ひびめも

日々のメモです

記憶に基づく行動を支える2つの大脳皮質ネットワーク

Two cortical systems for memory-guided behaviour.

Ranganath, Charan, and Maureen Ritchey.

Nature reviews neuroscience 13.10 (2012): 713-726.

 

ローテ科が変わって、ただいま産婦人科です。

緊急帝王切開が多すぎて論文読む時間が取れないよう!!遅れてしまってごめんなさい!

今回は側頭葉の周辺と、記憶についての話です。相変わらず面白いです。

 

背景

MilnerがH.M.という重症健忘患者に対して行ったパイオニア的研究以降、記憶の神経学的基盤についての研究は、側頭葉内側 (MTL: medial temporal lobes) にターゲットが向けられた。たとえば、1つの影響のあるフレームワークによれば、海馬体、嗅周皮質 (PRC: perirhinal cortex)、海馬傍皮質 (PHC: parahippocampal cortex) は、事実と出来事の両方に関する記憶をサポートする「MTL記憶システム」を構成していると言われている。その後の研究は、海馬に限局した損傷は比較的特定の記憶障害を引き起こすということを明らかにし、H.M.の重症健忘は海馬外の皮質・皮質下領域への損傷とも関連してたということを示した。現在、PRCとPHCに加え、MTL記憶システムには含まれない脳梁膨大後皮質 (RSC: retrosplenial cortex) の損傷も記憶障害を引き起こすことが知られている。したがって、記憶を支える脳領域の構成を理解するためには、複数の大脳新皮質領域、特にPRC、PHC、RSCの機能を考慮する必要があるといえる。

長年のエビデンスから、PRC、PHC、RSCの機能は互いに異なっているという考え方に収束しつつあり、これらの領域は伝統的な記憶パラダイムで研究されてきた機能の範疇を超えた、より広い認知機能に寄与していることがわかってきている。今回我々はこのエビデンスを振り返るとともに、PRC、PHC、RSCが海馬を含む他の新皮質・皮質下領域とどのように機能的に相互作用して記憶に基づいた行動を支えているのかを理解するためのフレームワークを提唱する。まず我々はPRC、PHC、RSCの結合性に関する最近のエビデンスを紹介し、そして次にこれらの領域の機能的特性を、ヒトに対する神経画像研究・神経心理学的研究と、ラットやサルに対する神経心理学的研究・損傷研究を用いて考察する。こういった研究に基づくと、これらの皮質領域は記憶に極めて重要であると考えられるが、一方でこれらの領域は、古典的な記憶研究では考慮されてこなかった機能を持つ他の脳領域とも相互作用する。こういった複雑な機能的構成を理解するにあたっては、後に記すように、記憶に基づいた行動を支える2つの異なる種類の皮質ネットワークに分けて考えることが重要であると思われた。

 

1. 解剖学的・機能的結合性

1-1. 皮質下領域との結合性

一般に海馬体はPRCとPHCから来る神経線維の解剖学的収束領域であると考えられているが、より詳細な解剖学的研究によれば、海馬の神経経路はPRCを含む経路とPHC・RSCを含む経路に分離できることが示されている。ラットでは、嗅後部皮質 (PHC齧歯類ホモログと考えられている領域) とRSCは、大部分が内側嗅内皮質 (MEC: medial entorhinal cortex) と相互結合しており、PRCは大部分が外側嗅内皮質 (LEC: lateral entorhinal cortex) と相互結合している。また、PRCとPHCのCA1~海馬支脚との直接的結合性は、海馬の縦軸 (中隔側-側頭側) と横軸 (近位-遠位) に沿って分離される。さらに、前海馬支脚と傍海馬支脚は、視床前核や乳頭体とともに、PHC・RSCと直接的に結合しており、一方でPRCとの結合性は非常に弱い。その一方で、扁桃体はPRCと強く相互結合していて、PHC・RSCとの結合性は比較的弱い。ラットと違って、ヒトにおいて皮質下経路をPRCまたはPHC・RSCとの解剖学的結合性に基づいて分離できるかは明らかではないが、ヒトにおけるresting-state fMRI研究では、海馬の縦軸に沿った機能的結合性勾配を発見しており、PRCはCA1~海馬支脚の前方と強く結合しており、PHCはCA1~海馬支脚の後方と強くしているということを示している (この論文前読んだな:記憶を司るネットワーク:内側側頭葉を中心とした機能的結合性解析 - ひびめも)。

1-2. 皮質結合性

PHC、RSC、PRCの結合性はこれらの領域の関係性を示している。RSCはPHCと膨大な相互結合を有しているが、RSCとPRCの結合性は比較的疎である。PRCはPHCと強固に相互結合しているが、この結合は対称的ではない。PRCはPHCからの結合を多く受け取っているが、PHCに送る結合はそこまで多くはなく、このパターンからは、PHC→PRCの投射はフィードフォワードであり、PRC→PHCの投射はフィードバックであるということも考えられる。

多くの研究が感覚皮質とPRC、PHC、RSCの結合性について分類を行ってきた。視覚モダリティについては、サルのトラクトトレーシング研究とヒトの機能的結合性解析はどちらも一致した見解を示しており、PRCは側頭葉の高次視覚領域と結合していて、PHCとRSCはより低次の後頭~側頭領域と多くの結合を持っているということがわかっている。特にPRCは、腹側視覚処理経路の先端にある側頭葉領域 (サルTE・TEO領域の前方; ヒトで言えば紡錘状回前方に対応) と強く結合している。PHCもこれらの領域と結合を持っているが、V4やV3など、後頭葉や側頭葉後部の視覚領域とより強い結合性を持っており、RSCは主にV4や後頭葉領域と相互結合を持っている。その他の感覚モダリティとの結合については比較的よくわかっていないが、既存の解剖学的エビデンスから考えるに、PRCはPHC・RSCと比べて嗅覚や味覚領域とより強く結合していると思われる。聴覚や体性感覚領域との結合性にはあまり違いがないのかもしれない。

大脳皮質連合野との結合性を考えると、その違いはより明らかとなる。サルに対するトラクトトレーシング研究では、PHC・RSCは帯状束を介して内側頭頂皮質 (後帯状皮質: BA23/31、楔前部: BA7)、腹外側頭頂皮質 (角回: BA39)、内側前頭前皮質 (BA32/10) と相互結合していることが示された。この高度に相互結合された皮質連合野ネットワークは、「デフォルトネットワーク」と呼ばれる。ヒトにおけるfMRIの機能的結合性データも上記サルのデータと一致しており、さらにPHC・RSCは、他のデフォルトネットワーク構成要素との結合よりも、互い同士との結合の方が密接であることが示唆された。一方でPRCは、デフォルトネットワークとの主だった結合は有しておらず、むしろ鉤状束を介して、外側眼窩前頭皮質(BA13/47)、前腹外側側頭葉皮質(腹側側頭極皮質: BA38)と強く結合していることが知られている。

まとめると、PHC・RSCは海馬体後方、前海馬支脚・傍海馬支脚、乳頭体、視床前核、そしてデフォルトネットワークとの広い結合性を持つ。一方でPRCは、海馬体前部、扁桃体、腹側側頭極、外側眼窩前頭皮質との結合性を持つ。以下2章にわたって記述するように、PRCおよびPHC・RSCが持つこういった結合性の差異は、機能的特性の差異とも合致する。

 

2. PRCの機能的特性

2-1. PRCは再認記憶と連合記憶に関与する

PRCが記憶に関連しているのは明らかであり、その機能は海馬やPHCの持つ機能とは異なることが膨大なエビデンスによって示されている。たとえば、サルにおいてPRCの損傷は視覚的物体再認記憶 (見たことがある物体を見たことがあると認識すること) を重度に障害し、これは海馬やPHCの損傷によって起きる障害よりもより重度であったという。また、視覚的物体再認記憶課題の成績は、ラットではPRCにおける最初期遺伝子 (Fos) の発現の増加と関連していたとする報告があったり、サルではPRCの糖代謝の増加と関連していたとする報告がある。

※ 再認記憶と連合記憶: 再認記憶は、過去に経験した物事を未経験の物事と見分ける能力のこと。記憶の再認と関連する。連合記憶は、関連性のない項目を関連づけて記憶する能力のこと。記憶の過程 (記銘・貯蔵・想起や再生・再認・再構成) については過去記事参照 (記憶を司るネットワーク:内側側頭葉を中心とした機能的結合性解析 - ひびめも)。

※ 意識的想起 (recollection) と既知感 (familiarity): 原論文では、再認記憶のベースとなる記憶の想起方法として、recollectionとfamiliarityという言葉が対になって用いられている。それぞれに対する適切な和訳は調べた限り存在しなかったが、recollectionは「意識的に想起すること」、familiarityは「無意識的に想起すること=知っていると認識すること」を意味するため、今回の記事ではそれぞれ「意識的想起」「既知感」という訳語を当てている。一瞬、意識的想起=再生なのではと思ってしまったのだが、再生とは意識的に想起した項目を行為によって再現する (文字として書く、絵として描くなど) というところまでを含んだ概念なので、異なる概念として扱うのが正しいらしい。

※ PRCとPHCの記憶に関連する機能の違いについて (原論文のBOX1): PRCとPHCは、記憶において定性的に異なる役割を持つことが多くの研究で示されている。齧歯類では、嗅後部皮質 (ヒトではPHCに対応) の損傷は物体と文脈 (物体が置かれている空間) の連合記憶を障害するが、PRCの損傷では物体と物体の連合記憶を障害することが示されている。さらに、ラットPRCにおける最初期遺伝子の発現は物体の既知性に関連しており、物体の空間的配置とは関連がみられなかったが、逆に後嗅部皮質では物体の空間的配置との関連性が見られた。同様の効果はサルでも見られており、PHCの損傷が物体の空間的配置についての再認記憶を障害したのに対し、PRCの損傷は物体の再認記憶を障害した。ヒトにおいて記憶の記銘時および想起時の神経活動性を調べた神経画像研究では、PRCの活動性は項目への既知感および意識的想起の詳細性 (物体の色を細かく言えるかなど) と関連していたのに対し、PHCの活動性は項目間の文脈的関連付け (単語の意味を覚えるために用いた課題など) が正しく記憶されている際に上昇した。PRCとPHCの活動性の違いは、刺激の種類の違い (物体と風景)、または表現特性の違い (項目と文脈情報) に起因すると考えられている。

MTLの前方 (PRC、側頭極、海馬体前方を含む) に病変を持つヒト患者では、単語や顔など、様々な種類の刺激に対する再認記憶が障害される。左PRC、扁桃体、側頭極、嗅内皮質の病変を有するが海馬とPHCが保たれているヒト患者では、既知感に基づいた再認記憶の重度な障害がみられた一方で、特定の項目に関連した文脈の意識的想起は保たれていた。これらの研究から、PRCは既知感に基づく記憶の再認に重要であり、一方でPHCや海馬は文脈の記憶を支えているという可能性が示唆された。

PRCは物体の既知感のシグナル伝達において特有の役割を持つ可能性があるという考え方は、サルの研究とヒトの研究で合致している。たとえば、サルPRCにおける単一ユニット記録研究では、視覚刺激の反復提示 (提示間隔は24時間となっても可) によって活動が減弱していく「既知感ニューロン (familiarity neuron)」の一型が認められている。ヒトに対する研究でも、新規の項目よりも繰り返しとなる項目の再認においてPRCの活動性が減弱することが見出され、この現象は様々な刺激クラス (カテゴリのこと; 物体、単語、風景など) で共通してみられた。特筆すべきこととして、PRCの活動性の減弱の程度は、主観的な既知感の程度と相関していた。さらに、記銘段階でのPRCの活動性によって、後の既知感の程度を予測可能であった。

PRCが物体間の関連性の学習 (連合記憶) に重要であるとするエビデンスも多い。単一ユニット記録研究では、特定の視覚刺激の記憶が短時間持続している間だけ活動性を示すニューロンが、PRCや側頭葉前下部・側頭極に認められた。また別の研究では、同一の課題内で学習した複数の物体に反応するニューロンが同様の領域で認められており、この領域の活動性が物体間の関連性の学習を促進すると考えられた。また、物体ペアの反復的視覚刺激後、サルPRCニューロンがそのペアに選択的反応性を示すようになるという研究や、こういった関連性の学習がPRC損傷によって重度に障害されるといった研究もある。これらの結果と一致して、ヒトfMRI研究では、PRCが単語や物体間の関連性の学習に重要であるということが示唆されている。たとえば、PRCの活動性は、単一の物体や概念、または物体特徴 (色など) に関連付けられる単語間の関連性を正確に学習できた場合に上昇すると報告されている。

さらに、PRCは物体の感情面・動機付け面での重要性を学習するのに重要だとされている。たとえば、サルPRCの神経活動性は報酬に関連した物体の学習と関連しており、この学習はPRCに対する損傷またはPRCのD2受容体阻害によって障害される。ラットでは、PRC損傷は聴覚/嗅覚刺激に対する恐怖条件付けを障害することや、PRCニューロンが嫌悪的刺激と関連づけられた聴覚刺激の提示に伴って発火を増強させることが報告されている。

2-2. PRCは比較的細かな意味認知に関与する

意味性認知症 (SD: semantic dementia) の研究に基づき、PRCは意味記憶と関連すると考える研究者がいくらか存在する。SDは側頭葉前部の広い障害と関連しており、物体に関連した知識の喪失 (特にあまり一般的でない知識に多い) によって特徴付けられる (たとえばシマウマをウマと間違える)。単純ヘルペス脳炎や側頭葉てんかんによるMTL前部の病変を有する患者では、SD患者と比べると意味記憶の障害は比較的軽度だが、それでも視覚的に類似した物体の細かい意味的区別や、そういった物体を見分けるための意味知識の利用に障害を有する。

神経画像や頭蓋内脳波研究から、さらなるエビデンスが提供されている。多くの頭蓋内脳波研究はPRCでAMTL N400と呼ばれる波形が見られることを発見しており、この波形は多義語や多義的な物体の意味認知処理において選択的に振幅が増幅することや、意味的プライミングによってその振幅が調節可能であることが報告されている。PETや脳磁図研究では、いくつかのfMRI研究と一致して、PRCが細かな意味的区別において活動性が上昇することを報告しており、特に左のPRCは意味的プライミングに感受性を有するとされている。また、言語の意味区別においてみられるPRCの活動性は、その根底概念のプライミングを予測でき、そういった概念プライミング効果は左PRC領域の障害で強く障害されていたという。

2-3. PRCは多モダリティの物体知覚表現に関与する

PRCが物体の視知覚処理に関わるとするエビデンスは複数存在する。たとえば、サルに対する単一ユニット記録研究では、PRCニューロンがまるでTE野 (サルの下部側頭葉にある視覚関連皮質領域) のニューロンのように高い物体選択性を示すことが示されている。しかしながら、この2つの領域間のニューロンの視覚応答特性には確かな違いがある。すなわち、PRCニューロンは学習の影響を受けるのである。サルの損傷研究では、PCRは確かに物体知覚に関連はするが、TE野と比べるとより限定的な関わり方であると言われている。たとえば、サルのPRC損傷は、異なる見方をした1つの複雑な物体 (顔など) 見分けたり、似て非なる物体を見分けたりする「特異性判定」の成績を障害することが報告されている。さらに、PRC損傷は多くの特徴を共有した物体の区別を障害するが、色などの単一の視覚的特徴に基づいて見分けが可能な物体の区別には影響をしなかった。したがってPRCは、複数次元にわたる物体の特徴を統合しなければならない状況で重要になると言えるのかもしれない。PRCを含む側頭葉前部の損傷を持つヒト患者では、多くの特徴を共有する物体の区別が障害されていたとする報告がいくつか存在するが、すべての研究で同様のことが言えたわけではない。しかしながら、画像研究の分野では、PRCの活動性が複雑な視覚的区別を要する課題で上昇することと、その活動性が区別の正確性を予測できることについて、おおよそのコンセンサスがとれている。

視知覚のみならず、PRCは物体の特徴を複数モダリティにわたり関連付けることにも関係しているのかもしれない。単純ヘルペス脳炎によってPRCに病変を持つ患者では、聴覚的特徴および視覚的特徴に基づいて物体の同一性を判断する課題に障害が認められた。これと関連して、健常成人では物体の視覚的特徴、聴覚的特徴、触覚的特徴の関連付けにおいて左PRCの活動が上昇したとする報告もある。これらの研究結果からは、PRCが多モダリティ・多次元の物体表現に関わっていることが示唆される。

 

3. PHCとRSCの機能的特性

PHCとRSCは、解剖学的結合性が似ているのみならず、task-based fMRIでも頻繁に共活性化が認められる領域であり、機能的にも類似している可能性が示唆される。したがって、我々はここで両領域の機能的特性についてreviewする。

3-1. PHCとRSCはエピソード記憶の記銘と想起に関与する

多くのfMRI研究では、PHC・RSCや、これらの領域と解剖学的に結合するデフォルトネットワークの領域が、出来事の文脈の記憶の正確性と関連していることが示されている。このエビデンスの多くは「情報源記憶 (source memory)」の研究から来ているものである。情報源記憶とは、あることを思い出した (すなわち意味記憶) ときに、それをいつどこで入手したのか (すなわちエピソード記憶) を思い出す能力であり、単語や物体などの刺激を学習した後で、各項目とそれに関連した文脈情報についての記憶を試すことで評価できる。たとえば、ある単語を学習したときに解いた問題を思い出す、といった具合である。情報源記憶についての複数の研究で、PHCの活動性は、文脈情報が正しく記憶されている項目 (たとえば、記銘時に用いた課題の記憶が正確に残っている項目) の記銘と想起において上昇することが報告されている。また、被験者が学習エピソードの文脈的詳細を自発的に思い出して主観的に報告できるような単語や物体の記銘時・想起時にPHCの活動性が上昇することも報告されている。これらのデータは、PHCが処理目標となる項目に関連する状況文脈を表現する役割を持つ、という考え方と合致する。

RSCも、正確な記憶の想起において活動が見られることが知られているが、特にその活動は文脈的情報の正確な意識的想起において顕著である。記憶におけるPHCとRSCの機能の違いの1つとして、PHCは文脈的情報の正確な記銘と想起において活動が見られるのに対して、RSC (+解剖学的結合性を持つデフォルトネットワーク領域) は意識的想起に強く関連しており、記銘プロセスとはしばしば負の関連性を持つことが報告されている。しかしながら、項目の記憶が自己との関連付けによって行われたり、その項目が感情的または自己参照的な処理を誘発しうるような特性を有する場合には、RSCとPHCの両方で、記銘時の活動性を用いてその後の記憶成績を予測できる。この違いは、PHCに比べ、RSCがより内的な情報源に親和性が高いことを示しているのだろう。

3-2. PHCとRSCは自伝的記憶の意識的想起およびエピソード刺激に関与する

PHCとRSCは、どちらも自伝的記憶の意識的想起と仮想的出来事の想像 (エピソード刺激という) に関連している。RSCの損傷を持つ患者は、自伝的記憶の逆行性健忘を呈する。健常成人のPHCとRSCは、実験室で学習した刺激の想起時と比べて、自伝的記憶の想起時により高い活動性を示す。さらに、RSCの活動性は、自伝的記憶の想起に際する主観的な「再体験」感覚の程度と相関する。

エピソード刺激は、PHC・RSCおよびデフォルトネットワーク領域を含むネットワークの活動を誘発するが、これらの領域は自伝的記憶に関連する領域と極めて類似している。たとえば、PHC・RSCは、有名人についての出来事を想像しているときと比べて、過去の個人的な出来事を思い出しているときや将来の個人的な出来事を想像しているときにより高い活動性を示す。さらに、エピソード刺激に対するPHCの活動性は、馴染みのある視空間的文脈で起こるエピソードの構築時に上昇する。自伝的記憶とエピソード刺激は、どちらも一人称視点から見た特定の空間的・状況的文脈の中でエピソードを構築することに依存するという点で共通していると考えられている。

3-3. PHCとRSCは空間記憶に関与する

PHCとRSCが空間的文脈の記憶に関連していることを示す研究も複数存在する。たとえば、正常ラットは物体と文脈 (背景空間) の関連性を学習できる (物体が白い箱の中にあるのか縞々の箱の中にあるのか、など) が、後嗅部皮質 (ヒトでいうPHC) に損傷のあるラットでは、新規の物体に対する再認記憶および既知の物体の新規の組み合わせに対する再認記憶が保たれる一方で、物体-文脈構成の再認記憶が障害される (ラットは既知感のない項目に対して長い探索行動を示す習性があることを利用して再認記憶を評価している)。損傷研究エビデンスと一致して、後嗅部皮質の最初期遺伝子の発現は物体の空間的配置の既知性に関連する一方で、物体の既知性には関連しないことが報告されている。また、後嗅部皮質の損傷は文脈的恐怖条件付けの障害をも引き起こす。同様に、RSC損傷ラットでは、新規の場所の再認記憶や物体-場所関連付けの再認記憶に障害が認められる一方で、物体の再認記憶は保たれる。RSC損傷ではさらに、文脈的恐怖条件付けの障害や、radial armやMorris water maze課題といった空間的記憶を必要とする課題の成績低下が認められた。

サルでも、PHC損傷が空間的文脈についての記憶を障害することが示されている。これはたとえば、場所に関するノンマッチング識別課題 (delayed non-matching to place task) や、新規の物体-場所構成に対する自発的な探索行動を用いて評価されている。海馬の損傷は、同様の物体-場所再認課題の成績を低下させないため、PHC損傷による障害は、海馬の損傷による障害とは異なるものであると考えられている。同様にヒトでも、右PHCの損傷が物体-場所連合記憶の広範な障害を引き起こすことや、Morris water mazeの人間版とも言うべき空間記憶課題の成績低下を引き起こすことが報告されている。神経画像研究でも、PHC・RSCの活動性は、物体-場所関連付けの正確な記憶や、記憶に基づいた探索行動に関係する空間的情報の正確な記憶に関連していた。以上に述べた齧歯類、サル、ヒトにおけるデータの全てが、PHCとRSCがともに空間的記憶 (空間レイアウトや物体の空間的配置を含む) に重要であるということを示している。

3-4. PHCとRSCは風景の知覚と空間探索において相補的な役割を持つ

以前、PHCの一部が、他の物体カテゴリと比較して、風景の画像を見た際に特異的な活動性上昇を示すということが発見され、この領域 (PHC後部〜舌状回の一部を含む) を海馬傍回場所領域 (PPA: parahippocampal place area) と呼ぶ研究者たちが現れた。しかしPHCは、風景のみならず、探索行動におけるランドマークとして機能しうる物体を見たときや、部屋様の空間に固定的に組み込まれた物体を見たとき、空間を定義するような物体を見たとき、特定の状況的文脈に強い関連性を持つ物体を見たときにも活動が上昇する。こういった画像研究と合致して、後大脳動脈領域梗塞により右PHCに損傷を持つ患者では、(馴染みのある環境の地図を描くことはできるのにも関わらず) 馴染みのある建物や部屋の再認記憶が障害される。

また、PHCの神経活動は空間的文脈と密接に関連していることが示唆されている。たとえば、てんかんに対する脳外科手術患者に対する単一ユニット記録研究では、特定のランドマークを見たときに選択的な活動を示すPHCニューロンの存在が報告されている。PHCニューロンの空間的発火特性は未だよく研究されていないが、既存のエビデンスによれば、PHCは広い受容野を持つ場所細胞を有しており、典型的な海馬場所細胞と比べて環境内目印の変化に高い感受性を有することが報告されている。この研究と合致して、あるfMRI研究では、海馬の活動性パターンはバーチャル環境内の特定の場所を反映していたのに対し、PHCの活動性パターンはより広く、部屋そのものを反映していた。

RSCも、PHCと同様に風景画像や特定の状況的文脈に強く関連する物体に高い応答を示し、また空間探索においてPHCとRSCの両方でシータ波がみられることが報告されている。しかしながら、PHCとRSCの空間符号には重要な違いがある。PHCとは異なり、RSCは場所細胞を有しておらず、かわりに頭位方向細胞 (自身の動きの向きや静止時頭位の向き) を有しており、それによって空間的文脈内での自己の動きや方向に関する情報を提供していると言える。さらに、ヒトではRSCの損傷は風景の知覚とは関連せず、その代わりに地誌的健忘、すなわちランドマークを用いて自己の方向付けを行う能力が失われてしまう状態に陥る。したがって、こうした患者は風景の再認記憶は保たれているものの、それを探索行動に生かすことができないのである。

まとめると、齧歯類の生理学的研究およびヒトの神経心理学的研究・機能画像研究から、PHCとRSCは風景の知覚と空間探索において相補的な役割を有するということが示唆される。PHCは視空間的文脈に関する情報を表現し、RSCは文脈内で自己を方向付けるのに重要な情報を統合する役割を持つと考えられる。

3-5. PHCとRSCは社会的認知に関与する

社会的認知に関する研究では、RSCが自己に関連する情報の処理に感受性を有することが示されている。たとえば、RSC (+解剖学的に結合するデフォルトネットワーク内領域) は、他者と比較して自己を際立たせるような人柄が評価された際に活動性が上昇する。さらに、こういった効果がみられる領域は、将来の自分に関する出来事を想像するときはエピソード記憶の想起に際しても活動がみられることが報告されている。RSCは他にも社会的認知の複数の側面に関与しており、倫理的な意思決定や、心の理論 (theory of mind: 他者の心の状態を推測する機能) にも関連している。近年のfMRI研究のメタ解析では、心の理論に関与するRSC・PHC領域は、自伝的記憶やエピソード刺激、空間探索とも関与していることが示された。これらの結果から、RSCとPHCは、記憶、知覚、探索に加えて、社会的認知にも関連していると言えるだろう。

 

4. 二つの大脳皮質システム

複数のモデルにおいて、PRCが物体に関する記憶、もしくはより一般的に「項目」に関する記憶を支えており、PHCが風景や空間的レイアウトに関する記憶、もしくはより一般的に「文脈」に関する記憶を支えている、ということが提唱されている。今まで本reviewで述べてきた研究の数々はこの考え方と一致しているが、それに加えてさらに、PHCとRSCが高度に類似しており、そしてPRCと対照的であるということを示してきた。まず、海馬体やその他の皮質下・新皮質領域との結合性の観点からすれば、PRCと結合する経路は、PHC・RSCと結合する経路とは大きく分離されている。そして、この解剖学的特性に従うようにして、PHC・RSCは古典的な記憶のパラダイムを超えた機能的類似性を示し、そしてその機能的特性はPRCの機能と対照的であった。これらのポイントは、MTL記憶システムの枠組み (PRCとPHCをMTL外の新皮質領域と対比させた考え方) では捉えきれないものである。以下、我々はPRC、PHC、RSCが、記憶に基づいた行動を支える2つの分離可能な広範なネットワークの構成要素として位置づけられるという、異なる見方を提示する。

4-1. 前方側頭葉システム (anterior temporal system)

我々は、PRCが広範な側頭葉前方システム (ATシステム) の中核的構成要素であることを提唱する。ATシステムは、他に腹側側頭極、外側眼窩前頭皮質、および扁桃体を含んでいる。これら3つの領域は、類似した結合性フィンガープリント (connectional fingerprint: ターゲット領域が特定の脳領域と結合を持つ確率の分布) を有している他、PRCと同様の多様な認知機能に関与していると考えられている。

こういった機能の1つとして、既知感に基づいた再認記憶が挙げられる。特に強い関連は腹側側頭極で報告されている。実際この領域は、PRCと同様に既知感ニューロンを有する領域であったり、この領域の不活性化はサルにおいて物体の再認記憶の障害を引き起こすことが報告されている。扁桃体が再認記憶に関与するかどうかは議論のあるところであるが、ラットにおける最近の研究では、扁桃体の損傷は全体的な再認記憶の有意な低下は引き起こさなかったものの、再認における物体の既知性の寄与が減少していた (意識的想起に基づく再認は保たれていた)。サルでは、外側眼窩前頭皮質に対する損傷は軽度の物体再認障害を引き起こした。眼窩前頭皮質の損傷が既知感に影響を及ぼすのかどうかははっきりとしていないが、外側眼窩前頭皮質ニューロンは新規の物体よりも既知の物体に対して高い応答を示すことが知られており、この既知性による調節は24時間経っても保たれるような頑強なものであったという。

ATシステムの構成要素は感情の処理や社会的認知にも関与している。ATシステム全体に損傷を加えたサルでは、感情的・社会的認知の幅広い障害 (+視覚的刺激の意義の再認障害) を呈し、これはKluver-Bucy症候群として知られている。同様の社会的認知の障害は、ATシステムの障害を持つヒト前頭側頭型認知症患者でも認められる。より近年のエビデンスによれば、扁桃体は物体が持つ動機的突出性 (motivational salience)、すなわち恐怖や報酬との関連性などを伝達するのに重要な役割を持つと考えられている。さらに、扁桃体の活動が、感情的な突出性を持つ項目の記銘と固定 (consolidation) に関わっていることも繰り返し示されている。外側眼窩前頭皮質は、扁桃体と同様に動機付けられた行動に関連するとも言われているが、報酬に基づいた意思決定など、刺激と報酬との関連性を学習・更新することにより密に関連していると考えられている。最後に、腹側側頭極は社会的知識の表現に一部関与している可能性がある。腹側側頭極の障害は、社会的信号の認知障害、有名人の顔から名前を思い浮かべる能力の障害、顔からその人に関する情報 (その人と関わったエピソードなど) を関連付ける能力の喪失などと関連している。

再認記憶や社会的認知に加えて、左側頭極は意味知識表現に強く関わっていることが示されている。先に述べたように、SD患者では概念的知識が重度に障害されており、その重度な障害は両側の側頭極の病変に由来するものであると考えられている。さらに、AMTL N400がこの領域から記録されることからも、この領域が概念処理に重要であることを示している。

これらの研究を統合すると、ATシステムはエンティティ (人や物) の意義を評価するのに重要であると考えられる。我々は、このシステム内では、PRCと腹側側頭極が密に関連した役割を有していると考えている。特に、PRCは個別のエンティティの速やかな学習と表現に関わっていると思われる。我々は、PRCが各エンティティを多次元空間内で符号化していると考えており、実際そのような方式を取ることによって、単一次元内 (視覚、聴覚、嗅覚、意味的、動機的重要性など) では類似した2つのエンティティであっても、異なったものとして表現できるのである。一方で腹側側頭極は、エンティティの特定の分類を表現するために、異なる典型例の間の共通要素を抽象化する役割を持つと思われる (たとえば、'シマウマ'と'会計士')。扁桃体眼窩前頭皮質は、将来の予測のために、エンティティの突出性と価値に関する情報を抽出する機能を持っていると思われる。まとめると、ATシステムは過去の経験に基づいて物体の特徴 (新規性、可食性、有用性、危険性など) を推察する能力を支えていると考えられる。社会的認知においては、ATシステムは人間に関する知識の構築を支えることで、特定の文脈における行動とは無関係に、他者の性格や考えを過去の経験に基づいて推察することが可能となっていると考えられる。また、言語的側面では、ATシステムは記憶の過程で概念的知識が与える影響や、逆に新規の経験に基づく新規概念の作成や既存概念の更新に関連しているのかもしれない。

4-2. 後方内側システム (posterior medial system)

KondoらやAggletonによる解剖学的研究とヒトにおける機能的結合性研究を総合すると、PHCとRSCは広範な後方内側ネットワーク (PMネットワーク) の中核的構成要素と考えられる。このネットワークは、乳頭体や視床前核、前海馬支脚、傍海馬支脚、そしてデフォルトネットワーク (後帯状皮質、楔前部、外側頭頂皮質、内側前頭前皮質) を含んでいる。これらの領域すべてがPHC・RSCと直接的結合性を有し、これらほとんどの領域が類似した結合性フィンガープリントを有する。一方で、これらの領域とPRCの結合性は間接的または弱いものであり、PRCがこのネットワークから分離できるという考え方を支持する。

PMシステムがエピソード記憶と関連するという考え方は多くのエビデンスと強く合致する。たとえば、視床や乳頭体が変性するコルサコフ症候群では、重度の逆行性・前向性健忘や、空間的記憶の障害を呈する。コルサコフ症候群患者ではRSCを含むPMシステムの構成要素で重度の代謝低下が認められるというのは特記すべき事項である。同様に、ラットでは、乳頭体や視床前核の損傷はRSCの最初期遺伝子発現やシナプス可塑性を障害することが報告されている。ヒトに対する研究では、デフォルトネットワークはエピソード記憶の想起に強く関連していることが示唆されている。特に、左角回の活動はエピソードの意識的想起と関連して上昇し、角回の損傷は過去のエピソードの主観的再体験能力の障害を引き起こすことが知られている。これらの研究結果の解釈は議論の残るところであるが、角回は海馬・PHC・RSCによって想起された文脈的情報の統合または注意に関わっている可能性がある。

PMシステムの空間的探索における役割を支持する研究も多い。たとえば、乳頭体外側、視床前背側核、楔前部、RSCのすべてで頭位方向細胞 (自身の移動の向きや静止時頭位の向きを符号化する細胞) が発見されている。デフォルトネットワーク領域は空間探索課題にも関連していると言われている。あるモデルでは、RSCは、広域的な空間的文脈内での自身の位置 (PHCと海馬を経由) と、自身の目線に関する情報 (頭位方向システムを経由) を統合し、この情報が楔前部などのデフォルトネットワーク内領域によって一人称的空間表現に変換されると考えられている。(一言: 結局はRSCが複数スケールのallocentricな空間表現とegocentric/first-personな空間表現をanchorする中継地点となっているということだ。)

エピソード想起と空間探索に加え、PMシステムのほとんどの構成要素はエピソード刺激、文脈に基づいた視覚的連合記憶、心の理論とも関連している。これらの共通点は何だろうか。我々は、これらの課題すべてが「状況モデル」の構築と利用を必要としていると考えている。状況モデルとは、エンティティ、行動、そしてその結果の関係性の心的表現である。状況モデルは、特定の文脈に適用される空間的・時間的・因果的関係性の要点を規定するスキーマのようなものである。たとえば、下図で表すような一連の出来事に対応する状況モデルは、コーヒーショップとシアターの位置関係、シアターを通り過ぎる前に友人と出会ったという時間的前後関係、コーヒーショップに寄ろうとする理由などを特定している。行動学的研究では、状況モデルは言語理解、帰納的推論、意思決定、因果関係の学習、社会的認知など、多様な認知機能を支えていると考えられている。

※ 図の説明: このフレームワークでは、ATシステムとPMシステムは、ある出来事を体験する際に重要な情報を抽出する。例えば、道を歩いていて友人と出会い、一緒にコーヒーショップまで歩いていくという経験を仮定する (上図)。このとき、ATシステム (左下) は、特定のエンティティ (たとえば特定の人物) の表現を、既存の意味概念 (たとえばその人物の名前「Maria」) や、その関連する突出性 (たとえば、Mariaが友人であるという社会的突出性) などと関連付ける。一方、PMシステム (右下) は、現在の文脈 (たとえば、空間・時間・社会的相互作用) に関連する入力情報を、現在の経験の中にあるエンティティおよび環境の間の相互作用を要約した状況モデルと照合する。具体的には、ランドマーク (たとえば「Varsity Theatre」) などの視覚的目印は、モデル内での自分の空間的位置を確認し、目標に関連した行動 (たとえば、隣にあるコーヒーショップを訪れる) に役立つ可能性がある。

我々は、PMシステムは状況モデルの構築と利用における中心的な役割を持っていると考えている。PHCとRSCはシステム内で相補的な役割を担っており、PHCは特定の文脈を同定できるような外的環境内の統計的規則性 (不変性) を表現・追跡し、一方でRSCはこれら外的手掛かりを (同一状況内で異なる手がかりを関連付けるのに役立つような) 内的情報源と統合する機能を持つと考えられる。そして、デフォルトネットワーク領域 (後帯状皮質や楔前部、角回を含む) は状況モデルそのものを表現していると考えられ、個人を場所・時間・状況の中で方向付けるのに重要である可能性がある。たとえば、空間探索においては、PHCは特定の空間的文脈内の探索行動中に出会った感覚的情報の安定した統計的規則性を表現すると考えられている。RSCは視覚的風景情報の時間的変化を自己の動きに関する入力 (自己の進行方向) と関連付ける役割を持つのかもしれない。そしてデフォルトネットワークは、PHCとRSCからの情報を統合し、空間的レイアウトの内的モデルを想起または構築する役割を持つ。空間的状況モデルは、個人を方向付け、そして視覚的入力に関する予測を生成する (環境内での動きに基づいてデフォルトネットワークからPHC・RSCへのトップダウンのフィードバックを介して推測される) のに有用である。そして、その予測に誤差があった場合、現在活動している文脈表現を更新するために、注意および記憶リソースの割り当てを惹起する。PMシステムは、エピソードの想起など、非空間的な文脈の手がかりや内的状態変数 (目標や動機など) がより重要な役割を果たすような他の機能においても、同様の役割分担を有していると考えられる。

4-3. 海馬体はAT・PMシステムと2つの様式で相互作用する

海馬体とPRC、PHC、RSCの広範な結合性を考えた際、これらの領域がどのように相互作用しているのかという疑問が生じるのは当然である。この問題については基本的には推測することしかできないが、いくらかの研究では、いつどのようにして新皮質領域が海馬体と相互作用しているのかということについての検討が行われている。そしてこれらの研究からわかっているのは、こうした相互作用は、PRC、PHC、RSCから海馬体への強力な抑制入力のためか、驚くほど限定的な状況でしか起きないということである。これを考慮したうえで、我々は、海馬は皮質下結合を介して独立した記憶表現を支えるとともに、新皮質内の活動性ダイナミクスを2つの方式で調節する役割を持っていると考えている。

第一に、新皮質と海馬体の異なる領域との間の直接的相互作用は、PRC内およびPHC-RSC内の表現の精密化・精緻化と関連していると考えられる (この過程を'sharpening'と呼ぶ)。この仮定は、嗅内皮質・CA1・海馬支脚がPHCと結合する経路は、CA1・海馬支脚がPRCと結合する経路と大きく切り離されているというエビデンスに基づいている。このため、PRCとCA1前方~海馬支脚前方の相互作用がエンティティ表現のsharpeningに関わり、PHCとCA1後方~海馬支脚後方の相互作用が文脈表現のsharpeningに関わっていると考えている。第二に、現在存在する多くの仮説と同様に、海馬体は、PRCにおけるエンティティ表現とPHC-RSCによる文脈表現の関連付けを促進する役割を持つと考えられる (この過程を'integration'と呼ぶ)。このintegrationは、PRCからの経路とPHC-RSCからの経路が歯状回~CA3において収束していくという解剖学的特性に基づいて起こると考えられる。言い換えると、海馬の3シナプス回路 (嗅内皮質~歯状回~CA1) は、現在アクティブなエンティティ表現と文脈表現を関連付ける役割を持つということである。海馬が持つsharpeningとintegrationという2つの処理様式は、現在進行中の課題の要素と目標によって影響されると思われる。この考え方自体は推測の域は出ないが、ある学習タスクがPRCと海馬回路全体の最初期遺伝子発現と関連するのに対して、別の学習タスクがPRC-嗅内皮質-CA1経路に特異的な最初期遺伝子発現と関連していたという結果とも一致する。

 

5. 今後の予測と将来の方向性

今回紹介したフレームワークは、MTL内の新皮質領域とMTL外の新皮質領域を明確には区別していない。もちろん、PRC、RSC、PHCに対する障害は健忘と関連するという事実から、これらの領域がATシステム・PMシステムの他の構成要素と比較してより記憶に密に関連していると考えるのは合理的である。このため、PRC、RSC、PHCが支える高速学習の可塑性メカニズムを理解し、これらの領域がATシステム・PMシステムの他の構成要素とどのように区別されるのかを考えるというのは、今後の研究の重要な方向性であろう。また、ATシステムとPMシステムの異なる構成要素の機能的差異について考えるのも、重要な研究テーマであると考えられる。たとえば、今回のreviewではRSCとPHCの機能的類似性と機能的差異の両方について取り扱った。今後の研究では、これらの領域間の差異が外的情報源・内的情報源に対する相対的な感受性の違いと関係するのか、またはこれらの領域がより根本的なレベルで異なっているのか、ということを考える必要があるだろう。同様に、今回のreviewではPRCと腹側側頭極の機能的類似性について取り扱ったが、側頭極の機能は未だよくわかっておらず、これらの領域の間の解剖学的境界すら明確には定まっていない。今後の研究では、これらの領域の類似性と差異について考えるとともに、解剖学的に密に相互作用を持つこの2つの領域がどのような機能的相互作用を行っているのかということについても扱っていく必要があるだろう。

AT-PMフレームワークは、皮質-海馬相互作用についての研究に新たな方向性を与えている。たとえば、多くの研究が、海馬が記憶の固定化 (systems consolidation: 海馬が大脳新皮質に蓄積された情報を再編成して最終的に海馬から独立させるプロセスのこと) に重要な役割を持つと考えている。しかし、海馬が記憶の過程で時間的に限定的な役割を持つのか永続的な役割を持つのかに注目するよりも、むしろ海馬体とAT・PMシステムの相互作用がどのようにして記憶痕跡の安定化や変形に関わっているのかということについて考える方がより生産的だと思われる。我々が考える海馬の役割は、まず新たな情報をAT・PMシステムによって支えられる既存の表現にすみやかに同化させるという一過性の役割 (sharpening) と、システム間の調整に基づく記憶表現を行う (integration) という長期的な役割の、2つがあると考えている。

最後に、AT-PMフレームワークは新皮質ネットワークの構造と機能を重視したものであるため、神経変性疾患について考えるにあたって新たな視点をもたらす可能性がある。神経変性疾患は、特定の新皮質ネットワークに偏った障害を引き起こす。たとえば、アルツハイマー病 (AD: Alzheimer's disease) と意味性認知症 (SD) は、どちらもMTLを障害する疾患であるにもかかわらず非常に異なった行動学的プロファイルを有する。以下で議論する (原論文のBOX2) ように、これらの疾患の違いのいくつかは、ATシステムとPMシステムの異なった萎縮プロファイルに起因するものと考えることができる。このため、新皮質ネットワークの機能構成について研究すると同時に、これらのネットワークを介した疾患進行のメカニズムについて研究することによって、記憶と、記憶に基づく行動を障害するこれらの疾患の疾患理解に重要な前進をもたらすと考えられる。

※ 神経疾患におけるATシステムとPMシステムの関与 (原論文BOX2): ATネットワークとPMネットワークを定義する結合性の関係性は、神経疾患を考える上でも重要である。ATシステムは、SDや単純ヘルペス脳炎における主要な病変部位であり、これらの領域は側頭葉てんかん患者においても萎縮を示す。これらの疾患では海馬体にも影響が及ぶ一方で、PMシステムには影響が伝わらない傾向がある。たとえば、PHCとRSCの萎縮は、側頭葉てんかん、単純ヘルペス脳炎、SD患者におけるATシステムの萎縮と比較して、そこまで頻繁には見られない (そして見られたとしてもそれほど重度ではない)。また、SDとADの違いについて考えるのも興味深い。両者ともMTLの病変に関連した変性疾患だが、エピソード記憶アルツハイマー病でより重度に障害されるのに対し、意味記憶障害はSDでより重度である。この2つの疾患における認知障害パターンの違いは、ATシステムおよびPMシステムに対する障害の相対的な違いを反映しているのかもしれない。SD患者ではPRCと側頭極の皮質萎縮と糖代謝低下が見られる一方で、AD患者ではRSC、後部帯状回、楔前部、角回がより重度に障害される。さらに、SDは左海馬前方の不均衡な萎縮と関連しているが、ADでは海馬前部から後部にかけて全体に萎縮が及ぶ。この知見は、PHC・RSCが海馬体後方と優位な結合を持つ一方で、PRCが海馬体前方と優位な結合を持つことに関連していると思われる。ATシステムとPMシステムに基づけば、SDとADにおける認知障害は、意味記憶エピソード記憶以外にも及ぶと予想される。このような比較は現時点ではほとんどなされていないが、視覚認知に関する研究によれば、SDは細かい物体区別の障害と関連しており、一方でADは風景区別の障害と関連している。これはまさに、これら2つの疾患のATシステムおよびPMシステムに対する異なる影響を考えれば、十分に予測可能なパターンである (下表)。

 

感想

これまたすごい面白かったです。やっぱり引用が多いreviewは質も高いな~!

ところで、PMシステムについての記述の中で一部、PHCとRSCの機能をできるだけ一般化しようと頑張っている部分があって、「めちゃめちゃ抽象的な書き方しているなこれ意味わからん日本語訳になるぞ」となりました。

PHCは特定の文脈を同定できるような外的環境内の統計的規則性 (不変性) を表現・追跡し、一方でRSCはこれら外的手掛かりを (同一状況内で異なる手がかりを関連付けるのに役立つような) 内的情報源と統合する機能を持つと考えられる。そして、デフォルトネットワーク領域 (後帯状皮質や楔前部、角回を含む) は状況モデルそのものを表現していると考えられ、個人を場所・時間・状況の中で方向付けるのに重要である可能性がある。

The PHC may represent and track statistical regularities in the external environment that identify particular contexts, and the RSC may integrate these external cues with information derived from internal sources that help to associate different cues within a coherent situation. Related default network areas in the PM system (including the posterior cingulate, precuneus and angular gyrus) in turn might represent the situation model itself, thereby orienting the individual in place, time and situation.

ここです。たぶんここすごい重要だと思うんですよね。すごい簡単に言えば、PHC=外的文脈内の手掛かりを表現、RSC=外的文脈内の手掛かりを内的情報と関連付ける、デフォルトネットワーク=内的情報を保持、という感じでしょうか。空間探索を例にとって考えれば (ヒトが持つ脳内地図:空間探索とさらにその先 - ひびめも)、PHCは空間内ランドマークを表現し、RSCはランドマークを脳内地図に関連付け、そしてデフォルトネットワークは脳内地図を保持している、ということです。また、少し慣れないですが、エピソード刺激を例にとって考えてみると、以下のようになるでしょうか。たとえば、片思い中のA子ちゃんと来週デートに行くにあたっての脳内予行演習を例にとって考えてみます。すると、PHCは想像する文脈を決定するための手掛かり的要素 (僕はA子ちゃんに片思い中) を表現し、RSCはその文脈を状況モデルに関連付け、そしてデフォルトネットワークは状況モデル (来週は10月30日で、10月30日のみなとみらいは快晴で、A子ちゃんは恋人がいなくて、A子ちゃんは日焼けを気にしていて、A子ちゃんは夜景が好きで、みなとみらいの夜景は綺麗で、...) を保持している、ということでしょうか。そして、これらの情報から察するに最適なプランは「10月30日の日没くらいに集合し、みなとみらいでデートして一緒に夜景を見る」であるように思われますが、これを計画するのに「プランニング」の機能を持つ前頭前皮質の活動が重要になってくるのでしょう。

また、PRCについては制御的意味認知仮説 (CSC仮説: 意味認知の神経学的基盤:意味表現ネットワークの段階的ハブスポーク仮説と意味制御ネットワーク - ひびめも) ともcompatibleな機能が記述されていました。CSC仮説の言葉を使うならば、PRCはマルチモーダル・マルチカテゴリな意味記憶の段階的ハブの中でも、特に比較的具体的なレベル (人と物体などの上位概念の区別というよりは、具体的な人同士の区別や具体的な道具同士の区別) に関わっているということが言えそうです。

今回の記事を読んで改めて一つ個人的に思ったのが、やっぱり空間探索における「後部頭頂皮質 (PPC: posterior parietal cortex) =自己中心的空間表現 (egocentric representation)」の考え方は正確ではないんじゃないか、ということです。PPCはデフォルトネットワークの一部である角回 (BA39) を含んでいて、デフォルトネットワークは脳内地図 (空間探索という文脈における状況モデル) を有していると考えられる以上、PPCも少なからず空間の他中心的表現 (allocentric representation) を担っていると考えるのが自然です。実際、PPCは頭位方向細胞を有するわけですから。なので、僕個人の意見としては、PPCは自己運動手掛かり (self-motion cue: 前庭知覚や固有知覚シグナル、運動遠心性コピー、視野の流れなど) を脳内地図と統合する役割を持っていて、その結果として自己中心的な空間表現も可能になっている、と考える方が自然だと思っています。

いろんなモデルを勉強すると複数モデルが自分の意味記憶表現の中にいい感じに配置されてきて楽しいな~!