ひびめも

日々のメモです

日本語の文法障害メモ

日本語の文法障害の臨床
藤田郁代・菅野倫子
医学書

 

これを読んで、自分のためにまとめました。今度PPA-Gの患者さんが来るので。。。
個人的解釈も入っているので、間違っているところがあるかもしれません。有識者はいろいろ教えてください。
随時アップデートする予定です。

 

1. 表出性失文法
1-1. 形態素: 意味を持つ言語の最小単位
例: お母さんが息子をなでた。
学校文法的には、上記文章は
 お母さんが / 息子を / なでた。
という3文節に分けられるでしょう。
さらに、各文節も、
 第一文節: お母さんが -> お母さん(名詞) + が(格助詞)
 第二文節: 息子を -> 息子(名詞) + を(格助詞)
 第三文節: なでた -> なで(動詞: ダ行下一段活用連用形) + た(助動詞)
のように、さらなる品詞分解が可能です。
ここで、第三文節「なでた」の「た」について考えます。「た」はもちろん助動詞ですが、英語のように動詞の語尾変化として捉えることもできます (e.g. tame -> tamed)。学校文法では習わない表現ですが、この語尾変化という考え方に則った表現を「屈折接辞」といいます。同様に、「なでる」というダ行下一段活用終止形の表現も、「る」を屈折接辞とみなすことができ、品詞分解以上の細かな分解を行うことが可能になります。このように品詞以上に細かな分類を行った末の、意味を持つ言語の最小単位のことを形態素と呼びます。
形態素には、具体的な事物を表す内容形態素と、文法関連の情報をもつ文法形態素の2種類があります。特に文法形態素は、それ単独で成立できるか否かという観点から自由文法形態素と拘束文法形態素に分けられます。たとえば、屈折接辞「る」は、それ単独で聞いたところで何が何だかわかりませんから拘束文法形態素になります。一方で(諸説あるようですが)助詞、たとえば格助詞「が」は、それ単独でも文脈に応じて意味を持つ独立文になりますので自由文法形態素になります。
日本語で拘束文法形態素が省略されてしまうと非語が生まれてしまうため、日本語の表出性失文法では、拘束文法形態素が省略されることはまずないですが、自由文法形態素、特に格助詞に省略や置換が生じることが多いとされています。

1-2. 項構造
動詞に注目します。たとえば、「読む」という動詞を用いた4つの文章を見てみましょう。
① お父さんが読む。
② 本を読む。
③ お父さんが本を読む。
④ 本がお父さんを読む。
上2つは、③とは異なり、何か省略をされた不完全な文だなという印象を持つでしょう。すなわち、「読む」という動詞が文章を明確に意味づけるためには、必ず「誰が」という動作主 (agent)、「何を」という対象 (object) が必要と言えます。このように、1つの動詞が必要とする要素のことを項と呼び、動詞はそれぞれがいくつの項をとるかが決まっています。しかし、ただ項をとれば文章が成立するわけではありません。④のように、動作主になるべき要素が無生物では、意味の通った文章にはならないのです。このように、各項には意味的役割が付与されます。この役割のことを主題役割 (thematic role) と呼びます。主題役割には、動作主 (agent)、経験者 (experiencer)、主題/対象 (object)、起点 (source)、着点 (goal)、道具 (instrument)、原因 (cause)、受益者 (beneficiary) の8つがあるとされます。
たとえば、
例: お母さんが息子からゲームを取り上げる。
という文章の動詞「取り上げる」は、動作主 (agent) としての「お母さん」、受益者 (beneficiary) としての「息子」、対象 (object) としての「ゲーム」があると言えます。すなわち、「取り上げる」は3項の項構造をとる動詞です。
表出性失文法では、項構造が複雑な動詞や、それを含む文章ほど、産生されにくいらしいです。これは、Thompsonらの提唱した項構造複雑説 (Argument Structure Complexity Hypothesis: ASCH) に記載されており、彼らは項構造の処理に左角回・縁上回が関与することを示しています。

1-3. 助動詞
助動詞には、時制 (tense)、相 (aspect)、態 (voice)、モダリティ、などの文法的機能があります。時制はわかるとして、相とは開始・継続・完了などの動作の段階を表す概念で、態とは受動態・能動態のこと、モダリティとは文の命題を話者がどうとらえているのかを表すものです。
たとえば、
例: 彼はお母さんにピーマンを食べさせられていたらしい。
という文章を品詞分解すると、
彼(名詞: 受益者)、は(副助詞)、お母さん(名詞: 動作主)、に(格助詞)、ピーマン(名詞: 対象)、を(格助詞)、食べ(動詞: 連用形)、させ(助動詞: 使役)、られ(助動詞: 受動)、てい(助動詞: 連用)、た(助動詞: 終止)、らしい(助動詞)
となります。「ていた」の部分の分解は、おそらく学校文法的には接続助詞の「て」と補助動詞としての「いた」に分けるのが正解なのですが、「ている」を助動詞として考える流派もあるようで、敢えて上記のように分けています。さて、このうち助動詞をとりだすと、「させ」「られ」「てい」「た」「らしい」となります。「させ」は使役を表す態の助動詞、「られ」は受動を表す態の助動詞、「てい(る)」は継続を表す相の助動詞、「た」は過去を表す時制の助動詞、「らしい」は推定を表すモダリティの助動詞となります。
失文法では、態を表す助動詞や、それを含む文章ほど産生されにくいらしいです。

1-4. 日本語の表出性失文法の初期
日本語の(表出性)失文法研究の道を開いた研究者として、この本では井村恒郎と大橋博司を挙げています。井村恒郎 (1943) は、運動性失語からの回復期に失文法を呈した症例から、日本語の失文法の特徴として文法的部分の粗略化を挙げました。具体的には、助詞の省略、助動詞の粗略化、接続語の不足を指摘し、さらにその中で助動詞の粗略化は、敬譲法の省略、時制の誤り、受動態を能動態で表現することを含むことを指摘しました。また、大橋博司 (1952) は、日本語の失文法の特徴として、語順の不安定化、助詞の貧困化による語節の単純化ないし崩壊、敬語法の障害、の3点を挙げました。

1-5. Menn & Oblerによる分析
Menn & Obler は、14か国言語のブローカ失語の表出性失文法症状を比較分析し、各言語に共通する普遍的特徴と特定の言語だけに認める個別的特徴を明らかにしました。これは、以下の通りです。
① 統語構造の単純化はすべての言語に認められ、句の長さが短く発話速度が遅い。関係節のような複雑な構造が表出されることは少なく、節内でも構成素の単純化が生じる。
② 拘束文法形態素は置換されることが多く、省略はまれである。拘束文法形態素が省略されると非語になってしまう言語、たとえばイタリア語では拘束文法形態素は置換され、日本語では正しく表出される。
③ 自由文法形態素は省略・置換される。
④ 特定の言語では、自由文法形態素の一部が保存される。日本語では終助詞「ね・よ・か」などが該当する。
⑤ 動詞の省略は頻繁に認められる。
⑥ 基本語順がある言語では、文法性を犠牲にしてもその語順に沿って発話することが認められる。
このように各言語に共通する普遍的特徴を抽出したのはとても意義のあることだと思います。失語症患者において失文法の存在を疑ってさらなる検査を行うことができるように、自由発話における上記のような特徴に気づけるようになりたいですね。

 

2. 統語理解障害
2-1. 意味ストラテジー
例: お母さんがリンゴを食べる。
この文章を理解する際、我々は、お母さん(名詞: 動作主)、が(主格を表す格助詞)、リンゴ(名詞: 対象)、を(対象を表す格助詞)、食べる(動詞)、といちいち品詞分解して助詞の意味を考えながら解釈しているでしょうか?おそらく、そんなことはありませんね。もし仮に助詞のない「お母さん、リンゴ、食べる」という文章を聞いても、我々は同じような意味で解釈を行うことができます。これはなぜでしょうか。
これは、我々が「お母さん」「リンゴ」「食べる」の意味を知っているからです。まず、「食べる」という動詞はその意味からして動作主と対象という項をとります。動作主は生物、対象は(食べるの場合は基本的に)無生物のはずですから、「お母さん」という名詞は自然と動作主に、「リンゴ」という名詞は自然と対象になります。この論理で行くと、「リンゴをお母さんが食べる」というかきまぜ語順の文章でも、意味ストラテジーさえ使えれば難なく理解ができるということがわかります。

2-2. 語順ストラテジー
例: お母さんがお父さんを追いかける。
この文章は、意味ストラテジーで理解できません(理解が五分五分になります)。すなわち、「追いかける」は動作主と対象をとる2項動詞ですが、どちらの項も生物になりえるのです。このように、主格と対格が意味的可逆性を持つ文章を可逆文といいます。ここで、語順ストラテジーが登場します。これは、文頭の名詞が動作主のはずで、それに後続する名詞が対象のはずである、という基本語順的な考え方を利用した理解戦略です。ただし、この戦略は万能ではなく、「お父さんをお母さんが追いかける」という同じ意味のかきまぜ語順文において、「お父さん」を動作主にしてしまうという誤りが生じます。

2-3. 助詞ストラテジー
助詞の理解ができると、当たり前ですが可逆文のかきまぜ語順も理解ができます。

2-4. 統語理解障害の理解レベル
意味ストラテジー、語順ストラテジー、助詞ストラテジーは、この順に獲得され、失語症患者では逆順に崩壊するとされています。すなわち、たとえば助詞ストラテジーが失われ、語順ストラテジーと意味ストラテジーのみで文章を理解する失語症患者は、可逆文のかきまぜ語順の理解はできません(五分五分になる)が、非可逆文の理解はできます。このように、可逆文/非可逆文やかきまぜ語順文を利用することで、統語理解障害の理解レベル(重症度)を決めることができます。

2-5. 統語構造の複雑性
失語症者の用いる上述した3つのストラテジーは、可逆文やかきまぜ語順といった文特性ごとの理解難易差を説明可能でした。しかし、それ以外にも失語症者が理解困難を示す文特性があります。それが「統語構造の複雑性」と総称される文特性です。これには、受動文や関係節文が含まれます。このような傾向は、特に可逆文で強く認められるようです。
可逆文の統語構造の複雑性によって理解が困難になる理由を説明する理論として、痕跡削除説 (trace deletion hypothesis, TDH) や マッピング説 などがあります。

 

3. 失文法の理論
3-1. Pickの失文法理論とWernicke学派
Pickは、思考から文発話に至る過程を、思考形成、文形成、発話の3段階に分けてモデル化したそうです。思考形成は前言語学的レベルであり、心的メッセージの形成段階と捉えられますが、文形成は言語学的レベルであり、メッセージに合わせた単語の選択と、文法的な構成が行われる段階です。そして、失文法は文形成の障害(賦活不良)と考えられます。また、Pickは、失文法の特徴の1つである電文体発話を、発話困難に対する適応現象であるとみなしました。すなわち、文形成能力の賦活不良に適応するため、計算コストの高い文法要素を省略してしまうという、「経済性の原則」を考案しました。
しかし、Pickの理論は主に文法産生の障害に注目したものであったため、失文法が文法理解にも障害をきたすことが注目されるようになると、Wernicke学派などから批判を受けることになります。たとえばSalomonは、文法産生と文法理解の両方が障害される患者の存在から、失文法は内言語の障害であり、経済性の原則によって説明することはできないと考えました。

3-2. Bock & Levelt 文産生モデル
Pickの失文法理論と類似していますが、健常な文産生プロセスをモデル化したものとして、有名なBock & Leveltの文産生モデルがあります。このモデルでは、文産生の過程にメッセージ、文法符号化、音韻符号化のレベルが想定されています。メッセージレベルでは、発話意図や文脈に沿ってメッセージを生成します。次に文法符号化レベルで文法処理が行われ、最後に音韻符号化レベルで音韻変換が行われて文が発話されます。失文法と関係するのは、主に文法符号化レベルです。
文法符号化レベルは、① 機能的処理と② 位置的処理から構成されます。
機能的処理 では、メッセージに対応した語が (1) 選択され、それに (2) 文法機能が付与されます。たとえば、「お父さんがペンを持つ」というメッセージを発話したいとしましょう。(1) 語選択の段階では、語に機能は付与されていません。たとえば、「ペン」という語は、名詞/無生物/筆記用具/...といった意味素性を持ちます。「お父さん」という語は、名詞/生物/男性/...といった意味素性を持ちます。また、「持つ」という語は、動詞/<動作主><対象>の2項構造/語彙的意味情報...といった意味素性を持ちます。こうした意味素性は、語そのものの意味記憶として貯蔵されているものですが、まだメッセージに応じた機能は付与されていません。(2) そこで次に、メッセージに応じた文法機能付与を行います。ここで重要なのが動詞の項構造です。「持つ」の項構造を参照すると、選択された語に<動作主><対象>といった主題役割を付与する必要があります。メッセージを参照し、「お父さん」に<動作主>、「ペン」に<対象>という主題役割が付与されます。ここから、「お父さん」は「主語-主格」、「ペン」は「目的語-対格」という文法機能が付与されます。
位置的処理 では、付与された文法機能に応じた格助詞の付与や、屈折接辞との結合が行われ、構成素が組み立てられます。「お父さん」は主格なので「が」が配置され、「ペン」は対格なので「を」が配置され、そして日本語の基本語順(SOV)に則って「お父さんがペンを持つ」という文章が組み立てられます。

 

4. 失文法が疑われた際に行う検査
そもそも失語症かどうかを判断する必要があり、他の認知ドメインを評価しておくことは大切でしょう。言語性認知機能をできるだけ用いないで、全般的知能、記憶、注意・遂行機能などを測る手法を持っておく必要があります。全般的知能検査としてレーヴン色彩マトリクス検査、WAIS-R動作性下位検査、Kohs立方体検査などがあると思います。記憶については、WMS-Rの視覚性記憶検査や、Rey-Osterrieth複雑図形検査が適していると思われます。注意・遂行機能は、Trail Making Testなどがよいでしょうか。また、ベッドサイド診察で失行や明らかな視空間失認、半側空間無視などがないことを確認しておくことも大切でしょう。耳鼻科や眼科診察で聴覚や視覚に明らかな異常がないことも、可能であれば確認したいところです。
次に、言語面の評価を行います。ベッドサイド診察で、運動性構音障害の有無を判定し、発語失行の有無も見ておくべきです。日本語の発語失行の定まった検査バッテリーはないようですが、個人的には同一単語の反復(e.g. 「パトカーパトカーパトカー...」)で一貫しない音の歪みが検出されないか、単語レベルの復唱と文章レベルの復唱において同一単語の発音に違いがないか、などを見るようにしています。また、WABやSLTAの漫画説明を用いて自発的発話を見る、ベッドサイド診察で物品呼称や復唱を行わせる、などの簡易的検査で失語症の古典分類としてどのタイプに当てはまるのかを見ておくのも大切でしょう。余裕があればWABやSLTAをフルで行いたいですが、時間がかかるものなので発表症例などでなければ優先度はそこまで高くないかもしれません。
ここまでの検査で、統語機能低下の徴候、すなわち ① 文の構成素が断片的に発話される、② 文が単純で短い、③ 格助詞が省略または置換される、④ 動詞が欠落する、⑤ 述語形態が単純、などが検出されれば、いよいよ統語機能に絞った評価を行う適応があると言えます。
文の産生面と理解面の両方を見ることができる検査として、新版失語症構文検査(syntactic processing test of aphasia-revised, STA-R)を行います。また、失文法患者では名詞と比較して動詞の呼称が障害されやすいというデータがあり、これを分けて評価するバッテリーとして失語症語彙検査(test of lexical processing in aphasia, TLPA)を行います。これは言語性の意味記憶の評価にも使えるためPPAの病型分類などにも有用と思われます。
そのほかに、文法処理との関連が示唆されている認知機能として、言語性短期記憶(言語性STM)を評価しておくことも重要です。というのも、患者の言語理解障害が、統語理解障害によるものなのか、言語性STMの低下によるものなのか、を区別する必要があるからです。言語性STMはワーキングメモリ理論でいう音韻性ループに対応した機能で、簡単には数順唱で測ることができます。一方で、数逆唱は一般に言語性ワーキングメモリ機能(中央実行系)を測るものとされます。ほかに言語性ワーキングメモリ機能を測るタスクとしては、reading span test や listening span test があります。言語性STMや言語性ワーキングメモリの低下だけで統語理解障害が説明できるとはまったく思っていませんが、発表症例の場合は特に行っておかないと突っ込まれそうな機能の1つだと思います。