ひびめも

日々のメモです

海馬傍皮質の機能:文脈的つながりの処理

The role of the parahippocampal cortex in cognition.

Aminoff, Elissa M., Kestutis Kveraga, and Moshe Bar.

Trends in cognitive sciences 17.8 (2013): 379-390.

 

産婦人科にも徐々に慣れてきました。あんなに大変な妊娠・出産・産褥を経験される女性の方々を心から尊敬いたします、という気持ちでいっぱいです。
話は変わりますが、やっぱり脳は面白い!未だに側頭葉から抜け出せないのがつらいですね。そろそろ前頭葉に行きたいなあ。
さて、というわけで、相変わらず側頭葉ですが、今回は海馬傍皮質に焦点を当てたreviewです。

 

要旨

海馬傍皮質 (PHC: parahippocampal cortex) は、視空間認知やエピソード記憶など、多くの認知処理に関連している。PHCの持つ役割を明らかにするためには、これら個々の認知処理を統一的に記述するフレームワークが必要である。PHCは文脈的つながりを処理する脳ネットワークの一部であるという考え方が提唱されている。文脈的つながりは多くの高次認知処理の基盤となる主要な要素であり、PHCに関する先行研究を統一するのに適した考え方である。今回我々は、PHCが文脈的つながりを処理する機能を持つことを支持する最近の研究をまとめた。この考え方は、非常に幅広い先行研究を調和させるとともに、PHCが持つさらなる未知の機能について考察する礎となり、文脈と認知に関する新しい普遍的な疑問を与えてくれるものである。

 

用語について

文脈 (context): 環境を定義し、表現し、意味づける条件の複合体。この条件には、繰り返す曝露によって形成された長期的な関係性 (すなわち文脈の長期記憶) が含まれている。本論文では、オブジェクトや構成によって定義される条件を取り上げたが、その他、時間ドメイン (e.g. 出来事の順序)、行動ドメイン (e.g. 思考習慣、目標指向)、感情ドメインなどでも条件は定義可能である。
文脈的つながり (contextual association): 文脈内の項目同士の関係性のこと。たとえば、同じ文脈に関連したオブジェクトの間の関係性 (e.g. バスタブとシンク) や、項目間の空間的関係性 (e.g. キーボードがモニタの前下方にある)、文脈に関連した構成 (e.g. 会議室には長机があり、長机の両端に椅子がある) など。
文脈フレーム (contextual frame): 文脈を定義する関係性のネットワークを有する原型的記憶表現 (主要なオブジェクトとその空間的関係性など)。この原型的表現は、同じ文脈の異なる例でも適用可能な程度に十分な普遍性を有する。文脈フレームの処理は1つのキーとなる要素だけで開始可能であり、関係性ネットワークを通じた活性化の伝播が起こる。たとえば、サーフボードというシードによってビーチという文脈が活性化される。これらの記憶構造は効率的な記憶貯蔵や推測的思考にも役立つ。
非空間的文脈 (nonspatial context): 空間的関係、構成、場所と独立したドメインで定義される文脈のこと。
空間的文脈 (spatial context): 項目の空間的構成や場所に基づく文脈。

 

1. PHCの機能をより包括的に記述する

PHCは側頭葉内側の大部分にまたがるようにして存在する。この領域は、記憶に重要とされる脳領域 (e.g. 海馬) と高次視覚処理領域 (e.g. 紡錘状回皮質) の境界に位置する。多種多様な刺激、課題、環境を用いた多くの研究によって、PHCの活動と関係する多くの処理の存在が示されている。このようにPHCは、他の高次皮質領域と同様に多くの異なる機能に関与しており、さらに他の脳領域と共同して活動するため、PHCの持つ単一の機能を定義するのはなかなか困難な試みであった。本論文の目的は、さまざまな研究結果を統合し、PHCが持つ多様な機能を包括的に記述することである。
文脈的つながりはさまざまな機能の基礎となる要素単位であると考えられており、以前からPHCと関連すると考えられてきた。この考え方は近年の大量の研究をまとめあげて作られたものであり、幅広い文献を代表している。文脈処理に注目した考え方はPHCの持つ異なる機能を統合したものであり、新たな仮説を考えたり、将来の研究を方向付けるにあたっての基盤を提供するものである。

 

2. PHCの解剖と結合性

ある脳領域の役割を理解するためには、その領域の機能的活動性のみならず、解剖についても知っておく必要がある。なぜならば、解剖学的位置や結合性は、その機能に関する有意義な手がかりを与えてくれるからである。
PHCは側頭葉内側 (MTL: medial temporal lobe) の中でも解剖学的に特異な領域であり、嗅周皮質、嗅内皮質、海馬などの他のMTL領域とは区別される。嗅周皮質と嗅内皮質はPHCとの吻側境界を形成し、一方で尾側境界は鳥距溝が見える最初の冠状断スライスとされている。異なる動物種の間での解剖学的比較には注意が必要だが、PHCに対応する領域として、サルではTH・TF領域が、ラットでは後嗅皮質が考えられている。マカクザルの解剖学的研究により、PHCは内側領域 (TH) と外側領域 (TF) に分けられることが示唆されており、両者ともに空間処理と記憶に関与すると考えられている。TFの下位領域として、TF内でもさらに内側のTFm、TFとTHの中間領域にあるTLが報告されている。THの内側領域は、吻側のTHrと尾側のTHcに分けられることもある。これらの解剖学的区分のホモログをヒト大脳皮質で明らかにすることは、PHCに関連する多様な機能について決定的な洞察を与えてくれる可能性がある。実際このような研究は既に存在しており、本論文の中でも後々紹介する。
PHCは、側頭葉、頭頂葉前頭葉の脳領域を結ぶ大規模ネットワークの一部である。この領域は、V4やTE・TEOの一部 (サル脳でオブジェクト認知に関わる領域)、上側頭回 (STG: superior temporal gyrus) の聴覚連合野のようなユニモーダル皮質との結合を有する。さらに、脳梁膨大後皮質や下頭頂小葉外側領域、上側頭溝 (STS: superior temporal sulcus) の背側領域など、ポリモーダル連合野との結合性も有する。また、PHCは内側側頭葉の内部でも相互結合を有している。これはたとえば、側頭極や嗅周皮質、PHC内部への投射線維 (i.e. TF→TH) などである。さらに、PHCは嗅内皮質への入力の大部分を提供しており、嗅内皮質から海馬への直接投射を介して、間接的な海馬への入力を行なっている。また、海馬CA1や前海馬支脚、扁桃体との直接的結合も存在する。PHC前頭葉皮質とも強い結合性を持ち、ここには特に内側前頭前皮質、背外側前頭前皮質眼窩前頭皮質、そして島皮質が含まれる。ヒト神経画像研究では、PHC前方は脳梁膨大後複合体 (RSC: retrosplenial complex) や頭頂葉皮質と、そしてPHC後方は視覚処理領域と強い機能的結合性を持つことが報告されている。これは、後で述べるPHC前後の機能的差異とも関連してくる。
このようにPHCがユニモーダル・ポリモーダル皮質の両方と高い相互結合性を有することを考えると、多様な認知機能と関連しているのも驚くべきことではない。

 

3. PHCの機能的特徴

PHCは広く研究されており、多くの機能との関連が報告されている。特に際立った機能として、エピソード記憶と視空間処理という2つの機能が浮上してきている。PHCは連合記憶、情報源記憶、意識的想起と関連しながらエピソード記憶に関わり、シーン知覚、空間表現、探索と関連しながら視空間処理に関わっている。しかしながら、これら2つの機能を超えて、感情刺激の処理、低次視覚処理 (視野の中心と辺縁の区別など)、さらに高空間周波数の選択的処理など、さらに多様な処理への関与も報告されている。一般的にPHCは視覚的刺激に応答すると考えられているが、他にも聴覚刺激や嗅覚刺激にも反応することが報告されている。
では、PHCはどのようにしてここまで多様な機能に関与できているのだろうか?我々は、この多様性を包括し折衷する考え方として、PHCは文脈的つながり (contextual association) を伝達する、という説明方法を提案したい。実際、PHCの活動を誘発する主な課題/刺激は、文脈的つながりの処理に関わっている (下図)。PHCの主要な機能をつなぎ合わせる基本的要素が文脈的つながりであることを説明する前に、まずはPHCの持つ主要な機能について記述しておく。

3-1. PHCの視空間処理
PHCは環境についての空間情報が関わる課題に強く関連している。たとえば、fMRIではシーンやランドマークの画像を見た時や、地図を使った時、オブジェクトの位置を覚える時にPHCの活動が観察される。シーン刺激によるPHCの強い活動から、PHC後部は海馬傍回場所領域 (PPA: parahippocampal place area) と呼ばれるようになった。また、PHCに損傷を持つ患者で視空間処理が障害されることを示すエビデンスも多く存在する。たとえば、ランドマークの同定や、空間的方位、探索、空間記憶の障害などが報告されている。さらに、齧歯類やサルにおいて海馬傍回後方領域の選択的損傷によって視空間処理が障害されることが多くの研究で報告されており、この領域と空間処理の直接的関連が示されている。
しかし、PHCが視空間処理の中で実際に何を計算しているのかは未だ不明である。Epsteinらは、「PHCは刺激の表面的ジオメトリを処理する」と考える、空間レイアウト仮説を提唱した。この仮説では、PHCはシーンのジオメトリ的空間レイアウト (壁や床) を処理する機能を持ち、その処理は個々のシーン内要素 (家具など) や、経験・記憶・意味に影響されないと考えられている。一方で、NullallyとMaguireは、「PHCは基本的3次元空間の経験に反応する」とする、空間定義仮説を提唱した。この考え方では、単一のオブジェクトが、他のオブジェクトや空間レイアウト、文脈的要素を排除した3次元空間感覚を呼び起こすことができると考えており、この空間感覚がPHC後部の最適な刺激になると考えられている。他にも、PHCは空間の広がりを処理する (山幅が開けた広がりで洞窟が閉じた広がりである、など)、という考え方もある。これらの仮説は互いに関連性があって興味深いが、PHCが処理する対象にしか注目しておらず、どのように、またはなぜその情報を処理しているのか、という点に注目できていない。さらに、どの仮説も空間処理やエピソード記憶、その他にも多く報告されているPHCの機能を和解させようと試みてはいない。
PHCはシーンから経路探索や空間方位に有用な情報を抽出していると唱える仮説もある。Aguirreらはバーチャル環境を用いた探索課題を用い、地誌的学習とPHCの関連を報告した。同様に、Melletらは心的探索課題がPHCの活動を誘発することを発見した。経路探索に重要なのは位置情報だけではない。たとえば、空間記憶 (典型的にはオブジェクトの位置の記憶として定義される) はPHCの強いfMRI活動を誘発する。PHCと空間記憶の因果関係も、PHCに損傷を持つヒト患者で実証されている。同様に、サルの海馬傍回やラットの後嗅皮質に損傷を与えるとオブジェクト-場所関係性の学習が障害されたとする報告も存在する。空間記憶を探索行動に関連付けるにあたって、Janzenらは、探索行動における意思決定にオブジェクトを重要な目印 (または連想的な手がかり) として用いた際にPHCの活動が誘発されることを報告した。
まとめると、PHCの活動とシーン及び空間処理の直接的関係性を見出したパラダイムは多数存在するということである。しかし、PHCが何をどのように処理しているのかという収束的な説明は未だ存在しない。上で述べた理論はデータを厳格に扱っているため確実な開始地点となるのは間違いないが、より説明力の強い理論が必要であると思われる。特に、PHCが空間処理とエピソード記憶の両方に関わっているという事実のように、一見矛盾しているように見える多様な発見をうまく擦り合わせられる理論を開発することが重要である。

3-2. PHCエピソード記憶
PHCエピソード記憶の記銘と想起に関連しているとする文献は数多く存在する。エピソードは本質的に連合的であり、オブジェクト、関係性、場所、音などを単一の混合的構成体として関連づけている。実際、単一の項目に関する記憶よりも、連合記憶 (顔と名前など、異なる項目を関連づける記憶のこと) の方が強いPHCの活動を誘導する。このためPHCは、あらゆる種類のエピソード記憶に関与するというよりも、要素間の関係性を含む記憶に関連した処理に関わっているといった方が適切である。
PHCは、単に項目を記憶するよりも、目標となる項目を背景の文脈に結び付けることにより深く関わっている。ここでいう文脈とは、目標項目と同時に、他の項目や、背景のシーンの情報、特定の心的フレーム (e.g. 課題がその瞬間に達成された) がともに存在する形をとっている。このような文脈的情報は、情報源記憶 (特定の項目に関連付けられた文脈の記憶) として働くかもしれない。PHCは、記憶の記銘にあたって、目標項目の位置的・時間的な文脈情報を海馬に提供していると考えられている。PHCが持つ連合記憶機能は、動物に対する損傷研究やヒト患者でも調べられている。これらの研究は、PHCは連合記憶に欠かせない要素であり、PHCの損傷は極めて大きな障害を引き起こすということを示した。まとめると、PHCは幅広いドメインで連合処理と文脈処理に関与しており、この機能は多くの研究で広く受け入れられている。
もしPHCの機能が空間的処理のみだとするならば、エピソード記憶におけるPHCの活動は空間情報を含むエピソードの処理においてのみ見られることになるだろう。実際、いくつかのエピソード記憶研究では、空間的記憶やシーンの記憶に関連する処理において選択的なPHCの活動が見られたと報告しているが、すべてのエピソード記憶研究が空間情報と関連していたわけではない。たとえば、Wagnerらの精力的な研究によれば、PHCの活動は単語の記銘において観察され、そしてその単語の半分が具体的単語、半分が抽象的単語であった。また、Halesらは空間ドメインが関与しないパラダイムを用いて、PHCが単一のオブジェクトよりも時間的に関連したオブジェクトのペアの記銘に関与していることを示した。さらに、AlvarezらはPHC損傷ラットでにおいの連合記憶が障害されることを示した。KirwanとStarkは、fMRIを用いて、顔と名前の連合記憶がPHCによって仲介されていることを示した。そのほかにも、Tendolkarらは記憶の詳細性 (色など) がPHCの活動と相関したことを報告した。結局、これらの研究から、明らかな空間的要素を含まないエピソード記憶でもPHCの活動は誘発されることがわかる。この事実は、PHCが排他的に空間的処理のみを行っているとする見方に決定的な疑問を投げかけるものである。
PHC機能に関する文献は数多いが、矛盾点も多い。視空間処理とエピソード記憶はこの領域に強く関連しているが、その他の処理 (BOX1) にも関連している。我々は、これらの異なった見方が文脈処理という観点で包括可能であることを次章で議論する。

※ BOX1: PHCが持つ他の役割
(1) 感情処理: PHCは画像や音楽に対する感情面の処理とも関連しており、刺激に対する反応の調節に関わっていて、損傷によって行動面の障害が現れることが報告されている。映画において音楽が恐怖シーンを際立たせるように、感情は強い文脈的手がかりとして働く。しかし、感情的推察が、しばしば顔・体・声といった手がかりや、シーンの視覚的・聴覚的トーン、音楽などの、文脈の理解を必要とするという意味で、その逆もまた然りである。たとえば、怒りと恐怖の表現はしばしばよく似ており紛らわしいし、特定の感情表現は特定の文脈を知らないとわからないことがある。我々は、PHCが、RSCや内側前頭前皮質 (mPFC: medial prefrontal cortex)、扁桃体や海馬といった感情処理に関わる領域と共に、文脈処理と感情の間の強い結合を取り持っており、感情の理解・推察に重要な役割を持っていると考えている。
(2) 中心-辺縁構成: Levyらは、PHCの機能を視覚処理の腹側経路の枠組みの中で議論した。彼らは、腹側経路は低次視覚野における網膜偏心度の拡張として、中心-辺縁勾配に沿って構成されていると提唱した。たとえば、紡錘状回は視野の中心にある項目を処理しており、このため単一のオブジェクトや顔の知覚に特化している。一方で、より内側にあるPHCは視野の辺縁にあるオブジェクト、すなわち建物や全体的なシーンの処理を行っている、と考えている。暫定的な仮説として、この効果は文脈処理に重要であると解釈できる。文脈は、視野の中心だけでなく、視野全体に生じる規則性によって構成されるものである。
(3) 高空間周波数と専門知識: Rajimehrらは、PHCは低空間周波数 (LSF: low spatial frequency) よりも高空間周波数 (HSF: high spatial frequency) により強く応答することを発見した。この発見に関する、我々の解釈は以下の通りである。PHCは主に、外側膝状体の小細胞層 (P: parvocellular) からの入力を受け取るV1領域からの投射を受けている (BOX2)。PHCがHSFの処理 (屋内画像などでよくみられる鋭いエッジや境界線など) を担うのは、このP優位投射の影響である。しかし、より一般的には、PHCは低次の視覚的差異にとどまらない様々な「詳細な情報」に対しても敏感であると思われる。PHCの活動は、感情的シーンや (正しい) チェスボード、文脈的単語、エピソード記憶など、高次の刺激の詳細な情報によって誘発される。たとえば、プロのチェスプレイヤーでは、ボード上に駒がランダムに配置されているときと比べて正しい形で配置されているときの方が強いPHCの活動がみられたという。また、プロのアーチェリー選手でも、初心者よりも正しいウェスタンスタイルアーチェリーの動画を見ているときの方が強いPHCの活動がみられた。専門知識が発達するとともに、特定のトピックに関する関係性ネットワークも発達し、PHCにおける文脈処理に関与する。このため、PHCの機能は文脈的詳細性または文脈的特異性を解析することと言えるのかもしれない。そして、この機能は文脈処理に関わるネットワークのもう1つの重要な領域、すなわちRSCとの良い比較対象になる。

※ BOX2: PHCとRSCが属する異なる経路
PHCは詳細な刺激やHSF刺激、新規の刺激によって強い活動を示す。一方で、RSCの損傷や不活化は、シーンを含む新規の刺激の認知に影響を及ぼさないものの、地誌的見当識や空間探索に強い障害をきたす。PHCとRSCのこの処理の違いは、それぞれがV1領域の異なる領域、すなわち小細胞経路 (P: parvocellular) と大細胞経路 (M: magnocellular) という異なる経路からの入力を受けていることを示唆する。ここで我々は、これらの経路とその処理特性について簡単に振り返る。
M経路とP経路は、異なる種類の網膜神経節細胞から始まっている。M経路はParasol細胞、P経路はMidget細胞に始まり、LGNとV1に至っても異なる細胞層を構成している。Mニューロンシナプスする細胞は、V1に入った後、V2のthick-stripe領域、MT/V5やMSTに入り、さらに上側頭溝後部やRSC、後帯状皮質などの高次の運動/注意領域に繋がっていく。背側のM経路は運動前野、前頭前皮質、内側側頭葉という少なくとも3つの領域に分枝を有する。M経路がどのような解剖学的経路を通って前頭前皮質に至るのかは未だ不明だが、M経路に偏った刺激が眼窩前頭皮質の活動を誘発することが知られている。一方、P経路は腹側視覚処理経路 ('what'経路) の大部分を構成しているが、この領域は一部M経路からの入力も受けている。
視覚処理の背側経路は、空間視や空間的注意、地誌的見当識、オブジェクトの把握・リーチング (手を伸ばして取ること)、オブジェクトに対する眼球運動 (追視)、オブジェクトの動きの知覚を司る'where/how'経路であり、このほとんどがM経路によって構成されている。網膜M神経節細胞は多くのlarge diffuse bipolar細胞から情報を受け取っているため、大きな視覚受容野と、発光コントラストに対する高い感受性を有する。一方、網膜P神経節細胞は、単一の錐体細胞に結合するたった2つの双極midget細胞から情報を受け取っているのみであり、発光チャネルの高い空間分解能と高い色感受性を有するが、M細胞よりも高い発光コントラストを必要とする。M細胞の反応時間は短く、神経伝達速度も高いため、P細胞と比較して高い時間分解能を有する。一方で、P細胞は持続的な応答特性を示し、刺激のゆっくりとした時間変化にのみ反応する。
M経路が内側側頭葉に投射しているという報告に反して、最近のデータでは、PHCの活動は実際にはP経路に偏った刺激やHSFによって優位に誘発されることが示されている。一方、RSCに関しては、M経路に偏った刺激で優位な活動が見られる可能性もある (unpublished data)。以前のreviewによれば、少なくとも視覚ドメインでは、それぞれ役割分担を持つPHCとRSCの相互作用によって他中心的・自己中心的空間表現が統合され、自己に関連する推測・思考を行う (mPFCの機能) のに必要な文脈フレームワークが作成されているのだと考えられる。しかしながら、このようなPHCとRSCの「役割分担」は、異なるチャネルからの情報を統合する際の偏りを示しているだけであり、特定の情報を独占的に処理するわけではないということに注意が必要である。

 

4. PHCにおける文脈的つながりの処理とその先

PHCの活動が、強く長期的な文脈的つながりの処理によって誘発されるということは繰り返し示されており、これはRSC、mPFC、横後頭溝 (TOS: transverse occipital sulcus) でも同様である。オブジェクトの原型的な反復曝露が文脈を形成するというのは物理的世界・心的世界の両方で当てはまる。そして、この曝露には、オブジェクト同士や周囲環境との空間的関係性や、環境内で予期される特定の行動が含まれることもある。たとえば、キッチンという文脈には、オーブン、冷蔵庫、シンクといったキーとなるオブジェクトが含まれ、キッチン棚のレイアウトといった典型的な空間構成や、皿を洗うなどの予期されるアクティビティも含まれている。多くの場合、単一の項目だけでは文脈の定義は難しい。むしろ、規則的に生じる項目の集合と、それらの空間的関係性が必要である。したがって、特定の文脈を定義するためには、他の文脈との区別を可能とする最低限の個数のオブジェクトが必要となる。しかし、一度文脈が定義されてしまえば、以降は「文脈フレーム」という形で表現されるようになり、単一のオブジェクトだけでもその処理を開始するのに十分なトリガーとなる。

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文脈は複数のドメインで定義される。文脈情報の基本的な情報源は、オブジェクトが発生する場所、オブジェクトが見つかる場所、オブジェクトの間で見られる典型的な構成から得られる。このため、空間ドメインで得られる文脈情報は顕著な手がかりとなる。しかし、文脈情報の情報源は空間ドメインに限ったものではなく、非空間的ドメインにおける文脈処理も認知処理において同じくらい重要である。非空間的な文脈的つながりとは、特定の場所に属したり、固定的な空間配置を持たない関係性のことを指す。非空間的文脈内の項目は互いに関係しているが、特定の空間や場所との関係は持たない。環境内でのオブジェクトの共起や時間的相関は、非空間的な文脈的つながりにおける顕著な手がかりとなる。また、空間的・非空間的文脈情報の両方が環境に対する意味付けに重要であり、同時にオブジェクトやその空間的関係性、環境内での行動に関する予測を行う上でも重要である。この予測は単一のモダリティに限定したものではない。たとえば焼きたてのクッキーは、その匂いや味、オーブンの熱さや音、ミルクを注ぐ動作などと関係し、それらを活性化させる。こうした予測は文脈的つながりの処理によって生成されるものであり、そしてそれは日常生活において我々を導き、環境との相互作用を助けてくれる。文脈的つながりの処理は、空間的処理やエピソード記憶の処理といった、高度に連合的な複数の処理の基盤となる。
文脈処理の神経基盤についての報告は、複数の異なるグループから集まってきている。弱い文脈的つながりを持つオブジェクト (e.g. 空き缶は特定の文脈と強い関係を持つわけではなく多くの文脈に見られる) と比べて、強い文脈的つながりを持つオブジェクト (e.g. ダイビングボードは水泳プールという文脈と強い関係を持つ) が脳においてどのように処理されているかを調べたさまざまな研究において、PHCとRSCで活動性の差異が認められ、引き続く研究ではmPFCとTOSにも同様の傾向が認められた。これらの初期の研究以来、他のグループもこの結果を再現し、また拡張することで、これらの領域が文脈処理と関係していることが様々な手法 (e.g. MVPA) で確認されており、同時に非ヒトでの研究や、異なるドメインでも同様の結果が確認されている。さらに、PHCは共起する複数の感覚的情報の処理とも関わっていることが報告されており、PHCが同一文脈に属する共起項目を同時に処理するという提案を支持する。以上より、文脈的つながりの処理がPHC、RSC、mPFCの活動を引き起こすということが、様々な実験手法、解析手法、認知領域で確かめられているということがわかる。
文脈はしばしば特定の場所と関連付いている。ある脳活動が文脈的つながりによって起きたものなのかシーン処理によって起きたものなのかを区別するためには、特定の場所と強く関係したオブジェクトの文脈処理 (e.g. オーブンはキッチンにある) を、特定の場所とは関係しないものの単一の文脈に強く関係したオブジェクトの文脈処理 (e.g. 誕生日ケーキは誕生日パーティーにあるがパーティーは家でもレストランでも公園でも開かれる) と比較することが重要である。次に、これら2つの種類の文脈的オブジェクトによって誘発される活動を、多くの文脈と弱い関係性しか持たないようなオブジェクト (e.g. ランプ) によって誘発される活動と比較する。すると、先述したように、PHCとRSCの活動性に差異が認められた。しかし、PHCにおいては、空間的文脈に関する活動は (前後軸に沿って) 後方領域に、そして非空間的文脈に関する活動は前方領域に限局していた。同様の事実は、刺激を新規のものに限定して行った実験や、海馬傍回におけるオブジェクトとシーンの処理の違いを検討した研究でも再現されている。こうした結果はやはり、PHCが空間ドメインに限らない文脈的つながりを処理しているということを示している。
PHCの処理は空間的関係性と非空間的関係性を区別する構造を反映しているため、PHCが文脈の物理的詳細性に対してより敏感であることが示唆される (ドユコト?)。しかし、PHCは文脈的つながり処理を司る皮質ネットワークのたった3つのノードのうちの1つであることを思い出してほしい。複数の研究から、このネットワークのもう1つの構成要素、すなわちRSCは、より図式的な (原型的な) 文脈表現を有していることが示唆されており、この文脈表現は「文脈フレーム」と呼ばれた。RSCは、単一のオブジェクトにも全体のシーンにも、空間的文脈にも非空間的文脈にも似通った活動性を示し、提示されていない文脈的つながりを活性化させ、シーンの抽象的表現を生成することで、文脈の抽象的表現を処理するということが実証されている。こういった研究では、RSCは物理的に知覚したものに対してはあまり感受性を示さず、むしろ関連のある貯蔵された文脈表現の活性化を反映することが示されている。対照的に、mPFCは文脈フレーム内の情報を用いて、即時的環境内で何が起こりうるかということに関する推測を立てるのに重要であると考えられている。現在、mPFCの特異的な役割や、あまり研究が行われていないTOSの役割について、具体的な複数の研究が行われている最中である。
これらの異なる領域を文脈的つながりの処理という単一の神経機構の観点で統合するため、脳磁図を用いてそのダイナミクスを調べる研究が行われた。位相同期解析を用いてPHC、RSC、mPFC、および低次視覚野の脳磁図シグナルが解析された。まずこの研究では、視覚的オブジェクトの文脈的つながりの処理はPHCの活動から始まり (低次視覚野とPHCの時間差が150-220ms)、現在の刺激の文脈的詳細を解析していることが示唆された。このPHCの文脈感受性活動に引き続き、170-240msの間隔を置いてRSCの位相同期が起こる。Kveragaらは、このRSCの同期は、関連する文脈フレームのインスタンス化と、そのフレーム内で関連する文脈的つながりの処理を反映していると提唱した。この段階の後、RSCはmPFCと同期した活動を示す (370-400ms後)。この同期では、環境内で次に何が起こるかについての推測を行うために、文脈フレーム内の関係性を用いていると考えられている。PHCとRSCの役割分担の発生起源についてのより詳しい議論はBOX2で、文脈処理を司るメカニズムに関する仮説についてはBOX3で議論する。
以上より、文脈処理はPHCの機能の2つの重要な側面を強調する。第一に、PHCで空間的・非空間的情報の両方がどのように処理されているのかという点について説明が可能となる。もしPHCの機能が典型的文脈への反復する曝露を通じて項目間の結びつきを処理することであれば、この領域が空間的・非空間的関係性の両方に関与するのは納得できる。特に、空間的関係性は文脈的つながりの下位カテゴリの中でも頻度が高く、また際立ったものであるため、PHCの機能はよくシーンや場所の処理と関連づけられており、そしてこの領域の優位な機能と考えられていたのだと思われる。また同時に、PHCは空間に関する重要な事項、すなわちエレメント間の空間的な位置関係や場所との関係性の定義も行っている。そして第二に、この説明方法は、PHCがネットワークという幅広い枠組みの中でどのように他の領域と協働しながら文脈を処理しているのかについて考える道筋を与えてくれる。

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※ BOX3: 振動共鳴による文脈的結びつき
脳が一生を通じて文脈的つながりを学習するにおいて、関連のある刺激 (共起性や空間的・空間的近接性を持つ刺激) の間の結びつきは徐々に強化されていく。そして、そのような学習後の刺激に曝露された際、我々の脳ではこの項目間の結びつきが自動的に活性化され、関係のある神経アセンブリの間で振動が起こる。もし活性化された関係性が強度 (または十分に大量) であれば、この振動は同期し、共鳴が起こる。これは、緩徐なリズム (たとえば4-7 Hzのシータ波; 海馬で優位な動作周波数) の増強によって起こり、そしてこのピークで局所的処理のための一時的処理「窓」がガンマ幅 (> 30Hz) の形で形成される。また、領域間の結合 (e.g. 腹側経路のPHCと背側経路のRSC) は、ベータ波 (13-30 Hz) の同期として行われていると思われる。
PHC/頭頂/前頭前野回路におけるこの共鳴が、文脈的に一致した手掛かりを結び付け、あるオブジェクトが浴室ではなくキッチンと関連している、あるシーンが砂漠ではなくビーチを指している、という判断に至るように前頭前野回路を動かすのだろう。同様の処理は、記憶や探索の手掛かりの想起にも役立つかもしれない。たくさんの記憶の手掛かりが同時に共鳴したとき、その結果としてこれらと関係するものだけが活性化される。その一方で、誤った、または無関係な手がかりは、その非同期性によって消失してしまう。
こうした共鳴による処理はPHCに特有な特性ではないが、このような考え方によれば、PHCに関する多くの発見を単一のメカニズムを用いて説明できるかもしれない。ここで、推測的ではあるがいくつかの例を挙げる。
(1) 強く文脈的なオブジェクトが、弱く文脈的なオブジェクトよりも、関係する文脈の誘発に優れているのはなぜか。これは、単一の目標 (特定の文脈概念を表現する神経アセンブリ) に強く関係した刺激は、不一致の目標 (文脈) と弱く関係する刺激よりも強い同期を起こすからだと考えられる。我々は以前の研究で、強く文脈的なオブジェクトに対して、PHCが他の課題関係領域と共に高い同期を示すことを報告した。また、正しい空間探索や、文脈によって促進されたエピソード記憶の想起が、PHCのシータ波同期を増幅させたことが報告されている。
(2) 単一のオブジェクトや内容のないシーンと比べて、関係するエレメントを多く有する文脈的シーンが、より強いPHCの活動を引き起こすのはなぜか。これは、文脈的シーンは、強く文脈的なオブジェクトや空っぽの部屋のような内容のないシーンと比べて、より多くの合同エレメントを有するため、より強い共鳴を引き起こし、これが下流の目標に対する強い刺激として働くからだ思われる。
(3) 文脈的に一致した関係性を多く活性化させることが、その後の記憶の想起において誤った記憶を生み出すのはなぜか。これは、一貫した関係性において起こる共鳴が、その他の一致項目の活性化を引き起こすからである。これらの項目は、同じ共鳴周波数によって関連付いている。
現時点では、この我々が提唱したメカニズムと上で述べた例は、あくまで推測的なものであるということに注意しておく必要がある。これらの仮説を検証するためには、今後の研究が重要である。

 

5. PHCの機能に関する現実的な総括

多数の認知処理が同一の皮質領域を活性化させるという事実は、どのように和解可能なのだろうか?我々は、文脈的つながりの処理こそが、PHCを活性化させるさまざまな課題や刺激を説明できる基盤的なメカニズムであると考える。PHCの活動を誘発する多くの処理は、その中核として関係性処理に依存している。たとえば、エピソード記憶の処理はすべて、同一のエピソードに所属する項目の関係性やつながりに依存している。同様に、空間やシーンの処理は、シーンや場所の中の項目間の関係性に依存している。
もちろん、同一の領域が我々の提唱するような共通の基盤的な処理に依存せずに、異なる機能に関与できると主張することは可能である。これは、異なる皮質結合性と異なる活動性パターンを介して可能なことである。現在のヒトに対する神経画像技術の限界を考えれば、この考え方が有力な代替案であることを示す証拠は依然存在しないが、将来の研究によってより明確な理解が得られるかもしれない。一方で今回の提案は、空間的文脈と非空間的文脈がPHCの異なる (後方と前方の) 部分に依存していることを示唆するなど、この代替案を認めている部分はある。では、空間的・非空間的な文脈の両方に関する文脈的つながりの処理が、PHCの活動を説明する最も現実的な考え方だと思われるのはなぜか。これは、以下のようなアナロジーを考えてみれば明らかとなる。たとえば、紡錘状回は、腹側視覚処理経路の中の大きな皮質領域であるが、この領域の包括的な機能はオブジェクトを処理し表現することである。オブジェクトのカテゴリのうちの一つである顔は、紡錘状回の下位領域の一つ (FFA: fusiform face area) を活性化させる。あらゆる顔がこの領域を活性化させるのは、異なる人の顔でも多くの詳細な特徴を共有しており、常に皮質内で同様の領域を活動させるからである。また、視覚的特徴を共有するオブジェクトのグループは、同様にして重複する皮質領域を活動させると思われる。このため我々は、FFAが顔を処理する独立した領域であると考えるのではなく、オブジェクトを処理する幅広いフレームワークの内部で、顔的な特徴の処理を司る領域であると考えている。実際、FFAは (本物のヒトの顔ではない) 顔様のオブジェクトに反応することが知られている。顔は我々の日常環境の中で高頻度の刺激であり、同時に下位レベルのカテゴリ分類や個人の同定を必要とするため、FFAは高度に発達した領域である。同様にして、PHCの機能は、文脈的つながりの処理であると一般化できる。特に、PHCの後方が空間的な構成を持つ文脈的つながりの処理に最適化しており、前方の領域は非空間的な文脈的つながりの処理に最適化している。空間的な文脈的つながりは場所やシーンにおいて優位な特性であり、このためシーン刺激によって一貫して活動が見られるPHC後方領域 (PPA: parahippocampal place area) が存在する。もちろん、PHCが空間や場所、空間的情報について感受性を持つわけではない。むしろ、空間的刺激が多くの連合的情報を呼び起こすために、空間に高い応答を示しているように見えるのである。
文脈的つながりの処理という観点は、エピソード記憶や空間的処理の観点からの説明と比較して、非常に多くの研究結果を説明可能である。視空間認知に関する仮説は、PHCが非空間的なエピソードによって活動することを説明できない。また、エピソード記憶に関する仮説は、PHCがシーンの空間的レイアウトの処理に関与する理由を説明できない。さらに、視空間認知に関する仮説だと、シーン内の情報の変化によるPHC内部の活動性の変化を説明することは難しい。特に、もしPHCが空間的処理に特化しているのであれば、シーンの内容の変化による活動性の変化は起こらないだろう。しかし、実際にはシーン内容はそのシグナルを大きく変化させる。たとえば、シーンの複雑性、シーン内の主要なオブジェクトの文脈的つながり、オブジェクトと背景の一貫性、建物の既知性、シーンの感情価など、すべてがPHCの活動を変化させた。また、探索行動はPHCの活動を誘発するが、実際にはその活動は文脈や戦略によって選択的であった。さらに、視空間的理論は、空間ドメイン以外の刺激、すなわちマテリアル特性を示唆する聴覚刺激や、におい刺激によるPHC活動を説明できない。同様にして、エピソード記憶仮説も多くの研究結果を説明できない。たとえば、シーンの複雑性などの刺激の違いがPHCの活動性の違いを引き起こす理由を説明できない。一方で、文脈的つながり処理の考え方によれば、上で述べたような様々な発見を説明可能である。
文脈処理がPHC (とRSC) の基盤的機能であるという考え方は、空間的処理に関する文献とエピソード記憶に関する文献を折衷できる。側頭葉内側の機能を関係性処理という観点で説明したのは、この文献が初めてではない。海馬は視空間処理とエピソード記憶の両方に強く関係する構造の1つであり、その統合的位置から察するに、他の構造と比べて文脈処理においてより広い役割を有する可能性がある。以前Eichenbaumは、海馬の役割を、エピソード内の異なるエレメントを記憶に統合し、その記憶をより大きな記憶ネットワークに繋ぎ合わせることであると提唱した。このため、空間的情報は、特定の場所と行動、報酬、あるいは他の感覚的経験 (匂いなど) と組み合わさりながら、周囲の皮質からの入力とともに、主に海馬で処理されることになる。特に場所は、関連付けを行うための際立った刺激となる。このように、海馬は空間情報そのものよりも、特徴の結合に最適化していると考えられている。我々はこの理論をPHCの機能に拡張し、PHCの主な役割は長期的な文脈的つながりを処理することであり、その中で特定の場所についての関係性が主要な部分を占めると考える。
Eichenbaumらは、側頭葉内側の異なる構造を結合するフレームワークを提唱し、その中でPHCが文脈の処理において特定の役割を持つことを提唱した。このモデルは「項目と文脈を結びつける」モデルと名付けられており、PHCにおける文脈的情報が海馬に入力されることで、これが新たな記憶項目と結合され、特定のエピソードの記憶をより大きなネットワーク内で結び付けるのに役立っている、と提唱した。海馬は特定のエピソードに関する記憶に重要な構造であることが知られている。このため海馬は、エピソード内の目標項目 (e.g. 個人の名前) を、それが起きた文脈 (e.g. 職場のパーティー) と結びつけるのに関与している。しかし、この文脈はPHCによって処理・解析されており、PHCは経験した文脈を長期的な (記憶の形をとった) 文脈的つながりに組み込んでいる。長期的な文脈的つながりは記憶の記銘に関与しており、エピソード記憶の「フィルター」として用いられているのかもしれない。記銘における文脈的つながりの活動伝播は、文脈的に関連する項目のその後の誤認識につながるという発見は、PHCが側頭葉内側と再認記憶という大きな枠組みの中で持つ役割を支持していると考えられる。

 

6. PHCの研究における将来の方向性

PHCが文脈的つながりを処理するノードであると考えることで、脳と行動の関係を説明するにあたっての今後の考察の新たなロードマップが提供される。
(1) 脳のfMRIシグナルは機能的プロファイルを有するが、厳密なカテゴリ境界を反映しない。たとえば、顔やオブジェクトと比べてシーンに強く反応する領域が機能的にPPAと定義されていて、オブジェクトやシーンと比較して顔に強く反応する領域が機能的にFFAと定義されている。しかし、これらの領域はコントロールとして用いられている刺激にも、弱いながらも応答を示す (e.g. オブジェクトがPPAを、シーンがFFAを活性化させる)。もしPHCが排他的にシーンの処理を行う領域なのであれば、単一のオブジェクトには応答しないはずである。同様に、「オブジェクト」処理領域 (e.g. LOC) は典型的にはシーンと比較したオブジェクトへの活動性の高さから定義されている。研究室の外では、我々は常にオブジェクトをシーンと共に見ており、シーンは常にオブジェクトを含んでいる。このため、このようなコントラストが表現するものを理解するのは難しい。「PPA」の機能を理解するに際して、文脈処理の考え方はこの領域を定義するための、より自然な説明を提供できる。文脈的つながりに基づいて刺激を構成することで、文脈的勾配 (すなわち、強く文脈的か弱く文脈的かという勾配) に基づいて刺激を分類できる。こうすることで、厳密なカテゴリ境界を用いなくても、ある領域を活性化させるのにどの刺激が最適であるかを定義できる。さらに、中には分類が困難なカテゴリもある。例えば、「シーン」とは何だろうか?何かがシーンとみなされるには、探索可能な場所を描写する必要があるのか、それとも単なるパーツの構成なのか?キーボードのキーはシーンとみなされるのか、それともオブジェクトとみなされるのか?文脈的つながりに基づいて刺激を特徴付けることで、これらの定義の問題を回避し、必ずしも特定のカテゴリ境界に当てはまらないようにすることができる。
(2) PHC内のシーン選択的活動性は文脈的つながりの処理を反映している。このため、シーンの理解に関するメカニズムは、文脈的つながりの考え方を用いて研究されるべきである。シーンを見るとき、我々はただその刺激をそのまま見ているわけではなく、我々が経験したことのある文脈の中で処理を行なっている。シーンの文脈的つながりは認知に影響を与えうる。たとえば、文脈的つながりはオブジェクトの再認を促進したりシーンの分割を促進したりする。これらの処理は文脈がなければ極めて困難である。シーンの理解に関する最新鋭のコンピュータアルゴリズムでも、ヒトの処理に近いレベルに到達することはできないが、これは主にコンピュータが文脈処理能力を持たないからである。そして、文脈の存在はコンピュータによるシーン理解を有意に促進することが示されている。シーンの処理を単に視覚的な処理であると考えるのは誤りであり、むしろ過去の体験や文脈フレームを呼び起こしながら進む、高度に連合的な処理である。
(3) PHCは、頭頂葉内側領域や前頭前野とともに、「デフォルトネットワーク」の構成要素の1つである。デフォルトネットワークは、被験者がスキャナー内で(何らかの課題を行なっている時と比較して)「安静に」している時に活動する領域として定義される。しかしながら、文脈的つながりの処理に関わる課題はこれらの領域 (PHCとRSC) の活動を安静時と比べてさらに上昇させるため、これらの領域が文脈的つながりの処理に関わっていることが示唆されている。安静にしていても、ヒトの思考は停止せず、むしろ典型的には"mind-wandering"という活動状態に入る。これを抑制するには、瞑想などの、集中的な努力が必要となる。Mind-wanderingは自由連想状態とも言える状態であり、連合処理が関わっている。このように、文脈的つながりは安静時の思考状態の重要な構成要素であるため、デフォルトネットワークが文脈的つながりを処理する領域と重複しているのは偶然ではなく、むしろ必然である。
(4) 近年、連想の活性化の幅広さと気分の間に関連があることがわかった。PHCがネットワークの一部であること、そしてうつ病で起こる反芻思考のように連想の範囲に制限があるのは抑制の結果かもしれないことは、推測のための連想の活性化における興奮と抑制の相互作用について、興味深い新しい考察を生んでいる。
(5) 文脈処理の考え方で既存の研究の全てが説明できる訳ではないが、それでも現時点では最も多くの研究を説明可能な枠組みであり、最も現実的なPHC機能の説明方法だと考えられる。いくつかの矛盾は解剖学的下位領域によるものかもしれないし、課題特異的なものかもしれない。
(6) PHCは大脳皮質の中でもかなり大きな領域であるため、ここで述べた説明方法の代替として、PHCは各々の異なる処理を全て個別に司るため、包括的なPHC機能の説明方法は存在しないという考え方もある。ここ20年でfMRIの解像度は極めて進歩したが、それでも1ボクセルあたりのニューロン数は非常に多い。現在のfMRIではまだ検出できない、PHC内のニューロン集団の微細な処理バイアスも、これらの異なる所見の根源である可能性がある。しかし、これらの異なる処理の活性化の焦点をより鋭く特定することで、PHCの下位領域をより明確にすることができるかもしれない。先行文献にある様々な所見は、どの程度互いに対応しているのだろうか?PHCのどこにこれらの焦点があるのかをより正確に記述することで、この領域の全体的な構成がよりよく理解できるのだろうか?PHCは明らかに機能的な下位領域に細分化することができる。例えば、前部と後部領域、外側と内側領域、そして異なる視覚受容野 (PHC1とPHC2) によっても。多様な知見から得られた異なる活動焦点は、これらの異なる下位領域に対応しているのだろうか?強い文脈的つながりは、典型的にはPHCの内側領域を活性化させ、一方でシーン選択的な活動はより外側〜紡錘状回内側領域に焦点がある。「海馬傍回場所領域」という用語を使うと、その活動は海馬傍回に原曲しているかのような印象を受けるが、Nasrらが示したように、この領域の活動は側副溝内に集中しており、さらに紡錘状回内側領域にも広がっている。このため、この領域において観察されるシーンの処理に関係する活動は、解剖学的名称から推察されるよりも広い領域が関与している。同様の議論はTOSにも当てはまるかもしれない。活動の場を説明するために厳密な解剖学的ランドマークを用いることで、特定の刺激や課題に対する大脳皮質内の組織化を明らかにしたり、逆に誘発される活動が多くの領域にまたがっていることを示したりすることができるだろう。

 

結論

文脈処理の枠組みは、PHCに関連した多くの発見を説明できる。さらに、文脈処理の枠組みは、海馬傍回後部と海馬傍回前部との関連、PHCと他の内側側頭葉構造との関連、PHCが接続しているより大きなネットワーク (たとえば、RSCとmPFC) との関連、そしてエピソード記憶と空間処理の両方が皮質の同じ領域に関与する理由を調和的に説明できる。この説明は、今回紹介した提案を包含するのに十分なほど単純かつ強力である。そして、我々が今まで同じ回路と機能を見てきたということ、そしてPHCの機能を理解する最良の方法が我々の視点を収束させうるということを示すものであろう。

 

まとめ&解釈

・文脈とは、環境を定義し、表現し、意味づける条件の複合体である。

・文脈的つながりとは、文脈内の項目同士の (空間的・非空間的) 関係性のことである。

・文脈的つながりの「処理」とは、① 典型的文脈への反復する曝露を通じて項目間の関係性を学習すること、② 環境内の刺激をトリガーとして学習された関係性を文脈フレームから呼び起こすこと、という2つの段階を持つ。(これは自分の解釈もだいぶ入っていますが、文脈的つながりが記憶と高度に関係していることを踏まえると、記銘と想起、というように2段階に分けて考えた方がわかりやすいと思っています。)

PHCは、文脈的つながりの処理を行う領域である。

 

感想

まじ遅くなってしまった。この論文読み始めたの1週間前なんですけど、時間がなさすぎた。すみません。
以前読んだ論文 (記憶に基づく行動を支える2つの大脳皮質ネットワーク - ひびめも) と、微妙に異なるものの、ほとんど似たようなことを言っていた印象です。以前読んだ論文では、PHCは外的イベントの統計的規則性を表現し、デフォルトネットワークが状況モデルを有し、RSCがPHCとデフォルトネットワークを結びつける役割を持つ、と説明していました。一方、今回の論文では、PHCは文脈的つながりを処理する役割を持ち、RSCが文脈フレームをインスタンス化していると考えており、これらは全体として「文脈に基づいた認知処理を行う」デフォルトネットワークに所属する、という立場をとっていたように思います。状況モデルと文脈フレームは似て非なるもので、前者が現在の状況に主眼を置いたものであるのに対し、後者は文脈という記憶表現に主眼を置いたものです。なので、どちらが正しいとかそういう問題ではなく、どちらも正しいと思って良いように思います。
空間探索の視点 (ヒトが持つ脳内地図:空間探索とさらにその先 - ひびめも) からはどうでしょうか。PHCはランドマークの視覚認知に関わっており、RSCはランドマークを脳内地図に関連付ける役割を持つ、と解説されていました。そして、このランドマークとは、シーンであれオブジェクトであれ、空間の特定の位置や方向に固定的に関連した概念を指す言葉です。言い換えると、空間を意味づける固定的なエレメント (の1つ) と言ってもいいかもしれません。こう考えると、ランドマークはその性質上、強く文脈的であると思われます。
PHCは、視覚という外的事象を処理する経路に所属するとともに、内的処理を司るデフォルトネットワークの構成要素でもあります。したがって、PHCが環境内の視覚的情報を内的フレームワークに統合させる「ターミナル」のような役割を持っていると考えるのは、十分に自然なことです。もっと単純化すれば、外的事象を内的事象に切り替えるスイッチと言ってもいいかもしれません。
ところで今回の文献を読んでいて視覚処理経路に興味が湧いたので、今度はそれに関する文献を読んでみよう。