ひびめも

日々のメモです

相貌認知ネットワークの側性化:右半球と左半球に違いはあるのか?

Explicating the face perception network with white matter connectivity.

Pyles, John A., et al. 

PloS one 8.4 (2013): e61611.

 

昨日の記事で、意味表象ネットワークの段階的ハブスポーク仮説について説明を行いました。段階的ハブスポーク仮説自体は、側頭葉前部 (ATL: anterior temporal lobe) の段階的ハブとしての重要性と、大脳皮質に分散したモダリティ・カテゴリ選択的なスポークの存在を強調した仮説であり、左右大脳半球の機能分担についてはあまり注目していませんでした。昨日の論文のメインテキスト内の筆者たちの論調から察するに、ATLの機能的左右差は、計算科学的・神経心理学的にはそこまで大きなものではなく、むしろ両側ATLが結合してネットワークを形成しているということの重要性に注目していたように思います (片側の障害に対する頑強性/障害耐性を説明しうるため)。

実際、昨日の論文で紹介されていた両側性ハブスポークモデルでも、機能的左右差の考え方はほとんどは組み込まれていませんでした。下の計算科学的モデル図は、実際の神経心理学的観察をよく説明していたと書かれていましたね。これは、とある1つのモデル研究から取ってきたモデル図のようです。もちろんこのモデルは、verbal discriptionとvisual featuresという2つのモダリティに絞ったものであるため、モダリティ全般的な説明を行うにはまだまだ足りないと思いますが、それにしても注目すべきはこの図の対称性です。Partial connectionと書いてある矢印 (Right ATL demi-hubからのverbal descriptionへのoutput) もありますが、元論文を見てみるとconnection強度は80%に設定されています。これなら、ほとんど両側性矢印にしてもいいじゃありませんか。両側性矢印にしたら、左右差は完全に消失します。

(c.f.) Ralph, Matthew A. Lambon, et al. "The neural and computational bases of semantic cognition." Nature Reviews Neuroscience 18.1 (2017): 42-55.

しかし、やはり高次機能には側性化 (lateralization) という概念があると思うのです。各大脳半球内において機能の前後勾配や上下勾配が存在するのは広く受け入れられている話ですし、各脳領域内においても細胞構成や細胞機能が様々な軸方向で異なっているということが知られています。たとえば、カンデルで読んだのですが、海馬の場所細胞 (place cells) は、海馬の後方ではより高い空間分解能を有し、前方ではより低い空間分解能を有するということが知られています。この場所細胞の機能勾配に基づけば、エピソード記憶の記銘における海馬の役割として、海馬後方はより視覚モダリティに基づいた符号化と関連していて、海馬前方は音声や言語などの他モダリティに基づいた符号化と関連しているという仮説を立てられるかもしれません。このように様々なレベルでの機能勾配を有する脳が、左右半球で全く同じ機能を有しているということがあり得るでしょうか。僕はそうは思いません。

特に、左ATL損傷が喚語困難を引き起こし、右ATL損傷が相貌認知障害を引き起こす、ということは昨日の論文にも書いてあり、(左右差を強調することにやや慎重な) 彼らでも受け入れている事実でもあるため、信用してもよさそうです。ここで「相貌失認」ではなく「相貌認知障害」という書き方をしているのは、「相貌失認」が狭義には「顔に基づいた」「個人」の同定の障害、すなわち視覚モダリティのみに基づいた人物ドメインのみの想起障害を表す言葉のイメージを持つからです (これについては様々な意見があると思いますがこの記事内ではそういう言葉の使い方をしておきます)。右ATL損傷で起こるのは多モダリティの人物同定障害であり、その人の声に基づいた人物同定も障害されますし、さらには人物以外の概念ドメインも失われます。そういう意味で、敢えて「相貌認知障害」という言葉を使っています。

さて、では相貌認知ネットワークの側性化はどのようなネットワークを基盤にして支えられているのでしょうか。以前、相貌失認のlesion network mappingの論文を読みました。この論文内で計算された相貌認知ネットワークはほとんど左右対称で、側性化の観点からはなかなか信じられないものでした。この論文では、「相貌失認 (prosopagnosia)」という言葉が用いられており、用いた症例も"prosopagnosia"をキーワードとして検索したものでした。しかし、元文献を少し見てみるとわかりますが、決して純粋な相貌失認とは言えなさそうなのです。たとえば、ある文献では「相貌失認患者は他のドメイン認知障害を起こすことも多い。今回の症例では、10例中9例でフルーツと野菜の見分けがほとんどつかなくなっていた。」と記述しています。同文献では、「ほぼ純粋な相貌失認が起きていたと考えられた1例は紡錘状回顔領域 (FFA: fusiform face area) 内に限局した損傷であった」と記述しています。また、この文献を含めた複数の文献では、声に基づいた人物の同定可能性について検討がされておらず、一部の症例では広範な右側頭葉病変 (ATLを含む) があることを踏まえると、そういった症例ではまず確実に多モダリティの人物同定障害があったものだと思われます。

natch7th.hatenablog.com

さて、上記文献が狭義の相貌失認ではなく、相貌認知障害を持つ患者から生成したlesion network mappingの文献であることを踏まえると、少し見方が変わってこないでしょうか。もしこの文献が純粋な相貌失認患者の集積であって、そして機能的結合性が集合的に1つの機能をサポートしている (non-additive model) ことを仮定するならば、上記文献で描出されたネットワークはまさに「視覚モダリティから人物ドメインを想起する機能を持つ1つのネットワーク」としてみなせると思います。しかし、上記の研究は広い意味での相貌認知障害を持つ症例の集積を用いています。そして段階的ハブスポーク仮説は、機能的結合性がカテゴリ特異的・ドメイン特異的なスポークを表現しているという考え方を提唱しています。これらを合わせれば、上記lesion network mappingで描出されたネットワークは、内部に視覚モダリティ・人物ドメイン特異的なスポークを含有する皮質ネットワークの1つ、と言うべきなのではないかと思えてきます。言い換えれば、下図の紫で描かれた部分の中に、視覚モダリティ・人物ドメイン特異的なスポークが眠っている、と考えられるのです。そしてこのスポークは、左右差のあるものなのかもしれません。

(c.f.) Cohen, Alexander L., et al. "Looking beyond the face area: lesion network mapping of prosopagnosia." Brain 142.12 (2019): 3975-3990.

これを検証するため、今回は拡散スペクトラム画像 (DSI: diffusion spectrum imaging) を用いた相貌認知ネットワークの文献を読みました。DSIは、白質線維束構造を高解像度で可視化できるMRI技術で、fMRIの機能的結合性とは異なり構造的結合性を反映する手法です。今回の文献は、DSIのみならずfMRIとも組み合わせた解析を行うことで、白質ネットワークの構造的結合性分析と皮質ネットワークの機能的結合性分析を行い、相貌認知のネットワークをより詳細に検討することを可能にしており、同時にその半球間左右差についても検討を行っています。

 

背景

相貌認知を支える神経ネットワークの構造はどのようになっているのだろうか。多くの研究は単一の顔選択的領域 (e.g. mFus: middle fusiform gyrus / FFA) に焦点を当ててきたが、より新しいエビデンスによれば、相貌認知処理は複数の脳領域によって行われていると思われる。このため、相貌認知は、複数の脳領域を組み込んだネットワークによって支えられていると考えられる。今回我々は、相貌認知において機能を示す皮質領域と、それらを結ぶ解剖学的白質路を考慮に入れ、より完全なネットワークとしての理解を提供する。

ここ20年の間で、FFA以外の顔選択的領域が多く報告されてきた。たとえば、後頭葉顔領域 (OFA: occipital face area) という、後頭葉腹側領域がその1つの例である。多くの神経画像研究は相貌認知におけるFFAの役割について検討してきたが、一方でOFAの役割について詳細に検討した研究は比較的少なかった。いくつかの研究によれば、OFAはより低次の相貌特徴処理 (lower-level facial feature processing) に関わり、FFAにおける相貌の全体的処理 (holistic processing) の前段階として機能していると言われている。こういった階層処理的な考え方以外にも、FFAはOFAよりも早期に活動を示すとする報告もある。また、上側頭溝 (STS: superior temporal sulcus) の後部も顔選択的であることが報告されており、視線方向の知覚を介して社会的情報の処理に関わっていると言われている。これらFFA、OFA、STSは相貌認知の中核ネットワークともされている。

近年、顔の個体識別を行うと思われる前下部側頭葉 (aIT: anterior inferior temporal lobe) の役割を示唆するエビデンスが増えてきている。解剖学的アプローチを用いた拡散画像研究により、相貌失認患者と高齢者集団において紡錘状回と前部側頭葉領域を結ぶ白質路の欠損が確認されており、この領域の役割の重要性に関する証拠がさらに増している。

機能領域間を結ぶ解剖学的結合性構造も、脳のネットワーク機能を示唆している。拡散画像は生体内の白質構造を明らかにできるため、fMRIと組み合わせることで機能的に定義されたネットワークの構造的結合 (解剖学的結合のこと) を示すことができる。機能的に定義された領域を線維解析のシードとして使用し、高解像度拡散スペクトル画像 (DSI: diffusion spectrum imaging) を用ることで、相貌認知ネットワークの中核領域間の構造的結合性を評価することが可能である。

Gschwindらは、OFA、FFA/mFus、STSを含む顔選択的領域間の接続を探るために拡散イメージングを使用し、OFAとFFA間の構造的結合性を発見したが、コアネットワークの一部と考えられるSTSは、OFAおよびFFA/mFUSとの結合性が見られなかった。今回、我々も同様に、(異なる方法を用いて) これを追試してみたが、これらの領域とSTSの間にはやはり直接的な結合を見いだせなかった。また、以前は単一の機能領域として同定されていたOFAは、解剖学的に異なる複数のクラスターに分けられるということもわかった。さらに、mFusとaITの構造的結合性はこれまでの拡散画像研究では同定されておらず、相貌認知に重要である可能性が示唆された。これらの結果から、相貌認知ネットワーク内の結合性の再評価と、特定のネットワークノードの機能的役割の精密化の必要性が示唆される。

 

方法

参加者

5人の右利きの健常成人 (女性1人、男性4人、平均年齢28歳、22-33歳) が本研究に参加した。

fMRI刺激と手順

顔および場所に選択的な機能的関心領域 (ROI) の同定は、この分野で確立された刺激方法と手順を用いて行った。顔と日常品のカラー写真を交互に並べたローカライザースキャンを用いて、顔選択的な皮質領域を同定した。場所選択的領域は、顔、場所、物体、およびスクランブル物体 (scrambled object: 物体の写真をグリッドに分けて各グリッドをランダムに再配置したもの) を含んだスキャンで同定した。両スキャンとも、ブロックは16秒で、16個の刺激がそれぞれ800ミリ秒間提示され、200ミリ秒のインターバルを設けた。各ブロック間に6秒間の固視時間を用意した。両スキャンセッションを通して注意を維持するために、one-back課題を使用した。すなわち、現在の刺激が直前の刺激と同じであった場合、MR対応応答グローブのボタンを押すよう参加者に指導した。参加者は2回のスキャニングセッションで各ローカライザースキャンを2-4回実行した。

fMRI解析

すべてのfMRI解析はネイティブ脳空間で行った。ネイティブ脳空間からTalairach空間への座標変換は、ROIを決定した後にその重心座標に対して行った。ROIは、標準的なGLM (general linear model) 解析を用いて決定した。顔選択的なクラスタは、顔>物体の比較で同定し、場所選択的クラスターは、場所>物体の比較を用いて同定した。

※ GLMについては以前の記事を参照:記憶を司るネットワーク:内側側頭葉を中心とした機能的結合性解析 - ひびめも

拡散画像解析とファイバートラッキング

※ 拡散MRIの基本原理:理解が甘々なので間違ったこと言ってたらごめんなさい。そもそも拡散MRIとは、ある特定方向に移動する水分子の空間分布を測定できる方法です。その方向は移動検出勾配 (MPG: motion probing grading) 磁場の印加方向によって決定します。いろんなMPG方向で拡散強調画像 (DWI: diffusion weighted imaging) を撮像することで、いろんな向きに移動する水分子の空間分布を得ることができます。ここで、「この場所だとこの向きへの水分子の動きがすごい制限されているぞ」という情報があれば、制限方向には何かしらの障害物があることが予想できます。この障害物とはまさに細胞膜のことで、1つの方向にまとまって走る細胞膜を持つ細胞の集団、すなわち白質を可視化することが可能になります。なので、拡散MRIでは白質を可視化できるわけなのです。ここでq値という重要な数字があって、この数字はある座標における水分子の拡散制限度を表しています。言い換えれば、q値の逆数が水分子の拡散変位を表します。このq値の大きさとMPGの方向を組み合わせて作ったベクトルをqベクトルと呼びます。qベクトルを三次元的に配置した空間をQ空間と呼び、これを拡散スペクトラム画像 (DSI) と呼びます。すごい曖昧な理解ですが大筋はあってるはず...。

各参加者に対して、257方向のDSIスキャンを行った。白質線維は白質/灰白質境界付近で収束する傾向があるため、機能的ROIをシードとして使用するために、拡散データボクセルの2ボクセル相当でROIを拡張した。すべての可能なROIの組み合わせを用いてDSIに対するトラッキングを行い、両方のROIを通過するトラックを同定した。これをトラクトグラフィー (白質線維画像) と呼ぶ。

 

結果

1. 顔選択的領域 (機能的ROI) の同定

標準的なfMRIローカライザー技術を用いて、複数の顔選択的領域が同定された。一般には後頭側頭葉に存在する3つの領域しか検討されていないが、多くの人では空間的に分離可能なもっと多くのクラスターが存在すると考えられている。ここでは、右半球と左半球にある、機能的に定義された6つの顔選択領域を報告する。

1-1. mFus/FFA

顔選択的領域として最もよく報告されているのは、mFus/FFAである。すべての参加者の両側半球において、高い統計学的有意差をもった顔選択的領域がmFus上に同定され、典型的なFFAであると思われた。紡錘状回上に複数の機能的クラスターが同定された場合、典型的FFAとして知られる領域の座標に最も近いものをmFusとして同定した。

1-2. 後部後頭側頭領域 (OFA)

mFus/FFAよりも後方に顔選択的領域が存在することは広く報告されている。この領域はOFAと呼ばれているが、実際の解剖学的な場所は研究によってばらつきが大きい。今回の我々のローカライザースキャンは、後頭側頭皮質に2つの顔選択的領域を同定した。従来はOFAは単一の領域として報告されてきたが、このように2つの領域に分けられることも近年の研究では報告されており、先行研究と合致する結果となった。下後頭回 (IOG: inferior occipital gyrus) はもっともよくOFAとして報告されている領域だが、紡錘状回の後方領域 (pFus: posterior fusiform gyrus) をOFAと呼ぶ研究も存在する。我々の今回のローカライザースキャンでは、これらの領域を"OFA"と呼ぶのではなく、それぞれの解剖学的な部位名称に従って呼ぶこととする。右半球では、2/5の参加者においてpFusに、5/5の参加者においてIOGに、4/5の参加者において下側頭溝 (ITS: inferior temporal sulcus) に、1/5の参加者において中後頭溝 (MOG: middle occipital gyrus) に顔選択的クラスターが同定された。左半球では、4/5の参加者においてpFusに、4/5の参加者においてIOGに、3/5の参加者においてITSに、2/5の参加者においてMOGに顔選択的クラスターが同定された。ITSとMOGの両方を持つ参加者はいなかったが、これらの領域は解剖学的に近接していることから同一視できると考えた。このように、mFusの後方に顔選択的な領域を示す参加者間の一貫性は、以前の研究で見られた一貫性のレベルと一致するものであった。

1-3. 上側頭溝 (STS)

上側頭溝後部の領域は顔選択的であることが広く報告されており、STSは通常、FFA、OFAとともに相貌認知処理の3つの中核領域の1つに含まれている。STSの顔選択領域は、4/5の参加者で両側から確認された。1名の参加者では、小さい両側性のSTSクラスタが存在したが、多重比較の補正を通過しなかった。このため、この参加者では、他の参加者のSTS領域と同等のサイズにするために、小さなSTSクラスターを3mm拡張してファイバートラッキングを行った。

1-4. 側頭葉前部 (aIT)

我々は、参加者全員において、両側の側頭葉前下部 (aIT) に小さな顔選択的なクラスターを同定した。このことは、aITの顔選択性を同定したいくつかの研究と一致する。文献上ではあまり一般的に報告されていないが、これらの先行研究では、aITが顔の個別化に重要な役割を果たすことを示唆されている。また、aITはSTS、OFA、FFAの中核領域と同様に顔認知に重要であることを示唆するエビデンスも増えてきている。このクラスターは、他の顔選択領域よりも小さく弱い (手法上の問題で側頭葉前方は感受性が悪くSNRが悪い領域と考えられている) ものの、有意であり、以前の研究で報告された解剖学的位置と合致した。側頭葉前方が持つ手法上の低感受性の影響を補正するために、クラスターを3mm拡張した。最も小さいクラスターを持つ参加者では、拡張は5mmとした。2名の参加者において、紡錘状回先端の領域が追加で同定された (1名は両側、1名は右半球のみ)。これらのクラスターはaITクラスターとは空間的に離れていたため、別のROIとみなし、aFusと呼ぶことにした。

 

2. 構造的白質結合性

2-1. mFusと後頭葉領域の結合性

すべての参加者において、右半球におけるmFusと後頭葉ROIの結合性が確認された。結合性はIOG領域で最も強かった。下図はmFusから各後頭葉ROIへの結合性パターンの例である。pFusクラスターを有していた3人の参加者では、pFusはmFusへの結合性を有していた。すべての参加者で、mFusへの結合性を示した顔選択的ROIがより背側にも存在していた (4/5 ITS, 1/5 MOG)。

左半球でmFusから後頭葉ROIへの結合性が確認された。やはりOIGが最も強い結合性を有していたが、pFusやより背側の領域も結合性が確認された。左右差を検討してみると、左半球の結合性は全体的に右半球よりもやや弱いことがわかる (上記棒グラフ)。

2-2. aITへの結合性

mFusとaITの結合性も、すべての被験者で確認された。aITと後頭葉領域との結合性も確認されたが、この結合性はmFusとのものと比較すると弱かった。このパターンは左右両側半球で同一であった。

2-3. 後頭葉領域間の結合性

後頭葉とmFus、aITとの長距離結合に加え、後頭葉内の顔選択領域間の短距離結合も検出可能であった。各参加者で同定された2-3個の後頭葉ROIのすべての可能な組み合わせについて結合性が認められた。

2-4. STSへの結合性の欠如

右半球において、STSとmFusの結合性はほとんど、もしくは1本の線維結合すらも認められなかった (mean track count = 21, [0, 0, 6, 11, 89])。当然ながら、他の領域とmFusの結合性と比較したとき、統計学的にも有意であった(to IOG: t-test, t = 9.75, p = 0.0003, one-tailed; to ITS/MOG: t-test, t = 6.66, p = 0.0001, one-tailed; to aIT: t-test, t = 6.63, p = 0.001, one-tailed)。STSとその他の機能的ROIとの結合性も、ほとんど認められなかった。後頭葉領域のIOG、MOG、pFus、そしてaITもほとんど結合性を示さなかった。1人の被験者ではSTSとITSの間の結合性がいくらか見られた (2,966 tracks)。

左半球においては、STSとmFusの結合性には参加者間でばらつきがあった。平均トラック数は1652であったが、2人では結合性が1本も見られず、1人では103本、2人は3,661本と4,494本と比較的多い結合性を示した。しかしながら、mFus-STSの結合性はmFusと他の領域への結合性と比べると小さく、mFus-ITS/MOGに対しては統計学的に有意で (p=0.04)、mFus-IOGに対しては境界的な信頼性 (p=0.06) を示した。一方で、mFus-aITとの比較では有意水準に届かなかった (p=0.11)。

2-5. コントロール領域への結合性

機能的ROIの間の強固な結合性を示すためには、他の候補領域への結合性の欠如を示す必要がある。すなわち、今回の研究においては、「すべての領域がすべての領域と結合しているわけではない」ことを示すことが重要である。STSがmFusとの構造的結合性を持たないことは先述した通りであるが、それに加えて我々はもう1つのコントロール解析の結果を示す。腹側後頭側頭領域におけるすべての脳領域が密に結合しているという可能性を排除するため、機能的に相貌認知に関わらない領域と相貌認知に関わる領域の結合性について検討した。相貌認知に関わらない領域、すなわちコントロールROIとして、今回我々は海馬傍回場所領域 (PPA: parahippocampal place area) を選択した。PPAはmFusと解剖学的に非常に近接しているため、もしこの領域が顔選択的領域と弱い結合性しか持たないことが示されれば、上記目標が達成される。PPAはローカライザースキャンを用いてすべての参加者の両側大脳半球で同定可能であった。PPAと顔選択的ROIすべての間でトラッキングを行った。右半球では、mFus-IOG、mFus-ITS/MOGはPPA-IOG、PPA-ITS/MOGと比べて統計学的に有意に多い結合性を示した (to IOG: p = 0.004, to ITS/MOG: p = 0.003)。mFusからpFusへの結合性は6/10半球で見られたが、これもPPA-pFusの結合性と比較して有意に強かった (p=0.004)。mFus-aITもPPA-aITと比較して有意に強かった (p=0.02)。しかし左半球では、PPAとmFusそれぞれのIOG、ITS/MOG、aIT、pFusに対する結合性は有意差を示さなかった (to IOG: p=0.17, to ITS/MOG: p=0.13, to aIT: p=0.53, to pFus: p=0.71)。

2-6. ILF・IFOFとの重複

相貌認知ネットワークの研究に拡散画像を用いた先行研究では、先天性相貌失認患者において、腹側皮質の前方から後方に走る2つの主要な白質路である下縦束 (ILF: inferior longitudinal fasciculus) と下前頭後頭束 (IFOF: inferior fronto-occipital fasciculus) の線維密度が正常対照者と比較して低下していることが確認された。本研究の結果をこれらの以前の結果と関連づけるために、解剖学的にILFとIFOFを同定し、得られたこれら2つのトラックの空間的位置を本研究で同定したトラックと比較検討した。顔面選択領域間の線維を含むボクセルのうち、51%がILF線維を含むボクセルと重なり、19%がIFOF線維を含むボクセルと重なり、ILF・IFOFと顔選択的領域をつなぐトラックは空間的に大きく重なっていた。前方から後方への束の多くはILFとIFOFに含まれ、特にpFusとIOGとFFA、FFAとaITを結ぶトラックはILFとIFOFに含まれていた。aITに接続するトラックは、特にILFと一致した。後頭部とFFAをつなぐ後方線維束は、ILFやIFOFとは空間的にあまり一致していなかったが、そもそもILF・IFOFはいずれも後頭葉内でかなり扇状に広がっており、重複を評価するのは困難であった。

2-7. 半球間左右差

今回の研究では、結合性パターンのおおまかな部分 (顔選択的ROI間の結合性・非結合性の定性的評価) は左右半球で一致していたが、定量的な観点から見ると半球間の左右差を見出すことができる。実際、GschwindらはOFA-FFA結合性が左半球において右半球よりも強固であったということを報告している。同文献内では、右OFA-FFAの結合率はおよそ0.5であり、左OFA-FFAの結合率はおよそ0.25であった。今回我々の結果でも、右OFA-FFA結合性は左OFA-FFA結合性よりも確かに大きいことを確認できたが、統計学的には有意水準に届かなかった (to IOG: p=0.08, to ITS/MOG: p=0.09)。それ以外のROIも、左右差はあるものの統計学的な有意水準には届かなかった (to STS: p=0.08, to aIT p=0.20)。

 

考察

今回我々は、DSIfMRIを組み合わせることで相貌認知処理に関わる皮質ネットワークの構造的結合性の特性を解析し、中核ネットワークにaITを加えたネットワークの結合パターンを見出した。mFus (FFA) とより後方の脳領域 (いわゆるOFA) は相貌処理の中核ネットワークにおいて欠かせないノードであり、我々はこれらの間に強い結合性があることを発見した。しかし、中核ネットワークの3つ目のノードであるSTSについては前述の2つのノードとの間に構造的結合性が認められなかった。また、我々はmFusと後頭葉領域がaITと強い結合性を持っていることも発見した。このように、今回の研究では相貌認知処理ネットワークで以前まで考えられていた結合性パターンとはいくらか異なる結果が示された。これに伴って我々は、STSのネットワークへの寄与を再考すべきであること、およびaITを中核ネットワークに組み入れるべきであることを提案する。

我々はmFusと後方OFA領域の結合性を示したが、この結果はこれらの領域間における相貌認知処理を関連づける先行研究とも一致する。しかしながら、多くの研究ではOFAを単一領域として研究に組み込んでいる。一方で、単一のOFAが示す解剖学的部位は様々であることを示唆する研究は増えてきており、mFusよりも後方の領域に少なくとも2つの顔選択的クラスターが存在するのではないかと考えられている。今回我々が行ったローカライザースキャンでも同様のことが言え、各参加者につき後頭葉皮質に2-3の顔選択的な領域が同定された。また、これらの領域はすべてmFusと結合していることも示された。この結果は、これらの異なる後頭葉領域の全てが相貌認知処理に関連しており、mFusと相互作用しながらも互いに異なる機能を果たしている可能性を示唆する。

IOGは今回の研究や先行研究でも最もよく見られた顔選択的領域の存在部位だが、IOGは必ずしも全ての参加者においてmFusと最も強い結合性を示したわけではない。むしろ、mFusと最も強い結合性を示した後頭葉顔選択的領域は個人によって異なり、これは行動学的に評価されるべき個人差を反映しているのかもしれない。

後頭葉顔選択的領域それぞれの間にも結合性が見られた。このため我々は、これら複数領域が「複合体」すなわち下位ネットワークを形成し、互いに情報交換をしつつも互いに異なる処理を行なっているものだと考える。IOGは全参加者で一貫して見られた顔選択的機能領域であり、それ以外の領域は個人差があったが、実際にはpFusとIOGを有する個体と、IOGとITS/MOGを有する個体のどちらかに分類できたため、これらの領域の空間的配置 (1つはより背側に、1つはより腹側にあるという配置関係) には一貫性が見られたと言って良い。

後頭葉顔選択的領域それぞれとmFusの構造的結合性関係からは、それぞれが異なる役割を持つ可能性が示唆されるため、後頭葉の顔選択的領域を同定する際は、今後はより慎重な方法が必要となると思われる。このため、今後の神経画像研究は、他の手法も組み合わせた上で行うことが望まれる。

また、aITへの白質結合性は、この領域の相貌認知処理における重要性を示唆する。最近のfMRI研究では、aITが顔の同定において重要であること、および以前はFFAが果たすと考えられてきた機能を持つかもしれないことが示されている。他の拡散画像研究も、より前方の領域が相貌認知処理に重要となる可能性を示唆している。Thomasらは、先天性相貌失認患者において腹側皮質を前後方向に走る主要な白質路 (ILF・IFOF) の構造的結合性が減少していることを示した。先天性相貌失認患者は、紡錘状回の活動は正常であるにもかかわらず、相貌認知に障害が出る。このILF・IFOFの構造的結合性の減少は、中〜後部腹側後頭側頭皮質とより前方の領域の結合性の減少が相貌認知障害を起こすことを示している。今回我々は、mFus・後頭葉顔選択的領域とaITの結合性を示すとともに、この結合線維がILF・IFOFと空間的にオーバーラップしていること、すなわちこれら主要白質束の下位束である可能性を示した。aITの機能的役割についてのエビデンスや、ILF・IFOFの線維束の減少と相貌認知障害が関連していることを考えると、これら白質路が顔の個別化に重要な役割を持っていると言えそうである。

対照的に、相貌認知の中核ネットワークの要素として考えられていたSTSは、それ以外のROIとほとんど結合性を示さなかった。ここから、STSは相貌認知の中核ネットワークの一部ではないと考えることができる。STSは相貌認知において機能的に特異な役割をもっているため、この機能的特異性が構造的結合性の欠如を説明しうるのかもしれない。過去のfMRI研究は、STSは視線や顔の動きに関連した活動性を示すと報告しており、これらの機能は他の腹側領域では観察されないものである。STSが他の顔選択的領域と構造的結合性を持たないという結果は、Geschwindらの拡散画像研究の結果とも一致する。もちろん、構造的結合性がないことは機能的結合性をも否定しているわけではない。しかし、STSとmFusの機能的結合性については、これを支持する研究もあれば、わずかな機能的結合性しか存在しないとする研究も複数あるのが事実である。

STSは視覚処理の背側経路に位置し、mFus/FFAやIOG/OFAのような腹側経路に位置する領域とは神経解剖学的な観点で異なる。STSの機能的特殊性と構造的結合性の欠如は、視覚処理経路という大域的な観点からも説明できると思われる。STSは、相貌認知ネットワークの他のノードと直接的に情報交換を行うのではない代わりに、異なる白質路・皮質領域を経由した情報を受け取っている可能性がある。たとえば、STSが顔の他にも身体の動きにも反応するという先行研究を考慮すれば、STSは動きに選択的なhMT+複合体 (背側経路に位置する) から情報を受け取っていると考えることができる。しかし、こういった考えを検証するためには今後のさらなる研究が必要である。

今回の結果は右半球においてより洗練された結合性パターンが見られ、それが左半球により弱い形で反映されていた。この観察は、相貌認知処理が右半球に側性化しているという概念と一致する。我々は、右半球において確かに存在する強固な顔選択的神経応答は、右半球腹側視覚経路の構造的結合性によって可能となっていると考える。

拡散画像は生体に対する神経画像手法において白質経路を可視化できる唯一の方法だが、トラクトグラフィーの結果を解釈するにあたってこの手法の限界についても考えておかねばならない。トラクトグラフィーは白質路に沿った情報伝達の方向性についてのデータは提供していない。このため、拡散画像は皮質ネットワークの構造的アーキテクチャに関する情報を提供できるものの、情報伝達の流れについては、時間的概念を組み込んだ補完的手法 (MEGやEEGなど) を用いることが望ましい。ファイバートラッキングも、線維の交差やターンを検出するには限界があるため、結合性がないことを示すにあたっては結果の解釈に注意が必要である。しかし、我々は今回のSTSについての結果には確信を持っている。というのも、DSIは線維の交差検出に比較的優れているし、異なる手法を用いたGeschwindたちの報告とも合致しているからである。

今回我々は、fMRIと拡散画像を組み合わせて、相貌認知に関連する皮質領域のネットワークの白質構造的結合性を明らかにした。その結果、相貌認知の中核となるネットワークの構造的結合性に関するいくつかの疑問が明らかになり、さらにaITの重要性が強調された。第一に、fMRIを用いて、従来のOFA領域を解剖学的に異なる2-3のクラスターに正確に分離することができ、次にDSIを用いて、これらの機能領域とmFusとの間の構造的結合を示すことができた。後頭葉の各領域が互いにmFusと結合していることは、これらの領域がより大きな機能複合体の中で異なる機能的役割を担っている可能性を示唆している。また、特に、OFAを機能的な小領域に分離している他の研究はほとんど存在しない。第二に、STSと他の顔選択領域との間の結合性はほとんど観察されなかった。このようにSTSが他の顔選択領域から構造的に分離していることは、STSと密接な関連活動を見せる後頭葉、紡錘状回、側頭葉前部と機能的に区別されているという知見と一致する。この結果は、機能的に同定された領域を用いなかった以前の拡散画像研究や、aITが重要な役割を果たす相貌知覚ネットワークに関する新しい知見とも一致する。我々の知る限り、機能的に定義されたaITとmFusの間の構造的結合性が実証されたのは今回が初めてである。今回の我々の発見は、ヒトの大脳皮質相貌認知処理ネットワークの潜在的な計算論的役割と構造的結合性についての新たな情報を提供し、従来の相貌認知ネットワークモデルの再評価が必要であることを示唆している。

 

結論

・大脳皮質の相貌認知ネットワークは、後頭葉顔領域複合体 (いわゆるOFA) と、紡錘状回顔領域 (FFA)、側頭葉前部 (aIT) の構造的結合性を背景とする、腹側視覚処理経路であると考えられる。

・相貌認知処理の中核ネットワークを構成すると考えられていた上側頭溝領域 (STS) は、相貌認知の腹側視覚処理経路と直接的結合性を持たない。

・相貌認知処理の側性化は、右半球のより洗練された構造的結合性を背景としていると思われた。

 

感想

面白かったです。

fMRIDSIを併用すると、時間的同時性に着目した機能的結合性をより解剖学的な結合性に基づいて処理経路ごとに分類できるということを示してくれました。トラクトグラフィーの画像もカッコよかったです。側性化については、統計学的有意差をもって語れる構造的結合性の左右差は認められなかったものの、有意水準に比較的近い左右差が認められていました。ただし、「相貌認知処理に左右差はあるものの統計学的に有意なレベルではない」という事実自体が、「側性化はあるけど完全分業ではないためある程度の機能代償性が担保される」ということを示してくれているので、これはこれで重要なことだと思います。

また、後頭葉顔選択的領域 (敢えてOFAと書きます) とFFA、aTI (=ATL) が構造的結合性を持つというのはすごく大事なことです。昨日の段階的ハブスポークモデルで考えると、OFAやFFAは視覚モダリティ・人物ドメインのスポークの構成要素と言えるでしょう。もう少し厳密にいえば、人物ドメインの中でも顔カテゴリのスポークなのかもしれませんが。OFAは顔のパーツ的処理、FFAは顔の全体的処理を担うという先行研究も考慮すると、たとえば我々が人の顔の写真を見たときには、網膜→視覚野→OFA→FFA→ATLの方向に情報が伝達され、ATLにおいてその顔が、「なんという名前の人で」「どういう声をしていて」「どういう体型で」「どういう性格の」などの多モダリティ・多カテゴリの情報を有する人物概念と照合され、人物同定や社会的行動につながるのだと思います。もちろん、そもそもこの写真が「人の顔」であることがわからないとOFAに情報を送ることすらできないので、視覚情報が視覚野にある時点でATLと相互作用することで「この写真は人の顔カテゴリの写真である」ということを判断し、この判断に基づいて、視覚情報をOFA以降の経路に送っているのかもしれません。また、たとえばその人の声を想起する際には聴覚モダリティのスポーク (上側頭回など) においてその声が再生されるのでしょう。そしてこの処理は、主に右半球で、ただし左半球でも部分的には分担して行われるのでしょう。

このように認知処理の流れをスムーズに考察させてくれる段階的ハブスポークモデルはすばらしいですね。今日はお誕生日会なので、ここまでにします。さようなら。