ひびめも

日々のメモです

左中側頭回損傷に伴う漢字の純粋失書

Agraphia for kanji resulting from a left posterior middle temporal gyrus lesion.
Sakurai, Yasuhisa, Imari Mimura, and Toru Mannen.
Behavioural neurology 19.3 (2008): 93-106.

 

漢字が書けない患者さんもたくさんいたので読みました。

 

1. 背景
失書、そのうち特に漢字に強いものは、下側頭皮質後部、角回、上頭頂小葉、中前頭回後部の損傷によって生じる。これらすべての損傷部位に共通する特徴として、文字再生障害 (impaired character recall) または語彙表現想起障害 (failure to retrieve lexical representations) がある。漢字は多くの不規則読み (下記) を持つため、漢字の失書は西欧諸国における語彙性 (lexical) /正書性 (orthographic) 失書に対応する。
語彙性失書は、下側頭皮質後部、角回、中心前回の損傷によって生じる。これらの損傷領域の中で、下側頭皮質後部 (より正確には紡錘状回/下側頭回中部; Area 37) は字形辞書 (正書語彙; orthographic lexicon) の存在する場所であると考えられており、視覚性語形領域 (VWFA: visual word form area) と呼ばれる。VWFAまたは後頭側頭皮質への損傷は、純粋失読を生じることが示唆されている。しかしながら、この領域そのものの損傷は純粋失読ではなく、不規則語の失書を伴う失読と、逐字読みを生じることは特筆すべきである。これは、日本における漢字の失書を伴う失読に対応する。この観点を支持して、VWFAの機能障害を持つ急性期虚血性脳卒中患者の研究では、語彙出力を必要とする読字、呼称、書字課題のすべてで障害がみられた。その一方で、純粋失読は、より内側の紡錘状回中部に限局した損傷において発生した。
ここで我々は、漢字と仮名の書字システムを簡単に説明しておく。日本語は、2つの異なる書字システムを持つ。すなわち、漢字 (形態素文字) と仮名 (音声表記または音節表記文字) である。仮名はさらにひらがな (文法形式素に用いられる仮名の草書体) とカタカナ (借用語の表現に主に用いられる仮名の角型体) に分けられる。日本語を英語と区別する1つの特徴は、読字や書字の誤りが、単語レベル (意味性の誤り) のみならず単一文字レベル (音韻性および視覚性の誤り) で生じるという点である。漢字は形態的に複雑であり、音読み (音声的価値を伝達する読み) と訓読み (意味を伝達する読み) という2つの読み方に伴う異なる意味を持つ。それぞれの漢字が持つ音読みと訓読みは少ない。漢字単語は、1から5個の漢字文字から成り、通常はその意味に紐づけられた1つの読みを持つ。漢字文字の音読みや漢字単語には特に多くの同音異義語が存在することから、書字の誤りには同音誤り (homophone errors) が含まれ、これは西欧諸国でも観察されうる誤りである。二字熟語は漢字単語の大部分を占める。二字熟語は、訓読みよりも音読みの方が圧倒的に多い。したがって、一般的な日本人は未知の二字熟語を典型的な音読みを用いて読もうとする。このように、漢字文字がどのように発音されるかは統計学的に予測可能であるが、実際には単語の中の漢字文字の読み方には規則はない。読みにおけるこの多重性は、多くの漢字単語を西欧諸国における不規則単語または非一貫単語と比較可能なものとし、英語の規則化誤り (regularization errors) と同様に、規則に従ってはいるものの誤った読み方、すなわち音-訓の誤り (e.g. "あいて"/相手を"そうしゅ"と読む) を生じる。これとは対称的に、仮名は形態的には単純であり、確実に1つの音声的価値を有し、固有の意味は持たない。仮名文字は、日本語の発話のモーラ (単母音または子音母音結合) を表現し、単語の中のどの位置にあっても常に同じ発音となる。漢字単語は、その発音を表現する仮名文字列 (仮名単語) に変換することができる (e.g. あいて)。
これらの二重書字システムのため、日本における読み書き障害は漢字と仮名で解離した障害を見せることがある。特に、漢字に強い失書はその1つの例である。英語における二重経路仮説に従って、症例研究に基づいた日本語の読み書き認知モデルがいくつか提唱されている。我々は解剖学的に制約をおいた書字の二重経路モデル (図1) を作成した。このモデルでは、単語の字形情報が下側頭皮質後部 (字形辞書を有する部位) から上行し角回と上頭頂小葉の皮質下を通って前頭葉の運動野および運動前野に至る正書経路 (orthographic route) と、単語の音韻情報が上側頭回後部 (音韻辞書を有する部位) から角回と縁上回に至り弓状束に合流して運動野および運動前野に至る音韻経路 (phonological route) の2つが記述されてる。字形辞書と音韻辞書は相互結合を持っている。この仮説に基づけば、形態的に複雑な漢字文字は、より正書経路に依存するため、漢字の失書は正書経路のどの部分の障害によっても生じうる。一方、形態的に単純で音素と直接的に関係している仮名文字は、正書経路への依存は少なく、このため仮名の失書 (仮名文字の差異性障害) が正書経路の損傷ではみられることは少ない。一方で、仮名の錯書 (他の仮名文字への置き換え) は音韻性経路の一部の障害によって生じる。
純粋失読 (失読を伴わないもの) がVWFAの損傷によって起きるのか、それともその周囲の損傷によって起きるのか、というのは未だ解決されていない問題である。実は、一部の研究者たちが、ほぼ同じ損傷部位によって生じた漢字の純粋失書を報告している。しかし、失書を伴う失読と漢字の純粋失書に解剖学的な違いがあるのかどうかについては、未だよくわかっていない。今回、我々は左中側頭回後部の損報によって漢字の失書を呈した2人の患者を報告し、この領域が書字において果たす役割を議論する。

図1. 解剖学的制約付きの書き取りの二重経路モデル。(a) 音韻経路、(b) 正書経路、(c) 音韻と正書の相互作用、(d) 頭頂葉書記素領域と前頭葉手領域の相互作用、(P) 音韻辞書、(O) 字形辞書、(S) 意味貯蔵部位、(AG) 角回、(G) 書記素領域、(H) 運動前野手領域。単語の字形情報は下側頭皮質後部 (字形辞書の存在する場所, O; Area 37) から上行して角回と上頭頂小葉の下を通り運動前野手領域 (H; Areas 44/45 and 6)に至る。この正書経路 (b) は、文字および単語の視運動感覚性 (visuokinesthetic) かつ系列的 (sequential) な運動エングラム (motor engram) が保存されている頭頂葉書記素領域 (G) を介して間接的に、または介さずに直接的に手領域に至る。単語の音韻情報は一次聴覚皮質 (Heschl回) から上側頭回後部 (音韻辞書の存在する場所, P; Area 22) に至り、角回および縁上回を通って弓状束に合流し、前頭葉運動野および運動前野に到達する (a, 音韻経路)。字形辞書 (O) と音韻辞書 (P) は相互結合を持っている (c)。語彙-意味情報 (S) は左側頭皮質の幅広い領域に貯蔵されており、音声を介して上側頭回後部からでも、または読字を介して下側頭皮質後部からでも、どちらの経路からもアクセス可能である (点線)。頭頂葉書記素領域と前頭葉手領域 (H) は相互結合を持っている (d)。中側頭回後部の損傷による漢字の失書に推定される経路内障害部位を"x"で示した。

 

2. 方法
2-1. 患者プロファイル

表1. 2人の患者のWABの成績。

2-1-1. 患者1
75歳の右利きの男性 (大卒、会社役員) は、2005年1月に目のかすみと新聞の読みにくさを自覚した。当院の内科を受診し、MRIで左外側後頭回と右後頭葉基底部の脳梗塞と診断された (図2a)。また、2つの病変の上の白質にも高信号領域があった (図2a-F)。神経学的および神経心理学的検査では、右同名半盲 (後にGoldmann視野計で確認) と失読 (特に仮名の失読) が認められた。この患者の臨床データは、仮名の純粋失読に関する我々の論文に掲載される予定である。発症5ヶ月後に実施されたWestern Aphasia Battery (WAB; 日本語版) では、聴覚理解力の障害は極めて軽度であった (表1)。文章の読解は、一部のひらがなを誤読するものの、ほぼ完璧であった。発症から6ヵ月後の7月、読字能力が正常範囲に回復し、新聞が読めるようになった頃、書字中に気が遠くなり、書字ができなくなった。翌日、漢字や息子の名前が思い出せず、それを書けないことに気づいた。神経心理学的検査では、特に漢字に強い失書を伴う失読と、失名辞が認められた。彼は3つの二字熟語のうち2つを読むことができたが、同じ3つの漢字単語を全く書くことができなかった。また、視覚的に提示された6つの物体のうち、1つしか正しく呼称することができなかった。MRIで左中側頭回後部の脳梗塞と診断され、当院に入院となった。発症8日後のWABでは、聴理解、読み、書きにわずかな障害が見られた (表1)。文章はゆっくりと、フレーズごとに読み、時に漢字と仮名の両方の錯読がみられた。口頭で綴られた漢字文字の認知と漢字の口頭綴りは非常に悪く、文字イメージの障害 (文字再生障害) を示していた。自発的書字では、漢字の字性錯書 (一種の同音誤り)、漢字の仮名への置換がみられた (図3)。まとめると、彼の言語プロファイルは、漢字の失書を伴う失読 (orthographic alexia with agraphia) と、ごく軽度の失名辞、そしてそれに先行する仮名の純粋失読が混在する状態と評価された。発症8日後のMRI検査では、左中側頭回後部のT2強調画像に、側脳室後角の深部にまで及ぶ高信号領域が認められた (図2b)。この病変に隣接して、中下後頭回の後部に低信号領域に縁取りされた高強度域があり、初発梗塞は出血性梗塞であったと考えられた (図2b-A, B)。

図2. (a) 患者1の最初の梗塞から5ヶ月後のMRI画像。左中下後頭回に、出血性梗塞を示唆する低信号域で縁取りされたT2高信号領域が認められる。また、右後頭葉基底部にも高信号領域が認められた (A, E)。(b) 患者1の2回目の脳梗塞後8日目のMRI画像。T2強調画像において、旧病変のすぐ前方にある左中側頭回後部に高信号領域が認められた。

図3. 患者1のWABの書字表現。(A) 初回の脳梗塞の5ヵ月後。(B) 二回目の脳梗塞の8日後。患者は絵カードを提示され、その絵の中で起きていることに関してストーリーを3分以内で書字するよう求められる。初回 (A) は、書字に問題は見られなかった。左中側頭回梗塞後の二回目の検査 (B) では、漢字文字の減少と、漢字の仮名への置換がみられた。a, a': 漢字単語がひらがなに置換されている。b, b': 漢字単語がカタカナに置換されている。c, c': 三文字漢字単語が同音韻の異なる字に置換されている (同音誤り) (自動車→自動者)。

図4. 患者2の発症後23日時点でのMRI画像。T2強調軸状断およびT1強調冠状断画像における高信号域が左中下側頭回後部にみられ、周囲の浮腫を伴う出血が示唆される。

2-1-2. 患者2
60歳の右利きの男性 (高卒、公務員) は、2007年1月、新聞の漢字が読めなくなり、また文字を書くときに漢字を思い出せなくなったことに気づいた。2週間後、当院脳神経外科を受診し、MRI脳出血と診断された。発症から6週間後までに新聞を読むことは問題なくできるようになった。しかし、かな文字列の2文字目を最初に読んでしまうことがあることに気づいた。高血圧が持続していたため、当科を紹介された。発症6週間後の神経学的・神経心理学的検査では、文字再生障害による漢字の失書が認められた。発症後2ヶ月のWABでは、軽度の書字障害が認められた (表1)。自発的書字では、一部の漢字が思い出せず、一部の単語で仮名が省略されたり追加されたりした。発症23日後に施行したMRIでは、左中下側頭回後部の皮質下から側脳室後角にかけて、T1およびT2強調画像で出血とその周囲の浮腫を示唆する高信号領域が認められた (図4)。

2-2. 特殊な神経心理学的検査
患者1は、初回の脳梗塞の23日~4ヵ月後の期間、および二回目の脳梗塞の10~11日後の期間で、以下の特殊な神経心理学的検査 (1), (2) および (3) を受けた。フォローアップ検査は、二回目の脳梗塞の6~10ヵ月後、および1年後に行った。彼は二回目の脳梗塞の22日後に検査(4) も受けた。患者2はこれらの検査を発症2~3ヵ月後に受けた。再検査は発症5~6ヵ月後に行った。

2-2-1. 検査1 (読字および書字検査)
100個の単一文字漢字とその仮名の読字、および同じ100個の漢字・仮名の書字を行わせた。ほとんどの漢字文字は2つ以上の読みを持っていた (すなわち音読みと訓読み)。我々は漢字の訓読みを読み上げ、患者はその漢字と仮名を書字した。全ての漢字文字は小学校3年生までに学習するものとした。

2-2-2. 検査2 (100単語の読字検査)
100個の二字熟語、それと対応する100個の三文字のひらがな単語 (高親和性)、別セットの100個の三文字のひらがな単語 (低親和性)、さらに100個の三文字のひらがな非単語を2セット用意した。仮名単語は、被験者がどれだけその単語を見て、聞いて、使ったことがあるかに基づいて、高親和性 (hf) と低親和性 (lf) に分けられた。直近の研究における聴覚提示による親和度の平均値は、高親和性単語に関しては5.98、低親和性単語に関しては4.20であった (0-7点)。仮名非単語の2セットは、以下のように用意した: (a) (低関連性文字) 互いに関連性のない仮名を組み合わせたもの、および (b) (文字順序変更) 上記の高親和性仮名単語の順番を並び替えたもの。

2-2-3. 検査3 (複数文字読字検査)
一文字の仮名、五文字の仮名単語および非単語、五文字の仮名単語の全体的または部分的漢字変換 (e.g. お父さん)。五文字の仮名単語は、被験者がどれだけその単語を見て、聞いて、使ったことがあるかに基づいて、高親和性単語の中から選ばれた。五文字の仮名非単語は、仮名単語の文字の順番を入れ替えることで作成した。

2-2-4. 検査4 (視覚識別テスト)
材料は、長さ、大きさ、形、空間的位置、角度がわずかに異なる2組の線画であった。患者には、カードに描かれた2つの刺激が同じか異なるか、異なる場合はその違いを説明するよう求めた。

 

3. 結果
図5に、検査1 (読字および書字検査)、検査2 (100単語の読字検査)、検査3 (複数文字読み検索) のそれぞれの項目に対する正答率 (%) をまとめた。

図5. 検査1 (読字および書字検査) の正答率 (A1: 患者1, A2: 患者2) と、検査2 (100単語読字検査) および 3 (複数文字読字検査) (B1: 患者1, B2: 患者2)。(B) は左から、Kanji 2: 二字熟語単語、Kanji 3hf: 三文字仮名単語 (高親和性)、Kana 3lf: 三文字仮名単語 (低親和性)、Kana 3a: 三文字仮名非単語、Kana 1: 一文字仮名、Kana 5: 五文字仮名単語、Kanji 1-3: 五文字仮名単語の漢字変換、Kana 5nw: 五文字仮名非単語。

表2: 検査1~4の結果 (詳細)

表3A. 読字の誤りタイプ

a) Partial response: 二字熟語のうち一文字が読めない。Unrelated response: 視覚的および意味的に正答に関係がない読み方 (e.g. 支配→半側)。患者1 (July 2005) の5つのunrelater responseのうち2つは保続であった。b) Phonological response: 仮名単語または非単語の1つ以上の文字が別の仮名に置換される (音素性錯読) (e.g. とかい→とおい)。Phonological/visual response: 単語内の1文字を視覚的に類似した別の文字に置き換える (e.g. もはん→もほん)。c) 患者1の35個の誤りのうち9個と患者2の9個の誤りのうち5個は母音の置き換え (e.g. つろも→つろむ) であった。

表3B. 書字の誤りタイプ

* Partial response: 患者は文字の構成要素を正しく書くことができたがその他の構成要素を書くことができない。Constructional response: 漢字の構成要素の省略または追加 (e.g. 牛→午)。Visual response: 正答に視覚的に類似した別の漢字への置き換え (e.g. 軽→転)。Unrelated response: 視覚的または音韻的に類似していない別の漢字への置き換え (e.g. 来→今)。

3-1. 患者1
最初の後頭葉梗塞の1-4ヶ月後、患者は一文字の仮名、五文字の仮名単語および仮名非単語の読字に障害を呈した (表2)。五文字仮名単語および非単語の読字検査では、逐字読みがみられた。語長効果は明らかでなかった (一文字: 1.56 s/文字, 三文字単語 (hf): 4.30 s/単語, 五文字単語: 4.04 s/単語) が、これはおそらく五文字単語の読字検査が一文字および三文字仮名単語 (hf) の読字検査の一週間後に行われたためであり、この間に失読がある程度回復したのだと思われる。五文字仮名単語の漢字変換 (表2のIII) において、漢字の読字障害もわずかながらみられた。しかし、患者1は仮名単語を読むのに漢字単語を読むのと比較してすべての項目で2倍以上の時間がかかっており、正常対照とは対照的であった。この事実は、失読が仮名により強いことを暗示している。
二回目の中側頭回後部の脳梗塞の10-11日後に施行した二回目の検査では、漢字の書字障害が明らかであった。最も多い誤りタイプは、無回答、または部分的回答であり、これは文字再生障害によるものだと思われた (表3-B)。注目すべきは、文字を書く前に鉛筆を紙の上で動かすリハーサルを行い、その後、26試行中6試行で想起に成功したことである。視覚的複雑性、具体性、親和性 (その単語をどれほど見たことがあるか、使ったことがあるか)、書字頻度の影響を調べるために、テスト文字をほぼ同数の2つの群 (中央値以上または以下) に分けた: より複雑 (画数が多い)、具体的、高親和性、高頻度な群と、より単純、抽象的、低親和性、低頻度な群。2つの群の正答率は、複雑性 (p<0.0001)、頻度 (p=0.0048)、親和性 (p=0.0048) で有意差があり、すなわち単純で、書く頻度が高く、親和性の高い文字の方が、より簡単に書くことができていた。二字熟語の読み、および三字の仮名単語と非単語の読みも障害されていた。仮名読みの誤りは、音韻性および音韻性/視覚性 (単語中の1つ以上の文字を、正解に近い別の文字に置き換えた) 反応から構成されていた (表3-A)。語長効果は明らかになっていた (一文字: 1.63 s/文字、三文字単語 (hf): 5.11 s/単語、五文字単語: 5.74 s/単語)。高親和性の仮名単語は低親和性の仮名単語よりも読み成績がよく (p=0.0006; 親和性効果)、仮名単語 (hf) は仮名非単語 (a) (低関連性文字) および (b) (文字順序変更) よりも読み成績がよい (p<0.0005; 語彙効果) ことが示された。検査4 (視覚識別テスト) では、平行線か否か、円か楕円か、歪んだ四角か否か、角度差の識別で低得点 (正常平均値より2SD以上低い) となった (表2のIV)。
二回目の脳梗塞の6-10ヵ月後に施行したフォローアップ検査 (表2のJan-May 2006) では、漢字の読字は正常範囲内まで回復し、漢字の書字も大きく改善したが、漢字の字形再生障害は未だ残っていた。一文字の仮名、三文字仮名単語 (lf)、三文字仮名非単語 (a) (低関連性文字) および (b) (文字順序変更) は全体的に改善していたが、五文字仮名非単語はいくらか悪化していた。同様に、語長効果は依然観察されていた (一文字: 1.30 s/文字, 三文字単語 (hf): 4.47 sec/単語, 五文字単語: 6.24 s/単語)。
二回目の脳梗塞から1年後の再検査では、三文字仮名の読字に改善がみられた (仮名単語 (hf): 84 → 96, 仮名非単語 (a) (低関連性文字): 58 → 71) が、五文字仮名では変化がなかった (仮名単語: 50 → 46, 仮名非単語: 29 → 31)。逆に、漢字の書字はいくらか悪化していた (正答数 75 → 69)。WABの呼称は正常であった (物品呼称 60/60)。

3-2. 患者2
検査1 (読字および書字検査) では、漢字の失書が際立っていた (表2のMar-Apr 2007)。ほぼすべての書字誤りは、文字の再生障害による無回答であった (表3-B)。書字障害は、複雑性 (p=0.0001)、頻度 (p=0.0035)、親和性 (p=0.037) の影響を受けていた。患者2は、検査2 (100単語の読字検査) および検査3 (複数文字読字検査) において、漢字と仮名を正常対照者と同じ速さで読めたが、仮名非単語を誤読した (音素性錯読)。仮名の読み間違いは、音韻性反応と音韻/視覚性反応から構成されていた (表3-A)。仮名非単語の誤読における9つの音韻反応のうち5つは、子音-母音モーラにおける母音変換のレベルで起こった (表3-Aの脚注を参照)。仮名単語 (hf) は仮名非単語 (a) (低関連性文字) より読みの成績がよかった (p=0.0055)。逐字読みや語長効果は示さなかった (一文字: 0.47 s/文字、三文字単語 (hf): 1.16 s/単語、五文字単語: 1.54 s/単語)。検査4 (視覚識別テスト) では、円-楕円の識別で低得点であった。
発症から5~6ヵ月後の再検査では、漢字の書字は改善したもののまだ若干の障害が残っており、一方でかな非単語読みは正常範囲内に回復していた (表2のJune-July 2007)。

3-3. 神経画像検査
患者1には1回目の脳梗塞の5ヶ月後と2回目の脳梗塞の24日後に99mTc-ECD-SPECTを行い、患者2には発症から10週目に同検査を行った。SPECTデータはAnalyzeフォーマットに変換され、easy Z-score Imaging System (eZIS) version 2による3次元変換マップで正規化、平滑化、研究室間差の補正を行った。このシステムでは、再調整、空間正規化、平滑化は基本的にStatistical Parametric Mapping (SPM) Version 1999と同じであり、統計的有意性は1患者対群 (正常対照) 解析で全血流を50ml/min/dlに調整した後に2標本t検定で判定した。国立精神・神経医療研究センター (東京) の同世代・同性の健常者データベース (70歳以上男性n=20、60~69歳男性n=18) と比較した。脳血流の有意な低下 (uncorrected p<0.001) を示す領域は、標準的な脳表面画像で描出した (図6)。患者1では、1回目のスキャンで、左中下後頭回と右紡錘状回後部 (Area 18/19) で有意な血流低下が認められた。2回目の検査では、左中下後頭回の血流低下が中側頭回後部にまで及んだ。角回 (Area 39) と紡錘状回/下側頭回中部 (Area 37) は温存されていた。患者2では、血流低下は左中側頭回後部と小脳扁桃に限局していた。

図6. 患者1の初回の後頭葉梗塞から5ヶ月後と2回目の中側頭回後部梗塞から24日後、および患者2の発症から2ヶ月後の99mTc-ECD-SPECT画像。患者データは、同世代・同性の健常ボランティアのデータとSPM99の2標本t検定で比較した。 冠状断は、鳥距溝と外側後頭回 (上2つ)、角回 (中央)、紡錘状回と側頭回の中部 (下2つ) の高さを示す。縦線は、モントリオール神経研究所 (MNI) 座標空間におけるz軸 (x=0)、横線はx軸 (z=0) を示す。患者1では、1回目の脳梗塞後、左中下後頭回と右紡錘状回後部 (Area 18/19) で血流低下が認められた。2回目の脳梗塞では、外側後頭回から中側頭回後部まで血流低下が広がっていた。患者2では、左中側頭回後部に限局した血流低下がみられた (矢印)。

 

4. 考察
患者1は、左中下後頭回と右後頭葉基底部の初回の梗塞後は、仮名に強い失読と右の半盲を呈した。失読がおよそ正常範囲にまで回復した6か月後に、彼は左中側頭回後部に2回目の脳梗塞を起こし、その部位は初回の梗塞部位と連続していた。この際には、漢字の失書を伴う失読が発症し、仮名の失読の悪化も混在していた。その後6か月の経過とともに、漢字の読字は回復を見せたが、仮名の失読と漢字の失書は残っていた。一方で、患者2は急性期には漢字の失書を伴う失読を呈したが、その後は仮名非単語の軽度の失読と、漢字の失書が残存した。発症6か月の時点で、仮名の読字は正常まで回復したが、漢字の失書は残存していた。したがって、我々はこの時点での状況を漢字の純粋失書と考えた。
これらの患者の臨床プロファイルは、2つの重要な点を含んでいる。まず、最終的に漢字の失書に移行した漢字の失書を伴う失読は、左中下側頭回後部に限局した損傷によっておこったという点である。患者1は右後頭葉基底部に梗塞を有しておりこれが彼の読字成績に影響した可能性はあるが、左後頭回の損傷だけでも仮名の純粋失読が十分生じうることは過去にも報告されている。2つ目は、仮名の失読が、左中下側頭回後部の損傷によって悪化したという点である。患者1では仮名単語と非単語の両方が影響を受けたが、患者2の失読は仮名非単語のみの障害であった。

4-1. 漢字の失書
最初の点に関しては、共通する損傷部位である中側頭回後部は下側頭皮質後部 (紡錘状回/下側頭回中部, Area 37)、すなわちVWFAに近接しており、ここへの損傷は漢字の失書を伴う失読、すなわちorthographic alexia with agraphiaを生じることが知られている。おそらく、紡錘状回/下側頭回中部は中側頭回の損傷によって機能的に影響を受けており、このため患者は急性期には漢字の失書のみならず「失読」も呈していたのだと思われる。失書の特徴として、漢字の正書法の再生障害があり、これは文字の複雑性、頻度、親和性に影響を受けた。こうした特徴は、下側頭皮質後部の損傷による漢字の失書を伴う失読における書字障害の特徴と類似している: 我々が以前報告した漢字の失書を伴う失読の患者は、発症から15か月の時点でも、親和性効果 (p=0.0139) と複雑性効果 (p=0.0689) によって特徴づけられる重度の漢字の書字障害 (正答率: 漢字 12/100, 仮名 77/100) を呈していた。大きな違いとして、中側頭回後部の損傷による漢字の失読は一過性であった一方で、紡錘状回/下側頭回中部の損傷による漢字の失読は持続性であった。この事実は、中側頭回後部の損傷による漢字の失書では、単語の視覚性イメージは保たれているが、そのイメージへのアクセスまたは出力が障害されていることを暗示する。
語彙性失書 (lexical agraphia)、すなわち漢字の純粋失書の先行報告でも、左中側頭回が影響を受けているが、中側頭回のみが損傷されている報告はごくわずかである。Yokotaらの一症例は、側脳室にまで深達する中側頭回後部に限局した出血を有していたが、この患者は急性期には角回にも損傷を有していた。我々の患者は、中側頭回後部に限局した損傷が漢字の失書を引き起こすことを示した。
書字に関する機能画像研究でも、英語単語や漢字単語の書字において左下側頭皮質後部 (Area 37) が活性化することが報告されている。しかし、活性化ピーク部位はヨーロッパ単語や漢字単語の読字よりもわずかに高位であり、紡錘状回/下側頭回中部、すなわちVWFAというよりも、むしろ下側頭回の中にみられていた。この活性化ピーク部位の違いは、漢字の (失読を伴わない) 失書が中下側頭回後部の損傷によって生じる一方で、漢字の失書を伴う失読が紡錘状回/下側頭回中部の損傷によって生じるという事実と一致する。
我々は、以前単語や文字の視覚イメージ (字形辞書) が下側頭皮質後部に貯蔵されており、これが角回の皮質下領域を経て条項し上頭頂小葉に至り、さらに前頭葉の運動野および運動前野に到達する (図1; 正書経路) という仮説を立てた。この仮説に従えば、中下側頭回後部の損傷は、音韻辞書 (上側頭回後部) から字形辞書 (図1の "P → O" 経路の上にある"x") への音韻アクセスを障害するか、もしくは下側頭回後部から頭頂葉への正書経路に沿った視覚イメージの伝播を障害し、このどちらかによって漢字の失書 (語彙性失書: lexical agraphia) が生じると説明可能である。

4-2. 仮名の失読
患者1では、初回の脳梗塞のあとで、仮名の読字もわずかながら障害されていた。したがって、我々はこの患者が漢字よりも仮名に強い純粋失読を有していたということができる。我々は、後頭葉の腹側および背側の幅広い領域に損傷が広がれば、仮名の純粋失読はより重度になると予測していた。実際、この患者は次に中下後頭回から中側頭回まで連続的に広がる損傷を受けたため、仮名の失読が悪化したのだと思われる。一方で、患者2は左中下側頭回後部の損傷によって、仮名非単語の読字がごく軽度障害されていたが、単一仮名文字の読字は保たれており、逐字読みは観察されなかった。さらに、読字の誤りの半分以上は子音モーラが保たれた不適切な母音への置換であった。これらの所見から、この患者では文字の識別段階での障害というよりも、むしろより後期の、形態素-音素変換の段階での障害が示唆される。
漢字の失書と仮名の失読の組み合わせは、側頭頭頂領域の損傷と下後頭皮質の損傷で報告されている。我々の患者1は後者と一致する。側頭頭頂領域の損傷では、我々の患者2とは異なり、仮名の失読が仮名の実在単語でも明らかであった。下後頭皮質の損傷による仮名の純粋失読は、時にごく軽度の漢字の失書を伴うが、患者1では初回の脳梗塞による下後頭皮質の損傷では漢字の失書はみられなかった。患者2は逐字読みや語調効果を呈さなかったが、彼の純粋失読は持続しなかった。患者2は、西欧諸国で報告されている、頭頂後頭領域の損傷による音韻性失読 (非単語の読字に選択的な障害) を伴う語彙性失書の報告に近いものであると思われたが、患者2の仮名非単語の読字障害は極めて軽度で、この症状を音韻性失読と呼ぶことはできないと考えられた。
仮名非単語の失読が中側頭回後部の損傷によるものなのか、それともその周囲の角回や外側後頭回の障害を反映しているものなのかはわからない。我々の仮説によれば、文字識別から形態素-音素変換までの連続的処理は、内外測後頭回から側頭頭頂接合部 (深部シルビウス裂周囲皮質, Area 40/42) を経て上側頭回後部に至る経路で行われると考えられる。この読字における音韻性処理経路が、中側頭回後部の損傷によって障害を受けているのかもしれない。

 

5. 結論
下側頭皮質後部またはVWFAへの損傷は、純粋失読または純粋失書を生じるのではなく、漢字の失書を伴う失読 (orthographic alexia with agraphia) を生じる。この領域への視覚入力を介した求心性入力が障害されれば、単語に対する純粋失読が生じる。一方、中下側頭回後部の損傷によって、聴覚性入力を介した求心性入力が障害されるか、この領域からの遠心性出力が障害されれば、漢字の失書または語彙性失書が生じる。
今回の研究は、漢字の失書が左中側頭回後部に限局した損傷によって生じることを実証した。隣接する紡錘状回/下側頭回中部 (Area 37) が保たれていれば、漢字の失読は一過性のものである。残った問題は、中側頭回後部への損傷が漢字の純粋失書を生じるのか、仮名の失読を伴う漢字の失書を生じるのかという点である。患者2は発症6か月の時点で漢字の純粋失書がみられたが、随伴していた仮名の錯読が中側頭回後部の損傷によるものなのか、それともその周囲の損傷によるものなのかは明らかでない。この問題の解決にはさらなる研究が必要である。

 

感想
とりあえずアップ。