ひびめも

日々のメモです

神経梅毒

Neurosyphilis
Allan H. Ropper
NEJM (2019)

 

神経梅毒って意外といるのよね。しかもいろんな表現型で...。

 

1. 背景
神経梅毒はTreponema pallidumの神経系への感染による臨床的結果であり、ここ2世紀の間神経内科学と精神医学の分野として扱われてきた。神経梅毒は世界中のどこにでもある疾患であり、臨床家はきわめて軽微な臨床徴候からこれを認識してきた。低所得および中等所得国、および先進国の一部の人口集団における梅毒の再流行がある一方で、神経梅毒は未だその希少さから見逃されがちである。なお、眼梅毒と耳梅毒は神経梅毒と横並びに扱われるが、ここでは議論しない。

 

2. 疫学
米国では一期梅毒と二期梅毒の症例は2000年から毎年増え続けており、2017年には100,000人に9.5人が罹患している。中国では、2008年時点で100,000人に22人の有病率であった。ペニシリンの開発前の時代と比較すると神経梅毒は比較的稀になったが、現代の研究においても梅毒の臨床的または眼科的特徴を持つ患者のうち3.5%が、CSF所見に基づく神経梅毒を有すると考えられた。様々な研究における神経梅毒の頻度は人口100,000人につき0.47から2.1人と推定されている。米国では、10個の州の平均として、初期梅毒患者の中で1.8%が神経梅毒を有していると考えられている。一部の研究では、初期梅毒患者のうち半数がHIVに共感染しており、神経梅毒はHIV感染のない場合と比較して共感染する確率が2倍高いことが推定された。

 

3. 神経梅毒の臨床的特徴
神経梅毒によって生じる症候と、梅毒の一期、二期、三期との時間的関連は抽象的である (図1)。トレポネーマは一次感染後数日以内に神経系に侵入し、その後の神経梅毒は無症候性または症候性、早期 (一次感染後1から2年) または後期に分類される。後期型には進行麻痺と脊髄癆がある。

図1. 早期および後期神経梅毒の血清学的および臨床的特徴: CSF fluorescent treponemal-antibody absorption (FTA-ABS) の曲線において、破線は後期神経梅毒における不確かな検査結果を示す。血清のnon-treponemal検査結果が反応性のままである患者の割合は、患者が梅毒の治療を受けている場合 (そして神経梅毒を発症する可能性がない場合) は、未治療の場合よりも低くなる。下のパネルでは、色のついた部分の厚さが各型の神経梅毒の有病率を表している。

神経梅毒に関するほとんどの情報はペニシリンの開発の前の時代に基づくものだが、1970年から1984年の間の臨床的記述と1930年から1940年の間のそれは大きく変わらない。しかし、HIV共感染のある患者はHIV感染のない患者と比較して早期に神経症状を発症する可能性があり、治療反応性も悪い可能性がある。
早期神経梅毒は、基本的にCSF細胞増多のみによって証明される無症候性髄膜炎によって特徴づけられるが、頭痛、髄膜刺激徴候、脳神経麻痺、盲、聾などの症状を引き起こすこともある (表1)。南アフリカにおける60人の非細菌性髄膜炎患者を対象とした研究では、3.3%が梅毒によるものであった。髄膜血管型梅毒は中枢神経系の小中血管炎を含む髄膜炎の形態をとる。これによって脳梗塞や種々のミエロパチーが起こる。髄膜血管型梅毒は、時間的に神経梅毒の早期および後期の間に位置することが多く、一次感染から1から10年後に発症することが典型的である。
後期症候性神経梅毒は、一次感染から数十年後に発症するものであり、ペニシリンの開発前のデータによれば10-20%が発症するとされたが、現在はもっと低い頻度であると思われる。古典的な表現型は進行麻痺 (「麻痺性痴呆」とも呼ばれた) と脊髄癆である。どちらも、スピロヘータの髄膜浸潤に対する慢性的な反応の結果であると考えられており、隣接する神経組織の破壊と、しばしば髄膜血管疾患の併発による脳梗塞の併発に伴った神経症状と考えられる (表1)。

進行麻痺は、多くの精神疾患を模倣する脳の構造的障害であることが発見され、精神病の概念を変えた。この病気は、皇帝になったとか、アフリカ全土を自分のものにしたとか、尿と一緒にダイヤモンドが流れ出るほど裕福になったとか、色とりどりの誇大妄想を伴う前頭側頭型認知症である。治療されないままだと、この障害は精神的にも肉体的にも崩壊状態にまで進行し、しばしば痙攣発作を起こす。現在では、進行麻痺は精神症状、うつ病、人格変化、あるいは何の変哲もない進行性認知症を特徴とし、時には -かつてのように- 派手な妄想を伴うこともある。モロッコの調査では、神経梅毒は認知症症例の3.6%を占め、クロイツフェルト・ヤコブ病ヘルペス脳炎HIV関連認知症の合計よりも頻度が高かった。
脊髄癆は、Romberg徴候を伴う歩行失調 (両足を揃えて立ち、目を閉じたときに片側に倒れたり、踏ん張ったりする) と、ほとんどの症例でArgyll Robertson瞳孔 (近くの物体に焦点を合わせたときに瞳孔が収縮するが、瞳孔に光が当たっているときには収縮しない) を特徴とする。歩行は「スタンプ・アンド・スティック」という音で識別でき、足の位置を検出するために広い土台の上に力強く平らな足で着地し、安定させるために床に杖をつく。失調整歩行の音と歩調は現在でも特徴的であるが、現在では糖尿病性神経障害や脊髄性多発性硬化症など、他の形態の感覚性運動失調によるものが一般的である。Charcot関節 (神経障害性関節症) は、脊髄癆が原因であったときに最も顕著であったが、現在では、失調性歩行を生じさせるのと同じ求心性神経の障害によって引き起こされる。南アフリカで161人の神経梅毒患者を調査し たところ、2人のみが脊髄癆を発症し、13人が他の脊髄症を発症していた。

 

4. 神経梅毒の体液診断
神経梅毒の体液診断は、血液とCSFの血清学的検査や、CSF白血球数や蛋白の上昇に基づいて行われるが、これらの検査は完全ではなく、ベンチマークも有さない。血液およびCSFの抗体検査は、non-treponemal (Venereal Disease Research Laboratory [VDRL] または rapid plasma reagin [RPR]) または treponemal (fluorescent treponemal-antibody absorption [FTA-ABS] と関連する技術) に分けられる。血清学的手法の感度と特異度はコントロールの選び方、梅毒の有病率およびステージ、リファレンスとして用いられる診断手法の精度に依存する。神経梅毒は基本的にCSF細胞数増多を伴い、この値は年々低下する。また、蛋白上昇も軽度ながら見られる。HIV患者では、HIV関連髄膜炎のため細胞数増多は特異性を欠く。これは、特にHIV治療を受けておらず末梢血中CD4+ T-cell countが高い患者において当てはまる。
Non-treponemal検査は、二期以降の梅毒における神経梅毒患者のほぼ全例で陽性となるが、後期神経梅毒では力価の漸減に伴って陰性になることもあり、特に治療後は力価が低下する (図1)。CSF VDRLは神経梅毒に特異的だが、感度が30-70%と低い。CSF RPRも偽陰性率が高い可能性がある。神経梅毒として合致する臨床症状を呈した患者でCSF VDRLが陰性であった場合、CSF treponemal検査が推奨される。各種検査の感度と特異度は表2に示した。

血清とCSFのtreponemal検査は、治療を受けない場合には生涯にわたって陽性となり続けるが、治療を受けるとCSF検査は最大15%の患者で数年以内に陰性化する。血液の混入によるCSF FTA-ABSの偽陽性が起こるには、赤血球が1,000/mm^3以上混入している必要がある。
実際的な視点からすると、血清FTA-ABSが陽性かつCSF VDRLが陽性でない限り、症候性神経梅毒の診断は考えにくい。CSF treponemal検査が陰性であることは、無症候性神経梅毒を除外するが、特異度は低いため、神経梅毒として合致する臨床症状を呈している場合にも他疾患の除外は必要である。米国では、神経梅毒を含め梅毒患者ではHIV感染の検査が推奨される。

 

5. 腰椎穿刺
血液検査で血清学的に梅毒が疑われ、臨床症状が神経梅毒として合致する場合、CSFの検査が推奨される。CSF白血球数の連続的再検査は治療の適切性を決定するために使われてきており、6か月以内に細胞数低下が改善しない場合、または2年経っても消失しない場合には再治療が提案される。血清RPR力価が1/4になる、または陰性化した場合には、CSF再検査は不要であるとおする文献もあるが、我々の意見としてはCSFは細胞数が改善するまで検査を続けた方がよいと考えている。HIV感染のある無症候性患者に対して、神経梅毒に対する適切な治療のあとに繰り返すCSF検査を行うことの価値は確定的ではない。認知症のある患者に対してルーチンのCSF梅毒検査を行うことは推奨されていないが、HIV感染などの梅毒リスクがあるのであれば適切かもしれない。

 

6. 神経梅毒の治療
ここ半世紀の間に進行麻痺の割合は減少しており、早期梅毒の治療がその後の神経梅毒の発症を予防することを示唆した。ペニシリンの静脈内投与はどのような形の神経梅毒も治療することができる。米国、英国、ヨーロッパの治療ガイドラインはわずかに異なっている (表3)。歴史的経験に基づき、ペニシリンは後期神経梅毒症状を改善することはできないが、その進行を止めることはできると考えられている。
ペニシリンアレルギーのある患者に対しては、皮膚検査および脱感作が推奨される。限られたエビデンスはセフトリアキソン、テトラサイクリン、ドキシサイクリンの有効性を示唆しているが、ペニシリンの使用が強く推奨される。

 

7. 結論
神経梅毒は持続し、さまざまな症状を呈し、臨床検査で発見することができる。診断と治療は、以前の時代と同様、臨床的認識によって決まる。

 

感想
わかりやっすいわ~。