ひびめも

日々のメモです

紡錘状回型失読: 単語に対する純粋失読

Fusiform type alexia: pure alexia for words in contrast to posterior occipital type pure alexia for letters.
Sakurai, Yasuhisa, et al.
Journal of the Neurological Sciences 247.1 (2006): 81-92.

 

漢字が読めない患者さんがたくさんいたので漢字について勉強しました。

 

1. 背景
純粋失読、すなわち失書を伴わない失読は、単語と文字を読むことに困難をきたす一方で書字障害はごく軽度にとどまる、読字障害の一型である。純粋失読の特徴として、逐字読み、語長効果 (長い単語ほど読むのに苦労する)、運動感覚促通 (kinesthetic facilitation: 読めない単語を指でなぞると読めるようになる)、たった今書いた文字を読むことができないこと、などが挙げられる。
古典的神経学、認知神経心理学、結合論、神経画像に基づき、純粋失読の説明のための複数の読字モデルが提唱されている。Dejerineは、単語と文字の視覚イメージが角回に保存されており、純粋失読は角回との連合線維の切断によって生じると考えた。Geschwindは、左視覚野と脳梁膨大部の損傷によって純粋失読が生じた症例において、書かれた言語の視覚情報が右視覚野から左半球へ伝達されるために必要な脳梁膨大部の交連線維に損傷があるために失読が生じたと考え、脳梁膨大部の役割を強調した。Greenblattは、脳梁膨大部の損傷を伴わない純粋失読を、後頭葉型失読および下角回性失読に分類した。しかし、これらの症候学的な差異や、原因となる決定的な損傷部位 (特に後頭葉型失読について) は、未だよくわかっていない。現在に至るまで、脳梁膨大部の損傷を伴わない純粋失読の解剖学的基質は、左後頭葉の傍脳室部白質、舌状回と紡錘状回およびその周囲白質、そして腹側後頭側頭領域に存在すると考えられてきた。
認知神経心理モデルによれば、純粋失読の基盤となるメカニズムは、複数の処理ステージに存在すると考えられる。第一に、単一の文字そのものの認知や、より一般的な非言語的刺激の認知にも影響を与えるような、初期の視覚解析段階の障害が考えられる (図1a,b)。また第二に、文字入力辞書 (orthographic input lexical entries) へのアクセスの障害 (図1bの下のA)、そして第三に、文字入力辞書そのもの、すなわち視覚性語形システムの障害も考えることができる (図1a,b,c)。
我々は、紡錘状回と後頭葉後部への損傷による漢字 (形態素文字/morphogramまたは表意文字/ideogram) と仮名 (表音文字/phonetic writing) の純粋失読を呈した患者と、後頭葉後部への損傷による仮名の純粋失読 (後頭葉型純粋失読) を呈した患者をそれぞれ報告した。漢字と仮名の純粋失読は、文字入力辞書、すなわち下側頭皮質後部 (Brodmann Area 37) に存在する視覚性語形領域 (visual word form area) へのアクセスの障害によると考えられた。一方で、仮名の純粋失読は、単語認識の初期段階の障害としての仮名文字の識別障害によって起こる。
仮名の純粋失読は、過去に報告された純粋失読症例とは以下のような意味で異なる。解剖学的には、紡錘状回および下後頭回 (Area 18/19) の損傷がみられ、これは純粋失読の損傷部位として提唱されている部位からは明らかに後方に位置する。神経心理学的には、仮名の純粋失読患者は漢字を一文字レベルおよび単語レベルで難なく読むことができるという点で、文字 (仮名/letterおよび漢字/character) 識別と単語認知の間には連続的関係性はほとんど存在せず (図1dの点線)、むしろこれらの2つのプロセスは分離可能な二重処理経路を構成すると言える。同様に重要な事項として、文字識別は単語認知において比較的高次のステージにあり、言語的および非言語的刺激に対する線や輪郭の検出に特化した初期の視覚解析とは異なったものであるはずである。文字識別が初期の視覚解析に含まれてしまうと (図1a)、視覚的に複雑な漢字の認知も同様に障害されるはずである。また、単語の視覚イメージが正書 (orthography) に重要な領域に保存されていることを考えると、文字識別から語形認知に至る経路はおそらくあまり用いられていない。逆に、実在する単語の読字においては、正書経路 (図1dのB; 古典的には語彙経路) が優位となる。
純粋失読における未解決の問題は、紡錘状回に限局した損傷を持つ患者 (腹内側型純粋失読) の報告が非常に少ないことである。我々が報告した漢字と仮名の純粋失読患者は、紡錘状回と後頭葉後部に損傷を持っていたため、腹内側型 (紡錘状回型) 純粋失読患者が漢字単語に選択的な障害を持つのかどうかは未だわかっていない。今回我々は、紡錘状回領域に限局した損傷を持つ純粋失読患者を報告し、この患者と後頭葉型純粋失読患者の読字能力を比較し、我々の観点から純粋失読の説明を試みるべく議論を行う。

図1. 読字の二重経路モデル。(a) Ellis & Youngのモデル (1998)。A: 視覚解析システムから視覚入力辞書への経路、B: 語彙経路、C: 非語彙経路。文字識別は視覚解析システムに含まれる。(b) Coltheartらのモデル (2001)。A: 視覚特徴単位から文字入力辞書への経路、B: 語彙経路、C: 非語彙経路。このモデルでは、文字識別は視覚解析から切り離されている。(c) Warrington & Shalliceのモデル (1980)。視覚性語形システムは、文字列を書記素 (grapheme)、音節 (syllable)、単語 (words) に多重的かつ並列的に解析する機能に、文字の認知が含まれるという意味で、文字入力辞書とは異なる。(d) 我々のモデル。A1 & A2: 音韻性経路 (いわゆる非語彙経路)、B: 正書経路 (いわゆる語彙経路)。点線は、この経路が (Area 37に単語の視覚イメージが貯蔵されて以降は) あまり使われてないということを示す。漢字に強い純粋失読 (単語の純粋失読) は、経路Bへの障害によって起こる一方で、仮名の純粋失読 (文字の純粋失読) は経路A内の文字識別の障害によって起こる (考察にも詳述)。語形認知の障害によって、漢字の失読失書 (orthographic alexia with agraphia) が起こる。

 

2. 方法
2-1. 患者の特性


表1. 患者1および2の神経心理検査の結果

2-1-1. 患者1
2004年4月、69歳の右利きの男性 (大学卒業、定年退職後の会社員) は、頭痛を自覚した。次第に数字以外の日本語の文字が読みにくくなり、漢字も書きにくくなった。CTで脳出血と診断され、当院に入院となった。神経学的および神経心理学的検査では、右上同名四分盲 (後にGoldmann視野計で確認) と、軽度の失書を伴う失読が認められた。彼は、漢字単語を全く読むことができず、ひらがなも6文字読むことができなかったが、運動感覚促通現象が6文字中2文字でみられた。アラビア数字は9文字中9文字を正しく読むことができた。書字に関しては、彼は一部の漢字を再生できず、また書いた文字を読むこともできなかった。発症14日後に施行したWestern Aphasia Battery (WAB) では、重度の読字障害と、軽度の書字および呼称障害がみられた (表1)。彼は文章を単語ごとまたはフレーズごとに読み、読めない漢字があるたびに止まってしまい、これによって文章理解の成績は低下していた。仮名の書字はほとんど完璧であったが、漢字の書字は字形想起困難によってできないことがあった。まとめると、彼の言語プロファイルは、軽度の漢字の失書と軽度の失名辞を伴う、漢字の純粋失読と評価できる。発症6か月後、読字はほぼ正常範囲まで回復していたが、一方で書字における漢字の再生にはいまだ障害がみられた。発症21日後のMRIでは、左側脳室後角のちょうど下側に位置する左紡錘状回から海馬傍回にかけて、T1およびT2強調画像で高信号域がみられた (図2)。また、左半球優位の軽度の脳室拡大と、両側性の脳室周囲高信号もみられた。

図2. 患者1のMRI画像。発症21日後のT1強調軸状断およびT2強調冠状断画像。左紡錘状回 (Area 37) の皮質下に出血がみられる。

2-1-2. 患者2
2004年7月、78歳の右利きの男性 (大学卒業、定年退職後の公務員) は、新聞を読んだり、字を書いたりすることが困難になっていることに気づいた。彼はMRI脳梗塞と診断され、当院に入院した。彼は1996年に右後頭葉脳梗塞を発症し、左視野欠損を有していた。神経学的および神経心理学的検査では、左同名半盲 (後にGoldmann視野計で確認)、軽度の失読と失書が認められた。彼は新聞の見出しを読むのに多くの時間を費やし、漢字の言語性麻痺とかなの文字性麻痺を示した。また、書くための漢字を思い出すことも困難であった。漢字の語性錯読や仮名の字性錯読がみられた。彼は一部の漢字の書字もできなかった。
発症3日後に実施したWABでは、わずかな読み書きの障害を認めた (表1)。文章読解では、仮名で書かれた機能語の誤読と、漢字の意味性誤りがみられた。自発的書字では、漢字の視覚的誤り (他の視覚的に類似した文字に置き換える) が生じた。自分が書いた文章を読ませると、意味性錯読と仮名の字性錯読を伴いながら、苦労しつつ、かつ誤った読み方をした。まとめると、彼の言語プロファイルは、軽度の失書を伴う純粋失読と評価できる。発症から4ヶ月後までには、新聞を難なく読むことができるようになった。発症44日後のMRIでは、左中下後頭回にT2強調画像で高信号領域があり、下側頭皮質後部は含まなかった (図3)。また、右舌状回と楔部に陳旧性梗塞を示唆する高信号領域があり、両側の脳室周囲に高信号領域が認められた。

図3. 患者2のMRI画像。発症44日後のT2強調軸状断および冠状断画像。左中下後頭回に高信号域が存在する。なお、右舌状回および楔部 (Area 17/18) にも陳旧性梗塞がみられる。

2-2. 神経心理検査
患者の読字および書字能力を定量的に評価するために、我々は以下の検査を行った。
(1) 最初の課題は、100個の漢字 (一文字) およびその読み (仮名) を音読させ、同じ100の漢字および仮名を書き取りさせるものである。すべての課題漢字は、小学校3年生までに学習するものを用いた。正答率と、読字・書字までの時間をカウントした。さらに、漢字の読字に関して視覚的複雑性、具体性、親和性、頻度の効果を決定するための解析を行った。漢字の具体性と親和性は、被験者が漢字から具体的な物や場面を連想するかどうか (具体性)、あるいはそれを見たり使ったりする頻度 (親和性) を答える先行研究によって評価された。頻度については、14年間の新聞記事を網羅したデータベースに基づいている。統計解析のために、漢字をほぼ同数の2つのグループ (中央値以上または以下) に分けた。すなわち、より複雑性、具体性、親和性または頻度の高いグループと、より複雑性、具体性、親和性または頻度の低いグループである。各グループカテゴリの正答率をカウントした。
(2) 二つ目の課題は、ひらがな3文字の単語100個と、それに対応する漢字2文字の単語 (ひらがな単語の漢字転写)、ひらがな3文字の非単語100個からなる読解テストである。仮名単語は、先行研究で得られたその言葉を見たり聞いたり使ったりする頻度 (すなわち親和性; 範囲0.00~4.96を5段階に分類) に基づいて、親和性の高いものと低いもの (3.50以上または1.50~1.99) が選ばれた。実際には、高親和性単語 (hf: high-familiarity words) は高頻度語 (high-frequency words) でもあり、低親和性単語 (lf: low-familiarity words) は低頻度語 (low-frequency words) でもあった。仮名非単語 (a) は、互いに関連性のない仮名記号を組み合わせて作ったものであり、我々の先行研究で使用したものと同じである。もう1組の仮名非単語 (b) は、上記の高親和性仮名単語 (hf) の文字の並び順を変えることで作成した。
(3) 三つ目の課題は、一文字の仮名記号と五文字の仮名単語と仮名非単語を読むものである。五文字の仮名単語は、被験者がその単語を見たり聞いたり使ったりする頻度 (すなわち親和性; 範囲1.05~4.93を5段階に分類) に基づいて、親和性が高いもの (4.01以上) を選択した。五文字の仮名非単語は、上記五文字の仮名単語の文字の並び順を変更したものである。これは、患者の一文字識別能力を評価し、語長効果を評価するために作成された。
(4) 図形認識能力 (言語刺激と非言語刺激に対する初期の視覚分析) を評価するために、視覚識別テストを実施した。材料は、長さ、大きさ、形、空間的位置、角度がわずかに異なる2組の線画であった。患者には、カードに描かれた2つの刺激が同じか異なるか、異なる場合はその違いを説明するよう求めた。すべてのテストにおいて、正常平均値から2S.D.以下のスコアを有意差とみなした。
(5) 二字熟語の読解に心像性と頻度が及ぼす影響を調べるため、失語症語彙検査 (TLPA: Test of Lexical Processing in Aphasia) の語彙判断課題を実施した。患者は、視覚的に提示された各二字熟語が実在する単語か非単語かを判断した。

 

3. 結果

表2. 患者1-2および正常対照に対する読字・書字に関する神経心理検査の結果。

表3. 患者1-2の読字・書字に関する神経心理検査の誤りパターン。a) Partial responce: 患者は文字の構成要素を認知できているが、その文字そのものを読むことはできない。Visual responce: 漢字を視覚的に類似している別の漢字に読み違えること (e.g. 力→月)。Semantic errors: その語に意味的に関連があるものを答える (e.g. 味→"何か食べるもの")。一部のsemantic errorsは正しい答えに視覚性に類似していた (semantic/visual) (e.g. 小→少)。Unrelated responce: 漢字を視覚的にも意味的にも類似しない別の漢字と読み違える。b) Partial response: 仮名の一部を読むことができない。Phonological response: 仮名の一部が別の仮名に置き換わる (音素性錯読) (e.g. たけ→たこ)。Phonological/visual response: 1つの仮名が視覚性に類似している別の仮名に置き換わる (e.g. はな→はね)。c) Partial response: 二字熟語のうち1つの文字を読むことができない。d) Transposition: 仮名単語の2つの連続する文字の順番が逆転する (e.g. ひせむ→せひむ)。e) Constructional response: 漢字の構成要素の省略または追加 (e.g. 太→大)。Phonological response: 音声的に類似した別の漢字に置き換わる (e.g. 細→遅)。いくつかのphonological errorsは意味的に関連していた (phonological/semantic) (e.g. 多→大)。Visual/semantic response: 視覚性および意味性に関係した別の漢字に置き換わる (e.g. 岩→岸)。Unrelated responce: 視覚性または音韻性に類似しない別の漢字に置き換わる。f) Phonological response: 仮名の1つ以上の文字が別の仮名に置き換わる (音素性錯書) (e.g. ひる→いる)。Phonological/visual: 視覚性にも類似した別の仮名に置き換わる (e.g. きし→まし)。

表4. 神経心理学的所見のまとめ。

表2は神経心理検査の結果を、表3は読字と書字における誤りタイプを、表4は主要な所見のまとめを示している。患者1は、単一漢字および二字単語の読字において、対応する仮名よりも重度の障害を呈した (表2; 単一漢字, p<0.0001; 二字単語, p<0.0001)。三文字の仮名単語 (hf) と非単語 (a) の音読を比較すると、彼は非単語でより重度の障害を呈した (p<0.0001)。最も頻度の高い誤りは、漢字では non-response、仮名では音韻性誤り (語性錯読) と音韻性/視覚性誤り (視覚性に類似した他の仮名に置き換える) であった (表3A, B)。運動感覚促通は、仮名の読字でのみ有効であった (表2)。正しい応答は、複雑性の高い漢字よりも複雑性の低い漢字でより多く得られた (p=0.0159)。具体性、親和性、頻度に関しては、有意差は見られなかった。逐字読みは三文字の仮名単語の一部でみられたが、目立ったのは三文字および五文字の仮名単語においてであった。五文字の仮名単語は、単語として読むことができていた。語長効果も観察された (一文字: 2.02s/文字, 三文字 (hf): 5.82 s/語, 五文字: 6.86 s/語)。患者は漢字の一部を書くことができなかったが、主に再生の障害によるものであった (表3C)。しかし彼は、自分が読むことができなかった漢字52個中、31個を書くことができた。漢字の読字は、書字と比較して有意に障害されていた (p=0.0027)。彼は視覚識別テストでは正常スコアを達成した。心像効果は、高頻度および低頻度漢字単語の両方でみられたが、頻度効果は低心像語でもみられなかった。発症6ヵ月後の再検では、漢字と仮名単語の読字においてほぼ正常な成績がみられたが、正常対照と比較して読みにはやや時間がかかり、語長効果も残っていた。
一方で患者2は、読字にかかる時間は長かったものの、漢字単語と仮名単語をほぼ正しく読むことができた。読字障害は仮名非単語でもっとも目立った (p<0.0001, 漢字 vs 仮名非単語 (a))。ほとんどの誤りが、音韻性誤りと音韻性/視覚性誤りであった (表3B)。運動感覚促通がほとんどの仮名単語でみられたが、仮名非単語では目立たなかった (表2)。逐字読みは五文字の仮名非単語でのみみられたが、単語については語長効果が明らかであった (一文字: 1.30s/文字, 三文字 (hf): 5.14 s/語, 五文字 6.78 s/語)。書字成績は正常範囲内であったが、一部の漢字では誤りが見られた (表3C)。視覚識別テストの成績は正常であった。彼の漢字の読字成績は良好であったため、心像性、頻度、視覚的複雑性による読字成績の違いは認められなかった。一方で、仮名の読字については親和性効果が有意であった (p=0.0165; 高心像性 (hf) vs 低頻度 (lf) 仮名単語)。6ヵ月後の再検査では、読字に関する総合的な改善がみられたが、仮名単語の読字における語長効果は残存していた。
3-1. 神経画像検査
患者は発症後28日 (患者1) と21日 (患者2) に99mTc-ECD-SPECTを受けた。SPECTデータはAnalyze Formatに変換され、正規化、平滑化、3次元変換マップによる研究室間差の補正が行われた。本システムでは、再調整、空間正規化、平滑化は基本的にStatistical Parametric Mapping (SPM) Version 1999と同じであり、統計学的有意性は全血流を50ml/min/dlに調整した後に2標本のt検定で判定した。国立精神・神経医療研究センター (東京) の同世代・同性の健常者データベース (60~69歳男性: n=18、70歳以上: n=20) と比較検討した。脳血流の有意な減少 (uncorrected p<0.001) を示す領域を標準脳表面画像で描出した (図4)。患者1では、下側頭回、紡錘状回、外側後頭回を含む左側頭-頭頂部、側頭-後頭部に血流低下がみられた。発症から8ヵ月後には、紡錘状回前部の血流が正常範囲に回復した。患者2では、左の中下後頭回、右の内側後頭回に低灌流が認められた。血流分布は発症後8ヶ月ではほとんど変化しなかった。

図4. 患者1と2の99mTc-ECD-SPECT画像。患者のデータは、同世代・同性の正常なボランティアのデータとSPM 99の2標本t検定で比較された。患者1では、下側頭回、紡錘状回、外側後頭回を含む左側頭-頭頂部、側頭-後頭部に血流低下を認めた。発症後8ヶ月までに前部楔状回の血流は正常範囲に回復した。患者2は主に左の中下後頭回、右の後頭葉内側で低灌流がみられた。血流分布は発症後8ヶ月でほとんど変化しなかった。

 

4. 考察
4-1. 損傷部位と患者の特性の関係性
今回報告した2人の患者は、純粋失読と言える。すなわち、書字が比較的保たれている中で読字障害が目立ったのに加え、逐字読みや文字識別障害、語長効果、運動感覚促通、自分が書いたものが読めないといった特徴がみられた。純粋失読にはわずかな漢字の失書が伴うことが多いのは確かだが、患者1の漢字の失書はわずかというよりは軽度と言うべきであり、漢字の失書を伴う失読を思わせる。純粋失読は、失書を伴う失読と、以下の点で鑑別される: (i) 純粋失書では、書字が読字よりもかなり強く障害されるが、失書を伴う失読ではその逆である; (ii) 純粋失書の患者は、自身が読むことのできない単語/文字を書くことができるが、失書を伴う失読では自身が読むことができない単語/文字を書くことができない。患者1は漢字の書字に比較して読字で有意に低い成績を示し、読めなかった52個の漢字のうち31個を書くことができたことから、この患者は失書を伴う失読というよりも、純粋失読と分類すべきと思われる。
患者1および2はどちらも純粋失書の臨床プロファイルを有していたが、その症候学および解剖学には違いがみられた。患者1は、紡錘状回損傷を持ち、漢字に強い失読を呈した。運動感覚促通は仮名にのみ有効であった。本症例は、紡錘状回に限局した損傷は、漢字に強い純粋失読をきたすことを示している。我々が予期したように、逐字読みは本症例では目立たなかった。これは、文字の視覚情報が後頭葉の腹側および後方領域に分布しており、さらに文字識別に特化した後頭葉後部が本症例では保たれていたためだと考えられる。その代わり、本症例は単語ごと、またはフレーズごとの読みを示した。この症状は、本患者が文章を読む際に、単語を単語として読もうとしているものの、それに困難を伴っていることを示唆しており、おそらく下側頭皮質後部 (文字入力辞書の座する場所) にも損傷が加わっていたために生じているのだと考えられる。
その他の特記すべきこととして、患者1は漢字の読字において心像効果および視覚的複雑性効果を呈したことが挙げられる (心像性が高い、または複雑性が低い文字ほど読みの成績がよかった)。純粋失読患者の一部では、単語を読むことができなくても、語彙判断や意味カテゴリ化が可能であることが知られている。その他の患者では、頻度効果 (高頻度単語が低頻度単語と比較して成績がよく、読むのにも時間がかからない)、心像効果 (心像性の高い単語が低い単語と比較して成績がよく、読むのにも時間がかからない)、単語優位効果 (単語中の文字の方が非単語文字列中の文字よりも速く・精度よく認識される) がみられる。我々は、この語彙-意味知識への影響は、単語と文字の視覚イメージが貯蔵されており側頭葉内の意味記憶と相互作用に重要な下側頭皮質後部 (紡錘状回/下側頭回) の機能障害によると考えている。したがって、こうした意味/語彙効果は紡錘状回型純粋失読 (文字入力辞書へのアクセス障害) と漢字の失書を伴う失読 (紡錘状回/下側頭回、すなわち文字入力辞書そのものの損傷) において観察されるはずである。患者1が患者2と比較して、漢字一字の読みにおいてより多くの意味的誤りを生じ、心像効果を呈したのは、この考えと一致する。また、この考えを支持するもう1つの根拠として、我々が以前に報告した漢字の失書を伴う失読の患者において、視覚的複雑性 (p=0.0442)、頻度 (p=0.0006)、親和性 (p=0.0012) の効果が発症15ヵ月時点でもみられたということも挙げられる。
一方、後頭葉後部の損傷を持つ患者2は、特に仮名非単語において、ほぼ仮名に選択的な失読を呈した。本症例は、仮名単語の読みにおいて親和性効果を示した。この症状は、我々が以前報告した患者とほぼ同様であった。しかし、我々の予測に反して逐字読みは本症例では目立たなかった。これは、損傷が中下後頭回の小さい皮質領域に限局しており、このため文字識別障害が軽度であったためだと考えられる。ここから、典型的な逐字読みを生じるためには、後頭葉のより幅広い領域の損傷が必要であると考えられる。患者1と2を比較すると、失読症状は患者1でより重度であったが、これは患者1では損傷領域がより広範であり、そして紡錘状回 (Area 37) が読字において特に重要であるためだと考えられる。
我々は、2人の患者の皮質機能障害の解剖学的差異についてECD-SPECTを用いて確認した (図4)。患者1では、血流低下は下側頭回と紡錘状回 (Area 37) を含む後頭側頭領域に明瞭であった。予測していなかったのは、血流低下が側頭頭頂領域でも見られたことであるが、これは左優位の脳室拡大を反映していた可能性がある。発症8か月の時点では、血流低下は紡錘状回後部に限局していた。一方で、患者2は後頭葉後部に血流低下がみられた。
これら2人の患者の対照性は、純粋失読のメカニズムに洞察を与える。逐字読みにおいて、文字識別 (letter identification) と単語全体認知 (whole-word recognition) のどちらが主に障害されているのかというのは議論が分かれるところである。漢字は視覚的に複雑であり、単一文字でも意味を持つことから、一字であれ複数字から成る単語であれ、漢字の読字は単語全体認知を含む。一方、仮名文字は正書法の観点からはヨーロッパのアルファベットと類似している。これらをまとめて考えると、今回の所見から、漢字の読字として表象される単語全体認知が紡錘状回 (腹内側) 型純粋失読で障害され、一方で仮名の読字として表象される文字識別が後頭葉型純粋失読で障害されるのだと考えられる。文字 (仮名および漢字) の視覚イメージは視覚-音韻プロセス (書記素-音素変換) と単語全体認知プロセスの両方で用いられるため、文字識別はどちらの型の失読でも障害されていると考えることができる。ここから、文字の字形は腹側および外側後頭回の幅広い領域で表現されているのだと考えられる。
まとめると、紡錘状回型失読は単語全体認知の障害と読字における意味的誤りによって特徴づけられる漢字に対する失読であり、一方で後頭葉型失読は文字 (仮名および漢字) 識別障害によって特徴づけられる仮名に対する失読である。より一般的には、漢字の純粋失読は、単語全体認知が主に障害されているところから、単語の純粋失読とも言うべきである。一方、仮名の純粋失読は、文字識別が選択的に障害されているところから、文字の純粋失読と言うべきである (表5)。

表5. 失読の種類と損傷部位。

4-2. 理論的課題
2人の患者が視覚識別テストで障害を呈さなかったことは、文字識別と単語全体認知が非言語的刺激の初期の視覚解析とは関係なく障害されていることを示唆する。したがって、失読は一般的な知覚障害によって起こるのではないと言える。
また、患者2で漢字の読字がよく保たれていながらも仮名の読字が選択的に障害されていたことは、我々の既報とも合わせると、仮名文字が主に処理される後頭葉後部から、漢字文字が主に処理される紡錘状回/下側頭回への直接的情報処理経路は存在しないことを暗示する。逆に、別の (古典的には非語彙) 経路が仮名読字に関与していると考えられ、読字の二重経路仮説の解剖学的基質を提供している。
我々の仮説と他の仮説との間の差を強調するために、我々のモデルのダイアグラムを図1dに示した。このダイアグラムでは、漢字の純粋失読 (単語の純粋失読) は経路Bの障害によって起こり、逆に仮名の純粋失読 (文字の純粋失読) は経路Aの文字識別の障害によって起こる。以前のモデルでは、これら2つの失読型を完全に説明することができない。このモデルのより詳細な説明と、他のモデルとの類似性・差異に関しては、我々の他文献を参照されたい。
二重経路のもう1つのエビデンスとして、神経画像研究において、単語および非単語の読字で2つの異なる領域、すなわち後頭葉後部 (Area 18/19) と腹側後頭側頭皮質 (Area 37) が一貫して活性化されていることが挙げられる。我々の先行研究では、下後頭 (Area 18/19) または紡錘状回/下後頭回 (Area 19) が仮名単語及び仮名非単語の読字で主に活性化され、一方で紡錘状回/下側頭回 (Area 37) が漢字単語の読字において主に活性化されることがわかった。漢字による後頭側頭皮質内の活性化ピークは、西欧諸国で報告されているそれと一致していた: 紡錘状回と下側頭回の接合部。しかし、仮名による後頭葉内の活性化ピークは下後頭回/紡錘状回 (Area 18/19) 内に散在しており、うち1つが西欧諸国における研究結果と合致していた。
我々の仮説は、純粋失読に関する複数の議題を説明できる。純粋失読の症状を予測するためには、紡錘状回と後頭葉後部のどちらの領域が損傷に含まれているのかを決定することが重要である。もし紡錘状回が損傷されていれば、患者は単語 (および文字) を読むことができず、語彙/意味的誤りを呈するが、逐字読みは目立たないだろう。もし後頭葉後部が幅広く損傷されていれば、患者は文字識別に障害を呈し、逐字読みを行うだろう。そして、単語全体認知が可能なため、患者は実在単語を読むことができ、このため症状は非単語の読字に強調されるだろう。実際、多くの非古典的 (脳梁膨大部の損傷を伴わない) 純粋失読の報告例では、これらの両方の領域を含むような大きな損傷があり、このため単語全体認知の障害と逐字読みの両方が観察されている (表5のcombined type)。
また、別の議題として、視覚性語形システムまたは文字入力辞書の機能を持つ限局した領域というのは存在するのだろうか。単語の視覚イメージが表現・処理される視覚性語形領域は、紡錘状回/下側頭回 (Area 37) に存在すると考えられている。臨床的観点からすると、我々も下側頭皮質後部 (Area 37) が、語形情報が貯蔵・処理される場所であると考えている。ここで重要なのは、紡錘状回/下側頭回 (visual word form area) への損傷は純粋失読をきたすのではなく、(漢字の) 失書を伴う失読をきたすという点である。視覚性語形領域は読字のみならず書字にも関与しており、これは活性化研究でも支持されている。純粋失読は、我々の患者1のように、紡錘状回の内側に損傷がある場合に起こる。この解剖学的差異は、純粋失読が視覚性語形領域へのアクセスの障害であることを示唆する。この領域の周辺の損傷による漢字の失書を伴う失読は日本では頻繫に報告されているが、西欧諸国では立った少しの例しか報告されていない。我々は、西欧諸国ではこの領域の損傷によって、特に不規則単語に対する失書を伴う失読 (orthographic alexia with agraphia) と失名辞が生じているのではないかと考えている。ごく最近、この領域の損傷を伴う8人の患者の臨床研究が報告されている。我々が予測したように、これらの患者は、特に不規則単語に対する失書を伴う失読を呈し、失名辞を伴っていた。これらの患者が逐字読みを彷彿とさせる読字障害を呈したことは、特筆に値する。我々の漢字の失書を伴う失読患者も、早期には逐字読みを呈していた。この場合、損傷部位が紡錘状回 (Area 37) の内側に広がっているか、または紡錘状回/下後頭回 (Area 18/19) の方まで後方に広がっているかというのが重要である。

 

感想
むずい。感想は後日 (これ書く日が来るのだろうか)。