ひびめも

日々のメモです

空間無視と注意ネットワーク

Spatial neglect and attention networks.
Corbetta, Maurizio, and Gordon L. Shulman.
Annual review of neuroscience 34 (2011): 569.

 

あけましておめでとうございます。昨年は1日1論文とか言っていた時期もありましたが、まあ無理なので、気ままに論文を読んでいこうと思います。
今回は、半側空間無視の話です。前回の前頭眼野の記事でこのレビューが紹介されており、面白そうだなーと思ったので読みました。

 

1. 背景
LJは58歳の学校教師である。彼は授業中に、突然の気分不良と混乱を生じ、病院に搬送された。一見して、彼は無感情で、ビジランスが低下しているように見えた。彼の応答は、文法的には正確だったものの遅延があり、「今日はどうされたのですか」と聞かれると、彼はなぜ自分が搬送されたのかよくわからないと話した。診察上、視野は正常であったが、正面を向かせると、注視点が自発的に右に偏奇する傾向があった。左右の視野にそれぞれ1つずつ物体を提示すると、彼は常に右側の物体を見て、左側には物体は存在しないと言った。しかし、目を左側に動かすように伝えれば、彼はその物体が見えるようになったと答えた。全体として彼は、右視野に存在する刺激であっても、その刺激の存在に気付くのが遅かった。部屋の電気を暗くした上で、テーブルの上にランダムに配置された物体を探すよう命じても、彼は主にテーブルの右側を探し、右側の物体を探し終わった後になってようやくテーブルの中央部分を探すようになった。右手の触覚は正常に保たれていたが、左手の触覚はしばしば無視され、あたかも触られているのは検査者の手であるかのように話した。彼の運動機能は、筋力・協調運動・巧緻運動の観点で両側ともに保たれていたが、命じられない限り左手を使おうとしなかった。頭部MRIでは、右の下前頭回・中前頭回・島前部に拡散制限を認め、急性期虚血性梗塞として矛盾しなかった。
上記の病歴は、半側空間無視の主要な特徴をよく捉えている。覚醒度と処理速度が低下し、知覚自体は保たれているものの障害半球と対側 (対障害側) の刺激に対する注意や発見ができなくなり、障害半球と同側 (障害側) の空間・身体部位に偏重した動作がみられ、病識の低下や身体所属に関する作話など複数のアウェアネス障害がみられる。
空間無視は、典型的には脳卒中によって、様々な皮質・皮質下領域が損傷を受けることで起こる。急性期では、どちらの半球の損傷でも無視を引き起こし得るが、重度かつ持続的な障害を起こすのは右半球の損傷のみである。ここから、注意に重要なのは右半球であるという考えが導かれた。
空間無視は、極めて短いタイムスケール (e.g. 秒) の行動に対する介入によってその重症度が調節されうるという点で、局所的損傷から生じる行動障害の中でも独特である。対障害側にある物体への注意・発見の障害は、1) 言語的手がかりを用いて患者に注意を促すこと、2) ノイズなどの顕著な感覚的刺激を提示すること、3) 障害半球によって制御される手の運動を行わせること、4) 覚醒を向上させる訓練を行うこと、によって改善が見られる。これらの観察は、空間的障害の基盤となる神経メカニズムは、内因性または外因性の注意・運動・覚醒を反映する他の脳領域からのシグナルによって動的に制御されうるということを示唆する。さらに、ほとんどの患者の空間無視症状は、数日または数週の期間を経てある程度改善する。しかし、それでも依然として障害は残存し、生産的な日常生活にマイナスの影響を与え続ける。
空間無視は、アウェアネス、大脳側性化、空間認知、機能回復の神経基盤を理解するためのモデルとして、極めて多くの興味を集めた。しかし、その神経基盤は未だよく理解されていない。今回我々は、無視に関する膨大な文献を振り返り、本障害を理解するためのフレームワークを提唱する。
無視は、健常脳において環境に対する注意を制御する複数のネットワークが、異常な形で相互作用することによって引き起こされると思われる。複数の研究者が、空間無視のサブタイプや個々の症例の解離に注目してきたが、我々はその中核となる空間的・非空間的障害が、これらのネットワークの生理機能特性と合致しているということを主張したい。空間的障害の中核は、自己中心的座標フレームにマップされた空間的注意と顕著性 (salience) の偏りであり、これは注意と眼球運動を制御し刺激の顕著性を表現する背側前頭-頭頂ネットワークの機能障害によって引き起こされる。非空間的障害の中核は、覚醒・再定位・検出の障害であり、これは注意の再定位や、行動において重要な事象の新規検出の際に活性化される腹側前頭-頭頂ネットワークと部分的にオーバーラップする腹側領域の構造的障害によって引き起こされる。
また我々は、無視を生じる腹側領域の損傷は、構造的には障害されていない背側前頭-頭頂領域の生理機能変化をもたらすということを強調したい。これは、健常脳では背側と腹側の注意領域が相互作用するという事実とも合致する。背側前頭-頭頂領域の生理機能障害は、課題遂行中のみならず、安静時にも見られるものであり、自己中心的空間バイアスの重症度と相関する。さらに、この機能障害は視覚皮質のトップダウン制御を減弱させ、視覚皮質の反応性を弱めることで、無視に寄与する。空間的障害が持つ高い変動性と可塑性は、脳内に依然として (異常ながらも) 機能する領域が存在することを強く示唆する。構造的障害に限らず、脳領域の生理機能障害を測定することは、無視を理解する上で不可欠であり、その神経画像手法の重要性は強調に値する。
最後に、空間無視の臨床特徴として最低限理解されていることとして、その右半球への側性化が挙げられる。空間的注意と眼球運動を制御する背側前頭-頭頂領域は、概ね対称的な構成を持ち、各半球が対側空間を表現しているということが脳画像研究からわかっている。一方で、中核的な非空間的機能をサポートする腹側領域には、強い右半球側性化がある。我々は、空間的注意に非対称性があるのではなく、後者の機能の側性化と、その背側領域との相互作用が、無視の半球間非対称性を説明できると考える。

 

2. 空間的障害の中核: 自己中心的バイアス
多くの神経心理学的研究が、無視における空間的な (すなわち主に一側の空間にのみ見られる) 障害を特徴付けようとしてきた。行動障害に対する要素解析研究は、一貫して対側空間の標的に対する注意/探索/反応の障害に関連する少なくとも1つの要素を挙げてきたが、その他の要素については、結論は一貫していない。その他の研究では、患者を異なる行動タスクの成績に基づいて分類し、知覚/注意型の障害 vs 運動/企図型の障害といった異なるサブタイプを分離しようとしてきたが、これらの分類の一貫性や、回復との関連性は期待外れなものであった。ほとんどの患者が知覚/注意型の障害を呈し、この障害がほとんどの回復を説明した。我々は、空間無視はその核心において、自己中心的参照フレームにマッピングされる空間的注意と刺激顕著性の欠損を表現していると主張したい。

2-1. 空間的注意と刺激顕著性の勾配
空間無視のあるほぼ全ての患者が、視覚的情報処理の片側への偏りを呈し、これは臨床的および実験的に、空間内勾配として明らかであった。行動に重要な刺激に対する感受性と反応性は、刺激を対障害側から障害側へ動かすとともに改善していった。しかし、この偏りは、低次視覚メカニズムの異常性を反映しているのではないと考えられる。なぜならば、無視視野内のコントラスト感受性や低次特徴に基づいた画像分割能力は保たれており、さらに視覚誘発性電位やfMRI活動に左右差は認められないからである。
一方で、無視視野における物体の「顕著性」(saliency) は障害されている。顕著性とは、他の物体の中で、ある物体が感覚的に際立っており、行動に重要であることを指す。顕著性は、(前頭葉頭頂葉、上丘に存在する) トポグラフィックマップの神経活動の強度として表現されうるものであり、そのマップを用いることで、どの物体がその後の解析・行動に選択されるのかが決定されうる。ある近年の研究は、無視患者において、障害側と対障害側の視野内にある物体の顕著性が、タスクに無関係だが目立つ物体、またはタスクに関係のある物体を見る傾向として測定された。どちらの種類の刺激に対しても、対障害側から障害側に向かう空間的勾配に沿って、眼球運動の確率は上昇し、ここから空間的注意の外的 (自動的) 要素および目標駆動型の要素が、同等に障害されていることが示唆された (図1a)。また、障害側の刺激の顕著性が異常に高くなってしまうために、タスクに関係のない刺激をフィルターできなかったり、探索タスク中の反復的固視が起こってしまうのだと考えられている。
重要なのは、刺激が存在しなくても空間的バイアスが観察されることである。無視患者が存在しない物体を暗闇の中で探す時、眼位や頭位として測定される探索パターンは、障害側に強く偏ることが知られている。さらに、タスク活動中と同様に、安静時にも注視点が偏位してしまう (図1b)。
暗闇の中で標的探索を行う際の空間的バイアスは、タスク遂行中に対障害側の空間的位置の顕著性が低下していることを反映すると思われるが、安静時にもこうしたバイアスが見られることからは、注視制御メカニズムにおける永続的なバランスの崩れが示唆される。眼球運動と注意を司る神経システム間の機能的関係性に基づけば、これらの運動バイアスは、注意バイアスと関連している可能性がある。

図1. 無視患者における自己中心的空間バイアスの行動および病巣解析。(a) 無視患者の眼球運動に対する刺激の顕著性の効果。患者は、配列中の標的文字にサッケードをするように指示された。配列は、標的を含むもの、混乱因子よりも輝度が高いか方位が異なる特徴的なプローブ刺激を含むもの、標的とプローブの両方を含むもの、の順に提示された。右のグラフは、標的 (赤線) と無関係だが輝度の異なるプローブ (青線) は、対障害側の視野よりも障害側の視野に多くのサッケードを生じ、水平位置に沿って類似した線形勾配があることを示している。このことは、自動的な方向付けと目標指向の方向付けが、どちらも障害側視野へ偏っていることを示している。病変は右側頭頭頂接合部に局在している。(b) 無視患者は、文字配列の中で標的の文字を探すとき (青のトレース) および安静時 (緑のトレース) の両方で、障害側に視線が偏っていることがわかる。健常者 (下) では、偏りを認めない。(c) 無視と関連する古典的な病変によって、自己中心的参照フレーム内での障害側へのバイアスが生じるが、刺激中心的参照フレームや物体中心的参照フレームではバイアスは生じない。各画像は、特定の参照フレーム内の障害に関連するボクセル単位の病変分布を示している。

2-2. 自己中心的参照フレーム
空間的障害は、刺激が符号化される参照フレームに基づいて分離可能である。無視はしばしば自己中心的 (観測者中心的) であり、左半側空間と右半側空間は、観測者の中線によって切り分けられる (図1c)。空間的中線は、さらに眼球、頭、身体の位置に基づいて様々に符号化可能である。これらの因子は個々の症例で無視の重症度を変調させることが示されているが、眼球、頭、身体それぞれを中心とした無視は、未だに明確には分離できていない。この事実は、ヒトの損傷領域の体積の大きさと多様性によって説明されてきた。しかしながら、計算科学的研究やサルの生理機能解析によれば、多くの領域の活動は異なる自己中心的参照フレームの組み合わせを反映していると考えられており、この考え方によってさらなる説明が可能である。
無視は、他中心的にもなりうる。すなわち、刺激の中心軸に従って中線が定義されており、環境内での位置を問わないもの (刺激中心的: 図1c) や、その位置および向きの両方を問わないもの (物体中心的: 図1c) がある。しかし、空間無視患者のほとんどは自己中心的障害を呈する。MarshとHillsは100例の右半球急性期脳卒中を研究し、17%と34%がそれぞれ視覚的、触覚的な自己中心的無視を呈し、それぞれに対応する他中心的無視の割合は4%と2%であったとしている。他中心的無視と自己中心的無視が同時に起こることは臨床的にはほぼなく、解剖学的に分離されている。自己中心的無視は、空間無視で古典的に損傷される領域 (i.e., 下頭頂小葉、上側頭回、下前頭回) と関連している一方で、刺激中心的無視と物体中心的無視は、下部側頭葉領域の損傷と関連している (図1c)。
したがって、自己中心的空間的障害は、他中心的障害と比べて、無視の臨床症候群に行動的および解剖学的によりよく対応しており、その中核的特徴をよく反映している。

2-3. 空間無視は注意/顕著性のみに関連するのだろうか?
無視の空間的要素に対する注意/顕著性に基づく説明によって、他の知覚-認知機能障害、特に視空間的短期記憶 (VSTM: visuospatial short-term memory) と空間的認知の障害の説明を省略できるのか、というのは重要な疑問である。
無視は、左側の心的イメージ、すなわちVSTM内の情報の形成、貯蔵、操作の障害である、という考え方がある。これは影響力のある説明であり、表現的無視 (i.e., VSTM内の表現) と呼ばれている。無視患者の空間的障害に対する、注意/顕著性による解釈をサポートするほとんどまたは全ての経験的発見は、表現的フレームワークによっても説明可能である。この二重性は、心理学的および生理機能研究から示されるように、空間的注意、VSTM、心的イメージのメカニズムは互いに近い関係があるという事実を反映しており、VSTMへの入力はしばしば意識的知覚の正常な結果とみなされる。驚くほどのことではないが、表現的無視は、ほぼ必ず知覚的無視と関連して観察される。解離が報告された少数の症例では、コンピュータを用いたタスクよりも感度が低い鉛筆と紙を用いたタスクを用いていたり、眼球運動や認知的負荷/タスク実行時間による潜在的なバイアス/差異を制御していなかったりするなど、その信頼性は疑問視される。とにかく、知覚型無視と表現型無視の解離が見られにくいことや、この2つが重複する神経システムによって仲介されている可能性を考えると、この区別は、理論上はとても重要ではあるものの、空間無視患者の大多数で障害が起こる心理学的および神経メカニズムの一次同定には必須ではない可能性が示唆される。したがって、本レビューにおいて我々は、空間無視の背景にある中核的な自己中心的障害における、「表現的」と「空間的注意」の2つを区別しないことにする。
無視患者の一部は、対障害側から障害側への勾配を示さない、対障害側の注意/顕著性/VSTMの障害と言うことができないようなVSTMの障害を呈することがある。VSTMの障害は、中心縦軸に沿って提示された刺激に対しても観察されるが、トランスサッカディックな空間的記憶についてはもっと特殊な障害が報告されており、サッケードリマッピングカニズム (サッケード前に標的情報を取得すること) を反映している可能性がある。障害側に注意が偏ってしまうことと組み合わせると、全視野VSTMの障害とトランスサッケードの障害は、すでに探索を行った障害側物体への再固視を引き起こし、対障害側の無視を増悪させる可能性がある。しかし、最近の研究によれば、VSTM障害と視覚探索障害の両方が、対障害側の視野でより強いことが報告された。この結果は、注意/知覚とワーキングメモリのメカニズムの機能的類似性と神経重複と矛盾しない。
空間認知は、空間注意や空間無視を評価するための多くのタスクに関与している。たとえば、線分二等分は空間的広がりや位置の正確な判断を必要とする。典型的な無視患者は、線分二等分が右側に偏ったり、空間内の左側に配置された物体のサイズを過小評価してしまう。こうした知覚的障害は、空間の水平方向次元の歪みを反映していると考えられることもある。しかし、線分二等分試験中の眼球運動についての精力的な研究によって、そもそも無視患者は線分の左側を探索できていないこと、そしてほとんどの場合固視が見られた範囲内の左側に偏った位置を中点と判断していることがわかった。さらに、彼らの主観的な正中線判定は、線の右端点の位置に強い影響を受けた。これらの発見から、線分二等分の誤差は、線分の右側と左側の相対的な顕著性の違い (図1a) と、眼球運動バイアス (図1b) によって説明可能であると考えられた。また、少なくとも一部の患者では、空間認知の他の側面、すなわち刺激の全体的構造の処理が障害されている。これによって起こる局所的なバイアスは、現在の注意焦点の近くを探索する傾向を増加させ、障害側への注意バイアスを増悪させる。
まとめると、無視における自己中心的な空間的障害は、空間的注意、顕著性、VSTM、そしておそらくは空間認知の、関連しあうメカニズムの集合の障害を反映している。近年の研究は、極めて単純なタスクを用いて評価しても、この障害は臨床的無視症状と強く関連していることを示した。目標に対する単純な反応時間を用いたパラダイムでは、左視野と右視野の標的に対する成績差を用いることで、無視に対する様々な標準的な神経心理学的試験と比べて、健常対照と急性期・慢性期無視患者をより高い精度で区別できたという。特に、このタスクは空間的心的イメージや空間的認知 (線分二等分、時計描画、模写タスク)、形状同定 (視覚的抹消試験) を用いておらず、VSTMもほとんど関与していないことは重要な点である。

2-4. まとめ
空間無視は、自己中心的参照フレームにおける注意/顕著性/表現の、空間的勾配のある障害として特徴付けられる。顕著性の障害は、タスク要素と感覚要素の両方を反映しており、安静時の眼球運動、頭位、身体運動の障害側への偏位を生む、永続的な運動バランスの崩れと関連する。空間的勾配は、半球間相互作用の異常によって生じている可能性もある。この勾配は、覚醒度やタスク指示によっても変動することから、背景となる神経メカニズムが脳の他の領域からのシグナルによって調節されている可能性や、構造的損傷による機能の無効化というよりもむしろ機能異常が生じているという可能性が示唆されている。

 

3. 自己中心的空間バイアスの解剖と生理
我々は次に、無視の解剖学的研究について議論する。無視患者において一般に損傷が観察される脳領域は、自己中心的空間バイアスを仲介するような生理機能シグナルを含まない。一方、健常成人に対する空間的注意の生理機能研究は、無視患者では典型的には損傷を受けない、背側前頭-頭頂注意ネットワークの重要性を強調している。このような解剖学的損傷と生理機能障害のミスマッチは、無視患者における背側ネットワークの最近の生理機能研究によって説明されうる。

3-1. 構造的損傷は自己中心的空間バイアスを説明しない
空間無視は、初期には頭頂皮質、特にIPLの損傷と関連付けられていた。しかし、その後の研究では上側頭回 (STG: superior temporal gyrus) と下前頭回 (IFG: inferior frontal gyrus) が強調され、さらに島前部や中前頭回 (MFG: middle frontal gyrus) を含む他の領域の損傷もしばしば無視を生じうるという説得力のあるエビデンスが出てきた。興味深いことに、皮質損傷の分布は、損傷部位のグループ化のために用いられた基準 (e.g. 無視重症度、臨床診断、無視の有無) には無関係であり、どのグループでも類似していた (図2a)。重要なのは、無視患者は、特に重症例では前頭葉・側頭葉・頭頂葉皮質を結ぶ白質線維の損傷を有しているという点である。白質損傷は、弓状束と上縦束 (IIとIII) が前後方向に平行して走る、脳室の外側に存在する背側領域に起こることが最も多かった (図2c)。最後に、無視は、その生成に重要な皮質領域の低活性化を引き起こす、皮質下核 (視床枕、尾状核被殻) の損傷によっても起こることがある。

図2. 無視に関連した病変の解剖学的分布、注意ネットワーク、線維路の損傷の関係。(a) 病変-症状マッピング (左図)、無視患者の病変のオーバーラップ (中図)、重度無視患者群と無視のない患者群の比較 (右図)、によって示される、無視と関連の深い解剖学的領域。この3つの皮質分布は非常によく似ており、IPL (角回と縁上回)、TPJ、STG、VFCといった腹側領域が強調されている。(b) 25人の健常対照者の安静時機能的結合性によって決定された背側 (左図) および腹側 (右図) の注意ネットワーク。黄色とオレンジのボクセルは、安静時の自発的活動に強く有意な正の時間的相関がある領域を示す。左図の青いボクセルは背側ネットワークと負の相関がある領域を示し、デフォルトネットワークに相当する。図2aに示した解剖学的分布は、腹側注意ネットワークの分布と一致するが、背側注意ネットワークの分布は一致しない。結合性解析のシード領域は、課題活性化パラダイムのメタ解析により決定した (図3a、図6aに示す)。背側シード領域は、注意を移動させるための中央の手がかりによって誘発される活動から決定された。腹側シード領域は、非注意領域と注意領域で提示された標的に対する活動の比較から決定された。(c) 図2aの左図と中図に示した解剖学的分布からのスライス表現では、解剖学的損傷には灰白質および白質が含まれることが示される。30人の健常対照者の拡散テンソル画像 (DTI) により決定された弓状束 (AF: arcuate fasciculus) および上縦束 (SLF: superior longitudinal fasciculus) II、IIIに相当する白質路を右図に示す。左と中央のパネルに示した無視患者において最多の損傷を受けた領域は、右図においてそれぞれ緑と青で輪郭が描かれている。病変の損傷はAFと最も強く重なっているが、SLF IIとIIIとも重なっている。これらの線維路はネットワーク内部を、およびネットワーク間を接続している。

行動障害の詳細なプロファイルがその損傷部位に依存するのは疑いようがなく、さらにいくつかの損傷部位は他の部位と比べて無視を起こす可能性がより高いことが知られているが、左視野の無視は右半球の多くの異なる部位の損傷によって起こりうるという事実は驚くべきことである。構造的損傷のみに基づいて決定的な領域を同定する試みは、無視を引き起こすこのような多くの損傷領域の報告を説明できなければならない。
さらに、空間無視で高頻度に損傷される領域には、空間的注意、眼球運動、顕著性の符号化の障害を反映するような生理機能シグナルは見られない。これらの領域は、神経画像実験においてこうした処理で誘導される領域とは一致しないし、いずれの領域も空間的マップを保持しているとする報告はない。たとえば、右腹側前頭皮質は、標的検出、タスク制御、誤り検出、応答抑制と関連している。
このパラドックスを解消するために我々が提唱したのは、空間無視患者におけるヘテロな損傷が、空間的処理に特化した離れた神経システムの生理機能異常を共通して引き起こしているという考え方である。次に我々は、健常被験者における背側前頭-頭頂注意ネットワークが、空間無視において障害される生理機能シグナルを保有しているというエビデンスを振り返る。

3-2. 背側前頭-頭頂ネットワークは空間的注意、刺激の顕著性、眼球運動を支えている
背側前頭皮質と頭頂皮質内の領域は、内側頭頂間溝 (mIPS: medial intraparietal sulcus)、SPL、楔前部、補足眼野 (SEF: supplementary eye field)、前頭眼野 (FEF: frontal eye field) を含み、自発的に注意を移動させるシンボル手掛かりに反応する (図3a)。いくつかの研究では、下前頭溝/接合部 (IFS/IFJ: inferior frontal sulcus/junction) とMFGを含む外側前頭前皮質においても活動が報告されている。タスクに関する重要性や感覚的な特殊性に基づいた、顕著な物体への注意の移動に際しても、上で述べたような「標準的な」領域が誘導される (図3b)。背側前頭-頭頂領域 (mIPS、楔前部/SPL、FEF、SEF、DLPFC) は、視覚および記憶誘導性のサッケードに際しても誘導が見られ、注意や眼球運動に関連する活動とほぼ完全にオーバーラップする上、いくつかの領域では眼球運動中に感覚的シグナルが再マップされる。また、身体中心的および刺激中心的な符号化の両方が、IPS/SPLで報告されている。

図3. 健常成人における空間的注意の生理。(a) 注意を移動させるための中央の手がかりによって、背側前頭頭頂領域が活性化される。統計学的地図は、4つの実験 (n = 58) のメタ分析で、末梢に注意を移すという中央の手がかりに続くBOLD活動を測定したZマップである。手がかりに対する反応の時間経過を見ると、右IPSから対側優位の両側活動が観察されており、空間的選択性を示している。(b) 後頭葉および背側前頭頭頂領域は、刺激による注意の移動に伴って空間選択的な注意の変調を示す。ディストラクターストリームの中で提示される高速系列視覚提示 (RSVP: Rapid-Serial-Visual-Presentation) ストリーム中の標的を検出するために、被験者に左または右に注意するよう合図が送られた。Zマップは、周辺手がかり (赤色四角) への注意の移動に伴い、対側>同側のBOLD活動を示したボクセルを示している。右のIPSと視覚野では、同側刺激ストリームよりも対側刺激ストリームに注意を向けると、空間的に強い選択的な反応がみられた。また、純粋な内因型 (パネルa) と刺激駆動型 (パネルb) の注意の移動のマップは、非常によく一致していた。(c) 背側頭頂皮質の対側のトポグラフィックマップ。左図は、R IPSにおける対側の5つの極角マップである。右図は、ターゲット線の方向と位置を記憶するVSTM課題において、これらのマップの活性化を示したものである。下のグラフは、VSTM負荷の関数として、左右のIPSマップにおける対側と同側の活性化の大きさを比較したものである。左右のIPSには対側の極角マップが含まれるが (左IPSは図示せず)、右IPSは対側半球と同側半球のVSTM負荷によって等しく活性化し、左IPSは対側半球の負荷によってのみ調節された。この活動パターンは、無視の標準モデルで想定されたものと一致する。(d) 空間的注意の半球間符号化。周辺に注意を向けるよう聴覚的な合図を与え、BOLD活動が測定された。右上のグラフは、左向き (青い点) と右向き (赤い点) の合図があったときの、左側 (L) と右側 (R) のFEFの活動の大きさを試行ごとに示したものである。左側と右側のFEFの活動は試行間で高い相関があるが、正相関の「ノイズ」の上に対側の信号が重なっている (すなわち、青い点が赤い点の上にプロットされている)。この相関のある「ノイズ」は、相同領域 (e.g. 左右のFEF) あるいは相同部分 (e.g. 左右のV1 fovea) 間の安静時の強い相関の存在 (下のグラフ) によって部分的に説明可能である。視覚野のマップの一部や、注意された場所をコードする領域 (例えばFEF) の活動だけを読み出すと、注意の場所は弱くしか予測できなかった (AUC値=∼0.60、chance=0.50)。しかし、両半球のマップまたは領域の注意マイナス非注意の相同部分から活動を差し引くと、この予測率は有意に増加した (AUC = ∼0.80)。

我々は以前、これらの前頭-頭頂領域が、空間的注意および特徴ベース注意の制御と、刺激-応答マッピングを司る、背側皮質ネットワークを構成しているのではないかと提唱した。その後の研究では、安静時にこれらの領域の活動が強く相関することが示され (図2b)、これらの領域が、感覚・運動システムと同様に、個別の機能的-解剖学的ネットワークを表現していると考えられた。重要なのは、図2aと2bの比較で示すように、これらの背側前頭-頭頂領域は一般に無視患者では損傷を受けないことである。
次で議論する、これらの背側前頭-頭頂領域に関する最近の生理機能研究では、行動に重要な刺激の位置の符号化に関する2つのメカニズムが提唱され、空間無視の発症に関するヒントが提供された。

3-3. 対側空間のトポグラフィックマップ
計算科学的理論によれば、トポグラフィックマップと眼球運動/注意、顕著性シグナルの共存は、刺激の選択に有用である。これと一致して、空間的注意、眼球運動、顕著性によって変調する多くの背側前頭-頭頂領域 (mIPS、楔前部、内側頭頂後頭皮質、SPL、FEF、IFS/IFJ) は、対側視野の極角マップを保有している (図3c、左図)。しかし、同側視野の極角マップは未だ報告がなく、同一半球内に両視野の別々のトポグラフィック表現が存在するという、無視の右半球優位性を長年説明してきた考えを支えるエビデンスは存在しないと思われる (下を参照)。
一方、無視患者で典型的に損傷がみられる腹側領域ではトポグラフィックマップは報告されておらず、この領域が空間的注意に関与するというエビデンスが欠如しているとする主張と一致する。しかし、この「無の結果」は慎重に取り扱わなければならない。これらの領域のマップは、適切なタスクを用いなければ画像化できないのかもしれないし、眼位などの他の変数を含む大規模構成によってマスクされている可能性もある。さらに、ラットの海馬や嗅内皮質のように、トポグラフィックマップの欠如は、空間的符号化の欠如を意味しているわけではない。腹側領域における空間的符号化は、標準的なレチノトピックマッピング手法では検出できないだけで、活動パターンの多変量解析のレベルでは検出可能な可能性もある。

3-4. 注意の位置の半球間制御
半球間競合は、背側ネットワークによる空間的注意の効果的制御に重要な役割を有している可能性がある。Sylvesterらは、注意側の対側半球の背側前頭-頭頂領域と後頭領域でみられたBOLD活動は、現在左または右のどちらに目標があるかを中等度にしか予測できなかったと報告した。しかし、その予測性は、左右半球の相同領域を引き算することで大きく向上した。これは、それぞれの半球の活動が、試行ごとの強い正の相関を示していることに由来する考えられた (図3d、右)。両半球のシグナルの差をとると、共通する「ノイズ」が相殺された (図3d、左)。また、安静時にも高い半球間活動相関 (図3d、下) が見られていることから、強固な半球間相互作用の存在が示唆された。
計算科学的研究によれば、左右半球の空間的選択性のあるシグナルのように、2つの脳領域内のシグナルが負に相関している時、ノイズ内にある正の相関が、対応するニューロンに符号化される情報の量を増加させる。注意の位置は、脳梁や皮質下ルートによって左右半球が相互作用することで生じる差異シグナルによって符号化されている可能性がある。半球間差異シグナルに基づくと注意の位置の予測が向上するという観察は、EEGやサルの後頭頂皮質の単一ユニット記録研究でも報告されている。
このモデルの予測によれば、注意位置の計算の異常は、半球間相互作用の異常または背側注意ネットワークの左右バランスの崩れに相関するはずである。次節では、無視患者におけるこれらの領域の生理機能について議論する。

3-5. 無視における自己中心的空間バイアスの生理
右腹側皮質と関連する白質の損傷による空間無視の患者では、構造的に正常な背側注意ネットワークにおける2種類の生理機能異常が見られている。まず、脳卒中発症の3週間後の時点では、空間的注意タスク中の広範な皮質低活動が、左半球と比較して右半球に強く観察され (図4a)、他の複数の研究とも一致した。皮質低活動は、背側頭頂葉の活動の半球間バランスの大きな崩れと関連していた (図4b)。慢性期 (発症9ヶ月後) の半球間バランスは正常化しており、それと平行して全体的な皮質活動と空間無視も改善していた (図4a、b)。興味深いことに、障害側の後頭葉視覚皮質にも異常な活動が見られており、特に高い注意負荷を与えると、活動強度と空間選択性が減少した。こうした感覚誘発活動の障害は、前頭頭頂皮質からのトップダウン制御の異常を反映している可能性があり、対側刺激の顕著性のさらなる減少をもたらす可能性がある。

図4. 無視患者の自己中心的空間バイアスの生理。(a) Posner空間的注意タスク (図3aと同じ) 中のBOLD活動の統計的マップ。右半球の急性期無視患者では、両側半球の低活動性 (右>左) が見られ、慢性期には部分的な回復がみられる。解剖学的画像の濃い網掛けは、構造的損傷の分布を示す。(b) 右半球の低活動性の結果、急性期患者はIPS/SPLのBOLD活動の大きなアンバランス (左半球>右半球) を示した。このアンバランスは慢性期には正常化した。左列は頭頂葉の活動の統計マップで、右列はPosnerタスクの1試行における手がかりの提示に連動した活動の平均的な時間経過を左 (青線) と右 (赤線) の頭頂葉で示したものである。(c) 急性期無視患者 (上のグラフ) では、左 (赤線) と右 (青線) の頭頂葉の相同領域間のBOLD自発活動の相関が低いが、慢性期 (下のグラフ) になると相関が回復する。(d) 急性期無視患者の背側注意ネットワークにおける異常な生理機能シグナルは機能的に重要である。左のグラフ: 対側視標と同側視標の反応時間の差を指標として無視の重症度を評価すると、左頭頂葉の活動は、重症無視の被験者でより強かった。右のグラフ: 背側注意ネットワークの前頭-頭頂領域における半球間相関の低下は、左視野の無視の重症度と相関していた。

第二に、無視患者では背側注意ネットワーク内の自発的活動の変動パターンに異常が見られる (図4c)。左右の頭頂葉領域のコヒーレンスは、脳卒中の発症3週間後の時点では障害されていたが、時間と共に改善し、それと同時に無視も改善していった (図4c)。
背側前頭-頭頂領域のタスク誘発活動と安静時コヒーレンスの異常は、機能的に重要である。左頭頂葉の活動は、対障害側と障害側の視覚標的に対する反応時間の差として測定した無視の重症度が高くなるほど強くなった (図4d)。右半球と比較して左半球で頭頂葉後頭葉の活動が強いことは、刺激の顕著性の表現と空間的注意の位置に偏りがあることを反映している可能性がある。この解釈は、左後頭頂皮質の不活化が左視野の無視を軽減させたという経頭蓋磁気研究とも一致する。また、安静時には、背側注意ネットワークの全体で、半球間コヒーレンスの減少度と空間バイアスの強度に有意な相関が見られている (図4d)。自発的活動の異常は、注意と顕著性の位置の符号化の偏りを反映している可能性があり、無視患者における安静時の眼球、頭位、身体の側方回転や、タスク誘発反応の異常を説明できるかもしれない。
以上から、腹側領域の損傷が、構造的に無損傷の背側注意ネットワーク領域における、異常な半球間相互作用と異常な活動バランスを反映した安静時機能的結合性の変化とタスク誘発活動の変化を生むと考えられる。これによって、無視における自己中心的空間バイアスが説明できるかもしれない。生理機能を評価するために行われた安静時脳灌流に関する最近の研究では、無視患者の空間的障害と、右IPL、STG、IFG/島前部の低灌流に関連が見られたが、背側前頭-頭頂領域とは関連が見られなかった。しかし、これらの研究では、異常を示す背側ネットワークの安静時BOLD測定に相当する領域間の機能的関係性やコヒーレンスを評価しておらず、異常を示す背側ネットワーク機能の他のBOLD測定に相当するタスク誘発信号変化も測定されていない。さらに、BOLD研究で測定されたタスク誘発変化は1%以下と非常に小さいため、感度の低い灌流測定手法では検出されない可能性がある。

3-6. まとめ
既存の文献によれば、背側前頭-頭頂ネットワークにおいて、空間無視の発症に極めて重要と考えられる生理機能シグナル (空間的注意、眼球運動、顕著、対側空間のマップ、半球間相互作用、自己中心的参照フレーム) の存在が強く支持される。最近の神経画像研究は、古典的に無視に関連づけられてきた腹側領域が自己中心的空間バイアスを説明しうる生理機能シグナルを含んでいない一方で、これらのシグナルを含む背側前頭-頭頂領域は無視を起こす脳卒中では典型的には障害されないというパラドックスを、潜在的に解決しうる結果をもたらした。しかし、BOLD画像研究の数は未だ少なく、しかも患者サンプル数も比較的少ない。無視を引き起こす様々な損傷で、背側ネットワーク生理に同様の変化が観察されるかどうかを決定するためには、さらなる研究が必要である。
さらに、上で述べた神経画像研究は、なぜ右半球の腹側病変が無視を引き起こすのかを説明してはいない。空間無視の右半球優位性は、50年以上にわたる研究で、最も謎の多い疑問であった。次章では、この問題について扱う。

 

4. 空間無視の右半球優位性

4-1. 空間的障害の右半球側性化
無視の右半球優位性は、自己中心的空間的障害の基盤的主要メカニズムである空間的注意の非対称性と、VSTMおよび空間認知に関連する機能の非対称性を反映していると考えられる。無視に関して、おそらく最も広く受け入れられていて、「標準的」な仮説は、右半球は空間の両側への注意の移動を制御している一方で、左半球は右側への注意のみを制御しているというものである。右半球への損傷は、左視野への注意を障害するが、左半球への損傷は代償されうる。次に、「対側処理」仮説は、それぞれの半球が対側方向への注意の再定位を司るが、この偏りは右半球よりも左半球でより強いと提唱している。左半球の損傷では、右半球が持つ反対方向への偏りが比較的弱いため、軽度の右空間無視しか引き起こさない。
驚くべきことに、神経画像研究からは、それぞれの仮説に対してそこまで大きな支持は得られていない。マッピング研究では、両側半球で対側のレチノトピックマップが報告されているが、右半球では同側のマップの報告はない。手がかりパラダイムを用いたほとんどの神経画像研究は、いずれの視野に対して空間的注意を向ける際にも、ほぼ両側性の背側前頭-頭頂活動が報告されている。しかし、右半球と比較して、左半球の背側領域では、同側刺激よりも対側刺激においてより大きな活動が見られた (「対側バイアス」) とする複数の研究も存在する。こうした対側バイアスの非対称性は、右半球におけるバイアスが完全に欠如しているか、またはそのバイアスが単に緩やかであるかという違いによって、標準的仮説や対側処理仮説と一致する。しかし、こうした発見と解離した研究の多さを考えれば、どちらかの仮説で提唱される特定の半球間非対称性が観察されるタイミングを制御する因子を同定することが重要だと考えられる。
最近の研究によれば、VSTMの高負荷が1つの重要な因子である可能性が示唆されている。ディストラクタによる空間的フィルタリングを用いてVSTMに高負荷をかけると、厳格な対側半球極角マップを含むIPS領域の各半球の活動は、仮説通りの視野プロファイルを呈した (図3c)。この結果は非常に興味深いものではあるが、VSTM負荷による「標準的」な視野構成の完成だけでは、無視の側性を十分に説明することはできない。対障害側の無視は、単一視覚標的の単純な検出のように、VSTM負荷が高くない状況下でも起こる。同様に、対障害側無視による注視の偏位は、安静時でも起こるものである。
最後に、対障害側への無視の偏りは、空間認知の側性化を部分的に反映しているのかもしれない。線分二等分試験と類似したタスクによる活動を、対照試験を用いて注意の移動と維持による活動を差し引いた上で定量的に評価すると、IPS/SPLの右半球優位な活動量がみられた。同様に、Sackらは、時計の長針と短針のなす角を判断させる「時計」タスクでも、右半球優位性がみられたと報告した。対障害側への無視の側性化を説明するためには、空間認知メカニズムも、標準的注意理論によって推測される視野構成と同様の偏構成を持つ必要があると考えられるが、そのエビデンスは現時点では未だ限られている。
最も重要なのは、空間的注意、VSTM、空間認知の右半球側性化は、主に背側頭頂葉領域で観察されているものなのに、なぜ右半球の背側領域 (e.g. IPS/SPL) ではなく腹側領域 (e.g. IFGやIPL) の損傷が無視を引き起こすのか、という点である。

4-2. 中核的非空間的障害の右半球側性化と解剖学
この疑問に答えるための代替的な説明として、無視患者で一般に観察される「非空間的」な行動障害を無視の側性化と関連付ける方法があり、この説明方法は背側視空間メカニズムの半球間非対称性の有無に依存しない。「非空間的」というのは、その文字通り、視野全体にわたって存在する障害である。実際的には、2つの半視野において非空間的障害が同等の重症度を示すことはほとんどなく、そもそも視野ごとの評価は基本的に行われるものではない。これは主に非空間的障害を自己中心的空間バイアスと切り離すことが難しいからである。より一般的には、視野中央や障害側視野におかれた刺激に対する障害を、対照被験者と比較することで検出することが多いが、この方法では視野にわたる空間的勾配を制御することはできない (e.g. 図1a)。
以下、我々は無視患者で一貫して観察される3つの中核的な非空間的障害をレビューする。これらの障害は、上で述べた自己中心的空間バイアスとは異なり、その生理機能マップが無視の解剖学的損傷部位と近接しており、右半球の腹側領域が明らかに関与しているという点で極めて興味深い。我々は、これらの無視で損傷される腹側領域と、背側注意ネットワークが相互作用しているというエビデンスを議論する。このエビデンスは、無視症候群の発症と右半球優位性を理解する上で、重要なリンクである。

4-3. 注意の再定位
Michael Posnerらは、無視患者では予期しない出来事への注意の再定位に障害が見られると報告した。患者は、障害側に標的を予期している際に、対障害側の標的の検出に特に大きな障害を示すため、障害側の視野から注意を解放することに障害があると考えられた。TPJ/STG患者とSPL患者の比較によれば、もともと解放/再定位障害は右TPJ/STG損傷との関連が提唱されていた。近年の研究でも、TPJ損傷による再定位障害は、障害側標的よりも対障害側標的への再定位障害が強いことが確認されたが、VFC損傷では障害側障害も有意に高くなることが報告され、VFC損傷は両側の再定位障害を来すことが示唆された。

図5. 無視患者と健常成人における「非空間的」障害の行動分析。(a) VFCとTPJに病変のある無視患者における再定位障害。患者は、有効手がかりのある場所 (点線の円) または無効手がかりのある場所 (図中に示すように誤った手がかり) に生じた視覚的標的 (アスタリスク) を検出した。TPJ患者とVFC患者の両者は、再定位において対障害側の大きな障害を示した。なお、その指標として、注意された (有効) 標的よりも注意されていない (無効) 標的に対する反応時間 (RT: responce time) の長さを用いた。また、VFC群では、障害側視野での再定位の障害と、全体的に大きな検出障害が見られた。TPJ群では、正確さについては同様の結果が得られたが (図示していない)、再定位障害については障害側視野で小さな障害が見られたのみであった。(b) 無視患者における検出障害。無視患者は、障害側の聴力刺激に対する単純なRTが異常に遅い。対照は、年齢と性別をマッチさせた健常者である。軽症群および重症群は、軽症および重症の右半球脳卒中を有する非無視患者から構成されている。(c) 無視患者における覚醒障害。頭頂葉の無視患者では、中央の列内の2カ所 (矢印で示す) で文字標的を検出する課題において、ビジランスの低下 (赤色曲線) が見られる。右半球の非無視患者 (緑色の曲線) では、このような障害は観察されない。解剖学的画像は、右半球のTPJで損傷したボクセルと、ビジランスの低下との関連を示し、暗い領域ほど関連が弱いことを示している。

4-4. 行動的に重要な刺激の検出
右半球障害による無視患者は、非常に単純なパラダイムでも標的検出障害を起こす。たとえば、単純な聴覚反応時間 (RT: reaction time) も、左半球損傷と比較して右半球損傷では極めて遅くなった。右半球の無視患者と非無視患者の比較でも、障害側に提示された聴覚刺激について、RTの差が報告されており、RTの遅延は無視に特異的に関連した右半球領域への障害を反映している可能性が示唆される (図5b)。中央や障害側に提示された閾値上刺激の正確な検出についても、(急性期のみではあるが) 障害が報告されることがあることから、RTの遅延は障害側の「良い」手の運動障害を反映しているわけではなさそうである。RTの遅延は、覚醒と処理能力の障害を反映している可能性があるが、後者の効果は左半球と右半球のどちらの損傷後でも発生する。

4-5. 覚醒とビジランス
覚醒とビジランスの低下は、右半球損傷後の無視症候群の重要な構成要素である。臨床的には、右半球損傷による無視患者は、左半球の同部位の損傷を持つ患者と比較して覚醒が低くなる。覚醒は、自律的、電気生理学的、行動上の活動の組み合わせを指す言葉であり、注意状態と関連するが、ビジランスはこの状態を長時間持続させる能力を指す言葉である。
Kenneth Heilmanらは、無視患者の覚醒の低下は右半球の低活動によると主張した (図4Aを参照)。たとえば、左半球損傷患者と比較して、右半球損傷患者では、標的の手がかりの提示に引き続く典型的な心拍数低下が見られなかったり、電気刺激に対するGSRが低下したりする。損傷研究によれば、右前頭葉損傷が覚醒の低下や注意/標的検出の長時間維持の障害 (ビジランスの低下) に関連していた。
重要なのは、覚醒/ビジランスと空間的障害の相互作用のエビデンスが存在するという点である。覚醒をテストするための、スピードを問わない聴覚的「カウント」テストが、右半球の様々な部位の損傷患者において無視患者と非無視患者を区別することができたという事実は、無視における覚醒と空間的障害の強い関連を示唆する。また、右TPJ皮質への損傷とビジランスの低下の特異的関連性が最近の研究で報告されているが、これは空間内の特定の位置に注意を維持している時に限り、標的がランダムな位置に提示されるときにはその限りではない (図5c)。非空間的障害と空間的障害のメカニズムの相互作用は、空間無視の発症と側性化に重要な可能性がある (下記)。

4-6. 中核的非空間的障害の右半球側性化と生理
上で述べた結果は、無視患者が再定位、標的検出、覚醒という「非空間的」な障害を示し、これらが右半球優位である、ということを示唆する。次に我々は、これに対応して、健常脳においてこれらの機能を司る生理機能シグナルが右に側性化しており、無視で典型的に損傷される腹側領域 (IPL、STG、IFG) に存在するということを示す。興味深いことに、これらの処理の側性化は、他の種における同様の発見からも支持される (サイドバーを参照)。

脊椎動物における右半球優位性 (サイドバー)
ヒトにおける右半球優位性は、しばしば言語が左半球優位であることの裏返しでもあると考えられるが、比較研究によれば、基本的な半球特性は進化における脊椎動物の段階から存在していた可能性がある。MacNeilageらは、「...右半球は、感情的覚醒の主要な座であり、環境内で予期しない刺激を検出し、それに反応するために特化した」と記述している。
この文の後半部分は、ヒト腹側注意ネットワークについて記述している。ヒヨコにおいて、視覚入力が左眼/右半球に限局しているとき、その行動は顕著な/新規の刺激によって大きく影響される。たとえば、摂食行動は、餌の間に散らばった明るい色の小石の存在によって妨害される。同様に、摂食行動中に、右視野と比較して左視野に現れた鷹の模型は、より早く検出された。
ひよこの行動上の非対称性は、部分的には孵化前の光曝露の非対称性から生じる。曝露によって、同側視野からの結合線維は、左と比較して右の上位線条体に優位に至る。これは、「標準的」な無視仮説を思い起こさせる。しかし、こうした生理は、鳥類でも幅広い多様性がある。鳩では、この非対称性は逆転しており、thalamofugal経路よりもtectofugal経路によって仲介されている。
哺乳類では、いくつかの「非空間的」機能の右半球優位性は、非対称的な脳幹投射を部分的に反映していると考えられる。ラットの青斑核/ノルアドレナリン系は非対称的構成を持ち、PosnerとPetersonはこれを覚醒の右半球側性化と関連付けた。最近のエビデンスによれば、青斑核/ノルアドレナリン計が再定位や標的検出にも関与していることが示されている。
動物とヒトで、類似した右半球の分化が見られるという事実は、ホモロジーというよりも収束的な進化を反映している可能性があるが、同時にヒトの無視の根底にある側性化は、長年の起源である可能性を示唆している。

4-7. 注意の再定位
健常成人の神経画像研究では、両視野の注意焦点の外に提示された刺激に対する再定位 (「刺激誘導性」再定位) は、背側ネットワークと共に、右半球に偏ったTPJ (SMGSTGを含む) とVFC (島、IFG、MFG)、すなわち「腹側注意」ネットワークの活動を誘導した (図6A)。しかし、TPJは刺激誘導性の再定位で必ず活性化がみられる一方で、VFCは主に、再定位が予期しないもので、認知的制御が必要、または何らかの応答を伴うときに活性化される。ただし、こうした状況は現実世界ではほぼ常に当てはまることから、この2つの領域は基本的に共活性化され、同様のネットワークは安静時にも観察される (図2b)。

図6. 健常成人における非空間的注意の生理。(a) 健常成人における注意の再定位の生理。無効手掛かり (左パネル) の位置に提示された視覚標的に対するBOLD活動が、有効手掛かり (右パネル) のものとと比較された。統計マップは、4つの研究のメタアナリシス (n=58) から計算されたzマップである。後部側頭葉皮質 (STG) から腹側IPL (SMG) まで広がる右のTPGと、右のIFG/島において、強い活動が観察された。これらの腹側領域は、IPSやFEFといった背側注意領域との共活動が見られた。(b) 健常成人における検出の生理。被験者は、空間的手がかりによって、標的を含みうる左または右視野のRVSPストリームに注意を向ける。表示されたzマップは、標的検出において左半球と比べて右半球で高いBOLD活動を示したすべてのボクセルを指す。このマップには、パネルaの再定位タスクによって有意な活動を示した腹側ボクセルが含まれるが、さらに前頭前皮質内の追加の領域も含まれる。しかし、背側注意ネットワークは非対称性を示さなかった。(c) 健常成人における覚醒の生理。視覚的 (赤色の球) または聴覚的 (緑色の球) な覚醒/ビジランスによる活動焦点を報告した5つの実験のメタアナリシス。右半球の活動焦点を、パネルaおよびbの再定位と検出に関連した半球間非対称性のzマップに重ね書きした。濃い影で示したのは、最近の無視研究における損傷領域の分布である。左半球と比較して右半球でより多くの活動焦点が見られた。活動焦点は、再定位や標的検出でも活動が見られた、TPJと島/前頭弁蓋部に集積していたが、前頭前野の活動焦点の多くは両者の分布よりも前方にあった。背側前頭頭頂領域にはほとんど活動焦点が見られず、ここから覚醒に関連した活動は背側注意ネットワークよりも腹側注意ネットワークにオーバーラップしていることが示された。

重要なのは、腹側注意ネットワークの皮質解剖学は、無視で主に損傷される領域 (図2b、6a) を含んでおり、再定位/解放障害の局在とも合致していた (図5a) ことであり、無視患者と健常成人における研究の明確な一致を示している。

4-8. 行動に重要な新規の刺激の検出
腹側 (および背側) 注意ネットワークは、位置に限らず様々な属性に関して注意されていない、または予期されていないような、行動に重要な刺激の検出によって活性化される。これは、被験者が標準的な刺激の中から特定の点 (e.g. 色、周波数) について稀な標的を報告する、「オッドボール」タスクによって実証されている。しかし、オッドボール検出は、腹側注意ネットワークのみならず、右半球優位にさらなる前頭葉頭頂葉、側頭葉皮質の活動を誘導する。タスクに重要ではない (無関係の) 新規の刺激では、類似してはいるものの完全に一致しない右半球領域の活動が見られる。
標的検出における右半球優位性は、左視野および右視野のどちらの視覚標的についても、無視に高頻度に関連する領域 (IPL、STG、IFG) で観察され、これは無視の「非空間的」障害と一致する (図6b)。しかし、無視患者に行われた単純な検出タスクとは異なり、上のパラダイムは標的と非標的の両方を提示するものであり、標的の頻度は比較的低かった。

4-9. 覚醒とビジランス
より単純な聴覚的・視覚的検出パラダイムを用いた覚醒・ビジランスに関する神経画像研究では、定性的には右半球優位性が報告されており (半球間の直接比較は行われていない)、通常は外側前頭前野、島・前頭弁蓋部、TPJ領域で見られる。図6cは、覚醒関連活性が左半球よりも右半球の腹側皮質に多く報告され、背側の前頭-頭頂皮質にはあまり報告されないことを示しており、背側よりも腹側の注意ネットワークと非常に強くオーバーラップしていることを示している。また、TPJと島・前頭弁蓋部の覚醒関連活性化は空間無視で損傷が見られ、再定位や目標検出の際に誘導される領域と重なっていた。

4-10. まとめ
健常成人の注意は右半球優位であるという幅広く受け入れられた見解は、空間的注意を制御するメカニズムが背側前頭-頭頂皮質において右半球に側性化しているとするやや希薄なエビデンスよりも、再定位・検出・覚醒が腹側前頭-頭頂皮質において右半球に側性化しているとするエビデンスと、より強く一致するものである。本章の主な結論は、無視に関連する右半球腹側領域 (IPL、STG、IFG/島) が、患者における上記の非空間的機能の障害の根底にあることが判明したということである。

 

5. 腹側・背側注意ネットワークと空間無視
残る論点は、こうした腹側領域への損傷が、どのようにして自己中心的空間バイアスの基盤となるような背側注意ネットワークの異常を引き起こすのか、という点である。我々は次に、腹側領域と背側領域における非空間的および空間的機能の相互作用に関する行動研究エビデンスと、これらの相互作用を司ると考えられる特定の経路を同定しようと試みた生理機能研究を振り返る。最後に我々は、腹側および背側注意ネットワークの構造的・生理学的相互作用に基づいて、空間無視の新しい生理学的モデルを提示する。

5-1. 腹側・背側メカニズムの相互作用
覚醒は、右半球に側性化する、無視患者で障害される非空間的機能である。また、空間的注意は、無視患者で障害される主要な空間的機能である。健常成人における最近の行動研究エビデンスによれば、覚醒は空間的注意と相互作用する。健常成人は、物体の左側に注意を向けるわずかな傾向があるが、この偏りは低覚醒状況下では減少し、右側に移動する。覚醒と空間的注意の相互作用の具体的な形は、覚醒の増大が左視野への注意を偏らせ、左視野無視を改善することを予測するものである。
Ian Robertsonらは、2つの重要な研究でこの結果を観察した。一過性または持続的な覚醒は、対障害側視野の無視を減少させ、これは、右半球の腹側メカニズムの活性化が背側注意ネットワークに及ぼす直接的な影響として一致していた。空間的注意の偏りは、標的検出の直後にも観察されており、これも無視患者で障害される右に側性化した非空間的機能である。Perezらは、注意の瞬きや低い覚醒度など、処理能力を低下させる条件が、空間的注意を右側に偏らせることを示唆している。
健常成人の行動研究で観察される非空間的メカニズムと空間的メカニズムの相互作用、および無視患者で観察される腹側病変が背側の生理機能に与える影響の基礎となる解剖学と生理学については、現在のところ限られた証拠しか得られていない。両者には類似の経路が関与している可能性がある。健常成人の研究では、外側前頭皮質を介して腹側領域と背側領域が連携している可能性が示唆されている。例えばIFJ近傍の領域は、背側と腹側の両方のネットワークと安静時結合性を示し (図2b)、それぞれのネットワークとタスク誘発特性を共有することから、「ピボット」ポイントとして機能している可能性がある。IFJを含む腹側前頭葉の病変は、側頭頭頂葉の病変よりも空間的注意に大きな障害をもたらす (図5a)。
腹側-背側連関は、腹側-ピボット領域の機能的結合性と背側ネットワーク内の結合性の関係を測定することによっても評価されている。たとえば、STG/TPJとMFG間の機能的結合性の障害は、左右の後部IPS/SPL間の半球間結合性の障害と相関し、これが空間的障害の大きさに関係する。また、同研究は、腹側/ピボット領域と背側ネットワークをつなぐとされる白質路の構造的損傷を評価し、背側ネットワークの結合性と空間的行動の偏りへの影響を観察している。上縦束に損傷を受けた無視患者は、後頭頂皮質における半球間機能的結合性が減少し、より重度の空間無視を示した。このことは、より重症の無視患者では、頭頂、側頭、前頭領域をつなぐ白質路の関与がより強いことを説明できるかもしれない (図2c)。この後者の結果と一致するように、右の前頭皮質と頭頂皮質をつなぐ白質路を刺激すると、二等分タスクの成績が右下がりになる。最後に、腹側-背側相互作用の神経機構は不明であるが、腹側領域と背側領域の神経活動が行動関連事象にタイムロックされて同期することに依存している可能性はある。
これらの結果は暫定的かつ探索的なものであるが、無視患者において、空間的バイアスの重症度と背側領域の半球間機能的結合性の両方が、腹側/ピボット領域の機能的結合性または完全性、および腹側と背側領域をつなぐと考えられる白質路の完全性と関連していることが示唆されている。

5-2. 空間無視を理解するための生理学的フレームワーク
我々のレビューは、LJの症例報告で観察された空間無視を、以下のように説明する。LJのビジランスの減少と、右視野であっても提示された標的に対する応答が遅延することは、覚醒、再定位、そして新規の行動に重要な刺激の検出の障害を反映している。無視患者では、これらの非空間的処理は、脳卒中やその他の局所的脳損傷によって直接的に障害を受ける (LJは島前部を含む腹側前頭葉領域の脳卒中であった)。さらに健常成人では、こうした非空間的処理はすべて、一般に無視に関連する右半球腹側領域 (上部側頭葉皮質、TPJ、IPL、VFC/島を含む) が関与する。これらの非空間的メカニズムは、空間的注意メカニズムと直接的に相互作用するため、腹側領域損傷が背側領域の生理学的機能を引き起こす理由の説明となる。右半球腹側領域損傷は、覚醒・再定位・検出を障害し、右半球を低活性化させ、腹側および背側注意ネットワークの相互作用と、背側ネットワーク内の領域間相互作用を低下させる。結果として、安静時およびタスク中の、背側ネットワークの生理活動の半球間アンバランスを引き起こし、活動が左半球優位となる。注意の位置は両側半球からの活動に基づいたメカニズムによって符号化されているため、このアンバランスが空間的注意と眼球運動を右視野に誘導する (図7a、7b)。この空間的な偏りは、LJが右視野を先に見て探索する傾向があり、左視野の刺激を検出できないことを説明する。

図7. 空間無視の病態生理。(a) 健常脳では、視覚探索中の脳活動は対称的であり、背側注意ネットワークおよび後頭葉視覚野の左右半球間相互作用はバランスがとれている。背側注意ネットワークは注意と眼球運動を対側に移動させるものであり、空間的注意の位置は両側半球の活動を考慮した差異メカニズムによって符号化される (図3d)。半球間活動の正常なバランスは、正常な眼球運動探索パターン、注意の移動、刺激顕著性の符号化につながる。腹側ネットワークは、脳幹LC/NE系の覚醒入力のわずかな非対称性 (右>左) によって右半球に側性化しており、背側ネットワークと右優位に相互作用する 。したがって、通常条件下では背側活動がわずかに右優位であるため、空間的注意はわずかに左側に偏っているが、覚醒の減少は、背側注意ネットワークの左優位の活動をもたらし、空間的注意を右側に移動させる。(b) 腹側脳卒中患者では、腹側領域への直接的損傷は、覚醒、標的検出、再定位の低下を引き起こし、両側視野における障害が起こる。腹側から背側への相互作用の異常は、相対的な左背側空間マップの過活動を起こし、これが安静時およびタスク依存性の、注意、眼球運動、刺激顕著性に関する右側への空間バイアスを導く。

無視の右半球優位性は、右に側性化した非空間的メカニズムによって形成される空間的注意の方向の特定の偏りから生まれるものであり、背側ネットワークの活動の半球間バランスを反映している。右半球損傷は、背側ネットワーク内の半球間バランスに直接的には影響しないメカニズムをも障害しうるが、これは脳卒中に伴うアンバランスによって生まれる行動障害を増強する可能性がある。VSTM、トランスサッカディック記憶、全体的知覚の全視野的な障害は、このような形でも起こりうる。最後に、右半球は両側視野への空間的注意を向けるという生理機能に関するエビデンスは、決して多くの研究で報告されているものではない一方で、これと一致する反応も時折観察されることがあるため、背側注意メカニズムの半球非対称性も無視の側性に寄与している可能性がある。
再定位、検出、覚醒の背景にある非空間的メカニズムの右半球側性化の基盤を同定することは、将来的に重要な目標である。複数の研究者は、この側性化は青斑核/ノルアドレナリン系 (LC/NE system) からの皮質制御の非対称性を反映している、と主張した。右腹側皮質への損傷は、普段は強いLC/NE入力を受け取っているメカニズム (IPLなど) へ障害を与え、広範な皮質低活動を引き起こす可能性がある。

5-3. 課題と省略事項
我々は、背側前頭-頭頂ネットワークが明示的および暗黙的な空間的定位の制御の基盤になっていると提案したが、ヒトにおける片側のIPSとSPLの損傷は、古典的には視覚性失調 (一般的な自己中心的空間バイアスというよりも指し示すことの障害) と関連している。しかし、注意深く決定されたサルの背側領域 (e.g. LIP) の損傷は、視覚探索と記憶誘導性サッケードの対障害側の障害を引き起こした。同様に、慎重な精神物理学的検査を用いたヒトにおける最近の損傷研究は、SPLを中心とした損傷、またはIPS/SPLとFEFを結ぶ白質路の損傷が、目標誘導性の注意の移動の障害と、無関係のディストラクタによる異常な補足を引き起こし、これは背側注意ネットワークが空間的注意の方向付けと刺激の顕著性の符号化を行なっているとする提唱された役割と一致していた。
しかし、より重要な点は、背側領域への損傷のみでは完全な無視症候群を引き起こすのには不十分だということである。我々は、完全な症候群は、腹側前頭-頭頂領域における再定位、検出、覚醒のメカニズムの障害に関連した右半球の低活動性と、それによる背側ネットワークのアンバランスによって自己中心的空間バイアスが生じることの組み合わせで形成されると主張したい。ただし、後者の背側前頭-頭頂皮質の機能障害に重きを置く考え方は、健常ヒト脳で腹側領域が空間的注意と眼球運動を制御しているというエビデンスや、この領域がトポグラフィックマップを保持しているというエビデンスが存在しないことを反映している部分もあるため、あくまで暫定的なものである。
また我々は、スペースの関係上、皮質下核が持つ空間無視に関する役割という重要なトピックを省略した。同様に、今回のレビューは、無視患者が示すいくつかの特徴的な症状 (e.g. 症状の否定、身体所属に関する作話) の背景となっている可能性がある、視空間的障害と身体表現の相互作用の様式についても考慮していない。

 

6. まとめ
・無視患者の主要な空間的障害は、患者中心的な参照フレームにおいて、空間の対障害側に注意ができないことである。
・この空間的障害は、安静時とタスク遂行時の両方で観察される。
・この空間的障害は、背側注意ネットワーク内の活動の持続的およびタスク誘発性の半球間アンバランスを反映している。
・背側注意ネットワークは、無視を引き起こす様々な右半球腹側前頭-頭頂葉病変によって、生理機能障害が起こる可能性がある。
・無視の右半球優位性は、背側前頭-頭頂葉皮質内の空間的注意メカニズムの左右差というよりも、むしろ腹側前頭-頭頂葉皮質内の再定位、検出、覚醒といった「非空間的」メカニズムの左右差を主に反映している。
・非空間的メカニズムの活性化は、直接的に空間的注意を偏位させるが、これは腹側および背側前頭-頭頂領域の相互作用に対応する。
・無視患者における右腹側前頭-頭頂皮質の損傷は、非空間的機能を障害し、右半球を低活性化させ、背側注意ネットワークの活動をアンバランスにしている。
・腹側-背側相互作用は、無視を引き起こす腹側病変と、無視症候群の特徴である自己中心的空間バイアスを結びつけている。


7. 今後の課題
・背側と腹側ネットワークの相互作用の解剖学的、生理学的特徴は何か?この2つのネットワークをつなぐ重要な前頭葉領域や線維路は存在するのか?2つのネットワークの活動はどのように同期しているのか?
・覚醒、再定位、検出のメカニズムが右半球優位であることは、青斑核/ノルアドレナリン系の非対称性と関係があるのか?
・背側前頭-頭頂領域の注意関連活動における半球間アンバランスは、無視を引き起こしうる多種多様な右半球の病変に共通して存在するのか?
・無視に関連する腹側前頭-頭頂領域は、背側ネットワークと独立して、あるいは関連して、注意の制御に関与する空間的マップを含むのか?
・背側注意ネットワークは、どのような条件下で一貫して視野構成における半球非対称性を示すのか?
・健康な成人において、どのような非空間的操作によって空間的注意が右半球に偏るのか?顕著性障害と眼球運動障害は、覚醒障害と関係があるのか?

感想
めちゃ長くなった。
僕は注意については初心者なので、新しい発見が多すぎて、感じたことをすべて書こうとすると書ききれないレベルです。注意ネットワークに背側と腹側があることも知らなかったわけですから。
今回の論文の主旨をまとめてみると、以下のようになるんだと思います。まず、背側注意ネットワークは両側性で、各半球がおおよそ対側への眼球運動や空間的注意を支配しています。そして、注意の位置は両側の活動の「差異」によって符号化されています。また、腹側注意ネットワークは、覚醒、再定位、検出といった非空間的な (視野全体にわたる) 機能を司っており、右半球への側性化があります。ここで、腹側注意ネットワークは背側注意ネットワークと (右優位に) 相互作用し、空間的注意を非空間的機能によって賦活する役割を持ちます。このため、右半球の腹側領域の損傷によって、背側注意ネットワークにおいて異常な半球間相互作用と異常な活動バランス (左半球>右半球の活動) が生じ、右視野優位の自己中心的空間バイアスが生じるというわけです。
この理論で半側空間無視の症候群が凡そ説明できる、というのはわかるのですが、もしこの理論が本当だとすれば、生理的には背側注意ネットワークは右優位に活動している (図7a) ことになるため、ヒトの空間的注意は生理的に左優位となるはずです。でもこれってどのくらい尤もらしいんでしょうか。自分の空間的注意が左優位だってあまり実感したことがありません。もし空間的注意が左優位なんだったら、サイゼリヤの間違い探しは左視野でやった方が早く終わるんでしょうか?はたまた、視野の左側の間違いの方が早く見つけられるんでしょうか?にわかには信じがたいのですが、このあたりは非常に興味深いので、今度はこうした疑問を解決できるような文献を読んでみたいと思います。