ひびめも

日々のメモです

アルコール性ニューロパチーは臨床病理学的にチアミン欠乏性ニューロパチーと異なる

Alcoholic neuropathy is clinicopathologically distinct from thiamine‐deficiency neuropathy.
Koike, Haruki, et al.
Annals of neurology 54.1 (2003): 19-29.

 

アルコール続き。

 

1. 背景
慢性アルコール依存に関連したポリニューロパチーの発症は一般的だが、その発症機序や臨床的特徴の理解は未だ不完全である。アルコール性ニューロパチーと、高頻度に合併する栄養障害、特にチアミン欠乏性ニューロパチー (beriberi neuropathy: 脚気) は、臨床的および病理学的に類似しているように見えるという観点で議論されてきたが、これらのニューロパチーの臨床病理学的特徴の研究は、当初はチアミン値の評価が正確にできていなかった頃に行われており、混乱をきたしていた。チアミン欠乏は慢性アルコール依存に高頻度に伴っているため、アルコール性ニューロパチーの像が不明瞭となっていた。臨床的には、特に下肢遠位の感覚障害と筋力低下が、アルコール性ニューロパチーとチアミン欠乏性ニューロパチーの両者の共通した特徴として報告されている。電気生理学的および組織病理学的には、軸索性ニューロパチーであることが、共通した特徴の1つとして報告されてきた。これらの類似点から、これらの状態は同一のものであり、慢性アルコール依存に関連するポリニューロパチーはおそらくチアミン欠乏によって引き起こされているという考え方が導かれた。しかし、他の研究者たちは、これらのニューロパチーは感覚症状の観点から異なるということを強調し、特に有痛性錯感覚の有無が重要な差異であると報告した。過去の研究では、これらのニューロパチーは主に摂食歴によって、特にアルコール摂取量によって診断されてきていた。信頼に足るチアミン値の測定は、1980年代に高速液体クロマトグラフィーが利用可能になってから、ようやく可能になった。動物とヒトにおけるより最近の研究では、エタノールまたはその代謝産物の直接的な神経毒性が示唆された。我々は過去に、チアミン値が正常な有痛性アルコール性ポリニューロパチーを報告し、慢性アルコール依存患者においてはチアミン欠乏がなくても末梢神経への直接的毒性によってニューロパチーが発症しうるということを提唱した。
本研究では、慢性アルコール依存およびチアミン欠乏症に関連したニューロパチーの臨床病理学的な特徴を、チアミン値と日々のアルコール消費量を慎重に評価した連続症例において比較し、エタノールチアミン欠乏によって起こるニューロパチーが同一なのか、そしてチアミン欠乏がどのようにアルコール性ニューロパチーに関連しているのかを評価した。

 

2. 患者と方法
2-1. 患者
名古屋大学病院とその連携施設に1990-2002年の間に紹介された連続症例のうち、以下の記述を満たす患者が対象とされた。患者は、チアミン欠乏のない純粋アルコール性ニューロパチー (ALN)、チアミン欠乏を有するアルコール性ニューロパチー (ALN-TD)、純粋な非アルコール依存のチアミン欠乏性ニューロパチー (TDN) の3つに分類された。全てのアルコール性ニューロパチー (ALN or ALN-TD) の患者は慢性アルコール依存患者であり、ニューロパチー症状の発症前から少なくとも10年以上の間、1日に100g以上のエタノールを規則的に摂取していた。また、TDN群からは、少量ではあるものの毎日のアルコール摂取がある患者は除外された。除外されなかった4人の患者では、機会飲酒はあったものの、一回の摂取量は20gを超えなかった。TDN群の残りの患者は、全く飲酒をしない者であった。ALN群は36人の男性から構成され、年齢は31-70歳であった。ALN-TD群は23人の男性と5人の女性で構成され、年齢は27-68歳であった。TDN群は26人の男性と6人の女性で構成され、年齢は18-81歳であった。TDN群におけるチアミン欠乏の原因は、食事のアンバランスのためが12人、胃潰瘍や腫瘍のために消化管手術を受けたためが20人であった。TDN群のうち胃切除術後の17人の臨床病理学的特徴は以前に報告済である。また、ALN-TD群の28人中10人は胃切除の既往があった。肥満症のための手術を受けた患者は除外された。患者の詳細な生活歴、職業、食習慣、日々のアルコール消費量を含めた病歴は、患者本人およびその家族から聴取した。すべての患者が臨床的評価および神経学的評価を受け、ルーチンの血液検査と尿検査、血中チアミン値の測定、脳MRIまたはCT、神経伝導検査を受けた。腓腹神経生検は96人中66人の患者で施行された。チアミン欠乏症による末梢神経障害以外の合併症としてWernicke脳症があるが、これはALN-TD群の32%とTDN群の22%で認められた。ALN群では、Wernicke脳症の発症は認められなかった。チアミン欠乏症に関連すると思われる心不全の徴候 (胸部X線検査での心拡大や下腿浮腫) は、ALN-TD群の50%およびTDN群の69%で認められたが、ALN群では認められなかった。糖尿病性ニューロパチー、慢性炎症性脱髄性多発神経炎Guillain-Barre症候群、家族性アミロイドニューロパチー、その他のアルコールまたはチアミン欠乏に関連しないニューロパチーは除外された。患者の機能的状態は、modified Rankin scoreに基づいて評価された。

2-2. チアミン値の評価
チアミン値は、初診時に測定された。測定時にチアミン補充を受けている患者は存在しなかった。チアミン濃度は、高速液体クロマトグラフィーを用いて測定した。チアミン状態が正常であることの定義は、全血総チアミン濃度で20-50 ng/mL (正常対照者の平均±2SD)、かつ赤血球トランスケトラーゼ活性が正常である (123.8-206.2 U/L, 正常対照者の平均±2SD) こととした。チアミン欠乏は、全血総チアミン濃度が20 ng/mL以下、かつ赤血球トランスケトラーゼ活性が123.8 U/L以下であることで定義した。チアミン濃度の正常値は100人の正常ボランティアを用いて決定した。赤血球トランスケトラーゼ活性のデータは過去の研究から取得した。

2-3. 電気生理学的評価
すべての患者を対象に、初診時に正中神経、尺骨神経、脛骨神経、腓腹神経の運動神経および感覚神経伝導検査を施行した。

2-4. 腓腹神経標本の病理学的評価
腓腹神経生検は、ALNの29人、ALN-TDの18人、TDNの19人で施行された。ほとんどの場合、生検はチアミンの補充開始前に行われた。標本は2部分に分割された。一方は、0.125 Mカコジル酸塩バッファー (pH 7.4) 中の2.5%グルタルアルデヒドで固定し、形態的評価のためにエポキシレジンに包埋した。有髄線維密度は、トルイジンブルー染色のセミシンセクションで評価し、Luzex FS (Nikon) を用いて解析した。
神経周膜下浮腫の程度の評価は、まず神経周膜細胞 (perineurial cell) に囲まれた総面積 (total endoneurial area) を測定し、次に浮腫を反映する subperineurial space の増大が差し引かれた面積 (endoneurial area) を測定し、前者から後者を引き算した。1つの基底膜に囲まれた2つ以上の小径有髄線維のクラスターは軸索発芽を見ているものと評価した。軸索発芽の数の評価も行った。有髄線維の再生 (軸索発芽を伴う線維) が総有髄線維の5%を占める症例は、再生繊維が豊富であると評価した。
電子顕微鏡評価のため、エポキシレジンに包埋した標本を超薄セクションにカットし、アセチル酸ウランとクエン酸鉛で染色した。無髄線維密度の評価は、x4,000で電子顕微鏡写真をランダムに撮影して行った。G-ratios (軸索直径/線維直径) の決定は、x8,000の倍率で撮影した電子顕微鏡写真から200本の線維をランダムに選択し、これらの線維を対象に行った。ニューロフィラメントの数の評価は、x50,000の倍率で撮影した電子顕微鏡写真に矩形領域を設定して行った。軸索下や中心領域を含んで、軸索領域の少なくとも30%がカウントされた。少なくとも30本の線維でこの評価が行われた。再生線維が豊富な症例は、G-ratioとニューロフィラメント密度の評価から除外された。
グルタルアルデヒド固定標本の一部は、解きほぐし線維の作成のために用いた。少なくとも100本の単一線維が単離された。
二分した神経のうちもう一方は、10%ホルマリン溶液で固定し、
パラフィン包埋した。セクションを分割し、HE染色に加え、Klüver–BarreraとMasson trichrome染色も行った。


3. 結果

3-1. チアミン欠乏を伴わないアルコール性ニューロパチー
この群のみならず、すべての群の患者で、下肢優位の対称性ポリニューロパチーがみられた。この群の患者のポリニューロパチーの初期症状はすべて、足先 かつ/または 踵部の、疼痛または有痛性灼熱様感覚であった (表2)。この症状は緩徐に上行し、下肢近位部を含むように進行し、時に体幹の下部にも至った。重症患者では、上肢の遠位部も含まれた。進行はほとんどの場合緩徐であり、月から年の経過をたどった。19人 (53%) は下肢遠位の筋力低下を呈したが、感覚優位の障害パターンを示した。残りの17人 (47%) は純粋感覚性パターンであり、四肢の筋力低下は認められなかった。上肢の筋力低下は6人 (17%) でみられた。下肢の感覚障害はすべての患者で見られたが、上肢や体幹の感覚障害も、それぞれ17人 (47%) および 7人 (19%) でみられていた。ほとんどの患者 (97%) が四肢や体幹の疼痛を訴えていた。影響を受けた感覚モダリティとして、表在覚の脱失、特に痛覚の障害が目立っていた。しかし、重症患者ではすべての感覚モダリティに障害が見られた。上腕二頭筋、膝蓋、アキレス腱反射は、10人 (28%)、17人 (47%)、31人 (86%) で低下または消失していた。足底反射はすべての患者でflexorであった。尿閉、便秘、発汗障害、起立性低血圧といった自律神経障害は、この群の患者では目立たなかった。すべての患者で、感覚障害がADLに強く影響を与えていたが、27人 (75%) は初診時に補助なしで歩行可能であった。mRSによる機能的状態は、2.1±0.6であった。
神経伝導検査では、上肢よりも下肢に強い異常が認められた。脛骨神経のCMAP振幅の中等度の低下と、腓腹神経のSNAP振幅の重度の低下が認められた。一方で、正中神経のCMAPは比較的保たれており、正中神経のSNAPも低下は軽度にとどまっていた。正中神経と脛骨神経において、軽度から中等度の運動神経伝導速度の低下がみられ、感覚神経伝導速度も両神経で低下していた。正中神経と脛骨神経の遠位潜時も軽度延長していた。
腓腹神経の有髄線維密度は顕著に低下していた (表4)。大径有髄線維密度は1307±864 fibers/mm2 (正常の43%) であり、小径有髄線維に関しては1381±1278 fibers/mm2 (正常の27%) であった。9症例 (31%) では軸索発芽が豊富にみられた (図1C)。これらの9症例のニューロパチー症状の期間は極めて長期であり (70.5±49.5 months)、再生有髄線維の存在は小径有髄線維の比率を増加させた (small/large 4.3±4.4; control 1.7±0.2)。残りの20症例 (69%) では、ニューロパチー症状は短期間 (9.7±11.6 months) であった。これら20症例では、小径有髄線維の減少は大径有髄線維の減少より高度であった (small/large 0.7±0.3) ため、小径線維優位の脱落が明瞭であった (図1B, 2)。豊富なミエリンループを伴うニューロフィラメント密度の増加と軸索の短縮が、いくつかの有髄線維で見られた。G-ratioの低下 (0.58±0.07, control 0.73±0.03) とニューロフィラメント密度の増加 (187.0±44.1 filaments/m2; control 108.3±25.9) は、軸索の萎縮を反映している。無髄線維密度の減少も高度であった (7029±4153 fibers/mm2)。再生線維を示唆する小径無髄線維のクラスターは、有髄線維の軸索発芽が豊富な症例で見られた。神経周膜下浮腫の程度はさまざまであった。解きほぐし線維では、軸索変性が高頻度に認められた (30.9±19.7%)。また、残った線維ではミエリンの不規則性が明らかであった (17.3±11.3%)。分節的な脱髄/再髄鞘化の比率は9.0±5.2%であった。この脱髄は、髄鞘のインターノードが消失することとによる、連続的なRanvier絞輪の連結によって特徴づけられた。

図1. 腓腹神経の光学顕微鏡観察所見。(A) 正常対照の腓腹神経セクション。(B) 4か月の病歴を持つチアミン欠乏を伴わないアルコール性ニューロパチー患者の標本。小径有髄線維が大径有髄線維よりも目立って脱落している。神経周膜下浮腫はわずかである。(C) 5年の病歴を持つチアミン欠乏を伴わないアルコール性ニューロパチー患者の標本。軸索の再生を示す軸索発芽が豊富にあるため (矢頭)、Bとは異なり小径有髄線維優位の軸索脱落は見られない。非アルコール性チアミン欠乏性ニューロパチー患者の標本。Bとは異なり、大径有髄線維の脱落が小径有髄線維よりも目立つ。しかし、どちらの種類の有髄線維も高度に脱落している。また、神経周膜下浮腫が明らかである (矢頭の間)。Bar=30μm。

図2. 大径有髄線維と小径有髄線維の関係性。太線は、小径/大径比の正常値を表している (small/large=1.7)。黒四角は正常対照の正常値を表している。太線の下にある円は、大径有髄線維優位であることを示し、太線の上にある円は小径有髄線維優位であることを示している。黒い円は再生有髄線維が少ない (総有髄線維の5%以下) ことを示しており、白い円は再生有髄線維が豊富である (総有髄線維の5%以上) ことを示している。有髄線維の再生が豊富になると、小径有髄線維の数が増加する。純粋アルコール性ニューロパチー群では、再生有髄線維が少ない症例は全例が小径線維優位の脱落を反映して大径有髄線維優位となっていた。チアミン欠乏性ニューロパチー群では、1例を除いたすべてが大径有髄線維優位の脱落を反映して小径有髄線維優位となっていた。

図3. アルコール性ニューロパチー患者の解きほぐし線維。髄鞘の不規則性が目立つ。連続するRanvier絞輪が連続したことで分節的脱髄が発生している。

3-2. 非アルコール性チアミン欠乏性ニューロパチー
すべての患者が、上肢より下肢に強い対称性ポリニューロパチーを呈し、症状は末梢から体幹にかけて進行した。ALNとは対照的に、ニューロパチーの初期症状は多様であった。下肢の筋力低下が16人 (50%)、下肢遠位のしびれ感が16人 (50%) であった (表2)。進行速度も多様であった。1か月以内の急速進行が18人 (56%) でみられたが、1年以上かけての緩徐な進行も6人 (19%) でみられた。平均して、ALNと比較して進行速度は急速であった (p<0.001)。障害パターンは主に運動優位であった。27人 (84%) が運動優位であり、ALNでみられた感覚優位のパターンとは対照的であった。筋力低下が日の経過で進行した数人の患者は、初期にはGuillain-Barre症候群と考えられていた。運動症状は上肢よりも下肢に優位であった。それでも、26人 (81%) は上肢の筋力低下を呈した。感覚障害は全患者で下肢に存在し、上肢と体幹にもそれぞれ25人 (78%) と9人 (28%) が症状を有していた。有痛性または痛みを伴わない多様なしびれ感がすべての患者で認められたが、有痛性感覚障害は7人 (22%) でしか認められなかった。すべての感覚モダリティの関与が、TDNの共通した特徴であった。これは、痛覚障害が際立っていたALNとは対照的であった。表在覚障害が目立ったのは3人 (9%) であり、深部感覚障害が目立ったのは9人 (28%) であった。20人の患者では、すべてのモダリティが同等に侵されていた。ほとんどの患者で、上腕二頭筋、膝蓋腱、アキレス腱反射が低下または消失していた。すべての患者で足底反射はflexorであった。自律神経障害はほとんど認められず、あったとしても軽度であったが、重度のチアミン欠乏があった6人の患者では、尿道カテーテル留置を必要とする弛緩性膀胱や、麻痺性腸閉塞様の重度の腸管ガス貯留を認めた。ALNと比較すると、主に急速進行性の筋力低下によって、ADLの障害は有意に重度であった (p<0.0001)。初診時に補助なしで歩行可能であったのはたった5人 (16%) のみであった。mRSによる機能的状態は、3.6±1.0であった。
神経伝導検査の所見はALNと類似していた (表3)。有意差がみられたのは、正中神経の遠位潜時の延長と (p<0.005)、脛骨神経のCMAP振幅の低下 (p<0.002) のみであった。有髄線維密度は有意に低下していた (表4)。大径有髄線維の減少はALNと比較して高度であった (p<0.0005)。大径有髄線維密度は663±693 fibers/mm2 (正常対照の22%) であったが、小径有髄線維密度は1704±1310 fibers/mm2 (正常対照の33%) であった。大径有髄線維に対する小径有髄線維の比の平均は13.6±27.0 (正常, 1.7±0.2) であり、ALNと比較しても有意に高値であった (p<0.0001)。軸索発芽は全症例でほとんどみられなかった。ALNとは対照的に、1症例を除いた全症例で大径有髄線維の脱落は小径有髄線維の脱落よりも高度であった (図1Dおよび2)。平均G-ratioは0.56±0.06 (正常, 0.73±0.03) であり、ニューロフィラメント密度は193.5±43.8 filaments/m2 (正常, 108.3±25.9) であった。これらの項目はALNとの有意差は認められなかった。無髄線維の減少もみられたが、ALNよりは軽度であった (p<0.006)。無髄線維の再生はほとんどみられなかった。神経周膜下浮腫はALNよりも高度であった (p<0.002)。解きほぐし線維では、ALNと比較して軸索変性が高度であった (p<0.001)。分節性の脱髄/再髄鞘化の比率はALNと比較して軽度であった (p<0.001)。髄鞘の不規則性は5.7±5.2%の線維でみられたが、これはALNと比較すると軽度であった (p<0.0003)。

3-3. チアミン欠乏を合併したアルコール性ニューロパチー
ALN-TDの神経症状は多様であり、ALNとTDNの両者の特性を有していた (表2)。初期症状は、16人の患者 (57%) では下肢のしびれ感または有痛性錯感覚であったが、12人は筋力低下であった (43%)。進行は、11人 (39%) が急性 (1ヵ月以内)、13人 (46%) が慢性 (1年以上) とさまざまであった。運動障害と感覚障害の程度も様々で、15人 (54%) は運動優位のパターンを示したが、残りの13人 (46%) は感覚優位または純粋に感覚のみのパターンを示した。筋力低下は下肢に26人 (93%)、上肢に14人 (50%) にみられた。感覚障害は全例で下肢にみられ、体幹と上肢遠位部にそれぞれ7例 (25%) と19例 (68%) にみられた。有痛性感覚障害は16例 (57%) に認められ、ALNに比べ有意に少なかった (p<0.005)。感覚障害の様式も様々であり、表在感覚と深部感覚は15人 (54%) で同等に障害され、深部感覚は6人 (21%) でわずかに優位であった。深部腱反射は、上腕二頭筋腱で13例 (46%)、膝蓋腱で23例 (82%)、アキレス腱で28例 (100%) でそれぞれ低下した。足底反射は全例でflexorであった。mRSスコアは2.8±0.9であり、ALNとTDNの中間であった。
神経伝導検査の所見はALNとTDNと同様であった (表3)。腓腹神経生検標本の所見もALNとTDNの中間の範囲であり、様々であった (表4参照)。大径有髄線維の密度は928±764 fibers/mm2 (正常対照の30%) であり、小径有髄線維密度は1800±1245 fibers/mm2 (正常対照の35%) であった。大径有髄線維に対する小径有髄線維の比は4.4±8.0であり、ALNとTDNの中間であった。軸索発芽は6人 (33%) で豊富であった。大径有髄線維と小径有髄線維の比率は症例ごとに大きくばらつきが見られた (図2)。G-ratioは平均して0.54±0.06であり、ニューロフィラメント密度は188.2±41.2 filaments/m2であった。これらの値はALNおよびTDNとの有意差を認めなかった。解きほぐし線維では、軸索変性の頻度は45.3±30.7%であった。髄鞘の不規則性は残りの線維で明らかであった (9.2±7.7%)。分節性の脱髄/再髄鞘化の割合は10.3±8.2%であった。解きほぐし線維における所見も、ALNとTDNの中間範囲であった。

 

4. 考察
アルコール性ニューロパチーの発症機序は、特にチアミン欠乏との関連性において、いまだ不明瞭なままであった。最近の研究によって、エタノールとその代謝産物の直接的な神経毒性が明らかにされてきており、エタノールによって誘導されたグルタミン酸の神経毒性、ニューロフィラメント蛋白とそのリン酸化体の産生低下、速い軸索輸送の障害などの機序が組み合わさって作用している可能性が示唆されている。動物実験では、エタノールによる軸索変性が、チアミン値が正常に保たれている状態でも生じるということが示されている。ヒトにおける研究でも、ニューロパチーの重症度とエタノールの消費量の間に用量依存関係が観察されていることから、直接的毒性の存在が示唆されている。直接的毒性に加えて、チアミン欠乏も慢性アルコール依存とは切り離して語ることができないものであり、ニューロパチーの原因となりうる。エタノールは腸管からのチアミンの吸収を阻害し、チアミンの肝貯蔵を減少させる。エタノールはさらにチアミンのリン酸化を減少させ、ビタミンとしての活性体を減ずる効果も持つ。また、慢性アルコール依存者は食生活の偏りを持つ傾向にもある。これらの関係から、慢性アルコール依存ではチアミン欠乏性ニューロパチーのリスクが高まる。
その有病率の高さとは対照的に、アルコール性ニューロパチーの臨床病理学的特徴はよくわかっていなかった。これの原因の大部分は、脚気との鑑別が不十分であったためである。中には栄養学的評価が不十分な例もあるが、そうでなくても、チアミン値の評価に技術的な限界があることも影響している。赤血球トランスケトラーゼ活性の測定が導入されたのはようやく1960年代になってからであったが、それでもこの手法はチアミンを間接的に測定するものであった。1980年代になり、直接的かつ高感度な高速液体クロマトグラフィーが広く利用可能になった。我々が「アルコール性ニューロパチー」の臨床病理学的特徴を評価するにあたっては、エタノールまたはその代謝産物の直接的毒性と、チアミン欠乏の影響が同時に考慮されなければならない。さらに、非飲酒者における純粋なチアミン欠乏性ニューロパチーの特徴の評価も必要であった。
本研究では、我々は「アルコール性ニューロパチー」患者をチアミン値に基づいて2つの群に分類した。チアミン欠乏を伴わないアルコール性ニューロパチー (ALN) では、エタノールとその代謝産物の直接的毒性のみが影響しているものと考えられた。ALN-TDは、エタノールの毒性とチアミン欠乏の影響が同時に表れている点によって特徴づけられる。一方、比較のために、非飲酒者におけるチアミン欠乏性ニューロパチー (TDN)、すなわち以前から報告されている「脚気」の評価も行われた。我々はこうして、各ニューロパチーの臨床病理学的特徴を個別に評価することができ、チアミン欠乏の影響がALNの特徴を修飾するということを確認できた。
臨床的特徴としては、我々の症例のALNは、緩徐進行性の、感覚優位の症状を有していた。有痛性異常感覚が最も多い訴えであり、これによってADLが障害されることが多かった。一方、純粋なTDNでは、多くの患者が急速進行性の運動優位の症状を呈することによって、歩行に障害をきたすことが多かった。ただし、中には緩徐進行性の感覚優位のパターンを呈するバリエーションも存在した。ALN-TDの臨床的特徴は極めて多様であり、ALNとTDNの中間的な像を呈するスペクトラムを形成していた。
3つの群における主要な電気生理学的および組織病理学的所見は、軸索性ニューロパチーと言えるものであった。これは、過去のアルコール性ニューロパチーと脚気の報告と合致している。我々が観察した範囲では、ALNとTDNの電気生理学的特徴は類似していた。すなわち、臨床的特徴と同じように、下肢優位のニューロパチーを呈していた。CMAP振幅の減少は、ALNと比較してTDNで顕著であった。髄鞘障害と関連した電気生理学的所見 (MCVまたはSCVの低下やDLの延長) もALNとTDN患者で観察されたが、組織病理学的には軸索障害が優位であった。
腓腹神経生検検体は、電気生理学的所見よりも明瞭にこれらのニューロパチーを区別することを可能にした。ALNは小径線維優位の脱落を示し、神経周膜下浮腫は目立たず、髄鞘の不規則性や分節性の脱髄/再髄鞘化が目立った。一方で、TDNでは主に大径線維の脱落が目立ち、神経周膜下浮腫が目立ち、髄鞘の不規則性や分節性の脱髄/再髄鞘化は目立たなかった。発症から日が浅いALN患者では、小径線維優位の軸索障害 (small-fiber axonopathy) が最も目立っていた。一方で、長期に経過した患者では、豊富な再生線維によって小径線維の脱落が不明瞭になっていた。小径線維優位の脱落の所見は、有痛性アルコール性ニューロパチーの過去の報告と合致していた。ALN患者における深部腱反射の相対的保存は、これらを仲介する大径線維が比較的保たれているためだと考えられた。ALN-TDは、小径線維優位の脱落から大径線維優位の脱落まで、幅広い病理の特徴を示し、ALNとTDNの両者の特徴を有していた。長期経過した症例における軸索発芽と、いくつかのALN-TD症例における大径線維優位の脱落は、線維直径に基づいて神経の脱落を記述した先行研究において、ALNにおける小径線維優位の脱落を不明瞭化していたのかもしれない。G-ratioとニューロフィラメント密度によって決定される軸索萎縮は、これら3群で差を示さなかったが、軸索萎縮を示唆する髄鞘の不規則性はTDNよりALNでより高頻度であった。解きほぐし線維における分節性の脱髄/再髄鞘化はTDNよりもALNでよくみられた。この変化は連続するRanvier絞輪が連結したことによってみられていた。
「アルコール性ニューロパチー」のもう1つの重要な特徴は、胃切除後患者の存在である。ALN-TD患者では36%が胃切除後であったが、ALN患者には存在しなかった。ここから、胃切除が慢性アルコール依存患者におけるチアミン欠乏のリスク因子であり、チアミン欠乏が胃切除後ニューロパチーの原因であることが示唆される。
まとめると、「アルコール性ニューロパチー」の本質は、チアミン欠乏の検出不足、またはその影響の過剰評価によって不明瞭であったとともに、チアミン欠乏性ニューロパチー (すなわち脚気) の臨床像もエタノールの影響の重畳によって歪められていた可能性があった。我々はこれら2つのニューロパチーを相互作用に気を付けながら比較し、そして臨床的及び病理学的に異なるということを確認した。チアミン欠乏だけでなくエタノールとその代謝産物の直接的毒性がアルコール性ニューロパチーを引き起こしうる。また、アルコール性ニューロパチーの臨床病理学的特徴は極めて均一だが、チアミン欠乏が共存するときには幅広いバリエーションが現れる。

 

感想
節酒しましょう。