ひびめも

日々のメモです

日本国内における重症筋無力症の発症年齢別の特徴

Characteristics of myasthenia gravis according to onset-age: Japanese nationwide survey.
Murai, Hiroyuki, et al.
Journal of the neurological sciences 305.1-2 (2011): 97-102.

 

臨床的な文献はこのくらいにしておこうかな。

 

1. 背景
重症筋無力症 (MG) は神経筋接合部を標的とした自己免疫疾患である。この疾患は眼筋症状、球症状、四肢筋力低下、呼吸不全によって特徴づけられる。MGの臨床的側面はここ数十年の間に劇的に変化しており、これは致死率の減少、MuSKに対する抗体の発見、免疫抑制剤や経静脈免疫グロブリン (IVIG) の使用開始などに反映されている。
複数の研究において、MGには人種差が存在することが指摘されている。たとえば白人とアフリカ民族の患者の違いについては、アフリカ人は白人と比較してAChR抗体の陽性率が低く、MuSK抗体陽性率が高く、疾患の重症度も高いことが指摘されている。また、アジア人では青少年期発症MGの頻度の高さが記載されており、中国ではMG患者の39-50%が小児 (15歳以下) である。また、アジアでは眼筋型の頻度の高さも特徴であり、47-73%とされる。
近年、後期発症または若年発症のMGの発症が増加傾向にある。これは全世界的な現象であり、日本の特定の領域に限られたことではない。後期発症MGの増加は国内レベルでは評価されていない。しかし、高齢者は高血圧、糖尿病、脂質異常症脳卒中、癌、骨粗鬆症など多様な合併症を患っており、適切な治療選択肢の選択が難しくなりがちであることを考えると、この傾向を評価することは重要である。
自己免疫疾患の有病率の増加は、西洋先進国では報告されている。この増加は環境変化や医療ケアの改善に起因すると考えられている。このため、急速な環境変化を遂げているアジア諸国におけるMGの有病率と臨床特徴の変化を評価することは重要と考えられる。日本は、アジアの中で反復的な国内疫学調査が行われている唯一の国である。前回の調査は1973年と1987年に行われている。前回の国内調査から20年ほど経過しているため、我々は日本におけるMGの現在の疫学的および臨床的特徴を評価するための3つ目の調査を行った。

 

2. 方法
2-1. 調査手順
厚生労働省の神経免疫疾患研究班、難治性疾患疫学研究班により、全国規模のMG調査が実施された。本研究は九州大学倫理委員会の承認を得た。調査は2段階で行われた。まず、日本におけるMGの有病率とおおよその患者数を把握するための予備調査が行われ、次に各患者の臨床情報を収集するための質問票を用いた2回目の調査が行われた。本調査の対象病院は、日本全国の登録病院から無作為に選択した。抽出は、各病院の病床数に基づく層別化に従って行われ、病床数が多いほど抽出される確率が高くなる。20-99床、100-199床、200-299床、300-399床、400-499床、500床以上の一般病院の抽出率は、それぞれ約5%、10%、20%、40%、80%、100%であった。すべての大学病院、およびMG患者が相当数受診している診療所も調査対象とした。
最初のアンケートは、2005年1月1日から12月31日の間に病院を受診したMGの患者数についての情報を求めた。このアンケートは、神経内科・内科1112科、外科980科、小児科841科、眼科808科、耳鼻咽喉科776科、脳神経外科735科、心臓外科174科を含む5426科に送られた。
1回目の調査で患者を報告した施設には、2回目の質問票が送付された。この2回目の質問票では、各患者について、発症時年齢、性別、出生地、現住所、生年月日、家族歴、発症症状、診断時の症状、MGFA (MG Foundation of America) 分類、MG-activities of daily living (ADL) スコア、エドロホニウム試験、反復刺激筋電図、抗AChR抗体、抗MuSK抗体、胸腺病理および胸腺腫、合併症、選択された治療法、MGFA postintervention status、およびクリーゼの発生を含む転帰、などの詳細な臨床情報を収集した。性別、生年月日、居住都道府県の情報が同一であった患者は重複とみなし、1人は研究から除外した。

2-2. MGの診断基準
MGの診断基準はアンケートに同封された。MGは、(1) 眼瞼下垂、複視、四肢筋力低下、飲み込みづらさ、喋りづらさ、呼吸困難、のうち1つ以上の主観的症状が存在する、(2) 眼瞼下垂、外眼筋麻痺、顔面筋力低下、頸部筋力低下、四肢かつ/または体幹筋力低下、嚥下障害、構音障害、呼吸障害、のうち1つ以上の客観的症状が存在する、(3) 日中の変動かつ/または易疲労性が存在する、(4) エドロホニウム試験、反復刺激筋電図における減衰反応、抗AChR抗体、のいずれかが陽性であること、(5) 他疾患が除外されること、によって診断された。除外すべき診断として、Lambert-Eaton筋無力症候群、筋ジストロフィー、多発筋炎、周期性四肢麻痺甲状腺機能低下症、ミトコンドリア筋症、進行性外眼筋麻痺、ギランバレー症候群、多発神経炎、動眼神経麻痺、Tolosa-Hunt症候群、脳幹腫瘍、脳幹梗塞、脳幹脳炎、ウイルス性脳炎、頭蓋底髄膜炎、側頭動脈炎、Wernicke脳症、Leigh脳症、糖尿病性外眼筋麻痺、血管炎、神経ベーチェット病、サルコイドーシス、多発性硬化症、急性散在性脳脊髄炎、Fisher症候群、先天性筋無力症候群、先天性ミオパチー、ミオトニア、眼瞼痙攣、開眼失行、が含まれた。

2-3. 発症年齢
MG患者は発症年齢に関して以下の5群に分けられ、各群の臨床特徴が解析された: 乳児期発症 (0-4歳)、小児期発症 (5-9歳)、若年発症 (10–49歳)、後期発症 (50–64歳)、高齢発症 (65 歳以上)。

2-4. 統計解析
日本における推定MG患者数は、各群の患者報告数の合計を、各群の調査対象施設数に対する回答施設の比率で除して算出した。総患者数の推計に用いた計算式および95%信頼区間 (CI) については、他の文献で詳述されている。人口10万人当たりの有病率は、2005年の日本の人口に基づいて決定された。
20年間における後期および高齢発症患者の増加の有意性を判定するために、カイ二乗検定を用いた。Kolmogorov-Smirnov二標本検定は、1987年と2006年の研究における発症年齢の分布を比較するために用いられた。各発症年齢群における家族性発症患者の頻度を比較するためにフィッシャーの正確検定を用いた。単変量解析はSAS ver. 9.1.3を用いて行った。一般化加法モデル (GAM) はR ver. 2.7.0を用いて行った. GAMは、臨床的特徴と発症時年齢との関係の線形性 (オッズの対数スケール) を評価するために使用された。GAMは、データに滑らかな曲線を当てはめるために柔軟な平滑化項を使用することにより、直線性の仮定を緩和することができる。

 

3. 結果
3-1. 推定患者数と有病率
合計3919施設 (72.2%) が一次調査に回答し、8542人のMG患者が報告された。二次調査では、15人の重複症例を除いた3141人に関する詳細なデータが収集された。回答率に関して、有意な地域差は認められなかった。MGの推定患者数は15,100人 (95% CI: 13,900-16,300) であった。MG患者の数は、1987年の国内調査の結果と比較して、2倍以上になっていた (表1)。男女比は1/1.7 (63%が女性) であり、30年の経過でわずかに増加した (1973年は67.7%が女性, 表1)。

3-2. 発症年齢の分布
図1Aは、1987年および2006年の調査によるMGの発症年齢ごとの分布を示しており、前者については高齢者の比率の増加の影響を避けるために、2005年の人口分布に対して調整されている。乳児期発症MG (0-4歳発症) は1987年には10.1%、2006年には7.0%を占めており、これは他の発症年齢と比較すると極めて高い割合であった。この特記すべき特徴はここ30年の間で維持されていた。
後期発症および高齢発症のMGは1987年には28.8%を占めるのみであったが、2006年には41.7%まで増加した (図1A, B; p<0.0001)。特に、高齢発症MGは1987年には7.3%のみであったが、2006年には16.8%にまで増加し、2.3倍になった (図1B)。若年発症MGの割合が低下傾向となり、後期および高齢発症MGの割合が増加傾向にあることは、図1Cで明らかに観察できる (p<0.0001 by Kolmogorov–Smirnov二標本検定)。
乳児期発症のピークに加え、女性患者はおおよそ30歳と55歳に2つの発症年齢ピークを示した。一方、男性患者は10歳から65歳の間で線形の上昇傾向を示した (図1D)。

図1. 1987年のデータと比較した今回の調査データの概略: (A) 各発症年齢群におけるMG患者数。例えば、"15"は15-19歳の発症年齢を示す。1987年のデータは、世代の高齢化の影響を避けるため、2005年の人口に調整した。幼児期発症 (0-4歳) 群に顕著なピークが持続的に存在する。(B) 後期および高齢発症のMGは、20年間で増加した。発症年齢が65歳以上の患者の増加は特に顕著である。(C) 1987年のデータと比較した患者の割合。若年発症のMGの減少と後期発症のMGの増加を示す (p<0.0001: Kolmogorov-Smirnov二標本検定)。(D) 各発症年齢群における患者の性別を示す。女性では幼児期のピークに加え、20歳代と50歳代に2つのピークがみられたが、男性では10歳代から60歳代にかけて直線的な増加がみられた。(E) 各MG-ADLスコアの患者数を示す。(F) 患者のMGFA分類を示す。MGFA IとIIが全MG症例の80%を占めた。 

3-3. MG-ADLスコアとMGFA分類
診断時のMG-ADLスコアは5.85±3.87 (range: 0-24) で、中央値は5であった (図1E)。MGFA分類は図1Fに示されている。MGFA I (眼筋型)、II (軽症全身型)、III (中等症全身型)、IV (重症全身型)、V (挿管) はそれぞれ、35.7%、44.3% (IIa: 27.8%、IIb: 16.5%)、15.6% (IIIa: 9.0%、IIIb: 6.6%)、2.5% (IVa: 1.1%、IVb: 1.4%)、2.0% を占めた。MGFA IとIIを合わせると、合計症例の80%を占めた。

3-4. 家族歴と臨床症状
全体の0.7%だけがMGの家族歴を有しており、3.0%が自己免疫疾患の家族歴を有していた。発症時の様々な症状の頻度は以下の通りである: 眼瞼下垂71.9%、複視47.3%、顔面筋筋力低下5.3%、球症状14.9%、四肢筋力低下23.1%、呼吸困難2.3%。診断時には、これらの症状は81.9%、59.1%、13.9%、27.6%、44.1%、4.9%に増加した。クリーゼは、7.7%が発症から1年以内、3.8%が1-5年、2.9%が5年以上の時期に観察された。全期間を通したクリーゼの総頻度は13.3%であった。

3-5. 血清データと筋電図
抗AChR抗体の診断時陽性は73.9%で認められ、力価は93.6±296 nmol/l (range: 0.18-7000) であった。抗MuSK抗体陽性は1.4%のみであったが、94.7%の症例では測定されていなかった。エドロホニウム試験は75.6%で陽性であった。EMGにおける振幅減衰は47.3%の患者で認められた。

3-6. 胸腺および胸腺腫病理
残存胸腺に関して、過形成は38.4%で認められ、正常または縮退胸腺は33.5%で認められた。胸腺腫は全MGのうち32.0%で認められた。正岡分類は以下の通りであった: I 36.8%、II 18.4%、III 11.8%、IVa 4.1%、IVb 1.0%、不明 27.8%。胸腺腫のWHO分類は以下の通りであった: A 1.6%、AB 5.9%、B1 7.3%、B2 9.7%、B3 5.2%、不明 70.3%。

3-7. 各発症年齢群の臨床特徴
患者は発症年齢によって分類され、群間でパラメーターが比較された (表2)。乳児期発症群では家族性MGの頻度が高かった (2.38%) が、統計学的に有意ではなかった (p=0.0915)。乳幼児発症群ではMGFA I (眼筋型MG) が80.6%と多かったが、小児期発症群では61.5%まで下がり、若年発症群では26.4%と下がった。MGFA Iの発症率は、後期発症および高齢発症群では再度増加した (後期発症群の38.1%、若年発症群の37.3%)。エドロホニウム試験の陽性はどの群でも同様であった。EMGでの減衰反応は乳児期発症群では20.3%でのみ観察されたが、発症年齢が上がるにつれて増加した。抗AChR抗体は乳児期発症群と小児期発症群ではおおよそ半数が陽性であったが、発症年齢が上がるにつれて増加した。陽性率は、高齢発症群では89.2%にのぼった。胸腺腫は乳児期発症群では3.6%と稀で、小児期発症群でも10.0%と多くはなかったが、若年発症群では30%を超え、後期発症群では46.6%と特に増加した。高齢発症群では、再度減少に転じた。残存胸腺の過形成の比率は若年発症群では高かったが、他の群では低かった。各発症年齢での治療選択肢は表2にまとめてある (ないけど...)

こうした傾向は、GAM解析によって明瞭に可視化された (図2)。眼筋型の表現型は20代で明らかに低下し (図2A)、抗AChR抗体陽性率は年齢が上がるにつれて緩徐に増加した (図2B)。胸腺腫と過形成の陽性率は、異なるピークを持つ逆U字曲線を描いた: 胸腺腫は50代に、過形成は20-40代にピークを認めた (図2C、D)。

図2. 一般化加法モデル (GAM) による眼筋型、抗AChR抗体陽性、胸腺腫と胸腺過形成の割合の解析結果: これらの臨床的特徴と発症年齢との間の関係の直線性を評価した。結果は予測確率で示され、網掛け領域は±1.96 SEを表す。(A) 眼筋型の発症率は10歳未満で最も高く、20歳代で急速に低下し、その後発症年齢の増加とともに再び上昇した。(B) 抗AChR抗体陽性率は、発症年齢の増加とともに着実に増加した。(C) 胸腺腫の併発はきれいな逆U字型を示し、50歳代にピークがあった。 (D) 胸腺過形成も逆U字型を示し、20歳代から40歳代にかけて広いピークがあった。

 

4. 考察
本研究は、2回目のアンケートの回答率が比較的低かった (36.9%) という制約があった。しかし、3141人 (重複を除く) の患者の臨床情報が収集され、これは日本におけるMGの一連の全国調査の中で最大のサンプルサイズである。
MGの推定患者数は、有病率とともに着実に増加しており、1987年のデータから推測される患者数と比較して、今回の調査では2倍以上に増加している。この増加は、おそらく診断精度の向上と症例の把握、および治療とケアの有効性の向上によるものであろう。人口の長寿化もこの傾向に寄与している。それにもかかわらず、高齢発症のMGは、1987年の発症年齢分布を2005年の人口に調整した後でも、確実に増加していることが示された。
後期および高齢発症のMGの発生率は、欧米諸国および日本の一部の都道府県で増加していると報告されている。本研究では、発症年齢が50歳以上のMGの罹患率は19年間で1.5倍に増加し、特に高齢発症患者 (発症年齢が65歳以上) は2.3倍に増加した。このことは、高齢発症のMGが全体の増加の主な原因であることを示している。増加の理由は不明であるが、若年患者とは異なる免疫学的背景や環境の変化が関与している可能性がある。後期発症群では胸腺腫の発生が多く、後期および高齢者発症群では抗AChR抗体の陽性率が高いことが、この特徴を説明しているのかもしれない。
乳児期発症群 (0-4歳) に顕著なピークがあることは、注目すべき特徴であった。このピークは1973年と1987年の調査でも見られ (図1A)、持続的な傾向を示している。一方、小児期発症 (発症年齢5-9歳) にはピークはなく、これは過去の調査でも同様であった。この乳児期発症群のピークは30年間を通じて一定であったことから、遺伝的背景を反映しており、欧米化した環境の影響は受けていないと考えられる。興味深いことに、同様の傾向は中国からも報告されており、そこでは青少年期発症MGが症例の39-50%を占めている。これらの観察から、乳児期発症のMGの割合が高いことが東アジアの集団の特徴であることが示唆される。ヒト白血球抗原 (HLA) 解析は、乳児期および小児期発症MGの免疫病態を解明する手がかりとなるかもしれない。中国では、HLA Bw46とDR9が発症のMGと関連していることが報告されているが、日本では、DR9とDRw13の頻度が乳児期発症のMG患者で有意に増加していた。このような明確なHLAとの関連が、東アジアにおける乳児期および青少年期発症MGの高い頻度の一因となっている可能性がある。
我々は発症年齢群間の特徴を比較し、GAM法を用いることで、臨床特徴と発症年齢の間の関係性を解析した。この手法によって、臨床特徴と発症年齢の間の関係性の線形性を簡単に可視化することができる。日本人MG患者における発症年齢による臨床的特徴のばらつきは注目すべきものであった。また、発症年齢と反復刺激筋電図検査におけるwaningの頻度、抗AChR抗体陽性との関係に注目した研究はない。われわれの検討では、乳幼児期発症群は他の発症年齢群と比較して、眼筋型の頻度が高く (80.6%)、反復刺激筋電図の減衰反応(20.3%)、抗AChR抗体 (50.3%)、胸腺異常 (胸腺腫3.6%、過形成16.1%) の頻度が低かった。一方、若年発症のMG患者では、眼筋型の頻度が低く、胸腺過形成の頻度が高く、女性の割合が高かった。インド、アメリカ、イタリア、ブラジルのような他の国々では、小児期発症のMGでは、眼筋型の頻度は14-30%に過ぎず、抗AChR陽性率は74-82%である。中国人集団では、小児期発症 (<15歳) または早期小児期発症 (<10歳) のMGの割合が高く、眼筋型の頻度が高く (71-73%)、抗AChR抗体陽性の頻度は比較的低い (64%)。日本における小児期発症のMGの特徴には、中国の小児期発症のMGと共通するものもあり、明確な免疫学的機序が存在することを示唆している。
胸腺腫の併発は、乳児期発症群および小児期発症群ではまれであったが、若年発症群では33.8%、後期発症群では46.6%にみられた。後期発症群におけるこの高率の胸腺腫関連MGは、今回の調査の特徴であった。胸腺腫関連症例の増加は、発症年齢が50歳以上のMGの増加に関連している可能性があるが、質問票への回答率が比較的低かったことにも起因している可能性がある。
この全国調査の結果から、日本人のMGは疫学的に特異であり、発症年齢により臨床的に多様であることが明らかになった。各発症年齢群は、GAM解析で示されたように、明確な特徴を示している。したがって、治療計画は発症年齢を考慮する必要がある。

 

感想
高齢発症関節リウマチもそうだけど、なんで高齢化すると男性の比率が多くなるんだろう?自己免疫というと若年女性だというイメージがすりこまれてるけど、高齢男性になるとおおくなるのはどういう背景があるんだろうか・・・。

成人の重症筋無力症: 発症年齢に基づく臨床および治療特徴

Clinical and therapeutic features of myasthenia gravis in adults based on age at onset.
Cortés-Vicente, Elena, et al.
Neurology 94.11 (2020): e1171-e1180.

 

重症筋無力症続き。

 

1. 背景
重症筋無力症 (myasthenia gravis, MG) は、神経筋接合部のシナプス後膜抗原に対する抗体によって引き起こされる自己免疫疾患である。この疾患は異種混合である。免疫学的観点からすると、MG患者の80%がAChRに対する抗体を有し、5%がMUSKに対する抗体を持つ。また、15%はAChRとMUSKのどちらに対する抗体も持たず、血清反応陰性 (seronegative, SN) MGとして知られる。近年、新たな抗体として抗LRP4や抗Cortactin抗体がSNMGで記述されている。臨床的観点からすると、MGは筋力低下の分布の観点から異なり、眼筋型または全身型MGとして現れ、重症度の観点からは軽症から重症/致死性のものまでさまざまである。胸腺病理に関しても正常から過形成または胸腺腫に至るまでさまざまであり、免疫抑制および免疫調節治療に対する反応に関しても、一部の患者は従来治療に対しては難治である。患者をその臨床的および免疫学的特徴に基づいて分類することは、疾患をよりよく理解し最も最適な治療を選択するために役立つ。
MGは当初、40歳以下の女性に発症する疾患と考えられていたが、ここ数十年の間に65歳以上の男女における発症率も増加した。現在、患者は発症年齢に基づき2つのサブグループに分類されている: 50歳未満で発症する若年発症 (early-onset) MGと、50歳以上で発症する後期発症 (late-onset) MG。しかし、一部の研究では他の年齢カットオフが用いられており、結果の比較が難しくなっている。
複数の研究が、年齢群による臨床特徴の違いを示唆している。若年発症MGは女性でより多く、胸腺過形成と抗AChR抗体の高い力価と関連している一方で、後期発症MGは胸腺腫と高い重症度と関連している。また、抗AChR抗体陽性と眼筋型は後期発症群でより頻度が高く、合併症の頻度の高さと薬物副作用からこの群の治療管理は複雑性が高いとされる。しかし、系統的な研究は未だ存在しない。
本研究の目的は、65歳以上の発症として定義される超後期発症 (very-late-onset) MG患者の臨床、免疫学的、治療的特徴を記述し、これらを若年発症および後期発症MGと比較することである。この目的のために、我々はSpanish Registry of Neuromuscular Diseases (NMD-ES) のデータを用いた。

 

2. 方法
2-1. データソース: NMD-ESプロジェクト
MGレジストリは、NMD-ESの一部として2010年に設立され、生物医学研究およびデータ保護に関するスペインの現行法に従って設計された。スペインの大学病院にある30の神経筋病棟の神経内科医が、MGに特化したデータの収集に参加している。レジストリには、人口統計学的データ、臨床データ、免疫学的データ、 治療データに関する60の項目が含まれている。フォローアップ情報は年1回更新され、重大な臨床事象が発生するたびに更新される。レジストリは、収集されたデータの質を保証するために、少なくとも年に1回見直される。本レジストリのデータは過去に出版された論文で使用されている。

2-2. 患者と臨床評価 
この観察的横断多施設研究では、2000年1月1日から2016年12月31日の間にMGを発症したMGレジストリの全患者を選択した。18歳未満で発症した患者は、若年性自己免疫性MGと考えられるため対象外とした。また、追跡不能となった患者および関連情報が欠落している患者も除外した。患者を3つの年齢サブグループに分類した: 若年発症のMG (発症時50歳未満)、後期発症のMG (発症時50-64歳)、超後期発症のMG (発症時65歳以上)。この第3群は、この患者群でMGの発症率が増加していることを示す我々のメディアの疫学的データに基づいて設定された。追跡調査は2018年12月31日に終了した。

2-3. 分析
我々は以下の変数を分析した: 人口統計学的特徴 (性別、発症時年齢、診断日)、発症時のAChRおよびMuSK抗体陽性および抗体価、発症時および最大悪化時の米国重症筋無力症財団 (MGFA) 臨床分類による筋力低下の重症度および分布。発症時の MGFA IVB および V と定義される生命を脅かす事象の頻度、筋無力症クリーゼの頻度および人工呼吸からの離脱を達成するための集中治療室 (ICU) 滞在日数、発症時は局所的な眼筋型 (MGFA I) であるがその後全身化 (MGFA II 以上) したことで定義される全身化の有無、死亡率および死因、胸腺切除術を受けた患者の病理学的検査およびその他の患者の胸部 CT による胸腺腫の定義、必要な治療および薬剤の副作用の頻度、介入後の MGFA 状態 (MGFA-PIS) による臨床転帰、難治性MGの頻度 (前回の定義によれば、ステロイドおよび少なくとも2種類の他の免疫抑制療法後、MGFA-PISが不変または悪化したものと定義)、診断の遅れ (診断日と発症日の差と定義)、および追跡期間 (追跡期限または死亡日と診断日の差と定義)。

 

3. 結果
研究の時点で、MGレジストリは1510人の患者を含んでいた。これらの中で、1178人が2000年1月1日から2016年12月31日の間にMGと診断されていた。22人の患者は発症が18歳未満であるため除外され、、217人の患者は関連情報が欠けていたため除外された。よって、15病院から合計939人の患者が含まれた (図1)。平均年齢は57.9歳 (SD 18.2) で、52.8%が男性だった。799人 (85.1%) が抗AChR抗体陽性で、25人 (2.7%) が抗MuSK抗体陽性、113人 (12%) がSNMG、2人 (0.2%) は抗AChRおよび抗MuSK抗体の両方が陽性だった。123人 (13.4%) が胸腺腫を持ち、113人 (12%) は薬剤抵抗性だった。288人 (30.7%) が若年発症MG、227人 (24.2%) が後期発症MG、424人 (45.2%) が超後期発症MG (図1) と分類された。図2は診断時点の性別および年齢による患者の分布を示している。

表1は、3つのサブグループの患者の臨床データを示している。後期発症MGおよび超後期発症MGでは、若年発症MGと比較して男性の頻度が有意に高かった (p < 0.0001)。抗AChR抗体陽性 (p < 0.0001) と胸腺腫が存在しないこと (p < 0.0001) は超後期発症MG群で有意に多かった。超後期発症MG患者は発症時点での致死的イベント (IVBまたはV) が多かった (p = 0.002) (図3A)。後期発症MGと超後期発症MGは、発症時点 (p < 0.0001) および最大増悪時 (p = 0.001) の両方で眼筋型MGが高頻度であった。全身化の頻度 (p = 0.177) と平均診断遅延 (p = 0.057) については、3群で差を認めなかった。有意差には達しなかったものの、筋無力症クリーゼを呈した超後期発症MG患者はウィーニングに至るまでのICU滞在期間が他の2群と比較して短かった (p = 0.128)。また、超後期発症MG患者は疾患コントロールのための併用薬剤数がより少なく (p < 0.0001)、薬剤抵抗性の頻度も低かった (p < 0.0001)。超後期発症MGでは、ミコフェノール酸による薬剤副作用の頻度が高かった (p = 0.031) が、その他の薬剤については差は認められなかった (表2)。ミコフェノール酸の副作用は6人で記録された: 1人が若年発症患者で、5人が超後期発症患者であった。この若年発症患者は、ミコフェノール酸モフェチル使用時に重度の腹痛を訴えた。また、超後期発症例の1人はミコフェノール酸塩で治療中に肺塞栓症を発症した。その他の超後期発症例4人はミコフェノール酸モフェチルで治療中に不眠と筋肉痛、皮疹、蜂窩織炎帯状疱疹をそれぞれ発症した。最終更新時のMGFA-PISに群間差は認められなかった (p = 0.165) (図3B)。各性別サブグループ内で統計学的に有意な差を呈した変数は存在しなかった (表3)。

患者は平均9.1年 (SD 4.3) のフォローアップを受けた。この間、114人が死亡した。脂肪は超後期発症MG群で有意に多かった (p < 0.0001) が、死因については群間差を認めなかった (p = 0.357)。3人 (2.6%) がMGクリーゼによって死亡した: うち2人が超後期発症MGで、1人は後期発症MGだった。リビングウィルとして、超後期発症MGの1人は挿管管理を希望していなかったのと、もう1人は合併症として多臓器不全を有していた。後期発症MG患者の死亡例は、耳下腺癌の肺転移に対するニボルマブ治療で誘発された重度のMGクリーゼを発症した。他の死因として、胸腺腫に関連した合併症が3人 (2.6%)、感染症が24人 (21.1%)、癌が21人 (18.4)、その他の死因 (心疾患、脳卒中、外傷など) が38人 (33.3%) であった。25人 (21.9%) では死因の記録がなかった。

 

4. 考察
我々の症例では、超後期発症MGの方が他の年齢群と比較して高頻度であった。さらに、ほとんどの超後期発症MG症例が、胸腺腫を持たない抗AChR抗体陽性の男性であった。このサブグループの患者は、発症時に致死的なイベントを呈する割合が高かったものの、維持療法として併用薬剤数が少なく済み、かつ薬剤抵抗性は軽度であった。興味深いことに、これらの患者は筋無力症クリーゼの後でウィーニングに要した時間が短かった。この発見は統計学的に有意ではなかったが、これはクリーゼに陥った患者が少なかったためと考えられる。ほかに特記すべきこととして、超後期発症MGの患者はミコフェノール酸モフェチルで治療された際に、後期発症MGと若年発症MGと比較して副作用が多かった。この違いはその他の薬では観察されなかった。
MG登録患者の中で最も多いのは65歳以上の患者であった。これは、平均寿命が延び、以前はあまり診断されていなかったこの年齢層におけるMGの発見が改善されたためかもしれないが、高齢者では自己免疫に対する感受性が高くなることとも関連している可能性がある。免疫系は加齢に伴い、免疫老化または免疫異常と呼ばれる一連の変化を起こす。基本的に、このプロセスには3つの事象が含まれる: (1) 免疫反応の低下、(2) 炎症背景の増加、(3) 自己抗体の産生増加である。これは自然免疫系と適応免疫系の両方が関与する全身的なプロセスであり、より自己反応性の高いレパートリーが選択されたり、自己反応性のナイーブT細胞が記憶様細胞に変化したりする。我々の結果は、超後期発症MGのほとんどの患者が、若年発症や後期MGの年齢群とは明らかに異なる共通の表現型を共有していることを示している。このことは、発症過程における群間の相違を示唆している。
加齢に伴う自己免疫の亢進の徴候にもかかわらず、自己免疫疾患は通常高齢者では軽度であり、適切な治療によりコントロール可能である。われわれの研究では、超晩発性MGの患者は、発症時に生命を脅かすような出来事がかなりの割合で起こっていたにもかかわらず、筋無力クリーゼを呈したときの薬剤要求量、薬剤不応性、離床達成までの平均時間の点で、若年発症の患者や晩発性MGの患者よりも予後が良好であることが観察された。この理由として、高齢者では末梢の制御性T細胞の産生が多いなど、多くの防御的調節機構が拡大していることが考えられる。
若年患者よりも早いウィーニング到達と、従来治療に対する良好な反応性が示されたことから、発症前のQOLが高い患者であれば、たとえ高齢者であっても筋無力症クリーゼや致死的イベントを呈した場合でも治療を継続することを推奨する。
先行研究では、50歳以上の発症として定義される後期発症MGの患者が男性に多く、AChRに対する抗体を有し、眼筋型を呈しやすいことが示唆されていた。他の研究では、後期発症MGは胸腺腫を持つことが多く、かつ重症度や治療抵抗性が高いことも示されていた。我々の発見は、後期発症のMGに関する現在の知識を修正するものである。我々は、超後期発症群では胸腺腫の頻度は高くなく、かつ発症時の重症度が高くても治療反応性が良いことを示した。さらに、若年発症のMGと超後期発症のMGは明らかに異なる表現型を示し、 後期発症のMG群は両者の中間的な表現型を示すことから、患者を3つの年齢群に分類することが支持される。さらに、本研究のサンプルサイズは、過去に発表された研究よりもかなり大きく、登録に基づく多施設デザインにより、国内の多くの地域の患者から多くの変数を検討することができた。
本研究の主な限界は、MGレジストリで収集されたデータは主に3次の大学病院で記録されたものであるため、重症度の点でサンプルに偏りがある可能性があることである。三次病院に患者を紹介する際の年齢に基づく基準も、サンプリングバイアスにつながる可能性がある。例えば、超高齢の患者は、専門病棟での更なる治療のために3次病院に紹介されない可能性がある。しかし、神経筋疾患を専門とする神経科医によって体系的に記録された、多数のMG患者からの標準化された最新情報の使用は、体系的で構造化された研究を可能にする。
超後期発症のMG患者は、主に男性で、AChRに対する抗体を有し、胸腺腫を認めない。たとえ発症が重篤で、躯幹徴候や筋無力症クリーゼを示したとしても、適切に診断・治療されれば、通常、良好な転帰を得ることができるため、示唆的な症状を有する高齢者においては、MGの診断を考慮すべきである。

 

感想
80歳や90歳の動眼神経麻痺患者って、調べても理由がよくわからず特発性動眼神経麻痺として扱われることが多いと思うのですが、MGは除外しなきゃいけないなと思わされました。AChR抗体陽性例が多いので、AChR抗体は測定しないといけないですね。

重症筋無力症: サブグループ分類と治療戦略

Myasthenia gravis: subgroup classification and therapeutic strategies.
Gilhus, Nils Erik, and Jan J. Verschuuren.
The Lancet Neurology 14.10 (2015): 1023-1036.

 

重症筋無力症の患者さんがいたもんですから...。

 

1. 背景
骨格筋筋力低下を特徴とする様々な疾患の背景に、神経筋接合部の機能障害がある。これらの疾患の中でも遺伝的なものは、先天性筋無力症と呼ばれる。ボツリヌス毒素やクラーレなど、一部の毒素は神経筋接合部機能障害を引き起こす。後天的な抗体介在性のものとして、自己免疫性や新生児重症筋無力症、Lambert-Eaton筋無力症候群、ニューロミオトニアが存在する。
重症筋無力症は神経筋接合部疾患の中で最も大きな疾患群を形成しており、これはシナプス後膜の筋終板の構成要素に対する病原性自己抗体によって引き起こされる (図1)。典型的には、筋力低下の重症度は変動する。すべてではないものの、一部の筋肉が侵され、これは必ずしも対称的ではない。筋活動の持続による筋力低下の増強は、重症筋無力症の診断の手がかりとなるが、こうした臨床特徴は多様である。重症筋無力症患者は、診断や最適治療、予後予測の観点からサブグループに分類されるべきである。重症筋無力症ガイドラインとコンセンサスレポートでは、サブグループ化は推奨されているが、正確な定義にはばらつきがあり、知識の蓄積の結果として新しいサブグループも登場している。こうしたサブグループは重症筋無力症の自己抗体、疫学、臨床表現型、合併症を考慮しており、本レビューの後半でもこれらについて扱う。少数の患者では、不十分な抗体検査や、イメージングの検出閾値下の変化を呈した胸腺病理などの影響で、正確な情報が不十分となり、サブグループ化ができないこともある。

図1. 神経筋接合部: (A) AChRとMUSKは接合部ヒダの頂点に発現している。(B) 栄養シグナル: agrinがLRP4–MUSK複合体に結合すると、AChRの凝集が起こり、plaque formからpretzel formへの移行が促進される。(C) 活性化シグナル: AChRにアセチルコリンが結合すると、中央イオンチャネルが開き、膜の脱分極が起こり、筋活動電位を誘発し、筋線維の収縮につながる。

AChR (acethylcholine receptor)、MUSK (muscle-specific kinase)、LRP4 (lipoprotein-related protein 4) に対する自己抗体は、重症筋無力症に対して高感度かつ高特異度の確立した診断マーカーかつ病原性因子であり、これらの自己抗体は重症筋無力症のサブグループ化に有用である。このため、自己抗体検査が利用可能であることは、適切な診断と治療に必要不可欠な条件である。
現代の免疫抑制治療、対症療法、支持的治療によって、重症筋無力症患者の予後は改善している。軽度から中等度の症状を呈するほとんどの患者は完全寛解または顕著な改善を経験する。重症例では完全寛解は稀であり、一般にある程度の時間的変動を呈するが、持続的な進行というのは典型的ではない。重症筋無力症では、日常生活機能は概ね保たれ、寿命が短縮するということはない。患者のほぼ全員が長期間の薬物療法を櫃王とする。これらの患者のうち10-15%では、疾患の完全制御が不可能であるか、免疫抑制療法の重度の副作用という犠牲を払う必要がある。
先進施設における治療プロトコルは、対照研究やこうした研究に基づくガイドラインに純粋に基づいたものではない。これは、この疾患に関しては対照研究があまり存在せず、かつ診断サブグループ間の治療反応性の違いを考慮できていないからである。重症筋無力症は稀な疾患であり、ほとんどの患者が既存の治療によってよく反応するが、この2つの側面はどちらも新しい試験にとって障壁となる。我々は、対照研究、コンセンサス報告、専門家の視点を、重症筋無力症のサブグループに関連する理論的および実験的研究から得られた洞察と統合し、病態生理学的プロセスに対して介入する治療法を含めた治療戦略についてのエビデンス基盤を評価する。

 

2. 重症筋無力症の自己抗体
AChR抗体は重症筋無力症に高い特異度を持ち、この抗体の存在と筋力低下によって、疾患の存在が確認される。さらなる診断的検査は、サブグループと疾患重症度を定義するためにのみ必要である。AChR抗体の反復検査の価値は議論の残るところであるが、抗体価の変化は免疫抑制治療下の患者における疾患の重症度を予測しうるため、治療の選択をサポートできる。AChR抗体濃度と疾患の重症度の間に相関は示されていない。AChR抗体はAChRをクロスリンクすることによって、補体の結合と活性化を介して受容体の崩壊を加速させ、AChRのコンフォメーション変化またはアセチルコリン結合のブロックを誘導することによって、直接的病原性を発揮する。放射免疫沈降法はAChR抗体測定の標準的市販検査であり、定量的測定を可能にする。Cell-based assayはこれよりも高い感度を持つが、商用に利用可能ではなく、標準化もされていない。放射活性を持つリガンドを避けた検査としてELISAや蛍光標識検査なども用いられるが、これらは放射活性を持つリガンドを用いるよりも感度の点では劣る。
MUSK抗体の標準的検査は放射免疫沈降またはELISAである。Cell-based assayは研究レベルで感度の向上のために用いられる。MUSK抗体は実験動物モデルにおいて直接的病原性を発揮することが確認されているが、主に存在するIgG4抗体は補体結合性を示さない。患者のフォローアップのために反復検査を行うことの意義は確立されていないが、これは前向きの質の高い研究が未だ行われていないからである。
LRP4抗体は生体内で膜蛋白質に結合し、agrin-LRP4相互作用をブロックし、膜上のAChRクラスタリングを阻害する。LRP4-MUSK相互作用の干渉も、このサブグループにおける重要な疾患メカニズムとなりうる。LRP4で免疫されたマウスは典型的な重症筋無力症を発症する。このため、LRP4抗体はAChR機能を阻害することで直接的な病原性を発揮すると考えられる。
Agrin抗体も、AChR、MUSK、LRP4抗体を持つ重症筋無力症患者の一部で検出されている。AgrinはAChR機能に必要不可欠だが、この抗体が筋力低下に寄与しているかどうかは未だ明らかでない。同様にcortactin抗体も、他の自己抗体を伴うまたは伴わない重症筋無力症で報告されている。Titin抗体とリアノジン受容体抗体は、AChR関連重症筋無力症の患者の一部で報告されている。Titinは細胞構造の柔軟性を維持する一方で、リアノジン受容体は筋小胞体のカルシウムチャネルであり、筋細胞の収縮を仲介する。
Titinとリアノジン受容体抗体は、生体内では筋細胞内に侵入できないと考えられ、筋力低下の原因にはならない可能性があるが、疾患のマーカーにはなるかもしれない。これらの抗体は胸腺腫関連重症筋無力症では高頻度に認められているが、若年発症重症筋無力症では極めてまれで、後期発症重症筋無力症では中間頻度である。これらはMUSK、LRP4、抗体陰性重症筋無力症における標準的検査では検出されない。Titinとリアノジン受容体抗体は50歳未満の患者で胸腺腫を診断するために用いることもできる。これらの抗体は、長期間の免疫抑制治療を必要とし、胸腺摘除術に反応しないような、重症度の高い重症筋無力症のマーカーとして提唱されている。ELISAによる商用検査はtitinに対しては利用可能だが、リアノジン受容体抗体に対しては未だ商用のものは存在しない。

 

3. 疫学
自己免疫性重症筋無力症は100万人に40-180人程度の全世界有病率が報告されており、1年間で100万人に4-12人が発症する。近年発表された有病率と発症率は、過去のものと比べて高い傾向にあり、特に後期発症重症筋無力症ではこの傾向は強いが、これは部分的には抗体検査が広まって症例の検出率が高まったことによって説明可能である。また、高齢者の増加を伴う人口分布の変化や、重症筋無力症の生命予後の改善も、発症率と有病率に影響を与えている。AChR関連重症筋無力症は発症年齢が2極化しており、30歳ほどの若年成人でピークをとり、次に50歳以上になると発症率が単調増加する (なお80歳以降は新規発症は減少に転ずる)。若年成人の発症ピークは、数多くの自己免疫性疾患に典型的な若年女性のピークと合致しており、実際に若年患者は女性が多いが、後期発症重症筋無力症ではわずかだが男性に多い。この疾患の発症が感染や食事などの外的因子の変化によって引き起こされるというエビデンスは存在しない。
全体で見ると、重症筋無力症の発症率と有病率は地理によるバリエーションに乏しいが、サブグループ別にみるとこの分布は必ずしも当てはまらない。青年期重症筋無力症は若年発症のサブタイプであるが、これは東アジアで高頻度に認められ、約半数が15歳以下で発症し、かつその多くが眼症状を伴う。小児 (15歳未満) における重症筋無力症の発症率は、人種を問わずに見てみるとカナダでは1年間で100万人に1-2人だが、この中ではアジア民族が最も多い。LRP4抗体はAChR抗体陰性患者の19%で記録されており、MUSK抗体はAChR抗体陰性患者の1/3で認められている。疫学データによると、LRP4関連重症筋無力症はMUSK関連重症筋無力症の半数程度の頻度である。MUSK関連重症筋無力症は1年間で100万人に0.3人の発症率と推定されており、有病率は100万人に2.9人で、北ヨーロッパよりも南ヨーロッパでより一般的である。遺伝的素因と感染や食事などに関係する外的因子は、こうした地理的バリエーションを説明しうるのかもしれない。

 

4. 臨床表現型
筋力低下は主要な症状かつ徴候である。筋力低下の局在と時間的変動、運動によって誘発される筋力低下は、一般にあらゆるサブグループに対する疾患の診断に強い根拠を与える。外眼筋筋力低下を球症状を呈する高齢者では、脳幹の脳血管疾患がしばしば疑われる。若年者では、非特異的な疲労症状が鑑別診断の一部になりうる。
重症筋無力症の筋力低下は外眼筋、球、四肢、体幹筋に認められる。患者の60%は眼瞼下垂または複視を呈し、20%ではこれらの症状のみが現れるため、眼筋型重症筋無力症と呼ばれる。外眼筋筋力低下はほぼ常に非対称性である (図3) が、四肢筋力低下は対称性で、遠位よりも近位筋に強い (図2)。骨格筋はすべてが自己免疫標的蛋白質を発現していることを考えると、この症状の分布は驚くべきことである。これは、神経筋伝達、筋細胞脱分極/収縮、免疫攻撃に対する抵抗性、筋構造の再生能力などに影響を与える数多くの軽微な因子から生じるものである。

図2. 筋力低下の分布とサブタイプの相対的頻度: AChR=acetylcholine receptor. MUSK=muscle-specifi c kinase. LRP4=lipoprotein-related protein 4. LEMS=Lambert–Eaton myasthenic syndrome.

図3. AChR関連重症筋無力症の2人の患者. (A) 外眼筋麻痺 (右目の内転に注目) と左眼の眼瞼下垂を呈した女性の患者。(B) 外眼筋麻痺 (左眼の上転に注目) と右眼の眼瞼下垂を呈した男性の患者。(C) 患者(B)の免疫治療後の1年後の写真。

 

5. 合併症
若年発症かつ眼筋型のサブグループは、臓器特異的および全身性の自己免疫疾患を有する頻度が高く、特に甲状腺炎の頻度は高い。胸腺腫関連重症筋無力症患者は血液学的自己免疫疾患を発症するリスクが高い。胸腺摘出術は感染、自己免疫疾患、悪性腫瘍のリスクを上昇させるということは示されていない。重症筋無力症の筋力低下は気道感染や骨粗鬆症のリスクを上昇させたり、肥満やその他の合併症を発症させる可能性もある。重症筋無力症では、幅広い自己免疫性炎症性筋疾患が起こりうる。AChR抗体陽性と重症筋無力症様の特徴は、筋萎縮性側索硬化症の患者で時折記載されている。
複数の研究において、重症筋無力症とそのサブグループにおける発がんリスクについて研究が行われている。重症筋無力症患者の選択、腫瘍検出感度、フォローアップ期間、コントロール群の種類などによって生じる手法的限界は、様々な結論を導いた。胸腺腫自体が一般的に他の癌種の中等度のリスクとなる可能性がある一方で、デンマークで行われた集団ベースの研究によれば、重症筋無力症とその免疫治療は癌の発生と有意な関連を示さなかった。これにはメラノーマ以外の皮膚癌を除外したことが関係しているかもしれない。
AChR、MUSKおよびLRP4抗体は心筋とは交差反応しない。ある集団研究では心臓因子に関連した罹患率や死亡率の増加は見られなかった。しかし、心臓の生理学的機能はこれらの抗体の影響をわずかに受ける。重症の心筋炎や心伝導障害を呈した胸腺腫関連の後期発症重症筋無力症の症例報告は多く、これは心筋への自己免疫によって引き起こされたものの可能性がある。重度の重症筋無力症の増悪中には心機能モニタリングが推奨されており、特にこれは多様な自己抗体を持つ患者ではなおさらである。

 

6. 重症筋無力症のサブグループ
6-1. AChR抗体による若年発症重症筋無力症
定義として、若年発症重症筋無力症は発症年齢が50歳未満のものをいう (表1)。血清AChR抗体は標準的な診断検査で検出される。画像検査や手術によって胸腺腫が認められた患者はこのサブグループからは除外される。胸腺濾胞過形成はしばしばおこるが、これは必要条件ではなく、この群は胸腺切除術に反応する。男女比は3:1で女性に多い。若年発症重症筋無力症はHLA-DR3、HLA-B8、その他の自己免疫リスク遺伝子と関連する (表1) 上に、患者の親族でもあらゆる自己免疫性疾患が幅広く報告されている。これらの発見は、重症筋無力症の発症機序にサブグループ間の違いが存在することを示唆する。

6-2. AChR抗体による後期発症重症筋無力症
後期発症の定義は、発症が50歳以上であることである。この群では、血清AChR抗体が存在し、胸腺腫は画像検査や手術で明らかでなく、そして胸腺過形成はごく稀にしか起こらない。これらの患者は胸腺摘除には反応しないことが多い。発症はわずかだが男性に多く、HLAとの関連は弱いが、HLA-DR2、HLA-B7、HLA-DRB1*15:01と関連が報告されている。

6-3. 胸腺腫関連重症筋無力症
胸腺腫関連重症筋無力症は傍腫瘍性疾患である。重症筋無力症は現状で胸腺腫に関連した自己免疫性疾患として最も幅広く報告されている疾患だが、赤芽球癆とニューロミオトニアも胸腺腫と関連する。この関連性はその他の自己免疫性疾患では認められない。胸腺腫は重症筋無力症の全患者の10-15%で認められる。ほとんど全員がAChR抗体を有し、全身型の疾患を呈する。胸腺腫を持つ約3割の患者が重症筋無力症を発症し、発症しなくともより多くの患者がAChR抗体を有する。

6-4. MUSK関連重症筋無力症
MUSKはシナプス後膜に発現する蛋白であり、AChRと機能的に関係しており、AChR機能を維持するために必要である。全体として重症筋無力症の1-4%の患者がMUSK抗体陽性であるが、検査感度の向上に伴いおそらくより多くの症例が同定されることになろう。MUSKとAChR抗体が同一患者で共存することは稀である。MUSK関連重症筋無力症はほとんどが成人症例であり、高齢者や小児期に報告されることはほとんどない。胸腺の病理学的変化は報告されておらず、患者は胸腺摘除術に反応しないことが多い。他の重症筋無力症サブグループとは異なり、IgG4抗体が病態生理の重要な役割を果たしており、HLA-DQ5との関連がある。
MUSK関連重症筋無力症は脳神経と球領域の筋力を優位に侵す。患者の1/3が眼瞼下垂と複視を呈する。MUSK関連重症筋無力症の40%以上で球症状が初発症状であり、基本的に顔面、咽頭、舌の筋力低下も伴い、しばしば頸部や呼吸筋も筋力低下を呈する。四肢筋力低下は一般的ではなく、外眼筋は障害されないことがある。筋力の日内変動はほとんどなく、筋萎縮を呈することもある。

6-5. LRP4関連重症筋無力症
LRP4はシナプス後膜に発現している。この蛋白は、神経から分泌されたagrinの受容体であり、MUSKの活性化因子であることから、AChR機能を維持するのに必要である。LRP4抗体は、AChRおよびMUSK抗体が陰性の重症筋無力症の2-27%に認められており、女性に多いことが知られている。ほとんどの患者が眼筋型または軽度の全身型重症筋無力症を呈し、20%の患者は2年以上にわたって眼筋にしか筋力低下をきたさない。呼吸不全は、MUSK抗体が共陽性のサブグループを除き、極めてまれにしか起こらない。LRP4関連重症筋無力症の2/3の患者では胸腺は萎縮しているか年齢相応のサイズであるが、過形成症例も報告されている。LRP4抗体の商用検査は未だ利用可能ではないため、この群は未だ一部の施設でしか同定されていないと思われる。

6-6. 抗体陰性全身型重症筋無力症
AChR、MUSK、LRP4抗体が検出されない重症筋無力症は、病態機序としても異種性が高い。一部の患者は、cell-based methodsでしか検出されないようなAChR、MUSK、LRP4抗原標的に対する低親和性抗体/低濃度抗体を有している。低親和性抗体は生体内で病原性があり、こうした抗体を持つ患者における疾患は、通常検出可能な抗体を持つ重症筋無力症サブグループと類似していると思われる。低親和性抗体は抗体陰性全身型重症筋無力症の20-50%を占める。Agrinとcortactinに対する抗体が、しばしば他の自己抗体と組み合わさって認められる。
他の標的蛋白に対するこれらの機能的関連性は未だ明らかでない。一部の重症筋無力症患者は未だわかっていないシナプス後膜抗原に対する病原性抗体を持つのかもしれない。特定の自己抗体が検出されていない患者における診断は難しい。こうした患者では、重症筋無力症以外の疾患として、筋疾患やそれ以外の疾患も考慮される必要がある。

6-7. 眼筋型重症筋無力症
重症筋無力症の患者の一部では、筋力低下が眼筋に限局する。純粋な眼筋筋力低下を呈する患者でも、特にその早期段階では全身型重症筋無力症を発症するリスクがある。ただし、患者の90%は2年以上にわたってこのサブグループにとどまり続ける。眼筋型重症筋無力症の半数はAChR抗体を持ち、MUSK抗体は極めてまれである。

 

7. 胸腺病理
胸腺腫は重症筋無力症と関連しているが、他の胸腺腫瘍は関連していない。胸腺過形成は、若年発症の重症筋無力症患者のほとんど、および後期発症、眼筋型、抗体陰性疾患の患者の一部で報告されている。胸腺腫を評価するため、重症筋無力症の全患者に縦隔のCTスキャンまたはMRIを実施すべきである。画像診断では、感度と特異性の両方が課題である。
実験的および臨床的エビデンスは、若年発症および胸腺腫関連重症筋無力症が胸腺内で発症することを強く示唆している。筋様細胞および専門的抗原提示細胞は胸腺の構成要素であり、若年発症重症筋無力症で活性化される一方、胸腺腫細胞は筋特異的抗原を含み、抗原提示特性を有する。胸腺上皮細胞におけるAChRの発現は、サイトカインとレセプターのシグナル伝達を介して活性化され、ウイルスによって誘発される可能性があるが、今のところ特異的なウイルスは同定されていない。マイクロRNAは免疫調節過程を媒介し、環境的な出来事によって誘導され、重症筋無力症では異常に発現しているようである。AChRに特異的な自己反応性T細胞は、通常の病巣内監視から逃れて末梢に運ばれ、B細胞を刺激して抗体を産生する。自己抗体のパターン、HLAとの関連、胸腺の病理学的変化、サイトカインパターン、T細胞のサブセットとクローンの違いはすべて、若年発症、後期発症、胸腺腫関連重症筋無力症の誘導メカニズムの違いを示唆している。

 

8. 神経生理検査
神経生理検査は典型的重症筋無力症症状を呈する患者では不要である。これは、診断が特定の抗体検査によって確認できるからである。これらの検査は重症筋無力症のサブグループ分類には役に立たない。しかし、こうした検査は抗体陰性の重症筋無力症の正確な診断のためには重症である。
反復神経刺激試験と単線維筋電図は重症筋無力症患者に対する有用な検査である。単線維筋電図は最も感度が高いが、反復刺激筋電図のdecrementは最も特異度が高い。感度と特異度は検査の質に依存する。神経生理検査と抗体検査を組み合わせても、重症筋無力症を除外することは難しいこともある。われわれの経験では、検査をしても診断に疑問が残る患者のほとんどは、自己免疫性重症筋無力症ではない。

 

9. 重症筋無力症の治療
9-1. 対症療法
運動神経刺激後に神経筋終板のアセチルコリン量を増加させる薬剤は、すべての重症筋無力症サブグループにおいて筋力低下を改善する。対症療法にはピリドスチグミンが望ましい。他のアセチルコリンエステラーゼ阻害薬、例えばネオスチグミンや塩化アンベノニウムは作用時間が異なり、副作用も異なる。これらの薬剤による患者の改善は、抗体陰性の患者で診断の手がかりとして用いられるほと非常に特異的である。アセチルコリンエステラーゼ阻害によるアセチルコリン分解の抑制は重症筋無力症の最も効果的な対症療法であり、シナプスアセチルコリン放出の増加よりも優れている。ただし、エフェドリンや3,4-ジアミノピリジンによる軽度の効果は認められるかもしれない。観察による効果は非常に明確であるため、無作為化試験は行われておらず、正当化することは困難である。MUSK関連重症筋無力症では、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬の効果は低く、副作用が頻発する。最適な投与量は、筋力増強と自律神経系のコリン作動性刺激による副作用のバランスである。臭化グリコピロニウム、硫酸アトロピン、ロペラミドは、ムスカリン作動性の副作用の治療に使用できる。アセチルコリンエステラーゼ阻害薬による長期治療は安全であり、馴化や累積的な副作用は報告されていない。一部の患者は、症状がまったくないかごく軽度であるにもかかわらず、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬の継続服用を選択する。このような患者がアセチルコリンエステラーゼ阻害薬の服用を継続するのは、習慣や病気の心配からかもしれないし、阻害薬によって自覚症状がかなり改善されるからかもしれない。

図4. 全身型重症筋無力症の治療.

9-2. 免疫抑制剤治療
対症療法だけでは機能的に十分満足のいく結果が得られない重症筋無力症患者に対しては、免疫抑制剤を開始すべきである (表2-3、図4)。治療効果も副作用も用量に依存する。各患者に最適な薬剤用量を見つけることは、最適な薬剤を選択することと同じくらい重要である。効果を最大にし、副作用を最小にするためには、ほとんどの患者には免疫抑制剤の併用が望ましい。プラセボ対照試験や代替治療との比較試験はまれである。一般に、推奨はエビデンスの乏しい多くの研究の総和、またはガイドライン、臨床経験、コンセンサスレポートに基づいている。患者評価のための正式な基準は、治療反応を評価するのに有用である。
プレドニゾンプレドニゾロンは、重症筋無力症のすべてのサブグループで筋力を改善する。プレドニゾンプレドニゾロンは同じ方法で使用され、同等の効果がある。プレドニゾンは肝臓でプレドニゾロンに活性化される。有益な効果は2〜6週間後に現れ、他のほとんどの治療法よりも早い。少数の患者では、全身型重症筋無力症の初期増悪が3週間まで続くことが報告されている。プレドニゾンおよびプレドニゾロンの開始用量は、1日0.75-1.0mg/kgであることが多く、徐々に増量される。隔日投与は副作用を軽減すると考えられており、いくつかの治療ガイドラインで推奨されている。最適な改善が得られたら、薬剤の投与量を徐々に減らし、最大限の効果を得るために必要な最低用量で継続する。プレドニゾンまたはプレドニゾロンは、この治療法ではグルコース濃度が変動するため、糖尿病患者に隔日投与すべきではない。非治療日と治療日で筋力が異なる場合は、低用量 (5-10mg) のプレドニゾンまたはプレドニゾロンを非治療日に追加してもよい。眼筋型の場合、観察研究ではプレドニゾロン投与が全身型重症筋無力症の発症リスクを低下させることが示唆されているが、この観察結果は確認されていない。長期にコルチコステロイドを服用する患者に対しては、耐糖能異常、体重増加、高血圧、骨粗鬆症のリスクを減らすために特別な注意を払う必要がある。英国の登録ベースの研究では、重症筋無力症患者における骨折リスクの増加は報告されていない。
アザチオプリンは重症筋無力症のすべてのサブグループに有効な薬剤であり、プレドニゾロンとの併用では2-3mg/kgが最も有効である。この併用療法は、免疫抑制が必要な重症筋無力症患者の第一選択薬として推奨されることが多く、副腎皮質ステロイド単独よりも副作用が少なく有益である。アザチオプリンの効果は遅発性で、臨床経験では通常6-15ヵ月後に認められ、その後1-2年の間にさらに増強する可能性がある。このためプレドニゾロンとの併用が便利であり、アザチオプリン効果が確立した時点でプレドニゾロンを減量することができる。特に治療開始後数カ月は、白血球減少や肝毒性のリスクがあるため、定期的な経過観察が必要である。チオプリンメチルトランスフェラーゼ活性が低いとアザチオプリン毒性作用のリスクが高くなるので、治療開始前に検査することができる。長期治療も若年者では安全で有効である。アザチオプリンとコルチコステロイドの併用は、重症筋無力症のほぼすべての患者に有効である。眼筋型重症筋無力症の患者は、少量のコルチコステロイド単独投与 (10-30mgを隔日投与) によく反応することが多い。
ミコフェノール酸モフェチルは、プリン合成を阻害し、B細胞およびT細胞の増殖を阻害するプロドラッグである。ほとんどのガイドラインでは、初期の免疫抑制療法が無効であった場合、軽度および中等度の重症筋無力症に対してこの薬剤を推奨しており、多くの場合プレドニゾロンと併用する。この推奨は後ろ向き研究と臨床経験に基づいている。ミコフェノール酸モフェチルは第一選択薬としては推奨されない。2つの前向き比較試験において、ミコフェノール酸モフェチルをプレドニゾンと併用した初回治療として投与しても、追加的な有益性は示されなかった。試験期間は12週間と9ヵ月と短かった。副腎皮質ステロイドの使用中止規定がなく、プレドニゾンの最低用量が1日7.5mgであったため、ミコフェノール酸モフェチルの効果が不明瞭であった可能性がある。この薬剤に対する重症筋無力症のサブグループの反応についてはほとんど知られていない。副作用はまれで、軽度の頭痛、吐き気、下痢が最も多く報告されている。
リツキシマブは重症筋無力症に有効な可能性のある薬剤として登場した。リツキシマブはキメラ型IgG1モノクローナル抗体で、膜貫通型CD20抗原に特異的に結合し、あらゆる種類のBリンパ球を枯渇させる。この薬剤は、第一選択の免疫抑制治療に十分反応しない中等度および特に重症の重症筋無力症において考慮されるべきであると我々は考えている。しかし、対照試験は行われておらず、リツキシマブは完全に確立された治療法とはみなされていない。重症重症筋無力症でプレドニゾロンとアザチオプリンが十分奏効しない患者の約2/3は、この治療でかなり改善する。特にMUSK関連重症筋無力症患者は良好な反応を示すことがオープンおよび非対照試験で示されており、この重症筋無力症サブグループは第一選択の対症療法および免疫抑制療法に対する反応が低いことが多いため、特に重要である。ほとんどの報告では、リウマチ性疾患で推奨されている導入療法が用いられており、リツキシマブ1000mgを2回投与し、2週間後にさらに1000mgを2回投与している。重症筋無力症に対してはより低用量が提案されている。ほとんどの施設では、リツキシマブの追加投与は、効果が長期間持続した後に悪化した患者に対してのみ行い、その場合は有効な最低量を投与している。リツキシマブはプレドニゾロンと併用されることが多く、プレドニゾロンとアザチオプリンとの併用も安全であると考えられている。重篤な副作用として、JCウイルス関連進行性多巣性白質脳症などが他の自己免疫疾患に対するリツキシマブの使用でまれに報告されており、これによって重症筋無力症におけるリツキシマブの使用が制限されている。リツキシマブは、対照的な前向き研究がなく、薬剤費も高いが、MUSKおよびAChR関連重症筋無力症患者の増加に対する早期治療薬としての位置づけがあると我々は考えている。
シクロスポリンとメトトレキサートは重症筋無力症の二次治療薬として有効であることが、前向き対照研究によって示されている。この効果は重症筋無力症のすべてのサブグループで認められる。比較試験は行われていないが、シクロスポリンとメトトレキサートはアザチオプリンと同等の効果があると考えられている。患者には潜在的な副作用、特に腎毒性作用と高血圧について監視する必要がある。
タクロリムスはシクロスポリンと類似している。小規模 (34例) の無作為化非盲検試験で、タクロリムスと併用した場合、プレドニゾンを52週以降に減量投与できることが示された。しかし、80人の患者からなる大規模な二重盲検試験では、この所見は確認されなかった。この試験の期間はわずか28週間であり、プレドニゾン単独の治療効果は予想以上であった。グルココルチコイドの効果が不十分な患者を対象に、タクロリムスとプラセボを比較する新しい試験が進行中である (NCT01325571)。タクロリムスには、リアノジン受容体を介した筋小胞体からのカルシウム放出にも効果があり、理論的には重症筋無力症患者の筋力改善につながる可能性がある。

9-3. 胸腺切除術
多くの研究が重症筋無力症における胸腺切除術の大きな効果を報告している。これらの研究には対照群も含まれているが、前向き無作為化研究は行われていない。若年発症の重症筋無力症に対しては、発症後早期の胸腺切除術を推奨する。すべての胸腺組織を摘出する必要がある。ビデオ支援胸腔鏡やロボット支援による方法はよく確立されており、使用する施設も増えており、通常患者に好まれている。胸腺切除術は若年性重症筋無力症に対しても安全であり、5歳くらいまで可能である。胸腺切除術に対する反応は、数ヵ月後に徐々に改善し、追跡調査によると術後2年まで続く。胸腺切除術後に他の自己免疫疾患が改善した例はない。胸腺切除術は、胸腺腫が発見された場合、またはそれが強く疑われる場合に、局所圧迫や胸腔への転移を避けるため、腫瘍学的介入として実施すべきである。重症筋無力症に対するいかなるプラスの効果も、若年発症のサブグループよりも胸腺腫の方が予測不可能である。
後期発症重症筋無力症における胸腺切除術の使用については議論がある。胸腺が萎縮している後期発症患者、または60~65歳以上で発症した患者では、このグループに対する手術を支持する説得力のあるデータがないため、胸腺切除術は推奨されていない。しかし、一部のガイドラインでは、画像上胸腺が肥大しており、titinやリアノジン受容体に対する抗体がない後期発症の若年患者 (60-65歳まで) に対しては、若年発症の重症筋無力症患者と同様に治療することを推奨している。若年発症の後期重症筋無力症患者では、胸腺が病態に関与している可能性が高く、胸腺切除術に対する反応は若年発症の場合と同様であると予想される。
胸腺切除術は、MUSK型、LRP4型、または眼筋型の重症筋無力症患者には、治療効果が示されていないため推奨されない。全身型重症筋無力症で低親和性AChR抗体をもつ患者の場合、胸腺過形成を画像で確認することは通常不可能である。このような患者は胸腺切除術に反応すると予想されるが、抗体陰性の他の重症筋無力症患者と区別することはできない。
胸腺切除術は早期に行うべきであるが、決して緊急ではない。手術の直前に免疫グロブリンの静脈内投与や血漿交換を行うことで、重症筋無力症の症状が改善し、合併症のリスクが減少し、回復が早まる。

9-4. 支持療法
身体活動や低強度・中強度のトレーニングは、重症筋無力症患者に短期的・長期的な利益をもたらす。筋力低下は筋肉の反復使用によって増大するが、重症筋無力症患者でも、長期的な身体能力を向上させるために、強度と時間を調節できる活動を見つけることができる。運動後の休息は必要である。重症筋無力症のトレーニングプログラムに関する対照研究は発表されていない。
筋力低下を伴う他の疾患と同様に、体重管理が重要である。このようなコントロールは、呼吸筋の病変がある患者では特に重要である。重症筋無力症患者における感染症は、重症筋無力症の増悪を招き、呼吸障害を助長する可能性があるため、早期かつ強力に治療すべきである。
神経筋伝達に悪影響を及ぼす薬物は避けるべきである。D-ペニシラミンとテリスロマイシンは重症筋無力症患者に投与すべきではなく、ウロキノロン系抗菌薬、アミノグリコシド系抗菌薬、マクロライド系抗菌薬、神経筋遮断薬はしばしば疾患の悪化を引き起こす。麻酔中の神経筋遮断薬の使用には注意が必要である。重症筋無力症患者の治療では、呼吸を抑制する可能性のある鎮静薬は避けるべきである。新しい薬剤を投与したときに患者の状態が悪化した場合は、その薬剤を中止すべきである。しかし、軽症から中等症の重症筋無力症患者や安定した寛解期にある患者のほとんどは、相対的注意のある薬剤に耐容性があり、ほとんどの薬剤は注意して使用することができる。

 

10. 筋無力症クリーゼの治療
クリーゼは、疾患に関連する筋力低下によって、呼吸補助のために挿管を必要とする状態と定義される。治療には、呼吸補助のための集中治療、感染の治療、バイタルモニタや早期離床が含まれる (図5)。経静脈免疫グロブリン血漿交換は、2-5日で早期に効果を発揮する特異的な免疫抑制治療であり、重症の重症筋無力症の増悪やクリーゼで用いられるべきである。これら2つの治療選択肢は同等の効果を発揮し、片方に反応が悪く片方によく反応することもあるため、必要があれば連続して用いることもできる。経静脈免疫グロブリンは、わずかだが高い利便性を持ち、かつ重度の副作用リスクが低い。一方、血漿交換はやや効果発現が早い。抗体は連続的に産生されるため、治療効果は基本的に2-3か月に限定される。血漿交換と経静脈免疫グロブリンは効果が低下した際に反復することができる。長期の改善を確保するため、この治療は標準的な免疫抑制治療と組み合わされて行われる。クリーゼ前よりも高用量、または他の薬剤と組みわせることが必要である。経静脈免疫グロブリン血漿交換に反応しない急性増悪では、高用量ステロイドが試される。重症筋無力症クリーゼは可逆的な状況である。治療反応性が遅れることもあるが、集中治療と積極的な免疫抑制治療をできるだけ長く継続することが必要であり、これは時に数週間にわたる。

図5. 重症筋無力症の増悪の治療.

10. 結論と将来の方向性
重症筋無力症患者の大部分は経過が良好で、病状もコントロールされている。しかし、ほとんどの場合、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬による長期にわたる薬物治療と、通常低用量の免疫抑制が必要である。病因となる自己抗体はよく特徴付けられており、重症筋無力症のサブグループはそれに応じて定義されている。しかし、治療は抗体特異的とは言い難く、疾患サブグループに特異的でさえない。重症筋無力症ではまだ十分に試験されていない多くの新薬や伝統的な薬剤は、直接的または間接的に自己抗体の産生を抑制する作用機序を有しており、重症筋無力症患者にとって有益である可能性がある。標準治療で十分な効果が得られない重症の患者で、自己抗体の存在によって診断が確定され、症状の原因として併存疾患がない場合には、このような薬剤を、適応外であるが、厳密なモニタリングのもとに試みることができる。これには、他の自己免疫疾患で効果が証明されているモノクローナル抗体薬も含まれる。補体系のいくつかの因子に焦点を当てた補体阻害は、いくつかの可能性のある戦略の一つである。エクリズマブ、ベリムマブ、レフルウノミド、エタネルセプトは、重症筋無力症の新たな治療選択肢となる可能性のある薬剤であるが、免疫活性薬剤の中には重症筋無力症を誘発したり、悪化させたりするものもある。Tirasemtiv (CK-2017357) は、トロポニン複合体に結合することにより、速筋骨格筋を選択的にカルシウムに感作し、神経筋疾患により神経入力が低下した場合に筋反応を増幅させる。第2a相プラセボ対照無作為化試験において、用量に関連した短期的な改善が報告された。機能的に関連した長期的な患者への恩恵はまだ証明されていない。また、免疫系と骨格筋に関連するいくつかの非抗体因子は、個人の筋力と免疫反応に影響を及ぼし、それによって各患者の重症筋無力症の症状に影響を及ぼす。
重症筋無力症における筋機能に関連する因子の多さは、バイオマーカー (自己抗体) の評価とモニタリングに基づく、個々に適した治療アプローチに向けた今後の研究の原動力となるはずである。その目的は、他の免疫反応に影響を与えることなく、抗AChR、抗MUSK、抗LRP4免疫反応を抑制することである。別のアプローチとしては、重症筋無力症を誘発する抗原 (AChR、MUSK、LRP4) に対する免疫寛容を促進する治療が考えられる。抗体が検出されない重症筋無力症患者は、おそらく神経筋接合部の未検出抗原に対する病原性抗体を持っている。ただし、T細胞を介した抗体非依存性の神経筋伝達機序を持つ自己免疫性重症筋無力症は理論的には存在しうる。
重症筋無力症の原因が同定されれば、たとえばワクチン接種によって、その原因を回避したり、予防したりすることが可能になるかもしれない。しかし、抗原特異的な治療法が確立されるまでは、重症筋無力症のサブグループに対する新しい免疫抑制剤や薬剤の併用療法を研究対象とすべきである。前向き対照研究を奨励し、支援すべきである。重症筋無力症は可逆的な疾患であり、強さと楽観性をもって治療されるべきである。

 

感想
サッと読める総説って感じ。

PPAの文法障害

Grammatical impairments in PPA.
Thompson, Cynthia K., and Jennifer E. Mack.
Aphasiology 28.8-9 (2014): 1018-1037.

 

文法についての理解が甘々なので読んでみた。

 

1. 背景
原発性進行性失語 (PPA) には3つの主要なサブタイプがあり、それぞれが特徴的な神経言語学的および神経病理学的プロファイルと関連している。PPAのサブタイプ分類の現行のコンセンサス基準によれば、PPAバリアントの1つ ("nonfluent/agrammatic PPA") は文法障害かつ/または運動性発話障害と関連しており、典型的には左の前頭葉後部と島の領域の変性と、背側白質経路の損傷と関連している。2つ目のバリアントであるlogopenic PPAは、単語想起と文章想起の障害によって特徴付けられ、典型的には側頭頭頂接合部と背側白質経路に萎縮が認められる。3つ目のバリアントであるsemantic PPAは、物体呼称と単語理解の障害と関連し、側頭葉前部と腹側言語経路に萎縮が認められる。剖検では、"nonfluent/agrammatic PPA"とsemantic PPAは前頭側頭葉変性症 (FTLD) と関連していることが多く、logopenic PPAはアルツハイマー病 (AD) の病理と関連している。このため、PPAの慎重なサブタイピングは臨床的に重要である。
コンセンサス基準で提唱された用語集とは異なり、我々は "nonfluent/agrammatic" (i.e. naPPA) という用語を用いることは避けたい。これは、この用語が文法能力を正確に反映しているわけではないからである。2011年のコンセンサス基準におけるnaPPAら2つの中核的特徴を含んでおり、このどちらでも分類は可能であった: (1) 言語産生における失文法、(2) 一貫しない音の誤りを伴う努力性で中断を伴う発話。しかし、重要なのは、文法障害を持つすべての患者が運動障害を呈するわけではなく、文法障害を持たない「純粋な」運動性発話障害を持つ患者が報告されていることである。また、logopenic PPAの患者の言語産生パターンは流暢性のこともあれば非流暢性のこともあるが、発話出力が非流暢であっても、たかだか軽度の文法障害しか呈さない。たとえば、Thompsonら (1997) によるPPAの自発性発話の縦断的な低下を詳細にまとめた最初の文献では、「非流暢性の原発性進行性失語を呈した4人 (p.297)」に対し、長くて11年にわたって隔年で言語サンプルを収集してそれを解析した。結果として、3人の患者 (患者1, 3, 4) が形態統語論的な障害を示し、経時的な悪化を認めた。しかし、患者2は、非流暢性の言語産生を呈したものの、異なる障害パターンを示した: 名詞と動詞の両方についての有意な単語想起障害を認めたにも関わらず、形態統語論的な障害は比較的目立たなかった。特筆すべきこととして、患者2は運動性発話障害も呈しており、これが経時的に悪化した。Gorno-Tempiniらのサブタイピング基準を用いると、この患者は失文法を一度も呈さなかったにもかかわらず、"nonfluent/agrammatic" PPAと診断されることになる。Wilson、Galantucci、Tartaglia、Gorno-Tempini (2012) は、最近患者2のプロファイルを振り返り、この患者はlogopenic PPAだったのではないかと提案した (ThompsonとMesulamの個人的やり取りで確認) (p. 193)。よって我々は、Mesulam、Thompson、Weintrabuら (e.g., Mesulam et al., 2009, 2012; Thompson et al., 2012a, 2013a) に続いて、文法処理障害を持つ患者に対してPPA-Gという用語を用いる。こうした患者の一部は運動性発話障害が共存することがあるが、naPPAという分類とは異なり、PPA-Gという分類は運動性発話障害を持つが文法障害を持たない患者を含まない。また我々は、Mesulam、Thompson、Weintraub らが Northwestern University で行った先行研究と用語的一貫性を維持するために、logopenic PPA と semantic PPA をそれぞれ PPA-L と PPA-S と呼ぶ。我々の分類は、lvPPAとsvPPAと総合的には同一のものだが、明確な基準と検査成績 (i.e. Northwestern Anagram Test, NAT や Peabody Picture Vocabulary Test-4th editions, PPVT-4) のパターンに基づいて生成されるものである。
今回の研究では、我々はPPAのサブタイプごとの文法処理能力に注目する。PPAの文法処理障害の先行レビューとしては、Wilsonら (2012) のものを参照してほしい。文法障害は一般にPPAの失文法型と関連づけられるが、障害パターンに関しては一貫しない発見も報告されている。実際、こうした非一貫性の一部はPPA-L患者や純粋運動性発話障害の患者をnaPPA群に含めてしまっているために生じている。さらに、PPA-LとPPA-Sの分類基準は文法産生が比較的保たれていることを必要としているが、一部の研究はこうしたサブタイプでもわずかな文法障害の存在を観察している。今回の研究では、我々は文法障害で影響を受ける形態統語論ドメインを定義することから始める: 文法的形態 (grammatical morphology)、機能カテゴリ (functional categories)、動詞 (verbs) と動詞項構造 (verb argument structure)、複雑な統語構造 (complex syntactic structures)。我々は次にPPAの文法障害とその神経相関に関する先行研究を振り返る。最後に、我々は文法障害の評価と臨床管理の選択肢について議論する。

 

2. 文法障害とは何か?
文法障害は、文章の形態統語構造の産生かつ/または理解の障害を含む。形態統語構造には複数の要素がある。文法的形態 (grammatical morphology)とは、呼応 (agreement) (They jump vs He jumps) や時制/相 (tense/aspect) (They jump vs They jumped) における屈折語尾マーカー (inflectional markers) を含む、単語の内的構造を符号化するものである。機能カテゴリ (functional categories) とは、機能的統語フレーズの頭に置かれる閉クラス単語 (closed-class words) であり、限定詞 (the cat)、助動詞 (He is jumping)、補文標識 (Sam thought that he left) などが含まれる。動詞 (verbs) は、一般に形態統語処理の中心的役割を果たしている。呼応や時制/相の形態的マーカーを運ぶのに加え、動詞の語彙表現は動詞項構造 (verb argument structure) を含み、これは動詞とともに符号化されるフレーズ (項) に、統語 (i.e. サブカテゴリ化) と語彙-意味 (i.e. 選択的) 的な制限を加える (e.g. swimは自動詞であり生きた主語を選ぶ)。このため動詞処理は、単純な単節文だけでなく、埋め込まれた節 (embedded clauses) かつ/または非正規的項順序を含む複雑な統語構造 (complex syntactic structures) (e.g. The girl was kissed by the boy という受動態文章では、被動者が動作主に先んじている) の産生と理解に重要である。下で振り返るように、PPA-Gはこれらの形態統語構造の要素のどれかの障害と関連づけられている。
特筆すべきこととして、上で述べたように、文法の障害は必ずしも流暢性の障害とは関連しない。非流暢な発話は、速度の低下、発話の流れの障害 (e.g. 中断、誤った開始)、発話における音の誤りによって特徴づけられる。非流暢な発話の産生はPPA患者の多くで見られるものの、文法性は障害されることもあれば保たれることもある。古典的な脳卒中-失語論では、非流暢な発話の産生はBroca失語と分類するために用いられた主要な特徴であり、Broca失語はしばしば文章産生と理解の両方に影響を与える文法能力の障害を伴うことがある。したがって、非流暢なBroca失語はしばしば失文法性失語と相互変換されて用いられており、文法障害の存在を暗示している。しかし、PPA患者は流暢性と文法能力に解離を持つことを示す研究がある。Thompson、Weintrabu、Mesulamら (2012a) による、PPAにおいて物語の発話産生を検討した研究では、文法能力はPPAのそれぞれのバリアントで異なることが報告された。しかし、一般的な流暢性のマーカーであるwords per minute (WPM) に基づくと、37人のPPA患者中27人が非流暢である (正常コントロールの平均マイナス1SD以下である) ことが報告された。この集団の中には、PPA-Gと分類された11人はすべて含まれていたが、PPA-Lと分類された20人中15人、PPA-Sと分類された6人中1人も含まれた。さらに、発話速度と文法産生の複数の指標の間では有意な関係性は認められなかった (e.g. 正しく語形変化させられた動詞の比率、open:close比、名詞:動詞比、文法的文章の比率)。さらに、PPAにおける流暢性と文法産生の間の神経基質の重複の程度に関しては、以下で議論するようにエビデンスは混合している。

 

3. PPAの文法処理
このセクションはPPAの形態統語論的処理の先行研究をまとめる。以下の言語学ドメインによって構成される: 文法的形態 (grammatical morphology)、機能カテゴリ (functional categories)、動詞 (verbs) と動詞項構造 (verb argument structure)、複雑な統語構造 (complex syntactic structures)。

3-1. 文法的形態 (Grammatical morphology)
文法的形態 (e.g. 動詞の屈折) の産生障害は、PPA-Gで認められる。彼らは、認知的に正常な人々と比較して、連続発話サンプルにおいて、正しい屈折を有する動詞の減少を示した。こうした特徴はPPA-LやPPA-Sでは認められなかった。さらに、屈折動詞の全体的な比率は、コントロールと比較してPPA-Gで (有意ではなかったものの) 低かったとする報告もあり、こうした傾向はPPA-LやPPA-Sでは見られなかった。また、語彙カテゴリ (lexical categories) にわたって、PPA-G患者は正しい文法的屈折語尾 (ending) の産生低下を呈した (e.g. boys, playing, Tom's)。
文法的形態の産生をテストする文章構造完成タスク (Northwestern Assessment of Verb Inflection) では、PPA-G患者はPPA-L患者と比較して正しい定動詞 (時制変化した動詞) の産生数が低下したが、両者は不定動詞 (時制変化していない動詞) の産生精度で差を示さなかった。具体的には、PPA-G患者は定動詞を67% (vs PPA-Lは88%)、不定動詞を94% (vs PPA-Lは99%) の精度で産生した。同様のパターンは、脳卒中による失文法 vs 失名辞失語を有する患者でも認められた: 失文法患者は、失名辞患者と比較して定動詞の産生に障害を示したが、不定動詞については障害はみられなかった。これらの結果からは、PPA-Gが脳卒中による失文法失語と同様に、言語的形態の産生障害を有することが示唆された。
PPA-Gはまた、動詞形態の理解の障害とも関連づけられている。特に、形態的誤りに対する即時感度 (online sensitivity) が障害されている。PPA-G患者は、様々な形態統語論的な呼応の誤り (e.g. 主語-動詞、限定詞-名詞、量化詞-被量化語) に対する感受性の遅れを示したのに対し、PPA-S患者はこうした誤りに対する感受性は保たれており、認知的に健常なコントロールと同じ時間経過で反応することができた。さらに、PPA-G患者は、コントロールと比較して時制の誤りに対する即時感度が障害されていた。PPA-Gでは時制形態の産生も障害されていることを考えると、こうした結果はモダリティにわたって広がる時制形態の表現かつ/または処理の一般的障害を示唆している。

3-2. 機能カテゴリ (Functional categories)
機能カテゴリの産生障害も、PPA-Gの連続発話サンプルで認められている。複数の研究において、開クラス (open cloass, i.e. 内容) と閉クラス (closed class, i.e. 機能) の比率 (O:C class ratio) や、特定の機能カテゴリ (限定詞、助動詞、代名詞) の産生率といった、機能カテゴリの全体的産生率が定量化された。結果として、PPA-GではO:C class ratioの上昇傾向が認められたが、どの研究でも有意差の証明には至っておらず、また別の研究ではPPA-Gとコントロールで差を認めなかった。ここから、閉クラス単語の産生率の著明な低下が認められる脳卒中による失文法失語とPPA-Gの間には、潜在的な差がある可能性が強調された。しかし、この明らかな差は、少なくとも部分的には "nonfluent/agrammatic" の分類に関する現在のコンセンサス基準 (文法障害の有無によらない) を反映している可能性がある。
さらに先行研究では、PPA-Gの閉クラス単語の産生障害は、特定の機能カテゴリに限定される可能性が示唆されている。Wilsonら (2010b) は、PPA-G患者はコントロールと比較して限定詞のある単語の産生比率が低くなる (0.89 vs 1.00) 一方で、PPA-LとPPA-S患者はそうではない (それぞれ0.97と0.99) ことを発見した。またThompsonら (1997) は、"non-fluent" PPAのうち3人が自発話における言語的形態統語産生の障害を有する (i.e. 動詞句における閉クラス単語の産生低下、動詞形態の産生エラー (e.g. 時制や呼応) など) ことを報告したが、Wilsonら (2010b) はどのPPAサブタイプでもコントロールと比較して助動詞の複雑性の尺度が異ならなかったことを発見した。さらに、PPA-Gでは代名詞の産生は保たれているように見え、PPA-G患者はコントロールと比較してほぼ同様の代名詞および形式上主語としての代名詞 (e.g. There is a man here) の産生率を示すことが報告されている。
PPA-Gと比較して、PPA-S患者はコントロールと比較して低いO:C比を呈する。すなわち、閉クラスよりも開クラス単語の産生に障害がある。しかし、PPA-Lではコントロールと比較して開閉クラスの単語産生に統計学的に有意な差を認めなかった。さらに、PPA-LとPPA-Sはコントロールと比較して代名詞の産生比率が高く、内容単語の想起に障害があることを反映していると思われた。こうした発見は、PPA-LとPPA-Sでは閉クラス単語の産生が比較的保たれていることを示している。しかし、PPA-GとPPA-Sの両方において、コントロールと比較して閉クラス単語の代入エラーが多いことも報告されている。
我々の知る限り、PPAにおいて文章理解における機能カテゴリ処理を調べた研究は存在しない。しかし、機能カテゴリと文法的形態の処理は、PPA-Gで顕著に障害される統語的に複雑な構造の理解において重要な役割を果たしている。

3-3. 動詞と動詞項構造 (Verbs and verb argument structure)
PPA-Gにおいて動詞の産生が障害されていることを示すエビデンスは多くある。PPA-Gの連続発話サンプルの定量的解析では、コントロールと比較して名詞:動詞 (noun:verb, N:V) 比によって反映された動詞産生障害傾向が報告されている (この2群の間では差が認められなかったとする研究も1つ存在する)。PPA-G患者では、コントロールと比較して一発話 (utterance) あたりの動詞の産生低下も認められるが、名詞にはその傾向を認めなかった。さらに、PPA-Gは物語発話において、正しい項構造を持つ動詞の産生障害によって反映される動詞項構造の産生障害を呈する。ただし、動詞ごとに産生される項の数に関しては、コントロールとPPA-Gで差を認めなかったとする研究もある。動詞産生の障害は絵の呼称タスクにおいても明らかである。PPA-G患者は、名詞 (物体) の呼称よりも動詞 (動作) の呼称における有意な障害を呈した。さらに、彼らはより単純な項構造を持つ動詞 (i.e. sweepなどの自動詞) を、より複雑な項構造 (i.e carryなどの他動詞) を持つ動詞よりも正確に呼称し、これは脳卒中による失文法失語に特徴的なパターンであった。しかし、動詞の理解は、名詞の理解とともにPPA-Gではほとんど保たれており、動詞の語彙-意味表現は保たれていることが示唆された。
これとは対照的に、PPA-LとPPA-Sは動詞産生または理解において特定の障害を呈さなかった。PPA-L患者は名詞と動詞をほとんど同等の正確性で呼称または理解し、連続発話サンプルでは名詞の産生障害傾向を呈した (i.e. コントロールと比較したN:V比の低下)。たとえば、Thompsonら (2012a) はPPA-Lの20人の群で平均N:V比が0.99であり、認知的に正常な13人のコントロールの平均である1.21よりも低かったことを報告した。同様に、Wilsonら (2010b) はあらゆる開クラス項目 (名詞と動詞) の中での動詞の比率を検討し、コントロール (M=0.37) と比較してPPA-Lの11人 (M=0.46) でこれが高い傾向にあることを報告した。さらに、連続発話における停止 (pause) (i.e. filled pauses (e.g. um, er) とunfilled pauses (300 ms以上のもの)) を検討した最近の研究において、PPA-L患者では動詞の前よりも名詞の前で停止が高頻度になることが発見され、動詞よりも名詞において単語想起障害が大きいことが示唆された。
PPA-Lでは、動詞項構造の産生も比較的保たれている。PPA-L患者は、物語発話において動詞項構造のエラーが少なく、自動詞および他動詞は同様の精度で呼称された。PPA-Sでは、動詞の産生と理解は比較的保たれるが、名詞処理は顕著に障害される。連続発話サンプルでは、N:V比はコントロール (M=1.21) と比較してPPA-S (M=0.74) で有意に低く、これも名詞産生の障害を示している。一方で、動詞項構造の産生障害は認められなかった。
PPAの文章理解における動詞の即時処理を検討した2つの相反する研究がある。Peeleら (2007) は、PPA-G患者は主題の誤り (thematic violations, e.g. ありえない主語) に対する感受性が保たれていることを報告したが、PriceとGrossman (2005) はこれと反対のパターンを報告した。 すなわち、彼らのPPA-G患者は主題の誤りや自他動詞の誤り (e.g. 自動詞が目的語を持つ) に対する即時感受性を持たなかった。さらに、Peeleら (2007) は形態統語的誤り (e.g. 単語クラスの誤り、呼応の誤り) に対する感受性の障害を報告し、PPA-Gで一般的な動詞処理が障害されていることを示唆した。しかし、PriceとGrossman (2005) は、PPA-S患者が主題や自他動詞の誤りの処理障害を持つことを示した。以上から、PPAのサブタイプごとの即時動詞処理の性質とその背景にある潜在的な違いに関しては、さらなる研究が必要である。

3-4. 文章産生と理解 (Sentence Production and Comprehension)
PPA-Gでは、文章の産生と理解が著しく障害され、PPA-Lでも比較的軽度の障害が認められている。発話サンプルの量的分析のほとんどは、PPA-Gではコントロールよりも文法的誤りが多いことを見出しており、ある研究では、筆記言語サンプルにおける文法的誤りの割合が高いことが報告されている。我々は2つの研究において、PPA-GよりもPPA-Lの方が文法的誤りの割合が低く、PPA-L群とコントロールの間に差はないことを発見した。しかし、Wilsonら (2010b) は、PPA-GとPPA-Lの文法エラー率は、いずれも年齢をマッチさせたコントロールよりも高かったと報告している。
さらに、PPA-GとPPA-Lでは、連続音声サンプルで産生される発話の複雑性が低下している。PPA-G患者は、認知的に健常なコントロールに比べて、統語的に複雑な発話の数が少なく、PPA-Lでは埋め込み率 (rate of embedding) が低下することが報告されている。これとは対照的に、PPA-S患者は、連続音声サンプルにおいて比較的文法的誤りが少なく、コントロールよりも埋め込み率が高い。これは、形態統語産生能力が比較的保たれていることと、語彙-意味障害を補うために迂遠な表現を用いる傾向を示している。
PPA-G患者は構造的文章産生タスクにおいても障害を示すが、PPA-LとPPA-Sの発話者は比較的障害が少ない。特に、PPA-Gでは非正規文章が障害されやすい。Primed sentense production taskの結果を見ると、PPA-GとPPA-Lの患者は、正規文 (e.g. 能動態文、主語疑問文、主語関係節) を同程度の精度で産出する一方、非正規文 (e.g. 受動態文、目的語疑問文、目的語関係節) については、PPA-Gの方がPPA-Lよりも精度が低いことが示された。具体的には、PPA-Gの平均産生精度は、能動態文、主語疑問文、主語関係節でそれぞれ100%、88%、80%であった。同様に、PPA-L群の精度は、これらの定型文では97%、93%、87%であった。しかし、非正規分については群間差がみられた: PPA-G患者は、受動態文では54%、目的語疑問文では70%、目的語関係節では32%であったのに対し、PPA-Lの話者では、これらの統語的に複雑な文では、それぞれ92%、96%、68%であった。この課題における非正規文産生の障害は、脳卒中による失文法失語でも観察されている。
複雑な文章の理解障害もPPA-Gの主な特徴であり、PPA-Lでも文章障害パターンこそ異なるものの指摘されている障害である。ある研究は、PPA-LよりもPPA-Gの方が非正規文章理解障害が大きく、正規文章の理解には群間差がなかったことを報告した。同様のパターンが、脳卒中による失文法失語と失名辞失語でもそれぞれ認められている。しかし、別の研究では、PPA-GよりもPPA-Lの方が非正規文章の理解力が数値的に劣っていることが報告されている。このような結果が混在しているのは、両群で非正規文章処理の異なる要素に障害があるためかもしれない。Wilsonら (2012) は、PPA-Gでは非正規文章の理解が一般的に障害されるのに対し、PPA-Lでは長い非正規文章の理解のみが障害されると報告している。このことは、PPA-Gでは文章理解の障害は形態統語障害によるところが大きいが、PPA-Lでは言語性ワーキングメモリーの障害が文章理解障害の根底にある可能性を示唆している。PPA-Sでは、文章理解は比較的保たれるが、疾患が進行すれば複雑な文章の理解に障害をきたすことがある。

 

4. 文法処理障害の神経機構
PPAにおける文法処理障害の背景にある神経機構を理解するにあたって、我々はまず認知的に健常なコントロールにおける文法処理の側面を検討した神経画像研究を振り返る。こうした研究の複数が文法的形態と機能カテゴリの処理の神経相関を検討し、結果として屈折形態 (e.g. 時制や呼応) の処理が左下前頭回、左運動野、左運動前野、後部頭頂葉によって支えられていることを報告した。さらに、あるfMRI研究は、左優位の下前頭回、中側頭回、下頭頂小葉が機能および内容単語の処理を個別にサポートしていることを見出した。
単語クラス処理 (特に名詞 vs 動詞) の神経画像研究は、混ざり合った結果を報告しており、fMRIタスク要求ごとに異なっているように思われる。しかし、複数の研究による収束的なエビデンスからは、動詞-項構造処理にシルビウス裂後部の領域が重要であることがわかってきている。認知的に健常な若年成人および高齢者における語彙決定タスクや異常検出タスクを用いた研究では、中上側頭回と角回・縁上回を含むシルビウス裂後部の領域が、より多い項を持つ動詞によって特に強く活性化された。さらに、動詞を項と統合することは、中上側頭回と関連していた。
認知的に健常な個人における文章理解は、左半球に側性化した中下前頭回、上中側頭回、角回を含むネットワークによって支えられている。認知的に健常な個人における文法産生の神経基盤についてはあまりよくわかっていないが、神経画像研究からは左の前頭-側頭-頭頂言語ネットワーク、特に下前頭領域が文章産生に重要であることを強調した。
脳卒中による失文法における損傷-障害相関研究は、こうした神経活動パターンを支持しているが、こうした研究における解釈の限界は、言語処理の神経機構の理解に関するこれらの研究の寄与を減衰させている。脳卒中による失文法失語の患者は、この前頭-側頭-頭頂ネットワーク内の損傷 (i.e. シルビウス裂周囲の前頭葉領域、そして多くの研究ではそこからより後方に広がる部分も含んだ、中大脳動脈領域の損傷) を有している。上で述べたように、脳卒中による失文法患者の多くは複数の言語ドメインにわたる文法障害を示す (i.e. 文法的形態、機能カテゴリ、動詞項構造)。文章理解の障害も失文法失語の主要な特徴の1つであり、左半球の中下前頭回、側頭葉前部、側頭頭頂接合部の損傷と関連している。文章産生の障害もまた、これらの領域と関連しているが、脳卒中による失語において形態統語論的な産生処理の神経相関を直接的に検討した研究は極めて少ない。
PPAに関しては、PPAバリアントと関連した一般的な萎縮パターンを考えずに皮質の萎縮領域と文法障害の関連性を検討した研究は極めて少ない。PPAでは、こうした障害は最も一般的には左下前頭回と隣接する皮質および皮質下領域と関連付けられた。上で述べられたように、これらの領域はPPA-Gで主に萎縮する部分であり、PPA-LおよびPPA-Sでは比較的保たれる。しかし、我々の知る限り、文法的形態、機能カテゴリ、かつ/または動詞および動詞項構造の特定の障害と関連した萎縮パターンを検討した研究は存在しない。むしろ、PPAにおける特定の文法処理障害と関連した萎縮パターンを調べたごく少数の研究は、文章理解と産生に焦点を当てているものに限られる。
左のIFG後部はPPA-Gおよび混合型における文章理解の障害と関連していた。実際、PPA-GおよびPPA-S患者の文章理解の障害は異なる萎縮パターンと関連しており、PPA-Sでは語彙-意味処理を支持する左外側側頭皮質と関連していた。こうした発見は、文章理解障害がPPA-GとPPA-Sで異なる主要背景機構によって生じていること、すなわちPPA-Gでは左IFGの萎縮による文法処理障害、PPA-Sでは側頭葉前部の萎縮による語彙-意味処理障害にその本態があることを示唆している。さらに、fMRI研究では左IFGがPPA-Gで機能的にも障害されていることが実証されている。すなわち、PPA-G患者はコントロールとは異なり複雑な文章に反応した左IFG後部の有意な活動を呈さない。しかし、彼らの左側頭葉後部の活動は比較的正常である。こうした結果は、左IFG後部の萎縮が、PPAにおける文法による理解の障害の原因になっていることを示唆している。
しかし、特筆すべきこととして、脳卒中による損傷とは異なり、神経変性疾患では特定の細胞群および細胞層のみを侵す可能性があるため、PPAのfMRI実験で認められた神経活動パターンは解釈が難しい。したがって、正常な処理ルーチンが変化している可能性はあるものの、萎縮領域の機能は保たれている可能性がある。たとえば、Wilsonら (2010a) は、nonfluent PPA患者に対して、文章理解タスクにおける皮質萎縮と機能活動の関係性を調査した。この文章理解タスクは統語複雑性 (e.g. 非正規 vs 正規文章) を操作している。年齢マッチしたコントロール群では、非正規文章における活動上昇が、左下前頭皮質 (inferior frontal cortex, IFC) 後部と中側頭回 (middle temporal gyrus, MTG) 中部-後部を含む領域で認められた。そして、nonfluent PPA群では、左IFCは萎縮しており機能的にも異常であった (この領域は文章理解で活動したが統語複雑性による調節は受けなかった) 一方で、左MTG中部-後部は萎縮していたものの機能は正常であった。これらの発見は、PPAにおける皮質萎縮と機能活動が潜在的に解離していることを示しており、そして左IFGがPPAの文法処理を支えるにおいて重要な役割を果たしていることを示唆するさらなるエビデンスにもなっている。さらに、健常コントロールでは活動がみられない左下前頭領域前部にも活動が見られており、タスク遂行のためにさらなる神経組織をリクルートしていること、かつ/または言語処理において通常は抑制される神経活動の抑制不能を示唆している。
PPAの文章産生障害は、左IFGの萎縮と関連づけられている。Northwestern Anagram Test (NAT) を用いて正規および非正規疑問文の産生を検査した研究で、Rogalskiら (2011) はIFGの萎縮が文章構成の障害と関連していたことを発見した。DeLeonら (2012) とWilsonら (2011) は、elicited production taskを用いて形態統語論的に単純な構造から複雑な構造まで幅広い文章産生を検査した。この領域は、流暢な発話産生を支持すると考えられてきたが、文献によって一貫しない発見が報告されてきた。物語発話産生サンプルに基づいて、Wilsonら (2010b) は文章産生の障害 (文章内の単語の比率と統語的エラーの数によって測定された) と文法的複雑性の低下 (埋め込み節の減少) が、IFG後部、上前頭溝、補足運動野を含む左前頭葉領域の皮質容積の低下と関連していたことを発見した。さらに彼らは、流暢性 (発話の最大速度) の低下が、大きく重複しあう領域セットにおける体積の低下と関連していたことを発見した。別の研究では、連続発話サンプルにおける文法的複雑性 (産生された複雑な構造の数) と流暢性の障害 (words per minute)は、左IFG前部と上側頭回前部の萎縮と関連し、さらに流暢性の低下は左運動前野および右下前頭領域の萎縮とも関連していたことが報告された。これとは対照的に、Rogalskiら (2011) は文法性と流暢性の障害に異なる神経相関を発見した: 左IFG後部および前部、補足運動野、縁上回の皮質厚の低下は文法産生の障害 (NATにおける非正規文章産生の低下) と関連しており、左下前頭溝と中前頭回という大きく異なった領域が流暢性の低下 (物語発話サンプルの平均発話長の低下) と関連していた。ただし、平均発話長は流暢性だけでなく文法産生能力も反映している可能性があることには注意しなければならない。

4-1. 文法障害における白質損傷の役割
PPAにおける文法障害には、白質経路に対する損傷も寄与していることが示されている。複数の研究が、PPA-Gは左上縦束 (側頭葉後部と頭頂葉領域を前頭葉および弁蓋部領域と結合する背側経路) の損傷と関連していることを示している。たとえば、ある研究は背側白質の変化がPPAの文法障害と関連していることを発見した。この研究では、左上縦束のfractional anisotropy (白質統合性の指標) の低下が文法産生と理解の尺度における成績低下と相関していたことが報告された。こうした相関は、文法障害と関連していた左IFG後部の灰白質容積をコントロールした後でも持続した。対照的に、腹側経路 (特に最外包線維系と鈎状束) のfractional anisotropyと文法障害の間には関係性が認められなかった。その他の研究は、下縦束と鈎状束を含む腹側経路がPPA-Gで比較的保たれるという点で、後者の発見を支持した。一方で、PPA-Lは上縦束の側頭頭頂枝における比較的限定した白質変化と関連しており、また腹側言語経路はPPA-Sにおいて有意な変化を呈する。とはいえ、形態統語処理と言語処理全般における背側と腹側の経路の役割については、文献上かなりの議論がある。たとえば、Saurら (2008) は、文章理解は前頭前野と中下側頭皮質の間の腹側経路と関連していることを発見した。さらに最近の研究では、Cataniら (2013) が、流暢性、語彙-意味処理、文法処理 (NATにおける主語疑問文と目的語疑問文の作成) の障害と、左鈎状束および前頭斜走路 (frontal aslant tract) の白質変化との関係を調べた。前頭斜走路の変化は流暢性の障害と相関し、一方、鈎状束の損傷は語彙-意味処理の障害と関連していた。どちらの経路も文法処理とは関連していなかった。PPAにおける文法処理への背側および腹側線維路の寄与を十分に理解するためには、さらなる研究が必要である。

 

5. PPAの文法能力の評価と臨床管理
5-1. 文法障害の評価
PPAにおける文法能力の定量化は、PPA患者をサブタイプ別に正確に分類するために重要である。これはひいては、言語能力の低下の軌跡や関連する神経病理を推定するためにも重要である。剖検されたPPA症例の60-70%は前頭側頭葉変性症 (FTLD) に起因しており、失文法の存在はFTLDタウオパチーに関連していると報告されている。したがって、文法障害は、患者の生涯における神経病理学的性質を推測するための重要な臨床的マーカーとして用いられる可能性がある。
PPAの文法産生能力を調べるための一つの方法は、連続音声サンプルの定量分析である。この方法は、PPAの集団研究における産生パターンの評価だけでなく、個々の話者における進行性文法障害のパターンを特定するためにも使用されている。 この方法によって、研究者や臨床医は、文法産生の主要な領域 (文法的形態、機能カテゴリ、動詞と動詞項構造、複雑な文章産生) を単一のタスクで評価することができる。しかし、この方法の重大な欠点は、引き出される構文を実験的にコントロールすることができないため、文法能力の全体像が把握できない可能性があることである。さらに、自発的な談話の言語分析には労力がかかり、関心のある言語形式や構造を識別し、コード化するためには訓練が必要である。
文法的形態の産生を調べる Northwestern Assessment of Verb Inflection (NAVI) など、文法産生を調べるための構造的タスクも開発されている。このテストでは、文章完成タスクを用いて、定動詞 (i.e. 現在単数形 (e.g. he eats)、現在複数形 (e.g. they eat)、過去規則動詞 (e.g. tickled)、過去不規則動詞 (e.g. ate)) と不定動詞 (i.e. 進行形 (e.g. (is) eating)、不定詞 (e.g. to eat)) の両方を評価する。このテストはPPAの動詞屈折障害に敏感であり、PPA-GとPPA-Lでは異なるパターンが見られる。さらに、PPAにおける文法産生障害は、重度の失行や構音障害のある患者でも産生能力が評価できるように明らかな発話での産生を必要としない Northwestern Anagram Test でも評価することができる。また、Goodglassらによって開発されたelicited production taskも、PPAにおける文章障害を調べるために用いられている。
動詞の産生障害を調べる検査には、Verb and Sentence Test (VAST)、Boston Assessment of Severe Aphasia (BASA)、An Object and Action Naming Battery (OANB) などがある。しかし、PPA (およびその他の言語障害) における単語クラスの障害を評価する目的では、これらの検査にはそれぞれ限界がある。BASAとOANBは名詞と動詞の産生を評価するが、理解は評価しないし、VASTは名詞の産生も理解も評価しない。後者は、PPA-Gにおける失文法的言語プロファイルの同定にN:V比が重要であることを考えると、重大な制限である。Northwestern Naming Battery (NNB) は、N:V比を導き出すために、名詞と動詞という単語クラスの産生と理解を、各単語クラスの項目 (頻度やその他の語彙変数をマッチさせたもの) を用いて評価する。さらに、NNBは他動詞と自動詞の両方の理解力と産生力を調べることができる。また、Northwestern Assessment of Verbs and Sentences (NAVS) では、項構造の複雑性 (i.e. 項の数、義務的項と選択的項) に応じて異なる動詞の産生と理解、および文章の文脈の中で項とともに動詞を産生する能力を評価する下位テスト (NAVSのArgument Structure Production Test (ASPT)) がある。
文章の産生と理解能力を定量化するためには、正規構造と非正規構造の両方を調べることが重要である。これは、文章処理能力に影響を及ぼす可能性のある他の障害と文法を区別するためである。Western Aphasia Battery-Revised (WAB-R) や Boston Diagnostic Aphasia Examination (BDAE) などの一般的な失語症検査では、正規文と非正規文の産生と理解は評価されない。したがって、この目的のために明確にデザインされたテストを実施する必要がある。BastiaanseとEdwards (2002) が開発したVerb and Sentence Test (VAST)など、いくつかの選択肢がある。また、Curtiss-Yamada Comprehension Language Evaluation (CYCLE) では、構文の複雑性によって異なる文章の理解度 (産生ではない) を調べることができる。Wilsonら (2010a, 2011) は、語彙処理要求を軽減するためにPPA患者のために特別に開発された、CYCLEに緩く基づいた統語理解タスクを用いた。PPAにおける文章障害を評価するもう1つの尺度は、PPA (および脳卒中失語) 患者を対象に標準化されたNAVSである。NAVSは正規 (能動態、主語疑問文、主語関係節) および非正規 (受動態、目的語疑問文、目的語関係節) 構造の産生と理解の両方を評価する。これらの形態の産生は、Sentence Production Priming Test (SPPT) で評価され、理解は同一の刺激を用いて Sentence Comprehension Test (SCT) で評価される。特筆すべきこととして、SPPTのスコアはPPA患者のNATのスコアと高く相関していた。したがって、重度の運動性発話障害を持たない患者における正規および非正規文章形態の産生と理解のためには、我々はNAVSを用いることを推奨する。

5-2. 文法障害の治療
PPAの治療効果を評価した研究はほとんど発表されておらず、その大半は、呼称や語想起の障害 (通常は物体) の改善に焦点を当てたもので、少数の患者コホートによる症例研究に限られている。我々の知る限り、PPA-Gの形態統語障害に対する治療を扱った研究は3つしかない。Schneider, Thompson, & Luring (1996) は、言語とジェスチャーを組み合わせた治療法を用いて、PPA-Gと一致する障害を呈したPPAの女性において、文の文脈における動詞形態性 (i.e. 時制変化した動詞の産生) の改善を示した。別の研究では、Finocchiaroら (2006) が、左前頭側頭皮質の萎縮を伴う動詞産生の選択的障害を有する60歳のPPA男性において、動詞形態性 (すなわち、時制や人称のために屈折した動詞) に対する反復経頭蓋磁気刺激 (rTMS) の効果を検討した。左前頭前野に高頻度rTMSを行ったところ、文章完成課題において、動詞の産生は改善されたが、名詞の産生は改善されなかった。同様に、Cotelliら (2012) は、PPA-SではなくPPA-Gの患者において、左半球または右半球のどちらかの背外側前頭前皮質に高周波rTMSを適用すると、目的語 (名詞) の呼称に比べて動作 (動詞) の呼称が改善することを発見した。これらの結果は、PPA患者の文法能力が治療によって改善される可能性を示唆している。しかし、前述の効果を再現し、PPA患者における他の文法的障害 (機能カテゴリの障害、文章の産生と理解の障害など) に対する治療効果を評価するためには、さらなる研究が必要である。文法ドメインにわたる、2つの基本的質問について検討する必要がある: (1) 文法処理は治療によって改善されるのか、あるいは治療はPPAにおける文法能力の低下を遅らせるのか、(2) 行動的治療効果は皮質刺激によって増強され、長期にわたって維持されるのか。

 

6. まとめと結論
この文献は、PPA患者でみられる文法障害パターンに関する研究を振り返り、文法的形態、機能カテゴリ、動詞と動詞項構造、複雑な文章処理障害を含む文法障害が、他のPPAサブタイプとPPA-Gを区別するということを示した。重要なのは、流暢性は文法障害とは直接的に関係していないということである。これまでのところ、PPAにおける即時文法処理を取り扱った研究は比較的少ない。脳卒中失語症では、文法障害の性質について、リアルタイムのパフォーマンスを観察することで多くのことが分かっている。したがって、オンライン研究は、PPAにおける文法障害の根本的な原因についての理解を深めるのに役立つ可能性がある。
文法障害と関連した皮質萎縮パターン (i.e. 左前頭葉後部、島、皮質下白質) は、その他の言語ドメインの障害と関連したもの (e.g. 意味障害が側頭葉前部と関連する) とは異なっている。しかし、PPAの文法処理の機能的神経画像研究は少ない。さらに、文法処理 (e.g. 機能カテゴリ、文法的形態、動詞と動詞項構造) の他の側面を標的とした構造的および機能的神経画像研究が必要されている。
PPAの鑑別診断と神経病理学的軌道の同定のために文法障害の同定は重要であり、PPAの評価において文法能力の評価は必要不可欠である。特に、この目的のために最近開発された評価ツールが現在は利用可能であり、我々はこれらの使用を推奨する。最後に我々は、PPAの文法障害の治療に用いることができる研究が不足していることを表明する。PPAにおける文法処理能力が、皮質刺激を用いることでどのように改善し、これを支えるために機能的神経組織がどうリクルートされ、そして文法処理に必要な機能障害組織の領域内神経結合が増強されるのか否か、といった点に関してよりよく理解するための研究が、今後必要である。

 

感想
日本語に屈折語尾や補文標識の概念はないし、英語に助詞の概念はないけれど、文法障害というものを包括的に捉えるにあたってかなりわかりやすい。そして臨床や病巣との相関も議論されていて、とても学びになった!左IFGは形態統語論的処理 (産生と理解の両方) に関連しているんだなあ〜。

原発性進行性失語における生存、萎縮、言語の神経病理学的相関

Neuropathological fingerprints of survival, atrophy and language in primary progressive aphasia.
Mesulam, M. Marsel, et al.
Brain 145.6 (2022): 2133-2148.

 

剖検データまで組み込んだ大きな研究だけど、キレイにまとめてあってすごい。

 

1. 背景
失語の研究は、初期には脳卒中によって起きた急性の言語障害に関するもので占められていた。失語の中でも異なる型のもの、すなわち急性よりも進行性のものは19世紀終盤から報告され始めたが、そこまで注目されていなかった。こうした症候群に改めて興味が持たれ始めたのは1980年になってからであり、「原発性進行性失語」(primary progressive aphasia, PPA) と呼ばれた。1992年までに、PPAの63症例をまとめたレビューや、13例の剖検症例のレビューも報告された。PPAの2つの中核的特徴として、神経病理の異種性と神経変性の非対称性があるが、これはこうした小さなコホートの中でも同定可能なものであった。これら2つの特徴はその後、大きなPPAの連続剖検の報告で確認された。
Alzheimer病の神経病理学的変化 (Alzheimer's disease neuropathological changes, ADNC) と3リピートタウオパチーであるPick病は、PPAと関連づけられた最初の2つのエンティティであった。さらに、前頭側頭葉変性症 (FTLD) の中で4リピートタウオパチーである大脳皮質基底核変性症 (CBD) と 進行性核上性麻痺 (PSP) もこのリストに加えられた。また、特異的組織病理を欠く認知症、またはFTLD with ubiquitinとも言われた症例たちの背景にTDP-43 (transactive response DNA binding protein-43) の異常があることがわかってから、PPAはFLTD-TDPの異なる3つの型とも関連づけられるようになった (すなわちA-C)。頻度は少ないもののそれ以外にも神経病理学的関連は報告されており、びまん性Lewy小体病、軸索スフェロイドを伴う脳症、FTLD-TDP(B)、globular glial tauopathy (GGT)、嗜銀顆粒病 (AGD) が挙げられる。
この間、臨床的分類方法も発展を遂げた。PPAの初期の分類は、1998年の進行性非流暢性失語と意味性認知症という二分化であったが、これが2011年になってさらに3つの種類に分類されるようになった: 非流暢/失文法型 (non-fluent-agrammatic)、ロゴペニック型 (logopenic)、意味型 (semantic)。そして、2011年のシステムによって分類できない30-40%の症例の一部を説明するために、4つ目のバリアントである混合型PPAも加えられた。臨床病理学的研究によって、logopenic PPAと最も高頻度に関連していたのはAlzheimer病であり、non-fluent-agrammatic PPAは3リピートおよび4リピートタウオパチー (Pick病、CBDおよびPSP)、semantic PPAはFTLD-TDP(C)と関連していることが明らかとなった。
その後、PPA変異型と個々の神経病理学的エンティティの関連性は決定的ではなく確率的なものであるということ、そして高頻度な関連と低頻度な関連の両方を反映しているということが明らかになった。たとえば、logopenic PPAが確実にADNCと関連しているという考え方には疑問が呈された。また、Pick病とGGTはsemantic PPAと関連している神経病理であることが明らかになった。FTLD-TDP(C)が、semantic PPAではなくnon-fluent-agrammatic PPAで報告されたこともあった。また、同一のGRN変異を持つ兄弟症例が2つの異なる失語型を引き起こしたことも報告された。この臨床病理学的な異種性は、失語型が必ずしも背景の神経変性の細胞学的本質と関係しているわけではないこと、そしてその神経変性が好む解剖と、言語ネットワークに固有の生物学、このネットワークの特殊性が、一般的かつ珍しくない形で相互作用した結果を反映していることを示している。
言語に優位な半球 (基本的に左) を好んで標的とすることは、PPAの神経病理におけるただ1つの共通点として浮上した。この非対称性の細胞学的要素は複数の神経病理学的エンティティで定量化された。たとえば、萎縮の生体内非対称性は、ADNCを伴うPPAの神経原線維変化や、FTLD-TDP(A)のミクログリアTDP-43沈着物の非対称的な分布を反映していることが示された。この言語優位半球の選択的な脆弱性の背景にあるメカニズムは未だ謎に包まれている。ある1つの潜在的な候補として、家族性の言語ネットワークの脆弱性が、一部の構成員において言語獲得の発達遅延を招き、他の構成員では独立して生じる神経変性疾患に対する選択的脆弱性を招くといいう考え方が報告されている。
PPAの臨床病理学的相関のスペクトラムは発達途上の研究分野である。こうした相互作用の複雑性、PPA変異型の複数性、背景にある異常蛋白の異種性は、選択的な脆弱性の一般的メカニズムに光を照らし得る包括的かつ比較的な解析の必要性を正当化する。今回の報告では、システマティックに診断されてフォローアップされたPPA患者の118例の連続剖検を用いてこのテーマを取り扱う。このサブセットとして、均一な認知評価と定量的神経画像評価、神経病理学的評価を含む銃弾研究プログラムに組み入れられた症例が含まれた。

 

2. 方法
Northwestern PPA Research Programに登録された118の剖検症例が対象とされた。診断は、神経変性疾患によって引き起こされた進行性の言語障害が孤立して生じたことに基づいて行われた。FTLD-TDP(B)の2症例、GGTの1症例、軸索スフェロイドを伴う白質ジストロフィーの1症例は、意味のあるサイズを持つ群を構成しなかったため、定量解析から除外された。残った114症例は、発症年齢と生存期間の解析のために、主要な神経病理学的診断に基づいて分類された。これらの中で、67人は隔年の認知評価と定量的画像評価の縦断的研究に参加した。GRN変異を有しFTLD-TDP(A)であると考えられる1人の生存患者はこのセットに加えられた。こうしてできた合計68人の患者群は、臨床病理学的分類の基礎を提供した。68人全員がエントリー時点で同一の認知機能評価を受けた。61人の被験者は初回評価時に定量的画像評価を受け、23人は2年後の2回目の評価も受けた。CDRスケールは全体的な機能を評価するために用いられた。すべての被検者は白人の英語話者で、右利きであった。この研究はNorthwestern UniversityのInstitutional Review Boardで承認され、すべての参加者でインフォームドコンセントが取得された。

2-1. 言語評価
全体的な失語の重症度は、改定Western aphasia batternの失語指数 (aphasia quotient) (最大100) によって測定された。さらなる検査によって、文法、単語理解、呼称、復唱、物体認知、文章理解、単語流暢性が評価された。成績は最大スコアに対するパーセンテージとして表現された (これは、コントロールがそれぞれのタスクでほぼ満点をとったからである)。単語流暢性に関しては、コントロール値として132単語/分が用いられた。
① 文法: 文章生成における文法は、Sentence priming production testおよびNorthwestern anagram testで評価された。Sentence priming production testでは、被験者は受動態に変換可能な (5つの) 動作の絵を見て、非正規的文章 (受動態、目的語が除かれたWh質問文、目的格の関係代名詞) を15個 (3つずつ×5個の絵) 生成するように求められた。また、Northwestern anagram testでは、被験者は同様の文章タイプ (n=15) の中で、1単語が書かれた移動式タイルたちを並べ替えて動作の絵にマッチするように求められた。この検査では言語性出力は必要とされないため、発話生成能力の影響は除外される。これら2つの検査セットを平均して、文法の composite Northwestern anagram/Sentence priming score を算出した。

※ Sentence priming production testで言われる非正規的文章とは、以下のa, b, cのようなもの。下の例 (a, b) でいえば、「イヌがネコを追いかけている」絵を見せてカッコ内のプライミング文を読んだうえで、「ネコがイヌを追いかけている」絵を見せて被験者に回答を求める。なおcについては、「Peteくんがイヌに追いかけられているネコを見ている」絵を見せてプライミングしたうえで、「Peteくんがネコに追いかけられているイヌを見ている」絵を見せて被験者に回答を認める。
a. The cat is chased by the dog. (prime: The dog is chased by the cat.)
b. Who is the dog chasing? (prime: Who is the cat chasing?)
c. Pete saw the cat who the dog is chasing. (prime: Pete saw the dog who the cat is chasing).

② 単語理解: Peabody picture vocabulary test-IV の中の36個の中等度の難易度の項目 (157-192) を用いて検査した。それぞれの項目は、物体、動作、概念、または属性を表現した聴覚性単語を、選択肢にある4つの絵のうちどれか1つにマッチさせるように求めるものである。
③ 呼称: 物体の呼称を評価するために、60項目の標準化されたBoston naming testを用いた。それぞれの項目は、高頻度語から低頻度語の順番で提示された。
④ 復唱: 改定Western aphasia batteryの復唱サブテストの中で最も難しい6つの項目を選び、復唱スコア (Rep66) を生成した。
⑤ 物体認知: 非言語的物体知識を評価するために、Pyramids and palm tree test の絵バージョンを用いた。この検査では、被験者に標的オブジェクトと概念的により密接に関連した絵を2つの候補から選ぶように求めた。
⑥ 文章理解: 統語的に複雑な文章の理解を、Sentence comprehension testで評価した。この検査では、2つの受動態に変換可能な動作風景を、検査者が話す刺激文にマッチさせるよう求めた。刺激文として、非正規的な文章理解を測るために、sentence productionで選ばれた15個の文章が用いられた。
⑦ 流暢性: 被験者は、シンデレラ物語の文字のない絵本を見て、そのストーリーを話すように命じられた。話された物語は、Systematic analysis of language transcripts (SALT: 文字起こし機能のあるソフト) に入力され、ここからwords per minuteの流暢性が測定された。

2-2. PPAの分類
2011年のコンセンサスガイドラインは、参照フレームを提供した。このガイドラインでは、行うべき検査やカットオフに関する言及はなく、30-40%の症例が分類不能となり、また同一症例が2つのバリアントの基準を満たすこともあった。このため、改定が行われ、「混合型」(mixed PPA) を追加するなどの変更が加えられた。我々は、標準的検査、正規ベースライン、定量的成績カットオフを用いて、初診時の障害が軽度 (79-60%)、中等度 (59-40%)、重度 (<39%) のどれに該当するかを判定し、患者が4つのバリアントのどれに分類できるかを決定する経験的アルゴリズムを実装した: (i) non-fluent-agrammatic PPA = (grammar <80%) AND (fluency <60%) AND (word comprehension ≥80%)、(ii) logopenic PPA = (grammar ≥80% OR fluency ≥60%) AND (word comprehension ≥80%) AND (naming <80% OR repetition <80%)、(iii) semantic PPA = (word comprehension <60%) OR (word comprehension <80% AND naming ≤40%) AND (grammar ≥60% OR fluency ≥80%)、(iv) mixed PPA = (grammar <80%) AND (fluency <60%) AND (word comprehension <80%)。このアルゴリズムは、このコホートの中ではよく機能したが、初期または重度の疾患段階では適応が難しいかもしれない。絶対的ではなく相対的なカットオフを用いることが分類に役立つのかもしれない。

2-3. イメージング手法
T1強調3D MP-RAGEシーケンス (繰り返し時間=2300ms、エコー時間=2.91ms、 反転時間=900ms、フリップ角=9°、視野=256mm) を用いて、3T Siemens TIM Trioの12チャンネルバードケージヘッドコイルで1.0mm厚の176スライスを取得した。再構成はFreeSurfer画像解析スイート、バージョン5.1で行った。幾何学的な不正確さとトポロジカルな欠陥は、有効なガイドラインによって修正された。PPA参加者の皮質厚マップは、萎縮のピークパターンを同定するために、同程度の年齢と教育を受けた35人の右利きの認知的健常ボランティアと対比された。皮質厚の群間差は、皮質表面に沿ったすべての頂点について一般線形モデルを用いて計算した。多重比較で調整した後、皮質の菲薄化 (すなわち萎縮) がピークに達した領域を検出するために、個々のマップでは0.05、グループマップでは0.001の偽発見率を適用した。

2-4. 神経病理学的評価
両半球の9つの相同皮質領域から組織切片を採取した。Gallyas染色、thioflavin-S、リン酸化タウ (AT8)、βアミロイド (4GR)、TDP-43、p62、αシヌクレイン (p129) の免疫組織染色を行った。ADNC、レビー小体病、FTLD-TDP (A型、B型、C型)、FTLD-tau (Pick、PSP、CBD) の診断にはコンセンサス基準が用いられた。最初にユビキチンを伴うFTLDと診断された症例は再検査され、TDP-43を染色し、現在の命名法に従って分類された。症例は主要な神経病理学的診断によって層別化された。CBD群とPSP群は、どちらも4Rタウオパチーであり、神経病理学的にも臨床的にも重複しているため、統合した。

2-5. 生存分析と統計
発症時期は、患者からの報告、家族または友人の信頼できる情報提供者、医療記録の3つの情報源を調和させて決定した。生存率はKaplan-Meier曲線で示した。比例仮定がチェックされたCox比例ハザードモデルにより、各群の発症年齢をコントロールした。多重比較を考慮するために、Benjamini-Hochberg調整P値を用いた。また、特定のPPA変異型または60%未満の個々の検査スコア (中等度から重度の障害) が、基礎にある神経病理を予測できる感度と特異度を推定した (補足表1および2)。

 

3. 結果
3-1. 臨床病理学的頻度、発症年齢、生存期間
表1と図1の発症年齢と生存データは114の剖検症例から得られた情報を含んでいる (118から4つの稀な神経病理を除いたもの) が、表2および3と図2-5の画像と検査成績のデータは縦断研究に参加した68症例 (67の剖検例とGRN変異を持つ生存患者) から得られたものである。言語検査、初期のMRI、2年後のフォローアップのMRIのデータに貢献した被験者の数は表3および図2-5に示されている。118人のPPA剖検症例のうち、ADNCは42%、CBD/PSPは24%、Pick病は10%、TDP(A)は10%、TDP(C)は11%、稀な診断 [TDP(B)、GGT、軸索スフェロイドを伴う白質ジストロフィー] は残りの3%を構成していた。発症年齢の平均はおよそ60歳の周囲に集結しており、CBD/PSP症例は最高齢の65.2歳、TDP(C)症例は最若年の54.4歳であった (表1)。TDP(A)群は最も短い生存期間 (7.1年) であり、TDP(C)群は最も長い生存期間 (13.2年) であった (図1)。それぞれの群で発症年齢を調整した結果を算出しても、TDP(A)の生存期間は最も短く、また残りの4群の中でCBD/PSPTDP(C)とADNC群のいずれよりも短かった。PPA-ADNC (男性31人、女性18人) と2つのPPA-TDP群 (男性7人、女性18人) では男女比に偏りがあった。表1のすべてのP値は発症年齢で調整を行う前の段階で有意であった。

図1. 生存率のKaplan-Meier曲線.

図2. ADNC、CBD、PSP病理を伴うPPA: 黄色と赤の領域は、偽発見率が0.001の有意な萎縮を示した領域である。(A, B) PPA-ADNCにおける初診時と2年後の萎縮マップ。(C) 初診時のPPA-ADNCにおける認知検査の成績の散布プロット。水平線は、軽度、中等度、および重度の障害の境界線を示している。Y軸のスコアは最大得点に対する割合を示している。(D, E) PPA-CBD/PSPにおける初診時と2年後の萎縮マップ。(F) 初診時のPPA-CBD/PSPにおける認知検査の成績の散布プロット。水平線は、軽度、中等度、および重度の障害の境界線を示している。Y軸のスコアは最大得点に対する割合を示している。AおよびEにおけるアスタリスクは側頭極を示している。

図3. Pick病とTDP(A)病理を伴うPPA: 黄色と赤の領域は、偽発見率が0.001の有意な萎縮を示した領域である。(A, B) PPA-Pick'sにおける初診時と2年後の萎縮マップ。(C) 初診時のPPA-Pick'sにおける認知検査の成績の散布プロット。水平線は、軽度、中等度、および重度の障害の境界線を示している。Y軸のスコアは最大得点に対する割合を示している。(D) PPA-TDP(A)における初診時と2年後の萎縮マップ。(E) 初診時のPPA-TDP(A)における認知検査の成績の散布プロット。水平線は、軽度、中等度、および重度の障害の境界線を示している。Y軸のスコアは最大得点に対する割合を示している。AおよびEにおけるアスタリスクは側頭極を示している。

図4. TDP(C)、TDP(B)、GGT病理を伴うPPA: 黄色と赤の領域は、偽発見率が0.001 (AおよびB) または0.05 (D-G) の有意な萎縮を示した領域である。(A, B) PPA-TDP(C)における初診時と2年後の萎縮マップ。(C) 初診時のPPA-TDP(C)における認知検査の成績の散布プロット。水平線は、軽度、中等度、および重度の障害の境界線を示している。Y軸のスコアは最大得点に対する割合を示している。(D) PPA-TDP(B)における初診時の萎縮マップと検査スコア。(E) PPA-GGTにおける初診時の萎縮マップと検査スコア。(F, G) PPA-TDP(C)における初診時と4年後の萎縮マップと検査スコア。

図5. agrammatic および semantic PPAの個々の症例: 黄色と赤の領域は、偽発見率0.05の有意な萎縮を呈した領域である。

3-2. 縦断研究参加者と変異型-神経病理相関
68人の参加者は全員が右利きで、したがって90%以上の確率で言語が左半球優位であると考えられた。平均発症年齢および生存期間、性別の分布は大規模コホートのそれと比較可能であった (表1および2)。初診時の平均罹病期間は、ADNC、Pick病、TDP(C)では4年程度、それ以外では2-3年であった (幅: 1-10年; 表2)。初診時の平均した失語症重症度は、TDP(A)を除くすべての群に関して失語指数で83.8-75.7であり、TDP(A)では65.9と低かった。言語障害の選択性は、CDRスコアがほぼ0-0.5の間にあり、日常生活動作が保たれていたことに反映されている (表2)。以前報告されているように、logopenic variantはADNC群で最も多く、agrammatic variantは3リピートまたは4リピートタウオパチー (Pick病とCBD/PSP)、semantic variantはTDP(C)で最も多かった (表2)。

3-3. PPA-ADNC
ADNC群は、初診時および2年後の両方で左優位の非対称性の萎縮を示した (図2A-C)。下前頭回 (Broca野)、背外側前頭前皮質 (DFC) 後部、下頭頂小葉と上中側頭回後部の接合部 (側頭頭頂接合部、Wernicke野)、紡錘状回、中側頭回 (MTL) 中部、側頭葉前部 (ATL) を含む、すべての主要な言語ネットワーク構成要素が含まれていたが、側頭極は含まれなかった。程度は劣るものの右半球の萎縮もあり、側頭頭頂接合部やMTLに認められた。2年後になると、萎縮は両側半球で同心円状に広がったが、左半球優位性は保たれていた。失語指数は80から67.3に低下した (表2)。初診時には、文法、流暢性、呼称、復唱の4つのドメインで重度の障害 (成績<40%) が認められた (図2C)。個々の症例をみると、これらのドメインの中でも、正常なものもあれば、重度に障害されていたものもあるなど、成績は幅広く分布していた (表3)。一部の参加者は復唱が正常であり、2011年のlogopenic PPAの基準は満たさなかったほか、他の参加者は流暢性と文法の障害を持ち、agrammatic PPAの特徴を満たしていた (図2C)。初診時の発症年齢と失語の重症度では、agrammatic (失語指数 = 82 ± 7.5) と logopenic (失語指数 = 87.8 ± 8.5) PPAを区別することはできなかった。おそらく、ADNCの合併病理がこの臨床的異種性を説明できるのかもしれないが、このコホートの中でこれを確証することはできなかった。この群の27症例のうち、初診時に単語理解スコアが60%以下の症例は存在しなかった。

3-4. PPA-CBD/PSP
CBD/PSP群は初診時と再診時の両方で神経変性の完全な非対称性を示した (図2D-F)。初診時の皮質の萎縮は、左DFCのごく一部を含むのみであった。2年後になると、萎縮はDFC、下前頭回、上側頭回全体にさらに広がったが、側頭極はスペアされていた。失語指数は85.6から54.5まで低下した。中等度から重度の障害は、流暢性、文法、復唱、文法的に複雑な文章の理解で最も頻繁に認められ、これらは言語の背側処理経路に関連した機能であった。単語理解と物体知識はかなり保たれていた。この障害のパターンと合致して、80%の症例がagrammatic PPAに分類された。CBDとPSPの間で発症年齢に有意な差は認められなった (63.9歳 vs 67.5歳)。

3-5. PPA-Pick's
左半球への萎縮の突出した非対称性は初診時と再診時の両方で認められた。初診時には、左半球のDFC、下前頭回、眼窩前頭皮質、ATL、MTL、紡錘状回と海馬傍回の前部に有意な皮厚の低下があり、側頭極も含まれていた (図3A-C)。再診時には、隣接領域へのわずかな同心円状の萎縮の広がりが認められ、右半球の相同部位の一部、特に前頭葉に限局した萎縮も認められるようになった。失語指数は75.7から57.8に低下した。言語ネットワーク背側と腹側の両方の構成要素が影響を受けており、これは臨床表現型の異種性、すなわち復唱を除くすべてのドメインにおける中等度から重度の障害に反映されていた。4リピートタウオパチーであるPPA-CBD/PSPと同様に、3リピートタウオパチーであるPPA-Pick'sはagrammatic PPAと最もよく関連していた。しかし、この群の1人の患者は文法や流暢性には有意な障害を持たずに重度の単語理解障害を有したsemantic PPAであった。このようにsemanticとagrammatic PPAの両者がみられた神経病理群はPPA-Pick'sのみであった。

3-6. PPA-TDP(A)
TDP(A)群は、左半球の神経変性の最も広範な分布を示した (図3DおよびE)。右半球の萎縮は検出不可能であった。文法、呼称、復唱、流暢性は、個々の参加者で重度の障害を示した。Agrammatic および mixed PPA が最も一般的であった。意味のある進行データを得るための反復スキャンを行えた症例はごくわずかしかいなかった。

3-7. PPA-TDP(C)
この群は最も均一で際立った神経変性パターンと臨床表現型を呈した (図4A-C)。萎縮部位は、側頭極を含むATLおよびMTLから、隣接する眼窩前頭皮質、島、紡錘状回、海馬傍回に広がっていた。非対称性は強調されたが、右半球でもATLの先端に小さな萎縮を認めた。2年をかけた進行によって、隣接領域への萎縮の進行は認めたが、言語ネットワークの背側構成要素への広がりは認められなかった。失語指数は80.4から65.6に低下した。萎縮の均一性は臨床像の均一性に反映されており、10例中8例がsemantic PPAと分類され、1例の例外を除いて、単語理解と物体呼称の重度の障害のみが認められた。

3-8. 変異型と検査による診断の予測
ADNCにおけるlogopenic PPA、CBD/PSPにおけるnon-fluent-agrammatic PPA、TDP(C)におけるsemantic PPAの頻度の高さを考えて、我々は病理を予測するための変異型の能力を計算した。Logopenic PPAは31%の感度と93%の特異度でADNCを予測し、non-fluent-agrammatic PPAは81%の感度と67%の特異度でCBD/PSPを予測し、semantic PPAは80%の感度と98%の特異度でTDP(C)を予測した。単語理解における中等度から重度の障害 (i.e. 60%以下の成績) はTDP(C)を80%の感度と91%の特異度で予測した。その他の言語検査は、特定の神経病理を予測する同程度の感度および特異度を示さなかった (補足表を参照)。

3-9. 個々の症例
個々の症例は、PPAに関連するまれな病理と臨床病理学的相関の詳細を示している。図4DはFTLD-TDP(B)の2例のうちの1例で、左ATLに限局した神経変性を示した。最初の画像検査時には、言語異常は呼称のみであった。また、words per minuteが軽度に低下していたことに反映されるように、発語失行 (speech apraxia) もみられた。図4EはGGT症例の萎縮パターンを示している。単語理解は83%とわずかに低い一方で、呼称は22%と著しく障害されており、semantic PPAと診断された。図4Dの症例とは対照的に、左半球の萎縮はMTL、下前頭回、DFCにも及んでいた。後者2つの萎縮部位は、words per minuteが軽度に低下していた (71%) ことを説明する。図4Dと比較すると、ATLだけでなくMTLにも萎縮が存在することが、図4Eの単語理解障害の存在の背景にあると考えられる。図4FとGは、PPA-TDP(C)の症例で4年後に撮影されたもので、類似した臨床解剖学的経過を示している。当初、萎縮は図4Dと同様であり、実質的な言語障害は呼称のみであったが、logopenic PPAとsemantic PPAの境界に位置していた (単語理解は正常だった)。図4Gは、4年後のMTL、紡錘状回、海馬傍回、島への萎縮の広がりを示している。図4Eと同様に、神経変性の中側頭皮質 (Wernicke野には及ばない) への後方進展は、単語理解障害の発症と関連していた。図5A-Dは、non-fluent-agrammatic PPAの根底にある4つの異なる神経病理における左半球の萎縮パターンを示している。共通点は下前頭回とDFCの萎縮である。この4例のうち、図5Dにのみ物体呼称に異常がみられたが、これはおそらく、他の症例にはみられなかった側頭葉の萎縮を反映していると思われる。図5Eはsemantic PPAのPick病の症例である。同じくPick病の神経病理学的所見を持つ図5Cとは対照的に、図5Eの症例では、ATLとMTLの萎縮がより広範囲に認められ、側頭極にも進展が見られた。図5Eはまた、完全に片側性の側頭葉神経変性によって、言語性意味が著しく損なわれる可能性があることを示している。

 

4. 考察
PPAは比較的まれな症候群であるが、臨床病理学的相互作用の異種性を強調する上で大きな影響を与えてきた。1982年の最初の分類から始まり、PPAは、同じ症候群 (e.g. 進行性失語症など) が複数の神経病理学的エンティティによって引き起こされうること、同じ神経病理学的エンティティ (e.g. ADNC) が複数の症候群 (失認や失語) を引き起こしうること、疾患と症状の関係は確率的であること、臨床症候群は基礎にある細胞病理学の性質よりもむしろ神経変性のネットワークレベルの神経解剖学によって決定されることを示した。今回の報告は、これらの原則を補強するとともに、一様に検査・画像化されたコホートに基づく新しい情報を追加するものである。

4-1. 神経病理の相対的頻度、遺伝子、発症年齢、生存、臨床的予測因子
ADNCが42%、FTLD-tau (CBD/PSPおよびPick病) が34%、FTLD-TDPが21%、希少エンティティが3%であり、これはすべてではないものの多くの先行連続剖検報告と合致した。遺伝子変異はGRNにのみ認められ、118人の大規模コホートでは12人のTDP(A)剖検例のうち4人から検出された。このような変異がPPAの最も一般的な遺伝的原因であるという結論が補強された。GRN家系では、PPAを発症する家系とbvFTDを発症する家系がある。まれに、罹患者全員がPPAを発症することもある。その場合でも、失語のタイプは兄弟間で異なることがあり、GRN変異に関連するPPAのサブタイプにはかなりの異種性がある。先行文献には、PPAとプレセニリン (PSEN1)、MAPT、TARDBPおよびC9orf72遺伝子の変異とのまれな関連も記載されている。細胞神経病理は、GRN変異ではFTLD-TDP(A)であり、C9orf72変異ではほとんどがFTLD-TDP(B)である。顕性遺伝性疾患に関連する最も一般的な臨床型は、non-fluent-agrammatic PPAおよびlogopenic PPAであるが、まれにsemantic PPAの症例も報告されている。
背景疾患の経過にかかわらず、PPAは平均発症年齢が65歳以下の「初老期」認知症である。発症年齢はPPA-TDP(C)で最も低く、PPA-CBD/PSPで最も高かった。生存期間はPPA-TDP(A)が最も短く、FTLD-TDP(C)が最も長かった。Kaplan-Meier曲線によると、罹病7年後に生存している確率は、TDP(A)では50%以下、TDP(C)ではほぼ100%、ADNC、Pick病、CBD/PSPでは75%前後であった。TDP(C)の疾患進行の遅さは、他のコホートで得られた結果と一致していた。細胞モデルにおいて、TDP(A)凝集体はTDP(C)凝集体よりもはるかに強い毒性を示し、この特徴がより悪性の疾患経過を説明するものと考えられる。TDP(A)とTDP(C)の区別は、リボ核タンパク質との結合の違いによってさらに強調される。
背景神経病理を予測するにおける臨床的サブタイピングの有用性は、良く言っても控えめであった。例外は1つのみで、semantic PPAはTDP(C)を感度80%、特異度98%で予測した。しかし、こうした数字は、GGT (図4E) やADNCによるsemantic PPAという稀な関連性を考慮に入れた場合にはより低く見積もられる必要があるかもしれない。Logopenic PPAは93%の特異度でADNCを予測したが、感度は37%で、PET、CSFや血清バイオマーカーによって得られるより高い特異度と感度を考慮すれば、臨床的価値はそこまで高くないと思われた。図2Cが示すように、単語理解スコアが60未満の場合、ADNCは非常に考えにくいという「陰性バイオマーカー」として用いることはできるかもしれない。一方で、このスコアはTDP(C)を80%ほどの感度と特異度で予測することもできた。また、我々はADNCやCBD/PSPを予測する価値があるかもしれない特徴として、音素性錯誤や発語失行を定量化しなかった。有用性のためには、背景神経病理のどのような臨床的「サロゲートバイオマーカー」も、群レベルではなく個々の症例レベルで高い感度と特異度を有している必要があるだろう。

4-2. ADNCの失語症
典型的なADNCでは、健忘型認知症をきたし、加齢とアポリポ蛋白E4の存在が最も重要な危険因子である; 神経原線維変化は海馬からのBraak & Braak病期に従って進行し、辺縁系TDP-43沈着がしばしば併存し、神経変性は左右対称に分布する傾向がある。対照的に、年齢もApoE4もADNCの失語症型 (PPA-ADNC) の危険因子ではなく、TDP-43の併存頻度ははるかに低く、BraakとBraakの病期分類は守られず、神経原線維変化の新皮質/辺縁系比が高くなり、海馬は温存される。機能的結合性の障害は、記憶ネットワークよりもむしろ言語ネットワークに沿って広がる可能性があり、神経変性は常に非対称であり、言語優位半球内でより大きい。さらに、ADNCの典型的な認知症では女性が優位であるのとは対照的に、PPA-ADNC群では明らかに男性が優位であることがわかった。おそらく、PPAと家族性ディスレクシアとの関連と、ディスレクシアに対する男性の感受性の高さを反映しているのだろう。したがって、PPAの原因となるADNCは、典型的なパターンから大きく逸脱しており、真の生物学的変異と言えるかもしれない。
PPAの主要な神経病理学的相関の中で、PPA-ADNC群は、最初の画像診断で最も広範な右半球の萎縮と関連していた。それにもかかわらず、左半球の非対称性は経過を通じて維持された。PPA-ADNCの個々の症例では、初回MRIで検出可能な神経変性はすべて左半球に限られていた。重度の障害が検出された言語ドメイン (文法、呼称、復唱、流暢性) は、側頭頭頂接合部、MTL、下前頭回、DFCに萎縮のピークがあることと一致している。単語理解はほとんど常に保たれており、これはおそらく側頭極に顕著な神経変性がないことを反映している。PPA-ADNCの顕著な特徴は、海馬と嗅内皮質に神経原線維変化が両側性に密に蓄積していても、記憶が保たれていることである。この抵抗性には、典型的な健忘性ADNCに比べてTDP-43の合併が少ないこと、ApoE4の頻度が低いこと、図2Aに示すように、側頭葉内側部の萎縮 (海馬傍回、紡錘状回) が明らかでないことなど、いくつかの要因が考えられる。PPA-ADNCは logopenic および agrammatic PPA に最も多くみられ、それぞれ症例の37%を占めた。68例のコホートでは、logopenic PPAの77%のみがADNCを有していた。この所見は、logopenic PPAとADNCの相関がより高いと報告されているいくつかの報告と一致しているが、他の報告では一致していない。

4-3. PPAにおける3リピートおよび4リピートタウオパチー: PPA-CBD/PSP, PPA-Pick's
PPA-CBD/PSP群は、初期評価時には最も限局した皮質萎縮を有し、DFC後部にほぼ限局していた。言語検査では、文法、流暢性、非正規文章理解に重度の障害を認めたが、言語性および非言語性意味は保たれていた。このパターンは、CBD/PSP群で主にPPAのagrammaticな臨床像が見られたことと合致していた。右半球には萎縮の検出はされなかった。デジタル組織病理研究では、PPA-CBD/PSPで見られたこの萎縮の分布と合致した非対称性の神経変性が証明されている。PPAと関連した他の神経病理学的エンティティと比較して、CBD/PSPでは白質変性がより重要な役割を果たしている可能性があり、これが十分な皮質萎縮がない中での症状の出現を説明しうる。一部の参加者は多音節単語の発音に障害を示し、発語失行の症状を呈した。しかし、PPAの診断に必要とされるように、運動性発話の障害におけるこれらの構成要素は、言語の障害よりも明らかに目立っていなかった。最初の検査時には、外眼筋麻痺、頸部筋強剛、ジストニア、肢節運動失行、皮質性感覚障害といった古典的CBDまたはPSP症候群の徴候を呈した患者はいなかった。こうした非典型的なCBDの表現型は、「認知症状優位」な型とカテゴライズされている。今回のコホートPSPの7症例と、先行文献における追加の症例では、PSPでも「認知症状優位」な型が存在することを示している。
4リピートタウオパチーのastrocytic plaques (CBD) とtufted astrocytes (PSP) と比較して、3リピートタウオパチーであるPick病はround cytoplasmic inclusionsによって特徴づけられる。クライオ電子顕微鏡によって、3リピートタウオパチーと4リピートタウオパチーは異なる線維構造を有していることが示された。PPA-Pick'sの皮質萎縮パターンはPPA-CBD/PSPと比較してより広範囲であった。左優位の非対称性は認められたものの、PPA-CBD/PSPと比較すれば軽度であった。萎縮のピークは、DFC、下前頭回、島、眼窩前頭皮質、MTL、ATL、側頭極を含み、前頭側頭皮質に帯状に存在した。PPA-ADNCとは対照的に、側頭頭頂接合部には萎縮は目立たず、これは復唱が比較的保たれていたことと合致した。またこの群は、臨床像が極めて多様であった唯一の群であり、重度の失文法を呈した患者から重度のsemantic PPAを呈した患者までさまざまであった。この多様性は、一部には萎縮の分布が個々の症例で異なっていたことに帰属可能であった。図5CとEは、PPA-Pick’sの2症例を表しているが、うち1つはnon-fluent-agrammatic PPAで、もう1つはsemantic PPAであった。2つの萎縮マップの比較を行うと、単語理解障害と重度の呼称障害は、側頭極を含みATLとMTLにより広い萎縮を有していた患者で認められた。しかし、両者ともに文法と流暢性に重要な領域である下前頭回とDFCに萎縮を有していたものの、図5Eの患者は比較的流暢性が保たれており、また文法も軽度にしか障害されていなかった。したがって、臨床表現型の決定因子は、神経変性の解剖と個々のレベルでの脳構成の特異性の相互作用を反映している可能性がある。しかし、CBD/PSPと同様に、Pick病の最も一般的な臨床表現型はnon-fluent-agrammatic PPAであった。稀な例では、PPAはAGDやGGTといった他のタウオパチーと関連することもある。

4-4. TDP-43 proteinopathy: PPA-TDP(A)、-TDP(B)、-TDP(C)
PPA-TDP(A)は最も短い生存期間を呈した。中等度から重度の障害があらゆる言語パラメーターで認められ、単一の特徴的な臨床表現型は存在しなかった。GRN変異を有してTDP(A)神経病理が認められた2人の参加者では、1人がnon-fluent-agrammatic PPAを、もう1人は失文法と聴覚性入力に選択的な単語理解障害を有していた。より多くのGRN変異症例を含んだ群における別の研究では、logopenic PPAが最も高頻度な臨床相関であったことが報告された。PPA-TDP(A)の左半球萎縮は最も広範囲であったが、右半球は少なくともMRIで見る限りは完全にスペアされていた。GRN変異症例と孤発症例における定量的顕微鏡研究では、TDP-43封入体、神経脱落、神経短縮、活性化ミクログリアが言語優位半球で突出しており、萎縮パターンを反映していたことが示されている。また、さらなる臨床-解剖学的対応を示すものとして、TDP-43封入体は、失文法を有する患者ではDFCに多く認められ、失名辞を有する患者では側頭頭頂接合部で多く認められたとする報告がある。
定量解析から除外された2症例は、TDP(B)が神経病理学的な主診断であった。両症例ともlogopenic PPAの特徴を示したが、流暢性の軽度低下とさまざまな発話障害も認められた (図4D)。TDP(B)に特徴的な他の運動ニューロン疾患の徴候は認められなかったが、剖検では上部および下部の運動ニューロンに運動ニューロン疾患型のまばらから中等度の変化が認められた。発症年齢は他のTDP型と同じで (59歳、61歳)、発症から死亡までの生存期間は短かった (5年、7年)。神経変性は左側頭葉の先端部に限局しており、単語理解障害を伴わない中等度の失名辞がみられた。これら2例のTDP(B)は、PPA-TDP(A)に類似した生存パターンとTDP(C)に類似した神経変性の解剖学的特徴を有する。
PPA-TDP(C)群は最も際立った臨床病理学的相関を有していた。萎縮ピークは左側頭葉内で最も広く認められ、隣接する島や眼窩前頭皮質にも及んでいた。重度の言語障害は、単語理解と物体呼称でのみ認められた。10人中8人の患者がsemantic PPAであった。1人は重度の単語理解障害を有したが、文法スコアも異常であったため、semantic PPAとは分類できなかった。もう1人は図4FおよびGで示されているが、初診時には萎縮が側頭極を含むATLの先端部に限局しており、単語理解障害を持たない失名辞のみを呈した。その4年後には萎縮が後方に進展し、MTLも含むようになり、単語理解障害が加わってsemantic PPAの臨床像と合致するようになった。PPA-TDP(C)群では、非言語的物体認知障害が認められたのは3人のみで、さらに程度としても軽度から中等度の障害であった。ここからは、semantic PPAは、一般に両側のATLの神経変性によって言語性および非言語性の意味の障害を呈する意味性認知症とは異なるという考え方が支持された。図4によれば、単語理解の障害には左側頭極の変性が重要であるものの、それだけでは十分ではないということ、そしてMTLおよび海馬傍回と紡錘状回の前部への尾側進展が必要かもしれないことが示唆される。図4Eと5Eで示されるように、GGTとPick病もsemantic PPAと関連している可能性がある。しかし、我々の症例群では、これら後者の2エンティティは側頭葉を超えて前頭葉に広がる萎縮パターンを有した。以上からは、重度の失名辞または単語理解障害を持つPPA患者において、萎縮がATLに限局している場合は、かなりの確実性でTDP(C)の病理を予測できると思われる。
Wernicke-Lichtheim-Geschwindの古典的言語ネットワークはATLに言及していなかったが、これはおそらくこの領域が局所的な脳血管障害による損傷に対して脆弱性を持たないからだと思われる。ATLに選択的な神経変性を持つFTLD-TDP(C)患者において突出した意味の障害が認められることは、古典的言語ネットワークの大きな改定を導き、Wernicke野ではなく左のATLが単語理解に重要であることがわかった。FTLD-TDP(C)は、右優位や両側性のATL変性を起こすこともあり、これらはbvFTDや相貌失認、または意味性認知症として定義される単語理解障害と連合型失認の組み合わせを引き起こす。
TDP(C)がATLに親和性を持つことのメカニズムはよくわかっていない。この報告や上で引用した文献で示されたように、TDP(A)およびTDP(C)は進行速度、神経変性の解剖、沈着物の形態、遺伝的関連性、細胞毒性、リボ核蛋白との関連、臨床表現型が大きく異なる。さらに、TDP(A)の神経変性は異常TDP沈着物の密度の上昇と関連しており、TDP(C)とは反対の関係性が見られた。どちらのエンティティも、RNA処理に関与する核内構成要素である同一の蛋白質の変位と切断を含んでいる。神経変性の原因が正常なTDP-43機能の喪失によるものであれば、A型とC型は臨床および神経病理学的表現型に違いをきたさないはずである。この明らかな臨床表現型の違いは、A型およびC型のTDP-43封入体が、同一のプロテオームネットワークに収束する根本的に異なる上流の原因によっておこった下流現象なのかもしれない。

 

5. 結論
PPAの背景にある神経病理学的エンティティには、それぞれが好む解剖学的標的とそれに対応する臨床パターンがある。臨床的特徴と神経病理学的特徴との関連は、絶対的というよりはむしろ確率的となるように、あまり好まれない関連も生じている。CBD/PSPは言語ネットワークの背側要素を標的としており、その結果、文法と流暢性に障害が生じる。TDP(C)はネットワークの腹側要素を標的としており、その結果、単語の理解と呼称に障害が生じる。皮質神経変性の左優位性は、すべてのPPAの基本的かつ特徴的な特徴である。この非対称性は、発症時に偶然に生じたものとは考えられない。なぜなら、この非対称性は死亡するまで維持されることが多く、失語は、記憶や礼儀作法に同等の障害を伴わずに、10-15年もの間、主要な障害のままだからである。驚くべきことに、PPAの原因となる神経病理学的疾患は、変性が両側性または主に右側性の他の症候群を引き起こすことがある。PPAの根底にある非対称性神経変性の生物学的基盤は依然として不明である。PPAの一部の症例では、左半球が神経変性に最も抵抗性の低い部位となるような遺伝的または発達的脆弱性を反映している可能性がある。たとえば、PPA患者では、ディスレクシアを含む学習障害の家族性発症率が高いことが報告されており、PPA発症者を持つ少なくとも1つの血統では、罹患していない9人の兄弟姉妹のうち6人にディスレクシアと言語ネットワークの機能的結合性異常がみられた。その他のケースでは、左半球の脆弱性の差の根底には、構成的あるいは個人的な分子的差異があるのかもしれない。たとえば、片側性のパーキンソン病では、神経細胞のDNAメチル化、トランスクリプトーム、プロテオミクスにおける大脳半球の違いが、症状の側方性に対応していることが示されている。PPAにおいても同様の知見が得られれば、それが神経変性の結果ではなく、むしろ原因と関連づけられると仮定して、選択的脆弱性の生物学とヒトの脳における言語の進化について、極めて重要な洞察を与えることになるだろう。

感想
方法のところが一番勉強になった。失語の評価の方法が自分の中でまだまだ完成されてなくて、ベッドサイド診察では、とりあえず呼称をやらせて、復唱させて、文章理解を見ていたくらいなんだけど、これだと全然足りないなと感じた。Sentence priming production test とか Northwestern anagram test 的なものは自分で作ってやってみようかな。あと、Peabody picture vocabulary test-IV 的なものは日本語版があるのかな・・・(ECASの理解は似てるけどちょっと違う気がする)。Pyramids and Palm Tree testは入力が視覚モダリティだからあんまりやってなかったけど簡単だしスクリーニング目的でやってみよう。流暢性の検査は何を見ているのかイマイチわからないのでもう少し勉強しなきゃいけない。
あとCBD/PSPは皮質下メインなので皮質の萎縮は症状をそこまでよく説明しないというのも、言われてみればその通りだなと思った。MRIだけじゃなく他のモダリティを用いた検討が大事なのかもしれない (PETとか)。

右側頭葉変性と社会感情的意味記憶: 意味行動障害型前頭側頭型認知症 (semantic behavioural variant frontotemporal dementia)

Right temporal degeneration and socioemotional semantics: semantic behavioural variant frontotemporal dementia.
Younes, Kyan, et al.
Brain 145.11 (2022): 4080-4096.

 

右側頭葉界隈でウワサのこの文献!

 

1. 背景
前頭側頭型認知症 (frontotemporal dementia, FTD) は、前頭側頭葉の萎縮に関連した進行性の人格変化、社会行動障害、言語障害カプセル化するために導入された用語である。FTDにおいて、行動症状はしばしば右半球の前頭葉、側頭葉、島および線条体-淡蒼球領域に局在するが、言語障害は典型的には左半球構造に局在する。現在、FTDと関連する行動症候群は「行動障害型前頭側頭型認知症 (bvFTD)」と呼ばれ、言語症候群は「原発性進行失語 (PPA)」と一括して呼ばれる。
側頭葉前部 (anterior temporal lobe, ATL) を標的とする神経変性はしばしば疾患の初期には非対称性である — 左ALT (lATL) または右ATL (rATL) を標的とした局所的な萎縮 — とともに、初期の言語または行動障害の臨床表現型と関連している。時間経過とともに疾患は対側の半球に波及し、言語および行動症状が収束する。両方の表現型、すなわちlATLとrATLにに優位な変性は典型的にFTLD-TDP C型 (transactive reponse DNA binding protein 43 type C) 病理と関連することから、片側のATL障害は単一の病理学的連続体の異なる表現型を反映するものと考えられている。このうち、lATLに優位な萎縮を対する患者群は、典型的には物体に対する意味知識に優位な障害を特徴とする言語の障害を呈する。意味性認知症のコンセンサス臨床基準、およびより最近の意味障害型PPA (svPPA) の基準は、失名辞、単一単語理解障害、物体同定障害を招く言語的意味障害の存在を強調している。これらの基準はより広範な意味処理障害の症状、たとえば視覚的に提示された物体や相貌の同定の障害を含んでいるものの、ATL変性の文脈において生じうる社会感情的および行動的な障害を強調してはいない。このため、既存の診断基準はrATLの変性による主要な症状を見逃している。
そして、rATLの局所的な萎縮を有する患者は感情および行動における重度の変化を呈し、bvFTDと区別が困難な症状が現れるが、同時に (失語ではないものの) svPPAに見られるような特徴も現れる。先行研究では、rATL優位の変性を持つ患者は有名人の認知の障害や他者への共感の障害を呈することを示した。共感性の低下 — 社会的つながりや思いやりの低下と感情的応答の欠如を含む — は、疾患がrATLを標的とする際にしばしば目立つ所見である。神経画像研究は、rATLの萎縮を共感性、非言語的社会的手がかり (e.g. 皮肉) の検出、表情による感情認知を含む幅広い社会感情的機能の障害と関連付けた。一次および連合感覚・運動皮質の情報を統合することによって、ATLsはあらゆるカテゴリの意味知識を表現するアモーダルハブであると考えられている。両側のATLが意味知識に寄与するという強いエビデンスはあるものの、左および右のATLの側性化は、左右の半球から入力される多様な情報の違いを反映している可能性がある。言語ネットワークとの強い結合によって言語的特徴を意味知識に結合するlATLとは対照的に、rATLは右半球の視覚および社会感情的ネットワークとの際立った結合を介して、非言語的な意味知識を表現することにより強く関与している可能性がある。このため、非言語的 (e.g. 視覚、感覚、内臓) 情報を統合することによって、rATLは社会感情的な意味知識の中核的ハブとして機能すると思われる。このモデルでは、典型的な半球機能側性化を持つ個人では、局所的なlATL変性は、言語性意味知識を強く障害すると予測され、またrATL変性は非言語的な社会感情的意味知識を障害すると予測される。この仮説と合致して、視覚性意味連合、生物の同定 (動物は主に視覚的特徴によって同定される)、音の認知、触覚・嗅覚・味覚刺激の認知を含む、非言語性の意味知識タスクはすべてrATLと関連していた。この側性化は、左半球が言語優位である個人で観察されるが、非右利き患者は半球優位性の逆転によって、正反対の症状を呈することがある。
右および左のATL機能の理論的理解の進歩とは反対に、rATL優位の萎縮を呈する患者は疾病分類学上の課題に直面している。実際、rATL優位症候群の症状は、理論的または臨床-解剖学的モデルに明確には関連付けられてきておらず、コンセンサス診断基準は存在しない。そして、rATL優位の変性を呈する患者はしばしば 'right temporal svPPA'、'right temporal semantic dementia'、'right temporal bvFTD'、'right temporal variant FTD' などと呼ばれており、svPPAおよび意味性認知症 (言語性意味記憶の障害を強調する) やbvFTD (行動および感情的な特徴に焦点を当てている) の診断基準とオーバーラップする症状を有することがある。さらに、共感性の消失は、家族や臨床医によって精神症状と誤解釈される可能性があり、rATL変性が優位の患者は、bvFTDの診断が正当化されるような重度の行動障害を呈する程度にまで進行した疾患の後期で同定されることもある。これらの診断的困難は、背景にある神経病理学的困難に関する不確実性を向上させる可能性があり、さらに疾患修飾治療が利用可能になるとともに解決の重要性が増す臨床的ジレンマをも増強させる可能性がある。したがって、rATL優位症候群の診断基準は、早期の疾患の同定を容易にし、非言語性意味の研究を加速させ、神経変性疾患における社会感情的機能低下の信頼性に足る測定手法の開発を促進することができる。
今回の研究の目標は、rATL優位の萎縮を呈する大規模患者コホートにおいて、臨床的、神経心理学的、遺伝的、解剖学的、病理学的な特性を調査することであった。患者は、言語と社会感情的機能の両方の包括的評価を含むFTDスペクトラム疾患多職種プロフェクトの中で研究された。我々はrATL優位の患者を、臨床および神経画像基準によって決定された前頭葉優位のbvFTDとlATL優位のsvPPAと比較した。前提として我々は、rATL優位の病変を持つ患者が、早期から社会感情的な非言語概念に関する意味記憶の喪失を呈することによって特徴づけられる臨床プロファイルを持ち、行動症状 (e.g. 共感性の喪失) を呈するであろうと提唱した。我々は、共感性の喪失はrATLに優位な萎縮を持つ患者の突出した特徴であり、bvFTDの他の行動症状 (e.g. 脱抑制、アパシー/イナーシャ、判断力の低下と遂行機能障害) はそこまで一般的ではないと考えた。また、rATL優位の変性を持つ患者がsvPPAのいくつかの症状を有する可能性は考えられた (e.g. 言語理解障害と物品呼称障害) が、これは比較的軽度である可能性が高く、rATL優位の萎縮を持つ患者はPPAの診断基準をしばしば満たさないであろうと仮説立てた (i.e. 失語は最も突出した初期の臨床特徴である一方で機能障害の主要な原因ではない)。そして、今回提示する結果を踏まえ、我々はrATL優位の症候群に対する新しい診断基準を提唱する。これは、bvFTDやlATL優位のsvPPA症候群と、連続しているものの質的および量的に異なるものである。

 

2. 方法
2-1. 参加者
我々は、bvFTDかつ/またはsvPPAの基準 (次を参照) を満たし、1998-2019年の間にUCSF Memory and Aging Center (MAC) を訪れた患者 (n=682) を同定した (図1)。訪問の想起段階では症状はしばしば軽度であったため、CDR (Clinical Dementia Rating scale) のスコアは適格基準に含めなかった。最初の研究評価の1年以内の脳MRI画像がない患者は除外された (n=204)。残りの478症例から、我々は構造的神経画像手法を用いてrATLに優位な萎縮を持ち前頭葉が比較的保たれている患者を同定した (詳細は次を参照) (n=46)。さらに我々は、比較のために他の3つのグループについても検討した: lATRに優位な萎縮を持ち前頭葉が比較的保たれた患者群 (n=75)、前頭葉に優位な萎縮を持ちrATLが比較的保たれた患者群 (n=79)、そしてMAC Hillblom Healthy Aging Networkから集められた健常高齢コントロール群 (n=59)。我々は、厳格な臨床および解剖学的適格基準を用いて、rATL患者を他の3つのグループと分離し、rATL優位症候群の認知行動表現型を明らかにすることを目的とした。患者または介護者はHelsinki宣言に合致した手続きに従ってインフォームドコンセントを提供しており、研究はUCSF Committee for Human Researchによって承認された。

2-2. 診断基準
行動神経内科医 (K.Y.) と神経心理学者 (M.M.) の2名の評価者が、rATL優位患者の利用可能なすべての医学的データを検討し、以下の診断基準を満たすかどうかを判定した: (i) Neary-FTD、(ii) Neary-Semantic、(iii) bvFTD、および (iv) svPPA。また、PPAの一般的な基準 (i.e. 失語が疾患初期の最も顕著な障害であること) を満たしているかどうかにかかわらず、患者がsvPPAの特徴 (i.e.  物品呼称や単一単語理解の障害) を有しているかどうかにも注目した。これによって、行動表現型が有意な患者における言語的意味障害が評価可能になった。また、2人の評価者はこれらの基準のどれかに合致した時期が、以下の3つのタイミングのどこであったのかを決定した: (i) 発症後3年以内、(ii) 最初のMAC研究評価時、(iii) 最初のMAC評価後の数年後。

2-3. 詳細な症状表記用語と時間経過
すべての研究参加者は行動神経内科医、神経心理学者、言語病態学者、看護師によって評価された。臨床病歴は介護者/情報提供者からの裏付けを得ながらそれぞれの患者から聴取し、まず発症様式と時期を同定した。次に、症状がどのように進展したかの時系列を聴取し、さらに記憶、言語、遂行機能、視空間認知、行動、睡眠、感覚処理、運動機能の項目別の詳細なレビューを行った。後ろ向き面接によって症状の時間経過を十分に補足できるため、疾患の同一ステージにおける評価のために受診してもらう必要性は生じなかった。
我々は、それぞれの患者で記載されていたことのあるすべての症状に注目するのではなく、初期の5つの症状を記録した。これは、ほとんどの患者の疾患後期では、古典的なbvFTDの症状 (脱抑制、アパシー、共感性の喪失、強迫、過食、遂行機能障害) の多くとPPA症状 (言語および意味の障害) が生じるものと考えたからである。我々の行動および感情症状のカテゴリ化を洗練するために、以下の用語を用いて症状を目録化した。
i) 共感性の喪失: 他者の感情や要求を認知、理解し、反応することの障害; 感情的に他者から距離を置くこと; 感情的表現の減少や不適切さ、社会的興味や人間関係または人の温かみの減少。
ii) 単語と物体の意味の喪失: 単語、事実、概念、生物または無生物、場所またはランドマークに関する知識の喪失。患者はこれらのドメインに関して、呼称の障害、再生の低下、同定の障害、親近感の低下を示す。
iii) 人に特異的な意味知識の喪失: 相貌、名前、人物に関する知識の喪失 (有名人、身近な人々 かつ/または 家族の構成メンバーの伝記的情報を含む)。患者は、以前知っていた人々に関する呼称の障害、再生の低下、同定の障害、親近感の低下を示す。
iv) 複雑な強迫行為と頑固な思考過程: 固定的スケジュールまたは役割への固執、独断的考え (dogma) や健康へのこだわり (e.g. 宗教性の亢進、心気症)、特定の色・服・食事への限定的な嗜好性、ワードゲームやパズルによる時間の浪費。
v) 単純で反復的な行動、買い溜め、執念: 反復的な運動 (e.g. クリック、タップ、ペース) または言語的ステレオタイプ、買いだめや物体または人への固執
vi) アパシー/イナーシャ: 認知的 (計画や随意的運動の減少)、行動的 (自発的思考や行動の減少)、感情的 (社会的、感情的、行動的興味の減少) なアパシー
vii) 脱抑制: 衝動性や社会的に不適切な行動、マナーまたは礼儀の喪失。
viii) 判断力の低下と遂行機能障害: 性急または注意の欠けた行動、柄にもない判断の誤り。特に、現在のbvFTD基準では判断力の低下は脱抑制の一部と考えられているが、この研究ではこれら2つの症状を分けて考えた。これは、2つが異なる神経解剖学的システムによって支えられている可能性があるからである。
ix) エピソード記憶の障害: 最近の出来事や自伝的情報を思い出すことができない。
x) 過食や食習慣の変化: 食嗜好の変化、過食、アルコールやたばこの消費の増加、口唇傾向、食べられないものを食べる。
xi) 運動ニューロン病の徴候: 球麻痺や四肢麻痺
xii) 他の症状: 視空間認知機能障害、衛生観念の低下、性欲の低下、食習慣の変化 (食事量の増加または低下)、体重増加、体重減少、過眠および不眠。これらの症状は、他の神経変性疾患で一般的なもの、または特定の神経変性疾患には特異性のない症状である。

2-4. 機能的、認知的、行動的評価
患者は、前述したように、機能的、神経心理学的、社会感情的手法 (表1および表2) を含む包括的な集学的評価を受けた。認知機能バッテリーの説明と患者の成績の詳細は補足資料に示した。言語的意味知識は、Peabody Picture Vocabulary Test (単語を最もよく表す絵を選ぶテスト)、Boston Naming Test (15項目からなる簡略化されたテスト)、および意味的言語流暢性 (60秒間にできるだけ多くの動物を出現させるテスト) で評価された。非言語的意味知識は、Pyramid and Palm Tree test の絵バージョン (PPT-P) でテストされた。

われわれは、社会感情機能の複数のドメインを、タスクに基づく一連の手法で評価した。視覚的相貌認知は、Comprehensive Affect Testing System (CATS) のidentity-matching下位検査 (普通の表情をした2つの顔のペアが同一人物なのか異なる人物なのかを決定するもの) で評価した。感情的相貌表現を言語的にラベル付けする能力は、CATSのemotion identification タスク (写真に写った表情を最もよく説明する感情用語を選択肢の中から選ぶもの) によって検査された。The Awareness of Social Inference Test (TASIT) の Emotion Evaluation Test (EET) の短縮版では、患者は、短いビデオクリップの中で演者が表現する感情を複数の選択肢のリストから同定した。TASIT の Social Inference-Minimal Test では、韻律、表情、ジェスチャーを含む社会的手がかりの解釈を通して、ビデオ中の演者の皮肉を検出することが求められた。心の理論 ― 他者の思考、感情、意図を推測する能力 ― は、UCSF Theory of Mind Test を用いて、認知モダリティ (i.e. ビデオの中の演者に関する一次および二次の物体知識を同定する能力)  および感情モダリティ (i.e. ビデオ中の演者に関する一次および二次の感情知識を同定する能力) において検査された。人に特異的な意味知識は、UCSF Famous Faces Naming Test (有名人の顔写真に名前をつける自由回答課題)、Semantic Famous Face Association Test (職業に基づいて有名人の顔をマッチさせる)、Semantic Famous Name Association Test (職業に基づいて有名人の名前をマッチさせる)、Semantic Famous Face Recognition Test (4つの顔から有名人の顔を選ぶ) を用いて評価された。さらなる社会感情テストの詳細は補足資料にある。

※ 感情的心の理論 (eToM): eToMテストは、感情的な題材を用いることで心の理論的推論を行い、視点をとる能力を測定する。受験者は、登場人物が感情的な状態で相互作用しているビデオを見て、登場人物の他者の感情状態に関する知識や信念について、一次および二次のToM推論を行うよう求められる。登場人物の感情は常に語り手によって明示的に名指しされるため、受検者は課題をこなしながら感情を読み取る能力は必要なく、相手の名指しされた感情状態に対する登場人物の視点を理解するだけでよい。この課題では、8つのビデオクリップが表示され、現実的な設定で2人の登場人物が感情を表現し、ナレーションがその場面を説明する。一方の人物がその場を離れると、もう一方の人物の感情が特定の出来事によって変化し、その後、最初の人物が戻ってくる。ビデオクリップの後、参加者は3つの質問をされる。1つ目は、登場人物の1人がいなくなったときに起こった出来事を尋ねるコントロールの質問で、被検者がビデオについて基本的な理解をしているかどうかを確認するために用いることができる。第2問は、その場面に常に留まっていた人物の最後の感情状態が何であったかを問うことで、第1階の心の理論の信念を正しく割り当てる能力を測定する。第3問は、一方の登場人物が他方の登場人物をどう思っているかを問うことで、第2次の心の理論の信念を正しく割り当てる能力を測定する。シナリオの半分には、登場人物の一方が他方に知らず知らずのうちに観察されているという「ズル」条件が含まれており、eToMの推論をより複雑なものにしている。

患者の日常生活における社会感情的行動を評価するために、情報提供者に基づく尺度も用いられた。情報提供者は、Interpersonal Reactivity Index (IRI) を用いて、患者の現在の認知的共感性 (i.e. perspective taking) と感情的共感性 (i.e. empathic concern) を評価した。他者の微妙な感情表現に対する感受性と反応性は、情報提供者がRevised Self-Monitoring Scale (RSMS) を用いて評価した。FTDで影響を受けることが知られている人格の領域である対人関係の冷淡さ、温かさ、支配性は、情報提供者によるInterpersonal Adjective Scales (IAS) を用いて評価した。行動抑制系 (i.e. 脅威に対する回避や感受性に関連する行動) と行動活性化系 (i.e. 報酬反応性、意欲、楽しさの追求を含む接近動機に関連する行動) は、Behavioural Inhibition System/Behavioural Activation System (BIS/BAS) 質問票による情報提供者の評価によって評価した。

2-5. 構造的神経画像解析
我々は、構造的T1強調画像を過去に報告したように処理した。各患者の灰白質マップをMAC Hillblom Healthy Aging Network の神経学的に健康な高齢対照者534人 [年齢範囲44-99歳、平均±標準偏差 (SD): 68.7±9.1、男性220人/女性302人] と比較し、年齢、性別、頭蓋内総容積、磁場強度で調整したWスコアマップ (Wマップ) を作成した。Wスコアの平均値は、確率的Desikanアトラスの関心領域ごとに抽出した。Wスコアの平均値は0、SD値は1であり、+1.65および-1.65の値は95パーセンタイルおよび5パーセンタイルに相当し、それぞれ標準標本と比較して灰白質体積が大きい領域および小さい領域を示す。
rATL優位変性群には、最も低い3つのWスコアが右側頭葉領域にあり、以下のような萎縮指数に基づいて前頭葉が相対的に保たれている患者を含めた。rATLに最大萎縮を持つ各患者について、前頭葉の全ROIの平均Wスコアと右側頭葉の全ROIの平均Wスコアを計算し、次の指数で割合を計算した: 右側頭葉指数=前頭葉の平均Wスコア / 右側頭葉の平均Wスコア。指数が0.50未満であったrATL優位変性患者 (n=46) を本研究に組み入れた (図2Aおよび補足表1)。同様の方法で比較群も選択した。最も低い3つのWスコアが前頭葉領域にあり、萎縮指数 (前頭葉の平均Wスコア / 右側頭葉の平均Wスコア > 0.50) に基づいて右側頭葉が相対的に温存されている患者を前頭葉優位群に含めた。最も低い3つのWスコアが左側頭葉にあり、萎縮指数 (前頭葉の平均Wスコア / 左側頭葉の平均Wスコア < 0.50)に基づく前頭葉の相対的温存が認められる患者は、lATL優位群に含まれた。我々は、前頭葉の病変の程度に基づいてrATL患者とlATL患者を一致させるため、側頭葉/左側頭葉の側性指標の代わりに、lATLに対してこの指標を導入した。

図1. 患者の選択: 我々はUCSF MACデータベースを検索し、第一の適格基準として臨床診断を用いた。すなわち、bvFTDまたはsvPPAの臨床診断を受けた患者を対象とした。次に、第一評価の1年以内に脳MRIを撮像されていない患者を除外した。そして、脳MRIのWマップで右側頭葉、前頭葉、左側頭葉にピークの萎縮を持ち、各萎縮指標に基づく萎縮の偏りを示す被験者をそれぞれ同定した。

図2. 右側頭葉、左側頭葉、前頭葉に優位な神経変性の神経画像と症状の時間経過: (A) 外側および内側のビュー。データドリブン神経画像アプローチに基づき、右側頭葉、左側頭葉、前頭葉に優位な萎縮が認められることを適格基準の一部に用いた。右側頭葉優位群は、左ATLよりも右側頭葉における最大萎縮を呈し、左よりも右の島や膝下部前帯状回、右の尾状核が萎縮していた。特に、前頭葉頭頂葉後頭葉はスペアされていた。左側頭葉優位群は、右ATLよりも左側頭葉における最大萎縮を呈し、右よりも左の島、膝下部前帯状回尾状核が萎縮していた。さらに、前頭葉頭頂葉後頭葉がスペアされていた。前頭葉群は両側の外側および内側前頭葉と左の側頭葉に体積減少を認めたが、右側頭葉は比較的保たれていた。(B) 左上: 症状の凡例。右上: 右側頭葉優位群の症状経過を示したパネル。最も一般的な初期症状は共感性の喪失、人に特異的な知識の喪失、頑固な思考過程、複雑な強迫行為であった。左下: 前頭葉優位群の症状経過を示したパネル。最も一般的な初期症状は、判断力の喪失、遂行機能障害アパシー、脱抑制であった。右下: 左側頭葉優位群の症状経過を示したパネル。最も一般的な初期症状は言語性意味記憶の喪失、人に特異的な知識の喪失、頑固な思考過程、複雑な強迫行為であった。

萎縮の優位部または萎縮指数のいずれかの要件を満たさない患者は除外された。最も低いWスコアがrATL、前頭葉、lATLにない患者は除外した。こうして除外された164人中、Wスコアの最低値の局在は、小脳が4人、混合が65人 (低い方から3番以内のWスコアの局在が別々の部位にあった)、皮質下が62人、後方が33人 (頭頂葉または後頭葉) であった。また、最大萎縮がrATL、lATLまたは前頭葉にあったが、萎縮指数の閾値を満たしていない場合にも除外した。こうして除外された114人中、rATLに最大萎縮があったが前頭葉/右側頭葉の萎縮指数が0.5より大きい患者が41人、前頭葉の萎縮が最大だが前頭葉/右側頭葉の萎縮指数が0.5未満の患者が29人、lATLの萎縮が最大だが前頭葉/左側頭葉の萎縮指数が0.5より大きい患者が44人存在した。
本研究で対象とされたそれぞれの患者群は単一の脳領域のみで萎縮を呈したわけではない (たとえば、画像評価を行った時点で両側ATL容積の減少を呈していた患者が多かった) ことを認識して、我々は他領域と比較してある1つの領域で特に目立った最大萎縮を呈した患者群について、「優位」という用語を用いて定性的な表現を行った。このため、我々は「rATL優位」群の脳萎縮パターンで前頭葉や左側頭葉領域の萎縮が様々な程度で認められることを認識しているが、こうした患者はみな一様にrATLに最大の萎縮を持っている。同様に、「lATL優位」は前頭葉とrATLの萎縮と比較して特に目立った萎縮がlATLで認められる患者群を指す。「前頭葉優位」という用語もまた、ATL萎縮と比較して前頭葉に強い萎縮を持つ患者群を示している。それぞれの群の萎縮は図2Aに示されており、最大萎縮領域を超えた萎縮があることがわかる。そして症状は、これらの複数の萎縮部位で結合されたネットワークの障害によって起こっている可能性が示唆される。

2-6. 遺伝子および神経病理学的データ
参加者は以下の遺伝子変異についてスクリーニングを受けた: PGRN、MAPT、TARDBP、C9orf72、APP、PSEN1、PSEN2、FUS、APOEである。剖検を受けた患者の脳は、UCSF Neurodegenerative Disease Brain Bankのプロトコールに従って処理され、分析された。つまり、23の組織ブロックから8つの微厚ホルマリン固定パラフィン包埋組織切片を切り出し、27の関心領域を表現した。すべてのブロックはルーチンのHE染色で観察され、サブセットは過リン酸化タウ、アミロイドβTDP-43、α-シヌクレイン、3R-タウ抗体の免疫組織化学染色でも観察した。神経病理学的診断はコンセンサス基準に基づいて行われた。

2-7. 統計解析
すべての連続データの正規性の検定はShapiro-Wilk検定で行った。分散の均質性はLeveneの検定で検定した。臨床症状やAPOE遺伝子型などのカテゴリー変数の群間における頻度の統計的差は、カイ二乗検定で行った。人口統計学的尺度の平均値 (表1) は、ANOVA検定により群間で比較した。機能的尺度、神経心理学的尺度、言語的尺度、社会感情的尺度の平均値 (表1、表2) は、年齢、性別、MMSEで測定した疾患の重症度を補正した共分散分析検定で比較した。サンプルサイズが不均等であり、群間分散も不均等であったため、一対ごとのpost hoc比較は、推定限界平均とBonferroni-Sidak調整確率を用いて多重比較を補正し、P<0.05を統計的有意性の閾値とした。データ解析はSPSSを用いて行った。表1および表2は、年齢、性別、MMSEで測定した疾患の重症度を補正した後の推定限界平均値、標準誤差、統計的有意性を示している。Post hoc群間分析に共分散分析と推定限界平均を使用する場合、個々のデータ点をグラフ化することはできないが、視覚化の目的で、主要な社会感情測定値の補正前のデータ点、平均値、標準偏差を図3に示す。

図3. 社会感情的および神経心理学的特徴. 主要な社会感情的検査の結果を示した図である。これは右側頭葉優位の患者と前頭葉優位の患者を区別するのに役立っている。より詳細な情報は表2に記載している。すべての疾患群はFamous Face Namingで障害を示している一方で、右側頭葉優位群と、程度は低いものの左側頭葉優位群のみで、Famous Face Recognition と Semantic Association の障害が認められた。また、すべての疾患群が TASIT-EET と TASIT-Sarcasm で単純および複雑な社会的手がかりの認知の障害を呈したが、前頭葉優位群のみがコントロール認知タスクである TASIT-Sincere で障害を呈した。右側頭葉優位患者は複雑な社会的手がかり、すなわち TASIT-Sarcasm で前頭葉優位群と比較したにおける有意に低い成績を呈した。さらに、右側頭葉優位群は前頭葉優位群と比較して冷淡さが目立った。右側頭葉優位群と左側頭葉優位群は、Emotional Theory of Mindの障害を呈したが、Cognitive Theory of Mindの障害は呈さず、これは両者における障害が示された前頭葉優位群とは対照的であった。

 

3. 結果
3-1. 人口統計学的特徴
表1は、人口統計学的情報を示している。性別の分布は健常コントロールと患者群で異なっていないものの、健常コントロールはすべての患者群と比較してより高齢であった。すべてのコホートの患者は十分な教育歴を持ち、平均して15.5年の教育歴であった。また、rATL優位群の91%は白人、9%はアジア人で、これは他の群との差を認めなかった。rATLコホート (n=46) では、発症年齢の平均は60.2歳 (SD=6.8歳) であり、52%が男性、15%が非右手利きであった。平均して、rATL優位患者は重症度として軽度から中等度であった。すなわち、初評価時の平均MMSEスコアは25.7/30 (SD=5.2) であり、これは他の疾患群よりも高かった。また、rATL群のCDRは平均0.9/3 (SD=0.5) であり、これはlATL優位群よりも低かった (前頭葉優位群とは同等であった)。我々は、以降の解析で年齢、性別、MMSEを交絡因子として扱った。

3-2. 診断基準と臨床症状の時間経過
疾患初期の3年間では、rATL優位群の中の少数のみがNeary-FTD (13%)、Neary-意味性認知症 (9%)、bvFTD (27%)、svPPA (13%) の診断基準を満たした。群内の約1/3がsvPPAの言語性の特徴を有した (i.e. 物品呼称および物体知識の障害) が、失語が初期の優位症状ではなかったため、PPAの総合的基準を満たすことはなかった (36%)。MACにおける最初の研究評価の時点 (発症から平均5.3年) では、この割合はより高かった: Neary-FTD (52%)、Neary-意味性認知症 (11%)、bvFTD (83%)、svPPA (16%)、svPPAの特徴を有するもの (78%) (補足表2)。
疾患初期の3年間で生じたすべての症状を統合すると、rATL優位な変性を示した患者で最も一般的な症状は、共感性の喪失 (27%)、人に特異的な意味知識 (23%)、複雑な強迫行為および頑固な思考過程 (18%)、言語性意味知識の喪失 (13%) (図2B)。なお、rATL優位群の初期の2症状の順序は補足表3に示されている。


介護者が報告した共感性の喪失の例として、他者の感情や需要を理解し応答する能力の低下 (e.g. 親を亡くしたり終末期疾患と診断された親族を慰めない、葬儀で無粋な発言をする、泣いている子供になぜ目が濡れているのか尋ねる、自己中心的になる)。我々の経験では、他者に対する共感性の喪失はしばしば介護者から利己的行動として解釈される。また、人に特異的な意味知識の喪失の例には、顔や声で有名人を認知できない、有名人のプロフィール情報を再生できない、親しい人物に対する患者自身の関係性がわからない、などが含まれる。複雑な強迫行為や頑固な思考過程の例には、固定的なスケジュールに対するこだわり、古い凝り固まった考え方、書字過剰、心気症、色や服装、食事、ゲームに対するこだわりなどがある。稀ではあるが、単純な反復行為または反復言語、貯蔵行動を呈することもある。言語性意味知識の喪失には、単語の意味の理解障害や物体認知の障害が含まれる。
rATL優位な変性を持つ患者が人に特異的および言語性意味知識の両方の喪失を持つ場合 [32人 (69%)]、24人 (75%) では人に特異的意味知識の症状は言語性意味の訴えよりも早かったことが報告されている。5人 (10%) は言語性意味の訴えなくして人に特異的意味知識の症状を有しており、また6人 (14%) は人に特異的意味知識の症状なくして言語性意味の訴えを有していた。3人 (6%) のみがこのどちらをも有さなかった。
rATL優位群のこうした初期症状は疾患の発症から3年以内に揃ったが、それ以外の症状 (5つ目、6つ目、それ以上) は疾患の進行とともに現れた。発症から4年目になると、アパシーや脱抑制が生じるようになった。これら2つの症状については、報告のされ方の違いが曖昧性を生んだ。アパシーは11人の患者に関する臨床的訴えとして病歴の中で明示的に記録されていたが、NPIで記録されたアパシーは39人にのぼった。ここから、医療面接中の介護者による報告と、NPIの質問票への回答には解離があることが示唆された。興味深いことに、NPIにおけるアパシーの項目は大部分が感情的アパシーの文脈で記載されており、認知的イナーシャや自己活性化/行動的アパシーの文脈のものは少ないため、これらの行動は共感性の喪失として解釈することもできる。ここから、アパシーに関する臨床病歴とNPIの解離が説明可能であると考えられ、さらにはNPIに共感性の喪失に関する質問を組み入れる必要性が強調される。病歴上は、脱抑制は23人の患者で報告されたが、NPIでは36人で認められた。ほとんどの患者で、脱抑制は社会的文脈における感受性の欠如 (e.g. 葬式における笑いをとるような発言) として現れており、衝動制御の障害 (e.g. 見知らぬ人への接近や危険行為への関与) は少なかった。病歴上は、エピソード記憶障害、遂行機能障害、食習慣の変化、運動ニューロン病を示唆する症状、道に迷う、などの症状は頻度が低く、起こったとしても疾患の後期であった。なお、rATL優位群で一般的ではなかった症状として、5人 (11%) が性欲の喪失 (うち2人は初期症状として訴えた) があった。易刺激性は8人 (17%) で報告され、3人 (6%) では初期症状として認められた。過食 (7人、8%) はあったものの、無茶食い、口唇傾向、非過食物の摂取のレベルにまでは至らなかった。睡眠習慣の変化、すなわち過眠もしくは不眠は5人 (10%) で認められ、うち3人は発症の1年以内に現れた。
これと比較して、前頭葉優位群の初期症状は、判断力の低下と遂行機能障害 (24%)、アパシー (21%)、脱抑制 (17%) であった (図2B、補足表4)。また、lATL優位群では、初期症状として言語性意味知識の喪失 (36%)、人に特異的な知識の障害 (16%)、頑固な思考過程 (18%) が認められた。共感性の喪失は、前頭葉優位群およびlATL優位群と比較してrATL優位群でより頻繁に認められた (χ2 = 22, P < 0.001 and χ2 = 11.2, P < 0.001, respectively)。人に特異的な知識の障害は、前頭葉優位群と比較するとrATL優位群で有意に多く認められた (χ2 = 56.1, P < 0.001) が、lATL優位群と比較したときのrATL優位群には有意差を持った頻度の増加は認められなかった (χ2 = 3.32, P < 0.68)。同様に、複雑な強迫行動や頑固な思考過程も、前頭葉優位群と比較するとrATL優位群で有意に多く認められた (χ2 = 19.54, P < 0.001) が、lATL優位群と比較したときのrATL優位群には有意差を持った頻度の増加は認められなかった (χ2 = 1.03, P = 0.3)。アパシーと比較して、脱抑制や判断力の低下と遂行機能障害は、rATL優位群およびlATL優位群と比較して、前頭葉優位群で有意に多く認められた (χ2 = 11.5, P < 0.001, χ2 = 5.2, P < 0.02, χ2 = 18.8, P < 0.001, respectively)。

3-3. 機能、認知、行動に関する結果
表1、2、および図3は神経心理学および社会感情的検査の結果を示している。神経心理学的検査では、MAC来院時のrATL優位型変性患者では、言語性意味知識 (Boston Naming Test および Peabody Picture Vocabulary Test) と非言語性 (視覚的) 意味知識 (PPT-P) の両方に重度の障害があることが示された。また、言語流暢性にも障害があり、文字流暢性よりも意味流暢性の方がより顕著に障害されていた。エピソード記憶は障害されていたが、視空間処理は保たれていた。
社会感情機能の検査では、rATL優位変性患者では、複数のドメインで重度の障害がみられた。静的相貌認知検査であるCATSでは、face identity-matchingは保たれていたが、emotion labellingは障害され、感情認知の障害が示唆された。また、ビデオに映った他者の感情をラベリングすること (TASIT-EET) やパラ言語的手がかりを理解すること (TASIT-Social Inference-Minimal Test-M) も困難であった。心の理論のテストでは、認知的心の理論のスコアは正常であったが、感情的心の理論のスコアは低下していた。有名人テストでは、rATL優位変性患者は有名人の顔、名前、職業を識別することができなかった。情報提供者に基づく尺度では、rATL変性患者は行動と性格に関する複数の尺度で異常なスコアを示した。感情的共感性 (IRI Empathic Concern)、認知的共感性 (IRI Perspective Taking)、社会感情的感受性 (RSMS) が非常に低かった。パーソナリティ目録 (IAS) では、情報提供者は患者を対人的温かさが低く、対人的冷淡さが増加しているが、対人的支配性は保たれていると評価した。
IRI-ET、IRI-PT、RSMSによって測定された感情処理は、前頭葉優位、rATL優位、そしてより低い程度ではlATL優位の患者において障害されていが、社会的および行動的障害の特定の組み合わせにおいて、両群は異なっていた。前頭葉優位の患者は認知と感情の両尺度に障害を示したが、rATL優位とlATL優位の患者は一般に、社会感情課題の認知的要素ではなく感情の要素に顕著な障害を示した。具体的には、rATL優位およびlATL優位の患者では、認知的心の理論は保たれていたが、感情的心の理論に障害がみられた。一方、前頭葉優位の患者では、認知的心の理論と感情的心の理論の両方に障害がみられた (図3および表2)。同様に、rATL優位の患者は、TASIT-Sincere課題 (単純な理解力を評価する認知制御課題) では正常範囲内のスコアであったが、TASIT-EET (感情ラベリング課題) およびTASIT-Simple Sarcasmサブスケール (パラ言語的手がかり検出のテスト) では期待以下のスコアであった。対照的に、前頭葉優位群では、3つのTASITサブセットすべてで期待値を下回り、感情と認知の両方の障害が示唆された。情報提供者に基づく性格評価では、rATL優位の患者は冷淡さが増加したが支配性は保たれていたのに対し、前頭葉優位の患者は冷淡さが (rATL優位の患者より程度は低かったものの) 増加したが支配性は減少していた。さらに、rATL優位の患者では、BIS/BASにおける活性化系と抑制系の両方が低下していた。報酬感受性の低下は、rATL優位患者では意欲と楽しみの追求の低下と関連していたが、前頭葉優位患者では、報酬感受性の低下は意欲と楽しみの追求の増加と関連していた (図3および表2)。前頭葉優位群におけるこの不整合は、NPIで示された、性的な発言をするなどの衝動性の高さと一致している (補足表5)。
相貌処理と人に特異的な知識に関しては、すべての疾患群で有名人命名が困難であったが、rATL優位群のみ (そして低い程度ではあるもののlATL優位群も)、有名人認知テストと意味連合テストのスコアが低下していた (図3および表2)。CATSの相貌照合と感情照合では、前頭葉優位の患者では両検査で障害がみられたが、rATL優位の患者では相貌照合は保たれていたが、感情照合は障害されていた。対照的に、lATL優位の患者では、相貌照合と感情照合の得点に異常はなかった (図4、表2)。rATL群における障害は、視空間機能における広範な障害によるものではないようであった。なぜなら、前頭部優位の患者のみがこの領域で障害を示したからである (Benson図模写およびVOSP)。

図4. 臨床-解剖学的モデル: FTDにおけるsbvFTDとsvPPAとbvFTDの臨床症状の重複を示したシェーマ。sbvFTDとsvPPAはどちらも意味性認知症スペクトラムの下にあり、しばしばFTLD-TDP-C病理を有する。

言語性意味に関しては、rATLとlATL優位患者の両方が、前頭葉優位群と比較してBoston Naming Testにおける障害を示した。エピソード記憶検査に関しては、rATLとlATL優位患者は、前頭葉優位群と比較して言語性および視覚性記憶の障害を呈した (図3、表2)。遂行機能検査に関しては、rATLとlATL優位患者は前頭葉優位群と比較してより良い遂行機能成績を示した (図3、表1)。

3-4. 遺伝子と病理の結果
病理学的および遺伝学的結果は表3および補足表6に示されている。rATL優位患者のうち、遺伝子変異があったのは2例のみであった (1例はMAPT変異、1例はTARDBP変異)。前頭葉優位患者では17人 (C9orf72が14人、GRNが3人)、lATL優位患者では5人 (MAPTが3人、C9orf72が2人) に遺伝子変異がみられた。APOEのデータは、rATL優位患者のうち40人 (55%E3/E3; 22%E3/E4; 18%E2/E3) で入手可能であった。APOEデータが得られたサブグループ間でAPOE遺伝子型に差は認められなかった (補足表7)。剖検データが得られたrATL優位患者のほとんどは、FTLD-TDPのC型であった (68%)。神経病理学的サブタイプに関係なく、すべてのタイプのFTLD-TDP症例を考慮すると、その割合は増加した (84%)。3人の患者がFTLD-tauであった (2人のFTLD-tau Pick型と1人のFTLD-tau分類不能4Rタウオパチー)。剖検データのあるrATL優位群では、3人の患者は病歴でも検査でも意味知識の喪失を認めず、興味深いことに、この3例にはFTLD-TDP C型はなかった (2人はFTLD-tau Pick型、1人はFTLD-TDP B型)。lATL優位群では、TDP-43病変を有する患者の割合も多く、特にTDP-43 C型が多かった。これは、タウオパチーが51%、FTLD-TDP B型が22%、FTLD-TDP A型が12%、FTLD-TDP C型が2%と、より不均一な病態を示した前頭葉優位群とは対照的である (表3)。

3-5. 診断基準の提唱と感度・特異度

ここで我々は、rATL優位変性患者の最も一般的な初期症状に基づき、この症候群に対する新しい診断基準のセットを提唱する (Box 1)。この感度と特異度を検証するため、我々はrATL優位患者と前頭葉優位患者を比較した (補足表8)。これら2群は、しばしば臨床的には切り離すことが難しい。循環論法を避けるため、我々は神経画像に基づいた感度と特異度は計算しなかった (群自体が解剖学的に定義されているからである)。疾患の初期3年間では、この基準によってrATL優位群を前頭葉優位群と、感度81.3%、特異度84.2%で鑑別することができた。また、初診後1年以内に関しては感度は86.0%であり、経過全体で現れた症状を考慮すると感度93.0%に上昇した。初診後1年以内の特異度は82.8%であり、経過全体では81.4%であった。我々の予想では、患者評価時に非言語的な社会感情的意味障害を検索する習慣がつけば、前向きに患者を収集するときの感度と特異度は上昇すると思われた。そして、患者の神経画像情報を組み込むと、さらに感度と特異度が向上するはずである。

lATL優位の患者を診断することは、臨床の場ではいくぶん難しくない。これは、lATL患者は、初期の行動症状の代わりに、言語中心の、単語想起および単語理解障害を呈するため、PPA症候群に分類されるからである。しかし、疾患が進行し、神経変性がrATLと眼窩前頭前野に広がると、同じFTLD-TDP病理から予測されるように、2つの臨床像の連続性がより明らかになる。これと一致するように、提案された基準では、症状発症後2年間はrATL優位の患者とlATL優位の患者を区別する感度が76.0%、特異度が87.0%であり、3年目には感度が81.3%、特異度が68.2%となった。3年目までの特異度の低下は、rATL変性とlATL変性の疾患進行の重複を強調している。rATL優位群と前頭葉優位群およびlATL優位群の鑑別における、主な社会感情および精神神経学的検査の特定のカットオフ点におけるReceiver operator curveおよび感度と特異度を補足表9に示す。

 

4. 考察
この研究では、rATL優位の変性を持つよく特徴づけられた患者の大規模コホートにおける、症状の時間経過、神経心理および社会感情的特徴を提示した。認知および解剖のデータは、rATL優位の変性によって主に非言語的な社会感情的概念の意味知識が障害されることを示し、これが初期から突出した共感性の喪失、人の認知の障害、社会的行動の障害を招くことがわかった。この一連の症状は、rATLによってアンカーされる神経解剖学的ネットワークを基盤とする機能障害を反映しているとともに、このネットワークは前頭葉優位のbvFTDおよびlATL優位のsvPPAに関連するネットワークと重複しており、切り離すことはできないものである。我々の発見に基づき、この臨床-解剖学的症候群の早期診断とケアを容易とする新しい臨床基準と用語が提唱された。初期の中核症状は、共感性の喪失と人に特異的な意味知識 (主に相貌に基づいた非言語的な意味知識) の喪失、複雑な強迫行為と頑固な思考である。後期の症状には、言語性意味知識の喪失と、最終的にはアパシーや脱抑制が含まれる。このようなものとして、この症候群は個別の用語を必要としており、これを我々は「意味行動障害型前頭側頭型認知症」(semantic behavioural variant frontotemporal dementia, sbvFTD) と呼ぶことにする。この用語は背景にある認知メカニズム (社会感情的概念に関する意味知識の喪失) および svPPAとの連続性を反映したものである一方で、初期の臨床症状は行動障害であり、失語ではないことを強調している (このため semantic という形容詞を bvFTD に加えた)。我々は、'left ATL versus right ATL FTD' や 'left-predominant versus right-predominant semantic dementia' などという解剖学的用語を使用することには反対することとした。これは、他の神経変性疾患が本質的に叙述的な呼び方をされている (e.g. non-fluent variant PPA, logopenic variant PPA, bvFTD) ことと合致しない上に、非右利き患者には適用できないことや、ごく初期の認知症とは言えない患者を認知症と言ってしまう誤りを生む可能性もあるからである。また、rATL障害による semantic bvFTD 症候群を一般的な bvFTD の診断と区別することは、前者の背景病理がかなり一貫してFTLD-TDP (84%) (特に多くがFTLD-TDP C型) であって 、lATL優位のsvPPAと対極にありながら連続体を構成していることを考えると、重要と言えよう。このため、sbvFTD (行動症候群) とsvPPA (言語症候群) は、「意味性認知症スペクトラム」の2つの臨床-解剖学的対極であると言える (図4)。提唱された診断基準は、非言語的な社会および感情に関連した概念の喪失が、臨床的障害の基盤にある主要特徴であるという考え方をとらえている (Box 1)。中核的な臨床症状には、社会感情的手がかりの理解の欠如と感情的経験の減少によっておこる共感性の喪失、知っているはずの人を同定し名前を言うことの障害、複雑な強迫行為または頑固な思考過程、が含まれる。支持的症状には、物体の呼称の障害、視空間的機能と音声生成 (運動性発話と音韻) の相対的保存が含まれる。さらに、imaging-supported sbvFTDの診断には、rATLに目立つ萎縮または代謝低下の神経画像エビデンスが必要とされる。この新しい診断分類は、非優位半球のATL変性に関連した初期の症状を同定することに役立つ。
初期の意味性認知症に関する記述は、表層性失読を含む、主にlATL損傷に起因する顕著な言語および物体の意味障害に焦点が当てられていた。最近では、より包括的な神経心理学的バッテリーを用いることで、rATL変性で優位な社会感情的および視覚的な意味障害を明確に示すデータが得られている。ATL萎縮の非対称性と病期によって、ATL変性症患者における言語的意味障害と非言語的意味障害の臨床的・神経心理学的重複の程度は様々である。病気の初期段階では、sbvFTD患者は進行性の共感性の喪失を示すことがあり、それは単独の症状であるように見えるが、特定の検査でしか検出できない他の非言語的意味障害を伴っていることがある。その結果、sbvFTD患者とbvFTDおよびsvPPA患者の鑑別診断には、有名人知識 (我々のバッテリーのFamous Face Recognitionのような視覚的有名人相貌認知判断)、表情認知 (CATS)、感情処理 (Emotional and Cognitive Theory of Mind および TASIT)、視覚的意味連合 (PPT-P)、および性格質問票 (IAS-Coldness) の検査が最も有用であることが示された。実際には、比較的孤立した共感性の喪失や複雑な強迫行為を呈し、意味検査 (e.g. 人物や、後には物体の知識) で障害を示す患者がいれば、我々の研究は、最も可能性の高い診断がsbvFTDであることを示唆している。
そもそも、rATLは社会感情的な意味知識の処理に特化した神経ネットワークの主要ハブであり、感覚運動活動、内臓的変化、百科事典的知識、主観的経験を結びつけてマルチモーダルな社会的概念を作成するのに重要な領域である。社会感情的な意味の障害は、見知った人々を認識する能力に障害をきたすだけでなく、彼らの感情的表現や手がかりに意味付けをする能力にも障害をきたす。この理解の障害は、社会的文脈における適切な共感的応答の欠如を招く。共感性の喪失という言葉は、他者の感情的状態を推察する能力の障害と、こうした状態を正確に予測して社会的に適切に反応する能力の障害を指している。他者の感情を処理することは、観察された表現の意味の理解 (i.e. 社会感情的意味知識)、具体的な社会的文脈の中で表現された感情の内的なシミュレーション、自己ではなく他者への行動の割り当て、自分自身の考え方を阻害した上での社交的行動の開始、などの複数のステップに依存している。こうした過程は、相互に結合された異なる神経解剖回路に局在している。相貌や声に基づく知った人々の同定は、人に特異的な意味知識、すなわちその人がどのような見た目をし、声をし、どのようなプロフィール情報を持ち、自分とはどのような関係性なのか、という視覚的・聴覚的・社会感情的情報から成る概念知識を必要としている。そして、sbvFTD患者は人に特異的な知識のあらゆる側面 (Famous Faces Naming、Semantic Association および Recognition 課題) における重度の障害を呈し、これは先行研究とも合致したパターンであった。こうした障害は、相貌からの人物の視覚性認知のみが障害されている古典的な相貌失認とは異なっている。すなわち、sbvFTD患者は、人を名前、声、プロフィール情報、患者との関係性といった情報のどれからも認識することができない。rATL優位変性を持つ患者はしばしば「相貌失認」を有すると記述されるが、患者は人を視覚 (相貌)、言語 (名前)、聴覚 (声) 的な手がかりから認識できないわけであり、より広い人に特異的な意味知識の障害が示唆されることから、この用語は障害の全貌を補足できてはいないと言える。そして、rATLは他者に対する親近感を表現するための統合的な役割を有しているため、rATL優位変性のある患者にとっては、家族や親友さえも感情的重要性のある対象ではなくなってしまう可能性がある。したがって、患者は、他人を認識することが困難であるだけでなく、人間関係において対人的な温かさが減少してしまう可能性がある。sbvFTD患者の介護者は、bvFTDやsvPPA患者の介護者とは異なり、友人や近親者以外の家族、有名人を認識することが困難であることが、病気の初期症状であったと報告することが多い。svPPAやlATL萎縮の患者は、意味連合テストや熟知相貌の意味テストで期待以下の結果を示すことが多いが、介護者は通常、人物固有の知識の早期低下は報告しない。これはおそらく、lATL優位の疾患では、既知の人物に対するrATLに基づく視覚的・感情的な「親近感」が保持されているためであろう。(他の症状が目立つからとか症状が軽いからでよくない?)
他者の感情を理解すること (共感の一要素) は、他者の内的状態を身をもって体験するための身体的な手がかりへのアクセスの他に、非言語的刺激 (声のトーン、身体の位置、表情) に関する意味知識をも必要とする。一貫して、発病前にsbvFTD患者と親しかった情報提供者は、社会感情的シグナルに対する反応の欠如や対人的冷淡さの増加といった行動の変化を報告している。一般的に、sbvFTDの家族は、以前は温厚で思いやりのある配偶者や親であった患者が、今では愛する人の感情に対して無反応 (または不適切な反応) を示すようになったと報告している。sbvFTDの患者は、感情的な状況に困惑しているように見えることが多いが、これは、svPPAの患者が、知っているはずの単語を前にしても、その単語を認識できないときの反応に似ている。我々の社会感情機能検査では、sbvFTD患者はCATS face identity-matchingで相貌の知覚が保たれているにもかかわらず、CATS emotion identificationタスクで顔の感情表現のラベルを選択することが困難であった。このパターンは、両サブタスクで障害を示した前頭葉優位群や、両サブタスクで障害を示さなかったlATL優位群とは異なっていた。これらの所見は、rATL優位の変性患者では、以前に報告されたように、観察された表情の意味の理解に障害があることを示唆している。しかし、彼らの困難は表情認識に限定されるものではなく、顔、韻律、姿勢、ジェスチャーの感情手がかりを含むビデオ (TASIT-EET) における感情認識の困難さによって示されるように、非言語的な感情手がかり理解のマルチモーダルな喪失を含んでいる。さらに、sbvFTD患者は、課題を通して登場人物の感情が明示的に口頭で示されたにもかかわらず、「感情的心の理論」をテストするビデオの解釈が困難であった。注目すべきは、他者の感情ではなく、物理的な物体に焦点をあてた視点の取り方に依存する認知的心の理論のビデオでは、患者は問題なく解釈できたことである。このパターンは、前頭葉優位群では、認知的心の理論だけでなく感情的心の理論の課題でも障害を示したのとは対照的であった。これらの所見を総合すると、rATL優位のsbvFTD患者は、課題特異的な遂行機能要求の障害よりも、むしろ感情理解における根本的な障害による欠損を有することが示唆される。
sbvFTD群とsvPPA群は、認知的硬直性とともに、複雑な強迫行動を示した。先行研究では、反復行為はrATLとlATL機能の相対的保存の程度に依存して、言語的 (i.e. 単語ゲーム) または視覚的 (i.e. 視覚的パズル) になりうることが示唆されている。対照的に、前頭葉優位のbvFTD患者は、前頭葉皮質下ネットワークと左外側側頭葉に局在する、より単純な運動性反復行動 (e.g. タッピングやペーシング)、貯蔵行動、反響言語を示す。しかし、より複雑な強迫行為 (e.g. 特定の考えや活動にとらわれる、決まったスケジュールに従う、極度の節約、複雑な儀式) は、対照的にrATLに局在する。先行研究と一致して、sbvFTD患者は、複雑で、目標志向的で、時間のかかる反復行動や硬直した思考過程を示すことが最も多いことがわかった。食事制限 (i.e. 野菜だけまたは肉だけを食べる、毎日午前11時にヨーグルトを食べるなど) もsbvFTDでよくみられたが、bvFTDで以前に報告されたような過食や高糖・高脂肪食品への嗜好はほとんどみられなかった。
疾患の後期には、初期のsbvFTDやsvPPAの所見にかかわらず、ATL優位変性の患者もアパシーや脱抑制を示したが、これは前頭部優位群の初期の特徴であり、おそらく前頭葉領域への萎縮のさらなる広がりに関係する症状である。逆に、前頭葉優位群では、アパシー、脱抑制、判断力の欠如、遂行機能障害症状が最も一般的な初期症状であった。このことは、初期症状がsbvFTDとbvFTDの鑑別に役立つことを示唆している。FTDスペクトラム疾患では、アパシーや脱抑制は、前頭葉を中心とした認知、行動、感情系の根本的な障害を反映している可能性がある。我々のコホートでは、rATL優位の萎縮を有する患者の臨床病歴から、臨床医がアパシーや脱抑制として記録した症状は、前頭葉優位群やしばしばbvFTDで報告される典型的な例とは異なっていることが示唆された。たとえば、家族との活動に参加しなかったり、無粋な発言をしたりするのは、それぞれアパシーや脱抑制ではなく、社会感情的意味障害によるものであった。病歴別にみると、sbvFTD患者では、友人や家族への関心が早くから失われ、愛情表現が少なく、無粋な発言をすることから、社会的な手がかりに対する理解不足がうかがわれたが、衝動制御の障害は罹病4年目までみられなかった。
sbvFTDコホートで高頻度にみられた2つの初期症状 (共感性の喪失と人に特異的な意味知識の喪失) と、相貌の感情認知とFamous Facesテストの両者における障害からは、相貌と感情の処理に寄与する領域は相互に結合しており、成長とともに相互に依存した発達を遂げるのと同様に、神経変性の際にも同時に変性が起こる可能性が示唆される。神経発達学的には、社会的および感情的な概念を学習して応答する能力は、小児期の早期における感情表現の正確な解釈と関連することが示されている。実際、表情の認知はヒトの行動神経発達の基本的側面であり、乳児はごく早期から顔を見ることを好み、母親の表情に基づいて自身の行動を制御する。さらに、表情の認知の障害は自閉スペクトラム症の行動症状の背景となるメカニズムの1つと考えられており、これはrATLを含む。最近の研究では、発達因子が特定の神経変性疾患や特定の表現型に対する脆弱性に影響を及ぼす可能性が提唱されている。また、先行研究では他のPPAバリアントや一般集団と比較してsvPPAにおいて非右利きが多いことが示唆されている。我々のsbvFTDコホートでも、非右利きは比較的多く (15%)、これは一般集団における頻度 (10%) よりも多かった。さらに、過去の症例報告では、左側頭葉有意の萎縮を呈した非右利き患者が行動症状を呈したことが記述されている。まとめると、利き手、すなわち言語と感情処理の側性化は、言語および行動症状がrATLの萎縮とどのように関連づいて、表現型の多様性に寄与するのかを示唆している。
共感性の喪失はsbvFTDの初期段階の記載において臨床医および介護者から報告された最も一般的な症状であったが、先行研究では易刺激性、感情的距離、睡眠・食欲・性欲の変化が前駆期存在することが示唆されている。今回の研究では、利己的になる、感情的に距離をとるといった初期のわずかな感情的変化を共感性の喪失の一部としてとらえた。これは、これらの症状はおそらく社会感情的意味の喪失の軽微な初期症状であると考えたからである。性欲の変化や易刺激性の亢進は共感性の喪失の文脈で発生した。同様に、食欲の変化はその他の複雑な強迫行為の文脈で発生した。睡眠変化は、前駆期症状としては少数の患者でのみ生じた。こうした症状の発生率は、患者が評価のために受診をするような時期にはその他の目立った症状によってマスクされてしまい、過小評価されている可能性はある。局所的rATL変性について最近提唱された診断フレームワークでは、記憶症状と相貌失認を主要な特徴として同定したが、エピソード記憶意味記憶の区別は行わなかった。我々の結果は、rATL優位群が古典的な相貌失認の域を超えた障害を示し、人に特異的な概念に関するマルチモーダルな意味の喪失を表現していることを示している。ただし、rATL有意患者の一部は、疾患のごく初期では選択的な相貌失認を呈している可能性も否定できない。我々は、本研究におけるサンプルサイズの大きさと包括的な言語および社会感情的な検査バッテリーが、より完全で正確な症状の記述を可能にし、sbvFTDとsbvPPAの両者の共通基盤となるメカニズムとして意味記憶障害の存在を強調できたと信じている。また、これらの患者の記憶障害の本質がエピソード記憶障害ではなく意味記憶障害であることを定義したのは特に重要なことであった。なぜならば、rATL変性症候群の診断基準にエピソード記憶障害を含めることは臨床的なアルツハイマー病と診断的混乱を生んでしまう可能性があるからである。
この研究にはいくつかの限界がある。我々の患者コホートは、言語と行動の両分野の専門家を含む学際的チームによって前向きに研究されたものであるが、カルテレビューの後ろ向きな性質は、最初の報告書を書いた臨床医によって大きく左右される。この分野の多くの基準と一致して、ここで提案された分類は、特定の検査のカットオフスコアではなく、障害のパターンに関する臨床的判断に基づいており、各医療センターが好みの診断ツールを適用できるようなアプローチとなっている。さらに、患者やその家族が経験する症状の解釈には、不注意であったとしても主観性の要素が含まれる。患者や介護者の症状時系列の回想に依存しているため、回想バイアスが所見に影響を及ぼしている可能性がある (ただし、サンプル数が多いため、その可能性は低い)。今回検討したような希少疾患における初期症状の自然史を把握することは困難であるが、この医学と神経科学の分野で進歩を遂げるためには、今後、共通の尺度とアプローチを用いた共同前向きコホート研究が不可欠であろう。もう一つの限界は、rATL優位の症例を同定することに重点を置き、重度の前頭葉萎縮またはlATL萎縮を併発している症例を除外した、画像に基づく選択基準に関連している。右前頭葉と両側側頭葉の障害を併発した症例など、他の萎縮パターンを有するFTD患者のサブセットの表現型については、さらなる研究が必要である。さらに、我々が記述したrATL優位群にはrATL萎縮の顕著な萎縮が含まれるが、これらの患者はrATLに接続する領域のネットワーク (lATLや右島皮質など) にも萎縮を認める。各群の萎縮は (図2Aに示すように) 最大萎縮領域を超えて広がっており、したがって症状は、関係する他の領域の萎縮、あるいは連結したネットワークの複数の部分の萎縮に起因している可能性がある。rATLとその関連ネットワークにおける構造的・機能的損傷が、このグループで検出された症状とどのように関連しているかをさらに解明するためには、今後の研究が必要である。最後に、本研究に参加した患者のほとんどが白人で、高学歴、英語を母国語とする人たちであったという重大な限界を認める。焦点性のATL変性症患者における社会感情的および言語的プレゼンテーションの文化的・環境的多様性に光を当てるためには、より多様な患者集団を含むさらなる研究が必要である。本研究に含まれる神経心理学的データ、社会感情的データ、画像データの深さと広さを考慮すると、感度と特異度は期待される値よりも低く見えるかもしれないが、我々が提示した感度と特異度の値は、患者と介護者から報告された臨床症状のみに基づいており、神経心理学的データ、社会感情的データ、神経画像データは含まれていないことを強調しておく。神経画像データを含めれば、提案した基準の感度と特異度が高まることは間違いないが、これは我々の方法に循環性をもたらすことになる。感度と特異度のより正確な指標を得るためには、より大規模な独立したデータセットで、提案された基準を再現し検証することが必要である。
まとめると、我々はsbvFTD患者が初期からの共感性の喪失と人に特異的な知識の喪失を示すこと、これがrATLに優位な変性と非言語的かつ社会感情的意味知識を支持する神経ネットワークと関連していることを示した。疾患の進行とともに言語的意味知識の喪失が進み、sbvFTDとsvPPAの連続性 (そして意味性認知症というオリジナルの記述) を強調した。人に関する感情および社会的概念とプロフィール情報を検査するための特定の神経心理学的検査は、初期のsbvFTD症状を補足するために重要であり、標準的評価に含まれるべきである。sbvFTD患者の正確な同定は、よりよい予後予測と治療法のための道を開き、ヒトの社会的行動における非言語的意味の役割を理解するための助けとなるだろう。

 

まとめ
・bvFTDかつ/またはsvPPAの基準を満たす患者に対して、神経画像でrATL/lATL/前頭葉のどこに優位な萎縮を持つかに基づいて3群に分け、臨床症状の群間差を検討したところ、rATL優位群は共感性の喪失を突出した特徴として持っていた。その他に、人に特異的な意味知識の障害や、複雑な脅迫行為および頑固な思考過程も特徴的であったが、これらはlATLとrATL優位群で有意差を持たなかった。
・神経心理検査では、Famous Face Familiarity、Famous Face Semantic Association (職業に基づく顔の選択、職業に基づく名前の選択、4つの顔から有名人の選択)、TASIT-Sarcasm においてrATL優位群でlATL優位群および前頭葉優位群と比較した成績低下があり、人物に関する視覚/プロファイル/非言語的刺激を介した (マルチモーダルな) 意味知識の障害が示唆された。また、rATLとlATL優位群は、前頭葉優位群と比較してFamous Face Naming、Famous Face Name Familiarity、BNT、PPVTなどで成績低下があり、rATLとlATL優位群には意味性認知症としての連続性があることを支持する結果であった。
・以上から、右優位のATLには社会感情的な意味知識が存在すると考えられた。
・また、神経解剖学的定義に基づいた3群に関するこうした臨床症状と神経心理検査の群間差から、rATL優位症候群をsbvFTDと命名し、その診断基準を提唱した。

 

感想
某学会でこの文献が痛切に批判されていたので結構批判的に読んだつもりなんですが以下感想。一言で言えばいいところもある一方でよくない (わかりにくい) ところもあるなあという感じ。
いいところ: そもそも意味記憶とは、特定のカテゴリ内 (e.g. 動物) の特定の項目 (e.g. ネコ) に関するマルチモーダルな情報の集合体 (e.g. 表記、見た目、鳴き声、かわいさなど) であって、意味記憶障害を言うためにはマルチモーダルな知識の喪失があることを示さなければいけないのだけど、これが抜けている文献が非常に多い。そんな中、この文献は一応、マルチモーダルな障害が必要であることをわかって書いているっぽいのがいいところ。
よくないところ: 「社会感情的」という表現がかなり曖昧でよくない。この文献の軸として、rATL変性があると①共感性の喪失 (この背景に感情表現の意味理解の障害)、②人に関する意味知識の喪失、が起こるという主張があるのだけど、これを社会感情的意味知識の障害とまとめているのはやりすぎではないか。確かに人は社会的で感情的な要素があると思うけど、わかりにくすぎる。あえて社会感情的意味とまとめる必要はなくて、感情や人に関する意味と言えばいいんじゃないか?と思う。なおsbvFTDというラベルには特に違和感なし。
拙い英語力で読んだので理解が完全かはわからないけど、こんな感じの感想を持ちました。

筋萎縮性側索硬化症-前頭側頭スペクトラム症 (ALS-FTSD): 改訂版診断基準

Amyotrophic lateral sclerosis-frontotemporal spectrum disorder (ALS-FTSD): Revised diagnostic criteria.
Strong, Michael J., et al.
Amyotrophic lateral sclerosis and frontotemporal degeneration 18.3-4 (2017): 153-174.

 

Revised Strong criteria は、通して読んでおきたかった。

 

背景
筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の中核的特徴は、最終的に死につながる運動機能の進行性の障害であるが、同時に1つ以上の前頭側頭機能障害を呈しうるという認識も、徐々に受け入れられてきている。この考え方は、2009年に発表されたALSの前頭側頭機能障害の国際的診断基準の開発にさかのぼる (Strong criteria)。臨床的、電気生理学的、神経心理学的、遺伝的、神経病理学的な特徴を組み入れたこの基準は、ALSが純粋な運動症候群である可能性も考慮した一方で、Neary or Hodges criteria で定義されるような前頭側頭型認知症と共存することもある (ALS-FTD) ことを認識していた。この基準はさらに、検出可能かつ/または障害をきたしうるほどの行動かつ/または認知症状はあるものの、認知症の診断基準を満たすほどではないパターン (ALS behavioural impairment [ALSbi] および ALS cognitive impairment [ALSci] と呼ばれた) の存在を認識していた。さらに、FTDとして典型的ではない認知症を発症する一部の患者集団についても言及していた (ALS-Dementia)。
Strong criteriaの導入以降、前頭側頭機能障害の幅広さとその影響の理解は大きく前進した。これと同時に、Strong criteriaは社会的認知、言語、記憶の障害や神経精神症状を適切に認識できていないことや、これらの障害が前頭側頭機能障害のスペクトラム障害の表れであることが明らかとなった。このため我々は、ALSと関連して現れうる前頭側頭機能障害の幅広さと重症度を特徴づけるにあたって最も適切な用語として、ALS-FTSD (frontotemporal spectrum disorder) という表現が適切であると考えた。さらに、Strong criteriaは英語以外の言語に適応が難しく、日常臨床現場や臨床試験で十分簡単に実用することができなかった。同様に重要なこととして、ALSの遺伝学の進歩によってALS-FTSDの病理生物学に新たな知見が提供された。以上から、2009年のStrong criteriaを再考するためのコンセンサス会議が2015年夏に開かれた。コンセンサス開発パネルアプローチが用いられ、改定国際ガイドラインの開発に関連するキートピック領域を同定した専門家グループを構成要員とした。コンセンサス会議の3日目の最後に、ラウンドテーブルディスカッションが開かれ、参加者が改定基準のキーパラメーターを入力した。コンセンサスパネルのメンバーは改定基準を立式し、会議の参加者にコメントかつ/または改定を求めた。
ここで、本文献においてrevised Strong criteriaを提示する。この中で、我々はいくつかのキーとなる課題を取り扱った。この中には、研究目的に適するような十分な幅広さを持つとともに、臨床的有用性のためのきめ細やかさをも有する必要があるという認識も含まれた。そのようなものとして、この改訂版基準では、ALS-FTSDを特徴づけるような神経心理学的および神経精神医学的障害の本質を広げること以上に、評価の複雑性または深度に関する3つのレベルを取り入れた: 日常臨床に適用可能な基準 (Level I)、臨床試験の予後層別化に適用可能な基準 (Level II)、ALSのFTSDの本質と程度をよりよく定義うるために研究目的に用いられる基準 (Level III) (図1)。この基準は、意図的に階層化されている。Level Iはベッドサイドで簡単に適用可能であり、統計学的複雑性は低く、実用のための努力はほとんど要さず、ALS集団ですでによく用いられて妥当性も検証されたツールに基づいている。実用のために神経心理学的サポートは必ずしも要さないものの、実際の解釈には神経心理学的サポートが有用である。Level IIIは最も発展的な基準であり、Level Iの中核的要素を含んでいるが、統計学的複雑性が高く、完全に遂行するにはかなりの時間と努力が必要である。幅広いALS集団で検証が行われていない研究ツールが含まれており、研究グレードと考えられるべきである。Level IIは中等度の努力で施行可能であり、臨床試験で適用可能なように作られている。Level II基準もまた、症例発表に含めるための最低限のデータセットを含んでいる。Level Iとは対照的に、Level II基準は、検査パラダイムを評価し、検査を実施し、その結果を解釈するために、神経心理士または発声-言語病理学者の関与を必要とする。

図1. 調査レベルのシェーマ: 改定基準は、臨床現場において迅速かつ簡単に適応できるツール (Level I) から、より研究に適した評価ツール (Level III) を扱えるように幅広くデザインされている。Level II および III は、正式な神経心理学および発声・言語の専門家を必要とし、高い統計学的複雑性を持ち、ALS集団でもっと検証が必要と考えられるような検査も含んでいる。Level II は、臨床試験で利用可能な中間レベルであり、最低限のデータセットとして臨床症例報告にも適切かもしれない。

コンセンサス会議の参加者は、診断アルゴリズムの中核的特徴にも同意し、特に診断軸モデルの使用を部分的に改定または拡張しつつも残すべきであるという合意が得られた。これに従い、改定基準は3つの主要な「診断軸」を継続的に用いることとした。Axis Iは運動ニューロン病バリアントを定義し、Axis IIは認知行動機能障害を定義し、Axis IIIはさらなる非運動症状を定義している。以前含まれていたAxis IV (疾患修飾薬の存在を定義する) については、ALSのFTSDを特徴づけるにあたって寄与していないため、今回の改定基準では省略された。

 

Axis I. 運動ニューロン病バリアントを定義する
ALSの表現型の多様性は幅広く、発症年齢、発症部位、上肢および下肢の関与の程度、疾患進行速度、生存期間などの観点で多様性がみられる。このような多様性の基盤が明らかになるまで、異なる臨床症候群を認識することは有用である。これには、上位運動ニューロン変性が優位なもの (e.g. 原発性側索硬化症 [primary lateral sclerosis, PLS])、下位運動ニューロン変性が優位なもの (e.g. 進行性筋萎縮症 [progressive muscular atrophy, PMA])、UMNおよびLMN変性が組み合わさった最も高頻度な表現型 (すなわちALS) といった分類方法や、主に障害される神経解剖学的領域に基づくもの (e.g. 進行性球麻痺 [proressive bulbar palsy (PBP)])、左右差の有無に基づくもの (e.g. monomelic amyotrophy や flail arm/leg amyotrphic diplegia) などがある。

AxisI-1. 診断基準: Strong criteriaの原版の発行から、ALSの診断に必要な最低限の基準に関する数多くの議論が起こった。特に、LMN機能障害の診断に活動性脱神経の存在が必要なのかという点に関する議論は目を引くものであった。Strong criteriaの原版では、ALSの診断にEl Escorial criteria (revised) を用いることを推奨した。この中で、遺伝子検査を組み入れるとともに、UMNおよびLMNの機能障害を同定するためには、臨床的および電気生理学的なマルチモダリティアプローチが推奨されるようになった。神経画像研究は、構造的病理が診断可能性として考慮される場合には貢献的であると考えられたが、そうでない場合は基本的に研究ツールとみなされた。この基準はさらに、所見を説明可能な他疾患が除外されることを必要とした。この文脈において、ALSの診断は、多髄節性のLMN変性の存在を臨床または電気生理学的基準によって確認すること、およびUMN障害を証明すること、進行があること、を組み合わせることを必要とした。なお、ALS原因遺伝子の変異が存在する場合については、単一髄節における進行性の上位または下位運動ニューロン機能障害であっても、診断に十分な根拠とみなされるようになった。
ALSの診断の遅れ、およびそうした遅れが治験参加を妨げている可能性に関しては、数多くの議論が発生した。ここから、ALSの完全な症候群を未だ呈していなくても潜在的にALSとなりうるような患者も含めて、臨床研究や治験にできるだけ多くの患者を参加させることを目的として、代わりとなる診断アルゴリズムが考案された。Awaji criteriaは、2006年のコンセンサス会議を踏まえて発表されたもので、revised El Escorial criteria に2つの根本的な変化を加えた。1つ目の変化は、LMN機能障害の存在を決定するために、筋電図と臨床データの両方を同時に用いるようにしたことである。たとえば、三角筋のLMN病理の証拠とともに、尺骨神経支配のC8筋の萎縮があれば、1つの肢/領域が障害されていることを主張してよいこととなった。2つ目の変化は、fasciculation potentialsを進行性脱神経の証拠とみなしてよいとしたことであり、fibrillation potentialsと同等の重要性を置いた。進行性脱神経の証拠にfascicultaion potentialsを用いてよいかについての議論も起こったが、unstable and complex fasciculationsの意義については十分な合意が得られた。Awaji criteria は revised El escorial criteria よりも高い感度と同程度の特異度を有していることが示され、特に球麻痺発症や四肢発症患者での診断的有益性が高かった。しかし、感度の向上が得られたのは主に、El Escorial criteria の2つのカテゴリ (probable および laboratory supported probable) を統合して単一カテゴリにしたことによるものであった。また、Awaji criteriaで診断カテゴリに 'possible' を導入したことは、ALS、特に四肢発症サブグループの早期診断を向上させせた。
より最近には、El Escorial criterial は幅広いALS表現型を取り入れるためにさらに改定された。改定されたイテレーションでは、ALSの診断には最低限、UMNおよびLMNの進行性の障害が少なくとも1つの肢または領域で存在すること (以前のpossible ALS)、または臨床症候で確認された (1領域) かつ/または EMGで確認された2つの身体領域 (球、頚髄、胸髄、腰仙髄で定義される) のLMN障害 を必要とした。EMG所見には、(慢性) 神経原性変化 および fibrillation potentials かつ/または sharp waves が必要とされた。このスキームでは、ALSの表現型は PBP、flail arm および flail leg syndrome、PMA、PLS に限定された。なお、flail arm および flail leg syndromes は、PMAと同様にUMN障害がなくても診断可能な病型である。しかし、Ludolph (2015) らによって提唱されたこのEl Escorial criteriaの修正版は、いまだ縦断的研究で妥当性が示されておらず、特に純粋なLMN症候群をALSと等価に扱うことの妥当性については議論が残っている。
ALSの診断および進行モニタリングにおけるバイオマーカーの役割は進化を続けているが、最近でも前頭側頭機能障害の存在に特異性が証明されたマーカーは現れていない。したがって、高分子量ニューロフィラメント、リン酸化タウ、TDP-43、APOE ε2、βアミロイドなどの脳脊髄液または血液中の数多くのバイオマーカーが、前頭側頭機能障害の有無にかかわらずALS患者の診断ワークアップに有用な可能性はある一方で、これらはLevel Iの診断ワークアップに組み入れることができるほどのものではない。さらに、CSFのプロテオームプロファイルは、独立して用いられてもMRIなどの多様な検査と組み合わせても、診断におけるバイオマーカーの利用の感度および特異度を高めることが考えられるが、こうした検査はLevel IIIワークアップにとどめられるべきであろう。一方、一部のバイオマーカー (e.g. pNFH、リン酸化タウ、TDP-43、APOE ε2) はLevel IIに置いても良いかもしれない。

Axis I-2. 遺伝子診断: コンセンサス基準の原版の出版から、ALSの遺伝的基盤の理解は大きく進歩した。現在、17を超えるメンデル遺伝型ALSの遺伝子変異が同定されている (表1)。こうした遺伝子に加え、疾患関連または疾患修飾遺伝子が次々に発見されてきている。こうした発見は我々のALSの理解を発展させる一方で、臨床領域をより複雑にする。ALSおよびALS-FTSD患者の遺伝的特徴付けは推奨されるが、ALS原因遺伝子の病原性変異の同定が疾患の存在を暗示するわけではないということは必ず覚えておかなければならない。さらに、「家族性」という用語は、家族歴の存在 (i.e. 生物学的親族の中で2人以上の罹病者がいる) を記述することや、疾患の遺伝的原因を同定する可能性のサロゲートとして有用であるが、家族性ALSに関連するすべての遺伝子は、見かけ上は孤発性のALS患者の一部で変異を有していることがわかっている。さらに、潜性遺伝、複合ヘテロ接合体、de novo変異、誤診、血縁サイズの小ささ、浸透率の低さ、家族情報の欠如、などの要因のため、遺伝性疾患であるにもかかわらず家族歴がない場合もある。このため、「家族性」という言葉は、「遺伝性」と相互変換可能なものではない。逆に、ALSの生涯リスクが男性で1:350、女性で1:400であることを考えると、メンデル遺伝の例と考えられるような罹患者が2人しかいない血統では、家族性クラスターが偶然であった可能性が現実的に考慮される。

ALSの疾患原因遺伝子の中で、ALSの前頭側頭機能障害に特に関連したいくつかの遺伝子には言及しておく必要がある。家族歴の有無にかかわらず、前頭側頭機能障害がみられる患者では、こうした遺伝子に対して遺伝子検査を行うことが正当化される。これらの中で典型的なものは、C9orf72のヘキサヌクレオチドリピート (GGGGCC) 伸長によって表現される遺伝子変異で、家族性FTDの原因となる (約18%を占める) 他に、家族性ALSの遺伝的修飾の中で最も一般的 (60-70%) なものである。C9orf72の伸長を有する患者における認知機能障害の存在は、伸長を有さない患者と比較して数倍の頻度である (40-50% vs 8-9%)。ALS患者が精神症状や病識の喪失を示すような稀な例では、病原性C9orf72伸長を有している可能性が高い。

 

Axis I の推奨
ALSの前頭側頭機能障害の分類は階層的であるべきであり、まずは運動ニューロン病/症候群の記述から始める。
臨床症候群を記述する用語に関してコンセンサスは未だ得られていないが、我々は、進行性筋萎縮症、上位運動ニューロン優位ALS、進行性球麻痺などの用語の使用の有用性や、臨床症候群分類の今後の発展を認識している。こうした用語は臨床現場 (Level I) や臨床試験 (Level II) で適切に用いられているし、幅広い研究努力の場 (Level III) でも用いられている。しかし、この症候群的命名法とは全く異なるのは、revised El Escorial criteria や Awaji criteria などの診断基準の使用が臨床試験 (Level II) や 研究目的 (Level III) になることである。患者をALSと診断する場合、revised El Escorial criteria または Awaji criteria のどちらかを満たすことが推奨される。
遺伝子検査は、家族歴が存在する (すなわち少なくとも1人以上の生物学的親族がALSまたはFTDと診断されている) 場合に推奨される。これは、El Escorial criteria では、ALSの原因遺伝子変異が存在する場合には、進行性の上位または下位運動ニューロン障害がするだけでALSと診断できるからである。我々は、「家族性ALS」ではなく「遺伝性ALS」という用語を用いることを推奨する。これは特に、家族歴がないものの疾患の遺伝的原因が同定された場合に当てはまる。適切な遺伝的カウンセリングが常に提供されるべきである。臨床試験のため (Level II) および 研究目的 (Level III) では、完全な遺伝子解析 (表1で示されたALSの原因遺伝子のパネルまたは全エクソーム/ゲノムシークエンス) が推奨され、その結果が患者に共有される場合にはいつでも遺伝的カウンセリングが提供されるべきである。

Axis II. 神経心理学的障害を定義する
Strong criteriaは、ALSにおけるFTDの潜在的な存在を認識し、完全なFTD診断の閾値に達していない患者のために、認知または行動の障害の有無 (それぞれALSciとALSbi) を分類する手段も提供していた。しかし、2009年にコンセンサス基準が発表されて以来、この分野の発展により、これらの定義の見直しが必要となった。第一に、ALSにおける認知機能障害の多様性を示す証拠が増えてきた。したがって、以前は遂行機能障害に重点が置かれていたが、現在では、言語機能障害も同様、あるいはそれ以上に一般的であり、遂行機能障害のない患者にも起こりうるという証拠が得られている。社会的認知の障害も強調されているが、ALSにおいて社会的認知の障害が遂行機能障害と完全に独立しているかどうかは完全には明らかでない。さらに、当初のALSciとALSbiの分類はクラスター分析によって裏付けられているが、その他の認知機能障害患者は当初の基準では分類できないことが示唆されている。また、ALS患者における認知機能障害の分類における記憶障害の役割についても (後述するような) 議論がある。第二に、行動障害型FTD (bvFTD) の診断に関するコンセンサス基準が改訂され、現在のコンセンサス基準を改訂する必要性が強調された。
従って、我々の目的は、ALSにおける認知・行動障害の分類を見直すことであり、障害の分類に到達する際に考慮する必要がある潜在的な障害のエビデンスベースを拡大し、障害プロファイルの知識の増加と異質性を考慮することである。次に、行動・精神神経症状の分類の改訂を検討し、検査パラダイムの推奨を行う。

Axis II-1. 神経心理学ドメイン
a) 遂行機能障害と社会的認知: 遂行機能障害はALSの認知機能障害プロファイルに特徴的であり、集団ベースの研究やメタ解析で確認されている。
遂行機能障害の証拠は、言語流暢性の評価によって実証されている。これは臨床現場でよく用いられる手法で、特定の文字から始まる言葉 (文字流暢性) または特定の意味カテゴリ内の言葉 (e.g. 動物流暢性) のリストを生成するものである。特に前者はALSにおける障害のマーカーとして広く認識されている。文字流暢性は、数多くの認知プロセスの相互作用を含んでおり、特に内発的開始、戦略形成、セットシフト、持続性注意、抑制などの遂行機能プロセスと、単語想起に関与する言語プロセスが想定される。ALSにおける文字流暢性の低下は遂行機能障害と関係することが示されている。文字流暢性の障害は疾患の早期から起こり、眼球運動の異常と相関することや、偽性球麻痺患者で起こりやすいことなどが報告された。また、文献は限られているが、SOD1-ALSでは言語流暢性の障害はその特徴として現れない。
ALSにおける言語流暢性障害は、前頭葉機能障害のマーカーであることも示されている。機能的および構造的神経画像からは、特に背外側前頭前皮質と下前頭回の関与が示されている。言語流暢性の成績が書字や発話といった運動の障害に影響されることから、身体機能障害をコントロールした指標であるVerbal Fluency Indexが開発された。これは、生成された単語を読むまたは模写する時間を考慮することで、それぞれの単語を考えるのにかかった平均時間を推定するものである。Verbal Fluency Indexを用いることで、運動の障害とは独立した言語流暢性障害が繰り返し証明されてきた。
ALSにおける遂行機能障害は、古くから利用可能な検査から実験的なものまで、幅広い検査で明らかにされてきた。Trail Making TestやWisconsin Card Sorting Testなどの、注意のモニタリングや切り替え、ルールの演繹、認知的柔軟性を計る標準的評価における信頼性に足る障害の証拠が示されてきている。特に後者を用いた研究のメタ解析では、ALS患者が新たなルールを学習するのにより長い時間をかけ、より多くの誤りを犯すことが明らかにされた。同様の障害は、Delis-Kaplan Executive Function System Sorting Testなど、その他のカードソーティング概念形成タスクでも示されている。さらに、reverse digit spanやN-Back taskなどのサーキングメモリにおける概念の操作に高度に依存する検査や、さらに最近では視覚的処理速度タスクと数値再生などの2つのタスクを同時に行わせる分割性注意検査など、複数の検査でも障害が明らかとなっている。
遂行機能を計る標準的な神経心理学検査の成績は、ほとんどが背外側前頭前皮質によって仲介されるが、実験的手法による障害については、眼窩前頭皮質機能に依存することも示されている。実際、ALS患者はアイオワギャンブリングタスクで異常なリスクを取ることが示されている。また、より生態学的に妥当な遂行機能評価手法を用いた検査 (Medication Scheduling Task や Holiday ApartmentTask)でも、患者が論理性、規則立て、心的ヒューリスティックなどで障害を示すことが示されている。
FTDプロファイルの特徴として一時注目を浴びていた社会的認知は、ALSの研究対象として注目されてきている。最近更新されたメタアナリシスでは、ALSの認知プロファイルに社会的認知障害が不可欠であることが新たに追加されたことが指摘されている。とはいえ、社会的認知の障害の原因については、遂行機能障害の独立性を示す研究もあれば、そうでない研究もあり、議論が続いている。ALS患者では、感情処理の変化や感情的 (特にネガティブな) 表情認知の能力の低下など、さまざまな社会的認知過程に障害がみられるが、これはALS-FTD患者ではより顕著である。ALS患者は、他者の考えや信念を推測する「心の理論」に特化したテストも苦手である。患者の3分の1が誤った発言を発見することが困難であることが示されており、このような困難は社会的状況を理解する上での具体的な問題と関連している。
社会的認知における基本的な過程は、Judgement of Preference Taskで評価される視線方向の解釈である。この課題における障害の所見は、感情的な障害または認知的な「心の理論」の障害にまで拡大された。
ALS-FTDの基準を満たす患者において、遂行機能/社会的認知の障害は事実上どこにでも見られる特徴であり、上記のような様々な困難をカバーしている。

b) 言語機能障害: ALSの言語障害の有病率と本質についての研究はここ20年間で興味を集めてきた。単語想起、文章処理、発話された言語、プラグマティズムなどにおける障害が、「純粋な」言語の障害なのか、それともその他の認知ドメイン (e.g. 遂行機能) の障害の下流にあるものなのか、という点に関する議論は依然として続いている。ALSci患者のすべてが明らかな言語の障害を呈するわけではない。さらに、ALSciにおける言語の障害は、発話運動の障害と切り離すことが難しく、さらに原発性進行性失語の semantic および non-fluenc variant と類似した病型を呈しうるALS-FTDとの区別も難しい。こうした診断的課題がある一方で、認知症のないALS患者の約35-40%が言語の障害を呈するという推定もある。こうした言語障害は、運動の障害や遂行機能障害と切り離すことができるという報告は増えてきており、ここから言語の障害がALSのプロファイルに寄与しうること、および遂行機能障害や社会的認知障害を含む混合認知プロファイルの一部になりうることが示唆されている。
ALSでは、コントロールと比較して名詞および物体知識の語想起がしばしば軽度に障害されていることが報告されている。名詞と比較して、動詞の呼称や動作動詞処理の障害は、ALSにおけるより一貫した所見である。ALSにおける動詞の障害は、しばしば背外側前頭前皮質における萎縮と関連している。このように、これらはALSにおける認知機能障害の重要なマーカーになりうる。ALSciにおけるこの物体-動作 (i.e.名詞-動詞) の解離の理論的基盤は明らかではないが、これらの所見からは、語想起障害の評価は名詞と動作動詞の想起および理解の評価を含んだ検査を行ったほうがよいことがわかる。
文章処理障害はALSの言語プロファイルの突出した特徴として浮かび上がってきた。最近の研究によれば、ALSにおける統語と文章処理の障害は、ALSでみられるような軽度の障害からALS-FTDに進行した患者でみられるような重度のものまで、スペクトラムを形成している可能性があることが示された。研究はもっとたくさん必要だが、統語処理の障害は遂行機能と発話の運動障害から切り離すことができ、統語処理障害はALSの言語プロファイルに特異的に寄与する可能性がある。
さらに、ALSでは文章処理障害のほかに文法および形態素エラーを数多く産生するという証拠が浮かびつつある。ALS患者の発話の研究から報告されている文法的エラーには、不完全な発話、限定詞の欠落、動詞句のエラーなどがある。生産性の障害もALS患者の話し言葉を特徴づけており、発話の長さの減少や総単語出力の低下などが見られるが、これらの特徴はおそらくALSにおける運動性発話障害や呼吸困難と関連していると考えられる。文法や生産性の障害にとどまらず、ALSでは、情報性の障害 (e.g. 発話される総単語数に占める内容語や情報語の割合が少ない) 、意味性・音韻性錯語、話の一貫性やまとまりの悪さ、トピック管理の障害など、話し言葉の言語的・語用論的側面が影響を受けている。まだ発展途上の研究分野ではあるが、ALSでは比喩的、非文字的言語処理を含む語用論的言語が障害されることが報告されており、その所見はしばしば前頭葉の機能障害に起因している。
この10年間の研究を総合すると、ALSciのプロファイルにおいて言語障害を考慮することの重要性が強調される。一般的な臨床環境では、分析に手間がかかるため、音声言語タスクの分析はより困難かもしれないが、臨床医や研究者は、利用可能な標準化された評価手法を数多く用いることで、ALSにおける言語障害のプロファイルについて多くを得ることができる。
また、言語障害とALS-FTDの関係も不完全に理解されている。進行性非流暢性失語 (PNFA) と意味性認知症 (SD) は、前頭側頭葉変性症の臨床的形態であり、以前の診断基準に組み込まれていた。PNFAとSDはともにALSに関連して報告されている。一方、統語理解などの特異的な言語障害は、ALS-FTDの行動基準を満たす患者によくみられると報告されている。ALS-FTDの基準には、言語障害が寄与的な役割を果た していることを認識する必要がある。

c) 記憶: ALSにおける記憶障害は広く研究されている。しかし、現在の推奨では、単発的な記憶障害はALSciの診断基準を満たさない。現在の診断基準から記憶障害が除外されているのは、ALSにおける記憶障害の特徴についてコンセンサスが得られていないことに一因がある。研究結果は多岐にわたり、符号化、即時再生または遅延再生、再認、あるいは記憶過程の複合的な障害などが指摘されている。他の研究では、再認記憶が保たれていることが示唆されている。
ALSを対象とした最新のメタアナリシスでは、遂行機能障害と同様に遅延言語性記憶の効果サイズは小さく、他のドメイン (流暢性、言語、社会的認知) ではより大きな効果サイズが示された。言語性記憶の遅延再生は視覚性記憶よりも大きな効果サイズと関連していたが、視覚性記憶の障害も検出されている。認知症のないALS患者においても、灰白質海馬容積と相関する記憶障害が認められ、認知機能が正常なALS患者においても、記憶スコアが対照群と有意に異なることがある。認知機能障害を有するALS患者では、縦断的に調査したところ、言語性遅延再生の低下がみられた。
ALSciの分類に記憶障害を単独で用いるべきでない理由をさらに理解する上で重要なことは、ALSにおける記憶障害が単独で起こることは稀であり、これは対照群でみられる割合と同程度である。ALSにおける遂行機能障害と記憶障害との関連は繰り返し主張されている。選択的注意やメンタルコントロールなどの変数は、記憶スコアのかなりのばらつきを説明する。興味深いことに、記憶障害は、遂行機能障害を呈するALS患者において最も一般的でない併存疾患である。
ALS患者において記憶障害を検出することの広範な意味に関して、ある集団ベースの研究では、FTD患者の13.8%に対し、ALS患者の1.9%においてアルツハイマー病 (AD) が検出された。279人のALS患者を対象とした研究では、ADの診断基準を満たしたのは2%未満であり、これは全米の64歳以下の成人におけるADの割合4%よりも低い。ALSの研究では、認知的診断サブグループ間の認知機能の類似性から、遂行機能障害に包含される同じ進行性の疾患でも、重症度が異なることが示唆された。この結果は、個別のサブタイプ (i.e. 健忘性サブタイプ) の存在を支持するものではなかった。また、記憶における質的な違いは、ALS患者をAD患者と区別するものである。
単発的な記憶障害はALSciの診断の対象とはならないが、それでも記憶障害は患者にとって、特に高齢者層にとって問題となる可能性がある。その性質をよりよく理解するために、ALSにおける記憶の評価では、注意、言語、遂行機能のドメインや、加齢に伴う処理速度の変化も分析すべきである。理想的には、記憶を調査する研究では、特定の記憶障害の理解を曖昧にしかねない単一の記憶複合スコアを要約するのではなく、符号化、貯蔵、再生、処理速度、再認などの複数の変数を分析すべきである。他の臨床評価と同様、ALSの記憶評価では、記憶障害を引き起こす代替疾患や、夜間低酸素血症を引き起こす呼吸筋筋力低下などの要因を考慮すべきである。
d) 行動変化と精神神経症状: アパシーはALSで最も頻繁に認められる行動症状であ り、患者の70%に認められる。特定のALSの表現型との明確な関連はなく、アパシーは広くみられ、重度のアパシーはALSの予後不良と関連している。ALS患者は、アパシーほどではないが、抑制の低下、同情の喪失/自己中心的行動、保続および常同行動、食習慣の変化など、他のタイプの行動変化を示すことがある。
ALSにおける行動の変化を評価する際には、呼吸不全、身体的障害、気分を含む病気に対する心理的反応などの潜在的な交絡を考慮することが重要である。特に患者の病識の欠如を考慮すると、家族や友人からの報告は不可欠である。行動異常が 1)新しいものであるか、2) ALSの発症時期と関連しているか (FTD患者の一部は、ALSまたは運動ニューロン疾患のいずれかと一致する臨床的または電気生理学的特徴を発現する)、3) 障害を引き起こしているか、または明らかな障害を引き起こしているかを評価するためには、ベースライン/発症前の心理学的および行動学的状態を決定する必要がある。また、これらの患者を評価する際には、pseudobulbar affectの知識も必要である。Pseudobulbar affectは、脱抑制、不適切性、抑うつと誤解されることもある。また、アパシーうつ病の区別はALSbiの診断だけでなく、うつ病の臨床的管理や家族へのサポートにも重要である。
このような行動症状はしばしば認知ドメインの障害と共存していることを認識することが重要である (ALScbi, 表2)。さらに、ALSbiとALSciは異なる重症度で共存することもある。患者によっては、行動と認知の変化が組み合わさって、ALS-FTDの基準を満たすのに十分な場合もある。
現在の研究結果とbvFTDの現行基準をそろえるために、行動変化と神経精神症状は1つのカテゴリに併合された。

 

Axis II の推奨
Strong criteriaの導入以来、ALS患者の認知、行動、言語プロファイルを記述するための複数の信頼性に足るスクリーニング評価ツールが開発された。これらのツールは妥当性が検証され、すでに臨床現場で応用されており、ALS患者がより集中的な評価を必要とするかどうかを効率的に知るための指標としてクリニックに導入され、簡便なスクリーニングまたは検査を可能とした。したがって、それぞれの患者はLevel Iの評価としてスクリーニング評価を受けることが推奨され、もし障害が認められればさらなる検査が正当化される。

スクリーニングと簡易評価: スクリーニング評価は、第一に前頭側頭機能障害のある患者を同定するため、そして第二に機能障害の種類に関してある程度の区別を提供するためにデザインされた。ALSスクリーニング検査が実施された場合、ALSciは発表されているカットオフスコアに基づいて同定される。ECASやALS-CBS (ALS Cognitive Behavioural Screen) のようなALSスクリーニング検査を用いることの利点は、ALSciの同定を様々な複雑性を持つ個々の検査に基づいて判断しなくて済むことである。どちらのツールもALSicの同定を可能にする一方で、前頭側頭機能障害の程度をさらに明らかにしたいかどうかに応じて、さらに多くの検査 (補足表2: 原文参照) を用いてより詳細に評価を行うことが可能である。このために、ECASまたはALS-CBSはすべての患者に行うことが推奨される。

The Edinburgh Cognitive and Behaviorural ALS Screen (ECAS): ECASはマルチドメインの簡易評価であり、クリニックまたは家庭で神経心理の専門家以外も行うことができるものである。ALSで典型的に障害される機能 (ALS特異的: 流暢性、遂行機能、言語機能) を評価することができ、特に最近認識された障害として言語や社会的認知も評価が可能である。加えて、ALSで典型的には障害されず他の高齢者疾患で障害されうる機能 (ALS非特異的: 記憶、視空間機能) を評価することもできる。ECASはさらに、半構造化された行動インタビューを含んでおり、患者とは別に情報提供者/介護者から情報を得て、最も最近のFTD診断基準において診断のキーとなる5つの行動ドメインを評価することができる。したがって、行動障害型FTDの診断を補助するための用途でも用いることができる。
認知検査は、発声や運動の障害を考慮してデザインされており、Verbal Fluency Indexを組み込み、さらにすべての評価が声または書字のどちらでも行えるようになっている。このスクリーニングは、広範な神経心理評価と比較して妥当性が検証されており、認知症のないALS患者における認知機能障害の検出に高い感度と特異度 (それぞれ85%) を示した。英語版では、異常カットオフは、総得点に対して105/136、ALS特異的スコアに対して77/100であった。5点のボーダーライン幅 (つまり105-110点および77-82点) は、特異度を減少させず感度を上昇させることができたため、特に教育歴の長い患者では推奨される。さらに、ECASはドイツ語、イタリア語、中国語でも検証されており、その他の一般的認知スクリーニングツール (Frontal Assessment Battery や Montreal Cognitive Assessment) と同等の妥当性を示した。ECASは多数の言語に翻訳されており、北アメリカ人口にも適用されている。

ALS Cognitive Behavioural Screening (ALS-CBS): ALS-CBSは、ALSci、ALSbi、FTDを同定するにあたり臨床現場で用いることができる迅速で実用的なツールである。これは、認知セクションと介護者への質問表から成る。その他のALS特異的評価尺度と同時に高い妥当性が報告されており、高い正確性を持つ。大規模な多施設研究において、評価者間信頼性の高さと使用しやすさが実証されている。ALS CBSは6つの言語に翻訳されており、ポルトガル語スペイン語で妥当性が示されている。ECASと同様に、無料で利用可能であり、著作権フリーである。
ALS-CBSら運動または発話の努力を最小化するべく開発されており、疾患の効果になっても検査が可能である。回答は音声または書字で提供され、発話出力デバイスや眼球運動/口を用いたコミュニケーションデバイスを用いていても回答可能である。臨床スタッフメンバーの誰であっても実施でき、実施には約5分しかかからない。認知セクションは注意、集中、ワーキングメモリ、流暢性と追跡を評価する。言語流暢性項目のみが時間を測定される。ALSにおいて特定の項目での誤りと認知機能障害の重症度の関連性を同定した研究に基づき、特的の認知項目のみが選ばれている。採点は、正答から誤答による減点を差し引いた20点満点で行われる。点数が低いほど、障害が大きいことを示す。最適なカットオフスコアは、最初の検証研究で決定された。広範な神経心理学的バッテリーに基づき認知症と診断されたALS患者を対象とした研究では、認知セクションのカットオフ値が10以下であればFTDの同定精度は100%であった。このカットオフ値以下であればFTDが強く疑われるため、診断を確定するためにさらなる評価を行う必要がある。カットオフスコア16点以下であれば、認知機能障害 (ALSciまたはALS-FTD) が疑われ、17点以上であれば認知機能障害を除外することができる。
行動領域は、15項目のリッカート尺度による質問紙で構成され、発症時からの変化を評価する。行動ドメインは、共感性、性格、判断力、言語、病識変化など、ALSやFTDで起こることが知られている様々な異常を評価するために選択された。合計得点は0点から45点で、得点が低いほど病的であることを示す。行動セクションについては、カットオフ値≦32でALS患者をFTDと正しく分類する精度が86%に達し、≦36で行動障害 (ALSbiまたはALS-FTD) が最もよく検出される。37点以上は正常行動を示唆する。

 

ドメイン特異的推奨
ALS with cognitive impairment (ALSci): ALSciの診断は遂行機能障害または言語機能障害、もしくはその両者の存在に依存する。
遂行機能障害は、以下のように定義される:
 言語 (文字) 流暢性の障害。妥当な評価のためには、運動かつ/または発話の障害をコントロールしなければならない。
OR
 2つの重複しない遂行機能尺度における障害 (社会的認知を含む)。
言語障害は以下のように定義される:
 2つの重複しない検査における障害 (語用論的機能を含むのも良い)。
研究者または臨床医がさらに複雑性の高い評価を行うにあたっては、個々の評価 (スクリーニング検査ではない) における障害は、年齢および教育のマッチした正常と比較して5パーセンタイル以下と定義する。この比較は、専門家による臨床神経心理学的評価の中で解釈するのが最善かもしれないが、その人の病前知的レベルや母国語によって、障害がよりよく説明されるべきではない。レベルⅡおよびレベルⅢの研究では、慎重にマッチさせた対照群が障害の検出に役立つ。さらに、レベルⅡおよびⅢの研究では、神経心理学者と言語聴覚士が、検査結果の実施と解釈を支援することが必須であると考えられる。個々の評価ツール (スクリーニングや簡易評価ではなく) を使用する場合、重複しない評価尺度における障害の同定は、以下の点を考慮する必要がある: 同じ検査から障害の評価尺度が得られるべきではない; そして、障害が同定される検査は、類似した形式を含むものであってはならない (何言ってんのかよくわからなかった)
上で述べた基準は潜在的にたった1つの遂行機能 (言語流暢性を除く) の選択的な障害を持つ患者を除外してしまうが、我々はあくまでALSicを過剰診断しないように考慮している。
臨床評価と調査研究では、ALSに関連する可能性のある、あるいは関連しない交絡因子を除外しなければならない。包括的な評価により、他の認知機能障害を除外するべきである。評価方法は、可能な限り、球麻痺性発声障害 (構音障害) や運動障害をコントロールし、障害が主に測定された時間に基づいて同定されないようにする。連続測定が可能な場合、ベースラインから少なくとも1.5sdの低下があれば、新しい障害を示すと考えられる。ただし、検査の別版がないような場合には繰り返す検査によって障害がマスクされてしまう可能性にも注意が必要である。このため、対照群は臨床試験や縦断的研究において極めて重要である。

ALS with behavioural impairment (ALSbi): ECASとALS-CBSはどちらも行動評価尺度を有しているが、行動学的特性の詳細は MiND-B (Motor Neuron Disease Behaviour Scale)、ALSFTD-Q (Amyotrophic Lateral Sclerosis-Frontotemporal Dementia-Questionnaire)、FBI-ALS (Frontal Behavioural Inventory – ALS Version) などのツールによって明らかにできる。それぞれにおいて、ALSbiの診断は情報提供者への質問と行動変化の臨床的観察に基づいており、疾患に関連した限界や、ALSという診断への心理的反応、病前の人格障害精神疾患の共存、pseudobulbar affectなどから説明できないものを判定している。
MiND-Bは、患者をよく知る情報提供者によって回答される簡易評価 (9項目) である。これは3つのドメインを含む: 脱抑制、常同行動、アパシー。これは、FTDに対する感度が示された Cambridge Behavioural Inventory Revised を改訂したものである。MiND-Bはデータドリブンアプローチを用いてALSで検証されている。ALSをALS plus (MiND-Bで定義されるものでALSciまたはALSbiを意味する) または FTDと区別するための2つのカットオフが存在する: 35/26は90%の感度と50%の特異度、33/36は81%の感度と75%の特異度を持つ。
ALSFTD-Qは介護者への質問票で、ALSにおける身体機能障害に由来する回答バイアスを避けつつ行動異常を測定するために開発されたものである。ALS文献のシステマティックレビューに基づいて25個の項目が選択され、アパシー、易刺激性、脱抑制、感情不安定性、食嗜好の変化をカバーしている。その他の行動変化の評価手法 (Frontal Systems Behaviour Scale および Frontal Behaviour Inventory) と比較して良い構成概念妥当性を示し、ALS-FTDをALSおよびコントロールとよく区別することができる。このスケールのカットオフは軽度の行動症状 (ALSbi) とより重度の症状の間を区別するが、特定の行動に対するものではない。
病識の喪失は患者および情報提供者の行動変化の捉え方によって確立されるものであり、臨床的意見を必要とするかもしれない。病識を操作的に定義する1つの方法は、患者の行動に対する患者の自己報告と介護者の報告の間の標準化スコアの解離を解析することである。ある研究では、ALS-FTD患者が介護者と比較して有意に低い経時的行動変化を報告したこと、および全体的な行動異常を少ししか報告しなかったことが示された。患者-介護者の解離の程度は、認知症を伴わないALS患者では記録されていない。
患者のことをよく知る情報提供者から得られた情報に基づき、ALSbiの診断は以下のように定義される:
 アパシーの存在 (他の行動変化を伴っても伴わなくてもよい)。
OR
 以下の行動症状のうち2つ以上の存在: a) 脱抑制、b) 同情および共感性の喪失、c) 保続的、常道的、または強迫的行動、d) 過食/食習慣の変化、e) 病識の喪失 (上を参照)、f) 精神症状 (e.g. 体感幻覚、幻視、非合理的信条)。これらのうちa-dは、アパシーと合わせて現在の行動障害型FTDの基準から引用したものである。 
ECAS行動スクリーンは診断基準上の症状のチェックリストを提供している。ALS-CBSやMiND-Bのようなその他のALS特異的行動スクリーンは、ALSbiを定義するための正式なカットオフスコアを提供している。

ALS with combined cognitive and behavioural impairment (ALS-cbi): この新しい分類は、ALCciとALSbiの両方の基準を満たす患者を補足するためのものである。

ALS with frontotemporal dementia (ALS-FTD): ALS-FTDの診断は、ALS患者がFTDとして合致する行動/認知的変化を呈する場合に行われる。
ALS-FTDの診断は、以下のように定義される:
 行動 かつ/または 認知の進行性の低下が観察または病歴から証明されること。
AND
 Rascovskyらによって示された行動/認知症状のうち少なくとも3つが存在する。
OR
 行動/認知症状のうち少なくとも2つが存在し、さらに病識の喪失 かつ/または 精神症状があること。
OR
 NearyらまたはGorno-Tempiniらによる意味性認知症/svPPA または nfvPPA の基準を満たす言語障害が存在すること。これは上で述べた行動/認知症状と共存することもある。

 

ALSの前頭側頭スペクトラム障害の診断に関する神経画像研究
神経画像は、臨床的および分子学的な症候群としてのALSを拡張するにあたって、独自の生体内病態考察を提供し続けている。ALS患者の臨床におけるルーチンワークアップの一部として行われるCTやMRI検査で前頭側頭葉の萎縮が指摘されることもあるが、どちらの検査も感度が低く、臨床現場では正常な加齢の関連した萎縮を考慮した主観的な評価が行われることも多い。SPECTは認知症に関連したALSの症例において前頭葉の取り込み低下を証明することができると長く認識されてきたが、認知または行動障害がそこまで目立たないALS症例においては感度が低いという問題を持つ。よりわずかな灰白質容積変化を検出することができる高解像度T1強調MRIを用いた自動評価ツール (voxel-based morphometry)、または前頭側頭白質解析 (拡散テンソル画像) は、未だ個々の症例に対して適応することはできない。しかし、これらの発展的な構造的MRIシーケンスは、機能的MRIによる結合性の測定と組み合わさって、上で述べた究極的な目標を達成するために進歩し続けている。
基底核と小脳の構造的MRI変化パターンは、孤発性ALS患者と比較して、C9orf72の病原性ヘキサヌクレオチド伸長を有するALS患者においてより明らかである。さらに、前症候期のC9orf72変異キャリアを含んだ研究において、広範囲の構造的MRI変化が報告されており、これらの症例ではごく初期から幅広い大脳病理が存在している可能性が示唆されている。
PETイメージングは、ALSの神経細胞機能障害の解剖学的および細胞学的トポグラフィーに関する多大な知識を提供し続けており、さらに疾患プロセスの必要不可欠なメディエーターとして神経細胞以外が関与する証拠を提供しはじめている。神経画像の進歩と、神経ネットワークまたはコネクトームに関する我々の理解の向上は、FTSDの本質の解明に寄与しつつあり、特にFTSDが神経ネットワーク障害の性質によって個々の臨床フェノタイプを予測できる切断症候群であるという概念を明らかにしつつある。このような神経画像技術の進歩に明確な臨床的相関を与えることが、基準改訂の原動力のかなりの部分を占めている。

 

Axis III. さらなる非運動症状
2009年のStrong基準と同様に、錐体外路症状や小脳症状、自律神経障害、感覚障害、眼球運動障害などの非運動症状の有無を明記することが推奨されている。

 

Axis III の推奨
Consensus Committee のメンバーは、この推奨に関して変更を加えなかった。すなわち、前頭側頭機能障害による神経精神医学的および神経心理学的な症状を除く、具体的な非運動症状を観察すべきであるということである。

 

Axis IV. 疾患修飾因子の存在
この推奨を振り返るにあたり、メンバーはALSの神経心理学的特徴のほとんどの修飾因子がAxis Iの分子遺伝学的研究または具体的な神経心理検査を用いた研究の中で捕捉されていることを認識した。すべての研究は、発症部位、性別、年齢という主要な変数を含んでいる。このため、コンセンサス会議のメンバーは、Axis IVがALSという前頭側頭スペクトラム疾患の診断アルゴリズムの中にもはや必要ないという見方を示した。

 

Axis IV の推奨
上で述べたように、メンバーはAxis IVがもはや必要なく、Axis I およびII の評価を通じて得られる情報で捕捉されるべきであることを推奨した。

 

神経病理学的推奨
ALS-FTSDの神経病理学的診断に関するStrong criteriaの基本的推奨は変わっていない。しかし、これが目標であることは変わらないが、複雑性レベルを考慮するのと一致して、すべての症例を提唱されたほどに徹底的に調べることはできないということが認識された。すなわち、疾患の領域的多様性や局所発症後の伝播という考え方に基づいて、脳や全脊髄を含んだ完全な神経病理学的調査は診断に不可欠であると考えるべきである。脊髄切片は、頸髄、胸髄、腰髄領域を含むべきである。C9FTD/ALSにおけるp62の特徴的関与とdipeptide repeat (DPR) 病理の存在から、小脳は解析に含まれなければならない。すべての症例で、UMNとLMNの両方の関与の程度が決定されるべきであり、前者に関してルーチンのHE染色で明らかでない場合は、ミクログリア神経炎症反応 (e.g. HLA-DR3、CD68、Iba1) やアストログリオーシス (GFAP) を示す免疫組織化学的手法、および二次性の髄鞘脱落を示す特殊染色 (e.g. Luxol-fast blue/Nissl) を用いて同定することもできる。ALSの変性運動ニューロン内の神経細胞質内および核内封入体が多様な細胞骨格蛋白やRNA結合蛋白から構成されており、しばしば単一の変性運動ニューロン内に複数蛋白が沈着するといるという認識の向上に伴い、現在はALSの存在を確かめるための幅広い抗体アレイが存在する。しかし、ALSのLMN障害の診断を行うためには、最も一般的には、ユビキチン化蛋白 (ユビキチン、p62)、TDP-43およびFUSに対する抗体を用いた免疫染色によって神経細胞やグリア内封入体を証明するので十分である。完全な剖検が可能な場合、末梢神経と筋も神経病理学的ワークアップに含めるべきである。将来的な生化学的および遺伝学的解析のために凍結組織をサンプル化することが推奨されている。
FTDの神経病理学的相関は、前頭側頭葉変性症 (FTLD) である。現在、ホールマーク病原性蛋白に基づいた3つのメジャーなFTLDタイプが存在する: FTLD-tau、FTLD-TDP、FTLD-FUS。一部の少数例は上のどの蛋白も発現しておらず、ユビキチン-プロテアソーム系 (UPS) マーカーと反応するものをFTLD-UPS、完全に免疫学的陰性のものをFTLD-NOS (not otherwise specified) というグループに分類する。前頭側頭機能障害を持つほとんどのALS症例はFTLD-TDPタイプに属し、TDP-43陽性封入体が広範な新皮質および皮質下構造に認められる (残る症例はFTLD-FUSである)。これらは主に神経細胞内に存在して神経細胞室内封入体 (neuronal cytoplasmic inclusions, NCIs)、変性神経突起 (dystrophic neurites, DNs)、神経細胞核内封入体 (neuronal intranuclear inclusions, NIIs) を形成する。FTLD-TDPの調和的分類システムは、形態学的な形態特徴とその頻度、特徴的な神経解剖学的局在、海馬硬化などのその他の特徴の有無に依存して、4つのサブタイプを認識している。この分類は、臨床的表現型と遺伝子変異の間に良い相関を持つ (たとえば、最も頻度の高いサブタイプAはbvFTDやFTD-ALSの像をとり、50%がGRN変異やc9frf72伸長を持つ)。
領域特異性のため、神経病理学的解析には代表的切片として前部帯状回、中心前回、上前頭回、上側頭回、扁桃体、嗅内皮質、海馬、基底核、小脳を含めるべきである。免疫染色は、TDP-43、FUS、p62、tau (e.g. AT8、pThr175)、α-synuclein、さらに特定の疾患サブタイプではneurofilament (neronal intermediate filament inclusion disease, NIFID)、SOD-1、様々なジペプチドリピート (dipeptide repeats, DPRs) (C9FTD/ALS) に対して行われるべきである。アミロイドβ (Aβ) 病理の評価 (e.g. アミロイドプラーク、大脳アミロイド血管症) と、アルツハイマー病タイプtau病理の有無の検索も必要不可欠である。Strong criteriaの原版で議論されたように、神経病理学的研究は、領域ごとの神経病理学的変化、すなわち表層性線形スポンジオーシスの有無、神経細胞脱落の程度、海馬硬化の有無 (CA1ニューロンの軽微な局所的脱落を含む)、存在する封入体の性質 (DNs、NCIs、NIIsなど) などを記述するべきである。グリア病理の有無は、アストロサイトなのかオリゴデンドログリアなのかも含めて記載されるべきである。関連する脳や脊髄領域の特殊染色や免疫組織化学を用いた神経病理学的ワークアップには、段階的アプローチが推奨される。ALS、FTD、重複する症候群の神経病理学的診断のための診断アルゴリズムが最近提唱された。神経病理学的解析の原則と実際や、主要な形態学的特徴についての詳細は、参照した教科書に記載されている。
Strong criteriaの原版の出版から、ALSの新皮質および皮質下病理における前頭側頭葉変性のステージングの概念は、ALS-FTDがALSicおよびbi (そしておそらくcbi) とどれほど異なるエンティティであるかを理解するにあたり、ますます価値のあるものとなってきている。このため、Level IIIの研究ではHallidayらによって示された完全なステージング解析を含むことが推奨される。

 

考察
前頭側頭機能障害の診断のためのStrong criteriaが作成された環境とは対照的に、現在では、ALS患者のかなりの割合が多面的な機能障害の証拠を有することが明確に理解されている。Strong criteriaをALS患者に前向きに適用したところ、ALS患者の50%以上に、アルツハイマー病の可能性を含む何らかの前頭側頭機能障害や認知症が認められた。これは、事実上すべての研究において驚くべき一貫性がある。これらの障害を認識することの重要性は、ALS患者の大部分において生存に影響を与えるという点にあり、その影響はALSの薬物試験のデザインにまだ組み込まれていない。しかし、遂行機能障害だけでも、症状発現からの生存期間短縮の有意な予測因子である。行動機能障害も生存率に等しく寄与しているように見えるが (p<0.001)、他の変数とは一見無関係である。ALSにおける障害の定義をより厳密にすることで、このことが明らかになり、最終的にはALSの臨床試験のデザインや分析において定義された変数となるはずである。
ALSの運動変性と同時に起こりうる前頭側頭機能障害のスペクトラムについての理解が進んだことで、Strong criteriaの改訂が余儀なくされた。その背景には、ある程度の重複をもつ障害のスペクトラムが存在するという認識があり、それゆえALS-FTSDという用語が採用された。これは、スペクトラムが連続したものであることを意味するものではなく、実際、ALS-FTDがALSci、ALSbi、ALScbiの自然な終点であることはあまり明らかではない。
これらの改訂基準 (表2) は遺伝子検査の問題をより重要視したが、これはALSと因果的に関連する、または疾患プロセスの修飾因子として働く遺伝子変異に関する知識の拡大によって駆動された部分がある。これらの遺伝子変異の多くが、家族性のないALS患者の中で認められうるという発見は、こうした症例を記述する用語として「家族性ALS」ではなく「遺伝性ALS」を用いることの重要性を強調している。これに関連して、我々はすべてのALSが、その遺伝的エチオロジーが知られているかどうかに関して層別化できるということを提唱した。そして、このような症例も「遺伝性ALS」という用語に含めることを推奨する。我々はさらに、ALS-FTSDと診断されたすべての患者に遺伝子検査の機会を提供し、研究プロトコールの場合には遺伝子検査を義務付けることを提言する。理想的には、患者は因果関係があるとされるすべての遺伝子について検査を受けるべきであるが (表1)、これは非現実的であり、多くの診療所や個人のリソースを超えるものである。したがって、遺伝子検査は、患者の出身地域だけでなく、障害の性質に応じて変更されるべきである (たとえば、精神症状の有無にかかわらず、顕著な行動障害を呈する患者は、まずC9orf72の病的ヘキサヌクレオチド伸長を検査すべきである)。
Strong criteriaが導入されて以来、神経心理学的障害は運動ニューロン疾患のスペクトラム全体に広がっているという認識も高まっている。ALSの運動症状においても、臨床的な表現型にかなりの異質性があることが認識されるようになってきた。この観察により、運動ニューロン疾患のすべてを単に総体として単一の疾患と考えるのではなく、この異質性を定義することがどの程度臨床的な目的にかなうのか (すなわち、一括りか分割か) という論争が起こっている。ALSの診断基準を改訂しようとする最近の試みは、後者に傾いている。しかし、今回改訂されたStrong criteriaを開発するにあたり、前頭側頭機能障害の特異的な変異を定義するための基準をより明確かつ一貫性のあるものにすることで、ALSにおける前頭側頭機能障害の明確な病態生理がより明確に理解され、潜在的には選択的な治療反応が得られることが期待される。臨床的に異なる病像が異なる病因によるものであるかどうかは未解決のままであるが、臨床的表現型を注意深く記録し、特定の病像と特異的なバイオマーカーやエチオロジーを関連付ける可能性のある研究を奨励することは賢明である。現在の理解では、このような臨床的に異なる運動ニューロン表現型を認識しないことは、貴重な治療効果や、重要なエチオロジーを浮き彫りにしうる臨床的関連性 (おそらくFTDスペクトラムとの関連性) を曖昧にする可能性がある。したがって、我々は、運動ニューロン疾患を簡潔に定義することに重点を置き、Axis Iを維持することを選択した。
最後に、当初のStrong criteriaと同様に、ALSで起こりうる前頭側頭機能障害についての理解は、今後も急速に発展していくものと考えられる。現在でも、ALSにおける記憶障害や言語障害の位置づけは進行中であり、行動障害や精神神経機能障害の真の広がりを定義することも進行中である。さらに最近の研究では、ALSciやALSbiを含むALSの病態における性別の影響が明らかにされ始めている。しかし、現時点では、この改訂された基準によって、より確実な診断が可能になることを期待している。

 

考察
レビューというより研究フレームワークの提唱って感じだ。神経心理のレビューの要素は2023年のNRNの記事でカバーされていたからあまり新しい情報はなかったけど、まあ診断とか遺伝の部分についても扱ってあったし、頭の中が整理されたからいいとする!