ひびめも

日々のメモです

「道に迷う」を分類する

Egocentric disorientation and heading disorientation: evaluation by a new test named card placing test.

Hashimoto, R., Uechi, M., Yumura, W., Komori, N., & Abe, M. 

Clinical neurology (2016), 56 12, 837-845 .

 

地誌的見当識障害の評価をCard Placing Test(CPT)というものを用いて行った論文です。

 

地誌的見当識障害とは、すごく大雑把言えば、「道に迷う」という症状です。

これ、厳密には4つに分類されると言われていて、

(1) 自己中心的地誌的見当識障害(egocentric disorientation)

(2) ランドマーク失認(landmark agnosia)

(3) 前向性地誌的見当識障害(anterograde disorientation)

(4) 道順障害(heading disorientation)

に分類されます。この論文では主に(1)(4)について触れています。

 

自己中心的地誌的見当識障害とは、「自分から見た(egocentricな)景色を頭の中で保持・表現することができない」という障害です。たとえば自分から見て右側に10cmの場所あるペンが、「自分から見て右」というegocentricな方向、「自分から見て10cm」というegocentricな場所にあることが、保持・表現できません。なので、そのペンを奪い去って、「さっきどこにペンがありましたか」と聞かれても、その場所を示すことができないのです。

この、egocentricな空間表現のことをegocentric spatial frame of referenceとか言います。egocentric spatial frameは主に右半球の後部頭頂皮質(PPC: posterior parietal cortex)にあるとされていて、ここの脳梗塞が起きたりするとegocentric disorientationが起こると言われています。

 

一方、道順障害とは、「空間内での(allocentricな)物体の位置関係を把握できない」という障害です。たとえば、自室のベッド上に北枕の状態で寝ているとします。すると、左側は東、右側は西、足側は南ということになりますね。ベッド上の足側にペンギンの人形、左手側にウサギの人形を置いたとして、普通の人ならペンギンの人形から見たウサギの人形の位置というのは容易にイメージできる(北東方向)わけですが、道順障害患者はこれがイメージできないのです。

この過程にはallocentricな空間表現が必要で、このことをallocentric spatial frame of referenceとか言います。allocentric spatial frameは主に海馬体で保持されているとされています。

 

先ほどの例において、ベッド上に立ち上がったとしましょう。依然目の前にペンギン、左手方向にウサギがいるわけですが、このまま時計回りに90度回転したとします。

すると、左手方向にペンギン、背部にウサギがきますね。こんなの、簡単にわかるはずでしょう。まっすぐ前を見た状態で、「背部には何の人形がいますか」と聞かれたら、「ウサギ」と即答できるはずです。

でも、このイメージの過程には、egocentric spatial frameとallocentric spatial frameの結合・相互変換が必要です。これを行っているのが脳梁膨大後皮質(RSC)・後部帯状皮質(PCC: posterior cingulate cortex)と言われています。

 

これらの部位の機能をtestするための方法として、筆者たちはCard Placing Test(CPT)という方法を報告しています。

CPTでは、被験者は3×3の格子の中央に立ち、周囲のグリッド内に置かれた3種類の図形カードの位置を記憶することを課せられます。その後、カードが取り除かれ、カードを再配置するように命じられます。この際、ただカードを再配置するよう命じるのがCPT Part A、自己身体回転後にカードを再配置するように命じるのがCPT Part Bで、2つのセッションからなります。

 

本論文では、右後部頭頂皮質(PPC)+背外側前頭前皮質(dlPFC)梗塞の症例と、右RSC梗塞の症例の合計2例に対してCPTを行った結果を示しています。

PPC+dlPFC梗塞の症例では、CPT-A 15/30、CPT-B 13/30と、A・Bともにかなりの低得点を示しています。これは、右PPC障害によるegocentric spatial frameの障害を反映していると考察されています。

右RSC梗塞の症例では、CPT-A 28/30、CPT-B 14/30と、Aに比較してBの低下が目立ちます。これは、egocentric spatial frame自体は保たれているものの、右RSC障害によりegocentricとallocentricの結合が障害されていることを反映していると考察されています。

 

以上より、CPTは、自己中心的地誌的見当識障害と道順障害の鑑別に役立つ、と結論付けられています。

 

以下、感想。

CPTでは確かに自己中心的地誌的見当識障害と道順障害の鑑別が可能です。すなわち、egocentric spatial frameの障害と、egocentric spatial frameとallocentric spatial frameの結合障害を鑑別できる、と思います。

でも、CPT-Bのスコア低下自体は、allocentric spatial frameの障害単独(つまり海馬の障害)だけでも起きると思われるので、海馬の障害とRSCの障害を鑑別することはできないと思います。

これを鑑別するにはどういうテストがいいんでしょう。考えてみよう。