ひびめも

日々のメモです

頭頂葉性失書: 筆順の乱れ・字形形成障害・字形想起障害を特徴づける

Parietal dysgraphia: characterization of abnormal writing stroke sequences, character formation and character recall.
Sakurai, Yasuhisa, et al.
Behavioural neurology 18.2 (2007): 99-114.

 

漢字ブームはまだまだ続いてます。

 

1. 背景
頭頂葉の損傷による失書は、異なる解剖学的基質によって、3つに分類できる。すなわち、角回損傷による失書を伴う失読、上頭頂小葉損傷による純粋失書、そして伝導失語を伴う失書である。
上頭頂小葉損傷による純粋失書の臨床的特徴については、わずかなことしかわかっていない。患者は置換と省略からなる音素性錯書を呈する。上頭頂小葉またはその近傍にある頭頂間溝の損傷は、失行性失書、すなわち書記素の形成の障害をきたすことが知られている。この失書では、感覚運動機能は正常に保たれており、さらに口頭綴りやアナグラム文字によるタイピングも比較的保たれているものの、逆転や歪みがみられる。一般的な純粋失書は、正常形態の書記素を形作ることができるという点で失行性失書とは異なる。上頭頂小葉損傷によって純粋失書が生じたとして報告されたある患者では、書記素の形成が悪く、このため失行性失書と考えるべきだったと思われる。しかし、頭頂葉性純粋失書と失行性失書が同じ損傷領域を共有しているかどうかはいまだわかっていない。日本語の書字システムは、漢字 (もともと中国語の文字から派生した形態素文字または表意文字) と仮名 (もともと漢字から変化した日本語の音声表記または音節表記文字) という2つの異なる文字形態を用いている。漢字文字の一部は、多くの画数を持つ複雑な字形である。小学生は、漢字と仮名の文字を、筆順とともに学習する。こうした二重システムによって、日本人の失書はいくらか独特な特徴を呈する。たとえば、(1) 字形想起障害による漢字の失書 (語彙性/正書性失書) は下側頭皮質後部、角回、上頭頂小葉、中前頭回後部の損傷によっておこる、(2) 仮名の錯書 (音韻性失書) は縁上回、中下前頭回後部の損傷によっておこる、(3) 上頭頂小葉損傷による日本語の失行性失書患者は、漢字の書字において筆順の乱れと字形の歪みを呈する。
上の (1) と (2) の発見に基づき、我々は以前、漢字と仮名単語 (および文字) の視覚性イメージ (心像) は下側頭皮質後部 (そして仮名文字に関しては角回/外側後頭回にも) に貯蔵されており、角回と上頭頂小葉を介して前頭葉の運動野・運動前野に至る (正書経路) こと、そして対照的に、単語と文字の音韻情報は一次聴覚皮質と上側頭回後部から角回および縁上回に至り、弓状束に合流して前頭葉の運動野・運動前野に至る (音韻経路) ことを提唱した。仮名や音節の音素に関連付けられた視覚イメージは、角回および隣接する外側後頭回からアクセスされたのちに正書経路に合流する。形態的に複雑で筆順の多い漢字文字は、より正書経路に依存するが、音素に直接的に結びついており形態的に単純な仮名文字は正書経路への依存は少ない。この仮説は、近年の神経画像研究とも一致しており、(i) 漢字文字の書字と想起は、仮名文字の書字と想起に比較して、下側頭皮質後部と上頭頂小葉の幅広い領域を活性化させ、(ii) 仮名の書字と想起は前頭弁蓋部 (音韻経路の終末部; Area 44/45) の限られた領域しか活性化させなかったのに対して、漢字の書字と想起は中前頭回後部の幅広い領域 (正書経路の終末部; Area 6) を活性化させたという。西欧諸国からの近年の神経心理学的発見も、下側頭皮質後部が単語の正書語彙の座であり、さらに中下前頭回後部 (Area 44/45 および 6) と角回 (Area 39) も正書へのアクセスに関係するという考え方を支持している。
この仮説の弱点は、失行性失書の特徴を考慮していないことである。すなわち、上頭頂小葉損傷によって、上で述べた (3) のような現象が生じることである。このため、上頭頂小葉内のどのような損傷が書記素の歪み、筆順の乱れ、単語イメージの想起、のそれぞれに重要であるかを決定しなければならない。今回我々は、頭頂葉性書字障害を呈した4人の患者を報告する: 肢節運動失行を伴う/伴わない字形の歪みのみを呈した例、字形の歪みと筆順の乱れを呈した失書の例、筆順の乱れと著名な字形の歪みおよび心像障害 (字形想起障害) を呈した例である。我々は、これらの書字症状を損傷部位と関連付け、こうした障害の解剖学的基質を提案する。

 

2. 方法
2-1. 患者プロファイル

表1. 各患者で実施した神経心理検査の結果

図2. 各患者の脳MRI画像

(患者1) 36歳の左利き男性。小学生時代に両手で文字を書く訓練を積み、高校卒業後に会社員として勤務していた。2001年12月、彼は自分の左腕に感覚鈍麻を自覚した。彼はものを掴むことができなかった。彼は我々の病院を受診し、CTで脳梗塞と診断された。神経学的および神経心理学的検査では、左上肢の筋力低下、左手掌・口領域の錯感覚、3-5指の偽性アテトーゼ、組み合わせ感覚の障害による触覚失認 (材質覚、二点識別覚、書字覚)、左手の肢節運動失行が認められた。数唱は、順唱6桁、逆唱4桁であった。2週間のうちに、握力は元通りになり、錯感覚は3-5指のみに認められるようになった。肢節運動失行は依然として認められていたが、かろうじて書字は可能になった。
発症13日目のWABでは、失語は見られなかったが、書字の障害が見られた (表1)。彼は、正常な親指と示指を使いながら、おかしな鉛筆の持ち方をし、ゆっくりと、苦労しながら文字を書いた (図1)。結果として、書かれた文字は、線の延長や中断などが混じり、崩れた形態となった。書取りに比べて、写字では比較的良い文字を書くことができた。以前であれば、彼は、右手を用いて正しい鉛筆の持ち方で、漢字と仮名を歪みなく書くことができていた。1ヶ月以内に、肢節運動失行と触覚失認は消失し、左片麻痺も回復した。しかし、第3-5指の錯感覚と、二点識別覚の低下は、発症後4ヶ月経っても依然として続いていた。
発症7日目のMRIでは、precentral knobの後外側の右中心後回、縁上回と中側頭回後部の皮質および皮質下構造に高信号領域がみられた (図2-1)。そのほかにも、右中後頭回には陳旧性梗塞を疑う高信号領域が認められた。頸動脈アンギオグラフィーでは、右MCAの水平部 (蝶形骨部: M1) に閉塞を認めた。

図1. 「体性感覚性失書」を呈した患者1の異常な書字姿勢。彼は、正常な左母子と示指で鉛筆を握っている。彼は組み合わせ感覚障害による触覚失認と肢節運動失行を左手に有していた。

(患者2) 74歳の右利き男性。大学卒業後に会社員として勤務し、退職後。2001年12月、彼は右上肢の筋力低下に気付き、当科を受診した。彼はCTで左頭頂葉脳出血と診断された。彼は我々の病院の神経内科に入院した。入院時、右上肢の軽度の筋力低下と錯感覚、右手の触覚失認が認められた。彼は、すべての物体が金属のように硬く感じられたと話した。肢節運動失行は認められなかった。彼は漢字の書字に障害がみられたが、10日の間に大きな改善が見られた。
発症10日目のWABでは、失語は見られなかったが、文章の書字はゆっくりであった。彼は3分でたった2つの文章しか書くことができず、これによって書字の点数は低くなった (表1)。自発的書字や書取りでは、いくつかの漢字や仮名文字は形態が悪くなったが、文章の写字ではかなりの改善が見られた。発症1ヶ月後には、錯感覚は3-5指に限局しており、第4指には偽性アテトーゼがみられた。発症3ヶ月後には、書字障害は回復した。
発症8日目のMRIでは、precentral knobの後方の左中心後回の一部にT1高信号、T2低信号領域がみられた (図2-2)。また、左側脳室の軽度拡大もみられた。
(患者3) 58歳の右利き男性。高校卒業後、ネクタイ製造業者に勤務。1996年11月、彼は右上肢を動かすことができなくなり、触覚がわからなくなった。彼は自身の右腕が、あたかも他人のものであるかのように感じた。10分後、筋力低下と感覚障害はある程度改善したが、彼は日本語の文字を、その視覚イメージを思い出すことはできるにもかかわらず、誤って書いてしまうことに気付いた。教科書を見ると、彼は文字を正しく模写することはできた。2日後、彼はネクタイを結ぶことができず、自身の脚が薄い綿の中に包まれているかのように感じた。彼は東大病院の神経内科を受診し、CTで左頭頂葉脳梗塞と診断された。神経学的および神経心理学的診察では、この時点では運動感覚障害は認められなかったが、短期記憶障害 (数唱は順唱でも4桁であった)、書字障害、暗算の障害がみられた。
発症4日目のWABでは、失書と手指同定障害がみられた (表1)。書字の誤りは、漢字の想起障害、新造語、仮名の字性錯書などが含まれた。漢字文字を書くときには、試行錯誤がみられた。漢字の口頭綴りによる認知は顕著に障害されており、語形イメージの欠損 (字形想起障害) が示唆された。文章の模写は全く正常であり、書き取りと比べて字形の改善が見られたが、見本を見ながら一画ごとに書く様子がみられた。彼は、自分がイメージしたように文字を書くことができないと訴えた。タイピングの成績は未検である。失行は認められなかった。ネクタイを結ぶ動作は、練習とともにできるようになった。計算にも、2桁と1桁の数字同士の計算では、ごく軽度の障害がみられた (暗算 38/40、筆算 39/40)。短期記憶障害と失算は3ヶ月以内に正常レベルまで回復したが、書字障害は数年にわたって持続していた。
発症1ヶ月後のMRIでは、左中心後溝の後方で、上頭頂小葉と縁上回の一部を含むように、そして頭頂間溝に沿って深く側脳室に至るように、T2高信号領域がみられた (図2-3)。また、両側の半卵円中心の小さな点状高信号の散在や、左優位の側脳室の軽度開大がみられた。
(患者4) 58歳の右利き男性。自営業店主として働いていたが退職後。2001年7月、彼は自分の右上下肢の痙攣様運動と、文字がうまく書けないことに気づいた。彼は手指の分離運動がうまくできず、テーブルの上のグラスに手を伸ばすことができなかった。彼は1998年1月に左後頭葉脳出血を起こし、一過性の失読と、右同名半盲の後遺があった。CTでは、陳旧性病変の周囲の左後頭-頭頂領域に低吸収がみられた。彼は、当院の神経内科を受診し、脳梗塞と診断されて入院となった。神経学的および神経心理学的診察では、(1) 右同名半盲、(2) 右上肢のBarreの回内徴候とBabinski徴候陽性、(3) 字形想起障害による漢字と仮名の失書、(4) 短期記憶障害 (数唱は順唱で4桁)、(5) 失算、(6) 左四分視野内の物体に対する右手による視覚誘導性の到達運動障害がみられた。
発症7日後のWABでは、漢字と仮名の字形想起障害、書記素形成障害、異常な筆順によって特徴付けられる、重度の失書がみられた (表1)。彼は文字をゆっくりと、苦労しながら書いた。彼は口頭綴りによる文字の認知ができなかった。また、単一の仮名文字の書取りにおいても、字性錯書と想起障害がみられた。しかし、書き取りのできなかった仮名単語のタイピングはできていた。文章の模写は正常であったが、見本を見ながら、一画ずつ書く様子が見られた。ほとんどの文字は形態が崩れており、あたかも子供が書いた幾何学的図形のようであった。線画 (e.g. 立方体) の模写は良好であったが、見本のない自発的描画は形態が崩れており、非言語的図形の心像も障害されているのだと思われた。視覚誘導性の到達運動障害は、発症15日後には消失したが、失書は発症1年後にも残存していた。
発症3日後のMRIでは、左楔部・舌状回、大鉗子の後頭葉部に辺縁T2低信号を伴う高信号域がみられ、陳旧性の出血性梗塞が考えられた。また、その周囲には左後頭頭頂葉に薄いT2高信号域があり、角回、楔前部、上頭頂小葉から中心後溝に至っていた (図2-4)。

2-2. 神経心理検査
基本的な認知機能と言語機能を評価するため、我々はWAIS-RとWABを各患者に実施した (表1)。WAIS-RのPIQのサブセットスコアは、認知および運動技能を明らかにするために表示している。各患者の読字および書字能力を定量的に評価するため、我々は特殊な検査を実施した (表2)。この検査は、100字の単一文字漢字および漢字の読み仮名を音読させ、そして同じ漢字と仮名を書字させるというものである。すべての評価項目にある漢字は小学校3年生までに学習するものとした。患者1と4では課題遂行の様子をデジタルビデオカメラで録画し、筆順の解析も行った。患者4では、検査文字を模写する課題も行わせた。

表2. 100字の漢字と仮名課題の読み書き成績

正答と読字および書字にかかった時間を記録した。書字では、誤りをさらにその種類別に、無反応/non-response、部分反応/partial response (不完全な文字または単語)、構成エラー/constructional error (文字の構成要素の省略や追加)、視覚性エラー/visual error (視覚性に似た別の文字への置換)、音韻エラー/phonological error (異なる音声的価値を有する別の文字への置換)、意味性エラー/semantic error (正答と意味的に関連のある別の単語への置換)、などに分類した (表3)。試行錯誤や異常な筆順は、すべての文字の評価が終わった後に評価された。歪み/deformityは、書記素 (文字) の形態の異常として定義され、要素の大小歪み/disproportion (1つの仮名または単語のそれぞれの構成要素のアンバランス)、要素の位置異常/dislocation (それぞれの構成要素や字画の配置や向きの誤り)、線の歪み/line distortion (直線が曲がってしまう)、曲線の歪み/curve distortion (曲線がうまく書けない)、線の延長/elongation of a ilne or stroke、線の中断/interruption of a line or stroke に分類された。歪みは、正しい反応があったときにのみ評価した。1つの文字で2つ以上の歪みがみられたとき、それぞれのタイプを別々にカウントした。

表3. 100字の漢字と仮名課題における書字の誤りタイプ

文字に歪みがあるかどうかの評価は評価者に依存する部分がある。このため、まずは患者自身が文字に歪みがあると判断した文字に対して歪みタイプ分類を行った。より客観的な評価のため、著者の3人がそれぞれ別々に患者の書字を評価し、2人以上が歪みの有無やそのタイプを同様に評価した場合に限ってその評価をカウントした。字形想起障害 (文字の心像欠損) は、患者が書き取り課題で無反応であった場合にカウントした (表3のnon-response)。我々は、失行性失書と診断するにあたって、以下の基準を用いた: (i) 運動感覚機能障害によって説明することができない判読不能な書記素の生成、(ii) 写字による書記素生成の改善、(iii) 口頭綴りやタイピングの保存、(iv) 筆順の乱れ。

3. 結果

図3. 患者1-4の異常な書記素形成と筆順の乱れの例。 矢頭は、歪み部分を指している。患者3および4では、筆順の誤りは試行錯誤とともに現れた (一般的な筆順は右側に示した通り)。患者1, 2, 4はフォローアップ検査を受けた。

以下の歪み解析は、特に注釈がなければ、主に著者らによる客観的評価によるものである。患者1は、課題の成績はほぼ満点に近かったが、漢字と仮名の書字に軽度ながら時間を要した。形態歪みには、dislocation、elongation、interruptionが含まれ、漢字でより頻繁に観察された (図3)。患者は同じ検査を発症4か月後にも受けたが、その時にも第3-5指に限局した錯感覚があり、握力にも軽度の低下があった。結果は全体的に改善していたが、彼は8個の漢字と7個の仮名をまだうまく書けないと自覚していた。患者2はコントロールと比較して課題の遂行に2倍以上の時間を要した。形態歪みとして、漢字でdislocationとelongation、仮名でcurve distortionがみられたが、患者本人は、漢字でdisproportionとline distortion、仮名でdislocationを自覚していた。患者は、自分が思ったように文字を書くことができないと訴えた。発症3か月後の再検査では、第3-5指の錯感覚は持続していたものの、書字ではほぼ満点の成績となっていた。患者3は、誤った筆順で試行錯誤を繰り返しながら文字を書いたため、漢字と仮名の両方で、書字に多くの時間がかかった。彼は、6回目の試行で正しく書くことができた漢字でも、書字の途中で立ち止まり、もう一度最初から書き始めた。また、2回の試行で不完全な漢字を書いた後、その漢字に線を追加したりもしていた。患者自身の評価によると、曲線描画が必要な仮名の書字で、字形の崩れを顕著に自覚していた。患者4の成績は最も低く、4人の中で書字に最も長い時間を要した。漢字の書き取りは、仮名の書き取りよりも障害されていた。ほとんどの誤りは、漢字と仮名文字の両方の想起障害と、仮名のカタカナへの置換から生じる、無反応および部分反応であった。視覚的複雑性、具体性、親和性 (その単語を見たことがあるか/使ったことがあるか)、書字頻度の影響を調べるため、以前の研究に従い、テスト文字をほぼ同数の2つのグループ (中央値以上または以下) に分けた。2つのグループの正解スコアはそれぞれ、複雑性 (p=0.007) と親和性 (p=0.026) で有意差があった。すなわち、より視覚的に単純で、親和性の高い文字ほど簡単に書くことができていた。患者は、単語を書くことができないときに、その単語を繰り返し発音した (音韻性促通: phonological facilitation)。漢字の書き取りでは、紙に試行錯誤の跡が少々見られたが、実際には何度もリハーサルを行い、鉛筆を紙の上で動かしてから文字を書き込んでいた。筆順の乱れは漢字の書き取りでより顕著で、患者はいくつかの漢字の筆順を忘れているように見えた。歪みには、漢字と仮名の両方におけるdislocationと、仮名におけるcurve distortionが含まれた。100字の漢字の写字では、全体的な字形形成は改善されたが (本人自覚的には、口述筆記で字形が歪んでしまった11字のうち9字が、写字ではうまく書けるようになった)、異常な字形が残っていた。また、たかも幾何学的図形を描くような書き方をした (写字における筆順の異常: 22/100)。発症8ヵ月後の再検査ではかなりの回復がみられた (点数および時間: 漢字38/100が38分、仮名69/100が44分)、依然として筆順の乱れた稚拙な文字を書いていた。
表4は、我々の患者4名と報告されている日本人の頭頂葉性失書患者の書字の特徴とその他の臨床プロファイルをまとめたものである。注目すべきは、すべての患者において、WAIS-RのPIQがVIQと同等かそれ以下であったことである。上頭頂小葉を損傷した患者3および4では、Block DesignとObject Assemblyの成績が特に悪かった。したがって、PIQの低さは、おそらく左上頭頂小葉の視空間認知機能障害を反映している。図4は、表4の患者において、字形形成障害 (我々の患者1-4を含む)、筆順の乱れ (我々の患者3,4を含む)、文字心像欠損 (我々の患者3,4を含む) のそれぞれをきたす病変を、頭頂間溝を通る軸平面上にマッピングしたものである。病変部位はレタリングシートで描出し、各病変像の切り出しは頭頂間溝レベルの標準軸平面上に重ねた。3つの症状はすべて頭頂間溝を取り囲む病変を含んでいた。特に、筆順の乱れでは頭頂内領域の前半分 (中央)、文字心像欠損では縁上回や楔前部を含む広範囲に重複がみられた (右側)。

表4. 日本人の頭頂葉性失書の報告例と本報告症例

図4. 字形形成障害、筆順の乱れ、文字心像欠損 (字形想起障害) を呈した患者の頭頂葉内の損傷部位の重複。矢頭は中心溝である。すべての症状は、頭頂間溝の周囲の損傷によってみられた。

 

4. 神経画像検査
4人の患者全員が、発症17日後 (患者1)、21日後 (患者2)、33日後 (患者3)、21日後 (患者4) に99mTc ECD-SPECTを受けた。脳血流の有意な減少 (補正p < 0.01) を示す領域を標準脳表面画像上に描出した (図5)。4人の患者すべてで中心後回に血流減少が認められた。さらに、左手の筋力低下と肢節運動失行を伴う患者1では、中心前回が影響を受けていた。上頭頂小葉は患者1, 3, 4で、角回は全患者で、縁上回は患者1と3で侵されていた。

図5. ECD-SPECTによる血流低下部位。中心後回は4人の患者全員、上頭頂小葉は患者1, 3, 4で血流低下がみられた。体性感覚野の一部が、書記素の歪みを示した患者1と2で影響を受けていることに注意。

 

5. 考察
今回報告した4人の患者は、全員が頭頂葉損傷による書字障害を呈した。患者1は左利きであった。しかし、彼の障害は感覚運動野の損傷のみによるものであったため、この議論は右利きにも適用可能である。加えて、年齢に比してdigit spanがやや短い (この患者には縁上回にも小さな梗塞があった) ことから、患者1の言語機能は右半球で行われていたと考えられる。患者3は両側半卵円中心にラクナ梗塞があったが、この古い梗塞はWAIS-Rで明らかになったように、患者の全般的認知機能にはほとんど影響を及ぼさなかった。患者4は左内側後頭回に脳出血を起こし、右同名半盲が残存していた。後頭葉頭頂葉の隣接した領域に梗塞が生じたことによって、字形想起障害を伴う重度の失書が生じた。したがって、この上頭頂小葉と頭頂-後頭葉の新たな病変は、失書の発生に決定的な影響を及ぼしたと言えるが、読字速度と書字速度は、半盲による影響もあったと思われる。
失行性失書は正常な感覚運動機能を前提としているため、患者1と2は失行性失書ではないことは明らかである。その代わりに、随伴する肢節運動失行の有無にかかわらず、中心後回病変によって書字障害、すなわち異常な書記素形成が起こることが示された。
患者3と4は、(i) 異常な書記素形成、(ii) 模写における字形の改善、(iii) 仮名単語のタイピングの保存 (患者4)、(iv) 書き順の乱れ、を呈したという意味で失行性失書であったと言える。字形想起障害 (文字心像欠損) は失行性失書で時折みられる症候である。書けない単語を完全に声に出して綴ることができなくても、失行性失書と診断することはできない。患者4では、口頭で綴られた漢字の認知、および漢字の口頭綴りが不良であり (表1)、漢字の文字心像欠損が示唆された。口頭で綴られた漢字の認知は患者3でも不良であった。加えて、正しく書けていた文字を最初から書き直したという事実は、文字の視覚イメージが不安定であったことを示唆する。簡単に言えば、患者3は軽度の、患者4は重度の、漢字の心像障害を持っていたということになる。
認知神経心理学的モデルによると、書字プロセスは中枢 (または言語) 成分と末梢 (または運動) 成分に細分化される。中心成分は書字出力に適切な単語を選択する役割を担い、周辺成分は正書情報を書字動作に変換する役割を担う。これらのプロセスはすべて「中枢」神経系で起こるため、我々は中枢/末梢という用語よりも言語/運動という用語を用いたい。この観点からは、4人の患者全員に書字の運動障害があり、さらに患者3と4には単語や文字の想起という言語障害があったということになる。

5-1. 異常な書記素形成
患者1と2は、肢節運動失行の有無にかかわらず、中心回後部の病変によって字形形成が障害されることを示した。これまで、中心後回病変による字形形成異常は報告されていない。障害が書字の運動面にあることは明らかである。しかし、これらの症例は、綴字と書字の認知神経心理学的モデルでは明確に説明できない。書字中の手からの感覚性および運動感覚性フィードバックは、対側の体性感覚野の手領域 (Areas 1, 2, and 3) に上行するが、この部分的損傷が、運動プログラミング (すなわち書字の神経支配パターン; 解剖学的にはArea 4の手領域) に不適切な効果を与えたか、皮質脊髄路に直接的な影響を与えた可能性がある。中心後回 (Area 1, 2, and 3) からの下行性線維は、中心前回 (Area 4) からの皮質脊髄路に合流することが知られている。機能的神経画像もまた、書字における中心後回の関与を示唆している。したがって、この種の書字障害を「体性感覚性失書」と呼ぶことにする。
患者1/2の字形変形と、失行性失書の患者3/4の字形変形を区別することは困難である。しかし、書き間違いを分析すると、漢字の書き間違いでは、患者3/4歳ではdislocationが多いのに対し、患者1/2ではdislocationではなくelongationが多かった (表3)。この違いの原因は、患者3/4では各構成要素の空間的位置関係や筆順に関する獲得的情報が障害されていた一方で、患者1/2では書字の微細なコントロールのみが障害されていたためと考えられる。神経基盤については、われわれの患者3や報告されている症例から、異常な書記素形成は頭頂間溝 (図4, 左側) 周辺の病変から生じていることが示唆される。また、患者4のように頭頂葉病変が上後頭回や楔前部にまで及んでいる場合には、書記素形成異常がより顕著になるようである。

5-2. 筆順の乱れ
筆順の乱れは、失行性失書を特徴づけるもう1つの症状である。この症状は簡単に観察することができ、多くの画数を持つ漢字の書字で特徴的なのは間違いないが、西欧諸国でも報告されている。既存の報告や、我々の患者3/4によれば、頭頂間溝内の損傷、特に中心後回に至るような前方領域の損傷が、筆順の乱れを引き起こすようである (図4, 中央)。よって、頭頂間溝内で中心後回に接合する領域が、筆順の乱れの発生に決定的となっていると思われる。

5-3. 漢字と仮名の心像欠損
図4 (右側) を見ると、文字心像欠損 (字形想起障害) も頭頂間溝周囲の損傷に起因しているが、病変が縁上回や角回を含み下方に、または上後頭回や楔前部を含み後方に広がりを持つ症例もあることがわかる。下頭頂小葉や後部後頭回の関与は、欧米諸国においても文字の心像障害を呈した症例で報告されている。患者3と4で症状-病変対比を行うと、病変が角回、上後頭回、楔前部に及ぶほど、心像が障害されることが示唆される。
患者4では、漢字の想起障害が顕著であったが、仮名文字の想起障害も認められ、これは患者1-3では認められなかった (表1および2)。上頭頂小葉損傷の既報では、漢字に強い失書がみられることもあれば、漢字と仮名の両方に失書がみられることもある。この違いは、おそらく病変が下方の縁上回や角回に及ぶか、もしくは後方の頭頂-後頭接合部に及ぶかによると思われる。上頭頂小葉の後方のみに病変がある場合、あるいは頭頂間溝周辺に病変がある場合、漢字に強い失書がみられることがある。さらに、漢字よりも仮名の書字が障害される失書では、縁上回の病変が原因であることが多く、仮名よりも漢字の書字が障害される失書は、角回の病変が原因であることが多い。縁上回下部は音韻性短期記憶の貯蔵庫と考えられており、仮名文字は音素 (子音-母音音節) の並びを直接表していることから、縁上回の損傷によって仮名の失書や字性錯書が起こることはよく理解できる。しかし既報ではこの場合、ほとんどの誤りは想起障害ではなく、字性錯書であったことに注意すべきである。縁上回の損傷を有していた患者1は、音韻性短期記憶の障害や仮名の失書は呈さなかった。これはおそらく、病変が小さすぎて症状が現れなかったためであろう (厳密に言えば、彼のdigit spanの順唱6桁というのは、前述のように年齢に対してやや低値であった)。この患者のSPECTにおける頭頂葉の低灌流は、おそらく右中大脳動脈閉塞による相対的虚血を反映している。
逆に、なぜ角回の損傷によって漢字の書字が仮名よりも障害を受けるのかははっきりとしない。我々は、下側頭皮質後部にある正書情報が角回を経由して (おそらく皮質下連合線維によって) 上頭頂小葉に至ると考えており、このため角回損傷ではこの経路が障害され、漢字の字形想起障害を引き起こす (図6) のだと思われる。仮名の書字は角回損傷でも障害されるが、その誤りはごくわずかである。我々の研究では、誤りは音韻性/phonological または構成/constructional (仮名文字の構成要素の省略または追加) エラーであった。
損傷が頭頂-後頭接合部に広がると、すなわち上後頭回と楔前部を含むようになると、これも漢字と仮名の差を生むもう1つの要素となる。患者4の仮名書字の誤りは、主に無反応または部分的反応 (想起障害) と少量の音韻性エラー (字性錯書) であったため、これらが縁上回や角回の機能障害に帰属できないということは明らかである。一方で、上頭頂小葉と隣接する上後頭回や楔前部は漢字はもちろんのこと仮名の字形想起に関与しているように見える。この領域の障害は、漢字と仮名の両方の心像欠損を生じる可能性がある (広い意味での書記素領域) が、漢字のほうがその形態的複雑さからより影響を受けやすい。これを支持するように、視覚的複雑性効果 (単純な文字ほど想起と書字の成績が良かった) が患者4の100字の漢字書字テストでみられている。
まとめると、心像障害は、損傷が頭頂間溝から角回、上後頭回、楔前部に広がるとより重度になると思われる。さらに、縁上回、角回、上後頭回、楔前部の関与の仕方によって漢字と仮名の想起障害の重症度が決まってくる可能性がある。上頭頂小葉の前方のみの障害では、字形想起障害はきたさないと思われる。

5-4. 書字速度の低下
患者1の書字速度は、明らかに低下していた。書字速度の低下は、障害側の手の筋力低下は感覚低下、運動感覚フィードバックの障害などで説明できるかもしれない。なぜならば、WAIS-R Digit Symbolの成績も低下していたからである (表1)。患者2のDigit Symbolの成績は正常であったものの、彼の100字の仮名書字テストの書字速度 (心像の関与は少ないはずである) は3か月後には回復していた (20分から14分に変化) ため、患者2の発症時の書字速度は、感覚性および運動感覚性フィードバックの低下によって障害されていた可能性もある。逆に、患者4は極めて低い書字速度を呈した。1つの原因として右同名反応が考えられる。別の理由としては、失行性失書による書記素形成障害も考えられる。すなわち、単語および文字に関する (もしくはより広く記号に関する) 視運動感覚性のエングラム (系列的運動パターン) の欠損によって、患者は単語の書字や綴字を適切にかつスムーズに行うことができず、これによって多くの時間がかかった可能性がある。失行性失書のある患者で、書記素形成のみならず書字速度が低下したという報告は存在する。

5-5. 神経画像データ
SPECTでは、全患者で側頭頭頂接合部および頭頂後頭接合部の幅広い領域における低灌流が示された (図5)。患者1に関しては、右中大脳動脈の閉塞がこれらの領域の低灌流に関連している。患者2と3に関しては、左優位の側脳室の改題が側頭頭頂接合部の血流に影響している可能性が考えられた。患者1と2では運動性失書以外の認知障害が認められなかったため、側頭頭頂領域および頭頂後頭領域の低灌流は症状に関連していないと思われた。患者1で感覚運動皮質、患者2で体性感覚領域に限局性の血流低下がみられたことは、これらの領域が書記素形成に関与しているとする我々の考え方と一致する。患者3は字形想起障害 (文字心像障害) がごく軽度認められた。縁上回と角回の血流低下がある程度これに影響していた可能性はある。しかしながら、もしそうだとしても、書記素形成および心像の重度な障害を引き起こすためには、頭頂葉および後頭葉のより広い領域の障害が必要であるという結論は変わらない。これは、患者3と4の血流低下領域の比較によっても明らかである。
機能画像研究では、様々な書字タスクで、下側頭皮質後部、頭頂間溝、上頭頂小葉、運動感覚皮質、中前頭回後部、背外側前頭前皮質、補足運動野の活動が示されている。これらの活動領域の一部は、我々の患者における損傷領域と合致する。その中でも、下側頭皮質後部と頭頂間領域は漢字と仮名文字の心的想起において活性化される領域であり、字形想起 (retrieval of orthography) に関与していることが示唆される。さらに、上頭頂小葉、運動感覚皮質、中前頭回後部、補足運動野は、呼称と比較して書字で強い活動がみられる場所であり、書字の運動的側面に関与している可能性がある。なお、上頭頂小葉と頭頂間領域は単語の想起と書字の両者において活動がみられる領域であり、頭頂間領域は単語の想起、正書-運動変換、書字運動の実行のどれにも重要な役割を果たしていることが示唆される。

5-6. 改訂版書字の二重経路仮説

図6. 解剖学的制約付きの書き取りの二重経路モデル。(a) 音韻経路、(b) 正書経路、(c) 音韻と正書の相互作用、(d) 頭頂葉書記素領域と前頭葉手領域の相互作用。単語の音韻情報は一次聴覚皮質 (Heschl回) から上側頭回後部 (音韻辞書の存在する場所, P; Area 22) に至り、角回および縁上回を通って弓状束に合流し、前頭葉運動野および運動前野に到達する (a, 音韻経路)。音素に関連付けられた仮名または音節の視覚イメージは、角回でアクセスされ、仮名の視覚情報は正書経路に入り、前頭葉皮質に至る。単語の音韻情報が貯蔵されている上側頭回後部 (P) と、単語の正書情報が保存されている下側頭皮質後部 (O; Brodmann Area 37) は相互結合を持っている (c)。語彙-意味情報 (S) は左側頭皮質の幅広い領域に貯蔵されており、音声を介して上側頭回後部からでも、または読字を介して下側頭皮質後部からでも、どちらの経路からもアクセス可能である (点線)。字形情報 (漢字単語・文字および仮名単語の視覚イメージ) は下側頭皮質後部 (字形辞書の存在する場所, O; Area 37) から上行して角回と上頭頂小葉の下を通り運動前野手領域 (H; Areas 44/45 and 6)に至る。この正書経路 (b) は、文字および単語の視運動感覚性 (visuokinesthetic) かつ系列的 (sequential) な運動エングラム (motor engram) が保存されている頭頂葉書記素領域 (G) を介して間接的に、または介さずに直接的に手領域に至る。広い意味での書記素領域は、上頭頂小葉と頭頂間領域に加えて、下頭頂小葉と頭頂後頭接合部 (上後頭回と楔前部) を含み、文字の視空間的属性を保存している。形態的に複雑で画数の多い漢字文字は、より正書経路への依存が強くなるが、音素と直接的に関係しており形態的にも単純な仮名文字は、正書経路への依存も小さい。頭頂葉書記素領域と前頭葉手領域 (H) は、相互結合を持つ (d)。

失行性失書における異常な文字形成や文字心像欠損 (字形想起障害) を説明するためには、文字の特徴を書記素形成パターンに変換するために重要な書記素領域は、文字特徴の運動変換と文字心像の両方を制御すると考えるべきである。失行性失書は頭頂葉書記素領域の障害、または書記素領域からの出力の障害によって生じると考えられてきた。別の説では、運動変換の機能を、筆順、字画の方向、字画の相対的な大きさを指定する書字運動プログラムと見なしている。書記素形成と心像が、解剖学的に同一の領域で行われているのかどうかは判然としない。我々の患者3と4は、頭頂間領域が字形形成と字形想起の両方に重要であることを示唆しているが、重度の文字心像欠損においては、下頭頂小葉、上後頭回、楔前部などのより広い領域が障害されているわけである。また、頭頂間領域の中でも、前方部分は筆順により強く関与している可能性がある (先述)。
これらを考えると、我々は一番最初に説明した書字の二重経路仮説を改良することができる。すなわち、狭い意味での書記素領域 (または書字運動プログラム) は、中心後回の後方の頭頂間領域前部に存在し、書字に関連する単語と文字の視運動感覚性または系列的な運動エングラムが貯蔵されていて、前頭葉運動野および運動前野 (手領域) に情報を送っている (図6, H)。運動前野手領域は中下前頭回の後部 (Areas 44/45 and 6) に存在し、単語と文字に関する音韻、正書、視運動感覚情報を後方から受け取り、それらを運動野 (Area 4) に送り、書字を遂行する。正書経路 (図6, b) は頭頂葉書記素領域 (図6, G) を介して間接的に、または直接的に前頭葉手領域に至る経路である。直接的な正書経路は、文字の視覚イメージを想起するときに用いられ、間接的な正書経路は、書き取りの時に用いられる。頭頂葉書記素領域と前頭葉手領域は、相互結合している。我々が単語や文字を繰り返し書くとき、単語と文字の視運動感覚性の系列的運動情報は、前頭葉手領域から逆行性に頭頂葉書記素領域に送られることで正書経路から視覚イメージに結合され、エングラムとして保存される。この視運動感覚性の系列的運動情報は、我々が単語の書字を自発的に行う際に、さらに前頭葉手領域に送られるのである。
書記素領域 (図6, G) への損傷によって起きた失行性失書の患者は、直接的正書経路を用いることで単語の綴りを言うことができるが、筆順を表現することはできない。逆に、切断タイプの失行性失書 (GからHへの出力の障害) では、直接的正書経路とHからGへの逆行性経路を用いることで、綴りを言うことができるのみならず、筆順を口頭で言うことができる。頭頂葉書記素領域と前頭葉手領域の間の相互作用を考えれば、字形イメージの欠損のある患者がなぜしっかりとした文字を書くことができるのかも説明可能である。現在の仮説によれば、こうした患者は正書経路が直接経路と間接経路に分岐する以前のところで障害を持っていると考えられる。さらに、「体性感覚性失書」(患者1と2) は、損傷のある中心後回の体性感覚手領域から前頭葉手領域に、不適切な感覚性または運動感覚性フィードバックが送られているために生じていると考えられる。
さらに、形態素形成と字形想起は、頭頂間溝後部、下頭頂小葉、上後頭回、楔前部に損傷が広がるほど障害が顕著になる (患者4)。文字の視空間的属性 (それぞれの字画の空間的配置など) は、これらの領域 (広い意味での書記素領域) で処理・貯蔵されていると考えられている。結果として、こうした幅広い損傷では、複雑な構成を持つ漢字文字は仮名文字と比べて、より歪みが強く、また字形想起が難しくなるのだと考えられる。この点に関して、書字と字形想起の両者における上頭頂小葉と頭頂間領域の活動は、仮名よりも漢字で、より広範にみられるということも注目に値する。
文字心像欠損 (字形想起障害) は、頭頂葉書記素領域の損傷のみによって起こるのではなく、角回や下側頭皮質後部の損傷によっても起こるという事実にも注目すべきである。われわれの仮説は、これまでの仮説では説明が困難であった、異なる病変部位による字形イメージ欠損を説明することができる。
最後に、今回の仮説は、数人の患者を対象としたものであるため、書記素の歪み、筆順の乱れ、心像欠損の解剖学的基盤や、書字における上頭頂小葉の役割を明らかにするためには、さらなる症例研究が必要である。

 

感想
若年性アルツハイマー病の患者さんで「漢字が下手になったんです」という人がかなり多い気がしていて (ただしNは1桁)、PETとかを見てみるとだいたい頭頂が落ちているので、頭頂と書字の関係性について気になっていろいろ調べていたら、やはりこの先生の論文にたどり着きました。興味深いなと思ったのは、患者4で、写字や図形模写はかなりよくできているのに、自発的書字や自発的図形描画がかなり悪かったというところです。
頭頂が構成 (対象物を見て模倣/模写する) に大事だというのは有名だと思うんですが、構成ってすごく幅広い概念で、視覚性入力から運動出力に至るまでのどの部分の障害なのか、自分の中ではっきりしてなかったんですよね。今回の結果を見ると、左頭頂の幅広い障害でも、構成は保たれますが、自発的書字/描画が悪くなっています。これはやはり、系列的運動エングラムの障害 (すなわち動作的記憶の問題) だと言えるんだと思います。ほかの文献で、模写で評価した構成が悪くなるのは主に右頭頂の障害であり、しかもその本質は視覚入力処理障害 (対象物の全体像をつかむためのサッケード間における視覚情報のリマッピングの障害) にあるという主張を読んだことがあります。これを完全に受け入れているわけではありませんが、構成を視覚入力と運動出力に分けて考えることの妥当性が強調される結果だとは思います。
実は僕が見た患者さんの1人は、右頭頂がかなり落ちていて、そして漢字も仮名も形態崩れが目立つ方でした。そしてその人は、構成もかなり悪かったのを覚えています。こうなると、この患者さんでどこに障害があるのかを特徴づけるのはより困難になります。しかし、こうした患者さんこそ、ルーチンの神経心理検査では太刀打ちできないため、背景病態を考えながら柔軟に診察していくことが重要であり、これが神経心理学の面白いところだと思います。面白い症例がいたらたくさん漢字を書かせてみようと思います。