ひびめも

日々のメモです

右側頭葉変性と社会感情的意味記憶: 意味行動障害型前頭側頭型認知症 (semantic behavioural variant frontotemporal dementia)

Right temporal degeneration and socioemotional semantics: semantic behavioural variant frontotemporal dementia.
Younes, Kyan, et al.
Brain 145.11 (2022): 4080-4096.

 

右側頭葉界隈でウワサのこの文献!

 

1. 背景
前頭側頭型認知症 (frontotemporal dementia, FTD) は、前頭側頭葉の萎縮に関連した進行性の人格変化、社会行動障害、言語障害カプセル化するために導入された用語である。FTDにおいて、行動症状はしばしば右半球の前頭葉、側頭葉、島および線条体-淡蒼球領域に局在するが、言語障害は典型的には左半球構造に局在する。現在、FTDと関連する行動症候群は「行動障害型前頭側頭型認知症 (bvFTD)」と呼ばれ、言語症候群は「原発性進行失語 (PPA)」と一括して呼ばれる。
側頭葉前部 (anterior temporal lobe, ATL) を標的とする神経変性はしばしば疾患の初期には非対称性である — 左ALT (lATL) または右ATL (rATL) を標的とした局所的な萎縮 — とともに、初期の言語または行動障害の臨床表現型と関連している。時間経過とともに疾患は対側の半球に波及し、言語および行動症状が収束する。両方の表現型、すなわちlATLとrATLにに優位な変性は典型的にFTLD-TDP C型 (transactive reponse DNA binding protein 43 type C) 病理と関連することから、片側のATL障害は単一の病理学的連続体の異なる表現型を反映するものと考えられている。このうち、lATLに優位な萎縮を対する患者群は、典型的には物体に対する意味知識に優位な障害を特徴とする言語の障害を呈する。意味性認知症のコンセンサス臨床基準、およびより最近の意味障害型PPA (svPPA) の基準は、失名辞、単一単語理解障害、物体同定障害を招く言語的意味障害の存在を強調している。これらの基準はより広範な意味処理障害の症状、たとえば視覚的に提示された物体や相貌の同定の障害を含んでいるものの、ATL変性の文脈において生じうる社会感情的および行動的な障害を強調してはいない。このため、既存の診断基準はrATLの変性による主要な症状を見逃している。
そして、rATLの局所的な萎縮を有する患者は感情および行動における重度の変化を呈し、bvFTDと区別が困難な症状が現れるが、同時に (失語ではないものの) svPPAに見られるような特徴も現れる。先行研究では、rATL優位の変性を持つ患者は有名人の認知の障害や他者への共感の障害を呈することを示した。共感性の低下 — 社会的つながりや思いやりの低下と感情的応答の欠如を含む — は、疾患がrATLを標的とする際にしばしば目立つ所見である。神経画像研究は、rATLの萎縮を共感性、非言語的社会的手がかり (e.g. 皮肉) の検出、表情による感情認知を含む幅広い社会感情的機能の障害と関連付けた。一次および連合感覚・運動皮質の情報を統合することによって、ATLsはあらゆるカテゴリの意味知識を表現するアモーダルハブであると考えられている。両側のATLが意味知識に寄与するという強いエビデンスはあるものの、左および右のATLの側性化は、左右の半球から入力される多様な情報の違いを反映している可能性がある。言語ネットワークとの強い結合によって言語的特徴を意味知識に結合するlATLとは対照的に、rATLは右半球の視覚および社会感情的ネットワークとの際立った結合を介して、非言語的な意味知識を表現することにより強く関与している可能性がある。このため、非言語的 (e.g. 視覚、感覚、内臓) 情報を統合することによって、rATLは社会感情的な意味知識の中核的ハブとして機能すると思われる。このモデルでは、典型的な半球機能側性化を持つ個人では、局所的なlATL変性は、言語性意味知識を強く障害すると予測され、またrATL変性は非言語的な社会感情的意味知識を障害すると予測される。この仮説と合致して、視覚性意味連合、生物の同定 (動物は主に視覚的特徴によって同定される)、音の認知、触覚・嗅覚・味覚刺激の認知を含む、非言語性の意味知識タスクはすべてrATLと関連していた。この側性化は、左半球が言語優位である個人で観察されるが、非右利き患者は半球優位性の逆転によって、正反対の症状を呈することがある。
右および左のATL機能の理論的理解の進歩とは反対に、rATL優位の萎縮を呈する患者は疾病分類学上の課題に直面している。実際、rATL優位症候群の症状は、理論的または臨床-解剖学的モデルに明確には関連付けられてきておらず、コンセンサス診断基準は存在しない。そして、rATL優位の変性を呈する患者はしばしば 'right temporal svPPA'、'right temporal semantic dementia'、'right temporal bvFTD'、'right temporal variant FTD' などと呼ばれており、svPPAおよび意味性認知症 (言語性意味記憶の障害を強調する) やbvFTD (行動および感情的な特徴に焦点を当てている) の診断基準とオーバーラップする症状を有することがある。さらに、共感性の消失は、家族や臨床医によって精神症状と誤解釈される可能性があり、rATL変性が優位の患者は、bvFTDの診断が正当化されるような重度の行動障害を呈する程度にまで進行した疾患の後期で同定されることもある。これらの診断的困難は、背景にある神経病理学的困難に関する不確実性を向上させる可能性があり、さらに疾患修飾治療が利用可能になるとともに解決の重要性が増す臨床的ジレンマをも増強させる可能性がある。したがって、rATL優位症候群の診断基準は、早期の疾患の同定を容易にし、非言語性意味の研究を加速させ、神経変性疾患における社会感情的機能低下の信頼性に足る測定手法の開発を促進することができる。
今回の研究の目標は、rATL優位の萎縮を呈する大規模患者コホートにおいて、臨床的、神経心理学的、遺伝的、解剖学的、病理学的な特性を調査することであった。患者は、言語と社会感情的機能の両方の包括的評価を含むFTDスペクトラム疾患多職種プロフェクトの中で研究された。我々はrATL優位の患者を、臨床および神経画像基準によって決定された前頭葉優位のbvFTDとlATL優位のsvPPAと比較した。前提として我々は、rATL優位の病変を持つ患者が、早期から社会感情的な非言語概念に関する意味記憶の喪失を呈することによって特徴づけられる臨床プロファイルを持ち、行動症状 (e.g. 共感性の喪失) を呈するであろうと提唱した。我々は、共感性の喪失はrATLに優位な萎縮を持つ患者の突出した特徴であり、bvFTDの他の行動症状 (e.g. 脱抑制、アパシー/イナーシャ、判断力の低下と遂行機能障害) はそこまで一般的ではないと考えた。また、rATL優位の変性を持つ患者がsvPPAのいくつかの症状を有する可能性は考えられた (e.g. 言語理解障害と物品呼称障害) が、これは比較的軽度である可能性が高く、rATL優位の萎縮を持つ患者はPPAの診断基準をしばしば満たさないであろうと仮説立てた (i.e. 失語は最も突出した初期の臨床特徴である一方で機能障害の主要な原因ではない)。そして、今回提示する結果を踏まえ、我々はrATL優位の症候群に対する新しい診断基準を提唱する。これは、bvFTDやlATL優位のsvPPA症候群と、連続しているものの質的および量的に異なるものである。

 

2. 方法
2-1. 参加者
我々は、bvFTDかつ/またはsvPPAの基準 (次を参照) を満たし、1998-2019年の間にUCSF Memory and Aging Center (MAC) を訪れた患者 (n=682) を同定した (図1)。訪問の想起段階では症状はしばしば軽度であったため、CDR (Clinical Dementia Rating scale) のスコアは適格基準に含めなかった。最初の研究評価の1年以内の脳MRI画像がない患者は除外された (n=204)。残りの478症例から、我々は構造的神経画像手法を用いてrATLに優位な萎縮を持ち前頭葉が比較的保たれている患者を同定した (詳細は次を参照) (n=46)。さらに我々は、比較のために他の3つのグループについても検討した: lATRに優位な萎縮を持ち前頭葉が比較的保たれた患者群 (n=75)、前頭葉に優位な萎縮を持ちrATLが比較的保たれた患者群 (n=79)、そしてMAC Hillblom Healthy Aging Networkから集められた健常高齢コントロール群 (n=59)。我々は、厳格な臨床および解剖学的適格基準を用いて、rATL患者を他の3つのグループと分離し、rATL優位症候群の認知行動表現型を明らかにすることを目的とした。患者または介護者はHelsinki宣言に合致した手続きに従ってインフォームドコンセントを提供しており、研究はUCSF Committee for Human Researchによって承認された。

2-2. 診断基準
行動神経内科医 (K.Y.) と神経心理学者 (M.M.) の2名の評価者が、rATL優位患者の利用可能なすべての医学的データを検討し、以下の診断基準を満たすかどうかを判定した: (i) Neary-FTD、(ii) Neary-Semantic、(iii) bvFTD、および (iv) svPPA。また、PPAの一般的な基準 (i.e. 失語が疾患初期の最も顕著な障害であること) を満たしているかどうかにかかわらず、患者がsvPPAの特徴 (i.e.  物品呼称や単一単語理解の障害) を有しているかどうかにも注目した。これによって、行動表現型が有意な患者における言語的意味障害が評価可能になった。また、2人の評価者はこれらの基準のどれかに合致した時期が、以下の3つのタイミングのどこであったのかを決定した: (i) 発症後3年以内、(ii) 最初のMAC研究評価時、(iii) 最初のMAC評価後の数年後。

2-3. 詳細な症状表記用語と時間経過
すべての研究参加者は行動神経内科医、神経心理学者、言語病態学者、看護師によって評価された。臨床病歴は介護者/情報提供者からの裏付けを得ながらそれぞれの患者から聴取し、まず発症様式と時期を同定した。次に、症状がどのように進展したかの時系列を聴取し、さらに記憶、言語、遂行機能、視空間認知、行動、睡眠、感覚処理、運動機能の項目別の詳細なレビューを行った。後ろ向き面接によって症状の時間経過を十分に補足できるため、疾患の同一ステージにおける評価のために受診してもらう必要性は生じなかった。
我々は、それぞれの患者で記載されていたことのあるすべての症状に注目するのではなく、初期の5つの症状を記録した。これは、ほとんどの患者の疾患後期では、古典的なbvFTDの症状 (脱抑制、アパシー、共感性の喪失、強迫、過食、遂行機能障害) の多くとPPA症状 (言語および意味の障害) が生じるものと考えたからである。我々の行動および感情症状のカテゴリ化を洗練するために、以下の用語を用いて症状を目録化した。
i) 共感性の喪失: 他者の感情や要求を認知、理解し、反応することの障害; 感情的に他者から距離を置くこと; 感情的表現の減少や不適切さ、社会的興味や人間関係または人の温かみの減少。
ii) 単語と物体の意味の喪失: 単語、事実、概念、生物または無生物、場所またはランドマークに関する知識の喪失。患者はこれらのドメインに関して、呼称の障害、再生の低下、同定の障害、親近感の低下を示す。
iii) 人に特異的な意味知識の喪失: 相貌、名前、人物に関する知識の喪失 (有名人、身近な人々 かつ/または 家族の構成メンバーの伝記的情報を含む)。患者は、以前知っていた人々に関する呼称の障害、再生の低下、同定の障害、親近感の低下を示す。
iv) 複雑な強迫行為と頑固な思考過程: 固定的スケジュールまたは役割への固執、独断的考え (dogma) や健康へのこだわり (e.g. 宗教性の亢進、心気症)、特定の色・服・食事への限定的な嗜好性、ワードゲームやパズルによる時間の浪費。
v) 単純で反復的な行動、買い溜め、執念: 反復的な運動 (e.g. クリック、タップ、ペース) または言語的ステレオタイプ、買いだめや物体または人への固執
vi) アパシー/イナーシャ: 認知的 (計画や随意的運動の減少)、行動的 (自発的思考や行動の減少)、感情的 (社会的、感情的、行動的興味の減少) なアパシー
vii) 脱抑制: 衝動性や社会的に不適切な行動、マナーまたは礼儀の喪失。
viii) 判断力の低下と遂行機能障害: 性急または注意の欠けた行動、柄にもない判断の誤り。特に、現在のbvFTD基準では判断力の低下は脱抑制の一部と考えられているが、この研究ではこれら2つの症状を分けて考えた。これは、2つが異なる神経解剖学的システムによって支えられている可能性があるからである。
ix) エピソード記憶の障害: 最近の出来事や自伝的情報を思い出すことができない。
x) 過食や食習慣の変化: 食嗜好の変化、過食、アルコールやたばこの消費の増加、口唇傾向、食べられないものを食べる。
xi) 運動ニューロン病の徴候: 球麻痺や四肢麻痺
xii) 他の症状: 視空間認知機能障害、衛生観念の低下、性欲の低下、食習慣の変化 (食事量の増加または低下)、体重増加、体重減少、過眠および不眠。これらの症状は、他の神経変性疾患で一般的なもの、または特定の神経変性疾患には特異性のない症状である。

2-4. 機能的、認知的、行動的評価
患者は、前述したように、機能的、神経心理学的、社会感情的手法 (表1および表2) を含む包括的な集学的評価を受けた。認知機能バッテリーの説明と患者の成績の詳細は補足資料に示した。言語的意味知識は、Peabody Picture Vocabulary Test (単語を最もよく表す絵を選ぶテスト)、Boston Naming Test (15項目からなる簡略化されたテスト)、および意味的言語流暢性 (60秒間にできるだけ多くの動物を出現させるテスト) で評価された。非言語的意味知識は、Pyramid and Palm Tree test の絵バージョン (PPT-P) でテストされた。

われわれは、社会感情機能の複数のドメインを、タスクに基づく一連の手法で評価した。視覚的相貌認知は、Comprehensive Affect Testing System (CATS) のidentity-matching下位検査 (普通の表情をした2つの顔のペアが同一人物なのか異なる人物なのかを決定するもの) で評価した。感情的相貌表現を言語的にラベル付けする能力は、CATSのemotion identification タスク (写真に写った表情を最もよく説明する感情用語を選択肢の中から選ぶもの) によって検査された。The Awareness of Social Inference Test (TASIT) の Emotion Evaluation Test (EET) の短縮版では、患者は、短いビデオクリップの中で演者が表現する感情を複数の選択肢のリストから同定した。TASIT の Social Inference-Minimal Test では、韻律、表情、ジェスチャーを含む社会的手がかりの解釈を通して、ビデオ中の演者の皮肉を検出することが求められた。心の理論 ― 他者の思考、感情、意図を推測する能力 ― は、UCSF Theory of Mind Test を用いて、認知モダリティ (i.e. ビデオの中の演者に関する一次および二次の物体知識を同定する能力)  および感情モダリティ (i.e. ビデオ中の演者に関する一次および二次の感情知識を同定する能力) において検査された。人に特異的な意味知識は、UCSF Famous Faces Naming Test (有名人の顔写真に名前をつける自由回答課題)、Semantic Famous Face Association Test (職業に基づいて有名人の顔をマッチさせる)、Semantic Famous Name Association Test (職業に基づいて有名人の名前をマッチさせる)、Semantic Famous Face Recognition Test (4つの顔から有名人の顔を選ぶ) を用いて評価された。さらなる社会感情テストの詳細は補足資料にある。

※ 感情的心の理論 (eToM): eToMテストは、感情的な題材を用いることで心の理論的推論を行い、視点をとる能力を測定する。受験者は、登場人物が感情的な状態で相互作用しているビデオを見て、登場人物の他者の感情状態に関する知識や信念について、一次および二次のToM推論を行うよう求められる。登場人物の感情は常に語り手によって明示的に名指しされるため、受検者は課題をこなしながら感情を読み取る能力は必要なく、相手の名指しされた感情状態に対する登場人物の視点を理解するだけでよい。この課題では、8つのビデオクリップが表示され、現実的な設定で2人の登場人物が感情を表現し、ナレーションがその場面を説明する。一方の人物がその場を離れると、もう一方の人物の感情が特定の出来事によって変化し、その後、最初の人物が戻ってくる。ビデオクリップの後、参加者は3つの質問をされる。1つ目は、登場人物の1人がいなくなったときに起こった出来事を尋ねるコントロールの質問で、被検者がビデオについて基本的な理解をしているかどうかを確認するために用いることができる。第2問は、その場面に常に留まっていた人物の最後の感情状態が何であったかを問うことで、第1階の心の理論の信念を正しく割り当てる能力を測定する。第3問は、一方の登場人物が他方の登場人物をどう思っているかを問うことで、第2次の心の理論の信念を正しく割り当てる能力を測定する。シナリオの半分には、登場人物の一方が他方に知らず知らずのうちに観察されているという「ズル」条件が含まれており、eToMの推論をより複雑なものにしている。

患者の日常生活における社会感情的行動を評価するために、情報提供者に基づく尺度も用いられた。情報提供者は、Interpersonal Reactivity Index (IRI) を用いて、患者の現在の認知的共感性 (i.e. perspective taking) と感情的共感性 (i.e. empathic concern) を評価した。他者の微妙な感情表現に対する感受性と反応性は、情報提供者がRevised Self-Monitoring Scale (RSMS) を用いて評価した。FTDで影響を受けることが知られている人格の領域である対人関係の冷淡さ、温かさ、支配性は、情報提供者によるInterpersonal Adjective Scales (IAS) を用いて評価した。行動抑制系 (i.e. 脅威に対する回避や感受性に関連する行動) と行動活性化系 (i.e. 報酬反応性、意欲、楽しさの追求を含む接近動機に関連する行動) は、Behavioural Inhibition System/Behavioural Activation System (BIS/BAS) 質問票による情報提供者の評価によって評価した。

2-5. 構造的神経画像解析
我々は、構造的T1強調画像を過去に報告したように処理した。各患者の灰白質マップをMAC Hillblom Healthy Aging Network の神経学的に健康な高齢対照者534人 [年齢範囲44-99歳、平均±標準偏差 (SD): 68.7±9.1、男性220人/女性302人] と比較し、年齢、性別、頭蓋内総容積、磁場強度で調整したWスコアマップ (Wマップ) を作成した。Wスコアの平均値は、確率的Desikanアトラスの関心領域ごとに抽出した。Wスコアの平均値は0、SD値は1であり、+1.65および-1.65の値は95パーセンタイルおよび5パーセンタイルに相当し、それぞれ標準標本と比較して灰白質体積が大きい領域および小さい領域を示す。
rATL優位変性群には、最も低い3つのWスコアが右側頭葉領域にあり、以下のような萎縮指数に基づいて前頭葉が相対的に保たれている患者を含めた。rATLに最大萎縮を持つ各患者について、前頭葉の全ROIの平均Wスコアと右側頭葉の全ROIの平均Wスコアを計算し、次の指数で割合を計算した: 右側頭葉指数=前頭葉の平均Wスコア / 右側頭葉の平均Wスコア。指数が0.50未満であったrATL優位変性患者 (n=46) を本研究に組み入れた (図2Aおよび補足表1)。同様の方法で比較群も選択した。最も低い3つのWスコアが前頭葉領域にあり、萎縮指数 (前頭葉の平均Wスコア / 右側頭葉の平均Wスコア > 0.50) に基づいて右側頭葉が相対的に温存されている患者を前頭葉優位群に含めた。最も低い3つのWスコアが左側頭葉にあり、萎縮指数 (前頭葉の平均Wスコア / 左側頭葉の平均Wスコア < 0.50)に基づく前頭葉の相対的温存が認められる患者は、lATL優位群に含まれた。我々は、前頭葉の病変の程度に基づいてrATL患者とlATL患者を一致させるため、側頭葉/左側頭葉の側性指標の代わりに、lATLに対してこの指標を導入した。

図1. 患者の選択: 我々はUCSF MACデータベースを検索し、第一の適格基準として臨床診断を用いた。すなわち、bvFTDまたはsvPPAの臨床診断を受けた患者を対象とした。次に、第一評価の1年以内に脳MRIを撮像されていない患者を除外した。そして、脳MRIのWマップで右側頭葉、前頭葉、左側頭葉にピークの萎縮を持ち、各萎縮指標に基づく萎縮の偏りを示す被験者をそれぞれ同定した。

図2. 右側頭葉、左側頭葉、前頭葉に優位な神経変性の神経画像と症状の時間経過: (A) 外側および内側のビュー。データドリブン神経画像アプローチに基づき、右側頭葉、左側頭葉、前頭葉に優位な萎縮が認められることを適格基準の一部に用いた。右側頭葉優位群は、左ATLよりも右側頭葉における最大萎縮を呈し、左よりも右の島や膝下部前帯状回、右の尾状核が萎縮していた。特に、前頭葉頭頂葉後頭葉はスペアされていた。左側頭葉優位群は、右ATLよりも左側頭葉における最大萎縮を呈し、右よりも左の島、膝下部前帯状回尾状核が萎縮していた。さらに、前頭葉頭頂葉後頭葉がスペアされていた。前頭葉群は両側の外側および内側前頭葉と左の側頭葉に体積減少を認めたが、右側頭葉は比較的保たれていた。(B) 左上: 症状の凡例。右上: 右側頭葉優位群の症状経過を示したパネル。最も一般的な初期症状は共感性の喪失、人に特異的な知識の喪失、頑固な思考過程、複雑な強迫行為であった。左下: 前頭葉優位群の症状経過を示したパネル。最も一般的な初期症状は、判断力の喪失、遂行機能障害アパシー、脱抑制であった。右下: 左側頭葉優位群の症状経過を示したパネル。最も一般的な初期症状は言語性意味記憶の喪失、人に特異的な知識の喪失、頑固な思考過程、複雑な強迫行為であった。

萎縮の優位部または萎縮指数のいずれかの要件を満たさない患者は除外された。最も低いWスコアがrATL、前頭葉、lATLにない患者は除外した。こうして除外された164人中、Wスコアの最低値の局在は、小脳が4人、混合が65人 (低い方から3番以内のWスコアの局在が別々の部位にあった)、皮質下が62人、後方が33人 (頭頂葉または後頭葉) であった。また、最大萎縮がrATL、lATLまたは前頭葉にあったが、萎縮指数の閾値を満たしていない場合にも除外した。こうして除外された114人中、rATLに最大萎縮があったが前頭葉/右側頭葉の萎縮指数が0.5より大きい患者が41人、前頭葉の萎縮が最大だが前頭葉/右側頭葉の萎縮指数が0.5未満の患者が29人、lATLの萎縮が最大だが前頭葉/左側頭葉の萎縮指数が0.5より大きい患者が44人存在した。
本研究で対象とされたそれぞれの患者群は単一の脳領域のみで萎縮を呈したわけではない (たとえば、画像評価を行った時点で両側ATL容積の減少を呈していた患者が多かった) ことを認識して、我々は他領域と比較してある1つの領域で特に目立った最大萎縮を呈した患者群について、「優位」という用語を用いて定性的な表現を行った。このため、我々は「rATL優位」群の脳萎縮パターンで前頭葉や左側頭葉領域の萎縮が様々な程度で認められることを認識しているが、こうした患者はみな一様にrATLに最大の萎縮を持っている。同様に、「lATL優位」は前頭葉とrATLの萎縮と比較して特に目立った萎縮がlATLで認められる患者群を指す。「前頭葉優位」という用語もまた、ATL萎縮と比較して前頭葉に強い萎縮を持つ患者群を示している。それぞれの群の萎縮は図2Aに示されており、最大萎縮領域を超えた萎縮があることがわかる。そして症状は、これらの複数の萎縮部位で結合されたネットワークの障害によって起こっている可能性が示唆される。

2-6. 遺伝子および神経病理学的データ
参加者は以下の遺伝子変異についてスクリーニングを受けた: PGRN、MAPT、TARDBP、C9orf72、APP、PSEN1、PSEN2、FUS、APOEである。剖検を受けた患者の脳は、UCSF Neurodegenerative Disease Brain Bankのプロトコールに従って処理され、分析された。つまり、23の組織ブロックから8つの微厚ホルマリン固定パラフィン包埋組織切片を切り出し、27の関心領域を表現した。すべてのブロックはルーチンのHE染色で観察され、サブセットは過リン酸化タウ、アミロイドβTDP-43、α-シヌクレイン、3R-タウ抗体の免疫組織化学染色でも観察した。神経病理学的診断はコンセンサス基準に基づいて行われた。

2-7. 統計解析
すべての連続データの正規性の検定はShapiro-Wilk検定で行った。分散の均質性はLeveneの検定で検定した。臨床症状やAPOE遺伝子型などのカテゴリー変数の群間における頻度の統計的差は、カイ二乗検定で行った。人口統計学的尺度の平均値 (表1) は、ANOVA検定により群間で比較した。機能的尺度、神経心理学的尺度、言語的尺度、社会感情的尺度の平均値 (表1、表2) は、年齢、性別、MMSEで測定した疾患の重症度を補正した共分散分析検定で比較した。サンプルサイズが不均等であり、群間分散も不均等であったため、一対ごとのpost hoc比較は、推定限界平均とBonferroni-Sidak調整確率を用いて多重比較を補正し、P<0.05を統計的有意性の閾値とした。データ解析はSPSSを用いて行った。表1および表2は、年齢、性別、MMSEで測定した疾患の重症度を補正した後の推定限界平均値、標準誤差、統計的有意性を示している。Post hoc群間分析に共分散分析と推定限界平均を使用する場合、個々のデータ点をグラフ化することはできないが、視覚化の目的で、主要な社会感情測定値の補正前のデータ点、平均値、標準偏差を図3に示す。

図3. 社会感情的および神経心理学的特徴. 主要な社会感情的検査の結果を示した図である。これは右側頭葉優位の患者と前頭葉優位の患者を区別するのに役立っている。より詳細な情報は表2に記載している。すべての疾患群はFamous Face Namingで障害を示している一方で、右側頭葉優位群と、程度は低いものの左側頭葉優位群のみで、Famous Face Recognition と Semantic Association の障害が認められた。また、すべての疾患群が TASIT-EET と TASIT-Sarcasm で単純および複雑な社会的手がかりの認知の障害を呈したが、前頭葉優位群のみがコントロール認知タスクである TASIT-Sincere で障害を呈した。右側頭葉優位患者は複雑な社会的手がかり、すなわち TASIT-Sarcasm で前頭葉優位群と比較したにおける有意に低い成績を呈した。さらに、右側頭葉優位群は前頭葉優位群と比較して冷淡さが目立った。右側頭葉優位群と左側頭葉優位群は、Emotional Theory of Mindの障害を呈したが、Cognitive Theory of Mindの障害は呈さず、これは両者における障害が示された前頭葉優位群とは対照的であった。

 

3. 結果
3-1. 人口統計学的特徴
表1は、人口統計学的情報を示している。性別の分布は健常コントロールと患者群で異なっていないものの、健常コントロールはすべての患者群と比較してより高齢であった。すべてのコホートの患者は十分な教育歴を持ち、平均して15.5年の教育歴であった。また、rATL優位群の91%は白人、9%はアジア人で、これは他の群との差を認めなかった。rATLコホート (n=46) では、発症年齢の平均は60.2歳 (SD=6.8歳) であり、52%が男性、15%が非右手利きであった。平均して、rATL優位患者は重症度として軽度から中等度であった。すなわち、初評価時の平均MMSEスコアは25.7/30 (SD=5.2) であり、これは他の疾患群よりも高かった。また、rATL群のCDRは平均0.9/3 (SD=0.5) であり、これはlATL優位群よりも低かった (前頭葉優位群とは同等であった)。我々は、以降の解析で年齢、性別、MMSEを交絡因子として扱った。

3-2. 診断基準と臨床症状の時間経過
疾患初期の3年間では、rATL優位群の中の少数のみがNeary-FTD (13%)、Neary-意味性認知症 (9%)、bvFTD (27%)、svPPA (13%) の診断基準を満たした。群内の約1/3がsvPPAの言語性の特徴を有した (i.e. 物品呼称および物体知識の障害) が、失語が初期の優位症状ではなかったため、PPAの総合的基準を満たすことはなかった (36%)。MACにおける最初の研究評価の時点 (発症から平均5.3年) では、この割合はより高かった: Neary-FTD (52%)、Neary-意味性認知症 (11%)、bvFTD (83%)、svPPA (16%)、svPPAの特徴を有するもの (78%) (補足表2)。
疾患初期の3年間で生じたすべての症状を統合すると、rATL優位な変性を示した患者で最も一般的な症状は、共感性の喪失 (27%)、人に特異的な意味知識 (23%)、複雑な強迫行為および頑固な思考過程 (18%)、言語性意味知識の喪失 (13%) (図2B)。なお、rATL優位群の初期の2症状の順序は補足表3に示されている。


介護者が報告した共感性の喪失の例として、他者の感情や需要を理解し応答する能力の低下 (e.g. 親を亡くしたり終末期疾患と診断された親族を慰めない、葬儀で無粋な発言をする、泣いている子供になぜ目が濡れているのか尋ねる、自己中心的になる)。我々の経験では、他者に対する共感性の喪失はしばしば介護者から利己的行動として解釈される。また、人に特異的な意味知識の喪失の例には、顔や声で有名人を認知できない、有名人のプロフィール情報を再生できない、親しい人物に対する患者自身の関係性がわからない、などが含まれる。複雑な強迫行為や頑固な思考過程の例には、固定的なスケジュールに対するこだわり、古い凝り固まった考え方、書字過剰、心気症、色や服装、食事、ゲームに対するこだわりなどがある。稀ではあるが、単純な反復行為または反復言語、貯蔵行動を呈することもある。言語性意味知識の喪失には、単語の意味の理解障害や物体認知の障害が含まれる。
rATL優位な変性を持つ患者が人に特異的および言語性意味知識の両方の喪失を持つ場合 [32人 (69%)]、24人 (75%) では人に特異的意味知識の症状は言語性意味の訴えよりも早かったことが報告されている。5人 (10%) は言語性意味の訴えなくして人に特異的意味知識の症状を有しており、また6人 (14%) は人に特異的意味知識の症状なくして言語性意味の訴えを有していた。3人 (6%) のみがこのどちらをも有さなかった。
rATL優位群のこうした初期症状は疾患の発症から3年以内に揃ったが、それ以外の症状 (5つ目、6つ目、それ以上) は疾患の進行とともに現れた。発症から4年目になると、アパシーや脱抑制が生じるようになった。これら2つの症状については、報告のされ方の違いが曖昧性を生んだ。アパシーは11人の患者に関する臨床的訴えとして病歴の中で明示的に記録されていたが、NPIで記録されたアパシーは39人にのぼった。ここから、医療面接中の介護者による報告と、NPIの質問票への回答には解離があることが示唆された。興味深いことに、NPIにおけるアパシーの項目は大部分が感情的アパシーの文脈で記載されており、認知的イナーシャや自己活性化/行動的アパシーの文脈のものは少ないため、これらの行動は共感性の喪失として解釈することもできる。ここから、アパシーに関する臨床病歴とNPIの解離が説明可能であると考えられ、さらにはNPIに共感性の喪失に関する質問を組み入れる必要性が強調される。病歴上は、脱抑制は23人の患者で報告されたが、NPIでは36人で認められた。ほとんどの患者で、脱抑制は社会的文脈における感受性の欠如 (e.g. 葬式における笑いをとるような発言) として現れており、衝動制御の障害 (e.g. 見知らぬ人への接近や危険行為への関与) は少なかった。病歴上は、エピソード記憶障害、遂行機能障害、食習慣の変化、運動ニューロン病を示唆する症状、道に迷う、などの症状は頻度が低く、起こったとしても疾患の後期であった。なお、rATL優位群で一般的ではなかった症状として、5人 (11%) が性欲の喪失 (うち2人は初期症状として訴えた) があった。易刺激性は8人 (17%) で報告され、3人 (6%) では初期症状として認められた。過食 (7人、8%) はあったものの、無茶食い、口唇傾向、非過食物の摂取のレベルにまでは至らなかった。睡眠習慣の変化、すなわち過眠もしくは不眠は5人 (10%) で認められ、うち3人は発症の1年以内に現れた。
これと比較して、前頭葉優位群の初期症状は、判断力の低下と遂行機能障害 (24%)、アパシー (21%)、脱抑制 (17%) であった (図2B、補足表4)。また、lATL優位群では、初期症状として言語性意味知識の喪失 (36%)、人に特異的な知識の障害 (16%)、頑固な思考過程 (18%) が認められた。共感性の喪失は、前頭葉優位群およびlATL優位群と比較してrATL優位群でより頻繁に認められた (χ2 = 22, P < 0.001 and χ2 = 11.2, P < 0.001, respectively)。人に特異的な知識の障害は、前頭葉優位群と比較するとrATL優位群で有意に多く認められた (χ2 = 56.1, P < 0.001) が、lATL優位群と比較したときのrATL優位群には有意差を持った頻度の増加は認められなかった (χ2 = 3.32, P < 0.68)。同様に、複雑な強迫行動や頑固な思考過程も、前頭葉優位群と比較するとrATL優位群で有意に多く認められた (χ2 = 19.54, P < 0.001) が、lATL優位群と比較したときのrATL優位群には有意差を持った頻度の増加は認められなかった (χ2 = 1.03, P = 0.3)。アパシーと比較して、脱抑制や判断力の低下と遂行機能障害は、rATL優位群およびlATL優位群と比較して、前頭葉優位群で有意に多く認められた (χ2 = 11.5, P < 0.001, χ2 = 5.2, P < 0.02, χ2 = 18.8, P < 0.001, respectively)。

3-3. 機能、認知、行動に関する結果
表1、2、および図3は神経心理学および社会感情的検査の結果を示している。神経心理学的検査では、MAC来院時のrATL優位型変性患者では、言語性意味知識 (Boston Naming Test および Peabody Picture Vocabulary Test) と非言語性 (視覚的) 意味知識 (PPT-P) の両方に重度の障害があることが示された。また、言語流暢性にも障害があり、文字流暢性よりも意味流暢性の方がより顕著に障害されていた。エピソード記憶は障害されていたが、視空間処理は保たれていた。
社会感情機能の検査では、rATL優位変性患者では、複数のドメインで重度の障害がみられた。静的相貌認知検査であるCATSでは、face identity-matchingは保たれていたが、emotion labellingは障害され、感情認知の障害が示唆された。また、ビデオに映った他者の感情をラベリングすること (TASIT-EET) やパラ言語的手がかりを理解すること (TASIT-Social Inference-Minimal Test-M) も困難であった。心の理論のテストでは、認知的心の理論のスコアは正常であったが、感情的心の理論のスコアは低下していた。有名人テストでは、rATL優位変性患者は有名人の顔、名前、職業を識別することができなかった。情報提供者に基づく尺度では、rATL変性患者は行動と性格に関する複数の尺度で異常なスコアを示した。感情的共感性 (IRI Empathic Concern)、認知的共感性 (IRI Perspective Taking)、社会感情的感受性 (RSMS) が非常に低かった。パーソナリティ目録 (IAS) では、情報提供者は患者を対人的温かさが低く、対人的冷淡さが増加しているが、対人的支配性は保たれていると評価した。
IRI-ET、IRI-PT、RSMSによって測定された感情処理は、前頭葉優位、rATL優位、そしてより低い程度ではlATL優位の患者において障害されていが、社会的および行動的障害の特定の組み合わせにおいて、両群は異なっていた。前頭葉優位の患者は認知と感情の両尺度に障害を示したが、rATL優位とlATL優位の患者は一般に、社会感情課題の認知的要素ではなく感情の要素に顕著な障害を示した。具体的には、rATL優位およびlATL優位の患者では、認知的心の理論は保たれていたが、感情的心の理論に障害がみられた。一方、前頭葉優位の患者では、認知的心の理論と感情的心の理論の両方に障害がみられた (図3および表2)。同様に、rATL優位の患者は、TASIT-Sincere課題 (単純な理解力を評価する認知制御課題) では正常範囲内のスコアであったが、TASIT-EET (感情ラベリング課題) およびTASIT-Simple Sarcasmサブスケール (パラ言語的手がかり検出のテスト) では期待以下のスコアであった。対照的に、前頭葉優位群では、3つのTASITサブセットすべてで期待値を下回り、感情と認知の両方の障害が示唆された。情報提供者に基づく性格評価では、rATL優位の患者は冷淡さが増加したが支配性は保たれていたのに対し、前頭葉優位の患者は冷淡さが (rATL優位の患者より程度は低かったものの) 増加したが支配性は減少していた。さらに、rATL優位の患者では、BIS/BASにおける活性化系と抑制系の両方が低下していた。報酬感受性の低下は、rATL優位患者では意欲と楽しみの追求の低下と関連していたが、前頭葉優位患者では、報酬感受性の低下は意欲と楽しみの追求の増加と関連していた (図3および表2)。前頭葉優位群におけるこの不整合は、NPIで示された、性的な発言をするなどの衝動性の高さと一致している (補足表5)。
相貌処理と人に特異的な知識に関しては、すべての疾患群で有名人命名が困難であったが、rATL優位群のみ (そして低い程度ではあるもののlATL優位群も)、有名人認知テストと意味連合テストのスコアが低下していた (図3および表2)。CATSの相貌照合と感情照合では、前頭葉優位の患者では両検査で障害がみられたが、rATL優位の患者では相貌照合は保たれていたが、感情照合は障害されていた。対照的に、lATL優位の患者では、相貌照合と感情照合の得点に異常はなかった (図4、表2)。rATL群における障害は、視空間機能における広範な障害によるものではないようであった。なぜなら、前頭部優位の患者のみがこの領域で障害を示したからである (Benson図模写およびVOSP)。

図4. 臨床-解剖学的モデル: FTDにおけるsbvFTDとsvPPAとbvFTDの臨床症状の重複を示したシェーマ。sbvFTDとsvPPAはどちらも意味性認知症スペクトラムの下にあり、しばしばFTLD-TDP-C病理を有する。

言語性意味に関しては、rATLとlATL優位患者の両方が、前頭葉優位群と比較してBoston Naming Testにおける障害を示した。エピソード記憶検査に関しては、rATLとlATL優位患者は、前頭葉優位群と比較して言語性および視覚性記憶の障害を呈した (図3、表2)。遂行機能検査に関しては、rATLとlATL優位患者は前頭葉優位群と比較してより良い遂行機能成績を示した (図3、表1)。

3-4. 遺伝子と病理の結果
病理学的および遺伝学的結果は表3および補足表6に示されている。rATL優位患者のうち、遺伝子変異があったのは2例のみであった (1例はMAPT変異、1例はTARDBP変異)。前頭葉優位患者では17人 (C9orf72が14人、GRNが3人)、lATL優位患者では5人 (MAPTが3人、C9orf72が2人) に遺伝子変異がみられた。APOEのデータは、rATL優位患者のうち40人 (55%E3/E3; 22%E3/E4; 18%E2/E3) で入手可能であった。APOEデータが得られたサブグループ間でAPOE遺伝子型に差は認められなかった (補足表7)。剖検データが得られたrATL優位患者のほとんどは、FTLD-TDPのC型であった (68%)。神経病理学的サブタイプに関係なく、すべてのタイプのFTLD-TDP症例を考慮すると、その割合は増加した (84%)。3人の患者がFTLD-tauであった (2人のFTLD-tau Pick型と1人のFTLD-tau分類不能4Rタウオパチー)。剖検データのあるrATL優位群では、3人の患者は病歴でも検査でも意味知識の喪失を認めず、興味深いことに、この3例にはFTLD-TDP C型はなかった (2人はFTLD-tau Pick型、1人はFTLD-TDP B型)。lATL優位群では、TDP-43病変を有する患者の割合も多く、特にTDP-43 C型が多かった。これは、タウオパチーが51%、FTLD-TDP B型が22%、FTLD-TDP A型が12%、FTLD-TDP C型が2%と、より不均一な病態を示した前頭葉優位群とは対照的である (表3)。

3-5. 診断基準の提唱と感度・特異度

ここで我々は、rATL優位変性患者の最も一般的な初期症状に基づき、この症候群に対する新しい診断基準のセットを提唱する (Box 1)。この感度と特異度を検証するため、我々はrATL優位患者と前頭葉優位患者を比較した (補足表8)。これら2群は、しばしば臨床的には切り離すことが難しい。循環論法を避けるため、我々は神経画像に基づいた感度と特異度は計算しなかった (群自体が解剖学的に定義されているからである)。疾患の初期3年間では、この基準によってrATL優位群を前頭葉優位群と、感度81.3%、特異度84.2%で鑑別することができた。また、初診後1年以内に関しては感度は86.0%であり、経過全体で現れた症状を考慮すると感度93.0%に上昇した。初診後1年以内の特異度は82.8%であり、経過全体では81.4%であった。我々の予想では、患者評価時に非言語的な社会感情的意味障害を検索する習慣がつけば、前向きに患者を収集するときの感度と特異度は上昇すると思われた。そして、患者の神経画像情報を組み込むと、さらに感度と特異度が向上するはずである。

lATL優位の患者を診断することは、臨床の場ではいくぶん難しくない。これは、lATL患者は、初期の行動症状の代わりに、言語中心の、単語想起および単語理解障害を呈するため、PPA症候群に分類されるからである。しかし、疾患が進行し、神経変性がrATLと眼窩前頭前野に広がると、同じFTLD-TDP病理から予測されるように、2つの臨床像の連続性がより明らかになる。これと一致するように、提案された基準では、症状発症後2年間はrATL優位の患者とlATL優位の患者を区別する感度が76.0%、特異度が87.0%であり、3年目には感度が81.3%、特異度が68.2%となった。3年目までの特異度の低下は、rATL変性とlATL変性の疾患進行の重複を強調している。rATL優位群と前頭葉優位群およびlATL優位群の鑑別における、主な社会感情および精神神経学的検査の特定のカットオフ点におけるReceiver operator curveおよび感度と特異度を補足表9に示す。

 

4. 考察
この研究では、rATL優位の変性を持つよく特徴づけられた患者の大規模コホートにおける、症状の時間経過、神経心理および社会感情的特徴を提示した。認知および解剖のデータは、rATL優位の変性によって主に非言語的な社会感情的概念の意味知識が障害されることを示し、これが初期から突出した共感性の喪失、人の認知の障害、社会的行動の障害を招くことがわかった。この一連の症状は、rATLによってアンカーされる神経解剖学的ネットワークを基盤とする機能障害を反映しているとともに、このネットワークは前頭葉優位のbvFTDおよびlATL優位のsvPPAに関連するネットワークと重複しており、切り離すことはできないものである。我々の発見に基づき、この臨床-解剖学的症候群の早期診断とケアを容易とする新しい臨床基準と用語が提唱された。初期の中核症状は、共感性の喪失と人に特異的な意味知識 (主に相貌に基づいた非言語的な意味知識) の喪失、複雑な強迫行為と頑固な思考である。後期の症状には、言語性意味知識の喪失と、最終的にはアパシーや脱抑制が含まれる。このようなものとして、この症候群は個別の用語を必要としており、これを我々は「意味行動障害型前頭側頭型認知症」(semantic behavioural variant frontotemporal dementia, sbvFTD) と呼ぶことにする。この用語は背景にある認知メカニズム (社会感情的概念に関する意味知識の喪失) および svPPAとの連続性を反映したものである一方で、初期の臨床症状は行動障害であり、失語ではないことを強調している (このため semantic という形容詞を bvFTD に加えた)。我々は、'left ATL versus right ATL FTD' や 'left-predominant versus right-predominant semantic dementia' などという解剖学的用語を使用することには反対することとした。これは、他の神経変性疾患が本質的に叙述的な呼び方をされている (e.g. non-fluent variant PPA, logopenic variant PPA, bvFTD) ことと合致しない上に、非右利き患者には適用できないことや、ごく初期の認知症とは言えない患者を認知症と言ってしまう誤りを生む可能性もあるからである。また、rATL障害による semantic bvFTD 症候群を一般的な bvFTD の診断と区別することは、前者の背景病理がかなり一貫してFTLD-TDP (84%) (特に多くがFTLD-TDP C型) であって 、lATL優位のsvPPAと対極にありながら連続体を構成していることを考えると、重要と言えよう。このため、sbvFTD (行動症候群) とsvPPA (言語症候群) は、「意味性認知症スペクトラム」の2つの臨床-解剖学的対極であると言える (図4)。提唱された診断基準は、非言語的な社会および感情に関連した概念の喪失が、臨床的障害の基盤にある主要特徴であるという考え方をとらえている (Box 1)。中核的な臨床症状には、社会感情的手がかりの理解の欠如と感情的経験の減少によっておこる共感性の喪失、知っているはずの人を同定し名前を言うことの障害、複雑な強迫行為または頑固な思考過程、が含まれる。支持的症状には、物体の呼称の障害、視空間的機能と音声生成 (運動性発話と音韻) の相対的保存が含まれる。さらに、imaging-supported sbvFTDの診断には、rATLに目立つ萎縮または代謝低下の神経画像エビデンスが必要とされる。この新しい診断分類は、非優位半球のATL変性に関連した初期の症状を同定することに役立つ。
初期の意味性認知症に関する記述は、表層性失読を含む、主にlATL損傷に起因する顕著な言語および物体の意味障害に焦点が当てられていた。最近では、より包括的な神経心理学的バッテリーを用いることで、rATL変性で優位な社会感情的および視覚的な意味障害を明確に示すデータが得られている。ATL萎縮の非対称性と病期によって、ATL変性症患者における言語的意味障害と非言語的意味障害の臨床的・神経心理学的重複の程度は様々である。病気の初期段階では、sbvFTD患者は進行性の共感性の喪失を示すことがあり、それは単独の症状であるように見えるが、特定の検査でしか検出できない他の非言語的意味障害を伴っていることがある。その結果、sbvFTD患者とbvFTDおよびsvPPA患者の鑑別診断には、有名人知識 (我々のバッテリーのFamous Face Recognitionのような視覚的有名人相貌認知判断)、表情認知 (CATS)、感情処理 (Emotional and Cognitive Theory of Mind および TASIT)、視覚的意味連合 (PPT-P)、および性格質問票 (IAS-Coldness) の検査が最も有用であることが示された。実際には、比較的孤立した共感性の喪失や複雑な強迫行為を呈し、意味検査 (e.g. 人物や、後には物体の知識) で障害を示す患者がいれば、我々の研究は、最も可能性の高い診断がsbvFTDであることを示唆している。
そもそも、rATLは社会感情的な意味知識の処理に特化した神経ネットワークの主要ハブであり、感覚運動活動、内臓的変化、百科事典的知識、主観的経験を結びつけてマルチモーダルな社会的概念を作成するのに重要な領域である。社会感情的な意味の障害は、見知った人々を認識する能力に障害をきたすだけでなく、彼らの感情的表現や手がかりに意味付けをする能力にも障害をきたす。この理解の障害は、社会的文脈における適切な共感的応答の欠如を招く。共感性の喪失という言葉は、他者の感情的状態を推察する能力の障害と、こうした状態を正確に予測して社会的に適切に反応する能力の障害を指している。他者の感情を処理することは、観察された表現の意味の理解 (i.e. 社会感情的意味知識)、具体的な社会的文脈の中で表現された感情の内的なシミュレーション、自己ではなく他者への行動の割り当て、自分自身の考え方を阻害した上での社交的行動の開始、などの複数のステップに依存している。こうした過程は、相互に結合された異なる神経解剖回路に局在している。相貌や声に基づく知った人々の同定は、人に特異的な意味知識、すなわちその人がどのような見た目をし、声をし、どのようなプロフィール情報を持ち、自分とはどのような関係性なのか、という視覚的・聴覚的・社会感情的情報から成る概念知識を必要としている。そして、sbvFTD患者は人に特異的な知識のあらゆる側面 (Famous Faces Naming、Semantic Association および Recognition 課題) における重度の障害を呈し、これは先行研究とも合致したパターンであった。こうした障害は、相貌からの人物の視覚性認知のみが障害されている古典的な相貌失認とは異なっている。すなわち、sbvFTD患者は、人を名前、声、プロフィール情報、患者との関係性といった情報のどれからも認識することができない。rATL優位変性を持つ患者はしばしば「相貌失認」を有すると記述されるが、患者は人を視覚 (相貌)、言語 (名前)、聴覚 (声) 的な手がかりから認識できないわけであり、より広い人に特異的な意味知識の障害が示唆されることから、この用語は障害の全貌を補足できてはいないと言える。そして、rATLは他者に対する親近感を表現するための統合的な役割を有しているため、rATL優位変性のある患者にとっては、家族や親友さえも感情的重要性のある対象ではなくなってしまう可能性がある。したがって、患者は、他人を認識することが困難であるだけでなく、人間関係において対人的な温かさが減少してしまう可能性がある。sbvFTD患者の介護者は、bvFTDやsvPPA患者の介護者とは異なり、友人や近親者以外の家族、有名人を認識することが困難であることが、病気の初期症状であったと報告することが多い。svPPAやlATL萎縮の患者は、意味連合テストや熟知相貌の意味テストで期待以下の結果を示すことが多いが、介護者は通常、人物固有の知識の早期低下は報告しない。これはおそらく、lATL優位の疾患では、既知の人物に対するrATLに基づく視覚的・感情的な「親近感」が保持されているためであろう。(他の症状が目立つからとか症状が軽いからでよくない?)
他者の感情を理解すること (共感の一要素) は、他者の内的状態を身をもって体験するための身体的な手がかりへのアクセスの他に、非言語的刺激 (声のトーン、身体の位置、表情) に関する意味知識をも必要とする。一貫して、発病前にsbvFTD患者と親しかった情報提供者は、社会感情的シグナルに対する反応の欠如や対人的冷淡さの増加といった行動の変化を報告している。一般的に、sbvFTDの家族は、以前は温厚で思いやりのある配偶者や親であった患者が、今では愛する人の感情に対して無反応 (または不適切な反応) を示すようになったと報告している。sbvFTDの患者は、感情的な状況に困惑しているように見えることが多いが、これは、svPPAの患者が、知っているはずの単語を前にしても、その単語を認識できないときの反応に似ている。我々の社会感情機能検査では、sbvFTD患者はCATS face identity-matchingで相貌の知覚が保たれているにもかかわらず、CATS emotion identificationタスクで顔の感情表現のラベルを選択することが困難であった。このパターンは、両サブタスクで障害を示した前頭葉優位群や、両サブタスクで障害を示さなかったlATL優位群とは異なっていた。これらの所見は、rATL優位の変性患者では、以前に報告されたように、観察された表情の意味の理解に障害があることを示唆している。しかし、彼らの困難は表情認識に限定されるものではなく、顔、韻律、姿勢、ジェスチャーの感情手がかりを含むビデオ (TASIT-EET) における感情認識の困難さによって示されるように、非言語的な感情手がかり理解のマルチモーダルな喪失を含んでいる。さらに、sbvFTD患者は、課題を通して登場人物の感情が明示的に口頭で示されたにもかかわらず、「感情的心の理論」をテストするビデオの解釈が困難であった。注目すべきは、他者の感情ではなく、物理的な物体に焦点をあてた視点の取り方に依存する認知的心の理論のビデオでは、患者は問題なく解釈できたことである。このパターンは、前頭葉優位群では、認知的心の理論だけでなく感情的心の理論の課題でも障害を示したのとは対照的であった。これらの所見を総合すると、rATL優位のsbvFTD患者は、課題特異的な遂行機能要求の障害よりも、むしろ感情理解における根本的な障害による欠損を有することが示唆される。
sbvFTD群とsvPPA群は、認知的硬直性とともに、複雑な強迫行動を示した。先行研究では、反復行為はrATLとlATL機能の相対的保存の程度に依存して、言語的 (i.e. 単語ゲーム) または視覚的 (i.e. 視覚的パズル) になりうることが示唆されている。対照的に、前頭葉優位のbvFTD患者は、前頭葉皮質下ネットワークと左外側側頭葉に局在する、より単純な運動性反復行動 (e.g. タッピングやペーシング)、貯蔵行動、反響言語を示す。しかし、より複雑な強迫行為 (e.g. 特定の考えや活動にとらわれる、決まったスケジュールに従う、極度の節約、複雑な儀式) は、対照的にrATLに局在する。先行研究と一致して、sbvFTD患者は、複雑で、目標志向的で、時間のかかる反復行動や硬直した思考過程を示すことが最も多いことがわかった。食事制限 (i.e. 野菜だけまたは肉だけを食べる、毎日午前11時にヨーグルトを食べるなど) もsbvFTDでよくみられたが、bvFTDで以前に報告されたような過食や高糖・高脂肪食品への嗜好はほとんどみられなかった。
疾患の後期には、初期のsbvFTDやsvPPAの所見にかかわらず、ATL優位変性の患者もアパシーや脱抑制を示したが、これは前頭部優位群の初期の特徴であり、おそらく前頭葉領域への萎縮のさらなる広がりに関係する症状である。逆に、前頭葉優位群では、アパシー、脱抑制、判断力の欠如、遂行機能障害症状が最も一般的な初期症状であった。このことは、初期症状がsbvFTDとbvFTDの鑑別に役立つことを示唆している。FTDスペクトラム疾患では、アパシーや脱抑制は、前頭葉を中心とした認知、行動、感情系の根本的な障害を反映している可能性がある。我々のコホートでは、rATL優位の萎縮を有する患者の臨床病歴から、臨床医がアパシーや脱抑制として記録した症状は、前頭葉優位群やしばしばbvFTDで報告される典型的な例とは異なっていることが示唆された。たとえば、家族との活動に参加しなかったり、無粋な発言をしたりするのは、それぞれアパシーや脱抑制ではなく、社会感情的意味障害によるものであった。病歴別にみると、sbvFTD患者では、友人や家族への関心が早くから失われ、愛情表現が少なく、無粋な発言をすることから、社会的な手がかりに対する理解不足がうかがわれたが、衝動制御の障害は罹病4年目までみられなかった。
sbvFTDコホートで高頻度にみられた2つの初期症状 (共感性の喪失と人に特異的な意味知識の喪失) と、相貌の感情認知とFamous Facesテストの両者における障害からは、相貌と感情の処理に寄与する領域は相互に結合しており、成長とともに相互に依存した発達を遂げるのと同様に、神経変性の際にも同時に変性が起こる可能性が示唆される。神経発達学的には、社会的および感情的な概念を学習して応答する能力は、小児期の早期における感情表現の正確な解釈と関連することが示されている。実際、表情の認知はヒトの行動神経発達の基本的側面であり、乳児はごく早期から顔を見ることを好み、母親の表情に基づいて自身の行動を制御する。さらに、表情の認知の障害は自閉スペクトラム症の行動症状の背景となるメカニズムの1つと考えられており、これはrATLを含む。最近の研究では、発達因子が特定の神経変性疾患や特定の表現型に対する脆弱性に影響を及ぼす可能性が提唱されている。また、先行研究では他のPPAバリアントや一般集団と比較してsvPPAにおいて非右利きが多いことが示唆されている。我々のsbvFTDコホートでも、非右利きは比較的多く (15%)、これは一般集団における頻度 (10%) よりも多かった。さらに、過去の症例報告では、左側頭葉有意の萎縮を呈した非右利き患者が行動症状を呈したことが記述されている。まとめると、利き手、すなわち言語と感情処理の側性化は、言語および行動症状がrATLの萎縮とどのように関連づいて、表現型の多様性に寄与するのかを示唆している。
共感性の喪失はsbvFTDの初期段階の記載において臨床医および介護者から報告された最も一般的な症状であったが、先行研究では易刺激性、感情的距離、睡眠・食欲・性欲の変化が前駆期存在することが示唆されている。今回の研究では、利己的になる、感情的に距離をとるといった初期のわずかな感情的変化を共感性の喪失の一部としてとらえた。これは、これらの症状はおそらく社会感情的意味の喪失の軽微な初期症状であると考えたからである。性欲の変化や易刺激性の亢進は共感性の喪失の文脈で発生した。同様に、食欲の変化はその他の複雑な強迫行為の文脈で発生した。睡眠変化は、前駆期症状としては少数の患者でのみ生じた。こうした症状の発生率は、患者が評価のために受診をするような時期にはその他の目立った症状によってマスクされてしまい、過小評価されている可能性はある。局所的rATL変性について最近提唱された診断フレームワークでは、記憶症状と相貌失認を主要な特徴として同定したが、エピソード記憶意味記憶の区別は行わなかった。我々の結果は、rATL優位群が古典的な相貌失認の域を超えた障害を示し、人に特異的な概念に関するマルチモーダルな意味の喪失を表現していることを示している。ただし、rATL有意患者の一部は、疾患のごく初期では選択的な相貌失認を呈している可能性も否定できない。我々は、本研究におけるサンプルサイズの大きさと包括的な言語および社会感情的な検査バッテリーが、より完全で正確な症状の記述を可能にし、sbvFTDとsbvPPAの両者の共通基盤となるメカニズムとして意味記憶障害の存在を強調できたと信じている。また、これらの患者の記憶障害の本質がエピソード記憶障害ではなく意味記憶障害であることを定義したのは特に重要なことであった。なぜならば、rATL変性症候群の診断基準にエピソード記憶障害を含めることは臨床的なアルツハイマー病と診断的混乱を生んでしまう可能性があるからである。
この研究にはいくつかの限界がある。我々の患者コホートは、言語と行動の両分野の専門家を含む学際的チームによって前向きに研究されたものであるが、カルテレビューの後ろ向きな性質は、最初の報告書を書いた臨床医によって大きく左右される。この分野の多くの基準と一致して、ここで提案された分類は、特定の検査のカットオフスコアではなく、障害のパターンに関する臨床的判断に基づいており、各医療センターが好みの診断ツールを適用できるようなアプローチとなっている。さらに、患者やその家族が経験する症状の解釈には、不注意であったとしても主観性の要素が含まれる。患者や介護者の症状時系列の回想に依存しているため、回想バイアスが所見に影響を及ぼしている可能性がある (ただし、サンプル数が多いため、その可能性は低い)。今回検討したような希少疾患における初期症状の自然史を把握することは困難であるが、この医学と神経科学の分野で進歩を遂げるためには、今後、共通の尺度とアプローチを用いた共同前向きコホート研究が不可欠であろう。もう一つの限界は、rATL優位の症例を同定することに重点を置き、重度の前頭葉萎縮またはlATL萎縮を併発している症例を除外した、画像に基づく選択基準に関連している。右前頭葉と両側側頭葉の障害を併発した症例など、他の萎縮パターンを有するFTD患者のサブセットの表現型については、さらなる研究が必要である。さらに、我々が記述したrATL優位群にはrATL萎縮の顕著な萎縮が含まれるが、これらの患者はrATLに接続する領域のネットワーク (lATLや右島皮質など) にも萎縮を認める。各群の萎縮は (図2Aに示すように) 最大萎縮領域を超えて広がっており、したがって症状は、関係する他の領域の萎縮、あるいは連結したネットワークの複数の部分の萎縮に起因している可能性がある。rATLとその関連ネットワークにおける構造的・機能的損傷が、このグループで検出された症状とどのように関連しているかをさらに解明するためには、今後の研究が必要である。最後に、本研究に参加した患者のほとんどが白人で、高学歴、英語を母国語とする人たちであったという重大な限界を認める。焦点性のATL変性症患者における社会感情的および言語的プレゼンテーションの文化的・環境的多様性に光を当てるためには、より多様な患者集団を含むさらなる研究が必要である。本研究に含まれる神経心理学的データ、社会感情的データ、画像データの深さと広さを考慮すると、感度と特異度は期待される値よりも低く見えるかもしれないが、我々が提示した感度と特異度の値は、患者と介護者から報告された臨床症状のみに基づいており、神経心理学的データ、社会感情的データ、神経画像データは含まれていないことを強調しておく。神経画像データを含めれば、提案した基準の感度と特異度が高まることは間違いないが、これは我々の方法に循環性をもたらすことになる。感度と特異度のより正確な指標を得るためには、より大規模な独立したデータセットで、提案された基準を再現し検証することが必要である。
まとめると、我々はsbvFTD患者が初期からの共感性の喪失と人に特異的な知識の喪失を示すこと、これがrATLに優位な変性と非言語的かつ社会感情的意味知識を支持する神経ネットワークと関連していることを示した。疾患の進行とともに言語的意味知識の喪失が進み、sbvFTDとsvPPAの連続性 (そして意味性認知症というオリジナルの記述) を強調した。人に関する感情および社会的概念とプロフィール情報を検査するための特定の神経心理学的検査は、初期のsbvFTD症状を補足するために重要であり、標準的評価に含まれるべきである。sbvFTD患者の正確な同定は、よりよい予後予測と治療法のための道を開き、ヒトの社会的行動における非言語的意味の役割を理解するための助けとなるだろう。

 

まとめ
・bvFTDかつ/またはsvPPAの基準を満たす患者に対して、神経画像でrATL/lATL/前頭葉のどこに優位な萎縮を持つかに基づいて3群に分け、臨床症状の群間差を検討したところ、rATL優位群は共感性の喪失を突出した特徴として持っていた。その他に、人に特異的な意味知識の障害や、複雑な脅迫行為および頑固な思考過程も特徴的であったが、これらはlATLとrATL優位群で有意差を持たなかった。
・神経心理検査では、Famous Face Familiarity、Famous Face Semantic Association (職業に基づく顔の選択、職業に基づく名前の選択、4つの顔から有名人の選択)、TASIT-Sarcasm においてrATL優位群でlATL優位群および前頭葉優位群と比較した成績低下があり、人物に関する視覚/プロファイル/非言語的刺激を介した (マルチモーダルな) 意味知識の障害が示唆された。また、rATLとlATL優位群は、前頭葉優位群と比較してFamous Face Naming、Famous Face Name Familiarity、BNT、PPVTなどで成績低下があり、rATLとlATL優位群には意味性認知症としての連続性があることを支持する結果であった。
・以上から、右優位のATLには社会感情的な意味知識が存在すると考えられた。
・また、神経解剖学的定義に基づいた3群に関するこうした臨床症状と神経心理検査の群間差から、rATL優位症候群をsbvFTDと命名し、その診断基準を提唱した。

 

感想
某学会でこの文献が痛切に批判されていたので結構批判的に読んだつもりなんですが以下感想。一言で言えばいいところもある一方でよくない (わかりにくい) ところもあるなあという感じ。
いいところ: そもそも意味記憶とは、特定のカテゴリ内 (e.g. 動物) の特定の項目 (e.g. ネコ) に関するマルチモーダルな情報の集合体 (e.g. 表記、見た目、鳴き声、かわいさなど) であって、意味記憶障害を言うためにはマルチモーダルな知識の喪失があることを示さなければいけないのだけど、これが抜けている文献が非常に多い。そんな中、この文献は一応、マルチモーダルな障害が必要であることをわかって書いているっぽいのがいいところ。
よくないところ: 「社会感情的」という表現がかなり曖昧でよくない。この文献の軸として、rATL変性があると①共感性の喪失 (この背景に感情表現の意味理解の障害)、②人に関する意味知識の喪失、が起こるという主張があるのだけど、これを社会感情的意味知識の障害とまとめているのはやりすぎではないか。確かに人は社会的で感情的な要素があると思うけど、わかりにくすぎる。あえて社会感情的意味とまとめる必要はなくて、感情や人に関する意味と言えばいいんじゃないか?と思う。なおsbvFTDというラベルには特に違和感なし。
拙い英語力で読んだので理解が完全かはわからないけど、こんな感じの感想を持ちました。