ひびめも

日々のメモです

ALSにおける病識の喪失: 認知プロファイルの違い

Loss of “insight” into behavioral changes in ALS: Differences across cognitive profiles.
Temp, Anna GM, et al.
Brain and behavior 12.1 (2022): e2439.

 

読みたかったシリーズ②。

 

1. 背景
多系統疾患の中で、ALSは随意運動制御のみならず認知や行動を障害し、ALS-FTSDという疾患スペクトラムを形成する。認知行動障害はALS-FTSDのおよそ50%に存在し、本格的なFTDは15%ほどを占める。特徴的なのは、認知機能障害は遂行機能かつ/または言語の障害を含むという点である。もっとも頻度が高い行動障害は、保続 (40%)、アパシー (29%)、脱抑制 (26%) である。保続は外的環境に柔軟に適応できず行動を反復することを言い、アパシーは興味や動機の喪失を含み、脱抑制は社会的状況における不適切な反応を指す。行動障害は、疾患に関連した障害に対する病識の喪失を伴うことがあり、ALS-FTD患者の25%ほどでみられる。病識とはいったい何でありその喪失とはいったい何なのか、という点についてのコンセンサスは存在しない。我々の研究は、疾患に関連した潜在的な行動変化と臨床的障害に対する病識の喪失に焦点を当てた。具体的には、患者が自身の行動を主介護者とは異なった見方で見ている場合を病識の喪失と考えた。
このような病識の喪失は、bvFTD や ALS-FTD で記載されている。Woolleyら (2010) はALS-FTD患者が自分自身の行動が障害されているとわかっているものの、その程度を介護者と比較して軽度に見積もっていたことを報告した。FTDのないALS患者は軽度の行動異常を経験するが、それに対する病識は保たれていた。ALSにおける病識は重要な研究領域であり、Woolleyら (2010) の発見は改定Strong基準に影響を与え、多元的アパシースケールやALS認知行動スクリーンの作成にもつながった。現在のエビデンスは、ALS-FTDと、FTDのないALSの間の病識の違いにのみ注目している。最も最近のStrong基準は、ALS-FTSD患者を次のようなサブグループに分類した: ALS without cognitive impairment (ALSni), ALS with cognitive impairment (ALSci), ALS with behavioral impairment (ALSbi), ALS with cognitive and behavioral impairment (ALScbi), and ALS‐FTD。これらの分類の中で病識がどのように異なるのかは未だ調べられていない。また、ALSの病識研究に存在するギャップは、生前の知能の効果を調査した研究が存在しないことである。他の神経変性疾患においては、高い言語性知能に伴う病識の保持が報告されている。
我々の研究は、こうしたギャップに対処するために、Strong基準に基づいて患者を分類し、行動障害への病識に対する知能の効果を調べた。我々の仮説は、ALS-FTDと行動障害患者は、自身の行動が障害されているとわかっているものの、その評価程度は介護者と比較して軽度であるというものである。また、これらの患者は、行動障害のないALS患者と比較して、自身の行動の低下に対する病識が高度に障害されているとも考えた。

 

2. 方法
2-1. 被験者
83人のALS患者とその家族が、ドイツのRostockおよびMagdeburgの外来クリニックで前向きにリクルートされた。患者は改定El Escorial基準を用いて診断された。29%がpossible ALS (n=24)、28%がprobable ALS (n=23)、17%がdefinite ALS (n=14) であり、26%は純粋な上位または下位運動ニューロン症候群であったためにEl Escorial基準では分類不可能であった (n=22)。表現型として、古典的ALS (72%, n=59)、上位運動ニューロン症候群 (4%, n=3)、進行性筋萎縮症 (15%, n=12)、フレイルアーム (2%, n=2)、フレイルレッグ (6%, n=5)、不明 (2%, n=2) があった。発症部位は、42%が脊髄領域 (n=35)、30%が球領域 (n=25) であった。28%については、診断時点で発症部位を考えることが不可能であった。1人を除いてすべての患者は遺伝子検査に同意した: 90%が孤発性で、5%がSOD1変異を持ち (n=4)、2%がC9orf72変異を持っていた (n=2)。1人はVAPB変異を持っていた。同様のSOD1やC9orf72変異の頻度の低さは、別の北ドイツサンプルでも記録されている。被験者はStrongおよびRascovsky基準に基づいてプロファイルされた (表1)。背景には2つの違いがあった: ALSci患者はALSni患者およびALSbi患者と比較して低い言語性知能を呈した。家族は、配偶者 (n=65, 78%)、子供 (n=9, 11%)、その他の親族 (n=9, 11%) であった。

表1. 症例の背景

2-2. 測定
2-2-1. Frontal systems behavior scale (FrSBe): この質問票は、患者および情報提供者に対する46個の項目を含んでおり、発症前の行動を後方視的に、および現在の行動を同時に評価するものである (1 [“almost never”] to 5 [“almost always”])。被験者は運動症状の発症前の状況と、検査時の状況の両方について考慮するよう指示される。FrSBeはアパシー、脱抑制、遂行機能障害、総得点という4つのドメインを持つ。粗点は年齢、性別、教育で調整されたTスコアに変換される。T ≧ 65は臨床的に有意な行動障害を示す。これらに基づき、我々は病識を以下のように計算した。まず我々は、現在のスコアから病前スコアを引いた (変化量)。次に、我々は患者自身による変化量から情報提供者の変化量を引いた。すなわち、この数値が低いほど、行動変化に対する病識が失われていることになる (T_Insight ≧ -20が閾値である)。同時に、T_Insight ≧ 20は、患者が自身の行動異常を情報提供者と比較して誇大表現することによる病識の喪失を意味する。したがって、T_Insightは、変化がないことに加えて、現在の臨床的変化と不顕性変化に対する病識の喪失をとらえる。FrSBeは、行動変化と行動障害を区別するために、情報提供者への質問と組み合わされる。情報提供者のFrSBeがStrong基準に合致するか、情報提供者が患者が行動変化によって日常生活に支障を来していると報告した場合、患者は行動障害を有していると考えられた。我々のデータでは、情報提供者と患者の家族関係が評価に与える影響はなかったことが確認された。

2-2-2. 病前IQ: 被験者は、言語性知能の評価を含む神経心理学的評価を受けた。病前の言語性IQの評価は、発症後の患者が正しい標的単語と偽単語を区別できるかを測ることで行った。正しく同定できた単語の数は、先行発表された基準に基づいてIQ推定に変換された。ALS患者はこのテストを正常に行えることが示されており、これは身体障害の程度に依存しないこともわかっている。

2-3. 統計解析
主要解析に先んじて、我々は対応のあるt検定を用いて行動低下が存在することを確認した (図2)。さらに我々は、病前IQ (群ごとに異なっていた) が病識に影響を与えるかどうかについて、Kendallのtau (τ) 相関係数を用いて検討した。

An external file that holds a picture, illustration, etc.
Object name is BRB3-12-e2439-g004.jpg

図2. 病前IQが病識に与える効果: (a) 高いIQはアパシーへの病識の低下と関連していた。(b) ALSci、ALSbi、ALScbi患者では高いIQは脱抑制への病識の低下と関連していたが、ALSniおよびALS-FTD患者では良好な病識と関連した。(c) ALSni以外では高いIQは遂行機能障害への病識の低下と関連していたが、ALSni患者では良好な病識と関連していた。(d) 高いIQは全体的な行動障害への病識の低下と関連していた。

我々の主要解析は、Strong基準による認知行動プロファイルを被験者間独立変数、IQを共変数、アパシー、脱抑制、遂行機能障害、全体的行動障害のT_insightをアウトカムとして、共分散を分析することであった。ALSの認知サブグループごとに病識は異なるという仮説に基づき、帰無仮説を否定するのではなく最も可能性のある代替仮説を支持することを目標とした。このため、我々はベイズ因子仮説検定を行い、帰無モデルと比較することで我々の仮説がどれだけ支持されるかを定量化した。データは Jeffreys’ Amazing Statistics Program (JASP, The JASP Team, 2019) を用いて解析し、結果テーブルに対する最良のモデルを報告するためにJASPセットを用いた。数値的正確性のため、Markov chain Monte Carlo sampling を10,000回行った。シードは icosahedron で決定され、59163 (アパシー)、163613 (脱抑制)、514417 (遂行機能障害)、15112 (総合) 個が決定された。片側Mann–Whitney U検定で、行動障害群と非行動障害群の間のpost-hoc検定を行った。
我々は次のエビデンスカテゴリを適用した: BF > 3 は「中等度」、BF > 10 は「強い」、BF > 30 は「非常に強い」、BF > 100 は「最高級の」エビデンスレベルである。

 

3. 結果
我々はまず、IQの影響や患者群間の病識の違いを調べる前に、患者群ごとに潜在的な行動変化や臨床的に有意な行動障害があるかを確認した。

3-1. 行動障害: 病前 vs 現在
図1では、臨床的に有意な障害 (T ≧ 65) が赤色のバンドで描かれており、臨床的に優位な行動障害の増加は実線で強調されている。

3-2. 現在の自己評価
自己評価による臨床的に有意な障害は、ALScbi群ではアパシーと総行動変化ドメインで報告された (図1a, d) が、ALSni、ALSci、ALSbi、ALS-FTD群は自己評価による障害の報告を認めなかった。

An external file that holds a picture, illustration, etc.
Object name is BRB3-12-e2439-g003.jpg

図1. 各認知プロファイルで、時間とともに、アパシー、脱抑制、遂行機能障害、全体的行動障害が変化した: (a) アパシーの増加、(b) 脱抑制の増加、(c) 遂行機能の増加、(d) 全体的な行動機能障害の増加。

統計的に有意な行動異常の潜在的増加が、アパシーと全体的な行動変化ドメインにわたって、すべての患者群で自己報告された (図1a, d)。ALSni患者はさらに脱抑制の増加を自己報告し (図1b)、ALScbi患者は脱抑制の増加と同時に遂行機能障害の増加を自己報告し (図1b, c)、ALS-FTD患者は遂行機能障害の増加を自己報告した (図1c)。

3-3. 情報提供者の評価
ALSbi、ALScbi、ALS-FTD 患者の情報提供者からは、Strong基準で必要とされるアパシーと全体的な行動変化 (図1a, d) のドメインにおいて、臨床的に有意な障害が報告された。さらに、ALS-FTDとALScbiの情報提供者は、遂行機能ドメインでの障害を報告した (図1c)。ALScbi患者のみが、情報提供者から運動症状発現前に行動障害を示していたと評価された (図1a, e)。
統計的に有意な行動異常の増加がすべてのサブグループでみられた。また、ALSni患者の情報提供者は、アパシー、脱抑制、および全体的な行動変化ドメインにおいて、統計的に有意な潜在的増加を報告した (図1a, b, d)。同様に、ALSci患者もこれらのドメインで行動異常が増加していることが報告された。行動異常が増加しているという統計的証拠を踏まえて、行動変化が臨床的に有意な行動障害に相当しない (T < 65) ものも含めて、すべてのプロファイルにわたって病識を調査した。

3-4. 病識
次に、我々は病前IQが病識に与える効果がStrongプロファイルの間で異なるかを検討した (図2)。病前IQが高いほどアパシー (τ = −0.24, BF = 9.72) や全体的な行動低下 (τ = -0.27, BF = -36.13) に対する病識は低かったが、遂行機能 (τ = −0.13, BF = 0.57) や脱抑制 (τ = −0.14, BF = 0.65) に対する病識との相関は認めなかった。アパシー遂行機能障害と全体的な障害に関しては、IQの効果はStrongプロファイルの間で均一であった (図2a, c, d)。しかし、脱抑制に関しては異なっていた (P(M) = 0.20, P(M|data) = 1.537e‐4, BFM = 6.292e‐4, BF01 = 3978.21, error% = 0.83; compared to the null model)。ALSniとALS-FTDでは高いIQは脱抑制に対する良好な病識と関連していたが、ALSci、ALSbi、ALScbi患者では高いIQは脱抑制に対する病識の喪失と関連していた (図2b)。ALS-FTDにおける分散がこの変化の駆動力になっていないことを確認するため、IQ関連の結果は、ALS-FTD群を除いて反復・複製された。したがって、主要解析では、病前IQを帰無モデルに含めることで補正した。
主要解析では、少なくとも我々の仮説に対して中程度の支持、または中程度の反対を与えるエビデンスを報告した。決定的でない結果は、オンラインサプリメントに掲載されている。これらのANCOVAは、異なるStrongプロファイルの患者が各行動ドメインに対して異なるレベルの病識を示すという仮説を、Strongプロファイルの効果を補正した帰無モデル (病識の変化が共変量IQのみによって駆動されるという効果を表す) と比較することによって検証している。

3-4-1. アパシー: アパシーに対する病識の違いの群間差を支持する最高級強度のエビデンスが認められた (P(M) = 0.50, P(M|data) = 0.01, BFM = 0.01, BF01 = 196.94, error% = 0.88)。すなわち、解析前には帰無仮説と代替仮説は同様にもっともらしいと考えられた (50%, P(M) = 0.50) が、解析後は帰無仮説は1%の尤度に低下し、代替仮説は99%の尤度に増加した。ALSbi患者はALSni患者と比較してアパシーに対する病識が低いことも示された (BF−0 = 21.78, W = 219.50, Rcap = 1.00) (※BF-0は帰無仮説 (0) に対する代替仮説 (-) の尤度を表すBF)、ALSciと比較しても中等度のエビデンスで同様のことが示された (BF‐0 = 4.31, W = 74.00, Rcap = 1.01)。ALS-FTD/-cbi患者とALSni/-ci患者の間の予測された群間差に関するエビデンスは決定的ではなかった。前者の標準偏差は、図3aに示した通り大きかった。臨床的には、すべての患者サブグループは病識を有していた (all T Insight > −20, 図3a)。

An external file that holds a picture, illustration, etc.
Object name is BRB3-12-e2439-g001.jpg

図3. 群ごとのアパシー、脱抑制、遂行機能障害、全体的な行動障害: (a) ALSbi患者はALSniおよびALSci患者と比較してアパシーへの病識が低下していた。(b) ALS-FTD患者はALSci患者と比較して、またALSbi患者はALSni患者と比較して、脱抑制への病識が低下していた。(c) ALSbi患者は、ALSniおよびALSci患者と比較して遂行機能障害への病識が低下していた。(d) 全体的な行動変化に対する病識は、群ごとに統計学的に意味のある差を認めなかった。

3-4-2. 脱抑制: 脱抑制の病識における群間差を支持するエビデンスは、帰無仮説と比較して最高級に強かった (P(M) = 0.50, P(M|data) = 8.106e-4, BFM = 8.113e-4, BF01 = 1232.58, error% = 1.01)。これは、帰無仮説の尤度が0.1%以下に低下し、群間差の尤度が99%に上昇したことを示している。
post-hoc検定の結果、ALS-FTD患者はALSci患者よりも脱抑制に対する病識が低いという中程度のエビデンスが得られた (BF-0 = 4.32, W = 1.00, Rcap = 1.01)。ALSbi患者はALSni患者よりも脱抑制に対する病識が低いという非常に強いエビデンスがあり (BF-0 = 94.46, W = 165.50, Rcap = 1.01)、ALSci患者と比較しても強いエビデンスがあった (BF-0 = 16.74, W = 50.00, Rcap = 1.02)。ALScbi患者とALSni/ci患者の間に予想された群間差に関するエビデンスは決定的ではなかった。臨床的には、ALS-FTD患者だけが、脱抑制への病識を失っていた (図3b)。

3-4-3. 遂行機能障害: 遂行機能障害に対する病識における群間差を支持する強いエビデンスがあった (P(M) = 0.50, P(M|data) = 0.06, BFM = 0.06, BF01 = 16.65, error% = 1.08)。帰無仮説の尤度は50%から6%に減少し、群間差仮説の尤度は94%に増加した。Post-hoc検定では、ALSbi患者はALSni患者よりも遂行機能障害に対する病識が低いという強いエビデンス (BF-0 = 30.67, W = 195.00, Rcap= 1.01) があり、ALSci患者に比べても中程度のエビデンス (BF-0 = 7.27, W = 55.50, Rcap = 1.01) があった。ALS-FTD/-cbi患者とALSni/-ci患者の間で予想された群間差に関するエビデンスは決定的ではなかった。臨床的には、ALS-FTD患者のみが遂行機能の低下に対する病識を失っていた (図3c)。

3-4-4. 全体的な行動障害: 主効果に関する統計的エビデンスは決定的ではなかった (P(M) = 0.50, P(M|data) = 0.55, BFM = 1.20)。帰無仮説の尤度は50%から55%に増加したが、対立仮説は45%に減少した。臨床的には (T > -20)、どのStrongプロファイル群も全体的な行動低下に対する病識を失っていなかった (図3d)。
ALS-FTD患者を含むわれわれのデータは、アパシー (BF = 9)、遂行機能障害 (BF = 5)、脱抑制 (BF = 8)、および全体的な行動障害 (BF = 4.6) に対する病識が、球発症患者と脊髄発症患者で同レベルであったという十分なエビデンスを示した。

 

4. 考察
我々は、ALS-FTSDにおける行動障害、「病識」の喪失、言語性知能の影響を、先行研究の手法を複製することで調査した。我々は、Grossman ら (2007) やWoolley, Moore ら (2010) と同様の手法を用いて行動を評価し、Spitznagel and Tremont (2005) や Spitznagel ら (2006) と同様の手法を用いて言語性知能を評価した。本研究の手法上もともと重要であった点は、知能と「病識」の関連性を探索することに加え、最新のStrong基準に基づいて厳密にプロファイリングを行ったことである。さらに、我々の「病識」の概念、すなわち潜在的行動変化または臨床的に有意な行動障害を認識することができない、という考え方は、行動障害患者群の解析バイアスを減らすことを可能とした。

4-1. 行動障害
すべてのStrongプロファイルサブグループは、統計学的に有意な行動異常の増加を経験した (図1)。Woolley ら (2010) の結果とは対照的に、我々の研究ではALS-FTD患者は臨床的に有意な障害を自己報告しなかった。ALSbi患者はアパシードメインでのみ臨床的な障害を自己報告したが、ALScbi患者はアパシー遂行機能障害、全体的な行動のドメインで臨床的な障害を自己報告した。情報提供者によれば、ALCsbi患者は運動症状の発症前からアパシーだけを呈していた。これは、Strongプロファイルを区別していない先行研究と合致している。脱抑制を呈した患者群はなかった (図1b)。FTDのないALSにおける臨床的に有意なレベルの脱抑制は、文献上でも議論の的である: Mioshi ら (2014) はALS患者の75%は脱抑制を経験しないかあってもごく軽度であり、一方でGrossman ら (2007) はこのドメインの障害が29%でみられることを報告した。全体として、我々の結果は、行動異常の増加は行動障害のないALS患者群でも見られることを示唆している。これらの変化による患者およびその家族の生活の変化は、いまだ研究されていない。

4-2. 認知行動Strongプロファイル間で異なる病識
我々のALSniおよびALSci群は、先行研究からも予測されたように、自身の軽度の行動異常に対する病識を保っていた。しかし、ALSbiとALScbiを細かく区別した研究は未だ存在していなかった。我々の発見は、どちらの群も臨床的には病識を保っていることを示唆した。予期しなかったこととして、我々のALS-FTD患者は自身のアパシーに対する病識を保っており、脱抑制と遂行機能障害に対する病識のみが失われていた (T_Insight ≦ -20) ことである (図1および3)。この臨床的に有意な病識の喪失は、ALS-FTD群のみで生じており、先行研究とも合致した。
臨床的に有意な病識の有無にかかわらず、我々はALS-FTD、ALScbi、ALSbi患者が、ALSciおよびALSni患者と比較して病識がより低いはずだと予測していた。結果として、全体的スコア以外の個々のドメインのすべてでこうした群間差があることを示す強いエビデンスが認められた。病識の喪失は、主にALSbiとALS-FTD患者で認められた。しかし、ALS-FTD患者に関するエビデンスは、アパシー遂行機能障害ドメインでは決定的ではなかった。ALScbi患者の病識に関しても、結論を出すのには不十分なエビデンスしか認められなかった。以上から、我々の結果は効果を示すことはできたもののエビデンスを示すことはできなかった。これはおそらく、ALScbiおよび-FTD群のサンプル数の低さ (n = 8 および = 4) によるものであり、より決定的なエビデンスを示すためには大きなサンプルが必要であると考えられた。
我々の結果は、Woolley ら (2010) によって記録されたALS-FTDの病識の喪失を確認した。我々のような概念的な再現実験では、約10%の試行で結果がまちまちであり、4%が失敗し、86%が成功していた。サンプルサイズが小さいことに加え、いくつかの方法論的な側面が、我々の再現結果がまちまちであることを説明しているのかもしれない。我々のベイズモデリング手法の内部一貫性により、我々の推論が信頼に値しないとみなされるようなサンプルサイズは存在せず、ALS-FTDのサンプルサイズ (n = 4) はWoolley ら (2010) のそれと同等であった。それにもかかわらず、我々のデータで決定的なエビデンスがないのは、我々のサンプルサイズ、かつ/またはFTDの不均一性に起因する可能性がある。ALS-FTD患者における病識の喪失率は、Raaphorstら (2012) によるメタアナリシスから得られたより大きなサンプルサイズと、本研究およびSaxonら (2017) の両方のより小さなサンプルサイズとの間で対照的であった。前者のグループでは170人のALS-FTD患者のうち25%にしか病識の喪失が観察されなかったのに対し、我々の研究では4人のALS-FTD患者のうち75%が検出され、Saxonら (2017) では56人のALS-FTD患者中88%で観察された。このような研究間の異質性は、bvFTDのRascovsky基準が病識の喪失を除外したことによって、病識の喪失を含んでいたNeary基準よりも感度が向上したことを示唆している。

4-3. 病識および病前言語性知能
逆説的に、高い言語性知能はアパシーおよび全体的行動問題に対する低い病識と関連していた (図2a, d)。知能の群間差は脱抑制への病識に異なる影響を与えた (図2b)。すなわち、知能の高いALS-FTDおよびALSni患者は高い病識を有したが、知能の高いALSci、ALSbi、ALScbi患者は低い病識を呈した。他のすべてのドメインでは、患者は言語性知能が高いほど低い病識を示した (図2a, c, d)。知能が高いほど病識が低いことは、他の神経変性疾患でも記載されている。3つの可能性のあるメカニズムが、この逆説的結果の拝見に考えられる。第一のメカニズムは、患者自身に関連している: 個々のbvFTD患者は、疾患に関連した機能低下を自身や自身の生活に対する脅威と感じ、これによって異なる程度の病識の喪失が生じる可能性がある。この脅威は、病前の能力が高いほど強調され、自身の行動異常の否定につながり、これが病識の喪失を招く。第二のメカニズムは、患者-介護者関係に関連する。夫婦は認知および知能レベルをしばしば共有することから、より知能の高い被験者の配偶者はより知能が高い可能性があり、これによって患者の症状をより厳しく評価してしまう可能性がある。第三に我々の結果は、患者または家族が行動異常の程度を適切に表現できないこと、または現状は適切な測定ツールが存在しないことを示唆しているのかもしれない。こうした3つのメカニズムは、相互に排他的ではない。
この研究の限界の一つは、自己評価が可能であったALS-FTD患者の数が非常に少なかったことである。自己評価と情報提供者評価を比較するという研究デザインは、デフォルトでFrSBeを理解し、記入することが認知的に不可能な患者が分析から除外されたため、サンプルにバイアスが生じた。決定的なエビデンスが得られたのは、n ≧ 12のサブグループのみであった。おそらく、サンプルサイズが小さいことが、より小さいサブグループでエビデンスが得られなかった根源であろう。しかし、効果が小さいか不均一である場合、大きな標本でもエビデンスが得られないことがある。
FrSBeは行動障害を測定するためのゴールドスタンダードと考えられているが、ALSでは行動症状が運動障害と関連していることがあるため、過大評価されている可能性がある。これらの結果は、今後、より大規模なコホート、特にALS-FTD患者やALScbi患者において、我々の知見を再現する研究が有益であろう。ALSにおける認知的予備能を確立しようとする最近の努力は成功しており、今後の努力により、この概念を行動や病識との関連でより具体的に調べることができるだろう。より明確にするために、知能レベルが高いほど病識レベルが低いというパラドックスについては、今後の調査が必要である。さらに、行動の変化と介護者の負担との関係、および「病識」に対するその意味についても、今後の調査が必要である。
まとめると、ALS患者の行動問題は、認知行動プロファイルに関わらず生じた。ALScbi患者のみが運動症状の発症前に行動異常を経験した。行動問題に対する病識は非認知症患者群では全てのドメインで認められたが、ALS-FTD群では脱抑制と遂行機能障害に対する病識は失われていた。我々の研究は、病前言語性知能が高いほど病識が低くなるという逆説的結果を示したが、これはさらなる研究に値するものである。

 

感想
ベイズ統計の仮説検定使ってる研究初めてみた。nが少ないからこういう手法にしたんだろうか。詳しくないからわかんないけど。
全体としてALS-FTDおよびALSbiでは病識がなくなりがち、というのはきれいな結果でよかった。この研究は行動問題 & 遂行機能障害に対する病識しか評価していないけど、自身の運動症状に対する病識が全くない患者さんもいるので、ぜひ運動症状への病識を検討した文献も読んでみたいと思った。
言語性知能との関連性は、あんまりモノを言えない気がするなー。知能をJART/NARTみたいな簡易検査で測るのって言い訳でしかないと思っているので。
あと、介護者の情報と本人からの情報の差で病識を定量的に評価するのは再現性がありそうでいい方法だなと思った。