ひびめも

日々のメモです

記憶を司るネットワーク:内側側頭葉を中心とした機能的結合性解析

Differential connectivity of perirhinal and parahippocampal cortices within human hippocampal subregions revealed by high-resolution functional imaging.

Libby, Laura A., et al.

Journal of Neuroscience 32.19 (2012): 6550-6560.

 

最近まで放射線科をローテ―トしていました。

神経内科志望なこともあったので、頭部CTや頭部MRIを読ませていただく機会もあったのですが、自分が勤めている病院は高齢者が多い病院で、高齢者の頭部画像なんてのはたいてい脳がある程度萎縮していたので、「内側側頭葉を中心とした萎縮があります」などとなんとなーくレポートを書いて、なんとなーく指導医にも承認されていました。

内側側頭葉は記憶に関連する、というぼんやりとした知識はあったので、こういった画像をみると「認知機能は確認してください」などと適当なコメントを書いていたのですが、最近になって、こんな適当な理解でいいんだろうか?と思い始めました。

なので、今回は内側側頭葉のネットワークおよび機能について検討した最近の研究を探しました。

 

このような記事を書くにあたって、まず記憶についての基本事項を整理しておこうと思います。

記憶の過程は、記銘 (符号化: encoding)、保持 (貯蔵: storage)、想起 (検索: retrieval) に分けられます。記憶はその保持時間により大きく2つに分類され、短期記憶はその保持時間が数十秒程度のもの、長期記憶は保持時間が数分〜永続的と長いものを指します。感覚記憶というものを組み入れて3種類に分類することもありますが、これは感覚刺激をそのまま保持したもので、保持時間は数秒間しかありません。

想起のされ方には再生 (recall)、再認 (recognition)、再構成 (reconstruction) の3つがあり、再生は「保持されている記憶をそのままの形で再現すること」、再認は「以前経験したことを経験したと認識できること」、再構成は「保持されている記憶のいくつかを組み合わせて再現すること」を言います。たとえばテストの「徳川幕府第3代将軍は(   )である」という穴埋め問題で、そのまま「徳川家光」と書くのが再生で、選択肢の中から「(B) 徳川家光」を選ぶのが再認、「徳川...何だっけなー...3代目将軍はキラキラに落書きした記憶があるから...光...家光だっけ...?」というのが再構成、といった具合でしょうか。

ワーキングメモリという概念についても軽く説明しておきます。ワーキングメモリは短期記憶と混同されがちですが、短期記憶が保持時間の側面から分類した記憶の下位分類であるのに対し、ワーキングメモリは保持だけでなく「処理」にも関わる能動的かつ目標志向的な一時的記憶のことを指します。ワーキングメモリは、言語情報を保持する音韻ループ、視空間情報を保持する視空間スケッチパッド、様々な感覚情報の統合像や長期記憶の参照を保持するエピソーディックバッファ、そしてこれら全てを統括し注意に関わる中央実行系に分かれます。こう書くと、短期記憶とは全然異質なものですよね。

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c.f.) https://tokyo-brain.clinic/psychiatric-illness/dd/2773

 

さて、本文に入りましょう。

 

背景

内側側頭葉は記憶を司る皮質・皮質下ネットワークの重要な構成要素であり、嗅周皮質 (PRC: perirhinal cortex)、海馬傍皮質 (PHC: parahippocampal cortex)、嗅内皮質 (ERC: entorhinal cortex)、海馬体 (HF: hippocampal formation)から成る。海馬体はさらにアンモン角 (CA1-3)、歯状回 (DG: dentate gyrus)、海馬支脚 (subiculum) に分けられる。Lesion studyや画像研究から、PRCとPHCが記憶の記銘・想起に重要であることが知られている。また、齧歯類やサルの解剖学的研究では、PRCとPHCが、感覚・連合野や海馬下位領域と異なる結合性を持つと報告されているが、このような研究はヒトでは行えないため、ヒトにおけるPRC・PHCの結合特性についてはよくわかっていない。

fMRIはヒトの脳における結合性を解析するにあたって重要な手法であり、安静時fMRIで観察される信号変動の低周波領域コヒーレンスは、直接的または間接的な解剖学的結合性を反映している。我々の知る限り、ヒトPHCとPRCの機能的結合性を解析した研究は一つしかなく、その研究では海馬後方とPHC脳梁膨大後皮質 (RSC: retrosplenial cortex) や頭頂葉内側・腹外側領域と結合性を持っており、 海馬前方とPRC-ERCが側頭葉腹外側領域と結合性を持っている、ということが示されていた。しかし、その研究では空間分解能の問題によりHF下位領域の結合性についてまでは検討できておらず、より詳細な検討の余地があると思われた。

今回我々は、標準分解能fMRIを用いてPHC/PRCとの機能的結合性を持つ領域を検索する全脳ネットワーク解析 (実験1) を行った上で、高分解能fMRIを用いてPHC/PRCとHF下位領域の機能的結合性を解析 (実験2) した。

 

方法

被験者として、それぞれの実験ごとに15人の健康な成人が割り当てられた。向精神薬の使用歴や頭部外傷・精神神経疾患の既往歴がある患者は除外された。

1. 全脳イメージング (実験1)

PHCとPRCそれぞれについて、機能的結合性を示した領域をGLM (general linear model) を用いて左右別々に検討した。すなわち、seed ROIは右PHC、左PHC、右PRC、左PRCの合計4つであり、target ROIは全脳である。15人の被験者全員に対してseed ROIごとに4種類のGLMを作成し、ボクセルごとに得られたweightに対してone-sample t検定とpaired t検定を行った。

※GLM:基本的にはtask-based fMRIで活動領域を推定する方法として用いられている。あるtaskを1回のrunで複数回繰り返したとき、ボクセルiがtaskに関連して活動していると仮定した場合のシグナルモデルXi(t)を作成し、ボクセルiにおける実際のfMRIシグナルYi(t)がYi(t)=βiXi(t)+ei(t)として線形回帰できると考える。ここでβiはweight、ei(t)はノイズモデルであり、βiがtask-related activityを表しているため、βiを求める。一方でresting-state fMRIではtaskがないため、主にノイズ除去の意味合いで用いられており、シグナルモデルXi(t)はARMAなどの自己相関モデルを用いることが多いよう。ただし今回のケースではseed ROIとの結合性を評価したいため、seed ROIの活動性からシグナルモデルを作っているんだと思われる。たぶん。大まかな理解には以下のスライドがわかりやすかった。間違ったこと言ってたら教えてください。

c.f.) Resting state fMRI (rsfMRI): Methods & Models for fMRI Analysis 2019, https://www.tnu.ethz.ch/fileadmin/user_upload/teaching/Methods_Models2019/09_Resting_state_M_M_Fall2019.pdf

2. 高解像度イメージング (実験2)

Seed ROIを左右のPRC、PHC、target ROIを左右のsubiculum、CA1、CA2/CA3/DGに設定し、target ROI (subiculum, CA1, CA2/CA3/DG) については前後軸に沿ってさらにhead, body, tailの3つの領域に分割した。

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まず、HF構成要素 (target ROI) とPRC/PHC (seed ROI) の結合性を見るために、seed ROIごとに実験1と同様にGLMを計算し、得られたweightについてのone-sample t検定をtarget ROIごとに行った。次に、HFの前後軸に沿ったPRC/PHCとの結合性の違いを視覚化するために、weightの平均を前後軸に沿ってプロットした。さらに、このプロットに示される傾向が統計学的有意差を持つかを検討するために、前後軸に沿って分割した各target ROIについて、seed ROIごとに得られたweightに対する反復測定ANOVAを行った。

 

結果

1. 全脳イメージング (実験1)

PHCとPRCの機能的結合性マップは、下図の通り。

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まず、左右差はほとんど認められなかった。両側ともに、PRCは側頭葉前方領域と腹外側前頭前皮質と強い結合性を持っていて、PHCはRSC、PCC (後部帯状皮質: posterior cingulate cortex)、楔前部、後頭葉皮質と強い結合性を持っていた。また、内側側頭葉とは、PRCとPHCの両方が強い結合性を共有していた。

各seed ROIごとに持つ結合性の左右差についてpaired t検定を用いて検討してみると (図の下段を参照)、左右差が見られた領域はあるものの、すべてseed ROIと同側であった。PRCとの結合性については、外側側頭葉と内外側前頭前皮質で有意な非対称性 (同側優位性) が見られた。PHCとの結合性については、内外側頭頂葉と外側前頭前皮質で有意な非対称性 (同側優位性) が見られた。

次に、PHCとPRCの結合性の差異について解析を行った。同側半球のPHC/PRCについて行ったpaired t検定では、PRCは前方ネットワーク (紡錘状回前部、外側側頭葉皮質後部、側頭葉下面、側頭頭頂皮質、中心前回、中心後回、眼窩前頭皮質、背外側前頭前皮質、腹外側前頭前皮質、背内側前頭前皮質、HF前部) 優位に、PHCは後方ネットワーク (内外側後頭葉皮質、楔前部、PCC、HF後部) 優位に結合性を持つことが示された。これ美しい。

2. 高解像度イメージング (実験2)

実験1の結果から、PHCはHF前部と、PRCはHF後部と強い結合性を持っていることが示唆された。実験2では、この関係性をより高解像度に解析した (下図)。

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HF前後軸に沿ったPRC/PHC結合性を検討するため、結合性強度の推定量 (weight, β: 方法を参照) をプロットした。この結果を見ると、PRCとPHCの機能的結合性はHF前後軸に沿って異なっており、かつHF構成要素ごとにも異なっているということがわかる。

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これを定量化するために、HF構成要素をhead, body, tailの前後区画に分け、PRCおよびPHCとの結合性 (weight) について、反復測定ANOVAを行った。その結果、前後区画およびHF構成要素ごとに有意な2要因の交互作用が見られ、さらに、HF構成要素・前後区画ごとの有意な3要因の交互作用も見られた。より細かい解析を行うと、subiculum・CA1のhead segmentとCA1のbody segmentではPRCとの有意な結合が、subiculum・CA2/CA3/DGのbody segmentとsubiculum・CA1・CA2/CA3/DGのtail segmentではPHCとの有意な結合がみられた。

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結局のところ、HF前方ではPRC > PHCに優位な結合性が見られるということだ。CA2/CA3/DGのhead segmentでは結合性の有意差は見られなかったが、上記プロットを見る限り、head segmentの中でも前方ではPRC優位性がありそうである。実際、これを確かめるために行った追加の解析では、head segmentの最前方3スライスではPRCに有意な結合性が見られた。

また、HF後方ではPHC > PRCに優位な結合性が見られた。上図を見る限りこのPHCへの優位な結合性はHF構成要素ごとに異なっているが、実際にtail segmentにおけるPHCとの結合性を解析してみると、subiculum > CA2/CA3/DG > CA1の順に結合性が弱くなることがわかった。

まとめると、実験2では、HFの前後軸に沿ったPHCおよびPRCへの結合性勾配が示された。

 

考察

本研究では、PRCとPHCの機能的結合性について、全能レベルでの解析および内側側頭葉に限定した高解像度解析を行った。実験1ではPRCがHF前部と、PHCがHF後部と優位な結合性を持つことが示された。また、PRCは側頭葉前部・前頭葉ネットワークと強い結合性を持ち、一方でPHCは内側側頭葉後部・頭頂様・後頭葉ネットワークと強い結合性を持つことも示された。実験2では、subiculumとCA1がHF前方でPRCとの強い結合性を示し、subiculum、CA1とCA2/CA3/DGの全てがHF後方でPHCとの強い結合性を示した。この結合性の前後勾配は、subiculumで最も強かった。

内側側頭葉内部の機能的結合性

動物モデルを用いた複数の研究では、HF構成要素はいずれもPRC・PHCとERCを介した間接的双方向性ネットワークを持っていると示されている。しかしラットでは、上記に加えてPRCからの直接的結合がsubiculumとCA1の前部に入っていること、およびPHCからの直接的結合がsubiculumとCA1の後部に入っていることがわかっている。我々の結果は、このラットの解剖学的結合性と類似していた。すなわち、実際にsubiculumとCA1については特に強いPRC/PHC結合性の前後勾配が見られたのに対し、CA2/CA3/DGについてはそこまで強い勾配が見られなかった。

この機能的結合性の勾配は、HF前後軸に沿った機能の勾配を示す先行研究とも一致する。たとえば、ラットやサルで行われたlesion studyや電気生理学的研究では、HF後方は空間的記憶と、そしてHF前方は不安に関連した行動と関わっていると言われている。しかし、この機能勾配については、議論が分かれているのも事実であり、HF前方と後方はそれぞれエピソード記憶の記銘と想起に関わっているとする報告もあればその有意差が認められなかったとする報告があったり、HF後方は空間的・文脈的情報の処理に関わっていてHF前方は顔や情動の記憶に関わっているとする報告があれば、そのような機能特異性を否定する報告もある。今回のこの結果は、こういった機能勾配に関する議論にいくらかの示唆を与えることができるだろう。

大脳新皮質との機能的結合性

全脳を対象としたPRC/PHCとの機能的結合性解析では、2つの異なった皮質ネットワークの存在が示された。すなわち、PRCと前方ネットワーク、PHCと後方ネットワークの結合性である。
内側側頭葉の機能的構成については、視覚情報処理における背側経路・腹側経路のPRC・PHCへの投射の相対的差異に着目した説明が多い。しかし、我々の結果や神経解剖学的な先行研究から分かるより顕著なパターンは、PRCとPHCがそれぞれ異なったポリモーダルなネットワークと結合しているということである。たとえば、PRCは視覚野に加えて聴覚野や体性感覚野と結合している。さらにもう1つ重要なのは、PRCとPHCはそれぞれ2つの異なる白質路と結合しているということである。PHC、側頭極、眼窩前頭皮質は鉤状束によって、海馬傍回、RSC、内側・腹側頭頂葉皮質は帯状束によってそれぞれ結合している。

これらの結合性の際は、疾患理解にもつながるかもしれない。PRC結合回路は意味性認知症で強く障害される部位であり、この疾患ではPHC結合経路はあまり障害されない。一方で、アルツハイマー認知症PHC結合回路が強く障害される (ただしPRC病理もみられる)。意味性認知症は人物や物体についての知識が強く障害され、アルツハイマー認知症ではエピソード記憶や風景認知が強く障害される。これらの症候は、PRC結合回路とPHC結合回路の機能的差異を支持しているのかもしれない。過去の研究では、PRCと腹側側頭極は親和性に基づいた物体の再認やきめ細かい物体の識別、抽象的意味記憶へのアクセスに関わっているとされている。一方で、PHCやRSCは文脈的情報やエピソード刺激、風景認知、空間探索と関連しているとされている。これらの情報を総合してみると、PRC結合回路とPHC結合回路は、2つの異なったポリモーダルで大規模な神経機構であり、ヒトの記憶に行動を支える2つの異なったメカニズムを支える機構であることが示唆される。

 

結論

・嗅周皮質と海馬傍皮質は海馬体の前後軸に沿った異なる機能的結合性を持つ

・この機能的結合性の前後勾配は、海馬体の機能の前後勾配についても示唆を与える

・嗅周皮質は側頭葉前部と前頭葉から成る前方ネットワークと、海馬傍皮質は内側側頭葉後部・頭頂葉後頭葉から成る後方ネットワークと強い結合性を持つ

・先行研究からは、これら2つのネットワークは機能的に異質なポリモーダルネットワークであることが推察される

 

感想

面白かったー!

特に意味性認知症とかアルツハイマー認知症についての考察部分はかなり面白かったです。ただし、この考察だと左右の大脳半球の機能的差異について触れていなくてちょっと残念でした。個人的には左前方ネットワークは抽象的意味記憶へのアクセスに関わり、右前方ネットワークは顔や物体の認知に関わっていて、左後方ネットワークは文脈的情報の処理に関わり、右後方ネットワークは空間的情報の処理に関わっているんじゃないかと思っています。とりあえず左右半球と前後方ネットワークに分けて考えて疾患を整理するという視点を得られたのでよかったです!

内側側頭葉だから記憶についての考察がメインだろって思ってたんですがあんまり記憶は前景に出てこなかったですね。最初に記憶について長々と書いたのはちょっと意味が薄かったかも。