ひびめも

日々のメモです

新生児の大脳における音声処理:母親の声と他人の声はどう違う?

Neural correlates of voice perception in newborns and the influence of preterm birth.

Adam-Darque, Alexandra, et al.

Cerebral Cortex 30.11 (2020): 5717-5730.

 

今、小児科をローテートしています。小児はかわいいですよね。

僕の行っている病院は、コロナのこともあり面会全面禁止なのですが、ついこの前、1歳児がひたすら「ママー!!!ママー!!!」と泣き叫んでいました。1歳の子にとっては、母親に会えないのはつらいですよね。

ところで、母親ってなんであんなに特別なんでしょう。パパー!!と泣いている子を見たことはありません。悲しいな。

母親の特別性みたいなものが脳内でどう定義・処理されているんだろうと思って色々論文を漁っていたら、ちょうどいい(?)ものを見つけました。

 

新生児の大脳における音声処理機構の発達が子宮外環境の長さによって促進されるということを示すとともに、母親の声の特別性について示唆を与える論文です。

 

研究の背景

ヒトの声は、数多くある音声刺激の中でも、個人の同定、感情の運搬、言語的情報の運搬など、社会的関わりにおける重要な意義を持っている。声に選択的に反応する皮質領域として、成人では上側頭溝(STS)の上縁が同定されている。そのほかにも下前頭前皮質、島皮質、扁桃体などが、声に含まれる感情の処理に重要とされている。

しかし、新生児においてヒトの声を処理する皮質ネットワークはまだまだわかっていない。過去のfMRI研究では、GW33週の胎児脳で、音声刺激(純音刺激)が大脳皮質レベル、特に側頭葉で処理されることが示されている。過去の電気生理学的研究では、皮質の聴覚誘発反応が、純音に対してはGW24-25週、音節に対してはGW28-32週の時点で観察されるようになると報告されている。過去のfMRI・NIRSを用いた研究では、1-7カ月の乳児が、ヒトの声に特異的に反応する側頭葉領域を有しているということが示されている。

また、単にヒトの声といっても、児には声の”好み”があることが知られている。新生児は、異国語と比べて母国語により強く反応したり、母以外の声と比べて母の声により強く反応したりする(当該研究では吸啜バーストの長さで評価している)。実際、母親の声は、胎生期から長期間曝露される音声刺激であり、感情面、社交面、言語面での発達に関係するという点で、社会的に突出した意義を持つ。

早産は、胎児脳が急速に成熟段階にあるさなかで起こるため、虚血、感染、炎症などに脆弱であり、脳障害のリスクが高いとされる。このため、一般に早産は脳の発達に良くないとされている。早産児がICU環境に入ること自体も、ノイズ、昼夜リズムの崩れ、痛みを伴う処置、薬剤の使用などの影響で、脳の発達に悪影響を及ぼすと考えられている。しかし、いくつかの研究では、早産児に対するdevelopmental careが、脳の構造的・機能的早期発達を促す効果があると指摘している。さらに、NICU環境で成人の発する言語が、早産児の発声や言語認知機能の発達に良い影響を与えるとする報告もある。

新生児の音声処理についての神経画像研究は極めて少ない。本研究では、早産児と正期産児に音声刺激(母親の声 vs 別の女性の声)を与え、functional MRIfMRI)とhigh-density electroencephalogram(hdEEG: 128 channels)を用いた皮質応答のイメージングを行った。fMRIは高い空間分解能を持つ一方で、hdEEGは高い時間分解能を持つため、それぞれに長所がある。

また、この際、term-equivalent age(TEA:妊娠週数+出生後週数)を揃えることで、出生後週数の長さが早産児に利益をもたらすのかどうかを決定することを目的とした。さらに、標準聴覚パラダイムのほかに、聴覚オッドボールパラダイムを用いて、一次聴覚処理だけでなく、より高次の聴覚処理についての解析も行った。オッドボールパラダイムについては後述。

 

方法

ジュネーブ大学病院で、フランス語を母語とする母から出生した49人の健康な児を対象とした。正期産(FT: full-term)児は妊娠37~42週の間に出生した児とし、生後1週間以内に検査を行った。すべての児は出生時に神経学的異常や聴覚障害を認めなかった。早産(PT: pre-term)児は妊娠33週以前に出生した児とし、TEA 39~42週に検査を行った。なお、すべてのPT児は出生後から安定期(TEA 32-34 week)に入るまでは個室管理とされ、それから半個室に移動した。器質的脳障害(脳室周囲白質軟化症や脳室内出血)のある児、聴覚障害のある児、その他発達に異常がある児は除外された。

fMRI studyには、19人のFTs (mean TEA at fMRI: 40.5±1.0 weeks) と、20人のPTs (mean TEA at fMRI: 40.3±0.7 weeks) が参加した。うち、FT群4人、PT群5人は後の解析で除外された。理由は、動きすぎ (2 FTs)、有意な皮質反応が得られない (1 FTs and 5 PTs)、後の発達異常の判明(1 FT)、である。

hdEEG studyには11人のFTs (mean TEA at EEG: 40.4±1.2 weeks) と 、12人のPTsが (mean TEA at EEG: 41.0±0.9 weeks) 参加した。オッドボールパラダイムの解析でのみ、各群から1人ずつが、動きすぎのため、除外された。

fMRIとhdEEGは、自然睡眠状態または休息状態で行い、鎮静は行わなかった。すべての児は検査前に哺乳され、できるだけ検査中は睡眠状態であるように工夫された。

 

fMRI study

検査中に再生される音声刺激は、実の母親の声と、別の児の母親の声であり、それぞれにつき順再生と逆再生が行われた(2x2で合計4種類の刺激)。逆再生は、順再生の文章のプロソディを崩しつつも、その他の音声特性(周波数特性、強度、再生時間など)を保っているという点で、コントロールとして用いられた。また、ここで適当な女性の声でなく、別の「児の母親」の声を用いたのは、motherese effect(乳幼児向けの話し方)の影響を調整するためである。

すべての児の母親の声は録音され、音量調節された。録音されたのは、母親ごとに異なるfree speechであるが、まるで実際に子供に話しかけているかのように喋るよう指示をされた。約5分間の録音が行われ、1ブロック24秒のブロック10個に分割された。

検査中、4種類の刺激ブロックと無音ブロックの合計5種類の聴覚状態が、それぞれ5回ずつ、ランダムな順番で繰り返された(e.g. 母・順→無音→別・順→母・逆→母・順→…→別・逆)。

 

hdEEG study

標準聴覚パラダイム、聴覚オッドボールパラダイムの2種類を行った。

聴覚オッドボールパラダイムとは、一定の刺激 (frequent stimuli) を連続的に与えている中で、異なった種類の低頻度刺激 (deviant stimuli) を混ぜることで、ミスマッチ反応 (MMR) と呼ばれる反応を誘発する方法である。MMRはdeviant stimuliのERP (event-related potential) から、frequent stimuliのERPを引き算することで算出される。MMRは、frequent stimuliの記憶表象に基づいて、deviant stimuliという”変化”に反応しておきるものである。すなわち、MMRの形成には短期聴覚記憶が関与する。一方で、deviant stimuliが自分にとって聴きなじみがあるかどうかで、異なった種類のMMRが得られることがわかっている。すなわち、MMRの形成には長期聴覚記憶も関与すると推察されている。以上より、聴覚オッドボールパラダイムでは聴覚記憶の評価ができると考えられる。

標準聴覚パラダイムでは、実の母親または別の児の母親が発声した”pleure pas” (泣かないで) という文章を順再生および逆再生した音声ファイルを、インターバルとともに計100回提示した。

聴覚オッドボールパラダイムでは、実の母親または別の児の母親が発声した”ta”という音節を順再生および逆再生した音声ファイルを、インターバルとともに計200回提示した。うち160回をfrequent stimuli、40回をdeviant stimuliとし、実の母親がfrequent stimuli・別の児の母親がdeviant stimuliになるパターンと、別の児の母親がfrequent stimuli・実の母親がdeviant stimuliになるパターンの2パターンがテストされた。

 

結果

① 音声刺激による皮質応答の解析

FT群では、実の母親の声(実母声)と別の児の母親の声(別母声)は、いずれも上側頭回中部・後部の活動を誘発した。別母声は、加えて左運動野の活動を誘発した。

PT群では、実母声と別母声は、いずれも上側頭回全域、上側頭溝中部・後部、前帯状皮質、左眼窩前頭皮質の活動を誘発した。別母声は、加えて両側扁桃体の活動を誘発した。

PT群とFT群の直接比較では、 PT群ではFT群よりも実母声・別母声ともに広い大脳皮質領域の活動が誘発されていた。実母声で、PT群優位に強い活動が観察された領域は、背外側前頭前皮質、左眼窩前頭皮質、運動感覚野、左上頭頂小葉、右下頭頂小葉である。別母声で、PT群優位に強い活動が観察された領域は、右背外側前頭前皮質、右上前頭皮質、左眼窩前頭皮質、楔前部である。

また、FT群で、別母声優位に強い活動が観察された領域は、両側の上側頭回前部、島皮質、中帯状皮質、海馬、運動感覚野である。PT群で、別母声優位に強い活動が観察された領域は、後帯状皮質のみであった。FT群・PT群ともに、実母声優位に強い活動が観察された領域は認められなかった。

② 標準聴覚パラダイムのhdEEG

解析はERP (event-related potential) のトポグラフと実波形の両方に対して行われた。

Aはトポグラフの例、BはERP実波形の重ね合わせ。Cは実母声・別母声それぞれに対するトポグラフの分散分析、Dは実母声・別母声それぞれに対するERP実波形のpaired t検定(縦軸は電極番号)の結果。実母声・別母声に対する反応の有意差が出た部分が黒で示されている。

FT群では実母声と別母声への反応性の違いが目立つのに対し、PT群ではあまり目立たない。

③ 聴覚オッドボールパラダイムのhdEEG(deviant stimuli: 別母声)

AはMMRのトポグラフ(陽性MMRが赤、陰性MMRが青)、Bは実際のMMR計算の例。Cは実母声と別母声それぞれに対するERP実波形のunpaired t検定。実母声、別母声に対する反応の有意差が出た部分、すなわち有意なMMRが出た部分が黒で示されている。

FT群では比較的早期に前頭部~中心部に陽性MMRが出ているが、PT群ではやや遅れて前頭部に限局する陽性MMRがみられている。PT群でみられる陽性MMRはP300a(定位反応と関連するとされるよく知られた脳波波形)に対応していると思われた。

③' 聴覚オッドボールパラダイムのhdEEG(deviant stimuli: 実母声)

FT群では比較的早期に右中心・側頭・頭頂部に陰性MMRが出ているが、PT群では遅れて中心・頭頂部に陽性MMRが出ている。PT群でみられる陽性MMRはP300b(記憶の更新と関連するとされるよく知られた脳波波形)に対応していると思われた。

 

考察

① 新生児において音声処理に関わる皮質領域

fMRI studyでは、FT群・PT群ともに音声刺激により両側上側頭回(聴覚皮質を含む)の活動が認められた。これは、新生児・乳児を対象とした既存のfMRI研究と一致する。

FT群で別母声は運動野の活動を誘発したが、これは聴き慣れない声に対する驚愕反応を表しているのかもしれない。

PT群では実母声も別母声も聴覚皮質に加えて前帯状皮質眼窩前頭皮質の活動を引き起こし、別母声はさらに扁桃体の活動も引き起こした。これらの領域は感情や注意に関連するとされており、この領域の活動はFT群では認められなかった。扁桃体は、環境の中で「意味のある」刺激に反応し、声に含まれる情緒的価値を区別するのに関与しているとされている。すなわち、PT群は別母声を環境音の中で「意味のある」刺激とみなし、かつ実母声と別母声の情緒的価値を区別していると言えるのかもしれない。

以上から、ヒトの声の感情的要素の処理機構は、生後数日の時点では備わっておらず、数週間にわたる子宮外での聴覚経験により育まれると言えるだろう。

また、PT群とFT群の直接比較では、PT群において別母声・実母声の両方で右背外側前頭前皮質と左眼窩前頭皮質の活動が、実母声のみで右下頭頂小葉の活動が、別母声のみで右上前頭皮質と楔前部の活動が誘発された。これもPT群において優位に発達した聴覚処理機構の存在を示していると思われる。実際、右半球の背外側前頭前皮質や下頭頂小葉は情緒的プロソディの処理に関わるとされている。ただし前頭葉領域は覚醒度によってその活動性が左右されると言われており、PT群がFT群と比べて全体的により覚醒度が高かった可能性は除外しきれない。

② 新生児において聴こえる声の区別に関わる神経機構

FT群では、実母声の処理に比べて別母声の処理で有意に広い皮質領域が関与しており、両側上側頭回前部、島皮質、中帯状皮質、海馬の活動が認められた。特に、上側頭回前部は話者の同定に関わる領域とされており、聴き慣れない人の声で強く反応すると報告されている。島皮質や海馬は声の新規性の検知に関わっていたり、中帯状皮質は注意の調節に関わっていたりすると言われている。

hdEEGの標準聴覚パラダイムでは、FT児において実母声と別母声への反応性の違いが目立った一方で、PT児では有意な反応性の違いはほぼ観察されなかった。hdEEGの聴覚オッドボールパラダイムでも、別母声をdeviant stimuliとしたときにFT群は早期かつ大きなMMRを示しており、これも声の新規性への強い反応性を示していると言うことができる。PT群では実母声と別母声の処理にあまり大きな違いが見られなかった。これは、子宮外環境が長いことにより別母声を聴き慣れた声と判断しているからなのかもしれない。

以上より、FT児は別母声という聴き慣れない声を聴いたことで、声の新規性に反応する皮質領域の活動が誘導されたと考えられた。

③ 聴覚オッドボールパラダイム

聴覚オッドボールパラダイムで評価される皮質機能は聴覚の短期記憶・長期記憶と強く関わる。本研究では2つのオッドボールパラダイム(1st: 別母声をdeviant stimuli, 2nd: 実母声をdeviant stimuli)を試している。1st paradigmでは、実母声の聴覚短期記憶に基づき、別母声という「聴き慣れない声」に反応するという過程を、2nd paradigmでは、実母声の聴覚長期記憶に基づき、deviantとして入ってきた実母声に「聴き慣れた声」として反応するという過程をテストしている。

1st paradigmでは、別母声はFT群・PT群の両方で陽性MMRを誘発した。このことは聴覚短期記憶の存在を意味している。また、PT群で見られたMMRはP300a(定位反応と関連するとされる成人でよく知られた脳波波形)に対応していると考えられ、PT群ではすでに別母声に対する定位反応を起こしているのかもしれない。

2nd paradigmでは、FT群では右半球に偏位したわずかな陰性MMRが、PT群では中心部に大きな陽性MMRが観察された。PT群で見られたMMRはP300b(長期記憶の更新と関連するとされる成人でよく知られた脳波波形)に対応すると考えられ、PT群は実母声を聴いた際に長期記憶を呼び起こして記憶上の実母声との照合を行っていると思われる。

 

結論

正期産児は生後間もない時点から声の新規性の区別を行うという高度の神経機構を有している。

・一方で、同TEAの早産児は、子宮外環境を長く経験していることにより、より高次の音声認知機構を有している。すなわち、実の母親の声と他人の声をそれぞれ聴いたときに、声に対する注意や感情処理に関連する皮質領域を活性化させたり、実の母親の声の長期記憶表象を呼び起こしたりする。

・以上から、子宮外環境の長さは脳の音声処理機構の発達に良い影響を及ぼすと推察される。

 

 

これ論文の和訳感半端ないと思うんですが、実はローテ科の抄読会で使う論文に使用と思って和訳作ってた途中だったのでほぼそのまま貼り付けました。

サボりです。

 

僕も子供ができたら、子供の言語処理機能の早期発達のために、子供にたくさん喋りかけてもらうよう妻に伝えておこう。