ひびめも

日々のメモです

ヒト後帯状皮質、脳梁膨大後皮質、内側頭頂葉皮質の因果的コネクトーム: 記憶と空間探索への寄与

The human posterior cingulate, retrosplenial, and medial parietal cortex effective connectome, and implications for memory and navigation.

Rolls, Edmund T., et al.

Human Brain Mapping (2022).

 

帯状回後部 (脳梁膨大後皮質〜後帯状皮質) や頭頂葉内側に興味があるので読みました。筆者のRollsさん、去年〜今年にかけて同様の論文を10本くらい書いててすごいなあと思うのですが、ところどころなんか英語が読みにくかったりtypoが多かったりして、そんな急いで論文書くからだよ!と思いました。
とりあえず、内容自体は興味深いので、オススメできる論文です。

 

1. 背景
ヒト後帯状皮質 (PCC: posterior cingulate cortex) はBrodmann area 23/31に該当する領域である。この領域は、マカクザルにも存在する一方で、齧歯類では存在しない。脳梁膨大後皮質 (RSC: retrosplenial cortex) はBrodmann area 29/30であり、脳梁膨大部を覆うように存在する小さな領域である。PCCは、前頭前野頭頂葉領域と結合する背側領域と、側頭葉内側領域と結合する腹側領域に分けられた。これらの領域はデフォルトモードネットワークの一部であり、ヒトが外的刺激を伴うタスクを行なっているときに不活化が見られる。ここから、PCC/RSCは記憶関連処理などの内的処理に関与していることが示唆される。実際、エピソード記憶の想起や自伝的記憶の意識的想起、心の理論などを必要とするタスクがPCCを活性化させることが報告されていたり、ヒトPCC/RSCの損傷がエピソード記憶や注意に障害をきたすことが報告されている。PCCの腹側領域はこうした記憶に関連した機能に特に関与しており、一方でPCCの背側領域は視覚探索や暗算などの遂行機能タスクの最中に活動が見られる。PCCの腹側領域には、エピソード記憶の意識的想起やエピソード刺激 (将来の想像) の際に活性化される海馬傍皮質と結合する下位領域が含まれ、またそれとは別に、心の理論によって活性化される側頭頭頂接合部を含む下位領域も含まれている。あるメタアナリシスによれば、PCCの腹側部は空間符号化 (受動的にシーンを観ること) の際に活動が見られやすく、また背側部は空間的情報の再生や場所/ランドマークへの距離や方角についての判断を下すときに活動が見られやすいと言われている。腹側PCCの一部は、リスキーな決定など、価値判断に関連した活動が見られるとも報告されている。実際、PCCはヒトにおいて腹内側前頭前皮質 (vmPFC: ventromedial prefrontal cortex) や前帯状皮質膝前部 (pregenual ACC: pregenual anterior cingulate cortex) を含む報酬関連脳領域と因果的結合性を持っている。また、ヒトPCC/RSCは探索行動にも関連していることが知られている。
こうしたPCC/RSCの異なる部分が持つ機能的多様性や、異なる脳領域の結合性に関するエビデンスに基づいて脳機能を理解することの重要性を考えて、今回我々は、ヒトPCC/RSCや、その関連領域、すなわち内側頭頂葉皮質や頭頂後頭溝皮質の結合性についての理解を前進させることを目的とした研究を行った。これらの皮質領域は、ヒトコネクトームプロジェクトのマルチモーダル区画アトラス (HCP-MMP: Human Connectome Project Multimodal Parcellation atlas) において帯状回後部 (Posterior Cingulate Cortical Division) と呼ばれており、その中でさらに細かく区画化されているため、帯状回後部の中の異なる領域の機能を明らかにするのに有用だと考えられた。今回我々は、HCP-MMPの帯状回後部の全ての皮質領域に関する解析を行なった。これは、一部にはこれらの領域が相互結合性や関係した機能を持つからであり、一部にはHCP-MMPアトラス内の1つ1つの区画 (division) について調査を行うことで、最終的にはアトラス内の360個の皮質領域全ての結合性を解明することができると考えたからである。本研究は、HCPデータを用いて (i) 拡散トラクトグラフィーによる脳領域間の直接的結合性の評価、(ii) rsfMRIのBOLDシグナルの相関による機能的結合性の評価 (→相互作用の強さに関する情報が得られる)、(iii) Hopfアルゴリズムを用いた因果的結合性の評価 (→各脳領域ペアの結合性を向きごとにその強度とともに評価可能)、の3つを行った。我々は、これらの測定をHCP-MMPアトラスの360個の皮質領域+extended HCPアトラス (HCPex) の66個の皮質下領域に対して行った。HCP-MMPアトラスは、構造的指標 (皮質厚や皮質ミエリン内容) や機能的結合性、タスク関連fMRIを組み合わせたマルチモーダルな手法を用いることで、ヒト皮質領域を我々が知る限り最も詳細に区画化したものである。本区画化手法は既に多くの先行研究で用いられており、単なる機能的結合性に基づいた皮質領域の分類などと比べて、より優れた領域分類を可能にすると考えられる。
本研究ではHCP-MMP1アトラスを用いたため、我々はHCP-MMP1アトラスの帯状回後部 (Posterior Cingulate Division) に含まれる全ての脳領域に関する調査を行った (原論文表S1参照)。この中で、31pd、31pv、d23ab、v23ab、23d、31aが、一般にPCCに分類される領域である。RSCは、その前方に広がる単一の薄い領域である。楔前部視覚領域 (PCV: precuneus visual area) と7mは内側頭頂葉の一部 (楔前部) を構成しており、視覚処理や自己参照処理に関与すると考えられている。この領域がこのような処理に関与するのは、一部には上側頭溝 (表情やジェスチャーなどの社会的に重要な刺激に関与すると考えられている) との結合を有しているからだと考えられている。POS2とPOS1は頭頂後頭溝の視覚領域である。傍線条領域はV1に隣接しており、背側移行視覚領域 (DVT: dorsal transitional visual area) はPCCの大部分の後方に位置し、POS2のちょうど外側にある。これらの領域の多くは、PCC (BA 23/31) の一部と強い結合を有していることが知られている。

※ 図1: HCP-MMPアトラスに定義されたPosterior Cingulate Cortical Divisionの解剖学的領域。

HCP-MMPアトラスのPosterior Cingulate Divisionに定義されたPCC/RSC/内側頭頂葉皮質に加えて、我々は中帯状皮質 (MCC: midcingulate cortex) も解析に含めた。これは、MCCが帯状皮質の中でも運動に関与する領域であるため、PCC/RSCと異なった結合性を持っていると考えられたからである。さらに、PCC/RSC/内側頭頂葉皮質がMCCに向かう結合を有しているのかという点についても、理解が必要だと考えられた。PCC/RSCのヒトにおける結合性に関する考察はほとんどがマカクザルの研究に基づいたものである。マカクザルのエビデンスは、今回我々が得たヒトにおける結合性のエビデンスとの比較対象として、第4章でまとめる。
我々が知る限り、HCP-MMPアトラスのヒト帯状回後部の因果的結合性について調べた研究は存在しない。帯状回後部やMCCを含む関連領域の結合性について、マカグザルを用いて行った先行研究は存在するため、こうした研究については第4章で述べようと思う。あるメタアナリシスでは、脳梁膨大後部領域の前方がデフォルトモードネットワークとの機能的結合性を持ち、エピソード記憶と関連していたのに対し、後方 (頭頂後頭溝内の領域) は視覚領域との機能的結合性を有し、シーンや探索に関連していた。ヒトに対する拡散トラクトグラフィーとfMRIを用いた研究では、RSCの中でもBA29は聴覚皮質との線維結合を持ち、BA21 (下側頭視覚皮質) と機能的結合性を持っているのに対し、BA30は視覚皮質、海馬、前頭前皮質との線維結合を持っているということが報告されている。
本研究の強みは、マルチモーダルなHCP-MMP1アトラスを用いたことである。HCPデータは171人の被験者に対する7T MRI画像からなる。我々は、このデータを用いて各脳領域間の機能的結合性と因果的結合性を計算した。第4章では、帯状回後部および内側頭頂葉に関して我々が得た新たなエビデンスから推察される機能について考察する。近年、HCP-MMP1アトラスの領域名を用いた活性化研究 (activation study) も現れてきており、脳の結合性と機能を結び付けることが可能になってきている。我々の研究は、脳の構造と機能を結び付けるためのこうした一連の研究の中で行われており、考察もこうした研究を参考にしながら行った。

 

2. 方法
2-1. 被験者とデータ収集
184人のmultiband 7T rsfMRIデータを、一般公開されているHCP S1200リリースから入手した。各参加者から個別の書面によるインフォームドコンセントを取得した。

2-2. 脳アトラスとシード選択
本研究における関心皮質領域について、他の皮質領域との因果的結合性を構築するために、360個の皮質領域を定義するHCP-MMP1アトラスを利用した。以前我々が行った拡散トラクトグラフィー研究と同じ171人の被験者を対象とした。各被験者で4セッションの測定を行い、4つの時系列データをアトラスの各領域について抽出した。そして、以下に述べるように、各被験者の4つの時系列データすべてを用いて、機能的および因果的結合性を測定した。
皮質下領域については、HCPexアトラスを用いた。これは、容積的アプローチにより、半球あたり180個の皮質領域に加えて、扁桃体視床被殻尾状核側坐核淡蒼球、乳頭体、中隔核、前脳基底核など、33個の皮質下領域を追加で定義したものである (図S1)。

※ 図S1: HCP-MMPおよびHCPexアトラスによる皮質・皮質下の区画化。

本研究の関心領域 (ROI) は、図S4や図S5 (後述) に示されるような機能的・因果的結合性の類似性および相違性、そして解剖学的位置に基づき3グループに分類された。グループ1は31pd、31pv、7m、d23ab、v23abからなり、これらの領域の因果的結合性と機能的結合性は、他の皮質領域と比較して互いに高い相関を持っていた。このグループ1領域の因果的結合性の類似性は、Brain Connectivity Toolboxを用いたコミュニティ分析によって確認され、これら5つの皮質領域は同じコミュニティに分類された。
DVT領域とProS領域はHCP-MMP1における視覚皮質領域であり、低次視覚皮質領域との移行領域、すなわち低次領域のより前方に位置する異なった種類の皮質領域である。この領域は、前方の隣接する領域と類似した細胞構築学的特性を持ち、一方で機能および結合性パターンは後方の隣接領域と類似しているという独特の特性を持つため、グループ3としてまとめられた。そして、帯状回後部において、先ほどのグループ1および3に分類されなかった残りの領域、すなわちRSC、31a、23d、PCV、POS2、POS1がグループ2を構成している (図1a~cはグループ1~3に対応)。
また、帯状回後部とMCCの結合性を比較するため、ほとんどの解析では4つ目のグループとして、MCC領域である23c、24dd、24dvを含めている。

2-3. 因果的結合性の測定
因果的結合性は、ある1つの脳領域から別の脳領域に対する効果 (因果) を測定する方法であり、脳領域ペアの間で一定の時間間隔を置いて検出されたシグナルの違いを活用する。類似した手法として動的因果的モデリングがある。これは、活性化研究でよく用いられる手法で、典型的には限られた少数の脳領域間でしか測定することができなかったが、近年は安静時研究に適用されたり、さらに多くの脳領域に適用されたりすることが増えてきた。今回用いた手法は、Hopfアルゴリズムを用いて多数の脳領域の間の因果的結合性を測定するもので、Deco et al. (2019) で詳述されたものである。概要としては、機能的結合性を時間tおよびt+tauで測定 (原則としてtauはBOLDシグナルの変化を検出できる最短の時間として2秒で設定されることが多い) し、時間tおよびt+tauの機能的結合性行列が作成できるまで、誤差修正を行いながら因果的結合性モデルをトレーニングする。
我々は、全脳のBOLD活動を考慮した手法を用いることで、全脳の因果的結合性を推定した。我々が用いたのはHopf計算モデルと呼ばれている手法で、これは各脳領域の解剖学的結合性に、各脳領域の活動性を示すStuart-Landau振動子のダイナミクスを組み入れたモデルである。上述したように、我々はこのモデルに360個の皮質領域を含めた。各脳領域 (ノード) の局所的ダイナミクスは、ノイズから振動ダイナミクスへの遷移という超臨界Hopf分岐の正規形を表現するStuart-Landau振動子によって記述される。ここ数年の間で、Hopf全脳モデルは経験的な電気生理学、MEG、fMRI研究など多くの研究結果をシミュレートすることに成功している。
Hopf全脳モデルは、数学的には以下のように表現される。

式(1)(2)は因果的結合性行列 Cを介したStuart-Landau振動のカップリングを記述している。 x_i(t)は各脳領域 iのシミュレートされたBOLDシグナルデータを表現している。 y_i(t)はシステムのダイナミクスに関係する値だが、システムから読み出される情報には含まれない。この式の中で、 \eta_i(t)標準偏差 \betaと共にガウシアンノイズを付与する。各脳領域 iのStuart-Landau振動子 a_iは、 a_i \gt 0 でシステムが振動数  f_i = \omega_i / 2 \pi のリミットサイクルに安定し、 a_i \lt 0 でシステムが低活動性ノイズを表現する固定点に安定するような、 a_i = 0 を起点とする超臨界分岐を持つHopf正規形で表現されている。各Stuart-Landau振動子の固有周波数 f_iは脳領域に対応して0.008-0.08 Hzに設定された。固有周波数は、各脳領域の狭幅BOLDシグナルの平均ピーク周波数として、実データから得られたものである。式(1)(2)のCoupling部分は、ノード iで受け取った他ノード jからの入力を、因果的結合性 C_{ij}によって重み付けして足し合わせている。 Gはグローバルカップリングウェイトであり、各脳領域への入力全体に応じて変化させる。 各振動子が弱くカップリングしている間、カップリングしていない振動子の周期的な軌道も維持される。
因果的結合性行列 Cは、機能的結合性 ( FC: functional connectivity) ペアと遅延FC ( FC^{tau}) ペアの実測データを考慮して、既存の解剖学的結合性データ (拡散トラクトグラフィーで測定した構造的結合性行列: 拡散トラクトグラフィーに基づくヒト海馬システムの皮質結合性:視覚処理は本当に"dual stream"なのか? - ひびめも) を最適化することで導出できる。これによって、我々は非対称的な因果的結合性行列を得ることができた。これは、まさに FC^{tau}、すなわちtau秒の時間遅れのある機能的結合性が対称性を破ることができたことを意味する。具体的には、現時点での因果的結合性行列 Cの推定値からシミュレートした FCモデルと実測FCデータ ( FC^{emp})、および同様にシミュレートした FC^{tau}モデルと実測遅延FCデータ ( FC^{tau-emp}) の差異を計算しながら、勾配降下法を用いて因果的結合性行列 Cを調節した。この計算は繰り返し、一定の値に収束するまで行った。
因果的結合性の初期設定として拡散MRIによって得られた解剖学的結合性データ、またはゼロ行列を用いたで。下記の手順を用いて因果的結合性行列の要素 C_{ij}を更新した。

ここで、 \epsilonは学習速度定数であり、 i jはノードである。初期設定を拡散MRIデータにした場合、拡散MRIでは対側への結合はそこまでしっかりとわからないため、片側半球の更新を行った場合は対側半球でも更新を行った。なお、初期設定をゼロ行列にしても拡散MRIデータにしても、最終結果はほとんど変わらなかったため、以降示すデータは全てゼロ行列を初期値として始めたものである。また、実装の際はtauは2秒に設定した。
因果的結合性の測定は非線形アルゴリズムを用いて行い、最適な推定値を得るために誤差修正も行った。いくつかのリンク (結合性の値) は最適な推定に寄与しなかったため、ゼロに設定された。このような状況において、ここに記したアルゴリズムの収束の再現性を考えると、低い値の因果的結合性リンクであっても、因果的結合性の最適な推定に貢献する可能性が非常に高いと考えられた。なお、因果的結合性と機能的結合性は安静時に測定されたものであるため、特定のタスクが実行されると変化する可能性があるベースラインを提供している。
2-4. 因果的コネクトーム
全脳の因果的結合性 (EC: effective connectivity) 解析を、図1に示した16個のROIと、HCP-MMP1アトラスに定義された360個の領域に対して行った。171人の被験者全員に対してECを計算した。ECアルゴリズムは、シミュレートされた FC行列と経験的な FC_{emp}行列が、時間tおよびt+tauの両方で最大限一致するまで実行された。360個の皮質領域の間で計算された因果的結合性は、複数の方法で確認および検証された。まず、360×360の因果的結合性行列を用いて、時間tおよびt+tauの機能的結合性行列のシミュレーションを作成し、実測された機能的結合性と比較したところ、相関係数は0.8以上であった。2つ目に、171人の被験者を86人と85人のグループに分けて相関を計算したところ、相関係数は0.98であったことから、因果的結合性行列は個人差がほとんどないと考えられた。3つ目に、今回得られた低次視覚領域V1-V4の因果的結合性を、マカクザルで報告されている順行性および逆行性の結合と比較したところ、マカクザルで見られた階層的結合性が確認された。4つ目に、対側半球の対応する脳領域との因果的結合性は他の対側半球領域と比べて特に高かったため、今回用いたアルゴリズムでは、高い因果的結合性を持つと予測される部位にしっかりと高い結合性を推定できていると考えられた。
左半球内の13個の帯状回後部皮質領域と180個のHCPアトラス皮質領域の間の因果的結合方向 (ベクトル) に有意差があるかを確かめるため、171人の被験者の13個の各ROIに対して、それぞれ2×180のtwo-way ANOVAを試行した。Bonferroni修正を行った上で、nonparametric Scheirer–Rey–Hare testを行なって結果を確認した。
2-5. 機能的結合性の測定
因果的結合性との比較のため、同じ患者集団に対して機能的結合性の測定も行った。機能的結合性は、各脳領域ペアのBOLDシグナル間の時系列データのPearson相関として測定された ( FC^{emp})。画像として表示する際には、因果的結合性との比較をしやすいように、0.4を閾値とした。機能的結合性は、脳領域間の相互作用に関するエビデンスを提供してくれる可能性があるが、因果的な方向性については何のエビデンスも提供しない。高い機能的結合性は領域間の高い生理的な相互作用を反映しているため、因果的結合性とは異なった種類のエビデンスを提供してくれると考えられる。因果的結合性は機能的結合性と非線形に関連しており、因果的結合性は高い機能的結合性が同定された領域ペアにしか同定されなかった。
2-6. 拡散トラクトグラフィーによる結合性
拡散トラクトグラフィーは、異なる脳領域間の線維結合を反映しており、機能的結合性や因果的結合性とは全く異なった方法によって測定されるものである。このため、この手法は因果的結合性のエビデンスを支える補完的な役割を持つ。拡散トラクトグラフィーは直接的な結合性しか示さないため、因果的結合性との比較によって、その因果的結合性が直接的なのか経シナプス性なのかを同定することができる。しかし、拡散トラクトグラフィーは結合の向きについてはエビデンスを提供しない。拡散トラクトグラフィーは同様の171人のHCP被験者に対して行い、その詳細な解析手法については先行文献を参照のこと (拡散トラクトグラフィーに基づくヒト海馬システムの皮質結合性:視覚処理は本当に"dual stream"なのか? - ひびめも)。
ラクトグラフィーの結果は、ノイズのリスクを減らすために線維数閾値を10本とした。拡散トラクトグラフィで示された結合を示す場合は「線維結合」、因果的結合性または機能的結合性を指す場合は「結合性」という用語を使用する。「~への投射」と「~からの投射」という用語は向きを意味し、したがって、因果的結合性を意味する。トラクトグラフィーの場合、線維の数は脳領域間の結合数を反映する数値であり、ある領域から別の領域へ伝達できる情報量に関係すると考えられる。

3. 結果
3-1. 因果的結合性、機能的結合性、拡散トラクトグラフィー
左半球の各脳領域から帯状回中後部 (PCC/RSC/内側頭頂葉皮質+MCC) への因果的結合性を図2に示した。また、左半球の帯状回中後部から各脳領域への因果的結合性を図3に示した。右半球との違いについては後述する。16個の帯状回中後部ROIそれぞれから180個の皮質領域への因果的結合ベクトルは、互いに有意に異なっていた。
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※ 図2: 左半球の180個の各皮質領域から各帯状回中後部領域への因果的結合性 (向きはヨコ軸→タテ軸)。
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※ 図3: 左半球の各帯状回中後部領域から180個の各皮質領域への因果的結合性 (向きはヨコ軸→タテ軸)。
13個の帯状回後部領域は、わかりやすさのために上述したような基準を用いてグループ1〜3に分類された (図1a-c)。これらのグループは、図2および図3で示すように、図中では赤線で区切って示した (図4〜6も同様)。さらに、明示的な比較を可能にするため、MCC (23c、24dd、24dv) は図中の緑線の外に描いている。こうしたグループ分けは結果の提示のために用いているだけであり、同一グループ内の領域が同一の結合性を持つわけではないということに注意が必要である。たとえばグループ1では、31pdの結合性はグループ内の他の領域の結合性とほとんどよく相関しているが、全てと高い相関を持っているわけではない (図S4)。我々は、まず言語との関わりが強い左半球から結果を提示し、その後右半球との比較に移ろうと思う。

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※ 図4: 左半球の各帯状回中後部領域と各皮質領域の結合について、両方向の因果的結合性の差を示した図。因果的結合性の差が正であれば、列から行の向き (ヨコ軸→タテ軸) の結合が強いことを示し、差が負であれば、行から列の向きの結合が強いことを示す。結合の向きに大きな違いがある場合にのみ強調を行うため、表示の閾値は0.01に設定してある。

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※ 図5: 左半球の各帯状回中後部領域と180個の各皮質領域の機能的結合性。

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※ 図6: 左半球の各帯状回中後部領域と181個の各皮質領域の拡散トラクトグラフィーによる線維結合。

※ 図S4: (a) 皮質領域から各帯状回中後部領域への因果的結合性の相関。(b) 各帯状回中後部領域から皮質領域への因果的結合性の相関。

※ 図S5: 各帯状回中後部領域が持つ皮質領域との機能的結合性の相関。

3-2. グループ1 (帯状回後部の後腹側部): 31pd、31pv、7m、d23ab、v23ab
このグループは、側頭葉視覚連合野 (特にTE1a)、上側頭溝 (STS: superior temporal sulcus)、聴覚・視覚連合皮質 (STSva)、海馬システム (前海馬支脚、嗅内皮質、海馬、海馬傍皮質PHA1-2)、上頭頂小葉 (7mと7Pmの結合)、下頭頂小葉 (PGi、PGs)、pregenual ACC (9m、a24、d32、p32、10d)、vmPFC (10r、10v)、subgenual ACC (25)、dlPFC (8Ad、8Av、9p) との因果的結合性によって特徴づけられる (図2-3)。これらの結合性の多くは、各皮質領域に向かう向きで強かったが、前海馬支脚についてはPCCに向かう向きが強かった (図4)。機能的結合性も概ね同様の傾向が見られたが、STS領域、海馬、海馬傍皮質PHA1-2、側頭極TGd、下部側頭葉視覚皮質TE野、頭頂葉視覚皮質PFm (およびPGiとPGs)、dlPFC (8Ad、8Av、8C、9a、9p、i6-8) については、機能的結合性の方がより明らかであった (図5)。拡散トラクトグラフィーは、前海馬支脚、内側頭頂葉皮質上部 (7Pm、7Am)、ACCとの直接的結合を示していた (図6)。図1に示すように、31pd、31pv、d23ab、v23abはPCCの中でも比較的後部に位置し、7mはちょうどこれらの領域の後方にある。

3-3. グループ2 (帯状回後部の前背側部): 23d、31a、PCV、RSC、POS2、POS1
POS1とPOS2は一次視覚皮質V1の近くの頭頂後頭溝内の視覚領域であり (図1b)、低次視覚皮質領域と広範な線維結合 (図6) といくらかの機能的結合性 (図5) を有しており、グループ2内の他の脳領域とも因果的結合性を有している (図2)。楔前部視覚領域 (PCV) も低次視覚皮質領域と多くの機能的結合性を有していることが示された (図5)。
また、図3に示すように、グループ2領域は海馬傍皮質PHA1-3 (マカクザルのTHに対応) や海馬システム (海馬、嗅内皮質、前海馬支脚) への因果的結合性を有しており、これは実際に機能的結合性 (図5) およびトラクトグラフィー (図6) によって支持されている。さらにこの領域は、THと海馬システムへの結合性に加えて、側頭-頭頂-後頭接合部 (TPOJ: temporo-parieto-occipital junction、自他の区別に関与する心の理論で活性化する領域)、上部頭頂葉皮質 (特に内側の7Pmと7Am)、前頭極 (p10p、a10p)、報酬関連領域であるpregenual ACC (d32、p24、p32) やvmPFC (11l、13l、OFC)、MCC (23c)、dlPFC (8Ad、8Av、9-46d、9a、9p) との因果的結合性を持つ。この結合性の多くは帯状回後部から各皮質領域に向かう向きで強かったが、7Pmと7Am、PGs、10rについては帯状回後部に向かう向きで強かった (図3-4)。
23dは31aのちょうど前方に位置し、下頭頂小葉PFmと因果的結合性を有している。この領域は、その他にはグループ2領域 (31a、RSC、POS2)、報酬関連領域 (OFC、pOFC、11l、13l)、pregenual ACC (d32、p32、a24、p24)、vmPFC (10d、9m)、supracallosal ACC (a32pr)、前頭極 (a10p、p10p)、dlPFCとも因果的結合性を有していた。23dと最も類似した結合性を持っていたのはRSCであった (図S4)。機能的結合性も概ね一致していたが (図5)、V1、下頭頂小葉PF、PGi、PGs、いくつかのdlPFC領域については、機能的結合性の方がより明らかであった。
拡散トラクトグラフィーでは、RSC、POS2、そしてしばしばPOS1について、多くの視覚皮質領域 (V1-V3A、V6、V6A、V7)、上部頭頂葉皮質および下頭頂小葉 (7Pm、7Am、7PL、PFm、PGi、PGs) との直接的結合性が認められた (図6)。RSCについては、pregenual ACCやvmPFC 10dとの直接的結合が認められた。拡散トラクトグラフィーでは前頭極p10pやほとんどのdlPFC領域との直接的結合性は認められず、これらの結合性は間接的であることが示唆された。
グループ1とグループ2の違いは、以下の通りである (図7-8)。グループ2は低次視覚皮質領域と広範な直接的結合性および機能的結合性を持ち、グループ1と比べて上部頭頂葉皮質area 7、前頭極area p10p (遂行機能や行動の順序に関与)、MCC 23c、そして関連領域であるareas 5 and 6との因果的結合性が強かった。一方で、グループ1は側頭葉視覚連合野TE areasとの因果的結合性を持ち、グループ2と比べて側頭葉聴覚連合野 (STSva、STSda) との因果的結合性が強かった。重要なのは、グループ2はまとまって存在しているわけではなく、一部 (PCV、31a、23d) は背側かつ前方に、また一部 (POS1とPOS2) は低次視覚皮質領域に近い後方領域に存在するということである (図1b)。このため、POS1とPOS2に関しては、PCC/RSCに属するというよりは、低次視覚皮質領域に関連し、グループ2領域に主要な入力を与えていると考えた方が良いと思われる。

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※ 図7: 帯状回中後部の構成。各帯状回グループと各皮質グループの因果的結合性を、両方向に対してその強さを表す数字とともに示している。因果的結合性は、各グループペア内に存在する最も強い結合を代表値として表示している。図中では、左側に帯状回グループと他の皮質グループとの結合性を、右側に帯状回グループと海馬および運動前野との結合性を示した。

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※ 図8: (a) グループ1、すなわち帯状回後部の後腹側部の結合性のまとめ。線の太さは強い方の向きの因果的結合性の強さを、矢頭の大きさは各方向の因果的結合性の強さを表している。グループ1領域は海馬システム (前海馬支脚、海馬支脚、嗅内皮質、海馬)、ACC (a24)、前頭極 (10d)、下頭頂小葉 (PGi、PGs)、聴覚皮質 (STS)、下部側頭葉皮質前部 (TE1a)、dlPFC (8Ad)、側頭極 (TGi) との因果的結合性を有している。(b) グループ2、すなわち帯状回後部の前部および背側部の結合性のまとめ。視空間情報の入力は内側頭頂葉皮質 (7Pm、7Am) からも行われる。グループ2は他に、pregenual ACC (p24、d32)、OFC、下頭頂小葉PGs、前頭極p10p、dlPFC (9p) との結合性を有している。グループ2からの出力は海馬、前海馬支脚、海馬傍皮質THといった海馬システムや、MCC (23c)に向かう。

3-4. グループ3: DVTとProS
ProSはV1に隣接しており、またDVTは帯状回後部の中でも最も後方にありPOS2の外側に位置する領域である (図1c)。これらの領域は、V1-V3、V6、V6aを含む視覚皮質領域や、シーンの表現に関わるとされる腹内側視覚領域 (VMV areas: ventromedial visual areas)、海馬傍皮質TH (PHA1-3)、前海馬支脚と海馬、MCC、TPOJとの因果的・機能的結合性および線維結合を有している。さらに、特にDVTについては、頭頂葉上部 (7Am、7PL) や下頭頂小葉 (PGp) との結合性および線維結合が認められた。これらの結合性の多くはDVTとProSに向かう向きで強かったが、海馬傍皮質PHA1-3に向かう強い結合性も有していた (図2-4)。拡散トラクトグラフィーでは、これらの結合性の多くは直接的であることが確認された (図6)。機能的結合性は、視覚皮質領域のみならず、体性感覚野や聴覚野でも認められた (図5)。以上より、DVTとProSは低次視覚皮質領域や、視覚的シーンを表現する多くの領域 (PHA1-3とVMV領域)、頭頂葉上部、海馬システム、MCCとの線維結合を持っていると言える。
グループ3のグループ1との違い (図7) としては、グループ3は低次視覚皮質領域、MCC、頭頂葉上部との因果的結合性を有しているということや、PGiではなくPGpと結合性を有していること、グループ1領域とほとんど結合性を有していないこと、一方で下部側頭葉視覚領域 (TE) や前頭極 (10p)、dlPFCとは因果的結合性を有していないこと、などが挙げられる (図2)。また、グループ3とグループ2の違いとしては、グループ3の方が低次視覚皮質領域とより強い因果的結合性を有していることや、グループ3は下部側頭葉視覚領域 (TE)、前頭極 (10p)、dlPFCとは因果的結合性を有していないことが挙げられる (図2)。

3-5. 中帯状皮質: 23c、24dd、24dv
MCCは帯状回運動領域とも呼ばれる領域で、帯状回後部との皮質結合性の違いや、帯状回後部との結合性を詳細に明らかにするために解析を行った。MCCは、V1とV2からの因果的結合性をいくらか有しており (図2)、低次視覚皮質領域との機能的結合性もいくらか認められた (図5) が、拡散トラクトグラフィーではこれらの領域との直接的結合性は認められなかった (図6)。前運動野 (6) を含む前運動領域や、体性感覚野 (5) との強い因果的結合性も認められ、特にarea 5はMCCに向かう向きに強い線維結合を有していた。その他、体性感覚表現を持つとされる島皮質との因果的結合性や、supracallosal ACC (a24pr、a32pr、p24pr、p32pr) と11lのMCCに向かう向きの強い因果的結合性、dlPFC (9-46d) との因果的結合性も認められた。以上より、MCCは体性運動皮質領域との豊富な結合性を持っており、supracallocal ACCからの入力を受け取っていることがわかった。また、図6から、MCC (23c、24dd、24dv) はsupracallosal ACC、SCEF (Supplementary and Cingulate Eye Field) と線維結合を有していることがわかる。

3-6. 帯状回後部および内側頭頂葉皮質が持つ対側半球皮質領域への因果的結合性
図S2に、対側半球皮質領域から帯状回中後部への因果的結合性を示した。逆に、図S3は帯状回中後部から対側半球皮質領域への因果的結合性である。原則として、対側半球との因果的結合性は同側半球と比べて弱めであり、因果的結合性行列全体として60%程度の強度であった。対側への因果的結合性は同側と全体的に類似しており、各帯状回後部領域は対側の対応する領域とも高い結合性を有していたことから、今回我々が用いたアルゴリズムの有効性が実証された。

※ 図S2: 右半球の180個の各皮質領域から左半球のの各帯状回中後部領域への因果的結合性。

※ 図S3: 左半球の各帯状回中後部領域から右半球の180個の各皮質領域への因果的結合性。

3-7. 帯状回後部および内側前頭前皮質が持つ皮質下領域との因果的結合性
図S6に、HCPexアトラスの皮質下領域から帯状回後部領域への因果的結合性を示した。先行研究にもあるように、視床から帯状皮質への入力は視床前腹側核 (AV核: antero-ventral nucleus) を介して存在した。さらに、低次視覚皮質領域と結合性を持つグループ2領域では、視覚にも機能すると言われている内側視床枕核 (PuM: medial pulvinar nucleus) との強い因果的結合性を認めた。興味深いことに、海馬と関連が深いグループ1領域では、コリン作動性ニューロンを有する乳頭体 (MB: mammillary bodies)、中隔核、Meynert基底核からの因果的結合性が認められた。これらの結合性はおおむね両方向性であった (図S7)。

※ 図S6: 皮質下領域から各帯状回中後部領域への因果的結合性。

※ 図S7: 各帯状回中後部領域から皮質下領域への因果的結合性。

対照的に、MCCは視床後外側腹側核 (VPL核: ventral postero-lateral nucleus) や正中中心核 (CM核: central-median nucleus) からの因果的結合性を有しており、視床枕核からもいくらかの因果的結合性が認められた。興味深いことに、中隔核や前脳基底核からのコリン作動性入力は認められず、これらの線維は海馬とも関わりが深いグループ1領域のPCCに優先的に入力していると考えられた。

3-8. 帯状回後部が持つ因果的結合性の左右差
今まで提示したのは、基本的に左半球内の、または左半球と右半球の結合性についての解析結果であった。このため、図S8とS9に左半球内の結合性と右半球内の結合性の比較を示した。この比較は、右半球内の結合性から左半球内の結合性を引き算することで行った。半球間の差は全体として小さかったが、いくつかの違いは興味深いものであった。たとえば、頭頂葉皮質とPCCの因果的結合性のいくらかは右半球で強く、これは右半球が空間的処理に優位に関与していることと合致する。逆に、報酬関連領域であるvmPFCとPCCの因果的結合性は左半球で強かった (図S9)。左半球内の因果的結合性 (図2-3) との直接的比較を可能とするため、右半球内の因果的結合性を図S10-11に示す。

※ 図S8: 各皮質領域から各帯状回中後部領域への因果的結合性について、右半球内の結合性から左半球内の結合性を引き算したもの。結合性の向きは列から行の向き (ヨコ軸→タテ軸) である。赤色は右半球で強い因果的結合性を表している。

※ 図S9: 各帯状回中後部領域から各皮質領域への因果的結合性について、右半球内の結合性から左半球内の結合性を引き算したもの。結合性の向きは列から行の向き (ヨコ軸→タテ軸) である。赤色は右半球で強い因果的結合性を表している。

※ 図S10: 右半球の180個の各皮質領域から各帯状回中後部領域への因果的結合性。

※ 図S11: 右半球の各帯状回中後部領域から各皮質領域への因果的結合性。

 

4. 考察
ここでは、まず主要な発見をまとめ、そして次に各グループに関する発見の詳細を記述する。
第一に、帯状回後部の後腹側部 (グループ1: 31pd、31pv、7m、d23ab、v23ab) は側頭極、下部側頭葉視覚皮質、上部側頭葉聴覚連合皮質、報酬関連領域であるvmPFCおよびpregenual ACC、下頭頂小葉、海馬システムとの因果的結合性を有していた。我々は、この結合性は海馬のエピソード記憶処理において、"what"や"when"に関する情報、報酬、意味情報を海馬に与える役割を有していると考える。
第二に、PCCおよび内側頭頂葉皮質の前背側部 (特に31a、23d、PCV、RSC) は空間的シーンを表現する低次視覚皮質領域、上部頭頂葉皮質、pregenual ACC、海馬システムとの結合性を有していた。我々は、この結合性は海馬のエピソード記憶処理や空間探索において"where"に関する情報を提供しており、そしてOFCやpregenual ACCシステムによって目標関連行動が達成されると考える。
第三に、DVTとProS領域は低次視覚皮質領域や上部頭頂葉皮質 (7Am、7Pi) からの情報を受け取っており、MCCへの結合を有していた。これらの領域は、先行研究ではHCP-MMPアトラスにおける脳梁膨大後部のシーン感受性領域とされている。我々は、この2つの領域はこうした結合性によって、記憶や探索に関連するシーンの処理や、視空間における行動の視覚・運動的制御、さらにこうした行動や探索に必要な空間座標変換に関連していると考える。
一方で、MCCは体性運動皮質領域との結合性を有しており、行動・結果学習に関与するとされるsupracallosal ACCから入力を受けていた。ここから、この領域は、目的志向の四肢運動の実行に関与すると考えられた。

4-1. グループ1領域とエピソード記憶
このグループは、視覚処理の腹側経路に属する高次視覚皮質 (TE) や、聴覚連合野 (STS) といった、マカクザルやヒトにおいて物体や人物の表現に関与すると報告されている領域との結合性を有していた。また、pregenual ACC (9m、a24、d32、p32、10d) やvmPFC (10r、10v) といった報酬価値や情動を表現する領域、下頭頂小葉 (PGi、PGs; 特に記憶や意味処理に関与するとされる角回の一部)、意味記憶に関与する側頭極 (TG)、計画性や順序立てに関与する前頭極 (10pp、p10p)、そしてエピソード記憶に関与する海馬システムとの結合性も認められた。こうした結合性から、海馬でのエピソード記憶の貯蔵において、グループ1領域が"what"、"when"に関する情報や、報酬、意味情報を海馬にアクセスさせる経路を提供していると考えられる。さらに、海馬でエピソード記憶の想起が行われる際は、この経路を逆行した情報伝達が行われるのだろう。このようにグループ1領域は、特に腹側処理経路の"what"処理に関連しており、同時に処理の流れの最上流にある多くの広く分離した脳領域が、"what"、"when"、そして報酬に関する情報を海馬システムに入力できるようにしている。報酬と感情システムを記憶に結びつけるグループ1領域の役割と一致し、うつ病において楔前部はdlPFCの非報酬/処罰システムとの機能的結合性が増加している。グループ1領域の記憶への関与は、この領域が中隔核およびMeynert基底核、そして乳頭体という、エピソード記憶に関与する海馬回路の一部であるとともに記憶に関与するコリン作動性ニューロンを含む領域から因果的結合性を受けるというエビデンスによって強化される。

4-2. グループ2領域と探索および遂行機能
POS1とPOS2は頭頂後頭溝内にある視覚領域であり、一次視覚皮質V1に近接している。この領域は低次視覚皮質領域と広範な線維結合と機能的結合性を有しており、さらにグループ2内の他の領域、すなわち23d、31a、PCV、RSCに入力している。また、POS1とPOS2は、シーンを表現する海馬傍皮質内側のPHA1-3 (THに対応) に向かう結合性を有しており、さらに海馬システムとの結合性も認められる。以上より、POS1とPOS2は海馬システムに到達するシーンの表現に関与しており、海馬spatial view cells (霊長類の海馬で認められる齧歯類のplace cellsに対応する細胞で、自分の視野を他中心的空間表現の中で符号化する) の活性化に関与し、さらにこれによってエピソード記憶や空間探索における重要な情報の提供を行っていると考えられる。POS1とPOS2は、グループ2の他の領域に入力を行うことで、次のようにして記憶と探索に関与していると考えられる。
POS1とPOS2の前方に位置し、これらの領域から視覚入力を受け取る領域として、PCV、31aと23dが存在する。この領域も、海馬システム (海馬、嗅内皮質、前海馬支脚) や海馬傍皮質PHA1-3領域に向かう向きの結合性を有しており、さらにMCCへの結合性も有している。これらの領域には、POS1およびPOS2に限らず、TPOJ (社会的行動や言語に関連するマルチモーダルな領域)、上部頭頂葉皮質 (7Pm、7Am)、計画性や順序立てに関与する前頭極 (p10p、a10p)、報酬関連領域であるpregenual ACC (d32、p24、p32)、短期記憶や注意に関連するdlPFC (8Ad、9a、9p) からの因果的結合性も認められる。この領域は特に、前頭極や報酬関連pregenual ACC、medial OFC、MCCとの強い結合性を有している点で特別である。海馬傍皮質のシーンや場所に関連する領域 (PHA1-3) への結合性は、グループ2領域が空間処理や遂行機能に関与していることを示唆する。空間処理についてはさらに、この領域が持つ上部頭頂葉領域 (7Am、7Pm) との結合性からも支持される。上部頭頂葉領域は、視覚・運動機能に関与する背側処理経路の一部であると同時に、自己視野に基づいた自己中心的な空間座標系から環境中心的な空間座標系への変換にも関与すると報告されている。これと一致して、先行研究において、自己運動における視覚および前庭手掛かりに選択的に応答する「帯状溝視覚野」が報告されており、これは23dやその周辺領域を指していると思われる。グループ2が空間探索に関与するという上記のエビデンスと一致して、POS1およびPOS2から入力を受けるarea 31は、自己の頭位方向を表現するということが神経画像研究によって示されている。空間探索と遂行機能は目標を達成するために行われるという概念と一致し、帯状回後部と内側頭頂葉皮質のこれらの領域 (31a、23d、PCV) は、報酬に関連するmedial OFCとpregenual ACCからの入力を受け取っている。
RSCは概ねPCV、31a、23dと同様の結合性を有しているが、低次視覚皮質領域とも線維結合がある。上記グループ2領域と同様に、RSCもPOS2からの入力を受け取り、そして神経画像研究からもランドマークの同定や位置などの永続的特徴の表現に関わるということが報告されている。報酬に関連するpregenual ACCやmedial OFCがRSCに入力しているのは、報酬や目標に到達するための探索行動を行うために重要だと考えられ、興味深い。
自己運動に基づく位置の更新は重要な探索手法の一種である。前庭情報や視野の流れ (視流) の情報は、マカグザルではarea 7aにおいて表現される。本研究で示したように、area 7領域はグループ2領域との結合性があり、さらにグループ2領域は海馬システムや海馬傍皮質THに入力している。このため、前庭シグナルや視流情報は、グループ2領域が提供するルートを介して、'whole-body motion neuron'を持つ海馬に到達すると考えられる。Whole-body motion neuronのうち、一部は直線的な運動に反応し、一部は回転運動に反応する。入力情報の形態としては、一部は前庭入力に反応し、また一部は動きの視覚的入力に反応し、中には両方に反応するものもある。この種のニューロンは、自己運動手掛かりを用いた探索行動 (経路統合) に関与すると考えられる。この考え方と一致するように、マカグザルでは背側PCCやRSCにおいて前庭入力に反応するニューロンが認められている。神経画像研究では、さらなる自己運動領域として頭頂間溝のIPS1 (intraparietal sulcus area 1) や後頭葉のV3A、V6が報告されており、これらの領域は全てグループ3領域 (DVTとProS) に入力する。そして、グループ3領域はグループ2領域に入力し、さらに頭頂葉area 7 (7Pmと7Am) に入力する。これらの結合性は、自己運動情報を海馬のwhole-body neuronに到達させ、自己運動手掛かりを用いた探索行動に役立たせていると考えられる。
したがって、以下にさらに考察するように、ここで述べた結合性によって、グループ2領域は空間探索などの空間機能および遂行機能を支えていることが示唆され、そしてこの考え方はヒトの神経画像や神経疾患のエビデンスと一致する。

4-3. グループ3領域
ProSはV1と隣接する領域であり、DVTは帯状回後部の最後方でPOS2の外側に位置する領域である。重要なのは、脳梁膨大後皮質のシーン感受性領域はDVTおよびProS領域、さらに一部はPOS1領域内に存在するということである。ProSとDVT領域は低次視覚皮質領域や、視覚的シーンを表現する領域 (PHA1-3およびVMV領域)、頭頂葉皮質、海馬システム (海馬と前海馬支脚)、MCCや体性感覚野 (area 5) と結合性を持つ。グループ1領域とは異なり、ProSとDVTはエピソード記憶に有用なハブ様領域としての結合性は持っておらず、たとえば下部側頭葉視覚皮質 (TE) や上部側頭葉聴覚連合皮質、dlPFCとの結合性は認められない。また、グループ1領域との結合性も存在しない。また、グループ2領域と異なり、グループ3領域は体性感覚野 (area 5) との結合性は持つが、前頭葉皮質との結合性は持たない。このため、グループ3領域は比較的低次の視覚処理に関与していると考えられ、上部頭頂葉皮質 area 7との結合性からは、この領域が視空間内での運動行動に適切な視覚・運動制御に関与していることや、これに必要な空間座標変換に関与していることが示唆される。実際、空間座標変換は、空間表現を自己運動に基づいて更新するためにも必要である。
DVTはV6およびV6Aから入力を受けている。V6Aはマカクザルでは視覚・体性感覚野であり、楔前部背側の後部を占めている。ここは上肢を表現しており、特に目標志向の腕の運動の制御に関与している。マカクザルのV6Aはいわゆる'real-position cells'を有している。この細胞は、頭蓋中心 (網膜中心ではない) の空間座標を符号化する視覚細胞である。V6Aは前線条視覚野、上部頭頂葉領域と強い結合性を持っており、さらに腕の運動を表現する前頭葉運動前野とも結合性を持っている。マカクザルのV6Aは、"reach-to-grasp" (手を伸ばして物をつかむ) の視覚および体性感覚的側面に関与する2つの下位領域に分けられる。V6Avはより視覚的な、V6Adはより体性感覚的な機能を持つ。V6Avのヒトホモログは楔前部の後部、かつ最背側部に認められ、HCP-MMP1アトラス内ではDVT領域内に含まれると考えられる。この領域は、マカクザルと同様に視野の流れによって活性化される。もう1つ、マカクザルの楔前部の背側領域として、内側寄りにarea PEcがある。PEcは上肢と下肢を表す視覚・体性感覚野で、運動とそれに関連する視野の流れの解析に関与していると考えられている。PEc領域は、PCCの一部 (31)、7m、後頭葉皮質と強く結合している。最近、PEcのヒトホモログが楔前の最背部で同定された。
グループ3のDVTとProSは、(グループ2のPOS1、POS2、RSCに加えて) シーン情報をVMV領域で表現するための経路を提供する可能性がある。この経路によって、情報を海馬システムと海馬傍皮質THに到達させ、これがspatial view cellsを駆動する重要な入力となっていると考えられる。このような情報を受けたspatial view cellsは、物体、人物、または報酬を視覚的シーンにおける位置と関連付けられるようにすることによって、エピソード記憶の要素を提供する。また同様に、ランドマークからランドマークへの探索行動にも有用であると考えられる。この経路は、海馬の空間・記憶システムに"where"の入力を行うためにシーン情報を符号化すると考えられている処理経路の一部である。こうした文脈では、DVTとProSは、VMVとPHA1-3が構成する海馬傍回場所領域 (PPA: parahippocampal place area) に視覚処理の腹側経路の低次情報を結合する 'retrosplenial scene area' の主要部分であると言える。また、グループ3は、視流が表現されるVIPやV6Aからの入力を受けることから、探索に有用な前庭情報や視流情報を海馬のwhole-body neuronに到達させる経路を提供すると考えられる。

4-4. MCC
MCCはPCCのすぐ前方に位置する前運動領域であり、隣接したPCCから入力を受け取っていると考えられることから、本研究の解析に含められた。MCC、または帯状回運動野は、体性運動皮質領域への豊富な結合性を有しており、同様に体性感覚・運動皮質領域との結合性を持ち嫌悪的/非報酬的刺激に応答するsupracallosal ACCからの入力を受け取っている。このためMCCは、lateral OFCで表現される嫌悪的/非報酬的刺激に対する適切な四肢反応 (四肢の引っ込め、逃走、闘争) の再生や、より一般的に行動-結果学習に関与している可能性がある。MCCは、遂行機能や探索に関与するPCCからも入力を受け取っている。ヒトでは、23cは帯状溝視覚領域と呼ばれ、視覚的な自己運動手掛かり、特に頭位の変換によって活動が見られる。この反応は、すぐ後方に位置する23dなどのグループ2領域からの入力を反映していると考えられた。

4-5. ヒト以外の霊長類との比較
ヒト以外の霊長類で行われた解剖学的なトラクトトレーシング研究の結果は、以下に述べるように、基本的に今回の研究結果を支持していた。なお、齧歯類エビデンスはここでは考慮しない。これは、齧歯類ではPCC area 23と31に対応する領域が認められず、細胞構築学的にRSCに対応する領域しか存在しないからである。マカクザルでは、頭頂葉後部のarea 7aはd23a、d23b、d23cに投射し、頭位や眼位などの空間情報 (他中心的にもなりうる) を提供する。内側頭頂葉の7mは31と23d (およびMCC 23c) に投射する。本研究でも、ヒト7Pmはグループ2領域に強い投射を行っていた。マカクザルの上側頭回聴覚野はd23とv23に投射し、"what"情報をこれらの領域に提供しているが、本研究ではヒトでも同様にTE1の視覚的"what"情報がグループ1領域に到達することが示された。マカクザルの前頭極 area 10とOFC area 11はRSCに投射しており、ヒトにおけるp10pとOFCのグループ2領域への結合性を支持する。マカクザルのPCCが前海馬支脚、海馬支脚、THと結合していることも、ヒトでの発見を支持する。サルは下頭頂小葉のarea 39 (角回; PG前部) とarea 40 (縁上回; PF) に対応する領域を持たないため、ヒトで認められたPGiやPGsからグループ1領域への結合性と同等の結合は報告されていない。このように、ヒト以外の霊長類におけるトラクトトレーシング研究は、本研究の発見を支持・妥当化してくれる。本研究の結果は、これらのエビデンスを上回り、高度に発達した多くの脳領域を持つヒトにおいて、各結合性の生理的強度についての情報を提供した。
本研究のヒトPCCの結合性についての新たな発見は、基本的にマカクザルの神経解剖によって支持されるものだが、我々の発見はこうしたマカクザルの脳での既報告をさらに超えたものとなっている。なぜならば、ヒトの脳はマカクザルの脳と比べて、下頭頂小葉やOFC、dlPFC、STSや下前頭回などの言語関連領域を含む多くの領域がマカクザルと比べて高度に発達しているからである。マカクザルの解剖学は、神経線維の投射がどの皮質層から発生し、どこで終了するかについての重要なエビデンスを提供している。これは、ボトムアップトップダウンの皮質処理と、記憶に関わる皮質システムの動作について、洞察を与えてくれる。そしてこのエビデンスは、本研究で発見された因果的結合性によって補完される。因果的結合性は、ヒトの皮質領域間の生理学的強度とその方向性に関する情報を提供し、脳の計算を理解する上で重要である。

4-6. 解剖と機能の統合
ここでは、結合性の情報を統合し、いくつかの脳領域の機能に関するエビデンスと組み合わせて、PCC/RSCおよびMCCの解剖-機能的構成に関する仮説を作成することを目的とする。これは、図7と図8の要約を参照して行われるとともに、PCCの先行研究を考慮に入れている。特にBakerらは、HCP-MMPアトラスを用いた機能的結合性と拡散トラクトグラフィーの解析をまとめ、さらに脳領域ごとのtask-related fMRIの結果の一部をまとめている。今回の解析はこれを拡張し、因果的結合性解析と新しいトラクトグラフィー解析を提供し、さらにすべての結合性が評価できるように定量的行列の形式で結果を提示している。

4-6-1. グループ1 (31pd、31pv、d23ab、v23ab、7m)
グループ1領域は、互いに極めて類似した因果的結合性を示し、結合性に基づく個別の集団を形成している。我々は、グループ1領域は多くの高次皮質領域から海馬記憶システムへの接続を提供していると考えている。海馬では、こうした多くの種類の入力がCA3ネットワーク内で互いに関連付けられ、エピソード記憶として貯蔵されていると思われる。海馬から海馬傍皮質、そして大脳新皮質領域へ向かう逆行路は、順行路と比べるとやや弱いが、これが記憶の想起に役立っていると思われる。グループ1の結合性は、海馬に"what" (視覚処理腹側経路のTEや、聴覚領域であるSTSによって提供される)、"when" (順序立てや計画性を司る10pや、time cellsを持つ外側嗅内皮質によって提供される)、報酬/情動的価値 (pregenual ACCによって提供される) に関する入力、すなわち海馬記憶システムにとって主要な要素を提供する。図7や図8に示したように、グループ1領域のこうした結合性は海馬システムに向かう向きで強く、逆に記憶の再生に必要となる逆投射経路は弱かった。
今回我々が示したのは、グループ1領域が多くの高次皮質領域から海馬記憶システムに重要な接続を提供しているというエビデンスである。これと一致して、PCCの腹側 (または後方) は、自伝的記憶を含むエピソード記憶の意識的想起やエピソード刺激によって活動が誘発される。さらに、PCCや内側頭頂葉は、意味表現に関与する下頭頂小葉PG領域、側頭極やSTS領域が海馬記憶システムにアクセスするための経路となると提唱されている。また、PCCや内側頭頂葉がpregenual ACCから海馬へ報酬を伝達する経路となっているという提唱と一致して、PCCの一部は価値に関係した活性化を示し、マカクザルではリスクの伴う意志決定に関係していることが示されている。Bakerらも、グループ1領域がエピソード記憶意味記憶、ワーキングメモリーを含む記憶に関係した機能を持つことに同意している。
以上のように、"what"、"when"、報酬、意味情報はグループ1領域を介して海馬に到達する。さらに、グループ1領域が多くの異なる処理経路の端点 (TEから視覚、STSから聴覚、頭頂葉から体性感覚や視覚、ACCから報酬/情動的価値) から情報を受け取っていることを考えると、グループ1領域がオブジェクトのマルチモーダルな意味表現の計算に寄与していることが示唆される。この考え方は、この領域がSTS腹側部を含む言語ネットワークへの結合性を有していることとも一致する。そしてこの計算結果は、海馬記憶システムへの"what"入力として提供される。

4-6-2. グループ2 (23d、31a、PCV、RSC、POS2、POS1)
我々は、グループ2領域とグループ3領域は、海馬のエピソード記憶に"where"情報を提供すると考える。以下にその考察を記す。
グループ2領域のPOS1、POS2、RSCに関して言うと、これらの領域は空間的シーン情報を海馬システムに与え、エピソード記憶の"where"要素を提供していると考えられる。これらの領域、その中でも特にPOS2から情報を受け取るRSCは、海馬のspatial view cellsを駆動する主要な入力であるシーン情報を提供する経路として働くと考えられ、エピソード記憶においてオブジェクト、人物、報酬を視覚的シーン内の場所と関連付けることを可能にしている。そしてこれは同時に、ランドマークからランドマークへの探索においても有用であると考えられる。
本研究の結合性解析は、シーンに関連した情報を海馬のspatial view cellsに提供する経路を理解する助けになる。ヒトの脳にはシーン領域がいくつかあり、これには後頭葉場所領域 (OPA: occipital place area)、脳梁膨大後皮質のシーン感受性領域、そしてPPA (またはPSA: parahippocampal scene area) が含まれる。HCP-MMPアトラスでは、OPAはV3CDとLO1の中に含まれ、脳梁膨大後皮質のシーン感受性領域はDVTとProS1およびPOS1内に含まれる。そして、PPA (PSA) はVMV1-3とPHA1-3の中に含まれる。図2と図3から、DVT、ProS、POS1からグループ2領域への因果的結合性が認められ、同時にVMV領域への因果的結合性も認められる。そしてVMV領域はPHA1-3への強い因果的結合性を持っており、さらにここから海馬への強い因果的結合性が認められている。以上から、どのようにしてシーン情報が海馬に伝わっているのかがわかる。
グループ2の背側/前方領域 (23d、31a、PCV、RSC) は、上部頭頂葉皮質 (7Am、7Pm) から海馬システムに空間入力を与える経路となっている。上部頭頂葉皮質は、視覚・運動に関する空間機能や道具の使用に関与することや、自己中心的な視野に基づく空間フレームから他中心的な空間フレームへの座標変換にも関与することが知られている。特に、PCVは頭頂葉 area 7やPGpを含む視覚領域に広範な結合性を持っているため、こうした座標変換処理に関与していると考えられるとともに、海馬や前海馬支脚への結合性も有している。
Bakerらも、これらグループ2領域が探索などの空間機能やエピソード記憶に関連する機能を持つことに同意している。
また、グループ2領域は計画性や順序立てに関与する前頭極p10pからの強い入力を受け取っており、さらに報酬に関連するmedial OFC 11lやpregeual ACC、処罰/非報酬に関連するsupracallosal ACCからの入力や、運動に関連するMCCへの出力を持つことから、遂行機能への関与も示唆される。これと一致して、PCCの背側 (/前部) は視覚的サーチや暗算などの遂行機能タスクによって活動が見られる。グループ2領域はMCCのすぐ後方に配置されているため、グループ2領域がMCC、さらには他の前運動皮質領域を介して運動に寄与する際の伝達経路の長さを最短にすることができる。また、グループ2領域は、図8bに示すように、低次視覚皮質領域と視覚に関わる内側頭頂 area 7からの入力を受け取るという点でも戦略的な位置にある。これらの点は、帯状回後部のトポロジーを理解するための基礎となる。

4-6-3. グループ3 (ProSとDVT)
グループ3領域は、脳梁膨大後部のシーン感受性領域の主要な部分であり、低次視覚皮質領域からの入力を受け取り、VMVに接続する。VMVはPHA1-3に入力し、ここで視覚的シーンが表現される。このように、グループ3領域はエピソード記憶に"where"要素を提供する腹内側の視覚処理経路の一部である。ProSとDVTは、RSCの後方に位置する。PPAは海馬傍回内側に位置し、PHA1-3、VMV1-3、VVCに該当する。また、OPAはV3CDとV4にまたがって存在する。グループ3領域は、視空間処理に関わる上部頭頂葉皮質を含む頭頂葉皮質から情報を受け取る。先行研究では、グループ3領域は、視覚刺激に対する行動に必要な座標変換や、自己運動シグナルのための他中心的座標の海馬システムへの提供など、視覚運動機能にも関わることが提案されている。グループ3領域は、部分的にはグループ2領域よりも視覚処理の初期段階にあり、実際に図2および図3に示すように、グループ2領域にその入力の一部を提供する。Bakerらは、ProS領域が「DVTのような低次視覚領域と後部帯状回連合野の間の移行的機能を持つと考えられる」とコメントしている。また、Bakerらは、DVT領域はHCP-MMPアトラスで新たに定義された領域であり、「刺激の位置を認識する背側処理経路領域や、計画的動作に重要な役割を担う上部頭頂皮質の後方と機能的につながっている」とコメントしている。
まとめると、DVTとProSは脳梁膨大後部のシーン感受性領域の一部として低次視覚皮質領域とPPAや海馬を繋げ、腹内側視覚"where"経路を構成することで、海馬において特徴に基づいたシーン表現の構築を可能としていると考えられる。さらに、DVTと頭頂葉 area 7 (7Am、7Pm、7PL) およびPGpの結合性は、海馬傍回など皮質領域にあるspatial view cells (海馬のspatial view cellsとは異なり、部屋が暗くされたりして視界の詳細が不明瞭になった時も特定の領域の注視によって反応が見られる細胞で、前庭情報などの自己運動手掛かりの入力や他中心的空間表現の記憶などを統合していると考えられている) の自己運動入力による更新を行うための座標変換にこの領域が関与していることを示唆する。

4-6-4. 中帯状皮質 (23c、24dd、24dv)
MCCはしばしば帯状回運動領域と呼ばれる。この領域が帯状回後部のグループ2や内側頭頂葉領域7mへの出力を提供していることや、すぐ後方にあるPCC領域と相当に異なった因果的結合性を有しているのは興味深い。我々は、medial OFCにおける報酬関連表現やlateral OFCにおける嫌悪的/非報酬表現が、pregenual ACC、supracallosal ACCを介してMCCに伝達され、これが体性・前運動皮質領域 (area 6やarea 5) を介した四肢運動を生成したり、より一般的にはMCCが行動-結果学習の出力経路を提供していると考えている。四肢の引っ込めや逃走、闘争は、lateral OFCやsupracallosal ACCで表現される嫌悪的/不快な刺激に対する適切な行動である。図7で示したMCCの因果的結合性は、この仮説を支持している。

4-7. 因果的結合性、機能的結合性、拡散トラクトグラフィー
これらの異なる手法は、本研究において互いに補完的な役割を果たしている。本研究で用いた因果的結合性アルゴリズム非線形アルゴリズムであり、時間tおよびt+tauにおけるシミュレートされる機能的結合性と実測の機能的結合性の相関を最大化する因果的結合性行列を求めるものであった。したがってこのアルゴリズムでは、因果的結合性行列の多くの部分がゼロのままとなった。時間tとt+tauの二点で測定を行ったことによって、結合性の強さをそれぞれの方向で計測することができた。いくつかのケースでは、一方向の因果的結合性のみがゼロとなることもあったが、(大脳新皮質の計算デザインを考えれば当然だが) ほとんどの場合は両方向ともにある程度の結合性が認められた。因果的結合性は時間的遅延を用いた手法であるため、因果的効果を測定していると考えられる。検討すべきポイントのひとつは、Hopfアルゴリズムを用いた際に、2つの脳領域間の1つの結合性に対してどの程度の選択性が得られるかという点である。もしシステムが線形で、単純な一連の接続されたステージで構成されているのであれば、因果的結合性はすべてのステージで同じになるはずである。しかし実際には、脳は非線形システムであり、各ステージには異なる脳領域からの多くの入力と異なる脳領域への多くの出力がある。このため、任意の脳領域のペア間で測定された因果的結合性は、主にそのペア間の有効結合度を反映していると思われる。ただし、実際には、1対の脳領域間で測定された因果的結合性は、そのステージに対して比較的選択的である。
一方で機能的結合性は、線形的な尺度 (2つの脳領域のBOLD信号間の時間的なピアソン相関) であり、脳領域間の相互作用や共通入力に関連する間接的な効果に関するエビデンスを提供できるが、因果的な方向特異的効果に関するエビデンスは提供しない。したがって、高い機能的結合度は、領域間の強い生理学的相互作用を反映していると考えられ、因果的結合性とは異なるタイプのエビデンスを提供する。因果的結合性は機能的結合性と非線形に関係し、比較的高い機能的結合性を持つペアに対してのみ因果的結合性が同定される。機能的結合性は1.0から-0.33の範囲であったが、閾値を0.4にして表示すると因果的結合性よりもやや多くの結合性が明らかとなる。これはおそらく、因果的結合性よりも二つの領域への共通入力を反映することができるという理由や、文献で知られているが因果的結合性には反映されていない効果を明らかにする閾値が設定された影響もあると思われる。機能的結合性は、因果的結合性のチェックとして有用であるが、もちろん因果的な効果を測定するものではない。
拡散トラクトグラフィーは、結合の方向や因果関係を示すものではなく、因果的結合性のうち何が直接的な結合を反映していて、何がそうでないかという根拠を示すものとして有用である。しかし、拡散トラクトグラフィーの限界は、灰白質内の線維の流れを検出することができないため正確な終端部位が完全に得られないこと、長い結合をうまく検出できないこと、そしてこのため近接した皮質領域間の結合が強調されすぎている可能性があること、である。一方、拡散トラクトグラフィーは因果的結合性を補完するものとして有用であり、特に因果的結合性が直接的結合によって媒介されている可能性を示す場合には有用な証拠となる。また、因果的結合性と機能的結合性は、ヒト海馬のコネクトームで検討されているように、トラクトグラフィーにおける偽陽性を除外するのに役立ち、トラクトグラフィーを補完するものとして有用である。

 

結論
・グループ1領域は、TEやSTS (物体や人物の表現に関与)、前頭極 (計画性や順序立てに関与)、pregenual ACCやvmPFC (報酬関連領域)、下頭頂小葉やTG (意味記憶に関与) からの入力を受け、海馬に出力を行うことで、エピソード記憶の"what"、"when"、報酬、意味に関する情報を海馬に到達させる経路として機能する。
・グループ2の一部 (POS1/2) およびグループ3領域は、低次視覚皮質領域からの入力を受けとり、グループ2内の他の領域に入力し、さらにPPAを介して海馬システムに入力を与えることで、エピソード記憶の"where"に関する情報を海馬に到達させる経路として機能する。また、上部頭頂葉皮質 (前庭情報や視流といった自己運動手掛かりを表現したり、自己中心的空間表現から他中心的空間表現への座標変換にも関与する) から入力を受けとり海馬システムに情報を提供することで、空間探索にも関与している。
・また、グループ2領域は、前頭極 (計画性や順序立てに関与)、medial OFCやpregeual ACC (報酬関連領域)、supracallosal ACC (処罰/非報酬に関連) からの入力や、MCC (運動に関連) への出力を持つことから、遂行機能への関与も示唆される。
・MCCには、pregenual ACC、supracallosal ACCを介して、medial OFCにおける報酬関連表現やlateral OFCにおける嫌悪的/非報酬表現が入力される。MCCから体性・前運動皮質領域 (area 6やarea 5) への出力は、これらの負の情動的価値を持つ表現への適切な四肢運動を生成するのに重要だと考えられる。

 

感想
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自分で図を描いてまとめるのが一番勉強になるだろと思って図を描きました。カッコで囲んだ領域は間接的な結合性しかないという意味です。ただ、論文中にも書いてありましたが拡散トラクトグラフィーは長距離結合の検出感度が低いので、たとえばグループ2領域と前頭極とか、直接的結合はない感じで書かれていましたが、果たして本当にそうなのか (実はちょっとくらいは直接的結合あるんじゃないか) はわかりませんね。でも、直接的結合があるかどうかはそんなに大事なことでもない気がするので、どうでもいいか。
基本的には結論に書いたことを参照、って感じなのですが、この結論をさらに抽象化してみると以下のような感じになるでしょうか。まず、グループ2およびグループ3領域は、低次視覚皮質領域や上部頭頂葉皮質から比較的低次の自己中心的な感覚情報を受け取り、これを海馬傍皮質や海馬、またはグループ1領域とやり取りする役割を持っています。そして、グループ1はグループ2〜3、PGやvmPFC、pregeual ACC、STS、TEなど幅広い領域と多様な情報をやり取りする「ハブ」的部位と考えられます。
個人的な興味は空間探索とか空間表現まわりにあるので、そのあたりで感じたことも書こうと思います。帯状回後部 (グループ1〜3全部ひっくるめた概念)は、自己の向きと他中心的空間表現の統合に重要だと言われています。たとえば、真っ暗な部屋にいきなり電気がついたときに自分が部屋の中でどの向きを向いているのか他中心的に把握する能力 (自己中心的視野と他中心的空間表現の統合) や、回転に伴って自分の周りの物体が自分から見てどの位置に移動したのか把握する能力 (視流や前庭情報と他中心的空間表現の統合) は、この領域を必要としていると言われています。これはまさに、帯状回後部が、上部頭頂葉皮質で表現される視流や前庭情報といった自己運動手掛かりや、海馬傍皮質後内側部 (いわゆるPPA) で表現される自己中心的視野内のランドマークを、海馬システムの他中心的な空間記憶表現と関連付ける役割を持っているからだと思います。DVTとProSからPPAへの因果的結合性がそこそこ強いことを考えると、PPAは低次視覚皮質領域からの情報を受け取って、これを記憶と関連付けることで、自分の視野を空間的記憶の中で位置付ける (すなわちランドマークとして利用する) 役割を持つと考えられます。帯状回後部のほとんどの領域で、PPAとの結合性が帯状回後部→PPAの向きで強かったことを考えると、「PPAがランドマークを表現してこれを帯状回後部に伝える」という考え方は違うような気もしてきますが、PPAからPOS1とProSには比較的強めの因果的結合性が存在するため、この種の情報伝達は比較的後頭葉寄りの部分で行われていると言えるのかもしれません。
結局、決定的なことはほとんど何も言えませんが、このような考察と、本論文のような結合性研究をもとにして計算科学的モデル化を行うことで、より深い考察が可能になるのだと思われます。今後の面白い研究に期待したいところです。