ひびめも

日々のメモです

ヒトが持つ脳内地図:空間探索とさらにその先

The cognitive map in humans: spatial navigation and beyond.

Epstein, Russell A., et al.

Nature neuroscience 20.11 (2017): 1504-1513.

 

久しぶりに空間認知の話です。

空間認知の分野で良さげなreviewをなかなか見つけられていなかったのですが、2017年投稿で引用500、しかもNature neuroscienceという完璧なreviewをついに発見できたので、読みました。

あと、このブログの最後の感想のところにallocentric representationとegocentric representationの実態について少し考察をしてあるので、脳の空間表現について興味がある方はそこもぜひ読んでください。

 

背景

もともと脳内地図という概念は、齧歯類の探索行動を特定の刺激と報酬行動との関連性に帰着させるためにTolmanが提唱したものである。たとえばTolmanは、ゴールへの回り道を学習したラットが、その馴染んだ経路が通れなくなってしまった際に代わりの近道に速やかに切り替えることができる、ということを報告した。彼は、動物は環境内で適切な探索行動を行うための空間的知識を有しており、その知識はまるで地図から取得できるようなものである、と結論づけた。

この考え方は、O’KeefeとDostrovskyの海馬場所細胞の発見によって神経生物学的に裏付けられた。場所細胞は、その発火頻度を空間内座標の関数として変化させる細胞である。この結果をもとにして、O’KeefeとNadelは、海馬が空間地図の神経実態を提供していると考え、さらにこの地図はランドマークや目的地を他中心的 (allocentric) に表現するためにユークリッド座標系の形を取っているとする仮説を立てた。海馬が符号化する空間表現の正確な実態は未だに活発な議論が行われているところであるが、その後の研究によって脳内地図仮説はさらに肉付けされている: (i) 内側嗅内皮質の格子細胞 (空間を分割する正六角形の格子の特定の位置に至ると発火する細胞)、(ii) 複数の皮質・皮質下領域に存在するHD細胞 (head direction cells) (空間内で特定の頭位方角を向いているときに発火する細胞)、(iii) 嗅内皮質のボーダー細胞 (壁際など空間の端にいるときに発火する細胞)と海馬支脚の境界ベクトル細胞 (一定の方向かつ一定の距離に空間境界が存在するときに発火する細胞)。格子細胞は動物が空間内を移動する際の計量距離を符号化していると考えられており、HD細胞は頭位方向のトラッキングに重要な役割を持つと考えられている。また、ボーダー細胞は場所細胞や格子細胞の発火野を環境の固定的な特徴と関連付けるのに役立つと考えられている。その他にも、目的地への距離や方向など、空間探索に関連するパラメーターを符号化する複数の種類の細胞が海馬システムで発見されている。

これらの細胞が支える空間定位システムは、脳の高次認知処理のモデルとしてしばしば用いられている。しかし、同様の探索システムがヒトにも存在しているのかというのは未解決の重要な問題である。海馬体とPapez回路という解剖学的構造が哺乳類で保存されているという事実はヒトと齧歯類の機能的相同性を支持するが、ラットの視覚処理システムがヒトより単純であったり活動が夜行性であったりするように、種による違いも大きいというのもまた事実である。さらに、ヒトにおいて空間探索に関連する構造が損傷を受けると (たとえばHenry Molaisonという患者の例が有名である)、典型的には空間ドメインに限らず広いドメインの記憶障害が起こる。ヒトに対する非侵襲的神経画像研究でわかる情報は、齧歯類の単一細胞電位記録でわかる神経細胞情報処理のレベルには到底及ばないなどの理由もあり、この問題を解決するのは長年困難であった。しかしながら、近年の神経画像解析の進歩により、こういった手法上の限界もいくらか解決できるようになってきている。今回我々は、脳内地図に基づいた探索行動に関する研究を、近年のヒトの神経画像研究と齧歯類の神経生理学的研究を結びつけながら振り返る。

※ 近年の神経画像解析の進歩とは (BOX1): 原論文では、fMRIを用いた3つの手法が例示されていた。そもそもfMRIは典型的には3×3×3 mmのボクセルを持ち、この中にはおよそ600,000個のニューロンが含まれている。シグナルの粗さを考えれば、単一ボクセルレベルの活動を測定することは難しいと思われていたが、以下に示す手法はその限界を様々な工夫で突破している。① fMRI順応法: 同一刺激を反復して提示するとfMRIシグナルが減衰することをfMRI順応と呼ぶ。2つの異なる刺激で順応が観察されれば2つの刺激に共通の表現をコードする神経集団であることがわかり、順応が観察されなかったり順応からの回復が見られれば2つの刺激は異なる神経表現を持つことがわかる。② 多変量パターン解析 (MVPA: multivariate pattern analysis): 複数ボクセルでfMRI活動のパターンを解析し、そのパターンから情報を復号する方法である。有名な復号方法として相関に基づいた分類やSVMがある。MVPAの有名な拡張として表現類似性解析 (RSA: representational similarity analysis) がある。RSAfMRI活動パターンの類似性を神経表現の類似性とみなす手法である。③ 符号化モデル: 神経細胞レベルで表現されると仮定される単純な特徴量で刺激を記述することでfMRI活動をモデル化する方法。教師データを用いて、それぞれの特徴量によってそれぞれのボクセルの反応がどの程度まで調節されるかを推定する (各ボクセルについて各特徴量の重みを推定する)。モデルがどの程度fMRI活動を予測できるかを、独立したテストデータを用いて評価する。もし予測が正確にできれば、そのモデルは各ボクセルについての正確な神経表現を有していることになる。

 

1. 空間の表現方法: 地図、格子、文脈

fMRI研究の被験者はスキャナー内に静止している必要があり、実際に現実世界で探索行動を行なってもらいながらBOLD反応をモニターするというのは不可能である。このため、fMRI研究はバーチャル空間の探索や、想像の中での探索、空間記憶の想起、探索関連視覚刺激などを用いて脳の活動性を調べるしかなかった。また、これらの研究では基本的に前庭刺激や固有知覚刺激を用いておらず、入力は視覚刺激のみであった。神経画像を用いた空間探索の研究は1990年台後半に登場し、知覚的にマッチしたコントロール刺激と比較して、探索行動で優位な活動が見られる脳領域が発見された (下図)。同時代の研究によって、これらの領域の一部 (海馬傍皮質後部と脳梁膨大後部/頭頂葉内側領域) が建物、風景、街並、部屋の受動的視覚刺激に強く反応することが示され、探索関連刺激の処理に重要である可能性が報告された。また、「探索ネットワーク」のその他の脳領域 (前頭葉領域など) は主に能動的探索において活動することが示され、これは探索行動においてプランニングが関与するという考え方と一致していた。

齧歯類では、海馬と嗅内皮質は脳内地図に基づいた空間探索において中心的な役割を果たしていると考えられている。ヒトを対象としたfMRI研究では、海馬はバーチャル空間内の探索行動において脳内地図に基づく戦略を用いる際 (e.g. ショートカット経路を使うとき、新しい効率的な経路を考えるとき) に活動性を示すことが報告されており、さらに海馬の活動性はそういった戦略を用いる際の探索行動の精度をも予測できる。一方で、特定の視覚的目印と関連した行動の連続として経路を辿るような、反応に基づいた戦略の場合には、尾状核の活動性が見られる。ロンドンでタクシードライバーを長年経験し、ロンドンの道路について大量の脳内地図を有するような被験者集団では、右海馬後部の容積が大きく、そして同部位の容積は大学のキャンパス内における建物のallocentricな空間内配置の学習効率や人工的風景のallocentricな地形の学習効率と関連していたという。こういった発見から、ヒト海馬は脳内地図に基づいた空間探索に関連していることがわかり、また海馬の容積は脳内地図の学習効率と関連している可能性も示唆される。

近年、fMRI研究者たちはこういった研究結果をもう1歩前進させ、海馬が地図様の空間符号を有していることを示した。地図の重要な特性の1つとして、距離関係の保持 (実世界で近くにある2つの物体は地図内でも近くにあるし、その逆もまた然りである) がある。海馬における距離関係の保持について調べた初期の研究のうちの1つは、fMRI順応の手法を用いた。被験者は大学生で、大学内の馴染みのある建物10カ所の写真を、1カ所につき22枚ずつ、建物ごとに順番に見せられた。海馬のfMRI活動は、同じ建物を見ている単一のトライアルの間は順応現象を見せたが、異なる建物に変わると順応から回復を示し、そしてその活動変化は直前に見せられた建物と今見ている建物との距離に応じて変化した。この順応からの回復現象は、海馬が近くにある建物を類似のものと表現し、遠くにある建物は非類似のものと表現していることを示唆している。

MVPAを用いたfMRI研究でも、海馬における地図様の空間符号が示されている。Hassabisらは、被験者が2つの連結した四角形の部屋から成るバーチャル環境内を探索するときのfMRI活動を調査した。海馬における活動性パターンは、同一部屋内の角ごとに異なり、海馬傍皮質の活動パターンは部屋ごとに異なった。より大きい環境を用いて行ったその後の研究は、海馬の活動性パターンの類似性は時空間的距離を反映していることを示した。また他の研究では、被験者にウェアリング・ライフログバイス (現実世界の出来事の起こった場所・時間・写真を記録するデバイス) を頸部に装着してもらい、そのままの状態で1ヶ月間日常生活を送ってもらった上で、その後、デバイスが撮影した写真を見て対応する出来事を想起してもらいながらfMRIを撮像したところ、左海馬前部の活動性が時間的・空間的近接性を反映していたと報告している。

さらに、fMRIの符号化モデルを用いることで、嗅内皮質に格子様の符号を同定することも可能であった。Doellerらは、齧歯類において連結型格子細胞 (conjunctive grid cells: 動物が格子内の特定の位相に位置し、かつ特定の方向に移動している時に発火が見られる細胞)  が発火する走行方向は、その格子に沿う傾向があるということを報告した。嗅内皮質の連結型格子細胞の発火方向は単一個体内では互いに整列している、すなわち連結型格子細胞が発火する方向は環境内の正六角形の格子の各辺の向きのいずれかとほとんど一致するため、その格子に沿った動きではより大きな神経活動が、格子とずれた動きでは小さな神経活動がみられるはずであるとモデルが立てられる。実際、ヒト被検者にバーチャル環境で探索行動を行わせている間の移動方向に応じたfMRI活動は、60度ごとの周期で観察された。その後の別の研究では、心的移動においても同様の嗅内皮質の格子表現が観察されることが示された。

これらの地図様・格子様表現の神経実態はてんかん患者における頭蓋内記録によって確認された。被験者が乗客を目的地に送り届けるタクシードライバーゲームをプレイしているとき、海馬で記録されたニューロンのうち1/4が場所細胞に分類された。それ以外の細胞 (海馬、海馬傍皮質、扁桃体前頭葉で記録) は、特定の視界 (建物など) または現在の目的地 (これもまた建物) を符号化していた。閉経路を周回する動きの中で特定の移動方向に反応する細胞も嗅内皮質で認められ、格子細胞様の性質を持つものと考えられた。

場所の区別やその距離の表現を超えて、齧歯類の海馬でもう1つ重要な特徴として挙げられるのは、複数環境や同一環境内の複数状態の表現を可能とする、複数地図の貯蔵能である。異なる文脈を区別する能力は大局的再配置や頻度再配置と呼ばれる現象で説明される。前者では、1つの文脈で発火する場所細胞セットが別の文脈で発火する場所細胞セットとは異なっているのに対し、後者では、同じ場所細胞が同じ場所で発火するものの最大発火率が異なる (すなわち同じ場所でも異なる文脈に応じて発火特性を変える) という特徴を持つ。学習とともに、齧歯類の海馬は似た文脈を区別できなくなることがあるが、突然各文脈に対し特有の表現を示し始めるのだ。想起に際して海馬は、たとえ手がかりが2つの文脈の中間的な特徴を持つものであっても、アトラクター・ネットワーク (時間に依存して状態を変化させる神経ネットワークのうちあるいくつかの特定の状態に落ち着く性質を持つもの) で特徴的な「全か無か」の反応特性を示し始める。ヒト海馬に対するMVPAでも、環境が曖昧性を持つ状況では同様のアトラクター様効果が観察された。これらの結果は、海馬が一般的に異なる環境・経路・行動文脈を分離するパターン分類機能を持つことを示唆している。

最後に、神経画像および神経心理学的研究によって、空間長期記憶を司るのは海馬と嗅内皮質に限らないということがわかっている。内側側頭葉損傷が起きても、病前に学習した脳内地図は、ある程度図式化された形をとっているように見えるものの、保たれている。このため、空間知識のうちいくらかは他の大脳皮質領域に符号化 (保存) されていると考えられるが、その詳細な想起にあたっては海馬が必要となると思われる。脳梁膨大後部/頭頂葉内側領域は空間長期記憶の貯蔵または処理において特に重要な新皮質領域であることが、fMRI研究によって示唆されている。海馬体と皮質領域がどのように相互作用して異なる種類の空間知識を支えているのかを考えるのは、今後の研究における重要な課題である。

 

2. 脳内地図を現実世界に関連付ける

脳内地図を使いやすくするために求められる1つの条件は、地図上の座標を、環境内の固定的側面と結合するメカニズムである。この固定的側面とは、建物や銅像、郵便受けなどの個別のオブジェクトであることもあれば、部屋の形や風景の地形といった分散的実体であることもある。我々は、地図上の特定の位置や方向に固定的に関連したこれらの項目を「ランドマーク」と呼ぶことにする。ランドマークはオブジェクト様のこともあれば、環境境界のこともある。この章では、ランドマークが脳内でどのように表現され、そして脳内地図を現実世界に関連付けるためにどのように用いられているのかを議論する。

もちろん、ランドマークを用いずに空間探索を行うことは可能である。多くの探索エピソードは、なじみのある「家」や「基地」から始まる。そのようなケースでは、自己運動手がかり (self-motion cues: 前庭知覚や固有知覚シグナル、運動遠心性コピー、視野の流れなど) を用いて自己の変位をトラックすることができる。こういった戦略は経路統合 (path integration) や推測航法 (dead reckoning) と呼ばれ、哺乳類や鳥類、昆虫など多くの動物で用いられる方法である。齧歯類では経路統合における変位ベクトルの計算にはHD細胞と格子細胞が関与していると考えられており、ヒトでは経路統合の精度は海馬や内側前頭前皮質の活動性と相関することがわかっている。ただし、時間とともに誤差が蓄積することが避けられないというのはこの戦略の限界である。誤差の蓄積が起こった際には、ランドマークを用いれば位置と方向の再設定を行うことができるだろう。また、経路統合戦略を全く用いずに、ランドマークのみに頼った探索行動も可能である。この方法は、landmark-based pilotingと呼ばれる。

2-1. ランドマークによる脳内地図の制御

ランドマーク関連付け (landmark anchoring) とは、環境内目印を用いて脳内地図の向きと変位、すなわち地図内の固定的座標軸の角度と位置を推定するプロセスを指す。この機能を理解するために、齧歯類を対象とした過去40年間の研究が行われてきており、場所細胞、格子細胞、HD細胞の発火野がこうした目印によってどのように制御されるのかが注目されてきた。こうした文献の数々をまとめ上げることは行わないが、1つの一貫した結果として、探索環境内の末端にあるオブジェクトが脳内地図の方向を決定する強い制御因子であることが示されている。

遠くにある迷路外目印、あるいはチャンバー壁に沿った目印カードをチャンバー中心を軸としてに回転させると、HD細胞とともに、場所細胞や格子細胞の発火野も目印とともに回転する。加えて、遠くに固定された目印が見えていても格子細胞の受容野はチャンバー境界に沿って回転するということや、チャンバーのジオメトリ (幾何学的特徴) に関連して格子細胞受容野が再配置・歪曲することなどが報告されており、環境のジオメトリが脳内地図の方向の設定に関与していることが示唆されている。

動物が自分がどの向きを向いているのかわからなくなったとき、環境境界は脳内地図の方向決定のための主要な目印となる。特に齧歯類、鳥類、魚類、哺乳類、ヒト乳児は、方向感覚を取り戻すために局所環境の形態に大きく頼ることが知られている。こういった動物では、たとえば四角形のチャンバー内で正しい目標地点から180度真逆の場所に向かってしまうような、幾何学的に対称な環境における「幾何学的誤り」がみられることがしばしばある。こういった誤りは、幾何学的曖昧性を解決するために有用と思われる非幾何学的な目印があったとしても観察されうる。こういった行動学的観察と一致して、一度方向感覚を失わせた齧歯類における海馬場所受容野やHD細胞発火野は、主にチャンバーのジオメトリに従って方向付けられる。そして、こういった脳内地図の方向付け情報を用いると、動物の探索行動の結果を予測できるということも示されている。幾何学的境界は、原則として地表に固定されており安定しているという特徴を持つため、脳内地図の再方向付けに重要なのかもしれない。一方で、点状のオブジェクトは移動しうるため、こういった役割には向かないだろう。もちろん、特定の位置や向きを安定して保つオブジェクトであることがわかれば、そういったオブジェクトは場所細胞・HD細胞にとって再方向付けの材料となるかもしれない。しかし、点状のオブジェクトを方向付けの材料として使うためには、環境内での自分自身の位置を把握していることや、そのオブジェクトが他と区別可能であることが条件となり、環境ジオメトリのようにその固有の形態に基づいて方向軸が決定可能なものと比べると、使いやすさが異なると思われる。

脳内地図の変位も、環境境界によって強く影響を受ける。個々の場所細胞の場所受容野は主にチャンバー壁への距離によって決定され、格子細胞の発火野はチャンバー壁が変位すれば同様に変化する。ボーダー細胞や境界ベクトル細胞はこういった現象において重要な役割を果たしていると思われる。ヒトが風景を想像する際の海馬の活動性は、その環境の境界の数と関連して変化する。また、空間探索中の海馬の活動性は境界に対する物体の位置の学習成績を予測できる。境界変位が与える影響は、ヒトがバーチャル・ルーム内でを見えない目標地点を探索するときや、ラットがMorris Water Maze課題で隠れた板を探すときの空間記憶にも認められる。どちらのケースでも、環境境界が変位すれば、探索場所もそれに応じて移動してしまう。

2-2. ランドマークの知覚と活用

脳内地図の中でランドマークが確固とした影響を持つためには、まずランドマークが知覚システムによって処理を受ける必要がある。視覚刺激を視認したときにその刺激がランドマークとして認識されるために重要な脳領域として、(i) 海馬傍回場所領域 (PPA: parahippocampal place area)、(ii) 脳梁膨大後複合体(RSC: retrosplenial complex)、(iii) 後頭葉場所領域 (OPA: occipital place area) がある。PPAは側副溝の中にあり、海馬傍回後方と舌状回前方の境界領域付近に存在する。RSCは頭頂後頭溝 (POS: parietal-occipital sulcus) の中〜BA29/30の後部に存在する。OPAは後頭葉背側の横後頭溝の付近に存在する。これらの領域は当初は風景、街並み、部屋などのシーンに対する強い活動性を示す場所として研究されてきたが、より最近の研究では、これらの領域がシーン様ランドマークとオブジェクト様ランドマークの両方の処理に関連していることが示されている。単一のオブジェクトを周りのシーンから切り離して見たときには、オブジェクトが物理的に大きいものであったり、遠距離にあるものであったり、固定的なものであるほどこれらの領域の活動性も大きくなり、逆にオブジェクトが物理的に小さいものであったり、近距離にあるものであったり、可動的なものであるほどこれらの領域の活動は小さくなる。また、探索行動に関連性の低い場所にあるオブジェクトよりも、探索行動上の意思決定に関連するオブジェクトに大きな活動性を示すことも報告されている。このように、これらの「シーン」領域はシーンのみならず物理的特性 (e.g. 大きさや安定性) や現実世界における位置によって、ランドマークとなり得るオブジェクトにも反応するのである。PPA、RSC、OPAに相当するシーン応答領域はマカクザルでも観察されているが、齧歯類に同様の領域が存在するかは不明である。

この3つのランドマーク感受性領域の中でも、RSCは脳内地図に環境内目印を関連付けるにあたって特に重要な役割を持つ。シーンに対するRSCのfMRI活動は、被験者がより大きな環境の中でのそのシーンの位置や向きを考える際に上昇した。すなわち、見ているシーンを用いて、自身がより大きな環境内でどこにいるのかを決定する際に、RSCの活動が上昇したのである。さらに、PPA、RSC、OPAのすべてが不安定なオブジェクトと比べて安定したオブジェクトに強く活動を示したが、脳梁膨大後皮質 (retrosplenial cortex: BA29/30) は最も永続的なオブジェクトに特異的に追加の活動性上昇を示した。これと関連して、被験者が固定的環境内エレメントに関連した空間内判断を下す際にはPPAとRSCの両方が活動性を示したが、視点変更に伴って活動性の変化を示したのはRSCのみであった。

このように特殊な活動性を示すRSCが脳内地図を現実世界にどのように関連付けているのかについて、空間記憶の想起課題を用いたfMRI研究、特にfMRI順応やMVPAを用いた研究から考察が行われている。被験者はシーン手がかり、オブジェクト手がかり、単語手がかりを用いて、なじみのあるキャンパスや最近学習したバーチャル環境内で、特定の場所で特定の方向を向いていることを想像するよう命じられた。すると、RSCのいくつかの部位 (POSやBA29/30) で、想像した頭位方向・場所が符号化されていることがわかった (下図上段)。特に、MVPAを用いた1つの研究では、類似したジオメトリを持つ異なる閉鎖空間において、閉鎖空間内での頭位方向を表現する活動パターンがPOSに存在していた (下図下段) ことから、POSにおいて頭位方向の符号が局所的ジオメトリに関連付けられていることが示された。このような局所空間内の頭位方向符号は、より広域的空間の脳内地図の向きを自身の頭位方向に揃えるのに重要かもしれない。というのも、もし探索者が局所的ジオメトリに関する頭位方向を決定でき、かつ局所ジオメトリがより広い世界の中でどのような方向を向いているのかを知っていれば、世界の中での自身の頭位方向を計算できよう。

POSにおける局所的頭位方向の符号化を補足するように、fMRI順応を用いた研究で、BA29/30がより広域的な空間における頭位方向を表現していることが示された。また、別の研究では、RSCが担当する空間の範囲は極めて柔軟であり、ある場面では2つの局所環境を区別し、別の場面では同一視するということが示された。この柔軟性は、RSCが局所的空間のegocentricなシーンと広域的空間のallocentricな脳内地図の仲介役として働く上での基盤となっている可能性がある。

齧歯類やサルに対する電気生理学研究は、RSCのこういった役割を支持している。齧歯類脳梁膨大後皮質は局所的空間フレームと広域的空間フレームを変換するのに役立つさまざまな種類の細胞を有している。たとえば、開けた空間内での研究であればHD細胞や方向依存性場所細胞を含んでいるし、制限された経路内での研究であれば自身の回転方向や経路内での位置、さらにより広域な空間内での位置を符号化する細胞を含んでいる。サルの頭頂葉内側には、バーチャル空間内の探索中に特定の位置で特定の方向に回転した時にのみ発火する細胞が見られている。Jacobらが最近齧歯類を対象とした研究では、2つの四角形のサブチャンバーを繋いで構成した環境を作り、サブチャンバー内部に目印カードを貼った上で、両チャンバーが互いに180度回転した方向を向くようにした (下図)。すると、広域的空間内で特定の方角を向いている際に発火する古典的なHD細胞とともに、サブチャンバー内で真逆の方向選択性を示す「両方向性細胞 (BD cells: bidirectional cells)」が認められた。この結果は、BD細胞が局所的環境によって決定される空間フレームにおける自身の頭部方向を符号化するということを示しており、ヒトでのfMRI研究の結果と一致する。BD細胞とHD細胞の相互作用は、広域的空間フレームを局所空間フレームに揃えたり、逆にランドマーク候補の安定性を決定するのに有用であると考えられる。

ランドマークの知覚処理について考えるにあたって、多くの文献が、シーンやランドマークの同定に有用な様々な情報 (空間レイアウト、オブジェクトのカテゴリ、テクスチャなど) に対するPPAの応答性について扱っている。これらの結果からPPAは、場所や文脈を同定するにあたって使用可能な共存知覚項目を表現するより一般的な機能を有している、と言えるのかもしれない。OPAはやや研究不足な面があるが、近年の研究では、環境境界や局所探索におけるアフォーダンス (ランドマークと類義) など、探索に重要なシーンの空間的側面の処理に重要であると考えられている。OPA、PPA、RSCの3つのランドマーク感受性領域の持つ役割分担として、PPAとOPAが主にランドマークの知覚的処理と視覚認知に関わっているのに対し、RSCはランドマークを脳内地図に関連付ける役割を持つ、という考え方は、神経心理学的研究からも支持される。ランドマークの知覚情報が脳内地図の選択・整列・定位にどのように変換・利用されるのかを詳細に理解することは、今後の研究における重要な課題である。

 

3. 脳内地図の探索行動への活用

脳内地図が使いやすくあるために求められる2つ目の条件として、目的地への経路設計メカニズムを持っていなければいけない。少なくとも、目的地への距離と方向を計算する性能は必要である。加えて、多くの環境では障害物の存在によりなかなか直線状の経路にはならない。これら障害物を効率的に迂回する近道を見出す能力は、脳内地図の提供するものの核心である。近年のfMRI研究は脳がどのように目的地への距離と方向を表現し、経路設計と迂回問題をどのようにサポートしているのかを考えるにあたっての手がかりを提供してくれている。

3-1. 目的地への距離と方向の符号化

近年のモデルは、格子細胞と場所細胞がどのように組み合わさって空間探索を支えているのかを扱っている。これらのモデルでは、嗅内皮質の格子細胞ネットワークは目的地への直線的ユークリッド距離と方向 (環境軸となす相対的角度) から成るベクトルを計算している。海馬は嗅内皮質と共同して障害物を回避した適切な経路を計算し、後部頭頂皮質が経路に沿った方向に体が向くように体の回転方向を計算する。齧歯類における電気生理学的研究は、海馬CA1細胞の活動性から、その後の経路軌道とその経路に沿った目的地への距離を計算可能であることとを発見し、海馬が経路設計に関与していることを示した。

こういったモデル研究や電気生理学的研究を反映して、いくつかのfMRI研究でも、海馬または嗅内皮質の活動性が空間探索における目的地への距離と関連していることが示された。ユークリッド距離と経路上の距離を区別した研究では、嗅内皮質の活動性はユークリッド距離とより強く関連していた。たとえば、Howerdらは被験者にロンドンのSoho通り周囲の道路構造を学習させた上で、同環境の探索シミュレーション映像を見てもらっている最中にfMRI撮像を行った。すると、嗅内皮質では新しい目的地が提示されるとともにそのユークリッド距離に応じた活動性の変化がみられ、海馬後方では旅の途中の様々なステージで目的地への経路距離に応じた活動性変化がみられた。さらに、分かれ道では、目的地が近くかつ真正面にある時に海馬後方でより大きな活動が観察された。この観察と一致するようにして、コウモリの海馬背側域で特定の目的地への距離と方向を符号化する細胞群が同定され、これらのうち多くが経路上目的地の近くに、かつ真正面になるほど高い活動性がみられていた。

探索行動において、道のりがどれほど長いものなのかを知っておくことはもちろん重要であるが、目的地への方向を知っておくことの方がより重要であろう。多くの電気生理学的研究でallocentricな頭位方向を符号化するHD細胞の存在が報告されているが、allocentricな目的地の方向を符号化する細胞の存在はいまだ報告されていない。これを解決するため、ChadwickらのfMRI研究では、被験者にバーチャル環境内で目的地の方向を判断してもらった。すると、嗅内皮質の活動パターンは、allocentricな頭位方向とallocentricな目的地方向に関する情報を両方含んでいた。注目すべきなのは、ある試行における頭位方向が別の試行における目的地方向と一致したとき、これら2つの試行の活動性パターンが類似していたということである。これは、被験者が目的地の方向に移動することを想像したことで、HD細胞の発火方向が、現在の頭位方向から予想される頭位方向にすみやかに切り替わったということを反映しているのかもしれない。目的地の方向に移動するには、allocentricな方向符号をegocentricな方向符号に変換して処理する必要がある。このegocentricな方向とは、たとえば「左に45度回転する」のようなものである。Chadwickらや、その他の複数の研究グループは、このegocentricな方向符号が、計算科学的モデルと同様に後部頭頂皮質に存在することを示した。海馬がそれほど必要とされない非常に慣れ親しんだ環境における空間探索で、距離と方向がどのように処理されるかというのは、今後の重要な研究課題である。

3-2. 経路と設計

都市内の探索などを想像してみるとわかるが、現実世界の探索では、目的地への経路は1つに限ったものではないだろう。考える選択肢が多くなればなるほど、可能な経路網を想起して最適な経路を選択するために脳にかかる負荷は大きくなる。Javadiらは、バーチャル環境内の空間探索中のfMRI活動を、道路同士の結合のトポロジーを反映させたグラフ理論を用いて解析を行った。同研究では、道路に入ったとき、その道がより多くの経路可能性を持つほど、海馬後方でより高い活動性がみられたという。一方で、海馬前方の活動は、その道が残る他の道路網と高い大域的結合性を持つほど、高い活動性を示した。これらの結果は、場所細胞が探索空間のトポロジーを符号化しているとする近年の研究と一致する。たとえば、WuとFosterは、連結したトラックにおける海馬場所細胞のリプレイ現象は、トラックのトポロジー的構造を保存していることを示した。こういった空間のトポロジー符号がユークリッド計量符号とどのように関連しているのかはいまだ明らかではない。

海馬が経路選択肢の想起を支えている一方で、これらの経路の評価は前頭前皮質の役割であると考えられている。Javadiらによる解析では、探索者が経路を再設計する必要性に迫られたとき、外側前頭前皮質の活動が、深さ優先探索の計算コストと平行して変化したことを報告した。他の研究では、被験者が階層的空間プランニングを行う際に吻背側内側前頭前皮質の活動が上昇したことや、目的地への最短経路を考えるにあたって連続的意思決定を行う必要があるときに同領域と海馬の活動性のカップリングが上昇したことを報告している。これらの結果は、行動の抑制や目標-下位目標コンフリクトの解決を必要とする古典的なプランニング課題に前頭前皮質が関連していることを示す膨大な研究と一致している。

 

4. 物理的空間を超えた地図と探索

ヒトは複雑な世界に生きている。もちろん空間探索、すなわち移動は我々の生活において重要な側面を占めるが、我々は日常生活のかなりの割合の時間を人間関係や抽象的概念の探索に費やしている。近年の興味深い研究のいくつかは、空間符号化、ランドマーク関連付け、経路計画を、このような非物理的な「空間」に応用するメカニズムについて探究し始めた。この種の研究は、海馬とその他の領域の持つ機能に対する長きにわたる議論を解決できる可能性を有している。脳内地図はさまざまな認知ドメインに応用可能であるということは古くから仮説立てられてきたが、最近の研究は単なる比喩のレベルにとどまらず、具体的にどのようにして応用が可能であるのかということを示しながら扱っている。

4-1. 社会的・概念的空間

海馬と嗅内皮質が非空間的情報を表現しているということを示すエビデンスはかなり多い。齧歯類では、臭いや時点、音響周波数などを符号化する細胞が認められている (ただしこれらがタスクの中核的エレメントである時)。ヒトでは、被験者が有名人や有名な建物について考えるとき、特定の想起刺激に依存しない形で発火する「概念細胞」の存在が認められている。最近このような種類の研究は増えつつあり、これらの非空間的符号は社会的・概念的地図の形に整理できるという可能性を示している。

たとえば、Tavareらは所属やヒエラルキーによって定義された社会的空間の符号化について研究した。被験者はロールプレイングゲームで6人のキャラクターと相互作用することで社会的空間を「探索」した。被験者から見たそれぞれのキャラクターの社会的地位をトラックすると、海馬のfMRI活動は、被験者の地位から見たキャラクターの地位へのベクトルの角度 (所属によって調節された地位の関数) とともに変化した。特に、強い権力を持ち馴染み深いキャラクターと相互作用しているときほど、海馬の活動性は高くなった。一方で、後部帯状回の活動はベクトルの大きさ (所属の違いと地位の違いの両方の関数) とともに変化し、社会的に遠距離のキャラクターと相互作用しているときほど活動性が高くなった。これらの結果から、ヒトが他者と比較した相対的社会的地位を地図様の空間で表現しており、その実体が海馬と後部帯状回に符号化されていると解釈できる。今後の研究における重要な課題として、このような社会的地図がegocentricなもの (自分から見た他人の社会的地位をマップしたもの) なのか、それともallocentricなもの (他者の相互関係性をマップしたものなのか) なのかを考えていく必要がある。

また、嗅内皮質で抽象的空間の符号化が行われているということを示すエビデンスが、Constantinescuらの近年の研究によって得られている。彼らは、Doellerら (ヒトにおける格子細胞様の神経表現を示した研究) と同様の方法を用いて、モーフィングされた刺激 (首と脚の長さが徐々に変化していく鳥) によって構成される抽象的空間、すなわち首の長さと脚の長さの2軸によって定義された平面が、格子様に符号化されていることを示した。実際、そのモーフィング刺激が6回回転対称性の格子様表現に沿っているかずれているかによって、嗅内皮質の活動が変化した。この効果は腹内側前頭前皮質にも認められ、「空間」的知識を間接的に利用する課題の成績 (モーフィングの結果がどのくらいの首・脚の長さを持った鳥になるかを推定する課題) は、この領域の格子様信号の量と関係があった。また、海馬-嗅内皮質システムは、本来連続的な「空間」を符号化するのではなく、離散的な項目間の遷移に基づいて定義される「空間」を符号化できることを示唆する研究もある。

4-2. 抽象的空間内の文脈と方向

抽象的空間はどのように現実世界に関連付けられているのだろうか。現時点では、非物理的ドメインに対してランドマーク、境界、局所ジオメトリのような考え方をどのように適用すればよいのかは完全にはわかっていない。たとえば、我々の知る限りでは、概念や社会的環境の「境界」に反応する細胞の報告はない。ただし、時間ドメインについてはいくらかの進歩があり、エピソード記憶は、物理的境界によって区切られる空間領域の遷移に影響されるように、時間的境界によって区切られる行動文脈の遷移に影響されると報告されている。もちろんすべての脳内地図が同様のメカニズムに支えられているとは限らないが、我々は、ドメイン非特異的に働く基本的原則があるのだと考えている。

特に、文脈の想起と方向付けの区別は、ドメイン非特異的に応用可能かもしれない。空間ドメインでは、文脈の想起は、特定の環境に適した脳内地図を思い出すことを指す。また、方向付けとは、その地図内での自身の地位と頭位方向を決定することを指す。齧歯類では、これら2つの機能は、空間探索中のジオメトリ的または非ジオメトリ的目印に対する異なる行動応答と、計量的または非計量的目印に対する海馬場所細胞の異なる感受性に基づいて分離可能である。これらの機能が非空間ドメインに対してどのように応用可能できるのかについてはいまだ確立された考え方はないが、社会的ドメインについては文脈想起は社会的空間の適切な地図 (e.g. 自分が一緒に働いている人たち) を思い出すことを指し、方向付けは所属やヒエラルキーといった明らかな次元に自身のおかれた状況を配置することを指すのかもしれない。同じように、意味ドメインでは、文脈想起は与えられたトピックに関連した知識 (e.g. 生物) を思い出すことを指し、方向付けは意味的類似性空間の中で目立ったプロトタイプや特定の軸性に合わせた配置を見つけることを指すのかもしれない。

第2章で我々は、ヒトの文脈想起はPPAから海馬への入力に依存している一方で、方向付けはRSCで行われる計算に依存しているのだろうということに言及した。いくらかの研究では、PPAとRSCや文脈を定義する非空間的目印にも反応を示し、RSCは意味記憶課題で普遍的に活動がみられるということも示されていた。近年のreviewでは、RanganathとRitcheyは、PPAとRSCは後内側システム (posterior-medial input system) の一部を構成していて、場所的・時間的・社会的文脈の情報を含んで現在の状況を叙述する「状況モデル」を支えていると特徴づけており、人や物など個々のエンティティの同定・評価を行う前方側頭システム (anterior-temporal system) と対照的に扱っていた。一方、ヒト海馬は非空間的文脈 (e.g. 映画の中のパラレルストーリー) を符号化しているとする報告もある。非物理的空間内での探索システムの文脈想起と方向付けは、将来の研究における実りある領域と言えよう。

4-3. 過去と未来の探索

最後に、非物理的な空間における経路設計に相当するものは何だろうか。抽象的な言い方をすれば、将来起こりうる一連の状態を想像するのが経路設計である。人間も動物もそうである。例えば、ラットは迷路で交差点にさしかかると、一旦停止して左右を見渡し、どの道を通るべきか考える。このとき、可能性のある経路に沿った位置に対応する場所細胞が発火し、動物が各経路を通った場合に遭遇するであろう場所について「思考」していることを示す神経生物学的証拠が得られている。経路設計は過去に構築された表現を使って未来を考えるというプロセスを含む、というこの原理はより広く応用可能であり、エピソード記憶や前向性思考など、他の中核的認知機能に探索システムが関与することを説明可能である。

多くの文献がこの考え方の変種のような考察を行っている。ある理論では、重要な認知過程はシーンの構築であるとしている。シーンの構築とは、空間的な枠組みを設定し、そこに意味のあるコンテンツを配置し、異なる視点から出来上がったシーンがどのように見えるかを想像する能力である。他の研究者は、エピソードを形成しうる関連した状態のシーケンスを構築する能力に焦点を当てている。経路設計は、意味のある思考のシーケンスを作成するためのメカニズムとして、社会的および概念的な領域にも適用できるかもしれない。実際、思考は航海のようなものであるという考えは古くからあり、William Jamesは思考の流れを「鳥の一生に似ている...。飛んで、木に止まって、の繰り返しである。」と表現した。

この文献については、以前のreviewで広く議論されているので、ここでは調査を試みない。我々は、これらの能力をより深く理解する方法が、距離、角度、経路の複雑さなどの具体的な量で計算メカニズムを正確に定義できる空間探索の文献から得られた洞察を適用することで得られる可能性が高い、という信念を単に記すにとどめる。

 

結論

Tolmanが最初に脳内地図の概念を提唱してから70年が経ち、O’KeefeとNadelがそれを海馬と関連付けるデータを発表してから40年が経つ。脳内地図の行動学的・神経生物学的なエビデンスは、長い間、主に齧歯類から得られていた。今回のreviewでは、この考え方がヒトにも同様に応用できることを示す最近のエビデンスを示した。我々は特に、探索行動において脳内地図がどのように用いられているのかという点に着目し、実環境への関連付けや経路設計について扱い、さらに脳内地図が物理的空間のみならず非物理的空間にも応用可能である可能性について検討した。今後の研究においては、新たな手法を用いながら、探索行動・神経応答・認知処理のより強固な結合を見出し、Tolmanが描いた「脳内地図」の概念を埋めていくことが望まれる。

 

感想

最後の方はちょっとよくわかりませんでしたが、空間探索の話からは新しい視点がたくさん得られました。

特に面白かったのは第2章のランドマーク関連付けのところです。

まずPPAについてです。そもそもPPAが扱う「風景」ってなんやねんとずっと思っていたのですが、「ランドマークとしての有用性を持つ構造」であるということがわかって、だいぶスッキリしました。実際PPAは、いわゆるシーン (風景、街並み、部屋など) の他にも、大きい物体とか、遠くにある物体とか、動かない物体とか、ランドマークとして適した性質を持ったものに応答するということが書いてありましたね。こう考えると、「ランドマークとして適した性質」の判断はどのように行われているんだろう、という疑問が湧いてきます。少なくとも、動物や人間はランドマークとして不適切 (動くので) で、建物は適切であろうと考えられますが、こう考えるとオブジェクトのカテゴリ分類も大切になってきます。PPAに至る以前の視覚処理経路において既にオブジェクトがオブジェクトとしてシーンから分離され、かつオブジェクトのカテゴリがATLとの相互作用によって分類済みでないとこのような処理はできません。腹側視覚処理経路の中でも、各ハブは逐一ATLと相互作用しつつ、そのオブジェクトのカテゴリを精密化しているのでしょう。

また、RSCの機能についても興味深いことが書いてありました。RSCは多様なスケールで空間をallocentricに表現しており、複数スケールの空間表現を位置合わせ・方向合わせするのに重要であるという趣旨だったと思います。同時にRSCは、OPAやPPAと同様にランドマークにも応答することから、現実世界 (自分の視野) と脳内地図を位置合わせ・方向合わせするのにも重要だと考えられます。

以前の記事で、人間の持つ空間表現として、allocentric representationとegocentric representationがあるということを紹介しました (ヒトが「道に迷わない」ための神経ネットワーク - ひびめも)。実は、自分でこんな長々と記事を書いておきながら、いまだにegocentric representationの実態や使い方についてよく理解できていなかったのですが、今回の論文ともう少し文献検索した結果を含めて自分なりの理解ができたので、以下に記そうと思います。Egocentric representationの定義は、上の文献でも紹介した通り「自分を中心とした極座標系で表現される空間表現」です。この定義は、正しいです。なので、自分の真後ろにある物体もegocentric representationによって表現可能です。たとえば、一番最初の記事で紹介したCard Placing Test (CPT: 3x3の格子の中央に立ち周囲に置かれたカードの配置を記憶した上でカードを再配置するテストで、そのままカードを再配置するPart Aと、回転した後カードを再配置するPart Bに分かれる) のうち、Part Aはまさにegocentric representationを利用するテストだと考えられます (「道に迷う」を分類する - ひびめも)。上記文献 (CPTの論文) では、症例1 (右頭頂葉後部+背外側前頭前皮質梗塞) でCPT Part Aのスコアが下がるのは、後部頭頂皮質 (PPC: posterior parietal cortex) の障害によってegocentric representationが障害されているからだと考察しています。確かに、多くの文献において、PPCはegocentric representationに重要であると書かれているので、この考察はもっともです。でも、今回の論文にあったように、「局所的な脳内地図」という概念も存在し、その空間表現はallocentricです。なので、CPT Part Aを解く際に、「3x3の格子」を局所的なallocentricな空間と捉えれば、egocentricな戦略に基づかずともクリアできそうじゃないでしょうか。

おそらくこの矛盾は、PPC=egocentricと単純化して考えてしまっているために生じています。最近のラットの研究を見てみると、PPCには空間内の目印をegocentricに表現する細胞 (ECD cells: egocentric cue direction cells、目印が自分から見て特定の方向に位置したときにのみ発火する細胞) のほかに、conjunctive ECD-HD cellsといって、目印が自分から見て特定の方向に位置し、かつ空間内で自身が特定の方角を向いているときにのみ発火する細胞も有しています (c.f. Interaction of Egocentric and World-Centered Reference Frames in the Rat Posterior Parietal Cortex | Journal of Neuroscience) 。さらに、ECD細胞が反応する方向 (ベクトル平均) は、両目ともに視野の中央付近に偏っており (上記文献Fig.7C:視野外にベクトル平均が来ている細胞もあるが、これは両視野をカバーする2峰性ECD細胞であるためと解説されている)、ECD細胞は基本的に自分の視野内の目印にしか反応しないものと考えられます。こう考えるとPPCは、① view-dependent representationとも言うべき「空間内の物体配置を自分の視野の範疇で表現」した空間表現を持ち、これをECD細胞によって符号化していて、加えて② view-dependent representationをallocentric representationと相互変換するメカニズムを持っている (conjunctive ECD-HD cellsの役割) と言うべきだと思われます。この②のメカニズムのおかげで、自分の真後ろにある物体の位置も把握でき、これがいわゆるegocentric representationとして知られている空間表現だ、と考えるのが良いのかもしれません。言い方を変えると、view-depentent representationとallocentric representationという2つの根源的な空間表現があり、egocentric representationはその2つが合わさって出来上がるものだ、という理解です。さらに、自分で見た物体をallocentric representationの中に配置するためには、その物体は必ずview-depentent representationを経る必要があります。ですから、そもそもCPTのようなタスクで格子という局所的なallocentric representationを作るためにはPPCのview-dependent representationの機能が必要であり、このためPPCが障害されているときにはegocentric representationはもちろんのこと、上記で述べたようなallocentric representationを用いた戦略も通用しないのです。これでスッキリ!

いやあ、スッキリしたので今日はよく眠れそうです。でも、やらなきゃいけないことたくさんあるけどスッキリするためにだいぶ時間を使ってしまった...。