ひびめも

日々のメモです

日本語の文法障害メモ

日本語の文法障害の臨床
藤田郁代・菅野倫子
医学書

 

これを読んで、自分のためにまとめました。今度PPA-Gの患者さんが来るので。。。
個人的解釈も入っているので、間違っているところがあるかもしれません。有識者はいろいろ教えてください。
随時アップデートする予定です。

 

1. 表出性失文法
1-1. 形態素: 意味を持つ言語の最小単位
例: お母さんが息子をなでた。
学校文法的には、上記文章は
 お母さんが / 息子を / なでた。
という3文節に分けられるでしょう。
さらに、各文節も、
 第一文節: お母さんが -> お母さん(名詞) + が(格助詞)
 第二文節: 息子を -> 息子(名詞) + を(格助詞)
 第三文節: なでた -> なで(動詞: ダ行下一段活用連用形) + た(助動詞)
のように、さらなる品詞分解が可能です。
ここで、第三文節「なでた」の「た」について考えます。「た」はもちろん助動詞ですが、英語のように動詞の語尾変化として捉えることもできます (e.g. tame -> tamed)。学校文法では習わない表現ですが、この語尾変化という考え方に則った表現を「屈折接辞」といいます。同様に、「なでる」というダ行下一段活用終止形の表現も、「る」を屈折接辞とみなすことができ、品詞分解以上の細かな分解を行うことが可能になります。このように品詞以上に細かな分類を行った末の、意味を持つ言語の最小単位のことを形態素と呼びます。
形態素には、具体的な事物を表す内容形態素と、文法関連の情報をもつ文法形態素の2種類があります。特に文法形態素は、それ単独で成立できるか否かという観点から自由文法形態素と拘束文法形態素に分けられます。たとえば、屈折接辞「る」は、それ単独で聞いたところで何が何だかわかりませんから拘束文法形態素になります。一方で(諸説あるようですが)助詞、たとえば格助詞「が」は、それ単独でも文脈に応じて意味を持つ独立文になりますので自由文法形態素になります。
日本語で拘束文法形態素が省略されてしまうと非語が生まれてしまうため、日本語の表出性失文法では、拘束文法形態素が省略されることはまずないですが、自由文法形態素、特に格助詞に省略や置換が生じることが多いとされています。

1-2. 項構造
動詞に注目します。たとえば、「読む」という動詞を用いた4つの文章を見てみましょう。
① お父さんが読む。
② 本を読む。
③ お父さんが本を読む。
④ 本がお父さんを読む。
上2つは、③とは異なり、何か省略をされた不完全な文だなという印象を持つでしょう。すなわち、「読む」という動詞が文章を明確に意味づけるためには、必ず「誰が」という動作主 (agent)、「何を」という対象 (object) が必要と言えます。このように、1つの動詞が必要とする要素のことを項と呼び、動詞はそれぞれがいくつの項をとるかが決まっています。しかし、ただ項をとれば文章が成立するわけではありません。④のように、動作主になるべき要素が無生物では、意味の通った文章にはならないのです。このように、各項には意味的役割が付与されます。この役割のことを主題役割 (thematic role) と呼びます。主題役割には、動作主 (agent)、経験者 (experiencer)、主題/対象 (object)、起点 (source)、着点 (goal)、道具 (instrument)、原因 (cause)、受益者 (beneficiary) の8つがあるとされます。
たとえば、
例: お母さんが息子からゲームを取り上げる。
という文章の動詞「取り上げる」は、動作主 (agent) としての「お母さん」、受益者 (beneficiary) としての「息子」、対象 (object) としての「ゲーム」があると言えます。すなわち、「取り上げる」は3項の項構造をとる動詞です。
表出性失文法では、項構造が複雑な動詞や、それを含む文章ほど、産生されにくいらしいです。これは、Thompsonらの提唱した項構造複雑説 (Argument Structure Complexity Hypothesis: ASCH) に記載されており、彼らは項構造の処理に左角回・縁上回が関与することを示しています。

1-3. 助動詞
助動詞には、時制 (tense)、相 (aspect)、態 (voice)、モダリティ、などの文法的機能があります。時制はわかるとして、相とは開始・継続・完了などの動作の段階を表す概念で、態とは受動態・能動態のこと、モダリティとは文の命題を話者がどうとらえているのかを表すものです。
たとえば、
例: 彼はお母さんにピーマンを食べさせられていたらしい。
という文章を品詞分解すると、
彼(名詞: 受益者)、は(副助詞)、お母さん(名詞: 動作主)、に(格助詞)、ピーマン(名詞: 対象)、を(格助詞)、食べ(動詞: 連用形)、させ(助動詞: 使役)、られ(助動詞: 受動)、てい(助動詞: 連用)、た(助動詞: 終止)、らしい(助動詞)
となります。「ていた」の部分の分解は、おそらく学校文法的には接続助詞の「て」と補助動詞としての「いた」に分けるのが正解なのですが、「ている」を助動詞として考える流派もあるようで、敢えて上記のように分けています。さて、このうち助動詞をとりだすと、「させ」「られ」「てい」「た」「らしい」となります。「させ」は使役を表す態の助動詞、「られ」は受動を表す態の助動詞、「てい(る)」は継続を表す相の助動詞、「た」は過去を表す時制の助動詞、「らしい」は推定を表すモダリティの助動詞となります。
失文法では、態を表す助動詞や、それを含む文章ほど産生されにくいらしいです。

1-4. 日本語の表出性失文法の初期
日本語の(表出性)失文法研究の道を開いた研究者として、この本では井村恒郎と大橋博司を挙げています。井村恒郎 (1943) は、運動性失語からの回復期に失文法を呈した症例から、日本語の失文法の特徴として文法的部分の粗略化を挙げました。具体的には、助詞の省略、助動詞の粗略化、接続語の不足を指摘し、さらにその中で助動詞の粗略化は、敬譲法の省略、時制の誤り、受動態を能動態で表現することを含むことを指摘しました。また、大橋博司 (1952) は、日本語の失文法の特徴として、語順の不安定化、助詞の貧困化による語節の単純化ないし崩壊、敬語法の障害、の3点を挙げました。

1-5. Menn & Oblerによる分析
Menn & Obler は、14か国言語のブローカ失語の表出性失文法症状を比較分析し、各言語に共通する普遍的特徴と特定の言語だけに認める個別的特徴を明らかにしました。これは、以下の通りです。
① 統語構造の単純化はすべての言語に認められ、句の長さが短く発話速度が遅い。関係節のような複雑な構造が表出されることは少なく、節内でも構成素の単純化が生じる。
② 拘束文法形態素は置換されることが多く、省略はまれである。拘束文法形態素が省略されると非語になってしまう言語、たとえばイタリア語では拘束文法形態素は置換され、日本語では正しく表出される。
③ 自由文法形態素は省略・置換される。
④ 特定の言語では、自由文法形態素の一部が保存される。日本語では終助詞「ね・よ・か」などが該当する。
⑤ 動詞の省略は頻繁に認められる。
⑥ 基本語順がある言語では、文法性を犠牲にしてもその語順に沿って発話することが認められる。
このように各言語に共通する普遍的特徴を抽出したのはとても意義のあることだと思います。失語症患者において失文法の存在を疑ってさらなる検査を行うことができるように、自由発話における上記のような特徴に気づけるようになりたいですね。

 

2. 統語理解障害
2-1. 意味ストラテジー
例: お母さんがリンゴを食べる。
この文章を理解する際、我々は、お母さん(名詞: 動作主)、が(主格を表す格助詞)、リンゴ(名詞: 対象)、を(対象を表す格助詞)、食べる(動詞)、といちいち品詞分解して助詞の意味を考えながら解釈しているでしょうか?おそらく、そんなことはありませんね。もし仮に助詞のない「お母さん、リンゴ、食べる」という文章を聞いても、我々は同じような意味で解釈を行うことができます。これはなぜでしょうか。
これは、我々が「お母さん」「リンゴ」「食べる」の意味を知っているからです。まず、「食べる」という動詞はその意味からして動作主と対象という項をとります。動作主は生物、対象は(食べるの場合は基本的に)無生物のはずですから、「お母さん」という名詞は自然と動作主に、「リンゴ」という名詞は自然と対象になります。この論理で行くと、「リンゴをお母さんが食べる」というかきまぜ語順の文章でも、意味ストラテジーさえ使えれば難なく理解ができるということがわかります。

2-2. 語順ストラテジー
例: お母さんがお父さんを追いかける。
この文章は、意味ストラテジーで理解できません(理解が五分五分になります)。すなわち、「追いかける」は動作主と対象をとる2項動詞ですが、どちらの項も生物になりえるのです。このように、主格と対格が意味的可逆性を持つ文章を可逆文といいます。ここで、語順ストラテジーが登場します。これは、文頭の名詞が動作主のはずで、それに後続する名詞が対象のはずである、という基本語順的な考え方を利用した理解戦略です。ただし、この戦略は万能ではなく、「お父さんをお母さんが追いかける」という同じ意味のかきまぜ語順文において、「お父さん」を動作主にしてしまうという誤りが生じます。

2-3. 助詞ストラテジー
助詞の理解ができると、当たり前ですが可逆文のかきまぜ語順も理解ができます。

2-4. 統語理解障害の理解レベル
意味ストラテジー、語順ストラテジー、助詞ストラテジーは、この順に獲得され、失語症患者では逆順に崩壊するとされています。すなわち、たとえば助詞ストラテジーが失われ、語順ストラテジーと意味ストラテジーのみで文章を理解する失語症患者は、可逆文のかきまぜ語順の理解はできません(五分五分になる)が、非可逆文の理解はできます。このように、可逆文/非可逆文やかきまぜ語順文を利用することで、統語理解障害の理解レベル(重症度)を決めることができます。

2-5. 統語構造の複雑性
失語症者の用いる上述した3つのストラテジーは、可逆文やかきまぜ語順といった文特性ごとの理解難易差を説明可能でした。しかし、それ以外にも失語症者が理解困難を示す文特性があります。それが「統語構造の複雑性」と総称される文特性です。これには、受動文や関係節文が含まれます。このような傾向は、特に可逆文で強く認められるようです。
可逆文の統語構造の複雑性によって理解が困難になる理由を説明する理論として、痕跡削除説 (trace deletion hypothesis, TDH) や マッピング説 などがあります。

 

3. 失文法の理論
3-1. Pickの失文法理論とWernicke学派
Pickは、思考から文発話に至る過程を、思考形成、文形成、発話の3段階に分けてモデル化したそうです。思考形成は前言語学的レベルであり、心的メッセージの形成段階と捉えられますが、文形成は言語学的レベルであり、メッセージに合わせた単語の選択と、文法的な構成が行われる段階です。そして、失文法は文形成の障害(賦活不良)と考えられます。また、Pickは、失文法の特徴の1つである電文体発話を、発話困難に対する適応現象であるとみなしました。すなわち、文形成能力の賦活不良に適応するため、計算コストの高い文法要素を省略してしまうという、「経済性の原則」を考案しました。
しかし、Pickの理論は主に文法産生の障害に注目したものであったため、失文法が文法理解にも障害をきたすことが注目されるようになると、Wernicke学派などから批判を受けることになります。たとえばSalomonは、文法産生と文法理解の両方が障害される患者の存在から、失文法は内言語の障害であり、経済性の原則によって説明することはできないと考えました。

3-2. Bock & Levelt 文産生モデル
Pickの失文法理論と類似していますが、健常な文産生プロセスをモデル化したものとして、有名なBock & Leveltの文産生モデルがあります。このモデルでは、文産生の過程にメッセージ、文法符号化、音韻符号化のレベルが想定されています。メッセージレベルでは、発話意図や文脈に沿ってメッセージを生成します。次に文法符号化レベルで文法処理が行われ、最後に音韻符号化レベルで音韻変換が行われて文が発話されます。失文法と関係するのは、主に文法符号化レベルです。
文法符号化レベルは、① 機能的処理と② 位置的処理から構成されます。
機能的処理 では、メッセージに対応した語が (1) 選択され、それに (2) 文法機能が付与されます。たとえば、「お父さんがペンを持つ」というメッセージを発話したいとしましょう。(1) 語選択の段階では、語に機能は付与されていません。たとえば、「ペン」という語は、名詞/無生物/筆記用具/...といった意味素性を持ちます。「お父さん」という語は、名詞/生物/男性/...といった意味素性を持ちます。また、「持つ」という語は、動詞/<動作主><対象>の2項構造/語彙的意味情報...といった意味素性を持ちます。こうした意味素性は、語そのものの意味記憶として貯蔵されているものですが、まだメッセージに応じた機能は付与されていません。(2) そこで次に、メッセージに応じた文法機能付与を行います。ここで重要なのが動詞の項構造です。「持つ」の項構造を参照すると、選択された語に<動作主><対象>といった主題役割を付与する必要があります。メッセージを参照し、「お父さん」に<動作主>、「ペン」に<対象>という主題役割が付与されます。ここから、「お父さん」は「主語-主格」、「ペン」は「目的語-対格」という文法機能が付与されます。
位置的処理 では、付与された文法機能に応じた格助詞の付与や、屈折接辞との結合が行われ、構成素が組み立てられます。「お父さん」は主格なので「が」が配置され、「ペン」は対格なので「を」が配置され、そして日本語の基本語順(SOV)に則って「お父さんがペンを持つ」という文章が組み立てられます。

 

4. 失文法が疑われた際に行う検査
そもそも失語症かどうかを判断する必要があり、他の認知ドメインを評価しておくことは大切でしょう。言語性認知機能をできるだけ用いないで、全般的知能、記憶、注意・遂行機能などを測る手法を持っておく必要があります。全般的知能検査としてレーヴン色彩マトリクス検査、WAIS-R動作性下位検査、Kohs立方体検査などがあると思います。記憶については、WMS-Rの視覚性記憶検査や、Rey-Osterrieth複雑図形検査が適していると思われます。注意・遂行機能は、Trail Making Testなどがよいでしょうか。また、ベッドサイド診察で失行や明らかな視空間失認、半側空間無視などがないことを確認しておくことも大切でしょう。耳鼻科や眼科診察で聴覚や視覚に明らかな異常がないことも、可能であれば確認したいところです。
次に、言語面の評価を行います。ベッドサイド診察で、運動性構音障害の有無を判定し、発語失行の有無も見ておくべきです。日本語の発語失行の定まった検査バッテリーはないようですが、個人的には同一単語の反復(e.g. 「パトカーパトカーパトカー...」)で一貫しない音の歪みが検出されないか、単語レベルの復唱と文章レベルの復唱において同一単語の発音に違いがないか、などを見るようにしています。また、WABやSLTAの漫画説明を用いて自発的発話を見る、ベッドサイド診察で物品呼称や復唱を行わせる、などの簡易的検査で失語症の古典分類としてどのタイプに当てはまるのかを見ておくのも大切でしょう。余裕があればWABやSLTAをフルで行いたいですが、時間がかかるものなので発表症例などでなければ優先度はそこまで高くないかもしれません。
ここまでの検査で、統語機能低下の徴候、すなわち ① 文の構成素が断片的に発話される、② 文が単純で短い、③ 格助詞が省略または置換される、④ 動詞が欠落する、⑤ 述語形態が単純、などが検出されれば、いよいよ統語機能に絞った評価を行う適応があると言えます。
文の産生面と理解面の両方を見ることができる検査として、新版失語症構文検査(syntactic processing test of aphasia-revised, STA-R)を行います。また、失文法患者では名詞と比較して動詞の呼称が障害されやすいというデータがあり、これを分けて評価するバッテリーとして失語症語彙検査(test of lexical processing in aphasia, TLPA)を行います。これは言語性の意味記憶の評価にも使えるためPPAの病型分類などにも有用と思われます。
そのほかに、文法処理との関連が示唆されている認知機能として、言語性短期記憶(言語性STM)を評価しておくことも重要です。というのも、患者の言語理解障害が、統語理解障害によるものなのか、言語性STMの低下によるものなのか、を区別する必要があるからです。言語性STMはワーキングメモリ理論でいう音韻性ループに対応した機能で、簡単には数順唱で測ることができます。一方で、数逆唱は一般に言語性ワーキングメモリ機能(中央実行系)を測るものとされます。ほかに言語性ワーキングメモリ機能を測るタスクとしては、reading span test や listening span test があります。言語性STMや言語性ワーキングメモリの低下だけで統語理解障害が説明できるとはまったく思っていませんが、発表症例の場合は特に行っておかないと突っ込まれそうな機能の1つだと思います。

片側脚橋被蓋核刺激がパーキンソン病の易転倒性を改善する / パーキンソン病の姿勢反射障害の局在

Unilateral pedunculopontine stimulation improves falls in Parkinson's disease.
Moro, Elena, et al.
Brain 133.1 (2010): 215-224.

 

部長が「PDの姿勢反射障害は橋核だから」と言っていたので調べました。

 

1. 背景
歩行と姿勢の異常は、進行期パーキンソン病患者の疾患負荷因子として振戦や筋強剛、動作緩慢に取って代わるものである。これらの問題の重要性とは反対に、現行の内服治療や手術治療はほとんど無効である。我々はパーキンソン病の歩行とバランスの障害を理解することと、この満たされない需要に対処する新しい治療方法を開発することに興味を持っている。
歩行と姿勢の制御に重要な領域として、非ヒト霊長類における研究によって脚橋被蓋核 (pedunculopontine nucleus, PPN) と関連する脳幹領域の重要な役割が示唆されている。パーキンソン病の最近の予備的研究では、PPNの deep-brain stimulation (DBS) が有効である可能性が示唆されている。しかし、これらの研究は様々な参加基準が設けられており、また非盲検の研究であった。さらに、複数の標的を同時に刺激していたため、解釈に混乱が生まれた。また、どの脳幹領域が標的とされているかには大きな多様性と議論があり、術中生理学的または術後構造画像的な検証もほとんど行われていなかった。
これらの欠点に対処するため、我々は今回、手術標的を術中神経生理学的および術後画像的に評価した6人の患者に対するPPN DBSの二重盲検評価を報告する。この前向き研究の目的は、進行期パーキンソン病患者に対する片側PPN DBSの安全性と運動症状 (特に転倒、すくみ足、姿勢反射障害) に対する効果を調査することである。

 

2. 方法
2-1. 参加者
2006年4月から2008年6月にかけて、進行期パーキンソン病患者6人を片側PPN DBSで治療した。組み入れ基準は以下の通りである: (i) 特発性パーキンソン病、(ii) 年齢70歳未満、(iii) 認知症または主要な精神疾患を合併していないこと、 (v) 手術の妨げとなる脳構造異常がないこと、(vi) 手術や十分な経過観察を妨げる重篤な内科的合併疾患がないこと。この研究はToronto Western Hospital Ethics Boardにより承認され、患者は文書による同意を得た。

2-2. 外科的処置
電極植え込みは、抗パーキンソン病薬を一晩休薬した後、局所麻酔下で行われた。最も重篤な罹患側 (筋強剛と動作緩慢の観点から) の反対側のPPNが植え込みに選択された。3次元MRIのinversion recoveryイメージングとT2強調axialシーケンスを用いてPPN領域をターゲットとし、最近発表されたようにPPN座標を算出した。電気生理学的マッピング中に、神経細胞の自発発火活動、随意運動および受動運動に対する誘発反応、局所電位を、独立に駆動された2つの微小電極から同時に記録し、選択した標的の生理学的属性を明らかにした。術後1-2日後に脳MRIを行い、電極の配置を確認した。定位手術の3-5日後に、全身麻酔下で電極の同側の鎖骨下に植え込み型パルス発生器を植え込んだ。以前に脳動静脈奇形を修復した際に金属クリップを留置していた患者1名には、MRIの代わりにCT画像を使用した。

2-3. MRIによる脚橋被蓋核電極接触位置の特定
DBS電極の接触位置を評価する方法については、以前に詳述されている。簡単に説明すると、術後のAxial 3D inversion recovery画像とT2強調画像をニューロナビゲーションシステムに転送し、統合した。前交連と後交連を登録した後、(i) 電極の先端、(ii) リードの進入点、(ii) 各電極の接触位置、(iv) 第4脳室内部のランドマーク、特にZrinzoら (2008) が評価したベース(B) 点の位置を確定した。B点は、正中溝に沿って第4脳室床に接する線と、fastigiumを通るその垂直線との交点と定義される。

2-4. 脚橋被蓋核DBSプログラミング
最初のプログラミングは術後2-3ヵ月以内に予定された。異なる電極接点における電気的パラメータ変数 (振幅、周波数、パルス幅) の急性および慢性的影響を、オフ薬 (OFF) 状態で検討した。
急性刺激段階では、まず、電圧を徐々に増加させ、パルス幅を60マイクロで一定に保ち、周波数を2、5、10、20、50、70、100Hzから130、185Hzに増加させ、電極の4つの接点それぞれで刺激することで副作用を試験した (単極刺激)。その後、副作用の閾値より0.1V低い電圧を維持したまま、臨床的効果を求めた。この段階では、5分間の連続刺激後に、動作緩慢、振戦、発話、歩行、姿勢安定に対する効果を評価した。
慢性刺激段階では、5、20、50、70、130Hz (最初は60マイクロ、後に90マイクロと120マイクロも) の異なる設定で、電圧を副作用の閾値ギリギリに保ち、これらの設定が急性刺激時に有益であったかどうかにかかわらず、3-5日間の連続刺激後に評価した。モノポーラ刺激が常に最初に検討されたが、モノポーラ刺激における副作用の閾値が1.0V未満であった場合にはバイポーラ刺激が用いられた。一旦選択されると、最も効果的な設定 (主に最良の客観的運動スコアに基づいて選択され、主観的報告や副作用がないことも考慮された) は、その後3ヵ月間変更されなかった。その後の刺激パラメータの微調整は、3ヵ月から12ヵ月の間に必要に応じて行われた。

2-5. 臨床評価
UPDRS Part IIIを、ハーフポイントを用いて個々の項目を評価できるように修正したもの、タッピングテストおよび歩行テストを用いて、OFFおよびONの薬物投与状態における手術前、ならびにPPN刺激の急性および慢性プログラム期間中の全体的な運動効果を評価した。転倒とすくみ足の測定にはUPDRSパートII (日常生活動作) のスコアを用い、慢性期の治療合併症 (特にジスキネジアとOFF/ON期間) の評価にはUPDRSパートIVのスコアを用いた。副作用は詳細に記録された。
二重盲検下での運動評価は、連続的な慢性刺激の開始から3ヵ月後と12ヵ月後 (術後約6ヵ月後と15ヵ月後) に行われた。これらの時点で、患者は刺激がオンかオフのいずれかにランダムに割り当てられた1週間の期間の後、OFF/ON投薬状態で評価された。この評価は1週間後、刺激をもう一方の条件に割り当てて繰り返された。患者は、一晩の休薬後 (OFF)、および手術前のチャレンジと同量のレボドパを用いた急性レボドパチャレンジ後 (ON) の状態で評価された。これらの評価にはUPDRS、タッピングテスト、歩行テストが用いられた。すべての運動評価はビデオ撮影された。

2-6. 統計解析
主要評価項目は、手術前および術後3ヵ月と12ヵ月の臨床エンドポイントにおけるUPDRSパートIIとパートIIIの総得点、および関連するサブ項目13 (転倒)、14 (すくみ足)、29 (歩行)、30 (姿勢安定性) のサブスコアであった。
副次的評価項目は、ベースライン時、術後3ヵ月後、12ヵ月後におけるUPDRSパートIIIのサブスコア (対側の筋強剛、振戦、動作緩慢)、UPDRSパートIVのサブスコア (ジスキネジアの持続時間、オフ期間)、対側のタッピングテスト、歩行テスト、ドパミン作動薬投与量であった。
主要アウトカムと副次的アウトカムの解析にはWilcoxon符号順位検定を用いた。

 

3. 結果
術前 (ベースライン) の患者の臨床特性は表1に示されている。全員がOFF時のすくみ足、OFF時のバランス障害、ONおよびOFF時のすくみ足によらない転倒の歴を有していた。4人がON時のすくみ足を有していた。1人 (患者4) を除いて全員がレボドパに対する良好な反応性 (平均52.5%の運動UPDRS改善) を示した。3人が右PPN、3人が左PPNに電極植え込みを受けた。慢性刺激に用いた接触部位は橋中脳接合部の前外側被蓋部に位置した (図1)。術中または術後の手術関連有害事象は認められなかった。患者2は、刺激誘発性錯感覚が非常に低閾値で生じてしまったのに加え運動症状の改善が全く認められなかったため、初期電極の位置調整を4か月後に行った。

図1. 本研究で植え込んだPPN DBS電極の位置を示した axial (左)、coronal (中)、sagittal (右) MRIセクション: 赤いドットは陰極として用いた接触電極の中心位置を示している。左に示した数値は、表1で示した患者の番号と対応している。患者4はCTを用いて評価したため含めていない。

3-1. 急性脚橋被蓋核刺激
急性刺激の効果は、2日以上 (平均して植え込み後20日まで) にわたって調査された。刺激パラメータの変更後の5分以内の急性評価の間には、運動UPDRS (特に対側の動作緩慢、振戦、発話、歩行、姿勢安定性) には大きな変化がなかった。急性刺激に関連した可逆性の強度および頻度依存性の有害事象として、すべての患者で対側の錯感覚、5人の患者で片側への眼球運動 (動揺視)、3人の患者で対側の温かい感覚が生じ、それぞれ内側毛帯、眼球運動系、脊髄視床路に関連するものと考えられた。

3-2. 慢性橋被蓋核刺激
2カ月以上にわたり、異なる刺激設定での3日間刺激から5日間刺激までの効果を調査した。平均として、14個の設定 (9-25個) が評価された。基本的に、50 Hz と 70 Hzの周波数設定、60マイクロのパルス幅、1.9 (0.7-3.8) の電圧がよい運動スコアを産生した。単極設定よりも双極設定のほうがよい運動を実現した。どの設定と接触を慢性刺激に用いるかは、電圧上昇に伴う副作用 (主に錯感覚) の閾値、運動UPDRSスコアの改善、患者の主観的意見に応じて決定した。慢性刺激時に新しい副作用は観察されなかった。

3-3. 3か月時点での二重盲検評価
連続刺激3か月後の時点での二重盲検評価では、ONおよびOFF状態における刺激の有無の間でUPDRS-IIまたはIIIの総スコア、および転倒、すくみ足、歩行、バランスのサブスコアは統計学的有意差を示さなかった (表2)。二重盲検評価で認められた唯一の有意な変化は、ON時の対側のfinger tappingの悪化のみであった。

一方で、非盲検下の評価では、刺激状態下でOFF状態のUPDRS-IIスコア (33.9%) の総点に有意な改善がみられた。この改善は、主に転倒 (68%) および すくみ足 (66.7%) のサブスコアの改善によって駆動されたものであった (表3)。対側のタッピングテストと歩行時間も有意な改善を示した (P=0.04) (表4)。運動UPDRSの総点 (15.1%)、歩行 (36.4%) および姿勢安定性 (40.0%) サブスコアは、改善したものの統計学的有意差は示さなかった (表5)。対側の振戦、筋強剛、歩行テスト中の歩数は術後に改善の傾向を示したが、こちらも統計学的有意差はしめさなかった (表4)。

ON条件の刺激では、転倒サブスコアも術後に有意に改善した (P=0.04; 75%) (表6)。また、UPDRS-II総スコア (30%) とすくみサブスコア (30%) にも改善傾向がみられたが、ベースラインと比較すると有意ではなかった。運動UPDRS総スコアと歩行・姿勢安定性サブスコアには有意差はなかった (表7)。レボドパ等価1日投与量は12.5%減少したが、有意ではなかった。UPDRS-IVの総得点とサブスコア32 (ジスキネジア持続時間) と39 (オフ持続時間) はベースラインと差がなかった。

3-4. 12か月時点での二重盲検評価
PPN DNSの3か月時点評価で認められたように、二重盲検評価では (ONおよびOFF状態での) 刺激の有無によって運動アウトカムの有意な差は認められなかった (表2)。さらに、OFF状態ではベースラインと比較して総点、振戦、筋強剛、動作緩慢サブスコアの変化は認められなかった (表5)。
しかし、UPDRSパートIIを用いた評価では、3か月目にみられた転倒に対する効果は12か月目でも持続した。ベースライン時と比較すると、12か月後の転倒はOFF群で71%、ON群で75%改善し、3か月時と同程度であった (表3、7)。運動スコアは3か月から12か月にかけて低下する傾向がみられた (表4、5、6、7)。UPDRS IIの転倒の項目は、PPN刺激3か月後よりも12か月後の方が悪化が少なく、むしろわずかに良好であった (表3)。
刺激のパラメータは、持続刺激開始後3か月から12か月まで、ほとんどの場合安定していた (表8)。刺激に関連した有害事象/合併症は、12か月後には報告されなかった。

3-5. 電極位置
慢性刺激に用いたDBS接触電極は橋中脳接合部の前外側被蓋に置かれた (図)。活性電極 (表9) の位置は以前報告されたPPN領域の位置と合致していた。

 

4. 考察
我々は、進行期パーキンソン病患者における片側PPN DBSの術後効果を二重盲検で評価した初めての報告を提示した。
3か月および12か月の時点で、ONおよびOFF状態のどちらでも、刺激の有無で大きな客観的または主観的運動症状の改善は認められなかった。しかし、最も目立った結果は、ONおよびOFF状態における (UPDRS part IIを用いた) 患者の転倒の有意な改善の報告であった。この効果は3か月時点でも見られ、12か月時点まで持続した。
主観的UPDRS-IIスコア (総点および転倒とすくみ足サブスコア) の著明な改善は、3か月時点では対側のtappingやその他の歩行パラメータ (歩行時間) などの特定の客観的評価の改善を伴っていた。しかし、12か月時点では転倒のみが有意に改善した点であった。
すくみ足の定量的評価は、その予測不可能性と偶然性からして困難であるが、主に自宅における人目につかない行動下で起こり、また特定の環境トリガに反応して起こるものであり、歩行研究室ではしばしばあまり起こらないことが報告されている。さらに、UPDRS part II および UPDRS part IIIは歩行とすくみ足を評価する最良のツールではおそらくない。これらの問題を意識して、我々は片側PPN DBS患者の一部を歩行ダイナミクスと静的姿勢動揺検査を用いて研究している。これらの評価のデータ解析は進行中である。
また、DBSの新しいターゲットを用いたこの種の研究において重要なことは、1年間の追跡調査において、PPN領域への慢性刺激によって誘発された重大な永続的有害事象がなかったことである。さらに、REM睡眠などの非運動機能も片側PPN DBSによって改善することが観察された。これらの観察は、雄弁な脳領域における外科的介入のリスクとベネフィットの可能性を評価する上で、特に重要である。しかし、われわれの小規模ケースシリーズやこれまでに報告された他のPPN DBS患者に有害事象がなかったからといって、DBS手術で観察される外科的合併症のリスクが減少したり、なくなったりするわけではない。また、PPN DBSが新たな有害事象を誘発する可能性もあるが、この手術を受けた患者数は少なく、長期追跡調査も行われていないため、現在のところ把握されていない。
PPN連続刺激3か月後または12か月後に、刺激オンとオフのスコアに有意差がないことについては不可解であり、その理由はわからない。これは、標本数が少ないこと、使用した測定方法の感度が低いこと、神経破壊に関連した機能変化を伴う挿入、プラセボ成分、慢性刺激中止後の効果の長期維持など、多くの要因によるものと考えられる。患者の1人は、刺激開始前の挿入で明らかな効果があった。これは、少なくとも部分的には、PPNへの抑制性下行性淡蒼球出力の切断 -「淡蒼球切除様」効果- に関連している可能性があると推測される。このようなさまざまな要素やメカニズムが、われわれが観察した効果にどのように寄与しているのかを理解するには、さらなる研究が必要である。現時点でのわれわれの有力な仮説は、刺激の停止後にも長期持続する効果は、長時間のウォッシュアウト効果、すなわち、長時間の連続刺激の結果として、姿勢と歩行の回路に長期間持続する可塑的変化に関係するというものである。この考え方に一致するように、てんかんうつ病ジストニアに対するDBS患者において、刺激による遅発性かつ進行性の臨床効果と、刺激中止後数週間持続する同様の長期にわたるウォッシュアウト効果が観察されている。
慢性設定として使用する刺激の最適なパラメーターの選択は困難であった。というのも、多くの場合、刺激プログラミング中に急性期の運動機能の悪化や改善は見られなかったからである。特に、以前に報告されたように、比較的高い刺激周波数を用いても、動作緩慢の悪化はみられなかった。さらに、刺激周波数は20Hzから175Hzまで、さまざまなグループによってかなり異なっている。このことは、最適な周波数の問題はまだ解決されておらず、さらなる調査が必要であることを示している。
今回我々が示した結果は、転倒に重要な神経要素を制御するというPPN領域の重要な役割を支持しており、またPPN DBSが進行期パーキンソン病患者のレボドパ抵抗性体軸症状、特に転倒に対する重要な治療標的となりうることを示唆している。これらの患者が視床下核淡蒼球内節のDBSでそこまで好ましい結果を出さなかった可能性があることを考えると、この結果は興味深い。PPN領域のDBSの作用機序は、おそらく多岐にわたり、上行性投射および下行性投射の両方の制御を含み、さらに睡眠や覚醒などの運動外システムにも作用すると思われる。興味深いことに、最近の齧歯類の脊髄刺激を含む実験的研究では、毛帯系の調整が抗パーキンソン効果を持つことが示唆された。PPN電極と内側毛帯の近接性と、錯感覚を生じるために必要な閾値の比較的低さを考えると、PPN領域の刺激による有益性が毛帯系の刺激によって生じている可能性を考えなければならないかもしれない。
結論として、転倒によって日常生活障害をきたしているパーキンソン病患者の歩行と姿勢反射障害に対するPPN DBSの効果を、より大きな群で評価する必要がある。

 

考察
なんかあんまメカニズムのこと書いてなかったけど、橋が姿勢反射に大事なんだなというザックリエビデンスとしては有意義かなと思った。6例でBrainに載っちゃうのすごいな。

脳脊髄液とPETのβアミロイドの不一致が異なる空間的タウパターンを示す

β-Amyloid discordance of cerebrospinal fluid and positron emission tomography imaging shows distinct spatial tau patterns.
Jiang, Chenyang, et al.
Brain Communications 4.2 (2022): fcac084.

ADの (Aβの) PETとCSFの解離について、今どれくらい研究されているのかなと思って調べてみたら、10個はいかないくらいの数の論文が出てきました。この論文を選んだのは、Graphical Abstractがあって面白そうだとおもったから...。

 

1. 背景
細胞外のβアミロイド (Aβ) プラークと細胞内の神経原線維変化はアルツハイマー病の主要な特徴であり、Aβ病理の異常な変化はアルツハイマー病の最初期の検出可能な変化と考えられている。Aβ病理は生体内PETイメージングで定性評価できるほか、CSFのAβ42/Aβ40 ratioの低下を測定することで間接的に評価することもできる。CSF AβとAβ PETの一致と不一致は横断的および縦断的に調査されている。異なるグループが異なるコホートに対して、CSF Aβ42を用いるよりもCSF Aβ42/Aβ40 ratioを用いたほうがAβ PETとの良い一致率を示すことを実証した。しかしながら、CSF Aβ (CSF Aβ42/Aβ40 ratio または CSF Aβ42単独) または Aβ PET のどちらかが先行して陽性となることがある。我々の研究室と他のグループの発見をまとめると、CSF Aβのみが陽性となる個人 (CSF+/PET-) または Aβ PETのみが陽性となる個人 (CSF-/PET+) は、両方陰性 (CSF-/PET-) または両方陽性 (CSF+/PET+) の個人と比較して、異なる初期のアミロイドーシスステージにある可能性がある。これは、2つの異なるAβ病理進行経路を表現しているかもしれない (経路1: CSF−/PET− → CSF+/PET− → CSF+/PET+、経路2: CSF−/PET− → CSF−/PET+ → CSF+/PET+)。特筆すべきことは、本研究で述べるこうした「Aβ経路」は、Aβ病理の異なる生物学的メカニズムを表現しているのではなく、異なる病理進行シークエンスを示しているということである。
さらに、Aβ病理はアルツハイマー病の発症における初期役割を果たしており、これが引き続くtauの増加を招く可能性がある。Braak I-VIステージは、剖検データに基づく皮質神経原線維変化 (NFT) の空間的パターンを特徴づけるために提唱された。PETイメージング研究は、皮質NFTが初期には嗅内皮質に存在し、これが十分なAβ負荷の存在下でBraak III/IV およびBraak V/VI皮質領域に広がるというさらなるエビデンスを提供した。しかしながら、異なるAβ経路をたどる個人が異なる皮質タウ凝集パターンを有するのかどうかについて、いまだはっきりしたことはわかっていない。皮質NFTの空間的分布を調査することは、異なるステージにあるAD病理の特徴を理解することに重要であり、ADにおける抗タウ臨床試験のデザインにおける新たな知見を提供する可能性がある。
この研究では、我々は同時 (1年以内) のCSF Aβ42/Aβ40、phosphorylated tau (p-Tau)、Aβ PET、tau PETデータが存在する非認知症ADNI参加者を対象とし、これらをCSF Aβ42/Aβ40とAβ PETの異常に基づいて4つの異なるCSF/PETアミロイドーシスステージに分類した。異なるアミロイドーシスステージにおける皮質NFTの空間的パターンを調査するために、我々は異なるCSF/PET Aβステージにおいて有意なタウ上昇を伴う皮質領域を決定し、初期 (CSF+/PET- と CSF-/PET+) と 後期 (CSF+/PET+) アミロイドーシスステージにおけるCSF Aβ42/Aβ40、Aβ PET、CSF p-Tau/Aβ40と領域ごとおよびボクセルごとのタウPET画像を関連付けた。

 

2. 方法
2-1. 参加者
238人の認知機能正常 (cognitively unimpaired, CU) と77人のMCIで、18F-flortaucipir (FTP) tau PET、amyloid [18F-florbetapir (FBP) or 18F-florbetaben (FBB)] PET、CSF Aβ42、Aβ40、CSF p-Tau の同時 (1年以内) データが存在するADNI参加者。この315人の参加者をCSF-/PET-、CSF+/PET-、CSF-/PET+、CSF+/PET+に分けた。なお、non-Alzheimer's tauopathyの影響をコントロールするために、CSF-/PET-参加者の中でCSF p-Tau/Aβ40が異常な個人またはFTP tau PETが異常な個人 (嗅内皮質または側頭葉metaROI) は除外され、残りのCSF-/PET-参加者は対照群 (Ref) と定義された。

2-2. PETイメージングと解析
アミロイドPETのトレーサーはFBPまたはFBBを用いた。SUVRは全小脳集積に対する比として計算した。前頭葉帯状回頭頂葉、側頭葉の皮質領域をCOMPOSITE cortical areaとしてCOMPOSITE SUVRを計算した。
COMPOSITE領域のFBB Aβ陽性をSUVR≧1.08、FBP Aβ陽性をSUVR≧1.11として、FBPおよびFBBのSUVRをCentiloidに変換した: Centiloid = (196.9 × SUVRFBP) - 196.03 または Centiloid = (159.08 × SUVRFBB) - 151.65。
タウPETのトレーサーはFTPを用いた。Desikan-Killiany atlasの68個の皮質ROIにおけるFTP集積を抽出し、さらに側頭葉metaROI (嗅内皮質、海馬傍回、紡錘状回、扁桃体、下側頭回、中側頭回) のSUVRを下部小脳灰白質集積に対する比として計算した。タウ蓄積を異なるBraak NFTステージで評価するために、Braak III/IV (側頭葉/辺縁系) およびBraak IV/VI (新皮質) における平均FTP SUVRsを計算した。

2-3. CSFバイオマーカー
CSF Aβ40、Aβ42、p-Tau181データを用いた。CSF p-Tau/Aβ40比は、CSF p-Tauを単独で用いるよりもCSF産生に関連した測定値個人差を減らす可能性があり、またADバイオマーカーとの関連を改善する可能性があるため、今回の研究ではこちらを用いた。The CSF Aβ42/Aβ40 ratio と CSF p-Tau/Aβ40 ratio の閾値はそれぞれ ≤0.054 と ≥0.0012 を用いた。

 

3. 結果
3-1. 参加者特性
本研究で解析した参加者の特徴は表1に認められる。大部分がCSF-/PET- (Ref群) であり (49.3%)、2番目に大きな群はCSF+/PET+ (35.6%) であった。不一致群として、CSF+/PET- (6.6%) とCSF-/PET+ (8.5%) は同様の比率であった。CSF+/PET+は他のすべての群と比較して有意に高齢で、APOE ε4キャリアおよびMCIの割合が高く、CSF Aβ42/Aβ40が低く、Aβ PET Centiloidsが高く、CSF p-Tau/Aβ40が高かった。CSF-/PET+群はRef群と比較して有意に高年齢であった。CSF+/PET-とCSF-/PET+の両群ともに、Ref群と比較して有意に低いCSF Aβ42/Aβ40 ratio、高いAβ PET Centiloids、高いCSF p-Tau/Aβ ratioを示した。

表1. 異なるCSF/PET群の参加者における特性

3-2. CSF/PET群ごとの皮質タウ上昇
図1で示すように、CSF+/PET-群はRef群と比較して左嗅内皮質と海馬傍回に有意に高いタウ蓄積を示し、また効果量は限られるものの左上側頭溝縁 (BANKSSTS) にも同様のことが認められた (t=2.09、P=0.037)。対照的に、CSF-/PET+群はRef群と比較して、一部のBraak IVステージROI (両側前帯状回尾部、前帯状回吻側、後帯状回、島) とほとんど全てのBraak V/VIステージROI (前頭極、眼窩部、外側後頭回、下頭頂小葉、BANKSSTS、楔部) に有意に高いタウ上昇を示した。CSF+/PET+群はRef群と比較して全ての皮質領域で有意に高いタウ上昇を有した。

図1. 異なるCSF/PET群の有意な皮質タウ上昇: (A) 腰椎穿刺とAβ PETイメージングのイラスト。(B) タウPETイメージングのイラスト。(C) CSF Aβ42/Aβ40とAβ PETによって定義されるCSF/PET群のイラストと、CSF Aβ42/Aβ40の対応する閾値 (0.054) を示す赤い縦破線。(D-F) 異なるCSF/PET群におけるCSF-/PET-群と比較した有意な皮質タウ上昇。CSF+/PET-群とRef群の間の比較を除き、Benjamini-Hochberg approach (FDR<0.05) を用いた68 ROIsに対する多重比較補正を行った。

3-3. 異なるCSF/PET群のタウ蓄積の比較
図2に示されるように、CSF+/PET-群はRef群と比較して嗅内皮質の高いFTP SUVRを有した (P=0.012) が、Braak III/IVおよびBraak V/VIではそうではなかった。対照的に、CSF-/PET+群はRef群と比較してBraak V/VIで高いFTP SUVRを有した (P=0.004) が、嗅内皮質とBraak III/IVではそうではなかった。CSF+/PET+群はRef群と比較して嗅内皮質 (P<0.001)、Braak III/IV (P<0.001)、Braak V/VI (P<0.001) で高いFTP SUVRを有した。

Comparisons of cortical tau deposition among different CSF/PET groups. Comparison of FTP SUVRs in (A) entorhinal, (B) BraakIII/IV and (C) BraakV/VI among different CSF/PET groups. The boxplot whiskers extend to the lowest and highest data points within 1.5 times the IQR, from the lower and upper quartiles. The dots represent individual points of each CSF/PET group. Green dashed lines represent the median values of the reference (Ref) group. Values at the top of the bar indicate the P values of the comparisons with the Ref group. Voxel-wise comparisons of tau PET images of (D) CSF+/PET−, (E) CSF−/PET+ and (F) CSF+/PET+ with the Ref group. Two-sample t-tests, the comparison between CSF+/PET− group, and the Ref group was presented by using a threshold P < 0.001 at the voxel level, whilst the other comparisons were presented by using a threshold P < 0.001 at the voxel level and with FWE corrected P < 0.05 at the cluster level.

図2. 異なるCSF/PET群の皮質タウ蓄積の比較: (A) 嗅内皮質、(B) Braak III/IV、(C) Braak V/VI におけるFTP SUVRsを異なるCSF/PET群で比較したもの。箱ひげ図のひげは、第1および第3四分位から、IQRの1.5倍の範囲内で最も低いまたは高いデータポイントまで広がっている。ドットは各CSF/PET群内の各参加者のデータを表している。緑色の破線はRef群の中央値を表している。バー先端の値はRef群と比較したP値を示している。(D) CSF+/PET-、(E) CSF-/PET+、(F) CSF+/PET+ のボクセルごとのタウPET画像の比較。二票本のt検定を用いて、CSF+/PET-群とRef群の比較はP<0.001の閾値を用いて、その他の比較はP<0.001の閾値を用いて表示し、family-wise errorはP<0.05で補正した。

ボクセルごとの解析では、CSF+/PET-群はRef群と比較して左嗅内皮質と海馬傍回に高いタウPET集積を示した (図2D、P<0.001) が、CSF-/PET+群はRef群と比較してBraak IVステージROIs (両側前帯状回尾部、前帯状回吻側、島、後帯状回帯状回峡部) とほとんどのBraak V/VIステージROIs (両側内側眼窩前頭部、中前頭回尾部、中前頭回吻側、上側頭回、楔前部、中心前後回) (図2E、P<0.001) に高いタウPET集積を示した。さらに、CSF+/PET+群は鳥距溝周囲と楔部を除くほとんどの皮質領域でタウ上昇を示した (図2F、P<0.001)。
極端に高い嗅内皮質FTP SUVRを示した2人を除いても、CSF+/PET-群はRef群と比較して依然として左嗅内皮質に有意に高いタウ蓄積を有し、他の比較も概ね同様であった。さらに、CSF Aβ42/Aβ40とAβ PETの閾値から±5%以内の個人を除いても不一致群はそれぞれ異なった皮質タウ蓄積を示した。

3-4. 早期および後期アミロイドーシスステージの皮質タウとCSFバイオマーカーおよびAβ PETの関連
初期アミロイドーシスステージでは、CSF Aβ42/Aβ40の低値は嗅内皮質のFTP SUVRの高値と関連していた (P=0.004) が、Braak III/IVまたはBraak V/VIのFTP集積とは関連していなかった (図3A、D、G)。一方でAβ PETの高値はBraak III/IV (図3E、P=0.002) とBraak V/VI (図3H、P<0.001)におけるFTP SUVRの高値と関連していたが、嗅内皮質のFTP集積とは関連していなかった。しかし、我々はCSF p-Tau/Aβ40と嗅内皮質、Braak III/IVおよびBraak V/VIにおけるtau PET集積の間に正の関連性を認めた (図3C、F、I)。

The association of cortical tau deposition with CSF Aβ42/Aβ40, Aβ PET and CSF p-Tau/Aβ40 in early amyloidosis stage. The association between entorhinal FTP SUVR and (A) CSF Aβ42/Aβ40, (B) Aβ-PET(Centiloid) and (C) CSF p-Tau/Aβ40. The association between BraakIII/IV FTP SUVR and (D) CSF Aβ42/Aβ40, (E) Aβ-PET(Centiloid) and (F) CSF p-Tau/Aβ40. The association between BraakV/VI FTP SUVR and (G) CSF Aβ42/Aβ40, (H) Aβ-PET(Centiloid) and (I) CSF p-Tau/Aβ40.

図3. 早期アミロイドーシスステージの皮質タウ蓄積とCSF Aβ42/Aβ40、Aβ PET、CSF p-Tau/Aβ40の関連性: 嗅内皮質のFTP SUVRと (A) CSF Aβ42/Aβ40、(B) Aβ-PET(Centiloid)、(C) CSF p-Tau/Aβ40 の間の関係性。Braak III/IV FTP SUVRと (D) CSF Aβ42/Aβ40、(E) Aβ-PET (Centiloid)、(F) CSF p-Tau/Aβ40 の間の関係性。BraakV/VI FTP SUVR と (G) CSF Aβ42/Aβ40、(H) Aβ-PET(Centiloid)、(I) CSF p-Tau/Aβ40 の間の関係性。

後期アミロイドーシスステージでは、CSF Aβ42/Aβ40の低値は嗅内皮質 (図4A、P<0.001)、Braak III/IV (図4D、P<0.001)、Braak V/VI (図4G、P<0.001) のFTP SUVRの高値と関連していた。また、Aβ PETの高値は嗅内皮質 (図4B、P<0.001)、Braak III/IV (図4E、P<0.001)、Braak V/VI (図4H、P<0.001) のFTP SUVRの高値と関連していた。さらに、CSF p-Tau/Aβ40は嗅内皮質 (図4C、P<0.001)、Braak III/IV (図4F、P<0.001)、Braak V/VI (図4I、P<0.001) のFTP SUVRの高値と関連していた。

The association of cortical tau deposition with CSF Aβ42/Aβ40, Aβ PET and CSF p-Tau/Aβ40 in late amyloidosis stage. The association of entorhinal FTP SUVR with (A) CSF Aβ42/Aβ40, (B) Aβ-PET(Centiloid), and (C) CSF p-Tau/Aβ40. The association of BraakIII/IV FTP SUVR with (D) CSF Aβ42/Aβ40, (E) Aβ-PET(Centiloid), and (F) CSF p-Tau/Aβ40. The association of BraakV/VI FTP SUVR with (G) CSF Aβ42/Aβ40, (H) Aβ-PET(Centiloid) and (I) CSF p-Tau/Aβ40.

図4. 後期アミロイドーシスステージのCSF Aβ42/Aβ40、Aβ PET、CSF p-Tau/Aβ40と皮質タウ蓄積の関連: 嗅内皮質FTP SUVRと (A) CSF Aβ42/Aβ40、(B) Aβ-PET(Centiloid)、(C) CSF p-Tau/Aβ40 の関連。Braak III/IV FTP SUVR と (D) CSF Aβ42/Aβ40、(E) Aβ-PET(Centiloid)、(F) CSF p-Tau/Aβ40 の関連。Braak V/VI FTP SUVR と (G) CSF Aβ42/Aβ40、(H) Aβ-PET(Centiloid)、(I) CSF p-Tau/Aβ40 の関連。

嗅内皮質FTP SUVRが極端に高値であった2人を除いたところ、早期アミロイドーシスステージのtau PETとCSF p-Tau/Aβ40の関連性は消失した。しかし、その他の関連性は保たれていた。さらに、ボーダーラインの個人を除いても結果はほとんど変化しなかった。

3-5. 早期および後期アミロイドーシスステージのボクセルごとの皮質タウ蓄積とCSFバイオマーカーおよびAβ PETの関連性
早期アミロイドーシスステージでは、CSF Aβ42/Aβ40の低値は左嗅内皮質のFTP SUVRの高値と有意に関連しており (図5A)、Aβ PET Centiloidは右島、両側帯状皮質、中心溝周囲、前頭葉頭頂葉皮質のFTP SUVRの高値と関連しており (図5C)、CSF p-Tau/Aβ40は左嗅内皮質、海馬傍回、紡錘状回、下側頭回、中側頭回、BANKSSTS のFTP SUVRの高値と関連していた (図5E)。一方で、後期アミロイドーシスステージではCSF Aβ42/Aβ40、Aβ PET、CSF p-Tau/Aβ40はすべてのBraak ROIsのFTP SUVRと有意な関係性を示し、さらにFTP SUVRとCSF p-Tau/Aβ40の間には最も強い関連性が認められた (図5B、D、F)。さらに、後期アミロイドーシスステージでは早期Braak ROI (嗅内皮質とBraak III/VI) のtau PETとすべてのバイオマーカーの間に最も強い関連性が認められた。

Voxel-wise analyses of cortical tau with CSF biomarkers and Aβ PET in early and late amyloidosis stages. Cortical regions with significant associations between FTP SUVR and (A) CSF Aβ42/Aβ40, (C) Aβ PET, (E) CSF p-Tau/Aβ40 and in early amyloidosis stage. The voxel-wise correlation between CSF Aβ42/Aβ40 and FTP tau PET was presented as P < 0.005 at the voxel level without cluster correction. The other voxel-wise correlation results were presented with using a threshold P < 0.001 at the voxel level and with FWE corrected P < 0.05 at the cluster level. Cortical regions with significant associations between FTP SUVR and (B) CSF Aβ42/Aβ40, (D) Aβ PET, (F) CSF p-Tau/Aβ40 and in the late amyloidosis stage. Results are shown using a threshold P < 0.001 at the voxel level and with FWE corrected P < 0.05 at the cluster level.

図5. 早期および後期アミロイドーシスステージにおけるボクセルごとの皮質タウとCSFバイオマーカーおよびAβ PETの関連性: 早期アミロイドーシスステージにおけるFTP SUVRと (A) CSF Aβ42/Aβ40、(C) Aβ PET、(E) CSF p-Tau/Aβ40 のボクセルごとの関連性。CSF Aβ42/Aβ40 については P < 0.005 を表示し、他の解析は P < 0.001 を表示した。FTP 後期アミロイドーシスステージにおけるFTP SUVRと (B) CSF Aβ42/Aβ40、(D) Aβ PET、(F) CSF p-Tau/Aβ40 のボクセルごとの関連性。すべての結果はP < 0.001 で表示した。

極端に高い嗅内皮質FTP SUVRを示した2人を除くと、早期アミロイドーシスステージにおけるタウPETとCSF p-Tau/Aβ40の関連性は消失した。しかし、他の関連性は保たれていた。さらに、ボーダーラインの個人を除いても結果はほとんど変化しなかった。

 

4. 考察
本研究では、認知症のない高齢者において、CSF Aβ42/Aβ40とAβ PETで定義された異なるアミロイドーシスステージについて、タウPETイメージングで測定された皮質タウ沈着を調べた。CSF Aβ42/Aβ40陰性およびAβ PET陰性 (CSF-/PET-) でCSFや大脳皮質にタウの増加がない人と比較して、CSF Aβ42/Aβ40のみ異常の人 (CSF+/PET-) は、Braak III/IVおよびBraak V/VIではなく、嗅内皮質で高いタウ蓄積を示したが、Aβ PETのみ異常の人 (CSF-/PET+) は、嗅内皮質およびBraak III/IVではなく、BraakV/VIで有意なタウの上昇を示した。ボクセルごとの解析から、CSFのAβ42/Aβ40の低値は、嗅内皮質のタウの高値と関連し、一方、Aβ PETの高値は、アミロイドーシス初期 (CSF+/PET-およびCSF-/PET+) のBraak V/VI ROIにおけるタウの高値と関連していることが、さらなる証拠となった。対照的に、CSF Aβ42/Aβ40に異常があり、Aβ PETにも異常がある個人 (CSF+/PET+) は、すべてのBraak ROIで有意なタウ上昇を示し、CSF Aβ42/Aβ40の低下とAβ PETの上昇は、アミロイドーシス後期では、嗅内皮質、Braak III/ IV、Braak V/VIのタウ上昇と相関していた。これらの知見は、アルツハイマー病の異なるアミロイドーシスステージにおける皮質タウ凝集を理解するための新たな洞察を提供し、脳脊髄液AβとAβ PETの不一致者は、アルツハイマー病の初期アミロイドーシスステージにおいて、異なる皮質領域に初期タウ凝集を有する可能性を示唆した。
先行研究と同様に、CSF+/PET-個人 (CSF-first Aβ経路) とCSF-/PET+個人 (PET-first Aβ経路) は同程度の割合であり、両者ともCSF-/PET-個人よりもCSFまたはPET画像で測定されたAβ病理が多かったことから、CSF AβとAβ PETはAβ病理の異なる特徴を測定している可能性があり、アルツハイマー病の初期アミロイドーシスステージには2つの異なるAβ経路が存在することが支持された。さらに、CSF+/PET-個人とCSF-/PET+個人はともに、CSF-/PET-個人よりもCSF p-Tau/Aβ40比が高く、CSFにおける初期の異常なタウの増加がアミロイドーシス初期に検出可能であることを示唆している。注目すべきことに、CSF+/PET-個人はCSF-/PET+個人よりもCSF p-Tau/Aβ40比が高いことも示された。これらの所見を総合すると、CSF-first Aβ経路 (CSF-/PET- → CSF+/PET- → CSF+/PET+) は、PET-first Aβ経路 (CSF-/PET- → CSF-/PET+ → CSF+/PET+) よりも、アルツハイマー病の初期に典型的にみられる可溶性アルツハイマー病の病態生理を有する可能性が示唆された。
CSF p-Tauは初期のtauの上昇を補足するものの、PET画像はタウ蓄積に関する空間的情報を提供する。特に、我々のグループと他の研究室はつい最近CSF p-TauがタウPETイメージングよりも早期のタウ上昇を検出できる可能性を観測し、これは剖検研究でもサポートされた。重要なのは、横断解析と銃弾解析の両方で、CSF-first Aβ経路がAβ関連タウ蓄積を嗅内皮質 (タウの最早期蓄積部位) に有していたことを示せたことである。対照的に、PET-first Aβ経路は嗅内皮質やBraak III/IV ではなくBraak V/VIにAβ関連タウ上昇を有していた。我々の結果と合致して、最近のADNI研究はCSF+/PET-とCSF-/PET+個人がCSF-/PET-個人と比較して、ベースラインから5年後のタウPET画像で数値的に高い (有意ではない) および低い嗅内皮質タウを有していたことを報告した (ただしこの研究はCSF Aβ42を用いてAβ状態を評価しており本研究より信頼性が劣るかもしれない)。また彼らはCSF-/PET+は嗅内皮質やBraak III/IVではなくBraak V/VIにおける有意なタウ蓄積を有することを報告しており、我々の報告と合致する。我々の結果と先行研究を総合すると、PET-first Aβ経路の個人は、早期Braakステージの皮質領域におけるタウ伝播に重要なCSF p-Tauが低いことに由来して、嗅内皮質とBraak III/VI皮質領域にタウ蓄積を認めている可能性がある。早期アミロイドーシスステージのボクセルごとの解析からは、CSF Aβ42/Aβ40が嗅内皮質におけるタウ蓄積と関連しており、一方皮質Aβ負荷がBraak V/VIステージの皮質タウ蓄積と関連していることが想定された。特に、CSF-/PET+個人はCSF+/PET-個人と比較してCSF p-Tau/Aβ40が低く、ここからCSF-/PET+個人ではCSF p-TauをBraak V/VIタウ上昇を表すバイオマーカーとして使用することはできないことが想定された。
我々のグループや他の研究室では、CSF+/PET-でもCSF+/PET+と同程度の割合で皮質Aβ負荷が蓄積しており、将来的にはCSF+/PET+になることが観察されている。また、これまでの報告によると、CSF-first Aβ経路は PET-first Aβ経路よりも高頻度に観察されている。本研究では、CSFとPETのAβ不一致群の割合が同程度であったが、これまでの縦断的解析でも、CSFのAβがPETのAβよりも早く異常化する可能性が支持されている。その結果、おそらく、CSF-first Aβ経路は、アルツハイマー病の典型的な進展を示しており、アルツハイマー病の典型的なタウ拡散パターンを示している。一方、PET-first Aβ経路は、アルツハイマー病の初期アミロイドーシス段階において、皮質Aβ負荷に関連した海馬のタウ上昇を示している可能性がある。ヒト脳におけるアルツハイマー病関連タウ沈着の検出には、Temporal-metaROI複合領域が一般的に用いられてきた。しかし、我々の知見は、PET-first Aβ経路を有する個人においては、アミロイドーシス初期の皮質タウ増加を捉えるためにTemporal-metaROI領域を使用できない可能性を示唆し、初期アルツハイマー病における初期のタウ増加を検出するために異なる皮質領域を選択すべきであることを示唆した。
対照的に、CSF Aβ陽性者およびAβ PET陽性者 (CSF+/PET+、アミロイドーシス後期) は、対照群よりもすべての皮質領域で有意なタウ上昇を示し、最も高いタウ上昇をTemporal-metaROI複合領域で認めた。さらに、ボクセルごとの解析では、CSFのAβ42/Aβ40の低値、Aβ PETの高値、CSFのp-Tau/Aβ40比の大小が、すべての皮質領域における有意なタウ上昇と関連しており、Temporal-metaROI複合領域が最も強い関連を示した。これらの所見は、CSFとPETのAβが一致した人において、皮質のタウ増加を検出するためにTemporal-metaROI領域を用いることが妥当であることを示唆している。

 

5. 結論
結論として、我々は、CSFとPETのAβ不一致者は、認知症のない高齢者において、皮質のタウ沈着パターンが異なることを見出した。最近の研究から、アルツハイマー病ではタウの拡がりパターンに明確な生物学的特徴がある可能性が示唆されており、これはタウに関連した神経変性と認知機能低下の不均一性を説明し、抗タウ臨床試験をデザインする上で重要である。我々の知見は、アルツハイマー病におけるタウ拡散パターンのサブタイプを理解するのに有用であり、初期アミロイドーシスの段階にある個人における皮質タウ検出のための新たな基準を提供するものである。

 

感想
こういう、総Nは大きいけど対照例はほんの数%のため結局case series的になってしまう研究、自分も似たようなことを今やってるので筆者らのもどかしさがよくわかる...。CSF+/PET-群とCSF-/PET+群を比較したFigureを見てみると (もちろん有意差は出ているものの) そんなにきれいに視覚的に差のあるデータとは言えず、もう少しNがいたらよかったのになあという感想。あと基本的にRef群と比較してるけどCSF+/PET-群とCSF-/PET+群の直接比較はnegative dataになっちゃったんだろうなあ。

神経核内封入体病の臨床特徴と分類

Clinical features and classification of neuronal Intranuclear inclusion disease.
Tai, Hongfei, et al.
Neurology: Genetics 9.2 (2023): e200057.

 

こういう病気にも興味を持って診療したいからサ。

 

1. 背景
神経核内封入体病 (neuronal intranuclear inclusion disease, NIID) は、中枢および末梢神経系と複数の内臓に病理学的に好酸性ヒアリン核内封入体を認めることによって特徴付けられる進行性の神経変性疾患である。診断のために皮膚生検が行われるようになり、原因遺伝子変異としてNOTCH2NLC遺伝子の5'-非翻訳領域 (5'-UTR) のGGCリピート伸長が同定されてから、より多くのNIID症例が報告されるようになってきている。症例数が増加するにつれ、臨床的特徴として認知機能障害、パーキンソニズム、振戦、自律神経障害、末梢神経障害、ミオパチー、脳炎様発作、てんかん発作、脳卒中様発作、意識障害、小脳性運動失調、頭痛、視覚障害など幅広い症状が報告されるようになってきている。さらに、MRIの拡散強調画像 (DWI) における皮髄境界の高信号、局所的皮質浮腫/高信号、小脳虫部辺縁・中小脳脚・脳梁を含む白質病変は、NIIDに特徴的な画像所見として報告されている。しかしながら、これらの臨床特徴はほとんどが症例報告や症例シリーズで記載されているものであり、NIIDの臨床特徴に関する総合的知識は未だ限られている。
NOTCH2NLCのGGCリピート伸長は、アルツハイマー病、パーキンソン病 (PD)、前頭側頭型認知症、ALS、本態性振戦 (ET)、多系統萎縮症 (MSA)、白質脳症、眼咽頭遠位型ミオパチー (OPDM)、Charcot-Marie-Tooth病など、さまざまな神経疾患で同定されている。これらの発見は、NIIDの臨床特徴は極めてヘテロであり、NIIDの診断が難しいことを示している。先行研究では、NIIDは「パーキンソニズム優位型」「認知症優位型」「筋力低下優位型」などに分類された。既存の臨床分類は、疾患で目立つ特徴のすべてを包括できているわけではないのは明らかである。ここで、我々は多施設における223人のNIID患者の横断的観察研究を実施した。我々は臨床的、画像的、遺伝学的特徴をまとめ、NIIDの分類を提唱する。

 

2. 方法
2-1. 研究デザインと参加者
中国NIID連携アライアンスは2017年10月に発足し、NIIDが疑われる患者を全国から募集した。患者は少なくとも2人の経験豊富な脳神経内科医によって診察され、以下の包括基準を満たした場合のみ研究に組み入れられた: (1) 認知機能障害、パーキンソニズム、振戦、自律神経障害、末梢神経障害、ミオパチー、てんかん発作、脳卒中様発作、意識障害、頭痛、脳炎様発作など、NIIDに準じた神経症状を臨床的に呈する、(2) 皮膚生検の病理所見で、脂肪細胞、線維芽細胞、汗腺細胞などのヘマトキシリン・エオジン (H&E) 染色で好酸球ヒアリン核内封入体が認められ、免疫化学染色で抗p62陽性であり、電子顕微鏡で判定すると辺縁膜のない糸状物質で構成されていた、(3) NOTCH2NLC遺伝子の5′-UTRにおけるGGCリピートが60より多い、 (4) 一連の臨床検査の結果、患者の症状を説明しうる代謝性疾患、毒性疾患、炎症性疾患およびその他の疾患が除外されている。家族性NIIDについては、発端者のみが最終解析に含まれた。

2-2. 臨床評価
性別、発症時年齢、罹病期間、臨床症状、特定の症状が出現した時期、家族歴、身体所見、補助的検査結果を含む患者の臨床データの全記録を、標準化された症例報告用紙を用いて収集した。神経学的検査は脳神経内科医によって繰り返し行われた。脳神経、筋力、筋緊張、協調運動、感覚障害、腱反射、自律神経機能が評価された。認知機能と遂行機能の評価には、Mini-Mental State Examination (MMSE) とMontreal Cognitive Assessment (MoCA) が用いられた。筋電図は、北京天壇病院に登録された37人の連続した患者を対象に、標準的なプロトコールに基づいて運動神経伝導検査、感覚神経伝導検査、F波、針筋電図を実施し、すべての結果を当研究室で確立した基準値と比較して評価した。

2-3. 神経画像検査
すべての参加者は、3.0Tまたは1.5TのMRスキャナーを用いてルーチンの脳MRI検査を受け、画像は臨床情報を盲検化した少なくとも2人の神経画像専門医によって別々に評価された。白質病変は、T2WI上の範囲によって等級付けされた: グレード0はT2高信号なし、グレード1は点状または斑状のT2高信号、グレード2は、中等度の変化で、左右対称性の脳室周囲高濃度、グレード3は、重度の変化で、脳室周囲高信号が灰白質と白質の境界まで広がっているものと定義された。脳萎縮は、皮質溝の幅と脳室の大きさの視覚的評価に基づいて等級付けされた: グレード0は萎縮なし、グレード1はくも膜下腔のわずかな拡大、グレード2はくも膜下腔の著しい拡大と脳室の軽度の拡大、グレード3はくも膜下腔と脳室の顕著な拡大を伴う著しい萎縮と定義された (図1)。

2-4. 皮膚生検、筋生検、および組織学的検査
皮膚生検はすべての患者に対して実施された。ある施設の連続16例の患者は、上腕二頭筋から筋生検を受けた。免疫組織化学的染色は、抗p62抗体と抗ユビキチン抗体を用いて行った。148個の皮膚生検における核内封入体の密度は、20倍の倍率で1検体あたり5視野におけるp62免疫反応性封入体の平均数を数えることによって決定した。

 

3. 結果
2017から2022年の間に、中国本土の様々な地理的領域にある104個の臨床センターから合計で223例のNIID連続症例がリクルートされた。

3-1. 臨床特徴
被験者の背景特徴と臨床特徴は表1にまとめた。男女比は1:1.82であった。発症平均年齢 (SD) は 56.7 (10.3) 歳で、疾患罹病期間中央値 (IQR) は4.0 (2.0-9.0) 年であった (1-44年)。NIIDのもっとも一般的な初期症状は認知機能障害 (24.7%)、続いて自立委神経障害 (16.1%)、振戦 (13.9%)、脳炎様発作 (9.0%)、頭痛 (6.7%)、意識障害 (6.3%)、めまい (6.3%) で、さらに稀な症状を初期症状とすることもあった。様々な症状の発症時点は図1Aにまとめた。

図1. NIIDの臨床症状: (A) 様々な症状が出現する時期を表したバイオリンプロット。(B) 発作性神経イベント優位型NIIDの反復症状の形態と分布。

全患者の中で、78.5%は受診前に認知機能障害を発症しており、記憶と見当識の進行性の低下を示した。55.3%はMMSEスコア24をカットオフ値とした認知症の診断基準を満たした。MMSEとMoCAのスコアは、発症年齢を調整した上で罹病期間と逆相関した (multiple linear regression: β1 = −0.243, p1 = 0.01 for MMSE, n = 164; β2 = −0.322, p2 = 0.001 for MoCA, n = 150)。自律神経障害 (70.9%) は2番目の一般的な症状であった。全患者の中で、半数以上 (55.6%) が膀胱直腸障害を呈し、続いて胃腸機能障害としての反復性嘔気嘔吐 (32.3%)、縮瞳 (30.0%)、起立性低血圧/失神 (26.0%) を呈した。発作性神経イベントは51.1%の患者で起こり、これらには意識障害脳炎様発作、脳卒中様発作、てんかん発作、発作性頭痛が含まれた。28.7%は発症時症状として発作性症状を呈した。反復する意識障害は22.4%の患者で認められた。これらの障害の期間は、数時間から数日にわたり、しばしば自然軽快した。脳卒中様発作は16.6%で起こり、画像上の異常がない急性の神経障害 (e.g. 片麻痺、失語、嚥下障害) を呈した。NIID患者の14.3%が脳炎様発作を起こし、発熱 (29/32)、意識障害 (18/32)、精神行動異常 (14/32)、頭痛 (13/32)、全般性発作 (5/32) などの様々な組み合わせを呈した。発作性症状を有する患者における認知機能障害は、発作性症状を呈さない患者と比較して有意に重度であった (MMSE: 19.94 ± 6.85 vs 22.60 ± 5.97, p = 0.009; MoCA: 15.73 ± 6.60 vs 17.83 ± 6.91, p = 0.06)。
振戦は36.8% (82/223) で起こり、ETが 63.4% (52/82)、parkinsonian tremorが36.6% (30/82) であった。行動および精神症状は31.4% (70/223) で認められ、被刺激性の亢進、不可解な発話、幻覚、脱抑制などを呈した。末梢神経障害またはミオパチーによる筋力低下は25.6% (57/223) で認められ、ほとんど (43/57) が軽度の筋力低下を呈するのみで自立歩行はできていた。その他の一般的な臨床特徴は、パーキンソニズム (24.7%)、小脳性運動失調 (17.0%)、視覚障害 (14.3%)、体性感覚障害 (10.8%) などであった。
筋電図は1施設からの37患者で解析された。うち15人は末梢神経障害に関連した筋力低下かつ/または感覚障害を呈した。針筋電図検査では、94.6% (35/37) が末梢神経障害を有し、22人は脱髄性感覚運動ポリニューロパチーを、12人は脱髄と軸索障害の両方を呈した。
筋生検は16人の患者から行われ (図2, E-H)、うち3人は近位筋と遠位筋の両方に筋力低下を、2人は易疲労性を訴える患者のものであった。すべての患者でp62陽性核内封入体を筋細胞内に認めた。15人では小円形かつ/または角形萎縮線維を伴う筋線維の大小不同を、さらに1人は追加で角形線維のクラスタリングと線維グルーピングを呈した。12人が散在性の縁取り空胞を有した。線維タイプ不均等は非常にありふれており、10人がtype I fiber優位、5人がtype II fiber優位であった。16人中1人のみが軽度の血清クレアチニンキナーゼ値の上昇を示したが、針筋電図で筋原性変化を呈したものはいなかった。

図2. NIID患者の組織病理学的および放射線画像所見: 皮膚生検 (A) 皮膚サンプルのH&E染色で汗腺細胞内に1.5-3.0 µm程度の核内封入体を認める (arrows ×20)。(B) 皮膚標本のp62免疫組織化学染色で、線維芽細胞内に抗p62陽性核内封入体を認める (arrow ×20)。(C and D) 電子顕微鏡画像で汗腺核内に限界膜を有さない線維構造から成る円形封入体構造を認める (C, arrow, ×10,000) (D, arrow, ×40,000)。筋生検 (E) 筋標本のp62免疫組織化学染色で、筋細胞内に抗p62陽性核内封入体を認める (arrow, ×20)。(F) 筋標本のH&E染色で筋細胞の縁取り空胞を認める (arrow ×40)。(G and H) 筋標本のATPase染色でtype II–dominantまたはtype I–dominant fibers を認める (pH 4.6 and pH 4.4, respectively, ×10)。脳MRI (I and J) 皮髄境界に沿ったDWI高信号を全脳にわたって認める (I) または前頭頭頂葉にわたって認める (J)。(K and L) 脳梁 (K) および脳幹横走線維 (L) を含むDWI高信号。(M–P) 皮質下白質 (M)、小脳虫部辺縁 (N)、両側中小脳脚 (O)、視床 (P) のT2WI/FLAIR高信号。(Q–T) 発作性神経症状優位型のNIID患者の局所性皮質損傷としての浮腫性病変 (Q)、拡散制限 (R)、ガドリニウム強調 (S)、局所性皮質領域における際立った萎縮 (T) が、主に側頭頭頂および後頭葉にみられる。

3-2. 神経画像所見
209例の画像データが得られた。2人の患者は脳MRIが完全に正常であった。DWIで皮髄境界に沿った高信号強度は患者の96.6% (202/209) に認められ、側頭-後頭葉 (68.8%) よりも前頭葉-頭頂葉 (100%) に多く認められた。ほとんどの患者 (98.1%、205/209) に白質病変が認められ、その内訳はグレード1が34例、グレード2が72例、グレード3が99例で、典型的な病変は両側の傍脳室および皮質下領域のT2WI高強度であり、境界不明瞭であった。脳萎縮は98.6% (206/209) に認められ、その内訳はそれぞれグレード1-3の24例、104例、78例であった。白質病変のグレードと脳萎縮の両方が、MMSEおよびMoCAスコアの認知機能と相関していた 。その他の部位では、脳梁 (83.7%)、虫部辺縁 (55.0%)、脳幹横走線維 (42.1%)、両側視床 (30.6%)、両側中小脳脚 (24.4%) にT2/FLAIRの高信号が認められた (図2、I-P)。
限局した皮質領域にT2WI/FLAIR高強度を示す皮質病変が21例 (10.1%) に認められ (図2、Q-T)、全例に脳炎様発作、意識障害脳卒中様発作、反復性頭痛などの発作性症状がみられた。脳MRIは、最後の発作性の症状発現から中央値13日 (1-130日) の間隔で撮影された。21例中15例 (71.4%) がT2WI/FLAIRで高信号領域に局所的な皮質浮腫を示し、13例がDWIで拡散制限を示した。T1WIで皮質浮腫が認められたのは、ガドリニウム造影MRIを受けた患者7人のうち4人 (57.1%) であった。他の6例 (6/21) では限局性の皮質萎縮が顕著であった。皮質病変は、前頭葉 (8/21) に対して側頭-頭頂葉 (20/21) および後頭葉 (17/21) に優位に分布していた。

3-3. NOTCH2NLC遺伝子におけるGGCリピートの拡大
本研究では、NIID患者におけるNOTCH2NLC遺伝子の5′-UTRのGGCリピート数は70-525であり、99.1% (221/223) の患者は200以下であった。特にリピート数の多い症例が2例あり、そのうちの1例は再発性失神と発汗過多を有する症例で363リピート、もう1例は末梢神経障害と軽度認知障害を有する症例で525リピートであった。GGC反復数が多いほど発症年齢が若く (Pearson correlation analysis, r = −0.329, p < 0.0001, n = 223)、皮膚生検における核内封入体の密度が高い (Pearson correlation analysis, r = 0.207, p = 0.012, n = 148) (図3、A-B) 傾向であったが、MMSEスコアやMoCAスコアとは関連していなかった (multiple linear regression, adjusting for age at onset, disease duration, and education level, MMSE: p = 0.311, MoCA: p = 0.332)。

図3 NOTCH2NLC遺伝子の5′-非翻訳領域のGGCリピート数とNIIDの臨床的特徴との関連: (A) NIID患者におけるGGCリピート数の多さは、発症年齢の若さと関連していた。(B) GGCリピートが多いほど、皮膚生検における核内封入体の密度が高いことと関連していた。(C) 異なるタイプのNIIDを有する患者におけるGGCリピート数。

3-4. 臨床特徴
臨床症状および身体診察の評価後、NIID患者は最も顕著な症状に基づいて5つのタイプに分類された: (1) 認知機能障害優位型 (n=76)、(2) 発作性神経イベント優位型 (n=72)、(3) 運動障害優位型 (n=39)、(4) 自律神経障害優位型 (n=19)、(5) 神経筋疾患優位型 (n=17) (表1)。表2に示すように、NIIDの臨床分類のプロトコールが提案された。

認知機能障害優位型: 全体の34.1% (76/223) を占め、1つ以上の認知ドメインにおける進行性の低下によって特徴づけられる。疾患経過は2カ月から30年 (中央値は3年) であった。半数以上の患者 (45/76) がNIIDの初期症状として認知機能障害を呈し、最も一般的な訴えは記憶障害であった。平均的MMSEおよびMoCAスコアは20.54±5.91点 (n=57) および 15.57 ± 6.23点 (n=56) であった。MMSEとMoCAスコアは、発症年齢と教育歴を調整しても疾患経過と逆相関した (multiple linear regression: β1 = −0.276, p1 = 0.065 for MMSE; β2 = −0.365, p2 = 0.019 for MoCA)。
発作性神経イベント優位型: 全体の32.3% (72/223) を占めた。19人の患者が発作性神経症状のみをNIIDの臨床症状として有していた。全体の再発性発作の数は3以上で、発作頻度は1年に1回以上であった。発作性症状の形態と分布は図1Bに示されており、発作性意識障害が最も一般的 (32/72) で、続いて発作性頭痛 (29/72)、脳炎様発作 (26/72)、脳卒中様発作 (20/72)、てんかん発作 (13/72) であった。このタイプの68.1%の患者が認知機能障害も有していた。
運動障害優位型: 全体の17.5% (39/223) を占め、異なる形態の運動障害によって特徴付けられる。パーキンソニズムを呈した16人の患者に加え、ETを呈した20人の患者、舞踏運動/アテトーゼ/ジストニアを呈した3人の患者が存在した。
自律神経障害優位型: 全体の8.5% (19/223) を占めた。全員が様々な形態の自律神経障害によって発症し、主に膀胱直腸障害 (13/19)、起立性低血圧/失神 (10/19)、嘔吐および消化不良 (10/19)、縮瞳 (6/19)、発汗過多 (4/19)、勃起不全 (4/6男性)、動悸 (2/19) を呈した。12人がNIIDの症状として自律神経障害のみを呈した。
神経筋疾患優位型: 全体の7.6% (17/223) を占めた。発症平均年齢は48.6 (18.6) 歳とその他の型より若かった (p<0.001)。15人の患者が遠位筋と近位筋の両方を侵す筋力低下を、2人の患者がそのどちらかのみを侵す筋力低下を呈した。遠位部の感覚障害は6人で認められた。神経生理学的検査からは、脱髄性および軸索性のポリニューロパチーが示唆された。

3-5. 異なる臨床型における画像と遺伝的特徴の比較
5つの臨床病型の画像的特徴を比較すると、発作性神経イベント優位型NIID患者の32.3% (21/65) は、限局性皮質浮腫および造影増強効果、または著明な限局性皮質萎縮を認めた。神経筋疾患優位型NIID患者の白質病変 (1.75±1.07) および脳萎縮 (1.75±1.12) の平均グレードは、他の4つのタイプよりはるかに低かった。虫部辺縁、中小脳脚、脳幹、脳梁の病変については、タイプ間に有意差はなかった。
5つのタイプの患者間でGGCリピート数に有意差はなかった。中央値は認知機能障害優位型で113 (101-126)、発作性性神経イベント優位型で114 (99-134)、運動障害優位型で120 (105-133)、自律神経障害優位型で113 (101-125)、神経筋疾患優位型で120 (99-152) であった (図3C)。

 

4. 考察
NIIDの臨床症状は非常に多様であり、先行研究ではNIIDを「認知症優位型」「筋力低下優位型」「パーキンソニズム優位型」に分類している。我々は223人のNIID患者の観察に基づき、臨床的、画像的、遺伝的特徴に関してNIIDの全体像を示した。そして、これらの患者の最も顕著な症状に従って、認知機能障害優位型、発作性神経イベント優位型、運動障害優位型、神経筋疾患優位型、自律神経障害優位型の5つのNIID型を含む臨床分類を提案した。本研究では、臨床的特徴をより正確に表現するために、分類の拡張を行った。
認知機能障害優位型はNIIDの中で最も多いタイプである。2つの先行研究では、主症状として認知症を呈し、認知症優位型NIIDに分類された患者の割合は約40% (それぞれ8/19、16/40) であった。認知機能低下が主症状であり、後期には認知症に移行するにもかかわらず、40%近くの患者は診断時に認知症の診断基準に達していないことから、認知機能障害優位型NIIDと呼んでいる。
2番目に多いタイプは、発作性性神経イベント優位型NIIDであり、患者の3分の1を占める。これまでの研究で、脳卒中様発作、脳炎様発作、意識障害てんかん発作、再発性頭痛など、さまざまな形の発作性症状を特徴とするNIID患者が報告されている。NIIDの発作性症状の頻度は50%程度にのぼる。さらに、再発性の発作性症状を呈した患者の3分の1が、側頭-頭頂葉後頭葉に限局性の皮質浮腫と拡散制限という、他のNIID患者とは大きく異なる特徴的な画像所見を有していた。これらの所見は、発作性神経イベントが顕著な患者が、NIIDの大部分を占める個別のタイプであることを示している。
PDは、動作緩慢、安静時振戦、筋強剛、歩行障害を特徴とする一般的な神経変性疾患である。パーキンソニズムを主症状とするNIID患者はいくつかの研究により報告されており、NIIDの別タイプを構成すると考えられてきた。家族性パーキンソニズムのコホートでは、パーキンソニズムに罹患した家系の3/205 (1.5%) がNOTCH2NLCのGGCリピート伸長を保有していることが同定された。姿勢性振戦を特徴とするETもまた特に早期のNIIDと関連しており、これまでの研究で、NOTCH2NLCのリピート伸長がET患者の0.9-5.6%を占めることが判明している。われわれのコホートでは、パーキンソニズムが16例 (7.2%)、ETが20例 (9.0%) にみられた。特に、運動機能亢進症が3例あり、顎関節や下肢のジストニアを伴う同様のNIID症例が報告されている。これらの異なる運動障害は、同様の機械的・構造的基盤を有し、運動障害優位のNIIDを構成している可能性がある。
最近、早期に膀胱機能障害を発症し、永久的な膀胱瘻造設を必要とするNIID患者が報告された。認知障害や運動障害を伴わず、長年にわたって汎自律神経機能障害を呈する患者もいる。われわれの研究では、顕著な自律神経症状を呈する患者が19人 (8.5%) 存在し、罹病期間の中央値は4.0年であった。したがって、このような状況を説明するには、自律神経機能障害優位型のNIIDが必要である。ある研究では、5人のMSA患者でNOTCH2NLCにおけるGGCのリピート伸長が確認され、その全員が最初に重篤な排尿機能障害 (4人が尿閉、1人が尿失禁) を呈したことが報告されている。
これまでの研究で提唱されてきた重要な臨床型は、筋力低下優位型のNIIDである。筋力低下は中枢神経系病変と神経筋疾患の両方によって引き起こされることがわかっている。本研究は、一部のNIID患者が顕著な末梢神経筋障害による筋力低下を示すことを明らかにし、それらを「神経筋疾患優位型」と分類した。最近、Charcot-Marie-Tooth (5.5%) およびOPDM (3.3-16.7%) の患者において、NOTCH2NLCのGGC拡大が一連の研究で相次いで同定されている。NIID患者における末梢運動神経障害と空胞性ミオパチーの併発も報告されている。これらの所見は、末梢神経障害とミオパチーがNIIDの注目すべきタイプであり、疾患の初期には誤診されやすいことを示唆している。我々のコホートでは、患者の7.6%が末梢神経障害および/またはミオパチーを主訴として認めた。上記の4つの病型と比較すると、この病型の患者は発症時の年齢が若く、神経画像の変化も軽い傾向がある。さらに、NIIDでは末梢神経障害やミオパチーの発生率が過小評価されている可能性がある: 末梢神経障害やミオパチーの症状を伴わないNIID患者の最大90%に筋電図異常や筋生検異常がみられたが、これはこれらの障害が軽度または不顕性であるためである。
先行研究と合致して、DWIの皮髄境界高信号と白質病変 (虫部辺縁、MCP脳梁) はNIIDの特徴的画像所見であった。本研究では、皮髄境界病変は3.4%でのみ欠損しており、台湾人 (11.8%) および日本人 (18.2%) コホートよりも低かった。NIIDは成人白質脳症の原因疾患の中で重要なものの1つである。遺伝性白質脳症の成人患者の10%を占めており、これは皮質下梗塞と白質脳症を伴う常染色体優性脳動脈症 (Cerebral Autosomal Dominant Arteriopathy with Subcortical Infarct and Leukoencephalopathy, CADASIL) より多い。成人発症非血管性白質脳症の患者群において、NIIDの割合は約20%である。
NIID患者は脳炎様発作の際に拡散制限とガドリニウム増強を示す局所性皮質浮腫を示すことが示されている。我々の研究では、脳炎様発作のみならず他の形態の発作性症状 (脳卒中様発作、発作性頭痛、発作性意識障害) を呈した患者でも同様の局所性皮質病変が認められた。発作性神経イベント優位型NIIDにおいて局所性皮質病変が認められた割合は32.3%と高く、他のタイプでは全く認められなかった。したがって、局所的皮質病変は発作性神経イベント優位型NIIDの特異的画像マーカーとして用いることができる。NIIDの発作性神経イベント中のMRI特徴と臨床特徴と画像所見のダイナミックな変化はMELAS (mitochondrial encephalomyopathy, lactic acidosis, and stroke-like episodes) の急性発作のそれらと極めて類似していることからMELASとNIID関連発作の間にはエネルギークリーゼや一過性低灌流などの共通した病態生理学的メカニズムが存在する可能性があると考えられる。
先行研究と一致して、ほとんどのNIID症例におけるNOTCH2NLC遺伝子の5′-UTRのGGCリピート数は60から200の間であり、リピート伸長の大きさに臨床型間の有意差はなかった。極端に大きなGGCリピート伸長 (> 300) を有する患者を報告した研究はほとんどない。認知機能障害、脳炎発作、筋力低下を呈した患者1例は376のリピート数を有し、OPDMを呈した患者1例は217と674の2つの長いGGC伸長を有し、筋力低下が優位なもう1例は517のリピート数を有していた。本研究では、300を超えるGGCリピート伸長を有する2人の患者を同定した (自律神経障害優位型のNIID患者1人は363、神経筋疾患優位型のNIID患者1人は525)。これまでの文献や我々の研究で報告されているように、極めて大きなGGCリピート伸長を有する患者は、神経筋疾患および自律神経障害優位のNIIDを呈する傾向があることが立証された。
本観察研究は、NIIDの臨床、画像、遺伝的特徴についての包括的知見を提供した。NIIDの突出した特徴は、5つの型に分類された。これによって、我々はNIIDの臨床分類のプロトコルを提唱した。本研究では、すべての患者は臨床的、病理学的、遺伝学的エビデンスによって診断された。また、発端者のみが含まれ、これによって臨床型の近親者による影響が避けられた。臨床および画像評価による長期間のフォローアップを行った完全な血統に基づくNOTCH2NLC変異キャリアの症候性および無症候性メンバーを対象とした研究は将来的に必要であり、これによって表現型-遺伝型相関がさらに明らかとなるだろう。

 

感想
稀な病気なのにこんだけNがいるのはほんとすごいことだし、こういう多施設研究をリーダーシップもってやる人がいる中国は別格だなー。よくよく勉強になりました。

アルツハイマー病のバイオマーカー: 早期鑑別診断と非典型バリアントの認識における役割

Biomarkers in Alzheimer’s disease: role in early and differential diagnosis and recognition of atypical variants.
Dubois, Bruno, et al.
Alzheimer's Research & Therapy 15.1 (2023): 175.

 

Common diseaseを勉強しないと...。

 

1. 背景
アルツハイマー病 (AD) は認知症の最も一般的な形態であり、全体の約2/3を占める。全世界における未診断の認知症患者の数は4100万人に上ると推定されており、臨床的に同定されているのはせいぜい25%程度であろうと考えられている。多様な病態生物学的サブタイプと臨床表現型を持つ神経変性疾患であるADは、凝集アミロイドβ (Aβ) から成るAβプラークと凝集タウ蛋白から成る神経原線維変化を含む神経病理学的変化によって定義される。これらの神経病理学的変化は、シナプス神経細胞の脱落、伝達物質の欠乏、神経炎症、反応性アストログリオーシスと関連しており、最終的には認知機能障害を前く。
ADの典型的な臨床表現型は、潜行性に発症し緩徐に進行する健忘型の認知機能障害であり、全体の約85%を占めるが、AD病理を伴う患者で非健忘型の認知機能障害をきたす少数の患者も重要である。ADの診断は病態生物学、遺伝的因子、脳脆弱性、結果的な臨床表現型 (e.g. lvPPA、PCA、CBS、frontal AD) などの異種性によって困難なことがある。AD病理は、特に加齢脳では他の神経変性疾患および血管障害と共存することが多く、このため適切なケア、サポート、個別化治療のためには適切なタイミングでの鑑別診断が必要不可欠である。
症状の発症とADの診断の間の平均時間は約2.8年であり、患者は診断時点ですでに疾患後期にまで進行してしまっている可能性もある。AD患者の認知機能障害の重症度にはスペクトラムがあり、疾患経過の異なるステージが定義されており、これには preclinical期 (AD病理のバイオマーカーは存在するが、認知機能障害は存在しないかあっても軽微である)、prodromal期 (MCI due to AD)、軽症認知症、中等症から重症の認知症が含まれる。
早期診断は、利用可能な対症療法の恩恵を最適に受けるために重要である。さらにADに対する新規の疾患修飾治療 (disease-modifying treatments, DMTs) が現在承認されており、また開発中のものもある。これらは疾患の初期段階で最も効果的であると考えられており、臨床所見も初期AD (MCI due to ADまたは初期のAD dementia) の参加者に焦点を当てている。このため、ADの早期診断はより一層重要である。たとえば、凝集Aβを標的としたモノクローナル抗体であるaducanumabが、最近米国のFDAで初期ADの治療のために承認された。さらに、ADの治療のために現在開発されているその他の複数の治療薬は、今後臨床使用が可能になるかもしれない。
ADの生体内バイオマーカーの使用は、ADの診断をより早期化し、発症前診断の可能性をも生み出した。最近のIWGの推奨によれば、臨床現場におけるADの診断は、特定のAD表現型と支持的バイオマーカー所見のある人々に対してのみ下されるべきであるとされている。このガイドラインは、バイオマーカー陽性の認知機能正常者は、AD dementiaへの進行のリスク状態であると考えられるべきだと主張した。臨床診断は臨床表現型に基づいているため、特に初期段階における鑑別診断や異なるAD表現型の鑑別に有用なバイオマーカーはますます増加してきており、またこれらは症候性ADのリスク状態の同定の助けにもなっている。このレビューでは、我々は典型的および非典型的ADの早期診断に有用な臨床表現型とバイオマーカーの使用について議論し、これらがどのように臨床的な意思決定、患者とのコミュニケーション、患者の予後改善をサポートするのかについて記載する。

 

2. ADの臨床表現型
ADのもっとも典型的な臨床表現型は健忘症候群である (約85%)。より一般的でないADの表現型には、lvPPAやPCAがある。その他の非典型的な表現型にはCBS、行動または遂行機能障害型のfrontal AD、その他のバリアント (e.g. nfvPPA、svPPA) が含まれている。報告された臨床サンプルにおける典型的および非典型的なAD臨床表現型の割合は、図1に示される通りである。

figure 1

図1. 臨床サンプルにおけるADの典型的及び非典型的臨床表現型: この臨床サンプルは認知症専門クリニックを訪問してADと診断された連続症例523人から構成されている。42人の患者がMCIであり、パイチャートには含まれんかあった。言語症状を呈した症状はほとんどがlvPPAと考えられたが、nfvPPAであった可能性も否定できない。

一般に、健忘症候群は新規獲得情報の学習と再生の障害によって特徴づけられ、意味キューを用いて評価される (e.g. 情報の効果的符号化とその想起の容易化に関する制御学習タスクを組み込んだ Free and Cuet Selectiev Reminding Test)。健忘症候群の患者は自由再生と総再生がどちらも低下する (e.g. キュー効果の低下と再認の障害) ため、情報がそもそも貯蔵されない上に想起が容易化されないことが示されている。
lvPPA患者は、単一単語想起障害、文章復唱障害、運動性発話能力障害 (音素性錯語を含む) を呈する。PCAは (視覚性注意障害またはBalint症候群を伴う) 視空間および視知覚能力の障害、失算や失読を特徴とし、視覚処理の背側および腹側経路を含む両側の後頭頭頂皮質の機能障害を反映していると考えられている。
CBS錐体外路症状としての筋強剛や、ミオクローヌス、眼球運動および四肢の失行、皮質性感覚障害、他人の手徴候によって特徴付けられる。Frontal ADは前頭葉性の行動障害や遂行機能障害が突出した進行性の臨床症候群である。Frontal ADの行動および遂行機能障害バリアントを有する患者の半分以上が、初期には行動変化よりも認知機能障害を先に呈したことが報告されており、一部には運動症状や、行動/認知/運動症状の混合を呈した例もあることが報告されている。行動症状は、アパシー、脱抑制、共感性の喪失、また一般的ではないが保続的または強迫的行動、口唇傾向、食習慣の変化などを含む。一方で遂行機能障害バリアントは、ワーキングメモリや認知的柔軟性などの中核的遂行機能の低下を主とする。nfvPPAやsvPPAといった原発性進行性失語は、AD病理と関連している可能性は低い。lvPPAのうち86%がADによるものであったが、nfvPPAは20%、svPPAは16%を占めるのみであった。ADの異なる表現型と関連する臨床症状は表1にまとめられている。

表1. ADの異なる表現型の臨床特徴

ADの臨床表現型は、α-synuclein、TDP-43、non-AD tauopathyや血管病変といった共存病理によって影響を受け、共存病理は年齢とともに増加する。共存病理の存在は臨床症状の強さや多様性をより強調する。ほとんどのnon-AD神経変性疾患に対するバイオマーカーは未だ利用可能でないことから、これらの疾患とADを分離することは、バイオマーカーに支持された表現型の同定か、死後脳調査に依存する。この状況下で、ADの非典型的および典型的表現型は正規のバイオマーカーを有する; 分子神経イメージングと体液バイオマーカーは生体内でのAD病理を確認するために用いることができる。

 

3. 典型的および非典型的AD表現型のバイオマーカープロファイル
ADバイオマーカーの大部分は、病態生理学的バイオマーカーとトポグラフィックバイオマーカーに分類することができる。両者はともにAD表現型を分類するために役立つ。ADに関連する病態生理学的バイオマーカーには、アミロイドPET、アミロイドやタウのCSF濃度、アミロイドやタウまたは他の蛋白バイオマーカーの血漿中濃度がある。トポグラフィックバイオマーカーは、AD病理の領域的特徴と関連しており、たとえばFDG-PETの低代謝領域、tau PET、構造的MRIにおける領域的/局所的萎縮などが挙げられる。
現在、個々のAD臨床表現型と関連した体液バイオマーカーは発見されていない。しかし、領域分布の違いに由来して、対応する分子/代謝/神経変性イメージングバイオマーカーが存在する (図2)。既存文献は主にAD病理のバイオマーカーに集中しており、これらを利用する主要な臨床的価値は、ADとnon-AD病理に関連した表現型を見分けることや、リン酸化タウ (pTAU) の血漿およびCSF濃度などの背景生物学の変化を測定することにある。現在、AD表現型を十分な診断精度で区別することができる単一バイオマーカーまたはバイオマーカーアルゴリズムは存在せず、臨床的評価の重要性が強調される。

図2. ADの異なる臨床表現型の期待されるバイオマーカー結果:プラークの増加のエビデンスは表現型を問わずに認められるため、血漿Aβ42/40比の低下はあらゆる臨床表現型で認められる。

 

4. PETマーカー
様々なリガンドを用いたPETイメージングは、ADの典型的および非典型的臨床表現型の背景病理を同定するために臨床的に有用であり、他の神経変性疾患との鑑別診断の補助となる。ADの臨床表現型にわたるPETイメージングの例が示されている (図3)。
figure 3

図3. ADの臨床表現型ごとのFDG-PET: A 典型的AD、B PCA、C lvPPA。Panel Aは典型的AD患者の対称性の両側頭頂側頭葉の低代謝を示す。Panel BはPCA患者の両側頭頂-側頭-後頭葉代謝低下を示す。Panel CはlvPPA患者の左優位頭頂側頭領域の代謝低下を示す。

FDG-PETは、典型的ADと非典型的ADを特徴付けるのに役立つトポグラフィックバイオマーカーであり、ADの変種にわたる臨床的障害を反映した局所代謝低下パターンを示す。AD患者は典型的には、楔前部を含む頭頂葉と内側側頭葉に両側性の代謝低下を示す。この画像診断法は、レビー小体型認知症や前頭側頭型認知症 (FTD) など、non-AD dementiaに特徴的な代謝低下のパターンも検出できるため、鑑別診断が可能である。FDG-PETはMRIよりも大きな診断情報を提供するが、それほど広く使用されていない。
アミロイドPETは主に研究現場で使用され、脳内の線維状または不溶性のAβプラークを可視化するが、他の形態のAβペプチドは可視化しない。アミロイドPETは、アミロイドプラークを同定するための最も広範に検証されたバイオマーカーであり、画像診断から剖検までの研究において高い精度が実証されている (感度92%、特異度100%)。他の画像モダリティとは異なり、PETによって可視化されるアミロイド分布は、非典型的AD患者と典型的AD患者で類似している。
神経原線維変化を可視化するタウPETは、主に研究環境で使用されている。これは、剖検で検証された唯一の神経原線維変化の直接的マーカー (感度 92-100%, 特異度52-92%) であり、体液マーカーは同様の精度を示していない。アミロイドPETと比較して、タウPETは認知機能が低下していない人の認知機能低下を予測することが示されており、これらの人では短期間 (3-5年) の進行に関連するため、臨床的意義が高い。アミロイドPETとは対照的に、タウPETはトポグラフィ法であり、沈着パターンは臨床的表現型をより反映している。タウPETのリガンド結合は、PCAでは後頭葉領域で、lvPPAでは左前頭葉領域で、健忘型AD患者では内側側頭葉領域で大きいことが示されている。タウPETのパターンは、典型的 (健忘型) ADと非典型的ADで異なっており、これらの違いは、典型的と非典型的の表現型に対応する生物学を特徴付けるのに有用であるかもしれない。
ADの診断に役立つPETバイオマーカーとして現在研究されているものには、シナプス密度を調べるsynaptic vesicle glycoprotein 2A PETや神経炎症を調べるtranslocator protein PETなどがある。注目すべきは、これらのバイオマーカーは鑑別診断ではなく、疾患の病期分類と予後予測に役割を果たすということである。さらに、これらのPETトレーサーは臨床ではほとんど使用されていない。

 

5. MRIマーカー
MRIの変化はADのトップグラフィックバイオマーカーであり、AD患者の構造的MRI灰白質の萎縮と体積減少を示し、神経変性を示す。連続的構造MRI画像は、単一構造MRIよりも分散が小さいため、疾患の進行を測定するためにしばしば使用される。構造MRIの連続測定により、従来の臨床評価よりも少ないサンプルサイズで臨床試験を実施できる可能性があるため、臨床において治療効果を評価できる可能性があることを示すデータもある。白質の損傷を評価する拡散テンソル画像MRI、脳の構造的変化に先行すると考えられている脳の機能的結合の変化を評価する安静時機能的MRI、血管活動を評価し脳アミロイド血管症を同定するT2強調または帯磁率強調MRIなどのMRI測定法がある。しかし、これらの検査法は、現在、臨床試験の大部分や日常臨床では使用されていないが、抗アミロイド薬の使用に伴い、アミロイド関連画像異常 (ARIA) を管理するためにますます重要になる可能性がある。
構造的MRIでは、典型的ADの萎縮は内側側頭葉から始まり、外側側頭葉と頭頂葉を侵すように進行するが、非典型的ADでは、萎縮は通常、臨床症状に対応する領域で最も顕著であり、初期段階では海馬は温存されることが多い。MRIにおける変化は、FDG-PETでみられるものと一致するが、通常、疾患進行の後期に現れる。健忘症候群患者のFree and Cued Selective Reminding Testの記憶スコアは、AD患者の構造的MRIで評価した海馬容積と相関することが示されている。

 

6. CSFバイオマーカー
CSFバイオマーカーはAβとタウペプチドを検出するために用いられ、ほとんどの患者ではこれらのバイオマーカーは神経イメージングバイオマーカーで変化が現れるよりも前に検出される。CSF tau神経細胞死を示し、このためnon-AD dementiaや非典型表現型でも上昇する。pTauの上昇は、典型的および非典型的表現型の両方でAD病理により特異的である。CSFバイオマーカーは、Aβ (1–42) (Aβ42)、Aβ (1–40) (Aβ40)、pTau 181 (pTau181)、pTau 217 (pTau217)、and total tau (tTau) を含む。これらのマーカーは、pre-symptomaticおよびprodromal期からAD関連生物学的変化を正確に同定することが示されており、一部の研究では認知機能低下を予測する可能性が示されている。
CSF Aβ42濃度とAβ42/40比の低下はAβプラーク沈着の程度と逆相関し、tTauとpTauはそれぞれ神経変性の強度と神経原線維変化の強度と相関する。CSF Aβ42/40比の低下は典型的にはAD病理を示しており、これは非典型的臨床特徴のある患者や他のCSF所見が非典型であっても当てはまる。「FTD表現型」に関しては、行動および意味型のfrontal ADの両方の同定と、これらの患者とFTDとの鑑別に、pTau181/Aβ42比が有用であることが報告されている。CSF pTau 231 (pTau231) は、臨床的表現型によらない初期ADの診断に有用性が示され、また潜在性のAD病理の検出にも有用である。
一部のクリニックでは、ニューロフィラメント軽鎖 (NfL) がtTauに代わる高感度の神経変性体液バイオマーカーであることを報告している。AD診断の補助となる他の調査中のCSFバイオマーカーには、chitinase 3-like 1 (YKL-40)、glial fibrillary acidic protein (GFAP)、neurogranin、他のシナプスバイオマーカーがある。特に、これらのバイオマーカーは鑑別診断ではなく病期分類や予後予測に重要な可能性がある。

 

7. 血液バイオマーカー (Blood-based biomarkers, BBBMs)
BBBMは、ADに関連する病理を同定するための重要なツールとして台頭してきている。血液中のAβペプチドとpTauの濃度は、CSF中の対応する濃度やPET陽性との関連を示している。血漿中のAβ42/40比を測定するアッセイは、米国で市販されており、ADの全段階におけるAβ陽性を判定する可能性を示している。このようなアッセイはさらなる検証が必要であり、特に、頑健性に潜在的な問題があるため、血漿Aβ42/40比が臨床診断にタイムリーな支援を提供するのに十分なスケーラビリティを持つかどうかを理解する必要がある。血漿pTau181、pTau217、pTau231は、進行するタウ関連AD病理の検出に有望であることが示されている。さらに、血中GFAPは、MCI患者におけるAD dementiaへの認知機能低下を予測し、FTDとADを鑑別する可能性を示している。
ある研究では、NfLがコントロールと比較して原発性進行性失語症患者の血漿中で増加し、nfPPA/svPPAとlvPPAを感度81%、特異度67%で識別することが示されている。将来的には、BBBMはADの発見において有用なトリアージツールとなり、適切な患者がタイムリーに神経認知評価と確認的バイオマーカー検査を受けられるようになるだろう。バイオマーカープロファイルは臨床評価に完全に取って代わることはできない。したがって、BBBMは、臨床的意思決定を支援するために病歴や画像診断と併せて用いられるツールとなる可能性が高い。
アポリポ蛋白E (APOE) は血液ベースの遺伝子バイオマーカーであり、APOEε4遺伝子型はADの危険因子である。症候性ADへの進行リスクを増加させる要因のひとつは、APOE ε4遺伝子保有の有無であり、APOE ε4ホモ接合体は臨床的AD発症リスクが非常に高い。従って、ADと一致する症状を有する人にAPOE ε4が存在することは、アミロイド病理の可能性が高いことを裏付けている。(non-APOE遺伝子の寄与を決定するために) APOE領域を除外した多遺伝子リスクスコアとAPOEステータスを併用することは、認知症リスクの高い個人を同定するための最良の戦略を提供するかもしれない。臨床的表現型に関しては、典型的な健忘型表現型はAPOE ε4対立遺伝子によって促進されるが、非典型的な非健忘型表現型はAPOE ε4対立遺伝子がない場合にしばしば起こる。

 

8. バイオマーカーはAD診断の臨床評価に関する補完的役割を持つべきである
伝統的に、ADの診断は臨床基準のみに基づいて行われていた。しかしAD診断の現行のガイドラインは、バイオマーカーの存在も考慮している。バイオマーカーを用いた神経病理学的なAD診断のためには、NIA-AAの"ATN"研究フレームワークを用いることができる。このフレームワークは、臨床表現型や認知症状の有無にかかわらず、アミロイド異常 ('A')、タウ蛋白変化 ('T')、神経変性のエビデンス ('N') に基づいてADを定義することを提唱した。ATN研究フレームワークガイドラインは、神経病理学者は脳内AD病理の存在を確認できるが、ADとして認識されている臨床病理学的症候群を診断することはできないと結論付けた。
NIA-AAの"ATN"研究フレームワークの利用は、研究目的である。このため、臨床現場でこのフレームワークを用いることに関する議論は存在する。バイオマーカー単独ではADの診断をつけるにあたって十分ではなく、これは臨床診断をサポートして確認するための臨床評価の補助として用いられるべきである。タウPETは認知的に正常な個人における認知機能低下を予測することが示されているが、アミロイド陽性でも生涯にわたって臨床症状を呈さない個人もいることから、認知的に正常な個人においてバイオマーカーのみに基づいてADと診断することは一般的にそこまで高い診断的精度を持たない。アミロイド陽性の認知的に正常な個人における生涯にわたる認知症のリスクの現時点での推定は、44-74%とされている。タウPETとCSFによるタウの測定は、生物学的にも臨床的進行の観点からも、直接比較できるものではないことに注意することが重要である。上述したように、一般的にタウの変化の存在は、より急速な進行の指標である。さらに、臨床評価なし、あるいは臨床症状なしには、バイオマーカーに基づくAD診断だけでは、カウンセリングを受けていない患者にとって有害である可能性がある。患者は、バイオマーカーが陽性であればADリスク状態であることを認識すべきであり、AD症状が生涯に発現しない可能性があることを認識すべきである。臨床的にADと診断された患者は、バイオマーカー陽性を示さないことがある。臨床的にADと診断された患者の最大35%がアミロイドPET陰性であり、ADの表現型が必ずしも脳内のAD病理を示すものではないことを示している。
バイオマーカーのみによるAD診断のもう一つの大きな限界は、バイオマーカー陽性の患者の間で疾患進行のばらつきが大きいことである。進行のリスクはいくつかの因子に依存し、脳の抵抗性 (i.e. かなりのADリスク因子があるにもかかわらず病理が認められないか低いレベルであること)、回復力 (i.e. AD病理が高いレベルであるにもかかわらず認知機能が正常であること)、予備能 (i.e. 生理的な病前能力) などの複数のメカニズムに関連する可能性がある。生涯を通じて認知機能が正常であり、アミロイドーシスなどのAD病理が剖検時または生体画像でのみ認められる人はかなりの割合で存在する (約30%)。
多くの認知症は混合病理を有しており、AD以外の病理学的変化に対するバイオマーカーがほとんど利用できないことから、AD以外の認知症を同定することは困難である。鑑別診断は、表現型または死後検査に大きく依存する。専門家の間でも、ADの臨床的判定に対する診断精度は約75-80%である。しかし、CSFバイオマーカー (Aβ42、pTau181、tTau) だけで、non-AD dementiaとADを82.7%の診断精度で鑑別することができ、これは神経画像診断を含む徹底的な臨床検査に基づく81.6%の臨床診断精度に匹敵する。さらに、アミロイドPETとタウPETは、ADと前頭側頭葉変性症を鑑別する能力を実証している。アミロイドPETとタウPETは、ADでは陽性、AD以外の疾患では陰性である。ADの異なる表現型の鑑別診断の可能性を表2にまとめた。

表2. ADの異なる表現型の鑑別診断の可能性

"ATN"研究フレームワークがADの診断で考慮されるバイオマーカーのレパートリーのごく一部しかカバーできていないことを覚えておかなければならない。フレームワークに含めることが考慮される他のバイオマーカーには、NfL (神経変性)、β-synuclein (シナプス変性)、GFAP (アストログリオーシス)、炎症バイオマーカーがある。

 

9. 臨床的意思決定をサポートするバイオマーカー
ADのバイオマーカーは、臨床的な意思決定において確認的な役割を果たすが、これは抗Aβ DMTの進歩に伴い特に重要となっている (図4)。これらのDMTは、認知機能変化の発症を遅らせたり、進行を遅らせたりすることを目的としているため、疾患経過の早期介入が望まれる。ADの基礎となる病態を同定することにより、バイオマーカーは早期診断に役立ち、場合によっては臨床症状が現れる前にADリスクのある患者を特定できる可能性がある。臨床で確立されているADバイオマーカーには、MRI、FDG-PET、タウPET、CSFアミロイドとタウ、血液バイオマーカーがあり、これらは承認されつつある。

figure 4

図4. 臨床現場におけるADバイオマーカーの役割

臨床現場におけるバイオマーカーの利用は、AD患者やリスク状態にある個人に対する創薬の助けになるだろう。たとえば、APOE ε4ホモ接合体はpreclinical ADの研究や臨床試験におけるハイリスク集団に該当する。APOE ε4ステータスがADの臨床診断の重要な役割を持つようになるとは考えにくいが、APOE ε4評価は、キャリアにおけるARIAの発生率が高いことから、抗Aβ DMTが利用可能になるにつれ重要になるだろう。アミロイドPETは、ADの診断の補助となるアミロイドプラーク負荷の定量的測定法であるため、研究や臨床試験における患者の効率的かつ客観的な分類に有用である。しかし、この手法はコストや利用可能性の点で未だ臨床現場では有用性が低いかもしれない。血漿pTau181は、最近の研究で認知機能障害のない個人から症候性ADへの移行を正確に予測することが実証されたことから、臨床試験において価値があるかもしれない。血漿pTau217は、疾患モニタリングや臨床試験における参加者選択に有用かもしれない。さらに、FDG-PETはMCI患者におけるADの進行を予測することができる幅広く利用可能なツールであるかもしれず、また疾患進行のない時間を推定するために用いることができるかもしれない。
バイオマーカーは、生体内における健忘型ADと非健忘型ADの両方の表現型の検出を容易にする。非典型的なAD臨床症候群を呈する患者は、典型的なAD患者よりも診断が遅れることが多い。ある研究では、若年発症のAD患者において、典型的な患者 (4%) と比較して、非典型的な患者 (53%) では誤診が一般的であったことが示されている。ADバイオマーカーが利用可能になり、診断アルゴリズムに非典型的ADの表現型が組み込まれることで、これらの患者を疾患経過の早い段階でより確実に同定・診断することができるようになり、その結果、患者に合わせた情報提供、適切なケアとサポート、個別の治療計画の構築が可能になる。患者やその家族に予後を知らせることには価値があり、患者は診断に適応する方法を学び、入手可能な情報に基づいて選択や計画を立てることができるからである。これらの進歩により、非典型的表現型の患者を除外することが多いDMTの臨床試験へのアクセスが改善されるであろう。

 

10. 結論
ADの非典型的な病像はしばしば他の認知症サブタイプを模倣し、ADバイオマーカーを用いることで鑑別診断が容易になる。ADバイオマーカー単独では、ADの診断やAD認知症への進展の予測に十分ではない。バイオマーカーは、ADの診断に役立つ臨床評価を補完するものであるべきである。患者は、ADの多様な性質と進行、および無症状の人のバイオマーカー陽性結果が生涯のうちにAD症状が出現することを予測できない可能性を理解すべきである。ADバイオマーカーの使用と、診断基準におけるADの非典型的表現型の認識の向上により、誤診され不適切な治療を受けていたであろう非典型的臨床像を呈する患者の早期診断が可能になる。早期診断は、適切な情報提供、適切なケアとサポート、個別化された治療を行うために不可欠である。DMTがADの基礎病理に影響を与えることが期待されているため、患者のAD表現型を特徴づけることは、治療アプローチや介入効果の評価を導く上で重要な要素となる。

 

感想
広く浅くって感じの総説だな...。もうちょっと狭く深い総説を探してみよう。

後期発症重症筋無力症 - CTLA4low遺伝子型との関連と、年齢不相応な胸腺ナイーブT細胞低出力

Late-onset myasthenia gravis – CTLA4low genotype association and low-for-age thymic output of naïve T cells.
Chuang, Wen-Yu, et al.
Journal of autoimmunity 52 (2014): 122-129.

 

ブログでガッツリ基礎の文献載せるのはじめてかもしれん。

 

1. 一般的背景
重症筋無力症 (MG) の易疲労性筋力低下は、筋終板におけるAChRの喪失によって生じる。これは、80%の患者ではAChRに対する自己抗体そのものによって生じるが、他のMGサブグループでは標的は異なる。抗AChR抗体陽性患者は10%ほどが胸腺腫を有し (thymoma-associated MG, TAMG)、他に早期発症および後期発症 (EOMGおよびLOMG) という分類も存在する。胸腺腫やEOMG患者の80%以上でみられる胸腺リンパ濾胞過形成 (lymphofollicular hyperplasia, LFH) のどちらにも明らかな病因的手掛かりが認められる (これらのMGは胸腺切除によって改善する) が、LOMGについては未だ手がかりが少ないのが現状である。興味深いことに、LOMGでは、TAMGと一部の免疫学的特徴が類似している。それ以外に、LOMGの胸腺は小さい病理学的変化を示すこともあるが、ほとんどの場合は年齢相応の退縮像を示すのみである。

 

2. 方法
2.1. 患者とコントロール
CTLA4 +49A/G 一塩基多型 (SNP) に関して検査を行われた116人のドイツ人白人LOMG患者が、以下の基準を用いて我々のデータベースからランダムに選択された: 40歳以上に発症した全身型MG、AChR自己抗体陽性、放射線画像 (57人) または胸腺切除術 (59人) で胸腺腫が除外された。薬物治療単独とするか外科的胸腺切除も行うかの選択は、患者および主治医によって明らかなバイアスなく行われたものである。発症は1986-2005年の期間であり、血清は41人で利用可能であった。172人の健常コントロールで行われたCTLA4 +49のジェノタイピングの結果が、比較のために用いられた。36人の未治療白人LOMG患者から成る別コホート (表2) が、T細胞受容体遺伝子再構成断片 (T-cell receptor excision circles, TRECs) に関して検査された。彼らは50歳以上に発症した全身型MGで、2009年から2013年の間にリクルートされた患者であった。胸腺腫は放射線画像によって除外された。77人のコントロール血液サンプル (表2) が、血液バンクから取得された。

2.2. CTLA4 SNP ジェノタイピング
ゲノムDNAは血液サンプルまたは凍結胸腺組織から取得され、CTLA4 +49A/G遺伝子型に関して検査された。

2.3. 切除胸腺の組織学的評価
形態学的評価のために、HE染色されたパラフィン切片が1cmごとに作成された。LFHは、1つ以上の切片で1つ以上の胚中心を伴うリンパ濾胞が存在する際に定義された。

2.4. TREC解析
末梢血中単核球のTRECsの解析は、Buckleyら (2001) のプロトコルに従って行った。末梢血中単核球 (PBMC) は20 mLのEDTA血液から採取し、DNAを精製した。以下のプライマーを用いて、StepOne Real-Time PCR SystemsでDNAを増幅した: 蛍光プローブとして5'-FAM-acacctctggtttttgtaaaggtgcccact-TAMRA-3'、フォワードプライマーとして5'-cacatccctttcaaccatgct-3'、リバースプライマーとして5' -gccagctgcagggtttagg-3'。TRECの10^6細胞ごとの数を決定するため、Maxima Probe/ROX qPCR Master Minxを用いた。総細胞数が少なかったため、CD4+およびCD8+サブセットの単離は行わなかった。

2.5. 血清アッセイ
抗AChR抗体は商用の放射免疫アッセイを用いて測定し、> 0.40 nMが陽性とみなされた。Titinの主要免疫領域 (main immunogenic region, MIR) に対する自己抗体の力価は、酵素結合免疫吸着アッセイで測定した。標準的「キャリブレータ」のコントロールに対して1.6倍以上の力価の場合、陽性と判定された。

 

3. 後期発症MGに関するアップデート
3.1. 定義、年齢閾値、臨床特徴
まず我々は、AChR抗体陽性/MuSK抗体陰性/LRP4抗体陰性で胸腺腫のない全身型MGを有するLOMG患者について注目する。LOMGとEOMGの発症年齢カットオフには議論が残っており、臨床的、組織学的、免疫遺伝学的データに基づき、40歳、45歳、50歳、さらには60歳というカットオフを用いる文献もある。いずれにせよ、40歳から60歳の間にグレーゾーンが存在するのが確かで、この中には 'delayed EOMG' とすべきものや 'precocious LOMG' とすべきものが重なって存在する。EOMGやTAMGと比較して、LOMGではMGの重症度は軽度の傾向がある一方で、病型は純粋眼筋型から重度の全身型MGに至るまでスペクトラム全体に広がっている。また、球症状はRyRに対する自己抗体の存在と相関する。

3.2. LOMGの疫学と頻度の増加
50歳または60歳のカットオフを用いると、LOMG患者は全体の50%および25%を占める。我々の116人の白人ドイツ人コホートでは、50歳以下発症の患者では有意に女性が多かった (61.3% vs 34.1%; p=0.0086)。また、この傾向は発症年齢60歳以下の患者を対象としても同様であった (48.9% vs 36.2%; p=0.017)。これは図1Cのピンクおよび青色のバーで強調されている。対照的に、60歳を超えるLOMGでは、男性に多い傾向が見え始める (表2および3)。

図1. A) LOMG患者と健常コントロール血液ドナーのCTLA4 +49A/Gジェノタイプの分布。黒いカラムは+49G(+)ジェノタイプを、白いカラムは+49A/Aを意味している (* p<0.005)。B) CTLA4low +49G(+)ジェノタイプの頻度を健常コントロールとLOMG患者で比較したときのp値とオッズ比 (ORs) を発症年齢ごとに比較したもの。C) 胸腺切除を受けたLOMG患者における胸腺LFHの頻度。カラムの中の数字は症例数を表していて、ピンクと青は女性および男性患者を表している。

全員ではないがほとんどの疫学者は、LOMGの発症率は高齢化の影響を調整してもここ20-30年間で増加しているというSomnierによるオリジナルの観察を確認している。この背景には、LOMGの診断精度の向上かつ/または環境変化がありうると考えられている。

3.3. LOMGの胸腺、新規T細胞の出力と胸腺切除の影響
リンパ濾胞は、LOMG胸腺では ('delayed EOMG' の女性は別として) 年齢が一致したコントロールと同程度にまれであり、抗titin自己抗体を有する患者ではみられない。しかし、AChR+胸腺筋様細胞は、EOMGではLFHに関係するが、LOMGの胸腺ではまばらで、60-70歳ではほとんど見られないこともある。これらの筋様細胞は通常、ネイティブAChRを含む寛容原性筋自己抗原の供給源であるが、ほとんどのMG(+)胸腺腫には存在しない。腫瘍性上皮細胞におけるAIRE発現も同様であり、その正常な対応細胞は寛容原性末梢組織自己抗原のもう一つの重要な供給源である。この場合も、LOMG胸腺ではその数が減少するが、年齢をマッチさせたコントロールとの明確な差はない。さらに、胸腺切除術が有益なのは 'delayed EOMG' の若年患者だけであり、TAMG患者のように術後にMGが悪化する可能性さえある横紋筋抗体を持つ患者 (典型的には60歳以上) には効果がないようである。
胸腺のリンパ上皮組織は、加齢に伴い徐々に脂肪に置き換わっていくが、残存実質は、高齢者であっても一部のT細胞を排出し続けている可能性がある 。LOMGとTAMGの間に多くの免疫学的類似点があることから、LOMGにおける加齢に伴う胸腺の異常は、胸腺腫の挙動を模倣している可能性があると提唱された。しかしながら、LOMGと診断された時点でも、TAMG、特にMG(+)胸腺腫の患者でみられた、ナイーブT細胞 (TRECを保持) の輸出が大幅に増加した形跡はみられなかった。とはいえ、萎縮したLOMG胸腺 (筋様細胞やAIRE+上皮細胞は稀か存在しない) において、寛容誘導を逃れた少数の非常に強力なAChRかつ/またはtitin反応性T細胞の輸出を除外することはできなかった。このようなT細胞は、胸腺腫摘出後何年も経ってからMGを発症するTAMG患者に時折見られるように、最終的には末梢で病原性自己抗体反応を引き起こすかもしれない。一旦このような反応が始まると、LOMGでも同様に、例えば筋灌流リンパ節における刺激性AChR/自己抗体複合体によって、このような反応が持続する可能性がある。そこで我々は、LOMGにおける若年胸腺エミグラント (recent thymic emigrant) について、より系統的な研究を行った。

3.3.1. LOMGにおける若年胸腺エミグラント
36人の未治療LOMG患者と77人の健常年齢マッチ血液ドナーコントロールにおいて、我々はTREC/10^6 cellsと年齢の間に負の相関を認めた (LOMG: p=0.0019、コントロール: p=0.000042) (図2AおよびB)。LOMG患者ではTRECの増加は明らかでなかったが、コントロールでは60-69歳で予想外の増加がみられたTRECはLOMG患者でコントロールと比較して有意に低かった (p=0.0058) (図2C)。さらに、この差は年齢の増加とともに (54歳以降) 大きくなり、症例数自体が少なくなるまでこの傾向が認められた (>63歳でP値が最小) (図2D)。男性では女性よりTRECが低くなる傾向があった (p=0.083) が、コントロールでは性差は認められなかった。

図2. A) 異なる年齢群のLOMG患者におけるTREC。B) 異なる年齢群の健常コントロールにおけるTREC。C) LOMG患者と健常コントロールの間のTRECの比較。D) 異なる年齢範囲におけるLOMG患者と健常コントロールのTRECを比較したp値。E, F) LOMG患者および健常コントロールの女性と男性の間のTRECの比較。

3.4. 自己抗原、自己抗体、T細胞異常
LOMGの免疫学的特徴は、TAMGと顕著な類似性を示す: i) 約70%の患者で横紋筋抗原titinに対する自己抗体が認められ、特にこれは60歳以上、HLA-DR7陽性の患者で多い (RyR抗体も同様)、ii) IFN-α (40%) かつ/またはIL-12 (30%) に対する中和自己抗体が認められ、これはLOMGとTAMGにほとんど特異的である、iii) >50%が特定のTCR Vbを発現した血中T細胞サブセット (CD8+/CD45RA+およびCD4+ T細胞の両方) の拡張を持つ。これらはTAMG患者でも認められ、年齢マッチコントロールよりも高頻度である。

3.4.1. LOMG患者コホートにおける抗titin抗体
抗titin抗体は41人の患者の中で44%に認められ、これは発症年齢が60歳より前であるか後であるかに依存しなかった (7/16または11/25)。これはLOMG女性では13人中3人 (23%)、男性では28人中15人 (54%) に認められており (p=0.067)、前者がEOMGに、後者がTAMGに類似していることをサポートしている。41人中16人が胸腺切除を受けており、うち14人が発症年齢が60歳未満であった。LFHを認めた9人の中で抗titin抗体を有していたのは2人 (22.2%) のみであったが、LFHのない5人では5人全員が抗titin抗体を有していた (p=0.026)。

3.5. LOMGの免疫遺伝学
遺伝的背景は、LOMGとTAMGの間にさらにいくつかの類似性を示している: たとえば、機能的に類似したIL-10多型; EOMGに強く罹患しやすいPTPN22*R620W変異との一貫した関連の欠如。一方、フランスやドイツのTAMGコホートで報告された弱いHLAとの関連は、これまでのところLOMG患者では明らかではない。逆に、LOMGにおけるHLA-class II対立遺伝子 (e.g. フランスのコホートにおけるHLA-DR7、HLA-DR2、またはイギリスやノルウェーコホートにおけるHLA-DRB1*15:01など) との関連は、数が少ないためか、TAMGではまだ観察されていない。
最後に、自己免疫疾患感受性遺伝子であるCTLA4の高発現型+49A/A遺伝子型の傾向があり、これは他の自己免疫疾患とは対照的である。この明らかなパラドックスを説明するために、我々は以下のことを示唆した: a) 通常、末梢で活性化されたT細胞によって発現されるCTLA4は、自身のCD28と樹状細胞上のCD80との共刺激相互作用を阻害することによって、T細胞のさらなる活性化を抑制する; b) 同様の共刺激相互作用は、正常な胸腺髄質における生理的な負の選択に必要である; c) 珍しいことに、この相互作用はMG+胸腺腫では障害されており、ここではCTLA4が高発現することで負の選択が損なわれると予測されている。CTLA4発現レベルは、エクソン1の+49A/Gを含むCTLA4遺伝子のいくつかの機能的一塩基多型 (SNP) と相関している。; d) 表面CTLA4発現が低い遺伝子型は、多くの自己免疫疾患と関連しているが、これは末梢のT細胞の共刺激におけるCTLA4による干渉が減少しているためと考えられている。もしCTLA4高発現がMG+胸腺腫患者における関連を説明できるのであれば 、LOMGにおいても同じことができるのだろうか?

3.5.1. 我々の116人のドイツ人白人LOMGコホートにおける遺伝子型、発症年齢、胸腺組織
我々は、高発現型+49 CTLA4ジェノタイプの増加を予測して検査を行った。しかし、TAMGとは対照的に、我々はCTLA4high +49A/Aホモ接合体の有意な減少を観察した (p=0.047, 表3)。この減少は、胸腺LFHのない患者に限定されており、かつ40-60歳発症よりも60歳以上発症のLOMG患者で有意に多かった (p=0.0029) (表3, 図1A)。これと合致して、CTLA4low +49G(+)ジェノタイプの有病率 (i.e. +49A/Gまたは+49G/G) は発症年齢とともに漸減し (図1A)、オッズ比やP値にもこれと合致した傾向が見られた (図1B)。さらに、59人の胸腺切除後患者では、CTLA4low+49G(+)遺伝子型は、過形成胸腺よりも退縮胸腺で有意に多く認められた (表3)。発症が60歳未満の43人の胸腺切除例でも、CTLA4low+49G(+)遺伝子型は、LFHのある患者 (28人中12人) よりもLFHのない患者 (15人中12人) で有意に多かった (p=0.019)。

3.5.2. CTLA4遺伝子型と性別
年齢をマッチさせた男女の患者では、CTLA4遺伝子型の分布や胸腺LFHに有意差は認められなかった。しかし、女性のほとんどはLFHを示し (図1C)、特に60歳以前に発症した女性では、+49A/A遺伝子型の有病率はコントロールと同様であった。60歳以降では、予想されたように、男女とも、特に男性において、LFHよりもむしろ退縮を示す胸腺が多かった (図1C)。
EOMGでは、主に思春期と閉経の間に発症すること、3:1の女性偏り、女性で強いHLA関連は全てホルモンの影響を示唆している。逆に、我々が以前LOMGで指摘したHLAB7/DR2の偏りは、男性に限られていた。

 

4. 総合考察と結論
我々は、LOMGにおけるCTLA4低発現型+49G(+)遺伝子型との新たな関連と、LOMG胸腺からのナイーブT細胞の輸出の減少を報告した。この2つの所見は、TAMGにおける所見とは全く対照的であり、これらのグループは他のいくつかの免疫学的特徴を共有しているため、予想外であった。今回LOMGで観察されたCTLA4との関連は、60歳以降に発症し、男性に偏り、抗titin抗体、胸腺の退縮を示す患者で最も顕著であった。これらの特徴は明らかに、40-60歳で発症する患者の大部分とは異なる「真のLOMG」サブグループを示唆している。この "オーバーラップゾーン "の患者のほとんどは、よりEOMGに類似した病像の "遅発型 "であり、"60歳以上グループ"で報告されているHLA-DR7や-DR2/-DR15の代わりに、女性、LFH、HLA-DR3、-B8の割合が高いようである 。

4.1. 中枢および末梢寛容誘導におけるCTLA4変異
これらの知見を総合すると、CTLA4が中枢 (胸腺) で重要な役割を担っており、正常な胸腺での負の選択に関与しているという我々の考え方が支持される。我々は、CTLA4低発現バリアントによって、潜在的に自己反応性のあるTREC+胸腺エミグラントの数が減少する結果、この役割が強化されるという仮説を立てた (セクション3.5)。他のいくつかの自己免疫疾患におけるCTLA4lowアレルとの同様の関連は、末梢免疫系におけるT細胞の自己活性化の強さを反映していると考えられている。現在、LOMGでは胸腺造血が残存している証拠はほとんど認められないことから (図2)、我々の結果は、「真のLOMG」においても末梢での自己反応性T細胞の過剰活性化が同様に関与していることを示唆している。興味深いことに、T細胞レパトアの多様性はTRECと正の相関がある。したがって、我々が現在LOMG患者で証明している胸腺出力の低下は、末梢T細胞レパトアにおけるオリゴクローナルT細胞の高頻度の拡大を説明するのに役立つかもしれない。

4.2. 胸腺輸出と自己免疫 (EOMGを含む)
血中TRECの減少はLOMGに特異的なものではなく、他の自己免疫疾患、特に成人の関節リウマチ (RA)、全身性エリテマトーデス (SLE)、多発性硬化症 (MS) でも観察されている。その理由は不明であるが、CTLA4とは無関係のようである。ある研究では、RA、SLE、MSのある集団 (特にアジア人) においてCTLA4低発現遺伝子型の有病率の増加が認められたが、他の研究では認められなかったことから、別のメカニズムが示唆されている。注目すべきは、EOMGにおけるナイーブT細胞の胸腺産生が変化しているかどうか、そしてそれが病態に関連しているかどうかが不明なことである。この疑問に取り組んだ研究が1つあり、胸腺摘出の有無にかかわらず、EOMG患者の血液中のTREC数が減少していることを報告している。しかし、今回調査したLOMG患者 (表2) 以外のEOMG患者の一部は、TRECを測定する前にステロイドによる治療を受けており、彼らのさらなるデータは、胸腺造血に対するステロイドの阻害作用がTRECの減少に寄与していることを強く示唆している。免疫抑制治療に加え、他の交絡因子を考慮する必要がある。抗原、サイトカイン、または恒常性に駆動される増殖は、TRECの早期希釈を引き起こす可能性があるが、ナイーブT細胞のターンオーバーが低下すれば、TRECはより長く持続する可能性がある。したがって、i) 同一人物や異なる民族集団におけるTREC数とCTLA4遺伝子型の相関、ii) テロメア長やナイーブT細胞増殖の測定などによる交絡因子のコントロール、についてさらなる研究が必要である。

4.3. 結論
上記のような限界はあるものの、我々の今回の結果からは、LOMGにおけるCTLAlow変異型が中枢性/胸腺ではなく末梢性寛容の誘導の障害を介して免疫遺伝学的素因となりうることを示唆している。これは、我々がTAMGで提唱したものとは全く正反対のものである。それでは、LOMGとTAMGの間の血清学的類似性はどのように説明できるのだろうか?仮説では、こうした患者では顕微鏡的胸腺腫が存在する可能性が挙げられているが、こうしたものに関するエビデンスは存在しない。しかしながら、我々はLOMGの萎縮胸腺が病因的役割を果たしている可能性を完全に除外することはできない。実際、我々は先行研究において、胸腺腫とLOMG胸腺の両方で (EOMG胸腺とは対照的に) 寛容原性筋様細胞とAIRE+上皮細胞がほとんど存在しないことを示しており、これはその他の種類のMGやその他の自己免疫性疾患ではほとんど観察されないtitin、RyR、IL-12に対する自己抗体の存在をよく説明できる。実際、LOMGにおけるCTLA4とTRECに関する我々の新たな観察も、LOMGとEOMGの違いを拡張している。EOMG、LOMG、TAMGの間の比較は、表4にまとめられている。要約すると、我々は、TAMGの既知の特徴と現在証明されているこれらのグループ間の相違点とを調和させるために、LOMGの病態に関する修正された「二面モデル」を提案する。具体的には、LOMG胸腺とMG(+)胸腺腫の両方において、筋様細胞とAIRE発現上皮細胞が少ないため、AChR、titinかつ/またはサイトカインに対する発達中のT細胞の自己抗原特異性が偏るという仮説を立てた。TAMGでは、CTLA4高発現遺伝子型は、胸腺腫における無秩序な胸腺細胞選択の間、中枢寛容誘導を障害する。一方、LOMGのCTLA4低発現バリアントは、これらの自己抗原が低発現している萎縮胸腺から脱出したAChR、titin、サイトカイン特異的T細胞の活性化を促進し、末梢寛容誘導を低下させる。

 

感想
うおーなんか難しかったー。
LOMGでCTLAlow遺伝子型の有病率が高いことから、LOMGの発症には末梢性免疫寛容の障害の寄与が強いということはよくわかったけども、コントロールと比較してTRECが有意に低いことの理由がはっきり説明されていなかった。どう解釈すればいいんだろう?CTLA4lowは中枢性免疫寛容をむしろ増大させる (=輸出を減らす) と思われるので、単純にCTLA4lowの結果を見ているだけなのではないか、という説はあると思うんだよな。だとするとprimaryなのはCTLA4lowであって、もともと末梢性免疫寛容が弱い個人が、加齢に伴う胸腺の性質の変化による中枢性免疫寛容の低下 (特に筋抗原に対する反応の寛容) に伴って、自己反応性T細胞の輸出・末梢での活性化を許してしまうということなのかもしれない。

重症筋無力症の臨床特徴、発症機序、治療

Clinical features, pathogenesis, and treatment of myasthenia gravis: a supplement to the Guidelines of the German Neurological Society.
Melzer, Nico, et al.
Journal of neurology 263 (2016): 1473-1494.

 

1. 背景
重症筋無力症 (MG) は、自己免疫性の抗体介在性神経筋シナプス伝達障害である。これは、(a) 神経筋接合部 (NMJ) における自己抗体蓄積が検出されていること、(b) MG患者の自己抗体を齧歯類に注入するとMG症状を引き起こすこと、(c) 動物に自己抗原を能動免疫すると疾患を引き起こすこと、(d) 抗体除去療法がMG症状の重症度を軽減すること、によって支持されている。
MGの発症率は1,000,000人に0.25から2.0人である。効果的な治療戦略と正常な寿命に起因して、MGの有病率はこの数年で72:1,000,000 (range: 15-179) にまで増加した。10%の患者は小児または思春期である。MGには家族性リスクがある。患者のきょうだいや1親等親族はMGの発症リスクが4.5%であり、この疾患の遺伝的素因を反映している。
MGの臨床的特徴は、眼筋群、球および (近位) 四肢骨格筋群に影響を及ぼす、変動性の疲労性および筋力低下である。実用的な臨床分類では、純粋な眼筋型筋無力症と、軽症、中等症および重症の全身型筋無力症が区別される。眼筋型筋無力症は、眼瞼挙筋を含む外眼筋にのみ発現し、眼瞼下垂および複視を呈する。眼瞼下垂と複視は1日のうちで一過性、変動性、または進行性である。10-20%の患者だけが、持続的に外眼筋に限局した易疲労性と筋力低下を呈する。患者の大部分は、発症後24ヵ月以内に全身性の易疲労性と筋力低下に移行する。全身型筋無力症は、その重症度とは無関係に、外眼筋以外の筋群の臨床症状として定義される。
疲労性と筋力低下の変動性は、3Hzの周波数で副神経または顔面神経を反復的に最大上刺激した際に、最初の刺激と比較して5回目 (4回目の施設もある) のCMAPの振幅および/または曲線下面積が減衰していることによって示される。周波数30Hzの神経刺激や、等尺性筋収縮前後の単回刺激で、CMAPの振幅や曲線下面積に漸増的な反応がないことは、神経筋伝達障害のシナプス後性の性質を証明している。単線維筋電図では、不安定な神経筋伝達を反映して、一般的にジッターの増加や断続的な伝導ブロックがみられる。

 

2. 各MGサブタイプごとの疫学、免疫学、遺伝学的特徴
臨床、疫学、免疫学、遺伝学的な発見と胸腺病理に基づき、MGはさらに下位分類される (表1): 純粋眼筋型MG (OMG) は、若年発症 (<45歳, early-onset MG, EOMG) または後期発症 (>45歳, late-onset MG, LOMG) の全身型MGと区別される。EOMGはしばしば胸腺のリンパ濾胞性過形成と関連付けられ、LOMGは胸腺の年齢依存性の萎縮によって特徴づけられる。これとは対照的に、10-15%の患者は胸腺腫を有する (thymoma-associated MG, TAMG)。

MGは、自己抗体によって神経筋終板における機能的な骨格筋ニコチン性アセチルコリン受容体 (AChR) が減少したり、終板の構造変化が生じたりすることで発症する。約85%では、AChRそのものに対する自己抗体が検出される。AChRは五量体リガンド依存性一価カチオンチャネルであり、相同なα、β、γ、δ、εサブユニットの化学量論によって定義された2形態で存在する: 胎児型AChRはα2βδγサブユニット構成、成人型AChRはα2βδεサブユニット構成である。αサブユニットは2つの機能的に重要なドメインを有している: (a) リガンド結合に重要な細胞外システインループ、(b) MIR (main immunogenic region) と呼ばれる大部分のAChR自己抗体が結合する細胞外配列。
発生の過程で筋が神経支配を受け、胎児型のAChRのγサブユニットがεサブユニットに置換され成人型のAChRとなる。正常では、フォールディングされたサブユニットから成る機能的なAChRを発現しているのは骨格筋と胸腺筋様細胞のみである。正常胸腺では、成人型と胎児型のAChRは神経支配を受けていない胸腺筋様細胞において発現しており、この細胞は筋蛋白に対する中枢性免疫寛容の導入に重要であると考えられている。
さらに、フォールディングされていないAChRサブユニット (機能的チャネル全体ではない) は胸腺上皮細胞においても発現しており、これはAIRE (autoimmune regulator) の部分的制御下にある。AIREはMHC分子による分化中のT細胞に対するAChRペプチドの提示を制御しており、正常ではAChRに対する免疫寛容をサポートしている。
AChRに対する抗体は、部分的には低親和性抗体 (5%) であり、高親和性抗体 (80%) とは対照的に、cell-based assay (CBA) でのみ細胞表面上のクラスターとして検出されるが、標準的なラジオイムノアッセイ (RIA) では検出されない。AChRのMIRに対する抗体のレベルは、補体結合性のIgG1および3タイプであり、疾患の重症度と相関している。これらの抗体 (図1、2) は、(a) 受容体をブロックし、(b) 受容体の内在化を引き起こし、膜内で利用可能な受容体の数を減少させる可能性がある。さらに、(c) 補体カスケードの活性化により、終板構造が破壊されてシナプス間隙 (i.e. シナプスアセチルコリン放出部位とシナプス後終板との間の距離) が広がり、アセチルコリン分子が放出部位から受容体へ拡散する距離が長くなる。
発症当初には、MGにおけるAChRに対する液性自己免疫反応は通常AChRのαサブユニットの単一エピトープに集中していることが多い。しかし、疾患経過とともに、筋や胸腺筋様細胞における自然AChRの二次関与 (i.e. プロフェッショナルなプロセシングおよび抗原提示) によって、この反応はαサブユニット内の他のエピトープや、さらには他のサブユニットまたは抗原へと広がる可能性がある。
MuSKに対する自己抗体は、補体非結合性のIgG4タイプであり、LRP4 (low-density lipoprotein receptoer-related protein 4) とMuSKの相互作用を阻害し、agrinによる神経筋接合部アーキテクチャを乱す。LRP4に対する自己抗体は主に補体結合性のIgG1および2タイプであり、LRP4-agrin相互作用を阻害して筋細胞におけるAChRクラスタリングを変化させる。Agrinに対する自己抗体はagrinによるMuSKのリン酸化とAChRクラスタリングを阻害する。Agrinに対する自己抗体のIgGサブタイプ分類は未だ研究されていない。
AChR抗体とMuSK抗体は基本的に同一患者で共存することはないが、同一患者でLRP4抗体とAChR抗体またはMuSK抗体が重複することは報告されている。さらに、agrin抗体もMuSK、LRP4、AChRに対する抗体と同時に検出されることが報告されており、agrin陽性MG症例では複数の神経筋接合部蛋白質に対する自己抗体が陽性になりやすいことを示している。

 

3. 個々のMGサブタイプにおける胸腺の役割
MGは、明確な免疫遺伝学的特徴を有する自己免疫疾患として現れるか、胸腺の腫瘍と関連する腫瘍随伴症候群として現れるが、他の悪性腫瘍と関連することは稀である。胸腺は、AChR抗体を有する患者の大部分 (OMG、EOMG、LOMGおよびTAMGの患者の大部分; 表1) において病理学的変化を示し、この変化は、中枢性および末梢性寛容の障害とMGの免疫病理学的発症の開始にとって中心的に重要であるように思われる (図1、2)。LRP4 抗体を有する一部の患者においても、胸腺の病理学的変化が報告されている。しかし、胸腺腫やその他の胸腺病変がMuSK抗体によるMGと関連することは稀であり、またagrin抗体によるMGにおける胸腺の変化に関するデータはまだ報告されていない。
自己抗原を発現または提示する胸腺間質細胞 (上皮細胞、樹状細胞、筋様細胞) と発育中の胸腺細胞との相互作用を介して、自己反応性T細胞のほぼ完全な排除が通常達成される。そして自己寛容性T細胞は分化を続け、最終的に末梢に排出される。生理的条件下では、胸腺の大部分は胸腺細胞 (i.e. 発育中のT細胞) と間質細胞を含み、B細胞の数は非常に少ない。
EOMG患者の約70% (図1) は、リンパ濾胞過形成 (lymphofollicular hyperplasia, LFH)、すなわち胸腺内にリンパ濾胞と胚中心を伴う胸腺炎を示す。未知の最初の "引き金 "に続いて、MHC-class IIを発現する過形成性の胸腺上皮細胞 (thymic epithelial cells, TECs) は、フォールディングされていないAChRサブユニットを提示し、自己反応性CD4+ T細胞を活性化するようである。プライミングされたT細胞によって惹起された初期抗体は、フォールディングされたAChRを発現している近傍の筋様細胞を攻撃し、補体を活性化してAChR/免疫複合体を放出すると考えられている。これらのAChR/免疫複合体は、今度は自己反応性CD4+ T細胞のさらなる活性化を促す専門の抗原提示細胞を活性化し、B細胞受容体の親和性成熟を伴う自己反応性B細胞のさらなる活性化と拡大を引き起こし、高親和性の後期AChR抗体の産生とそれに続くエピトープの多様化につながる。

Fig. 1

図1. リンパ濾胞過形成 (LFH) を伴う若年発症MG (EOMG) の発症機序

EOMGの胸腺と血液中に存在する制御性T細胞の機能不全が、EOMGにおける自己免疫炎症プロセスを自己増殖させているようである。おそらく、胸腺で開始された自己免疫過程は、後に末梢リンパ組織へ波及し、局所リンパ節に存在する骨格筋由来のAChR/免疫複合体や、機能不全に陥った制御性T細胞が、EOMGの維持に寄与しているのであろう。
次に、MG患者の10-15%が胸腺腫を有し、胸腺腫患者の約30%がTAMGを有する (図2)。胸腺腫は胸腺上皮細胞 (TEC) の新生物であり、通常、皮質と髄質が混在している。リンパ球の含有量および上皮細胞の特徴により、現在の組織学的分類ではA型、AB型、B1型、B2型、およびB3型の胸腺腫を区別している。すべての胸腺腫の95%以上 (まれなA型およびB3型を除く) は、骨髄前駆細胞からポリクローナルCD4+およびCD8+胸腺細胞を生成する。このような胸腺造血は、TAMGの病因において中心的な役割を果たしている: MG陽性胸腺腫は、成熟CD4+ CD45RA+細胞を大量に生成し、血液中に排出するが、MG陰性胸腺腫は生成しない。したがって、造血不全の胸腺がんはMGとは関連しない。

Fig. 2

図2. 胸腺腫関連 (および後期発症) MG (TAMG, LOMG) の発症機序

しかし、胸腺腫における胸腺造血は、自己免疫を好む状況で発生する: 胸腺腫では、胸腺上皮細胞において末梢組織自己抗原 (AChR αサブユニットを含む) を手当たり次第に発現させる役目を持つAIREの発現が低下しており、さらに胸腺筋様細胞が減少または消失している。さらに、腫瘍性の上皮細胞では、MHC-class IIの発現レベルは低下している一方で、titinを含む横紋筋抗原のエピトープや、様々なAChRサブユニット (受容体全体ではない) を発現している。これらの腫瘍性上皮細胞の特性変化は、成熟胸腺細胞の (正および負の) 選択と成熟T細胞の活性状態と深く関連している可能性がある。さらに、AIREの発現低下と同調して、こうした変化は制御性T細胞の産生障害をきたす。同時に、これらの胸腺微小環境の変化は、ナイーブおよびプレプライミングされた自己反応性T細胞の多くを末梢に送り出すことを好み、これらが徐々に末梢に存在するより寛容なナイーブT細胞レパトアを置換するものと思われる。これらのT細胞は末梢リンパ組織において病原性B細胞応答を刺激するはずである。これは基本的に胸腺切除前に起こるものであるが、胸腺切除後でも稀に起こる現象である。胸腺腫が末梢免疫システムに与えるこの影響は、TAMGが一度発生すると胸腺腫を完全切除しても維持される理由を説明している。そして、領域リンパ節において制御性T細胞の非存在下で処理された骨格筋由来AChR/自己抗体の複合体は、TAMGを永続化させると考えられる。
EOMGの自己免疫は主にAChRに対するものであるが、TAMG患者の自己抗体標的のスペクトラムはより広い可能性がある (表1)。自己抗原のスペクトラムには、以下が含まれると思われる: (a) 骨格筋AChRや電位依存性Ca2+およびK+チャネル、その他のリガンド依存性神経伝達物質受容体を含むリガンドおよび電位依存性イオンチャネル、そしてこれらと複合体を形成する蛋白質、(b) titinおよびリアノジン受容体 (RyR) などの横紋筋抗原、(c) IFN-α、IFN-ω、IL-12を含むサイトカイン。TAMGにおけるこの自己抗原の拡張スペクトラムは、MG患者に起きやすいその他の自己免疫疾患の発症をも説明可能である。
LOMG (図2) の患者では、胸腺は退縮し萎縮している。正常加齢胸腺のリンパ上皮組織は徐々に脂肪置換されるが、成人になっても残存間質から少数ながらT細胞が送り出されている可能性がある。しかし、LOMGで残存リンパ上皮組織が拡張や浸潤といった徴候を示すことはほとんどなく、形態学的解析によれば、LOMG患者の胸腺と正常胸腺には有意な違いは認められなかった。胸腺筋様細胞は、LOMGではまばらな傾向があり、加齢とともに減少し、60~70歳の間にほぼ欠乏状態に達するが、かなりの個人差がある。加えて、AIRE陽性細胞の数も同様に減少するようであるが、LOMG胸腺と年齢をマッチさせた対照との間に明確な差はない。
LOMG患者の免疫学的特徴は、TAMGとかなり類似している (表1): (a) titinに対する自己抗体は70%の患者 (特に60歳以上) で認められ、それ以外の患者でもRyR抗体が認められることがある。(b) およそ40%がIFNαかつ/またはIL-12に対する中和抗体を有する。(c) 50%以上がTAMG患者と末梢性T細胞レパトアを共有している。したがって、LOMGの加齢胸腺における免疫学的異常は、明らかな新生物を伴わなくとも胸腺腫のそれと類似しているように見え、そして非寛容T細胞を末梢に送り出し、さらに活性化すらさせている可能性がある。診断時点のLOMG患者では、末梢へのナイーブT細胞の送り出しが増えているわけではない。しかし、MGの診断がつく前の段階で小さな胸腺腫が存在し、それが自然に縮小してしまった可能性はある。さらに、ほぼAIRE陰性の萎縮胸腺において、かつ筋様細胞がほとんど存在しない中で生成されたAChRおよびtitinに反応性のT細胞の小さな集団は、末梢に送り出されてから活性化されてLOMGを惹起している可能性があり、また病原性T細胞集団はLOMGが発症するずっと前から末梢に蓄積していた可能性もある (i.e. 胸腺切除術後にTAMGを発症する稀な患者における機序と同様のものを想定している)。一度免疫機序が開始されてしまえば、LOMGはEOMGおよびTAMGに関して上で述べたように、筋灌流リンパ節におけるAChR/自己抗体複合体による刺激を受けながら自己永続的に持続する。

 

4. MGの治療戦略
自己抗体の状態とは無関係に、MGの治療は同じ原則に従って行われる。治療戦略は、(a) 神経筋伝達を促進する対症療法と、(b) MGの根底にある病的な免疫反応を標的とする免疫抑制療法に区別することができる。

4-1. 対症療法
ピリドスチグミン臭化物などのアセチルコリンエステラーゼ阻害剤 (AChEI) は、最も一般的な対症療法である。これらの薬剤の臨床的有効性は、電気生理学的測定により証明されている。しかし、MGの治療におけるこれらの薬剤の広範な適用は、対照のない観察研究、症例シリーズ、および良好な臨床実践に基づいている。倫理的な理由から、これらの化合物の臨床的有効性に関するプラセボ対照試験は禁止されている。
MuSK抗体関連MGの患者は、通常、AChEIによる治療に対して、nAChR抗体関連MGの患者よりも反応が悪い。このような症例では、症状コントロールのために高用量が必要となり、しばしば全身性の副作用が増加する。
ピリドスチグミン臭化物は現在、MGの経口長期治療に使用されている。通常、300mg/日以下の投与量ではコリン作動性の副作用は生じない。しかし、静脈内投与では、気管支痙攣および分泌過多、筋力低下の増悪、腹部痙攣、尿意切迫、唾液分泌過多および発汗、徐脈および房室ブロック、縮瞳などのコリン作動性副作用が発現することがあり、コリン作動性中毒となる。ピリドスチグミン臭化物の静脈内投与(最大24mg/日)には、常に継続的なモニタリングが必要である。すべての投与方法において最も頻度の高い全身性の副作用は、胃腸障害、下痢および腹部痙攣 (約30%)、唾液分泌過多 (約6%)、発汗 (約4%)、徐脈および房室ブロック (約1%) である。
胃腸の副作用を伴う臭化物不耐症の場合は、ピリドスチグミン臭化物の経口投与の代わりに、アンベノニウム塩化物の経口投与が使用できる。

4-2. 免疫療法
全身型MGに対する免疫抑制剤の有効性は一般に認められている。さらに、純粋な眼筋無力症の患者は、免疫抑制下にある場合、全身型MGに進行する割合が減少することが示されている。
しかし、より大規模なランダム化比較試験で検証され、MG患者に使用できる明確なクラスIのエビデンスが得られている免疫抑制薬はわずかである。ランダム化比較試験の中には、免疫抑制剤の臨床的効果が証明されないものさえある。しかし、これらの試験には、後述する方法論的な弱点がある。
これとは対照的に、免疫療法を中止する期間と基準に関する臨床試験からの証拠は乏しい。一般的に、数年間の安定した臨床的寛解の後、免疫抑制剤治療を長期に漸減することは可能であると思われる。特に臨床的に不安定な状況で免疫抑制を突然中止すると、筋無力症状の急激な悪化や筋無力症クリーゼを引き起こす可能性がある。実際、ほとんどの患者は終生免疫抑制療法を必要とし、日和見感染症、リンパ腫、その他の重篤な治療関連副作用を引き起こしやすい。対症療法と免疫療法の全体的な目的は、完全またはほぼ完全な臨床的寛解である。

4-2-1. 基本的免疫治療
MGの免疫抑制における第一選択薬は、副腎皮質ステロイドとアザチオプリンである。その他の免疫抑制剤も、禁忌や不耐性、臨床的疾患制御不十分の際には使用可能である。第二選択の免疫抑制剤は、シクロスポリンA (ポジティブな対照試験が1つ存在する)、メトトレキサート (ポジティブな対照試験が1つ存在する)、ミコフェノール酸モフェチル (フォローアップ期間がかなり短いネガティブな対照試験が2つ存在する)、タクロリムス (フォローアップ期間がかなり短いネガティブな対照試験が1つ存在する)。

4-2-2. 副腎皮質ステロイド
後ろ向き研究では、プレドニゾンプレドニゾロン、メチルプレドニゾロンなどの副腎皮質ステロイド (glucocorticosteroid, GCS) は、70-80%の患者で複数週から月の期間内に臨床症状を改善することが示されている。副作用の観点から、長期間の経口GCSはアザチオプリン、シクロスポリンA、メトトレキサート、ミコフェノール酸モフェチル、タクロリムスなどのステロイドスペアリング免疫抑制剤と組み合わされることが多い。GCS治療の開始から数日以内は、筋無力症状の一過性の増悪をきたすことがあり、これは特に球症状に強い症状を持つ患者で起こりやすい。
臨床現場では、3つの異なる用量レジメンが使われている。
1. 初回投与量はプレドニン換算で10-20mg/日、安定した寛解に達するまで1週間ごとに5mg/日ずつ増量する (約1mg/日/kg体重)。利点: 治療初期における筋無力症状の一過性の悪化を予防できる。欠点: 臨床的改善が遅い。
2. 安定した臨床的寛解が得られるまで、ステロイドスペアリング免疫抑制剤と併用しながらプレドニゾン換算で1-1.5mg/日/kg体重から開始し、その後、GCS療法の完全中止を目標に、4週間ごとに5mg/日の減量を行う。利点: 迅速な臨床的改善。欠点: 約10%の患者で、治療開始後数日間に筋無力症状が一過性に悪化する。
3. 500-2000mg/日を3-5日間連続投与するメチルプレドニゾロン静注パルス療法を行い、その後経口的に漸減する。この治療法は、GCSの直接的な膜効果により一過性に筋無力症状を悪化させ、ひいては筋無力クリーゼを誘発する可能性がある。さらに、急性のステロイドミオパチーが、このような状況における臨床全体の悪化に寄与する場合もある。したがって、この治療レジメンは、明らかな筋無力症クリーゼの場合にのみ、また、中間または集中治療環境において、血漿交換療法、免疫吸着または免疫グロブリン静注療法と組み合わせて使用される。
GCSの副作用の数と重症度は、投与期間と累積投与量とともに増加する。特に、糖尿病など他の合併症を有する患者は、特別なリスクがある。プレドニゾロン換算で7.5mgを超える投与量で治療期間が3ヵ月を超えると予想される場合は、骨粗鬆症を予防するためにカルシウム (1000~1500mg/日) とビタミンD (400~800IE/日) を投与すべきである。ビタミンD濃度は、このような治療を開始する前に測定し、全体を通してコントロールすべきである。閉経後の女性では、ビスフォスフォネートを用いてGCS誘発性骨粗鬆症を予防することができる。男性におけるGCS誘発性骨粗鬆症と骨折に対するビスフォスフォネートの予防効果に関するエビデンスは、現在のところ一般的な推奨には十分ではない。さらに、プロトンポンプ阻害薬や他の薬剤を用いた胃の保護が正当化されるかもしれない。
副作用を軽減するために、低用量域での長期投与中にGCSを毎日投与から交互投与に切り替える施設もあるが、系統的なデータがない以上、個々の患者においてその有用性を検証する必要がある。

4-2-3. アザチオプリン
アザチオプリン (AZA) は、MGの治療に最も頻繁に使用される免疫抑制剤である。アザチオプリンはプリンアナログであり、速やかに代謝され、細胞毒性および免疫抑制誘導体である6-メルカプトプリンとチオイノシン酸に変化する。後者はプリン合成を阻害するため、活性化と増殖を障害し、ヌクレオチドのサルベージのための代謝経路がないT細胞とB細胞のアポトーシスを引き起こす。治療は2-3mg/日/kg体重で開始され、臨床的に安定した寛解が得られた場合には、治療期間中に約2.5mg/日/kg体重、さらに1mg/日/kg体重まで減量される。治療効果は数ヵ月以内には期待できない。しかし、長期治療中のAZAのステロイドスペアリング効果は証明されている。AZAとプレドニゾロンの併用は、それぞれの単剤療法に比べて寛解状態が長く、副作用が少ないため、より効果的である。10-20%の患者では、AZAとGCSの併用で十分な臨床的安定化または寛解が得られず、プレドニゾロン換算で7.5mg/日を超えるGCSの投与が必要となり、長期的には他の免疫抑制治療戦略が必要となる (治療抵抗性)。
AZAの突然の中止は、完全かつ安定した臨床的寛解状態にある患者においても、筋無力クリーゼに至るまでの筋無力症状の再発を誘発することがある。
AZAで治療された患者の約80%において、赤血球の平均赤血球容積 (MCV) の増加が観察され、これは治療反応者で非反応者に比べてより顕著であり、頻度も高い。AZAはその作用機序により、定常状態では可逆的なリンパ球減少を引き起こす可能性がある。絶対リンパ球数は600-1200/μlの範囲であるべきで、総白血球数は3500/μlをはるかに超えていなければならない。
AZAはプロドラッグであり、グルタチオン-s-トランスフェラーゼによって活性代謝物の6-メルカプトプリンと1-メチル-4-ニトロ-5-チオイミダゾールに代謝される。6-メルカプトプリンはキサンチンオキシダーゼまたはチオプリン-S-メチルトランスフェラーゼ (TPMT) によってさらに代謝される。アロプリノールなどのキサンチンオキシダーゼ阻害剤はアザチオプリンの代謝を阻害する。この薬剤と同時に使用する場合には、骨髄毒性の副作用を防ぐため、アザチオプリンは標準用量の25% (すなわち、0.5-0.75mg/日/kg体重) に減量してのみ使用することができる。AZAが必要な場合には、キサンチンオキシダーゼ阻害剤の代わりに、ベンズブロマロンやプロベネシドなどの他の薬剤を尿酸値の低下に使用することができる。
少数の患者 (1%未満) では、吐き気や嘔吐、下痢を伴う胃腸障害、循環抑制のような急性の重篤な副作用が特異的な即時反応として起こり、患者がAZAによる治療を受けられなくなることがある。このような特異的反応を除外するために、AZAによる長期治療を開始する前に、このような副作用を検出するために50mgの単回経口投与試験を行うことが推奨される。
遺伝的にTPMT活性が低い場合、AZAは治療開始直後に予想外に強い骨髄抑制を引き起こす。治療開始前にTMTP活性またはTPMT遺伝子型の検査を行うことができる: (a) TMPT活性を完全に欠く患者 (頻度1:300) またはTPMT一塩基多型のホモ接合体はAZAで治療できない。しかし、この遺伝子型は非常にまれである (約0.5%)。この遺伝子型が上記の特異的即時型反応と関連しているかどうかは、現在のところ不明である。(b) TPMT活性が非常に高い場合、AZAは臨床効果をもたらすことなく急速に代謝される可能性がある。
10年未満のAZA治療による悪性腫瘍のリスク増加は明らかでない。MG患者では、まれに血液悪性腫瘍や日和見感染症の症例が報告されている。さらに、アザチオプリン投与下での皮膚角化症および皮膚癌の発生率の増加が報告されており、これはおそらく光線過敏症の増加によるものであろう。アザチオプリンによる長期治療を受けている患者には、定期的な皮膚検査が推奨される。汎発性疣贅や多発性基底腫が発生した場合には、AZA治療を減量するか、別の薬剤に変更しなければならない。強い太陽光線照射下で急性光毒性反応が数例報告されている。

4-2-4. シクロスポリンA
シクロスポリンA (CSA) は、プラセボ対照臨床試験において、MG 患者に対する有効性が証明され、クラスIのエビデンスが得られている。
シクロスポリンは、リンパ球の細胞質タンパク質であるシクロフィリンに結合し、抗原特異的リンパ球の活性化、分化、エフェクター機能の発揮に必要な、抗原受容体刺激後のカルシウム-カルモジュリンによるカルシニューリンの活性化を阻害する。
上記の臨床試験 (6mg/日/kg体重を2回に分けて投与するCSA単剤療法) と比較して、CSAは現在、GCSとの併用で、最初は3-4mg/日/kg体重、その後2-2.5mg/日/kg体重に減量して2回に分けて投与する低用量で臨床使用されている。治療モニタリングは血中濃度 (12時間の投与間隔終了時のトラフ値) で行う。AZAと比較すると、CSAの臨床効果はより速やかに、すなわちほとんどが4-6週間以内に発現する。しかし、CSAは投与量に応じて生じる副作用の範囲がはるかに広く、日和見感染、骨髄抑制、歯肉過形成、胃腸障害、高カリウム血症を伴う腎毒性 (治療中は腎機能のモニタリングが必要)、動脈性高血圧などがある。特殊な副作用としては、振戦、頭痛、てんかん発作の増加傾向、まれに可逆性後部白質脳症症候群などがある。
さらに、CSAは他の薬物との相互作用が多く、特に高齢で多疾患を合併している患者においては、厳重な薬物モニタリングが必要である。

4-2-5. メトトレキサー
メトトレキサート (MTX) は、MGの治療薬として数十年前から使用されている。MTXはジヒドロ葉酸還元酵素 (DHFR) をジヒドロ葉酸の約1000倍の親和性で競合的に阻害する。ジヒドロ葉酸還元酵素は、ジヒドロ葉酸から活性代謝物であるテトラヒドロ葉酸への変換を触媒し、プリンおよびピリミジンヌクレオチドのデノボ合成に関与する。したがって、メトトレキサートはDNA、RNA、タンパク質の合成を阻害し、リンパ球などの増殖を抑える。MTXの最も顕著な副作用は、肝毒性、潰瘍性口内炎、白血球減少、貧血、感染症、悪心・嘔吐、腹痛、急性肺炎、まれに肺線維症や腎不全などである。
MG患者に長期的に使用されているにもかかわらず、最近まで対照臨床試験が欠如していた。最近の臨床試験では、全身型MG患者24人を対象に、MTX (17.5mg/週) とAZA (2.5mg/日/kg体重) をステロイドスペアリング効果に関して比較し、治療期間2年以内で同等の効果を示した。MTXは、葉酸との併用で7.5-25mg/週の用量であるため、MGの治療における第二選択薬とみなすことができる。
他の薬剤との相互作用の頻度が低いため、特に高齢の多疾患合併患者では、CSAよりもMTXの方が望ましいと考えられる。

4-2-6. ミコフェノール酸モフェチル
ミコフェノール酸モフェチル (MMF) は、イノシン一リン酸脱水素酵素 (IMPDH) を非競合的に阻害するため、特にリンパ球の細胞増殖に必要なプリンヌクレオチドのデノボ合成を阻害する。
MMFの最も顕著な副作用は、慢性下痢、溶血性貧血、浮腫である。MMFによる治療で進行性多巣性白質脳症が数例報告されている。さらに、MMFには催奇形性があることが証明されている。したがって、妊娠を計画している場合には、少なくとも妊娠の4ヵ月前にはMMFの投与を中止しなければならない。予定外の妊娠の場合は、MMFの投与を直ちに中止し、その後、婦人科医のカウンセリングを受ける必要がある。
いくつかの観察コホート研究において、MMFによる治療でステロイドスペアリング効果を伴う臨床的改善が、1500-2000mg/日の投与量で、薬剤モニタリングのもとで認められている。しかし、2つの臨床第III相試験において、MMFは初期治療としてプレドニゾンより優れておらず、9ヶ月間調査してもステロイドをスペアする効果は認められなかった。MMFで起こることが知られている臨床効果の潜伏期間を考慮すると、2つの第III相試験における36週間以内という追跡期間はかなり短いように思われる。さらに、プレドニゾンの治療効果は予想外に良好であった。したがって、MMFの効果は、これらの試験の方法論上の問題から過小評価されているように思われる。一貫して、その後の非対照コホート研究でも、MMFの単独療法またはプレドニゾンとの併用療法の有益な効果は、6ヶ月の治療後に示された。

4-2-7. タクロリムス
タクロリムス (TCM) は、CSAと同様にカルシニューリン阻害剤であり、抗原特異的リンパ球の活性化、分化、リンパ球のエフェクター機能の発揮を効果的に阻害する。TCMの有効性はCSAの10-100倍である。副作用はCSAと同様で、強い用量依存性を示す。TCMは日本で開発され、MGの治療薬として認可されている。治療抵抗性のMG患者におけるTCM (3-5mg/日) の有益な臨床効果が、いくつかの公開臨床試験や小規模なケースシリーズで報告されている。79名のMG患者を対象とした多施設共同オープン・コホート研究において、低用量のTCM (0.1mg/日/kg体重) は、CSAとプレドニゾロンからなる併用療法に取って代わることができ、nAChR-Ab価の低下を含む良好な臨床的安定化をもたらした。経口プレドニゾロン療法 (10-20mg/日) を受けている臨床症状の軽微なMG患者80人を対象とした無作為プラセボ対照臨床試験では、28週間にわたってTCM (3mg/日) のステロイドスペアリング効果が検討された。経口プレドニゾロン療法は、TCM治療4週間後から段階的に減量された。しかし、追跡期間の最後の12週間の平均経口プレドニゾロン投与量に関しては、TCMとプラセボとの間に有意差は検出されなかった。研究集団と追跡期間が短かったため、この研究は、MG患者における中医学の長期的な有効性とGCS療法における不十分な治療効果に関する証拠をほとんど示していない。CSAと同様に、TCMは腎毒性および神経毒性を有し、複数の薬物相互作用を示す。

4-3. エスカレーション療法
4-3-1. リツキシマブとその他のモノクローナル抗体
多くの症例報告や症例シリーズが、モノクローナル抗CD20抗体であり循環Bリンパ球除去薬であるリツキシマブの重症治療抵抗性MGに対する臨床的有用性について報告している。しかし、ランダム化比較試験からのデータは未だ存在しない。
合計168人の患者を含む15個の非対照観察研究のメタ解析が近年行われた。125人の女性および43人の男性、91人の抗AChR抗体陽性および70人の抗MuSK抗体陽性患者 (7人はdouble seronegative) が対象とされた。フォローアップ期間中央値は、AChR抗体陽性患者については16カ月、MuSK抗体陽性患者については26カ月、double seronegative患者については12カ月であった。リツキシマブの用量レジメンは研究ごとに異なっていた: 137人が4 × 375 mg/m2、12人が500 mg on day 1 and 8、8人が1000 mg on day 1 and 15であった。残る11人の患者は異なる治療レジメンであった。全体の奏効率は83.9%であった。特に、MuSK抗体陽性患者では奏効率が高く (88.8%)、AChR抗体陽性患者 (80.4%) や double seronegative患者 (85.6%) よりも高かった。しかし、これらの違いは群間有意差には至らなかった。リツキシマブはすべての異なる治療レジメンで有効性が証明された。おそらくは、MuSKに対するIgG4抗体はほとんどがCD20陽性の短命な形質細胞によって産生されており、これはCD20陰性の長寿形質細胞から合成されると考えられているIgG1および3抗体を主体とする抗AChR抗体の性質と異なっている。この仮説は、リツキシマブがAChR抗体陽性例よりもMuSK抗体陽性例で高い有効性を示したことを説明する。リツキシマブに対して奏功したMuSK抗体陽性患者は、典型的には抗体価も低下したが、AChR抗体陽性患者では抗体価と臨床奏功性に解離がみられることがあった。
さらに、統計学的有意差の証明には至らなかったものの、罹病期間と奏効率の間には逆相関の傾向が観察された。この傾向も、罹病期間とともに増加する長寿形質細胞プールに帰属可能である。副作用は7/168人の患者で報告された (4.2%; 感染症が4人、B細胞除去の遷延が2人、心不全が1人)。治療関連の進行性多巣性白質脳症は報告されなかった。したがって、この非対照観察研究のメタ解析データは、難治性MGにおけるリツキシマブの使用をサポートする。しかし、多施設ランダム化比較試験は、MGにおけるリツキシマブの有効性の安全性を明確に確立するためには必要である。
エクリズマブはヒト化モノクローナル抗体であり、C5の酵素切断を特異的に阻害することによって終末補体複合体の形成をブロックする。近年のランダム化二重盲検プラセボ対照クロスオーバー第2相試験では、重症難治性全身型MG14例におけるエクリズマブの臨床的有効性が研究された。患者はエクリズマブ600mgまたはプラセボの毎週投与を4回受け (導入フェイズ)、さらに追加でエクリズマブ900mgまたはプラセボの隔週投与を受けた (維持フェイズ)。エクリズマブで16週間治療された患者7人中の6人 (86%) が主要エンドポイントであるQMGスコアの3点低下を達成した。さらに、平均QMG総スコアの総変化はエクリズマブとプラセボで有意に異なり、平均QMG総スコアのベースラインからの総変化もエクリズマブとプラセボで有意に異なっていた。エクリズマブに対する忍容性は高かった。したがって、この試験は、重症難治性全身型MGに対するエクリズマブの役割をサポートしている。第3相試験が現在行われている。
多発性硬化症で幅広く用いられているその他のモノクローナル抗体治療 (抗CD52/alemtuzumab、抗IL2R/daclizumab) の臨床経験はMGでは未だ少数であり、個々の稀な例に関してのみ考慮されるべきである。

4-3-2. シクロフォスファミド
シクロホスファミド (CPP) は、DNAにアルキル基を付加するナイトロジェンマスタードのアルキル化剤である。これは、鎖内および鎖間のDNA架橋を形成することにより、DNAの複製を阻害する。CPPは、標準治療に失敗した重症のMGの症例に適用することができる。さらに、CPPは、いくつかの小規模な対照症例シリーズによれば、反復免疫吸着療法や血漿交換療法を必要とする患者にも適用可能である。生命を脅かすような重篤な治療抵抗性のMGでは、いくつかの治療レジメンに肯定的な臨床エビデンスが存在するため、CPPを最後の手段として使用することができる:
1. CPPパルス療法:前向き無作為化二重盲検試験に基づき、メスナとの併用療法で寛解まで4週間ごとに500mg/m2体表面積を投与する。
2. 免疫・骨髄除去CPP療法: 50mg/day/kg体重を4日間連続で投与した後、小規模の症例研究に基づきGCSFを投与するか、自家または同種幹細胞移植を行う。
累積投与量と治療期間は、両性における妊孕性障害のリスクと悪性腫瘍のリスク (累積投与量と治療期間によって異なるが、約1%) の増加のため、記録されるべきである。単回投与の場合、累積投与量は50-70gに達する。これらの値は、CPPの静脈内投与に比べ、経口投与の方がはるかに早く到達するため、前者の投与経路が望ましい。CPP療法の合併症としては、悪性腫瘍、肺線維症、心筋症、皮膚線維腫などがある。
MGの治療法の概要については、表2を参照されたい。

4-4. インターベンション療法
以下の治療方法は、筋無力症クリーゼの予防と治療、および妊娠中の不安定なMGや重度の機能障害をきたす治療抵抗性筋無力症に対する治療として適用されるものである。

4-4-1. 経静脈免疫グロブリン (IVIG)
経静脈免疫グロブリン (IVIG) は数千の健常ドナーから得られたポリクローナ免疫グロブリンから成る。IVIGが自己免疫炎症を抑制する詳細なメカニズムは明確には確立していないが、FabまたはFcフラグメントを介した数多くの分子効果を含んでいると考えられる。副作用には頭痛、高血圧、アレルギー/アナフィラキシー反応 (特にIgA欠損患者)、皮膚炎、感染 (HIVまたはウイルス性肝炎)、IVIGの高い膠質浸透圧に起因する体液負荷過剰による肺水腫、静脈血栓症、無菌性髄膜炎、溶血がある。
IVIGは、0.4g/日/kg体重を5日間連続で投与する、あるいは1g/日/kg体重を2日間連続で投与する。IVIGは、筋無力症クリーゼ時の人工呼吸時間の短縮において、血漿交換や免疫吸着と同様の効果があることが示されている。
さらに、IVIGは、手術 (胸腺切除術を含む) の前や、重症のMGの場合、高用量GCSパルス静注療法を開始する前の臨床的安定化のために使用することができる。いくつかの非盲検臨床試験における臨床的奏効率は80%であった。
筋無力症クリーゼ以外の状況における導入療法または維持療法としてのIVIGの使用 (単独または免疫抑制剤の上乗せ療法) については、ランダム化比較試験のデータはない。しかし、IVIGはこの目的のために、長期間にわたって使用されることがある (最初は5×0.4g/日/kg体重、その後は4-8週間ごとに1×0.4g/日/kg体重)。治療抵抗性の筋無力症状を有する患者は、IVIGによる長期治療が有効であるようである。IVIGは、他の免疫抑制剤 (特にGCS) に禁忌のあるMG患者にも使用できる。

4-4-2. 血漿交換と免疫吸着
治療的血漿交換 (PE) により、血漿は血液成分から分離され、代用液と交換される。PEは血漿全体を除去する非特異的治療法である。治療効果は、自己抗体を含む循環病原性免疫因子の除去に基づいている。これとは対照的に、免疫吸着 (IA) は、特異的なマトリックス (e.g. プロテインAやトリプトファン) に結合してIgG抗体を除去する、より選択的な手法である。
血漿交換は、筋無力症クリーゼの治療法として成功している。さらに、治療抵抗性の場合、手術前 (胸腺切除術を含む) の患者の安定化、または重症MGの場合、高用量のGCSパルス療法を開始する前に、プラズマフェレシスを使用することができる。通常、臨床的寛解に達するまで、6-8回の治療 (1日おきに血漿量の1-1.5倍量の治療) を行う。免疫抑制を伴わなけれ ば、病原性自己抗体の (再) 合成により、臨床効果は数週間しか持続しない。一回の治療ごとに、ヒトアルブミンの補充が必要であり、二次性免疫グロブリン欠乏症 (IgG<150mg/dl) の場合は、多価IgGによる補充が可能である。凝固因子の枯渇も治療頻度を制限するため、他の抗凝固薬による治療を行う場合には考慮する必要がある。筋無力症クリーゼでは、血漿交換とIVIGは同等の効果があり、同等に使用できるようである。ランダム化比較試験では、両治療戦略の間に有意差は認められなかった。さらに、対照クロスオーバー研究と後ろ向きコホート研究でも、これらの治療法の間に有意差は認められなかった。中等度から重度のMG (QMGS > 10.5) で臨床的増悪を認めた84人の患者を対象とした最近の比較試験でも、60日間の追跡調査期間中、主要評価項目であるQMGSの低下 (IVIGでは69%、血漿交換では65%) 、副次的評価項目である臨床的および電気生理学的評価項目に関して、IVIGと血漿交換の同等の有効性が示された。
今日では、筋無力症クリーゼの治療だけでなく、標準的な免疫抑制療法では病勢コントロールが不十分な患者や禁忌のある患者の維持療法にも、血漿交換の代わりに免疫吸着療法が頻繁に用いられている。免疫吸着療法は、血漿交換療法と比較して、MGの治療に同等の効果があることが示されている。免疫吸着の利点には、血漿蛋白質や凝固因子の代替が不要であること、血漿交換と比較してはるかに多量の血漿 (2-2.5倍) の迅速な治療が可能であることなどがある。さらに、免疫吸着の合併症や副作用は、血漿交換と比較して有意に減少しているようである。

5. 胸腺切除術
MG患者における胸腺切除術は、その他の臨床状況が安定していれば常に行われるべきである。すなわち、GCSや他の免疫抑制療法、かつ/または血漿交換や免疫抑制、IVIGを用いた前処置が効果的に行われている場合には、周術期死亡率は1%未満に低下する。胸腺切除術の臨床的効果は、数年後に現れることが多い。

5-1. 胸腺腫関連MGに対する胸腺切除術
胸腺腫のある症例では、MGの有無やその重症度、またその他の自己免疫疾患の有無にかかわらず、胸腺腫切除の適応がある。

5-2. 非胸腺腫関連AChR抗体関連MGに対する胸腺切除術
胸腺がAChR抗体関連MGの免疫病態発症に関わっていることを考え、胸腺腫は1942年から治療選択肢として選択されてきた。しかし、胸腺腫そのものと標準的免疫抑制治療の効果を比較したランダム化比較試験は現時点では存在しない。現在進行形の非胸腺腫関連AChR抗体関連MGに対する多施設一重盲検ランダム化第3相試験 (MGTX試験; 経胸骨拡大胸腺摘除術と胸腺摘除なしの比較) は、2016年まで行われる予定である。
MGTX試験の結果が利用可能になるまで、胸腺切除は次のような臨床的状況において考慮されるべきである: (a) 胸腺切除術は非胸腺腫関連全身型MGについてはメタ解析のエビデンスが存在するため適応があるかもしれない、(b) 非胸腺腫関連眼筋型筋無力症の患者は臨床試験からの十分なエビデンスが存在しないため単一症例ごとに意思決定される必要がある。胸腺腫のない眼筋型筋無力症の患者に対する胸腺切除術は、全身化を防ぐことができる可能性がある。
15-50歳の胸腺腫を伴わない全身型AChR抗体関連MGに対する発症から1-2年以内の胸腺切除は、有益性が高いように見える。しかし、これらの年齢制限は恣意的であり、一部の専門家はこの制限を厳しく考慮してはいない。胸腺腫のない5-14歳の小児および成人AChR抗体関連MGに関しては、胸腺が未だ免疫システムの発達に関する役割を有していることから、対症療法と免疫抑制治療に十分な反応性がない場合にのみ行われる方がよい。しかし、一部の研究では1.5歳における胸腺切除も免疫機能の障害をきたさないことが示されている。

5-3. 非胸腺腫関連MuSK抗体関連MGに対する胸腺切除術
AchR抗体関連MGとは対照的に、MuSK抗体関連MG患者の胸腺病理は比較的稀である。ある研究では、15人のMuSK抗体陽性患者において胸腺切除術の効果を証明することはできなかったが、別の研究では、MuSK抗体は胸腺切除術の予後不良を予測した。したがって、利用可能なエビデンスからは、一般的にMuSK抗体関連MGでは胸腺切除術を推奨すべきでないことが示唆される。しかし、胸腺切除術後に明らかに改善したMuSK抗体陽性患者はほとんど報告されていないため、疾患のコントロールが不良な個々の症例では、胸腺切除術を考慮してもよいであろう。

5-4. 非胸腺腫性血清反応陰性MGに対する胸腺切除術
胸腺切除術に関する後ろ向きコホート研究では、少なくとも3年間の追跡を行ったAChR抗体陰性およびAChR抗体陽性のMG患者において、同様の術後結果が報告されている。胸腺切除術後の寛解または改善は、AChR抗体陰性患者の57%、AChR抗体陽性患者の51%であった。したがって、胸腺切除術は、AChR抗体陽性患者と同様に、AChR抗体およびMuSK抗体が検出されない全身型MGの患者にも推奨される。

5-5. 胸腺切除術の手技
胸腺切除術の標準的な手技は、最大限の胸腺切除を目指して胸腺全体と後胸骨脂肪組織を切除する経胸骨拡大胸腺切除術であった。しかし、最小侵襲的介入がますます適用されるようになっている。交絡因子が顕著であるため、これらの研究を相互に比較することはできないが、報告されている治療効果や臨床的代替物に対する効果は同等であるようである。したがって、低侵襲胸腺切除術は、ゴールドスタンダードである経胸骨拡大胸腺切除術に代わる選択肢であり、使用する施設が増加している。
推奨される治療レジメンを表3に示す。

 

6. 結論
MGは自己免疫性の抗体介在性神経筋シナプス伝達障害である。MGの臨床的ホールマークは、変動性のある易疲労性、眼筋、球、四肢 (近医) 骨格筋群の筋力低下である。MGは、明確な免疫遺伝学的特性を伴う自己免疫性疾患として発症するか、胸腺腫瘍に伴う傍腫瘍性症候群として発症するか、のいずれかであると考えられる。どちらのケースでも、中枢性胸腺自己寛容と末梢性自己寛容メカニズムが自己免疫性CD4+ T細胞介在性B細胞活性化を好み、病原性の高親和性IgG1、3、または4サブクラスの合成に進むと考えられる。これらの自己抗体はAChRそのものや、シナプス後膜におけるAChRクラスタリングと神経筋シナプスの構造的維持に関与するMuSK、LRP4、agrinに結合する。
MGの治療戦略は、以下の3つに分類される: (a) 神経筋伝達を促進するAChEIによる対症療法、(b) 急性期治療介入のための抗体除去治療 (IVIG、血漿交換、または免疫吸着)、(c) 維持治療のための免疫抑制治療 (基礎治療としてGCS+AZA、CSA、MTX、MMF、TCM、エスカレーション療法としてCPPやRTX)。その他のモノクローナル抗体、プロテオソーム阻害剤、免疫/骨髄除去療法と造血幹細胞移植は、ごく一部の症例でのみ用いられる。EOMGとTAMGの免疫病態機序における胸腺の役割を考えると、胸腺切除術は十分な臨床的安定が得られたのちに行われるべきである。

 

感想
病態面白かった。AIREなんて文字列を見たのは学生時代以来だった。
特に、LOMGの免疫学的特徴がTAMGとかなり類似しているというのは興味深かった。発症時の末梢血T細胞レパトアがLOMGとTAMGで類似しているという引用文献の中身を読んでみたけど、これはウイルス感染などを契機にしたクローン性CD8陽性T細胞の増加がepitope spreadingを引き起こして、自己反応性Th細胞を活性化させて抗体産生を招くというロジックだった。EOMGでは胸腺内で抗原提示や抗体産生までの初期段階が完結しているのに対して、LOMGやTAMGでは (負の選択に異常がある?) 胸腺が自己反応性Th細胞を末梢に送り出してしまっている状況下で、感染などをトリガーにして発症をきたしているらしい。じゃあ結局なぜ自己反応性Th細胞が末梢に存在するのかというと、TAMGではそれが胸腺腫のせいとされているけれど、LOMGではよくわかっていなさそう。本文中には発症前に胸腺腫があって発症時には消えているのではないか、とかLOMGでも残存胸腺からT細胞が送り出されているのではないか、などと書かれていたけれど、ほんとかなあ~という雰囲気も否めない。ほんとかもしれないけども。