ひびめも

日々のメモです

乳児の無呼吸をもう少し掘り下げる

Apnea in the term infant

Patrinos, Mary Elaine, and Richard J. Martin.

Seminars in Fetal and Neonatal Medicine. Vol. 22. No. 4. WB Saunders, 2017.

 

昨日の記事のままだとあまりにもふんわりした理解になってしまうので、もう少し深めてみようと思って最近のreviewを読みました。

未熟児無呼吸(apnea of prematurity)はすごくよく研究されてるけど、乳児無呼吸(apnea of infancy)はぜんぜん焦点が当てられてないですね。頻度の問題と、病態のheterogeneityが背景にありそうですが。

 

今回読んだのは、数少ない乳児無呼吸のreviewの中で1番新しいと思われるものです。

 

背景

未熟児無呼吸はよく研究されており、中枢神経・自律神経の未熟性や多様な神経伝達物質が関連していると考えられている。一方で、正期産児の無呼吸は1/1000の頻度という比較的稀な病態であり、未熟児無呼吸ほどは理解されていない。

正期産児であっても、特に月齢6カ月未満であれば、十分に成熟した呼吸システムを有しているわけではないため、様々な環境ストレスに対して脆弱なのは確かである。本reviewでは、呼吸システムの発達過程を考慮に入れながら、正期産児の乳児無呼吸の原因を考えている。このため、新生児期(特に生後3日以内)と、それ以降(生後3日~1年)に分けて議論を行っている。


無呼吸の定義

定義自体は昨日紹介した論文の通り。ただし、この定義(20秒以上という時間ベースの定義)はエビデンスに基づいたものではない。

胸郭インピーダンスモニタの有用性を検討した1969年では、APNEAアラームが20秒に設定されている。もしかするとこれが"20秒ルール"の先駆けなのかもしれない。著者たちはこの20秒という定義について、「"早産児"が徐脈やチアノーゼを起こすことなく耐えきることのできない無呼吸持続時間」と述べている。一方で最近のCHIME study(在宅モニタの無呼吸発作発見に対する有用性を検討した研究)では、”extreme apnea”を30秒以上と定義しているし、研究の中では大方の児には20秒以上でAPNEAアラームを、健康な正期産児には40秒以上でAPNEAアラームを鳴らすよう設定している。

いずれにせよ、(特に正期産児においては)無呼吸の定義はコンセンサスが得られていない状況なのだと思われる。

なお、このセクションで、「未熟児無呼吸は妊娠週数として40-44週には自然に軽快する」という重要な情報がチラっと記述されている。このことからも、正期産乳児の無呼吸は病的である可能性が高く、詳細な検査が重要だと言える。


新生児期(生後3日以内)の無呼吸

分娩室で起こる無呼吸の原因には、低酸素、脳虚血(低血圧やアシドーシスに伴う)、周産期薬剤使用、全身麻酔の影響、敗血症などが考えられる。これらは中枢性無呼吸の原因となる。その他の中枢性無呼吸の原因として、先天性中枢神経奇形、脳血管障害、代謝異常(低血糖電解質異常)、頭部外傷、感染症などが挙げられる。

感染症が中枢性無呼吸の原因となるのは、炎症性サイトカインであるIL-1βがPGE2を介して脳幹呼吸循環中枢の抑制に働くためと言われている。また、低酸素自体も脳幹のミクロソーム内PGE2濃度を下げると報告されており、炎症と低酸素のダブルパンチである呼吸器感染症で中枢性無呼吸が起きやすいというのは納得できる。

経口哺乳が開始されると、哺乳時に呼吸にトラブルを起こす児もしばしば見られるようになる。哺乳瓶で経口栄養を行っている乳児では1回の吸啜に対して1回の嚥下が起きており、これが1分間に30-60回にもなると報告されている。嚥下の際には喉頭蓋が閉じるわけなので、これだけ嚥下をしていれば哺乳自体が低換気の原因になり、無呼吸を誘発しうると思われる。

閉塞性無呼吸は先天性のことも後天性のこともあり、奇形のほか、喉頭軟化症、声帯麻痺、横隔神経麻痺、喉頭化学反射(胃食道逆流や嚥下呼吸不調和が原因となる)など、functionalな病態を背景にしていることもある。

喉頭化学反射:哺乳類では主に乳児期に存在する反射で、喉頭粘膜への低Cl刺激に反応して無呼吸・喉頭攣縮を起こすものである。胎生期には羊水(Cl 80mEq/L)の誤嚥を防ぐ機能を持つとされる(肺胞液はCl 170 mEq/L)。反射の遠心路には無呼吸・徐脈・喉頭攣縮を引き起こす副交感線維成分はもちろんのこと、血圧上昇・血流再分布を起こすための交感神経成分も含まれているようである。成長に伴い神経回路がrearrangeされ、咳反射に姿を変えるとされている。(c.f.) Pathak et al, 2020, Chem Senses.

先天性中枢性低換気症候群も、ほかに原因が見当たらない場合は鑑別が必要である。最近は、PHOX2B遺伝子が原因となるとわかったらしい。


乳児無呼吸(生後3日以降)

生後6か月の間は、健康な乳児であっても、中枢神経の髄鞘化の最中であり、同時に末梢化学受容器の発達変化が起こっている最中でもある。こういった成熟過程の影響を受けておこる最も一般的な現象は周期性呼吸であり(昨日の記事を参照)、これは生理的現象である。

CHIME studyにおいては、健康な正期産児であっても20秒以上の無呼吸はしばしば観察されたが、30秒を超えるものはほとんどなかった。20秒以上の呼吸停止を病的無呼吸と定義する今の定義法だと、こういう病的でないと思われる呼吸停止を病的無呼吸として扱って、無駄な検査が増えてしまいそう。

3カ月未満の乳児の呼吸動態をモニタリングした研究では、20秒以内の中枢性無呼吸や周期性呼吸は高頻度に観察されたが、閉塞性無呼吸はほとんど見られなかった。同研究では、5秒以上続くHR50以下の徐脈や、15秒以上続くHR60以下の徐脈は一例も認められなかった。

閉塞性睡眠時無呼吸と診断された乳児について検討した研究では、乳児閉塞性睡眠時無呼吸の背景病態は幼児期以降の小児の背景病態とは異なっており、胃食道逆流、喉頭軟化症、先天奇形、染色体異常などが多くみられたようである。

胃食道逆流症が乳児無呼吸の原因となるというのは昔から言われてきていることではあるが、2014年のsystematic reviewではたった1つの研究でしか有意な関連性を見いだせておらず、胃食道逆流と無呼吸の関連性に疑問が投げかけられていた。加えて、逆流と無呼吸の時間的関連性についてはあまりしっかりとは検討されてきていないようである(最近のいくつかの文献では逆流と無呼吸の時間的関連性は検証されているようであるが)。そもそも乳児期の胃食道逆流は比較的頻度が高く、無呼吸と結び付けようにも単なる偶然の一致の可能性もある。

ある研究では、BRUE(brief resolved unexplained event)が観察された健康な乳児に咽頭食道内圧計測を行ったところ、(おそらく中枢性の)咽頭食道協調運動不全が多く認められること、及び無呼吸時には努力嚥下が頻繁に見られることを発見し、多くの自発呼吸遷延は実のところ食道内容貯留に伴う反復努力嚥下によって生理的な無呼吸が起こっているのを見ているのではないかと考察していた。これ面白い。

RSV感染症に伴う無呼吸についても議論がされている。RSV細気管支炎に伴う無呼吸の発生頻度は1-24%と報告されており、多施設共同の前向き研究では、修正週齢2週間未満、生後2-8週未満、出生体重2300g未満、無呼吸の既往がある場合にはRSV関連無呼吸のリスクが上がるとされている。周産期・出生後に既往のない児だと、RSV関連無呼吸は極めてまれ(1%未満)のようである。百日咳に伴う無呼吸はcommonであるが、百日咳自体は珍しい感染症である。感染が確認されなくても百日咳が疑われる児のうち、10%で無呼吸が起こっているという報告もある。

 

結論

・乳児無呼吸は日齢で分けて考えよう。

・意外と無呼吸の定義は適当だったりするぞ。

 

感想

かなりいいreviewだと思いました。

中枢神経が発達途中の乳児にしか存在しない反射(喉頭化学反射)とかすごい面白かったし、こういう小児特有の発達段階が背景となる病態があるってことからも、成人の医療との異質性を実感しました。

あと、「未熟児無呼吸の定義には当てはまらないけども、特定の疾患がベースにあるわけではなくて、単なる神経未熟性に端を発する乳児無呼吸」って概念をコンセンサスを得て定義した方がいい気がします。もうあるのかな?

 

そういえば、カンデル神経科学の第2版が発売されましたね。もうすぐ誕生日だから誕プレで買ってもらおうかな。