ひびめも

日々のメモです

Posterior Cortical Atrophy

Posterior cortical atrophy.
Crutch, Sebastian J., et al.
The Lancet Neurology 11.2 (2012): 170-178.

 

1. 背景
Posterior Cortical Atrophy (PCA) は、進行性かつ、しばしば劇的で比較的選択的な、視覚処理および頭頂葉後頭葉、後頭側頭領域によって支えられるその他の機能の障害を呈する神経変性疾患である。発症年齢は典型的には50-65歳であり、症候群自体は様々な背景病理に関連している。PCAが認識されてから20年以上が経過するが、研究はあまり進んでいない。その発症の若さや症状の珍しさから、しばしば発症から診断まで長い期間を要することがある。さらに、PCAという用語の使用には一貫性がなく、研究間の比較が難しかった。最近は神経変性疾患を根底にある病理で定義しようとする動きが加速しているが、PCAに関しては利用可能な診断基準に特異性が欠けることや、関係する症候群分類 (aphasic, amnestic and dysexecutive AD や CBS) とPCAの関係性が明確でないことなどから、このような動きは未だ乏しい。
本レビューは、PCAの臨床、神経心理、画像、疫学、遺伝、病理について扱う。我々は、病理学的サブグループの中で、PCAのような非典型的な表現型を特徴づけることが、特定の脳ネットワーク内における病理学的変化を促進または保護するような生物学的因子の同定を可能にすると考えている。現在の診断基準や用語定義上の問題についても再考し、特にPCA患者を対象とした将来的な臨床や治験デザインへの影響について扱う。我々は、PCAの若年かつ非典型的な症状について周知し、早期発見を可能にすることともに、患者や介護者および医療者に対するサポートやケア、そして教育の道筋を立てることを目的としている。

 

2. 歴史と定義
PCAという用語は、当初は高次に視覚処理に著明な障害を有し、一部には顕著な頭頂-後頭領域の萎縮を有した患者群を記述するために導入された。記述された症状は、同様の臨床的特徴を有した患者を記述した他の初期の報告と合致していた。組織病理学的データがない中で、Bensonらはこの臨床像はADやPick病とは十分に異なるものであり、「確実な病理学的情報が現れるまで別個の分類として然るべきものである」と記述した。その後の組織病理学的研究は、ADが最も一般的な背景病理であることを発見し、PCAを 'biparietal AD' や 'visual variant of AD' などと記載する研究も現れた。'Progressive posterior cortical dysfunction' という用語は、明らかな後方皮質の萎縮が存在しない患者における臨床症状を記述するために用いられた。しかし、PCAは非AD病理とも関連していたことから、PCAはそれ自体の診断基準を持つ個別の疾病分類的なエンティティとして考えるべきであるという考え方が導かれた。

 

3. 疫学
PCAの有病率と発症率はわかっておらず、用いられる診断基準に依存する。さらに、その認知度の低さを考えると、報告されたどのような数字も過小評価の可能性がある。しかし、Snowdenらは、認知症センターを訪れたAD患者523人のうち、24人 (5%) が視覚症状を有していた (PCAと呼ばれた) こと、そして更なる13人 (3%) が失行症状を有していたことを報告した。
典型的なamnestic ADと比較すると、PCAの発症年齢は極めて若い傾向にあり、ほとんどの研究が発症年齢を50代中盤か60代想起であると報告している。一方で、幅広い年齢層 (45-74歳, 40-86歳など) を報告した研究もある。年齢分布に関しては、性別に基づいた有病率の違いはないとした研究もあれば、女性に多いとした研究もある。

 

4. 神経心理学的特徴
PCAにおける最も頻度が高い神経心理学障害は、視空間的および視知覚的障害、失読、Balint症候群やGerstman症候群の特徴である (図1)。ワーキングメモリの障害や肢節運動失行も強調されてきた。縦断研究によれば、前向性記憶、遂行機能、言語能力は疾患早期には極めてよく保たれるが、一部のPCA患者ではこうした機能は緩徐に低下し、全般的認知症状態へと進行する。

図1. PCAにおける視覚機能障害: PCA患者は物体および相貌の同定に障害を有する。これは、対象物が多くのパーツから構成されていたり、見慣れない (非典型的な) 視点から見た際に特に顕著となる。風景の知覚における、健常者 (A) とPCA患者 (B) のアイトラッキング研究の結果からは、患者は眼球運動機能のトップダウン制御に障害を有することが示唆された。円は固視位置を表現しており、円のサイズは固視時間を表現している。PCA患者は最初に突出した特徴に固視し (e.g. 橋の上のドーム)、次に比較的情報量の少ないシーン特徴に固視する (e.g. 海や空) ことで、重要な文脈的詳細を逃してしまう (e.g. 桟橋の端に海辺があること)。

物体や空間の知覚の障害など、高次の視覚的問題は、低次の視覚的障害よりも高頻度に報告されているが、こうした問題は少なくとも部分的にはより低次の視覚処理の問題に起因する (e.g. 形態、運動、色彩、点定位)。低次視知覚と高次視知覚を詳細に比較した研究では、PCA患者はすべて少なくとも1つの低次視覚処理に障害を有しており、後頭葉皮質機能に関連した視覚の基本的側面の脆弱性が強調された。この研究はさらに、低次視覚処理と、高次の視空間および視知覚能力の特定の関係性を示したが、一方で、非視覚的な頭頂葉機能 (計算や綴りなど) との関係性は示されなかったことから、PCAにおいては特定の視覚ネットワークが関与することが示唆された。低次および高次の視覚障害が組み合わさると、PCA患者の基本的神経心理検査の成績に影響が及ぶということが予測できる。たとえば、PIQはVIQより30-40点低くなることが多い。視覚的要素を持つ認知タスク (e.g. 視覚性記憶の再生、trail-making test、Stroop test) の成績は障害を受けやすく誤った解釈を生みかねないため、正確な評価のためには視覚処理を最小化するタスクの選択が重要である (e.g. 聴覚-言語記憶タスク、言語的説明による呼称)。
PCA患者の多くは、陽性知覚現象といって、異常に長い残像効果、逆サイズ現象、静的刺激の動作知覚、視覚の180度逆転などを含む、稀な視覚症状を呈する。読字は、視覚的見当識障害 (ページ上でどこを読んでいるのかわからなくなってしまう) や逆サイズ現象 (大きいプリントでなく小さいものを読んでしまう)、視覚的混雑 (周囲の文字を過剰に統合してしまうことで、単語の中の1つの構成文字を同定できなくなる) など、複数のプロセスによって制限を受ける。PCAは原発性の周辺性失読 (peripheral dyslexia) を起こすこともある。PCA患者は光沢のある表面から眩しさを感じやすくなったり、様々な局所感覚や疼痛現象、バランスや身体方位の障害を経験するとも言われている。
PCAは単一の臨床解剖学的症候群なのか?それとも互いに関連するものの異なる症候群サブタイプの集合体なのか?異なる種類の視覚情報を処理する異なる皮質経路が存在するとする基礎的な神経科学のエビデンスを外挿することで、研究者たちはPCAに頭頂型 (背側型)、後頭側頭型 (腹側型)、そして一次視覚型 (線条皮質/尾側型) が存在すると提唱した。しかし、これらの腫脹は個々の症例報告の所見に基づくものである。その後の神経心理学的ケースシリーズ研究によれば、純粋な腹側経路症候群を支持するエビデンスは乏しく、むしろ背側経路または腹側経路のどちらに障害が目立つかによって定義された患者群の間には、神経心理学的プロファイルと皮質萎縮パターンにかなりの重複があることが示された。こうした研究を考えると、症例ごとの表現型の違いは、多様性を含有した連続体としてのPCAにおける複数点を表現しているにすぎないと解釈されるべきなのかもしれない。

 

5. 臨床的特徴
PCAの臨床像は複数の因子に影響を受ける。たとえば、医療機関認知症専門家に受診するまでにかかる時間や、具体的な障害パターン、背景にある病理学的特徴、患者自身の症状に対する心理的反応である。PCAは比較的稀であり、その症状も決してよく見るものではなく、さらに発症年齢も極めて若いため、多くの患者がうつ病、不安症、もしくは詐病であると誤診されている。初期に不安症状が出現することは、少なくとも寓話的には一般的特徴であるとされており、これはPCA患者が何らかの医学的問題を抱えている可能性を自覚していることを意味しているのかもしれない。さらに、経験を積んだ認知神経内科医にとっても、頭頂葉後頭葉に関連する障害が検査上はっきりとするまで、患者の初期の病歴は不安神経症様に見えてしまう。患者は自身の眼に異常があると思い込み、最初に眼科を受診することが多く、白内障手術などの不必要な医学的施術を受けることにもつながる。
PCA患者が訴える症状は、個々の神経心理学的障害のパターンを幅広く示している可能性がある。視覚症状は、他の後方皮質症状よりも言及されやすい可能性があり、文章を読むこと、距離感を判断すること、視野内の静的物体を同定することなどの障害、または階段やエスカレーターの使用に際した不便を訴えることがある。光過敏や視界の歪みといった視覚症状は片頭痛と間違えられることがある。慎重な病歴聴取によって、残像効果の遷延や視覚的混雑などの、上で述べたような稀な視覚的現象の一部を明らかにすることができるかもしれない。また、失行を示唆するような物体の使用困難、進行性の計算や綴字の困難を訴えることもあるかもしれない。その他の神経学的症状、たとえば幻視 (PCA患者の25%に報告される) やREM睡眠時行動障害は、DLBの存在を示唆するかもしれない。きわめて稀ではあるが、患者の病歴が後頭葉てんかんとして合致することもある。

症例提示: 4年の経過で進行する視空間機能障害を訴えて受診した62歳の右利き女性。最初の症状は、夜間運転中の視界の乱れであった。その後、駐車時によく車をぶつけてしまうようになり、特に右側のドアを衝突させることが多かった。また、実際には目の前にあるはずのものの場所がわからなくなることが増えた。さらに、ものを読むことの障害を訴えるようになり、紙幣の見分け、"push"か"pull"かの見分けなどが困難になった。テレビを見るとき、絵がゆっくりと動いているように感じた。眼科医から、眼科的問題が除外されたうえで、認知神経クリニックに紹介された。見当識や病歴の説明にまったく問題は認められなかった。視野検査では、右視野の指の本数を一貫して数えることができなかった。対光反射や外眼筋運動は問題なかったが、サッケードの開始が遅く、視覚的誘導下でものに手を伸ばすことができなかった。その他の神経内科診察に異常は認められなかった。認知検査では、MMSEは26/30で、交差五角形とBenson図の模写に重度の障害が認められた (図2A)。彼女は色を正しく呼称することができたが、相貌マッチングに中等度の障害を示した。読字の障害は重度で、単語を声に出して綴ることで改善がみられた。物品呼称とカテゴリ流暢性の障害は軽度であった。言語性記憶、言語流暢性、注意は正常であった。視覚機能障害のため、遂行できないタスクは多かった。脳MRIでは、両側頭頂葉、後部側頭葉、外側後頭皮質の著明な萎縮が認められ (図2B [上段])、FDG-PET (図2B [中段]) では同領域の左優位の低代謝が認められた。前頭皮質、内側側頭皮質、海馬は保たれていた。PiB-PETでは後方から前方皮質にわたるびまん性の皮質集積が認められた (図2B [下段])。

図2: 視空間機能障害を呈した62歳女性の神経学的検査 (A) と脳画像検査 (B): 症例の病歴と画像所見については上の記述を参照のこと。

慎重なベッドサイド診察によって、劣化刺激の解読障害、観念失行、観念運動失行、失算、綴字障害など、頭頂葉後頭葉の不均等な機能障害の徴候を得ることができるかもしれない。PCA患者の身体検査はほとんどの場合特記すべき所見を認めないが、重度の皮質性視覚障害が存在する場合、視力と視野検査の結果を解釈するのには注意が必要である。たとえば、高次の視覚性注意障害の存在によって半盲と誤診されてしまうこともある。Snowdenらは、典型的なアルツハイマー病患者と比較して、PCA患者では錐体外路症状 (41%)、ミオクローヌス (24%)、把握反射 (26%) が同様の頻度でみられることを報告した。しかしながら、明らかな対称性のパーキンソニズム (Lewy小体病を示唆)、または顕著な非対称性のミオクローヌスとジストニア (CBDを示唆) がある場合、PCAの根本的な原因を知る重要な手がかりとなりうる。ただし、これらの臨床的観察を確認できる病理学的データは、現在のところ乏しいのが実情である。

 

6. 神経画像
PCA患者における萎縮のパターンを、対照群や典型的なアルツハイマー病患者と比較して、局所的に定量化するために、高度な画像解析技術が使用されるようになってきている。横断的なvoxel-based morphometryは、PCA患者と健常対照者との間の灰白質容積に大きな差があることを示しており、後頭葉頭頂葉の領域で最も顕著な減少がみられ、次いで側頭葉の領域でも減少がみられた。Voxel-based morphometryと皮質厚計測の両方を用いて、PCA患者と典型的なアルツハイマー病患者を直接比較したところ、PCA患者では右頭頂葉の萎縮が大きく、左内側頭葉と海馬の萎縮が小さいことが示された。いくつかの研究で、PCAにおける非対称的な萎縮パターン(右が左より大きい)が報告されていることは注目に値するが、これらの違いは、診断における選択バイアスや、顕著な視覚機能障害を有する患者の採用によるものかもしれない。拡散テンソル画像研究からの限られたデータも、PCAが後方領域の白質路の完全性を低下させることを示唆している。しかし、萎縮領域がかなり重複することも報告されており、後部帯状回、楔前部、および下頭頂小葉を含む領域は、PCAと典型的なアルツハイマー病の両方で影響を受けている。このような所見は、PCAをアルツハイマー病と関連づけたときに、この症候群がアルツハイマー病の他の表現型と異なるスペクトル上に存在することを示唆している。縦断的に取得された構造的MR画像のフルイドレジストレーションは、PCAの進行を示しており (図3)、群研究の所見は、症状出現から5年までに、内側側頭葉構造を含む皮質全体に萎縮が広がっていることを示している。
SPECTおよびFDG PETを用いた機能画像研究のデータは、頭頂-後頭領域の構造変化とほぼ一致している (図2B)。後方領域に加え、FDG-PETでは両側前頭眼野に特異的な代謝低下領域が認められ、これは後頭頭頂領域からの入力の消失により二次的に生じ、PCAにおけるoculomotor apraxiaの原因となっている可能性がある (図1)。症例研究や小規模シリーズでは、典型的なアルツハイマー病患者に比べて、主に後頭葉頭頂葉アミロイドβの蓄積が増加していることが示されている。しかし、PCAと典型的なアルツハイマー病患者の大規模な群でPiB取り込みを比較した2つの研究では、これらの群間でアミロイド沈着に有意差はなく、両者とも前頭葉、側頭頭頂葉後頭葉皮質全体にびまん性のPiB取り込みを示した (図2B)。

 

7. 遺伝子
現在までのところ、常染色体優性家族性アルツハイマー病とPCAの表現型に関する報告はない。しかし、あるケースシリーズでは、プリオンタンパク質に5-octapeptideが挿入された家族性プリオン病においてPCA症候群が報告されている。現在存在するケースシリーズによれば、PCAと典型的アルツハイマー病に家族歴を有する患者の数の点で有意差は認められなかった。いくつかの研究では、PCA患者と健忘型アルツハイマー病患者でアポリポ蛋白E (APOE) の遺伝子型に有意差があることが指摘されている。しかし、他の研究では、PCAと典型的なアルツハイマー病の間にAPOEの差は記録されていない (表)。特に、病理学的確認が乏しいことは、これらの研究の大きな限界である。

表: PCAとADの間のAPOE ε4アレルの頻度.

APOE ɛ4対立遺伝子は、アルツハイマー病患者における変性パターンを駆動するのか (すなわち、内側側頭葉構造の変性を促すのか、または変性から守るのか)?いくつかの研究で報告されているPCAにおけるAPOE ε4の低頻度は、アルツハイマー病以外の病態を持つ患者に起因するのか?いわゆる典型的な老年期発症アルツハイマー病と比較して、PCAには異なる (まだ認識されていない) 遺伝的要因があるのだろうか?決定的な結果を得るためには、サンプルサイズが大きく、PCAの定義が一貫しており、死後の診断が確認された研究が必要である。孤発性アルツハイマー病の他の遺伝的危険因子の頻度を評価するゲノムワイド関連研究は有用であろう。

 

8. 病理
病理学的研究の結果はすべて、アルツハイマー病 (AD) がPCAの最も一般的な原因であることを示している。しかし、CBD、DLB、プリオン病 (CJDや家族性致死性不眠症を含む)、皮質下グリオーシスなど、他の原因に起因する症例もある。Rennerらは、PCA患者21人の病理学的データを報告したが、そのうちの13人はAD病であり、2人はAD+DLB、1人はAD+PD、1人は皮質下グリオーシスを合併したDLB、2人はCJD、2人はプリオン病 (CJDと家族性致死性不眠症) であった。Tang-Waiらは、PCA患者9人のうち7人にアルツハイマー病の病理学的特徴がみられ、残りの2人にはCBDがみられたと報告している。
病理学的特徴の分布パターンはPCAと典型的ADとで異なるが、病理学的変化の正確なパターンは一貫しておらず、非常に少数の症例に基づいている。ある研究ではPCAと典型的ADとの間でプラークとNFTの両方に差異があることが示されているが、プラークの分布に差異がないとする研究もある。たとえば、Levineらは、後頭頭頂部に老人斑とNFTの密度が最も高く、前頭葉部に最も低い密度を示したPCA患者の病理所見を報告している。Hofらも同様の所見を報告しており、老人斑とNFTは主に後頭頭頂側頭接合部周辺の一次視覚野と視覚連合野で認められ、前頭前野などの前頭葉領域では病的変化の密度は非常に低かった。対照的に、Tang-Waiらは、PCA患者9人と典型的なAD患者30人の病理学的変化を比較した。PCA群では、視覚野と視覚連合野のNFT密度が有意に高く、海馬と海馬支脚の神経原線維変化と老人斑は少なかった。しかし、他の皮質領域における老人斑の密度は両群で同等であった。これらの剖検研究で異なった所見が得られた理由としては、組み入れ基準や背景特徴 (年齢や疾患の重症度など) の違い、病理学的変化を定量するための方法の違い (染色法の違いやdiffuse/neuritic plaquesの区別など) が考えられる。CSFバイオマーカー (Aβ1-42、T-tau、P-tau181) が評価された研究では、ADとPCAで同様の所見が記録されており、典型的にはPCAがADと関連しているというこれまでの報告を裏付けている。

 

9. 診断基準
PCAの診断基準として、2つ提唱されているものが存在する。PCAの診断の中核的特徴として提案されているものには、緩徐な発症・進行形式、眼科的疾患が存在しない状態での視覚的障害の存在、エピソード記憶・言語流暢性や内観が比較的保たれていること、視覚失認・同時失認 (simultanagnosia)・視覚性失調 (optic ataxia)・眼球運動失行 (ocular apraxia)・失行 (dyspraxia)・環境見当識障害を含む症状が存在すること、脳卒中や腫瘍が存在しないこと、が含まれている。支持的特徴として、失読、観念運動失行、失書、失算、65歳未満の発症、PCAを支持する神経画像エビデンス、が挙げられる。
これらの基準はいくつかの臨床および研究の文脈で有用性が証明されているが、単一施設の臨床経験に基づくものであり、幅広く妥当性が検証されているわけではない。臨床的表現型と背景病理を結ぶ客観的エビデンスなしには、PCAが症候群を表す説明的用語として用いられる上での非一貫性を解決することはできない。このような非一貫性は、特に研究や臨床試験のデザインや解釈の場において、PCAという診断の妥当性を評価する上でのいくつかの問題点を生む。まず、いくつかの種類の研究 (e.g. 脳-行動、行動介入) には症候群的分類は適切かもしれないが、その他の研究では考えられる背景病理を十分に検討する必要がある (e.g. 疾患特異的薬剤の臨床試験)。次に、現時点では我々はADに由来すると思われるPCA患者に対して、ADの薬物治療の効果を判定したり、そもそもPCA患者がADの従来型臨床試験に含まれべきるか除害されるべきか判断するためのエビデンス基盤を持ち合わせていない。これはたとえば、典型的な健忘型ADやより広範な障害を呈するAD患者には、結果の測定手法が不適切 (e.g. 視覚性記憶タスク) である可能性がある、などの理由による。3つ目に、現在の基準はPCAの診断に必要な特異度についての指針を与えていない。たとえば、Rennerらによる比較的大規模なシリーズでは、PCA患者27人中9人が後方機能に孤立性の強い障害を呈したのに対し、残りの18人は全般性の認知機能障害における際立った特徴として後方機能障害を呈していたにすぎなかった。いくつかの研究グループは、PCAがADによるものであれば、典型的または非典型的AD表現型 (e.g. 健忘型AD、全般性認知機能障害、logopenic型失語) から成る表現型連続体の中に属する可能性を示唆したが、実際のところこれらの表現型の境界線はあいまいである。4つ目に、既存の基準の中核的特徴は視覚に関する症状であるものの、その他の後方皮質機能、すなわち計算や綴字や行為などの障害が目立つ神経変性疾患を持つ一部の患者も、PCAスペクトラムに属すると考えてよいのではないか。最後に、PCAと典型的ADやDLBの間では、バイオマーカーの価値も異なるのではないか (e.g. 海馬の相対的保存)。これは、バイオマーカーを疾患特異的診断基準に組み入れるという考え方が広まっている現在、特に重要である。
これらの問題を将来的に解決し、PCAを定義するための診断基準を開発することは、臨床像、神経画像、CSFバイオマーカー、組織病理学的データの間の関係性に関する客観的エビデンスに支えられた、数多くの専門施設からの意見のコンセンサスに基づいたものとなるだろう。大規模な多施設からのデータセットによって、異なる背景病理の相対的確率分布を確立することは、疾患修飾薬の臨床試験のために背景病理を区別する試みに役立つ。1つの可能なアプローチとして、多施設データセットに様々な基準を当てはめ、特定の疾患サブグループを同定するための組み込み/除外基準を確立することができる。また、専門家のコンセンサスにより、定量化可能な一連の診断マーカーという意味で、基準を使用可能にするための枠組みを検討し、研究への登録に役立てたり、研究機関間のデータの比較可能性を向上させたりすることもできる。


10. 管理
我々の知る限り、PCAにおけるアセチルコリンエステラーゼ阻害薬 (e.g. donepezil, rivastigmine, galantamine) の有効性を評価した報告はない。しかし、これらの薬剤は頻繁に使用されており (なぜならば、ADが最も考えられる背景病理であるため)、そして我々が考えるに適切に投与されている。臨床経験といくつかの症例報告から、ADやDLBの病理学的特徴を基礎にもつ患者において、おそらく何らかの臨床的有用性が示唆される。また、気分の落ち込みが持続する患者には抗うつ薬が、パーキンソニズムのある患者にはlevodopaやcarbidopaの試用が有用であろう。
PCAに対する認識の低さのため、患者は、一般的に不十分または不適切なケアやアドバイスを受けている。PCAでは、特に軽度から中等度の病期において、記憶、言語、内観などの能力が保たれているため、患者はピアサポートミーティングやグループ、カップル、個人心理療法を必要な時に利用することができる。サポートグループのミーティングは、社会的孤立に取り組む上で特に有用であり、患者は診断までの長く困難な道のりの経験を共有し、実践的なヒントや対処法、アドバイスを交換することができる。PCA患者は、簡易ディスプレイ付き携帯電話、音声認識ソフトウェア、音声型の本や時計、料理補助器具、家庭内の周囲の明るさを増すためのランプなど、主に目の不自由な人のためにデザインされたものを利用することで、恩恵を受けることが多い。患者が日常生活により完全に参加できるようにするためには、作業療法士や感覚チームへの紹介が適切であろう。また眼科医を紹介し、法的な障害者制度に基づく部分的視力障害者として登録することで、経済的・社会的な給付やサービスを受けられるようにする必要があるかもしれない。多くのPCA患者、特に顕著な視覚障害のある患者にとって、車の運転は適切ではない。理学療法は、パーキンソニズムや歩行障害のある人にも有効である。PCAにおける管理戦略の効果を示す経験的証拠は乏しいが、心理教育、代償戦略、認知エクササイズを含むリハビリテーションプログラムがPCA患者でテストされ、視知覚機能にわずかな改善がみられた。

 

11. 結論
PCAは、まだまだ認識されていない局所変性症候群であり、さまざまな背景病理と関連している。この症候群の中核的な特徴は、ADが最も一般的な背景病理であるPCAを、独立した病名として扱うことを正当化するのに十分なほど均質である。しかし、診断基準と用語が標準化されない限り、PCAの分類における一貫性の欠如は続くであろう。このreviewで提案する診断基準は、PCAの臨床的特徴と病理組織学的特徴の両方を考慮し、PCAの研究調査のために定量化可能な行動学的包括基準を導入しようとするものである。診断と治療を改善し、PCA患者とその家族に対する支援サービスを充実させるためには、医療従事者と一般市民による本症に対するより良い理解と認識が必要である。PCAにおける構造的、機能的、認知的、遺伝的変化の特徴的なパターンを明らかにすることは、典型的なADの病因と臨床的特徴、そして視覚ネットワーク機能と変性の一般的メカニズムに対する新たな洞察を提供する可能性がある。PCAにおける薬理学的および非薬理学的介入の有効性を評価し、典型的な若年発症認知症であるこの小規模だが重要な集団における表現型の多様性を駆動する因子を同定するためには、専用の臨床試験が必要である。

 

感想
うーむ。基準も疫学も遺伝子も病理も研究によってまちまちですねということがひたすら書いてある文献だった。まあそうなんだけどさ。