ひびめも

日々のメモです

筋萎縮性側索硬化症-前頭側頭スペクトラム症 (ALS-FTSD) における神経心理学

Neuropsychological impairment in amyotrophic lateral sclerosis–frontotemporal spectrum disorder.
Abrahams, Sharon.
Nature Reviews Neurology (2023).

 

1. 背景
筋萎縮性側索硬化症 (Amyotrophic lateral sclerosis, ALS) は上位および下位運動ニューロンの変性によって特徴付けられる急速進行性の神経変性疾患である。この疾患は、世界全体で10万人に1.75人程度の有病率の希少疾患ではあるが、民族ごとの有病率の差が存在する可能性もある。初期症状として、四肢や球領域の筋力低下、線維束性収縮、反射の亢進、痙性などが挙げられる。罹病者はしばしば、ボタンかけなどの巧緻運動障害、下肢筋力低下や下垂足、時には呼吸困難などを訴えて受診する。発症から診断までにはかなりの期間がかかり、一般に10ヶ月以上を要する。疾患の経過は急速であり、発症から平均して3-5年で死亡に至る。
近年、ALSは純粋な運動神経変性疾患ではなく、pure motor ALS から ALS-FTD (frontotemporal dementia) までの表現型スペクトラムを持つ多系統疾患であるという理解にシフトしつつある。このようにALS-FTSD (frontotemporal spectrum disorder) (図1) として再概念化が行われた背景には、ALSとFTDの間の遺伝学および病理学的オーバーラップ以外にも、多くの症例の臨床的表現型の主要な特徴として、神経心理学的障害が見出されるようになったことに由来する部分もある。

図1. ALS-FTSD. この図は、ALS患者で観察される認知障害及び行動障害のスペクトラムと、それぞれの大まかな頻度を示している。Pure motor ALS から ALS-FTDまでのスペクトラムは、ALS-FTSDと名付けられた。

このレビューは、ALS-FTDスペクトラムの中間で認められる認知機能障害、行動障害、背景にある大脳機能障害の種類に焦点を当てる。ALSにおいて異なる認知機能 かつ/または 行動機能が障害されうることを考えると、脳画像研究も神経心理学的視点から議論されるべきである。このレビューは、評価ツールの開発と妥当性の検証についても扱い、さらに介入に関する推奨も提示する。こうした点で、神経変性疾患認知症に関連するエビデンスに基づいた研究や実践の場に関わっている科学者、臨床医、その他の医療関係者にとって有用な文献になる。
ALS-FTSDという用語は、認知行動的障害や大脳機能障害が存在しないpure motor ALS から、完全なFTDを伴ったALS (ALS-FTD) までを含む、スペクトラムである。ALS患者の約35%は、このスペクトラムの中間に位置し、認知行動面にわずかな、または部分的な障害を有しているのみである (図1)。ALSを純粋な運動神経変性疾患とする考え方から、他系統にも障害を呈しうるとする考え方への根本的なシフトは、複数の神経心理学的研究とともに1980年代に勢いを増し、後に神経画像研究によって確認された。ALSとFTDは、以前は別個の状態であると考えられてきたが、現在は、臨床的、病理学的、遺伝学的な共通基盤を有した、多様な表現型を持つ多系統疾患であることが示されている。
ALSを伴わないFTD自体も多様ではあるが、ALSで認められるFTDは、典型的には行動障害型 (bvFTD) である。残りの2つのFTD、すなわち意味性認知症と進行性非流暢性失語は、ALSに合併することは稀である。行動変化は際立った特徴であり、性格変化を訴える介護者は突出して多い。bvFTD患者と同様に、ALS患者は以下の5つの行動症状のうち1つ以上を呈しうる: 脱抑制 (社会的に不適切な行動、マナーの喪失、かつ/または衝動性)、アパシー、共感性や同情の喪失、常同行動または保続的な行動、口唇傾向や過食。ほかによくみられる症状としては、病態失認、すなわち認知的および行動的な問題に対する自覚または内観の欠損や、時に精神病的行動を呈することもある。
ALSにおける前頭側頭機能障害の診断のため、神経心理学的障害の程度と種類に基づいたコンセンサス基準が考案された。これらの基準は、患者を以下のようなカテゴリに分類した: ALS、ALS with cognitive impairment (ALSci)、behavioural impairment (ALSbi)、または ALS with cognitive and behavioural impairment (ALScbi)、そしてALS–FTD。ALS-FTDの診断は、ALSを伴わないbvFTDの基準に基づいており、上述した5つの行動症状のうち3つ以上が存在すること、または2つに加えて記憶と視空間機能が比較的保たれている中での遂行機能障害を示す認知プロファイルが存在することが条件である (Box 1)。

Box1: ECAS (Edinburgh Cognitive and Behavioural ALS Screen) を用いたALS-FTSDの診断
ALS-FTSDの診断基準は、ECASを組み入れた改定コンセンサスガイドライン (doi:10.1080/21678421.2016.1267768) を適応したものである。

1. ALS with cognitive impairment (ALSci)
• ECASのALS特異的スコアかつ/または総スコアがカットオフ以下である。
• 正確性の改善のため、年齢と教育歴で調整された値を用いる。
• ALS特異的スコアは遂行機能、言語、語流暢性を含んでいる。流暢性の障害が認められた患者全員でECAS総点かつ/またはALS特異的スコアにも低下が認められてはいるものの、ALSciの検出を最も精度よく行うには、これら2つのスコアの組み合わせを用いるのがよい。ただし、コンセンサス基準によれば、流暢性の障害を単独で用いてもよいことになっている。
• より包括的な神経心理バッテリーが行われた場合にも、コンセンサス基準の適応は可能である。
2. ALS with behavioural impairment (ALSbi)
• ECASのパートナー、親戚、友人または介護者への半構造化された質問票を用いる。アパシーの存在、または少なくとも2つの行動症状 (脱抑制、同情の喪失、保続、食習慣の変化) を認めることが基準となる。
3. ALS–frontotemporal dementia (ALS–FTD)
• 行動障害かつ/または認知障害が進行性であることが観察または病歴から証明されること。
• 5つの行動症状 (脱抑制、アパシー、同情の喪失、保続、食習慣の変化) のうち3つが存在する、または2つの行動症状に加えて精神症状や内観の喪失が認められること。
• 進行性の機能障害が存在することが診断の要であり、ECASは支持的エビデンスを提供することはできるが、臨床医の病歴聴取が重要である。

ALS-FTSDにおける認知障害または行動障害のプロファイルは、高齢者で認められる他の一般的な疾患とは異なっている。ALS-AD (Alzheimer disease) の合併は、最も一般的な鑑別診断と思われるが、典型的なADは主に記憶障害を呈し、情報の保持ができないのが特徴である。遂行機能障害や、ALSci、ALSbi または FTD と類似した行動変化は、ADでも見られ得るものであり、ADの frontal variant も報告されてはいる。しかし、神経心理学的プロファイルは大脳の後方機能障害の要素、特に視空間機能障害を有している傾向にあり、これはALSではあまり見られない特徴である。
bvFTDとALS-FTDの神経心理学的プロファイルは驚くほど共通しているが、後方視的コホートではわずかな違いが報告されている。ALSに伴わないbvFTD患者 (n=185) は、ALS-FTD (n=56) より重度の行動異常を呈した。たとえば、脱抑制かつ/または社会的に不適切な行動は前者の63%で報告されたが、後者では36%であった。遂行機能障害は両群で同等に認められたが、文章理解障害や失文法を含む言語障害はALS-FTD患者でより一般的であった。これら2つの群は年齢と罹病期間、遺伝子スクリーニング検査結果にいくらかの差が認められていた。共通した変異が見られたのは、C9orf72リピート伸長数のみであった。この変異は、ALS-FTDの7人とbvFTDの18人で認められた。MAPTとGRN変異が認められたのは後者のみであったが、低頻度であった。この研究は、ALS-FTDとbvFTDの症状の一致は完全とは言えず、いくつかの特徴はALSに特異的である可能性を示唆した。これによって、ALS-FTDがbvFTDと異なる疾患であることが疑われた。
上で記述されたコンセンサス基準は今では広く用いられているが、どのような基準でも、相対的閾値にわずかに到達しないような個人を捉えきれない可能性はある。たとえば、ALSbiの診断には、アパシーの存在かつ/または重複しない行動症状の2つの存在が必要とされるが、bvFTDの初期などには脱抑制が主要症状となっていることもありうる。もし症状が脱抑制のみなのであれば、その患者は認知および行動に問題がないALSと分類されることになってしまう。症状に基づいたアプローチ、たとえば ALS with disinhibition、といったもののほうが、研究現場における表現型の記述や症状進行の観察には適しているのかもしれない。

 

2. 神経心理学的障害
ALS-FTSDの中間スペクトラム範囲が存在することの証拠は、当初は神経心理学的研究および脳画像研究から得られたものであった。これらの研究は、ALS-FTDの基準を満たさないALS患者における、軽度かつ限局した非運動機能障害プロファイルを見出した。そしてこうした集団が存在することは、近年の剖検における大脳病変の発見によって、より強固なものとなった。

2-1. 言語流暢性
言語流暢性の障害は、ALS患者における一貫した明確な神経心理学的所見である。典型的には、letter flyencyの検査で障害が明らかとなる。この検査は、被験者に与えられた文字から始まる単語を制限時間内 (1分のことが多い) にできるだけ多く列挙してもらうものであり、固有名詞を除くなどのルールも設ける。ALS患者に対する神経心理学的評価の最も難しい側面は、身体的障害によって成績が変化しないように工夫を行う必要があるところである。この種の問題は、Controlled Oral Word Association (3分間なるべく素早く言葉を発する必要がある) などの標準化された言語流暢性検査において特に生じやすい。発話速度は、明らかに球麻痺による構音障害の重症度に影響を受けるものである。
この問題は、言語流暢性インデックス (verbal fluency index, VFI) を用いることで対処された。VFIはもともと、書字による言語流暢性検査において開発された手法であり、単語生成段階で書いた単語をそのまま模写し、模写にかかる時間を計測することで計算される。VFIは各単語を考えるのにかかる平均時間の推定値であり、機能障害とは無関係で、上肢機能障害の重症度との相関はない。同じような手法は、口頭での言語流暢性検査でも用いられており、生成した単語を読み上げる際にかかる時間を計測するステップが追加される。単語を読んだり書き写したりすることは、運動機能だけでなく、単語の認識や語彙や正書法表現へのアクセスなどの認知過程も含むため、運動速度を正確に測定する手法とは言えない。しかし、紙とペンを使ったテストで運動速度を測定する方法は限られている。読み上げや模写を用いると思考時間が短くなるため、VFIは小さくなる。VFIの長さが障害の重症度を示すことを考えると、この方法は各単語を考えるのにかかった平均時間を保守的に見積もることになる。VFIはALSの認知機能障害を単独で高感度に測定する方法として長い試練に耐えてきており、多成分評価プロトコルに組み込まれ、正常データも作成されている。
ALS患者の言語流暢性検査の成績は極めて多様であり、スペクトラムの考え方を支持する。障害の程度はALSのサブグループによって異なっているかもしれない。たとえば、ある研究では、球症状のある患者はVFIが長く (平均11.8)、球症状がない患者ではVFIが短かった (平均6.2, なお非ALS患者では平均4.9)。この多様性は、言語流暢性障害のあるALS患者で局所的な大脳機能障害が存在することによってさらに裏付けられた。Letter fluencyを活性化パラダイムとして用いた機能的PET研究では、VFIが長い患者群で両側の背外側前頭前皮質 (dorsolateral prefrontal cortex, DLPFC) と左の前帯状皮質 (anterior cingulate cortex, ACC) の活動の低下が認められた。一方、正常範囲内のVFIスコアを有したALS患者は、健常コントロール群と比較しても大脳機能障害の証拠はほとんど認められなかった。同様の機能障害プロファイルは、functional MRI (fMRI) でも示されており、さらに構造的MRIでは、言語流暢性に障害のあるALS患者において、側脳室の近傍にある前方の線維に該当する白質容積の減少が示された。
なぜ言語流暢性がALSの疾患プロセスにこれほど感度が高いのかという疑問が残る。ほとんどの臨床神経心理学的検査と同様、言語流暢性は、戦略形成、スイッチング、内発的開始などの遂行機能、ワーキングメモリー、単語発見の言語プロセスなど、いくつかの異なる認知プロセスに依存している。ある研究では、ALS患者は、意味概念の生成に関わるカテゴリ流暢性、無意味なデザインの生成に関わるデザイン流暢性など、内発的生成に関わるテストにおける障害を示したことが報告された。また、著名な認知理論であるワーキングメモリのレンズを通すと、言語流暢性には、音情報を保持し、次の言葉の生成のために、それを声に出さずリハーサルすることが必要であるという仮説が立てられた。これらのプロセスは、ワーキングメモリモデルの音韻性ループを通して理解することができる。これは、2つの手続き、すなわち調音ループの機能を反映する語長効果と、音韻ストアの機能を反映する音韻類似性効果を使って評価された。これらの機能は、どちらもALS患者で正常に機能していることが示された。すなわち、音韻的に紛らわしい類似文字よりも音韻的に類似していない文字をより多く記憶し、長い単語よりも短い単語をより多く記憶した。しかし、どちらの課題においても、ALS患者は項目スパン (単語や文字を即座に再生すること) の減少を示し、ワーキングメモリ容量の低下が示唆された。

2-2. 遂行機能
注意とワーキングメモリ容量の障害は、dual taskパラダイムを用いることでさらに調査された。このパラダイムは、数字再生タスクと視覚的探索時間タスクという2つの検査を平行して行うことで、注意を分割させるものである (図2)。視覚的探索時間タスクは情報処理速度を評価するのに用いられるものであり、単純な線分刺激の短時間提示 (17-150ms) の後で、左と右のどちらのアームが長かったかを決定するものである。ALS患者は、群としては、健常コントロールと同じように、極めて短時間の提示であっても長いアームを正しく決定することができる。これら2つのタスクが組み合わさると、数字の再生と視覚的探索の両方の成績が低下し (dual task cost)、そしてコントロールと比較するとALS患者ではdual task costがより大きいことが示された。したがって、注意の分散という状況下では、ワーキングメモリの中央実行系の機能障害が示唆された。拡散テンソル画像 (diffusion tensor imaging, DTI) を用いることで、この障害は大脳機能障害と関連していることが示され、dual task cost と 中前頭回および放線冠前方の白質線維のfractional anisotropyの間に負の相関が認められた。これらの領域は、言語流暢性に関連した領域とはまた異なるものであった。

図2. Dual taskパラダイム. このパラダイムでは、患者は数字の列を提示され、これを覚えなければいけないが、それと同時に15秒間の視覚的探索時間タスクを行う。後者のタスクでは、連続した画像において長いアームを決定するように求められる。それぞれの画像は極めて短時間の間しか提示されず (17~150msの間)、隠されてしまう。患者はタスクの開始時点で提示された数字の列を再生しなければならない。

ALSで障害されるその他の遂行機能には、抽象化および概念形成のプロセスが含まれる。これは、カードソーティングテストと言って、被験者に言語的意味 (動物と荷物) および視覚的意味 (横幅と線分) に基づいて刺激のグルーピングを求め、これらのグルーピングの切り替えをさせるようなタスクを用いて評価されるものである。ALSにおけるソーティングの障害は、構造的MRIを用いた研究では、左前頭前野と頭頂皮質の皮質厚と関連していた。ALS患者の一部では、抑制コントロールも影響を受けていたが、これはbvFTDのそれと比較すれば軽度であった。抑制コントロールの障害は、Hayling Sentence Completion Testにおける誤りによって証明されるものであり、これは被験者に文末の単語が空欄となった文章を提示し、意味の通った文章にならないように間違った単語で文章を完成させるように命じるものである。

2-3. 社会的認知
社会的認知の障害は、ALSの認知プロファイルの主要な要素として認識されている。社会的認知は、bvFTDや自閉症の研究で用いられてきたような、心の理論 (theory of mind, ToM) や感情認知検査などのパラダイムを用いて評価されるのが一般的である。一連のToM研究によって、ALS患者は社会的シグナルを用いることに困難を有することが示されている。特に、好意 (Xが好きなのは何か?) や認知 (Xが考えているのは何か?) の判断の文脈で精神状態を推察したり、電車で座席からバッグを降ろすよう誰かに頼むような場面で、他人の社会的意図と非社会的意図を区別して処理するために、目線の向きという情報を用いることができない。メタ解析によれば、ToM検査と感情認知検査の成績に対してALSは中等度の効果量を持つことが示され、この疾患における有意かつ一貫した障害の存在が示唆された。感情認知は一般にEkman faces testを用いて評価され、ALS患者は不快/怒り/恐怖/悲しみといった負の感情の認識に特に困難がある。意図の推察と感情認知の両者を組み合わせる検査としてReading the Mind in the Eyes Testがあり、これはALSでも検証されている。このテストには短縮版が開発されており、フルバージョンと同様にジェンダーステレオタイプや人種多様性の欠如が指摘されてはいるものの、実際にALSにおける感度が証明されている。実際、社会的認知の障害が遂行機能に影響される可能性はあり、どちらの種類の認知機能にも関連が示されているため、これは交絡因子となりうるものである。しかし、こうした関連性があったとしても、ALS患者における社会的相互作用の困難という臨床的影響の大きさには、大した影響は及ぼさないだろう。
ALSにおける社会的認知障害と大脳局在の関連性は、resting-state fMRIを用いて調査された。Default mode networkに含まれる前頭側頭葉内領域と、前頭頭頂ネットワークの結合性の低下が、6か月のフォローアップで認知的および情緒的ToMのスコアが健常コントロールと比較して有意に低い患者で示された。さらに、ALS患者では共感性に問題があり、Ultimatum gameで利己的な行動をとりやすいことが示されているが、これは島前部と前帯状皮質代謝低下に関連していたことが18F-FDG PETを用いた研究で報告されている。

2-4. 言語機能
近年、ALSにおける言語機能障害に注目が集まってきている。この種の認知処理は、思考と単語の理解と表現に関連しており、ALSで一般に影響が現れるような発話生成の身体的側面、すなわち構音障害とは異なっている。ALS患者における障害は、呼称、スペリング、動詞処理、文法理解に報告されている。失文法はALS-FTDでも記述されている。ALSで報告されている言語障害の頻度は研究によってまちまちである。ある研究では、ALSci患者では少なくとも遂行機能障害と同程度の頻度で言語障害が認められる (43%) ことを示した (n=51)。同様の障害プロファイルは、より大きなサンプルでも認められており (n=117)、Psycholinguistic Assessments of Language Processing in Aphasiaの中の検査を用いることで、異なるサブテスト間で3-23%の範囲の障害頻度が示された。遂行機能障害もその一因と考えられたが、その証拠は音韻流暢性の回帰から得られたものであり、流暢性は遂行機能に加え、単語想起や語彙検索を含む多くの言語過程にも関与しているため、相関関係は予期されるものである。

2-5. エピソード記憶
記憶障害はALSで時折報告されているが、記銘と想起の両方に影響しうる注意機能障害の二次的効果がどれほどあるのか、または単純に一時的な記憶の固定化や保持の障害を見ているのか、というのは疑問が残る点である。ある研究では、ALS患者の中で、遂行機能障害を有していた患者のみが、複雑図形の再生における視覚性記憶障害を呈したと報告されている。別の研究では、記憶障害は100人のALS患者の中で11%でのみ認められたものの、記憶ドメインのみで障害が認められたのはたった3.8%のみであり、ほとんどが遂行機能障害と合併していた。まとめると、これらの発見からは、ALSにおける記憶障害は注意障害や遂行機能障害による二次的な影響を大きく受けている可能性が示唆される。
ALS患者の中でも、言語性記憶はC9orf72変異患者で強く障害されることが報告されているが、視覚性記憶に関しては変異キャリアと非キャリアの間で目立った差は報告されていない。これら2群は流暢性やTrail Making Testでも差が報告されており、おそらく遂行機能障害を反映している。しかし、脳画像研究によるいくかのエビデンスは内側側頭葉の関与を示唆しており、物語の即時再生および遅延再生と海馬灰白質体積の相関が認められている。ここから、海馬の障害が一時的な記憶障害の原因となっている可能性が考えられる。DTIによるさらなるエビデンスによれば、弓状束の統合性の減少に伴う前頭葉と側頭葉の間の結合の分断が、言語性記憶検査の成績と関連していた。側頭葉の関与はALSの後期でも考えられているが、これらのステージでの結果の解釈は、呼吸不全や栄養障害の要素に影響される可能性がある。

2-6. 行動
ALSでは、行動障害が認知障害と共存して、または単独で現れうる。アパシーは最もありふれた行動症状であるが、同情の喪失、脱抑制、保続的または常道的行動と口唇傾向かつ/または過食傾向も報告されている。アパシーは多次元構成体であり、Dimensional Apathy Frameworkによって概念化されるものである。このフレームワークは、3つの次元から成る: initiation apathy (思考や行動の生成の欠如)、emotional apathy (感情鈍麻や中立性)、executive apathy (目標マネジメントの問題)。ALSではinitiation apathyの増加が患者自身およびその介護者から報告されている。ALSにおけるアパシー次元の差の根底にある大脳領域が研究されてきており、上前頭回の灰白質体積の低下が自己評価されたinitiation apathyと関連していること、および中前頭回、前頭極、前帯状回の容積低下がemotional apathyと関連していることが報告されている。
文献的には、行動変化はALSの認知機能障害とは異なる症候群と考えられてきた。実際、前頭側頭機能障害を診断するためのコンセンサス基準では、これらの変化は別々のカテゴリーに分類されており、特定のタイプの行動変化を示す患者はALSbiと分類されているが、ALScbiという重複した診断カテゴリーも報告されている。これらの診断カテゴリーに症状を当てはめようとすると、確証バイアスが生じる可能性がある。アパシーの研究は、認知的変化と行動的変化の区別を根底から覆すものであり、initiation apathyとVFIの増加との間に強い相関が観察されている。Executive apathyやemotional apathyにはそのような相関はみられず、患者が一般的にアパシーでないことを示している。思考の開始が困難であることは、initiation apathyと言語流暢性の障害との間に、メカニズム的な関連性を与える可能性がある。脳画像研究では、ALSのアパシーにおける大脳の関与が示されており、前帯状回、背内側前頭前皮質、背外側前頭前皮質眼窩前頭皮質を含む領域のネットワークがアパシーと言語流暢性に共通している (表1)。同様に、BA 11、24、46におけるTDP43の蓄積が、行動障害を有するALS患者の3分の2、および言語流暢性機能障害を有するALS患者で認められている。このような局所病態は、ある種のアパシーとして行動上に顕在化する特異的な認知機能障害を引き起こす可能性がある。
相貌感情認知検査における成績とemotional apathyスコアの関連がALS患者で報告されている。すなわち、感情認知が悪い患者はemotional apathyが亢進していた。ToMの問題は、ALSにおいて一般に報告される同情かつ/または共感性の喪失症状の一部の根底にある可能性がある。しかし、こうした関連性を確認する研究は現時点では存在しない。
行動変化はALS患者の日常生活に大きな影響を与え、介護者にも大きな負担を与える。Zarit Burden Interviewを用いて計測された、介護負荷の高さを予測する因子には、アパシー、脱抑制、遂行機能障害が含まれており、Frontal Systems Behavior Scale (FrSBe) による総合行動変化スコアでは介護者負担の31%を占めることが回帰分析で示されている。その他の主要な寄与因子は、不安と抑うつである (38.5%)。ALSクリニックの連続症例では、FrSBeを用いて測定された行動障害は、介護者の高い負担および抑うつ度、QOLの低下に関連していた。一方で、特筆すべき点として、FrSBeは身体的障害がある患者に用いる目的ではデザインされていないことに注意が必要である。

表1. ALSにおける局所的能機能障害と神経心理学的障害.

ALSの行動変化が、認知および身体的障害と組み合わさると、それらを管理するのはかなり困難である。たとえば、脱抑制と衝動性、暴飲暴食と、嚥下障害を伴う球麻痺が組み合わされば、誤嚥リスクが極めて高くなる。行動障害は、治療 (たとえば、非侵襲的呼吸管理や胃瘻) へのアドヒアランス低下と関連する可能性があるが、こうした現象はFTDとしか関連付けられておらず、より軽度の認知および行動変化しか持たない患者においては示されていない。ALS患者およびその介護者には、心理的サポートが推奨されている (Box 2)。

Box 2: ALSにおける神経心理学的評価と介入の推奨
1. 心理学的サポート
• 心理学的サポートは、ALS患者自身とその介護者の不安および抑うつを緩和し、受容を促進するようなケアプランに必要不可欠である。
• そのサポートは、介護者の負担に対処し、認知および行動に関する課題を助けるための戦略と教育を提供するべきである。
2. 評価

• 認知および行動の評価はすべてのALS患者に対して疾患の初期段階から行われるべきである。
• もし心理士または神経心理士がいない場合は、患者の個別評価は多職種チームのその他のメンバーによって行うことが可能である。たとえば、短縮版評価ツールのどれかを用いて、言語聴覚士や専門看護師が評価を行い、心理士が監督者として複数症例を振り返るという方法もある。評価は患者の自宅や、ビデオを用いてリモートでも行うことが可能である。
• 可能であれば、評価の前に医療者や研究者が訓練を受け、資格を取得することが望ましい。
• 患者をよく知る介護者などは、行動変化についての良い情報提供者となるはずであり、個人的な半構造化された面談または自己完結的質問票を用いた情報収集が望ましい。
• FTDの診断は、臨床的面接を行ったあとで行うべきであり、質問票の点数だけで判断してはならない。
• ALSciの診断のためにECASを用いる際は、Box 1に示した診断基準を用いるべきである。ECASのサブスコアは、個人に対する介入を考えるうえで利用できるかもしれない。
• 繰り返しの評価は、行った検査の平行バージョンを用いて行うことができる。学習効果を避けるため、評価は繰り返し行いすぎてはならない。たとえば、4-6カ月ごとで十分である。
3. 臨床試験
• 認知および行動評価をアウトカム評価手法として含める。
4. 無症候期
• ALSかつ/またはFTDのハイリスク遺伝子変異を有する患者は認知および行動評価を繰り返し受けるべきだが、学習効果を避けるために十分に長い間隔をあけるべきである (たとえば、12-24カ月ごとなど)。

 

3. 神経心理学的評価: 何を、どのように、なぜ?
迅速で正確な認知および行動の評価は、ALSの研究と臨床的ケアにおいて必要不可欠である。標準化され、検証されたツールは、国際的な多施設研究で幅広く応用可能であり、臨床試験を促進することができる。

3-1. 評価ツール
手短な認知機能評価はALS研究で用いられてきた。これには、軽度認知障害認知症の検査として広く用いられている Addenbrooke’s Cognitive Examination (ACE-R and ACE-III)、またALSの評価として特異的にデザインされたものとしては ALS Cognitive Behavioural Screen (ALS-CBS) や Edinburgh Cognitive and Behavioural ALS Screen (ECAS) がある。ALS-CBSは、書字式言語流暢性検査 (VFI計算を含む) および Frontal Behavioural Inventoryと組み合わさって、UCSF Cognitive Screening Battery となった。このスクリーニングバッテリーは、ゴールドスタンダードの神経心理学的評価と比較して、ALSci、ALSbi、ALScbiの検出に有効であることが示されている。また、ALS Multicenter Study of Oxidative Stress (COSMOS) におけるALS患者274人の検討では、このスクリーニング検査はALSci患者 (54%) をより多く検出できた一方で、ALSbi患者 (14%) の検出力はより少なかった。
ALSにおける発話の障害 (構音障害や失構音) と手の運動制御の障害 (書字障害および描画障害) を含む、進行性の運動障害の存在を考えると、身体障害があっても適応可能な評価ツールが必要と考えられる。また、評価にかかる時間も、疲労を回避するための重要な因子である。そして、ALSにおいて影響を受ける能力を評価できるツールでなければならない (すなわち、遂行機能、言語流暢性、言語機能、行動)。
ECASはこれらの必要条件を満たすようにしてデザインされた。これはマルチドメインからなるツールで、遂行機能、言語機能、言語流暢性を評価し、ALSに特異的なスコアを作成する。神経心理学的プロファイルは鑑別診断の助けとなるため、ECASはALSに高感度であることが示されているのみならず、ALSではあまり影響を受けない機能 (エピソード記憶や視空間能力) も含んでおり、ALS非特異的なスコアも算出する。この2つの領域はALSよりもADで影響を受けやすく、ALS非特異的スコアはAD患者と健常対照者 (感度97%、特異度96%)、AD患者とALS患者 (感度96%、特異度91%) の識別に有効であることが示されている。
ECASは、筆記でも口頭でも実施することができ、参加者は、身体的に疲労した場合には、評価の途中で回答方法を切り替えることができる。ほとんどの下位テストは単純で短い応答や指差しのみで回答可能だが、言葉流暢性や記憶など一部の下位テストでは長い応答が必要であるため、視線技術 (gaze eye technology) では十分に遂行できない可能性があり (特に流暢性検査では予測テキストをオフにする必要がある)、重度の身体障害がある患者でフルバージョンを行うのは適切ではない可能性がある。しかしながら、モバイルブレイン・マシン・インターフェースを、応答が単純ないくつかの下位検査 (たとえば、呼称) に適用した原理実証研究が実施された。このテストバッテリーは、遅延再生と再認の下位テストを含 むため、1回ですべてを実施する必要があり、20分以内に疲れてしまう人や、意欲のない人には使用しないほうがよいかもしれない。とはいえ、所要時間は20~30分と短く、総合的な評価に必要な一般的な90~120分よりも望ましい。
ECASは完全な包括的神経心理学的評価と比較しても良好な結果を示し、感度85%、特異度85% (陽性的中率0.73、陰性的中率0.92) であり、さらにALSciの判定に5段階のボーダーラインを用いると感度は92%に上昇する。同様の所見は、ECASのイギリス英語以外の言語版でも示されている。完全な神経心理学的評価と比較して、ECASの総スコアとALS特異的スコアのどちらを用いても最も高い精度が得られた。また、ECASにおける特定の認知領域における障害と、完全評価における対応する領域との間に、良好な一致が示された。ECASのガイドラインはBox 1に概説されている。
あるALSクリニックの連続したALS患者サンプルにおいて、33%がECASを用いてALSciと分類された。これらの患者のうち、最も一般的な障害は言語 (35%)、遂行機能、言語流暢性 (それぞれ23%) で、記憶 (4%) と視空間機能 (2%) の障害はそれほど多くなかった。同様のレベルの言語機能障害は、ドイツ人とイタリア人の集団でも認められている。ECASは、ALSを伴わないFTD患者に対しても有効な評価法であることが示されている。ALS特異的スコアとECAS総合スコアは、FTD患者の特定において特に正確であり (感度94%、特異度96%)、ACE-III (感度79%、特異度98%) よりも優れていた。
ECASには、ワーキングメモリー (reverse digit span)、認知抑制 (Hayling Sentence Completion Testに類似)、注意の切り替えとモニタリング (oral Trail Making Test)、社会的認知 (視線に基づく好みの判断) を測定する遂行機能の短時間検査が包括的に含まれている。これらの特徴は、ECASをACE-IIIと区別するものである。ACE-IIIは遂行機能の特別な評価を欠くが、ALS-CBSと同様に注意とワーキングメモリのテストをいくつか含んでいる (ACE-IIIではserial sevens、ALS-CBSではreverse digit span)。
これら3つの検査はすべて音韻流暢性を含んでいるが、ECASは自由な流暢性と4文字固定の流暢性の両方を評価する。いずれの流暢性テストもALSに高感度であることが分かっており、UCSF Cognitive Screening Batteryと同様に、身体障害による成績低下を考慮したVFIの計算が含まれている。ECASとACE-IIIには言語機能の評価も含まれている。ECASには、命名、理解、スペリングが含まれるが、ACE-IIIはより包括的で、命名、復唱、理解、書字、文構造、不規則語読みが含まれ、FTDの言語バリアントをスクリーニングできるように設計されている。ACE-IIIに含まれるいくつかの下位検査 (たとえば、復唱や文章書字など) は、ALSの検査には適さない。
実施しやすさも、認知スクリーニングには重要な点である。ECAS、ACE-III、ALS-CBSはすべて紙とペンで施行可能であり、これは未だに多職種ケアで一般的な形である。自動化されたコンピュータータブレットテストは計量性がある一方で、臨床家が行う面談形式の検査で記録および探索されるような、ALSにおける認知的および行動的なニュアンスを記録することはできないかもしれない。しかし、リモートでの評価も重要になりつつあり、電話によるALS-CBSのバージョンも記述されている。
標準化された手続きは、国際的な多施設の共同研究を可能にし、これは臨床試験や遺伝-表現型研究に必要不可欠である。これを可能にするため、このツールは複数言語、複数文化における利用が可能になっている。

3-2. 行動の評価
ALSなどの神経疾患における行動の評価を特異的に行うために、複数の定量的ツールが開発されてきている。これには、介護者によって行われ、FTDのコンセンサス診断基準に定義されたいくつかの症状に関する質問から構成される、Beaumont Behavioural Inventory (BBI) が含まれる。その他のツールには、ALSにおける有病率の高い1つの症状に注目したものとして、Dimensional Apathy Scale (DAS) が挙げられる。
DASは、3つのアパシーの次元を評価するための質問から成る: initiation apathy (「自分のために目標を設定する」「新しいことに挑戦する」)、emotional apathy (「家族がどう感じるかを気にかけている」「行動を起こす前に他者がどう考えるかを考える」)、executive apathy (「課題が終わるまで集中し続けることができる」「複数のことを同時に行うと用意に混乱する」)。この3つのサブスコアによって、アパシーのプロファイルから異なる障害を見出すことができる。ALSにおけるプロファイルは、ALS患者自身およびその介護者から報告される initiation apathyの亢進であり、一方でパーキンソン病ではinitiation apathyとexecutive apathyの両方が認められ、ADではより大域的なアパシープロファイルを呈する。この異なるプロファイルは、潜在的な治療ターゲットの理解の助けとなる。たとえば、ALSでは思考の開始に障害があることを考えると、介護者に対して、オープンクエスチョン (たとえば「今日は何がしたいの?」) ではなくクローズドクエスチョン (たとえば「AとBのどちらがいい?」) によって選択の幅を狭めてやったほうがいいと教育することができる。このアプローチによって、患者が日常的な意思決定に参加する機会を維持することができる。こうした戦略は、たとえば身の回りのものを意図的に特定の方略に従って配置することで合図を与えるという戦略と組み合わせることで、患者の日常生活への参加をより維持することができる。
ALSにおける行動上の問題の評価は、身体的障害の程度が原因となり、困難となりうる。これは、身体的障害によって活動への参加が難しくなったりするためであり、この種の影響はいくらかのツールではある程度評価可能であるが (たとえば、BBIとDAS)、他のツールでは難しい (たとえば、FrSBe)。また、dimensional apathy frameworkでは、amotional apathy はネガティブシンキングというよりもむしろ感情鈍麻や中立性として概念化されてはいるものの、アパシー抑うつと区別するのもまた別の課題である。
ALSにおける認知症候群と行動症候群の区別に疑問が残るのは、認知 (定量的) と行動 (定性的) の測定の違いに一因があるのかもしれない。アパシーのような個別的な症状をうまく測定できる質問票もあるが、全体として、すべての行動の評価は定量的な手法ではうまくいかない。半構造化された面接による質的評価は、行動のニュアンス、経時的変化、その影響を拾い上げ、介入の対象となりうるものを特定することができる。たとえば、脱抑制の場合、文脈が重要な役割を果たす。公共の場で靴と靴下を脱ぐことは、ビーチの近くでは社会的に容認されても、レストランでは容認されないかもしれない。患者の家族や親しい友人の内外の文化的規範もまた、行動変化のとらえ方に影響を与えうる。BBIはさまざまな異常行動の評価に用いることができるが、必ずしも単一の行動タイプの影響を評価するのに適しているわけではない。たとえば、脱抑制はALSにおいて最も負担の大きい症状の一つであり、単独で現れることもある。異常行動のタイプごとに尺度を開発することは、臨床の場では非現実的かもしれない。また、発症前やベースラインからの行動の変化を測定することも困難であり、介護者の報告が不可欠である。行動評価は複雑であるため、問診票のカットオフスコアよりも、臨床的な問診や意見の方が価値があるかもしれない。

3-3. 脳イメージングと病理
ALSの神経心理学を解明するために、様々な脳画像診断が行われてきた。表1には、病変を有する皮質領域や皮質下白質経路、関連する認知かつ/または行動機能障害、そして使用された様々な手法が示されている。初期の機能的PET研究から、構造的MRIやFDG PETに至るまで、神経画像から得られた知見は、ALSにおける認知および行動像の多様性を反映している。文字流暢性の障害や遂行機能障害を示すALSci患者は、臨床的変数が一致した認知機能障害を示さないALS患者を比較すると、皮質の病変の範囲が広く、ALS-FTDではさらに広範囲に及ぶことが明らかになった。影響を受ける白質路は、典型的には前頭葉に投射する白質路である (図3b)。

図3. ALSにおける認知および行動障害に関する皮質および皮質下領域の関与. (a) 脳の側面像。(b) 脳の内側面像。どちらの画像も、脳画像研究のデータ (表1) に基づく、ALSにおける認知および行動障害に関連したBrodmann areas (BA) と線維経路を示している。

脳画像は、ALSで用いられる簡単な認知および行動評価の検証にも役立っている。DTIは、上縦束を含む前頭葉、側頭葉、頭頂葉の連合線維の完全性と、言語流暢性、遂行機能、ALS特異的ECASスコアとの関係など、ECASの成績との相関を明らかにした。ECASにおける障害のパターンは、DTIに基づく病期分類モデルと密接に相関している。ECASの社会的認知課題および言語流暢性課題を用いたfMRIパラダイムでは、ALSbi患者において前者の課題中の眼窩前頭皮質の活性化が減少していること、および軽度認知機能変化を有する患者において代償的戦略と解釈される活動亢進パターンが示された。さらに、経頭蓋磁気刺激では、ALSci患者ではECASによって認められるような皮質興奮性亢進のパターンが明らかになった。
ECASの成績の根底にある脳の変化に関する確固とした証拠は、疾患の経過中にECASを実施した27名のALS患者の死後病理学的研究から得られた。参加者のうち7人がALSciと分類され、その全員にALSとFTDの病理学的特徴であるTDP43の蓄積を脳の非運動領域で認めた。さらに、神経心理学的文献に基づいて事前に選択された特定の領域におけるTDP43の病理は、特定の 認知機能障害に対応していた。遂行機能スコアに障害のある3人の患者には、背外側前頭前皮質を含む領域 (BA46とBA9) に病変が認められ、言語障害のある8人の患者には、下前頭回と側頭葉領域の両方 (BA44、BA45、BA20) に病変が認められ、言語流暢性に障害のある4人の患者には、下前頭回と中前頭回に病変が認められた (BA9とBA44)。この研究は、認知機能障害の中間スペクトラムに関連するTDP43の蓄積が予測された領域において認められることを初めて示したものであり、ECASの障害が病理変化のバイオマーカーとなりうることを示唆するものである。
ALSやFTDにおける認知や行動の変化のバイオマーカーとして最も有望なもののひとつが、神経線維変性を示すNfL (neurofilament light chain) である。NfL血漿および脳脊髄液レベルはFTLDで上昇し、FTD患者 (n=86) またはALS患者 (n=38) の複合グループにおいて、全体的な認知スコアと関連することが示されたが、ALS群単独では関連性は認められなかった。Genetic Frontotemporal Dementia Initiative (GENFI) の縦断的データから、C9orf72遺伝子変異のような既知の遺伝子変異を有する無症候性患者が症候性疾患に移行する際に、このバイオマーカーのレベルが上昇することが示されている。NfLの変化率はMini-Mental State Examinationの低下率と関連しているが、この尺度は前頭側頭症候群の変化を検出するのには適していない。ALSにおけるNfL値と認知機能との関連を示すエビデンスは不足している。

3-4. 経時的変化の測定
認知および行動機能障害とALSの臨床病期との間に関係があることが証明されている。この研究では、King's Staging Systemという病期分類が用いられた。この病期分類では、球、上肢、下肢、呼吸、栄養といった部位別の病期分類がなされている。病期は、疾患の経過がどの程度進行しているかに関係し、病期1は単一の身体部位の病変と定義され、その後の病期は、さらなる部位や機能の病変の累積を反映している。ある横断的解析では、ALSの進行とともに神経心理学的機能障害が顕著に増加することが明らかにされ、ステージ1では58%の患者が神経心理学的に異常を認めなかった (認知機能障害や行動機能障害がない) のに対し、ステージ4ではわずか20%に減少した。
これらの研究は、ALSの病勢進行に伴って認知および行動機能が低下することを示唆しているが、横断的な研究であり、病勢進行に伴う認知および行動の変化を縦断的に証明することは困難である。これまでに行われた数少ない縦断的研究から、ベースライン時には正常であった患者を含む患者の約3分の1が認知機能の低下を示すという不均一なパターンが浮かび上がってきた。別の研究では、ベースライン時に遂行機能障害を呈していた患者の認知機能が低下していることが示されている。
縦断的研究には、方法論的な問題、特に減少バイアスがつきまとう。認知機能障害はALSの予後不良因子であり、生存期間の短縮と関連することが示されている。ECASの総スコアは6ヵ月後の生存期間を予測することが示されている。さらに、以前の研究の中には、学習効果を制限するような反復可能な評価を用いていないものもあった。このような評価は現在開発されつつあるので、今後の研究では変化をより正確に測定できるようになるはずである。

3-5. 無症候期の神経心理学的変化
神経心理学的変化の測定は、ALSかつ/またはFTDの発症リスクが高く、薬物介入の候補となりうる無症候性患者の研究に特に重要である。2011年、ALS-FTDスペクトラムの概念を確固たるものにする遺伝子変異が同定された。C9orf72遺伝子のヘキサヌクレオチドリピート拡張は、家族性ALSとFTDの両方にみられたが、孤発性ALSとFTDにはあまりみられなかった (家族性FTDでは25%、家族性ALSでは40%、家族性ALS-FTDでは80%、孤発性ALSでは10%、孤発性FTDでは6%)。全てではないが、いくつかの研究では、この変異の存在はALS患者の認知障害や行動障害の可能性の高さと関連している。ある研究では、臨床症状を伴わない無症候性C9orf72遺伝子変異保有者は、言葉流暢性と視覚性記憶が有意に障害され、眼窩前頭皮質領域の白質完全性 (DTIを用いて測定) が低下していたが、12ヵ月後にはそれ以上の変化は認められなかった。この新しい研究分野は注目を集めており、ALSやFTDの分野から、無症候性患者の神経心理学的障害を分類する新しい診断基準が提案されている。

3-6. 臨床試験
神経心理学的評価は、多くの臨床試験で二次的アウトカムの指標として採用されている。2020年に発表されたシステマティックレビューでは、ECAS、ACE-III、Frontal Behavioural Inventoryかつ/またはALS-CBSを用いて認知と行動が評価された9つの試験が特定された。こうした試験では、試験開始時に参加者を分類し、試験群間の分布を均等にするためだけでなく、治療がこれらの症状に与える影響を評価するためのアウトカム指標としても、これらの評価を用いることができる。これは、神経心理学的障害と他のバイオマーカー (画像や病理)、介護者の負担や生存との関係、および縦断的な測定を行う能力が今後の試験にとって不可欠であることを考えると、特に重要である。

3-7. 臨床的ケア
ALSにおける認知機能評価の臨床的重要性は、ケアマネジメントガイドラインに具体的な推奨事項が盛り込まれていることからも明らかである。英国や国際的な認知機能評価の臨床的影響を評価した調査によると、英国やヨーロッパの医療サービスではECASが広く用いられているのに対し、北米ではALS-CBSがより一般的に用いられている。医療者、ALS患者やその家族へのインタビューから、患者、介護者、臨床医の認知や行動の変化に対する意識の向上など、これらの評価を行うことの利点に関するテーマが浮かび上がってきた。正式な評価の結果は、患者や介護者の経験を検証し、認知や行動の変化についての説明を与えるかもしれない。逆に、ALS患者の50%は認知や行動が正常であることを踏まえると、その結果は患者や介護者を安心させ、たとえば仕事を続けるという患者の決断を再確認させてくれるかもしれない。このような評価はまた、患者のニーズを特定し、終末期ケアに関する議論も含め、介入の適否に関する臨床的意思決定に役立つ。疾患の経過とともに認知や行動が低下する可能性があり、認知機能障害が生存期間の短縮を予測するという知見もあることから、評価は早期に実施し、胃瘻造設や非侵襲的人工呼吸など、将来必要となる可能性のある介入に関する話し合いや意思決定を促すべきである。臨床神経心理士による介入は、複雑な症例を管理するケアチームにとって特に有用であると報告されている。
臨床家は早期評価の利点を認識している一方で、このアプローチを臨床実践に取り入れる障壁を克服することは難しいかもしれない。このような障壁には、多職種チームの他のスタッフが、患者の認知機能検査は重要でないと考え、不安を増大させるなどの悪影響を及ぼす可能性さえあるという認識が含まれる。このような認識は、教育、健康ガイドラインに評価を含めること、このアプローチの有効性を観察することで、変えることができるかもしれない。現在では、教育援助ために、慈善団体のウェブサイトで一般向けの情報が広く公開されている。英国の医療ガイドラインでは、日常診療の一環として、すべてのALS患者に正式な神経心理学的評価を行うことを推奨している。
限られたリソースの中で、神経心理学的評価を臨床に取り入れることは、さらなる懸念事項である。臨床神経心理士による包括的な神経心理学的評価は、最も標準的なものである。神経心理士は、病前機能、教育歴、職歴、ディスレクシアを含む発達障害、不安や抑うつなど、認知に影響を及ぼす可能性のあるあらゆる要因を扱うことができるからである。また、うつ病、夫婦間の不和、診断に対する反応など、疾患の病態とは直接関係のない二次的な動機づけ要因を考慮することもできる。さらに、必要であれば精神的能力の評価も行うことができる。しかし、そのような専門家が少ないこと、ALS患者にとっては2時間の評価を受けたり追加の臨床セッションに参加することが困難であること、認知症精神疾患のクリニックに通うことに伴うスティグマがあることなどから、より簡便なアセスメントが必要とされている。簡単な認知機能評価は、さらなる評価のために紹介する必要がある人を特定するだけでなく、直接的に実践可能な結果を出すことができる。このような評価は、適切な訓練を受けた言語療法士や専門看護師など、多職種ケアチームの他のメンバーが行うこともできるが、できれば心理士が監督し、解釈の手助けをすることが望ましい。
ALS患者とその介護者、特にパートナーや子供など日常的に接する人々に対して心理的支援を行うことは重要である。こうした支援は不安や抑うつに対処するだけでなく、介護者にとって特に負担となる行動上の問題に対処するための戦略や教育を提案すべきである。現在、アクセプタンス&コミットメント療法などの有望なアプローチが試みられている。

 

4. 結論
ALS-FTDスペクトラムの提唱は、特に中間スペクトラム範囲に位置する患者における、認知および行動の変化に影響を受けたものである。この概念は、ALSとbvFTDの両者には共通する病理および遺伝的変化が存在するという発見によって、より強固となった。ALSにおける神経心理学の理解が進んだことによって、神経心理がALSの表現型の主要構成要素として組み込まれるようになり、さらに認知機能が背景の大脳病理を反映するバイオマーカーとなりうる可能性が示された。認知機能評価は今やALSの臨床研究とケアの両方に必要不可欠であり、複数の評価ツールが開発されて妥当性が確かめられており、実際に幅広く応用されている。神経心理学は疾患早期の潜在的なバイオマーカーでもあり、神経心理学的評価が数多くの臨床試験に取り入れられることで、その重要性は認識され始めつつある。

 

感想
ALS、すごい奥が深い。これからどんどん研究が進む領域だというのを感じさせられた。