ひびめも

日々のメモです

アルツハイマー病の神経心理学的プロファイル

The neuropsychological profile of Alzheimer disease.
Weintraub, Sandra, Alissa H. Wicklund, and David P. Salmon.
Cold Spring Harbor perspectives in medicine 2.4 (2012): a006171.

 

アルツハイマー病の臨床 (神経心理) を学びたかったので読みました。

 

1. 背景
過去30年以上にわたり、アルツハイマー病 (AD: Alzheimer disease) に関連する認知症に対する神経心理学的評価は、最も特徴的かつ初期から現れる認知行動症状を同定し、そして疾患のステージングや経過の追跡に寄与した。疾患の初期段階に注目が集まるにつれ、ADの生物学的マーカーは認知行動症状の数年前から異常を示し始めるということがわかってきた。また、初期ADでは、疾患が特定の「大規模」神経解剖学的ネットワークを標的としており、実際に影響を受けている解剖学的部位に一致した臨床症状を呈することがわかっている。典型例では、初期のAD病理はエピソード記憶を支える辺縁系領域に選択的であり、疾患の初期段階では記憶に限局した障害がみられる。さらなる認知症状が出現し、完全な認知症としての症候群が明瞭になるのは、病理がその他の新皮質領域に進行してからのことである。
これらの発見は、AD dementiaの研究用診断基準として1984年から確率していたもの (NINCDS-ADRDA: McKhann et al. 1984) を改定する必要性を暗示した。新しい基準は、AD dementia のみならず、認知機能減衰のスペクトラム全体を組み入れ、認知症の前段階であるMCI (mild cognitive dementia) という中間的ステージを含めた。また、より早期の "preclinical AD" というステージも同定された。この前駆段階は、脳アミロイド蓄積やCSF tau/amyloidといったバイオマーカーの存在によって特徴づけられる。こうしたバイオマーカーは、生体において認知機能低下のオンセットの数年前から検出可能なものである。現在、ADを検出するためのバイオマーカーは、主に研究目的として推奨されている。このため、神経心理学的評価は、ADの早期診断のための信頼性の高い症状マーカーとして高い重要性を持ち続けている。今回の記事は、ADによる認知症に関連した神経心理学的障害のプロファイルを記述し、それを「正常な」加齢においておこる認知的変化や、その他に認知症を起こしうる神経変性疾患でみられる変化と比較する。

 

2. アルツハイマー病における神経心理学的障害
2-1. エピソード記憶
AD病理の一部を構成する神経原線維変化が最も早期にみられるのは、内側側頭葉構造 (e.g. 海馬、嗅内皮質) であり、これはエピソード記憶機能に必要不可欠な神経ネットワークを阻害する。このため、新しい情報を学習し思い出す能力が障害されていること (i.e. 前向性健忘) がAD病理の臨床的ホールマークであるというのは驚くべきことではない。しかしながら、症状のオンセットの数年前から起こるはずのアミロイド病理は内側側頭葉に特に豊富だというわけではなく、むしろデフォルトネットワークを構成する領域に豊富である。機能的に相互結合され内側側頭葉構造に集中的に投射する皮質領域 (帯状回後部、下頭頂小葉、外側側頭新皮質、腹内側および背内側前頭前皮質) のセットから構成されるデフォルトネットワークにおけるこうした変化は、海馬の神経細胞死の数年前から先行している。
AD患者では、多様な認知手続き (e.g. 自由再生、再認、対連合学習) を用いた幅広いモダリティ (e.g. 聴覚、視覚、嗅覚) にわたるエピソード記憶検査が悉く障害されている。こうした研究の多くから得られるエビデンスは、AD患者のエピソード記憶障害は、主に新しい情報の定着 (consolidation) または貯蔵 (storage) における障害であることを示唆している。ADのエピソード記憶障害を特徴づけた初期の研究では、Consortium to Estblish a Registry for Alzheimer Disease (CERAD) や California Verbal Learning Test (CVLT) といった単語リスト学習タスクを用いた。これらの研究は一貫して、AD患者が時間経過とともにすぐに情報を忘却し、そして再認や自由再生も同程度に障害されていることを示した。この成績のパターンは、ADでは記憶の定着が障害されているのであり、想起の問題ではないという考え方と合致している。
急速忘却 (rapid forgetting) に関する指標は、ADの早期検出と鑑別診断に重要な臨床的有用性を持つ。たとえばWelshら (1991) は、CERAD単語リスト学習タスクの10分後遅延再生情報量は、超早期AD患者を健常高齢者コントロールと90%以上の精度で鑑別可能であったと報告した。この指標は、同タスクから導出される他の指標 (即時再生、再認記憶スコア、侵入エラー数 など) よりも優れていた。他の研究では、急速忘却の指標は健常高齢者コントロールと軽度認知症AD患者を85-90%の精度で鑑別可能であることが示されている。ADにおけるエピソード記憶障害に寄与する他のメカニズムとしては、抑制的処理 (inhibitory process) の減少による干渉に対する感度の上昇 (→ 侵入エラーの増加) や、符号化強化のための意味的情報の利用障害などが挙げられる。
認知症高齢成人の認知機能に関する前向き縦断研究では、ADの臨床診断に必要な明らかな認知行動症状の出現の前から、わずかなエピソード記憶の障害がみらることが示されている。こうした研究の一部では、記憶成績自体は認知症発症のずっと前から悪いものの一定しているが、これがAD dementiaの診断の直前段階となると、急速に成績が低下するということを示唆している。たとえば、Smallら (2000) とBackmanら (2001) は、エピソード記憶認知症発症の6年前から軽度に障害されていたが、そこから3年間の間はごくわずかな変化しか見せなかったとしている。また、Chenら (2001) とLangeら (2002) は、参加時点では無症状またはMCIレベルであった参加者において、認知症診断のおよそ3年前から、単語リストや物語記憶テストの遅延再生で評価されるエピソード記憶が、一定のペースで着々と減衰していくことを示した。まとめると、これらの研究からは、高齢者における突然の記憶力の減衰は、低いまま定常状態にある記憶能力と比べて、差し迫った認知症の発症をよりよく予測できる可能性があることが示唆される。これらや類似した研究から、amnestic MCI (高齢者におけるpre-dementia condition) の正式な基準が開発された。すなわち、主観的及び客観的な記憶障害があるが、一般的認知能力や日常生活機能は比較的保たれている状態である。

2-2. 言語と意味知識
ADによる軽度認知症患者は、物品呼称、言語流暢性、意味カテゴリ化における障害をしばしば呈する。これらの障害の根底にある本質が今まで議論されてきており、言語的な意味記憶 (i.e. 事実、概念、単語の意味に関する一般的知識) の構造と内容の劣化を反映しているとするエビデンスがある。特定の項目または概念の知識やそれらの関係性は、側頭、前頭、頭頂連合皮質に幅広く貯蔵されていると考えられており、ADの神経病理がそれらの領域に至ることで障害が顕在化すると考えられている。
ADにおける意味記憶の劣化のエビデンスは、特定の概念の知識を異なるアクセス/出力方法にわたって探索した研究 (e.g. 流暢性、物品呼称、ソーティング、word-to-picture matching、定義生成) において認められている。これらの研究では、知識の脱落は、知識の想起の障害とは異なり、項目にわたる成績の一貫性を示すと仮定されている。たとえば、ある患者が「馬」の概念を失っていれば、馬の絵を見てそれを呼称することができないし、言語流暢性テストで「馬」を言うことができないし、馬を家畜というカテゴリにソートすることができないわけである。これらの研究の結果では、AD患者は意味記憶のあらゆる指標において障害が検出されており、特定の刺激項目があるタスクでミスされていれば (または正しく同定されていれば)、同じ情報に別の方法でアクセスする別のタスクでもミスされて (または正しく同定されて) いた。
特定の意味カテゴリを定義している属性や関連性に関する知識の脱落も、AD患者に対する言語流暢性タスクにおいて、小規模化してしまった高関連性項目のセットから単語を効率的に生成する能力を低下させる。このため、AD患者は言語流暢性 (e.g. 特定の文字から始まる単語を列挙する) よりもカテゴリ流暢性 (e.g. 動物のリストを列挙する) においてより強い障害がみられる。AD患者では意味記憶の完全性により強い負荷をかける流暢性タスクにおいてより強い障害がみられるが、これは彼らの意味記憶の構造と組織に劣化が出ているのであって、意味記憶の想起やアクセスに問題を有しているのではないという考え方と合致する。

2-3. 遂行機能、ワーキングメモリ、注意
「遂行機能」は情報の心的操作、概念形成、問題解決、手がかり指向性の行動に必要であり、その生涯はADの初期から発生し、しばしばMCI期から明らかである。記憶の遅延再生障害と遂行機能障害が併発している場合、その後のAD dementiaへの進行を予測する。情報の心的操作能力の低下は特に初期の特徴の1つであり、認知機能正常コントロールと比較したよく制御された研究においては、非常に軽度のAD dementia患者が、セットの転換、自己モニタリング、シーケンシングを必要とするタスクで障害を呈していたが、手がかり指向性の注意や言語的問題解決を必要とするタスクでは障害を示さなかったことが報告されている。他の研究でも同様に、Tower of London puzzle、modified Wisconsin Card Sorting Task、tests of relational integrationといった心的操作を必要とする高難易度の問題解決テストや、Porteus Maze Task、Trail-Making Test Part B、Raven Progressive Matricesといった遂行機能テストにおいて、AD患者が成績低下を示すことを報告した。こうした遂行機能障害は、前頭前皮質におけるNFTを反映していると考えられている。この前頭前皮質病理は、AD患者の一部で特に強調されており、こうした患者は際立った遂行機能障害を早期から呈する。ここから、病理の解剖学的特異性によって異なった新皮質ネットワークに影響が出るという事実が強調される。
AD患者における心的操作の障害は、ワーキングメモリの検査でもみられるかもしれない。「ワーキングメモリ」とは、即時的な注意の焦点にある情報が、限られた容量しかない言語/視覚に基づいた即時的な記憶バッファーに一時的に保存されながら、「中央実行系」によって操作されるような処理システムのことを指す。AD患者におけるワーキングメモリの障害は、初期には軽度であり、主に中央実行系に影響し、即時的記憶は相対的に保たれることが報告されている。ワーキングメモリシステムのあらゆる側面に機能障害が出てくるのは、ADの後期になってからである。このモデルと合致するように、軽度のAD dementia患者は、注意リソースの効果的な割り当てを必要とする、または効率的な注意の解放や切り替えを必要とするような、複雑な注意タスクにおいて障害を呈する。一方で、注意の集中や維持の能力は、疾患の後期になってからでないと影響を受けない。これは、軽度のAD dementia患者では、即時的注意スパンのテストが、即時範囲を超えた (supraspan) テストと比較して正常に保たれていることからも明らかである。

2-4. 視空間的能力
AD患者は、疾患の経過中にしばしば視空間的能力の障害を呈する。視空間的障害は早期から起こることが示唆されており、preclinical期にさえ認められることがある。視空間的機能の変化は、構成タスクや視知覚能力・視覚性見当識を必要とするタスクにおいて明らかとなる。部分的には、AD患者における視知覚の障害は、比較的保たれた皮質情報処理システムとの相互作用の障害によって現れている可能性がある。たとえば、異なる皮質領域で処理される2つ以上の特徴の組 (e.g. 色と形) に基づいて標的をできるだけ早く同定するという視覚的探索タスクを行うとき、AD患者はコントロールと比較して非常に長い反応時間を示したが、単一の特徴に基づく標的探索では比較的短い時間しか要さなかった。その後の研究では、「特徴連結」の障害は、特徴組合せ視覚探索タスクに固有の注意負荷に帰属されるわけではない可能性が示された。Festaら (2005) は、運動と色という視覚情報の背側経路と腹側経路という異なる経路で処理されてる特徴の皮質-皮質統合を必要とするタスクにおいても同様の障害を観察した。
視覚情報処理の障害と選択的/分配性注意の障害は、正常な加齢の過程でも観察されるが、AD患者ではより顕著である。さらに、視覚性の運動検出能力はMCI患者でも低下しており、AD dementia患者ではより強く障害されていることが示されている。これは、この症状がAD病理の独立したマーカーとなりうることを示唆している。視空間的注意の幅の狭小化は、Useful Field of View (UFOV) パラダイムを用いて証明されている。これは、さまざまなレベルの視覚的ディストラクター刺激の存在下で周辺視覚標的に対する反応時間を測定するものである。高齢者では、若年者と比較して周辺刺激に対する反応時間は遅くなるが、AD患者はより顕著な障害を呈する。こうした障害は、AD dementia患者における自動車事故の発生率の増大を説明するものかもしれない。
稀ではあるものの、ADは初期に比較的後方の皮質に限局した萎縮を呈することがあり (PCA: posterior cortical atrophy)、こうした患者は高次の視覚性認知機能障害を示す。記憶機能、言語、判断や考察は比較的保たれているものの、PCA患者は顕著な視覚性失認、構成失行、Balint症候群のいくつかまたは全ての特徴 (optic ataxia、gaze apraxia、simultanagnosia) を示すことがある。また、彼らはGerstmann症候群の構成要素 (acalculia、right-left disorientation、finger agnosia、agraphia) を呈することがある。視野障害、視覚性注意の障害、色彩認知の障害、濃淡感度の減少も現れることがある。
PCAの臨床症候群は基本的にAD病理と関連するが、cortical Lewy body disease や Creutzfeld-Jakob病の神経病理学的変化の存在下でも起こることがある。神経病理学的検査では、後頭葉皮質と後頭頂皮質における不均一な萎縮と病理変化が観察された。PETを用いた研究では、特に背側視覚経路の関与が示された。ADによるPCAでは、後方皮質領域に存在するNFTsやneuritic plaquesは、typical ADのものと定性的に同様のものであった。PCAにおけるAD病理の不均一な後方皮質における広がりは、近年11C-PiB PETを用いることで生体においても示された。

 

3. ADを他の認知症をきたす原因疾患と区別する
ADは高齢者において認知症をきたす最多の原因であるが、認知症は病因的または神経病理学的に異なる幅広い種類の疾患によって生じ、いくらか異なるパターンの認知機能障害を呈する。こうした違いに関して知識を持っておくことは、認知の正常と異常に関する神経生物学的なより良い理解に繋がり、鑑別診断に重要である。AD病理は、古典的な側頭-辺縁系経路以外の障害によって同定されることも増えてきた。進行性の視空間的障害、遂行機能障害失語症候群はAD病理との関連性が記述されている。臨床的基準はADに対する診断精度を示しているが、ADを他の認知症症候群と鑑別するための特異度は欠いている。その一因は、記憶障害がADの大きな特徴である一方で、他の神経変性疾患でも同様の障害は発生しうるからである。以降のセクションでは、ADの認知障害と、その他に認知症の原因となりうる年齢関連疾患、すなわちDLB、FTLD、VaDの認知障害の類似点と相違点を振り返る。

3-1. ADとDLB
DLBは、Parkinson病で影響を受ける皮質下領域と辺縁系および大脳新皮質にびまん性にLewy小体 (α-synuclein陽性神経細胞質内封入体) が出現し、その領域の細胞脱落がみられることで特徴づけられる臨床病理学的状態である。多くの場合、AD病理も "pure" ADでみられるような同様の普遍的分布で共存している。DLBの認知症症候群はADと類似しており、これらの疾患はしばしば臨床的に生涯を通して混同されがちである。しかし、軽度のParkinsonism (e.g. 動作緩慢、筋強剛、仮面様顔貌) (安静時振戦はない)、頑固で具体的な幻視、認知機能の変動 (特に注意や覚醒の変動) は、pure AD患者よりもDLB患者でより頻繁にみられるものである。
また、DLBとADでは神経心理学的障害のパターンにもわずかな違いがみられる。臨床的に診断された、または剖検で診断された患者群を対象とした、神経心理学的検査バッテリーの比較研究では、DLBでは視空間、注意、遂行機能障害がADよりも強調されるが、ADでは記憶障害がDLBよりも強調され、質的にも異なっている可能性が示唆された (全体的な認知症の重症度を統一した上での比較)。同時にこれらの研究は、視空間的障害はADとDLBのもっとも際立った障害である可能性を示唆しており、これはおそらく後頭葉皮質の機能障害がDLBにおいてのみ顕著に現れるからだと推察される。PETやSPECTを用いた神経画像研究では、DLB患者は一次視覚野や視覚連合皮質の代謝低下や血流低下を呈することが示されており、こうした所見はADではみられない。また、DLB患者では白質のグリオーシスを伴うスポンジ状変化や、時折Lewy小体の沈着も見られるなど、独特の後頭葉皮質病理を有する。
DLBにおける視空間的障害の突出性は、臨床的に有用性が高い。たとえばある研究では、幻視の存在は剖検診断のDLB (vs. AD) に対する最良の陽性予測因子 (陽性的中率 83%) であり、視空間的障害の欠如は最良の陰性予測因子 (陰性的中率 90%) であると報告されている。別の研究では、Hamiltonら (2008) はベースラインでの視空間的検査の成績不良は、DLB患者のその後2年間における全般的認知機能低下の速度と強く関連していたが、AD患者ではそうした傾向はみられなかった。以上から、初期の重度視空間的障害はDLB患者が経過不良となる可能性を示唆していると考えられる。
DLB患者の記憶障害は、AD患者のそれと比較して一般的に軽度であるが、これは影響されるプロセスの定性的差異を反映している可能性がある。これは、剖検で診断されたDLB (全症例がAD病理を合併していた) とpure ADのCVLTとWMS-R logical memoryを直接的に比較した研究で示された。これら2つの群は、新規の言語情報の学習能力は同等に障害されていたが、pure AD患者と比較して、DLB患者はより高い保持能とより良い再認記憶を示した。DLB患者におけるより良い保持能とより良い再認記憶は、DLB患者の記憶障害はAD患者と比較して想起の障害に主要な原因があることを示唆している。

3-2. ADとFTLD
FTLDは、前頭葉と側頭葉への親和性を共有した神経変性疾患の一群を総称した呼び方であり、独立した神経病理学的特徴によって特徴づけられる。FTLDに関連する認知症症候群は、早期には真の健忘を呈さないことが特徴である。その代わり、2つの大きなカテゴリに分類される: PPA (primary progressive aphasia) という言語に基づく認知症と、bvFTD (behavioral variant frontotemporal dementia) という社会的認知、行動および人格の変化が目立つ認知症である。
著名な人格変化によって特徴づけられる認知症の初期の分類名は「前頭葉認知症」であり、Pick病 (i.e. Pick bodyの新皮質への沈着) と「非アルツハイマータイプ前頭葉変性症」という非特異的な神経病理に関連するとされていた。その後の再分類によって、前頭側頭型認知症、進行性非流暢性失語、意味性認知症という3つの症候群が形成された。しかし、ここ数十年の間にこれらの非AD認知症の神経画像と神経病理の情報が急速に蓄積し、この臨床および神経病理学的診断基準のさらなる改定が必要となりつつある。
20年ほど前から、FTLD症候群に関連した神経病理学的エンティティは、タウオパチーまたは「特異な組織病理を欠く認知症」のいずれかに当てはめられるようになった。そして、臨床的、病理学的、分子学的分類が進歩した結果、現在FTLDの名前の下にはさらなる数の病理学的診断名が発見されている。現在、神経病理学的診断は神経細胞内封入体の分子的本質に基づいて行われており、tarDNA binding protein (TDP-43)、fused-in-sarcoma protein (FUS) や、tauの異なる分子フォームによって特徴づけられるエンティティのほかに、未だしっかりと特徴づけられていない小さなクラスも存在する。前頭側頭型認知症に関連付けられてきた遺伝子変異には、tau、progranulin、valosin-containing protein (VCP)、CHMP2B などがある。神経画像研究では、PPA患者では左のシルビウス裂周囲の言語領域が最も顕著な構造的変化と低代謝を呈することが示された一方で、bvFTD患者では両側の前頭葉及び側頭葉前部の萎縮と低代謝がみられることが特徴とされた。これらのパターンは、典型的なAD dementiaと関連する、内側側頭葉の萎縮および両側の側頭頭頂葉の低代謝とは異なるものである。

3-3. Primary Progressive Aphasia (PPA)
Mesulamによる「緩徐進行性の失語」(1982) の報告における6人の患者の記述以降、PPAに対する関心は増してきている。3つのバリアントが定義されており、これらは異なる臨床型、神経解剖、神経病理学的プロファイルを持つ。Nonfluent/agrammatic PPA (PPA-G) は、非流暢性の発話出力を伴うまたは伴わない、言語の文法的特徴の障害によって特徴づけられるタイプである。PPA-Gは、主にFTLD-tauopathyと関連付けられてきた。Semantic vaciant PPA (PPA-S) は流暢性の発話出力と単一単語の理解障害によって特徴づけられるタイプである。PPA-Sは主にTDP-43 proteinopathyの病理と関連付けられる。PPA-Sは意味性認知症、すなわち失語に加えて視覚性処理の障害も加わったものとオーバーラップする。3つ目のバリアントは、logopenic PPA (PPA-L) であり、文法的に正しい発話と正しい言語理解ではあるものの、ためらいがちな発話によって特徴づけられるタイプである。PPA-Lはほとんどの場合はAD病理に関連しており、病理が言語に関連した皮質領域に集中して分布しているような場合にみられる。Progranulin変異による家族性のPPAは、左大脳半球の言語関連領域に集中したTDP-43病理を持つことが報告されている。
先に述べたように、失名辞と単語リスト生成の低下は、意味処理の全般的な低下を示唆するADの特徴である。一方で、PPAにおける失名辞と言語流暢性の低下は、意味障害に伴わずとも発生する。PPAにおける初期の言語障害は、失文法、音韻順序付けの障害、錯語を含んでいる。典型的ADでは、こうした言語障害は疾患の進行期でのみ見られるものであり、より広範な認知機能障害を背景としている患者で起こるものである。名詞の呼称と比較して動詞の呼称が悪いというのも、nonfluent/agrammatic PPAと関連した特徴の1つである。動詞の処理障害はADでも起こりうるが、動詞に含まれる統語情報の処理障害というよりも意味処理の障害に関連したものである。
臨床的に診断されたPPA、bvFTD、AD患者を対象とした神経心理学的研究によれば、PPA患者では論理やエピソード記憶が他の2群と比較して保たれていた。さらに、疾患罹病期間をコントロールしたときに、PPA患者はその他の2群と比較してADLが保たれていた。これはおそらく、PPA患者においてエピソード記憶や判断能力が比較的保たれておいたことで、失語があってもADLに与える影響が少なかったためだと思われる。言語障害はPPAにおいて疾患の初期から最も顕著であるが、bvFTD患者でも発生しうるものである。ADにおける言語障害は、PPAやbvFTDと比べて緩徐な経過である。

3-4. Behavioral Variant Frontotemporal Dementia (bvFTD)
行動障害型FTDは、基本的に緩徐に発症し、不適切な社会的行動、無気力、アパシー、脱抑制、保続的行動、洞察力の欠如、口唇傾向、発話の減少、といった人格・行動変化を起こす。これらの変化に引き続き、判断力、問題解決能力、概念形成能力、遂行機能の変化が起こるが、視空間的能力やエピソード記憶は比較的保たれることが多い。ADとこれを見分けることは、症状が類似しているため難しいかもしれないが、ADはbvFTDと比較して構成障害を呈しやすいことが示唆されている。近年は、行動症状の本質や重症度からbvFTDとADを区別する試みがあり、いくらかの成功を収めているが、行動に基づいた手法は部分的な効果にとどまるものであり、障害の他の側面を含めて考えるほうがよい。ここから、認知障害のパターンの違いによって鑑別診断が可能なのではないかという考えが生まれた。bvFTDの臨床診断基準の改訂版は、病理学的に診断されたFTLDに対する妥当性が確認されており、診断精度の向上が期待されている。
特に説得力があるのは、剖検で確認された軽度から中等度の認知症を呈したFTLD患者が、剖検で確認された軽度から中等度の認知症を呈したAD患者と比較して、前頭葉機能検査 (e.g. 単語生成タスク) でより強い障害を呈したが、内側側頭葉や頭頂連合皮質の機能の検査である記憶や視空間能力タスクでは障害が軽度であったという二重乖離が示されたことである。Rascovskyら (2002) は、共分散多変量解析を用いて、FTLD患者がAD患者と比較して単語生成タスクで有意な成績低下を示したが、記憶検査 (i.e. Mattis Dementia Rating Scale [DRS] Memory subscale) や視空間的能力 (i.e. WAIS Block Design と Clock Drawing test) は有意に高い成績を示したということを報告した。文字流暢性、Mattis DRS memory subscale、Block Design test を用いたロジスティクス回帰モデルでは、91%のAD患者と77%のFTLD患者を正しく分類することができた。フォローアップ研究では、剖検で確認されたFTLDとAD患者の文字および意味カテゴリ流暢性タスクを比較し、FTLD患者がAD患者よりも低い成績を示し、さらに文字と意味カテゴリ流暢性ではほぼ同じ障害を呈したことを報告した。これは、AD患者では意味カテゴリ流暢性のほうが文字流暢性よりも障害されているということと対照的である。文字と意味流暢性の解離の指標 (Semantic index) は、AD患者の82%とFTLD患者の75%を正しく分類した。興味深いことに、正しく分類できなかったFTLD患者はすべてPPAの臨床的特徴を有していた。これらの症例が除外されると、FTLDでは意味流暢性よりも文字流暢性のほうが悪く、ADでは文字流暢性よりも意味流暢性のほうが悪かった。さらに、こうするとSemantic indexはFTDとADの90%を正しく分類できた。こうした独特な流暢性の障害パターンは、前頭葉介在性の想起障害が寄与しているのか、それとも側頭葉介在性の意味障害が寄与しているのか、という点で、FTLDとADの違いを示唆していると考えられる。
まとめると、これらの研究は、FTLDとADで異なる認知プロファイルを示しており、これがこれら2つの疾患を鑑別する助けになるという可能性を示唆している。この結論は、臨床的に診断された患者を対象としたその他の複数の研究で、遂行機能、視空間的能力、エピソード記憶の検査を用いることで、FTDとADを同程度に鑑別できる可能性が示されたということによっても支持される。これらの違いは、複数の認知機能を調べることができる比較的短い認知症スクリーニング手法によっても検出できるほど、頑強なものである。

3-5. ADとVaD
VaDとは、複数の、または戦略的に配置された脳梗塞、虚血性障害、出血性病変に続発する認知機能の累積的低下を指す。VaDの研究診断基準では、局所的な神経学的徴候や症状、および/または認知機能障害に病因学的に関連すると考えられる脳血管障害の検査所見の存在下で、複数の認知機能障害が起こることが要求されている。認知症と脳血管障害の関係は、認知症の発症が脳卒中発症後数ヵ月以内である場合、認知機能の急激な悪化がある場合、認知機能の悪化の経過が変動的または段階的である場合にしばしば示される。VaDの臨床的および神経病理学的症状は非常に多様であり、複数の大きな皮質梗塞を伴う多発性梗塞性認知症 (MID: multi-infarct dementia)、戦略的に配置された梗塞による認知症、および多発ラクナ梗塞、leukoaraiosis、またはびまん性白質病変をもたらす皮質下小血管疾患による皮質下虚血性血管性認知症が含まれる。
神経心理学的研究によると、VaD患者はAD患者よりも遂行機能の検査で障害が目立ち、一方で、AD患者はVaD患者よりもエピソード記憶 (特に遅延再生) の検査で障害が目立つ。おそらく、白質病変 (特に皮質下虚血性血管性認知症) が、認知のこの側面を媒介する前葉-皮質下ネットワークを遮断するためであろう。この可能性と一致するように、Priceら (2005) は、画像上有意な白質異常のあるVaD患者では、記憶障害や言語障害よりも、遂行機能障害や視空間・構成障害が目立つことを示した。
残念ながら、VaDとADを効果的に鑑別する認知指標には限界があるようである。剖検でVaDまたはADと確定された患者の神経心理学的プロファイルを比較したところ、VaD患者の45%のみが、記憶障害よりも遂行機能障害が顕著なプロファイルを示し、AD患者の71%が、遂行機能障害よりも記憶障害が顕著なプロフィールを示した。臨床診断群に基づく研究は、ADとVaDの病態が重複しているため、結論が出ない可能性がさらに高い。例えば、Schneiderら(2007) は、剖検に至った50人の認知症患者の38%が病理学的なAD + 梗塞であったのに対し、30%はAD病理のみであったことを報告した。血管病変はAD患者の患者における認知症発症確率を高め、記憶障害を悪化させる。

 

4. 結論
神経心理学は、ADの神経病理に関連する認知症を特徴づけるにあたり、重要な寄与を果たし、正常な加齢に伴う認知の変化や、他の神経病理に関連する認知症との鑑別にも寄与した。ADの神経心理学的研究は、認知症をきたす他の疾患、すなわち皮質Lewy小体病、脳血管障害、FTLDなどに対する我々の理解を深めた。認知症の最も初期の神経心理学的症状は、病理に関連する負荷がかかった神経解剖学的システムを反映するが、症状と根底にある疾患の関係性はあまり明らかとなってはいない (図1)。健忘性認知症は、AD病理を根底に持つ確率が最も高い認知症であるが、書記からの失語、進行性視空間認知機能障害、人格変化もAD神経病理と関連していることがある。認知症が初期から後期への進行するにつれて、症状ドメインの境界はあいまいとなり、独立したプロファイルを考えることが難しくなる (図2)。このため、最も情報量が高い神経心理学的プロファイルは、疾患の初期にある。体液および神経画像バイオマーカーの開発は、疑う余地もなく診断精度を改善し、究極的には治療へと結びつくものである。しかしながら、神経心理学的な特徴づけは、患者個人の障害を理解するのに必要不可欠であり、非薬物療法の適切な介入や、患者や介護者への適切な教育に重要なものである。

図1. 認知症神経心理学的プロフィールは、複雑な認知領域に関連する特徴的な神経解剖学的ネットワークに対する疾患の影響を反映している。例えば、顕著な健忘症は内側側頭葉の機能障害と関連し、失語症は左側頭葉周囲の機能障害の結果である。しかし、臨床症状と基礎にある神経病理との関係は、さまざまな臨床的認知症症候群に関連する複数の神経病理学的診断が示すように、それほど単純ではない。臨床的レベルと神経病理学的レベルを結ぶ線の太さは、それらの間の関連性の強さを表している

図2. 神経心理学的に異なる3つの認知症症候群の初期および後期の認知/行動プロファイルを模式的に表した3つのグラフ。棒グラフの高さは障害の程度 (軽度、中等度、重度) を表す。どの認知症症候群でも、後期 (灰色の棒グラフで表される) になれば、認知機能は同様に未分化な形で障害されており、その症候群を特徴づける単一の領域を特定することは困難である。しかし、黒い棒グラフで示される初期段階では、障害がないか軽度である領域と、明らかに異常である領域とを区別することが可能である。アルツハイマー認知症の最も典型的な書記の認知機能プロファイルは、顕著な健忘とそれに伴う認知機能障害 ("plus") であり、原発性進行性失語では、初期段階では、相対的に独立した顕著な言語障害 (中央グラフ) であり、行動障害型前頭側頭型認知症では、初期段階で最も顕著な所見は、態度や遂行機能の領域である (下グラフ)。

 

感想
そこそこ勉強になった。後日。