン、シマウマである。まず患者たちは、動物モデルを見せられ、その生息地を答えるよう命じられた。言語理解の問題を許容するため、質問文はいくつか異なるものを用意 (“where would you see it?”/“where would you find it?”/“where does it live?”)し、質問の意図を理解するまで異なる問い方を行った。回答は文字通りに記録した。「外にいるよ」のような曖昧な回答に対しては、より詳細に答えるよう命じた。「動物園にいる」という回答に対しては、「他にどこにいますか?普通の生息地は?」と質問した。質問者は、動物の名前については言及しなかった。フィードバックは与えなかった。次に、動物のモデルを消して、動物の名前を提示し (口頭または記載して)、その生息地を答えるよう質問した。動物のモデルについては何も言及しなかった。

回答は0-2点の範囲で採点された。0点は1つも正しい情報がない、1点は正しいが曖昧または一般的である、2点はある程度特異的で正しい回答、である。患者の語彙の問題を考慮して、採点は甘めに行われた。

5. 統計解析

左半球優位群と右半球優位群について比較するため、データの分布に応じてパラメトリック検定またはノンパラメトリック検定を行った。
呼称課題・語理解 (単語-絵マッチング) 課題の成績と、萎縮度合いの関係性の検討は、ノンパラメトリックSpearman相関を用いて行った。

視覚-言語比較課題については、項目ごとの比較についてはWilcoxon検定を、カテゴリごとの比較についてはMcNemar検定を用いた。項目ごとの一貫性については一致係数またはSpearman相関を用いて評価した。

 

結果

1. 患者背景と臨床データ

41人のSD患者の中で、31人が左半球優位、10人が右半球優位の萎縮を有していた。両群の性別、発症年齢、検査時の罹病期間に有意差は認めなかった。

背景認知機能データを下表にまとめた。両群ともに標準的な絵呼称検査 (Graded naming test) では極めて悪い成績 (ほぼ0点) を示し、言語流暢性課題でも正常からかなり低い点数を示した。これらの課題では、左半球優位群は右半球優位群と比べて有意に低い成績を示した。しかし、ものごとの再認を必要としない知覚課題や空間課題 (Visual Object and Space Perception Battery) の成績は良好であり、群間差も認められなかった。

2. 呼称と語理解

2-1. 優位萎縮半球と課題成績の関係性

呼称課題および語理解 (単語-絵マッチング) 課題では、左半球優位群で有意な成績低下を認めた (p<0.001とp=0.03)。語理解は一部でほぼ満点の患者もいたため、ノンパラメトリック検定を行なった。各群で呼称と理解の成績比較を行うため、満点に近い患者を除外して反復測定ANOVAを行った。すると、左半球優位群では右半球優位群と比べて有意に成績が悪く (p=0.003)、課題による成績差も有意であり (p<0.001)、呼称課題の方が成績が悪い傾向が認められた (p=0.07)。したがって、左半球優位群では呼称に偏った障害が存在すると考えられた。

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また、呼称課題と理解課題の両方でカテゴリごとの有意な成績差が認められ、生物 (動物、果物、野菜) の成績は人工物 (衣料品と家具) の成績より悪かった (p<0.001とp=0.009)。萎縮半球 (左 vs 右) と障害カテゴリの間に有意な関連性は認められなかった。

2-2. 優位萎縮半球と呼称の誤り分類の関係性

1) 意味的誤り、2) 関連的/機能的婉曲表現、3) 省略的/曖昧で普遍性のある回答、4) 関係のない誤り、5) 上位カテゴリ表現、6) 許容可能な代替表現、の6つの誤り分類に属する誤りの数を、それぞれカウントした。許容可能な代替表現は、誤りとは見做さなかった。左半球優位群および右半球優位群それぞれについて、分類ごとの誤りの数を数え、グラフ化した (下図)。

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左半球優位群は右半球優位群と比較して関連的/機能的婉曲表現が有意に多かった (p<0.001) 一方で、右半球優位群は意味的誤りが有意に多かった。その他の誤り分類に半球間の有意差は認められなかった。

3. 萎縮強度と呼称・理解課題の関連性

32人の患者で冠状断画像が存在し、詳細な萎縮強度を評価可能であった (Kippsらの視覚的評価スケール)。24人が左半球優位、8人が右半球優位であった。

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※ 上画像のアノテーション: A) 左優位・側頭葉前部, B) 左優位・側頭葉後部, C) 右優位・側頭葉前部, D) 右優位・側頭葉後部。

3-1. 萎縮強度と課題成績の関係性

32人の患者について萎縮度と課題成績の関係性について検討したところ、左側頭葉萎縮度は呼称課題・理解課題の両方と強い負の相関関係を示した。すなわち、左側頭葉の萎縮が強いほど両課題成績が低下していた。前頭葉や右側頭葉の萎縮度と課題成績に関連は認められなかった。呼称課題の成績は左側頭葉の前部・後部の両方でほぼ同程度の関連性が認められたのに対し、語理解課題の成績は (前部・後部の両方で有意な関連性が認められてはいるが) 後部により強い関連性が認められた。

生物と人工物にカテゴリを分けて解析しても、ほとんど同様の結果が認められた。左側頭葉前部の萎縮度は、呼称課題については生物 (p=0.008) と人工物 (p=0.007) の両方と有意な負の相関を有していたが、理解課題については有意な相関は認められなかった。一方で、左側頭葉後部の萎縮度は、呼称課題と理解課題の両方について、生物 (p=0.001とp=0.002) と人工物 (p=0.03とp=0.002) の両方と有意な負の相関を有していた。

3-2. 萎縮強度と呼称の誤り分類の関係性
意味的誤り (すなわちSDの主要な特徴) の頻度は、左側頭葉の萎縮度とは関係していなかったが、右側頭葉の萎縮度と有意な相関を認め、特に右側頭葉後部でより強い相関を呈した。

関連的/機能的婉曲表現は左側頭葉前部の萎縮度と強い相関を示したが、右側頭葉の萎縮度とは負の相関を示した。省略的/曖昧で普遍性のある回答は左側頭葉後部の萎縮度と相関していた。関係のない誤りは右側頭葉の萎縮度と弱い相関を示した。上位カテゴリ表現は特定の部位の萎縮度とは有意な相関を示さなかった。

これらの相関は誤りの絶対的頻度 (特定の誤り分類の数 / 問題数)に基づいて計算されている。そこで、意味的誤りの頻度を、呼称の誤りの数を分母にして計算した。すると、ほとんど同様のパターンが見られ、左右差がさらに強調された結果となった。意味的誤りと、左側頭葉、左前頭葉前部、左側頭葉後部の萎縮度との相関は認められなかった。一方で、右前頭葉 (p=0.02)、右側頭葉前部 (p=0.01)、右側頭葉後部 (p<0.001) の萎縮度とは有意な相関が認められた。

4. 優位萎縮半球と視覚-言語比較課題成績の関係性

呼称と理解の成績データからは、意味知識の喪失は左側頭葉の変性と強い関連があることが示されたが、誤り種類の解析では右半球の寄与も示された。呼称課題と理解課題はどちらも言語要素が強い。このため、次に我々は視覚と言語の比較をより直接的に行った。視覚-言語比較課題は前向き調査で行ったため、左半球優位群の4人、右半球優位群の5人でデータが得られた (この9人を比較コホートと呼ぶ)。この比較コホートに関する背景の神経心理学的データを下に示す。全体コホート (41人) とおおよそ同じ傾向 (呼称など意味的負荷が高い課題の障害が見られるが非意味的課題の成績は保たれている) が見られた。

4-1. 個々の患者の成績

各患者の比較課題成績を下図に示す。同じ課題における視覚バージョンと言語バージョンの成績の関係性は患者ごとに異なっており、大きく異なる患者もいればほぼ同じ患者もいた (下表)。有名人の顔と名前の同定課題はほとんどの患者でほぼ0点であったため、表中には示していない。

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※ 上図の説明: 患者1〜4が左半球優位、5〜9が右半球優位。課題A〜Dはそれぞれ、A) 有名人の顔と名前の再認課題、B) 有名人の顔と名前の同定、C) Pyramids and Palm Trees (PPT) 課題の絵バージョンと単語バージョン、D) 3次元モデルと名前を用いた動物の生息地同定課題。患者3と9は課題A・Bを行なっておらず、患者4は課題Cを行なっていない。患者4と7は動物の名前と有名人の顔の同定の成績がほぼ0点であった。

視覚バージョンと言語バージョンで課題の成績差に有意差がなかった患者でも、項目ごとの一致率は低かった (すなわち項目ごとに見ると視覚と言語のどちらか一方でのみ成績が低いということ)。PPT課題の絵バージョンと単語バージョンの一致係数は、どの患者でも有意水準に至らなかった。患者1でのみ、有名人の顔と名前の再認課題で、項目ごとの有意な一致が見られた (p=0.02)。

視覚-言語の比較で最も大きな解離が見られたのは患者7と8であった。患者7のMRIはT2強調画像のみであり萎縮度の数値的評価は行わなかった。患者8は、側頭葉前部の萎縮度は比較コホート内の他の患者とほぼ同じであった (萎縮度2〜3) が、側頭葉後部の萎縮度は極めて強かった (右側頭葉後部4、左側頭葉後部3)。患者8の臨床経過を以下に示す。

4-2. 患者8の臨床経過

69歳男性。2年間の経過で進行する、人と物体の再認障害を主訴に受診した。彼はすでに自宅の庭小屋の中にある道具やスーパーに売られている果物や野菜がわからなくなっており、自身の症状を「頭の中からものが抜け落ちていくんです」と表現した。診察上、発語は流暢で非努力性であったが、言葉を過包摂的に使う傾向にあり、意味的誤りも見られた。Graded naming testでは全ての項目で呼称ができず、ほとんどの絵に既知感がないと語った。ものごとの再認を必要としない知覚検査や空間検査の成績ははほぼ満点であった。線画の模写は可能で、複雑で抽象的な絵も素早く正確に模写可能であった。一方で、ものごとの再認を必要とする知覚課題では成績が高度に障害された。これは、Visual Object and Space Perception Batteryの文字認識課題 (文字が荒い解像度&細切れの形で提示されるのでそれが何の文字なのかを同定する課題) などのことを指す。彼は、細切れで表示された文字がブロック体の文字と同じものであるという事実を理解できなかった。本研究で用いた呼称課題では11/40項目で正答が得られ、生物と比べて人工物で有意に良い成績が見られた (p=0.01)。呼称の誤りのうち41%が意味的誤りで、28%は「知らない」と答えた (省略的/曖昧で普遍性のある回答)。PPT課題では、絵バージョンの正答率は50%と偶然のレベルであったが、単語バージョンの正答率は75%と偶然より有意に高い正答率であった。同様に、有名人の顔の再認課題の正答率は29%と偶然のレベルであったが、名前の再認課題では正答率57%と偶然より有意に高い正答率であった。動物の課題では、3次元モデルよりも名前の方がより特異的な情報を答えられた (下図)。彼の症状は3年間の経過フォロー期間で急速に悪化した。彼は、物体を誤った使い方で使ったり、食べられない物体を食べようとするようになった。直近の評価では、彼は鉛筆の再認や機能理解すらできなかったが、線画の模写は可能であった。言語理解能力も低下し、現在では聴き言葉と書き言葉のどちらも理解ができなくなっている。なお、身体的には合併症なく経過している。

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考察

SDは意味知識の神経基盤を理解する上で重要な自然モデルである。しかし、同時に混乱の源でもある。SDの症状は頭頂葉前部の萎縮と関連するという考え方は、1) 語理解は古典的には側頭葉後部の機能と考えられていること、2) 非変性疾患による側頭葉前部の病変が意味障害をあまり起こさないこと、の2点と矛盾する。今回の研究結果は、この乖離をうまく和解させられる可能性がある。

今回の研究の主要な結果は、呼称課題と単語-絵マッチング (語理解) 課題の成績低下は右半球よりも左半球の萎縮と関連していたということである。呼称と左側頭葉の関連を示す強いエビデンスは既に幾つも存在している。さらに、SDでは呼称と語理解の障害が左 (>右) 半球の萎縮が強くなるほど高度になるということも示されている。実際、古典的にはSDは左側頭葉の萎縮と関連すると考えられていた。また、今回の我々の結果では、左半球優位群で呼称障害が理解障害よりもやや強かった。この結果は先行研究とも合致しており、これは左側頭葉前部が左半球に側性化した言語生成システムと強い結合を持っているためであると解釈されている。

理論上、より難しいのは、側頭葉前部と後部の萎縮との関連性を解釈することである。呼称は左側頭葉前部と後部の両方の萎縮と強く関連していた一方で、理解は左側頭葉後部の萎縮とより強く関連していた。ここから、左側頭葉前部は呼称に重要で、さらに後部に病変が至ると、呼称できない単語の理解をも障害するようになると考えられる。この結果は、失語患者において理解障害が側頭葉後部病変に関係するという確立した概念や、意味課題において側頭葉後部が前部よりも優位に関与するという機能画像研究、さらに左側頭葉前部は呼称障害を来すが概念知識の喪失は来さないという議論と一致する。

呼称の誤り分類では補完的発見があった。左側頭葉前部の萎縮は婉曲的表現 (物体の機能を答えたり意味的に関係のある表現をする) と強く関連していた。この種の誤りは、患者がその名前がわからない物体に対していくらかの概念知識を有していることを示唆する。一方で、左側頭葉後部の萎縮は「知らない」という反応や、曖昧で普遍的な回答と強く関連していた。この種の誤りは、患者がその物体に関する概念的知識を (ほぼ) 有していないことを意味する。

それでは、右側頭葉の役割は何だろうか?一見するとその役割はほとんどないように思える。右側頭葉の萎縮度と呼称・理解課題の成績は有意な関連性を示さなかった。しかし、呼称の誤り分類を見るといささか考え方が変わってくる。意味的誤り、すなわちSDの主要特徴は、左ではなく右側頭葉、特に右側頭葉後部の萎縮と関係していた。一方、関係的/機能的婉曲表現は右側頭葉の萎縮度と強い負の相関を示していた。SDにおける意味的誤りの論理的な解釈は、その患者が意味的に関連した項目 (e.g. ウサギとイヌ、リンゴとバナナ) を見分けるための視覚的特徴の知識をもはや有していないということである。この種の誤りの存在は、物体の知識は感覚的情報に強く基づいているということを強調する上、右半球の視知覚処理システムの重要性に気づかせてくれる。今回のこの結果は、健常成人におけるPET研究の結果 (物体の構造に関する意思決定は右中〜下側頭回後部の活動を起こし、連想的な意思決定は左上〜中側頭回前部と側頭極の活動を起こした) と一致する。こういった結果を総括すると、意味知識には両側半球が重要であるという主張や、SD特異的に概念知識の重度な喪失が起こるのは両側半球が障害されるからであるという主張が、より強固なものになる。また、意味記憶には左右半球が異なる寄与をしているという主張とも合致している。

本研究のSD患者は人工物カテゴリよりも生物カテゴリで低い呼称・理解成績を示した。この結果はLibonらの報告と合致する一方で、SDではそのようなカテゴリ差は見られないはずだとするいくつかの報告と矛盾する。本研究で用いた刺激はカテゴリごとに語の使用頻度と年齢の影響を調整しているが、SnodgrassとVanderwartによれば、生物は人工物より既知性/馴染み深さが比較的低いということが報告されている。SD患者がある概念を知っているか否かは、個人的な既知性/馴染み深さ (患者が日常生活でよく出会うかどうか) が重要な因子であることが知られており、今回のカテゴリ差にはこの因子が関与していた可能性がある。しかしながら、左側頭葉前部の萎縮は生物カテゴリと人工物カテゴリの両方の呼称障害と同程度の相関を示したのに対して、左側頭葉後部の萎縮は生物カテゴリの呼称障害とより強い相関を示した、というのは特筆に値する。この結果は、カテゴリごとに概念表現の感覚的・機能的寄与が異なる重み付けを持つ (カテゴリごとに重要なモダリティが異なる) という古典的な考え方や、特に生物はその区別に視覚的情報を必要とする (そしてそれは主に半球内の後方で処理される) という概念と一致する。

左右大脳半球の寄与の差異は視覚-言語比較課題の結果によってさらに強調される。側頭葉前部がアモーダルなハブであるという主張は、SDにおける意味喪失はモダリティ・概念タイプ・概念ドメイン横断的に生じるという事実や、異なるモダリティの成績は基本的に相関しているという事実に基づいている。しかしながら、SD患者が物体の意味を再認できるのに物体の名前を再認できないということは、稀ならず見られる。この解離が生じるのは、物体の意味の (視覚的な) 手がかりが、言語という (本質的にランダムな) ラベルと無関係であるため、と古典的には説明されている。たとえば、耳や目、脚といった画像的特徴はウサギが衣料品や乗り物というよりも動物であることを示唆するが、「ウサギ」という単語自体はそのような手がかりを与えてくれない。このため、もし概念が部分的に障害を受けている場合、絵または物体からは正答に至る十分な情報を得られる可能性があるが、単語を見ただけでは何も手がかりが得られないのである。こう考えると、単語と物体の再認の解離は、意味記憶表現のアモーダル仮説の範疇で説明可能であると思われる。

しかしながら、このような考え方では、単語の方が物体より有意に良い成績を示すケースを説明できない。本研究の言語-非言語の直接比較課題では、複数の患者で名前/単語の理解が顔/物体の理解より良好であった。たとえば、患者8はアヒルの3次元モデルを見て、そのあたりの庭に一般的にいる鳥であるかのような説明をしたが、単語からは比較的正確な情報を説明することができていた。彼はモデルからはリスを再認できず、あくまで視覚的特徴に基づいた推測を行なっていたが、単語からは良好な説明ができていた。特筆すべきなのは、彼はサルを人間の子供と表現したが、単語からはほぼ適切な説明ができていたことである。また、彼は鉛筆の意義を再認できなくなっても線画の模写を正確に行えており、初歩的な知覚能力は保たれているものと思われた。実際、彼は名前を再認できなかった動物の知覚的特徴 (e.g. 「フサフサの尻尾ですね」) を述べることができていた。したがって、単語と物体の成績の解離は初歩的な視知覚能力の障害では説明できないと考えられた。患者8では、側頭葉前部の萎縮度は他の患者と同程度であった。一方で、特に右半球の側頭葉後部の萎縮度は他患者と比べて重度であった。このため、本患者で見られた物体知識の不均衡な障害は右側頭葉後部の萎縮に関連すると考えるのが自然だろう。この推察は、動物の知識の想起 (視覚的再認) は右半球の腹側側頭〜後頭領域に関連するとしたTranelらの考え方もと一致する。有名人の顔と名前で見られた解離も、顔の知識が右側頭葉、名前の知識が左側頭葉に関連するという複数のエビデンスと一致する。

非言語と言語マテリアルの成績の解離はSD患者の全員で見られたわけではない。しかし、そういった解離が一度でも見られたという事実自体がアモーダル表現仮説と相反するものなのである。Gainottiらによって力強く主張されたように、この種の解離はPattersonらが提案する「意味表現のハブスポークモデル」における「概念の段階的シフト」という考え方を導き、アモーダル仮説から「スポーク」の寄与を強調する流れへと変化してきている。

2012年にRalphらは、SDの意味障害は 1) 疾患の初期から存在し、腹外側側頭葉前部にある概念ハブの萎縮に起因するモダリティ非依存的な概念表現の障害と、2) その後萎縮が腹側側頭後部領域に進展することで生じる視覚的な色/形態情報に基づく概念の障害、の2つの組み合わせで説明できると提唱した。この主張は、モダリティ非依存的な概念の喪失が疾患の初期から存在する主要な症候であり、モダリティ/マテリアルの効果は後から加わってくるものである、ということを意味している。しかし、このような説明では、患者8のように疾患の初期で起こるモダリティ/マテリアル効果と矛盾してしまう。実際、彼は顔と物体の再認障害を主訴に来院していた。彼は疾患の初期から顔/物体の知識と対応する名前の知識の解離を認めていたが、それは疾患経過に伴ってむしろマテリアル/モダリティに依存しない全般的な理解障害へと形を変えていった。

Ralphらのさらに最近のフレームワークは、厳密な「アモーダル」ハブという考え方から距離を置き、「トランスモーダル」ハブという考え方に移行した。アモーダルハブは両側半球の機能を同一視していたが、トランスモーダルハブの考え方では、左右半球間や同一半球内の側頭葉前部に感覚野・運動野・辺縁系への段階的な結合性の差異があることによって、左右半球間・同一半球内にわずかな機能的段階性が生まれると考えている。そして、両側半球の側頭葉前部が組み合わさることで、全カテゴリの意味表現が保有されると考えている。

今回我々が示したデータでは、左右半球間の機能差は決してわずかではなく、むしろかなり大きいものであることが示唆された。また、上記仮説において側頭葉前部が特に重要だと考えられているならば、なぜ語理解は側頭葉後部の萎縮と強い関連を持っていたのだろうか?

この問いに関する手がかりはSD患者の画像研究から見つかる。構造的画像研究は例外なく側頭葉前部の際立った萎縮に注目しており、特に左側優位の萎縮を示す症例が多かった。一方、機能画像研究では一般的により広い障害が認められていた。SD患者に対する初期のPET研究では、構造的萎縮は側頭葉後部に限局していたのにも関わらず、機能変化は側頭葉後部にも見られていた。同様に、近年の研究でも側頭葉前部に限局した構造的萎縮が見られる患者で側頭葉前部から外に広がった生理学的異常が見られており、これが意味的課題の成績とも相関していた。拡散テンソル画像トラクトグラフィーを用いてSD患者における白質結合性解析を行った研究では、腹側側頭極からの白質結合が広範に減少していることが示され、縁上回や上側頭回後部、古典的言語野と結合する鉤状束や下縦束に影響が及んでいた。これは、側頭葉前部に細胞体を持ち後方に投射するニューロンの軸索の変性として解釈されている。また、同トラクトグラフィー研究では、興味深いことに (視覚処理の伝達路と考えられている) 下縦束の病変は後頭葉にまでは広がっておらず、あくまで側頭葉領域に限局していた。この発見は、下縦束のフィードフォワード線維 (すなわち視覚情報処理) が保存されていることを示しており、SDでは (要素処理は保たれており) 要素を意味概念に統合するプロセスが障害されているという考え方や、意味ハブの考え方と一致する、と解釈されている。Collinsらは、左側頭極を最大の萎縮部位と考え、その他の脳領域の萎縮は側頭極シード領域との機能的結合性データ (健常成人から得たデータ) から予測可能であると発表した。この発見は、SDでは側頭極に収束する大規模ネットワーク内の結合路に従った変性が起こるという見方を支持するものである。

SDの病理学的研究は、画像研究データを補足する。SDの病理は独特である。行動障害型前頭側頭型認知症 (bvFTD: behavioral variant frontotemporal dementia) と同様に、病理蛋白はTDP-43である。しかし、その病理が細胞体に生じるbvFTDとは対照的に、SDにおける病理変化はニューロン間の結合路に起こる。この病理 (TDP-43 type C) は、大脳皮質リボンの全層にわたって存在する大量の変性神経突起 (DNs) によって特徴づけられる。SDの病理学的プロファイルは、側頭葉前部から発生する皮質結合路の病変として一致する。

臨床的観点からは、SD患者は比較的疾患経過の遅い時期に受診行動をとるというのが特徴的である。ほとんどの患者で、初診時のGraded Naming testはほぼ0点であった。多くの患者は初診時点で著明な側頭葉前部の萎縮を示していた。ここから察するに、患者が受診行動をとる数年前の時点から変性変化が始まっていたと考えるべきであろう。したがって、側頭葉前部が病理の開始地点であるというのは当然だが、必ずしもこの領域のみで患者の意味障害を説明可能だということはないのである。SD患者ではまず間違いなく、その病理が腹側経路に二次的に広がったときにはじめて、疾患に特徴的な重度の意味喪失が現れる。同様の主張は、意味処理における白質路の重要性を報告した先行研究でも認められる。Hanらの研究によれば、意味障害は、病変体積や左下前頭後頭束・左下視床放線・左鉤状束の異方性度と有意な関連を有していたと報告されている。

もともとアモーダルハブは、概念ごとの表面的特徴を無視し、一般化する機能を有する領域として提唱されたものである。しかしGainottiは、この一般化能力は、意味ハブの表現形式よりも、言語機能や言語由来の百科事典的情報に起因する可能性を強調した。

現在まで、非変性疾患による側頭葉前部の病変はわずかな意味障害しか来さないのに、なぜSDにおける意味障害はここまで深く、広いものになるのか、というのは難しい問題であった。確かに、SDでは両側半球が障害されるためである、という考え方は重要なのかもしれない。しかし同時に、他の疾患とは異なりSDでは側頭葉前部と他の脳領域を結ぶ「経路の障害」が起こるためであるという考え方も、また重要である。側頭葉前部は豊富な神経結合を有する収束領域として重要であり、ここから病理が広がっていくSDと、側頭葉前部単独の損傷をきたす他の疾患では、意味喪失の質も異なってくるだろう。今回のデータは、側頭葉後部の重要性を示すとともに、両側半球の異なる役割を強調するものであった。

 

結論

・SDを左半球優位と右半球優位に分け、さらに側頭葉前部と後部の萎縮度を評価した。呼称課題、語理解課題、視覚-言語比較課題を用いることで、左右半球の機能的差異と、前部→後部への疾患進行に伴う意味障害の質的進行について考察した。

・呼称および語理解課題からは、左半球優位のSDでは呼称障害>語理解障害がみられた。左側頭葉前部と後部の萎縮度を比較すると、左側頭葉前部は呼称に重要で、左側頭葉後部は理解に重要であると思われた。

・呼称の誤り方 (誤り分類) を解析すると、婉曲的表現が左側頭葉前部と、省略的表現 (don't know response) が左側頭葉後部と関連しており、左側頭葉後部に萎縮が至るほど概念知識が強く障害されることが示唆された。また、SDの主要特徴とされる意味的誤りは、右側頭葉後部の萎縮と関連していた。意味的誤りは視覚モダリティで起こるため、右側頭葉後部は視覚モダリティに基づいた意味認知に重要であると思われた。

・視覚-言語比較課題では、一部の患者で刺激モダリティによる解離 (特に右半球優位群における視覚モダリティ優位な障害) や、初期からのモダリティ限定的な障害がみられた。これは、側頭葉前部をアモーダル意味ハブとする考えと矛盾する。ここから、トランスモーダルな段階的意味ハブの存在が支持される。

・以上から、左右半球間および同一半球内の解剖学的・機能的段階性を前提として側頭葉前部をトランスモーダルな段階的ハブと考える、段階的ハブスポークモデルを支持する結果になった。

・側頭葉前部の障害は他の疾患でも起こりうるが、SDほど深く広い意味障害はきたさない。これは、1) SDでは両側半球が障害されるため、2) SDでは側頭葉前部と他の脳領域を結ぶ白質路が障害されており実質的に広い脳領域が障害されるため、という2つの方法で説明可能である。

 

感想

なんか、結果と考察があまりにも解離してないか?この考察を書きたかっただけでは?という気がします。

結果自体もそこそこ面白いことを言っているんだけどなー。でも、MRI画像にVBMを使えなかったのは痛手だし、視覚-言語比較課題の実施人数が9人しかいないっていうのもかなり痛手だったんだろうなあー。人数を集めるの大事なんだなー...。

線画に基づいた呼称課題で、右側頭葉後部の萎縮が強いほど意味的誤りが多かった、というのは面白いと思います。リンゴを見て「リンゴ」と呼称するためには、① リンゴを見て、② 形態・色・テクスチャを認知して、③ それらを表現するネットワークが側頭葉前部 (特に段階的ハブの考え方的には側頭葉腹側部) に収束して、④ リンゴという概念が再認され、⑤ その名前を再生する、というプロセスを踏む、と考えるのが自然でしょう。では、リンゴを「バナナ」と呼ぶ意味的誤りはいったいどの段階で誤ってしまっているのでしょうか。本論文の論調からすれば、③~④のあたりなんだと思います。②の段階 (視知覚) まではちゃんとできているのに、意味ハブにつながるネットワークの障害によって、誤った概念が再認されてしまう、ということなんでしょう。なんで同格カテゴリ内の誤りが見られるのか、という疑問については、段階的ハブスポーク仮説のカテゴリ段階性の観点で説明できそうです。右側頭葉後部の萎縮が強いほどこの種の誤りがみられやすいということは、少なくとも右半球が視覚モダリティに比較的特化している、ということは言えるんじゃないでしょうか。

あと、左側頭葉後部に病変が進展するほど呼称障害→理解障害が進展してくるというのも面白かったです。左側頭葉前部単独の病変ではほとんど意味障害が出ない (出たとしても日常で遭遇頻度の低い物体の呼称障害に限る) という先行研究 (背景に書いてある) を考慮すると、後方に病変が進展したSDで呼称障害のみならず理解障害が出てくるのは興味深い結果です。おそらく、左半球前部の病変のみだと、言語モダリティに基づく再認自体はできていて、適切な言語ラベルの再生のみが選択的に障害されている状態なんだと思います。そして、左半球後部に病変が及ぶと、言語モダリティに基づいた再認すらできない状態になってしまう、というわけですね。こういう意味で、左半球が言語モダリティに比較的特化している、ということも言えそうです。

結局のところ、① 結果が段階的ハブスポークモデルで説明可能です、② 左右半球のモダリティ特化も確実にあるよ、という2点がわかったということですね。

次はもうちょっといいdiscussionを書いてくれる論文を読みたいなあ...。