ひびめも

日々のメモです

乳児のRSウイルス感染症:肺外合併症について

Extrapulmonary manifestations of severe respiratory syncytial virus infection–a systematic review.

Eisenhut, Michael.

Critical Care 10.4 (2006): 1-6.

 

小児科ローテ中なので、今回はRSウイルスについてです。小児科病棟で必ず出会うウイルスと言ったらRSウイルスでしょう。コロナが流行る前なら、子育てママ/パパの中でインフルエンザの次に有名なウイルスだったと思います。

RSウイルス (RSV: respiratory syncytial virus) は一本鎖RNAウイルスで、小児の間で流行る呼吸器感染症の原因ウイルスとして有名です。ただこのウイルス、大人になっても再感染を繰り返すことが知られており、いわゆる「風邪」の原因ウイルスとしてもよく登場します。僕もコロナかなと思ったらRSだった大人 (やはり小さい子持ちの方に多いようですが) の症例はたくさん見たことがあります。

このように、RSVは基本的に呼吸器感染症を引き起こすウイルスとして知られていますが、実は呼吸器以外のいろんな臓器にも合併症を起こすことがわかっています。僕もちょうど今、そんな感じの子を受け持っています。そんなわけで今回は、RSVの肺外合併症についてまとめたreviewを読みました。

 

背景

RSV感染は乳児の呼吸不全によるPICU入室の最も一般的な原因である。重症RSV感染の肺外合併症を知っておくことは、患児の検査・治療や状態悪化時の対応を行う上で重要である。特に、慢性肺疾患や心疾患などの基礎疾患のある児では、RSV感染時に臓器機能障害が起きた場合に、基礎疾患の増悪の要素がどの程度あって、RSV感染による一過性の影響がどの程度あるのか、ということも考えなければならない。今回のsystematic reviewでは、RSV感染症の肺外合併症についてまとめ、考察する。

 

方法

Systematic reviewなので省略。

 

結果
1. 心血管合併症

RSV感染症に伴う有症候性の心血管合併症としての最初の報告は、RSV細気管支炎に致死性の間質性心筋炎が合併したという1972年の報告であった。その他にも、RSV感染症では2度房室ブロックや多源性心房頻拍(RSV関連心房頻拍)、その他の上室性頻拍が、基礎疾患心疾患のない児にも発生することが報告された。数は少ないが、中には心室頻拍などの致死性不整脈が起こることも報告されている。RSV感染中に発生した心房粗動により心原性ショックが起こったという報告も存在する。その他にも、心嚢液貯留による心タンポナーデが起こったとする報告など、幅広い心合併症が知られている。

不整脈を伴わない心原性ショックを起こすRSV感染児において、しばしば心筋トロポニンの上昇がみられることがある。PICUでの人工呼吸器管理を要したRSV感染児において35-54%で心筋トロポニンI/Tの上昇がみられると報告されており、人工呼吸器管理を要さない程度の症例でもトロポニンの上昇が見られることがある。RSV細気管支炎を起こした免疫不全乳児の心筋のウイルス培養でRSVを検出したという報告や、心筋炎の症例でRSV-PCRが陽性となったとする報告があり、RSV感染症で心筋へのウイルス感染が起こることが示唆されている。

2. 中枢神経合併症

PICU入室を要したRSV感染児の中で39%が中枢神経合併症を起こしたと報告されている。中枢神経合併症とは、中枢性無呼吸、けいれん、昏睡、嚥下障害、筋緊張低下、眼位異常、髄液検査異常、脳波異常などのことを指す。一般病棟管理で問題ないRSV感染症における中枢神経合併症は1.2%と報告されている。RSV感染児における髄液PCRでのRSV陽性、髄液検査異常 (細胞数増多など)、髄液中抗RSV抗体陽性などが報告されており、RSVの直接的な中枢神経感染が起こる可能性もわかっている。

2-1. 中枢性無呼吸

RSV感染に伴う無呼吸のリスクとして最も重要なのは月齢 (2カ月未満) である。入院時に無呼吸があった場合は反復性の無呼吸を呈する可能性が高く、人工呼吸器管理を要する場合がある。

喉頭に滅菌水による刺激を加えることで喉頭化学反射を誘発し、喉頭化学反射による無呼吸の持続時間をRSV感染児とRSV非感染児に分けて検討した前向き研究がある。結果としては、RSV感染児では無呼吸の持続時間がRSV非感染児と比べて優位に長くなった。

※この元論文読んでみたんですがあんまりそのメカニズムについて考察されていませんでした。個人的には炎症や低酸素が寄与して呼吸中枢抑制に効いているのかなと思っています。元論文だと鼻咽頭粘膜IL-1βと無呼吸時間が逆相関することを示していたりしましたが、これもあまりよく考察されていないのと、鼻咽頭粘液IL-1βと血中IL-1βは別物なので、敢えて書きませんでした。もしかしたら気道分泌物過剰によってIL-1β薄まっているだけ説とかあるのかもしれないし。

RSVによる中枢性無呼吸の治療を検討した研究はいくらかあるが、RCTは存在しない。これらの研究では、カフェインの使用、nasal CPCP、挿管人工呼吸器管理などを検討している。カフェインは無呼吸の頻度を有意に減らしたようである。

2-2. 痙攣

RSV感染に伴う痙攣は、全般性強直間代発作、部分発作から、意識変調、顔面不随意運動、眼位異常など幅広い種類のものが報告されている。一般病棟で0.7%、PICUだと6.6%がこれらの痙攣を合併すると報告されている。一部では痙攣重積状態に陥ることがある。痙攣の原因として、低Na血症が見つかることがある。

3. 内分泌合併症

低Na血症は重症RSV感染児でしばしば認められる合併症である。中には、SIADHを呈していることもあり、ADH値は血中CO2分圧や胸部X線写真での透過性低下と関連していたとする報告がある。一方で、ADH値とNa値の関連は認められなかったとする報告もある。

4. RSV関連肝炎

RSV細気管支炎に対して人工呼吸器管理を要した患児の中で46-49%がトランスアミナーゼ上昇を示したとされている。中には、ALT 3000 IU/L近くまで上昇し、凝固異常を起こした症例もある。呼吸器感染が重症であるほど肝障害も重症になるといわれており、先天性心疾患が基礎にある児だとより肝障害が起こりやすいようである。RSV感染児に肝障害を認めた際は、先天性心疾患がないかの検索をした方がよい。肝生検で実際にRSVの培養に成功した報告の存在からは、RSVの肝臓への直接浸潤が疑われる。Reye症候群様の脂肪変性を認めたとする報告もある。


考察

RSVは呼吸器以外の全身臓器に合併症を起こすことがわかった。この合併症が、細菌共感染によるものとは考えにくい。RSV感染症に重症細菌症を合併する頻度は1%程度と報告されているからである。RSVが鼻咽頭粘液から検出された63%の新生児、20%の乳児で、血中のRSV-PCRが陽性になったとする報告がある。ここから、RSVは呼吸器感染巣から血液を介して様々な臓器に感染を起こすことが示唆される。

RSVの心血管合併症の中でも、不整脈や心筋障害は、RSVの心筋への直接感染の可能性を示唆している。もちろん、呼吸器感染による肺高血圧症が右心不全を引き起こし心筋障害を起こすとか、その影響で不整脈が起こっているという可能性は否定できないが、ウイルスが直接検出されたとする報告もあり、直接感染が起こることがあるというのは確かである。

RSVによる中枢神経合併症の中で最も一般的なのは無呼吸であり、無呼吸に喉頭化学反射が関与している可能性が示唆されている。また、RSVが髄液中に陽性となることもあり、RSVの中枢神経浸潤による中枢神経合併症の可能性は頭に入れておかなければならない。

RSVによる内分泌合併症として低Na血症はしばしば起こり、SIADHの関与が示唆されているが、ADH濃度とNa値の関連性は指摘されていない。これを説明する仮説としては、二次性にアルドステロンが分泌されNa貯留を誘発してる可能性が挙げられる。


結論

・RSVの肺外合併症は挿管人工呼吸器管理を受けている重症感染児ではcommonである。

・心血管合併症を考慮し、心電図や血圧は慎重にモニタする必要がある。

・血清Na値も痙攣に関連する可能性もあるためモニタが重要である。

 

感想

重症RSV感染症を診る上で気をつけるべき点がよくまとまっていました。

勘違いしないようにしておきたいのは、あくまでこれらの合併症は"重症の乳児"で見られやすい合併症だということです。外来や一般病棟で管理できるような児や、もっと年上の子供でもよく起きる、とは一言も書かれていません。なので、RSV感染症と診断されただけでは過度な心配はしないで大丈夫です。

RSに限らず、インフルでもコロナでも、ウイルスはいろんな臓器に散らばりますね。有名なコロナ心筋炎もその一例だと思います。一般的なpopulationを対象に医者をやってると、鼻や喉からウイルスを検出することはあっても、血液サンプルからウイルスを検出するような検査はなかなか行いません (膠原病科や血液内科などステロイド/免疫抑制剤をたくさん使う科は除く)。なので、ウイルスが全身にばら撒かれることを想像する機会は少ないのですが、実際のところどうなんでしょうね。もしかしたら、ウイルス血症は想像よりも頻繁に起こっているのかもしれません。

ところで、今回の内容とは全く関係ないのですが、RSVのクライオ電子線トモグラフィー画像を見てください。

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c.f.) Kiss, Gabriella, et al. "Structural analysis of respiratory syncytial virus reveals the position of M2-1 between the matrix protein and the ribonucleoprotein complex." Journal of virology 88.13 (2014): 7602-7617.

球状のものや多角形状のもの、フィラメント状のものの3種類もあるらしいのです。面白いですね。ウイルスの形によって臨床症状が変わったりしたらもっと面白そうですが、もちろん本当にそんなことがあるのかは知りません。いずれにせよ、やはり構造は一目でいろんな想像を掻き立ててくれるので好きです。