ひびめも

日々のメモです

視空間的注意を司る脳ネットワークの側性化

A lateralized brain network for visuospatial attention.
De Schotten, M. Thiebaut, et al.
Nat Neurosci 14.10 (2011): 1245-1246.

 

前回の記事 (空間無視と注意ネットワーク - ひびめも) の感想でも書きましたが、ヒトの空間的注意は生理的に左側優位らしいです。そんなことあるか?って感じですよね。でも、実際にpseudoneglect (擬似的無視: 健常者でも空間的注意が左側優位であり右側への注意が弱いこと) という言葉もあるらしく、心理学の領域ではある程度の信頼性をもって語られている話らしいです。そこで今回紹介する論文は、ヒトが持つ生理的な空間的注意の偏りが、解剖学的に説明可能であることを示したものです。

 

本文

脳損傷患者に対する臨床研究と、分離脳患者に対する何十年にもわたる神経心理学的検査によって、視空間的注意は右半球の機能であるという仮説が導かれた。しかしながら、左半球損傷のある患者で右側の視空間無視が頻繁に認められることから、視空間的注意は両側性の機能である可能性が示唆されており、あくまでほとんどのヒトで右半球優位性があるに過ぎないと考えられている。しかし、視空間的注意の半球優位性の解剖学的基盤は、ほとんど何もわかっていない。
植込型多極電極を用いた研究によれば、サルの脳で、視空間的注意に関与するニューロンの活動が、頭頂葉および前頭葉皮質において同時に記録された。そして、軸索トレーシング研究によれば、脳の背外側を縦方向に走る結合システムによって、これらのニューロンが直接的に結合していることが示された。近年の構造的画像研究や機能画像研究は、ヒトの脳でも同様のシステムが存在するという間接的なエビデンスを提供した。しかし、頭頂-前頭結合の半球側性化と、視空間的機能との関係性は、未だかつて実証されていない。
本研究では、我々は球面逆畳み込みに基づいた拡散画像トラクトグラフィーを用いて、20人の右利き被験者に対して前頭-頭頂結合の仮想生体解剖を行った。我々のヒトトラクトグラフィーと、対応するサルアトラスからの再構成の比較を、図1に示す。全体として、ヒトとサルの脳の前頭-頭頂結合は類似した構成を持ち、縦方向に走る3つの部分に分けられる。すなわち、上縦束 (SLF: superior longitudinal fasciculus) の背側部 (SLF I)、中部 (SLF II)、腹側部 (SLF III) である。これらの発見は、1人のヒトの死後脳 (右半球) の解剖によって確かめられた。

Figure 1

図1. (a,b) サルの軸索トレーシング (a) と、ヒトの球面逆畳み込み (SD: spherical deconvolution) トラクトグラフィー (b) の比較。それぞれのパネルの上方に3次元再構成が表示されており、下方にy平面で表示された冠状断画像が表示されている。

両側半球の白質路の容積を測定することで、SLFの側性化の背側-腹側勾配が示された (図2a)。SLF Iは左半球と右半球に対称的に分布していた (t19 < 1) 一方で、SLF IIは右半球に側性化傾向を示し (t19 = 1.141; P=0.268)、SLF IIIは右半球に側性化していた (t19 = 6.083; P < 0.001)。

Figure 2

図2. (a) SLFの3分枝の半球側性化 (95%信頼区間)。(b,c) SLF IIの側性化と、線分二等分試験の偏り (b) および 検出時間の偏り (c)。(d) 線分二等分試験の偏りと検出時間の関係性。

この側性化が片視野への注意バイアスに関係しているかどうかを確かめるため、我々は参加者たちに線分二等分試験を実施した。一般集団では、線分二等分試験において小さな左側への偏りが観察されることが知られており、これは「擬似的無視効果」と呼ばれる。以前の研究と一致して、我々の参加者も集団レベルで左側への偏りを示した (-1.53 ± 2.02mm; t19 = 3.148; P = 0.005)。ほとんどの患者において、右半球のSLF II容積が大きくなるほど、線分二等分の左側への偏りが大きくなる傾向が見られた (r = -0.734; P < 0.001) (図2b)。注目すべきなのは、右側への偏りを示した3人の被験者では、逆パターンの側性化がみられたことである (すなわち左SLF IIの方が大きい)。SLF I (r = 0.258; P = 0.286) とSLF III (r = −0.295; P = 0.220) の相関は、統計学的に有意ではなかった。
SLF II容積の半球間差がどのように視覚的シーンの処理の非対称性につながるのかはよくわかっていない。右半球の白質路の大きさは、線維髄鞘化の大きさ、軸索の多さ、軸索径の大きさなど、いくつかの要素に依存している可能性があり、これらは伝導速度にも関係する。これらの先行研究の観点から、我々は、線分二等分試験における左側への偏りは、SLF IIにおける2つの半球間の視空間的処理速度のアンバランスによって生じると考えている。この仮説を確かめるため、我々は、左右どちらかの視野に現れる標的をできるだけ早く検出するよう求める改訂Posnerパラダイムを実施した。ほとんどの被験者において、右半球のSLF II容積が大きくなるほど左視野の検出時間が早くなるという相関関係が見られた (r = -0.471; P = 0.042) (図2c)。SLF I (r = 0.271; P = 0.262) とSLF III (r = −0.271; P = 0.262) の相関は、統計学的に有意ではなかった。さらに、線分二等分試験の左への偏りの大きさと、左視野における検出時間の速さは相関していた (r = 0.495; P = 0.031) (図2d)。
SLF IIの側性化と線分二等分試験および検出時間の偏りが相関していたという結果は、頭頂-前頭結合の解剖学的非対称性が視空間的注意タスクの成績を予測できるということを、我々が知る限り初めて実証したものである。これらの発見は、機能画像研究や無視患者に対する個々の臨床研究に基づく、視空間的注意モデルの神経解剖学的基盤を解釈するのに役立つ可能性がある。SLF Iの皮質投射は、随意的な空間的注意を視覚標的に向かって定位する際に活性化される背側ネットワークと重なっており、SLF IIIは視覚標的による空間的注意の自動的補足によって活性化される腹側ネットワークと重なっている。腹側ネットワークは、視空間無視のある患者で損傷される領域でもある。一方で、SLF IIは腹側ネットワークの頭頂要素と背側ネットワークの前頭前要素と重なっている。従って、我々の発見は、SLF IIが背側ネットワークと腹側ネットワークの直接的情報伝達を表現している可能性を示唆する。この情報伝達は、SLF Iが司る目標志向型の注意を、SLF IIIが同定した顕著性のある事象に向け直すという、背側ネットワークのモジュレーターとして機能しているのかもしれない。
まとめると、我々は以前サルでしか報告されていなかった、両側の頭頂-前頭ネットワークの存在を報告し、その半球側性化が、視空間的注意の右半球への分化の程度を予測できることを示した。我々の結果は、この半球分化がSLF IIによる視空間的処理速度のアンバランスに関連していることを示唆する。この側性化は、頭頂-前頭ネットワークに損傷を持つ患者における視空間的機能の回復をも予測できるかもしれない。

 

感想
すごい面白い!SLF Iが背側注意ネットワーク、SLF IIIが腹側注意ネットワーク、そしてSLF IIがその2つを結び付ける線維であり、SLF IIの側性がpseudoneglectを説明しているということですね!解剖が機能を説明できるという面白さに加えて、ネットワーク機能を理解する上で白質解析がどれほど重要かを示しているいい例だと思います。
今回の文献で他に面白いなあと思ったのは、SLF IIIの側性が強い右半球優位性を持つところです。前回の記事でもありましたけど、腹側注意ネットワークは右半球に強く側性化しています。SLF IIIの側性はこのネットワークの側性化を説明可能であり、当たり前と言えば当たり前ですが皮質機能解析のみならず白質解析って大切なんだなあと思わされました。