ひびめも

日々のメモです

意味認知の神経学的基盤:意味表現ネットワークの段階的ハブスポーク仮説と意味制御ネットワーク

The neural and computational bases of semantic cognition.

Ralph, Matthew A. Lambon, et al.

Nature Reviews Neuroscience 18.1 (2017): 42-55.

 

この前の記事で、FTLDについて勉強しました。

natch7th.hatenablog.com

FLTDの臨床病型の1つとして、意味性認知症 (SD: semantic dementia) があります。すごく簡単に言えば、様々な意味・概念が失われてしまう認知症の一病型です。「利き手はどちらですか?」と聞いても「キキテ?キキテって何ですか?」という反応が返ってくることがものすごく有名です。これは、「利き手」という概念が失われてしまっているために起こる反応です。その他にも、人物の概念が失われてしまうこともしばしばあります。自分の友人であっても、その友人の顔を見ても誰かわからない。もっと言うと、その友人の声を聞いても、誰かわからない。その人という概念が失われているため、どういう手段 (モダリティ) を介しても、その人が誰であるかを同定できないのです。

最近、"高次脳機能障害学"という教科書の第3版が発売されました。第2版は読んだことがあるのですが、この第3版、ここ10年間の研究がたくさん組み込まれていて、ものすごく内容がアップデートされていると聞いたので、さっそくおととい購入しました。意味性認知症についてのページをペラペラとめくっていたのですが、そこに「意味認知の段階的ハブスポーク仮説」という何ともかっこいい響きの仮説の解説が書いてありました。・・・正直、教科書を読んでもまったく理解できませんでした。でも、こんなかっこいい響きの仮説を理解しないわけにはいかない!と思い、元論文にあたることにしました。

かなり長いです。でも、めちゃくちゃ面白いです。

 

背景

意味認知とは、意味のある行動を支える神経認知機構すべてのことを指す。意味知識は、言語表出・言語理解のためのみならず、多くの非言語的行動においても用いられる。実際に意味知識は、不協和な感覚的刺激の集合を、協調のとれた意味概念に変えることで、物体や出来事を認識し、それについて様々な推論を行うことに大きな貢献をしているし、それは日々の行動の基盤となっている。たとえば、ジャムをパンに塗る際に、我々はジャム容器、パン、ナイフを認識し、それら物体が持つ見ただけではわからない性質 (パンは柔らかく、ナイフは固く、ジャムは粘稠であるとか) を推察し、それに基づいて適切な行動を起こす (ジャムを容器から掬うために特定の握り方でナイフの柄を持つ、など)。結局、こういったすべての行動は物体と行動についての知識に基づいているわけなのである。したがって、神経疾患によって意味認知に障害をきたした患者では、言語的・非言語的な能力の両方に影響が及び、それが日常生活に障害をきたすのである。

今回のreviewでは、意味認知が2つの相互作用しあう神経システムによって支えられていることを示唆する過去十年間の研究をまとめた。1つ目のシステムはある種の表現的システムで、大脳皮質に広く分布する感覚・運動・言語・情動を含む多様な情報源の関係性を学習することを通して「概念」という知識を符号化するものである。このシステムの中で、人生を通した言語的・非言語的経験に基づき培われるのが、概念表現なのである。2つ目のシステムはある種の制御的システムで、特定のタイミングや特定の課題の文脈において適切な推論や行動を行うために、表現的システムの活動を巧みに操作するものである。我々は、この2つのシステムに基づいた見方を制御的意味認知 (CSC: controlled semantic cognition) フレームワークと呼ぶ。まず我々はこれから、CSCフレームワークを構成するそれぞれの要素について、収束しつつあるエビデンスを振り返る。さらに、健常者および患者における意味認知の研究で長年にわたって見られていた謎・混乱が、このフレームワークによってどのように解決できるのかを考える。

 

1. 意味表現

1-1. ハブスポーク仮説

約10年前、我々を含む複数の研究グループは、意味表現における「ハブスポーク仮説」を提唱した。この仮説は、統計的構造を持つマルチモーダルな体験を通してどのように概念知識が形成されてくるのかを説明するものであった。また同時に、この機能を支える神経解剖学的な基盤を提案し、これによって意味認知障害をきたす複数の疾患における障害パターンを説明可能であった。ハブスポーク仮説は、既存の2つの考え方を吸収し、合併したものである。1つは、MeynertやWernickeの古典的仮説や、現代の身体化認知理論 (embodied cognition theory) にあるように、言語的・非言語的なマルチモーダルな経験が、モダリティ特異的な皮質領域で符号化され、これが概念の主要な「材料」となっている、という考え方である。ハブスポーク仮説では、この複数のモダリティ特異的皮質領域を「スポーク」と呼んでいる。2つ目は、各モダリティ特異的な情報すべてがクロスモーダルに相互作用しあう単一のハブが存在し、これが両側の側頭葉前部 (ATL: anterior temporal lobe) に座している、という考えである。この考え方は、「概念はモダリティ特異的領域が直接的に結合しあうことで生成されるものであり、すべてのモダリティを統一するトランスモーダルな領域は存在しない」とするいくつかの古典的仮説や、現代の分散化認知理論 (distributed cognition theory) とは食い違う考え方である。

ATLがハブとなるという見方は、経験的・計算的な観察から導かれたものである。経験的観察とはすなわち、認知神経心理学から生まれたものである。高次の連合皮質に対する障害はトランスモーダルな意味認知障害を引き起こすということはすでに知られていて、ここから複数の異なる概念ドメインいくつかを統合して表現するようなクロスモーダルな「収束領域」が存在することは以前から示唆されていた (ここで言うドメインとは、動物、植物、人工物、などの上位概念分類のことを指す)。しかしながら、意味性認知症 (SD: semantic dementia) に対する詳細な研究によって、ATLは「すべての」概念ドメインに重要なトランスモーダル領域であることが示唆された。実際、SD患者はすべてのモダリティに対する意味認知障害を呈し、ほぼすべての概念を失ってしまう (単純な数字の知識は除く)。さらに、個々のSD患者の中では、モダリティの観点で多様な課題 (刺激方法・応答方法・必要事前知識のモダリティにおける多様性) を与えても、その課題の障害パターンは一貫している。というのも、SD患者が意味知識を必要とする課題で特定の項目に正しい応答を見せられるかどうかは、(1) その項目に対する親和性、(2) ドメイン内でのその項目の典型性、(3) 課題において必要とされる知識の特殊性、という3つの条件で決まるのだ。Alzheimer病のような広範囲の脳領域を侵す認知症とは異なり、SDは両側の側頭葉前腹側領域・側頭極の萎縮と代謝低下を特徴とする疾患である。以上のSDに関する議論を踏まえると、これらの領域 (すなわちATL) がトランスモーダルな概念ハブとして機能している可能性が考えられるのだ。

また、ハブスポーク仮説は、哲学および認知科学の世界において注目されてきた、一貫性と一般化可能性の両方を有する概念を構築するあたっての複数の難問に、計算科学的にも1つの答えを与えた。まず1つの難問とは、特定の概念に関連する情報は異なった言語的・感覚的モダリティで経験されたもので、さらにその経験は異なった文脈、時間で得られたものである、という問題である。また別の難問は、構造体としての概念は、環境内の感覚・運動・言語構造にそのままの形で反映されるのではなく、むしろ概念構造と各モダリティ特性の間の関係性は、複雑かつ可変的で、そして非線形である、という問題である。これらの難問は、モダリティ特異的な情報源の直接的関連を符号化しただけの単純なシステムで解決することは難しいが、すべての概念とすべてのモダリティに対する中間介在性のハブを採用したニューラルネットワークモデルによって解決可能であった。

 

2. ATLハブについての新たな発見

意味認知についての研究では、様々な脳領域が注目されてきたが、ATLが特段の注目を浴びてきたというわけではない。実際、SD患者は半世紀以上前から報告されてきたわけだが、意味認知障害とATLの障害の関連性が気づかれたのは、近年の神経画像技術の発展による部分が大きい。古典的な言語モデルは中大脳動脈領域脳卒中の患者に対する研究に基づいて発展してきたものであり、このような研究手法では、血管支配的にATL単独の障害を目にする機会自体が少なかったのである。また、fMRI研究では、その手法上の様々な問題により、中~下部ATLの活動性を過小評価してしまっていた。ATLがハブとして働くのではないかという提案がされてようやく、この脳領域の意味認知処理における役割が、様々な研究手法を用いて行われるようになったのだ。以降の記述で我々は、ハブスポーク仮説における複数の予想を裏付けるとともに拡張し、同時にATL領域の解剖学的構成と機能を明確化することを試みる。

2-1. クロスモーダルハブは腹外側ATLに存在する

オリジナルのハブスポーク仮説における主要な前提は、複数の手法を用いて検証されている。まず、ATLは入力モダリティや概念カテゴリに依存しない意味認知処理に関わっている。そしてこのハブは、比較的具体的な概念 (e.g. チワワ) に強い関連を持つのは確かだが、より基本的 (e.g. 犬)、またはドメインレベル (e.g. 動物) の区別にも関わっている。さらにATLは、その両側 (つまり右半球および左半球) で、言語的および非言語的な意味認知処理に関わっている。

※ ATLの左右差について (原論文のBOX3):SD患者では、常に両側ATLの萎縮が見られ (ただし少なくとも病初期には萎縮は顕著に非対称であることが多い)、左右両方の領域が概念形成に寄与していることが示唆されている。一般に、片側ATL損傷患者は両側ATL損傷患者よりも高く保たれた意味能力を有するが、より感度の高い評価では、片側病変に伴う意味障害が観察されることがあり、これは左対右のATL経頭蓋磁気刺激 (TMS: transcranial magnetic stimulation) 研究の知見と一致する。同様に、古典的な比較神経学的研究により、ヒト以外の霊長類では片側ではなく両側のATL切除後に慢性的なマルチモーダル意味障害が生じることが明らかにされており、これはヒトにおける珍しい単一症例の脳外科研究でも再現されている。オリジナルのハブスポークモデルは、視覚モダリティと言語モダリティの情報源を1つのトランスモーダルハブで接続していた (下図a) ため、この側性化について考えるにあたって、我々はハブスポークモデルの両側バージョンを考えた。新しい両側モデルでは、左右のATL領域を模倣する2つの部分的ハブを考えた (下図b)。この両側モデルは、ヒト患者や霊長類で観察されたデータと同じ性能差を示した。すなわち、損傷の体積が同じであっても、両側の損傷は片側の損傷よりも障害が大きいということである (下図c)。現在、各ATLが意味表現にどのように寄与しているかについては、様々な仮説がある。1つの可能性として、1つの機能的トランスモーダルハブが、両側で相互接続されたATL神経ネットワークによってサポートされており、その結果、システムは損傷に対して頑健となっているのかもしれない。実際、TMS-fMRIを組み合わせた研究において実証されたように、片側損傷後に対側ATLの寄与および対側ATLとの相互作用をアップレギュレートすることができている可能性がある。また、神経心理学的研究により、入力または出力様式や情報のカテゴリーに関して、半球間で重要な差異がある可能性が示されている。最も強固で信頼できる知見は、左ATL損傷は大きな失名辞 (anomia: 喚語困難とほぼ同義) をもたらし、一方、右ATL損傷は大きな相貌認知障害をもたらすということだ。さらに、最近の大規模なfMRIメタ解析では、ATLハブシステムは主に両側性であるが、音声生成と文字刺激に対しては左半球優位であるらしいということが示されている。このような両側性のハブの組み合わせは、入力系と出力系への白質結合に段階的な差異を持つ両側トランスモーダルハブを含む計算モデルによって捉えられる (本論参照) 。

健常成人を対象としたdistortion-corrected fMRI研究や、脳外科的な頭蓋電極刺激や皮質脳波研究、SD患者を対象としたFDG-PET研究など、あらゆる研究が、マルチモーダルな物品呼称および物品理解におけるクロスモーダルハブとして腹側~腹外側ATLの重要性を示している。さらに、ハブスポーク仮説で予想される通り、同領域がモダリティ特異的情報源の意味的符号化および表現統合に関わっていることが、fMRIや皮質脳波研究によって示されている。加えて、腹側ATLでは、物品刺激に伴い、粗大なドメインレベルでの区別が刺激後120ms程度で、さらに詳細な意味情報の活性化が刺激後250ms程度で起こることが示されている。TMSにより外側ATLの活動を阻害した研究では、ドメイン一般的な意味能力の遅れが起こり、一方でスポーク領域のTMS阻害ではカテゴリ特異的な効果が観察された。健常成人に対するresting state fMRI研究では、ATL領域は複数のモダリティ特異的な脳領域と結合していることが示され、一方でSD患者における理解の正確性は、ATLの萎縮度とハブスポーク機能的結合性の減弱の程度の両方に関連していた。これらの研究から、クロスモーダルハブが腹外側ATL領域に存在することが示され、ハブスポーク仮説の主要な予測が裏付けられた。すなわち、腹外側ATLは、モダリティ特異的スポーク領域との相互情報伝達を司ることで、項目ごとの意味的類似性を符号化していると考えられる。

2-2. より広い領域のATLにおいて機能的段階性が存在する

オリジナルのハブスポーク仮説は、ATLの下位領域についてはほとんど考察を行っていなかった。これは、SDにおける萎縮の分布はATLの中でも側頭極や腹側領域に強く、この傾向がかなり一貫しているからである。また同様に、SDではマルチモーダルな意味認知障害のバリエーションにも乏しかった (病初期に左半球と右半球のどちらの萎縮が強いかによって障害される領域がやや異なるという観点は除く) のも理由の1つであった。しかし、より新しいエビデンスは、腹外側ATLがハブの中心的役割を担うということのみならず、ATLの他の下位領域にわたって段階的な機能が存在するということを示している。

このような段階的機能勾配についての最初のエビデンスは、細胞構築学から来ている。Broadmannは側頭葉前部を複数の異なった領域に分けており、現在の神経解剖学的手法はさらに細かな領域に分類を行っている。Broadmannは、「誤った解釈を防ぐために改めてここに記しておくが、すべての領域が明確な境界線によって分界されているわけではなく、側頭葉や頭頂葉領域のようにゆるやかな変化を辿ることもある」として、側頭葉皮質の細胞構築学的変化は段階的であることを記していた。

2つ目のエビデンスは、解剖学的・機能的結合性から来ている。ハブスポーク仮説にあるように、主要な白質路はATL領域に収束している。しかしながら、これらの収束点は極めて部分的にしか重複しておらず、このためATL下位領域ごとに、結合性に段階的な部分的差異が生じる。たとえば、鉤状束は眼窩前頭皮質・下前頭回眼窩部を側頭極皮質と強固に結合している。その他、最外包は前頭前皮質と上部ATL領域を主に結合しているし、中縦束は下頭頂小葉と上部ATL領域を、下縦束は後頭葉と腹側〜腹内側ATLを結合しているのである。このように白質束の収束域が部分的にオーバーラップすることによる段階的な影響は、ATL内の局所的なUファイバー (弓状線維) 結合によって、さらに強調される。また、このような部分的にオーバーラップし合う結合性は、resting-state fMRIやtask-active fMRI研究でも認められている。実際、ATL内部での強固な結合性に加えて、側頭極皮質は眼窩前頭領域と、下外側ATLは制御的意味認知処理に関わる前頭葉や後方領域と、上部ATLは一次聴覚野や運動前野と、強い機能的結合性を持っている。

3つ目のエビデンスは、神経画像研究から来ている。先述したように、腹外側ATLは入力モダリティや刺激カテゴリに依存しない意味的タスクにおいて活動性がみられる。ここから少し離れた部位では、クロスモーダルな意味機能は弱くなり、より特定の入力モダリティによく反応するようになる。たとえば、より内側のATL領域は、画像に基づいた刺激や、具体的な概念に対してよく反応する。対称的に、上側頭溝~上側頭回の前部は、聴覚的刺激や発声された単語、抽象的な概念に対してよく反応する。ここと重複する上側頭回領域は、組み合わせ的意味処理に重要とされている。最後に、前頭極および背側ATL領域は、社会的刺激に対して優位な反応性を見せる。

これらの段階的な機能多様性を説明する1つの可能性として、相互排他的な (独立した) ATL領域が異なる意味的カテゴリー・モダリティを表現しているという考え方は、もちろん存在するだろう。しかしながら、この考え方には2つの問題点が存在する。1つ目は、細胞構築学的データや解剖学的・機能的結合性の観点からは、ATLが個別の機能的領域に分割できるというよりは、段階的な機能特化が存在すると考えた方が良さそうだという点である。そして2つ目は、このような離散的な考え方では、ほぼすべてのドメインとモダリティにわたる知識を支えるハブとしての役割を説明できないという点である。やはりこう考えると、ATLは段階的な (勾配を持った) 機能特化を有しているという考え方の方が自然であろう。この見方に立つと、近接するATL領域は、様々なモダリティ特異的な表現システムとの結合性の強さによって、異なった種類の情報の表現にある程度は関連していると考えられ、先述した神経画像研究の結果にも納得ができる。

この段階的機能特化の考え方は、結合性が機能に影響するという考え方を反映している。ハブスポーク仮説の亜種ともいえる仮説として、Plautらはモダリティ特異的スポークに距離依存的な結合強度の概念を持ち込んだ。これは、中心的ハブユニットは全ての入力系から最も遠くに位置するため、すべての意味的課題に同等に寄与するし、特定のモダリティ特異的スポークに解剖学的に近距離にあるユニットは、全種の意味的処理に関わりはするがより近接するモダリティに関するタスクにより濃厚に寄与する、とする考え方である。この仮説では、たとえば、視覚表現に近接するハブユニットは、画像に基づいた物品呼称課題のような課題により強く寄与するが、非視覚的な課題 (たとえば音に基づいた物品の同定など) にはあまり寄与しない、と考える。この距離依存的結合強度仮説に、「ATL機能は長距離皮質結合路によって形成される」という段階的ハブスポーク仮説の概念を持ち込めば、さらに拡張した仮説を形成することができる。すなわち、内側ATLは聴覚や言語システムよりも視覚野との結合性が強いためより視覚的/具体的概念に反応すると言えるし、上側頭溝/上側頭回前部は言語野との結合性が強いためより言語的/抽象的概念に反応すると言えし、側頭極は社会的認知や情動を司るネットワークとの結合性が強いためより社会的な概念に反応すると言えるわけである。そして、腹外側ATLはすべての異なるシステムからの結合を同等に受けているという点で、重要な役割を持つ。

このような段階的機能はATLハブや意味認知処理に特異的なものではない。実際、その他の皮質領域や認知処理 (視覚認知処理や聴覚認知処理) において、実際のネットワーク結合性パターンを反映するような段階的機能プロファイルが証明されている。したがって、段階的機能が結合性によって規定されるというのは認知処理における一般的法則であり、ATLに到達するモダリティ特異的な情報は、既に段階的機能を持つ非ATL領域において処理された情報と言えるのかもしれない。

2-3. カテゴリ特異性と段階的ハブ

意味表現の理論とその神経学的基盤は、2つの異なる神経心理学的・機能神経画像データセットに大きな影響を受けており、2つの異なった理論的立場を生んだ。1つ目の立場は、いくらかの種類の神経疾患によって観察される一般的意味認知障害 (あらゆる種類の知識が均等に障害される意味認知障害) に注目し、大脳皮質の意味認知システムは一貫性・一般化可能性のある概念を含有するトランスモーダルなコンポーネントを必要とするはずだと提唱した。2つ目の立場は、神経疾患の中には特定のカテゴリの知識が特異的に障害されるものもある (e.g. 生物 vs 人工物) ため、解剖学的・機能的に独立した神経システムが異なった概念ドメインの知識 (動物、道具、相貌、風景など) を支えているはずだという考え方を示した。

近年の経験的および計算科学的研究によって、ハブスポーク仮説はこれらの2つの立場を包括して統一的に説明できるように強化された。神経心理学は、いくつかの大規模ケースシリーズ研究の中で、意味認知障害のパターンとその責任神経領域についての明確な情報を提供してくれた。たとえば、両側ATL萎縮のあるSD患者は一般的意味認知障害を示し、あらゆるカテゴリの知識について均一な課題成績を残した (もちろん刺激の親和性や典型性についてはコントロールを行っている)。一方で、後腹側の後頭側頭領域の損傷を受けた患者では自然種の同定困難が比較的に見られるようになり、側頭葉前内側部を中心とした損傷を受けた単純ヘルペスウイルス脳炎 (HSVE: herpes simplex virus encephalitis) 患者では人工物よりも自然種における知識の低下が明らかであった。そして、側頭頭頂領域の損傷を受けた患者では、行為に関連した人工物の知識の低下が見られた。こういった、一般的もしくはカテゴリ特異的な意味認知障害についての神経心理-解剖学的関連性は、健常者における機能画像解析やTMS、脳外科的手術による皮質脳波研究などでも同様に示されている。

これらの発見はすべて、結合性の概念を取り入れたハブスポークモデルによって説明可能である。意味表現は単にハブに内蔵されるわけではなく、ハブとスポークの間の共同作業を反映しているものであるという考え方と、身体化認知理論にあるように、モダリティ特異的な情報は特定のカテゴリーに特に重要である (たとえば行為というモダリティは道具というカテゴリーに重要である) という考え方を合わせると、SD患者にみられるような進行性のATLトランスモーダルハブの変性はカテゴリ非特異的な障害を生むということと、スポークに対する選択的な損傷はカテゴリ特異的な障害を生むと言うことはまず理解できよう。こう考えると、行為や機能知識の障害は人工物の操作に有害であり、高精度視覚入力の障害は動物の識別に有害であることがわかる。ハブとスポークの意味表現における異なる寄与は、神経学的に健常な成人に対するTMS研究で実証された。ある研究では、外側ATLの阻害刺激によってカテゴリ非特異的な障害が生じ、行為を符号化する頭頂葉領域の刺激によって、人工物の物品呼称が阻害されるというカテゴリ特異的なパターンが生じた。そのほかにも、腹内側の後頭側頭領域は人工物に対する強い活動性を示すが、これは頭頂葉の行為を符号化する領域と直接的な結合を有しているためと考えられる。また、先天的に全盲の患者においてこういった「視覚」領域が生物よりも人工物に強い活動を示すのも、同様の論理で説明が可能である。

残された難問は、HSVEとSDにおける意味認知障害の差異を説明する方法である。両者は、障害されるATL領域という観点でみるとかなり類似している (HSVEではより内側にフォーカスがあるという差異はある) が、HSVE患者は自然種と比べて人工物に対する知識が保たれている。このようなことはSDではまず見られない。しかし、このカテゴリ特異性を説明する重要な要素はすでによくわかっている。概念は上位概念 (たとえば動物と道具)、基本概念 (犬とナイフ)、具体概念 (プードルとパンナイフ)というふうに階層的に分類することができる。ほとんどの意味認知研究は基本概念に焦点を当てており、この階層では、人工物と比較して生物/自然種は視覚的・概念的に類似していて、混同しやすいのである。この考え方を証明するために最も重要なのは、人工物と生物に対する課題成績の差が基本概念レベルでは存在するものの、より下位の概念レベルでは両方のカテゴリーで課題成績が高度に障害される、ということを示すことであり、そしてこれは既に検証されている。すなわち、内側側頭葉領域は生物の区別に重要ということではなく、視覚的・意味的に混同しやすいものの区別に重要であるという解釈となる。たとえば、異なる種類のナイフとか、異なる種の犬とか、そういうレベルである。この解釈は、段階的ハブスポーク仮説はもちろん、ATL下位領域は段階的かつ結合性依存性に抽象的・具体的概念の表現に異なる寄与をするという既存のエビデンスと合致しており、今回の議論を踏まえれば内側側頭葉はより具体的な概念の表現に関与していると言えるだろう。

 

3. 意味認知の制御

3-1. そもそも意味認知の制御とは何か

意味表現ネットワークは、日常生活において、その場その場の課題や文脈に適した表現と推論を生成できるよう制御されなければならない。我々は、ある課題においてはより下位の (具体的な) 意味概念に重きを置き、そこまで重要でない特徴に注目したり、その概念から強く連想されることを抑えたりすることが必要である。さらに、同じ概念であっても、時と共にその意味の持つ重要な側面は変化しうるものであり、そういった変化は言語においても非言語的行動においても見られるものだ。たとえば、チーズ&チャツネサンドイッチを作ろうと思って1つの同じナイフを手にした際にも、容器をあける際、パンを切る際、バターを塗る際、チーズを切る際、チャツネを掬う際、など複数の場面で異なったナイフの使い方をするだろう。1つ1つの使い方には、ナイフの異なった特性が利用されていて、この際「切る」という最も一般的な特性はむしろ抑制されている。チャツネを掬う際には、ナイフの正統な使い方 (切る、スライスする、塗る) はいったん無視し、スプーンなど他の物品で典型的にみられる機能をナイフの機能として利用する。また、物品や単語によって想起された意味表現はその場の文脈に沿って整形されなければならない。これはたとえば、前述のサンドイッチを作る例においてパンがなくてクラッカーがあったときにどうするか、といった具合に、新しい入力を既存の文脈に統合することに困難が伴うような「曖昧性」「混乱」の場面で重要である。

CSCフレームワークによれば、意味認知の制御は、意味表現ネットワークと独立した、しかし相互作用しあう分散型神経ネットワークによって行われる。認知制御一般や意味想起における認知制御の役割に関する幅広い研究によれば、この制御ネットワークは、ワーキングメモリと実行表現 (executive representations: 現在の行動についての時間的・状況的・タスク的文脈を符号化したもの) をサポートすると考えられている。こういった機能は、意味表現ネットワーク内の活動の伝播を制御するものである。慣れた文脈であれば、関連情報は頑強に符号化されているため、表現ネットワークは意味制御ネットワークからの入力をほとんど必要としないだろう。一方で、符号化の程度が弱い情報の想起、過学習された反応の抑制、非典型的な特徴の強調を必要とするような慣れない文脈では、制御ネットワークからのより強い入力を必要とする。この制御的意味認知処理に関する知見は、経験的エビデンスおよび計算科学的エビデンスに基づいて発達したものである。

※ 制御的意味認知処理の計算科学的エビデンス (現論文のBOX4): 計算科学的モデルは、意味制御と意味表現における、独立した、しかし相互作用するネットワークについての長年の混乱を解決した。一方では、概念は文脈を越えて一般化されなければならない (たとえば、カナリアは他の鳥と同様に卵を産む)。しかし他方では、我々は、異なる課題を達成するためにさまざまな異なる概念特性を想起することを要求される (たとえば、カナリアを見つける際はその黄色という特性に頼るし、捕まえる際にはそのぴょんぴょん跳ねる動きという特性に頼る)。この2つの異なる機能的特性は、制御と表現に別々の、しかし相互作用するネットワークを持つ計算モデルを実装することで解決される (下図a)。ハブスポーク仮説にあるように、モダリティ固有の情報はトランスモーダルハブと相互作用し、一般化可能な概念を形成する。また、別の実行制御ネットワークの一部として、現在の課題の文脈を表現する領域 (実行表現: executive representations、または内的課題表現: interenal task representation) が存在する。これら2つの構成要素は統合システム (integrative system) を通じて相互作用する。統合システムは、文脈に依存しないトランスモーダルハブで生じる多次元における類似性構造を動的かつ一時的に再形成し、課題、時間、文脈に関連した行動反応を生成する。したがって、もし2つの対照的な課題 (例えば、カナリアを見つけることと捕まえること) が、それぞれ色と動きの特性に注目する必要がある場合、統合層は目標行動に一致する文脈に関連した内部表現を生成する (下図b; 左と中央のパネル)。トランスモーダルハブは課題情報や文脈情報に直接接続されていないため、特定の文脈から独立した構造を持つ表現を学習し、文脈を超えた概念的汎化の中核となる計算的基礎を提供する (下図b; 右のパネル)。一方で、課題/文脈情報と知覚入力を、単一の中間ハブ内で直ちに混合するようなモデルだと、上記のような機能的特性を生じさせることはできない (たとえば、見つけたカナリアが卵を産むものだと認識できない)。このように、この計算モデルは当初は認知現象を説明するためだけに進められたが、意味認知には表現と制御のための別々の相互作用する神経ネットワークが必要であるという結論に至ったのである。

3-2. 意味認知制御の障害

HeadやLuriaは、ミサイルによる貫通性脳損傷によって側頭頭頂領域に損傷を受けた患者たちの意味認知処理障害について研究を行った。この患者たちは、単純な意味知識の喪失というよりも、その知識の利用・操作に障害があり、同時にほかの種類の「象徴的」処理の障害も併発していた。Headはこのパターンを語義失語 (SA: semantic aphasia) と呼んだ。同様の障害プロファイルは、Goldsteinらによって脳卒中後失語の症例でも報告された。その後、Warringtonらは、SDにおける意味記憶「貯蔵」の障害と、MCA領域梗塞による全失語患者における意味記憶「アクセス」の障害を区別した。最近、SDとSAの詳細な比較を行ったケースシリーズ研究において、この2つの病態が言語的および非言語的ドメインにおいて定性的な差異を有することが報告された。SD患者とは異なり、SA患者は次のような特徴を持つ:(1) モダリティによらず実行負荷の高い課題や刺激に対して成績が特に悪くなる、(2) 課題の成績が一貫しない、(3) 刺激の親和性に成績が依存しない、(4) 語の持つ曖昧性や意味の多様性が課題の成績に強く影響する、(5) 手がかり刺激や誤認手がかり刺激が課題の成績に強く影響する、(6) 競合項目や関連項目の阻害効果の低下 (チーズトーストを作ろうとしているときにマーマレードの誤って容器を選んでしまうなど)、(7) 物品呼称における連想的意味誤認 (牛の絵を見てミルクと言ってしまうなど)、(8) カテゴリ流暢性課題と文字流暢性課題における直前回答への引っ張られやすさとカテゴリ外への逸脱 (動物をたくさん答えてくださいと言われたときに「猫、犬、馬、サドル、鞭、...」となってしまうなど)。

手がかり刺激・誤認手がかり刺激の影響は、SDとSAの違いを考えるにあたって特に顕著な例である。たとえば、SD患者もSA患者も、トラの絵を見たときにその名前を言うことはできないが、「ト」という音声手がかりを与えたとき、SA患者は多くの場合正答に至る。一方で、SD患者は依然答えることができない。さらに言えば、「ラ」という誤認手がかり刺激を与えたときに、SD患者はもちろん答えることができないが、SA患者は「ライオン」と答えてしまうのだ。これらの差異はすべて、SD患者は意味表現ネットワークに障害を有し、SA患者は意味制御ネットワークに障害を有すると考えれば説明がつく。

 

4. 意味制御ネットワーク

4-1. 意味制御ネットワークが分散型ネットワークであることを示すエビデンス

1990年代後半の精力的なfMRI研究によって、前頭前野は (意味表現を符号化するという役割は持たないものの) 意味知識のアクセス・想起・操作を行うという重要な機能を持つことが示された。たとえば、多くの正解となりうる選択肢の中から1つの答えを選ぶであったり、めったにない意味的連想を行わせるといった意味的課題において、前頭前皮質 (PFC: prefrontal cortex) の活動性がみられる。こういった発見は、SAが側頭頭頂皮質に対する障害であり前頭前皮質に対する障害ではないという古典的な考え方と矛盾する。しかし、この矛盾は、様々な手法を用いた研究によって解決されつつある。現在、SAはPFCの障害でも側頭頭頂皮質の障害でも (もちろんその両方の障害でも) 生じうると考えられている。また、近年のfMRI研究のメタ解析では、外側PFC (lPFC) 以外にも意味制御課題において活動性を示す領域として、中側頭回後部 (pMTG: posterior middle temporal gyrus)、頭頂間溝 (IPS: intraparietal sulcus)、前補足運動野 (pre-supplementary motor area)、前帯状皮質~腹内側PFC (vmPFC) が発見された。左下部前頭葉領域、pMTG、ITGに対するTMS研究では、特に認知制御に重負荷がかかるような状況において意味機能の障害が観察されたため、やはりこれらの領域は実行負荷のかかる課題の達成に重要な役割を持っていると考えられた。もちろん、前頭前皮質頭頂葉領域が共同して認知制御を支えているという考え方自体は、遂行機能やワーキングメモリなどの仮説と類似しており、新しいものではない。

4-2. 制御ネットワーク内での段階的機能特化

分散型意味制御ネットワークは機能的に均一なのだろうか?それとも機能的分担が行われているのだろうか?前頭前野と側頭頭頂葉の機能については、比較的わずかな違いしか存在しないようである。たとえば、前方の損傷では言語的・非言語的課題の両方において頑固な障害 (順行抑制効果: 以前の学習によって新しい学習が抑制されること) が起きたり、保続的誤りが多く起きたりする。これらの現象はともに、以前生成した反応を阻害することができないことによるもので、前頭前野の障害として知られている。

1つの収束しつつあるエビデンスとして、認知制御ネットワークには上下方向に機能的勾配があると言われている。たとえば、下前頭溝 (IFS: inferior frontal sulcus) 周囲に注目したfMRI研究では、負荷のかかる作業の遂行において、ドメイン非特異的に背側・後方に強い活動が見られた (なお、ここで言うドメインとは、言語・視覚認知・記憶・遂行機能・注意などの、認知ドメインのことを指す)。一方で、腹側・前方のIFSは、記憶の想起において特異的に活動が見られた (この領域は意味記憶エピソード記憶の両方において弱い記憶表現を推し上げる役割を持つのかもしれない)。同様の上下勾配は、意味記憶の想起課題において、その性質 (再生なのか再認なのか) や実行負荷を変えることによっても観察可能であった。腹側PFC (vPFC) とpMTGは弱い意味的連合を持つ記憶の再生で活動性が上昇し、背外側PFC (dlPFC) とIPSは負荷の高い再認課題において活動性が上昇した。これらの中間に位置する中部〜外側PFCはどちらの負荷に対しても活動性が見られ、PFC機能の段階性が伺える。機能的・解剖学的結合性研究も同様の可能性を示しており、ネットワーク下方部 (vFPCとpMTG) はATLと強固に結合しているが、上方部はそうではない。また、TMSによってvPFCとpMTGを阻害すると、意味的判断が選択的に障害され、IPSを阻害すると意味的・非意味的判断の両方が障害される。これらの結果をまとめると、意味制御ネットワークの下方領域は、(意味表現ネットワークとの強い結合性のため) 弱く符号化された情報の想起に関わり、一方で上方領域はよりドメイン非特異的な制御に関わる、という機能的段階性が存在すると言えよう。(心の声: 意味記憶の制御ネットワークはあくまでドメイン一般の認知制御ネットワークの一部を構成するに過ぎないということだと思います。)

 

5. CSCとその他の仮説

我々の知る限り、CSCフレームワークは、人間の意味認知システムの表現と制御の両方を説明する唯一の枠組みである。もちろん、今までも多くの文献において、意味記憶についての異なる仮説が検討されてきた。ここで我々は、CSCとその他の仮説の関係性について議論をしておく。

5-1. 実行的意味認知処理

意味認知の制御処理は、認知制御フレームワーク (背側PFCに符号化された目的とより後方の知覚・知識システムの相互作用について説明するもの) と密に関連している。CSCでは、pMTGやvPFCなどの意味制御に特異的に関わる領域が、意味表現をドメイン非特異的な制御処理と相互作用させていると考えられる。たとえば、ハブスポーク意味表現ネットワークを、現在の目的に基づいて活性伝播させるという具合にである。また、たとえば入力/想起された意味が曖昧だったり予想外のものであったときは、意味システムが制御を必要とし、pMTGやvPFCの活動が強く見られるだろう。

また、意味表現と意味制御についての研究は、それぞれ独立して進歩してきたということは、特化すべき事項である。両方の側面を統合することは、少なくとも3つの理由で重要である。1つ目は、意味知識を展開するのが困難な場面が複数存在するからである。たとえば、極めて弱い意味表現しか有さない概念や、曖昧な意味を持つ概念、概念と文脈の不一致がある場合などが該当する。これらの場面では、異なった制御的サポートが必要となるだろう。2つ目は、意味表現と意味制御は高度に相互作用し合うものと考えられるからである。3つ目は、CSC構成要素が損傷を受けた場合に、この相互作用の性質が変化するからである。この相互作用形式の変化を説明するためには、制御と表現の両方を包括したフレームワークが必要なのである。

5-2. 意味収束領域

他の研究者たちは、モダリティ特異的な分散型システムを通じた情報の伝達は、複数の互いに離れた「収束領域」を通じて行われることを提唱した。これら収束領域が持つ入力システムと出力システムそれぞれとの結合性によって、受容的意味課題と表現的意味課題それぞれについて異なる領域が提唱されており、異なる意味的カテゴリについても同様に異なる領域が提唱されている。これらの考え方はCSCフレームワークの主要な部分と一致する。すなわち、意味ネットワークはクロスモーダルハブによって構成されていて、その上でネットワーク結合性が機能的特異性を形成するという考え方である。しかし、収束領域仮説はCSCフレームワークと2つの点で異なっている。

収束領域はモダリティ特異的な情報源を結合するポインタとしての特徴を持つが、ポインタ自体は意味構造を持たない (すなわち、収束領域は意味内容を保持しておらず、情報が存在する皮質領域の座標を保持しているに過ぎないということ)。一方で、ハブはクロスモーダルな類似性構造を検出するのに重要な役割を有しており、概念的に類似した項目の一般化課題において、その機能が重要となる。複数の個別の領域が異なる課題やカテゴリごとに存在するという考え方も、意味認知においてATLが持つ課題非特異的・ドメイン非特異的な機能の解釈を難しくさせる。CSCフレームワークの段階的ハブの考え方は、ドメインとモダリティの両方に特異的な障害パターンを説明可能であり、同時に特定のモダリティのみが障害されるような意味認知障害も説明可能である。最後に、収束領域の理論では、半球間での機能分化の考え方が取り入れられているが、CSCフレームワークは機能的に統合された両側ハブの立場をとっている。計算科学的モデルや、TMS-fMRIを組み合わせた研究、患者に対するfMRI研究など、すべての研究が、脳障害後の意味認知成績の保存には両側ネットワークの相互作用が重要であるということを支持している。

5-3. 分散型ドメイン特異的仮説

CSCフレームワークと同様に、MahonとCaramazzaは、意味ネットワークの異なるパーツが、機能的結合性パターンの差異を反映して、異なるドメインに対して反応するということを提唱した (分散型ドメイン特異的仮説)。この仮説も、我々のCSCフレームワークも、局所的機能が結合性に大きな影響を受けるという点を強調しており、実際この考え方に基づけば、カテゴリ特異的な障害やfMRI活動を説明できる。しかしながら、彼らの分散型ドメイン特異的仮説はトランスモーダルハブの必要性については論じていなかった。

5-4. 分散型特徴基盤仮説

CSC仮説は、古典的な神経学的モデルや現代的仮説と同様に、意味表現の過程が大脳皮質に分散した複数のモダリティ特異的情報源の再活性化を伴っているということを提唱している。大規模な意味的特徴データセットや、最先端の神経信号多変量解析手法を含む現代的手法は、意味表現における異なる情報源の相対的な重み付けを探り、それらの神経位置をマッピングすることで、さらにこの考え方を裏付けた。どの皮質領域がどの特性を符号化しているのかという議論はほとんどコンセンサスが得られていない状態だが、多くの研究者たちはこの分散型特徴基盤仮説の考え方を支持している。CSC理論は、この一般的な考え方を大幅に推敲し、モダリティ特異的な表現が相互作用するアーキテクチャ、ネットワークの結合性が段階的な機能特異性を形成する方法、意味制御がネットワーク内の活性化伝播形式を調整して文脈・課題・時間に応じた行動を生成する方法、これらすべてを理解する枠組みを提案した。

 

6. 今後の展望と疑問

ハブスポーク仮説は、概念がハブとスポークの両方の表現とその相互作用を反映していると仮定している。しかし、意味表現全体に対するハブとスポークの相対的な貢献度や、安定した意味表現に落ち着く過程での相互作用の性質や時間経過を理解するには長い道のりがある。例えば、概念の中核となる要素は、ハブが最初に活性化したときに利用できるのか、それともハブとスポークの間の継続した相互作用を必要とするのか。

このreviewでまとめたように、意味表現と意味制御の正常・障害を理解する試みには、歴史的なかなりの進歩があった。このような表現と制御の核となる計算は、認知的にも神経ネットワーク的にも分離することができるが、すべての意味認知行動はこの2つの構成要素の間の同期した相互作用を必要とする。この相互作用の性質や、器質的障害を持つ患者の場合にこのシステムがどのように変化するかについては、まだほとんど分かっていない。今後、意味制御を支える計算メカニズムを解明し、それを段階的ハブスポークモデルに統合することが重要である。

今後、抽象的・感情的・社会的な概念が、段階的ハブスポーク仮説の神経計算的フレームワークを通じてどのように表現されるのか、またそれらが制御ネットワークにもたらす課題について、理解を深めるための研究が必要である。このステップは、抽象的-具象的区別が多次元的であることの証明や、抽象的意味の処理における文脈と意味制御の重要性など、最近の研究を基にして行われるだろう。

項目に基づく概念 (離散的概念:たとえば動物、物体、抽象概念、言葉) と、項目に依存しない概念 (連続的概念:たとえば数、空間・場所、スキーマ、構文) の間にはどのような関係があるのだろうか。神経心理学fMRI研究から、この2種類の概念は独立しているということが明確に示されている。計算科学的な仮説の1つは、腹側 (側頭葉) 経路と背側 (頭頂葉) 経路という2つの直交する統計抽出過程が存在することを示唆している。腹側経路は、現在進行中の言語的・非言語的経験を時間的・文脈的に統合し、一貫性・一般化可能性のある項目ベースの概念を抽出することができる。一方、背側経路は、項目をまたいで統合して、構文、時間、空間、数などの一般化可能な情報を抽出している。今後の研究では、このような異なる種類の概念がどのように相互作用し、協調して、時間をまたいだ高度な言語的 (たとえば発話など) および非言語的 (例えば、物体の連続使用) 行動を生成するかに注目する必要がある。

 

結論

・意味認知は、意味表現ネットワークと意味制御ネットワークという2つの独立したネットワークの相互作用によって行われる。

・意味表現ネットワークは、側頭葉前方領域をトランスモーダルなハブ、大脳皮質に分散するモダリティ特異的なネットワークとの結合をスポークとした、ハブスポークモデルによって説明可能である。

・ハブスポーク仮説において、ハブの局所的な結合性差異に基づいた機能的段階性に着目し、段階的ハブスポークモデルが提唱された。

・意味制御ネットワークは、認知制御ネットワークの一部分である。

・認知制御ネットワークには上下方向の機能勾配があり、下方ネットワークが意味制御ネットワークとして働いており、上方ネットワークは認知ドメイン非特異的な制御ネットワークとして機能している可能性がある。

 

感想

なんと論理的な文章なのでしょう...。抽象的表現も多かったけどかなりわかりやすく工夫して書かれていたと思います。

結論に自分なりの理解を要約して記載してみました。多分この理解でOKだと思います。

抽象的な話が多かったので、1つ1つの単語の意味の理解がかなり重要になっていたと思います。混乱を招きかねないなと思ったのが、たとえば"domain"という用語をこの論文内で2つの異なる用法で使っていて、前半では"superordinate category"的な意味 (動物や植物などの上位分類を指す)、後半では"cognitive region"的な意味 (言語認知、視空間認知などの認知領域を指す) で用いられていたと思います。他にも、"item"という言葉がわかりにくくて、途中まで「物品」と訳してしまっていたのですが、おそらくは「項目」とするべきで、離散性を示す言葉として扱うべきだったのかなと思います。このあたりがややわかりにくいポイントでした。

さて、疲れたので今日はいったんこれで記事公開とします。CSCフレームワークに基づいて相貌認知とか空間認知について自分なりに考察した記事を後日追加するつもりです。あー疲れた。20,000字だよこれ...。