ひびめも

日々のメモです

ヒトの空間探索に対する海馬傍皮質と脳梁膨大後皮質の寄与

Parahippocampal and retrosplenial contributions to human spatial navigation.
Epstein, Russell A.
Trends in cognitive sciences 12.10 (2008): 388-396.

 

これも一度読んだことあったんですけど流し読みだったのでちゃんと記事にしました。非常にわかりやすい英語で、よくまとまっていて、とにかくすごい良いreviewでした...。

 

背景
空港、大学のキャンパス、市街地など、大規模な空間の中で迷うことなく空間探索を行う能力は、現代社会を過ごす上で不可欠な能力である。我々の祖先は食料や水の提供地、および避難所などの間を移動する能力なしには生存できなかったことを考えると、探索能力はおそらくより重要であっただろう。動物に対する神経生理学的研究により、海馬の場所細胞、Papez回路の頭位方向細胞、嗅内皮質の格子細胞など、探索に役立つ空間量を符号化するいくつかの細胞クラスが明らかとなり、動物において空間探索を司る認知機能が、神経細胞レベルでいかに実現されているかについての理解が大きく進んだ。一方、ヒトの空間探索を支える神経システムについては、未だあまりよく分かっていない。
ヒトの探索に関する神経画像研究では、海馬傍皮質後部および脳梁膨大後皮質が最もよく活性化され、これらの領域は、風景や建物など探索に関連する視覚刺激を受動的に見たときにも強く反応する。これらの知見と一致して、これらの領域の損傷はしばしば探索能力の障害をきたす。このような結果は、海馬傍皮質と脳梁膨大後皮質が、ヒトの空間探索を支える神経ネットワークの重要なノードであることを示唆している。しかし、これらの各ノードは具体的にどのような機能を持つのだろうか?特に、それぞれの領域が、探索に関連したどのような情報処理を担っているのだろうか?このような疑問に答えることは、人間の脳がどのように空間探索を司っているのかを理解する上で、非常に重要である。これまでの空間探索の研究は、他の脳領域に焦点を当てたり、神経心理学的データのみを取り扱っていたりしていた。ここでは、特に海馬傍皮質と脳梁膨大後皮質に焦点を当て、神経画像、神経心理学、神経解剖学、神経生理学的な観点から、これらの領域がヒトの空間探索に果たす重要な役割を明らかにする最近の研究を振り返る。

 

1. 海馬傍回場所領域 (PPA: parahippocampal place area)
1-1. 基本的特性
1998年、我々は、海馬傍皮質後部の"parahippocampal place area (PPA)"と名付けた領域が、場所の画像に優位に反応したことを報告した。特に、PPAは風景や街並みなどの複雑な視覚的シーンに強く反応し、非シーン的なオブジェクト (e.g. 電気製品、動物、乗り物) やスクランブルされた画像には弱い反応しか示さず、さらに顔には全く反応しなかった。PPAのシーン優位な応答は、風景、街並、部屋、卓上、そしてレゴブロックで作られた「シーン」も含め、多様な種類のシーンで認められる。PPAは時々「建物」や「家」領域と呼ばれるが、実際には建物に対する反応はシーンに対する反応より小さく、さらに被験者がその建物を部分的なシーンとしてではなく孤立したオブジェクトとして扱うように誘導されると、その反応はより小さくなる。このような結果からは、PPAにとっては建物よりもシーンの方がより最適な刺激であると考えられる。
PPAが現実世界のシーンに示す反応性は、シーンで示された場所への親和性に、ほんの少ししか影響されない。ここから、PPAは局所的シーンの知覚や符号化に主に関与しているのであって、より高次の記憶や探索タスクへの関与は薄いことが示唆される。しかしながら、PPAは見えないシーンにも反応する。多くの高次視覚領域と同様に、PPAは場所の想像によって活性化が見られる。これは、PPAが心的探索タスクの最中にも活動を示すという観察を説明できる事象である。さらに、PPAの非シーン的オブジェクトに対する反応は、その刺激の探索的または文脈的な重要性によって変動する。このように、PPAはシーンが見えるときだけでなく、シーンを手がかりにしたとき、あるいはシーンを思い浮かべたときにも反応を示すようである。
PPAのサルホモログは明らかではない。我々は以前、マカクザルの海馬傍皮質の中で細胞構築学的に定義される2つの領域 (TFとTH) が、PPAと同等なのではないかと推測したが、Saleemらによる最近の報告は、PPAは実際にはこれよりもっと大きな領域なのかもしれないと示唆している。彼らは、TFの後部にある下位領域を同定し、TFOと名付けた。この領域は顕著な第IV層を含んでいるため、海馬傍皮質の前方領域よりも、V4やTEOといった隣接した視覚応答性領域とより機能的に類似していると考えられた。TF/THの残りの部分は、より一般的な空間的記憶に関する役割を有しているのかもしれない (BOX1)。

BOX1: 海馬傍皮質前部について
PPAは1つのユニットと考えるべきなのだろうか?海馬傍皮質前部とPPA後部 (舌状回に広がる) の間の機能的分業については、いまだ結論は出ていないものの、いくつかの興味深いエビデンスがある。特に、海馬傍皮質前部はシーン再認のみならず、空間的記憶の符号化においてより一般的な役割を果たしている可能性がある。この仮説は、3つの証拠に基づいている。なお、海馬傍皮質前部は海馬傍回の前部と混同してはならない (海馬傍回は嗅周皮質を含む)。
マカクザルのTFOは、より前方のTFやTHと区別できることが解剖学的および結合静的データから示唆されている。TFOは視覚応答性の領域で、第IV層が顕著であるが、TF/THは空間記憶により関与し、腹側経路 (V4、TE/TEO) と背側経路 (脳梁膨大後部、後頭頂領域) の両方からの入力を組み合わせて、嗅内皮質と海馬に出力を送っているのかもしれない。頭頂葉皮質と海馬傍皮質前部の間の結合の強さは、後者の損傷が視空間無視を引き起こすというところからも伺える。
神経心理学の文献では、主に新しい環境で道に迷う患者と、新しい環境と慣れ親しんだ環境の両方で道に迷う患者が区別される、という点を指摘している。AguirreとD'Espositoは、前者を前向性地誌的失見当識、後者をランドマーク失認と呼んでいるが、これらの2つが全く異なるものかどうかは明らかではないと述べている。前向性地誌的失見当識は、海馬傍皮質前部の地誌学習メカニズムが障害されたために起こる可能性があり、一方でランドマーク失認は、より後方のシーン再認メカニズムが障害されたために起こる可能性がある。
難治性てんかんの治療のために、海馬傍皮質が切除されることがある。これらの患者では、一般的に海馬傍皮質前部を含む側頭葉内側の前方領域に限った損傷を受けるため、脳卒中患者で影響を受けやすい、よりの後方領域は損傷を受けていない状態である。これらのてんかん患者は、空間的記憶タスクにおいて、たとえその課題が明らかにシーン知覚に関係しない場合でも、成績低下を示すことがある。たとえば、Plonerらは、右海馬傍皮質病変を有する患者では、左視野の位置を記憶した上で30秒後にその位置にサッケードを行う能力に障害があることを発見した。

1-2. 神経心理学的研究
PPAを含む海馬傍皮質および舌状回領域は、しばしば後大脳動脈梗塞で障害を受ける場所であり、特に右半球の病変では地誌的失見当識をきたすことが多い。典型的には、これらの患者は道や建物、交差点などの大きな地誌的構成要素を同定することができないが、これらの構成要素が属する一般的な意味的クラスを同定することはできる。彼らはこうした障害を、小さな詳細情報 (e.g. 郵便受けや道路標識) に注目することで代償することもある。彼らは、異なる場所の間の空間的位置関係を理解する能力は保たれているため、異なる場所の間の現実世界での移動能力は障害されていても、その経路地図を描く能力は保たれている。一見して視知覚は障害されていないように見える (視野障害を除く) が、このような患者はしばしばシーンの大局的な構成的側面が欠如していることを訴える。
MendezとCherrierは既知および新規の環境で道に迷う症状を示す典型的患者 (GN) について詳細な検査を行った。GNは廊下や公衆浴場、映画館などの何の変哲もない環境で特に道に迷い、「浴場内にある物がすべて真っ白な、同じもののように見える」などと言ったと報告されている。経路探索中に、建物などの顕著なランドマークや、交差点などのシーンを同定するように命じられると、ランドマーク再認は正常であったものの、単一の際立ったオブジェクト様のランドマークを含まないようなシーンの同定能力は重度に障害されていた (図2a)。興味深いことに、ランドマークやシーンを再認することさえできれば、彼はランドマークからどの方向に進めば良いのかをわかっていた。実際、彼は自分の町の「案内図」と同じようなものを頭の中に保持できていると言っていた。まとめると、彼は全体的なシーンを再認することができなかったが、ランドマークを同定するにあたって障害されていないオブジェクト再認システムを用いることはできていた。彼のシーン解析能力の障害が、浴場などの比較的特徴に欠く環境で悪化するという事実を考えると、彼の障害は、空間的ジオメトリだけに基づいた解析が必要なシーンにおいて、特に強くなる可能性がある。

※ 図2: (a) PPAのシーン再認への関与を示す神経心理学エビデンス。右半球の海馬傍皮質の病変を持つ患者は、顕著なオブジェクト様のランドマークを含んでいない限り、シーンを再認することができなかった。(b) 空間的レイアウト仮説では、PPAは固定的なトポロジカル特徴によって定義されるシーンの全体的な空間的レイアウトを符号化し、シーン内の個々の物体に関する情報は外側後頭葉複合体、紡錘状回、嗅周皮質で符号化されると考えられている。この考え方は、正常なシーン知覚には、オブジェクト情報とレイアウト情報の統合が必要であることを示唆している。(c) PPAは壁や地面などのレイアウト定義的なシーンに強く反応する。特に、PPAの屋内シーンへの反応性は、オブジェクトの除去ではほとんど変化しないものの、背景の除去によって有意に低下する。さらに、PPAのレゴ「シーン」への反応性は、レゴ「オブジェクト」への反応性と比較して有意に大きい。

我々は海馬傍皮質の病変を持つ2人の患者で同様の障害を認めており、うち1人ではPPAが全く機能していないことを証明できた。我々の患者では、GNのように新しい環境の地誌的構造を学習する能力が重度に障害されており、これは局所的シーンを符号化する能力が欠如しているためだと考えられた。一方で、逸話的証拠にはなるものの、彼らが病前に学習した環境に関する空間的知識は、ほとんど正常に保たれていた。
患者DFは、PPAは保たれているものの、物体の形態処理経路がほぼ完全に障害されており、GNと対照的な興味深い患者である。彼女は物体を再認できないにもかかわらず、シーンを街、海岸、森などの一般的なカテゴリーで分類することができた。さらに、彼女がこれらのタスクを実行したとき、彼女のPPAは活性化した。つまりPPAは、より一般的に研究されている物体処理経路を迂回した、シーンに対する個別的な処理経路の一部であるように見えるのだ。

1-3. PPA内の情報処理
これまで提示したデータは、PPAが視覚的シーンの同定に欠かせない領域であることを示すものの、この機能を果たすために用いられる特定の表現については特に情報を与えていない。どのような視覚的再認メカニズムについても、我々は根本的な情報処理に関する2つの疑問を問うことができる。まず、再認されたエンティティを表現するために、どのような空間的フレームが用いられているのだろうか?これについては、PPAはシーンを、世界中心的 (視点非依存的) なフレームではなく、観測者中心的 (視点特異的) なフレームで符号化しているように見える。2つ目に、システムがエンティティを表現するために用いる基本的な要素は何だろうか?これについては、PPAはシーンの全ての側面を符号化しているわけではなく、むしろ大きく固定的な表面的要素によって定義される、シーンの空間的レイアウトを主に定義しているとするエビデンスがある (図2b)。言い方を変えれば、PPAは全体的なシーンを、その構成要素とは分離された統一的なオブジェクトとして扱い、それ自体として符号化および再認を行っている。この特徴は、シーン内の特定のオブジェクトおよびその空間内配置に関する情報を含み、定性的に異なる表現でシーンを符号化している海馬とは対照的である。

BOX2: PPAのシーン処理における視点および網膜上位置特異性
PPAがシーンを符号化するにあたって理論上使用可能な座標フレームは、少なくとも2つ存在する。すなわち、視点中心的およびシーン中心的フレームである。前者では、PPAは与えられたシーンの異なる見え方を別々に符号化するが、後者では、視点が異なっていても同一の場所を見ているのであれば単一の表現として符号化が行われる。我々はこの問題について、fMRI反復抑制 (fMRI順応) として知られている現象を利用した一連の実験を行った。主な疑問は、異なる視点から見たシーンを反復することによって、反応性が減少していくかどうかということである。もしそうならば、シーンの2つの見え方は表現的には等価であると言えよう。我々は一貫して、fMRI反復抑制が同一視点の反復では見られるものの異なる視点の反復では見られないことを観察し、ここから視点特異的処理を主張している。興味深いことに、刺激提示感覚が長くなるほど、または視点変更がシーンの周りを一貫して動くような順序立ったシーケンスを構成している際には、視点横断的な順応もいくつか観察されるようになる。しかしそのようなケースでも、完全な視点非依存性は一度も観察されなかった。
視覚的表現に関する2つ目の基本的疑問は、網膜上の刺激位置にどの程度感受性があるのかという点である。我々は、網膜上位置の正中線横断的な変化が12°までであれば、PPAの反復抑制効果が認められないことを発見した。この12°というのは、外側後頭葉複合体 (LOC: lateral occipital complex) のような物体選択的領域であれば十分に反応するような視覚的変化量である。これらの結果から、PPAの受容野は物体処理領域の受容野と比較して大きく、これがPPAの大規模かつ広範なシーン特徴 (壁や山腹など) の符号化への関与を反映していると考えられた。
まとめると、視点非依存性および位置非依存性の研究によって、PPAはシーンの周りにおける観測者の運動によって引き起こされる視覚的変化 (i.e. 視点変化) には感受性を示すものの、眼球運動によって起こる視覚的変化 (i.e. 網膜上位置変化) には感受性を示さない。同様の結果はRSCでも観測されているが、この領域は視点やシーン枠などの特定の知覚的詳細にはいくらか低い感受性を示す。海馬に関しては、神経生理学的および神経心理学エビデンスからは視点非特異的な場所表現が示唆されているが、我々が海馬についてfMRI順応を確認してみたところ、そのような結果は観察できなかった。これは単純に、海馬のニューロンが新皮質のニューロンとは異なる固有特性を有しているため、海馬がfMRI反復抑制効果にいくらか頑強であることを反映している可能性は否めない。あるいは、海馬のfMRI反復抑制は、刺激の繰り返しそのものよりも、タスク要件によって形成される宣言的記憶に依存している可能性がある。特に、海馬が同じシーンの2つの見え方を「同じ」または「異なる」と判断する程度は、課題が同じ場所の反復と同じ見え方の反復のどちらを判断するものなのかに依存する可能性があり、PPAでは課題に関係なく同じ見え方の反復によってfMRI反復抑制が認められるのとは対照的である。

PPAの屋内シーンに対する反応は、シーン内の個々の物体の有無に依存しないという事実は、空間的レイアウト仮説をサポートする。PPAは空っぽの部屋にも、家具やオブジェクでいっぱいの部屋にも、同程度に強く反応するが、部屋の背景を除去しオブジェクトのみを取り出してきた画像には非常に弱くしか反応しない (図2c)。したがってPPAは、空間内の小さなオブジェクトよりも、壁などの局所的空間ジオメトリを規定する固定的な背景エレメントによって主に駆動されるように思われた。その後の研究では、PPAはレゴブロックで作られた「オブジェクト」と比べて「シーン」により強く応答すること (図2c)、拡大シーン (e.g. 暖炉の拡大像) やシーン規定オブジェクト (e.g. 背景がすべて除去された暖炉の画像) よりも全体的なシーン (e.g. キッチン) に強く応答すること、表面特徴に修正を加え3次元空間とは見えなくされた画像よりも空間的構成を保持したシーン画像に強く応答することが報告された。これらの結果は、PPAが局所的空間のジオメトリ的構造に関する情報を豊富に含む刺激に最も強く応答することを示唆する。
これらの結果は、PPAが「空間的レイアウト」を符号化するという考えと合致するが、符号化されうる空間的レイアウトには様々な異なる種類がある。一つの可能性は、PPAがシーン内の固定的エレメントのジオメトリを特定の視点から符号化しているというものである。たとえば、PPAはシーンの表面形状のような「収縮包装された」ジオメトリ、またはシーン内の主要な障壁とアフォーダンスの大まかな表現を符号化するのかもしれない。あるいは、PPAはシーンの符号化にはあまり関わっておらず、むしろ空間の主軸に関する情報を抽出することによって、シーンに対する観察者の位置と向きを処理することに関わっているのもしれない。この最後の考えに対するいくつかのエビデンスは、学習エピソード中のPPA活動は刺激マテリアル (シーンの地面 vs 空中からの見え方) に強く依存しなかったが、観察者がシーンに対して変化する方向を追跡する必要があるかどうかに強く依存したことを発見した最近の研究から来ている。
最後に、重要な未解決の問題として、PPAがジオメトリ的情報だけを符号化しているのか、またはシーン内の色やテクスチャなどの視覚的特徴の分布をも符号化しているのか、という点は定かではない。PPAがジオメトリだけを符号化しているという考え方は、動物やヒトが道に迷った際には局所的空間の形状が主に用いられるという行動学的研究とよく合致する。実際、環境心理学的には、場所の再認には壁や山腹、道路などの固定的な地誌的要素が特に重要であることが示唆されている。しかし、最近のいくつかのエビデンスでは、PPAに隣接する舌状回/紡錘状回領域が、色やテクスチャなどのオブジェクトのマテリアル的特性に感受性を持っていることが示唆されており、PPAが純粋にジオメトリだけを符号化しているという考え方に反する。1つの可能性として、PPA内の異なる下位領域が、シーンのジオメトリ的または非ジオメトリ的な特性を符号化していると考えることはできるが、この考え方は現時点ではただの推測の域を出ない。

 

2. 脳梁膨大後複合体 (RSC: retrosplenial compelx)
2-1. 基本的特性
探索タスク中に皮質活動性が認められる2つ目の焦点部位として、脳梁膨大後皮質/後帯状皮質/頭頂葉内側皮質が挙げられる。これらの領域は、鳥距溝と頭頂後頭溝が結合する部位に近接している。脳梁膨大後皮質 (BA 29/30) は、後帯状皮質 (BA 23/31) に隣接し、一部覆われるような位置にある。このため、これらの名称はしばしば逆に言及されることもある。こうした曖昧さを避けるため、本文献では機能的に定義されたシーン応答性領域として脳梁膨大後複合体 (RSC: retrosplenial complex) という呼び方を用いる。この領域は、必ずしも解剖学的に定義された脳梁膨大後皮質と同一ではない。
RSCはシーンを見ている際、シーンを想像する際、馴染みのある環境内の心的探索の際に強く反応する。場所の親和性効果が小さいとされているPPAとは対照的に、RSCは馴染みのない場所と比べて馴染みのある場所で50%も強い反応を示す。ここから、RSCは馴染みのある環境の空間的長期記憶の想起に関与していることが示唆されている。この考え方に関するさらなるエビデンスは、被検者がキャンパス内のシーンを単に見たことがあるかどうかを判定するときと比較して、そのシーンのキャンパス内での位置を答える際により強いRSCの活動性が見られたとする最近の研究 (図3a) や、バーチャルリアリティで町の中を探索する際のRSCの活動性が、学習できた知識の総量と相関していたとする研究から来ている (図3b)。RSCは「デフォルトネットワーク」の一部としてしばしば記述されるが、シーンに対する応答性はその基底状態よりも有意に高いため、シーン処理への真の関与が考えられる (図1)。

図1: PPAとRSCの位置および基本的特性。オレンジ色のボクセルは非シーン的オブジェクトと比べてシーンに強く反応した部分 (p<0.05) である。クロスバーはPPAとRSCの位置を示している。棒グラフは、6つの刺激カテゴリに対するPPAとRSCの反応性を示したもので、固視基底状態からの相対的変化量としてプロットしている。解析では、PPAとRSCは先行研究で記述されているように機能的に定義されている。PPAは明らかにシーンに最も強く反応するが、その他の刺激に反応しないわけではない。RSCの反応性は、シーンについては明らかにベースラインよりも高いが、その他の刺激についてはベースライン以下であった。

図3: RSCは空間的長期記憶の想起をサポートする。(a) RSCの活動性は空間的長期記憶の想起に対応する。Pennsylvenia大学の学生たちが、ホームキャンパス内の写真、馴染みのないキャンパス内の写真、そして非シーン的オブジェクトの写真を見ながら、fMRIスキャンを受けた。ホームキャンパスの写真に関しては、それぞれのシーンに関する空間的情報 (場所や方位) を想起するか、単純に馴染みがあるかどうかの判断を下すのみか、というどちらかの課題が与えられた。RSCの反応は、親和性判断と比較して、場所または方位の判断において強く認められた。さらに、RSCの反応は馴染みのないキャンパスと比較して馴染みのあるキャンパスの画像を見ているときに高かった。これらの結果は、RSCの反応は環境への親和性によって高まり、意識的に空間的な長期記憶を想起することでさらに高まるということを実証している。なお、PPAの反応は、課題や親和性によって影響を受けないため、局所的シーンの知覚を行っているという役割と合致する。(b) バーチャルリアリティの町の中で空間探索を行いながら学習を行うと、被験者の空間的知識の増加に伴ってRSCの活動性が上昇する。(c) RSCの障害は、自己中心的空間表現と他中心的空間表現の関係性の理解に障害をきたす。ある患者は、自分の家の庭の写真を見せられ、その写真がどこから撮られたものかを決定するように命じられたが、正確な決定ができなかった。

また、解剖学的な結合性データも、RSCが空間的記憶をサポートするという考えと一致している。サルでは、脳梁膨大後皮質/後帯状皮質頭頂葉のarea 7aやLIP、側頭葉内側の嗅内皮質、前海馬支脚・後海馬支脚、海馬傍回のarea TF/THなどと強く相互結合している。このように、RSCは頭頂葉における自己中心的空間符号と側頭葉内側における他中心的空間符号を相互変換するのに適した位置にある。視床前部と背外側前頭前皮質からの投射は、この変換を媒介するのに重要な、頭位方向とワーキングメモリ入力を提供するかもしれない。ラットでも、同様の解剖学的結合が見られている。

2-2. 神経心理学的データ
ラットと同様に、ヒトの脳卒中脳梁膨大後部が障害を受けると、探索の障害が高頻度に起こることが報告されている。しばしば、その障害の発症様式は極めて劇的である。たとえば、ある患者は仕事の帰り道に家に戻る際、突然道に迷った。「彼は建物や景観を再認することはでき、自分がどこにいるのかは理解していたが、そのランドマークから他の場所への方向に関する情報を導くことができなかった。したがって、彼は家に帰るためにどの方向に進めばいいのかがわからなかった。」このような探索障害は、右半球の障害、左半球の障害、そして両側半球の障害において報告されている。興味深いことに、これらの問題は半側の障害であれば数か月で消失するが、両側の障害ではなかなか消失が認められず、ここから非障害半球による代償メカニズムの存在が示唆されている。
海馬傍皮質の障害を持つ患者と対照的に、脳梁膨大後部の障害を持つ患者は、シーンを同定することはできるが、それを方向付けのために用いることができないと報告されている。この障害のために、これらの患者はたとえ極めてなじみの深い環境であっても道に迷う。自身の家の近所または自身の家の中の地図を描くように命じられても、ほとんどの患者ができなかったと報告されている。少数ではあるが一部の患者は、実際にたどることができない経路を、口述では説明することができた。また、特定の位置からのシーンの見え方を述べることができる患者も存在するが、2つの地点の間の空間的関係を決定することはできなかった。
この領域の解剖学的結合性から推測可能なことかもしれないが、脳梁膨大後部の障害で起こる症候群の主要な要素は、自己中心的/視点依存性の表現と、他中心的/調査レベルの表現の間の相互変換能力の障害であるように思われる。たとえば、ある患者は自分の家の写真がどの位置から撮られたものかを地図を使って示すことが全くできず (図3c)、別の患者は部屋の中で自分の現在の位置を、部屋の間取り図や部屋のミニチュア模型を用いて特定することができなかった。また、方向を変える必要がある場合、部屋の中で迷ってしまう人もいた。このように自己中心的な表現と他中心的な表現の間の相互変換がうまくいかないと、脳内地図のような他者中心的空間表現に局所的なシーンを関連付けることができなくなり、空間探索に重大な影響を与える可能性がある。

2-3. RSCにおける情報処理
上で述べた結果は、RSCは大域的な空間内で自身を位置づけるのに重要なメカニズムをサポートしていることを示唆するが、RSCがそのようなメカニズムを司るにあたって用いている特定の表現についてはほとんどわかっていない。齧歯類の神経生理学的研究では、RSCニューロンは、頭位方向 (head-direction cells) や特定の場所における頭位方向 (direction-dependent place cells) などの様々な空間量を符号化していることが示されている。しかし、これらの多様な細胞が同一の領域に認められるのか、もしくは異なる頭頂葉内側/後部帯状回の下位領域に認められるのか、ということは未だわかっていない。また、こうした種類の細胞が、機能画像研究で定義されるヒトRSCで認められるのかどうか、という点もはっきりしていない。
このような点に注意しつつも、探索中のRSCにおける情報処理に関するいくつかの推測を行うことは可能である。近年の神経生理学的研究では、Satoらは、複数の部屋から構成されたバーチャルリアリティ環境において、サルに学習させた経路を歩かせながら、頭頂葉内側ニューロン (おそらくRSC) の活動性を記録した。このタスクにおいて強い反応を示した多くのニューロンのうち77%が、動物が特定の位置において特定の行動を行った時 (左右に曲がる、または前に進む) に特異的な反応を示した。この結果の1つの解釈は、これらのニューロンが経路内のそれぞれの位置から見た次の地点への方向を符号化しているというものである。Satoらは自己中心的方向と他中心的方向 (「左に曲がる」vs「東に曲がる」) を区別しようとは試みなかったが、別のグループによる遅延サッケード実験の結果からは、この領域は目標位置を両方の座標フレームで符号化していることが示されている。興味深いことに、Satoらの研究では多くのニューロンが経路選択的な反応を示した。これは、少なくとも環境の学習の初期段階では、RSCは経路ごとの区別を行なっていることを示唆している。
これらの結果は、RSCが「自分がここにいる」という他中心的な情報を「自分のゴールは左にある」という自己中心的なものに変換する (逆もまた然り) 表現をサポートしているという考えと合致し、RSCに障害のある患者では見えないゴールへの方向を決定することができないという神経心理学的データを支えるものである。近年の報告でByrneらは、RSCが自己中心的座標フレームと他中心的座標フレームの間の回転オフセットを代償するために視床からの頭位方向入力を用いるという計算科学的モデルを提唱した。さらに、RSCは海馬と頭頂葉の空間的符号を変換するためだけのデバイスではなく、馴染みのある環境の空間的構造を特有の表現方法で符号化することで、海馬が障害された際の探索や、単純または馴染み深い環境内での探索をサポートしている可能性も考えられる。特にRSCは、顕著なランドマーク間の位置関係や経路を符号化することで、海馬と嗅内皮質でサポートされる計量的で詳細な脳内地図を機能的に補足するトポロジカルグラフをサポートしている可能性もある。

 

3. 結論: 視覚に基づいた探索を支える2つの処理経路?

PPAとRSCは空間探索において、異なった、しかし相補的な役割を持っている。PPAは局所的シーンの表現を符号化しており、その記憶の意識的想起や再認を可能としている一方で、RSCはより広い空間的環境内で自己を方向付け、見えない探索目標へ向かう道のりを計算するためのメカニズムをサポートしている。興味深いことにこの区別は、空間的符号が、視点特異的なシーンのスナップショットと世界中心的な空間的位置表現という2つの異なる種類の表現を用いているとする近年の認知心理学研究の結果ともよく合致している。PPAとRSCの両者は、探索に重要な視覚的刺激 (シーン) の受動的観察に強く反応するため、これらの領域は嗅内皮質と海馬に収束する、視覚誘導性の探索を支える異なる処理経路として概念化することができるかもしれない。
推測の域を出ないものの、これらの2つの入力経路は、2つの異なる種類の探索的状況に適していると考えられる。我々が道に迷い、自身の大局的な位置を再確認したいときには、PPAにおけるシーンの再認メカニズムが重要で、海馬における正しい「地図」の選択が可能になる。さらに、馴染みのない環境を旅している際には、PPAにおけるシーンの表現は、より大きな地誌的表現を形成可能な「積み木」のブロックを提供することになろう。一方で、探索上のゴールへの方向を特定するための、RSCにおける方向付けメカニズムは、自身がどこにいるのかを大体把握した際に初めて使用可能になる。これらの2つの処理経路は、経路統合メカニズムや、遠位ランドマークを参照しながら頭位方向を維持するメカニズムなど、ここで記述されなかった多くの他の神経メカニズムと共同して働くのだろう。これらのメカニズムが、認知心理学で記述された空間的符号とどのように関連付けられるのか、そして空間的および非空間的記憶の両方をどのようにサポートしているのかを研究することは、今後の課題である。

BOX3: 重要な疑問
「空間的レイアウト」とは何だろうか?これは、神経レベルではどのように符号化されているのだろうか?特に、PPAのニューロンは異なる視覚的特徴 (テクスチャや色)、異なる環境形状 (e.g. 左に開けている/右に障壁がある vs 左に障壁がある/右に開けている)、観測者と環境の間の異なる空間的関係性 (e.g. 現在の頭位は局所的環境の主軸から30°ずれている) などに、選択的に反応するのだろうか?
Janzenらは、PPAに対応する海馬傍回後部領域が、探索的に重要でない位置に存在したオブジェクトよりも、以前交差点に存在したオブジェクトに、より強く反応したことを報告した。この「ランドマークオブジェクト」効果を説明する方法は何だろうか?PPAが符号化しているのは、ランドマークオブジェクトの外観、オブジェクトの位置、それともそれぞれのオブジェクトに関連する局所的空間フレームワークの、どれに該当するのだろうか?
本文献では、PPAの位置と境界について詳細に記述したが、RSCについては比較的よくわかっていない。RSCは単一の機能的ユニットとして働いているのだろうか?それともより解剖学的に細かな構成要素の集合体なのだろうか?もし前者であるならば、その解剖学的境界は何だろうか?もし後者ならば、RSCのそれぞれの構成要素 (脳梁膨大後皮質、後帯状皮質、頭頂後頭溝) の機能は何だろうか?
脳梁膨大後部の活動性は、明確には空間的要素を含まないエピソード記憶や自伝的記憶に関するタスクの最中にも認められる。これは、エピソード記憶や自伝的記憶が「シーン構成」のような固有の空間的構成要素を含んでいることを示しているのだろうか?それとも、RSCの「真の」機能は、空間的および非空間的な情報の両方の処理を含む、より一般的なものと言うべきなのだろうか?
神経画像研究および動物に対する損傷研究では、馴染み深い経路に沿った探索では、新規の経路の探索とは異なる記憶システムが関与していることが示唆されている。特に、新たな経路の設計には海馬の空間表現が関与するように思われるが、馴染み深い経路では、より基底核 (特に尾状核) に依存した、反応ベースの戦略が用いられる可能性がある。PPAとRSCは反応ベースの探索でも機能しているのだろうか?特にPPAは、特定の位置で「左に曲がる」といった行動を促すために欠かせないランドマークの符号化に関わっているのだろうか?そして、「ここで左に曲がる」といった行動に重要な情報は、尾状核とRSCで、どのように異なる形で符号化されているのだろうか?

 

感想
空間探索の入門に最適なreviewですねこれ。すごいわかりやすい!PPAの空間的レイアウト仮説はしばしば目にしますが、これが元論文なのかな?PPAの機能的役割と、そのメカニズムについては色んな仮説を目にしますが、空間的レイアウト仮説は1つのもっともらしい仮説ですよね。空間的レイアウトを表現するために必要な情報として、線分統合によるエッジの表現とか、両眼視差による深度表現とか、比較的低次の視覚皮質で処理されると考えられる視空間的情報が挙げられるため、特に舌状回皮質のような後方領域では、そのような情報を統合することで、空間的レイアウトを表現することはできそうです。ただ、もちろんPPAが表現しているのは空間的レイアウトだけではないし、上述したような空間的レイアウトの表現方法は一部のオブジェクトにも当てはまってしまうため、そう単純ではないのだろうなと思います。
最近、個人的にありうると思っている仮説として、探索に重要なランドマークとして働きうる視覚的情報の表現が、小児から成人への発達期間をかけて、多くの経験と神経回路の成熟と共に、PPAという部位の神経アセンブリに (自然と) 集簇してくるという考え方はどうでしょうか。別に何の裏付けもありませんが、色んな年齢層の人間にランドマーク画像を見せながらfMRIを撮像した時、その反応性がどのように変わっていくのかを調べたら面白そうと思っています。
多分これでだいたい空間探索に関するreviewは読み終わったので、次はそろそろカンデルを読んでまとめる記事でも書こうかなあ...。