ひびめも

日々のメモです

神経梅毒

Neurosyphilis
Allan H. Ropper
NEJM (2019)

 

神経梅毒って意外といるのよね。しかもいろんな表現型で...。

 

1. 背景
神経梅毒はTreponema pallidumの神経系への感染による臨床的結果であり、ここ2世紀の間神経内科学と精神医学の分野として扱われてきた。神経梅毒は世界中のどこにでもある疾患であり、臨床家はきわめて軽微な臨床徴候からこれを認識してきた。低所得および中等所得国、および先進国の一部の人口集団における梅毒の再流行がある一方で、神経梅毒は未だその希少さから見逃されがちである。なお、眼梅毒と耳梅毒は神経梅毒と横並びに扱われるが、ここでは議論しない。

 

2. 疫学
米国では一期梅毒と二期梅毒の症例は2000年から毎年増え続けており、2017年には100,000人に9.5人が罹患している。中国では、2008年時点で100,000人に22人の有病率であった。ペニシリンの開発前の時代と比較すると神経梅毒は比較的稀になったが、現代の研究においても梅毒の臨床的または眼科的特徴を持つ患者のうち3.5%が、CSF所見に基づく神経梅毒を有すると考えられた。様々な研究における神経梅毒の頻度は人口100,000人につき0.47から2.1人と推定されている。米国では、10個の州の平均として、初期梅毒患者の中で1.8%が神経梅毒を有していると考えられている。一部の研究では、初期梅毒患者のうち半数がHIVに共感染しており、神経梅毒はHIV感染のない場合と比較して共感染する確率が2倍高いことが推定された。

 

3. 神経梅毒の臨床的特徴
神経梅毒によって生じる症候と、梅毒の一期、二期、三期との時間的関連は抽象的である (図1)。トレポネーマは一次感染後数日以内に神経系に侵入し、その後の神経梅毒は無症候性または症候性、早期 (一次感染後1から2年) または後期に分類される。後期型には進行麻痺と脊髄癆がある。

図1. 早期および後期神経梅毒の血清学的および臨床的特徴: CSF fluorescent treponemal-antibody absorption (FTA-ABS) の曲線において、破線は後期神経梅毒における不確かな検査結果を示す。血清のnon-treponemal検査結果が反応性のままである患者の割合は、患者が梅毒の治療を受けている場合 (そして神経梅毒を発症する可能性がない場合) は、未治療の場合よりも低くなる。下のパネルでは、色のついた部分の厚さが各型の神経梅毒の有病率を表している。

神経梅毒に関するほとんどの情報はペニシリンの開発の前の時代に基づくものだが、1970年から1984年の間の臨床的記述と1930年から1940年の間のそれは大きく変わらない。しかし、HIV共感染のある患者はHIV感染のない患者と比較して早期に神経症状を発症する可能性があり、治療反応性も悪い可能性がある。
早期神経梅毒は、基本的にCSF細胞増多のみによって証明される無症候性髄膜炎によって特徴づけられるが、頭痛、髄膜刺激徴候、脳神経麻痺、盲、聾などの症状を引き起こすこともある (表1)。南アフリカにおける60人の非細菌性髄膜炎患者を対象とした研究では、3.3%が梅毒によるものであった。髄膜血管型梅毒は中枢神経系の小中血管炎を含む髄膜炎の形態をとる。これによって脳梗塞や種々のミエロパチーが起こる。髄膜血管型梅毒は、時間的に神経梅毒の早期および後期の間に位置することが多く、一次感染から1から10年後に発症することが典型的である。
後期症候性神経梅毒は、一次感染から数十年後に発症するものであり、ペニシリンの開発前のデータによれば10-20%が発症するとされたが、現在はもっと低い頻度であると思われる。古典的な表現型は進行麻痺 (「麻痺性痴呆」とも呼ばれた) と脊髄癆である。どちらも、スピロヘータの髄膜浸潤に対する慢性的な反応の結果であると考えられており、隣接する神経組織の破壊と、しばしば髄膜血管疾患の併発による脳梗塞の併発に伴った神経症状と考えられる (表1)。

進行麻痺は、多くの精神疾患を模倣する脳の構造的障害であることが発見され、精神病の概念を変えた。この病気は、皇帝になったとか、アフリカ全土を自分のものにしたとか、尿と一緒にダイヤモンドが流れ出るほど裕福になったとか、色とりどりの誇大妄想を伴う前頭側頭型認知症である。治療されないままだと、この障害は精神的にも肉体的にも崩壊状態にまで進行し、しばしば痙攣発作を起こす。現在では、進行麻痺は精神症状、うつ病、人格変化、あるいは何の変哲もない進行性認知症を特徴とし、時には -かつてのように- 派手な妄想を伴うこともある。モロッコの調査では、神経梅毒は認知症症例の3.6%を占め、クロイツフェルト・ヤコブ病ヘルペス脳炎HIV関連認知症の合計よりも頻度が高かった。
脊髄癆は、Romberg徴候を伴う歩行失調 (両足を揃えて立ち、目を閉じたときに片側に倒れたり、踏ん張ったりする) と、ほとんどの症例でArgyll Robertson瞳孔 (近くの物体に焦点を合わせたときに瞳孔が収縮するが、瞳孔に光が当たっているときには収縮しない) を特徴とする。歩行は「スタンプ・アンド・スティック」という音で識別でき、足の位置を検出するために広い土台の上に力強く平らな足で着地し、安定させるために床に杖をつく。失調整歩行の音と歩調は現在でも特徴的であるが、現在では糖尿病性神経障害や脊髄性多発性硬化症など、他の形態の感覚性運動失調によるものが一般的である。Charcot関節 (神経障害性関節症) は、脊髄癆が原因であったときに最も顕著であったが、現在では、失調性歩行を生じさせるのと同じ求心性神経の障害によって引き起こされる。南アフリカで161人の神経梅毒患者を調査し たところ、2人のみが脊髄癆を発症し、13人が他の脊髄症を発症していた。

 

4. 神経梅毒の体液診断
神経梅毒の体液診断は、血液とCSFの血清学的検査や、CSF白血球数や蛋白の上昇に基づいて行われるが、これらの検査は完全ではなく、ベンチマークも有さない。血液およびCSFの抗体検査は、non-treponemal (Venereal Disease Research Laboratory [VDRL] または rapid plasma reagin [RPR]) または treponemal (fluorescent treponemal-antibody absorption [FTA-ABS] と関連する技術) に分けられる。血清学的手法の感度と特異度はコントロールの選び方、梅毒の有病率およびステージ、リファレンスとして用いられる診断手法の精度に依存する。神経梅毒は基本的にCSF細胞数増多を伴い、この値は年々低下する。また、蛋白上昇も軽度ながら見られる。HIV患者では、HIV関連髄膜炎のため細胞数増多は特異性を欠く。これは、特にHIV治療を受けておらず末梢血中CD4+ T-cell countが高い患者において当てはまる。
Non-treponemal検査は、二期以降の梅毒における神経梅毒患者のほぼ全例で陽性となるが、後期神経梅毒では力価の漸減に伴って陰性になることもあり、特に治療後は力価が低下する (図1)。CSF VDRLは神経梅毒に特異的だが、感度が30-70%と低い。CSF RPRも偽陰性率が高い可能性がある。神経梅毒として合致する臨床症状を呈した患者でCSF VDRLが陰性であった場合、CSF treponemal検査が推奨される。各種検査の感度と特異度は表2に示した。

血清とCSFのtreponemal検査は、治療を受けない場合には生涯にわたって陽性となり続けるが、治療を受けるとCSF検査は最大15%の患者で数年以内に陰性化する。血液の混入によるCSF FTA-ABSの偽陽性が起こるには、赤血球が1,000/mm^3以上混入している必要がある。
実際的な視点からすると、血清FTA-ABSが陽性かつCSF VDRLが陽性でない限り、症候性神経梅毒の診断は考えにくい。CSF treponemal検査が陰性であることは、無症候性神経梅毒を除外するが、特異度は低いため、神経梅毒として合致する臨床症状を呈している場合にも他疾患の除外は必要である。米国では、神経梅毒を含め梅毒患者ではHIV感染の検査が推奨される。

 

5. 腰椎穿刺
血液検査で血清学的に梅毒が疑われ、臨床症状が神経梅毒として合致する場合、CSFの検査が推奨される。CSF白血球数の連続的再検査は治療の適切性を決定するために使われてきており、6か月以内に細胞数低下が改善しない場合、または2年経っても消失しない場合には再治療が提案される。血清RPR力価が1/4になる、または陰性化した場合には、CSF再検査は不要であるとおする文献もあるが、我々の意見としてはCSFは細胞数が改善するまで検査を続けた方がよいと考えている。HIV感染のある無症候性患者に対して、神経梅毒に対する適切な治療のあとに繰り返すCSF検査を行うことの価値は確定的ではない。認知症のある患者に対してルーチンのCSF梅毒検査を行うことは推奨されていないが、HIV感染などの梅毒リスクがあるのであれば適切かもしれない。

 

6. 神経梅毒の治療
ここ半世紀の間に進行麻痺の割合は減少しており、早期梅毒の治療がその後の神経梅毒の発症を予防することを示唆した。ペニシリンの静脈内投与はどのような形の神経梅毒も治療することができる。米国、英国、ヨーロッパの治療ガイドラインはわずかに異なっている (表3)。歴史的経験に基づき、ペニシリンは後期神経梅毒症状を改善することはできないが、その進行を止めることはできると考えられている。
ペニシリンアレルギーのある患者に対しては、皮膚検査および脱感作が推奨される。限られたエビデンスはセフトリアキソン、テトラサイクリン、ドキシサイクリンの有効性を示唆しているが、ペニシリンの使用が強く推奨される。

 

7. 結論
神経梅毒は持続し、さまざまな症状を呈し、臨床検査で発見することができる。診断と治療は、以前の時代と同様、臨床的認識によって決まる。

 

感想
わかりやっすいわ~。

ALSにおける社会的認知

Social cognition in amyotrophic lateral sclerosis.
Abrahams, Sharon.
Neurodegenerative Disease Management 1.5 (2011): 397-405.

 

ALSの認知機能続き。読みたかったシリーズ③。

 

1. 筋萎縮性側索硬化症 (Amyotrophic lateral sclerosis)
筋萎縮性側索硬化症 (ALS) は運動ニューロン病の中で最も一般的な疾患であり、上位および下位運動ニューロン障害に基づいて診断される、急速進行性かつ致死的な病態である。典型的な発症年齢は58-63歳で、患者は筋萎縮、筋力低下、痙性を呈する。これらの症状は初期にはしばしば局所的であり、四肢または球領域を侵す。典型的には疾患は他領域にわたって広がり、発症の30ヶ月以内に死に至る。発症率は10万人に2.16人と低く、5%に家族性が認められる (家族性ALSの定義には議論が残る)。伝統的にこの疾患は運動システムのみを侵すものと考えられてきたが、近年になってALSにおける認知機能変化の報告はかなり多くなってきており、認知機能障害と行動障害はこの多系統疾患の統合部分として見られつつある。

 

2. 筋萎縮性側索硬化症から前頭側頭型認知症まで: 臨床病理学的スペクトラム
前頭側頭型認知症 (FTD) は65歳未満の認知症の中で2番目に一般的な認知症であり、ALSとの間に重複があることを示すエビデンスは増加しつつある。ここから、臨床-神経病理学的スペクトラムの考え方が提唱されている。ALS患者のうち一部は、前頭葉型の完全な認知症を呈する (ALS-dementia)。FTDは3つの異なる臨床症候群から成る: 行動障害型 (bvFTD)、進行性非流暢性失語、意味性認知症が、ALS-dementiaは最も一般的にbvFTDに類似する。ALSでは、進行性非流暢性失語のスペクトラムに属するような症状として記述される言語機能障害も認められることがある。意味性認知症で見られるような症状を呈するALSは稀である。ALS集団の中での認知症の有病率は3-5%と考えられていたが、この頻度はより最近の行動変化に強く準拠したFTD診断基準を用いることで、15%にまで上昇した。この新しい推定は、認知機能障害を有する患者がより急速に進行することを考えれば保守的と考えられ、発症集団ではなく有病集団をリクルートした研究では、認知機能変化が低頻度になる可能性がある。ALSが認知症に先行することもあれば、同時に発症することも、FTDが初診時の主訴となることもある。ALSはFTDの10%の症例で認められる。ALS-dementiaの病理分布は前頭葉に集中しているように見えるが、これは側頭葉にも病変が広がるbvFTDよりも目立った所見の可能性がある。ALSのほとんどでTDP-43蛋白質の異常が報告されているが、これはALS-FTDの大部分やFTDのおよそ半数で認められるものであり、神経病理学的連続体の概念を支持をより強固にしている。
ALS-FTDの臨床的スペクトラムは、遂行機能障害や対応する前頭前野 (主に背側) の変化が、完全な認知症とは言えない患者のかなりの部分でも見られることからも、さらに支持される。こうした研究は、非認知症ALS患者のおよそ三分の一が検査上の認知機能障害を呈することを一貫して報告している。障害は、tapping rule deduction、認知的柔軟性、注意、スイッチングとモニタリング (e.g. Wisconsin Card Sorting Test、Trail Making Test)、文字およびカテゴリ流暢性などの様々なタスクで認められている。Strongらは、こうした患者は2つの異なる遂行機能検査に基づいて、ALSciと分類できることを提唱した。言語の変化も、失語や呼称障害のエビデンスとともに記述されてきたし、一部の研究は記憶を含む複数のドメインが障害されることも示唆してきた。文字流暢性 (与えられた文字から始まる単語を速く生成すること) は、ALSで最も顕著かつ一貫して障害されることが報告されている。Verbal Fluency Index (それぞれの単語を思いつくのにかかる平均時間) を算出することによって、この障害は身体障害には無関係に認められることが示された。こうした遅い単語生成は、言語 (呼称) 障害やワーキングメモリの音韻性ループまたはストアの問題のない患者でも認められており、迅速な内発的応答生成という遂行機能の障害と関連がみられた。この障害は疾患の初期から認められ、偽性球麻痺のあるALS患者や、一部の家族性ALS症例 (SOD1ではない)、進行性筋萎縮症では特に目立つ。さらに、多くの脳イメージング技術によってこの認知プロファイルには前頭前野が関連するというエビデンスが生まれており、ALS-FTDスペクトラムの考え方を強調している。背外側前頭前皮質や前帯状回の機能障害が機能的脳画像を用いて明らかにされ、下前頭回でFlumazenilの神経受容体結合が低下していることが示され、前頭側頭白質の異常が構造的神経画像で認められているが、最近の研究は脳梁の関与を特に強調している。
遂行機能障害は典型的bvFTD (ALSがないもの) で特徴的だが、診断は行動変化に基づいており、社会的および対人的行動が初期から突出して障害される症例は極めて多く記録されている。患者は感情鈍麻、病識の喪失、共感性の喪失、利己性、脱抑制、アパシーを呈し、こうした変化は遂行機能の古典的検査で障害が認められるようになる前から現れることもある。このように明らかな遂行機能障害がなくても、社会的認知や感情処理、感情的意思決定の検査では障害が示されることがある。効果的な社会的相互作用は、表情、動作、目線の向きなどの具体的な社会的シグナルを解釈してやりとりすることに依存し、こうした処理の変化がbvFTDにおける行動変化の背景にある可能性がある。「心の理論」の傘の下にあるその他の能力として、他者の意図や信条を推察し表現することや、自身とは無関係な精神状態を他者に帰属させることの障害も、bvFTDで見られることがある。これらの機能を評価するタスクは、 bvFTDの初期に影響を受ける前頭前野の内側や眼窩面の変化に鋭敏である可能性がある。ALS-FTDスペクトラムを裏付けるように、ALSでは認知と行動の変化のプロファイルが平行して存在するはずである。

 

3. 筋萎縮性側索硬化症における社会的認知
3-1. 行動変化
ALSでは、認知変化の主要なプロファイルの1つは遂行機能障害であり、対応する変化が背外側および前内側部の前頭前皮質にみられる。行動変化やと社会感情認知の障害のエビデンスと、bvFTDで典型的な眼窩前頭皮質経路の関与は、ALSにおいても近年になり調査の的となっている。Lomen-Hoerthらによる反響を呼んだ文献では、bvFTDでみられるのと類似した行動変化がALSでもありふれていることが強調された。FTDの基準を満たすような新規の性格変化は、文字流暢性障害が存在する全症例で認められた。Neuropsychiatric Inventory (NPI) を用いることで、アパシー、脱抑制、社会的モニタリングの低下が多く報告された。さらに、流暢性の障害のない患者でも、行動変化がみられることがあった。このクリニックへの紹介パターンを考えると、この研究ではALSにおける行動変化の推定有病率がいくらか誇張されている可能性はあるが、しかしながらこの研究はALSとFTDの臨床的オーバーラップという視点を強調した。その他の研究でも、NPIを用いてアパシー、易刺激性、攻撃性、上道行動、脱抑制といった同様の行動変化が報告された。アパシーはALSにおける最も突出した特徴の一つのように思われた。これは、アパシー遂行機能障害、脱抑制という3つのドメインを評価するためにデザインされた Frontal Systems Behavior Scale (FrSBe) を用いることで一般に報告された。さらに、FrSBe と 拡散テンソルMRI を用いることで、アパシー帯状回前部の病変と関連していることが示された。ALS患者の大規模コホート (n = 225) を用いた最近の研究では、39%の症例でFrSBeの少なくとも1つのドメインに変化がみられることが明らかとなった。しかしながら、ALSとFTDの間には病識のレベルに違いがあるように見え、軽度の行動変化を呈するALS患者は、FrSBeの介護者評価と自己評価の間に解離がなく、十分な病識を有していると報告した文献もある。こうした研究に対する批判として、FrBSeは頭部外傷集団のために開発・標準化された質問票であるから、身体障害が目立つALS患者では、「動きが遅い」「活気がない」「動かない」といった運動機能障害の影響を受けうる項目がアパシースケールのスコアを過大評価してしまうのではないかという意見があった。ALSで行動変化を測定することの難しさは他にもあり、身体障害を呈して死に至る病気という事実に対する感情的反応を考えれば、アパシーはFTD様の行動変化と抑うつの混合症状なのではないかと考えることもできる。しかし、より適切な質問票に基づく手法を用いた研究でも、アパシーが一定数認められていることが報告されている。より詳細な症例ごとの介護者への質問が、Gibbonsらによって行われたが、自己中心性/利己性は、16人中11人で最も突出した症状と報告され、興味の喪失/アパシーは16人中6人で認められた。その他の症状として、攻撃性、病識の喪失、社会的脱抑制が、16人中2人で認められた。Cambridge Behavior Inventory を用いて、ALSとbvFTD (ALSを伴わない) の行動障害を直接的に比較した研究は、Lilloらによって行われた。この研究では、合計41%のALS患者が中等度から重度のアパシーを呈した。抑うつは30%の症例で認められたが、回帰分析によって行動症状に有意な寄与を示さないことが明らかとなった。ALS患者の大部分がFTDの基準を満たさないことから、StrongらはALS患者はこうした行動変化を示す患者の中で、Neary または Hodges の基準の重複しない2つの診断的特徴があれば、ALSbiと分類することを提案した。

3-2. 心の理論
FTD研究と平行して、ALS患者のかなりの割合で、心の理論の障害が報告されてきている。Gibbonsらは、登場人物の精神状態 (誤信念や欺瞞を含む) を理解するような漫画や物語の解釈を調査し、16人のALS患者において正常なスコアから異常なスコアまでのスペクトラムの障害があることを明らかにした。その結果、16人のALS患者において、正常から異常までのスコアが認められた。しかし、ALS患者はこの課題の「社会的」要素に困難があるだけでなく、ユーモアが場面の物理的特性に基づくような物理的シナリオを理解する際にも障害が認められた。FTDでも同じプロファイルが示されており、同様にALS患者も具体的な反応の増加を示している。しかし、これらの課題には推論や推察の要素が強いため、遂行機能障害は、この障害の根本ではないにしても一因となっている可能性がある。このことは、ALS群ではWisconsin Card Sorting課題の成績不良がこれらの課題の成績不良と相関しているという知見からも裏付けられた。さらに最近、MeierたちはALSにおける心の理論を調べるためにFaux Pasテストを用いた。このテストでは、特定のシナリオの登場人物が、言うはずのないことを言った際に、それを指摘するものである。このテストはFTDや腹内側前頭前皮質の病変に鋭敏であることが示されている。ALS患者18人中9人は、対照群と比較して、この識別が困難であった。Faux Pasの要素を含まないコントロールシナリオを用いた場合には、群間差は認められなかった。Gibbonsらの研究とは対照的に、文字流暢性の成績が共変しても障害は比較的変わらなかったことから、遂行機能障害からの独立性が明らかになった。
ALSにおけるより選択的な「社会的」障害は、最近Cavalloらによって明らかにされた。ここでは、私的意図 (非社会的意図) と社会的意図を区別して推論する漫画ベースのストーリー課題を用いて、社会的文脈の理解が調査された。私的意図には、その人だけに関係する目標が含まれ、対照的に社会的意図には社会的な目標が含まれる。脳機能イメージングにより、私的意図と比較して社会的意図の処理に前頭前野が大きく関与していることが明らかになった。これと同様に、ALS患者は「社会的」項目が有意に苦手であり、対照的に対照群では社会的項目と非社会的項目の間に有意差は認められなかった。FTD患者においても、これらのプロセスに有意差があることが報告されている。
複数の登場人物、行動、感情、微妙なニュアンスを含む詳細なシナリオの理解を伴うこのような複雑な社会的認知課題とは対照的に、Girardiらは、単純で要求の少ない心の理論テストでの障害を報告した。以前にbvFTDに敏感であることが示された課題では、社会的手がかりとして視線の方向を用いることで、参加者が他者の好みを推測する必要がある。このJudgement of Preference課題の第1段階では、参加者は4枚の絵から自分の好きなものを選ぶよう求められる。第2段階では、対象物の1つを見て微笑んでいる中央の顔が現れ、参加者は「その顔が最も好きな絵」を選択するよう求められる。また、1枚の絵の近くに気が散るような矢印を置くことによって注意負荷が操作された。ALS患者の64%が注意負荷の高い条件 (矢印が存在する条件) で障害を受けた。これは遂行機能に対する要求の結果であると考えられるが、矢印が存在しない条件でも36%が依然として障害を受けた。エラーの分析から、顔が好む物体ではなく、患者自身の好きな物体を選択することが増加することがわかった。したがって、いくつかの試行において、患者は自己中心的な反応を抑制し、単純な社会的手がかり (視線) を用いて課題を効果的に行うことが困難であった。注目すべきことに、ALS患者は、刺激は変えずに表現を「どの絵が一番好きか」から「どの絵を見ているか」に変えた第3の対照段階を行うことに障害は示さなかった。したがって、この障害は基本的な理解や注意の問題から生じているのではないと考えられた。このテストでの障害は、29%の患者にしか障害がなかった従来の遂行機能検査よりも多くみられた。さらにこの群では、課題の成績不良に関連したアパシーの増加という、行動障害の増加との関連もみられた。これとは対照的に、Gibbonsらの研究では、球症状の有無にかかわらず障害が認められた一方で、認知機能障害のある患者群では球と四肢の比率が2:1であった。このことは、以前に報告された、球病変を有する患者は認知機能障害のリスクが高いことを示唆する関連性を支持するものである。

3-3. 感情処理
効果的な感情処理は、心の理論と社会的相互作用に大切である。この障害は、典型的にはbvFTDで報告されるが、ALSでも同様の障害が記述されてきた。一部の研究は、標準的な表情認知パラダイムがALSに鋭敏であることを明らかにしたが、これは一貫性には欠けていた。会話における感情的プロソディの同定障害も記述されてきたが、Zimmermanらはこの障害は表情認知テストと比較すると鋭敏さには欠けることを証明した。Giradiらは、単純 (表情の感情読み取りテスト) および 複雑 (目の感情読み取りテスト) な感情読み取り課題を含む2つの検査における障害を証明した。一部の患者は、これらの検査や先ほど記載した目線の社会的認知テストの両方で悪い成績を示した。しかし、より複雑な目の感情読み取りテストは、ALSにおけるその他の社会的認知尺度の成績不良と一貫した関連を示したわけではなかった。さらなる研究によれば、この感情処理障害は選択的な障害であり、一般的認知機能障害や注意機能障害の表現型ではないことが示された。Pappsらは、コントロールで明らかに認められた感情的単語の認知亢進が、ALS患者では認められなかったことを示した。中立的単語の認知の成績はコントロールと比較してむしろALS患者で優れていたことから、この障害は一般的な記憶機能障害によるものではないことが示唆された。
感情の知覚の社会的意味の観点からは、Schmlokらは、ALS患者がコントロールと比較して人の顔をより近づきやすいものと評価したことを明らかにした。その一方で、Luleらは、ALS患者が感情に訴える社会的状況に対して正の感情を抱く傾向にあることや、静かな写真を楽しいものと評価することを示し、コントロールと比較してバランスの取れた覚醒状態がとれることを明らかにした。ALS患者の感情的処理障害の大脳基質に関するエビデンスとして、3つの連続したの中から最も不快 (または中立) なものを選ぶという感情的決定タスクと、その後感情的マテリアルを認知するというタスクにおけるfMRI研究があった。決定および認知の両方のタスクにおいて、ALS患者では右半球の活動低下と左半球の活動上昇が認められた。この側性のある機能障害は、FTDや軽度の行動障害のあるALS患者では、認知または行動障害のないALS患者と比較して、右半球の灰白質容積が低下していたというMurphyらの研究とも合致した。彼らは、右半球の萎縮がALSの行動異常のバイオマーカーであることを提唱した。
特記すべきこととして、ALS患者のおよそ半数が、感情不安定とも呼ばれる感情表現の制御障害を呈することが示されている。この感情制御の障害と、感情処理の障害の関係性は未だよく調査されていないが、最近の研究では、ALSの感情不安定は認知機能障害とは直接的に関係していないことが明らかにされた。

3-4. 意思決定
ALSの認知機能障害が、眼窩部内側前頭前野の機能に依存する意思決定プロセスにも影響を及ぼすというエビデンスが増えつつある。典型的パラダイムは報酬学習を含むものであり、アイオワギャンブリングタスクの改訂版における障害が明らかにされた。これは、腹内側部の病変やFTDに鋭敏であることが示されているが、腹内側部の病変に同様に鋭敏と報告されている確率的逆転学習タスクでは、障害は報告されていない。アイオワギャンブリングタスクを用いて、Girardiらは、ALS患者が金銭喪失という負の結果に対する調整を行わずにハイリスクデッキからの選択を続けるということを示した。この成績不良は、FrSBeで測定された全体的な行動変化とも関係していた。しかし、ALS患者の行動は、タスクが続くとともにハイリスクデッキからの選択が増えていくというFTD患者の行動とは異なっている。ALS患者は、タスクを通じて同じ行動を続けることから、学習の失敗が示唆されており、これは遂行機能障害からくるものなのかもしれない。これは、成績不良が背外側前頭前皮質の機能障害に影響されるということとも合致する。ALSにおける意思決定の障害に関するさらなるエビデンスは、属性に基づく意思決定タスクを用いた最近の研究からきている。Holiday Apartmentタスクといい、複数の属性の評価に基づいて適切なアパートを選択するというタスクがある。腹内側部の病変のある患者は異なる検索ストラテジーを用いる (アパートごとに考える) が、背外側部の病変を持つ患者は属性に基づいたストラテジーを用いる。そして、ALS患者の44%はアパートごとのストラテジーを用いることが判明した。これは、意思決定における感情やリスクの要素が取り除かれ、日常生活における意思決定に明確な意味を持つため、特に興味深い。

 

4. 結論と将来の展望
ALS患者の一部は、社会的認知における障害を示し、bvFTDで認められるような対応する行動変化を示す。機能障害は、顕著な行動変化を特徴とする本格的な認知症症候群から、より軽度な障害に至るまで、その重症度に幅がある。後者は、かなりの割合の症例における「不顕性」FTDのプロファイルを反映しており、臨床病理学的スペクトラムをさらに裏付けるものである。いくつかの未解決の問題が残されている。最も顕著な問題は、これらの変化が、本疾患に明らかに存在する遂行機能障害とどの程度関連し、あるいは説明できるかということである。遂行機能障害があり、背側前頭前野が関与している場合、これらの実験的認知課題のいくつかで障害が生じることが知られている。さらに、bvFTDの初期の変化に見られるような眼窩内側皮質の変化に関する直接的な証拠はまだない。遂行機能障害と社会的認知機能障害が独立した特徴として現れるとすれば、これらの障害は前頭前野病理の分布が分離可能な異なるサブ表現型を反映しているのかという疑問が生じる。ALSにおける縦断的研究は、障害が進行し、離脱率が高いため、実施するのが難しいことで知られている。しかし、これらの変化の経過を明らかにし、障害の不均一性をさらに明らかにするためには、縦断的研究が必要である。ALSでは予後不良が認知機能の変化と関連している。このことが社会的認知障害のあるALS患者にも当てはまるのであれば、認知症状を伴うALS患者ほど病勢が進行しているのか、認知機能障害のあるALS患者に対して異なる治療戦略が提供されていることによる二次的な結果なのか、あるいは認知機能障害のあるALS患者が治療に従わなかったことが要因なのかという疑問が生じる。
このような変化が日常生活に与える影響についてはまだ調査されておらず、ALS患者の日常管理にとって重要な意味を持つ。社会的な合図を行動の指針として用いる際に、他者の感情や意図を解釈することができず、その結果、社会的な相互作用に問題が生じる可能性がある。ALS患者のなかには、他人の立場を理解できず、自己中心的な態度をとり、パートナーや家族の気持ちへの配慮を失い、その結果、介護者との社会的関係が悪化する人もいる。ALS患者は病気の経過とともに周囲の人への依存を強めていくため、効果的な社会的相互作用の崩壊は家族の日常生活に大きな影響を与える可能性がある。さらに、自分自身の行動の結果を十分に理解した上での意思決定にも問題が生じる。このことは、家計の整理や家族の将来設計といった二次的な問題に加え、治療や終末期ケアといった疾患特有の問題に対する意思決定に特に関連する。社会的認知の機能障害が疑われる場合、臨床家は教育戦略を用いて、患者の直接ケアに関わる人々 (医療従事者、家族や友人を含む) に、潜在的な症状の範囲 (たとえば、他者の視点に立つことができない、アパシーなど) と、これらの変化が周囲の人々との関係や社会的相互作用に及ぼす影響について知らせるべきである。最も重要なことは、介護者が、これらの症状は病気の本質的な部分であり、しばしば人間関係に関連する他の二次的要因の症状ではないことを教育されることである。

 

感想
社会的認知の障害って、定量化しにくいし、検査でみられた障害を日常生活障害に帰着させにくいし、とらえにくいんだよな・・・。目線の検査がまったくできない患者さんはいるけれど、それが理解や注意の問題ではないということが示されているのはいいことですね。ただ、個々の患者さんで本当にそれが理解の問題ではないということは、ちゃんと示さないといけないですね。

ALSにおける病識の喪失: 認知プロファイルの違い

Loss of “insight” into behavioral changes in ALS: Differences across cognitive profiles.
Temp, Anna GM, et al.
Brain and behavior 12.1 (2022): e2439.

 

読みたかったシリーズ②。

 

1. 背景
多系統疾患の中で、ALSは随意運動制御のみならず認知や行動を障害し、ALS-FTSDという疾患スペクトラムを形成する。認知行動障害はALS-FTSDのおよそ50%に存在し、本格的なFTDは15%ほどを占める。特徴的なのは、認知機能障害は遂行機能かつ/または言語の障害を含むという点である。もっとも頻度が高い行動障害は、保続 (40%)、アパシー (29%)、脱抑制 (26%) である。保続は外的環境に柔軟に適応できず行動を反復することを言い、アパシーは興味や動機の喪失を含み、脱抑制は社会的状況における不適切な反応を指す。行動障害は、疾患に関連した障害に対する病識の喪失を伴うことがあり、ALS-FTD患者の25%ほどでみられる。病識とはいったい何でありその喪失とはいったい何なのか、という点についてのコンセンサスは存在しない。我々の研究は、疾患に関連した潜在的な行動変化と臨床的障害に対する病識の喪失に焦点を当てた。具体的には、患者が自身の行動を主介護者とは異なった見方で見ている場合を病識の喪失と考えた。
このような病識の喪失は、bvFTD や ALS-FTD で記載されている。Woolleyら (2010) はALS-FTD患者が自分自身の行動が障害されているとわかっているものの、その程度を介護者と比較して軽度に見積もっていたことを報告した。FTDのないALS患者は軽度の行動異常を経験するが、それに対する病識は保たれていた。ALSにおける病識は重要な研究領域であり、Woolleyら (2010) の発見は改定Strong基準に影響を与え、多元的アパシースケールやALS認知行動スクリーンの作成にもつながった。現在のエビデンスは、ALS-FTDと、FTDのないALSの間の病識の違いにのみ注目している。最も最近のStrong基準は、ALS-FTSD患者を次のようなサブグループに分類した: ALS without cognitive impairment (ALSni), ALS with cognitive impairment (ALSci), ALS with behavioral impairment (ALSbi), ALS with cognitive and behavioral impairment (ALScbi), and ALS‐FTD。これらの分類の中で病識がどのように異なるのかは未だ調べられていない。また、ALSの病識研究に存在するギャップは、生前の知能の効果を調査した研究が存在しないことである。他の神経変性疾患においては、高い言語性知能に伴う病識の保持が報告されている。
我々の研究は、こうしたギャップに対処するために、Strong基準に基づいて患者を分類し、行動障害への病識に対する知能の効果を調べた。我々の仮説は、ALS-FTDと行動障害患者は、自身の行動が障害されているとわかっているものの、その評価程度は介護者と比較して軽度であるというものである。また、これらの患者は、行動障害のないALS患者と比較して、自身の行動の低下に対する病識が高度に障害されているとも考えた。

 

2. 方法
2-1. 被験者
83人のALS患者とその家族が、ドイツのRostockおよびMagdeburgの外来クリニックで前向きにリクルートされた。患者は改定El Escorial基準を用いて診断された。29%がpossible ALS (n=24)、28%がprobable ALS (n=23)、17%がdefinite ALS (n=14) であり、26%は純粋な上位または下位運動ニューロン症候群であったためにEl Escorial基準では分類不可能であった (n=22)。表現型として、古典的ALS (72%, n=59)、上位運動ニューロン症候群 (4%, n=3)、進行性筋萎縮症 (15%, n=12)、フレイルアーム (2%, n=2)、フレイルレッグ (6%, n=5)、不明 (2%, n=2) があった。発症部位は、42%が脊髄領域 (n=35)、30%が球領域 (n=25) であった。28%については、診断時点で発症部位を考えることが不可能であった。1人を除いてすべての患者は遺伝子検査に同意した: 90%が孤発性で、5%がSOD1変異を持ち (n=4)、2%がC9orf72変異を持っていた (n=2)。1人はVAPB変異を持っていた。同様のSOD1やC9orf72変異の頻度の低さは、別の北ドイツサンプルでも記録されている。被験者はStrongおよびRascovsky基準に基づいてプロファイルされた (表1)。背景には2つの違いがあった: ALSci患者はALSni患者およびALSbi患者と比較して低い言語性知能を呈した。家族は、配偶者 (n=65, 78%)、子供 (n=9, 11%)、その他の親族 (n=9, 11%) であった。

表1. 症例の背景

2-2. 測定
2-2-1. Frontal systems behavior scale (FrSBe): この質問票は、患者および情報提供者に対する46個の項目を含んでおり、発症前の行動を後方視的に、および現在の行動を同時に評価するものである (1 [“almost never”] to 5 [“almost always”])。被験者は運動症状の発症前の状況と、検査時の状況の両方について考慮するよう指示される。FrSBeはアパシー、脱抑制、遂行機能障害、総得点という4つのドメインを持つ。粗点は年齢、性別、教育で調整されたTスコアに変換される。T ≧ 65は臨床的に有意な行動障害を示す。これらに基づき、我々は病識を以下のように計算した。まず我々は、現在のスコアから病前スコアを引いた (変化量)。次に、我々は患者自身による変化量から情報提供者の変化量を引いた。すなわち、この数値が低いほど、行動変化に対する病識が失われていることになる (T_Insight ≧ -20が閾値である)。同時に、T_Insight ≧ 20は、患者が自身の行動異常を情報提供者と比較して誇大表現することによる病識の喪失を意味する。したがって、T_Insightは、変化がないことに加えて、現在の臨床的変化と不顕性変化に対する病識の喪失をとらえる。FrSBeは、行動変化と行動障害を区別するために、情報提供者への質問と組み合わされる。情報提供者のFrSBeがStrong基準に合致するか、情報提供者が患者が行動変化によって日常生活に支障を来していると報告した場合、患者は行動障害を有していると考えられた。我々のデータでは、情報提供者と患者の家族関係が評価に与える影響はなかったことが確認された。

2-2-2. 病前IQ: 被験者は、言語性知能の評価を含む神経心理学的評価を受けた。病前の言語性IQの評価は、発症後の患者が正しい標的単語と偽単語を区別できるかを測ることで行った。正しく同定できた単語の数は、先行発表された基準に基づいてIQ推定に変換された。ALS患者はこのテストを正常に行えることが示されており、これは身体障害の程度に依存しないこともわかっている。

2-3. 統計解析
主要解析に先んじて、我々は対応のあるt検定を用いて行動低下が存在することを確認した (図2)。さらに我々は、病前IQ (群ごとに異なっていた) が病識に影響を与えるかどうかについて、Kendallのtau (τ) 相関係数を用いて検討した。

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図2. 病前IQが病識に与える効果: (a) 高いIQはアパシーへの病識の低下と関連していた。(b) ALSci、ALSbi、ALScbi患者では高いIQは脱抑制への病識の低下と関連していたが、ALSniおよびALS-FTD患者では良好な病識と関連した。(c) ALSni以外では高いIQは遂行機能障害への病識の低下と関連していたが、ALSni患者では良好な病識と関連していた。(d) 高いIQは全体的な行動障害への病識の低下と関連していた。

我々の主要解析は、Strong基準による認知行動プロファイルを被験者間独立変数、IQを共変数、アパシー、脱抑制、遂行機能障害、全体的行動障害のT_insightをアウトカムとして、共分散を分析することであった。ALSの認知サブグループごとに病識は異なるという仮説に基づき、帰無仮説を否定するのではなく最も可能性のある代替仮説を支持することを目標とした。このため、我々はベイズ因子仮説検定を行い、帰無モデルと比較することで我々の仮説がどれだけ支持されるかを定量化した。データは Jeffreys’ Amazing Statistics Program (JASP, The JASP Team, 2019) を用いて解析し、結果テーブルに対する最良のモデルを報告するためにJASPセットを用いた。数値的正確性のため、Markov chain Monte Carlo sampling を10,000回行った。シードは icosahedron で決定され、59163 (アパシー)、163613 (脱抑制)、514417 (遂行機能障害)、15112 (総合) 個が決定された。片側Mann–Whitney U検定で、行動障害群と非行動障害群の間のpost-hoc検定を行った。
我々は次のエビデンスカテゴリを適用した: BF > 3 は「中等度」、BF > 10 は「強い」、BF > 30 は「非常に強い」、BF > 100 は「最高級の」エビデンスレベルである。

 

3. 結果
我々はまず、IQの影響や患者群間の病識の違いを調べる前に、患者群ごとに潜在的な行動変化や臨床的に有意な行動障害があるかを確認した。

3-1. 行動障害: 病前 vs 現在
図1では、臨床的に有意な障害 (T ≧ 65) が赤色のバンドで描かれており、臨床的に優位な行動障害の増加は実線で強調されている。

3-2. 現在の自己評価
自己評価による臨床的に有意な障害は、ALScbi群ではアパシーと総行動変化ドメインで報告された (図1a, d) が、ALSni、ALSci、ALSbi、ALS-FTD群は自己評価による障害の報告を認めなかった。

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図1. 各認知プロファイルで、時間とともに、アパシー、脱抑制、遂行機能障害、全体的行動障害が変化した: (a) アパシーの増加、(b) 脱抑制の増加、(c) 遂行機能の増加、(d) 全体的な行動機能障害の増加。

統計的に有意な行動異常の潜在的増加が、アパシーと全体的な行動変化ドメインにわたって、すべての患者群で自己報告された (図1a, d)。ALSni患者はさらに脱抑制の増加を自己報告し (図1b)、ALScbi患者は脱抑制の増加と同時に遂行機能障害の増加を自己報告し (図1b, c)、ALS-FTD患者は遂行機能障害の増加を自己報告した (図1c)。

3-3. 情報提供者の評価
ALSbi、ALScbi、ALS-FTD 患者の情報提供者からは、Strong基準で必要とされるアパシーと全体的な行動変化 (図1a, d) のドメインにおいて、臨床的に有意な障害が報告された。さらに、ALS-FTDとALScbiの情報提供者は、遂行機能ドメインでの障害を報告した (図1c)。ALScbi患者のみが、情報提供者から運動症状発現前に行動障害を示していたと評価された (図1a, e)。
統計的に有意な行動異常の増加がすべてのサブグループでみられた。また、ALSni患者の情報提供者は、アパシー、脱抑制、および全体的な行動変化ドメインにおいて、統計的に有意な潜在的増加を報告した (図1a, b, d)。同様に、ALSci患者もこれらのドメインで行動異常が増加していることが報告された。行動異常が増加しているという統計的証拠を踏まえて、行動変化が臨床的に有意な行動障害に相当しない (T < 65) ものも含めて、すべてのプロファイルにわたって病識を調査した。

3-4. 病識
次に、我々は病前IQが病識に与える効果がStrongプロファイルの間で異なるかを検討した (図2)。病前IQが高いほどアパシー (τ = −0.24, BF = 9.72) や全体的な行動低下 (τ = -0.27, BF = -36.13) に対する病識は低かったが、遂行機能 (τ = −0.13, BF = 0.57) や脱抑制 (τ = −0.14, BF = 0.65) に対する病識との相関は認めなかった。アパシー遂行機能障害と全体的な障害に関しては、IQの効果はStrongプロファイルの間で均一であった (図2a, c, d)。しかし、脱抑制に関しては異なっていた (P(M) = 0.20, P(M|data) = 1.537e‐4, BFM = 6.292e‐4, BF01 = 3978.21, error% = 0.83; compared to the null model)。ALSniとALS-FTDでは高いIQは脱抑制に対する良好な病識と関連していたが、ALSci、ALSbi、ALScbi患者では高いIQは脱抑制に対する病識の喪失と関連していた (図2b)。ALS-FTDにおける分散がこの変化の駆動力になっていないことを確認するため、IQ関連の結果は、ALS-FTD群を除いて反復・複製された。したがって、主要解析では、病前IQを帰無モデルに含めることで補正した。
主要解析では、少なくとも我々の仮説に対して中程度の支持、または中程度の反対を与えるエビデンスを報告した。決定的でない結果は、オンラインサプリメントに掲載されている。これらのANCOVAは、異なるStrongプロファイルの患者が各行動ドメインに対して異なるレベルの病識を示すという仮説を、Strongプロファイルの効果を補正した帰無モデル (病識の変化が共変量IQのみによって駆動されるという効果を表す) と比較することによって検証している。

3-4-1. アパシー: アパシーに対する病識の違いの群間差を支持する最高級強度のエビデンスが認められた (P(M) = 0.50, P(M|data) = 0.01, BFM = 0.01, BF01 = 196.94, error% = 0.88)。すなわち、解析前には帰無仮説と代替仮説は同様にもっともらしいと考えられた (50%, P(M) = 0.50) が、解析後は帰無仮説は1%の尤度に低下し、代替仮説は99%の尤度に増加した。ALSbi患者はALSni患者と比較してアパシーに対する病識が低いことも示された (BF−0 = 21.78, W = 219.50, Rcap = 1.00) (※BF-0は帰無仮説 (0) に対する代替仮説 (-) の尤度を表すBF)、ALSciと比較しても中等度のエビデンスで同様のことが示された (BF‐0 = 4.31, W = 74.00, Rcap = 1.01)。ALS-FTD/-cbi患者とALSni/-ci患者の間の予測された群間差に関するエビデンスは決定的ではなかった。前者の標準偏差は、図3aに示した通り大きかった。臨床的には、すべての患者サブグループは病識を有していた (all T Insight > −20, 図3a)。

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図3. 群ごとのアパシー、脱抑制、遂行機能障害、全体的な行動障害: (a) ALSbi患者はALSniおよびALSci患者と比較してアパシーへの病識が低下していた。(b) ALS-FTD患者はALSci患者と比較して、またALSbi患者はALSni患者と比較して、脱抑制への病識が低下していた。(c) ALSbi患者は、ALSniおよびALSci患者と比較して遂行機能障害への病識が低下していた。(d) 全体的な行動変化に対する病識は、群ごとに統計学的に意味のある差を認めなかった。

3-4-2. 脱抑制: 脱抑制の病識における群間差を支持するエビデンスは、帰無仮説と比較して最高級に強かった (P(M) = 0.50, P(M|data) = 8.106e-4, BFM = 8.113e-4, BF01 = 1232.58, error% = 1.01)。これは、帰無仮説の尤度が0.1%以下に低下し、群間差の尤度が99%に上昇したことを示している。
post-hoc検定の結果、ALS-FTD患者はALSci患者よりも脱抑制に対する病識が低いという中程度のエビデンスが得られた (BF-0 = 4.32, W = 1.00, Rcap = 1.01)。ALSbi患者はALSni患者よりも脱抑制に対する病識が低いという非常に強いエビデンスがあり (BF-0 = 94.46, W = 165.50, Rcap = 1.01)、ALSci患者と比較しても強いエビデンスがあった (BF-0 = 16.74, W = 50.00, Rcap = 1.02)。ALScbi患者とALSni/ci患者の間に予想された群間差に関するエビデンスは決定的ではなかった。臨床的には、ALS-FTD患者だけが、脱抑制への病識を失っていた (図3b)。

3-4-3. 遂行機能障害: 遂行機能障害に対する病識における群間差を支持する強いエビデンスがあった (P(M) = 0.50, P(M|data) = 0.06, BFM = 0.06, BF01 = 16.65, error% = 1.08)。帰無仮説の尤度は50%から6%に減少し、群間差仮説の尤度は94%に増加した。Post-hoc検定では、ALSbi患者はALSni患者よりも遂行機能障害に対する病識が低いという強いエビデンス (BF-0 = 30.67, W = 195.00, Rcap= 1.01) があり、ALSci患者に比べても中程度のエビデンス (BF-0 = 7.27, W = 55.50, Rcap = 1.01) があった。ALS-FTD/-cbi患者とALSni/-ci患者の間で予想された群間差に関するエビデンスは決定的ではなかった。臨床的には、ALS-FTD患者のみが遂行機能の低下に対する病識を失っていた (図3c)。

3-4-4. 全体的な行動障害: 主効果に関する統計的エビデンスは決定的ではなかった (P(M) = 0.50, P(M|data) = 0.55, BFM = 1.20)。帰無仮説の尤度は50%から55%に増加したが、対立仮説は45%に減少した。臨床的には (T > -20)、どのStrongプロファイル群も全体的な行動低下に対する病識を失っていなかった (図3d)。
ALS-FTD患者を含むわれわれのデータは、アパシー (BF = 9)、遂行機能障害 (BF = 5)、脱抑制 (BF = 8)、および全体的な行動障害 (BF = 4.6) に対する病識が、球発症患者と脊髄発症患者で同レベルであったという十分なエビデンスを示した。

 

4. 考察
我々は、ALS-FTSDにおける行動障害、「病識」の喪失、言語性知能の影響を、先行研究の手法を複製することで調査した。我々は、Grossman ら (2007) やWoolley, Moore ら (2010) と同様の手法を用いて行動を評価し、Spitznagel and Tremont (2005) や Spitznagel ら (2006) と同様の手法を用いて言語性知能を評価した。本研究の手法上もともと重要であった点は、知能と「病識」の関連性を探索することに加え、最新のStrong基準に基づいて厳密にプロファイリングを行ったことである。さらに、我々の「病識」の概念、すなわち潜在的行動変化または臨床的に有意な行動障害を認識することができない、という考え方は、行動障害患者群の解析バイアスを減らすことを可能とした。

4-1. 行動障害
すべてのStrongプロファイルサブグループは、統計学的に有意な行動異常の増加を経験した (図1)。Woolley ら (2010) の結果とは対照的に、我々の研究ではALS-FTD患者は臨床的に有意な障害を自己報告しなかった。ALSbi患者はアパシードメインでのみ臨床的な障害を自己報告したが、ALScbi患者はアパシー遂行機能障害、全体的な行動のドメインで臨床的な障害を自己報告した。情報提供者によれば、ALCsbi患者は運動症状の発症前からアパシーだけを呈していた。これは、Strongプロファイルを区別していない先行研究と合致している。脱抑制を呈した患者群はなかった (図1b)。FTDのないALSにおける臨床的に有意なレベルの脱抑制は、文献上でも議論の的である: Mioshi ら (2014) はALS患者の75%は脱抑制を経験しないかあってもごく軽度であり、一方でGrossman ら (2007) はこのドメインの障害が29%でみられることを報告した。全体として、我々の結果は、行動異常の増加は行動障害のないALS患者群でも見られることを示唆している。これらの変化による患者およびその家族の生活の変化は、いまだ研究されていない。

4-2. 認知行動Strongプロファイル間で異なる病識
我々のALSniおよびALSci群は、先行研究からも予測されたように、自身の軽度の行動異常に対する病識を保っていた。しかし、ALSbiとALScbiを細かく区別した研究は未だ存在していなかった。我々の発見は、どちらの群も臨床的には病識を保っていることを示唆した。予期しなかったこととして、我々のALS-FTD患者は自身のアパシーに対する病識を保っており、脱抑制と遂行機能障害に対する病識のみが失われていた (T_Insight ≦ -20) ことである (図1および3)。この臨床的に有意な病識の喪失は、ALS-FTD群のみで生じており、先行研究とも合致した。
臨床的に有意な病識の有無にかかわらず、我々はALS-FTD、ALScbi、ALSbi患者が、ALSciおよびALSni患者と比較して病識がより低いはずだと予測していた。結果として、全体的スコア以外の個々のドメインのすべてでこうした群間差があることを示す強いエビデンスが認められた。病識の喪失は、主にALSbiとALS-FTD患者で認められた。しかし、ALS-FTD患者に関するエビデンスは、アパシー遂行機能障害ドメインでは決定的ではなかった。ALScbi患者の病識に関しても、結論を出すのには不十分なエビデンスしか認められなかった。以上から、我々の結果は効果を示すことはできたもののエビデンスを示すことはできなかった。これはおそらく、ALScbiおよび-FTD群のサンプル数の低さ (n = 8 および = 4) によるものであり、より決定的なエビデンスを示すためには大きなサンプルが必要であると考えられた。
我々の結果は、Woolley ら (2010) によって記録されたALS-FTDの病識の喪失を確認した。我々のような概念的な再現実験では、約10%の試行で結果がまちまちであり、4%が失敗し、86%が成功していた。サンプルサイズが小さいことに加え、いくつかの方法論的な側面が、我々の再現結果がまちまちであることを説明しているのかもしれない。我々のベイズモデリング手法の内部一貫性により、我々の推論が信頼に値しないとみなされるようなサンプルサイズは存在せず、ALS-FTDのサンプルサイズ (n = 4) はWoolley ら (2010) のそれと同等であった。それにもかかわらず、我々のデータで決定的なエビデンスがないのは、我々のサンプルサイズ、かつ/またはFTDの不均一性に起因する可能性がある。ALS-FTD患者における病識の喪失率は、Raaphorstら (2012) によるメタアナリシスから得られたより大きなサンプルサイズと、本研究およびSaxonら (2017) の両方のより小さなサンプルサイズとの間で対照的であった。前者のグループでは170人のALS-FTD患者のうち25%にしか病識の喪失が観察されなかったのに対し、我々の研究では4人のALS-FTD患者のうち75%が検出され、Saxonら (2017) では56人のALS-FTD患者中88%で観察された。このような研究間の異質性は、bvFTDのRascovsky基準が病識の喪失を除外したことによって、病識の喪失を含んでいたNeary基準よりも感度が向上したことを示唆している。

4-3. 病識および病前言語性知能
逆説的に、高い言語性知能はアパシーおよび全体的行動問題に対する低い病識と関連していた (図2a, d)。知能の群間差は脱抑制への病識に異なる影響を与えた (図2b)。すなわち、知能の高いALS-FTDおよびALSni患者は高い病識を有したが、知能の高いALSci、ALSbi、ALScbi患者は低い病識を呈した。他のすべてのドメインでは、患者は言語性知能が高いほど低い病識を示した (図2a, c, d)。知能が高いほど病識が低いことは、他の神経変性疾患でも記載されている。3つの可能性のあるメカニズムが、この逆説的結果の拝見に考えられる。第一のメカニズムは、患者自身に関連している: 個々のbvFTD患者は、疾患に関連した機能低下を自身や自身の生活に対する脅威と感じ、これによって異なる程度の病識の喪失が生じる可能性がある。この脅威は、病前の能力が高いほど強調され、自身の行動異常の否定につながり、これが病識の喪失を招く。第二のメカニズムは、患者-介護者関係に関連する。夫婦は認知および知能レベルをしばしば共有することから、より知能の高い被験者の配偶者はより知能が高い可能性があり、これによって患者の症状をより厳しく評価してしまう可能性がある。第三に我々の結果は、患者または家族が行動異常の程度を適切に表現できないこと、または現状は適切な測定ツールが存在しないことを示唆しているのかもしれない。こうした3つのメカニズムは、相互に排他的ではない。
この研究の限界の一つは、自己評価が可能であったALS-FTD患者の数が非常に少なかったことである。自己評価と情報提供者評価を比較するという研究デザインは、デフォルトでFrSBeを理解し、記入することが認知的に不可能な患者が分析から除外されたため、サンプルにバイアスが生じた。決定的なエビデンスが得られたのは、n ≧ 12のサブグループのみであった。おそらく、サンプルサイズが小さいことが、より小さいサブグループでエビデンスが得られなかった根源であろう。しかし、効果が小さいか不均一である場合、大きな標本でもエビデンスが得られないことがある。
FrSBeは行動障害を測定するためのゴールドスタンダードと考えられているが、ALSでは行動症状が運動障害と関連していることがあるため、過大評価されている可能性がある。これらの結果は、今後、より大規模なコホート、特にALS-FTD患者やALScbi患者において、我々の知見を再現する研究が有益であろう。ALSにおける認知的予備能を確立しようとする最近の努力は成功しており、今後の努力により、この概念を行動や病識との関連でより具体的に調べることができるだろう。より明確にするために、知能レベルが高いほど病識レベルが低いというパラドックスについては、今後の調査が必要である。さらに、行動の変化と介護者の負担との関係、および「病識」に対するその意味についても、今後の調査が必要である。
まとめると、ALS患者の行動問題は、認知行動プロファイルに関わらず生じた。ALScbi患者のみが運動症状の発症前に行動異常を経験した。行動問題に対する病識は非認知症患者群では全てのドメインで認められたが、ALS-FTD群では脱抑制と遂行機能障害に対する病識は失われていた。我々の研究は、病前言語性知能が高いほど病識が低くなるという逆説的結果を示したが、これはさらなる研究に値するものである。

 

感想
ベイズ統計の仮説検定使ってる研究初めてみた。nが少ないからこういう手法にしたんだろうか。詳しくないからわかんないけど。
全体としてALS-FTDおよびALSbiでは病識がなくなりがち、というのはきれいな結果でよかった。この研究は行動問題 & 遂行機能障害に対する病識しか評価していないけど、自身の運動症状に対する病識が全くない患者さんもいるので、ぜひ運動症状への病識を検討した文献も読んでみたいと思った。
言語性知能との関連性は、あんまりモノを言えない気がするなー。知能をJART/NARTみたいな簡易検査で測るのって言い訳でしかないと思っているので。
あと、介護者の情報と本人からの情報の差で病識を定量的に評価するのは再現性がありそうでいい方法だなと思った。

認知症のないALSにおいて遂行機能・言語・流暢性の障害は大脳TDP-43病理局在のマーカーである

Executive, language and fluency dysfunction are markers of localised TDP-43 cerebral pathology in non-demented ALS.
Gregory, Jenna M., et al.
Journal of Neurology, Neurosurgery & Psychiatry (2019).

 

時間的余裕ができたので、読みたかったシリーズ行きます。

 

1. 背景
筋萎縮性側索硬化症 (ALS) はヘテロな臨床像を持ち、35%が認知かつ/または行動障害を、さらに15%は主に行動障害型の前頭側頭型認知症 (FTD) を呈する。患者は、行動異常、特にアパシーのほかに、遂行機能障害、社会的認知障害言語障害、文字流暢性障害を示す。こうした運動外症状は生存の低下と関連する。しかし、その正確な病理はいまだわかっていない。
43 kDa の Tar-DNA binding protein (TDP-43) は、SOD1変異を除いたALS患者の脳と脊髄でその病原性ミスフォールディングと蓄積が認められており、共通した背景プロセスであることが示唆されている。TDP-43は主に核内蛋白質であり、転写制御に関与する。ALSでは、TDP-43は病原性のリン酸化を受け、C末端が切断されて細胞質に凝集体を形成する。その毒性は、一部は機能喪失によるものであり、一部は機能獲得によるものである。すなわち、非可溶性凝集体はTDP-43の転写制御機能を阻害するが、一方で細胞内凝集体はプロテオスタシスの機能障害を招き、他の易凝集性蛋白を隔離し、さらなる細胞毒性を引き起こし、細胞死に寄与する。
ALS脳のTDP-43病理は、ALS関連FTD症例では広範位に認められ、一部の研究者は連続的な広がりを示唆している。認知症スクリーニングツールであるMMSEによって測定された認知機能障害の存在 (yes/no) と中等度から重度のTDP-43病理の間には、非特異的な関連性が認められた。Prudloらは、より詳細な神経心理評価を用いることで、ALSを臨床的に3つの群に分類した。すなわち、認知機能障害を伴わないALS、認知機能障害を伴うALS、そしてALS-FTDである。すると、病原性のあるミスフォールドされたTDP-43封入体の重症度に関して、ALS-FTDと非認知症臨床群 (認知機能障害を伴うまたは伴わないALS) の間には有意な違いが認められた。しかし、非認知症の2群の間には違いは認められなかった。また、非認知症の認知機能障害を伴うALS患者の認知機能プロファイルとTDP-43病理の間の関連性は未だ示されていない。さらに、生前の具体的な認知機能 (遂行機能、言語、流暢性) と死後のTDP-43病理の広がりの関連性も、未だかつて示されたことはない。ALS患者や身体的機能障害がある患者に適した認知機能検査が行われていないことが多いため、多くの研究は限界があった。この点で、Edinburgh Cognitive and Behavioural ALS Screen (ECAS) は、統一的なアプローチを可能とした。この標準化されたツールはALS関連認知機能障害 (言語流暢性、遂行機能、言語機能) を評価でき、より軽度の認知機能障害にも感度が高い。我々は、ECASを用いることで、ALSにおける認知機能障害の存在と前頭前皮質におけるシナプス脱落の関係性を証明することができた。今回我々は、非認知症ALSにおいてECASで検出された認知機能障害のプロファイルと、TDP-43の局在分布の関係性について、第一に報告する。
目的は、非認知症ALS患者の認知機能障害と関連する病理を決定することであった。我々の仮説は、(1) 非認知症ALS患者の特定の認知機能障害プロファイル (遂行機能、流暢性、言語) は、事前に同定された対応する脳領域のTDP-43病理と関連する、(2) 生前に評価されたECASは、死後のTDP-43病理の良い予測因子となる、であった。

 

2. 方法
2-1. 症例選択
我々は、Medical Research Council (MRC) Edinburgh Brain Bank から生前にECASを用いて神経心理検査を受けたALS症例を抽出した。さらに、すべての症例は全ゲノムシークエンスを個別に受けていた。ECASを含むすべての臨床データは、Scottish Motor Neuron Disease Register (SMNDR) および Care Audit Research and Evaluation for Motor Neuron Disease (CARE-MND) プラットフォームの一部として収集され、すべての患者は生前にその情報の利用について同意していた。

2-2. 認知機能評価
認知機能障害は、ECASを用いて評価され、すべての評価は標準化された手法に基づいて行われた。ECASはALSの認知機能障害プロファイルを評価するために具体的にデザインされており、身体機能障害を有する患者にも適応可能である。この検査は5つの認知ドメインにわたる16個のサブテストから構成されており、ALS特異的スコアを構成する遂行機能、言語、流暢性と、ALS非特異的スコアを構成する記憶と視空間認知の機能を評価できる。また、ECASは行動障害型FTDを診断するための基準に基づいた介護者への行動インタビューも含んでいる。
ECASは、標準化されたゴールドスタンダードの神経心理評価手法と比較して、ALSにおける軽度認知障害を検出するにあたり高い感度と特異度を持っている。また、様々な人口集団におけるALS患者の評価において妥当性が幅広く検証されている。
最終的なECASスコア (136点満点) は、ALS特異的 (100点満点) および ALS非特異的 (36点満点) スコアから成る。ECASの総得点またはALS特異的スコアで基準以下の場合、ALSci (ALS with cognitive impariemtn) と判断される。カットオフは、総得点で105/136点以下、もしくはALS特異的スコアで77/100点以下である。認知サブドメインごとの異常のカットオフは、遂行機能は33/48点、流暢性は14/24点、言語は26/28点である。ALSbi (ALS with behavioural impairment) は、アパシーまたは2つの異なる他の行動的特徴がある場合に定義される。

2-3. 組織学的および神経病理学的評価
脳組織は死後、標準化されたBrodmann areas (BA) から採取し、10%ホルマリンで最低24時間固定した。組織をアルコール系列 (70%~100%) で脱水した後、キシレンで4時間洗浄を3回繰り返した。5時間のパラフィンワックス包埋を3回行い、その後冷却し、Leicaミクロトームでホルマリン固定パラフィン包埋 (formalin-fixed paraffin embedded, FFPE) 組織を4μm切片にして、superfrost顕微鏡スライドに切り出した。切片は40℃で一晩乾燥させ、標準操作手順に従い、1000分の1希釈のProteintechの抗リン酸化(409-410)-TDP-43抗体と3,3′-ジアミノベンジジンクロモゲンを用い、Novolink Polymer検出システムで免疫染色を行い、ヘマトキシリンでカウンター染色した。
後の解析のために、脳の領域は、機能イメージングや病理学的研究に基づいて、(1) 遂行機能、(2) 言語機能、(3) 文字流暢性との関連に従ってグループ分けされた。先行研究で遂行機能との関連が報告された脳領域は、眼窩前頭皮質 (BA11/12)、腹側前部帯状回 (BA24)、背外側前頭前皮質 (BA46およびBA9)、内側前頭前皮質 (BA6) であった。言語機能と関連づけられた脳領域は、下前頭回 (Broca野; BA44/45)、横側頭回 (Heschl回; BA41/42)、中下側頭回 (BA20/21)、角回 (BA39) であった。流暢性と関連づけられた領域は、前頭前皮質 (BA9)、下前頭回 (Broca野; BA44/45)、腹側前部帯状回 (BA24)、横側頭回 (Heschl回; BA41/42) など、流暢性に関与する認知プロセスを反映して、遂行機能と言語機能に関連する領域との間で重複していた。これらの領域の概要については、表1を参照のこと。TDP-43病理は、2人の独立した病理医によって評定され、0=TDP-43病理なし、1=軽度 (1切片で少なくとも1つの20x視野に5個までの罹患細胞)、2=中等度 (1切片で少なくとも1つの20x視野に5-15個の罹患細胞)、3=重度 (1切片で少なくとも1つの20x視野に15個以上の罹患細胞) (図1A) (試験前のレビュアーの一致許容度は>0.66であったため、不一致はディスカッションによって解決され、最終的に100%の一致に至った)。病理学的所見がないと定義された症例は0点、病理学的所見がある症例は部位ごとに1点から3点までの点数をつけた。このスコアリングは神経細胞グリア細胞の集団に適用された (ヘマトキシリンカウンター染色を用いた細胞形態に関する確立された神経病理学的知見に基づく)。神経細胞は、細胞の大きさ (大量の細胞質に囲まれた核、樹状突起の存在、皮質層の位置) によって決定された。グリア細胞は、コンパクトなクロマチンを持つ楕円形から円形の核、小さな細胞質の縁を持つ小さな細胞サイズに基づいて指定された。評価者は、すべての人口統計学的情報と臨床情報を盲検化した。機能的重要性によってグループ化された領域は、TDP-43病理が存在する領域が4つ中3つ (または流暢性の場合は3つ中2つ) なければ病理陽性と分類されず、病変はこれらの領域で少なくとも1つで以上なければならなかった。

図1. ECASで決定されたサブドメイン認知機能障害は、TDP-43病理の特定の分布と関連する: (A) 病原性TDP-43染色が、TDP-43が特徴的な細胞内封入体を形成し核には存在していないことを示している。画像は20xの倍率で撮影されており、それぞれ病理の軽度、中等度、重度のスコアリングを示している。(B) ECASのサブドメインが対応する脳領域のTDP-43病理を予測できるかについて解析したところ、高い陽性的中率を示した。

表1. 解析前に決定された脳領域とその機能的/臨床的関連性

2-4. 統計手法
感度、特異度、陽性的中率、陰性的中率は百分率で表した。感度と特異度のCIは正確なClopper-Pearson CIである。尤度比のCIはLog法で算出した。予測値のCIは標準ロジットCIである。(1) 生存期間中央値のノンパラメトリック解析はMann-Whitney U検定で、(2) ECASから死亡までの期間は両側フィッシャーの正確検定で行った。データが正規分布していることを確認するためにShapiro-Wilk検定を行った。一元配置分散分析 (ANOVA) を用いて、認知機能障害例と非認知機能障害例を、TDP-43の細胞種特異的分布の違いと比較した (図2D)。

図2. 細胞腫特異的TDP-43病理は、個々の症例で異なる: 病原性TDP-43染色は、(A) 主にグリア細胞における封入体、(B) グリアおよび神経細胞の混ざった封入体、(C) 主に神経細胞における封入体 の3パターンを証明した。画像は20xの倍率で撮影されており、赤矢印は神経細胞、青矢印はグリア細胞を示している。(D) これらの特徴的な細胞種特異的封入体のそれぞれの症例数を示した頻度分布。それぞれのカラムは赤 (認知機能障害あり) および青 (認知機能障害なし) で色付けされており、TDP-43の蓄積細胞種と認知機能障害の間には明らかな関連性はないことを示している。

 

3. 結果
3-1. コホートの背景
Edinburgh Brain Bank の ALS患者 (El Escorial criteriaで臨床的に診断) の中でECASを用いて神経心理検査が生前に行われていた27人を選択した (表2)。認知症と診断された患者はいなかった。すべての患者は全ゲノムシーケンシングを行われており、9人でALS関連遺伝子変異が認められた。うち5人は C9orf72、2人は SOD1 (I114T) Scottish founder変異、2人はNEK1遺伝子の意義が確立されていない変異を有していた。72%の症例が四肢麻痺発症で、23%が球麻痺発症、1人は四肢と球麻痺の組み合わさった発症形式であった。7人 (26%) はALSci と診断された (表3)。行動データは9人で利用可能であり、3人はALSbiとされ、うち1名はI114T SOD1変異を有していた。ALScbiの患者はいなかったが、これは行動学的データが利用可能な患者が少なかったことを反映していると思われた。11人は特定のサブドメインにおける認知機能障害を示しており、遂行機能障害のみが1人、流暢性障害のみが2人、言語障害のみが6人で、3つのドメインにわたる混合性の障害を示した患者が2人いた (表3)。言語障害を示した患者のうち1人だけが記憶サブテストでも障害を示していたが、視空間検査で障害を認めた患者はいなかった。

表2. ECASコホートの背景

表3. ALSコホートの認知スコア

3-2. ECASで検出された認知機能障害は病原性TDP-43蓄積と関連する
ECASで検出された認知機能障害がALSの運動外病理の良い予測因子となるかを決定するため、我々はまずECASで障害を示した患者の剖検組織においてTDP-43凝集が運動外領域に存在するかを評価した。
27人中3人がALSbiの基準を満たした。うち1人がNEK1変異を有し、1人はSOD1変異を有し、1人は孤発性であった。行動障害に関連すると考えられた脳領域は、(1) 眼窩前頭皮質 (BA11/12)、(2) 腹側前部帯状回 (BA24)、(3) 内側前頭前皮質 (BA6) であった。SOD1変異患者ではTDP-43の蓄積はみられず、これは先行研究とも合致していたが、残る2症例では2つ以上の脳領域にTDP-43封入体を有していた (表4)。我々のコホート27人中7人はALSciの基準を満たした。7人はすべてTDP-43病理を運動外脳領域に有していた (表4)。したがって、ALSciを示したすべての症例で、運動外TDP-43病理が認められたことになる。運動外TDP-43病理があるにも関わらずECASで障害が認められなかった偽陰性症例は6人いた。これらのデータを総合すると、ECASが運動外TDP-43病理を予測する診断精度として、診断精度 66.67% (95%CI 46.04 to 83.48)、感度 43.75% (95% CI 19.75 to 70.12)、特異度 100% (95% CI 71.51 to 100) となった。

表4. 剖検病理スコアリング

3-3. ECASサブドメインの認知機能障害は特定の脳領域への病理の広がりと関係する
27人中3人は軽度の遂行機能障害を示し (1人は純粋な遂行機能障害のみで、2人は言語障害および流暢性障害と組み合わさっていた)、3人は全員が遂行機能障害と関連した脳領域のTDP-43病理を有していた (BA6, BA11, BA24, BA46, BA9)。さらに、27人中8人はECASで軽度の言語障害を示し (6人は純粋な言語障害で、2人は遂行機能障害および流暢性障害と組み合わさっていた)、全員が対応する脳領域のTDP-43病理を有していた (BA44, BA41, BA20, BA39)。27人中4人は軽度の流暢性障害を示し (2人は純粋な流暢性障害で、2人は遂行機能障害および言語障害と組み合わさっていた)、全員が対応する脳領域のTDP-43病理を有していた。TDP-43病理がないにも関わらず認知機能障害が認められた症例はなかったが、TDP-43病理があるのに認知機能障害がない6人の小グループが認められた (偽陰性)。これらの結果から、ECASは陽性的中率100%、特異度100%で、遂行機能、言語、流暢性ドメインTDP-43病理を予測することができることが示された (図1B)。

3-4. 遺伝子、認知機能障害、病理
同定された27症例のうち6症例がC9orf72 repeat拡大の遺伝子診断を受けていた。全例の剖検で、認知機能障害とは無関係な運動外TDP-43病理が認められた。これは、SOD1 (I114T) 変異 (Scottish founder変異) を持つコホート内の2人の患者が、先行研究における病理学的および神経心理学的評価と一致して、TDP-43病理や認知機能障害を有さなかった (さらに1人のSOD1患者はALSbiと分類されたが、TDP-43病理学的所見はなかった) のとは対照的である。また、NEK1遺伝子変異を有する2人の患者も同定されたが、このうち1人はTDP-43病理を伴うALSbiを発症しており、もう1人は認知機能障害を認めず、死後においても運動外のTDP-43病理を認めなかった。

3-5. TDP-43の分布は細胞種特異的であり、個人差がある
TDP-43病理の細胞種特異的分布の解析が行われ、3つのパターンが示された: (1)グリア細胞優位 (症例の22.2%)、(2) グリア細胞神経細胞の混合 (症例の59.3%)、(3) 神経細胞優位 (症例の7.4%) (図2)。ANOVAを行い、TDP-43病理の細胞種別分布が、評価した領域における認知機能と関連しているかどうかを評価した (図2D)。実際、性別、発症部位、発症時または死亡時の年齢の中央値、罹病期間、遺伝学的特徴など、その他の人口統計学的および臨床的特徴についても、群間に統計学的有意差は認められなかった。これは、評価したサンプルサイズが小さいためと思われ、これらの表現型がALSやFTDの臨床的特徴に影響を与えるかどうかを決定的に評価するためには、より大規模なコホートでのさらなる調査や既存データのメタ解析が必要であることは明らかである。

 

4. 考察
我々はECASで認知機能評価を受けた非認知症ALS患者27人の詳細な神経病理学的解析を行い、ALSci患者は運動外脳領域にTDP-43病理を有することを証明した。さらに、認知機能障害の種類 (遂行機能/言語/流暢性) のより詳細な解析により、TDP-43病理と特定の対応する前頭側頭領域の間の直接的関連性を明らかにした。具体的には、我々は (1) 遂行機能障害眼窩前頭皮質 (BA11/12)、腹側前部帯状回 (BA24)、背外側前頭前皮質 (BA46/9)、内側前頭前皮質 (BA6) のTDP-43病理と関連すること、(2) 言語障害は下前頭回 (Broca野; BA44/45)、横側頭回 (Heschl回; BA41/42)、中下側頭回 (BA20/21)、角回 (BA39) のTDP-43病理と関連すること、(3) 流暢性障害は前頭前皮質 (BA9)、下前頭回 (Broca野; BA44/45)、腹側前部帯状回 (BA24)、横側頭回 (Heschl回; BA41/42) のTDP-43病理と関連すること、(4) 行動障害は眼窩前頭皮質 (BA11/12)、腹側前部帯状回 (BA24)、内側前頭前皮質 (BA6) のTDP-43病理と関連すること、を証明した。これらのデータの潜在的な限界は、生前のECASと死亡との間の時間の差であるということは認識している。しかし、ECASから死亡までの時間によるデータへの影響はなかった。したがって我々は、これらのデータから得られた結論は確実で意味のあるものであると確信している。
死後におけるTDP-43病理の病期分類は以前にも報告されており、今回の知見と合わせると、TDP-43の病理学的蓄積はALSの臨床症状と明らかに関連しており、有望なバイオマーカーとなりうることが示された。我々は、運動領域や行動障害型FTDに焦点を当てたBrettschneiderらによって以前に発表されたスコアリングシステムではなく、非運動脳領域を評価する半定量的スコアリングシステムを用いてTDP-43病理を評価することにした。我々のシステムを用いることで、ECASのサブドメインに関連する特定の脳領域におけるTDP-43病理の豊富さを評価することができ、またTDP-43病理の細胞種特異的パターンを同定することができたため、認知機能検査に関連する特定のデータセットを作成することができた。今回我々は、ECASを用いることで、死後の特定の非運動脳領域におけるTDP-43病理の存在を正確に予測できることを示唆する最初の証拠を提示した。実際、ECASは現在世界中のALSクリニックで使用されており、この知見の潜在的な影響力と臨床的有用性を強調している。ALSの約半数の症例で認知機能の変化が認められ、これらの臨床症状がTDP-43の蓄積と関連している可能性が高いことを考えると、ミスフォールドしたTDP-43負荷を軽減することを目的とした認知機能改善標的治療の可能性がある。これらの知見は、リスクのある人の認知症状を軽減することを目的とした臨床試験において、ECASを層別化ツールとして使用する可能性を提起するものである。偽陽性が同定されないことを考えると、層別化ツールとしてECASを使用しても、そのような臨床試験に誤って組み入れられることはないだろう。
BA19 (5例) や 海馬 (4例) の病理を認めた症例も一部あったが、関連した機能障害 (記憶や視空間認知) は認めなかった。記憶障害を呈し、軽度のBA19病理を有した症例は1例あった。この症例では海馬の病理は認めなかったため、物語再生テストの成績不良は記憶以外の他の認知機能の問題である (e.g. 言語) と考えられた。
TDP-43病理の細胞種特異的パターンは3つ認められた: (1)グリア細胞優位 (症例の22.2%)、(2) グリア細胞神経細胞の混合 (症例の59.3%)、(3) 神経細胞優位 (症例の7.4%)。この所見は先行研究における病理データセットでも明らかである。しかし、我々の知る限り、正式には報告されていなかった。我々のデータは認知機能との統計学的に優位な関連性は示さなかったが、具体的にこの結果がALSの病態生理にどう寄与しているのかについてコメントできるほどの適切なサンプルサイズを有していない。しかし、このようにTDP-43病理の細胞種特異的な分布があることを考えると、将来的な実験パラダイムでは、動物および細胞モデルがこれらの異なる神経細胞およびグリア細胞病理を正確にモデル化できるようになることが重要だと考えられる。ALSの神経細胞モデルにはフォーカスがあてられているが、これうしたモデルでは我々のデータのように22.2%がTDP-43病理のグリア細胞優位パターンを示したことを正確には再現できていない。
さらに、これまでのALS患者の神経病理学的研究と同様に、すべてのC9orf72 repeat伸長患者でTDP-43病理が認められた一方で、SOD1変異患者にはTDP-43病理はみられず、またTDP-43病理の重症度や細胞タイプの分布は疾患の進行とは関連していなかった。したがって、我々のデータは、死後のTDP-43病理の予測因子が2つあることを示している: (1) ECASによって評価された認知機能障害と、(2) C9orf72/SOD1の状態である。認知機能が患者と介護者のQOLに与える影響を考えると、生存や運動機能に対する影響とは別に、蛋白質のミスフォールディングを標的とした治療がALS患者の認知機能に及ぼす影響を調べる今後の研究が必要であることは明らかである。われわれのデータは、死後組織における運動ニューロン以外の脳領域におけるTDP-43病態の予測におけるECASの有用性を示している。特異度が100%であることの第一の利点は、TDP-43負荷の軽減を目的とした臨床試験に誤って組み入れられる個体がないことである。しかし、ECASによる病理学的負荷の予測は感度が低いため、そのような臨床試験から利益を得られる可能性のある患者でも、特定されないことがある。したがって、ECASで見逃される可能性のある患者をさらに特定するために、感度を向上させるバイオマーカーが開発される可能性は十分にある。従って、ECASの有用性は、(1) 対象患者の同定、(2) TDP-43の病的蓄積を減少させることを目的とした臨床試験における治療に対する患者の反応のモニタリングにおいて、ますます向上する可能性がある。

 

感想
海馬のTDP-43病理が記憶と関連していないの、意外かも。だって、他の認知ドメインでは関連していたんだから。。。

先天性失音楽の神経生物学

Neurobiology of congenital amusia.
Trends in cognitive sciences 20.11 (2016): 857-867.
Peretz, Isabelle.

 

先天性失音楽、いわゆる音痴の神経生物学。

 

0. 用語集
アウェアネス: 感覚的事象を意識的に知覚、感受、経験する能力のこと。
ボトムアップ感覚情報: 感覚として取り入れられて一次感覚野に投射され、さらに前向性結合を介して二次的な高次連合皮質を駆動する外的情報。
先天性相貌失認: 脳損傷や感覚障害によらない重度の相貌認知障害
ディスレクシア: 読字の発達障害。正常な知能とモチベーションがあり、問題なく学校に通っているにも関わらず、予想外に読字技能の習得に障害があることによって特徴づけられる。ディスレクシアの最もよく理解されている原因は、聴覚性言語に対する音韻性アウェアネスの弱さである。
カプセル化: 高次のレベルからその処理システムにアクセスできないこと。
早期右前部陰性反応 (Early right anterior negativity, ERAN): MMNを参照。
キー: 特定の音楽を構成する5から7個のピッチのグループ。
Mismatch negativity (MMN): MMNとERANは、どちらも特定のイベントにタイムロックされて生じる頭蓋導出脳波の陰性電位のことで、複数試行にわたって平均化されるものである。イベント発生から200 msにピークを持ち、イベントに対して反応する電気活動の変化を反映する。トポグラフィック頭蓋地図の中で側頭部と前頭部に最大強度を持つ。こうした陰性脳反応は、考えられている変化の種類に依存してMMNまたはERANと呼ばれる。典型的には、変化が注意を惹起する際に、300-600 msの間に後頭領域の後期陽性ピーク (P600) を伴う。
調性: キーの中のピッチの階層構造のこと。
トップダウン予測的符号化: ボトムアップ入力は、解剖学的/機能的階層内の高次脳領域からトップダウン予測を受け取る。予測は、感覚入力を規則性に関する内的知識と調和させようとするものである。正常な皮質領域の機能は、これらの2つの入力源を統合することにある。

 

1. なぜ先天性失音楽を研究するのか?
音楽との関わりはありふれたものであり、人生の早期の段階から発生する。新生児は、音楽の調性キー (tonal key) の変化や拍子の崩れなど、音楽のピッチ的および時間的構造の抽象的特性に反応を示す。乳児は音楽に対して自発的に動作的反応を示し、音楽に同調した動きがみられるときには向社会的行動も増強される。音楽との関わりは社会的相互作用に深く根差しており、高度に快楽的なものである。音楽の魅力は、ほぼすべての人の人生で、生涯を通して記憶される。このような背景の中で、音楽に対する感性が欠如した人がいるというのは戸惑いを生む事実であり、その原因を明らかにする必要がある。
このような異常が、言語習得の遅れや知的障害、後天的脳損傷、音楽的経験の不足など、他の原因からは独立して生じるというのは興味深いことである。今回フォーカスをあてる先天性失音楽の最も一般的な形態は、音楽のピッチ構造の処理に関係するものである (Box1)。失音楽のある個人 (失音楽者と呼ぶことにする) は、日常生活において言語やプロソディを正常に理解している。彼らは声で人物を認識できる上、動物の声などあらゆる環境音を識別できる。彼らを行動学的に特徴づけているのは、音程の外れた歌を検出できないこと (これは彼ら自身が安定を外してしまうということも含む) である。一方で彼らは、歌詞がなくても馴染みのある楽曲を認識することはできるし、記憶の中で短い楽曲を保持することもできる。この種の生涯にわたる音楽障害は「先天性」のものと呼ばれるが、これはエチオロジーではなく、あくまで時間的特性を定義したものにすぎない。しかしながら、最近の研究によって、この疾患の神経生物学的エチオロジーに関する大きな進歩が生まれた。
下で述べるように、先天性失音楽は、機能的および構造的結合性に影響を与える神経異常を特徴とする。同時にこれは、遺伝性のあるものである (Box 2)。このため先天性失音楽は、遺伝子、脳、行動の間の因果関係を追跡することで音楽の認知神経生物学を研究することができる稀な機会を提供している。この論理は本質的にはリバースエンジニアリングの一種である。したがって、行動学的レベルで観察された異常を、認知的プロセス、さらに神経生理学的プロセス、究極的には遺伝子および環境に至るまで追跡することができる。本文献では、失音楽として生まれた患者に関する詳細な研究を介して明らかにされた、音楽の神経生物学的基盤に関して現在わかっていることを振り返る。
この領域における進歩は特筆すべきものであり、一般的な認知的疾患の発症に関してもさらなる洞察を提供する。実際に、先天性失音楽はその他の神経発達障害、たとえば先天性相貌失認や発達性ディスレクシア、とも類似性を有している。先天性失音楽と同様に、これらの障害は、感覚や知的機能は正常であり、関連する技能を習得する機会も十分に与えられているにもかかわらず、特定の認知ドメインに影響が現れる (それぞれ相貌認知と読字) 。同様に、これらの障害は遺伝性があり、以下で述べるように神経結合性の観点から説明可能である。こうした類似性は、比較的遠隔に位置する専門的皮質領域の共同活動が、ヒトの認知における神経生物学的原則であることを支持する。

 

Box 1. 先天性失音楽の有病率
先天性失音楽は、音楽のピッチを正常に知覚および産生することが全くできないマイノリティを指す。自己申告ではなく客観的聴覚的検査を用いた最近の最大規模のサーベイ (15,000人以上の被験者) によれば、先天性失音楽は人口の1.5%に見られ、男女差はないことが判明した。
この有病率を計算するにあたって、我々は失音楽の診断に最も幅広く使われているツールである Montreal Battery of Evalutation of Amusia (MBEA) の保守的な基準を用いた。我々は、2つの個別の検査 (Scale検査とOff-key検査) で異常なスコア (平均の-2SD以下) を呈した際に被験者を失音楽とみなした。Scale検査は30ペアの旋律の中でキーから外れた音がないかを判断するもので、Off-key検査は同一旋律の中でどの音がキーから外れているかを判断するものであるため、どちらも調性に関する知識へのアクセスを必要とするが、Scale検査はさらに旋律を記憶の中に保持することを求める。したがって、それぞれの検査における異常なスコアは旋律キーの違反を検知することの本質的障害を支持するものであり、この疾患の行動学的特性を意味する。対照的に、Off-key検査とOff-beat検査は同じタスクを行うものの測定する音楽次元が異なっている (ピッチと時間)。したがって、コントロールとなるOff-beatタスクで正常なスコアであることは、注意や動機に関連した障害を除外できる。より軽度 (だが広範な) 基準、すなわちScale検査の異常値のみを用いて先天性失音楽を同定すると、その有病率は4.2%に上昇する。
先天性失音楽の有病率は統計学的に決定されるもので、すなわち相対的である。この有用性は、注意、教育、音学経験などの交絡因子なくして大規模な集団内での成績を反映できるところにある。音学能力は連続的分布であるため、古典的な医学的および心理学的概念にあるような離散的診断カテゴリとは異なる点に注意が必要である。ほとんどの認知能力は人口内で連続的に分布しており、たとえばディスレクシアは、年齢またはIQと比較したときの読字能力の連続的分布のローエンドに対応する。したがって、離散的閾値を設定することはいくらか恣意的となり、研究グループによる違いを生み出す。幸運なことに、現在の研究はMBEAおよび類似した基準を使用しているため、この分野におけるデータの均質性と収束性は現状極めて高いと言って良い。

 

Box 2. なぜ先天性失音楽の背景にある遺伝子バリアントを検索するのか?
音楽のピッチ構造を聴いて楽しむなどの基本的音学能力は、根本的な人類の特性として細かく研究されてきている。分子テクノロジーの進歩は、その能力に関係する遺伝的因子を検索することを可能にした。音楽能力の遺伝的相関を検索することは興味を集めているが、言語などの他の認知ドメインにおける研究と比較すると未だ遅れている。言語ドメインでは、言語障害の研究によって、FOXP2などの言語の基盤となる遺伝子が同定された。同様に、先天性失音楽の研究も、音楽の主要な神経生物学的経路を明らかにするための新たなエントリーポイントを提供する可能性がある。
音楽ピッチの障害が表現型-遺伝子型相関の良い標的となりうるという考え方のエビデンスは、失音楽が家族性に凝集しているという我々の研究や、別の双子研究から来ている。家系研究では、失音楽家系の1親等親族の39%で音楽ピッチ障害がみられた一方で、コントロール家系ではたった3%しか見られなかったことが報告された。この失音楽の発生率は、言語障害の遺伝性と同程度のものである。先天性失音楽の背景にある遺伝子変異を検索するにあたり、他の検査と比較して遺伝的因子による影響を最も強く受けるのはMBEAのScale検査 (Box 1) であることが最近の双子研究で判明している。同様に、より早期の双子研究では、有名な旋律の異常なピッチの検出において、一卵性双生児は二卵性双生児と比較して、より類似した成績を示した。遺伝的モデルフィッティングからは、遺伝子の共有は環境の共有よりも重要で、70-80%の遺伝性を持つことが示された。失音楽脳で観察される皮質異常は、先天性失音楽につながる遺伝子変異を介したイベントの連鎖を理解するための重要なリンクを提供する。もしかすると、前頭側頭線維を決定する遺伝子に絞った探索が有効なのかもしれない。遺伝子は行動または認知機能を特定するのではなく、ゲノムに組み込まれた皮質ニューロンの移動を特定する。遺伝子は、ニューロンの増殖や移動、プログラムされた細胞死、軸索経路、結合形成などのプロセスに影響を与えて脳の発達に影響する。このため、ニューロンの移動や誘導に関与する遺伝子は、先天性失音楽をきたす遺伝子の良い候補である。こうした遺伝子範囲の積極的検索は、現在進行中である。

 

2. 音楽のピッチが鍵である
ピッチの処理の障害は、先天性失音楽で観察される音楽障害の中心である。失音楽者は二半音よりも小さいピッチ変化の検出ができない。典型的音楽のピッチ変化はしばしばこの閾値より小さいことから、失音楽者は音楽構造の重要な部分をとらえることができない。より特筆すべきなのは、失音楽者は西洋音楽のピッチ規則性を違反する「誤った音」を検出することができない。音楽のピッチ障害は、この障害の明瞭な行動学的特性であり、診断目的 (Box 1) と神経遺伝研究における表現型 (Box 2) の両方で用いられる。
音楽のピッチ障害は言語の障害とは比較的独立して現れる。このような解離は、言語音声に対する音楽の重要な特徴を定義するのに役立つ。実際、ピッチの処理は音楽と言語音声では根本的に異なるようだ。とはいえ、これは単に、音楽のピッチ構造が音声のイントネーションよりもはるかに細かいピッチ間隔を使用しているという事実を反映しているのかもしれない。微細な音響的ピッチ処理に障害がある場合、音楽的ピッチ処理は障害されるが、言語音声処理は保たれる可能性がある。実際、失音楽者もまた、語彙トーンやピッチ操作されたフランス語の音節など、微妙なピッチ変動の処理に障害を示している。このような観察結果は、音楽のモジュール性に関する議論に拍車をかけている。
この障害のドメイン特異性を評価するために、我々は最近、先天性失音楽に関する42個の研究のメタアナリシスを行った。その結果、刺激が音調で構成されているか音声で構成されているかにかかわらず、ピッチの変化の大きさが成績の最大の決定要因であることがわかった。この結果は、正常に機能する音楽システムを発達させるためには、ピッチのきめ細かな処理がいかに重要であるかを裏付けている。また、ピッチ障害のドメイン特異性を否定する論拠にもなっている。しかし、ピッチの精密な処理は、通常、言語音声には必要とされないため、音楽に特化していると言えるのかもしれない。
音楽と言語音声の違いは、自然な言語音声サンプルのピッチ音程の大きさを50%変化させ (拡大または縮小)、同様の言語内容の歌に同じ操作を加えてその効果を比較することで容易に証明できる。言語音声はどのような条件でもかなり自然に聞こえるのに対し、歌はピッチを変化させると明らかに調子が狂ってしまう。同じ現象は、話し言葉の文章が繰り返されると、あたかも歌われているかのように知覚されるという現象 (歌化錯覚) でも報告されている。聞き手は、同じ文章が話し言葉として知覚されるよりも、歌われたように知覚される場合の方が、細かい音程の変化を検出するのに優れている。このように、小さな音程の変化を検出できない知覚システムは、必然的に音楽構造の本質的な部分を見逃すことになるが、音声の本質的な部分は見逃さない。

 

3. わかっているのに気づかない
ピッチ処理の障害は目に見える症状であるが、障害の根底にある機能的問題ではない。先天性失音楽の中核的障害は処理されたピッチ変位への意識的アクセスの欠如にある。失音楽脳は、正常な個人のように、わずかなピッチの変化を追跡し記録することができるが、こうした計算の結果が意識に上らないのである。この解離、または切断は、失音楽者における音楽の知覚と産生の両方で、記憶表現を音響的に解析したときの処理で観察されるものである。
失音楽脳は、繰り返された標準トーンから1/8音 (25セント) 離れたトーンに対して、その変化を報告できないものの、正常なMMNを呈する。その上、正常であればMMNのあとに続くはずの陽性波 (P300/P600; 意識的検出と関連する) は認められない。このような音響学的文脈におけるアウェアネスを伴わない知覚という発見は、失音楽者が旋律文脈でERANと呼ぶべき正常な陰性脳反応を呈したという先行研究と合致するものである。こうした早期の正常陰性電気的脳反応 (MMN, ERAN) は、失音楽者が純粋トーンの旋律様パターン (連続するトーンが0-2半音程異なる) を聴く時の fMRI BOLD 反応と合致する。失音楽者と正常被験者は、ピッチ距離 (25セントも含む) が増加するほど、両側の聴覚皮質でそのピッチ距離の関数として正の線形 BOLD 反応を示す。まとめると、失音楽脳ではわずかな音楽ピッチ変化を追跡し表現することができるというエビデンスが存在する。欠けているのは、こうしたピッチ表現にアクセスして意識的報告を行う能力である。

図1. わかっているのに気づかない: (A) 実験パラダイム。同じ旋律が、2つのタスクでモニターされた。ピッチ検出タスク (左側の灰色のゾーン) では、in-key、1半音 out-of-key (+100セント)、または1/2半音 out-of-key (+50セント; out-of-tune) のいずれかの「間違った」ピッチを検出するよう求められた。クリック検出タスク (右側のゾーン) では、目標音の後に発生するクリックの有無を検出した。クリックの大きさは、75%の正解率になるように連続的に個別に調整された。参加者は、ピッチ検出タスクでは間違った音があるかどうかを、クリック検出タスクではクリックがあるかどうかを検出するよう求められた。後者のタスクは、ピッチ違反の存在に無意識に注意を向けることを避けるため、常にピッチ検出タスクの前に行われた。(B) 行動反応。コントロールと失音楽者のピッチ検出 (グレーゾーン) とクリック検出の精度 (ヒット率-誤答率) をピッチ種類の関数として示したもの。エラーバーはSEMを表す。ピッチ違反は失音楽者では偶然以上にほとんど検出されないが、クリック検出の成績には支障をきたすため、アウェアネスを伴わないピッチ違反に対する感受性のエビデンスを示している。(C) 脳の電気的反応。ピッチ検出タスク (灰色ゾーン) およびクリック検出タスク中のコントロール (青) および失音楽者 (赤) の差分波 (ピッチ違反-インキー) を示す。後者 (右ゾーン) では、失音楽者は右前頭領域 (FC6) で正常な早期陰性反応 (ERAN) を示す。対照的に、失音楽者の脳反応は、ピッチ違反の意識的検出と関連する、後方領域 (Pz) における正常で典型的な陽性反応 (P600) を示さない。略語: ERAN; early right anterior negativity; FA, false alarms; H, hits。

アウェアネスの欠如は、ピッチ変化への不注意や応答不良によっては説明できない。なぜならば、失音楽者であっても、大きなピッチ変化は少なくとも音響シークエンス (反復トーン) では正しく検出され、正常なP300反応を生成するからである。さらに、調性の知識は、注意が慎重に制御されれば先天性失音楽でも証明されうるからである。最近我々は、個々の閾値近傍に調節されたクリック音を検出するように旋律をモニターさせた時の電気的脳反応を記録した (図1)。半分の旋律では、音楽の調性ルールを違反した音を挿入したが、被験者はこれを無視するように指示された。2つ目のタスクでは、被験者は同じ旋律を提示され、今度は調性ピッチの違反を検出するように求められた。どちらのタスクも注意の維持を必要とするが、2つ目のみが音楽のピッチ知識への意識的アクセスを必要とする。クリック検出タスクでは、ピッチ変化は失音楽者とコントロールの両方でERANを誘発した。興味深いことに、失音楽者はミスチューニングされた音を偶然以上には検出することができなかったにもかかわらず、調違反の存在は、失音楽者とコントロールのクリック検出精度を同様に妨害した。したがって、ミスチューニングされた音による妨害は、auditory attentional blink のように、意識することなく起こるのである。対照的に、ピッチ検出課題では、ピッチのずれはERANとP600の両方を誘発したが、コントロール群のみであった。これらの結果を総合すると、調性音楽のピッチ規則性は、意識的な報告につながることはないが、失音楽者の聴覚皮質で登録され、予測されることがわかる。
調性ピッチ構造は、普通は曝露によって暗黙的に学習される。一部の失音楽者は意図的に音楽を避けるものの、多くは音楽を聴くため、音楽と接する機会が制限されているとは言えない。逆に、一部の者は普通の人々と同じように音楽に深く関わり、楽しんでいる (Box 3)。このため、早期からの日常的な音楽への曝露は、失音楽における調性知識の暗黙的な獲得を説明できるのかもしれない。この知識は、しばしば歌唱において表現される。大部分の失音楽者は Happy Birthday などの有名曲を音程を外して歌ってしまうが、ごく稀な一部の失音楽者 (客観的音楽知覚能力の検査で診断された者) は正しい音で歌うことができ、しかもそれに気づいていない。
音楽以外の文脈でも、歌のピッチの正確な表現と同様の事象は観察されている。精力的な研究では、先天性失音楽者がピッチ変化の方向を偶然レベルでしか報告できないにも関わらずその変化を再現できることが報告されている。失音楽者は自身の声をボーカルフィードバックに対して調整することができ、突然の小さなピッチのシフトに対しても反応することができる。小さいシフトに対する反応は、その変化を検出する能力よりも、歌唱ピッチの精度によって予測された。小さいピッチ変化を意識的に知覚することができないのに歌唱ピッチを生成しモニタすることができるという解離は、知覚と生成の特異なフィードバックループを指示している。
このような解離は同時に、知覚と動作が「分断」可能であることを示唆している。すなわち、知覚と産生はピッチの共通表現に依存するわけではない可能性がある。他にも、ピッチの知覚と産生は同じ経路に依存するものの、意識的アクセスの需要という点で異なる可能性がある。こうした異なる仮説を行動学的実験を用いて紐解くことは難しく、神経-機能的研究について考察する必要があるだろう。これについては次章で取り扱う。

 

Box 3. 失音楽における音楽的感情: アンヘドニアから音楽嗜好症 (Musicophilia) まで
誰もが音楽を聴くのは、音楽が感情を表現し、その情動的状態を制御することができるからである。そのような感情的訴えは、音楽のピッチ構造を生涯にわたって処理することができない個人にとっては意味がないものなのかもしれない。それでも我々は、ほとんどの失音楽者が音楽から基本的感情を知覚する能力を維持していることを発見した。予想されたように、コントロールとは違い失音楽者の判断はピッチの微妙な違い、たとえば旋法の意図的な変化 (minor から major など) には影響されなかった。その代わりに、失音楽者はパルスの明瞭さや、ざらつきなどの音色の違いに対して正常な感度を示す。さらに、楽しい音楽と悲しい音楽を区別するための、キーの明瞭度や大きな平均ピッチ差にも敏感である。このように、失音楽者が経験するピッチ知覚の障害は、感情的判断には軽い影響しか及ぼさない。
したがって、通常のリスナーと同じニュアンスを理解できなくても、失音楽者は音楽を聴くことができる。それにもかかわらず、一部の人は積極的に音楽を避け、逆に少数の人は熱心に音楽を聴き、そしてほとんどの失音楽者は音楽に無関心である。さらに、音楽に対する関心の違いは、障害の重症度とは無関係である。同様に、人口の約2%は、音楽から感情を正常に知覚できるにもかかわらず、音楽から特別な喜びを得ることができない。音楽アンヘドニアと呼ばれるこの快感の欠如は音楽に限定され、おそらく音楽家や作曲家の感情的意図を知覚することと、実際の感情を経験することの間の断絶を反映している。正常な聴者は、音楽に対して同じ感情を知覚し、感受できるのが普通である 。
先天性失音楽者では、聴覚野と大脳辺縁系領域との相互作用が変化しているため、前頭側頭葉の結合がうまくいっていない可能性がある。実際、正常な聴者では、IFGとSTGの両方が、報酬系 (側坐核) との結合が、報酬性の高い音楽の処理中に増加している。さらに、音楽に対する異常な渇望である音楽嗜好症を示す認知症患者では、同じ前頭側頭ネットワーク内の灰白質領域が相対的に保たれている。したがって、前頭側頭ネットワークに影響を及ぼす先天性異常が、大脳辺縁系報酬系との相互作用も損なう可能性がある。

 

4. 右前頭側頭ネットワークにおける反復処理の異常
失音楽脳は、下前頭回 (IFG; BA 44/45/47) と聴覚皮質 (STG; BA 22) を含む右前頭側頭ネットワークにおける神経異常を呈し、これら2つの中核領域や左聴覚皮質の間の情報のやりとりが障害される (図2)。コントロール脳と比較して、失音楽脳は右IFGの白質密度の低下と灰白質密度の上昇、右聴覚皮質の灰白質密度低下、右弓状束 (聴覚皮質とIFGを結ぶ主要な線維路) の体積減少を示す。この構造的ネットワークでは機能的変化も報告されており、IFGと右聴覚皮質の間の結合性の低下と左右の聴覚皮質の結合性の上昇がみられる。こうした神経異常は、右IFGと右聴覚皮質の間の反復処理の異常が先天性失音楽の発現の原因となっている可能性を示している。

図2. 右前頭側頭ネットワークの反復処理の異常: 正常脳と比較したときの失音楽脳における左右のSTGと右IFGの機能的結合性および構造的結合性の異常を示したシェーマ (左パネル) と解剖学的表現 (右パネル)。現在のエビデンスは、蝸牛からSTG (一次聴覚皮質A1を含む) に至るまでの他のすべての結合は正常であることを示唆している。IFGとSTGの間のフィードバック制御が乏しいことによる反復処理の変化は、点線で表現されている。

IFGとSTG間の反復処理の異常は、これらの中核領域間のピッチ情報の伝達の変化 (図2に示されるように) か、中核領域に内在する機能障害のどちらかに起因する可能性がある。現在のところ、伝達の異常を示すエビデンスは存在する。実際、これまでに用いられたすべての神経画像法 (EEG、MEG、fMRI) は、先天性失音楽における聴覚皮質のピッチに対する感度が正常であることを明らかにしている。現在までのところ、報告されている聴覚皮質の機能異常はすべて、IFGからの伝達の変化に起因している。さらに、ピッチに対するワーキングメモリーへの寄与から、この部位の機能障害の可能性はあるものの、IFGの活動に異常があることを示すエビデンスはまだ発表されていない。
ボトムアップ感覚情報は、失音楽脳でも正常に一次聴覚皮質 (図2のA1) に到達する。蝸牛のレベルでは異常はなく、中脳のレベルでも異常はない。さらにA1では、和音に対するピッチ反応領域は、ピッチ知覚にかなりの障害がある失音楽者でも、マッチさせた対照者の領域と、範囲、選択性、解剖学的位置において同等であることが判明している。このように、聴覚入力はSTGに正常に届いているようである。異常と思われるのは、IFGからSTGへのトップダウン・フィードバックである。実際、IFGの役割は、STGにおける聴覚処理を増幅し、洗練させることである。認知的増幅は、意識や予測的符号化の重要な側面である。
失音楽におけるトップダウン・フィードバックの異常は、おそらく幼少期の発声時に起こる。実際、フィードバック系は、発声の誤りをモニタし、調整する上で重要な役割を果たしている。ピッチのための声帯の微細運動制御は、構音器の微細運動制御が発声に重要であるのと同じように、歌唱に重要である可能性がある。後者には主に左前頭側頭ネットワークが使用されるのに対し、前者はピッチのフィードバック制御のために右前頭側頭経路が使用される。それぞれの大脳半球には、フィードフォワード系とフィードバック系の2つの経路がある (図2)。歌唱では、右のフィードフォワード経路が、IFGから後方のSTGに運動命令の内部コピー (効果コピー) を伝達し、運動動作と意図的音声生成との間の順方向および逆方向の対応付けの基礎を提供する。フィードバック系は発声ピッチのフィードフォワード制御と結合しており、運動予測と入力される感覚フィードバックとのミスマッチをモニタし調整することにより、発声意図を誘導する。最初は、フィードフォワード経路は、フィードバック系よりも自発的な制御に依存しない、粗く、速く、模倣に基づく経路を使ってピッチを制御する。学習が成功すると、フィードフォワード系は、フィードバック補正に関連する、より微調整された予測を統合するようになる。この微調整は、タスクの要求や音楽の専門知識によって異なる。失音楽の場合、IFGとSTG間の反復ループの微調整は基本的に行われない。
失音楽におけるフィードバック制御系の変化は、失音楽者が音楽のピッチ精度を判断してワーキングメモリに保持できないことを説明できる。しかしながら、フィードバック制御の失敗は、失音楽者が調性ピッチ構造の抽象的特性を学習できることを説明できない。この暗黙的な階調知識と意識的アクセスの障害の解離は、右STGが適切なフィードバックの欠如によってカプセル化されているためと考えれば説明可能かもしれない。言い換えれば、失音楽者の右STGは、高次皮質領域からのトップダウン支配を受けずとも、聴覚的入力の統計学的特性を計算できるのかもしれない。よって、完全に機能的な音楽システムを発達させるためには、信頼できるピッチのフィードバック制御系においてこうしたトップダウン情報を保持し利用できることが重要なのかもしれない。

 

5. 認知的学習障害: 共通の基盤があるのか?
先天性失音楽を、STGにおける正常な聴覚知覚系とIFGとのフィードバック相互作用の障害の間にある結合性障害として特徴づける現在の分類は、他の先天性疾患ともよく類似している。正常な相貌認知の発達の障害 (i.e. 先天性相貌失認) や、正常な独自能力の獲得の障害 (i.e. ディスレクシア; 音韻性アウェアネス障害とも呼ばれる) は、既存のドメイン特異的知識への意識的アクセスの障害であり、中核的知覚システムと前頭皮質の間の結合性の変化の観点で説明可能である。
より具体的には、相貌失認者の脳は、中核的な腹側後頭側頭皮質 (fusiform face area, FFA) を側頭葉前部および前頭皮質に結合する白質経路の密度低下を示す。さらに、相貌失認者の大部分は、右FFAにおいて正常な相貌選択性を示す。したがって、障害は右FFAの機能障害によって生じるわけではなく、その他の皮質領域との結合性の低下から生じていると思われる (ただし相貌構成の神経表現の異常も報告されている)。
ディスレクシアの成人では、fMRI の MVPA (multivoxel pattern analysis) で中核領域であるSTGにおける音声表現は頑強性と個別性の観点で正常に保たれているが、左のIFGおよび右の一次聴覚皮質との機能的結合性が低下している。これは、左の弓状束で観察される構造的結合性の低下と合致しており、ディスレクシアではSTGにおける正常な音声表現にアクセスできないことを示唆している。同様に、ディスレクシアの子供が聴覚性音韻アウェアネスタスクを行っている際にも、STGは正常に活動しているが、前頭前野の活動が低下している。
3つの認知的疾患 (先天性失音楽、先天性相貌失認、ディスレクシア) を、知覚皮質と前頭皮質の間の結合性の異常として特徴づけることは、高度に具体的で複雑な知識を学習するためには皮質-皮質回路の統合が重要であることを証明している。これらの障害の類似性は、多くの複雑な認知的タスクが遠隔皮質領域を結びつける分散型ネットワークをリクルートすること、またこうした回路のノードを分断してしまうような発達段階の変化が重度の選択的認知的障害を生じさせうることを確認させるものである。
神経発達障害を区別するのではなく、それらを包括的なカテゴリーにまとめ、共通の基礎的障害のバリアントとして扱う方が理にかなっているのではないかと考える人もいるかもしれない。しかし、もしそのような共通の障害があるとすれば、これらの3つの障害 (相貌失認、ディスレクシア、失音楽) は併発するはずである。現在までのところ、これら3つが併発しているというエビデンスはないが、ディスレクシアでは音楽に対するワーキングメモリに異常があることが示唆されている。したがって、遺伝子変異がディスレクシアと共有されている可能性がある。また、ディスレクシア (少なくとも3つの感受性遺伝子が同定されている)、相貌失認 (遺伝子変異はまだ同定されていない)、先天性失音楽 (Box 2) のリスクに関連する染色体領域に重複が見られる可能性はある。とはいえ、現在のエビデンスでは、この3つの神経発達障害を単一の疾患として扱うことには反対である。したがって、先天性障害の間に観察された共通点は、ヒトの脳で学習がどのように作用するかという一般的かつ基本的な原則の一例とみなすことができる。先行研究は、比較的狭い神経空間において機能が専門化するという仮定に導かれてきた。先天性障害に関する最近の研究は、学習に関する研究を、脳ネットワークレベルでの機能的特化という観点から捉え直す必要性を強調している。

6. まとめと将来的な方向付け
先天性失音楽の研究は、右半球の神経ネットワークの中核システムの分断が、どのようにして音楽を知覚し、産生し、楽しむことの重度の障害を引き起こすのかについて明らかにした。聴覚皮質は音楽に必要不可欠なピッチ変化の計算に必要だが、正常な音楽能力の獲得には不十分である。その代わり、正常な音楽能力の発達は、IFGとの反復処理に依存しているように思われた。脳がどのように音楽技能を獲得するのかを理解するためには、我々は活動、障害、専門知識の拠点を個々の処理領域と考えるのではなく、複数の皮質領域の共同体と考える必要がある。
この観点で、アウェアネスと誤りの訂正は、学習における基本的原則と言える。先天性失音楽の研究が明らかにしたように、これらの機能は、細かなピッチ変化の処理という点で重度かつ選択的に障害され、音楽というドメイン全体の適切な運用に支障をきたす。また、注意の集中、誤りの意識的モニタリング、ワーキングメモリなどの遂行機能は、音楽ピッチなどの特定の認知ドメインに細分化され、専門化される可能性があることが示唆される。
残念ながら、ピッチの遂行機能は失音楽者ではアウェアネス障害のために容易には改善されない。報酬系の刺激は、より効果的かもしれない。たとえば、協調の取れた音楽の産生 (合唱やギターのグループ奏) は、これらのグループ活動が喜びや集中の共有を生むことから、より有用な可能性がある。動物研究で示されたように、タスク報酬構造は聴覚皮質におけるピッチ処理のトップダウン制御と神経応答を修正する。こうしたアプローチが失音楽で成功すれば、同様の神経生物学的原則に則って、他の先天性疾患の改善にも幅広く適用可能と考えられる。

 

感想
手短にまとめると、① 先天性失音楽ではピッチのアウェアネスが欠如している、② ピッチ産生のフィードバック制御が機能していない、ということなのだけど、この二つを結びつけるロジックが明記されていなかったのがややわかりにくい点だった。発達段階で歌を歌ったりすると、ピッチ産生の遠心性コピーが右IFGにわたり、それがSTGで (正常に) 知覚されたピッチと比較される (STG→IFGに情報がフィードバックされる) ことで、ピッチ産生能力が微細に調整されていくのはわかった。そして、先天性失音楽では前頭側頭路の発達異常によってこの調整ができない、というのもわかった。でもこれは、ピッチのアウェアネスが欠如することの説明にはなっていないと思う。そもそも「意識に上る」ということの定義や機構が説明されていないので、ごまかされている気がする。本文を読んで1つ推察するとすれば、右STGカプセル化されているため他の処理領域からの情報要求に応じられないということなのかもしれないが、抽象的すぎるし根拠がないのであまり信じられない。まあ、仮説だからロジックさえおかしくなければ何を言ってもいいというのも、わからなくはないけど。
細かなピッチ変化に気づけない (アウェアネスが欠如している) のは、STGにあるピッチ変化の知覚表現を、目標達成のために正しく利用することができないという、遂行機能障害的な問題なんじゃないだろうか。また、この文献は弓状束だけに注目しているけど、鉤状束やら下前頭後頭束やら、いわゆる腹側経路もあるわけで、もしこれらが保たれているとするならば、カプセル化という表現はやりすぎな気もする。でも、もしかすると腹側経路はリズムに大事で、背側経路はピッチに大事だとか、そういう話があるのかもしれない (実際に後天性失音楽ではそんなような話もあるわけで)。他にも、後天性失音楽だと腹側経路の障害があっても背側経路が生きていれば数ヶ月で回復すると言われているのに対し、先天性失音楽だと背側経路の発達異常がクリティカルになってしまうのも違和感がある。先天性失音楽も実は腹側経路に異常があるんじゃないか?(→ と思って調べたらそんな研究も出てきた。)
まあ、とても有意義な勉強になった!

音楽の神経機構 - 後天性失音楽から考察する

Neural architectures of music – Insights from acquired amusia.
Sihvonen, Aleksi J., et al.
Neuroscience & Biobehavioral Reviews 107 (2019): 104-114.

 

年末年始は音楽の勉強をしようかな。

無知すぎて用語が難しかったので、まずは音楽用語をまとめてみます。
①音に関する用語 (音の三要素)
 1. 音の大きさ: 音波の振幅のこと。
 2. 音の高さ (ピッチ): 音波の周波数のこと。なお音程 (interval) とは異なる二つの音のピッチの違いを表す言葉。
 3. 音色: 音波の波形によって表現される音の特性のこと。同じピッチでも正弦波と矩形波では音色は異なるわけで。
② 音楽に関する用語 (音楽の三要素)
 1. 旋律 (メロディ): 複数の音が時間的に異なって配置された流れのこと。
 2. 和音 (ハーモニー): 複数の音が時間的に同一タイミングで重なった際に形成される音のこと。
 3. 律動 (リズム): 音や休符の長さを組み合わせたパターンの周期的な持続。「タータタ タータタ タータタ」みたいな。

これらの基本的な要素を踏まえて、さらに以下のような用語が出てきます。
・階調 (トーン): 音楽に登場する音のピッチのヒエラルキー構造のこと。ピアノにある合計12個の鍵をイメージするとわかりやすいですが、ド ♯ド レ ♯レ ミ ファ ♯ファ ソ ♯ソ ラ ♯ラ シ ドの中で、出現する音を選びます。たとえばハ長調とは、ハ (ドのこと) を中心音とした長音階 (中心音から2-2-1-2-2-2-1という音程) のことを指します。 
・旋律線 (contour): 旋律の中でのピッチの変化パターンによって特徴づけられる情報のこと。変化パターンなので正確である必要はなく、音が高い低いくらいの大雑把なイメージなよう。↑↑↓↑↓みたいな?
・音楽構文 (syntax): 限られた音から構成されるはずの音楽がこれほどまでに多様性にあふれているというところからは、音を完全に無作為に配置しても音楽が完成すると思ってしまうかもしれませんが、そんなことは決してなく、調性音楽は特定の構文を持つと考えられています。具体的には、和音の構造、voice leading (和音の時間的配置) の規則、コード進行の仕方などです。深入りするのが怖いのでこのくらいざっくりにとどめておきますが、音の配置を音楽たらしめる規則といったところでしょうか。

では読んでみよう。

 

1. 背景
音楽を聴き、楽しみ、創る能力は人類の文明の中核的要素であり、歴史上のあらゆる文化にみられる。音楽を処理する能力の背景にある神経構造を明らかにする試みは過去20年間のブームであり、両側の側頭葉、前頭葉頭頂葉、皮質下領域から構成される大規模な音楽処理ネットワークが明らかにされた。健常被験者において音楽の処理に関与する個別の脳領域が同定されてきている一方で、機能神経画像研究から得られたエビデンスは大部分が相関関係を見ているにすぎない。このため、どの脳領域が音楽の知覚に決定的な役割を果たしているのかは明らかになっていない。神経科学と神経内科学の歴史の中で、脳損傷に基づいた研究は、損傷脳領域と特定の認知または運動機能の関係性を探索するための機会を提供してきた。
失音楽として知られる特定の神経障害 (全般的な認知、知覚、運動の障害によらない音楽の知覚かつ/または創造の重度の障害) は、19世紀終盤に報告された。失音楽には本質的に二つの種類がある: 神経発達障害である先天性失音楽 (congenital amusia, CA) と、神経疾患による脳損傷で引き起こされる後天性失音楽 (acquired amusia, AA) である。CAとAAの両者は失音楽の中核的症状を共有しているものの、その神経メカニズムは異なっている可能性がある。CAは音楽構文 (musical syntax) と階調表現 (tonal representation) を学習することの発達障害であり、音楽処理ネットワークの初期発達を阻害し、音楽に関して生涯にわたる、しばしば多様な障害をきたす。これとは対照的に、AAは以前は正常な音楽処理ができていた状態から、脳損傷 (e.g. 脳卒中) によって音楽処理システムの障害が引き起こされるものである。この状態変化は、音楽の知覚に関して最も重要で、因果的に関連する神経構造を調べ、同定するための唯一の機会を提供する。
CAの神経基盤は、VBM (voxel-based morphometry) やDTI (diffusion tensor imaging) などの現代的な構造神経画像手法や、EEG (electroencephalography) やMEG (magnetoencephalography)、fMRI (functional MRI) などの機能的および神経生理学的神経画像手法を用いて明らかにされてきた。CAに関する研究は、右優位 (左半球も関与する) の下前頭回 (inferior frontal gyrus, IFG) や上側頭回 (superior temporal gyrus, STG) の白質密度の低下や灰白質容積 (grey matter volume, GMV) または皮質厚の異常に関するエビデンスを提起してきた。さらに、CAは前頭側頭構造を相互結合する弓状束 (arcuate fasciculus, AF) とも関連づけられた。しかし、相反するDTI結果も報告されており、CAにおける白質障害のエビデンスは未だ決着がついていない。CAにおける聴覚皮質の機能的役割に関してもいくつかの議論があり、fMRIやMEG研究では右STGにおけるピッチ変化の処理や階調記憶が異常であるとされることがあれば、正常とされることもある。しかし現在のエビデンスによれば、CAではIFGとSTGの機能的結合性の低下によって、右前頭葉領域 (特にIFG) における音楽のピッチ情報への意識的注意と認知的解析に障害が出ることが示唆されている。CAは現在のところ右前頭側頭 (背側) ネットワークの反復処理の障害によって引き起こされる切断症候群と考えられている。
CAとは対照的に、AAの神経基盤の探索は、以前は個々の症例の症候に基づいた記述的研究や、複数症例に対する損傷部位に基づいた研究に限られていた。これらの研究は、サンプルサイズが小さいことや、時間的および空間的な正確性が低いこと、損傷部位が解剖学的におおざっぱなレベル (葉や半球レベル) でしか記述されておらず定量性に欠くことなどから方法論的な限界があった。結果的に、特定の音楽障害をきたす損傷部位や側性については、粗雑で一貫性のない結論しか得られていなかった。Stewartら (2006) によるAAのレビューで示された最新の図式では、図1に示したように、過去の症例や群研究で報告された損傷部位には、両側半球の複数の側頭葉、前頭葉頭頂葉、島、線条体領域が含まれる。音楽のスペクトラル特性 (e.g. ピッチ、音色) と時間特性 (e.g. リズム、テンポ) の障害をきたす損傷領域は大きく重複しているが、特にスペクトラル障害では右側頭葉領域の損傷が主体であった。脳卒中によるAA患者のEEGやMEGを報告した研究は数少ないが、聴覚オッドボールパラダイムを用いて、注意処理の障害を反映して新規音に対する反応性が低下することや、聴覚性感覚記憶の障害を反映してピッチや持続時間の変化に対する反応性が低下することを示した。しかし、これらの反応異常の源を定位できたわけではない。

図1. AAに関する単一症例 A) と群 B) の病変研究: 特定の脳領域の損傷後にAAを報告した単一症例/群研究の数を、スペクトラル障害 (左) と時間的障害 (右) の両方について示した。同じ数が異なるスライスで報告されている (たとえば、3つの症例研究が左前頭葉領域の損傷後にスペクトラル障害を報告しているため、軸位と矢状断の両方の赤色ROIに "3″が示されている)。障害が報告されていない領域には番号をつけていない。異なる脳領域は、よく知られたアトラスを用いて同定した。神経学的な慣例が用いられ、脳領域はMNI空間のカノニカルテンプレート上に示されている。図はStewartら (2006) の報告データに基づき、2006年から2018年までの研究を更新したものである。

VLSM (voxel-based lesion symptom mapping; 単一の症例研究を超えて、病変時に特定の症状を引き起こす脳領域を特定する方法)、VBM、DTIfMRIなどの最新の神経画像手法は、ごく最近発表された研究において、AAの構造的・機能的神経相関をマッピングするために利用されている。本稿では、AAの神経基盤およびその回復に関する現在の知見をレビューし、AAにおける主要な構造的・機能的変化の神経モデルを簡単に概説し、回復過程におけるそれらの役割と、正常な音楽処理に照らして議論する。

 

2. 後天性失音楽の構造および機能的神経相関
2-1. Voxel-based lesion-symptom mapping
損傷-症状関係 (lesion-symptom relationships) は、他の神経画像技術と同様の voxel-based approach を用いたVLSMを用いて調べることができる。2004年以降、VLSMは失語の損傷パターンを明らかにすることに成功してきたが、AAに対して用いられてきたのは最近になってからである。VLSMは、脳卒中患者の2つの研究で失音楽のゴールドスタンダート評価手法である Montreal Battery of Evaluation of Amusia (MBEA) のScale および Rhythm サブテストと組み合わせて用いられており、別の研究では MBEAと類似した音楽 (旋律) 短期記憶タスクと組み合わせて用いられている。Hirelら (2017) による20人の慢性期脳卒中患者を対象とした研究では、音楽タスクの遂行には島や前頭頭頂弁蓋部の損傷が関連していることを発見したが、両側の損傷が組み合わさっていたため損傷の側性は決定できていなかった。Sihvonenらは、より大きなコホート (N=90) を用いて、左 (N=43) と右 (N-=47) の損傷を持つ脳卒中後患者について、急性期から6ヶ月後の慢性期までの追跡を行った。急性期では、島、IFG、海馬の他に、右側頭葉 (STGおよびMTG)、皮質下領域 (線条体および淡蒼球) から成る特定の損傷パターンがAAと関連していた (図2A)。ピッチ失音楽とリズム失音楽の損傷パターンは大きく重複していたが、右背側線条体の損傷はリズム失音楽で最も重要であった。AAの回復を予測するために急性期損傷パターンを比較すると、3ヶ月および6ヶ月時点でのMBEAの成績に基づいて失音楽群はさらに分類可能であった。すなわち、MBEAでカットオフ値を上回る回復を見せた群 (回復した失音楽) と、カットオフ値以下となった群 (回復しなかった失音楽) の2群である。左IFGの損傷は失音楽の良好な回復と関連していたが、右前部STG、島、IFGは回復不良と関連していた (図2B)。これらの結果は、CAにおけるVBMによる発見と類似しており、右STGとIFGが重度かつ持続性のAAの基盤となる中核的領域であることを示唆している。しかし、これらの結果は同時に、左IFG損傷がより軽度かつ一過性のAAを引き起こす可能性を示している可能性もある。

図2. AAにおける急性期変化: A) MBEAの低値と関連していた脳卒中領域 (N=90); B) 回復しなかった失音楽 vs 非失音楽患者 (赤: N=74) および 回復した失音楽 vs 非失音楽患者 (青: N=53) のVLSM解析; C) 回復しなかった失音楽 vs 非失音楽患者を比較したTBSS解析 (N=42); D) 急性期AAに対するDTの結果 (N=42); E) 急性期にインストルメンタル音楽を聴かせた時の非失音楽と失音楽患者のfMRI活動パターン (N=41)、および失音楽の回復の有無で患者を分類した時の右前頭頭頂ネットワークの機能的結合性の比較 (N=24)。CAU = Caudate; DT = Deterministic tractography; GP = Globus pallidus; HIP = Hippocampus; INS = Insula; PUT = Putamen; R = Right。

興味深いことに、AAと失語の損傷パターンの間にはほとんど重複がなく、失語は左STGや島に局在を有していた。これは、初期の症例研究で認められていた、AAと失語の解離を支持する結果であった。それにもかかわらず、失音楽患者の約45%は少なくとも軽度の失語を有しており、この値は過去の研究で報告されていた割合と類似していた。ここから、音楽と言語の障害はしばしば同時に起こることが示唆される。健常な脳では、言語と音楽は、聴覚皮質と前頭領域における神経処理リソースを共有している。しかしながら、これらの障害は独立して起こりうるため、言語と音楽は重複した神経リソースを利用するものの、独立した脳内神経表現も有していると考えられてきた。特に、IFGは音楽と言語の間で構文統合リソースを共有する重要なノードであることが示唆されてきたが、非優位半球の側頭葉領域における処理に関して言えば、言語はより腹外側領域で処理されるのに対し、音楽はより背内側の領域から下頭頂小葉 (IPL) にも広がる部分で処理されるという領域選択性が存在する。上で述べたVLSMの結果も、左IFGの損傷が一過性のAAと関連していたことを示したという点で、共有されたリソースという仮説をいくらか支持するものであった。
しかし、VLSMには方法論的な限界がいくつか存在し、そこから導かれる結論の因果性や信頼性にも限界がある。第一に、大部分のVLSM研究は、評価された機能や技能に関して損傷前のデータを欠いており、自己報告やその他の間接的指標を用いている。第二に、VLSMの結果はダイアスキシスを考慮しておらず、損傷部位より外の領域の機能的変化の潜在的影響を評価できていない。第三に、自然発生した脳卒中の領域は脳の血管支配に一致しているため、局所的損傷や単一脳構造に限局した損傷は典型的ではなく、基本的に大規模で複数領域にまたがる損傷が多い。大規模な損傷は失語の予後不良因子であり、同様の観察は最近のAA研究でも報告されている。すなわち、6ヶ月で回復を見せなかった失音楽患者は、回復したものと比較して損傷体積が大きかった。重要なのは、大きな損傷は局所のみならず遠隔脳領域との結合をも破壊するため、VLSMの結果は白質経路の統合性に関する情報と組み合わせて解釈する必要があるという点である。

2-2. 拡散テンソル画像
DTIを用いたAA研究は2016年まで存在しなかったが、Sihvonenら (2016) はAA患者のサブサンプル (N=42) に対して白質路の障害を検討した。急性期のDTIデータを用いた決定的トラクトグラフィー (経路レベル) とトラクトに基づいた空間統計解析 (tract-based spatial statistics, TBSS) (ボクセルレベル) によれば、回復しない失音楽患者は非失音楽者と比較して、脳梁 (corpus callosum, CC)、右の弓状束 (AF long segment)、下前頭後頭束 (inferior fronto-occipital fasciculus, IFOF)、鉤状束 (uncinate fasciculus, UF) の容積低下または異方性 (fractional anisotropy, FA) 低下を一貫して示していた (図2C-D)。一方で、左のAF (posterior segment) の容積は失音楽の回復と関連していた。重要なのは、これらの効果はすべて、教育歴、損傷の大きさ、言語性記憶成績を含む潜在的な交絡因子を制御した上で判明したものであり、音楽障害への特異性が高いということである。まとめると、AAにおける最近のDTI結果は、CAで観察される右の背側経路の障害と合致しているが、さらに他の (つまり腹側の) 右前頭側頭白質路 (IFOF、UF) や半球間白質路 (CC) は重度かつ持続性のAAに関与していると言える。失音楽におけるこれらの発見は、失語では左の背側 (AF) のみならず腹側 (IFOF, UF) 白質路が、特に言語理解などの言語処理の障害の基盤にあるとする最近の発見と平行している。

2-3. 機能的MRI
Sihvonenらは、fMRI脳卒中患者に用いることで、AA患者が受動的に有名曲のボーカルバージョン (歌唱) とインストルメンタルバージョンを聴いている時の活動パターンと機能的結合性の変化を探索した。音楽の切り抜きをブロックデザインを用いて提示しており、ボーカル音楽を6ブロック、インスト音楽を6ブロック、各音楽ブロックの間に無刺激を12ブロック配置した。それぞれのブロックの長さは15秒であった。脳卒中急性期では、失音楽患者は非失音楽者と比較してインスト音楽に対する右STG/MTGの明瞭な活動低下を示した (図2E)。機能的結合性解析は、右前頭頭頂ネットワークの低結合性が、失音楽の回復不良と関連していることを示し、すでに急性期の段階からインスト音楽への注意の割り当てに障害があることが示唆された。興味深いことに、失音楽患者はボーカル音楽に対する活動低下や機能的結合性低下を示さなかった。実のところ、3ヶ月時点では、非失音楽者と比較して失音楽患者は、ボーカル vs インスト音楽に対して右の前頭 (IFGおよびMFG)、側頭 (Heschl's gyrus, HG)、頭頂 (IPL および post central gyrus, PCG) 領域、左の補足運動野 (supplementary motor area, SMA)、両側の内側頭頂後頭 (楔部、楔前部)、前頭 (帯状回前部) 領域の活動上昇を呈した (図3C)。失語の発症率は、非失音楽群と失音楽群の間や、失音楽患者の回復の有無で有意な違いはなかったことから、AAでボーカル音楽処理が保たれることは、失語で説明できるものではないと考えられた。

図3. AAの縦断的変化: A) 失音楽の回復の有無で比較した灰白質 (赤) および白質 (青) のVBM解析 (N=53); B) 回復しなかった失音楽 vs 非失音楽患者 (N=25) を比較したTBSS解析; C) 3ヶ月時点での、インスト音楽を聴いている際の非失音楽者と失音楽患者のfMRI活動パターンの比較、および、ボーカル音楽>インスト音楽を聴いている時の失音楽 vs 非失音楽患者のfMRI活動パターンの比較; D) 失音楽患者の回復の有無に基づいた左の前頭頭頂ネットワークの機能的結合性 (N=24)。CIN = Cinculate gyrus; CUN = Cuneus; HG = Heschl’s gyrus; HIP = Hippocampus; INS = Insula; IPL = Inferior parietal lobule; L = Left; MFG = Middle frontal gyrus; PCG = Postcentral gyrus; PUT = Putamen; R = Right.

 

3. 後天性失音楽の回復の基盤にある縦断的神経変化
3-1. Voxel-based morphometry
Sihvonenらは、脳卒中患者 (N=90) のVBMを利用して、AAの縦断的 (急性期から脳卒中後6ヵ月) 転帰に関連するGMVおよび白質容積 (WMV) の変化を探索した。学歴と病変の大きさをコントロールすると、失音楽の回復不良 vs 回復は、右STG/MTGとIFGのGMV低下、右MTG、ITG (下側頭回)、線条体、海馬のWMV低下と関連しており (図3A)、失音楽の回復不良は、初期病変部位に隣接する領域の萎縮と関連していることが示された。この萎縮パターンは、失音楽のタイプによって多少異なっていた。回復不良は、ピッチ失音楽では右の後部STG/MTGおよびIPLの萎縮と、リズム失音楽では右の前部MTG/ITGおよび海馬の萎縮と関連していた。リズム失音楽とピッチ失音楽の萎縮パターンが側頭平面に沿って前後方向に分布していることは、動物とヒトの両者で報告されており、側頭葉前方は時間ドメインの変化に高い感度を示し、側頭葉後方はスペクトラルドメインの変化に高い感度を示す。さらに、右の後部STG/MTGと右IPLは旋律知覚において重要な役割を担っており、特に階調のピッチ構造をワーキングメモリに保持している。

3-2. 拡散テンソル画像
縦断的DTIデータは、右IFOF、AF、UF、およびCCにおける平均拡散率または放射状拡散率 (MD/RD) の増加によって示される進行性白質障害と持続性失音楽とを関連づけた (図3B)。この右前頭側頭路 (IFOF、AF、UF) の変性パターンは、リズム失音楽とピッチ失音楽で類似していたが、いくつかの違いも見られた。リズム失音楽では、回復不良は左AFのMD/RD増加にも関連していた。ピッチ失音楽では、左右の側頭葉をつなぐCC後部のMD/RD増加が回復不良と関連していたのに対し、右AFの前部のMD/RD減少は良好な回復と関連していた。ここから、右IFGとIPLをつなぐこの背側路が保たれていることがピッチ失音楽の回復に重要であることが示唆された。興味深いことに、CAの根底にあると考えられる背側路の障害とは対照的に、腹側路 (IFOF) の障害が、2つの回帰分析においてAAの最も強い予測因子であった。

3-3. 機能的MRI
縦断的MRIデータは、インスト音楽条件で失音楽の回復 vs 回復不良が、3ヶ月時点では両側のMFGとIPL、左の上頭頂小葉 (superior parietal lobule, SPL)、右の中心前回 (precentral gyrus, PreCG) の活動上昇と、6ヶ月時点では右のIFGとMFGの活動上昇と関連していたことが示された。また、特に3ヶ月時点での左の前頭頭頂ネットワークの機能的結合性の上昇も回復に関連していた (図3C-D)。損傷サイズは回復の有無に関係しなかった。これらの結果から、失音楽の回復は、初期には両側の前頭頭頂領域の広範なリクルートメントによって、そして後期には右前頭前領域の局所的なリクルートメントによって特徴付けられる、動的なシフトによって支えられていることが示唆される。同様の変化はボーカル音楽条件では観察されず、インスト音楽に特異的であったことから、観察された効果は一般的な注意の定位の障害には帰着できないことが示唆される。ボーカル条件では、回復した失音楽に比べて回復しなかった失音楽では、6ヵ月後の両側小脳の活動が増加しており、これは失音楽の回復が、歌唱の感覚運動処理や潜在的な運動調音における神経努力の減少と関連している可能性を示している。回復した失音楽患者では、亜急性期に両側前頭葉、特にIFGとSMAの活性化がみられ、慢性期には左半球への再シフトを伴って活動が正常化する。

 

4. 後天性失音楽の神経モデルを目指して
健常者を対象とした機能的神経画像研究により、音楽知覚には両側の側頭、前頭、頭頂、皮質下の脳領域からなる広範なネットワークが関与していることが示されている。脳卒中患者を対象とした研究でも、音楽知覚の根底に大脳半球横断的なネットワークがあることを示す同様の証拠が得られている。しかし、Peretz (1990) や Schuppertら(2000) によって最初に示唆されたように、音楽知覚の中で、大局的 (global) 音楽構造の最初の認知は右半球に依存しており、右半球に従属する左半球のサブシステムによって支えられている。たとえばリズム知覚では、聴覚刺激の時間的情報を処理するために、これらの異なるシステムが拍子 (global) を解釈したり、音符の持続時間 (local) を識別したりする。一般に、認知機能を司る空間的に分散した脳領域は、白質路を介して結合しており、情報の処理、保存、操作を最大化するネットワークを形成している。神経ネットワークとその結合が破壊されると、切断症候群や認知・行動障害を引き起こす可能性がある。音楽ドメインでは、音楽構造の分析は様々な認知アーキテクチャを必要とし、これらは選択的に障害されうるため、AAにはきめ細かな形態が存在する。
上述した最近のマルチモーダルMRIの結果は、AAに関する以前の症状主導型および損傷部位主導型の研究を拡張するとともに、AAとその回復を支える構造的・機能的な神経変化について、より正確で空間的に正確かつ包括的な理解を提供する。これに基づけば、健常被験者で観察された両側性の大規模音楽ネットワークとは対照的に、音楽の知覚に必要不可欠な結合は右半球に存在するように思われた。AAを引き起こす病変領域の中心は右の島と線条体であり、そこから側頭葉 (STG/MTG)、前頭葉 (IFG)、大脳辺縁系 (海馬) へと病変が広がっている。この病変領域は、重要な前頭側頭経路、特に腹側経路に影響を及ぼすが、右の側頭葉と前頭葉下部をつなぐ背側経路にも影響を及ぼす。個体発生的および系統発生的観点からすると、右のIFOFと音楽知覚が関係していると考えるのは極めて興味深い。なぜならば、ヒトではIFOFは出生時にすでに存在することが知られているが、サルでは明らかに発達が未熟である。AAにおける主要な神経構造は右側性であったが、失音楽は大脳半球間結合 (すなわちCC) の損傷とも関連しており、リズム失音楽ではより顕著であった。対照的に、左前頭葉領域 (IFG) または左側頭頭頂経路の損傷は、より良好な回復 (すなわち一過性AA) と関連していた。さらに、AAの病変パターンは、音楽を聴く際の右STG/MTGの関与を機能的に阻害する。これらの知見を総合すると、右半球優位ではあるが、音楽の知覚と処理には左半球のサブシステムがさらに必要であるという理論的根拠が支持される。
AAの縦断的回復過程は、構造的および機能的な神経変化の両方が複合的に組み合わさって駆動される。AAの回復の障害は、右の前頭側頭白質路 (IFOF, AF, UF)、左のAF (リズム失音楽に限る)、CC後部 (ピッチ失音楽に限る) の変性や、損傷部に隣接する右の皮質 (STG, MTG, ITG, IFG) および皮質下 (線条体、海馬) 領域の萎縮と関連していた。失音楽の回復不良は損傷サイズの大きさと関連しており、右前頭側頭経路 (主に腹側経路) への障害の程度によって予測された。さらに、6ヶ月かけても回復しなかった失音楽は、回復した失音楽と比較して、急性期の時点で右の前頭頭頂ネットワークの機能的結合性の低下を認めていた。これとは対照的に、AAの良好な回復は半球間経路と両側の背側経路のリクルートメント上昇によって促進されていた。また、失音楽の回復は右AF前部の保存 (ピッチ失音楽に限る) や、両側の前頭 (IFG, MFG, PreCG) および頭頂 (IPL, SPL) 領域や左の前頭頭頂ネットワークの機能的リクルートメントの上昇によっても促進された。
言語の研究では、言語処理の基盤にある2つの処理経路、すなわち背側経路と腹側経路が幅広く受け入れられている。言語の二重経路モデルは概ね左優位だが、たとえばスペクトラル-時間解析や音韻処理は両側性と考えられており、このモデルの全体としても腹側経路は両側性の構成を持つと考えられている。同様の二重経路モデルは、音楽処理においても並行して作用し、重要な音楽の聴覚的情報を右半球の側頭葉、下部頭頂葉、下部前頭葉領域の間に伝達することが提唱されている。2つの経路のうち、背側経路 ("where" or "how") は側頭・下頭頂領域と前頭前野をつなぎ、聴覚-運動動作と空間情報の評価に重要であるという仮説がある一方、頭頂後頭、側頭、下前頭領域をつなぐ腹側経路 ("what") は、音を聴覚対象、ピッチクラス、旋律線に分類することに関与していると考えられている。失語では、背側経路の障害は語産生の障害と関連し、理解の障害は腹側経路 (最外包、さらに言えばIFOF) の損傷と関連する。音楽ドメインにおいても同様に、個々の経路 (背側または腹側) の損傷によって、異なる音楽障害 (生成と知覚) が現れる可能性がある。病変の大きさや場所が大きいために、腹側と背側の両方の経路が損傷を受けた場合、AAが回復する可能性は低い。その代わり、前頭葉頭頂葉、側頭葉の領域を相互接続する右半球の音楽関連経路が少なくとも1つ保たれているAAの場合、言語ドメインのようにこの2つの経路が機能を共有し代償メカニズムを媒介することで、回復に関与する可能性がある。この理論的根拠は、最近の結果から支えられている。
AAの構造的異常は主に右外側に偏っていたが、インスト音楽聴取時の機能的異常は両半球で観察された。先に述べた聴覚情報処理におけるglobal (i.e. 拍子) vs local (i.e. リズム) の解離に加え、さらに音楽処理ネットワークにおける重要なハブ、つまり神経細胞のシグナル伝達とコミュニケーションを可能にするのに重要な脳領域が右半球にあり、これらの神経構造への障害が音楽の知覚における広範な処理障害を引き起こしている可能性がある。これまでに発表された研究を総合すると、これらの重要なハブは右のSTG/MTGとIFGであり、さらにCAと同様に2つの領域を相互接続する白質経路を構成していることが示唆される。しかし、AAで損傷を受けた重要な結合は、背側経路とは対照的に、右腹側経路であった。左半球の損傷後にもAAが生じることがあるため、左半球の音楽処理領域と右半球の重要な音楽関連脳領域 (すなわち重要なハブ) を相互接続している重要な経路に影響を及ぼす病変が、AAを引き起こす可能性がある。さらに、左半球損傷後の音楽知覚障害は無傷の右半球によって補われることが示唆されており、右半球の音楽処理への重要性を強調する。他の説明として考えられるのは、自然体で音楽を聴いているときには、局所的な処理とは対照的に、より大域的な聴覚情報処理が必要になるということである。
さらに、病変の側性と機能異常の間の不一致は、刺激の複雑さから生じる可能性もある。言語ドメインでは、プロソディ情動処理の側性化は言語的複雑性に依存する: 提示される文のプロソディ情報の複雑さが、非音節的な単語から単音節的な単語、そして多音節的な単語へと増加するにつれて、fMRIのパターンは、主に右側性のものから両側性のものへと変化する。同様に、音楽には言語成分と同時に複雑な音響成分が含まれているため、音楽を聴いているときには、単一の音や旋律を聴いているときよりも、両側性に広く脳が活性化すると考えるのが妥当である。これらを総合すると、右半球の病変がAAの原因となり、広範でグローバルな音楽処理障害が現れるのに対し、左半球の損傷は局所的な処理にのみ影響を及ぼし、その結果、小規模な活性化障害が生じる可能性がある。
ボーカル付きの音楽は、言語 (e.g. 言語的構文、意味) と音楽 (e.g. 旋律、和音、リズム) の両方の特徴が組み合わさっている。興味深いことに、右の側頭葉 (HG) と前頭頭頂 (IFG, MFG, IPL, PCG) 皮質領域、左のSMAと内側前頭頭頂 (e.g. 帯状回や楔前部) 領域を含む幅広いネットワークにおいて、失音楽患者はインストと比べてボーカル音楽に対する活動が亢進していた。これは、音楽のボーカル要素がAAで比較的よく保たれており、スペアされた聴覚、音声-運動、注意、記憶に関係した領域によってその処理が行われていることを示唆している。健常被験者におけるfMRI研究で、ボーカルとインスト音楽の処理を比較した報告でも同様の結果が報告されている。さらに、脳卒中後失語の発症に群間有意差がなかったことから、観察された結果は言語処理の違いによって説明できるわけではなさそうである。しかし、この発見は1つの研究に基づくものであって、将来的な更なる詳細な研究が必要である。
総合すると、健常被験者の神経画像研究は、音楽と言語の処理が脳内リソースを共有しているものの、主に異なる皮質ネットワークが関与していることを示した: 音楽を聴くことは言葉を聞くよりも右のIFGおよび両側の島と上側頭領域の活動を高める。同様に、神経ネットワークの中で共有されている部分も独立した部分も、両方が歌唱と発話の基盤となっている。両方の機能に運動感覚領域や下部前頭領域を含む大規模なネットワークが関わっているが、発話と比較すると、歌唱は右前頭領域のみならず右側頭頭頂領域の強い活動を誘導する。最近のAA研究は、脳内で音楽と言語の処理に関わる共有および個別のリソースについてのエビデンスを提供している。脳卒中後の言語および音楽障害はしばしば同時に発症しうるが、これらのドメインは選択的に傷害されることもある。失語と持続性AAを生じる病変パターンは明確な側性化を示しており、それぞれ左および右半球にクラスターを形成している。一方、回復するAAは主に左IFGに局在しており、ここは音楽と言語の共有リソースの重要なノードである。AAでは、右の腹側および背側経路が最も決定的な白質路であり、右の腹側経路への初期ダメージの程度がAAの重症度の最も有意な予測因子であった。右の腹側経路は言語と音楽処理の両方に関わっているため、近年の結果を踏まえると、この重要な経路はこれら2つのドメインの間で共有された神経ネットワークの一部を構成しており、特に音楽や言語の知覚に重要な旋律特徴の符号化と解析に関わっていることが示唆される。一方で、音楽と言語の構文情報の処理は、左のIFGと左の背側および腹側経路を中心とする左半球ネットワークで共有されていることが示されている。興味深いことに、そして構文処理とは対照的に、プロソディの知覚は右半球の背側および腹側経路に依存している。脳卒中後のプロソディ障害は右半球の障害とも関連づけられてきたが、近年のエビデンス脳梁後部を介した半球間クロストークが言語のプロソディと構文情報を組み合わせるのに必要であることを示唆している。これらの脳梁後部線維は特にピッチ失音楽においてAAにも影響しており、言語処理と同様に音楽のピッチ情報はこの経路を通じて左半球に転送されて構文との統合を受ける可能性がある。これは、音楽-構文処理は右優位だが両側のIFGの活動を誘発するという結果に基づく。まとめると、2つの経路は協働しながら、複雑な音響特徴の組み合わせを抽象表現に変形し、これらの表現と統合すべく感覚運動情報を解析している。議論されたデータによれば、正常な音楽の知覚は、特に右半球におけるこの二重経路に依存することが示唆される。特に、最近の結果は損傷に基づく構造変化がどのようにAAを発症させ、構造的および機能的変化がどのようにAAの回復を障害または促進するのかというカスカードについてモデル化を可能にしている (図4)。

図4. 後天性失音楽の二重経路モデル: 右腹側および背側経路は失音楽の回復に重要な役割を果たしており、もし右半球の両経路が損傷を受けてしまうと、後天性失音楽の回復は不可能と考えられる。しかし、もし右半球のどちらかの経路が保たれていれば、両経路の機能共有によって回復は可能である。

 

5. 結論、臨床的考察、将来の方向づけ
AAは中大脳動脈領域の脳卒中後に一般的な障害だが、その頻度は35%から69%と幅広く、臨床現場ではルーチンに評価されているわけでもないため、十分に診断されているわけではないと思われる。このレビューにおける新しい発見は、VLSM研究で報告された失音楽の病変パターン、右半球の腹側経理または背側経路のどちら (もしくは両者) が障害を受けているのか、そしてMBEAなどをスクリーニング手法として患者の音楽能力を継続的に評価することができる点など、様々な点に関する情報を与え、AAの正確な同定に役立つ。ここで引用した結果は、AAのアウトカムを予知するツールを提供してもいる: 損傷部位が小さく背側経路が保たれている患者は、初期に失音楽を呈しても回復する可能性が高い。現在の研究は音楽の認知的側面 (ピッチやリズムの処理) に焦点をあてているが、右半球への損傷を有する患者が音楽の感情的、報酬的、自律的、感傷的な側面の処理に障害を示すことを考えると、音楽の快楽的性質を無視することはできない。健常者では、音楽アンヘドニア側坐核の活動の選択的低下や、同部位と右聴覚皮質の機能的および構造的結合性の低下と主に関連づけられている。後天的音楽アンヘドニアを記述した最初の症例は、25年以上も前のことになる。この患者は右側頭頭頂損傷を持ち、すべての認知ドメインが正常であったにも関わらず、音楽体験の定性的側面を評価する能力を喪失し、特に音楽の感情的側面の処理ができなかった。Belfiら (2017) は局所脳損傷を持つ大規模な患者群に対して Musical Anhedonia Questionnaire と Barcelona Music Reward Questionnaire を用いることで、音楽の楽しさと報酬性を感じる能力が脳損傷の後に障害されるのかを評価した。しかし、音楽アンヘドニアを予測する信頼性のある脳損傷パターンは浮上してこなかった。まとめると、音楽アンヘドニアは稀であり、音楽の報酬性は神経ダメージに対して極めて頑強であるか、もしくは音楽-報酬デコードネットワークの複数部分への損傷が同様の障害を引き起こすのかもしれない。一部の研究者は、AAとともに美的喜びが喪失する症例を報告している。この点では、最近の研究はCAのある被験者が音楽の感情的認知タスクで障害を示した一方で、音楽の感情的体験の強度がコントロールと比較して保たれていたことをを示した。この研究では感情認知と感情的影響の解離の可能性を示しており、失音楽が感情処理に与える影響をさらに研究することの重要性を強調している。
人間の生活における音楽の本質的な役割を考えると、AAを診断することは、音楽家や音楽教師のような職業的に音楽と関わっている患者だけでなく、音楽的な趣味を持つ患者や音楽に基づくリハビリテーションが考慮される患者においても特に重要である。音楽ベースの介入が失音楽患者に考慮される場合、AAに関する最近のfMRI研究に基づけば失音楽脳では歌唱音楽処理が少なくとも部分的に保存されている可能性があるため、ボーカル音楽聴取や歌唱ベースの介入が有望であると思われる。より具体的には、AAが失語を伴う場合、音楽におけるボーカル的側面の処理が保存されていることから、Melodic Intonation Therapy (MIT) が依然として有効な手法であると思われる。しかし、MITを用いた言語回復の経路として提案されているのは右背側経路を利用した右半球の相同な言語および音声-運動領域のリクルートメントであるため、MITによって得られる利益は、右背側経路の保存に依存する可能性が高い。失音楽は、言語的または感情的なプロソディの問題とも関連していることが多く、これらは言語音声の微妙なピッチ、音色、強弱の変化に依存している。これは、日常的なコミュニケーションや社会的相互作用の困難につながる可能性がある。AAに対する介入研究は不足しているが、歌唱介入はCAにおいて有望であることが分かっており、AAにおいてfMRIで観察されたボーカル音楽処理の保存を考えると、AAのリハビリテーションにおいても有用なツールを提供する可能性がある。
全体として、音楽処理は、異なる音楽要素 (階調、旋律的音程、旋律線、リズム、拍子など) の解析から産生的要素 (歌唱、音楽に対する運動など) 知覚解析複数の要素を含んでおり、これらの障害がきめ細かなAAの形態スペクトラムを生みだしている。上で議論した最も最近の研究は音楽能力 (i.e. ピッチやリズム知覚) の検査にMBEAのみを用いているが、これらの結果は音楽ネットワークの中で機能的に重要な神経要素を明らかにした。将来的には、音楽処理構造がネットワークのレベルでどのように機能するのかを深いレベルで決定するために、音楽の知覚的および産生的な要素の両方に関するさらなる研究が必要である。これは、異なる症状、神経基盤、経過を持つ様々な神経疾患においてAAを研究することで促進されるのかもしれない。このレビューでは脳卒中による失音楽を理解するための最近の進歩にフォーカスをあてたが、認知症患者でもピッチ処理単独の障害が報告されていたりするため、認知症おける音楽能力の研究も重要である。さらに、正常であれ異常であれ、異なる音楽文化にわたる音楽処理の研究を行うことは、ヒトに共有された音楽神経構造に関する情報を提供するかもしれない。個人の音楽モジュールの構造的および機能的な結合を正確にモデル化することは必要だが、方法論的には、より良質なMRI手法と患者の音楽能力の包括的検査、および大規模なサンプルサイズが必要である。さらに、AAの回復と関連付けて、損傷サイズの縦断的解析も必要となる。AA患者のVLSMと機能的データに最先端の multivoxel pattern analysis を適用することで、音楽の知覚に関連する重要な神経構造のより正確な知見を提供することができるかもしれない。

 

感想
音楽を要素別にこんなに細かく考えたことがなかったし、脳内でここまで細かに表現されているということにびっくり。ピッチの知覚とかリズムの知覚とか、音楽の知覚が要素化できるのはもちろんわかるんだけど、それぞれが異なる脳領域やネットワークによって表現されているというのはとても面白い。ただ、音楽の構文を解析する領域、って言われてもわかんないですわ・・・。音楽の構文を解析しながら音楽聴いてないからな・・・。理解が不完全すぎるので、もう少しほかの文献も読んでみようと思います。
あと、音楽処理は右半球に側性化しているっていうのをそもそも知らなかったので、右MCA梗塞患者で意識がよかったら音楽知覚の評価もしてみようかと思いました。

抗MAG抗体ニューロパチー: 生物学から臨床管理まで

Anti-MAG neuropathy: From biology to clinical management.
Steck, Andreas J.
Journal of Neuroimmunology 361 (2021): 577725.

 

MAG続き。

 

1. ミエリンの構造と機能
ミエリンの機能は、ランビエ絞輪から次の絞輪まで神経インパルスを跳躍伝導させることにある。このメカニズムの発見時から普及している見方として、ミエリンの役割は最大の伝導速度を実現させて軸索エネルギーの消費を低減させることにあると考えられてきている。したがって、ミエリンは受動膜とみなされており、その構成が極めて単純 (大部分が脂質から成り、残りは蛋白質と水である) であることはそれ自体の絶縁体としての役割と合致していた。しかしながら、ミエリンの精製が可能となってから、ミエリンの蛋白構成は以前考えられていたほど単純ではないことが明らかとなった。ミエリン生物学の時代が始まってから、ミエリン構成要素のマッピングが可能となった。中枢神経系 (CNS) と末梢神経系 (PNS) の全体的な形態学的構造は似ているものの、オリゴデンドロサイトとシュワン細胞などの異なる細胞タイプによって形成されている。一方で、PNSとCNSのミエリンの蛋白構成の違いは、ミエリンの遺伝的または後天的異常をきたす様々な病態を決定するために特に重要である。1つの重要な例は多発性硬化症であり、ミエリンとオリゴデンドロサイトに対する免疫学的機序が想定されているが、末梢神経はスペアされる。ミエリンは様々な糖蛋白を含んでおり、Quarlesは myelin associated glycoprotein (MAG) というミエリン糖蛋白を記述し特徴づけた。この糖蛋白は、ガンマグロブリン血症と関連した脱髄性ニューロパチー患者みられるIgMモノクローナル抗体の標的となる炭水化物エピトープを含んでいる。
何十年にもわたる理論的および実験的研究によって、ミエリンの現代的微細構造および分子アーキテクチャが定義されてきた。ミエリンの微細構造に関して我々が知っていることのほとんどは電子顕微鏡研究に基づいており、電子密度の高い層 (the major dense line) と低い層 (the intraperiod line) が交互に重なった多層構造からなることが明らかとなっている。Major dense line は密に圧縮された細胞質面を表しており、一方で intraperiod line は密に配置された外膜から成っている (図1)。絞輪間領域ではミエリンは密であり、活動電位の伝播を促す絶縁体として機能するが、ランビエ絞輪に接する端の部分ではミエリンが疎となりパラノード領域を構成するloopを形作っている。末梢神経系のノードとパラノードの分子解剖は極めて詳細に記述されており、これによってノドパチーやパラノドパチーと呼ばれるような抗体介在性の末梢神経障害の病態機序の解明が進んだ。ミエリン鞘は神経インパルスの伝導速度を向上させるのみならず、軸索の保護と栄養という役割も持つ。軸索は代謝の観点でもシュワン細胞に依存しており、研究によれば複数のシグナリング分子がシュワン細胞と軸索の相互作用に関わっていることが示されている。ミエリンは、特にCNSではグリアと軸索の相互作用によって、活動に依存したメカニズムで制御される可塑構造と考えるべきである。

図1. ミエリンの電子顕微鏡写真: 高密部 (矢印) と二重中間部 (矢頭) から成っている。A: 正常ミエリン、B: 抗MAGニューロパチーでみられるwidely-spaced myelin。

 

2. Myelin associated glycoprotein (MAG)
2-1. 生化学、局在、機能
MAGはミエリンのごく一部を構成する糖蛋白であり、CNSおよびPNSにおけるすべてのミエリン蛋白の1%に満たない。これが一番最初に検出されたのは、ラットのCNSミエリンにおける放射線活性フコースを用いた代謝ラベル実験であった。ミエリンおよびミエリン関連膜の細分画を見ると、MAGは複層コンパクトミエリンの脂質リッチフラグメントよりも重い膜性空胞に豊富であり、MAGはコンパクトミエリンとは異なる部位に局在していることが示されている。Quarlesがこの糖蛋白を "myelin-associated" と記述したのはこのためである。
MAGは100kDaの膜貫通糖蛋白質である (図2)。MAGの詳細な構造はラットMAGのクローニングによって明らかにされ、その後ヒトMAGの構造も明らかとなった。この蛋白は5つの細胞外免疫グロブリン(Ig)様ドメイン、膜貫通ドメイン、細胞質ドメインから成る。細胞質ドメインには、mRNAスプライシングによる2つのアイソフォームがある。Ig様ドメインの存在は、MAGがIgスーパーファミリーのメンバーであることを定義している。MAGの大きな細胞外ドメイン構造は、異なるリガンドや受容体と相互作用するにあたって理想的である。MAGはその重量の30%を炭水化物が占めており、これは8つの細胞外部位に結合した異種のN-linkedオリゴサッカライドから成る。

図2. MAGの構造: 5つの細胞外Ig様ドメイン (円)、8つのN-linkedオリゴサッカライド (三角)、1つの膜貫通ドメイン、細胞質ドメインから成る。細胞外ドメインは、未だ詳細にはわかっていない分子 (緑: おそらくは神経細胞糖脂質) と結合することで軸索-グリア相互作用を仲介している。MAGはcdk5を活性化することで、細胞外ERK1/2 protein kinase経路を通じてニューロフィラメントのリン酸化に関与しており、これによってリン酸化ニューロフィラメントの発現が亢進し軸索径の増大につながる。

MAGの髄鞘における離散的局在に関して、多くの研究が説得力のあるエビデンスを示した。MAGはコンパクトミエリンには見られないが、髄鞘化細胞と軸索の間にある軸索周囲空間 (periaxonal space) で認められる。すなわち、MAGは最内層のミエリン膜で発現していて軸索表面に向かい合って配置されているため、この糖蛋白はシュワン細胞と軸索のシグナリングに関与し、長期的な軸索-ミエリン安定性と接着の向上に重要であることが示唆される。
MAGの重要な翻訳後修飾は、異なるキナーゼによるリン酸化である。MAGは軸索にシグナルを送り、その直下の軸索ニューロフィラメントの局所的リン酸化を行う。MAGはランビエ絞輪における軸索分子の配置を決定することにも関与しており、MAG-/-マウスではこれらの分子の適切な配置が遅延し、パラノードと傍パラノード領域がオーバーラップしてしまう。この点で、MAGは軸索保護効果を持つことがin vitroおよびin vivoの両方で示されている。MAG-/-マウスはCNSとPNSの両方で軸索脱落を起こすため、MAGが軸索の維持に重要であることが示唆されている。MAG欠損マウスで髄鞘のみならず軸索にも変性が起こることは興味深い点である。同様の発見は、MAGの機能喪失型変異のある患者でも報告されている。一方、MAGが再生過程での軸索伸長を阻害する可能性も示されている。MAGはシアル酸結合性のIg様レクチンファミリーのメンバーである。MAGによる軸索成長の阻害は、一部のニューロンではシアリダーゼ(シアル酸加水分解酵素: MAG-シアログリカン結合を除去する) による処理で逆行させることができる。MAGの軸索再生阻害効果のエビデンスはほとんどがin vitro研究に限られている一方で、ヒトにおける脱髄性疾患の研究ではMAGの軸索保護効果が示唆されている。
免疫介在性ニューロパチーを理解する上で特に興味深い進展は、HNK-1エピトープを含むMAG分子上にある複雑な炭水化物が特徴付けられたことであった。抗原性のHNK-1エピトープは、図3に示すように硫酸化三糖類である。この炭水化物エピトープは神経系の他の糖蛋白や糖脂質にも発現しており、これにはSGPGやSGLPGの他に、P0やPMP22も含まれる。HNK-1エピトープはNK細胞などのヒトリンパ球サブセットにも発現しているため、免疫系と神経系の間で共有される抗原を定義している。MAGの複数のグリコシル化部位にHNK-1炭水化物エピトープが発現していることは、その高い免疫反応性を説明している。MAGはSchmidt-Lanterman切痕やパラノードloopにも局在しているため、細胞外空間に暴露されやすく、自己抗体に晒されやすい。実際、脱髄性ニューロパチーとガンマグロブリン血症を有する患者におけるモノクローナIgMの標的として一番最初に同定されたのはMAGなのである。

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図3. MAGとHNK-1炭水化物エピトープ: HNK-1炭水化物エピトープはMAGの複数のグリコシル化部位に発現しており、その高い免疫反応性を説明している。HNK-1グリコエピトープは三糖類であり、ヒト抗MAG抗体による抗原認識に必要不可欠な残基である特徴的な硫酸化グルクロン酸を持つ。

 

3. ノード、パラノード、ニューロパチー
ランビエ絞輪は3つの異なる領域から成り、それぞれが微細構造および分子レベルで特徴づけられている (図4)。ノードそのものにはナトリウムチャネルが蓄積しており、隣にあるパラノードはミエリンループの存在が特徴的であり、そして傍パラノードはカリウムチャネルによって特徴づけられている。接着分子であるneurofascin 186 (NF186)、contactin1 (Cntn1)、NO155、contactin-associated protein 1 (Caspr1)、Cntn2、Caspr2、およびMAGは軸索-グリア接着を仲介している。Connexin (Cx) のようなギャップジャンクション蛋白や、claudinのようなタイトジャンクション蛋白はミエリンループを維持しており、一方でgliomedinのような細胞外マトリックスはノード領域の構造を安定化させている。以上から、これらの蛋白質の変異がノード構築の変化を生み、機能的障害によるポリニューロパチーフェノタイプを引き起こすことは想像に難くない。CMTX1はCx 32遺伝子のミスセンス変異によって生じる。Cx 32はパラノーダルループの非コンパクトミエリンに局在し、ギャップジャンクション蛋白として機能する。CMTX患者は後天性脱髄性ニューロパチーに似た臨床徴候を示す。一方で、ノードまたはパラノードの抗原に対する抗体は慢性後天性脱髄性ニューロパチーで認められる。NF186やNF155、CNTN1、CASPR1に対する抗体など、多くの抗体がCIDPに似た臨床フェノタイプを呈することがわかっている。後に考察されるように、抗MAG抗体はパラノード領域に結合し、跳躍伝導を阻害し、ノーダル及びパラノーダル分子の変化を引き起こし、抗MAG抗体ニューロパチーで見られるような脱髄に関連した形態的変化を起こす可能性がある。

Fig. 4

図4. 末梢髄鞘化線維のノード、パラノード、傍パラノードの図式: 本文で説明された免疫介在性ニューロパチーで自己抗体の標的となる分子を含んでいる。イオンチャネルは活動電位の伝播を仲介する。グリア接着分子は、接着を形成する軸索分子と結合している。Gliomedinは髄鞘化しているシュワン細胞に発現しており、ランビエ絞輪におけるNaチャネルの長期的維持に重要である。KV, voltage gated K+ channel; NAV, voltage gated Na + channel; CNTN, contactin; CASPR, contactin associated protein; MAG, myelin associated glycoprotein; NF, neurofascin; GM1, monosialotetrahexosylganglioside.

 

4. パラプロテイン血症性ニューロパチー
末梢神経障害とモノクローナルガンマグロブリン血症の関連はよく知られており、成人の後天性ポリニューロパチーで最も頻繁な原因の1つである。パラプロテイン血症性ニューロパチーは血清中の同種免疫グロブリン、すなわちM蛋白の特徴によって特徴づけられる。Bリンパ球または形質細胞の異常なクローン性増殖 (血液腫瘍を背景とすることもある) によって、過剰なモノクローナ免疫グロブリンが産生される。歴史的には、骨髄腫や Waldenström Macroglobulinemia (WM) に関連したニューロパチーはVictor (1958) らと Garcin (1962) らによって一番最初に記述された。興味深いのは、しばしばニューロパチーが血液疾患の発見に数年先行するという事実である。悪性腫瘍を伴わないモノクローナルタンパク質に関連したニューロパチーの有病率が高いことから、良性モノクローナルガンマグロブリン血症という用語が作られたものの、最終的にKyle ( 1978) は、多発性骨髄腫 (MM) または他の関連する血液悪性腫瘍に進行するリスクが年間0.5-1.5%ある前悪性腫瘍性疾患であることから、意義不明のモノクローナルガンマグロブリン血症またはMGUSという用語がより適切であると提案した。MGUS患者におけるニューロパチーの有病率は、患者の選択方法と診断手順により、文献上約5-17%とかなり幅がある。モノクローナルガンマグロブリン血症患者におけるニューロパチーの関連はアイソタイプによって異なり、IgMアイソタイプで最も高く、患者の3分の1にニューロパチーが認められる。MGUSに関連したニューロパチーは、臨床症状およびその基礎にある病態生理に関して不均一である。パラプロテイン血症における神経障害の3つの主要な形態は、軸索型感覚運動ニューロパチー、慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー (CIDP)、および遠位型後天性脱髄性対称性多発ニューロパチー (DADS) である。IgGおよびIgAのMGUSでは、血清パラプロテインと軸索障害との関連はいまだ不明であるが、脱髄性疾患であるCIDPおよびDADSでは、モノクローナルガンマグロブリン血症との因果関係が確立されている。興味深いことに、IgM MGUSと脱髄性ニューロパチー、伝導速度の低下、神経へのIgMの沈着、血清中の抗末梢神経ミエリン抗体を有する患者のサブグループが報告されている。やがてLatovら (1982) と Steck (1982) は、脱髄性ニューロパチー患者の血清IgM型M蛋白が、MAGとして特徴づけられる神経抗原と反応することを証明した。これらの研究により、抗MAGニューロパチーが最も一般的なパラプロテイン血症性ニューロパチーであることが確認された。抗MAG IgMパラプロテイン血症性脱髄性末梢神経障害 (paraproteinemic demyelinating peripheral neuropathy, PDPN) という用語が使われることもある。

 

5. 抗MAGニューロパチー
5-1. 臨床像と経過
患者の大部分は、下肢遠位から始まる慢性で緩徐進行性の大径線維優位の感覚運動ポリニューロパチーとして特徴づけられる一様なフェノタイプを呈する。歩行障害を伴う感覚失調が頻繁に認められ、一部の患者では運動で増強する手指の振戦を発症する。これらの患者はいくつかの際立った特徴を持つ。疾患は高齢男性優位に生じ、ニューロパチーとして発症する。神経症状は緩徐に発症し、脳神経領域をスペアし、10-20年かけて緩徐に悪化する。進行例では手足の筋の完全な脱神経所見が認められ、筋力低下、筋委縮とともに、重度の失調が認められる。典型的には企図振戦が認められる。疼痛が目立つこともあり、筋攣縮のほかに錯感覚や異常感覚を認めることがある。
202例の抗MAGニューロパチー患者を検討した最大の研究では、83%が古典的DADSフェノタイプを呈した。これらの患者のうち、30%が感覚失調型遠位型ニューロパチーを、18%が振戦を伴う感覚失調型遠位型ニューロパチーを、31%が進行性の遠位筋力低下を伴う感覚失調型遠位型ニューロパチーを、19%が非失調型感覚/感覚運動ニューロパチーを呈した。また、非典型的臨床フェノタイプは17%で認められた。これらのうち、65%はCIDPフェノタイプ、29%は急性または非対称性CIDPフェノタイプを呈した。同様の所見はMagyによっても報告されており、60%の患者がDADS様フェノタイプを呈した。
一部の症例では疾患の進行は緩徐だが、大部分の患者は経時的に重大な障害を認めるようになる。Notermansらは、5-10年時点での障害率は22%であるとし、Nobile-Orazioらは5年時点での障害率は16%で、10年時点で24%、15年時点で50%であると報告した。発症が高齢であることは障害リスクをさらに高めているが、障害が加齢そのものによるものなのかニューロパチーによるものなのかを見分けるのも難しい。

5-2. 抗MAG抗体検査
抗MAGニューロパチーの診断は、抗MAG抗体の検出に基づいている。MAGの抗原エピトープは分子の糖鎖成分に存在すると考えられているが、これはMAGが脱グリコシル化されるとIgM反応性が失われるからである。前述のように (図3)、反応性決定残基は硫化三糖類であり、マウスモノクローナル抗体HNK-1と反応することから、HNK-1エピトープとも呼ばれる。
抗MAG抗体は、様々なタイプのアッセイを用いて患者の血清から容易に検出することができるが、主にヒト脳精製MAGを用いたELISAが最も効果的であることが示されている。当初、血清抗MAG抗体は、精製ミエリンまたは精製MAGを抗原として用いたウェスタンブロット法により測定された。この手法により、抗体が精製ミエリン画分中の汚染物質ではなく、典型的な100kDのMAG蛋白質に向けられていることを確認することができる。抗MAG反応血清はSGPG糖脂質も認識するため、精製ヒトMAGの代わりにSGPGを抗原とするアッセイ法も用いられている。しかし、IgM型モノクローナル抗MAG抗体は、SGPG抗原よりも10-100倍強くMAGに結合するため、SGPGを抗原としてアッセイを行った場合、親和性の低い抗MAG抗体を見逃す可能性があるため、SGPGではなくMAGを標的抗原として用いることが望ましい。多数の検体を対象とした研究により、MAG のELISA検査はウェスタンブロット法よりも感度が高く (ウェスタンブロット法では陰性であった血清が ELISA 検査では陽性であったものもある)、最も簡便で好ましい検査法であることが示されている。
ほとんどの研究で、ELISAは抗MAG抗体を判定するための高感度で信頼性の高いスクリーニング法として使用できることが示されているが、Buhlmann Diagnostics社の抗MAG自己抗体ELISAの陽性の理想的なカットオフ値に関する議論がある。結果はBuhlmann力価単位 (BTU) で表され、メーカーが設定した陽性のカットオフは1000 BTUである。この値は感度の最適なカットオフ値であるが、低力価の範囲では偽陽性を示すグレーゾーンが存在する。したがって、CIDPと抗MAGニューロパチーを鑑別するためには、低力価の患者では電気生理学的評価だけでなく、臨床的評価も慎重に行うことが重要である。
この合成炭水化物を用いた新しいELISAアッセイが開発されたのは、抗MAG抗体陽性の血清はHNK-1硫化三糖類エピトープを認識するためである。この検査の診断精度は他のニューロパチー患者を含んだ抗MAGニューロパチーの大規模コホートで評価されている。この研究では、抗HNK1 ELISAアッセイが抗MAGニューロパチーの診断に高い感度 (98%) と特異度 (99%) を有することを示した。さらに、抗HNK1力価は疾患の重症度と関連し、この検査が病勢モニタリングや臨床試験における二次アウトカムとして用いられ得ることを示唆した。
抗MAG抗体は典型的なIgM型モノクローナルガンマグロブリン血症関連脱髄性ポリニューロパチー患者の70%で検出される。抗MAG抗体はIgM型モノクローナルガンマグロブリン血症と関連して認められるが、臨床現場ではIgM型モノクローナルガンマグロブリン血症が検出された患者に対して抗MAG抗体検査が行われているのが実際である。IgM型モノクローナルガンマグロブリン血症を認めない抗MAGニューロパチーも少数ながら記述されている。この点では、Gabrielらの報告が興味深い。この報告は、血清ガンマグロブリン血症が現れる前に慢性進行性の感覚運動脱髄性ニューロパチーを呈した患者で、抗MAG抗体が陽性かつ神経生検で髄鞘化線維におけるモノクローナル抗MAG IgM抗体の蓄積が認められた症例に関するものであった。最終的には2年後のフォローアップでIgM型モノクローナル蛋白が出現した。これらの結果は、モノクローナル抗MAG IgM抗体は、ガンマグロブリン血症の発症前に神経組織に蓄積しはじめることを支持している。こうした観察を踏まえると、遠位型の慢性感覚運動脱髄性ニューロパチー患者では、IgM型モノクローナルガンマグロブリン血症が検出されなくても抗MAG抗体を検査することが妥当であることが示唆される。抗MAGニューロパチー患者を正確に診断するための最良の手法に関する議論は、新しい治療法が利用可能になるとともにこの疾患に関する興味が集まってきている以上、今後も続いていくだろう。

5-3. 電気生理
抗MAGニューロパチーのパターンは、距離依存性プロセスを反映した不均等な遠位優位の伝導遅延を呈する脱髄性ニューロパチーであり、すなわちDADSフェノタイプである。典型的には、電気生理研究は遠位の伝導遅延と軸索障害を示し、長距離軸索でより顕著であり、さらに近位から遠位に至るにつれて伝導遅延の勾配がみられる。これは、長距離神経の遠位潜時の延長として反映される。これらの電気生理学的所見を反映した病理所見として、抗MAG抗体陽性患者の剖検では遠位優位の神経障害が認められている。
MAGニューロパチーをCIDPやCharcot Marie-Tooth (CMT1a) 病患者と比較すると、terminal latency index が抗MAGニューロパチー群で優位に低値であることが報告されている。そのほかにも、modified F-ratio や residual latency は、CIDPと抗MAGニューロパチーの鑑別に有用であることが示されている。電気生理学的検査は、CIDPと抗MAGニューロパチーの区別を行うための臨床検査として、1st lineの検査である。

5-4. 神経障害のメカニズム
腓腹神経生検標本の形態学的研究では、有髄線維の減少がみられ、超微細構造観察では、髄鞘の菲薄化と widely spaced myelin lamellae を持つ線維を数多く認める。これは、intermediate (minor) dense line の2枚 (すなわち隣り合った細胞膜) が電子密度の低い物質によって分離された結果である。ある研究では、抗MAG活性を有するWMを有した末梢神経障害患者の8例すべてで、widening of myeling lamellae が認められた。この拡がりは通常、ミエリン層の一番外側で起こるが、コンパクトミエリンの深層で見られることもある。この widely spaced myelin (intermediate lineの間の距離が増加する所見) は、抗MAGニューロパチーにほぼ特異的な所見である。ミエリンの広がりの頻度は、解きほぐし標本における脱髄の頻度と相関していた。
抗MAGニューロパチー患者では、神経生検と皮膚生検の両方で、神経線維に関連した抗MAG抗体またはモノクローナIgMの沈着が認められる。IgM抗体の沈着は有髄線維の末梢にみられ、共焦点顕微鏡ではSchmidt-Lanterman切痕やパラノーダルループの 非コンパクトミエリン部位に認められる。患者のIgMがパラノードやミエリンラメラが分裂している領域でMAGと共局在しているという説得力のある証拠を考えると、抗MAG抗体がミエリンの剥離と破壊に直接関与している可能性が高いと思われる。ある研究では、終末補体複合体 (terminal complement complex, TCC) が抗MAGニューロパチーに関与している可能性が示唆されているが、ほとんどの研究では、髄鞘TCCは存在せず、C3dやC5などの補体成分が存在することが確認されているため、これらの補体成分がミエリン変化のエフェクターとなり、最終的にランビエ絞輪で軸索鞘から terminal loop が剥離し、絞輪間の widening of myelin lamellae へと進行する可能性が示唆される (図5)。この剥離過程は、長年にわたって進行する抗MAG神経障害における緩徐な進行と一致している。一方、TCCの関与は、ギラン・バレー症候群のような急性炎症性ニューロパチーで確立している。パラノード軸索鞘からはじまる terminal loop の剥離による脱髄が、抗MAG神経障害における軸索萎縮とそれに続く軸索損傷の主な原因であると考えられる。抗MAGニューロパチー患者から採取した腓腹神経生検の研究から、脱髄した線維では軸索の直径が減少し、ニューロフィラメントの間隔が狭くなっていることが示された。これらの観察から、軸索の萎縮は、抗体がMAGに結合することによって軸索へのシグナル伝達が阻害され、その結果、ニューロフィラメントのリン酸化が低下することによってもたらされるという仮説が立てられた。

Fig. 5

図5. 抗MAGニューロパチーにおける脱髄の図式: パラノードの terminal myelin loop が剥離し myelin widening が起こる (A) とともに、 絞輪間のコンパクトミエリンの外層が幅広化する (B)。これと対応する電子顕微鏡写真として、terminal loop の髄鞘間空隙の幅広化 (矢印) と髄鞘再外層の幅広化 (矢頭) がみられ (A)、絞輪間のコンパクトミエリンの外層の幅広化も観察される (B)。

 

6. 動物モデル
実験的研究では、抗MAG抗体が脱髄を引き起こす能力があることが示されている。当初、モルモット、ウサギ、マーモセットで抗MAGパラプロテインを用いた全身性の急性および慢性受動移入は陰性であり、脱髄を誘導することはできず、ミエリンに結合する抗体は認められなかった。しかしながら、血液-神経関門を迂回して神経に直接注射するという戦略を用いて、これらのパラプロテイン脱髄能を証明する試みは成功した。実験的な脱髄は、これらのパラプロテインをネコの神経に直接注入することで証明された。これらのパラプロテインはネコの末梢神経に広範な炎症性、マクロファージ媒介性の脱髄を引き起こした。これは補体を追加補充した新鮮な血清でのみ起こった。健常人の血清を注射しても脱髄は起こらなかった。これらの観察結果は、これらの抗体が脱髄を起こす可能性があることを示す良い証拠となったが、こうした急性坐骨神経病変はヒトの慢性パラプロテイン血症性脱髄性疾患と似ている点がほとんどなく、さらに外因性補体に依存していた。
最終的には、抗MAG抗体ニューロパチー患者から分離したモノクローナIgM抗体をニワトリに慢性的に全身輸血したモデルで、ヒトでみられる疾患に非常に特徴的な末梢性脱髄が示された。実験病変は、炎症性変化がほとんどなく、widely spaced myelinを認め、髄鞘に結合した特異的抗体を伴う、分節的な脱髄と再髄鞘化から構成されていた。ヒトの抗MAG抗体が in vivo脱髄を引き起こすというこの証明は、このタイプのヒト脱髄性ニューロパチーが抗体を介することを最終的に証明するものであった。
齧歯類における抗MAG抗体ニューロパチーの動物モデルを確立する試みがうまくいかなかったのは、HNK1オリゴ糖部分が種に制限されているという事実によって説明できる。MAGのグリコシル化には種差がある。特にHNK-1糖鎖エピトープの硫酸基は抗MAG抗体の結合に必須の役割を果たし、ヒトMAGでは強く発現しているが、齧歯類のMAGでは発現していない。しかし、ニワトリやウシのMAGには存在する。
抗MAG自己抗体の標的は、主にMAG上に発現するHNK-1硫化三糖類エピトープである。HNK1エピトープの分子特性と抗MAG抗体の結合特性を利用して、HerrendorffらはHNK1エピトープの誘導体および模倣体を合成した。硫酸化HNK-1三糖の模倣体を複数コピー提示した生分解性ポリリジン骨格からなる糖ポリマー (poly (phenyl disodium 3-O-sulfo-β-d-glucopyranuronate)-(1→3)-β-d-galactopyranoside, PPSGG) は、抗MAG抗体との結合およびブロックに特に有効であることが見出された。免疫学的マウスモデルにおいて、PPSGGが抗MAG抗体を消去できることが示され、抗MAG IgM自己抗体を高度に選択的に除去できる可能性が開かれた。

 

7. 抗MAG B細胞クローンの起源
ヒトの抗MAG抗体は典型的にはIgMであり、モノクローナルガンマグロブリン血症を背景として生じる。抗MAG抗体は自然発生的な低親和性自己抗体を分泌するCD5+B細胞に由来するが、これは正常な生理的自己免疫レパトアには低レベルしか存在しない。抗MAGニューロパチー患者では、MAG抗原を認識する血中IgMモリーB細胞のクローン性増殖が顕著である。クローン性B細胞増殖の発生は、自己抗原または細菌抗原との反応性と協調した発癌性事象によって説明できる。細菌ポリペプチドは、抗MAG抗体の標的であるグルクロニル硫酸決定基を発現しているため、感受性の高い個体では細菌誘発性自己抗体の産生につながることが提唱されている。分子模倣は、ギラン・バレー症候群のような自己免疫性神経疾患における可能性のあるメカニズムとして認識されており、それが間接的に抗原主導型B細胞クローンの発達の引き金になると推測される。末梢神経障害患者から得られたモノクローナル抗MAG IgMは、免疫グロブリン鎖可変領域の多様なレパトアを特徴としており、抗原主導型プロセスを示唆する多くの体細胞変異を示す。その結果、2段階のプロセスが提唱されており、最初のプロセスは抗原駆動性であり、2番目のプロセスは発癌性突然変異に依存している。ロイシンからプロリンへのアミノ酸変化 (L265P) をもたらすMYD88遺伝子の再発性体細胞点突然変異は、WM患者の大部分 (90%以上) および抗MAGポリニューロパチー症例の60%で報告されている。MYD88変異は、ブルトンチロシンキナーゼ (BTK) を介した細胞増殖と生存の亢進をもたらす機能獲得型変異である。このキナーゼは、WMの治療に用いられ、抗MAGニューロパチーの治療薬としても注目される新規薬剤であるイブルチニブによって阻害される。
抗MAG抗体の分泌は、T細胞とサイトカインによる制御を受けている。抗MAGニューロパチーの患者は、血清中のIL-6およびIL-10濃度の中央値がコントロールよりも高い。IL-6は形質細胞前駆体の生存因子としての役割を果たすため、形質細胞の単クローン性拡大をもたらす抗MAGニューロパチーの病態に関連する可能性があると推測されている。IL-10はB細胞を活性化し、自己抗体産生を促進することもできる。活性化T細胞に見られるCD70と、抗MAG産生B細胞が由来するメモリーB細胞の細胞表面に発現するCD27との相互作用からなる興味深いループが、WMで実証されたように、疾患の進行に重要な役割を果たしている可能性がある。
これらのサイトカインの役割と、抗MAG抗体を産生するB細胞と活性化T細胞との相互作用は、PNSにおける自己反応性抗体のアクセスも制御している可能性があり、さらにBAFFなどのその他のバイオマーカーは新規治療戦略の潜在的標的として注目を受けている。ミエリン、特にMAGがNK細胞と抗原決定基を共有しているという事実は興味深い。このような交差反応性は、抗MAGニューロパチーだけでなく、他の免疫介在性脱髄疾患の発症にも関与している可能性がある。

 

8. 治療
抗MAGニューロパチーのはパラプロテイン血症性ニューロパチーとして機能障害を引き起こすものの中で最も高頻度であり、抗MAG抗体はミエリン構造と機能に直接的な病原性効果を与えることから、B細胞除去療法は主要な治療戦略である。当初はクロラムブシル、シクロフォスファミド、フルダラビンを用いた化学療法レジメンが用いられてきたが、毒性や二次血液腫瘍の発声によって抗CD20抗体に置き換えられた。我々は、新たな治療モダリティについて特に注目を置きながら、現在のおよび将来的な治療方法について振り返る (表1)。

8-1. 抗CD20抗体
B細胞クローンを抑制するが骨髄抑制や二次血液癌を引き起こさないモノクローナル抗体であるリツキシマブが利用可能となってから、早期からの標的型介入が可能となった。リツキシマブは形質細胞を除いてpre-B cell期からB細胞ライフサイクル全体にわたってB細胞表面抗原として発現するCD20に対するキメラ型マウス-ヒトモノクローナル抗体である。効果は限定的ではあるが、この治療法は現在幅広く積極的に用いられている。異なる規模とエンドポイントの2つの制御研究によってポジティブな効果が証明されたが、規模の小ささや研究デザインへの懸念点からエビデンスの質は低いものと考えられた。
リツキシマブは抗MAG抗体産生形質細胞に対する効果を持たないため、神経所見の改善は典型的には治療開始後3カ月ほどしてから認められるようになり、6か月ほどたつと明らかになる。この時期になると抗MAG抗体もゆっくりと減少しはじめる。複数の研究において蓄積されたデータによれば、リツキシマブは30-50%の患者で有効である。抗MAG IgM抗体レベルと抗MAGニューロパチーの重症度または進行速度に直接的関連性は示されていないが、50個の抗MAGニューロパチーの臨床試験の後方視的解析によれば、抗MAG IgMレベルの相対的低下がレスポンダー群における臨床的改善と関連していたことが示された。この群では、治療前と比較して抗MAG IgM力価は57.5%、パラプロテインレベルは57.5%、総IgMは52.3%減少した。一方で、非レスポンダー群では抗MAG IgMレベルの変化はほとんど見られなかった。平均して、急性増悪を呈した患者は抗MAG抗体力価の高度の上昇と関連していた。リツキシマブによるニューロパチーの増悪はIgMフレアに帰属されており、複数の症例が報告されている。このフレア現象の提唱されたメカニズムには、細胞内パラプロテインの放出を伴うBリンパ球の融解、イディオタイプ-抗イディオタイプネットワークの崩壊、サイトカイン過剰産生などが提案されている。IgMフレア現象は、リツキシマブで加療されたWM患者の最大54%ほどで観察されているが、この発生率はMGUSではずっと低いことが報告されている。急性の神経障害と抗MAG抗体の上昇を呈した患者が、血漿交換によって劇的で速やかな改善を示したことが報告されている。
リツキシマブが50%以下の患者にしか有効でない理由は明らかでなく、いくつかの研究では奏効を予測する臨床的特徴やバイオマーカーが検討されている。脱髄パターンと高齢は、障害悪化の有意なリスク因子であった。 主に運動障害と亜急性の進行が奏功と関連していた。性別、運動失調、振戦、IgM抗MAG抗体価は転帰に影響しなかった。治療前の症状持続期間の短さとリツキシマブに対する反応性の間には傾向があり、軸索変性による永続的な障害が起こる前に早期に治療を行うべきであることが示唆されている。より十分なB細胞除去や持続的なB細胞除去を引き起こす新世代のヒト化抗CD20モノクローナル抗体が利用可能であり、臨床試験の開発が正当化されている。

8-2. 新しい治療法
MYD88遺伝子の体細胞変異は、WM患者の最大90%で、IgM MGUS患者でも見つかっている。この変異はBTKの活性化を通じて腫瘍細胞に生存刺激を与える。腫瘍細胞を死滅させるイブルチニブなどのBTK阻害剤が利用できるようになり、WMにおける新たな治療法の道が開かれた。イブルチニブは、WM患者の血液学的パラメーターを改善するだけでなく、深く持続的なIgM反応を誘導する優れた有効性を示している。抗MAG抗体ニューロパチーに対するイブルチニブの有効性を示唆する2件の予備的データがある。抗MAG抗体ニューロパチーの治療におけるイブルチニブの役割を評価するためには、さらなる研究が必要であることは明らかである。
現在、多発性骨髄腫や骨髄異形成症候群の治療に用いられるレナリドミドを用いた臨床試験が、抗MAGニューロパチーで評価されている。他の潜在的な治療法も異なる病態で臨床使用されているが、抗MAGニューロパチーに興味を示す可能性がある。抗CD70モノクローナル抗体であるCusatuzumabは、幹細胞を排除するための新薬であり、急性骨髄性白血病における予備的データが報告されている。IL-6炎症経路を標的とするTocilizumabとSarilumabは、関節リウマチにおいて研究されている。
これまでのところ、抗MAG IgM抗体を減少させるために使用されているすべての戦略は非特異的である。それらには、リツキシマブによるすべてのCD20 B細胞の標的化、イブルチニブやレナリドミドによるB細胞増殖の阻害、血漿交換療法の場合の循環からの自己抗体の除去が含まれる。最近、抗原特異的分子、HNK1抗原の複数のエピトープを模倣した生分解性糖鎖ポリマーの開発に基づく新しいアプローチが、動物モデルでの試験に成功した。PPSGGは、抗MAG自己抗体の糖鎖デコイとして機能し、体内から隔離され、速やかに排出される。PPSGGは、患者由来の抗MAG IgMと非ヒト霊長類の坐骨神経ミエリンとの結合を阻害することが示されている。研究の結果、実用的な用量のPPSGGは、MAGに結合するIgMを有意に減少させることができることが明らかになった。10μgのPPSGGを投与することで、マウスモデルの血液から60μgおよび120μgの循環マウス抗MAG IgMを90%以上除去するのに十分であった。抗体の減少は、PPSGG投与後24時間および96時間の測定で示されるように持続的であり、この治療アプローチの薬理学的実現可能性を実証した。このような治療を抗原特異的免疫療法と呼ぶことができる。
これらの実験は、臨床試験において、in vivoまたはex vivoのいずれかで、抗MAG抗体を除去するためにこの標的療法を使用する根拠となる。この治療法は、抗MAGニューロパチーにおいて、単独療法として、あるいは抗B細胞療法と併用することで、抗MAG IgM自己抗体の迅速な除去と長期的な産生抑制の両方の恩恵を患者に与えることができる。合成HNK-1三糖でコーティングした選択的免疫吸着カラムは、同様の体外アプローチがギラン・バレー症候群、CIDP、重症筋無力症など様々な疾患の治療に用いられているように、抗MAG抗体を迅速に減少させるための有望な選択肢となるだろう。

 

感想
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