ひびめも

日々のメモです

Posterior Cortical Atrophy における遂行機能障害は言語性の記銘/想起の障害に寄与する

Executive dysfunction contributes to verbal encoding and retrieval deficits in posterior cortical atrophy
Putcha, Deepti, et al.
Cortex 106 (2018): 36-46.

 

こういうのが読みたかったんだ俺は!!!!

 

1. 背景
Posterior Cortical Atrophy (PCA) は主に頭頂葉皮質を侵す局所的神経変性症候群であり、後頭葉や側頭葉後部を含むこともある。これは一般的に非典型的または "visual variant" のADと考えられているが、PCAが非AD病理を背景とすることも低頻度ながらある。PCA患者は、これらの後方皮質領域の神経変性によって、典型的には初期から視覚/空間機能障害を呈し、さらに物体の同定や把握の障害、計算障害、書字の障害、行為の障害、Balint症候群やGerstmann症候群の構成要素など、後方皮質に帰属される多様な視覚的および非視覚的徴候を呈する。現在の診断基準は、疾患の初期段階では遂行機能、言語、エピソード記憶、行動や内観が比較的保たれていることを提唱しているが、PCAは基本的に複数ドメインに影響を及ぼす認知-行動-運動認知症候群である。我々は、PCAが進行するとともに障害される視空間ドメイン以外の認知ドメインについて、理解するためのフレームワークを開発し始めたばかりなのである。
臨床的な神経心理学的または神経学的評価において、遂行機能障害前頭葉や前頭線条体回路の障害に帰属されることが多い。しかし、認知神経科学および神経画像分野の発展とともに、遂行機能を支える大規模な分散型脳ネットワークとして、前頭皮質線条体領域のみならず外側および内側頭頂皮質領域を含むネットワークが存在するいう説得力のあるエビデンスが生まれている。具体的には、DAN (dorsal attention network) や FPN (fronto-parietal network) の主要ノードとして上頭頂小葉 (SPL) や下頭頂小葉 (IPL)、頭頂間溝 (IPS) が含まれている。SPLとIPLは、注意のトップダウン制御を介して目標に適した刺激に反応を向けることや、戦略的な記憶の想起努力に関与している。一方、IPL/IPSは「心的操作」というワーキングメモリタスクに特に深く関与しており、これはエピソード記憶の記銘に特に重要な役割を果たす認知能力である。IPLの活動は、記銘タスクがより深い記銘のために記憶の探索や想起を必要とする際に重要であり、これは多くの言語リスト学習テストに当てはまる。さらに、背側楔前部は一部の研究者によってその結合性パターンから前頭頭頂遂行制御ネットワークの主要ノードであると考えられている。こうした観察から、PCAにおいて外側および内側の頭頂皮質領域で神経変性が進んだとき、複雑性注意や遂行機能を支える大規模ネットワークの重要構成要素が影響を受け、これらの機能が障害され、さらには記憶の記銘や想起に影響が及ぶと考えられる。これに対して、記憶の貯蔵の喪失はtypical ADなどの側頭辺縁系の健忘でみられるものであり、こうした障害は見られないはずである。
視空間ドメイン以外の認知機能障害のみが起こることは、PCA患者の一部で記述されている。近年の研究では、PCAと分類された患者において記憶障害が多く認められたことが報告されている。PCA患者の症例報告においても、自伝的記憶の障害が報告されており、楔前部と海馬傍回の低血流に関連していると考えられていた。PCA患者におけるエピソード記憶の障害は外側頭頂皮質の萎縮およびtau沈着に関連しているとする報告も存在する一方で、PCA患者においては制御的語彙想起処理 (e.g. 言語流暢性タスク)  かつ/または 長さ依存性聴覚-言語ワーキングメモリ (e.g. reverse digit span タスク) に特異的な遂行機能障害も報告されている。これらの発見に関連して、その他の後方皮質損傷患者の研究では、後部頭頂葉および後部側頭葉領域がワーキングメモリの遂行機能に関連していることが示唆されている。
我々の知る限り、PCAの遂行機能障害エピソード記憶検査の成績を直接的に調査した研究は存在しない。我々は、このトピックを明らかにすることは非常に重要であると考えている。なぜならば、PCAのエピソード記憶は比較的保たれるドメインと考えられているからである。我々が行った患者を対象とした臨床的観察はこの考え方をさらに強調した。すなわち、健忘型症候群の患者とは異なり、多くのPCA患者は最近の自身の生活や最近の出来事に関する記憶を豊富かつ詳細に語ることができていた。しかし、多くのPCA患者は病院において言語性記憶タスク (e.g. リスト学習) をうまく遂行することができない。今回の研究において我々は、我々のPCAコホートを対象にして、(1) 言語性遂行機能障害はPCAにおける共通した特徴であり、外側頭頂皮質に神経解剖学的基盤を有すること、(2) これらの遂行機能障害エピソード記憶タスクにおける言語性記銘および遅延再生の成績に影響を与えるが、すでに学習した情報の再認区別能力には影響を与えない、という2つの仮説をテストした。我々はこれらの仮説を、注意/遂行機能および言語の2つのサブドメインにおける神経心理検査の成績を、皮質厚と関連付けながら調査することで検証した。また、言語性記憶を記銘、遅延再生、再認というステージに分けて遂行機能との関連性を検討した。

2. 方法
2-1. 参加者の特性
本研究には19人 (うち女性が16人; 平均年齢は63歳、年齢範囲は52~81歳、全員が白人) が組み入れられた (表1) 。これらの患者は、2006年から2016年の間に、Massachusetts General Hospital (MGH) Frontotemporal Disorders UnitとPsychology Assessment Center (PAC) の共同研究である MGH Posterior Cortical Atrophy programに紹介された。すべての患者は、診断ワークアップの一環として臨床神経心理学的評価と脳構造イメージングを受け、PCAの先行診断基準 (Renner et al. 2004, Tang-Wai et al. 2004) に基づいて脳神経内科医 (BCD) と神経心理士 (JCS) の診断コンセンサスが得られた場合のみ、本研究に組み入れられた。本研究のための後方視的レビューの過程で、すべての参加者は現在の診断基準 (Crutch et al. 2017) にも合致することが確認された。これらの評価は、われわれが統一的なPCA神経心理学的バッテリーを開発する前に、患者の臨床治療の一環として行われたため、患者はさまざまな神経心理学的検査バッテリーを受けていた。症状発現からの平均期間は4.1年で、その範囲は2~12年であった。これらの患者のほとんどは疾患の初期段階であった (19例中14例は症状持続期間が4年以下であった)。重度の精神疾患 (e.g. 大うつ病性障害、双極性障害統合失調症)、脳卒中、脳腫瘍、水頭症多発性硬化症HIV関連認知障害、急性脳症がある場合は解析から除外した。

表1. PCAサンプルの統計学的および臨床的特性.

2-2. Neuropsychological Assessment Rating (NAR) scale
我々が神経心理学的評価尺度 (NAR scale : Neuropsychological Assessment Rating scale) を開発したのは、多くの検査が複数の領域から構成されていることを認識した上で、規範データとともに臨床的判断を可能にし、神経心理学的検査における障害の重症度を、概念的に異なる認知領域内で文脈化するという目標を達成するためである。NARアプローチは、ルーチン臨床評価の一環として、様々な神経心理学的バッテリーまたは標準化されていない検査を施行された患者群を研究する際に内在する問題に対処するためにデザインされた。NAR scaleでは、プロトコルによる前向きアプローチで必要とされるような非標準的な検査実施を排除するのではなく、利用可能な検査データと神経心理学的報告から得られた適切な行動観察を用いて、すべての認知領域において臨床的に意味のある重症度評価を作成することができる。NARスコアは、神経心理学的検査の成績のみに焦点を当て、患者や家族から報告された臨床症状の重症度は把握しない。このコホートのNARスコアを作成する目的は、特定の認知領域 (注意/遂行機能、言語、記憶、視空間認知) における障害を定量化することである。本研究では、注意/遂行機能スコアと言語スコアを独立変数として用い、次項で述べる従来の神経心理学的記憶検査スコアとの関連性を検討した。
臨床的神経心理評価の検査データは、2人の神経心理士 (BWとDP) および神経内科医 (SMM) によって独立に、NAR scaleとして評価された。それぞれの認知ドメインはさらに要素サブドメインに細分化された。具体的には、注意/遂行機能ドメインはさらに、基本的/持続性注意、ワーキングメモリ、語彙-音韻制御的想起 (以降「制御的想起」)、推論/問題解決に分けられた。言語ドメインは、先行研究に従い、統語/文法、語彙-意味想起、聴覚理解、単一語理解に分けられた。言語流暢性には、遂行機能と言語機能の双方が組み合わさって関与するため、評価者は、言語流暢性の障害が主に遂行機能障害からきている (i.e. 一般的制御的探索/想起プロセスの障害が語彙-音韻想起障害として現れている) のか、それとも言語特異的な語彙-意味想起の障害を反映しているのか、について、臨床的判断を下した。この判断は、文字およびカテゴリ流暢性タスクの相対的成績のみならず、遂行機能と言語のその他の尺度にも基づいている。さらに、語彙-意味想起サブドメインは、神経心理学的報告で報告された自発会話における単語想起障害によっても判定された。記憶ドメインは、エピソード記憶、時間見当識意味記憶に分けられた。最後に、視空間ドメインは、視覚性注意、構成、相貌/物体/色彩処理、読字に分けられた。評価者は、書字障害が高次の視覚処理機能障害によっておこったものなのか、それとも注意/遂行機能、言語、記憶障害によるものなのかを臨床的に判断した。すべての患者は何らかの視覚機能障害を呈したため、視覚的に提示される多くの神経心理検査は、標準なやり方では行われなかったり、早期に中止されたりしていたため、素点と成績の説明に基づいて評価された。
NARスコアは以下の通りである:  0=臨床的に正常、0.5=疑わしい/非常に軽度の障害、1=軽度の障害、2=中程度の障害、3=重度の障害。検査データおよび観察結果が、ある領域を確信をもって評価するのに十分でないと判断され、全体的な領域の評価に含まれなかった場合は、「9」の評価が与えられた。各認知領域内で最も重症と評価されたサブドメインのスコアが、領域全体の重症度スコアとなった。領域特異的検査の特定を含み、各認知領域およびサブドメインのNAR得点ガイドラインは、Supplementary Materials に詳述されている。独立評価後、コンセンサスミーティングが開催され、各患者についてコンセンサスが得られるまで各臨床医の独立評価が議論された。これらのコンセンサスNARスコアが解析に用いられた。1標本分散分析 (ANOVA) を行い、異なる認知領域のNAR得点間 (図1)、および各認知領域内のサブ領域の得点間 (図3) の統計的有意性を決定した。

図1. PCAにおけるNAR: NAR得点は視空間機能の主な障害と、注意/遂行機能、言語、記憶の相対的保存を示している。

図3. NARスコアはPCAにおけるマルチドメイン認知機能障害を示す: (A) 注意/遂行機能、(B) 言語ドメイン、(C) 記憶ドメイン、(D) 視空間ドメインのNARスコアは、ワーキングメモリ、単語想起、エピソード記憶における相対的な認知機能障害を示しており、さらに視覚処理の腹側経路機能 (相貌/物体/色彩処理や読字) と比較して、背側経路機能である視覚性注意や構成に比較的優位な障害を示した。

2-3. 記憶テストの成績
エピソード記憶のさまざまな段階 (記銘、遅延再生、再認) に特有の認知的寄与を検討するために、従来の神経心理学的記憶検査の成績を連続変数として収集した。患者が臨床で受けた3つの異なる言語リスト学習検査 (California Verbal Learning Test, Second Edition、California Verbal Learning Test, Second Edition- Short Form、Hopkins Verbal Learning Test-Revised) の各記憶ステージの素点から、年齢、性別、学歴に基づく標準zスコアを算出した。記銘スコアは、すべての学習試行にわたって記銘された単語の総数として報告されている。遅延再生は、長い (10~20分) 遅延後に自由に想起された単語の数として報告された。再認は、正しく同定された標的語の数 (ヒット数) から誤認識の数を引いたものとして定義した。

2.4 NARスコアを用いた統計解析による記憶検査成績の予測
NAR重症度評価と言語性エピソード記憶の3段階との関連を調べるため、階層的線形回帰分析を行った。エピソード記憶におけるワーキングメモリと言語的流暢性の寄与に関する先験的仮説に基づき、NARの注意/遂行機能領域と言語領域のサブドメイン得点を独立変数とし、記銘、遅延再生、再認のzスコアを従属変数とした。すべての回帰分析では、年齢と学歴を階層的線形回帰のステップ1に入力することでコントロールし、ステップ2では関心のある独立変数を個別に入力した。記憶の有意な予測因子であることが判明した各サブドメイン内の特定のテスト (e.g. digit spanや言語流暢性タスク) の成績とエピソード記憶の段階との関連を調べるために、事後回帰分析も行った。これらの分析、および結果で述べたルーチンの群間比較分析では、p<0.05を統計的に有意とみなした。一次仮説に基づく分析では、多重比較の補正は行わなかった。

2.3 構造的神経画像解析
今回の研究では、MGHで構造的T1強調スキャンを受けた患者を選んだ。T1画像ボリュームは、FreeSurfer version 6.0を用いた皮質表面ベースの再構成と皮質厚の解析により定性的に検討された。皮質萎縮部位を可視化するために、我々のPCA群と、他の研究のために募集した年齢をマッチさせた健常対照者群 (N=56、平均年齢=63.39歳) との間で、全脳皮質厚を対比した。結果はp<10-7の有意水準閾値設定され、対照群と比較してPCAで最も萎縮が顕著な領域が示された。
NARスコアが、大規模前頭頭頂ネットワークの仮説上の後方ノード (すなわち、SPL、IPL/IPS) における萎縮と関連しているかどうかを決定するために、皮質表面モデルの各頂点における皮質厚に対する、関心のある認知成績変数 (NARサブドメイン・スコア) の効果について一般線形モデルを計算することにより、統計的表面マップを作成した。この解析は、FreeSurfer version 6.0において、PCAコホート全体におけるNARスコアを独立変数、皮質厚を従属変数として、mri-glmfitコマンドを用いて実施した。患者数が比較的少ないことと特定の先験的仮説を考慮し、この予備的分析では補正なしの統計的閾値p<0.01 (片側) を設定した。

 

3. 結果
3-1. PCAサンプルの臨床的特徴
すべてのPCA患者は、(1) 病歴、神経学的診察および神経心理学的検査に基づく、一次的な視覚および視空間機能障害と、前向性記憶、遂行機能、および言語能力の相対的な保存 (図1)、および (2) PCAの診断基準 (Crutch et al. 2017) と一致する構造画像上の後方萎縮の証拠 (図2) を示した。各認知領域およびサブドメインにおけるNARスコアの平均値と標準偏差は、Supplementary Material の表5に報告されている。本研究に含まれたPCA患者は、全体的に軽度認知障害から軽度認知症 (CDRは0.5または1) の範囲にあり、平均MMSEスコアは30点満点中23点であった。個々のCDR得点は、認知/行動領域が相対的にスペアされた機能障害の存在を強調していた (Supplementary Material の表6)。患者の罹病期間 (発症からの年数) は、MMSEスコアや他の神経心理学的指標の成績とは関連がなかった (すべてp>0.2)。

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図2. PCAにおける皮質萎縮: 年齢マッチ対照と比較して、PCA患者の全脳皮質厚解析では両側後頭葉、外側側頭葉、頭頂葉皮質の有意な萎縮と、内側側頭葉および前頭葉の相対的保存が示された。

3-2. PCAにおける言語性遂行機能障害
言語性遂行機能と言語の検査、特に聴覚-言語ワーキングメモリと語彙-意味想起の成績は多様であった。19人中17人 (89%) は注意/遂行機能ドメインにある程度の障害があると評価された (i.e., 障害がないことを意味する"0"でも評価不能を意味する"9"でもない)。19人中14人 (74%) は言語ドメインで、15人 (79%) は記憶ドメインで障害があると評価された。特記すべきこととして、これら非視空間ドメインの障害のほとんどは「ごく軽度」(0.5) または「軽度」(1) の障害であった。予想された通りではあるが、19人全員 (100%) が視空間ドメインの障害を有しており、ほとんどが「軽度」(1) または「中等度」(2) の障害を呈していた。
注意/遂行機能ドメイン内では、ワーキングメモリの成績 (NAR=1.02) は、基本的/持続性注意 (0.4)、制御的想起 (0.4)、推論/問題解決 (0.07; 図3) より強く障害されていた (p=0.003)。言語ドメイン内では、語彙-意味想起 (1.2) は統語/文法 (0.06)、聴覚理解 (0.1)、単一単語理解 (0.02; 図3) より強く障害されていた (p=0.001)。予備解析によって、これらの注意/遂行機能および言語サブドメインの中で、聴覚-言語ワーキングメモリと語彙-意味想起が特にIPL/IPSの萎縮と関連していることが示された (図4)。その他のサブドメインにおけるNARスコアと仮説的ROIの間の有意な関連性は観察されなかった。記憶ドメインでは、時間見当識 (0.42) や意味記憶 (0.2) と比較して言語性エピソード記憶 (0.78) の障害が目立った (図3C, p<0.001)。視空間ドメイン内では、腹側経路の機能である相貌/物体/色彩処理 (0.59) や読字 (0.38) と比較して、背側経路の機能である視覚性注意 (2.03) や構成 (1.61) がより強く障害されていた (図3D, p<0.001)。

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図4. PCAでは言語性ワーキングメモリと語彙-意味想起はIPL/IPSの萎縮と関連している: 全皮質表面の総合線形モデリング解析によって、IPL/IPSの萎縮と (A) ワーキングメモリ および (B) 語彙-意味想起 のNARスコアの関連が見出された。閾値は片側 p<0.01。

3-3. PCAにおける言語性エピソード記憶障害
言語リスト学習テストの成績は、遅延再生 (z=-1.9) と記銘 (z=-1.6) で主要な障害を認め、再認 (z=-1.2) は比較的保たれていた (p=0.04) (図5)。群としては、我々のサンプルの65%が、記銘および遅延再生における正常平均の-1.5SD以下であったが、再認が-1.5SD以下であったのは33%であった。特筆すべきこととして、記銘と遅延再生は、我々のサンプル内で極めて強い相関を示しており (r=0.89, p=0.000001)、記銘/探索プロセスが類似した戦略に依存している可能性を示唆した。再認記憶は、低い程度ではあったが、遅延再生 (r=0.61, p=0.02) および 記銘 (r=0.52, p=0.05) と相関していた。

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図5.PCAでは記銘と遅延再生が障害される: 言語性エピソード記憶の成績 (zスコア) は、記銘と遅延再生に強い障害を示したが、再認記憶は比較的スペアされていた。

3-4. 言語性遂行機能と語彙-意味想起は記銘と遅延再生の成績を予測するが再認記憶は予測しない
我々は、年齢と教育歴を調整した上で、遂行機能と言語のNARスコアは記銘と遅延再生のスコアを予測し、再認記憶は予測しないことを見出した (表2)。特に、聴覚-言語ワーキングメモリ (p=0.001)、制御的想起 (p=0.03)、語彙-意味想起 (p<0.001) はすべて記銘の成績を予測した。同様に、聴覚-言語ワーキングメモリ (p=0.001)、制御的想起 (p=0.04)、語彙-意味想起 (p=0.003) は遅延再生の成績を予測した。これらのサブドメインのNARスコアは再認記憶のスコアには関連しなかった (p>0.2)。また、注意/遂行機能 (基本的/持続性注意、推論/問題解決) や 言語 (統語/文法、聴覚理解、単一単語理解) といった他のサブドメインは言語性エピソード記憶のいかなるステージも予測しなかった (p>0.1)。これらの結果の代表的実証として、我々は記憶の記銘 (図6, 左y軸) および遅延再生 (図6, 右y軸) とDigit Span Backward (図6A) および 動物の流暢性 (図6C) の関係性を示す。また、これらの検査と再認記憶が関連しないことをも示した (図6Bおよび6D)。

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図6. Digit Span Backward と Animal fluency の成績は 記銘と遅延再生に関連するが再認には関係しない: ワーキングメモリの構成要素であるDigit Span Backwardは、(A) 記銘 (p=0.01) および 遅延再生 (p=0.07) と関連したが、(B) 再認とは関連しなかった (p=0.2)。語彙-意味想起の構成要素であるAnimal Fluencyは、(A) 記銘 (p=0.001) および 遅延再生 (p=0.002) と関連したが、(B) 再認 (p=0.4) とは関連しなかった。

 

4. 考察
PCA患者は典型的に、エピソード記憶が比較的保たれたまま、際立った皮質性視覚処理障害を示すが、視覚症状があまり目立たないPCAの優性半球変異型も報告されている。診断基準は初期症状発現時の認知プロファイルに言及しているが、PCAの認知プロファイルが疾患の進行に伴ってどのように発達するかについてはほとんど知られていない。特に言語領域における遂行機能は、PCAではほとんど検討されていない。本研究の目的は、主にPCAのvisual variant、biparietal variant、ventral occipital variant の患者が頻繁に言語性遂行機能障害を呈し、この障害が言語性の記銘および遅延再生の検査成績の低下に寄与するという、臨床的観察によって導かれた仮説をテストすることであった。我々は、これらの患者が有する視覚処理障害との混同を避けるため、言語モダリティの検査に焦点を当てた。言語性エピソード記憶機能には、言語性ワーキングメモリと目標指向性語彙想起能力が重要な役割を果たすので、ワーキングメモリと語彙想起課題における相対的な障害が、言語リスト学習課題の記銘と遅延再生の段階における成績障害に関係するという仮説を立て、それを実際に見出した。対照的に我々は、予測通り、これらの言語性遂行機能障害は再認能力とは無関係であることを見いだした。
PCAにおける臨床的障害を検討する文献の多くは、視覚および視空間機能の障害に焦点を当てているが、ワーキングメモリ、遂行機能、エピソード記憶の障害に関する記述を含む報告もいくつかある。これらの報告と一致するように、言語性遂行機能と言語テストの成績には幅があり、すべての患者ではないが、ワーキングメモリ、語彙-音韻制御想起 (e.g. 応答の開始、文字流暢性)、語彙-意味想起 (e.g. 呼称、カテゴリー流暢性、会話における喚語困難) において、特に標準集団と比較して障害を示す患者がいた。実際、PCA患者では "logopenic syndrome" が報告されており、失名辞、言語流暢性障害、発話速度の低下、長さ依存的な聴覚-言語性ワーキングメモリ障害を特徴とする。仮説通り、ワーキングメモリと語彙想起におけるこれらの遂行機能障害は、言語記銘と遅延再生の障害と強く関連していたが、再認とは関連していなかった。PCAの診断には「前向性記憶が比較的保たれていること」が必要であり、多くの患者は日常生活の豊富かつ詳細なエピソードを報告することができ、視空間機能と比較して記憶はNARスコアでも比較的保たれていることが多い。しかし、すべてではないものの多くのPCA患者は、リスト学習テストにおいて、言語性遂行機能障害に起因する言語性記憶の記銘/想起障害を有する (我々のサンプルでは65%)。予想されたように、新しく獲得した情報の保持 (再認) は、比較的保たれていた。まとめると、エピソード記憶の障害は、他の神経変性症候群における遂行機能障害患者で記録されているように、記銘と想起の失敗に特異的であるという証拠をここで提供する。
PCAにおける記銘と想起の障害のメカニズムを理解するためにはさらなる研究が必要だが、先行研究では、supra-spanの言語リスト学習タスクを遂行するためには、語彙-音韻処理と、タスク関連刺激に対する注意の維持を含む遂行制御スキル、操作と戦略構成というワーキングメモリスキル、目標志向性の想起スキルを組み合わせる必要があることが示唆されている。さらに、聴覚性ワーキングメモリーと言語リスト学習タスクは、"deep encoding" を促進したりエピソードの想起を支持するために、視覚化/心像といった戦略に頼っている可能性がある。これらの知見に基づき、今後より直接的に調査すべき記銘障害の潜在的カニズムとしては、情報の非効率的な組織化 (e.g. 連続的 vs 意味的クラスタリング) や、連続的位置順序の記銘におけるワーキングメモリーの障害などが考えられる。想起段階における潜在的なメカニズムとしては、CabezaのAttention to Memoryモデルと一致する、早期目標に対する顕著性の障害や、想起の成功を導くと考えられている視覚化/心像の障害などが考えられる。実際、単語リスト学習テストに含まれる項目の多くは、具体的な項目 (野菜、道具、衣服など) の割合が高く、そのような情報の記銘と想起には、視覚的イメージに基づく戦略が一般的に用いられる。今後、これらの患者の後方皮質変性によって障害されるエピソード記憶過程と比較して、PCAで比較的保たれる特定のエピソード記憶過程を調べることで、記憶メカニズムにおける後方皮質の因果的役割に関する知見が深まるだろう。
また、我々はPCAコホートにおける、両側後頭頂皮質、楔前部や脳梁膨大後皮質を含む内側頭頂領域、外側後頭葉および側頭皮質における解剖学的な萎縮を観察した。内側側頭葉には群レベルでの萎縮は観察されず、再認記憶の成績が比較的保たれていたことと合致する。また、大規模神経認知ネットワークにおける後方ノードの皮質萎縮と遂行機能障害の間の関連性の調査は、言語-聴覚ワーキングメモリタスクと語彙-意味想起タスクが左半球のIPL/IPSの萎縮と特に関連していたことを示した。この領域は、いくつかの大規模神経認知ネットワーク (DAN, FPN, DMN) の重要な後方ノードであり、障害を通して高い代謝性需要にさらされる「皮質ハブ」の一部であるという役割からか、典型的および非典型的ADにおける神経変性および病理蛋白蓄積部位として、極めて重要性が高いと考えられている。この領域は、先行研究においてもワーキングメモリや遂行機能障害との広い関係性が示されている。
特に、健常若年成人における先行研究は、外側頭頂皮質領域がワーキングメモリと目標志向性の制御的想起処理を支える役割を持つとして強調した。これらの処理は、どちらもエピソード記憶の成績に必要不可欠な因子である。外側頭頂皮質の萎縮は、健常高齢者および典型的AD患者における遂行機能障害とも直接的に関連づけられている。いくつかの研究では、mild ADで角回の萎縮が言語リスト学習タスクにおける最初の試行の成績低下と関連していることを示している。まとめると、これらの発見から、PCA患者では後頭頂皮質と外側側頭皮質の萎縮による遂行機能障害および語彙想起障害によって、二次的に言語性エピソード記憶の記銘および想起の側面が障害を受けやすい可能性が示唆された。これは、典型的ADなどにおける側頭辺縁系の健忘に特徴的な貯蔵の障害とは対照的である。こうした後内側 (posteromedial) および側頭 (temporal) ネットワークの記憶に対する異なる寄与は、近年注目を集めているトピックである。本研究で報告されたような認知機能障害の根底にある具体的な神経解剖学的基質を明らかにするためには、さらなる研究が必要である。
本研究の1つの限界として、患者コホートに含まれる疾患の重症度の幅が広いことを考慮することは重要である。我々は、MCIまたは軽度認知症 (CDR 0.5または1) のレベルで、指定されたコンセンサス診断基準 (Crutch et al., 2017) を満たした患者のみを含めることによって、可能な限り群を均質化しようと試みたが、我々の患者は、症状発現からの期間 (2~12年、ほとんどの患者の症状期間は2~4年であった)、および全体的認知パフォーマンス (MMSEは11~29の範囲であった; CDR SOBは1.5~6.5の範囲であった) に関しては、依然として多様であった。頭頂皮質と側頭皮質の病変の程度が認知機能に影響を与えることが予想される。PCAの非視覚的遂行機能障害がいつ生じるのか、また、それが記銘/想起障害を引き起こす具体的なメカニズムを明らかにするためには、長期的な評価が最終的に重要となる。
臨床的には、この研究は2つの重要な点を強調している: 1) ChampodとPetridesによる先行研究が示すように、ワーキングメモリと遂行機能の障害は、後頭頂機能障害から生じる可能性があるため、前頭葉病変ではなく、前頭頭頂系の機能障害を示すと考えるべきである;  2) PCAだけでなく、原発性進行性失語症や行動変容型前頭側頭型認知症の診断基準においても相対的な記憶の保持は重要な要素であり、その実証のための方法を改善する必要があり、したがってより明確な操作的定義がなされるべきである。これらの疾患の患者は、我々の生活のエピソードを記憶する能力に寄与する、注意、遂行、言語、視覚などのさまざまな機能を考慮に入れながら、記憶機能検査の武器を改良し続ける必要性を強調している。さらに、このコホートの患者から得られたCDRとNARのデータは、症候と症状の統合的な視覚的/空間的臨床評価手法が必要であることを示している。こうした手法は、PCAの治療のための臨床試験に際して基本的な需要となるだろう。

 

感想
臨床的視点に基づいて導かれた神経心理検査所見の疑問を、ベッドサイド診察でもできるような診察所見に基づく統計解析で解明する、という非常にpracticalな論文でした。すごい!PCAの操作的診断基準が「遂行機能や記憶の相対的な保存」という曖昧な要件を持つことに対して議論を投げかける良い材料ですね。PCAの診断は、まだまだ議論が分かれる領域になりそうです。