ひびめも

日々のメモです

抗MAGニューロパチー患者におけるリツキシマブの有効性の予測因子

Predictive factors of efficacy of rituximab in patients with anti-MAG neuropathy.
Gazzola, Sébastien, et al.
Journal of the neurological sciences 377 (2017): 144-148.

 

1. 背景
ニューロパチー患者の約10%はモノクローナルガンマグロブリン血症 (monoclonal gammopathy, MG) を有する。一般的人口と比較してMG患者では末梢神経障害がより高頻度にみられる。
末梢神経障害で最も一般的なMGアイソタイプはIgMであり、その次にIgGおよびIgAが続く。IgM型MGと脱髄性ニューロパチーを有する患者の約50%は抗MAG抗体を有している。抗MAGニューロパチーは高齢発症パラプロテイン血症性脱髄性ニューロパチーであり、慢性免疫介在性ニューロパチーのスペクトラムに属する。古典的な臨床像は、緩徐進行性の左右対称性遠位型感覚障害を伴う感覚失調として特徴づけられる。近年、1つの研究において抗MAGニューロパチーの異種性が強調され、CIDP様のフェノタイプが1/3の患者でみられることが報告された。このニューロパチーは極めて強い機能障害をもたらす可能性があるが、特定の免疫療法が抗MAGニューロパチーにおいて有効であると対照試験で証明されたことはない。
リツキシマブ (rituximab, RTX) は、形質細胞を除くB細胞に発現するCD20を標的とするマウス-ヒトキメラモノクローナル抗体である。抗MAGニューロパチーに対するRTXの有効性は、非対照試験と、抗MAGニューロパチー患者の一部がRTXによる治療後に改善すると結論付けたランダム化比較試験 (RCT) の両方によって支持されている。最近の大規模RCTでは、抗MAGニューロパチーにおけるRTXの有効性は示されなかったが、この研究では、RTXの投与後に一部の患者の障害が改善した。
RTXの有効性を予測する臨床的、生物学的、神経生理学的因子を同定する試みとして、我々は、当院の神経筋部門で治療を受けた抗MAGニューロパチー患者33名を対象に、RTXの効果を解析した。

 

2. 方法
2006年から2013年の間に、ALS and Neuromuscular Disease of Marseille (La Timone hospital, France) においてRTXで治療された患者を対象とした。すべての患者は抗MAGニューロパチーのEFNS/PNS criteriaを満たした。ニューロパチーを起こすと考えられる疾患を有する患者 (糖尿病、甲状腺疾患、ビタミン欠乏、肝腎疾患、アルコール依存、自己免疫疾患、薬剤) は除外された。臨床所見に基づき、患者は2つのフェノタイプに分けられた: 古典的および非典型的。「古典的」グループでは、錯感覚、感覚脱失、感覚失調などの感覚大径線維機能障害を呈する緩徐進行性、距離依存性、対称性、遠位型ポリニューロパチーを呈した患者を含めた。非典型的フェノタイプは、急性または亜急性経過、初期症状の非対称性、初期症状が運動障害優位、下肢近位の筋力低下、上肢からの発症、のいずれかを満たすものと定義された。疾患の進行は、ONLS (Overall Neuropathy Limitation Scale) が治療開始前1年間で2点以上上昇した場合に、亜急性であると定義された。
MAGに対するIgM活性は、30人の患者で商用化されたELISAキット (Bühlmann, Basel, Switzerland) で測定され、3人の患者では精製ヒトMAGを用いたウェスタンブロッティングで測定された。
すべての患者で神経伝導検査が施行された。TLI (terminal latency index) は wrist-to-thenar/hypothenar muscle segment と elbow-to-wrist 伝導速度を比較するために用いられた。これは、以下の式によって計算された: D/(MNCV × DML) (Dは手首-電極間距離 [mm]、MNCVは運動神経伝導速度 [m/s]、DMLは遠位運動潜時 [ms] )。TLI ≦ 0.25 は遠位優位の脱髄を示唆する値である。
患者は375mg/m2の点滴を週4回、または1gの点滴を15日の間隔で2回受けた。追跡期間中、全例が定期的に臨床的、免疫学的、電気生理学的評価を受けた。障害はONLSスコアを用いて評価された。このスコアは、観察者間のばらつきをなくすために、同じ観察者によって評価された。神経学的評価は、ベースライン時、6ヵ月時、および治療後の最終フォローアップ時に記録した。RTX治療は、患者のONLSスコアがベースラインと比較して少なくとも1点減少した場合、成功とみなされた。

 

3. 結果
33人の患者がRTXを標準量で投与され、研究に組み入れられた。患者背景は表1 (非掲載) に示した。ニューロパチーの平均期間は8年 (1.5-24年) であった。20人の患者は6カ月以上のフォローアップを受け、平均して42±23ヵ月のフォローを受けた。
23人 (70%) がIgM型MGUS (IgM monoclonal gammopathy of unknown significance) を有しており、7人 (21%) は Waldenström’s macroglobulinemia (WM) を、3人 (9%) はホジキンリンパ腫を有していた。
神経伝導検査は運動感覚ニューロパチーを示していた。上肢のTLIデータは32人の患者で利用可能であった。TLI ≦ 0.25は26人の患者で認められた (79%)。
18人が非典型的フェノタイプを呈した。3人は非対称性の障害を呈し、5人は運動優位の症状を呈した。5人の患者は下肢近位筋を含む筋力低下を呈した。3人は上肢発症であった。13人が亜急性の経過を呈した。非典型的フェノタイプのうち14人 (78%) は抗MAG抗体力価が10,000 BTUを超えており、残りのうち3人はウェスタンブロッティングで陽性であった。残りの1人の患者はELISAの抗MAG抗体力価が6600 BTUと低力価であったが、神経生検で抗MAGニューロパチーに典型的な所見 (widening of myelin lamellae と ミエリン鞘上へのIgM沈着) を認めた。14人 (78%)で上肢のTLIが0.25以下であった。非典型的フェノタイプの患者のうち8人で神経生検が施行され、すべての患者が少なくとも一部でwidening of myelin lamellaeを認めるか、ミエリン鞘上のIgM沈着を認めた。TLI > 0.25の3人の患者は抗MAG抗体力価が10,000 BTUを超えていたか、神経生検で抗MAGニューロパチーに特徴的な所見が認められた。これらのデータは表2にまとめられている (非提示)。
18例 (55%) がRTX (375mg/m2) を週4回投与され、15例 (45%) が2gを2回に分けて投与された。4例 (12%) はRTXに上乗せ療法を受けた: 2例にはクロラミノフェンが投与され、2例にはシクロホスファミドとステロイドが投与された。残りの29例では、他の免疫抑制療法や免疫調節療法を受けた患者はいなかった。
ONLSスコアは治療6ヵ月後に0.8点 (21%) 有意に低下した (p=0.0002) 。ONLSスコアの1.15ポイント (29%) の改善は、最終追跡調査でも有意に維持された (p=0.004)。
平均抗MAG抗体力価は治療6ヵ月後に27%低下した (p=0.02)。血清IgM値の平均値とモノクローナル成分の平均力価は、治療6ヵ月後にそれぞれ17% (p<0.05) と40% (p<0.05) 減少した。
ONLSスコアは、RTX投与6ヵ月後に10/33例 (33%) で少なくとも1点改善し、最終フォローアップ時には6/20例 (30%) で改善した。RTX治療後6カ月時点での改善は、亜急性経過 (p=0.02) および発症時点での下肢近位部筋力低下 (p=0.02) と有意に関連し (表1)、最終追跡調査時点での改善は、発症時点の下肢近位部筋力低下 (p=0.03) とのみ有意に関連した。人口統計学的特徴 (現在の年齢、発症年齢、性別)、罹病期間、治療前のONLS中央値、基礎疾患である血液悪性腫瘍の種類 (MGUS、WM、リンパ腫)、レジメン、抗MAG抗体力価、血清IgM値、血清IgM値のピーク値、プロテインオラキア、治療前のベースライン電気生理学的パラメータに関して、奏効者と非奏効者の間に有意差は認められなかった (p>0.05)。ONLSスコアの改善は抗MAG抗体力価の低下とは相関しなかった。他の化学療法を受けた4例では、治療後に改善がみられた患者はいなかった。

 

4. 考察
我々の後方視研究では、33人中10人 (30%) の抗MAGニューロパチー患者がRTX投与後6カ月時点でONLSに基づいた改善を認めた。20人中6人 (30%) が最終フォローアップ (平均42±23ヵ月) で改善を認めていた。同様の奏効率は2つのRCTでも報告されている。Dalakasら (2009) はRTXで治療を受けた13人中4人 (31%) が治療後に改善を示したと報告した。Légerら (2013) は26人中4人 (20%) がRTXに有意な反応を示したと報告した。Légerらは主要アウトカムを12カ月時点で測定したが、我々は6カ月時点で測定した。これは、Dalakasらがほとんどの患者の改善が治療後3か月頃に始まり6カ月後には明らかとなると報告したからである。最終フォローアップでは、20人中6人 (30%) がRTX治療後に恒常的な改善を示していた。これらの結果は、Légerらによる12カ月時点での報告と一致していた。
抗MAGニューロパチーにおける完璧なアウトカム指標は存在しない。抗MAGニューロパチーは通常、感覚ニューロパチーであるが、RTXの有効性を評価するためには、感覚障害を測定するためにデザインされた尺度ではなく、障害尺度を使用した。臨床試験で利用可能な唯一の明確に定義された感覚スコアは、INCAT sensory scoreである。RIMAG試験の主要評価項目はINCAT sensory scoreであり、この試験では抗MAGニューロパチーにおけるRTXの有効性を証明することはできなかった。最近、このスケールはガンマグロブリン血症に関連したニューロパチーの変化を検出する感度が低いことが示された。我々は最近の研究で、QOLは感覚尺度との相関が低く、障害尺度との相関が高いことを示した。さらに、コクラン・レビューでは、抗MAGニューロパチーのメタアナリシスを評価するために、感覚スコアではなく、障害スコアを選択している。
以前に報告されたように、臨床的改善は、人口統計学的特徴、治療開始までの期間中央値、ベースライン時の電気生理学的パラメータとは関連していなかった。
われわれの研究では、治療6ヵ月後に観察されたRTXの有効性は、亜急性経過と発症時の下肢近位筋力低下と有意に関連していた。長期奏効は、発症時の下肢近位筋力低下とのみ有意に関連していた。これらの特徴は抗MAGニューロパチーの非典型的なものと考えられる。このコホートで報告された非典型的抗MAGニューロパチーの頻度の高さは驚くべきことかもしれない。非典型的抗MAGニューロパチーは、RTX治療を受けた抗MAGニューロパチー全体の54% (18/33) であるが、当科で追跡した抗MAGニューロパチー全体では18% (18/98) に過ぎない。これらの非典型的な患者は筋力低下と亜急性発症を呈していたため、非常に緩徐に進行する感覚性ニューロパチーという古典的な抗MAGニューロパチーの患者よりもRTXによる治療頻度が高かった。さらに、神経筋疾患の紹介センターである当科には、他の神経クリニックよりも多くの非典型的な患者が紹介されてくる。最近の研究で、抗MAG抗体を有する患者の臨床的特徴は不均一であり、これらの患者の1/3までがCIDP様の表現型を有する可能性があることが示された。われわれの非典型的患者は、高い抗MAG抗体価、特徴的な神経生検所見、遠位脱髄を有していたことから (表2)、これらの患者はCIDPではなく抗MAGニューロパチーであると考えられる。1人の患者では抗MAG抗体価が6600 BTUと低値であったが、正中神経のTLIが低く、神経生検でperipheral widening of myelin lamellae と IgM免疫グロブリンのミエリン沈着が認められ、抗MAGニューロパチーを強く示唆した。我々の患者は免疫グロブリンの静脈内投与やステロイドの投与を受けていなかったので、これらの非典型的な抗MAGニューロパチーが免疫調節によって改善したかどうかはわからない。
抗MAG抗体価および血清IgMガンマグロブリン値は、既報と同様に、治療後にそれぞれ27%および17%低下した。ベースライン時の反応性と血清IgM値や抗MAG抗体価との関連は認められなかった。抗MAG抗体価が持つ予測価値は文献上明らかではない。ある研究ではベースライン時の抗MAG抗体価が高い場合にRTXの有効性が高く、別の研究ではベースライン時の抗体価が低い場合にRTXの有効性が低かった。これらの相反する結果から、抗MAG抗体価に基づいた治療戦略を推奨するエビデンスはないことが示唆される。将来の治療戦略立案に役立つ新しいバイオマーカーを発見する必要がある。たとえば、ベースラインのB細胞活性化因子 (BAFF) レベルは、RTXに対する反応性と相関があるようである。
我々の研究では、臨床的改善は抗体価の減少と相関せず、抗体は治療後に完全には除去されなかった。同様の観察は関節リウマチ患者でもみられている。臨床的改善と抗MAG抗体価の減少の関連が認められないことから、一部の患者におけるRTXの効果は厳密な抗体介在性プロセスに関係しているとも言い切れないことが示唆された。我々の研究は後ろ向きであり患者人数も小さいが、RTXが抗MAG抗体ニューロパチー患者の一部でRTXが有効であり、特に亜急性経過や下肢近位筋力低下を持つ患者で有効であることを示した我々の結果は興味深い。この結果を確認し、RTXの有効性を予測するための免疫学的、臨床的、神経生理学的特徴を評価し、非典型的で亜急性の抗MAGニューロパチーの病態生理学的メカニズムを解明するためには、大規模コホートにおけるさらなる研究が必要である。

 

感想
面白い。非典型的MAGニューロパチーのほうが実はRTXに対する反応性がよいという論文。MAGの病態生理メカニズムに興味がわいてきた。今度はそういう論文読もう。

抗MAG抗体関連ニューロパチーの臨床病理学的特徴と治療

Anti-MAG antibodies in 202 patients: clinicopathological and therapeutic features.
Svahn, Juliette, et al.
Journal of Neurology, Neurosurgery & Psychiatry 89.5 (2018): 499-505.

 

昨日結婚式を挙げました。たのしかったなー。

 

1. 背景
モノクローナルガンマグロブリン血症を背景として産生される抗MAG (myelin-associated glycoprotein) IgM抗体に関連したニューロパチーは、典型的には慢性進行性の遠位優位・感覚優位の脱髄性ニューロパチーであり、失調や姿勢時振戦を伴うとされている。
Caudieらは1000 Bühlmann Titre Units (BTU) (※抗MAG抗体に対するELISA力価) のカットオフで、脱髄性ポリニューロパチーとIgMモノクローナルガンマグロブリン血症を97%の感度および86%の特異度で同定できると記述した。高力価の抗MAG抗体を有する患者の臨床および電気生理学的スペクトラムは、ほぼ無症状の患者から、CIDPのような運動優位の距離非依存性脱髄性ニューロパチー患者まで、様々である。一方、一部の患者は診断時に抗MAG力価が低値でありながらも「典型的な」電気臨床的フェノタイプを呈することがある。
治療マネジメントに関しては、抗MAGニューロパチーの免疫治療として十分な効果のある治療法のエビデンスは実のところ存在しない。しかしながら、リツキシマブは一部の患者で持続的な効果を発揮する可能性がある。
我々の多施設研究は抗MAG抗体の力価に応じた臨床病理学的フェノタイプと治療反応性について注目した。

 

2. 方法
2-1. 患者と研究デザイン
抗MAG抗体はBühlmannによるELISAで発見された。2014年3月と2016年4月の間で、14個の神経筋施設からのモノクローナIgMガンマグロブリン血症および抗MAG抗体力価 > 1000 BTUの202人の患者のデータが、後ろ向き (n=63)、前向き (n=10) 、または両方向性 (n=129) に調査された。このうち、発症、進行、臨床フェノタイプ、治療後評価に関する詳細な臨床データが不十分であった40人の患者が除外された。事前に定められたプロトコルに従って、各研究者が臨床および準臨床データを集め、必要に応じて筆頭著者が患者の医学的記録や質問表を完成・更新した。
2-2. 臨床的特徴
以下の通りのデータが集められた。抗MAG抗体力価; 発症、抗MAG抗体検出、最終フォローアップ、死亡時の年齢; ニューロパチーまたはモノクローナルガンマグロブリン血症の家族歴; 発症およびフォローアップ時の神経症候; 臨床所見。ニューロパチーの発症様式は、各研究者によって急性 (1カ月以内の進行)、亜急性(1~6カ月かけての進行)、慢性 (6カ月以上かけての進行) に分けられた。データ収集における最重症疾患段階とは、無治療患者または治療無反応患者の最終評価時、および持続的な臨床的改善または安定化を呈した患者の治療前の最終評価時である。最重症疾患段階におけるONLS (Overall Neuropathy Limitations Scale) score と modified functional impairment scale score (0-5点) がつけられた。このスコアが3以上 (3=支持なしでは一部の手動動作/歩行ができない) の場合、重度の機能障害があると考えられた。
「典型的および変異型」フェノタイプは、筆頭著者によって以下のように定義された。典型的フェノタイプ: 感覚失調型遠位型ポリニューロパチー患者で、振戦および進行性の下肢遠位筋力低下を呈することもあるもの。この変異型フェノタイプとして、最重症疾患段階で無症状/ほぼ無症状の感覚性ポリニューロパチー (ONLS score=0, INCAT sensory sum score (ISS) ≦ 4)、感覚または感覚運動性距離依存性ポリニューロパチーで失調を伴わないもの。
「非典型的」フェノタイプ: Guillain-Barré syndrome (GBS) 様の経過を示すもの、慢性経過の運動感覚多発神経根障害 (下肢腱反射消失、顕著に急速に進行する遠位型または距離非依存性の感覚運動障害、慢性的な進展)、小径線維ニューロパチー、非対称性または多巣性ニューロパチー、運動ニューロン病に関連した症例。
2-3. 電気生理
診断時点の電気診断 (EDX) 検査は、何らかの治療が行われる前に実施された。すべての患者が運動 (脛骨、腓骨、正中、尺骨) および感覚 (腓腹、正中、尺骨、橈骨) 神経伝導検査を受けた。European Federation of Neurological Societies and Peripheral Nerve Society criteria に基づき、脱髄性かどうかの判断が行われた。正中神経の遠位運動潜時の延長は、手根管症候群の存在時 かつ/または 正中神経感覚神経活動電位 (SNAP) の消失時には脱髄を示唆する所見とは考えなかった。正中神経および尺骨神経のTerminal latency index ≦ 0.25 は遠位優位の伝導遅延を示唆するものと考えられた。
2-4. 生物学と組織学
脳脊髄液 (CSF) 検査および神経生検が行われた場合、その特徴が解析された。神経病理学的側面として、直接免疫組織化学法によるミエリン鞘へのIgM沈着かつ/または電子顕微鏡観察におけるミエリン外層の幅広化と関連して、準超薄切片 (セミシン切片) において脱髄が存在した場合、IgG型抗MAG抗体関連ニューロパチーを示唆する所見と考えられた。
診断時点での抗MAG抗体の力価 (ELISA Bühlmann) は、低力価 (1000-9999 BTU)、中力価 (10000-69999 BTU)、高力価 (70000 BTU以上) に分けられた。疾患経過中に骨髄中のクローナルなリンパ形質細胞が10%以上存在していた場合、Waldenströmマクログロブリン血症 (WM) と診断された。WMや関連する形質細胞増殖性疾患が明らかでない患者は、MGUS (Monoclonal gammopathy of undetermined significance) と評価された。抗MAG抗体力価、電気生理学的特徴、神経生検に基づき、抗MAG抗体とニューロパチーの因果関係を判定した。抗MAG抗体力価が低力価である、EDXで脱髄性ニューロパチーと確実に診断できなかった、および神経病理学的パターンが軸索性ニューロパチーである場合、その因果関係は「不確実」と考えられた。
2-5. 治療の種類
用いられた治療 (IVIg、血漿交換、ステロイド、リツキシマブ、シクロフォスファミド、クロラムブシル、フルダラビン) は記録された。神経学的状態かつ/または血液学的状態によって治療適応を評価した。治療反応性の評価は、治療後6カ月および7-12カ月の時点で後ろ向きに行った。客観的な臨床反応性は、1つ以上の臨床尺度: modified Rankin scale (mRS) で1点以上、ONLSの上肢で2点以上または下肢で1点以上、下肢の失調スコアで1点以上、ISSの最大被影響半身で2点以上の改善があった場合に認められた。各施設で治療後に評価される機能障害スコア (mRSまたはONLS) にはばらつきがあったため、治療反応患者の定義には複合的なものを用いた。免疫抑制剤併用の有無にかかわらずリツキシマブに反応した患者は、可能であれば6カ月以上経過した時点でのEDXパラメーターの改善をLunnとNobile-Orazioの電気生理学的基準 (腓腹神経SNAPまたは前回導出できなかった神経のCMAPの再出現、または少なくとも2神経におけるベースラインと比較したCMAP/SNAP振幅の20%以上の上昇または遠位運動潜時の20%以上の短縮) に基づいて評価した。

 

3. 結果
3-1. 臨床的特徴
合計して202人の患者が対象とされた。男性は133人 (65.8%, sex ratio 1.9) で、平均発症年齢は62.6歳 (25-91.4歳, SD 11.2) であった。抗MAG抗体関連ニューロパチーと診断されるまでの平均期間は3.1年 (0-30年, SD 4.3) であった。発症から最重症疾患段階および最終フォローアップまでの平均期間はそれぞれ7.2年 (0.01-30年, SD 6.3) および 8.4年 (0.3-33.3年, SD 6.1) であった。6人の患者が死亡した (3.2%)。10人の患者では、生存しているかどうかの評価を行うことができなかった。死亡の原因は、ALSの合併 (1人)、転移性直腸癌 (1人)、呼吸器感染 (2人)、急性骨髄性白血病 (2人) であった。兄弟症例が2人 (1組) おり、WMおよび抗MAG抗体ニューロパチーを呈した。発症時点および最重症疾患段階での患者の臨床的特徴と、抗MAG抗体力価 < 10000 BTU (n=22) または ≧ 10000 BTU (n=180) に有意な関連性は認められなかった。


34人の患者 (17%) が「非典型的」フェノタイプを呈した (表1) が、抗MAG抗体力価との有意な関連性は認められなかった。GBS様の症例の経過は多様であった。IVIg後に完全に回復した1人の患者、および軽度の感覚性ポリニューロパチーは持続したものの運動障害と失調は改善した2人の患者が認められた。6人の患者は多巣性ニューロパチーを呈し、時に手根管、腓骨頭、肘部の神経減圧手術を受けていた。1人の患者ではPMP22遺伝子の欠失による遺伝性圧脆弱性ニューロパチー (HNPP) が証明された。MGUSを有した別の患者は、亜急性経過の臨床的および神経生理学的な外的圧迫を伴わない右坐骨神経の運動感覚障害を呈した。この患者は、EDXでさらにびまん性の脱髄性ニューロパチーが認められた。MRIで右坐骨神経における局所性のT2高信号が認められ、炎症性浮腫が示唆された。ALSの家族歴を有する1人の患者はALSを発症した。この患者は脱髄性の特徴を持つ軽度の感覚性ポリニューロパチーを呈し、神経生検でミエリン鞘の幅広化が示された。最重症疾患段階では22.4%の患者が有意な機能障害を有していた。
3-1-2. 抗MAG抗体、生物学、神経生検
抗MAG抗体の検出は、92.1% (n=186) が治療前に、7.9% (n=16) が治療後に行われた (表2)。診断時の抗MAG抗体力価が低力価、中力価、高力価であった患者はそれぞれ11% (n=22)、51% (n=104)、38% (n=76) であった。力価と「典型的/変異型」および「非典型的」フェノタイプとの関連性は認められなかった。68%の症例でMGUSが認められ、これは抗MAG抗体力価とは無関係であった (表2)。抗ガングリオシド抗体は検査された患者 (133人) のうち21.8%で陽性であり、ほとんどがIgM型抗GM1抗体であった。10人の患者が神経生検を受けた。


3-2. 電気生理
合計して170人 (84%) に対して治療前のEDX検査が行われた。ほかには、2人 (0.1%) の無治療患者のフォローアップ中、2人 (0.1%) の患者の治療中、28人 (13.9%) の患者の治療後に行われた。発症からEDX検査までの平均期間は3.3年 (0-29.2年, SD 4.6) であった。EDX検査は、下肢および正中神経に優位な遠位運動潜時の延長が目立つ脱髄性ポリニューロパチーのパターンをとった。
伝導ブロックは低頻度であった (検査された全神経のうち3.9%-12.5%) が、時に生理的絞扼部位以外の部位で観察された。SNAP振幅の低下または消失は高頻度で、腓腹神経の90% (355神経)、正中神経の95% (288神経)、尺骨神経の93.5% (247神経)、および橈骨神経の70% (224神経) で認められた。
32人の患者 (15.8%) は確実な脱髄性ニューロパチーと判定することができないニューロパチーを呈したが、抗MAG抗体力価および臨床フェノタイプとの相関は認められなかった (表1)。これらの患者では、発症とEDX検査の平均期間は5.9年 (0.1-29.2年, SD 7.9) と、全体と比較して長かった。これらの患者の中で、軸索型の運動感覚ニューロパチーを呈したのが5/32 (発症からの平均期間11.1年)、正中神経のみの遠位運動潜時の延長とSNAP振幅の低下を呈したのが2/32人 (発症からの平均期間12.8年)、ごく軽度 (脱髄の基準を満たさない程度の) の下肢および正中神経遠位潜時の延長を呈したのが2人であった。これらの2人は発症後まもなく検査されていた (発症からの平均期間0.3年)。うち1人は1年後の検査で脱髄パラメーターの軽度の進行を認めた。21人の患者は下肢のCMAP振幅が消失または高度に低下しており、正中神経遠位運動潜時が延長していた (発症からの平均期間4.8年)。1人の患者では四肢の神経のすべてがunexcitableで、blink reflexで潜時の延長が認められた。
3-3. 臨床病理学的特徴
抗MAG抗体とニューロパチーの間の因果関係は、抗MAG抗体が低力価であった5人の患者で不確実と考えられた (全体の2.5%かつ低力価群の22.7%) (図1)。これらの患者のうち2人はそれぞれIgM型抗GM1抗体およびIgM型抗GQ1b抗体が陽性であった。

図1. 臨床病理学的特徴: ニューロパチーと抗MAG抗体の間の因果関係が不確実なものは灰色のボックス内に提示した。

3-4. 治療
ほとんどの患者が免疫治療を受けた (78.2%) (表3)。免疫治療の適応の判断は、並存する免疫抑制療法の有無を除けば、主に神経学的状態に基づいて行われた。一部の患者では6つもの免疫治療が行われた (平均1.5, SD 1.3)。悪性血液疾患が並存する患者 (n=65) では、MGUS (n=137) と比較してリツキシマブと免疫抑制剤が高頻度に用いられた。
MGUS患者は、IVIgの後に反応性がないことからリツキシマブを使用されるケースがほとんどであった。対照的に、悪性血液疾患患者では、リツキシマブと免疫抑制剤がファーストラインで用いられることが多かった。

リツキシマブは最も一般的な治療法であった (n=92, 全体の45.5%)。治療後7-12カ月後の病勢の安定はリツキシマブ単剤で治療を受けた患者の1/3で認められた。客観的な臨床的反応は同期間中に31.5%で認められたが、2人の患者では一過性の改善を示したのみで6か月後のフォローアップでは改善を維持できなかった。改善は、mRS score (n=18)、ONLS score (n=17)、ISS (n=14)、失調スコア (n=11) で認められた。すべてのスコアで改善が認められたのは3人で、3つのスコアが6人、2つのスコアが10人、1つのスコアが10人であった。
リツキシマブ単剤で治療を受けた患者のうち、11人の患者 (12%) が治療中または治療直後に一過性で可逆性の臨床的悪化を呈した。これらの患者は急速に錯感覚、固有知覚性失調、かつ/または遠位運動障害の悪化を呈した。悪化を受けて、4人の患者がステロイドとIVIgで治療された。患者は数週間または数カ月かけてゆっくりと臨床的に改善し、治療前と同等の臨床状態に回復した。リツキシマブ単剤療法に対する奏効の予測因子として、臨床的、EDX、生物学的パラメータを検討した。リツキシマブに対する反応性とベースライン時の臨床的重症度、EDXパラメータとの間に相関は認められなかった。リツキシマブに対する奏効と、関連する血液学的疾患による差は認められなかった (悪性血液疾患群では9/30例、MGUS群では20/62例)。リツキシマブに対する反応性は、抗MAG抗体価 ≧ 10000 BTUと相関していた (30/31の反応者 vs 50/61の非反応者, p=0.05)。7-12ヵ月後の追跡調査において、奏効例は非奏効例に比べて症状持続期間が短かったが、年齢、性別、免疫抑制歴によるロジスティック回帰を行った結果、有意ではなかった (奏効例29例では平均3.6年, SD 3.7であったのに対し、非奏効例63例では平均5.1年, SD 4.2であった; p=0.06)。IVIgの投与により、一部の患者 (27.9%) で治療後6ヵ月間に一過性の客観的臨床的改善がみられたが、治療後7-12ヵ月間には維持されなかった。
免疫抑制剤との併用または非併用でリツキシマブを投与し、奏効または安定化した患者のうち、36例が6ヵ月以上経過した時点でEDX検査により評価された。11人の患者でEDXパラメータの改善が観察された。7人の患者はリツキシマブ単独で、4人の患者はリツキシマブと他の化学療法 (クロラムブシル、シクロホスファミド、フルダラビン) との併用で治療され、ベースラインのEDXと治療後のEDXとの間の平均期間は3.9年 (0.6-8.5年, SD 2.7) であった。

 

4. 考察
現在のところ、我々の抗MAG抗体陽性の患者コホートは文献として発表された中で最大の規模である。我々の研究は、抗MAG抗体ニューロパチーでみられる臨床的フェノタイプを拡大し、他の研究で強調されたような抗MAG抗体力価と臨床的フェノタイプの関連性が有意ではないことを強調した。抗MAG抗体関連ニューロパチーは発症後数年してから有意な機能障害をきたしうる。我々のコホートにおける死亡は基本的に、免疫抑制剤治療を受けた、かつ/または血液学的悪性疾患のある患者における感染と関連していた。Nobile-Orazioらは、32%と高い死亡率と、より長いニューロパチー罹病期間 (11.8 vs 8.4年) を報告している。
32名(15.8%)の患者が、抗MAG抗体力価や臨床症状とは無関係に、CIDPのEDX基準に合致しない神経障害を呈した。これらの症例のほとんどは、下肢または全神経におけるCMAPの消失または極端な振幅低下に依存しており、基礎にある脱髄を評価することはできなかった。この割合は、Nobile-Orazioらのコホートでは23%、Chassandeらのコホートでは17.5%に達した。
神経生検では、診断時に抗MAG抗体価が10000BTU未満であった症例でも、「典型的な」抗MAG抗体による病理学的パターンが観察されることが明らかになった。抗MAG抗体検査は、「非典型的」症例を診断するための貴重なツールである。
神経障害が抗MAG抗体と直接関連している可能性は、我々の患者の2.5%では不明であった。GM1やジシアロシルガングリオシドとの交差反応性のためか、1000-10000BTUの力価ではELISA法の特異性は低い。
リツキシマブ単剤療法に関しては、2つの対照研究で主要評価項目におけるリツキシマブの有用性 (特に最後の研究では感覚尺度) を捉えることができなかった。しかし、これらの研究では、プロトコールごとの解析において、リツキシマブ投与後のISSの有意な改善がそれぞれ8/20例と4/13例 (40%と31%) で報告されていた。さらに、多くの非対照研究では、使用されたアウトカムに応じて30-67%の患者がリツキシマブに反応すると報告されており、これは我々の結果と同様である。
治療への反応性は、血液学的状態に応じた違いはなかった。リツキシマブ投与後の臨床的な長期安定は、この進行性の障害をもたらす可能性のある病態における部分的奏効と考えることができ、長期的な前向き対照研究に注目すべき興味深い点である。
Benedettiらによって言及されたように、我々は罹病期間が短いほどリツキシマブへの反応性が良いことを観察した。Kawagashiraらは、リツキシマブに対する臨床的奏効と、罹病期間の短さ、または治療前の腓腹神経生検における神経線維密度の保持との間に相関関係があると報告した。Gazzolaらは、リツキシマブに対する奏効は、亜急性な進行および発症時の下肢近位の筋力低下と有意に関連すると報告した。われわれは、リツキシマブに対する奏効と、「非典型的な」臨床表現型の存在または神経障害の経過との間に関連は認めなかった。一部の抗MAG抗体関連ニューロパチー患者では、神経伝導検査の著明な改善が報告されている。
リツキシマブ単剤治療後の一過性で可逆性の臨床的悪化は一部の症例でしか記述されていない。この急性増悪の病態には、IgMフレア、炎症性サイトカインの放出、抗体/補体やサイトカインに対する血液-脳関門や血液-神経関門の透過性亢進が関与している可能性がある。
我々は、治療後の持続的な臨床的改善によって生じるバイアスを避けるため、最も重篤な病期における臨床データを記載することにした。部分的に後ろ向きなデータ収集と、治療に対する客観的な臨床反応を評価するための複合スコアの使用は、本研究の弱点である。しかしながら、そのおかげで、多くの患者における7年以上の臨床経過観察、臨床経過および治療管理を評価することができた。
結論として、我々のシリーズでは、臨床病理学的表現型は抗MAG抗体力価によって異なるようには見えず、抗MAG抗体力価の低い患者は「典型的な」表現型を有する可能性がある。さらに、我々の結果は抗MAG抗体関連ニューロパチーの初期段階におけるリツキシマブの有益な使用を示唆している。これらのデータは、抗MAG抗体関連ニューロパチーの臨床スペクトルの拡大を考慮し、EDXパラメータを組み込んだ適切なエンドポイントを持つ、別の臨床試験の開発を正当化するかもしれない。

 

感想
非典型的な抗MAG抗体関連ニューロパチーの症例を発表する行事が年末に控えているためしばらくはMAG続きになりそうです。
「非典型的」の中にある多発神経根障害って臨床的にどうやって見てるんだろう・・・。CIDP的な近位筋筋力低下もあればそういうふうに考えるのかしら・・・。

アルツハイマー病の hippocampal sparing subtype を神経病理および in vivo tau PET で評価する: システマティックレビュー

The hippocampal sparing subtype of Alzheimer’s disease assessed in neuropathology and in vivo tau positron emission tomography: a systematic review.
Ferreira, Daniel, et al.
Acta Neuropathologica Communications 10.1 (2022): 1-19.

 

1. 背景
アルツハイマー病 (AD) の生物学的サブタイプの分野は注目を増してきており、プレシジョンメディシンや将来的な臨床試験を強力に後押しする一因となりうると想像されている。神経病理と神経画像研究は、一貫して神経原線維変化 (neurofibrillary tangle, NFT) 病理の分布と脳萎縮のパターンに基づいた3つのサブタイプを同定してきた: hippocampal sparing, limbic predominant, typical AD (図1a)。4つ目のサブタイプは minimal atrophy AD として知られ、構造的画像研究でも同定されており、tau PETにおいて minimal tau AD subtype と記述されることを我々が最近報告している。
重要ながら未だ解決されていない疑問として、hippocampal sparing subtype が limbic predominant および typical AD subtype とは異なる神経病理学的経路をたどるのかという点がある。AD の hippocampal sparing subtype は、連合野の萎縮が完全に海馬をスペアして起こることから、MRI研究ではもっともらしいと考えられている。しかし、NFTの蓄積が海馬を完全にスペアしつつ連合皮質に蓄積するということは、Braak and Braak によるNFT変化の広く用いられているモデルと合致しないことから、神経病理研究では疑問が呈されている。このモデルでは、海馬のNFTが連合皮質に先んじて蓄積するとされている。より具体的には、Braak and Braak はNFTの蓄積が典型的には transentorhinal cortex に始まる (さらにentorhinal cortex、海馬CA1、前脳基底部、視床前背側核に少数のNFTが孤立性に認められることもある) と提唱した (Braak stage I)。Stage II では少量のNFTが海馬 (CA1) に蓄積する。Stage IIIでは entorhinal cortex、subiculum、海馬のその他の領域 (CA2-4)、扁桃体に蓄積がみられる。Stage IVになると、被殻側坐核などの皮質下灰白質構造に蓄積が始まる。一部のNFTはstage IIIおよびIVの間に等皮質に到達するが、連合皮質に高度の蓄積がみられるのはstage Vになってからであり、stage VIになると一次感覚野も巻き込まれる。これらのステージは、Braak and Braak のモデルではtransentorhinal (I-II)、limbic (III-IV)、isocortical (V-VI) stages とまとめられる (図1b)。したがって、hippocampal sparing ADの厳密な定義は、NFTが海馬を巻き込まずに等皮質に到達することを暗示する。

Fig. 1

図1. ADサブタイプとBraak NFT statingの模式図: (A) Murrayらによって記述された、サブタイプごとの海馬および連合皮質へのNFTの蓄積パターン。図では、tau NFTが緑色の楕円 (海馬, HIP) および 青色の円 (連合皮質, MFG-STG-IPG) で表現されている。(B) Braak and Braakによるtau NFTの広がりを、stage IからVIまでの時系列として描いた。緑色が海馬、青色が連合皮質、ピンク色が移行嗅内野 (transentorhinal cortex) である。

Hippocampal sparing AD の報告は、2011年に報告された889例の神経病理学的診断のついたADのシリーズが最初であった。全症例がBraak stage > IVであり、NFTが海馬と連合皮質 (図1a, bのようにMFG, STG, IPGとして定義される) の両方に存在していた。同研究では、hippocampal sparing AD は、連合皮質のNFT数が群平均より多く、かつ海馬のNFT数が群平均より低いもので、さらに極端な表現型であることを保証するために海馬 : 皮質のNFT比が25th percentileよりも少ないものとして定義された (Murray's algorithmと呼ばれるもの)。この2011年の文献では、海馬が温存されているのに対し、皮質の関与が大きいことが表現型を定義している。
「比較的スペアされている」ということが強調されていることを考えると、我々の今回の研究の目標は、AD患者が完全に海馬をスペアしつつ連合皮質にNFTを有することがありうるのかを調査し、tau病理の開始地点と到達地点に基づく3つの可能性のある神経病理学的経路について評価することである。この3つの経路 (図2a) とはすなわち以下の通りである: (i) NFT蓄積がBraak and Braakによって定義された定型的順序、すなわち海馬への蓄積が連合皮質への蓄積に常に先行する経路に従って進行する。この場合、hippocampal sparing AD は Braak stage VおよびVI においてのみ生じ、単に連合皮質のNFT数が優位となる症例を反映している (我々はこれを"cortical predominance" hypothesis と呼ぶ; 図2b)。(ii) 連合皮質へのNFT蓄積が海馬への蓄積に先行し、これはBraak stage IIの前のどの段階でも起こりうるが、最終的にはBraak stage V/VIへと収束する (我々はこれを"cortical precedence" hypothesis と呼ぶ; 図2c)。(iii) NFT蓄積が完全に海馬をスペアして連合皮質に生じ、疾患進行段階を経て死に至るまで海馬がスペアされる (我々はこれを"distinct cortical" hypothesis と呼ぶ; 図2d)。この中で、"distinct cortical" hypothesisのみが、hippocampal sparing ADの厳密な定義に当てはまる。対照的に、"cortical predominance" および "cortical precedence" hypotheses はNFTが海馬に存在することを暗示している。我々の研究の目標を達成するために、我々はシステマティックレビューを行い、さらに新規の考察を行うためにオリジナルデータも提示する。

Fig. 2

図2. tau病理の異なる開始および終止地点に基づいたhippocampal ADの3つのサブタイプ: (A) tau病理の開始および終止視点に基づき、我々は3つの可能性のあるシナリオを考案した。(B) NFT蓄積がBraak and Braakによって定義された定型的順序、すなわち海馬への蓄積が連合皮質への蓄積に常に先行する経路に従って進行する。この場合、hippocampal sparing AD は Braak stage VおよびVI においてのみ生じ、単に連合皮質のNFT数が優位となる症例を反映している。黄色は軽度、オレンジ色は中等度、赤色は重度のtau病理を反映している。パネルbの色は、hippocampal sparing subtypeでtau病理が皮質において海馬よりも高度の病理をとるという仮説的例示を行っている。しかし、他の病理パターンもありうる。たとえば、典型的ADは皮質と海馬の均等な程度の病理によって定義されており、病理の程度は軽度、中等度、重度のいずれかになるはずである。(C) 連合皮質のNFT蓄積がstage II以前に起き海馬に先行するが、どのようなサブタイプも最終的にBraak stage V/Viに収束する。(D) 連合皮質のNFT蓄積が、疾患経過全体にかけて海馬を完全にスペアする。この中で、"cortical predominance"および"cortical precedence"は海馬におけるtau NFTの存在を暗示することから、"distinct cortical" hypothesisのみが厳密な hippocampal sparing subtype の存在を支持するものである。パネルB, C, Dは hippocampal sparing ADサブタイプの例を示しているだけであり、色使いは単なる例示である。

 

2. 方法
ステマティックレビューなので割愛。

 

3. 結果
3-1. システマティックレビュー
我々の検索の結果、1,804件のレコードが特定された。重複を削除し、タイトル、アブストラクト、全文でスクリーニングした結果、48件が選択された (図3、青枠)。そのうち30件は、Additional file 1: Table S4に記載されている理由により除外した。その結果、質的統合とオリジナル分析の対象となる研究は合計18件となった (図3、オレンジ色の楕円)。表2 (略) にこれらの研究の主な特徴を示す。選択された研究はすべて、CASPチェックリストに従って適切な方法論的クオリティを有していた。

Fig. 3

図3. 研究選択のフローチャート: 2019年7月 (右図、n=11,343件ヒット) の検索を2022年10月 (左図、n=1461件) に行った新たな検索で更新することで、12,804件のレコードを特定した。重複を除去し、タイトル、アブストラクト、全文でスクリーニングした結果、48件のレコードが選択された (青枠)。そのうち、Additional file 1: Table S4に記載されている理由により、さらに30件の記録を除外した。その結果、質的統合とオリジナル分析の対象となる研究は合計18件となった (オレンジ色の楕円)。*2022年10月の検索では、2019年7月と同じ医学主題見出し (MeSH) およびフリーテキスト用語を使用したが、実際の検索戦略中に重複は自動的に削除された。

以下に、われわれの主要な疑問、すなわち「AD症例で、海馬 (またはentorhinal cortex) を完全にスペアしながら連合皮質にNFTを認めることがあるのか?」という疑問に関するデータを提供した研究の説明文を掲載する。
Murrayらの研究では、症例の11% (97/889) が hippocampal sparing AD subtype に属していた。すべての hippocampal sparing AD はBraak stage > IVであり、海馬への影響を示唆していた。したがって、連合皮質にNFTを認めたAD症例のうち、海馬のNFTを完全に免れた症例はなかった。最近の研究では、Braak stage > IVの1,361例のAD症例からなる、より大規模で最新のコホートにこれらの症例が含まれている。報告された hippocampal sparing AD 症例の頻度は13% (175/1361) であった。これら2つのコホートの間には部分的な重複があるため、表3の分析では、Murrayらの精力的かつ重要な研究を考慮することとした。

表3. 先行研究および我々のオリジナルデータにおける hippocampal-sparing AD の頻度:
a: Braak stagingはタウPETデータに基づいている。

b: Murrayのサブタイプ分類アルゴリズムは、Murrayらの文献で説明されている。簡単に説明すると、海馬と皮質のNFT数の比を標本分布の25%と75%で分割した。第一段階として、比率が25%未満の人はhippocampal sparing AD、75%以上の人はlimbic predominant AD、それ以外はtypical ADとした。第二段階として、海馬と大脳皮質のNFT数の中央値に基づいて個人を再分類した。Murrayのサブタイプ分類アルゴリズムで考慮された脳領域は、海馬 (CA1とsubiculum)、上側頭皮質、中前頭皮質、下頭頂皮質である。
c: Schwarzらは、tauの病期分類に3つの分類法を用いた。最初の分類法はSchwarzらによる初期の分類法と同じで、Braak分類法をできるだけ模倣したものである。第二の方法は、第一の方法を簡略化したもので、ROIをより少数かつ大きくするために、内側、外側、上側頭葉と一次視覚野に設定したものである。第3のスキームは最初の2つのスキームよりもさらに単純化され、側頭葉、前頭葉頭頂葉後頭葉のROIを用いた。パーセンテージはアルゴリズム順に報告されている (第1、第2、第3アルゴリズム)。
d: Charilらのサブタイピングアルゴリズムは、Murrayらのアルゴリズムと同じであるが、アルゴリズムで考慮する脳領域に関して若干の違いがあり、海馬のCA1とsubiculumを、海馬の最前方位置またはentorhinal cortexに置き換えている。上側頭皮質、中前頭皮質、下頭頂皮質については、Murrayらと同じ。
e: Byunらに記載されたオリジナルのアルゴリズムに基づき、ADNIのアミロイド陰性健常対照の規範群に基づく重回帰を用いて、局所タウPET取り込み測定値を年齢で調整した。正常群を用いて、海馬/entorhinal cortex、前頭、側頭、頭頂領域のZスコアを算出し、Zスコア>1.0の場合に異常と分類した。Byunのアルゴリズムで考慮された脳領域は、Murrayらと同じであるが、海馬のCA1領域とsubiculumを海馬またはentorhinal cortexに置き換えるというわずかな違いがある。上側頭皮質、中前頭皮質、下頭頂皮質は、Murrayら[7]と同じである。
f: Risacherらのサブタイピングアルゴリズムは、Murrayらと同じである。ただし、アルゴリズムで考慮する脳領域に関して若干の違いがあり、海馬のCA1領域とsubiculumを海馬またはentorhinal cortexに代え、皮質領域を拡張して中前頭皮質、下前頭皮質、上側頭皮質、下頭頂皮質、上頭頂皮質、縁上回皮質とした。
g: 海馬の代わりにentorhinal cortexに基づく。カットポイントやサブタイプ分類方法とは無関係に、すべてのタウPETデータをプールして、海馬を完全にスペアしながら連合皮質にNFTを認めた症例のおおよその割合を推定した。そのため、表の「NFT数またはタウPET取り込みが海馬を完全にスペアした人の割合」セクションのタウPET研究の各セルは、独立した研究として扱われた。海馬を完全にスペアした症例の合計 (n = 372) を計算し、研究に含まれる症例の総数 (N = 5583) で割った。その結果、割合は8%となった。

Whitwellらは、神経病理学的にADと診断された177例の独立したサンプルにMurrayのアルゴリズムを適用した。Hippocampal-sparing AD の割合は11% (19/177) であった。Murrayらと同様に、hippocampal-sparing AD はすべてBraak stage > IVであり、海馬への影響を示唆していた。すなわち、海馬のNFTが完全にスペアされた症例はなかった。驚くべきことに、神経病理学的に海馬をスペアしていると定義されたAD症例は、MRIデータ (群レベル) によって評価された萎縮の観点で、海馬が完全にスペアされていた。このことは、海馬のNFT数の割合が連合皮質よりも低いAD症例は、健常対照と比較した場合、MRI上では海馬容積の減少 (または entorhinal cortex の菲薄化) を示さないことを示している。最近の別の研究は、同じコホートを用いたが、Braak stage > IV-VI (N=36) のnon-amnestic AD症例にのみ焦点を当てた。この中では、hippocampal-sparing AD症例の頻度は31% (11/36) であり、atypical ADにおいてこのサブタイプの頻度が高いことを示している。これら2つのコホートは重複しているため、表3の分析ではWhitwellらのより大規模な研究を考慮している。
PetersenらもMurrayのサブタイピングアルゴリズムを適応し、神経病理学的診断のついた74症例のADについて検討した。全症例がBraak stage > IVであった。サブタイプ分類のための群平均は、閾値に影響を与えうるような共存病理が存在しない純粋な74人のAD症例から導かれた。臨床的には、typical ADから様々なatypical/non-amnestic syndromesまでを含んでいた。Hippocampal sparing ADの割合は7% (5/74) であった。連合皮質にNFTを有した症例で、海馬のNFTを完全にスペアしていた症例はいなかった。
UretskyらはMurraのサブタイピングアルゴリズムと類似した方法を用いて、神経病理学的に診断のついた292例のADに対して検討を行った。全症例がBraak stage > IVであったが、臨床診断はAD dementia、prodromal AD、preclinical AD、mixed AD dementia、non-AD dementiaなどさまざまであった。Hippocampal sparing ADの割合は8% (22/292) であった。連合皮質にNFTを有した症例で、海馬のNFTを完全にスペアしていた症例はいなかった。
Smirnovらも、Murraのサブタイピングアルゴリズムと類似した方法を用いて、神経病理学的に診断のついた121例のADに対して検討を行った。全症例がBraak stage > IVであったが、臨床診断はAD dementia、prodromal AD、non-AD dementiaなどさまざまであった。Hippocampal sparing AD の割合は19% (23/121) であった。連合皮質にNFTを有した症例で、海馬のNFTを完全にスペアしていた症例はいなかった。
Corderらの検討では、連合皮質にNFTを有していた全症例がCA1およびsubiculumにNFT蓄積を有していた。したがって、報告されたデータと同様に、連合皮質にNFTを有した症例で、海馬のNFTを完全にスペアしていた症例はいなかったということになる。この解析は249例に基づいたものであった。159例が神経病理学的にADと診断されており、Braak stageは IからVI まで様々であった。
これらの8つの神経病理学的研究は、"cortical predominance" および "cortical precedence" hypotheses (図2b, c) を支持するものであった。しかしながら、Corderらを除き、これらの研究は "distinct cortical" hypothesis を実際に検証しているものではない。なぜならば、ほかの研究はすべて Braak stage IV or > IV の症例のみを対象としていたからである。
Schwarzらは、tau PET tracerであるflortaucipirを用いて、in vivoでNFTを評価した。彼らの研究では、アミロイド陽性のprodromal ADまたはAD dementia患者の5% (4/75) が、海馬を完全にスペアして連合皮質にflortaucipirの取り込みを認めた (海馬のflortaucipir取り込みは正常)。しかし、彼らがテストした皮質領域の中で、これらの4人の参加者はentorhinal cortexで異常なflortaucipirの取り込みを示していた。
後の発表で、SchwarzらはADNIコホートtau PET tracerであるflortaucipirを使用し、46人の認知機能正常者 (19人がアミロイド陽性)、42人の軽度認知障害 (MCI) 者 (24人がアミロイド陽性)、10人のAD-dementia患者 (9人がアミロイド陽性) を対象とした研究を行った。著者らはtauの病期分類について3つの分類法を検証した。Braak stage分類をできるだけ忠実に模倣した最初の分類法では、14% (14/98人) の参加者が海馬を完全にスペアしていた一方、連合皮質でflortaucipirの異常取り込みを示した。このうち3人にentorhinal cortexでのflortaucipir異常取り込みがみられた。2番目のスキームは、最初のスキームを簡略化したもので、ROIを大きくして数を少なくした。参加者の7% (7/98) が、内側側頭葉を完全にスペアしながら、連合皮質にflortaucipirの異常取り込みを示した。3番目の方法は、最初の2つの方法よりもさらに単純で、lobar ROIを使用したもので、側頭葉を完全に温存しながら側頭葉以外にflotaucipirの異常取り込みがあったのは、参加者のわずか1% (1/98) であった。しかし、アミロイドの状態別に層別化したデータが報告されていないため、これらの症例の一部がアミロイド陰性である可能性は否定できない。
Whitwellらは、アミロイド陽性のAD dementia患者62人を対象に、entorhinal cortexと17の新皮質領域を含むROIにおけるfortaucipir取り込みのクラスタリング解析を行った。著者らの報告によると、参加者の34% (21/62人) は、Hippocampal-sparing ADの定義と一致して、entorhinal cortexおよび新皮質のflortaucipir取り込みが低値および高値に分類された。
Charilらは、Murrayのサブタイピングアルゴリズムを、flortaucipir tracerを用いたtau PETデータに適応した。すべての被験者はアミロイドβ陽性であった。23人がprodromal AD、22人がAD dementiaであった。著者らは、13% (6/45) が hippocampal sparing AD と分類されたと報告した。しかし、Murrayらの報告と同様に、すべてのhippocampal paring AD症例がtau PETでBraak stages > IVに分類され、海馬への影響が示唆された。よって、海馬が完全にスペアされた症例は存在しなかった。
YoungらはMurrayらのサブタイピングアルゴリズムと類似した方法を用いて、flortaucipir tracerを用いたtau PETデータについて検討した。すべての被験者はアミロイドβ陽性であり、認知機能は保たれていた。著者らは9% (36/392) の被験者が、凡そhippocampal sparing ADとして合致するような、釣り合いのとれない皮質tau蓄積パターンを持っていたと報告した。
Toledoらは、tau PET tracerであるflortaucipirを用いたデータドリブン手法を用いた。参加者はすべてアミロイドβ陽性で、AD dementia、prodromal AD、認知機能が低下していない症例を含んでいた。彼らのデータドリブン手法では、tau PETの取り込みの増加の勾配内にクラスターを同定した (cluster 1: n = 181; cluster 2: n = 75; cluster 3: n = 16; cluster 4: n = 10)。最も大きなクラスターであるcluster 1は感度分析でサブクラスター化され、hippocampal sparing ADと一致するサブタイプの存在を示した。しかし、このサブタイプの頻度は報告されていない。
Palleisらは、異なるtau PET tracerである18F-PI-2620を使用した。著者らは45名のCBS患者を対象とし、そのうち10名はバイオマーカーに基づいたAD病理を有していた。著者らによって報告されたデータを視覚的に検証すると、参加者の60% (6/10) が皮質領域でtau PET陽性であり、内側側頭葉でtau PET陰性であった。
Rullmannらもtau PET tracer 18F-PI-2620を使用した。著者らはアミロイドβ陽性のAD demenia患者38人を評価した。著者らは、参加者の18% (7/38) がhippocampal-sparing ADサブタイプに分類されたと報告している。著者らは、Schwarzらと同じ方法を用いたので、これらの参加者は、海馬を完全にスペアしながら、連合皮質で18F-PI-2620の取り込みを示した (海馬での18F-PI-2620の取り込みは正常)。しかし、著者らは18F-PI-2620取り込みがentorhinal cortexもスペアしていたかどうかについては報告していない。
Krishnadasらは、3つ目の異なるtau PET tracerである18F-MK-6240を使用した。参加者全員がアミロイドβ陽性で、67人がprodromal AD、84人がAD dementiaであった。著者らは、参加者の18% (27/151人) がhippocampal sparing ADに分類されたと報告している。
以上から、tau PET研究から得られた結果は、"distinct cortical" hypothesis (図2d) を支持する予備データとなりうる。この "distinct cortical" hypothesisをさらに検証するために、我々はWhitwellら、Charilら、Youngらの利用可能なデータを再解析し、ADNIコホートの中で海馬またはentorhinal cortexのtau PET取り込みが正常なhippocampal sparing ADを同定した。

3-2. オリジナルデータ
表3は、Whitwellら、Charilら、Youngらの報告データを我々が再解析したものである。
Whitwellらのデータでは、hippocampal sparing AD患者21名のうち2名が、'accuracy-based cut point' に基づくentorhinla cortexを完全にスペアしたパターンを有していた (コホート全体の3%、2/62名)。また、'+1SD cut point' と '10% cut point' では、hippocampal sparing ADの21人全員が、entorhinal cortexを完全にスペアしたflortaucipirの取り込みパターンを有していた (コホート全体の34%、21/62人)。'Schöll cut point' と 'Maass cut point' の割合は、それぞれ5%と2%であった (表3)。
Charilらのデータでは、hippocampal sparing AD患者6人のうち4人が、'accuracy-based cut point' に基づく海馬を完全にスペアしたfortaucipir取り込みパターンを有していた (コホート全体の9%、4/45)。また、'+1SD cut point' と '10% cut point' では、hippocampal sparing AD被験者全員が、海馬を完全にスペアしたflortaucipir取り込みパターンを有していた (コホート全体の13%、6/45人)。'Schöll cut point' と 'Maass cut point' の割合は、それぞれ11%と2%であった (表3)。
Youngらの12名では、hippocampal sparing ADの36名のうち23名が、'accuracy-based cut point'によって、内側側頭葉を完全に温存したfortaucipir取り込みパターンを有していた (全コホートの6%、23/392名)。また、'+1SD cut point' と '10% cut point' では、hippocampal sparing AD被験者全員が、内側側頭葉を完全にスペアしたflortaucipir取り込みパターンを有していた (コホート全体の9%、36/392人)。'Schöll cut point' と 'Maass cut point' の割合は、それぞれ7%と1%であった (表3)。
最後に、ADNIコホートを用いて新しいデータを作成した。Mohantyらの最近の研究では、ADNIコホートtau PETデータ (flortaucipir) に3つのサブタイピングアルゴリズムを適用した。Byunらに基づくアルゴリズムは、アミロイド陽性のprodromal ADまたはAD dementia参加者の21% (18/84) がhippocampal sparing ADサブタイプに属することを明らかにした。もともと'+1SD cut point' に基づいたこのアルゴリズムによると、18人のhippocampal sparing AD全員が、海馬を完全にスペアしたfortaucipir取り込みパターンを有していた。代替カットポイントのパーセンテージを表3に示すが、0%から21%の範囲である。CharilらとRisacherらのアルゴリズムをADNIコホートで再現したところ、アミロイド陽性のprodromal ADまたはAD dementia患者のうち、それぞれ10% (8/84) と11% (9/84) がhippocampal ADサブタイプに属することがわかった。しかし、CharilらとRisacherらのアルゴリズムは、hippocampal sparing AD参加者が海馬のflortaucipir取り込み値に異常がある可能性を完全に否定するものではない。その理由は、これら2つのアルゴリズムでは、海馬のflortaucipir取り込みに比べて連合野のflortaucipir取り込みが最も高い25%の症例をhippocampal sparing ADと定義しているからである。そこで、CharilらとRisacherらのアルゴリズムを用い、表1に記載されたカットポイントを用いて、flortaucipir取り込みの異常レベルを決定した。その結果、'accuracy-based cut point' を適用した場合、海馬を完全にスペアしてflortaucipirを取り込むパターンを持つ参加者はいなかった (0%、0/84)。CharilらとRisacherらのアルゴリズムでは、'+1SD cut point' と '+10% cut point'を適用した場合、被験者の6% (5/84) と7% (6/84) が、それぞれ海馬を完全にスペアするflortaucipir取り込みパターンを有していた。'Schöll cut point' と 'Maass cut point' の割合は0%であった (表3)。この段落の結果はすべて、連合野と海馬に基づくサブタイピングによるものである。対照として、連合野と嗅内皮質に基づいてサブタイピングを行ったところ、非常に類似した結果が観察された。
まとめると、サブタイピングアルゴリズムコホートとは無関係に、tau PETによって、複数のcut pointが一貫して海馬 (またはentorhinal cortex) が完全にスペアされつつ連合皮質にNFTを有する患者を同定した。しかしながら、よりcut pointが保守的となるほど ('accuracy-based cut point', 'Schöll cut point', 'Maass cut point')、hippocampal sparing ADの頻度は低下し、一部の解析では同定することができないこともあった。

 

4. 考察
今回の研究で我々は、連合皮質にNFTを持つが海馬 (またはentorhinal cortex) が完全にスペアされたAD症例を、神経病理およびin-vivo tau PETを用いて同定できるのか、という疑問について扱った。我々の発見から、これらの症例は生前に同定可能であることが示唆されたが、これはhippocampal sparing ADの定義の仕方に依存し、かつtau病理を評価するためのデータモダリティおよびカットポイントに依存した。この発見は、将来的な研究において、ADの生物学的サブタイプの操作的な分類方法に関するコンセンサスを得ることの重要性を反映している。
いくつかのin-vivo研究は、tauが海馬を完全にスペアしつつ連合皮質に蓄積することの支持的エビデンスを提供している。しかし、これらの症例はADにおいて極めて珍しく、tau PET imagingにおいてのみ検出可能なものであった。今回の研究でレビューした8つの神経病理学的研究では、我々は海馬を完全にスペアしつつ連合皮質にNFTを有する個々の症例を同定することはできなかった。しかし、これらの研究のうち6つはBraak stage > IVを対象としており、もう1つはBraak stage > IIIを対象としていたことから、Braak IIIから病変が現れ始めると考えられている辺縁系領域である海馬の関与がすでに暗示されていた。特記すべきこととして、hippocampal sparing ADを操作的に定義した最初の神経病理学的アルゴリズムを作成する際には、NFT数をthioflavin-S蛍光染色で確かめる必要があった。リン酸化tauのマーカー (e.g. AT8) は、tangleの成熟の初期の側面を認識することができ、神経細胞死に完全に対応しないtau病理を明らかにするものである。研究デザインとは解離して、神経病理学的研究では、海馬を完全にスペアしつつ連合皮質にNFT蓄積を有するAD症例を同定する能力が低かった可能性がある。この1つの理由として、神経病理学的研究は疾患の進行段階にある患者を組み入れる傾向があるからである。Braak and Del Trediciは、2366例の非選択的剖検例のコホートの中で、80歳以上の患者のほぼ全例が海馬にNFTを有していたと記述した。海馬におけるNFTの頻度は、30から79歳の間では30から85%とされた。したがって、海馬をスペアした症例を検出できる確率自体が極めて低く、もしあったとしても、それは60歳以下の患者を対象としたときなどであろう。実のところ、Murrayらによるhippocampal sparing ADの症例の多くは、発症年齢が60歳以下であった。
一方で、PETイメージングではin vivotau蓄積を若年および疾患早期段階において検出できることから、hippocampal sparing AD症例を同定できる可能性が高まる。これは、我々の今回の研究からも示唆されたことである。我々のtau PET解析は、すべてのデータをプールすると、372/5583症例 (8%) が海馬を完全にスペアしつつ連合皮質にtau PETの取り込み上昇を認めたことを示した。重要な疑問は、我々の症例が "cortical precedence" hypothesis、すなわちNFT蓄積が連合皮質に始まり、疾患の進行とともに海馬に蓄積し始めるという経過にフィットするのか、それとも "distinct cortical" hypothesis、すなわちNFT蓄積が連合皮質に始まり、海馬には疾患経過全体を通して蓄積がみられないという経過にフィットするのか、ということである。残念ながら、現在のところこの疑問に答えることができるデータは存在しない。なぜならば、これを明らかにするためには、tau negative -> tau positive -> death までの経過をtau PETで追う必要があるからである。神経病理学的研究に関しては、Braak 0からVI までを含んだ患者データセットに対するサブタイピング研究が必要である。
Hippocampal sparing ADを検出するにおいて、tau PET研究における主要な懸念点は、技術的課題が除外された上でも、用いられたcut pointに依存するということである。実際、この問題はtau PET研究に限ったことではなく、医学および科学においてあらゆる手法、モダリティ、集団で異常を検出しようとしたときに出くわす一般的な問題である。これを回避するために、我々は5つの異なるcut pointを用いた。我々は、近年用いられつつある 'accuracy-based cut point' を用いた (flortaucipirに対しては1.33)。しかし、より緩いまたは保守的なcut pointも存在している。さらに、1.33というcut pointはmeta-ROI領域に対するものであり、海馬やentorhinal cortexに対するflortaucipir取り込みのcut pointは未だ合意の得られたものがない。したがって我々は、'+1SD cut point' および '10% cut point' や ''Schöll cut point' および 'Maass cut point' を用いた検討も行った。
Tau PETで明らかになったように、海馬やentorhinal cortexを完全にスペアしながら連合皮質にNFTを認める被験者は、サブタイピングアルゴリズムコホートとは無関係に、いくつかのカットポイントで同定されることがわかった。実際、海馬をスペアした被験者の何人かは、どのカットポイントからも離れて海馬/entorhinal cortexで正常なfortaucipir取り込み値を示し、tau PETがこのような症例を同定できることを強調していた。しかし、より保守的なカットポイントでは、少なくとも我々の解析に用いたADNIデータでは、これらの症例は検出されなかった。したがって、本研究は、in vivoでBraak病期分類を行うことや、またADサブタイプを同定することなどの科学的な疑問に対して、特定の脳領域に対するcut pointを開発し、それに合意することの重要性を示している。さらに、cut pointは、ADNIのような厳格な選択基準を持つ研究コホートだけでなく、さまざまな大規模非選択コホートでもテストされ、検証されるべきである。
海馬/entorhinal cortexを完全にスペアしたhippocampal sparing caseの存在は、DLBのような疾患におけるNFTの異なる波及経路を示唆する最近のデータによっても支持される。DLBにおけるflortaucipir取り込みは、後方皮質領域を主に含んでおり、海馬/entorhinal領域をスペアしていた。non-AD tauopathyにおけるflortaucipir取り込みの意味を十分に理解するためにはさらなる研究が必要だが、DLBにおけるこの非典型的なflortaucipir取り込みパターンは、DLBにおける特徴的な頭頂および後頭皮質を含むFDG PET低代謝パターン、白質高信号域の位置、脳血流低下領域と完全にマッチしている。興味深いことに、ヨーロッパの15個の施設から抽出した333人のDLB被験者に対して我々のADサブタイピングアルゴリズムを適応したところ、hippocampal sparingはDLBにおけるもっとも多い萎縮パターンであったことが示された。ほかのデータも考慮すると、レビー小体病理の共存はADのhippocampal sparing subtypeと関連している可能性が示唆される。しかし、他のコホートでは、レビー小体病理がlimbic predominant および typical ADにおいて高頻度であったことが報告されている。このため、レビー小体病理とADサブタイプの関係性は、今後のさらなる検証を必要とする。我々は最近、hippocampal sparing ADではコリン作動性前脳基底部の容積低下はより緩徐に進行し、コリン作動性治療に対する反応がよいことを報告した。海馬の萎縮が少ないADおよびDLB患者は、コリンエステラーゼ阻害剤に対する反応性が高い。Hippocampal sparing ADにおけるマイネル基底核のNFT数が低いという神経病理学的観察を支持するように、コリン作動性入力に反応する海馬が保たれていることが、DLBとhippocampal sparing ADにおけるコリン作動性治療に対する良好な反応の説明となる可能性が示唆された。Hippocampal sparing ADに共通する脳萎縮のパターンか、レビー小体病理の増加か、あるいはその両方がこの所見の理由であるかは、明らかにする必要がある。連合野のflortaucipir取り込み値に異常があるが、海馬/entorhinal cortexは完全にスペアされている参加者の一部は、レビー小体病態を併存するAD患者というよりも、ADと診断されたレビー小体病患者である可能性がある。この可能性を支持する所見として、レビー小体病を合併したAD症例は海馬にNFTがある可能性が高いことが挙げられる。
MRI研究では一貫してhippocampal sparing ADが同定されている。しかし、MRI研究では脳の局所的萎縮のばらつきが評価されている。MRIは神経病理学的に定義されたADのサブタイプを確実に追跡することができるが、NFT以外の神経病理も脳の局所萎縮のばらつきに寄与している。したがって、神経病理学的確証のないMRI研究でhippocampal sparing ADと分類された被験者の一部は、連合皮質にNFTを認めず、むしろ他の神経病理を有している可能性がある。同様に、MRI検査で典型的なADと分類された参加者の一部は、海馬硬化症、TDP-43、脳血管障害などの病態に起因する海馬萎縮を伴い、連合皮質のみにNFTを有する可能性がある。この考えは、Mohantyらによる最近の論文でも支持されている。さらに、NFTの蓄積とその後の脳萎縮との間の時間的ずれは、MRI研究におけるhippocampal sparing ADの交絡因子である可能性がある。言い換えれば、神経病理学的確証のないMRI研究でhippocampal sparing ADと分類された参加者の一部は、典型的なNFT蓄積パターンを有する可能性がある。たとえば、Ossenkoppeleらは最近、MRIで定義されたhippocampal sparing ADサブタイプでは、連合皮質における顕著なflortaucipir取り込みに加えて、entorhinal cortexにおけるflortaucipir取り込みが上昇していることを示した。また、MRIで定義されたhippocampal sparing ADサブタイプの参加者は、flortaucipirのデータを用いると、typical AD、あるいはlimbic predominant ADに分類できることも示した。神経病理学的経路に関する議論と同様に、MRIデータに縦断的クラスタリングを適用した現在までの唯一の研究では、hippocampal sparingサブタイプは最終的にtypical ADの萎縮パターンを示し、海馬/entorhinal cortexを含むことが示された。これは "cortical precedence" hypothesisを支持するものであるが、個人レベルでの分析により、"distinct cortical" hypothesis に当てはまる症例があるかどうかを確認することができる。
今後の展望としては、第二世代のtau PET tracerを用いた研究の蓄積、tau PETの異常を判定するためのセンチロイドアプローチの導入、マイネル基底核や青斑核などの皮質下核を含めた現在のサブタイプ分類の根拠の拡張などが挙げられる。ほとんどのtau PETサブタイプ研究ではflortaucipirが用いられているが、18F-PI-2620を用いた最近の研究が2件、18F-MK-6240を用いた研究が1件ある。flortaucipirは後期Braak病期を構成する領域のタウ病態を描出するのに優れているが、初期タウ病期に対する性能はより限定的である。18F-PI-2620や18F-MK-6240のような第2世代のtau PET tracerは、早期tau病理に対してより感度が高いようであり、hippocampal sparing ADの同定に役立つ可能性がある。この考えは今回の解析でも支持されているが、この所見を確認するためには、より多くの第二世代tau PET tracer研究が必要である。複数のtau PET tracerを含むhead-to-headの研究は少ないが、最近の研究では、flortaucipirと第二世代のtau PET tracer (RO-948、MK6240) の集積領域に違いがあることが示されている。今後の展望としては、hippocampal sparing症例や一般的なatypical AD症例における異なるtau PET tracerの性能を理解することである。さらに、カットポイントはやや恣意的である。そのため、5つの補完的なカットポイントを検討した。Amyloid PETと同様に、tau PETの分野でも、単一の標準化された尺度が使用できるように、センチロイドアプローチが現在推進されている。今後の研究では、センチロイドアプローチのサブタイプ分類における潜在的な利点を検証する必要がある。最後に、大脳辺縁系/皮質系脳領域におけるNFTに先行して、青斑核とマイネル基底核がNFTの最も早い蓄積部位である可能性を示唆するデータがある。ADの生物学的サブタイプ分類の分野では、マイネル基底核と青斑核はまだサブタイプ分類アルゴリズムに組み込まれていないため、今回の研究では大脳辺縁系/皮質系のNFTに焦点を当てた。
本研究の限界は、Murrayのアルゴリズムによって決定されたhippocampal sparing ADの割合が、そのアルゴリズムにおけるhippocampal sparing ADの定義 (25パーセンタイル) に部分的に影響されていることである。それにもかかわらず、我々の研究によると、Murrayのアルゴリズムで得られたパーセンテージは、他の調査アルゴリズムで得られたパーセンテージの範囲内にあるようである。Hippocampal sparing ADの割合も、tau PETのカットポイントが保守的な場合と緩やかな場合で異なっていた。今後の研究ではtau PETの視覚的評価を用いて、現在のアプローチを補完することも可能であろう。
本研究は、tau PETが、海馬を完全に温存したNFTを有するhippocampal sparing症例を同定できることを示している。神経病理学的にもこのような症例を同定できる可能性は否定できないが、システマティックレビューで同定された8件の神経病理学的研究のうち7件は、定義上海馬にNFTを認めるBraak stage IV以上の症例のみを解析している。今後のサブタイプ分類研究には、Braak stage 0からVI までの症例を含めるべきである。さらに、hippocampal sparing ADにおけるNFTの広がりに関する3つの仮説を紹介した。今後の研究では、アミロイド陽性のAD連続症例における縦断的タウPETデータを用いて、hippocampal sparing ADにおけるNFT蓄積の時間的軌跡をin vivoで調査する必要がある。これによって、hippocampal sparing ADの病因が、海馬が完全にスペアされたまま連合皮質でNFTが始まるのか ("distinct cortical" hypothesis)、あるいはBraakの進行段階で連合皮質と海馬の両方でNFTが観察されるのか("cortical predominance" または "cortical precedence" hypotheses)を解明することができる。VogelらとFranzmeierらによる横断的tau PETデータに基づく最近の研究では、まれではあるが、entorhinal cortexに代わるtau拡散の根源を示す被験者がいることが示された。たとえば、Vogelらのhippocampal sparing ADに類似したサブタイプの一つでは、tauは頭頂部から側頭葉、前頭葉へと急速に進行し、疾患進行全体にわたって内側側頭葉は温存されているようであった。このサブタイプは"distinct cortical" hypothesis に合致するため、NFTが海馬を完全にスペアするhippocampal sparing 症例である可能性がある。
蓄積されたデータを総合すると、大脳辺縁系/大脳皮質のtauの広がりには、おそらく2つの独立した経路があり、バイオマーカーで測定された病態の閾値レベル以下から始まり、海馬/entorhinal cortexまたは連合皮質のいずれかに病態の程度が最小化されることが示唆される。最も一般的な経路は、Braak病期分類に包含されるようなNFTの広がりである。あまり一般的でない代替経路は、海馬や嗅内皮質の関与を伴わずに連合皮質でタウの拡散が始まり、徐々に蓄積していく ("distinct cortical" hypothesis)、あるいは疾患の進行に伴って海馬や嗅内皮質の関与を伴う ("cortical precedence" または "cortical predominance" hypotheses) であろう (図2b-d)。Tau病理はマイネル基底核でも始まる可能性が示唆されており、また、いくつかの部位で並行して独立して始まる可能性さえある。
読者が、海馬をスペアした症例がそのサブタイプに属するかどうかの確実性と、カットポイントがその分類にどのように影響するかを評価できるように、今後の研究では、個々の症例におけるNFT数またtau PET取り込みレベルを報告することを推奨する。また、今後の神経病理学的研究では、Braak stage 0またはI (海馬にNFTを認めない症例) の連合皮質におけるNFT数を調べることができるだろう。これらの提案はすべて、この分野を前進させ続けるのに役立つであろうし、今回の研究は、研究間で生物学的ADサブタイプの運用方法を調和させることの重要性を示している。

 

感想
PETも病理も専門ではないので、手法ごとの感度の限界がわからず、そうなんだーという感じの読み方しかできなかった。Hippocampal sparing ADという言い方は病理や画像ありきの言葉ではあって臨床の言葉ではないということが学べたのでよしとする。臨床的にはやっぱり、non-amnestic ADなのかなあ・・・?頭頂葉機能障害から発症するタイプって適切なラベルがない気がする。PCAではないし・・・。とりあえずUP。

Posterior Cortical Atrophy における遂行機能障害は言語性の記銘/想起の障害に寄与する

Executive dysfunction contributes to verbal encoding and retrieval deficits in posterior cortical atrophy
Putcha, Deepti, et al.
Cortex 106 (2018): 36-46.

 

こういうのが読みたかったんだ俺は!!!!

 

1. 背景
Posterior Cortical Atrophy (PCA) は主に頭頂葉皮質を侵す局所的神経変性症候群であり、後頭葉や側頭葉後部を含むこともある。これは一般的に非典型的または "visual variant" のADと考えられているが、PCAが非AD病理を背景とすることも低頻度ながらある。PCA患者は、これらの後方皮質領域の神経変性によって、典型的には初期から視覚/空間機能障害を呈し、さらに物体の同定や把握の障害、計算障害、書字の障害、行為の障害、Balint症候群やGerstmann症候群の構成要素など、後方皮質に帰属される多様な視覚的および非視覚的徴候を呈する。現在の診断基準は、疾患の初期段階では遂行機能、言語、エピソード記憶、行動や内観が比較的保たれていることを提唱しているが、PCAは基本的に複数ドメインに影響を及ぼす認知-行動-運動認知症候群である。我々は、PCAが進行するとともに障害される視空間ドメイン以外の認知ドメインについて、理解するためのフレームワークを開発し始めたばかりなのである。
臨床的な神経心理学的または神経学的評価において、遂行機能障害前頭葉や前頭線条体回路の障害に帰属されることが多い。しかし、認知神経科学および神経画像分野の発展とともに、遂行機能を支える大規模な分散型脳ネットワークとして、前頭皮質線条体領域のみならず外側および内側頭頂皮質領域を含むネットワークが存在するいう説得力のあるエビデンスが生まれている。具体的には、DAN (dorsal attention network) や FPN (fronto-parietal network) の主要ノードとして上頭頂小葉 (SPL) や下頭頂小葉 (IPL)、頭頂間溝 (IPS) が含まれている。SPLとIPLは、注意のトップダウン制御を介して目標に適した刺激に反応を向けることや、戦略的な記憶の想起努力に関与している。一方、IPL/IPSは「心的操作」というワーキングメモリタスクに特に深く関与しており、これはエピソード記憶の記銘に特に重要な役割を果たす認知能力である。IPLの活動は、記銘タスクがより深い記銘のために記憶の探索や想起を必要とする際に重要であり、これは多くの言語リスト学習テストに当てはまる。さらに、背側楔前部は一部の研究者によってその結合性パターンから前頭頭頂遂行制御ネットワークの主要ノードであると考えられている。こうした観察から、PCAにおいて外側および内側の頭頂皮質領域で神経変性が進んだとき、複雑性注意や遂行機能を支える大規模ネットワークの重要構成要素が影響を受け、これらの機能が障害され、さらには記憶の記銘や想起に影響が及ぶと考えられる。これに対して、記憶の貯蔵の喪失はtypical ADなどの側頭辺縁系の健忘でみられるものであり、こうした障害は見られないはずである。
視空間ドメイン以外の認知機能障害のみが起こることは、PCA患者の一部で記述されている。近年の研究では、PCAと分類された患者において記憶障害が多く認められたことが報告されている。PCA患者の症例報告においても、自伝的記憶の障害が報告されており、楔前部と海馬傍回の低血流に関連していると考えられていた。PCA患者におけるエピソード記憶の障害は外側頭頂皮質の萎縮およびtau沈着に関連しているとする報告も存在する一方で、PCA患者においては制御的語彙想起処理 (e.g. 言語流暢性タスク)  かつ/または 長さ依存性聴覚-言語ワーキングメモリ (e.g. reverse digit span タスク) に特異的な遂行機能障害も報告されている。これらの発見に関連して、その他の後方皮質損傷患者の研究では、後部頭頂葉および後部側頭葉領域がワーキングメモリの遂行機能に関連していることが示唆されている。
我々の知る限り、PCAの遂行機能障害エピソード記憶検査の成績を直接的に調査した研究は存在しない。我々は、このトピックを明らかにすることは非常に重要であると考えている。なぜならば、PCAのエピソード記憶は比較的保たれるドメインと考えられているからである。我々が行った患者を対象とした臨床的観察はこの考え方をさらに強調した。すなわち、健忘型症候群の患者とは異なり、多くのPCA患者は最近の自身の生活や最近の出来事に関する記憶を豊富かつ詳細に語ることができていた。しかし、多くのPCA患者は病院において言語性記憶タスク (e.g. リスト学習) をうまく遂行することができない。今回の研究において我々は、我々のPCAコホートを対象にして、(1) 言語性遂行機能障害はPCAにおける共通した特徴であり、外側頭頂皮質に神経解剖学的基盤を有すること、(2) これらの遂行機能障害エピソード記憶タスクにおける言語性記銘および遅延再生の成績に影響を与えるが、すでに学習した情報の再認区別能力には影響を与えない、という2つの仮説をテストした。我々はこれらの仮説を、注意/遂行機能および言語の2つのサブドメインにおける神経心理検査の成績を、皮質厚と関連付けながら調査することで検証した。また、言語性記憶を記銘、遅延再生、再認というステージに分けて遂行機能との関連性を検討した。

2. 方法
2-1. 参加者の特性
本研究には19人 (うち女性が16人; 平均年齢は63歳、年齢範囲は52~81歳、全員が白人) が組み入れられた (表1) 。これらの患者は、2006年から2016年の間に、Massachusetts General Hospital (MGH) Frontotemporal Disorders UnitとPsychology Assessment Center (PAC) の共同研究である MGH Posterior Cortical Atrophy programに紹介された。すべての患者は、診断ワークアップの一環として臨床神経心理学的評価と脳構造イメージングを受け、PCAの先行診断基準 (Renner et al. 2004, Tang-Wai et al. 2004) に基づいて脳神経内科医 (BCD) と神経心理士 (JCS) の診断コンセンサスが得られた場合のみ、本研究に組み入れられた。本研究のための後方視的レビューの過程で、すべての参加者は現在の診断基準 (Crutch et al. 2017) にも合致することが確認された。これらの評価は、われわれが統一的なPCA神経心理学的バッテリーを開発する前に、患者の臨床治療の一環として行われたため、患者はさまざまな神経心理学的検査バッテリーを受けていた。症状発現からの平均期間は4.1年で、その範囲は2~12年であった。これらの患者のほとんどは疾患の初期段階であった (19例中14例は症状持続期間が4年以下であった)。重度の精神疾患 (e.g. 大うつ病性障害、双極性障害統合失調症)、脳卒中、脳腫瘍、水頭症多発性硬化症HIV関連認知障害、急性脳症がある場合は解析から除外した。

表1. PCAサンプルの統計学的および臨床的特性.

2-2. Neuropsychological Assessment Rating (NAR) scale
我々が神経心理学的評価尺度 (NAR scale : Neuropsychological Assessment Rating scale) を開発したのは、多くの検査が複数の領域から構成されていることを認識した上で、規範データとともに臨床的判断を可能にし、神経心理学的検査における障害の重症度を、概念的に異なる認知領域内で文脈化するという目標を達成するためである。NARアプローチは、ルーチン臨床評価の一環として、様々な神経心理学的バッテリーまたは標準化されていない検査を施行された患者群を研究する際に内在する問題に対処するためにデザインされた。NAR scaleでは、プロトコルによる前向きアプローチで必要とされるような非標準的な検査実施を排除するのではなく、利用可能な検査データと神経心理学的報告から得られた適切な行動観察を用いて、すべての認知領域において臨床的に意味のある重症度評価を作成することができる。NARスコアは、神経心理学的検査の成績のみに焦点を当て、患者や家族から報告された臨床症状の重症度は把握しない。このコホートのNARスコアを作成する目的は、特定の認知領域 (注意/遂行機能、言語、記憶、視空間認知) における障害を定量化することである。本研究では、注意/遂行機能スコアと言語スコアを独立変数として用い、次項で述べる従来の神経心理学的記憶検査スコアとの関連性を検討した。
臨床的神経心理評価の検査データは、2人の神経心理士 (BWとDP) および神経内科医 (SMM) によって独立に、NAR scaleとして評価された。それぞれの認知ドメインはさらに要素サブドメインに細分化された。具体的には、注意/遂行機能ドメインはさらに、基本的/持続性注意、ワーキングメモリ、語彙-音韻制御的想起 (以降「制御的想起」)、推論/問題解決に分けられた。言語ドメインは、先行研究に従い、統語/文法、語彙-意味想起、聴覚理解、単一語理解に分けられた。言語流暢性には、遂行機能と言語機能の双方が組み合わさって関与するため、評価者は、言語流暢性の障害が主に遂行機能障害からきている (i.e. 一般的制御的探索/想起プロセスの障害が語彙-音韻想起障害として現れている) のか、それとも言語特異的な語彙-意味想起の障害を反映しているのか、について、臨床的判断を下した。この判断は、文字およびカテゴリ流暢性タスクの相対的成績のみならず、遂行機能と言語のその他の尺度にも基づいている。さらに、語彙-意味想起サブドメインは、神経心理学的報告で報告された自発会話における単語想起障害によっても判定された。記憶ドメインは、エピソード記憶、時間見当識意味記憶に分けられた。最後に、視空間ドメインは、視覚性注意、構成、相貌/物体/色彩処理、読字に分けられた。評価者は、書字障害が高次の視覚処理機能障害によっておこったものなのか、それとも注意/遂行機能、言語、記憶障害によるものなのかを臨床的に判断した。すべての患者は何らかの視覚機能障害を呈したため、視覚的に提示される多くの神経心理検査は、標準なやり方では行われなかったり、早期に中止されたりしていたため、素点と成績の説明に基づいて評価された。
NARスコアは以下の通りである:  0=臨床的に正常、0.5=疑わしい/非常に軽度の障害、1=軽度の障害、2=中程度の障害、3=重度の障害。検査データおよび観察結果が、ある領域を確信をもって評価するのに十分でないと判断され、全体的な領域の評価に含まれなかった場合は、「9」の評価が与えられた。各認知領域内で最も重症と評価されたサブドメインのスコアが、領域全体の重症度スコアとなった。領域特異的検査の特定を含み、各認知領域およびサブドメインのNAR得点ガイドラインは、Supplementary Materials に詳述されている。独立評価後、コンセンサスミーティングが開催され、各患者についてコンセンサスが得られるまで各臨床医の独立評価が議論された。これらのコンセンサスNARスコアが解析に用いられた。1標本分散分析 (ANOVA) を行い、異なる認知領域のNAR得点間 (図1)、および各認知領域内のサブ領域の得点間 (図3) の統計的有意性を決定した。

図1. PCAにおけるNAR: NAR得点は視空間機能の主な障害と、注意/遂行機能、言語、記憶の相対的保存を示している。

図3. NARスコアはPCAにおけるマルチドメイン認知機能障害を示す: (A) 注意/遂行機能、(B) 言語ドメイン、(C) 記憶ドメイン、(D) 視空間ドメインのNARスコアは、ワーキングメモリ、単語想起、エピソード記憶における相対的な認知機能障害を示しており、さらに視覚処理の腹側経路機能 (相貌/物体/色彩処理や読字) と比較して、背側経路機能である視覚性注意や構成に比較的優位な障害を示した。

2-3. 記憶テストの成績
エピソード記憶のさまざまな段階 (記銘、遅延再生、再認) に特有の認知的寄与を検討するために、従来の神経心理学的記憶検査の成績を連続変数として収集した。患者が臨床で受けた3つの異なる言語リスト学習検査 (California Verbal Learning Test, Second Edition、California Verbal Learning Test, Second Edition- Short Form、Hopkins Verbal Learning Test-Revised) の各記憶ステージの素点から、年齢、性別、学歴に基づく標準zスコアを算出した。記銘スコアは、すべての学習試行にわたって記銘された単語の総数として報告されている。遅延再生は、長い (10~20分) 遅延後に自由に想起された単語の数として報告された。再認は、正しく同定された標的語の数 (ヒット数) から誤認識の数を引いたものとして定義した。

2.4 NARスコアを用いた統計解析による記憶検査成績の予測
NAR重症度評価と言語性エピソード記憶の3段階との関連を調べるため、階層的線形回帰分析を行った。エピソード記憶におけるワーキングメモリと言語的流暢性の寄与に関する先験的仮説に基づき、NARの注意/遂行機能領域と言語領域のサブドメイン得点を独立変数とし、記銘、遅延再生、再認のzスコアを従属変数とした。すべての回帰分析では、年齢と学歴を階層的線形回帰のステップ1に入力することでコントロールし、ステップ2では関心のある独立変数を個別に入力した。記憶の有意な予測因子であることが判明した各サブドメイン内の特定のテスト (e.g. digit spanや言語流暢性タスク) の成績とエピソード記憶の段階との関連を調べるために、事後回帰分析も行った。これらの分析、および結果で述べたルーチンの群間比較分析では、p<0.05を統計的に有意とみなした。一次仮説に基づく分析では、多重比較の補正は行わなかった。

2.3 構造的神経画像解析
今回の研究では、MGHで構造的T1強調スキャンを受けた患者を選んだ。T1画像ボリュームは、FreeSurfer version 6.0を用いた皮質表面ベースの再構成と皮質厚の解析により定性的に検討された。皮質萎縮部位を可視化するために、我々のPCA群と、他の研究のために募集した年齢をマッチさせた健常対照者群 (N=56、平均年齢=63.39歳) との間で、全脳皮質厚を対比した。結果はp<10-7の有意水準閾値設定され、対照群と比較してPCAで最も萎縮が顕著な領域が示された。
NARスコアが、大規模前頭頭頂ネットワークの仮説上の後方ノード (すなわち、SPL、IPL/IPS) における萎縮と関連しているかどうかを決定するために、皮質表面モデルの各頂点における皮質厚に対する、関心のある認知成績変数 (NARサブドメイン・スコア) の効果について一般線形モデルを計算することにより、統計的表面マップを作成した。この解析は、FreeSurfer version 6.0において、PCAコホート全体におけるNARスコアを独立変数、皮質厚を従属変数として、mri-glmfitコマンドを用いて実施した。患者数が比較的少ないことと特定の先験的仮説を考慮し、この予備的分析では補正なしの統計的閾値p<0.01 (片側) を設定した。

 

3. 結果
3-1. PCAサンプルの臨床的特徴
すべてのPCA患者は、(1) 病歴、神経学的診察および神経心理学的検査に基づく、一次的な視覚および視空間機能障害と、前向性記憶、遂行機能、および言語能力の相対的な保存 (図1)、および (2) PCAの診断基準 (Crutch et al. 2017) と一致する構造画像上の後方萎縮の証拠 (図2) を示した。各認知領域およびサブドメインにおけるNARスコアの平均値と標準偏差は、Supplementary Material の表5に報告されている。本研究に含まれたPCA患者は、全体的に軽度認知障害から軽度認知症 (CDRは0.5または1) の範囲にあり、平均MMSEスコアは30点満点中23点であった。個々のCDR得点は、認知/行動領域が相対的にスペアされた機能障害の存在を強調していた (Supplementary Material の表6)。患者の罹病期間 (発症からの年数) は、MMSEスコアや他の神経心理学的指標の成績とは関連がなかった (すべてp>0.2)。

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図2. PCAにおける皮質萎縮: 年齢マッチ対照と比較して、PCA患者の全脳皮質厚解析では両側後頭葉、外側側頭葉、頭頂葉皮質の有意な萎縮と、内側側頭葉および前頭葉の相対的保存が示された。

3-2. PCAにおける言語性遂行機能障害
言語性遂行機能と言語の検査、特に聴覚-言語ワーキングメモリと語彙-意味想起の成績は多様であった。19人中17人 (89%) は注意/遂行機能ドメインにある程度の障害があると評価された (i.e., 障害がないことを意味する"0"でも評価不能を意味する"9"でもない)。19人中14人 (74%) は言語ドメインで、15人 (79%) は記憶ドメインで障害があると評価された。特記すべきこととして、これら非視空間ドメインの障害のほとんどは「ごく軽度」(0.5) または「軽度」(1) の障害であった。予想された通りではあるが、19人全員 (100%) が視空間ドメインの障害を有しており、ほとんどが「軽度」(1) または「中等度」(2) の障害を呈していた。
注意/遂行機能ドメイン内では、ワーキングメモリの成績 (NAR=1.02) は、基本的/持続性注意 (0.4)、制御的想起 (0.4)、推論/問題解決 (0.07; 図3) より強く障害されていた (p=0.003)。言語ドメイン内では、語彙-意味想起 (1.2) は統語/文法 (0.06)、聴覚理解 (0.1)、単一単語理解 (0.02; 図3) より強く障害されていた (p=0.001)。予備解析によって、これらの注意/遂行機能および言語サブドメインの中で、聴覚-言語ワーキングメモリと語彙-意味想起が特にIPL/IPSの萎縮と関連していることが示された (図4)。その他のサブドメインにおけるNARスコアと仮説的ROIの間の有意な関連性は観察されなかった。記憶ドメインでは、時間見当識 (0.42) や意味記憶 (0.2) と比較して言語性エピソード記憶 (0.78) の障害が目立った (図3C, p<0.001)。視空間ドメイン内では、腹側経路の機能である相貌/物体/色彩処理 (0.59) や読字 (0.38) と比較して、背側経路の機能である視覚性注意 (2.03) や構成 (1.61) がより強く障害されていた (図3D, p<0.001)。

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図4. PCAでは言語性ワーキングメモリと語彙-意味想起はIPL/IPSの萎縮と関連している: 全皮質表面の総合線形モデリング解析によって、IPL/IPSの萎縮と (A) ワーキングメモリ および (B) 語彙-意味想起 のNARスコアの関連が見出された。閾値は片側 p<0.01。

3-3. PCAにおける言語性エピソード記憶障害
言語リスト学習テストの成績は、遅延再生 (z=-1.9) と記銘 (z=-1.6) で主要な障害を認め、再認 (z=-1.2) は比較的保たれていた (p=0.04) (図5)。群としては、我々のサンプルの65%が、記銘および遅延再生における正常平均の-1.5SD以下であったが、再認が-1.5SD以下であったのは33%であった。特筆すべきこととして、記銘と遅延再生は、我々のサンプル内で極めて強い相関を示しており (r=0.89, p=0.000001)、記銘/探索プロセスが類似した戦略に依存している可能性を示唆した。再認記憶は、低い程度ではあったが、遅延再生 (r=0.61, p=0.02) および 記銘 (r=0.52, p=0.05) と相関していた。

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図5.PCAでは記銘と遅延再生が障害される: 言語性エピソード記憶の成績 (zスコア) は、記銘と遅延再生に強い障害を示したが、再認記憶は比較的スペアされていた。

3-4. 言語性遂行機能と語彙-意味想起は記銘と遅延再生の成績を予測するが再認記憶は予測しない
我々は、年齢と教育歴を調整した上で、遂行機能と言語のNARスコアは記銘と遅延再生のスコアを予測し、再認記憶は予測しないことを見出した (表2)。特に、聴覚-言語ワーキングメモリ (p=0.001)、制御的想起 (p=0.03)、語彙-意味想起 (p<0.001) はすべて記銘の成績を予測した。同様に、聴覚-言語ワーキングメモリ (p=0.001)、制御的想起 (p=0.04)、語彙-意味想起 (p=0.003) は遅延再生の成績を予測した。これらのサブドメインのNARスコアは再認記憶のスコアには関連しなかった (p>0.2)。また、注意/遂行機能 (基本的/持続性注意、推論/問題解決) や 言語 (統語/文法、聴覚理解、単一単語理解) といった他のサブドメインは言語性エピソード記憶のいかなるステージも予測しなかった (p>0.1)。これらの結果の代表的実証として、我々は記憶の記銘 (図6, 左y軸) および遅延再生 (図6, 右y軸) とDigit Span Backward (図6A) および 動物の流暢性 (図6C) の関係性を示す。また、これらの検査と再認記憶が関連しないことをも示した (図6Bおよび6D)。

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図6. Digit Span Backward と Animal fluency の成績は 記銘と遅延再生に関連するが再認には関係しない: ワーキングメモリの構成要素であるDigit Span Backwardは、(A) 記銘 (p=0.01) および 遅延再生 (p=0.07) と関連したが、(B) 再認とは関連しなかった (p=0.2)。語彙-意味想起の構成要素であるAnimal Fluencyは、(A) 記銘 (p=0.001) および 遅延再生 (p=0.002) と関連したが、(B) 再認 (p=0.4) とは関連しなかった。

 

4. 考察
PCA患者は典型的に、エピソード記憶が比較的保たれたまま、際立った皮質性視覚処理障害を示すが、視覚症状があまり目立たないPCAの優性半球変異型も報告されている。診断基準は初期症状発現時の認知プロファイルに言及しているが、PCAの認知プロファイルが疾患の進行に伴ってどのように発達するかについてはほとんど知られていない。特に言語領域における遂行機能は、PCAではほとんど検討されていない。本研究の目的は、主にPCAのvisual variant、biparietal variant、ventral occipital variant の患者が頻繁に言語性遂行機能障害を呈し、この障害が言語性の記銘および遅延再生の検査成績の低下に寄与するという、臨床的観察によって導かれた仮説をテストすることであった。我々は、これらの患者が有する視覚処理障害との混同を避けるため、言語モダリティの検査に焦点を当てた。言語性エピソード記憶機能には、言語性ワーキングメモリと目標指向性語彙想起能力が重要な役割を果たすので、ワーキングメモリと語彙想起課題における相対的な障害が、言語リスト学習課題の記銘と遅延再生の段階における成績障害に関係するという仮説を立て、それを実際に見出した。対照的に我々は、予測通り、これらの言語性遂行機能障害は再認能力とは無関係であることを見いだした。
PCAにおける臨床的障害を検討する文献の多くは、視覚および視空間機能の障害に焦点を当てているが、ワーキングメモリ、遂行機能、エピソード記憶の障害に関する記述を含む報告もいくつかある。これらの報告と一致するように、言語性遂行機能と言語テストの成績には幅があり、すべての患者ではないが、ワーキングメモリ、語彙-音韻制御想起 (e.g. 応答の開始、文字流暢性)、語彙-意味想起 (e.g. 呼称、カテゴリー流暢性、会話における喚語困難) において、特に標準集団と比較して障害を示す患者がいた。実際、PCA患者では "logopenic syndrome" が報告されており、失名辞、言語流暢性障害、発話速度の低下、長さ依存的な聴覚-言語性ワーキングメモリ障害を特徴とする。仮説通り、ワーキングメモリと語彙想起におけるこれらの遂行機能障害は、言語記銘と遅延再生の障害と強く関連していたが、再認とは関連していなかった。PCAの診断には「前向性記憶が比較的保たれていること」が必要であり、多くの患者は日常生活の豊富かつ詳細なエピソードを報告することができ、視空間機能と比較して記憶はNARスコアでも比較的保たれていることが多い。しかし、すべてではないものの多くのPCA患者は、リスト学習テストにおいて、言語性遂行機能障害に起因する言語性記憶の記銘/想起障害を有する (我々のサンプルでは65%)。予想されたように、新しく獲得した情報の保持 (再認) は、比較的保たれていた。まとめると、エピソード記憶の障害は、他の神経変性症候群における遂行機能障害患者で記録されているように、記銘と想起の失敗に特異的であるという証拠をここで提供する。
PCAにおける記銘と想起の障害のメカニズムを理解するためにはさらなる研究が必要だが、先行研究では、supra-spanの言語リスト学習タスクを遂行するためには、語彙-音韻処理と、タスク関連刺激に対する注意の維持を含む遂行制御スキル、操作と戦略構成というワーキングメモリスキル、目標志向性の想起スキルを組み合わせる必要があることが示唆されている。さらに、聴覚性ワーキングメモリーと言語リスト学習タスクは、"deep encoding" を促進したりエピソードの想起を支持するために、視覚化/心像といった戦略に頼っている可能性がある。これらの知見に基づき、今後より直接的に調査すべき記銘障害の潜在的カニズムとしては、情報の非効率的な組織化 (e.g. 連続的 vs 意味的クラスタリング) や、連続的位置順序の記銘におけるワーキングメモリーの障害などが考えられる。想起段階における潜在的なメカニズムとしては、CabezaのAttention to Memoryモデルと一致する、早期目標に対する顕著性の障害や、想起の成功を導くと考えられている視覚化/心像の障害などが考えられる。実際、単語リスト学習テストに含まれる項目の多くは、具体的な項目 (野菜、道具、衣服など) の割合が高く、そのような情報の記銘と想起には、視覚的イメージに基づく戦略が一般的に用いられる。今後、これらの患者の後方皮質変性によって障害されるエピソード記憶過程と比較して、PCAで比較的保たれる特定のエピソード記憶過程を調べることで、記憶メカニズムにおける後方皮質の因果的役割に関する知見が深まるだろう。
また、我々はPCAコホートにおける、両側後頭頂皮質、楔前部や脳梁膨大後皮質を含む内側頭頂領域、外側後頭葉および側頭皮質における解剖学的な萎縮を観察した。内側側頭葉には群レベルでの萎縮は観察されず、再認記憶の成績が比較的保たれていたことと合致する。また、大規模神経認知ネットワークにおける後方ノードの皮質萎縮と遂行機能障害の間の関連性の調査は、言語-聴覚ワーキングメモリタスクと語彙-意味想起タスクが左半球のIPL/IPSの萎縮と特に関連していたことを示した。この領域は、いくつかの大規模神経認知ネットワーク (DAN, FPN, DMN) の重要な後方ノードであり、障害を通して高い代謝性需要にさらされる「皮質ハブ」の一部であるという役割からか、典型的および非典型的ADにおける神経変性および病理蛋白蓄積部位として、極めて重要性が高いと考えられている。この領域は、先行研究においてもワーキングメモリや遂行機能障害との広い関係性が示されている。
特に、健常若年成人における先行研究は、外側頭頂皮質領域がワーキングメモリと目標志向性の制御的想起処理を支える役割を持つとして強調した。これらの処理は、どちらもエピソード記憶の成績に必要不可欠な因子である。外側頭頂皮質の萎縮は、健常高齢者および典型的AD患者における遂行機能障害とも直接的に関連づけられている。いくつかの研究では、mild ADで角回の萎縮が言語リスト学習タスクにおける最初の試行の成績低下と関連していることを示している。まとめると、これらの発見から、PCA患者では後頭頂皮質と外側側頭皮質の萎縮による遂行機能障害および語彙想起障害によって、二次的に言語性エピソード記憶の記銘および想起の側面が障害を受けやすい可能性が示唆された。これは、典型的ADなどにおける側頭辺縁系の健忘に特徴的な貯蔵の障害とは対照的である。こうした後内側 (posteromedial) および側頭 (temporal) ネットワークの記憶に対する異なる寄与は、近年注目を集めているトピックである。本研究で報告されたような認知機能障害の根底にある具体的な神経解剖学的基質を明らかにするためには、さらなる研究が必要である。
本研究の1つの限界として、患者コホートに含まれる疾患の重症度の幅が広いことを考慮することは重要である。我々は、MCIまたは軽度認知症 (CDR 0.5または1) のレベルで、指定されたコンセンサス診断基準 (Crutch et al., 2017) を満たした患者のみを含めることによって、可能な限り群を均質化しようと試みたが、我々の患者は、症状発現からの期間 (2~12年、ほとんどの患者の症状期間は2~4年であった)、および全体的認知パフォーマンス (MMSEは11~29の範囲であった; CDR SOBは1.5~6.5の範囲であった) に関しては、依然として多様であった。頭頂皮質と側頭皮質の病変の程度が認知機能に影響を与えることが予想される。PCAの非視覚的遂行機能障害がいつ生じるのか、また、それが記銘/想起障害を引き起こす具体的なメカニズムを明らかにするためには、長期的な評価が最終的に重要となる。
臨床的には、この研究は2つの重要な点を強調している: 1) ChampodとPetridesによる先行研究が示すように、ワーキングメモリと遂行機能の障害は、後頭頂機能障害から生じる可能性があるため、前頭葉病変ではなく、前頭頭頂系の機能障害を示すと考えるべきである;  2) PCAだけでなく、原発性進行性失語症や行動変容型前頭側頭型認知症の診断基準においても相対的な記憶の保持は重要な要素であり、その実証のための方法を改善する必要があり、したがってより明確な操作的定義がなされるべきである。これらの疾患の患者は、我々の生活のエピソードを記憶する能力に寄与する、注意、遂行、言語、視覚などのさまざまな機能を考慮に入れながら、記憶機能検査の武器を改良し続ける必要性を強調している。さらに、このコホートの患者から得られたCDRとNARのデータは、症候と症状の統合的な視覚的/空間的臨床評価手法が必要であることを示している。こうした手法は、PCAの治療のための臨床試験に際して基本的な需要となるだろう。

 

感想
臨床的視点に基づいて導かれた神経心理検査所見の疑問を、ベッドサイド診察でもできるような診察所見に基づく統計解析で解明する、という非常にpracticalな論文でした。すごい!PCAの操作的診断基準が「遂行機能や記憶の相対的な保存」という曖昧な要件を持つことに対して議論を投げかける良い材料ですね。PCAの診断は、まだまだ議論が分かれる領域になりそうです。

Posterior Cortical Atrophy のコンセンサス分類

Consensus classification of posterior cortical atrophy.
Crutch, Sebastian J., et al.
Alzheimer's & Dementia 13.8 (2017): 870-884.

 

PCA続き。前回の文献の著者の続編といったところ。

 

1. 背景
PCA (posterior cortical atrophy) という用語は、後方皮質領域の神経変性によって、初期から視覚機能障害を呈する一連の患者を記述するために、D. Frank Benson らによって作られた (図1)。PCA症候群は、似たような進行性の高次視覚機能の喪失を示す患者についての他のいくつかの報告とも合致していた。PCAは典型的には50代中盤から60代前半で発症し、多様で稀な視知覚症状を呈する。これには、視覚誘導下での物体の同定、定位、到達などが含まれる。また、計算、文字、行為に関する障害も現れることがある。エピソード記憶や内観は初期にはよく保たれているが、PCAの進行に伴って、よりびまん性の認知機能障害を呈することとなる。

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図1. 正常対照とPCA患者の脳血流 (ALS)、糖代謝 (FDG-PET)、萎縮 (構造的MRI)、アミロイド沈着 (florbetapir-PET). 臨床的目的に際しては、18F-florbetapir画像はグレースケールで読影されるべきである。

複数の単一施設研究グループによって、この症候群の診断基準が提唱された、もしくは個々の研究レベルで詳細な組み入れ基準が用いられた。PCAは典型的および非典型的アルツハイマー病 (Alzheimer's disease, AD) のコンセンサス基準においても認知・記述されている。これらの既存の基準は、十分な一貫性を有しており、多くの臨床および研究の文脈で有用性が証明されている。
しかし、PCAに関する既存の詳細な記述は、単一施設における臨床的経験に基づいており、より幅広い形で考察や検証が行われているわけではない。また、現在用いられているPCAの基準は、ADの病態生理学的バイオマーカーの発展の前に提案されたものであり、さらに最近のAD基準がPCAを含んでいるとは言えど、臨床的表現型は詳細に記述されておらず、こうした基準はAD病態生理学バイオマーカーが陰性のPCA症候群患者とは当然相いれないことになる。また、記述された中核的特徴の中にも矛盾が存在する。たとえば、Tang-Waiは初期からのパーキンソニズムや幻視を除外基準としたが、Mendezはそうしなかった。また、Mendezは言語流暢性が比較的保たれるとしたが、Tang-Waiはそうしなかった。こうした矛盾は、用語の適応において明示的または暗黙的に反映されており、PCAという用語が時に臨床的記述用語 (症候群レベル) として、時に診断的ラベル (疾患レベル) として用いられている。たとえば、一部の研究者はPCAを主に非典型的AD ("visual variant of AD") と考えたが、その他の研究者は神経病理学的エビデンスを引用しながらPCA症候群の背景に複数の背景病理が存在することに言及した。用語の非一貫性は、興味の違いや、研究者ごとの研究背景の違いに起因するものかもしれない。たとえば、症候群分類は、行動学的介入研究には適切だが、疾患特異的薬物の臨床試験には背景となる分子病態の考慮が必要である。用語の使用の潜在的多様性を明確に反映した基準が存在しない現在、PCA患者がADの臨床試験に組み入れられるべきなのかそうでないのかは未だ明らかでない (e.g. 介入、バイオマーカー、結果測定が不適切となりうるため)。したがって、PCA患者は、潜在的に有用な介入の恩恵を受けることができないリスクがある。これに反して、もし基準がAD病理のエビデンスを必要とすれば、他の原因によるPCA患者は、恩恵を受けられるかもしれない行動的介入研究の対象となれないかもしれない。最後に、既存の基準では、臨床的表現型と背景病理を結びつけるようなエビデンスを得ることができないため、表現型の多様性と疾患の進行に影響を与える因子を探索する将来の研究を進めるための基盤としては不適切である。

 

2-3. 目的・方法
細々としたことが書いてあったので省略。

 

4. 分類フレームワーク
図3に、PCAの3段階分類フレームワークを示した。レベル1は、PCA症候群を定義する中核的な臨床的および認知的特徴、および可能であれば支持的な神経画像エビデンスに基づいて、患者が神経変性疾患を有し、それが後方皮質に焦点を持つことを確立するものである。さらなる中核的特徴には、緩徐な発症および進行様式が含まれる。除外基準には、脳腫瘍などの占拠性病変、影響を与えうる脳血管障害、一次的な眼科的疾患、認知機能障害を引き起こす他の同定可能な原因などが含まれるが、あくまで患者の臨床および認知症候群を独立して十分に説明可能な場合に限る。レベル2では、臨床像が純粋なPCAなのか、それともPCA症候群とその他の神経変性症候群の両方の中核的基準を満たすのかを分ける (バイオマーカーは用いない)。レベル3は、PCA症候群の背景病理をより正式に決定する。これは、病態生理学的バイオマーカーに基づいて行う。レベル1および2は症候群レベルの記述であり、レベル3は疾患レベルの記述である。レベル1-3は、以下により詳細な説明を行う。

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図3. PCAの分類プロセス. それぞれのレベルにおける主要な診断的疑問がボックス内に示されている。症候群レベルの記述 (分類レベル1および2) は薄色で示されており、疾患レベルの記述 (分類レベル3) は濃色で示されている。疾患レベルの分類では、PCA-ADおよびPCA-prion (実線) がPCA-LBDおよびPCA-CBD (点線) と区別されている。これは、病態生理学的バイオマーカーの利用可能性に基づいた分類である。その他の疾患レベル分類も適切かもしれない (e.g. PCA+幻視はADのLBD-variantであろう) し、今後現れるかもしれない (e.g. GRN変異によるPCA)。レベル2および3を結ぶ線の太さは、ADがPCAの最も一般的な原因であることを反映させることを意図したものである。

4-1 分類レベル1: PCA症候群の中核的特徴
第1回コンセンサス会議後の展望記事で定義されているように、「PCAは、初期段階では記憶と言語は比較的保たれつつも、視覚処理および他の後方認知機能が進行性に低下し、後方脳領域が萎縮することを特徴とする、臨床-放射線画像的症候群」である。PCAの中核となる臨床的特徴、認知的特徴、および (オプションの支持的) 神経画像的特徴と除外基準を表1に示す。これらの初期特徴または臨床的特徴は、オンライン調査参加者から提供された定量的評価に合わせて、初回評価時の頻度の順 (降順) に列挙されている (図2)。認知的特徴のリストは、MendezらおよびTang-Waiらに記載されているすべての特徴を要約したものである。

表1. 臨床-放射線画像的症候群としてのPCAの中核的特徴.
臨床的、認知的、神経画像的特徴は、オンライン調査参加者によって初回評価時に評価されたものの降順で列挙されている (図2)。
・臨床的特徴
 緩徐な発症様式
 緩徐な進行
 初期から視覚性±他の後方認知機能が突出して障害される
・認知的特徴: 以下のうち少なくとも3つが初期または受診時に存在しておりそれがADLに影響をきたしている
 空間知覚障害
 同時失認 (simultanagnosia)
 物体知覚障害
 構成失行
 環境失認
 眼球運動失行
 着衣失行
 視覚性失行 (optic ataxia)
 失読
 左右失認
 失算
 肢節失行
 統覚型相貌失認
 失書
 同名半盲
 手指失認
・以下のすべてが明らかである
 前向性記憶が比較的保たれている
 発話と非視覚性言語機能が比較的保たれている
 遂行機能が比較的保たれている
 行動および性格が比較的保たれている
・神経画像
 後頭頭頂または後頭側頭部の萎縮/低代謝/低血流がMRI/FDG-PET/SPECTで目立つ
・除外基準
 症状を十分に説明しうる脳腫瘍などの占拠性病変の証拠
 症状を十分に説明しうる脳血管障害の証拠
 遠心性の視覚関連構造が障害されている証拠 (e.g. 視神経、視交叉、視索)
 認知機能障害のその他の原因の証拠 (e.g. 腎不全)

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図2. PCAの臨床像、症状、徴候の頻度.

臨床的基準および除外基準は、PCAの定義を神経変性疾患に制限する。認知的特徴が3つ以上必要というのは半恣意的なものだが、これは後方認知機能障害のクラスターが存在する証拠を確認するためにデザインされており、単一の訴えや検査成績異常を過剰に解釈してしまい誤分類が起こることを避けるためののものである。この条件の厳しさは、基本的視覚機能、視知覚機能、視空間機能、識字機能、計算機能、運動機能、高次感覚機能などの領域に広く分類される潜在的な特徴の広範なリストによって緩和されている。これらの後天的な認知機能障害の多くは、日常生活動作に顕著な影響を及ぼす可能性がある。
PCAの認知プロファイルの重要な要素は、後方皮質機能障害と他の認知領域の相対的な保存との対比である。これは、PCAを典型的な (amnestic) AD (エピソード記憶)、logopenic-variant primary progressive aphasia (lvPPA; 言語)、前頭側頭型認知症、およびfrontal variant AD、behavioral variant AD、またはdysexecutive AD (主に遂行機能、行動、および人格の障害として現れる) と呼ばれるAD表現型と区別することを目的としている。「相対的保存」の概念は、異なる評価設定や評価ツールに対応できるよう、意図的に柔軟性を持たせている。推奨される短時間および詳細な認知課題セットを用いてこれらの基準を運用することは、ワーキンググループの将来の目的であるが、主な原則は、これらの機能の評価における中核的な障害の影響を軽減することである。たとえば、PCA患者における前向性記憶の正確な検査には、明示的な視覚的要求 (e.g. ROCFT) だけでなく、心的イメージのような視覚が介在する処理におけるより暗黙的な視覚的要求 (e.g. 言語的対連合学習) も回避する検査が必要である。
PCAの神経画像的特徴は、"posterior cortical atrophy" というあいまいな解剖学的説明を反映して、意図的に幅広いものとしている。すなわち、後頭葉頭頂葉、かつ/または後頭-側頭-頭頂皮質の局所的な構造的 (e.g. MRIにおける萎縮) または機能的 (e.g. FDG PETやSPECT) 異常を、臨床-放射線画像的症候群を支持するエビデンスと考えた。後方皮質の萎縮や機能障害の神経画像的エビデンスを必須項目とするのではなく支持的特徴と考えたのは、過去の基準と一貫している。この問題はかなりの議論を生んだが、オプションとしての位置づけは、臨床的 (e.g. 萎縮の広がりは初診時にはさまざまである) および実務的 (e.g. 神経画像を撮ることができる施設は限られている) な事情を汲んでのものである。研究の場においては、実務的事情による神経画像エビデンスを得ることができない場合には、PCAの分類を支持するエビデンスを明確にすべきである。別の問題として、Creutzfeldt-Jakob病のvisual variantの患者は明らかな局所的萎縮が証明できないほど急速に進行する。我々はこのような患者をPCAフレームワークに基づいて分類することの有用性を議論したが、緩徐な進行を示すプリオン病においてのみ適切であろうと結論づけた。また、より最近確立された分子イメージング技術によって提供されるエビデンスは、その他のin vivo バイオマーカーとともに、疾患レベルの記述に組み入れられるべきである (分類レベル3を参照)。
臨床的、認知的、および除外基準は、既存の単一施設基準とおおむね合致している。ワーキンググループの議論は、PCAを構成する具体的な特徴に関する広い合致を得ており、症候群としての既存の記述を根本的に変更するのには決して乗り気でなかった。しかし、初期の基準では視覚障害が特に優位性を持っていたのは特筆すべきことである (Mendezら: 一次性視覚機能が保たれつつも視覚的訴えがある; Tang-Waiら: 症状を説明しうる一次的眼科的疾患がない中で視覚的訴えが存在する)。今回のコンセンサス提言では、こうした基準は「初期から視覚性±他の後方認知機能が突出して障害される」として、より幅広いものになっている。これは、「非視覚性の認知機能の進行性の局所的障害は、一部の研究の文脈ではPCAと分類されてもよい」という文言に関して、オンライン調査グループで65%の同意 (15%が反対、20%が同意ても反対でもない) を得られたことを反映している。ワーキンググループは、「初期から視覚性かつ/または他の後方認知機能が突出して障害されている」という記述の拡張には拒否を示した。これは、(1) 視覚的基準を除くとPCAとCBS、lvPPAや他の症候群の間で診断的混乱が生じかねない、(2) 後方の非視覚的訴えで受診した患者に対する詳細な神経心理学的検査を行えば視覚的認知にわずかな障害が明らかになることが多い (図4)、(3) 「非視覚」訴えの一部は視覚機能障害に根ざしている可能性がある (e.g. 書字障害は文字の心像の障害に部分的に帰属可能である)。

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図4. 「非視覚的」症状で受診したPCA患者の症例提示. 2年間の経過の読字障害 (「単語を理解できない」)、数字の誤り、軽度の喚語困難を主訴に受診した63歳男性。彼および彼の妻はどちらも視覚症状を訴えなかった。神経心理学的評価では、頭頂/後頭側頭機能障害が目立ち、計算、綴字、読字の障害と、軽度の失名辞が認められた (黄色でハイライトしている部分)。基本的な視覚および視知覚タスクの成績は正常範囲内であったが、1つの視知覚タスクでボーダーラインの障害が認められた (views object perception test)。診察上は、観念運動失行が認められた。MRIでは両側の頭頂葉萎縮が認められた。CSFはADとして合致していた (Aβ 164、tau 431)。

4-2.分類レベル2: Pure PCA と PCA-plus
分類レベル2では、PCAの基準のみを満たす患者 (PCA-pure) と、その他の神経変性症候群にも合致する追加の特徴を示す患者 (PCA-plus) の線引を行う。すべての患者は、中核的な臨床-放射線画像的症候群の基準 (レベル1) を満たさなければならない。その上で、PCA-pure/PCA-plusの区別は、lvPPAやCBS、その他の神経変性症候群の中核的臨床基準を追加で満たすかどうかに応じて決定される (表2)。引用されたものは、DLBとCBSの臨床症候群診断基準に基づいている。

表2. PCA-pure と PCA-plusの分類 (分類レベル2)
・PCA-pure
中核的な臨床-放射線画像的なPCA症候群の基準 (レベル1) を満たさなければならない。その上で、その他の神経変性症候群の中核的臨床基準を満たさないものを言う。
・PCA-plus
中核的な臨床-放射線画像的なPCA症候群の基準 (レベル1) を満たさなければならない。その上で、その他の神経変性症候群の中核的臨床基準を満たすものを言う。
例1) DLB
DLB consortiumによって提唱された診断基準 (McKeith et al., 2005) に従い、患者はDLBの中核的特徴 (list A) のうち2つ以上、または中核的特徴 (list A) のうち1つ以上と支持的特徴 (list B) のうち1つ以上を満たしている必要がある:
 A. 中核的特徴
 変動する認知機能 (特に注意と覚醒)
 繰り返す具体的で詳細な幻視
 パーキンソニズム
 B. 支持的特徴
 REM睡眠時行動障害
 重度の抗精神病薬に対する感受性
 SPECTまたはPECTによって証明される基底核ドパミン輸送体の取り込み低下
例2) CBS
Armstrong et al (2013) による改訂版CBS基準では、probable CBSの診断には以下の2つが非対称性に存在する必要がある:
 a) 四肢の筋強剛または無動、b) 四肢のジストニア、c) 四肢のミオクローヌス
 加えて、以下の2つも存在している必要がある:
 d) 口顔面失行または肢節失行、e) 皮質性感覚障害、f) alien limb phenomena。
Possble CBSの診断には、a-cのうち1つ以上、加えてd-fのうち1つ以上が、対称性または非対照性に存在する必要がある。

分類レベル2は、純粋に症候学的なPCAの定義 (レベル1) の幅広さと、異なる臨床-生物学的エンティティに属する疾患レベルの記述 (レベル3) の間のバッファーゾーンである。この中間的分類ステージは、in vivo バイオマーカーと剖検脳の病理学的データ、臨床的意見、研究上の実用性の組み合わせに動機付けられたものである。既存のケースシリーズにおけるin vivo バイオマーカーと剖検脳の病理学的データは、PCAの報告例のほとんどがADによるものであることを示している。このようなデータを反映して、臨床的意見は、PCAは主に、または単一に、ADの非典型的表現型と考える方向に向かっており、多くの臨床医はPCAを"visual posterior variant of AD"と考えている。したがって、ワーキンググループの一部のメンバーは、非AD病理を示唆する特徴、たとえば幻視や認知機能の変動などは、PCAの中核的定義の中の除外基準に組み込まれるべきなのではないかとすら考えていた。PCA-pure/PCA-plusの区別は、臨床家と研究者を、背景病理にADを有する可能性が高いサブ集団に限定して研究に組み入れることを許容する一方で、同時に症候群と病理の一対一対応が欠けてしまうことを容認している (e.g. PCAとCBSの両方の基準を満たす患者がAD病理を有している)。PCA-plusの分類は、混合病理や中等度から高度の皮質下血管性病変によって、さらなる特徴を示す患者を捕捉できるかもしれない。このような議論は、in vivo バイオマーカーが利用可能な状況下では非実際的かもしれないが、PCA表現型と背景病理の関係性を完全に調査するためには、PCAやその他の症候群の中核的基準を満たすかどうかを記録しておく必要もある。さらに、バイオマーカーは研究室ごとに多様であるというところにも反映されているように、方法論的な限界も存在する。また、分子イメージングやCSF解析はすべての施設で可能なわけではないし、病態生理学的バイオマーカーは限られた疾患でのみ利用可能であり、実際にADとFTDの診断基準にしか取り入れられていない。究極的には、あらゆる研究文脈においても利用可能なコンセンサスガイドラインを作成することが、ワーキングパーティーの目的である。このため、PCA-pure と PCA-plus を概念化することは、研究の組み入れ基準に一貫性を持たせ、さらにバイオマーカーデータが利用できない状況下でPCAサンプルを精緻化するための、単純かつ実際的な手法である。また、IWG2はバイオマーカーが利用可能でない患者において、PCAに合致する臨床像を呈する患者の正式な分類を提供していない。PCA-pure/PCA-plusの中間的な分類は、背景となる病態生理学的プロセスの直接的な証拠がない場合であっても、研究参加者の研究への組み入れを容易にすることを目的としている。この定式化の実際的な意味合いは、バイオマーカーエビデンスが利用可能な場合、PCA-pureまたは-plus (レベル2) の概念はほとんど冗長である可能性があるということである。

4-3. 分類レベル3: PCAを起こす疾患
分類レベル3は、利用可能な背景病理エビデンスを反映して、PCAの疾患レベルの記述を提供する。ADに帰属可能なPCA (PCA-AD)、Lewy小体病に帰属可能なPCA (PCA-LBD)、CBDに帰属可能なPCA (PCA-CBD)、プリオン病に帰属可能なPCA (PCA-prion) に関する診断基準が表3に示されている。PCA-ADの定義はIWG2と合致しており、適切な臨床表現型と病態生理学的バイオマーカーの両方の存在を必要とする。しかし、病態生理学的バイオマーカーは、現状ADとプリオン病でしか利用できない。よって、表3の疾患レベルの記述は不公平であり、PCA-LBD および PCA-CBD の in vivo 診断は、適切なバイオマーカーの開発が待たれる。このような場合、probable PCA-LBDやprobable PCA-CBDという用語の使用は、関連する中核的臨床基準を満たす症例がADバイオマーカー陰性であることが判明した場合に適切であろう。図3で述べたように、他の疾患レベルの分類も、混合または複数の病理を有する患者 (e.g. PCAと幻視を有する患者はADのLBD-variantである可能性があるため、PCA-AD/LBDと表示するほうがより適切であるし、ADとPSPの併発もある) に適切であるか、将来必要とされるかもしれない (e.g. たとえば、GRN変異に起因するPCA)。同様に、既存の分類や新しい分類をサポートするマーカーが追加される可能性もある。PCAコンセンサスステートメントの今後の改訂では、これらの問題を考慮し、バイオマーカーの開発や新たな臨床報告に従って分類を改訂しなければならない。

表3. 疾患レベルの記述のための診断基準 (分類レベル3)
・PCA-AD
IWG2に習い、PCA-ADの分類はPCA症候群 (分類レベル1) とAD病理のin vivoエビデンス (以下のうち1つ以上) を必要とする。
 CSF Aβ1–42の低下とT-tau and/or P-tauの上昇
 amyloid PETにおける集積
 ADの常染色体優性遺伝子変異が存在する (PSEN1, PSEN2, APP)
ADが剖検で確定した場合、definite PCA-ADと表現してもよい。
・PCA-LBD
現在のところ、LBDの分子バイオマーカーは得られていないため、PCA-LBDとin vivoで診断することはできない。DLBの臨床基準を満たすことによりPCA-plusと分類され、ADバイオマーカー陰性であることが示された患者については、probable PCA-LBDという表現が適切であろう。剖検でLBDの確証が得られた場合は、definite PCA-LBDとするのが適切であろう。また、複数の病態が混在している場合には、PCA-AD/LBDのような疾患レベルの分類も可能である。
・PCA-CBD
現在のところ、CBD の分子バイオマーカーは得られていないため、PCA-CBD とin vivoで診断することはできない。CBS基準を満たすことによりPCA-plusと分類され、ADバイオマーカー陰性であることが示された個体については、probable PCA-CBDという用語が適切であろう。CBDの剖検による確認が可能であれば、definite PCA-CBDとするのが適切であろう。
・PCA-prion
プリオン病には有望なバイオマーカーが多数存在するが、これらはまだ診断基準に組み込まれていない。このプロセスを経るまでは、PCA-prionのin vivo診断は可能かもしれない。プリオン病の剖検による確認が可能であるか、プリオン病の既知の遺伝形式が決定されている場合は、definite PCA-prionという用語が適切であろう。

研究基準は臨床症候群 (PCA) と関連疾患 (e.g. PCA-AD、PCA-LBD) を区別すべきである。コンセンサス会議での症候群/疾患に関する議論は、多様な研究応用 (たとえば、疾患特異的臨床試験と認知、行動、機能を対象とした非薬理学的介入) を可能にする柔軟な表示システムの開発と、PCAサブグループ (たとえば、PCAとCBSの基準を満たす者) がPCAの記述を歪めてしまうことによる混乱の回避との間で模索されたバランスを反映している。また、提案されている4つの疾患レベルの記述は同じ頻度ではないことに注意することも重要である。発表されたデータによると、PCAの基礎原因としてはADが圧倒的に多いことが示唆されている。したがって、他の診断を示唆する特徴がない場合、ADが先験的に最も可能性の高い基礎原因である。図3の分類レベル2と3を結ぶ線の太さは、PCAの最も一般的な原因がADであることを反映することを意図している。また、すべての場合において、基礎となる病態の病理学的確認が「ゴールドスタンダード」とみなされ、definiteという接頭辞が付けられていることに留意されたい。
PCA症候群に関連する最も可能性の高い背景病理を同定することが重要な研究背景は数多くある。提案されているPCAの疾患レベルの記述は、疾患特異的な臨床試験 (ADの臨床試験にPCAの被験者を組み入れる根拠を提供する)、ADおよびnon-ADの認知症における表現型の不均一性の遺伝的およびその他の決定因子を調査する記述疫学研究、および疾患進行研究において有用であろう。

 

5. さまざまな研究文脈におけるPCAのさらなる定義
先に述べた分類システムは、様々な研究場面で使用できるPCAの症候群レベルおよび疾患レベルの定義を提供するものである。しかし、さらなるコンセンサス記述が価値を持つ可能性のある、過去および将来の状況が数多く存在する。特に重要なシナリオは2つあり、すなわち症候群の重症度分類とPCAにおける表現型の多様性の記述である。以下では、PCAに関連する現在のラベルとその使用法とともに、この必要性について議論する。PCAに関する語彙を拡張することに関しては、あくまで提案レベルにはとどめるが、今後の研究がどのように用語の正式な提案を促し、導くかについての説明は行う。以下のシナリオはすべて、過去、現在、未来のある時点で、先に述べたPCAの中核的な基準を満たした、あるいは満たす可能性のある、あるいは満たす可能性のある個人のケースを想定している。

 

6. PCAのステージ
PCAに関する用語の拡張の動機となりうる問題の一つは、研究者がPCAを進行の異なる段階でどのように表現するかということである。この問題を説明するために、健康な研究参加者として注目されたが、その後PCAを発症した患者に関する11年間の縦断的データを示す (図5)。この患者の疾患経過に沿った様々な時点での記述について、仮の用語の考察と並行して以下に考察する。
Prodromal/suspected/possible PCA: この用語 (以下の選択肢を参照) は、(状況によっては、他の鑑別診断と並行して)、先に述べたPCAの中核的基準を満たすには軽度または少数 (<3) の後方皮質機能の軽微な障害を示す患者に用いられることがある。Prodromal PCAと確実に分類できるのはPCAの診断に至った患者のみであり、PCAの進展におけるこの段階は、縦断的研究において遡及的に同定される可能性が高い (図5)。その他の状況においては、suspected PCA や possible PCA といった別のラベルが好まれるかもしれない。Prodromal PCAという概念は、prodromal AD (IWG基準; 臨床症状は認められるが、日常生活動作に影響を及ぼすには不十分なもの) の一部が、PCAの初期臨床段階にあるという仮定によって動機づけられている。定義によれば、臨床-放射線画像的症候群であるPCAは、認知機能障害が存在しないADのpreclinial asymptomatic at-risk state (IWG) または stage 1 or 2 preclinical AD (NIA-AA) では定義できない。また、PCA患者は、軽微な後方皮質機能障害でさえも日常的な機能タスクに対する影響が及びうるため、NIA-AAによる軽度認知障害 (MCI) の定義を満たさない場合があることもここで注目すべき点である。MCI基準では、「これらの認知機能の変化は、社会的または職業的機能における重大な障害の証拠がないほど軽度であるべきである」とされており、「ADのvisual variant (PCAを含む) や language variant (logopenic aphasiaと呼ばれることもある) のように、ADには非典型的な臨床像が生じることがあり、これらの臨床像もADによるMCIと一致することを認識しなければならない」(p.272) とされている。しかし、軽度の後方皮質機能障害は、ある種の日常生活機能 (e.g. 運転) に重大な影響を及ぼすことがある。異なる認知領域間で「重症度」のレベルを比較することは困難であるが、日常機能に対する軽度の認知機能障害の相対的な影響は、定型的なADと非定型的なADの表現型間で異なる可能性がある。
PCA: 進行の第2段階は単にPCAと呼ばれ、先に分類レベルIで示したPCAの定義 (すなわち、表1に示した臨床的、認知的、神経画像的、および除外基準を満たすこと) と完全に一致すると思われる。唯一の拡張点は、前駆期PCAが必ずしもMCIと一致しないように、PCAが必ずしも認知症と一致しないことである。多くのPCA患者は、McKhannらに記載された5つの領域のうちの1つに障害を示すだけである。この段階では、このような症例は、認知症として正式に分類するための様々な規則を満たさない可能性がある。したがって、認知症が前提条件となる診断、すなわち、probable AD dementia、possible AD dementia、またはpossible AD dementia with evidence of the AD pathophysiological process といった診断名には至らない可能性がある。
Advanced PCA: この3番目の暫定的な病期分類用語は、PCAの基準を満たしている、または以前は満たしていたであろうが、疾患の進行により認知機能の他の側面 (すなわち、エピソード記憶、言語、遂行機能、行動、および人格) に障害が生じた患者を表すために使用される。Advanced PCAは、(1) 視覚±非視覚の後方機能障害があり、他の認知機能は比較的保たれているが、記憶、言語、遂行機能、および/または行動/人格の障害が進行し、著しく障害されている患者、または (2) 視覚±非視覚の後方機能障害および他の認知機能の1つ以上の障害が来院時に明らかであったが、病歴および/または他の証拠から、皮質後部の障害が主訴であった (すなわち、 患者は、PCAと診断される可能性のある早期の 段階に来院しなかった/評価されなかった)。Advanced PCAという用語は、既存の文献に記載されている多くのPCA患者に当てはまるかもしれない。たとえば、PCAの基本的視覚機能に関する研究では、21人の患者全員がMendezらとTang-Waiらの基準を満たし、正式な神経心理学的評価において、少なくとも1つのエピソード記憶のテストにおいて比較的保たれた (正常範囲) スコアで、視覚機能が損なわれているという現在または過去のエビデンスを有していた。しかし、研究の時点では、5/21人 (24%) がエピソード記憶のテスト得点が正常範囲を下回るところまで進行しており、12/21人 (57%) が説明からの呼称に障害を示していた (遂行機能、行動、性格は正式には評価されなかった)。Advanced PCAの概念は、研究参加者の特徴づけ、予後予測や縦断的研究、臨床管理やケアプラン、患者やその介護者への教育に特に関連する。

 

7. PCAスペクトラムの多様性
PCAの用語体系を拡張するもう1つの動機は、PCAスペクトラムの中のかなりの多様性を記述することの困難さにある。際立った像を呈した患者や少数の患者シリーズに基づいて、数多くのサブタイプが記載されている。しかし、その他の研究では、PCAの多様性は異なるサブタイプの集合というよりもむしろ多次元の表現型空間として概念化するのがよいと提唱している。ワーキングパーティーは、異なるPCAサブタイプの存在を支持する認知的または神経画像的エビデンスは現時点で乏しいと考え、認知機能障害、萎縮、疾患の進行パターンが異なるサブタイプが認められるかどうかを今後の研究によって決定することが望ましいと考えている。それにもかかわらず、この推定表現型空間内のさまざまな位置に関する定性的な記述の暫定的なセットを以下に示すのは、研究およびセンター間での一貫したラベリングに関する議論を促し、個々の症例をこれらの原型の1つまたは複数に近いという観点から記述または定量化することを可能にするためである。
Biparietal (dorsal) variant: この亜型は、「視空間機能障害、Gerstmann症候群の特徴、Balint症候群の特徴、肢節失行、または無視が、早期から、突出して、進行性に存在することによって定義される」と記述されている。このIWG2の定義は、biparietal atrophy syndromeの他の定義とほぼ一致している。
Occipitotemporal (ventral) variant: この亜型は、biparietal variantと対照的な位置づけにあり、視知覚機能または物体、記号、単語、相貌の視覚的識別が、早期から、突出して、進行性に存在することによって定義される。このようなカテゴリーには、進行性の統覚型相貌失認の患者に関する記述が含まれるかもしれない。
Primary visual (caudal) variant: Biparietal または Occipitotemporal variant よりも稀であるのは間違いないが、一次的な視覚症状、基本的知覚能力障害、両側後頭葉萎縮によって特徴づけられる primary visual syndrome が存在する。一次視覚野の初期からの障害によって、biparietal や occipitotemporal variant よりも明らかに、臨床的および表現型的に典型的なADとは異なっている。Primary visual variant の報告例は少なく、IWG2にも明示的な記述はないが、エビデンスの欠如こそが、高次物体空間処理障害と比較した基本的視覚機能の検査をおろそかにさせている可能性もある。基本的視覚機能 (形態検知、形態区別、形態干渉、運動干渉、色識別、単一点定位) は、21人のPCA患者において少なくとも1つが障害されていたという報告もあり、認識されているよりも高頻度に、PCA患者の高次の物体空間処理障害の原因となっている可能性もある。
Dominant parietal variant: 視覚的訴えは、提案されたコンセンサスと既存の単一施設の診断基準の両方の中核をなす特徴である。しかし、すべてのPCA患者が、主訴の中で視覚の問題を明確に言及しているわけではなく、計算、綴字、行為などの他の後方皮質機能の障害が優位に現れることがある。このような症例では、両頭頂の萎縮が最も一般的であり、優位半球の関与が比較的大きい (図4)。我々の調査では、PCAワーキングパーティーメンバーの67%が、このような患者はPCAスペクトラムに含まれると考えている。この位置づけと、「視覚±他の後方皮質機能の顕著な早期障害」と、「非視覚的」と思われる3つ以上の認知障害(例えば、失算、失書、失行) のクラスターの存在を必要とする現在の基準の二重性は、一見矛盾しているように見えるかもしれない。しかし、認知検査とその根底にある認知過程は一対一に対応するものではないことを心に留めておくことが重要である。一見「非視覚的」に見える多くの課題 (計算など) は、視覚的イメージや空間処理能力を要求している。さらに、前述したように、局所的な後方非視覚的症状を呈する患者に対する非常に詳細な神経心理学的検査では、通常、視覚的認知におけるわずかな障害の証拠が発見される (図4)。
当然ながら、PCAスペクトラム内の臨床的多様性を分類する方法は複数ある。サブフェノタイプと思われるものを区別する別の方法として、視覚システムの構成 (たとえば、腹側視覚路と背側視覚路) のみに言及することもできる。ある種の病像は、異なるタイプの記述的用語を組み合わせる (e.g. prodromal occipito-temporal variant PCA) ことに値するかもしれない。PCA variantの記述は、脳行動学的研究、表現型の特徴づけ (e.g. PCAスペクトル内の同質性/異質性の程度を明らかにすること)、表現型の進行の検討 (e.g. 皮質視覚処理の異なる側面の障害の順序を確立すること) に関連すると予想される。PCAの亜型に関する記述は、非薬理学的介入、補助、およびPCA患者が認知機能の特定の側面に関連した問題に対処または改善することを目的とした戦略の設計と使用にも有用であろう。しかし、これらの記述は、連続的な変化のスペクトルにおける位置の予備的な特徴付けであることを再度強調しておく必要がある。

 

8. 結論
我々は、様々な研究文脈において利用可能な、PCAの分類フレームワークを症候群および疾患レベルの記述とともに提唱した。中核的な臨床-放射線画像的症候群 (分類レベル1) を構成する特徴に強固な同意が得られたことは、PCAという単語の具体的な用途と適応を洗練および提唱するというワーキングパーティーのもともとの目的を改めて支持した。そして、ワーキングパーティーは、PCAの概念を様々な研究現場で具体的に使いやすくすることを目的として、分類レベル2 (PCA-pure/PCA-plus) および 3 (PCA-AD、PCA-LBD、PCA-CBD、PCA-Prion) を考案した。
この3段階の分類システムは、臨床医、研究者、査読者、編集者が、過去の発表や今後の研究において、研究集団や包含・除外基準を評価・比較するための基準を提供するものである。提案された中核的特徴は、蓄積された臨床経験と一致し、症候群内の異質性を許容するものであるが、用語や診断基準の不一致に起因する施設間や研究間のばらつきを減らすことは、今後の様々な研究に有益であろう。より厳密な診断基準とin vivoバイオマーカーの両方を通して、研究集団を精緻化し、臨床病理学的な「ノイズ」を最小化することは、サンプルサイズが制限されがちなPCAのような比較的まれな疾患においては特に重要である。
PCAの研究には、数多くの課題が残っている。主な困難は、課題した背景病理を持つ患者内の表現型の異種性がなぜ生まれるのかを理解することである。たとえば、非典型的AD PIAのメンバーは、PCAの遺伝的リスク因子の最大規模の解析に貢献しており、既知のADリスクプロファイルとの違いと、視覚システムの発達に関連した遺伝子の関与の可能性を見致している。現在提案されているPCAのコンセンサス基準は、典型的なamnestic ADや他の非典型的AD症候群 (e.g. lvPPA) に対する同等のコンセンサス診断基準を補完するものであり、疾患の進行と伝播の基本的なメカニズムに光を当てる可能性のある将来の異質性研究の頑健性と再現性を向上させるものである。
第二に、症候群と病理の間の関係性は、前頭側頭型認知症などと比較して明らかに単純だが、PCAや関連する症候群 (e.g. CBS) の境界線を引くためには定量的研究によるさらなる明瞭化が必要である。たとえば、運動障害 (非対称性の左上肢の筋強剛) は既存のPCAの臨床基準を満たした44人中30%でみられたという。CBS患者における視空間的および視知覚的機能障害は、AD病理を予測することも示されている。
第三に、さらなる実際的な目的として、PCA患者を含む臨床試験において、認知スクリーニング、神経心理検査、認知機能測定手法の選択に関して、共通フレームワークを確立することが挙げられる。PCAにおけるエピソード記憶の評価は、特に需要のある部分である。先述したように、明らかな視覚的負荷を伴う記憶検査 (e.g. ROCFT) は不適切である。言語対連合学習のような、視覚的負荷がないように思える検査でも、心的イメージを用いることがある。単語の二択再認記憶検査は、PCAにおけるエピソード記憶を評価するのに適切である。代替指標を評価することは、PCAと典型的なamnestic ADの間のこの重要な区別を確立し定量化する技術を最適化するのに役立つであろう。
提案された分類フレームワークは、これらの問題を直接解決するものではないが、研究結果を横断的に解釈する能力を向上させ、ADの臨床試験の質を高め、将来の共同研究の基盤となるであろう。提案された基準の信頼性、感度、特異性を検証する必要があり、特に異なるレベルの分類間の定量的関係を確立する必要がある。また、この分類システムは、特に新しいバイオマーカーの出現や、AD以外の病態や混合病態に起因するPCAの臨床的エビデンスに基づいて、更新や改訂が必要になると思われる。

 

感想
Biparietal variant PCAって割と多いよなー。

Posterior Cortical Atrophy

Posterior cortical atrophy.
Crutch, Sebastian J., et al.
The Lancet Neurology 11.2 (2012): 170-178.

 

1. 背景
Posterior Cortical Atrophy (PCA) は、進行性かつ、しばしば劇的で比較的選択的な、視覚処理および頭頂葉後頭葉、後頭側頭領域によって支えられるその他の機能の障害を呈する神経変性疾患である。発症年齢は典型的には50-65歳であり、症候群自体は様々な背景病理に関連している。PCAが認識されてから20年以上が経過するが、研究はあまり進んでいない。その発症の若さや症状の珍しさから、しばしば発症から診断まで長い期間を要することがある。さらに、PCAという用語の使用には一貫性がなく、研究間の比較が難しかった。最近は神経変性疾患を根底にある病理で定義しようとする動きが加速しているが、PCAに関しては利用可能な診断基準に特異性が欠けることや、関係する症候群分類 (aphasic, amnestic and dysexecutive AD や CBS) とPCAの関係性が明確でないことなどから、このような動きは未だ乏しい。
本レビューは、PCAの臨床、神経心理、画像、疫学、遺伝、病理について扱う。我々は、病理学的サブグループの中で、PCAのような非典型的な表現型を特徴づけることが、特定の脳ネットワーク内における病理学的変化を促進または保護するような生物学的因子の同定を可能にすると考えている。現在の診断基準や用語定義上の問題についても再考し、特にPCA患者を対象とした将来的な臨床や治験デザインへの影響について扱う。我々は、PCAの若年かつ非典型的な症状について周知し、早期発見を可能にすることともに、患者や介護者および医療者に対するサポートやケア、そして教育の道筋を立てることを目的としている。

 

2. 歴史と定義
PCAという用語は、当初は高次に視覚処理に著明な障害を有し、一部には顕著な頭頂-後頭領域の萎縮を有した患者群を記述するために導入された。記述された症状は、同様の臨床的特徴を有した患者を記述した他の初期の報告と合致していた。組織病理学的データがない中で、Bensonらはこの臨床像はADやPick病とは十分に異なるものであり、「確実な病理学的情報が現れるまで別個の分類として然るべきものである」と記述した。その後の組織病理学的研究は、ADが最も一般的な背景病理であることを発見し、PCAを 'biparietal AD' や 'visual variant of AD' などと記載する研究も現れた。'Progressive posterior cortical dysfunction' という用語は、明らかな後方皮質の萎縮が存在しない患者における臨床症状を記述するために用いられた。しかし、PCAは非AD病理とも関連していたことから、PCAはそれ自体の診断基準を持つ個別の疾病分類的なエンティティとして考えるべきであるという考え方が導かれた。

 

3. 疫学
PCAの有病率と発症率はわかっておらず、用いられる診断基準に依存する。さらに、その認知度の低さを考えると、報告されたどのような数字も過小評価の可能性がある。しかし、Snowdenらは、認知症センターを訪れたAD患者523人のうち、24人 (5%) が視覚症状を有していた (PCAと呼ばれた) こと、そして更なる13人 (3%) が失行症状を有していたことを報告した。
典型的なamnestic ADと比較すると、PCAの発症年齢は極めて若い傾向にあり、ほとんどの研究が発症年齢を50代中盤か60代想起であると報告している。一方で、幅広い年齢層 (45-74歳, 40-86歳など) を報告した研究もある。年齢分布に関しては、性別に基づいた有病率の違いはないとした研究もあれば、女性に多いとした研究もある。

 

4. 神経心理学的特徴
PCAにおける最も頻度が高い神経心理学障害は、視空間的および視知覚的障害、失読、Balint症候群やGerstman症候群の特徴である (図1)。ワーキングメモリの障害や肢節運動失行も強調されてきた。縦断研究によれば、前向性記憶、遂行機能、言語能力は疾患早期には極めてよく保たれるが、一部のPCA患者ではこうした機能は緩徐に低下し、全般的認知症状態へと進行する。

図1. PCAにおける視覚機能障害: PCA患者は物体および相貌の同定に障害を有する。これは、対象物が多くのパーツから構成されていたり、見慣れない (非典型的な) 視点から見た際に特に顕著となる。風景の知覚における、健常者 (A) とPCA患者 (B) のアイトラッキング研究の結果からは、患者は眼球運動機能のトップダウン制御に障害を有することが示唆された。円は固視位置を表現しており、円のサイズは固視時間を表現している。PCA患者は最初に突出した特徴に固視し (e.g. 橋の上のドーム)、次に比較的情報量の少ないシーン特徴に固視する (e.g. 海や空) ことで、重要な文脈的詳細を逃してしまう (e.g. 桟橋の端に海辺があること)。

物体や空間の知覚の障害など、高次の視覚的問題は、低次の視覚的障害よりも高頻度に報告されているが、こうした問題は少なくとも部分的にはより低次の視覚処理の問題に起因する (e.g. 形態、運動、色彩、点定位)。低次視知覚と高次視知覚を詳細に比較した研究では、PCA患者はすべて少なくとも1つの低次視覚処理に障害を有しており、後頭葉皮質機能に関連した視覚の基本的側面の脆弱性が強調された。この研究はさらに、低次視覚処理と、高次の視空間および視知覚能力の特定の関係性を示したが、一方で、非視覚的な頭頂葉機能 (計算や綴りなど) との関係性は示されなかったことから、PCAにおいては特定の視覚ネットワークが関与することが示唆された。低次および高次の視覚障害が組み合わさると、PCA患者の基本的神経心理検査の成績に影響が及ぶということが予測できる。たとえば、PIQはVIQより30-40点低くなることが多い。視覚的要素を持つ認知タスク (e.g. 視覚性記憶の再生、trail-making test、Stroop test) の成績は障害を受けやすく誤った解釈を生みかねないため、正確な評価のためには視覚処理を最小化するタスクの選択が重要である (e.g. 聴覚-言語記憶タスク、言語的説明による呼称)。
PCA患者の多くは、陽性知覚現象といって、異常に長い残像効果、逆サイズ現象、静的刺激の動作知覚、視覚の180度逆転などを含む、稀な視覚症状を呈する。読字は、視覚的見当識障害 (ページ上でどこを読んでいるのかわからなくなってしまう) や逆サイズ現象 (大きいプリントでなく小さいものを読んでしまう)、視覚的混雑 (周囲の文字を過剰に統合してしまうことで、単語の中の1つの構成文字を同定できなくなる) など、複数のプロセスによって制限を受ける。PCAは原発性の周辺性失読 (peripheral dyslexia) を起こすこともある。PCA患者は光沢のある表面から眩しさを感じやすくなったり、様々な局所感覚や疼痛現象、バランスや身体方位の障害を経験するとも言われている。
PCAは単一の臨床解剖学的症候群なのか?それとも互いに関連するものの異なる症候群サブタイプの集合体なのか?異なる種類の視覚情報を処理する異なる皮質経路が存在するとする基礎的な神経科学のエビデンスを外挿することで、研究者たちはPCAに頭頂型 (背側型)、後頭側頭型 (腹側型)、そして一次視覚型 (線条皮質/尾側型) が存在すると提唱した。しかし、これらの腫脹は個々の症例報告の所見に基づくものである。その後の神経心理学的ケースシリーズ研究によれば、純粋な腹側経路症候群を支持するエビデンスは乏しく、むしろ背側経路または腹側経路のどちらに障害が目立つかによって定義された患者群の間には、神経心理学的プロファイルと皮質萎縮パターンにかなりの重複があることが示された。こうした研究を考えると、症例ごとの表現型の違いは、多様性を含有した連続体としてのPCAにおける複数点を表現しているにすぎないと解釈されるべきなのかもしれない。

 

5. 臨床的特徴
PCAの臨床像は複数の因子に影響を受ける。たとえば、医療機関認知症専門家に受診するまでにかかる時間や、具体的な障害パターン、背景にある病理学的特徴、患者自身の症状に対する心理的反応である。PCAは比較的稀であり、その症状も決してよく見るものではなく、さらに発症年齢も極めて若いため、多くの患者がうつ病、不安症、もしくは詐病であると誤診されている。初期に不安症状が出現することは、少なくとも寓話的には一般的特徴であるとされており、これはPCA患者が何らかの医学的問題を抱えている可能性を自覚していることを意味しているのかもしれない。さらに、経験を積んだ認知神経内科医にとっても、頭頂葉後頭葉に関連する障害が検査上はっきりとするまで、患者の初期の病歴は不安神経症様に見えてしまう。患者は自身の眼に異常があると思い込み、最初に眼科を受診することが多く、白内障手術などの不必要な医学的施術を受けることにもつながる。
PCA患者が訴える症状は、個々の神経心理学的障害のパターンを幅広く示している可能性がある。視覚症状は、他の後方皮質症状よりも言及されやすい可能性があり、文章を読むこと、距離感を判断すること、視野内の静的物体を同定することなどの障害、または階段やエスカレーターの使用に際した不便を訴えることがある。光過敏や視界の歪みといった視覚症状は片頭痛と間違えられることがある。慎重な病歴聴取によって、残像効果の遷延や視覚的混雑などの、上で述べたような稀な視覚的現象の一部を明らかにすることができるかもしれない。また、失行を示唆するような物体の使用困難、進行性の計算や綴字の困難を訴えることもあるかもしれない。その他の神経学的症状、たとえば幻視 (PCA患者の25%に報告される) やREM睡眠時行動障害は、DLBの存在を示唆するかもしれない。きわめて稀ではあるが、患者の病歴が後頭葉てんかんとして合致することもある。

症例提示: 4年の経過で進行する視空間機能障害を訴えて受診した62歳の右利き女性。最初の症状は、夜間運転中の視界の乱れであった。その後、駐車時によく車をぶつけてしまうようになり、特に右側のドアを衝突させることが多かった。また、実際には目の前にあるはずのものの場所がわからなくなることが増えた。さらに、ものを読むことの障害を訴えるようになり、紙幣の見分け、"push"か"pull"かの見分けなどが困難になった。テレビを見るとき、絵がゆっくりと動いているように感じた。眼科医から、眼科的問題が除外されたうえで、認知神経クリニックに紹介された。見当識や病歴の説明にまったく問題は認められなかった。視野検査では、右視野の指の本数を一貫して数えることができなかった。対光反射や外眼筋運動は問題なかったが、サッケードの開始が遅く、視覚的誘導下でものに手を伸ばすことができなかった。その他の神経内科診察に異常は認められなかった。認知検査では、MMSEは26/30で、交差五角形とBenson図の模写に重度の障害が認められた (図2A)。彼女は色を正しく呼称することができたが、相貌マッチングに中等度の障害を示した。読字の障害は重度で、単語を声に出して綴ることで改善がみられた。物品呼称とカテゴリ流暢性の障害は軽度であった。言語性記憶、言語流暢性、注意は正常であった。視覚機能障害のため、遂行できないタスクは多かった。脳MRIでは、両側頭頂葉、後部側頭葉、外側後頭皮質の著明な萎縮が認められ (図2B [上段])、FDG-PET (図2B [中段]) では同領域の左優位の低代謝が認められた。前頭皮質、内側側頭皮質、海馬は保たれていた。PiB-PETでは後方から前方皮質にわたるびまん性の皮質集積が認められた (図2B [下段])。

図2: 視空間機能障害を呈した62歳女性の神経学的検査 (A) と脳画像検査 (B): 症例の病歴と画像所見については上の記述を参照のこと。

慎重なベッドサイド診察によって、劣化刺激の解読障害、観念失行、観念運動失行、失算、綴字障害など、頭頂葉後頭葉の不均等な機能障害の徴候を得ることができるかもしれない。PCA患者の身体検査はほとんどの場合特記すべき所見を認めないが、重度の皮質性視覚障害が存在する場合、視力と視野検査の結果を解釈するのには注意が必要である。たとえば、高次の視覚性注意障害の存在によって半盲と誤診されてしまうこともある。Snowdenらは、典型的なアルツハイマー病患者と比較して、PCA患者では錐体外路症状 (41%)、ミオクローヌス (24%)、把握反射 (26%) が同様の頻度でみられることを報告した。しかしながら、明らかな対称性のパーキンソニズム (Lewy小体病を示唆)、または顕著な非対称性のミオクローヌスとジストニア (CBDを示唆) がある場合、PCAの根本的な原因を知る重要な手がかりとなりうる。ただし、これらの臨床的観察を確認できる病理学的データは、現在のところ乏しいのが実情である。

 

6. 神経画像
PCA患者における萎縮のパターンを、対照群や典型的なアルツハイマー病患者と比較して、局所的に定量化するために、高度な画像解析技術が使用されるようになってきている。横断的なvoxel-based morphometryは、PCA患者と健常対照者との間の灰白質容積に大きな差があることを示しており、後頭葉頭頂葉の領域で最も顕著な減少がみられ、次いで側頭葉の領域でも減少がみられた。Voxel-based morphometryと皮質厚計測の両方を用いて、PCA患者と典型的なアルツハイマー病患者を直接比較したところ、PCA患者では右頭頂葉の萎縮が大きく、左内側頭葉と海馬の萎縮が小さいことが示された。いくつかの研究で、PCAにおける非対称的な萎縮パターン(右が左より大きい)が報告されていることは注目に値するが、これらの違いは、診断における選択バイアスや、顕著な視覚機能障害を有する患者の採用によるものかもしれない。拡散テンソル画像研究からの限られたデータも、PCAが後方領域の白質路の完全性を低下させることを示唆している。しかし、萎縮領域がかなり重複することも報告されており、後部帯状回、楔前部、および下頭頂小葉を含む領域は、PCAと典型的なアルツハイマー病の両方で影響を受けている。このような所見は、PCAをアルツハイマー病と関連づけたときに、この症候群がアルツハイマー病の他の表現型と異なるスペクトル上に存在することを示唆している。縦断的に取得された構造的MR画像のフルイドレジストレーションは、PCAの進行を示しており (図3)、群研究の所見は、症状出現から5年までに、内側側頭葉構造を含む皮質全体に萎縮が広がっていることを示している。
SPECTおよびFDG PETを用いた機能画像研究のデータは、頭頂-後頭領域の構造変化とほぼ一致している (図2B)。後方領域に加え、FDG-PETでは両側前頭眼野に特異的な代謝低下領域が認められ、これは後頭頭頂領域からの入力の消失により二次的に生じ、PCAにおけるoculomotor apraxiaの原因となっている可能性がある (図1)。症例研究や小規模シリーズでは、典型的なアルツハイマー病患者に比べて、主に後頭葉頭頂葉アミロイドβの蓄積が増加していることが示されている。しかし、PCAと典型的なアルツハイマー病患者の大規模な群でPiB取り込みを比較した2つの研究では、これらの群間でアミロイド沈着に有意差はなく、両者とも前頭葉、側頭頭頂葉後頭葉皮質全体にびまん性のPiB取り込みを示した (図2B)。

 

7. 遺伝子
現在までのところ、常染色体優性家族性アルツハイマー病とPCAの表現型に関する報告はない。しかし、あるケースシリーズでは、プリオンタンパク質に5-octapeptideが挿入された家族性プリオン病においてPCA症候群が報告されている。現在存在するケースシリーズによれば、PCAと典型的アルツハイマー病に家族歴を有する患者の数の点で有意差は認められなかった。いくつかの研究では、PCA患者と健忘型アルツハイマー病患者でアポリポ蛋白E (APOE) の遺伝子型に有意差があることが指摘されている。しかし、他の研究では、PCAと典型的なアルツハイマー病の間にAPOEの差は記録されていない (表)。特に、病理学的確認が乏しいことは、これらの研究の大きな限界である。

表: PCAとADの間のAPOE ε4アレルの頻度.

APOE ɛ4対立遺伝子は、アルツハイマー病患者における変性パターンを駆動するのか (すなわち、内側側頭葉構造の変性を促すのか、または変性から守るのか)?いくつかの研究で報告されているPCAにおけるAPOE ε4の低頻度は、アルツハイマー病以外の病態を持つ患者に起因するのか?いわゆる典型的な老年期発症アルツハイマー病と比較して、PCAには異なる (まだ認識されていない) 遺伝的要因があるのだろうか?決定的な結果を得るためには、サンプルサイズが大きく、PCAの定義が一貫しており、死後の診断が確認された研究が必要である。孤発性アルツハイマー病の他の遺伝的危険因子の頻度を評価するゲノムワイド関連研究は有用であろう。

 

8. 病理
病理学的研究の結果はすべて、アルツハイマー病 (AD) がPCAの最も一般的な原因であることを示している。しかし、CBD、DLB、プリオン病 (CJDや家族性致死性不眠症を含む)、皮質下グリオーシスなど、他の原因に起因する症例もある。Rennerらは、PCA患者21人の病理学的データを報告したが、そのうちの13人はAD病であり、2人はAD+DLB、1人はAD+PD、1人は皮質下グリオーシスを合併したDLB、2人はCJD、2人はプリオン病 (CJDと家族性致死性不眠症) であった。Tang-Waiらは、PCA患者9人のうち7人にアルツハイマー病の病理学的特徴がみられ、残りの2人にはCBDがみられたと報告している。
病理学的特徴の分布パターンはPCAと典型的ADとで異なるが、病理学的変化の正確なパターンは一貫しておらず、非常に少数の症例に基づいている。ある研究ではPCAと典型的ADとの間でプラークとNFTの両方に差異があることが示されているが、プラークの分布に差異がないとする研究もある。たとえば、Levineらは、後頭頭頂部に老人斑とNFTの密度が最も高く、前頭葉部に最も低い密度を示したPCA患者の病理所見を報告している。Hofらも同様の所見を報告しており、老人斑とNFTは主に後頭頭頂側頭接合部周辺の一次視覚野と視覚連合野で認められ、前頭前野などの前頭葉領域では病的変化の密度は非常に低かった。対照的に、Tang-Waiらは、PCA患者9人と典型的なAD患者30人の病理学的変化を比較した。PCA群では、視覚野と視覚連合野のNFT密度が有意に高く、海馬と海馬支脚の神経原線維変化と老人斑は少なかった。しかし、他の皮質領域における老人斑の密度は両群で同等であった。これらの剖検研究で異なった所見が得られた理由としては、組み入れ基準や背景特徴 (年齢や疾患の重症度など) の違い、病理学的変化を定量するための方法の違い (染色法の違いやdiffuse/neuritic plaquesの区別など) が考えられる。CSFバイオマーカー (Aβ1-42、T-tau、P-tau181) が評価された研究では、ADとPCAで同様の所見が記録されており、典型的にはPCAがADと関連しているというこれまでの報告を裏付けている。

 

9. 診断基準
PCAの診断基準として、2つ提唱されているものが存在する。PCAの診断の中核的特徴として提案されているものには、緩徐な発症・進行形式、眼科的疾患が存在しない状態での視覚的障害の存在、エピソード記憶・言語流暢性や内観が比較的保たれていること、視覚失認・同時失認 (simultanagnosia)・視覚性失調 (optic ataxia)・眼球運動失行 (ocular apraxia)・失行 (dyspraxia)・環境見当識障害を含む症状が存在すること、脳卒中や腫瘍が存在しないこと、が含まれている。支持的特徴として、失読、観念運動失行、失書、失算、65歳未満の発症、PCAを支持する神経画像エビデンス、が挙げられる。
これらの基準はいくつかの臨床および研究の文脈で有用性が証明されているが、単一施設の臨床経験に基づくものであり、幅広く妥当性が検証されているわけではない。臨床的表現型と背景病理を結ぶ客観的エビデンスなしには、PCAが症候群を表す説明的用語として用いられる上での非一貫性を解決することはできない。このような非一貫性は、特に研究や臨床試験のデザインや解釈の場において、PCAという診断の妥当性を評価する上でのいくつかの問題点を生む。まず、いくつかの種類の研究 (e.g. 脳-行動、行動介入) には症候群的分類は適切かもしれないが、その他の研究では考えられる背景病理を十分に検討する必要がある (e.g. 疾患特異的薬剤の臨床試験)。次に、現時点では我々はADに由来すると思われるPCA患者に対して、ADの薬物治療の効果を判定したり、そもそもPCA患者がADの従来型臨床試験に含まれべきるか除害されるべきか判断するためのエビデンス基盤を持ち合わせていない。これはたとえば、典型的な健忘型ADやより広範な障害を呈するAD患者には、結果の測定手法が不適切 (e.g. 視覚性記憶タスク) である可能性がある、などの理由による。3つ目に、現在の基準はPCAの診断に必要な特異度についての指針を与えていない。たとえば、Rennerらによる比較的大規模なシリーズでは、PCA患者27人中9人が後方機能に孤立性の強い障害を呈したのに対し、残りの18人は全般性の認知機能障害における際立った特徴として後方機能障害を呈していたにすぎなかった。いくつかの研究グループは、PCAがADによるものであれば、典型的または非典型的AD表現型 (e.g. 健忘型AD、全般性認知機能障害、logopenic型失語) から成る表現型連続体の中に属する可能性を示唆したが、実際のところこれらの表現型の境界線はあいまいである。4つ目に、既存の基準の中核的特徴は視覚に関する症状であるものの、その他の後方皮質機能、すなわち計算や綴字や行為などの障害が目立つ神経変性疾患を持つ一部の患者も、PCAスペクトラムに属すると考えてよいのではないか。最後に、PCAと典型的ADやDLBの間では、バイオマーカーの価値も異なるのではないか (e.g. 海馬の相対的保存)。これは、バイオマーカーを疾患特異的診断基準に組み入れるという考え方が広まっている現在、特に重要である。
これらの問題を将来的に解決し、PCAを定義するための診断基準を開発することは、臨床像、神経画像、CSFバイオマーカー、組織病理学的データの間の関係性に関する客観的エビデンスに支えられた、数多くの専門施設からの意見のコンセンサスに基づいたものとなるだろう。大規模な多施設からのデータセットによって、異なる背景病理の相対的確率分布を確立することは、疾患修飾薬の臨床試験のために背景病理を区別する試みに役立つ。1つの可能なアプローチとして、多施設データセットに様々な基準を当てはめ、特定の疾患サブグループを同定するための組み込み/除外基準を確立することができる。また、専門家のコンセンサスにより、定量化可能な一連の診断マーカーという意味で、基準を使用可能にするための枠組みを検討し、研究への登録に役立てたり、研究機関間のデータの比較可能性を向上させたりすることもできる。


10. 管理
我々の知る限り、PCAにおけるアセチルコリンエステラーゼ阻害薬 (e.g. donepezil, rivastigmine, galantamine) の有効性を評価した報告はない。しかし、これらの薬剤は頻繁に使用されており (なぜならば、ADが最も考えられる背景病理であるため)、そして我々が考えるに適切に投与されている。臨床経験といくつかの症例報告から、ADやDLBの病理学的特徴を基礎にもつ患者において、おそらく何らかの臨床的有用性が示唆される。また、気分の落ち込みが持続する患者には抗うつ薬が、パーキンソニズムのある患者にはlevodopaやcarbidopaの試用が有用であろう。
PCAに対する認識の低さのため、患者は、一般的に不十分または不適切なケアやアドバイスを受けている。PCAでは、特に軽度から中等度の病期において、記憶、言語、内観などの能力が保たれているため、患者はピアサポートミーティングやグループ、カップル、個人心理療法を必要な時に利用することができる。サポートグループのミーティングは、社会的孤立に取り組む上で特に有用であり、患者は診断までの長く困難な道のりの経験を共有し、実践的なヒントや対処法、アドバイスを交換することができる。PCA患者は、簡易ディスプレイ付き携帯電話、音声認識ソフトウェア、音声型の本や時計、料理補助器具、家庭内の周囲の明るさを増すためのランプなど、主に目の不自由な人のためにデザインされたものを利用することで、恩恵を受けることが多い。患者が日常生活により完全に参加できるようにするためには、作業療法士や感覚チームへの紹介が適切であろう。また眼科医を紹介し、法的な障害者制度に基づく部分的視力障害者として登録することで、経済的・社会的な給付やサービスを受けられるようにする必要があるかもしれない。多くのPCA患者、特に顕著な視覚障害のある患者にとって、車の運転は適切ではない。理学療法は、パーキンソニズムや歩行障害のある人にも有効である。PCAにおける管理戦略の効果を示す経験的証拠は乏しいが、心理教育、代償戦略、認知エクササイズを含むリハビリテーションプログラムがPCA患者でテストされ、視知覚機能にわずかな改善がみられた。

 

11. 結論
PCAは、まだまだ認識されていない局所変性症候群であり、さまざまな背景病理と関連している。この症候群の中核的な特徴は、ADが最も一般的な背景病理であるPCAを、独立した病名として扱うことを正当化するのに十分なほど均質である。しかし、診断基準と用語が標準化されない限り、PCAの分類における一貫性の欠如は続くであろう。このreviewで提案する診断基準は、PCAの臨床的特徴と病理組織学的特徴の両方を考慮し、PCAの研究調査のために定量化可能な行動学的包括基準を導入しようとするものである。診断と治療を改善し、PCA患者とその家族に対する支援サービスを充実させるためには、医療従事者と一般市民による本症に対するより良い理解と認識が必要である。PCAにおける構造的、機能的、認知的、遺伝的変化の特徴的なパターンを明らかにすることは、典型的なADの病因と臨床的特徴、そして視覚ネットワーク機能と変性の一般的メカニズムに対する新たな洞察を提供する可能性がある。PCAにおける薬理学的および非薬理学的介入の有効性を評価し、典型的な若年発症認知症であるこの小規模だが重要な集団における表現型の多様性を駆動する因子を同定するためには、専用の臨床試験が必要である。

 

感想
うーむ。基準も疫学も遺伝子も病理も研究によってまちまちですねということがひたすら書いてある文献だった。まあそうなんだけどさ。

Posterior Cortical Atrophy の神経心理学的プロファイル

The cognitive profile of posterior cortical atrophy.
McMonagle, Paul, et al.
Neurology 66.3 (2006): 331-338.

1. 背景
Posterior cortical atrophy (PCA) という用語は、Bensonらが、記憶、病識、判断能力が比較的保たれつつも、進行性の視空間認知機能障害を呈する5人の患者を記述するために造ったものである。それ以来、多くの更なる症例が記述された。最も一般的な症状は、他の言語障害とは不釣り合いな失読、Balint症候群 (optic ataxia、ocular apraxia、simultanagnosia)、主に統覚型の視覚性失認であった。また、50代や60代の初老期発症が多かった。病理として最も多いのはアルツハイマー病 (Alzheimer disease, AD) であったが、PCAはそれ自体に診断基準を有する別個の臨床症候群として記述されている。高次の視覚処理は基本的に腹側の"what"経路と背側の"where"経路に二分されている。腹側経路は物体、相貌、色、字の認知に関わり、後頭側頭葉の病変によって視覚性失認、相貌失認、大脳性色覚異常、失認、失読が生じる。背側経路は運動に備えるための物体の位置や運動の検知に関わり、後頭頭頂葉の病変によってBalint症候群、失書、失行が生じる。PCAではこれらすべてが生じうるため、この症候群は後方皮質の広範な機能障害を反映しているというのは明らかであり、いくつかの研究ではPCAを背側と腹側のサブタイプに分類することを主張した。この研究における我々の目的は、PCA患者の認知プロファイルを前向きに検討し、primary amnestic AD すなわち アルツハイマー認知症 (dementia of the Alzheimer's type, DAT) の典型的コホートと比較することで、これらを区別する特徴を探索し、それぞれの視覚経路における障害の相対的負荷を確証することである。特に我々は、患者の障害を詳述する検査バッテリーを確立し、背側経路と腹側経路の両方の機能障害を反映した後方皮質機能障害の定量的評価手法を提供したいと考えた。我々は、腹側の"what"経路に注目し、物体、相貌、色彩認知を検査する OFCAS (Object, Face, and Color Agnosia Screen) を開発した。また、背側経路の障害を検出するために、複雑図の叙述と、大域 vs 局所処理の両者をテストする複合刺激を用いた。これらの検査の成績を、上述した2群の患者で比較した。

 

2. 方法
2-1. 被験者
PCAの被験者は、1990年から2004年の間にOntario州Londonの認知症クリニックを受診した患者であった。緩徐な認知機能障害の発症様式を示し、進行性の認知機能障害と顕著な視空間認知機能障害を呈したものの、一次性視知覚は保たれていた患者を対象とした。主要な症候は、Balint症候群またはGerstmann症候群の一部またはすべてが存在すること、不釣り合いな失書、視覚性失認であった。相貌失認、地誌的見当識障害、着衣失行、失語、大脳性色覚異常、無視、幻視、パーキンソニズムを含む特定の症候も同定された。すべての被験者は同一の神経内科医 (A.K.) によって診察され、全員が神経画像検査を施行された。しかし、今回の研究では後方の萎縮がCT、MRI、SPECTで証明されることよりも、むしろ主に臨床所見に基づいた組み入れを行った。
参照群は、同クリニックを受診し、NINCDS-ADRDA criteriaでprobable ADの基準を満たした患者であった。この群は、罹病期間およびMMSEスコアがPCAコホートとマッチしていた。我々のコホートは、病理学的というよりも臨床的なコホートであるため、病理学的エンティティであるAD (そしてこれはPCAのほとんどの背景病理である) と、典型的な健忘型のADの臨床像を区別するために、こうした患者のことをDATと呼ぶことにした。すべてのDAT患者は、脳卒中や頭部外傷、アルコール過剰といった他に説明できる原因がない進行性の記憶障害を呈し、Lewy小体型認知症を示唆するような幻視、パーキンソニズム、認知機能の変動は認めなかった。評価時点での神経学的診察では異常を認めず、脳画像で脳萎縮が存在することと血管障害がないことが確認された。
18人の健常コントロール被験者が、患者の親族から選択された。彼らは全員身体的に健康であり、記憶障害や脳卒中、頭部外傷、アルコール過剰の病歴は有さなかった。ほとんどのコントロールはDAT参照群の配偶者であり、これによって社会民族的因子のコントロールが可能となり、さらにOFCASの要素である熟知相貌への暴露もコントロールすることができると考えられた。彼らは相貌認知と複雑図の叙述の成績の正常対照群となった。

2-2. 認知機能評価
2-2-1. Object, Face and Color Agnosia Screen (OFCAS)
2-2-1-1. 物体認知 (object naming, word picture matching, superordinate categories, odd one out; 最大130点): 検査マテリアルは、40個の日常物品のSnodgrass標準絵刺激から構成された。フルーツ、家具、衣服、動物の4つのカテゴリーをそれぞれ10個含んだ。Object Naming (最大40点) は、それぞれの絵に描かれた項目の名前を答えさせるものである。我々は呼称能力そのものよりも視覚性認知に興味を持っているため、名前を言うことができなくても正しく同定ができていれば半分の得点を与えた。たとえば、「犬」の代わりに「吠えるペット」と答えるなどである。音韻性または意味性の手がかりは用いなかった。Word Picture Matching (最大40点) は、呼称能力に失語の影響がないかをコントロールするためのものであり、10個の絵がグループとしてランダムに配置され、患者に正しい単語を選ぶよう指示した。これは残り3回繰り返され、40個の絵がカバーされた。Superordinate Categories (最大40点) は、言語的応答に頼らない意味知識と認知を検査するものであり、絵をランダムに1つずつ提示し、それらを上位カテゴリ、すなわちフルーツ、家具、衣服、動物のどれかに分類するよう指示するものである。Odd One Out (最大10点) は、非言語的視覚性意味記憶処理を検査するという点でPalms and Pyramids testに類似しているが、真逆の回答を求めるもので、似ている点ではなく異なる点を尋ねている。3つの絵がセットで提示され、被験者に異なるものを1つ除外するように求める。これはもう9回繰り返される。
2-2-1-2. 相貌認知 (naming famous faces, name picture matching, facial expressions; 最大30点): 検査マテリアルは20個の有名人の顔写真から構成されており、うち何人かは存命だが (Queen Elizabeth II, Alan Alda)、残りは既に死去していた (John F. Kennedy、Winston Churchill)。しかし、すべての患者はその年代的に適切であると考えられた。Naming Famous Faces (最大10点): 写真を1つずつ提示し、被験者に名前を答えさせた。軽度の失名辞を許容するために、Margaret Thatcherに「英国の首相」と答えるような答えには半分の点数を与えた。Name Picture Matching (最大10点): 言語的応答への依存を軽減するために、ほかの10個の写真とともに横並びに写真が提示された上で、被験者は提示された名前の有名人を指し示すよう命じられた。表情 (最大10点): このタスクでは、非熟知相貌の感情表現の処理を調べている。このタスクの成績が保たれていることは、相貌特徴の知覚が保たれていることを示唆する。ここでは、幸せ、悲しみ、怒り、無表情、のそれぞれの表情をした俳優の写真を10枚用いた。それぞれの写真を提示し、被験者に4つの感情の選択肢の中から1つを選択するように指示した。正常コントロールとの標準化を行ったのは、OFCASの相貌認知サブテストのみであった。なぜならば、その他のサブテストでは天井効果がみられるはずだからである。
2-2-1-3. 色彩認知 (color naming, color matching, verbal-semantic color associates; 最大30点): この検査は、色彩処理の3つの症候群、すなわち大脳性色覚異常 (achromatopsia)、色彩失認 (color agnosia)、色彩失名辞 (color anomia) を区別するために行われた。この検査マテリアルは、10個の原色 (赤、紫、緑、ピンク、黄、オレンジ、青、黒、茶、白) のカードセットが2つである。Color Naming (最大10点) は、色カードを1つずつ提示し、その名前を提示することで、色の知覚、色の認知、呼称がテストされる。Color Matching (最大10点) は、2セットのカードをそれぞれランダムな順番 で互い違いに提示し、それらのカードをマッチさせるよう命じることで、色彩知覚を非言語的にテストすることができる。Verbal-Semantic Color Associates (最大10点) は、「タンジェリンの色は何か」など、色付き物体の概念的知識をテストするために造られたものであり、10個の質問から構成される。
2-2-2. 複雑図形
役員会議やアイスホッケーの試合などの場面を描いた、複雑さの異なる8枚のカラー写真が、被験者に1枚ずつ提示された。被験者は「この絵の中に何が見えますか?」と質問され、絵の中からできるだけ多くの項目を特定するよう、そしてシーン全体の印象を述べるように誘導される。採点方法は、写真に写っている主な項目ごとに1点、全体的な印象に5点を与えるというもので、各写真の点数は8点から13点、全体的な点数は最高で78点となった。
2-2-3. 大域 vs 局所処理
ナボン文字 (最大30点): テスト教材は、大きな文字が小さな文字の繰り返しで構成された10個の複合図形で構成されている。被験者は各文字を示され、見たものを正確に報告するよう指示される。時間制限はなく、被験者が答えるまで刺激が提示される。回答が不正確または不完全な場合、被験者には「ほかに見えるものは?」という質問が送られる。正しい反応には3点、促しが必要な場合は2点、促しにもかかわらず1つの要素 (大文字または小文字のみ) しか報告されなかった場合は1点とする定量的採点方式が採用された。
Hooper視覚組織検査 (Hooper Visual Organization Test, HVOT) が3つのコホートすべてに実施された (最大30点)。このテストは、多かれ少なかれ認識可能な切り刻まれた物体の写真30枚で構成され、被験者はそれぞれの物体に順番に名前をつける。WAIS-RのObject Assemblyと同じ知覚機能を必要とし、知覚統合/組織化、認識、呼称がテストされるが、失語の影響は受けにくいとされる。

2-3. 統計解析
One-way ANOVAを用いた統計解析を、グループメンバーシップ (PCA vs DAT vs 健常対照) を被験者間因子として行った。ポストホック検定にはTukey HSDを用い、DAT群とPCA群のみを比較する場合は独立標本のt検定を用いた。PCA群とDAT群間の群構成を予測するために、enter法によるロジスティック回帰を用いた。

 

3. 結果
3-1. 被検者


表1. 19人のPCA患者の臨床的特徴: '+' は初期評価時の症状、'++' は後に現れた症状。

19人のPCA患者 (男性9人、女性10人) が対象とされた。平均年齢は59歳 (47-80歳, SD 8.4歳) で、臨床的特徴は表1にまとめられている。13人の患者で、初期症状は後方皮質領域に関連する問題であり、読字、書字の障害、道に迷う、目の前の物体を見たり認識したりすることができない、といったものであった。残りの患者では、初期症状が軽度の記憶障害であったが、そのような症状はすぐに顕著な視空間認知機能障害によって目立たなくなった。5人の患者が一親等に認知症の家族歴を有していた。最初の評価は発症から4.5±1.6年経過した時点のものであり、MMSEのスコアは14.3±6.4 (2-25) 点であった。他の言語能力が保たれた失読と失書は、最も一般的な障害であり、18人で認められた。失算は16人で認められたが、左右失認が明らかであったのは6人で、手指失認は4人で認められ、評価時点でGerstmann症候群が完全に揃っていたのは3人のみであった。Simultanagnosiaは17人で認められ、optic ataxiaは15人、ocular apraxiaは6人であり、完全なBalint症候群が認められたのは5人であった。その他の障害には、着衣失行 (n=12)、地誌的見当識障害 (n=9)、視覚性失認 (n=9)、相貌失認 (n=4)、半盲 (n=1) が含まれた。皮質盲と言えるほど強い視知覚の障害は3例で認められた。我々の症例で認められた視覚性失認はすべて統覚型であった; すなわち、物体の視覚性認知が障害されているものの、言語的または触覚的なモダリティによる知識は保たれており、模写や視覚性マッチングに障害を有するものである。視覚性失認のない患者と比較して、視覚性失認を有する患者は罹病期間が長い傾向にあった (4.2年 vs 5.1年) が、これは有意水準には達しなかった (t検定, p>0.05)。色彩知覚の障害は初期評価段階では明らかでなかった。Capgra妄想、Fregoli妄想や幻の同居人妄想などの妄想は5人で認められ、うち4人は具体的な幻視を有していた。15人では局所的な後方皮質の萎縮が画像検査で認められていたが、その他の患者では全体的な萎縮が認められた。発症早期 (2年以内) からの幻視やパーキンソニズムを呈した患者は存在しなかった。2人の患者でalien limb phenomenonが認められ、別の患者では著名な非対称性の肢節運動失行を呈し、また別の患者では失行様の運動が認められた。3人の患者は1回の診察しか行われなかったが、ほかの16人は平均3.4±2.7年のフォローアップが行われ、Balint症候群 (n=5)、統覚型視覚失認 (n=3)、色彩失認 (n=2)、半側空間無視 (n=2)、皮質盲 (n=2)、大脳性色覚異常 (n=1) を呈するようになった。知られている限り、7人が発症後9.1±3.7 (4-16) 年で死去した。剖検は6人で得られ、それぞれ個別に報告する。
また、我々は典型的な健忘型のDATを11人 (女性7人、男性4人) リクルートした。平均発症年齢は67.4±7.2 (52-75) 歳であり、PCAコホートより高齢であった (t test vs PCA, p=0.01) が、罹病期間は同様であった (4.4±1.4年, t test vs PCA, p=0.9)。被検者の18人の親族 (女性13人、男性5人) が正常コントロールとして参加した。彼らの平均年齢は67.1±7.9歳であり、他の2群とは大きくは異ならなかった (52-79歳, Tukey post hoc vs DAT and PCA, p>0.05)。

3-2. 認知プロファイル
3-2-1. 背景となる神経心理学的プロファイル
PCA患者の背景神経心理学的プロファイルは、Dementia Rating Scale (DRS, n=11)、Western Aphasia Battery (WAB, n=13)、WAIS-III/R (n=8)、Frontal Behavioral Inventory (FBI, n=6) である。平均のDRSスコア (最大144点) は83.5±27.0点で、障害が重かったのは構成 (26.7%)、開始/保続 (48%)、記憶 (51.2%) であった (得点がサブテストの最大得点に対する割合%で示されている)。比較的保たれていたのは、概念化 (65.4%) と注意 (70.5%) であった。DATと比較して、PCA患者は構成で低い得点を示した (図1, PCA 1.6±1.8 vs AD 5.0±1.5, p=0.0001)。さらに記憶に関してはむしろ良い成績を示した (PCA 12.8±6.0 vs DAT 9.5±1.1, p=0.08)。


図1. DRSサブテスト得点の平均値と95%信頼区間を示した棒グラフ: 得点は各サブテストの最大得点に対する割合%として示されている。PCA患者はDAT患者と比較して顕著な構成障害を示し、一方で記憶についてはボーダーラインだが良好な成績を示した。

WABでは、Qphasia Quotient (AQ) が75.4±16.3であった。読字 (3.3±3.1) と書字 (2.0±2.1) で最も顕著な障害が認められ、WABのその他のセクションより低得点であった (one-way ANOVA, Tukey post hoc tests, p<0.001)。個人別の解析では、失名辞失語が8人、Wernicke失語が3人、伝導失語が1人認められた。DAT患者群と比較して、字発話、呼称、理解、復唱、および総合AQでは明らかな差を認めなかった。しかし、読字 (PCA 3.3±3.1 vs DAT 8.2±1.6, p=0.0005) および書字 (PCA 2.0±1.3 vs DAT 5.8±2.2, p=0.001) に関してはPCAコホートで低い成績が認められた (図2)。


図2. PCA患者とDAT患者に施行したWABのサブテスト得点の平均値: 最大得点を10に補正して示しており、エラーバーは95%信頼区間である。PCA患者は読字と書字で低い成績を示した。

WAISのFull-scale IQは77.9±7.8であり、verbal IQ (91.1±9.0) と performance IQ (62.5±7.2, paired t test, p<0.001) に顕著な差が認められた。FBIでは比較的軽度の行動障害が認められ、平均得点は12.8±6.8であった。この点数は、DAT患者でよく認められる得点域内である (<30)。1人の患者は検査の4年後に行動障害を呈し、FBIで36点とDATのカットオフを上回ったが、脱抑制というよりもむしろ負の行動が目立っていた。
HVOTは、PCA患者で最低スコア (6.5±4.9, n=3)、正常コントロールで最高スコア (n=18, 25.8±2.6)、DAT患者で中間スコア (14.6±6.3, n=10) と、段階的な成績を示した。Post-hoc検定により、すべての比較で群間差が認められた (PCA vs DAT, p<0.05; PCA vs controls, p<0.001; DAT vs controls, p<0.001)。DAT患者と、明確な視覚性失認のないPCA患者を対象に、WABの20個の物体を用いて、触覚と視覚の呼称のベースライン検査を行った。PCA群 (n=7) とDAT群 (n=11) では、触覚で提示された物体を呼称する能力において同様の結果が得られた (PCA, 14.7±4.7 vs DAT, 16.6±4.2, p=0.4)。PCA (p=0.7) でもDAT (p=0.8) でも、視覚提示と比較した触覚提示による呼称の相対的能力に差はなかった。

3-2-2. Object, Face and Color Agnosia Screen


表2. PCA、DAT、正常コントロールのOFCASスコアの比較

完全なOFCASデータはPCAコホートの9人とDAT患者11人 (表2) で存在し、罹病期間 (p=0.53) とMMSEスコア (p=0.73) がマッチしていたが、PCA患者のほうが発症時期は若年であった。OFCASの相貌認知セクションは18人のコントロールに実施され、正常値の指標が得られた。その他のOFCASセクションはコントロールでの検査は行っていない。なぜならば、天井効果が期待できるからである。OFCASの総得点 (最高190点) は、典型的なDAT患者に比べてPCA患者で低かった。また、PCA患者はDAT患者と比較して、物体認知と顔認知のサブテストでも低い得点を示した。色認知のテストでは群間差は認められなかった。コントロール群の顔認知は、両患者群より有意に高かった。カットオフスコア120/190は、PCA患者の2/3、DAT患者の100%を正しく割り当てた。発症時年齢と物体、相貌、色彩認知のOFCASサブセットスコアを予測変数としてロジスティック回帰分析を行った。このモデルは、群状態における分散の52.8%から70.6%を説明し、PCA患者の88.9%、DAT患者の100%の予測に成功した。
サブ解析の結果、PCA患者は、生物と非生物の呼称が同様に障害されていた (paired t test, p=0.35) が、DAT患者は、非生物の呼称がより良好であった (paired t test, p=0.007)。相貌認知の検査では、naming famous faces と face picture matching の両方でPCA患者はDAT患者で同様の成績を呈したが、両患者群とも健常コントロール群と比較して障害がみられた (one-way ANOVA, post hoc Tukey HSD, p<0.001)。Facial expressionでは、DAT患者とコントロール群の成績は同程度であったが、PCA患者は参照群 (DAT) およびコントロール群の両方と比較して成績が悪かった (one-way ANOVA, post hoc Tukey HSD, p<0.001)。DAT群の成績を分析すると、成績に段階が見られた (反復測定ANOVA, p<0.001)。Facial expressionはname picture matchingよりも成績良好であり (post hoc Tukey HSD, p<0.05)、これはさらにfamous face namingよりも良好であった (post hoc Tukey HSD, p<0.01)。PCA群とDAT群では、color perception/matching、color naming、verbal-semantic color associationsの検査で差は認められなかった (t test, p>0.05)。

3-2-3. 複雑図

表3. PCA、DAT、健常コントロール群の複雑図叙述における成績の比較

複雑図のデータはPCA患者8人およびDAT患者10人、そして18人の正常対象者で存在していた (表3)。ここでも、PCA患者とDAT患者の罹病期間とMMSEスコアは一致し、このサブグループでは、DAT患者とPCA患者の発症時年齢に差はなかった。37/78のカットオフスコアは、各患者群の80%を正しく割り付けた。各複雑図スコアを予測変数として用いたロジスティック回帰は、分散の62%~83%を説明し、PCA患者の87.5%、DAT患者の90%の分類に成功した。

3-2-4. 大域 vs 局所処理
ナボン字識別の定量分析では、コントロール群 (29.0±2.9, n=18) と比較して、PCA患者 (9.0±1.7, n=4) では最も成績が悪く、DAT患者 (22.2±7.4, n=10) では中間の成績であった。Post hoc検定では、すべての比較で群間差が認められた (PCA vs DAT, p<0.001; PCA vs controls, p<0.001; DAT vs controls, p<0.01)。PCA患者では、局所的にこだわる誤り、すなわち、小さな文字構成要素のみを一貫して同定する誤りも生じていた。これらの患者では促しを行っても成績に変化はなく、大きな文字の存在やそれが何であるかを教えても、一度もそれを理解しなかった。DAT患者では、大きい方の文字を認識できず、局所的にこだわる誤りを犯す傾向があった (n=5)。すべてのDAT症例において、促しを与えることで成績は改善した。コントロールではたった1人 (MMSE 27) が、小さいほうの文字を認識できず (大域優先の誤り)、満点を取ることができなかったが、すべての誤りは促しで修正された。

 

4. 考察
DATでは、視覚性の問題はありふれており、病理が前方の視覚システムで視神経の変性を起こし、さらに高次中枢に広がることで視構成タスクの障害、地誌的見当識障害、物体および相貌失認を引き起こす。詳細な検査を行うことで、色彩識別、立体視能力、濃淡区別、相貌認知、運動知覚などにおける障害を検出することができるが、逆説的なことに、DAT患者は健常高齢者と比較してこうした視覚症状を医師に訴えることは少なく、ここからこれらの症状は比較的軽度であることが疑われる。一方で、PCA患者は視空間症状が突出しており、これによって患者に障害が現れる。Balint症候群のような特徴的な異常はADで認められるが、頻度は低く、Genevaの精神老年病院で60年以上にわたって記録された2500人の剖検例を後方視的に振り返った研究では、病理学的にADと確認された8人でしか、臨床的にBalint症候群は記録されなかった。
本研究では、我々はPCAの臨床症候群を19例同定し、それらの臨床および神経心理学的プロファイルを詳細に検討し、さらに新たな視空間認知機能検査バッテリーを用いることで、その成績を典型的な健忘型DAT患者のコホートと比較するというパイロット研究を行った。男女比はほぼ同一であったが、発症年齢は60歳以前と典型的なDATよりは早期であった。最も一般的な特徴は、他の言語機能が比較的保たれた失読、失書、silultanagnosia、optic ataxiaであった。完全なBalint症候群は5人で検出され、完全なGerstmann症候群は3人で認められた。半側空間無視視野障害は全体で最も頻度が低い症候であった。我々の症例の中では、Lewy小体型認知症を疑うような、早期からの幻視やパーキンソニズムを示唆する症例は認められなかった。しかし、疾患の後期になると、5人の患者がMcKeith criteriaのprobable DLBを満たした。すなわち、パーキンソニズム、認知機能の変動、幻視という3つの中核症状の中で2つが存在した。顕著な非対称性の肢節運動失行やalien limb phenomenaはCBDの可能性を考えさせた。CBDは、PCAを臨床病型として取りうることがすでに知られており、実際にPCA患者における背景病理として確認されている。運動症状の存在はあるものの、DLBまたはCBDの特徴を有したこれらの患者は、その他の点ではPCAの他の患者と同様の認知機能障害を呈していた。これらの症状と一致して、我々のPCAコホートの背景にある神経心理学的プロファイルとして、performance IQと構成能力で重度の障害が認められ、さらにDAT患者と比較して比較的保たれた記憶能力が示された。行動障害は、あったとしても軽度であった。失語は認められたとしても極めて軽度で、流暢性で、シルビウス裂よりも後方の特性を持っていた。全体的な言語能力は、DATコントロールと比較して違いはなく、PCA患者のほとんどが失名辞失語と分類された。しかし、後方の言語能力としての読字および書字には突出した障害が認められた。視覚性失認は、比較的低頻度の所見であり、PCAコホートの半数以下でしか認められず、さらに相貌失認はたった1/5でしか認められなかった。失認のある患者では罹病期間が長い傾向にあったため、PCAの後期症状である可能性が示唆された。さらに、触覚および視覚による呼称に差がないことは、その他のPCA患者においてわずかな視覚性失認が存在していた可能性を否定している。また、失語が顕著な患者は他の患者よりも罹病期間が長く (6.1 vs 3.7 years, t test, p=0.006)、罹病後期まで言語が比較的保たれていたことを示唆していた。失読が最も一般的な異常であり、腹側視覚経路の機能障害を反映している可能性があるが、2例を除くすべての症例では失読にsimultanagnosiaも伴っており、これらの患者では読解能力を著しく低下させることを忘れてはならない。また、失読を伴う失書がほとんど共通して認められたことから、これらの患者では後頭側頭葉ではなく後頭頭頂葉の病理が読字障害の基盤となっていることが示唆された。これらの顕著な後方皮質症状にもかかわらず、我々の症例のうち、CTやMRIで対応する皮質萎縮が明らかであったのは、ほとんどながらすべてではなかった。
OFCASと複雑図は、後方皮質領域の障害を定量的に測定するためにデザインされた新規のバッテリーを構成する。背側機能は複雑図、腹側機能はOFCASによって検査される。単純にそのまま使用すれば、所要時間は60分である。本シリーズでは、我々はこのバッテリーのPCAおよびDATの2群に対する臨床的有用性を調査するパイロット研究を行った。疾患期間、全般的認知機能、言語能力をマッチさせると、OFCASはPCAコホートでDATコホートと比較して、物体および相貌に認知において有意に重度の障害を検出した。我々の当初の仮説にはなかったが、OFCASは生物と非生物の知覚の知覚の成績に差を見出し、これはカテゴリ特異的意味障害の良い例であると思われた。感覚-機能仮説では、それぞれのカテゴリが異なる属性によって同定される。この仮説によれば、生物は、非生物と比較して、その同定に知覚的属性と視覚性知識により依存する一方で、非生物の同定には機能的特性がより重視される。ここから、PCA患者では生物の同定に強い障害が予期されるが、解析によればカテゴリによる成績の違いは認められなかった (paired t test, p=0.35)。コンピュータシミュレーションを用いた別の理論によると、相互に関連する特徴 (エラがある、ヒレがあるなど) は、非生物よりも生物の表現においてより頻繁に活性化することが示されている。また、これらの相互に関連する特徴によって表現される概念は、軽度の損傷に対しては頑健だが、より一般的で重度の損傷に対してはより敏感に反応することが示唆されている。このモデルから、DATの初期では生物に関する知識が保たれ、進行した疾患ではそのパターンが逆転することが予測される。これと一致して、中等度に分類されるDATコホートでは、非生物に比べて生物に関する識別が劣っていた (paired t test, p=0.007)。
PCA患者では相貌認知が障害されたが、DAT群に比べ、namingとmatching (pointing) は同程度のスコアで、facial expressionのみで障害がみられたことから、これらの患者では主に知覚の障害があることが示唆された。これとは対照的に、DAT症例では、namingとmatching (pointing) による認識が障害されているにもかかわらず、facial expressionは比較的保たれていた (正常対照レベルの得点) ことから、前意味的な知覚過程が保たれていることが示唆された。やや難易度の高い検査ではあるが、name picture matchingに比べてface namingの成績が悪いことから、DAT症例では、語彙の活性化を伴う意味的および後意味的過程にも障害があることが示唆された。PCAコホートでは当初、大脳性色覚異常や色彩失認がみられなかったことを反映して、色彩認識と色彩処理のテストは両患者群で同様の結果が得られ、ここでも下部後頭領域と後頭側頭接合部の相対的な温存が示唆された。
同様に、複雑図の叙述は段階的な成績を示し、正常コントロールで最高、DATで中間、PCAコホートで最低であった。この検査における成績は、絵の中の個々の要素を検出する速度の低下と、全体的なシーンの解釈の低下を示しており、simultanagnosiaで典型的である。視覚処理の背側および腹側経路と同様の流れを汲んで、認知プロファイルと損傷部位に基づいたsimultanagnosiaの下位分類が提唱されている。Dorsal simultanagnosiaは、同時に1つ以上の物体を知覚することができず、その間でシフトする速度が低下する。Ventral simultanagnosiaは、他の物体が見えているのにも関わらず、同時に1つの物体しか認識することができない。我々の患者におけるdorsal simultanagnosiaの明らかな特徴は、Navon字の解釈である。PCA患者は、小さい文字を1つしか知覚することができず、大きな文字があることやそれが実際に何なのかを伝えられても、一貫してそれを認識することができなかった。
全体として、臨床所見と検査結果の組み合わせから、PCAにおける症状の最大の障害は背側視覚路で起こっていることが示唆され、DATと比較して後頭-頭頂領域の選択的代謝低下を示す機能画像研究とも一致している。その後、臨床的な障害は腹側皮質や一次視覚野に広がり、進行するにつれてシルビウス周囲に広がり失語を引き起こす。また、臨床像と検査成績から、DATとは異なる症候群であり、熟知相貌認識など、一見似たような障害の根底には異なるメカニズムがあることが示唆された。このことは、PCA患者とDAT患者を確実に識別できるとともに、これらの検査が後方皮質機能の測定として妥当であることを示唆している。また、これらのテストは、成績の定量的な解釈を可能にし、障害の根底にあるメカニズムについての洞察を与える。本研究の限界は、背側経路と腹側経路の機能障害を区別するための検査であるOFCASと複雑図の信頼性を検討するために、背側と腹側の患者群を明確に区別しなかったことである。しかしながら、本研究は、PCAをその臨床的および認知的プロファイルと、若年発症という特徴によって区別される、別個の臨床的エンティティとして捉えるためのさらなる証拠を提供するものである。評価者間および再試験の信頼性を確立し、特に経時的な機能低下の指標としての妥当性を確認するために、他の患者群におけるOFCASと複雑図を用いたさらなる試験が必要である。

 

感想
ん-ーーーー。PCAに興味があってNeurologyだから読んだんだけど、あんまり勉強にはならなかったかも...。まあ、自分の興味が症候と病巣の対応だからなのかなあ。画像要素があまりにもなかったからテンション上がらなかったのかも。